はてなキーワード: 勤労動員とは
たとえば
1945年8月15日できっぱり「戦前的な価値観」は消滅したかと言えば
そんなことはなく、教育勅語と軍人勅諭を叩き込まれた復員軍人が
武道の道場やら朱子学を教える私塾などを運営する人は大量にいた
京都の公家にはその後も平安時代と変わらん感覚の人間が大勢いた
わかるかなあ?
1989年1月8日でいきなり世の中ぜんぶリセットされたわけじゃないんだよ
平成10年ごろまでは職場の精神的空気は「昭和の価値観」そのまんまで
そこから昭和の気風というものがおおむね類推できる(全部ではないが)
「終戦時に小学生だった世代より俺らの方が戦前戦中を知ってる」
とか偉そうにドヤ顔するけど
そういうのは大抵、大東亜戦争の意義がどうのとか大本営の真意はどうのとか
大局の話ばっかりで、軍隊内のイジメや上下関係の軋轢、銃後の食糧難
慰問袋を作ってた人たちの日常、勤労動員させられてた人たちの日常
そこでの苦楽(単にひもじかったとか疲労したとか、物資が不足して
とかの細かい実感的デテールはすっぽり抜け落ちてる
終戦時に小学生なら少なくとも親兄弟や就職後の数年歳上の世代から
書物によらない直接に耳で聞いた知識としてその辺がたっぷり身に染みてる
平成元年に18歳でも
戦時下で起きた女性の社会進出が一時的なもので終わらなかった一因は
たぶん、終戦のすぐ直後は勤労動員してた女性の多くも家に帰った
でもその後、日本じゃ1960年代に高度経済成長期に入ると、工場や商業地で多くの労働力が求められて、高卒や中卒の女子もばんばん働くようになった
これと平行して全産業に占める農業の割合は低下して、農家で跡取り以外の次男坊三男坊、二女三女以下は都会の働き口に流れていった
その中には高学歴化してフェミ思想を唱えるようになった者も、ごく少数いたでしょうが、高卒や中卒の女子労働者の大部分は、「家計ため」+「国家や資本の要請」で働いてたと思いますよ
・毎回にお笑いがオチにくるのは巻末目次後の掲載(「"巻末ほのぼのマンガ"というくくりで、」(ユリイカ2016年11月号P35、こうの))だった為。
・妊娠騒動は、栄養不足と環境変化による月経不順とのこと(原作中巻P38。また同頁脚注にて「『戦時下無月経症候群』は、勤労動員された女子に多く、ちょっとした社会問題だったようです。」とのこと)。
・この件(妊娠騒動)は19年9月、原爆投下は20年8月、あの少女がすずの産んだ子供だとしたらまだ乳飲み子でなければおかしい。最遅で少女と出会ったのが21年1月でいずれにせよまだ乳飲み子であったはず。