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はてなキーワード: 戦時下とは

2020-09-03

anond:20200903175302

アメリカ憲法で2期までしか大統領になれないと規定されてるが戦時下となれば別

実際にトランプも2期以降を視野に入れた発言してるので戦時大統領として終身勤め上げる可能性は今回落選するよりはずっと高い

2020-08-22

超今更、この世界の片隅にを見たアニオタ

ハードルだいぶ高かったけど、よくできてたわ

結構ライトタッチと言うか、笑いのシーンが多かったのが印象的

全体の2/3はそういう軽いシーン

コボちゃんとかサザエさんとかああい雰囲気

別に今更そういう雰囲気アニメが登場してもウケないと思うんだけど、それを戦時下でやると意味合いがかなり変わるよね

別に爆笑するというわけではないんだけど

 

戦争映画でも反戦映画でもなかった

構成としてはパニック映画で、しかパニック映画の中でも冷笑

今更第二次世界大戦ネタにするには丁度いい感じがする、「風立ちぬ」の後だから丁度いい感じ(風立ちぬ見てないけど)

実は似た存在としては「火垂るの墓」があると思うんだけど

あれは焦点が悲運な兄妹だったからな

セカイ系に近かったよね

こっちは家族にあててるから妙にリアリティが強い

 

普通パニック映画だと、ミクロ家族話)とマクロ(戦況)の話を交互にやるのが一般的だと思うけど

第二次世界大戦日本人にとって今更すぎるからマクロ、つまり戦況の説明がバッサリカットされている

これによってだいぶミクロに焦点を当てられたと思う、パニック映画ミクロの話を2時間やった感じ

でも日本人は何日に何が起こるか分かってるから平和日常をやればやるほど落差に恐怖する

エンターテイメントとして非常に巧妙

 

戦争映画は散々作られただろうけど、ついにここまで来てしまたかという感じもする

これ以上擦られたら、もう辿り着く先はヒトラーいじり映画みたいなのしか残らないし、日本における第二次世界大戦ネタはもう終わりなんだなーと思わせる内容だった

それでいいのかもね

 

ところでこの映画海外勢が批評するのは無理だろと思う

別物になるよ

あんなアッサリした原爆シーンある?

2020-08-17

男性憎悪と「中王区」

ヒプノシスマイクというコンテンツ概要については省略します。

アパルトヘイトを持ち出すまでもなく中王区は間違っている。

自分に言い聞かせるけれど、どうしても中王区に憧れる気持ちが消えない。

あの壁の中は現実よりずっと幸せ世界ではないかと思ってしまう。

途中まで情報が少なくて勘違いしていたのだけれど、ヒプマイの世界はH歴が始まるまでは普通男尊女卑社会なのね。

コミカライズで乙統女がクーデター宣言したあとの人々の発言が顕著で。

(『ヒプノシスマイク-Before The Battle- The Dirty Dawg』1巻 track-1

「女が調子に乗ってんじゃねー」

「さっき映ってた偉そうなババアみたいにしてみろや!」

「女なんてのは男の道具なんだよ!」

「ざっけんなよ! 何が女主体だ!」

という感じで。ありふれた罵声が名もなき男性たちから叫ばれていて、作品の設定は戦時下だけれど、ベース現実と同じような社会なのだとわかる。

そう思うと中王区の、男性だけを圧迫する異常な政治カタルシスを感じてしまう。復讐心を満たしてくれるわくわくした気持ちになって、ざまあみろと言いたくなる。

まあみろ、これからはあの「偉そうなババア」が社会を作るんだ。彼女が「男」から権力を奪ってくれたんだ!

さて、とはいえ作中でも中王区は別に全ての女性が救われる世界ではない。

乙統女はクーデター成功させて、異常な政治男尊女卑社会を壊そうとしている。でもこれは壁の中に入れる選ばれた女のための世界だ。

壁の中に入れなかった女性たちは普通の延長線上の社会に取り残されているのだろう。

男性けが圧迫されることになった世界に、それこそ「クソ女ども」と憎まれながら。

(これは想像込みだけれど、作中の名もなき女性たちの生活がさほど変わっていないことを考えると劇的な変化は無いのだと思う)

それでも権力を手にして壇上に立っている三人を見ると夢をみてしまう。

たとえ壁の中に入れる選ばれた優秀な女にはなれなくても、彼女たちがその場所に居る世界なら。

性別理由に黙って減点するのをやめてくれって言っただけで、ま〜んとか、フェミガーとか罵られずに済むのかな。

一言一句、隙なく論理的にどんなときも冷静でないと許さないと言われながら、暴言と変わらない批判を繰り返されなくて済むのかな。

女に生まれてきたことが嫌になるような叩き潰されかたをしなくて済むのかな。

正しくないことを言えば、中王区への憧れはそんな感傷的なものだけじゃなくて。

強い女に庇護されたいとか。

勝った側の仲間でありたいとか。

性別を消費し返してやりたいとか。

この憎悪をすっきりさせてほしいとか。

だめなものもたくさんあるよ。

念のため言うと中王区がフェミニズムとはまったく違う思想だとはわかっているよ。

ただこうして、だめなところもわかっているけれど夢をみてしまうんです、って言い訳を書くのも、これ書いておかないと揚げ足を取られてボロクソにされるからなんだよね。

ヒプマイが中王区とどんな決着をつける結末になるかは期待はしていない。丁寧に作られた楽曲キャラクターと比べて、ストーリーがあまりに雑なので、無難に終わってくれたらいいほうだと思う。

せめて性別関係なく人間尊重される平和社会を作ろう、くらいの落としどころにならないかな。

女たちの中王区が男たちの正義制裁されるところ、見たくねえな。

2020-08-15

8月15日に記しておきたい怖い祖父の話

大正まれ祖父は、坊主頭メガネをかけ、こけた頬に冷たい眼差しを持ち、いつも気難しそうな顔をしていた。息子であるから聞く話でも、私は祖父に対して怖いというイメージしか抱いていない。第一印象も第二印象も、とにかく怖い。祖父を評する言葉はそれ以外に無い。もっとも、祖父は私が生まれる7年前に亡くなっている。だから、私が見る祖父はいつも仏壇の脇に飾られた白黒写真のみであり、その気難しそうな佇まいを見るたびに幼心にピシッとした気分になり、怖い爺さんだなぁと思うだけだった。私にとって祖父は、無機質な写真のみで完結していた。

対照的祖母はとても優しい人で、おっとりしたお婆ちゃんだった。私は末の孫だったこともあり、とにかく甘やかされていたので、特にそう思うことも多かった。祖父とは会ったこともないが、祖母とは長い時間を共にした。私は幼稚園に入る前、母が働いている間は朝から夕方まで祖母の家に預けられていたので、祖母とは二人きりの長い時間をゆったりまったり過ごしていた。かなり幼い頃の記憶だが、何故だかその日々のことは断片的によく覚えている。暴れん坊将軍と蒸し芋が大好きな未就園児だったので、祖母とは気が合い可愛がられた。

祖母は幼い頃の私にとって第二の母のような存在で、お話もたくさんしたけれど、既に亡くなっている祖父遺影インテリアのように飾らせているだけで、その人となりについては何一つ聞いたことがなかった。息子であるはずの父や叔父からも、祖父の話は聞いたことはほとんどない。思い出話も一つも聞いたことがない。祖父がどんな人かと聞いても「おっかねぇ(怖い)人だった」と返ってくるくらいだ。そんなこんなで、私が知る祖父像は極めて薄い。とても薄っぺらい。お前の爺さんだよと言われてもピンと来ることはなく、いつまで経っても白黒写真遺影の人でしかなかった。

そんな祖父遺影の脇には、立派な額に入れられた賞状が飾ってある。内容は、抑留生活を慰労し、銀杯を贈られたという内容で、すでに故人になっている祖父政府が贈ったものだ。戦後日本には57万人以上もの人々がシベリアへ連れて行かれており、祖父もその一人であった。『祖父戦争へ行き、シベリア抑留をされていた』たったそれだけの漠然とした事実が、私の中の祖父像を大きく占めていた。小さい頃から、「うちのじいさん、ロシアに連れてかれたんか」と単純に思っていた。どこからともなくの知識で、多くのシベリア抑留者がそうであるように「終戦時は満州にでもいて、捕まったんだろう。だが、どうにか生き延びて帰ってきた」と思っていた。

去年、祖母が97歳で亡くなった。50過ぎの時にヘビースモーカーが祟って肺癌で亡くなった祖父に反し、かなりの大往生である。そこで私は、葬式での親戚が口にした言葉で「祖母が嫁いだ翌日に、爺さんに赤紙が来た」と耳にした。おいおい、なんだそのタイミングは。ドラマかよ、と思った。そもそも祖父母はお見合い結婚だし、祖父戦後抑留され、長いこと家に帰って来なかったし、つまりそれが事実なら祖母は長々と見知らぬ姑と過ごしたことになる。しかも、ど田舎山中にある村で、家業農家という典型的な家だった。時代時代とはいえ、婆ちゃんは肩身の狭い思いをしていたんだろなぁと可哀想に思った。

その頃から興味が沸いていたんだと思う。

遺影の中で怖いオーラを放っているだけの、実態の無い祖父像について。

私はどこからともなく『兵籍簿』の存在を知り、取り寄せたいと決意して、去年の8月15日実家終戦番組を見ながら父に話を切り出して頼んだ。兵籍簿の取り寄せは三等親まで可能で、孫の私でも可能だが、故人の息子にあたる父が取り寄せた方が、必要書類が少なく済むからだ。父は戦争映画などを見るのが好きな人だし、その手のものに興味があるタイプなので、あっさりOKしてくれた。断られたらどうしようと思っていたので、聞いた時はタイミングを見極めドキドキだった。

兵籍簿の取り寄せは案外簡単だ。やり方は調べればネットに載っている。うちの祖父陸軍なので、県の恩給科に電話で問い合わせ、手続きを始めた。ちなみに、海軍だと厚生労働省になる。陸軍であれば『〇〇県 兵籍簿』あたりで調べれば、どこの県もやり方を導いてくれるだろう。発行に際して必要ものは、対象者が故人の場合申請者との繋がりがわかるための除籍謄本戸籍謄本といった、役所簡単に発行してもらえる書類。あとは申し込み用紙を書いて郵送する。コピー代などで数百円かかるが、あまりにも簡単なので、もっと早く取り寄せればよかったと思った。

まぁ、取り寄せた所で、どうせ祖父はちょろっと満州にいて、そのままシベリアに連れてかれていたんだろう。祖父は誰にも戦時の話をしなかったので、家族の誰しもがそう思っていた。語らずに亡くなったがために、語るまでもない軍歴だったのかと、我々は思い込んでいたのかもしれない。みんなが祖父戦争について知っていたのは、彼が『シベリア抑留されていた』たった一言事実のみであるのだから

待望の兵籍簿は一か月かからずに送られてきた。

当時の書類ということで、読み難く難解な旧字も多かったが、やはり同じ日本語なのでほとんどは解読可能だった。それもネットで調べられた。

読み解いてまず驚いたのが、祖父1940年から43年2月まで、きっちり軍生活をしており、一度は満期除隊をしていたということだ。その時は主に満州国境警備をしていたらしい。大きな作戦戦闘に関わることなく、晴れて日本へ戻っていたのだ。もしかしたら亡き祖母は知っていたかもしれないが、祖父は息子たちへ語らずに亡くなったので、満期除隊をしていたことなど誰も知らなかった。

次に驚いたのは1944年2月祖父除隊からほぼ一年後に再び徴兵されており、(祖母が嫁いですぐに赤紙が来たエピソードは日付けから事実だと裏付けられた、祖母マジでお疲れ様すぎる)今度は満州ではなく、北海道の先にある『千島列島』に行っていたことだった。私は先入観からてっきり、祖父満州終戦を迎えたと思っていたので、想像していた祖父人生はガラリと色を変えた。

千島列島……千島列島……たくさんの島が連なる北海道の向こう側……北方領土……。そうか、そこにいた人たちもシベリアへ連れて行かれたのか……。そりゃそうか。

千島列島といえば、日本降伏後にソ連が乗り込んできた占守島の戦いが有名だが、祖父は『新知島(シムシル島)』から途中で『得撫島ウルップ島)』に回され、その二度目の徴兵では約一年半の千鳥列島生活を送り、終戦を迎えていた。兵種はずっと砲兵終戦時は上等兵だった。祖父はヒョロ長い体を駆使し、轟音の轟く砲をぶっ放していたのだろうか。なんともたくましい。

お恥ずかしいことに、私は新知島のことも、得撫島のことも、「なんか名前は聞いたことあるなぁ〜」程度で何一つ知らなかった。千島列島ソ連が攻め入った経緯すらも、占守島の戦いの名前漠然としているだけで、よくわかっていなかった。

どんな所か調べたくなった。特に長くいたらしき得撫島について。当時の千島列島について。

祖父のいた部隊結果的には戦闘をしておらず、言わば活躍をしたわけでもないので、ほとんど資料がなくて見つけ出すのには苦労した。

得撫島はもとより、千島列島自然の宝庫であると同時、一年を通してほとんど霧に包まれ、風も強く、ましてや長い長い冬を有する極寒の地。白夜であり、夏の夜は極めて短い。夏でも長袖は欠かせない。ほぼ無人島。そんな場所で「はい今日から暮らしてね〜」となったら苦労していないわけがない。制空権を奪われていたので、空から米軍攻撃もあった。制海権も奪われており、艦砲射撃が降り注ぐ。戦時中その海域では民間人も含め、2-3万人の人が亡くなっている。祖父のすぐ後に続いて小樽港を出港した同郷の部隊は、魚雷を撃ち込まれ沈没。冬の海に投げ出され、当時は軍機密に隠され2000人以上が死んでいた。祖父もほんの僅かな順番が違っていたら死んでいた。私もこの世にいない。数奇な巡り合わせで今の私は生きている。

得撫島ラッコの島と呼ばれるほどラッコがいるらしい。オットセイもいるらしい。祖父は間違いなく野生のラッコを見ただろう。自然豊かな大地。現代人の私が見たこともない美しい景色を、祖父は計らずとも見ていた。不本意戦時下に望んでもない場所へ飛ばされてはいるが、愛くるしいラッコちゃんとの遭遇が顰めっ面の祖父の心を癒してくれていたことを願わずはいられない。

兵籍簿には、祖父召集や転属などの略歴が淡々と日付けと共に記されていた。必要最低限の事務的情報であるが、その一つ一つの行間にも目に見えぬ多大な苦労があったはずだ。

昭和20年

8月15日終戦

9月29日ソ連により武装解除

10月19日ソ連により得撫島出発

10月24日ソ連ポートワニー上陸以降土工作業従事

昭和23年

7月22日舞鶴上陸

古ぼけた紙は語っていた。戦争8月15日に終わっていなかった。南方の激戦地のように食糧に困る事はなく、敵と遭遇することも戦闘もしなかったとはいえ祖父戦後も長らく闘い続けていた。自分血縁である祖父が歩んだ具体的な数字を見せられ、これはリアルなことだったと肌身に伝わってきた。日本がしていた戦争と、祖父存在への深みが増した。

シベリアでの日々を、祖父の白黒写真の顔と合わせて想像してみた。マイナス40度の永久凍土で働く、ろくな装備もない日本兵たち。栄養失調。ひもじい。所々にシラミが沸く。病気流行る。ご飯は堅い黒パン。粗末なスープ戦争は終わったのに、周りがどんどん死んでいく。いつまで経っても日本に帰れない。故郷よりももっと寒い、極寒の異国の地。日本には結婚生活を1日しか送らなかった嫁が待っている。祖父は雪深い土地で生まれ育ったから、シベリアでも適応能力が多少なりともあったのだろうか。そう思うことが唯一の救いである。

祖父が何も語らずに亡くなったのは何故か。千島列島を盗られた背徳感か。過去抑留生活に蓋をしていたのか。赤化教育を受けたことによる偏見を隠すためか。南方の激戦地に比べたらと、自分の半生は話すまでもないことだと思っていたのか。祖父の心を知る事はできない。私は想像することしかできない。祖父日本に帰ったが、一切を語らずに亡くなった。故郷山村とは掛け離れた四季の彩りのない場所で、途方もない八年もの戦争と闘ったのに、一言も喋らずに亡くなってしまった。

ここでは政治的な話はしない。

兵籍簿を読むことによって、それまで漠然としていた祖父存在がぐんと近づいた。存在のものを実感した。祖父ちゃんと生きていた。過酷時代を生き抜いた。ドラマ映画主人公になるような経歴ではないが、私が一分で根を上げるような過酷環境に長々と身を投じていたのは明らかだ。じいさんすごい。マジでお疲れ様すぎる。生き抜いてくれてありがとう。じいさんが頑張ってくれたおかげで、私はこんな平和世界ツイ廃をしながら、ソシャゲに夢中になれて、推しに心血を注ぎ、それを通して素晴らしい友人と出会うことが出来た。夏にはクーラーの効いた部屋でアイスを食べられるし、冬には暖かい部屋でアイスを食べられる。平和は素晴らしい。色んな国の友達もいる。その中にはじいさんが憎んでいた国の人もいるかもしれない。私は紙切れ一枚で戦地へ送られることなく、空や海からの脅威を感じることもなく、当たり前の明日をのほほんと待ちながら好きなように生きている。これは素晴らしいことだ。そんな当たり前のことを、強く思った。

兵籍簿を取り寄せて良かった。兵籍簿はどこからともなく知った物だが、私はこれを読まなければ自分流れる血に関してとても大事なことを知らずに死んでいた。

仏間へ行き、再び祖父遺影を見上げた。祖父は相変わらず怖い顔をしている。けれど、もうそれだけではなくなっていた。その遺影漠然とした無機質なものではなく、凄惨時代を生き抜いた血が流れているのだ。仏間を見下ろす祖父は、計り知れない威厳を背負っていた。

2020-08-02

保守はいから愚か者になったのか

保守派というもの伝統を重んじる価値観のみならず、軽佻浮薄に流されない知的態度こそその特徴であるように思う。しかるに今の保守派はどうだろうか?

けして保守的ではない安倍政権に盲従し、対立意見への難癖に終始しているように見える。保守を自認するならば国家の規矩を壊す安倍政権の不誠実と欺瞞とを批判すべきではないだろうか?

保守が動揺したその最たるは第二次世界大戦での敗戦であろうが、その過程で「黙って処した」小林秀雄は「銃をとらねばならぬ時が来たら、喜んで国の為に死ぬであらう。僕にはこれ以上の覚悟が考へられないし、又必要だとも思はない」とも述べていた。

歴史を超越的なもの認識していた小林であり、自らを歴史に対し無力な人間である自覚していたからこそ二つの発言矛盾しないのだろうが、しか戦時下一定発言力を有した人間言葉として考えると、知識人文化人として怠惰であったと思えてならない。

小林朝鮮満州中国を訪れ、その凄惨現実を目の当たりにしたのであり、現在歴史修正主義者が目を背けたくなるような情景を、戦争賛同した人間が書いている。とくに「蘇州」は冒頭に慰安婦に関する記述があるなどしたためか内務省による検閲を受けてもいる。

事実目を背けたかったのであろう。だからこそ「杭州」で「第一線には行くまいと」決めたし、彼の記したもの従軍記というより紀行文の体を成しているのもそのためだ。

小林秀雄は、好む好まないに関わらず卓越した理知者であり、戦争という野蛮を嫌った。だが同時に、戦争という現実の激動に対し、肯定的にーいや、むしろ判断を停止して、身を委ねたことも事実である

恐らくは現在賢明なる保守派は、安倍政権不正欺瞞否定しながら、同時に政権のものに対しては判断をすることなく、身を委ねている。それは彼ら保守が徹底的に内在的であり、外的なものに対しては「黙って処す」以外の術を持たないためであろう。しかし黙って従うべき現実醜悪になればなるほど、彼らは愚か者にならざるを得ない。

一度安倍政権を信じたのである。ならば黙って従うことこそが潔いというものだ。

2020-06-26

anond:20170809013919

メモ感想

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>なぜ立ち止まれなかったのかを考える材料提供してほしい。

加藤陽子の本(『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』等)が参考になるかも

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>そりゃ大きく変わったのは事実だけど、ずっと前から変わっていたんじゃねーの?

そのへんを考えると、日露戦争終結あたりから歴史を見ていった方が良さそうだな

他のコメントブックマーク含む)を参照してみると、結節(ターニングポイント)としては例えば、以下が挙げられるようだ

開国ペリー来航)

征韓論

台湾出兵

日清戦争

日露戦争

シベリア出兵

世界恐慌

満州事変

・五一五事件

盧溝橋事件

・第二次上海事変

トラウトマン工作

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>ここから既に国内人材物資徴発が始まっていたわけで、いわゆる戦時下体制内閣は挙国一致内閣

マスコミは1937~1941年もっとスポットあてるべき。

1940年体制』(野口悠紀雄)ってやつかな?

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https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20170809013919

ブックマークコメントで、

>それを言ったらペリーが来たときから

日中戦争満州事変帰結で、満州事変日露戦争ロシア革命辛亥革命の延長線上にあり、日露戦争日清戦争維新の不平士族征韓論が背景にあり、維新関ヶ原の… つまり卑弥呼黒幕だったんだよ!

とある

こういうような考え方をして、信長時代から維新まで歴史を説き起こしたのが徳富蘇峰近世日本国民史』だったような気がするな(ふと思い出した)

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2020-06-20

就活テクニック

anond:20200620060214

・その人本来人間性関係ない。重要なのは面接からどう見られるか。陰キャラなのに内定もらえる奴は、面接ときだけはっちゃけている。ソースは俺

面接は良くも悪くも茶番。30分の面接3,4回でその人の人間性がわかるわけがない。論文担当箇所を仕上げてこなかったAさんだって論文担当箇所を仕上げなかった話を自分からすることは無いだろう。

面接はその人間の表面しか判断できない茶番である上に、その表面ですら、なんとなく元気がありそうとか、なんとなく論理的に喋っているっぽいとか、なんとなく真面目そうとか、そんなことしか見られない。逆手に取れ。

面接はとにかく元気。元気が一番。ノックして「失礼します」って言うときの印象で2割くらい決まる。アホ丸出しのデカい声で挨拶しろ面接演劇

面接はとにかく笑顔葬式みたいなツラで行くやつがいるけどそれだけは本当にダメ。嘘くさいくらいのニッコニコ笑顔で行け。楽しいから笑顔になるのではなく、笑顔から楽しくなるのだという話を聞いたことがある。ニッコニコで行け。バレバレの作り笑いでも葬式みたいな顔よりは全然マシ。面接演劇。口角を上げながら話す練習しろ

面接は会話。相手に聞かれたことを答えればいいというものではない。会話っぽく喋れ。

・作文してきた志望動機をそのまま読むヤツがいるけど、それはマジで良くない。面接官は会話をするつもりで来ている。君が友人と雑談しているときに、友人が突然、家で作文してきた文章をそのまま読み上げるように喋ってきたら「こいつ変なヤツだな」って思うだろう。

・ただし「会話しろ」というのは、事前に内容を準備するな、というわけではない。事前に内容を準備していないやつは普通は落ちる。

重要なのは、話す内容のコアの部分だけを考えておくということ。

・「私の祖母は事あるごとに食料の大切さを語っていました。私が食べ物を残すと、祖母戦争中の話をしてくれました。戦争中は空腹で生のイモしか食べるものが無く、毎日のように白いご飯をたらふく食べる夢を見ていたそうです。だから私は、フードロス削減を掲げている森永乳業で働きたいと思いました」

・というのをそのまま読んではいけない。重要なのは祖母戦時下で空腹に苦しんだ②だから食べ物無駄にするなと聞かされて育った③だからフードロス削減に取り組んでいる会社に入りたいと思った という3つのコアの部分。

脳内ゼロから作文して、①②③のすべての要素を打ち漏らさずに言えるように、壁に向かって喋り続けろ。定型文を覚えてはいけない。

・「私の祖母は~、まだ存命なんですが、戦争経験者だったんですね。私はおばあちゃんっ子だったのでよくいろんな話を聞いたんですが・・・食べ物を粗末にするととにかく起こる人だったんですね。ご飯粒を残すと、戦争中に生のイモをかじって空腹をしのいだ話なんかをしてくれて・・・・」くらいのアホ丸出しのラフな喋り方でまったく構わない。そのほうが会話っぽい。

ウソをつけ。ウソをつくのは悪いことではない。みんなやってるし、うまくウソを付けばバレない。ただし「バイト先の居酒屋の売上を2割増やしました」といったような、事実かどうか検証不可能な上に難易度が高いウソを付くな。日本面接は人柄重視が基本だから、人柄でウソをつけ。「後輩には優しく接しています」「人間関係を円滑にこなす上では挨拶が何よりも大事だと思っています」「お客さんにありがとうと言われたときが一番うれしかったです」とか、ウソだとも思わないくらのしょぼいウソで点数を稼げ。

ウソをつくならバレないように設定を練れ。

・徹底的に準備をしろ。「面接 よく聞かれる質問」で検索して出てくる質問は、全部返せるようにしろ。その上で、返した質問に対して来そうな質問も準備しろ。ただし丸暗記はしないで、コアの部分だけ覚えろ。エクセルを使ってまとめておけ。死ぬほど準備しろ

就職課に行け。恥を忍んでアドバイスを貰え。

特に、1次面接で落ちまくる場合、たとえば声が小さすぎるとか、言うことがいちいち失礼だとか、志望動機適当すぎるとか、服が汚いとか、そういうちょっとしたことが原因なことが多い。客観的アドバイスを貰え。

就活本を読め。ノックが2回だったり、何も言われていないのに椅子に座ったり、面接の待合室でスマホポチポチしていたり、そういうちょっとした仕草で減点されている可能性がある。本を読まないと知らないことも多いだろう。

就活はこれから。どの企業コロナ対応就活が遅れているので、今は実質4月5月くらいだ。焦るにはちょっと早い。

以上。くだらないだろ?茶番真剣に向き合うと気が狂うからそこは気をつけろ。君に足りないのは人間性ではなく役者としての能力

追記

>kukky こういうのを苦手だとかやりたくないという人は、自分自身と切り離した就活ペルソナ作ってそいつ就活での恥も失敗も押しつけたらいいんだよ。じゃないと心が折れて自分が壊れてしまうよ。

これはマジ。俺もホンモノの人格陰キャラ不真面目野郎だけど就活人格チャレンジ精神旺盛な真面目有能元気野郎だった。別の人格だと思ってやれ。別の人格を作るコツとしてはやっぱり笑顔。作り笑顔しているときは別の人格になることができる。接客業をやったことがある人なら理解できると思う。

あと「こういう上辺だけの人間と働きたくない」「就活って終わってるんだな」とか言ってるヤツいるけど、これが通用するのはもともとの人格がそれなりに真面目で、それなりに賢いから。不真面目なアホがこの戦術をとっても、「元気なヤツなら誰でもいい」みたいなブラック企業に引っかかるのがオチ。結局のところ勉強しているかどうかとかは向こうもわりと重視している。それなりに勉強してきたヤツはやっぱり言うことがいちいち賢かったりする。でもそれだけじゃダメ。人事はとにかくトラブルメーカー採用してしまうことを恐れている。暗かったり、ガチガチに緊張していたり、いちいち正直すぎたり、声が小さかったり、ノック2回だったりするやつはいくら賢くても採用したくないと考える面接官は多い。日本就職基本的に減点方式から、賢さでも、ほかの点でも、全ての評価基準で減点されないことが重要。俺が言った「ウソをつけ」というのだって「話をコテコテに盛って虚構の有能エピソードを作り上げろ」という意味ではない。トラブルメーカーじゃない常識的人間であることを、若干の嘘をついてでもアピールしろ、という意味

2020-06-19

anond:20200618204814

日本残酷物語

https://www.amazon.co.jp/dp/4582760953/

を読むと、明治から戦前も、北海道開拓やら炭鉱労働やらの現場では

現在外国人技能実習生ほとんど同様の、借金背負わせたうえでの詐欺雇用

住居費、食費、作業着代という名目ピンハネは大量に横行

その手の話が戦時下朝鮮から来た労働者に対して

一切行われなかったとかどう考えてもあり得ん大ウソ

ちな、「どうせパヨクの書いた本だろ」と言う奴がいるだろうが

本書の編著者は、国民作家山本周五郎

ブルジョワ渋沢敬三から研究資金をもらってた民俗学者宮本常一やぞ

2020-06-08

設定改変が分かってるメディアミックスを観るための準備運動



 観たら絶対自分は怒るだろうなと分かっている映画がある。原作小説がとても好きで、映画化の際に「そこは変えちゃ駄目だろ」と思うような根底の部分にドひどい改変をされた映画だ。予告CM開始3秒でそれが分かったので公開当時は絶対観ないと決めていたし、観るような気分になる日が来るとは思ってもみなかった。

 しか最近、「公式との解釈違い」のような文言を用いて苦しむ人々をよくSNS上で目にするようになってその映画存在を思い出し、いい機会だから観てみようかなと思った。何かコンテンツとの付き合い方における知見を得られるかもしれないし。原作版を大事に思いつつも、派生版も楽しんで愛せるような人間になれるならなりたいし……。

 観た後では感情が大きく動いて今の気持ち100%は思い出せないだろうから、観る前に今抱いている改変ポイントについての思いを書きとめておく。

 (ひとつその映画について鑑賞前から確実に言える腹立たしい点は、原作者が亡くなった途端にその映画が作られ、「映像化は不可能と言われていた名作が遂に!」みたいな売り文句付きで世に出された事だ。映像化を何度も断ってきていた作者だから余計に……今までは作者が止めていた設定企画を、もう止める者がいない+追悼とか言える勢いから好き勝手にやっただけではないのかと思う。せめて存命中の公開なら「作者はこの映画化を了承したんだな」と思えたし、そうしたらきっと作者は何かしらのコメント映画へ寄せるだろうから、それを見られればもうそれで良かった。原作レイプ(こんな言葉があったのを久々に思い出した)を通り越して屍姦みたいだ。大切な人の墓に立小便をされた気分だ。)

 映画タイトルは『悪童日記』と言う。原作小説も同題だ(海外文学の中では普通によく知られてる方だと思うので、勿体ぶった言い方をしてしまって少し恥ずかしい)。

 十年以上前、私は好きな作家たまたま雑誌でこの本に言及するのを読んで、高校夏休み中に手にとったそれに首ったけになり、ひと夏の間何度も何度も繰り返し読んで過ごした。だからこんな、映画を観るのに支障をきたすほどに思い入れが強くなってしまったんだと思う。

 しかそもそも映画化されたものをこき下ろしたい訳ではなく、映画映画として楽しめる作品にするためには原作からの多少の改変もやむを得ないというのは充分承知の上だ。だからこの作品についての改変もなんとか納得したいという思いから、今自分は何に納得いっていないかを整理して考えたく、文章に起こしている。

 (このカッコ内は余談なのでとばしてくれて構わないが個人的に、映画化された作品映画原作の順でふれた方が大抵の場合はどちらも楽しめるように感じる。原作映画の順だとカットされた箇所や改変部分が気になってしまって映画100%楽しめない事もままある。例えば私は『ジュラシック・パーク』に映画から先に入ったおかげでスピルバーグのあの映画メチャクチャ最高不朽の名作だと思っているが、もしも原作小説を先に読んでいてファンだったら、そこまで手放しで褒められたかは分からない。映画原作では構成人物もかなり別物だからだ。原作ではティムレックスティムの方がしっかり者の兄でレックスは足ばかり引っ張る幼い妹だし、Tレックスは二頭いて小さい方がかなりチャーミングだし、グラン博士最初から子供に優しいし、ハモンドさんはかなり嫌な感じの爺さんでコンピーに集られて無残に死ぬのだ。)

 改変箇所について書いていきたい。

 映画の予告から分かる改変箇所は主に「父親存在」「日記帳というアイテム出自」だ。私はこれがこの物語においてかなり重要パーツだと思っているので、予告CM開始3秒で見られる改変にガタガタ白目をむき憤死する羽目になった。

 原作小説主人公双子少年)の一人称「ぼくら」で書かれた日記形式をとっている。彼らが母親に連れられて小さい町の祖母の家に疎開してくる所から話は始まる。詳しいあらすじが知りたい人は原作wikihttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%82%AA%E7%AB%A5%E6%97%A5%E8%A8%98)でも見てくれ。ラストまでネタバレされてるから気をつけて。別にあらすじを知らなくてもこの文章を読むのに支障はないと思う。そういうふうに書けていることを願う。

 父親云々の話に戻ろう。

 主人公家族について、母親は冒頭から登場するし、すぐに主人公たちを置いて行ってしまうがその後、他の男の赤ん坊を連れて二人の前に現れ、どうこうなるくだりがある。二人が母親に対して色々思いを抱いていることが分かるような描写もある。

 描写があるという事は、書き手である主人公双子がそれを必要だと判断したという事だ。詳しくは後述するがこの日記はそういうルールの元で書かれている。主人公が無関心もしくは不必要だと判じたものは書かれず、必要ものけが書かれる。例えば作中の時代設定は戦争なのだがそれが一体いつの戦争なのか、年号国名地名人名などの固有名詞ほとんど出てこない。<大きな町><さな><解放者たち>などの言葉しかからない。関わる人々も名前はなく、ほとんど代名詞役職あだ名などでしか呼ばれない。双子自身名前も出てこない。彼らは大抵はあんた達、時に祖母からは雌犬の子などと呼ばれる。

 父親は出てこない。ラスト数頁まではほとんど。

 「父親の不在・不干渉」が、この小説(というか作者であるアゴタ・クリストフ作品はわりとどれも)に通底するテーマひとつだと私は思っている。そして出てこないということはそれは「書かない」という姿勢主人公たちの無関心を示しているのだから映画にも変にひっぱり出してほしくなかったのだ私は。しか作品の根幹である日記に関する部分で。一原作ファン気持ちを言わせてもらうならば。

 以下は物語終盤のネタバレとなるので、知りたくない人は読まない方がいい。

 原作の終盤、国境付近にある双子(主人公)の家に、国境を越え亡命したいという一人の男が訪れる。双子その男自分たちの父親だと気がつくが、父親は二人が自分の息子だとは気付かないまま、亡命の協力を頼みこむ。双子はそれを承諾する。国境までの間には地雷があちこちに埋まっているし、軍の見張りもある。双子は彼に地雷が埋まっていない道筋や、見張りの目の外れる時間帯などを教える。

 亡命決行の日、父親国境へたどり着く前に見事地雷を踏み抜いて死ぬ。すぐにその足跡の上を双子の片割れが辿り、その死骸も踏みつけて国境を越え、亡命を果たす。地雷国境と平行して並べられている。一度爆発した地雷国境を結ぶ線上にはもう地雷は無いので、先に一人立てるのが最も安全亡命のやり方だ。

 原作小説ではこの場面がラストだ。一人は父親の死骸を踏み越え国境の向こう側へ渡り、一人は残ってそれを日記に記録する。父親殺しと、それまで一心同体のようだった双子別離が同時に強く印象づけられて終わる。

 それなのに映画ではどうして、別れる息子達に日記帳を与えるような父親像に変え、それを受けて日記を書く子供たちに設定したんだ? 原作では双子自分たちの稼いだ金と自分たちの意志で紙と鉛筆を買い、自分たちの定めたルールの元で事実だけを、ただ必要と思われた事だけを淡々と記録し続ける。彼らは感傷感情は不必要とし、そういったウェットなものが取り払われ切り詰められた文体はこの作品の特長の一つだ。彼らの考えのもと自発的に書かれていくそ日記こそが『悪童日記』という作品となっているのだから日記帳というアイテムとその経緯は何というかかなり……成り立ちの部分ではないのか? この作品の根幹において、重要位置を占めるはずだ。

 それが映画はいきなり、別れる父親から最後プレゼントという陳腐でウェットなしろものとなる。双子は父の言いつけを守り日記を書き出す。制作側はそこに何の違いもないだろうと思ったのかもしれないが、違うのだ! と言わせてもらいたい。強く。

 日記帳は、それにものを書き続けるということは、戦時下に父とも母とも別離し粗暴で抑圧的な祖母宅に身を寄せねばならなくなった主人公双子が、初めて自分たちで選び獲得した、何かそれこそ父親教師代わり(彼らは学校にも行かない)のような、「この世界で生き抜く上で己の力になり、時に導いてくれる(と彼らが信じ掴んだ)モノ」だ。繰り返しになるがそれを「彼ら自身が」、彼らの面している世界であるところの小さな町で、そこの文具店で「身銭を切って」獲得した点が肝心なのだ。この話は平たく言えば庇護されない子供たちが、彼らの対峙する厳しい世界の中で、自身の力で何とかやっていこうとする物語からだ。

 「父親から与えられた道具」では過ぎ去りし想い出のよすがであるばかりか(感傷双子がつとめて日記から排除してきたものの一つだ)、それが上の者から与えられたという性質上、彼らにとってただの環境の一つに過ぎない。それでは全く意味が違ってしまう。そうでは無いのだ。彼らは道具がたまたま得られたから書くのでは無く、もちろん父親に言われたから書くのでも無い。書くことは彼らが生きるために必要で、だから彼らは道具を求め、書いた。「書くこと」自体彼らの周りには教えてくれる者がおらず、二人は一冊の聖書を使って独学で読み書きを学んでいった。

 「彼らが巻き込まれしかなかった環境に逆らって、初めて自分で望み獲得したモノ」であったはずなのだ、この日記帳は。「書く」という行為は。そういう意味合いがあったのだ、原作の中では……。

 そしてこれは作者の生い立ちや創作の源泉とも重なることが多いので(この作品を含めた彼女作品群は半ば私小説と呼べるものが多い)、私は映画でこんな改変をされた事について作者の気持ちを思うと、勝手にやり切れないものを感じてしまう。作者はもう亡くなっており、死者が尊重されないのは彼女作風からするとむしろ合っている事なのかもしれないが……。

 とりまとめて言えばまだ子供な上にただでさえ不自由が多い戦火の中、それが主人公たちにとっての武器であり糧であり強く生き抜くためのモノだった日記帳が、映画ではまるで父親から受け取った愛みたいなものに、ともすれば別れた父親を想って書かれているようにも受け取られるものすり替えられてしまった。かなりアイデンティティぶっ潰れではないか? どうしてそんなことをしたんだ? この日記は彼らの「書く」という意志のもとの話でしかないのにその根本を摘み取り別な物に置き換えたのは何故? 映画を観れば何か納得できる答えは得られるだろうか。頼む、納得させてくれ! 煽りではなく心からそう思っている。

 観たら本当にメチャクチャ怒り狂ってしまうかもしれないので心の準備をするためにいくつか映画レビューを読んだのだが、映画では日記帳パラパラ漫画が描き込まれている描写があるという。パ……パラパラ漫画!? と二度目の憤死をした。あの全ての無駄を省き贅肉を削ぎ落としたような原作文体淡々事実の記録しかしない所に物語的にも大きな意味が込められている事を知っているはずの制作側はどうしてそんな付け足しを? 主人公(ひいては作者)が定め、遵守してきたルールを踏みにじるような真似を……どうして……。

 

 もちろん、映画化された事によって現代日本の読者から想像もつかないような、主人公たちが生きた当時の暮らし風土感覚などを凄いリアリティで感じられる事などについては大変嬉しく思う。そういった映像表現についてはきっと素晴らしい映画であるだろうと感じられるのだ、予告からだけでも。

 主人公双子を演じる少年たちのビジュアルも、原作から受ける印象そのままと言っていい。もうそれだけでも十分以上のものだし、納得出来ない点があっても他に目を向けて感謝して観れば良いのだ……と思えるようになるまでに何年もかかってしまった。映画が公開されたのは2013年のことだ。

 私は本当にこの映画を観て納得したいし、納得出来なくてもそれはそれで良かったと思えるようになりたいと本気で願っているが、どこまでまっさら気持ちでこの映画を受け止められるかが分からない。願わくばこの物語に関する記憶を消して映画を観られたら、その後で初めて原作を読めるのなら、とても幸せなことだと思う……。でも、それは無理な話だ。

 だから私はこれから記憶思い入れも抱えたまま歯を食いしばってでも全部観て、自力で噛み砕いて納得するしかない。きっとそれはこの先の自分にとって有意義ことなんだろうが、こんな文章をジタバタ書いて整理しないと腹がキマらない位には苦しいものがあった。長くなってしまったが、読んでくれた方は本当にありがとう

 せめて映画ではラスト父親ちゃん地雷で惨たらしく死んで、主人公はその死骸を踏んづけてくれるんだろうなあ!? などとうるさく言いながら観ることにする。そういう観方でもしなかったら多分無理だ。その後言える感想があったら追記する。怒り狂っていたらすまない。

☆いきなり管を巻きまくってしまったが、小説悪童日記』はマジの名作の上にアッと言う間に読めるので、気が向いたら是非読んでみてほしい。もし面白かったなら続き(『ふたり証拠』、『第三の嘘』)もある。全三部作で、全て読むと分かる構成が本当に、本当に素晴らしいんだ。

2020-05-10

おじいさん

太平洋戦争満州に行ってたという私のおじいさん。

今はもう死んでしまったんだけど、戦争についてどう思っているのか、戦時下に何を思っていたのか、その時のことを今どう思うのか、知りたかった。

小渕さんから賞状をもらって部屋に飾ってあった。

拳銃を持った兵隊さんの絵が飾ってあった。(おじいさんは強い兵隊だと思っていたら、少し前におじいさんの弟におじいさんは満州で馬の世話をしていたと聞いてすこしがっかりした)

結局聞けなかった。というか死んでからそれが気になった。

もし、もう少しうまくやってたら今の日本はだいぶ違ったんだろうなあと思う。

もっとましになってたかもしれないし、もっとひどくなってたかもしれない。

今、新型コロナ非常事態において、自分は凄く無力だ。

非常事態と言われる状況下に置かれて、少しわかった気がする。

僕は今は非常事態だとは思っていないが、日本非常事態というのはこういうものだ、というのがわかった。

やっとわかった。

2020-04-27

戦時下でも日常はなくならないのだ

小中高といった学生時代平和学習の一環で、太平洋戦争時代を生きていた方にお話を聞く機会が何回かあった。

そこで印象に残っていたのは、戦争中でも普通に日常は続いているということだった。

広島原爆被害を受けた方も当日まで勤めていた工場人間関係普通に大変といった話を聞いたし、

私の祖母受験東京に一人飛んで勉強が大変だったとかテニス部に入ると腕が伸びると聞いてやめたとか、そんなどうでもいい話が印象に残っている。

現在はいうなれば戦時下だ。それでも経済は回さねばならない。義務は果たさねばら習い。むしろ制限も多いかしんどい戦争になったら戦争のためだけになるわけではないのだ。戦争第一なうえで今までやっていたこともやらなければならないのだ。

それはそうだろう。太平洋戦争中の個人商店政府土鍋を納めながらも商売はしていかなければならなかっただろう。


話が変わって申し訳ないが、私は現在大学4年生、就活中だが全然うまくいっていなくて困っている。授業再開の見込みは今のところない。友人は内定を頂いているらしい。

この困っている状況下だが頑張るモチベーションが続かない。人の目が無いと頑張れない。エントリーをせねばと思いつつ先延ばしにして期限が切れいている。仕事をさばくのがへたくそである自分仕事の締め切りを設定するのがへたくそなのである夏休みの宿題最後1週間で裁くのだ。毎週レポートの締め切りがあった平時はむしろ順調に過ごせた。むしろ説明会に出かける用事とかがあった方がメリハリがついて頑張れるのに。

これはまずい気がする。このまま内定をもらえず学校に復帰もできず留年中退コースかもしれない。ヤバイ。そんな予感がビンビンしてきた。

2020-04-26

anond:20200426112541

まず当たり前になってない。

マスクしないやつは非国民みたいな戦時下空気が当たり前なわけがないが、それが緊急事態下ってことだ。

2020-04-23

コロナでの不思議

安倍ぴょん戦争大好きなイメージだったのに(主に左翼さんの成果かな?)、擬似的な戦時下である現状ではなんか臆病になっているイメージ

もっと制限ガンガンかけていくと思ってたのに。

お坊ちゃまばかりの政治家では戦時は生き抜けないのかな?

反対にそういう制限を嫌う(と自分は思う)左翼の方々が、早く制限をかけてくれと主張してたのにはちょっとびっくり。

平時戦時あくまでそのニュアンスを汲み取ってほしい、念の為)での向き不向きってまぁ人それぞれあるけど、不思議だわー。

2020-04-17

anond:20200417210511

窮すればそうなるさ。

戦時下と想えばそうなるんじゃない?戦争したことないけど。

そのうち学徒動員とかなるよ。

2020-04-07

anond:20200407222256

昨日のコモディティ関連のETF上昇率見た?

先物無視でどんどん上値買われていった

イタズラにしても程がある

でも仕掛けた奴は確信犯でやってる

完全に戦時下だって

2020-04-06

anond:20200406150329

戦時下と一緒だな・・・

大本営発表も、わざわざ自分たちが有利に思えるようなデータを見つけ出してきて鼓舞するみたいな。

anond:20200406113449

医療施設のための接収はいいんだっけな。

いやあ実に戦時下だね。

2020-04-04

マスク手洗いするなら、マスク生産クリーンルーム必要なくない?

ヤフオクマスク検索をかけると自作した布マスクが出品されている。

政府も布マスク配布を決めた。


解せないのはマスク生産クリーンルーム必要だということだ。

シャープクリーンルームを持っていたので生産するようになった。

もう戦時下ということで、戦時標準品質としてクリーンルーム不要でいいのではないか

(もちろんクリーンルームにもレベルがあるのは知ってるが、緩めていいのではないか

2020-03-31

anond:20200329220233

戦時下なら尚のこと金を刷って使ったり戦時国債を発行したりするわけだが.....

2020-03-30

anond:20200330125816

ちな多くの戦時下における配給制では券はあくま権利価格は公定価格を払うことになってたりする

2020-03-29

困ってる人たちに現金支給を!!とか本気でのたまわってる皆様へ

いや、気持ちは痛いほどわかりますよ。自分もつい先日までは現在仕事が壊滅してる職種だったもので。

でもさ。

経済活動がマヒしているということは、税収も大幅減ってことなんです。

どこからその莫大なお金を出せばいいんですかね。ただでもこの数年大きな天災が続いてるこの国で。

しか医療費国庫負担が大きいこの国では、この先どこまで対コロナ医療費が膨らむか見当もつかない段階で。

現状認識が甘すぎる。

既に戦争なんです。戦時下なんです。

生命維持に不必要業界からどんどん切られていくのは、辛いし悲しいけど、戦時下ってそういうもんでしょ。

自分の今の仕事も、ひと月後には消滅してるかもしれません。戦時下なので。

死なないにしても、生活は激変するでしょう。

でもそれが、戦争ってもんです。

平穏生活保障ができる組織なんて、この世に存在しませんよ。

大変な時に政府批判するな理論

コロナで大変な時に政府批判するな理論」は、「戦争で大変なときお国批判とは何事だ」につながり、先の戦時下と同じ発想だから認めてはいけない。

2020-03-27

anond:20200327230052

戦時下

米と芋で、ばあちゃん家に皆避難たかったが、相続争いで納屋も蔵も壊されてない。

愚かじゃのう

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