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2014-02-13

オリンピックと、根性とか、リラックスとか

五輪】「税金泥棒!」選手罵倒するメダルキチガイ

http://t.co/lpBlpKzhoL

スポーツって根性大会前)xリラックス大会中)なのでは?

スポーツというのはデリケートものであり、下記のような二面を持っていると考えている。(※これはスポーツだけではないとも思う)

私は、下記の両面を行動に組み合わせたものに、成果が出ると考えている。

根性で乗り切るべき局面           (←普段)※

リラックス状態の方がよい成果がでる局面   (←本番)

Numberを見ていて、この1000本ノックがもたらす、ゾーン世界というのを

見た覚えがある。フラフラになるまで練習を繰り返す、あるいは、清水宏保

ように恐ろしい練習で、ブラックアウトするまで自分を追い込み、ゾーン世界

体験して返ってくるという練習をして、高めていた。

しかし、それは大会前までに終わっていることではないのだろうか。それ以降は調整状態なのだから

リラックスして、楽しんで、それで①の状態をx1.2ぐらいにできればよいぐらいのものではないのか?

特に採点競技になると②の状態って大事じゃないのか?

中田英寿アトランタオリンピックで耳が一人だけ柔らかかった=緊張したりものおじしていなかった」という状態。

rudeness x relaxingがもたらす見た目がもたらす感情逆撫でと裏にある選手戦略


國母氏が、反省してまーすで、物議をかもした。

礼儀がなっていない。彼を見て、不快から条件反射的に叩いている人いますけども。。

私には、当時から、とても、アホでrudeだから馬鹿にしているというより、ただ注目を集める場で、

彼なりの不満(オリンピックのみに注目するメディア、X-game見に来いよ)の怒りを露出させたのでは。

あるいは彼なりの普通リラックスしたパフォーマンスメディアバカだし。

そもそも、スポーツ特にセンスを要するような競技)において、功績を挙げている選手がスゲーアホで、

頭脳ダメっていう発想がよくわからない。純粋まっすぐな一直線の努力が身を結ぶケースってこの時代大分絶滅している気がする。

国威掲揚と捉えている人って多分大会前に努力が終わっている事を知らない気がする。

税金を突っ込んでいるクセにメダルを取れない。

そもそも我々、世界8位みたいな成功体験積んだことあんの?(自分舞台で)

俺もないっす。だから学びたい。

生きてりゃ、〆どころと、羽目外すところって、そもそも気づきません?

ある所まで、ストレスがんがん掛けてそれを続ける事が、効果生みます

そういう人って、多分目的持って、時間までにある成果を出し、

その出せなかった悔しさをバネに頭脳的に頑張るといった、心構え実は無いのではない

だろうか?

オリンピックマイルストン、それはアスリートにとって大事マイルストン、

でも彼らはその日常を多大な努力を払って、世界レベルに到達している。

マイルストンまでの調整、そこでのリラックス、これは我々はむしろ見習うべきことであるし、

そのための税金だったら、むしろ微々たるものではないのか?

我々は彼らの努力や、身を結ばなかった場合の失敗に関して学ぶことはあっても、税金だしているんだ、メダル取れねーってどいうことだっていう前に、沢山あなた

日常を鍛えるヒントが転がってるんだから学んだほうがよいのではないだろうか。

2012-08-04

http://anond.hatelabo.jp/20120804134826

>次のアトランタオリンピックも金が3つだけど、やはり景気が悪くて、次の年の1997年消費税を5%に増税した。

1996年小泉のころより成長率も株価も高かった

から景気がいいか消費税上げてもいいだろってことになった

そもそも悪いからあげようなんてことになるわけないだろ

他の国見てもオリンピックと景気なんか相関ない

オリンピックと景気と総理大臣

日本が一番、金メダルを取ったのが2004年アテネオリンピックだけど、アテネオリンピックの年は日本の景気も良かった。(国民レベルの実感はないまでも、いざなみ景気で株価も上がっていた)そしてその時の総理大臣小泉純一郎である

小泉総理について論客によって評価は異なるものの、2004年北朝鮮拉致被害者を帰国させるという歴史的な快挙をしたわけだが、バブル崩壊後の「日本の追い上げ」を演出した時の総理と言っても過言ではないだろう。

小泉総理のように強いリーターシップを持った人が居るなら、国内の閉塞感も薄れるだろうし、余裕も生まれる。選手ミスをしても叩くと言う事も少ないのではないだろうか。(2004年当時を鮮明に覚えていないので、相変わらずメダルを取れない選手を叩きまくっていたかもしれないが・・・)

一方、今年のロンドンオリンピック日本はまだ金を2個しか取っていない。レスリングで増加が期待できるものの、陸上競技では可能性は低いだろう。

近年で今年のオリンピックと似た年が1992年バルセロナオリンピックだった。金が3個と少なく、銀と銅が多い。やはりバブルがはじけた後で景気の悪いオリンピックだった。次のアトランタオリンピックも金が3つだけど、やはり景気が悪くて、次の年の1997年消費税を5%に増税した。

こう考えると、オリンピックと景気って連動してるんだな。日本が景気悪くて閉塞感に満ち、総理大臣コロコロ変わるような時代は、金メダルの数も少なく、結果も悪い。他国を調べてないからよく分からないけど、他国もそうなんだろうか。

やはり、国内がギスギスしていると、選手達の士気にも影響するのかもしれない。

2008-06-20

1984年生まれの見た世界

幼稚園年長(1990年度)

記憶にある時事ニュースで最も古いものは幼稚園児代。

先生砂場で遊んでる自分たちに向かって

「海の向こうでは今『せんそう』(湾岸戦争)が起こってます。

なんで人は殺し合うんでしょうね・・・」

というようなことを言ったのがそれで、その時はとにかく

「遠くで何やらすごく恐ろしいことが起こってるんだ・・・。」

くらいにしか感じなかった。

あの先生がそうつぶやいた日の空は澄み渡ったきれいな青空で、

平和そのものの天気」と「遠くにあるおそろしいもの」がひどく対照的で違和感を感じた。

小学校低学年(1991-1992年度)

父はある日「すごいお土産だぞ」と、

灰色でかわいくて格好いい形をした機械を持ってきた。

パイロットウイングス

あの頃、飛行機を巧く操縦できる奴は神だと思った。

機体を傾け、緑の輪をくぐる。静かな着地。

教官のきつい言葉に、甘やかされていた俺はたじろいだ。

当然ながら一緒に買ったマリオばかりプレイしていた。

少し経ち、マリオカートぷよぷよを持った友達の家に皆が遊びに行くようになる。

スト2はみんな持ってた。↓R↑LYBXA。

子供らしく野球だの公園遊具だので遊ぶこともあったが、

おれらはもっぱら「ファミコン」。

プールや川で波動拳ソニックブームしたり春麗で興奮したり。

もう、昔何やってたなんてそのくらいしか思い出せない。

信号機を自在に操れる熊の親父とか。

小学校中学年(1993-1994年度)

クラスで元気のいい女子が「スナックがかっこいい」だの同級生を

ヤマタク」なんて略して呼んだりするのが流行ってた頃、

テレビでは米不足米不足うるさかった。

小3か小4の頃。そーりだいじんは

「名前の読みにくい徳川家康の子孫」や「眉毛ぼーぼーの爺さん」で、

なんとなく面白く感じていた気がする。

暗闇の中、ベッドから飛び起きて「何事か」と

あわてふためいてる映像ばかりテレビに映っていた頃、

向こうから一時的に「疎開」のような形で来た転校生

関西弁ペラペラ」なだけで人気者だった。

この頃の記憶は割とある。

バブルが・・・」「バブルのせいで・・・」と大人がよく言っていた。

バブルというのは何か「イベント」か「夢」か、

なんか今苦しんでる(ように大人が見える)原因のようなものなのかなあ、

漠然とした理解しかなかった。

バブルなんかよりも目先のジーンダイバーとか恐竜惑星の方が重要だった。

フルハウスとかアルフの方が大切だった。

横取り40万とか嘘つき四択とかヤングチームとかNGワードとかの方が

小学校中学年の俺らにとっては刺激的だった。

小6(1996年度)

自分で自分を褒めたいアトランタオリンピックはよくわからんまま終わった。

男子は全員ポケモン。「ミュウの出し方分かった・・・!!!」と、

どこかで聞いた情報を興奮気味に話す奴とか。

そんなものに皆が夢中の中、クラスの「最先端野郎」は

ペラペラキャラがラップするゲームをやっていてすごくおしゃれに見えた。

6年時、その「機械」を持っていること自体がある種のステータスだった。

田舎だったから特に。

余談だが、「1984年度」生まれは1991年=小1、1992年=小2、

と一の位が学年なので西暦を言われると何年生だったかがすぐ分かって便利。

中1(1997年度)

そして俺たちは人生の中で最もださく恥ずかしい時代を迎えた。

例のあれの時は「赤い実はじけた」中1だったが

「あんたと年が近いのにあんな残酷なことするなんてねえ・・・怖い時代だねえ」

なんてよく大人から言われた。一方おれらは、

ナイフで生きた屍を切り裂いたり脳天をショットガンで撃ち抜くことに夢中だった。

気が付けばクラス男子のほとんどがあの「うすっぺらでCDを入れて遊ぶ機械」を持っていた。

一時期、どこでも買えなくてイライラしていた。

中1の冬は原田笑顔にしびれた。彼らは本当に格好良かった。

中2(1998年度)

ドラエモン」が流行した。

一番強かった奴(モンスター系統図の完全な情報を持っている奴)は

「あいつんち、『インターネット』ができるらしいね」

と言われていて羨ましかった。学校では出来なかった。

ていうか誰もパソコンなんて持ってなかった。

グレイとかラルクとか、「なんとなく格好いい」ものが増えてきた。

中3(1999年度)

あの日までカウントダウンしておびえていた。

結局あの日(月)はなにもなかった。

地域振興券使わしてくれ使わしてくれとずっと言っていた。

卒業間近、学校で「インターネットPC)」の学習をするための教室が出来た。

OSは2000Proでメモリ256MB。

家のボロパソがメモリ64MBだったからか「超」最先端に感じた。

数回しかなった情報の授業中、

好きなバンドを検索すると掲示板のようなものが結果の上位に出てきたのでクリックした。

口汚く罵倒されていて身が震えて泣きそうになった。

ハンドルネームを誰もいれていないのが非常に不気味だった。

・・・社会的経済的な用語とはいえ、

ここまでの人生を「失われた10年」なんて言われた。

俺たちは何かを得たし、間違いなく楽しく生きていた。

高1(2000年度)

ミレニアムミレニアムうるさくなった。

高校は、全教室にネットの使えるパソコンが設置された。

部活が楽しすぎてゲームはほとんどやらなくなった。

進化を遂げた機械」は発売日に買ったが大学2年まで

ファンタビジョンしか持ってなかったのはいい思い出だ。

DVDプレイヤー代わりだったもん。

ミレニアムだの新世紀だので盛り上がっていたころからだ。

どこに行ってもカチカチやってる奴が増えたのは。

最初、ちらほらと増えていく「カチカチ病」に違和感を持っていたが

自分が感染するのに時間は掛からなかった。

田舎なのに、7??8割は所持していた様に思う。

auじゃないやつが心底羨ましかった。

小遣いが多かったのか料金親持ちだったのか知らんが、

docomoってだけで「裕福な家庭死ね」なんて思ったものだ。

高2(2001年度)

音楽家のような髪型のおっさんが総理大臣になっていて笑えた。

高2の運動会前日。遠くで何やらすごく恐ろしいことが起こってるようだった。

開会式でも全くふれなかったのが今思うと印象的だった。

CDを小さいデータに変換してパソコンにたくさん詰めこんで、

それをMDプレイヤーより小さい機械にたくさん詰めこめる」

ということを説明するのは当時、骨が折れた(今もあまり変わってない気がするが・・・w)。

マッキントッシュを作っている会社が白色でかわいくて格好いい形をした機械を世に出した。

全く流行らなかったし、説明しても誰も興味を持ってくれなかった。

MDの方が格好いい」「“えむぴーさん”だっけ?オタクくさいね」

なんて言われたり。俺は流行らないと思った。

パソコン音楽を取り込む」こと自体が一般人にとって非常に抵抗のある行為だという感覚は理解出来たから。

高3(2002年度)

W杯休み時間の談話室(テレビがある部屋)の盛り上がりがすごかった。

高校卒業してからゆとりだのなんだの言われ始めた。

その頃「ゆとり」という言葉は非常に美しく感じられた。

複素数を知らないこどもたち」

大1-大3(2003-2005年度)

大学文系学部だったが

常時接続が安く使える時代突入」+「工学部情報系学科の知人との出会い」で、

高校リア充だった自分が一気に地に落ちることとなった。

その知人は「本名出して私生活を晒しまくる」ウェブサービスを教えてくれた。

本名顔写真・所属している(していた)集団と私生活全部暴露。

変態か?」これが最初見たときの素直な感想

今でこそ「知人以外には非公開」が多いけど、

当時はとにかく誰も彼も晒しまくり。俺は使うのに気が引けた。

携帯さえあれば、とりあえずコミュニケーションには事欠かない。

そのころ「文中にやたらと下線が引いてあるブログ

を目にすることが多いのに気付いた(それまで気付いてなかっただけかもしれんが)。

シンプルで、どことなくおしゃれなデザインだが書いている内容は気持ち悪いものが多い気がした。

冴えない青年は綺麗な女性を助けて本になって皆に読まれた。

その頃大学内で「それっぽい」奴は「萌えってどういう意味?w」だの

「お前の時代来たぞw」とかからかわれていた。

そして街に、キャンパス内に、増えていく白い機械

ホリエモンだの球団再編だの買収だのヒルズだのセレブだの勝ち組だの負け組だの格差だの、

なんとなくカオス

いつの間に「無職」の状態を「ニートやってるんでw」なんて明るく言えるようになったんだろうか。

大4(2006年度)

就活は、売り手市場なんて実感はなかったが内定先は大手メーカー

ブラックを避ける」という消去法で選んだ。

社1(2007年度)

街はパカパカ開け閉めする機械であふれた。

家ではリモコンで遊ぶ奴が急増。

ファミ通の売上チャートを見て(10年前から毎週見てるが)頭がくらくらした。

他はサブプライムローンがどうこう、原油高がどうこう、環境が、民主党が、

安倍さんが、携帯小説が、もう、断片。

・・・食品会社に行った知人はえらくストレスを抱えている様子だった。

社2(2008年度)

最近中国あたりが色んな意味でアツイ。

相変わらずの原油高は鬱陶しい。台湾もなんか変。

そう言えばちょっと前は、遠くで何やらすごく恐ろしいことが起こっていたようだ。

傍観していた人がその動画を撮ってアップしたりそれが罵倒されたり。派遣がどうこう。

さいごに

俺はこんな感じだが、他の俺「たち」はどうか知らない。

俺は約150万人いる「1984年生まれ」の中の一人に過ぎない。

高校携帯を持ち、家ではPCを夜11時からネット繋ぎ

大学ではADSLになってブログだのmixiだのでどうでもいい自分語りをしていた人間だ。

そして今は匿名ブログはまっている

それだけだ。

 
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