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はてなキーワード: 陶冶とは

2021-04-02

なんで勉強しなくてはいけないのか

などという疑問を抱く時点で後れを取っているのだ。

 自分語りをさせてもらうと、僕は幼稚園の頃から勉強ができたので、親族先生同級生からとてもとてもちやほやされた(客観的に見てどうだったかは知らん)。幼いころから勉強ができることのメリットを感じまくっていたので、勉強価値を疑うということが無かった。勉強ができること、すなわち頭が良いことこそ至上の価値があるという一種信仰を持っていた。刷り込まれていた、と言ってもいい。

それを刷り込んだのは教育に命がけだった母の影響が大きく、情緒不安定なところのある彼女は、普段聖母のような包容力を示すことがある一方で、息子が勉強を疎かにすると神罰を下すのだった。小1の頃、「三角形内角の和は180度なんだね~」と無邪気に告げたところ(褒められると思ってた)、「なんでそんなことも知らなかったの!」と、叱声とともに回し蹴りされたことは今でも根に持っている。

 なんて書くと毒親!と思われそうだけど、普段別に高圧的でもないし話もしっかり聞いてくれるしで良い人だったと思う。ただ本当に情緒不安定というか癇癪持ちだったので、飲食店での喫煙は当たり前だった当時に、隣席の喫煙者に喧嘩売って出禁になった、なんてこともある。突発的に他人喧嘩を吹っ掛けることがままあり、子供としては気が気ではなかった。ただ、その怒りも母が隠していた病気によるものでもあったのだろう。病状が悪化してついに隠せなくなっても「受験が終わるまでは」と病院に行くのを渋り、父に強制連行されてはじめて末期癌だと分かった。母は教育に命がけだったのだと、心から思う。女子大学進学率が20パーセントを切り、女性勉強なんてしなくてもいいと言われていた時代に、母はその風潮を押し切って田舎から上京し、東京理科大学に進学した。両親は小卒、上二人の兄は高卒なので、突然変異様相がある。

 母の話が長くなったが、ともあれ勉強のできる層というものは、そもそも勉強価値には疑問を抱かないものではないだろうか?もちろん面倒になってサボることはあるけれど、それは体に悪いと分かりつつ家系を食べるようなもので、勉強すべきという前提は疑いなくあるのである。疑問を抱く時点で後れを取っているというのはそういう意味だ。(なので僕の持論として、子供には就学前に漢字と九九を叩き込むことで、勉強できることで得られる優越感を早めに覚えさせることが重要)。

そのように当たり前に勉強をしていた層にとっては勉強する意義などそれこそ言うまでもないことだし、逆に意味などないという結論に至ることもまた自然だろう。


 以上を踏まえて、そのうえで「なぜ勉強をしなくてはいけないのか」への答えを考えてみたい。その際に大きく分けて、(1)勉強価値が分からない人(2)勉強価値自体は分かっている人、それぞれに向けた答えを用意すべきだろう。このうち(1)については書いててアホらしくなったので割愛する。一つだけ言うと、知見が広がるとか知らないことが分かるようになるとか人格陶冶されるとかいった答えはビール飲めない人にキレやらコクやら説明するぐらい無意味

2)勉強価値自体は分かっている人向け

 重要なのはそもそもの問い「なんで勉強しないといけないのか」は多義的だということ。

 すなわち(1)「なんで勉強(なんてものを)しないといけないの?」(2)「なんで(こんな)勉強しないといけないの?」の二つ。

(1)なんで勉強(なんてものを)しないといけないの?

 これは勉強のもの存在意義に疑問を呈していることになるのだが、発問者が勉強価値は分かっているという前提を踏まえると、「大切なのはわかってるけど生理的に無理」という状態である。こういう状態ときは発問者に勉強の楽しさに立ち返らせるか、あるいはもう休ませるほかない。

(2)なんで(こんな)勉強しないといけないの?

 この問いに関しては、「こんな」の意味内容によってさらに二つに分けられる。「こんな」が勉強方法を指す場合と、勉強対象を指す場合である

 前者の場合暗記が代表例だろう。暗記にうんざりして勉強が嫌になるというのは一般的だと思う。それに対し僕なりに思うのは、九九を覚えていなくて計算できるか?単語を覚えてなくて文章読めるか?年号覚えてなくて歴史の流れ分かるか?ということ。数学公式なんかがいちばん分かりやすいけど、暗記は発展的応用的な問題に取り組む際の補助ツールなわけで、全部一瞬で足し算出来たり文脈からあるいは語形成から意味を正確に読み解けるような天才でもないなら寧ろ感謝するべき。全く勉強方法というものは凡人でもなんとかついていけるように先人が遺してくれた財産なわけで、そのありがたみをかみしめましょう。

最後後者代表例はよく槍玉にあがる古文漢文。僕は古文漢文大好きなので、純粋に読んでて楽しいとか、一般教養としてとか言いたくもなるけど、まあ不要だと思うならやらなくてもいいんじゃない?友人に古文漢文を一切勉強せず東大行った奴いるし。ただ彼は数学化学河合偏差70超えてるような人間だったけど。ちなみに今になってやっとけばよかったと勉強している。


結局ずば抜けた能力のある人間なら、古文漢文やらなくていいし暗記にも頼らなくていいし、あるいは家柄が凄ければ内閣立法府だと思っているような馬鹿でも総理大臣になれるわけだし、勉強なんてしなくても良いと思うんだけど、家柄が並みで親が資本家でもなくスポーツ芸術の才能も無くずば抜けた頭脳も無い凡人にとって救いになるのは勉強だよねってだけの話だった。

2020-11-22

夫婦別姓について(久我雅大氏 @4wk2wk0 への私信

はじめに

この文章Twitter上の久我雅大氏 @4wk2wk0 のツイート

https://twitter.com/4wk2wk0/status/1329951527230816258

夫婦別姓に反対の方、

反対のその理由を教えて下さい。

よろしくお願い致します。

苗字が違うと家族の絆が…とかの勘違いは要らないです)

に対する自分レスポンス

https://twitter.com/StudioBiSHOP/status/1329967345914114048

自分に対抗する論拠は全て「勘違い」で片付けるような独善家の主張は間違っている蓋然性が高いだろうから反対。

に対する再反応

https://twitter.com/4wk2wk0/status/1329980375389544448

人にものを尋ねるときには、

必要のない余計な一言だったと反省してます

制度のものの形よりも私のような人間賛同するものから反対って事ですね?

に対する再々レスポンス私信です。

ブログnoteその他長文を書ける場所を他に持っていないので、ここをお借りします。)

御用とお急ぎでない方はお付き合いを。

本論

まず前提として、

組織だって統制と互助の行き届いた集団と、バラバラ個人主義者の集まり集団戦をやったら、前者がほぼ間違いなく勝つ」

という考えがあります

野球のように正面から戦う場合だけでなく、企業生存競争とか、一族郎党とかの生き残りでも同じです。

オオカミと同じように、人間集団で狩りをして生存競争をする生物なんです。

そして人間社会には「閨閥」という考え方があります

これは婚姻関係を肉親関係ととらえて、血族の規模を拡張して生存能力を高めようとする考え方です。

今でも伝統的な結婚式では「〇〇家 □□家 結婚式」と表題がかかげられます

べつに天皇家や(安倍元首相の)岸一族鳩山一族に限りません。

ちょっとした旧家では今でも結婚を機に両家の交流をつなぎ、コネ情報を融通しあって血族の存続をはかる営みが普通に行われています

縁戚の子供を預かって面倒を見たり、分家秀才の進学費用を融通したりと、大家族にはそれなりの長所があるんです。

自分実家でも、妻方の姪が進学した時に下宿代わりに長く居候をしていた時期がありました。

年の近い叔父自分就職相談に乗ってくれたこともありました。

もちろん、大家族のもとで不遇をかこった人の存在否定しません。

ですが、その人たちのルサンチマン(うらみ)の声と、家族制解体の声ばかりが最近は強すぎます

人間関係のしがらみや支配はうっとうしい、だから婚姻は両性の合意だけで成立としよう」

「家制度なんてもってのほか

というのは魅力的です。

最新の人権思想ポリティカル・コレクトネスにも相性がいいので普及しやすいのは分かります

ですがね。

そうやってトレンドに乗りやすい人たちがバリバリと旧来の家制度解体していく、そのいっぽうで、名家、旧家(いわゆる上級国民)はコッソリと血縁集団の枠組みを維持して、自分たちの資産(カネ、コネ権力総合して生存能力)を温存・成長させて行くように自分には見えます

本来なら、カネとコネ社会を渡る知恵、総じて資本と呼びますが、そういう資本に恵まれない人たちこそ、血縁閨閥で団結しなければならないはずなんです。

自分には、夫婦別姓というのは、そこに象徴的なクサビを入れる行為に見えます

「姓が別でも夫婦として協力し合えばいいじゃないか

とおっしゃるかもしれませんが、それでは嫁入り先、あるいは婿入り先の親族との互助関係についてはどうですか?

一段、薄くなったような感じがしませんか?

もちろん、親族関係恩恵としがらみはコインの裏表です。

ですが、目先の自由さにとらわれてバラバラの弱い個人として生存余儀なくされたら、資本に恵まれない人はますます悪条件で生きていくことになってしまます

寄り道して、自分体験談

目先の自由につられたワナ、については、自分のような古い人間には苦い経験があります

(目撃経験ですが)

1980年代フリーアルバイターフリーターブームです。

組織に縛られる生き方なんてダサいぜ!」という主張が雑誌映画に載りまくって、少なからずの(流行に乗せられやすい)人たちが正社員登用の努力をしないで、時間配分もワークスタイル自由アルバイトの掛け持ちを選択しました。

いっぽう、そこそこ良いレベル四年制大学にいた自分の周囲は、そんなブームには目もくれず就職活動に没頭して大手から中堅レベル企業に「所属」していきました。

結果はあきらか。いまでは非正規雇用の中高年たちが大問題になっています

制度代替物は存在うるか

社会運動家たちや最近ネット世代は「新しい時代自由人の連帯大事」といって、血縁によらない互助組織サロン模索する人もいますが、自分は疑っています

理由としては、



ここはやはり、大家族制のように最初子供として所属して、長じて貢献を果たし、やがては家父長制の長または重鎮として判断をふるう。という育成システムのある「家制度」の方が、長い歴史陶冶を受けている分だけ、一日の長があると自分は考えます

結論

というわけで、

夫婦別姓容認」というのは、ささいな制度の変更に見えて、その方向性の先には

閨閥門閥ガッチリ維持した上級国民

 VS

「カネなし、コネなし、世渡りの知恵なしのバラバラ大衆

の二極分化が待っているように見えるのです。

……こんな感じです。

いかがでしょう?

2020-07-27

思春期あたりに脳内で膨らむ全能感や周囲に対する漠然とした反発心、それらを飾り付けるための稚拙道徳感情なんかがまるで宿便のようにいつまでもまり続けて思考を蝕み自我を腐らせ人格陶冶の芽を潰したとしても、そんな些事を歯牙にもかけることなく月日は流れ、摂理に縛られた肉体は容赦なく老けていく。

2016-01-23

ダルビッシュしんごってユーチューバーすごい

エグザイルみたいなユーチューバーなんだけど。ナンパとか口説くのメインなんだけど。

すごいね、学びたい感じになるもん。

  

どーもナンパとかって、学びたいけど抵抗ある人が多いと思う。劣等感とかで。

でも、このダルビッシュしんごってのは、まず目の前の視聴者を楽しませる。その気にさせてくれる。

リア充特有のクッソウザイ、ノリだけの会話をせずに、面白いたとえとかでとにかくひきつける。

面白いキャラで、受け入れさせてくれる。

非リアのキモチに寄り添った恋愛講習している。

  

これ、すごいね

数学とかで、先生が嫌いだから数学苦手って結構いるじゃん。

俺も、これだなって。

ダルビッシュしんごの言う内容は別として、勉強したくなるマインドを作ってくれる。

結局、教師役割って、こういうマインドっていうかな。勉強の辛さを無くすことだと思うんだよね。

  

勉強するしないは、本人のやる気だし、教師に習うより独学が効果的なんだけど。

それでも、教師役割ってのはある。やる気だよ。勉強の内容の面白さを伝えることだよ。

面白い漫才でも聞きながら、学習すれば、効率は落ちても、学び続けるマインドとかで、結局はプラス

コミュニケーションできる教師って強いよねやっぱり。

  

ダルビッシュしんご。この人は、恋愛学っていうちょっと俺は忌避感持っちゃう分野の先生だけど。

尊敬できるってか、すごいと思う。

この人のしゃべったことをリアルでもパソコン前で復唱して、トークみにつけようとしちゃってるもん、自然に。

  

やっぱ、勉強って、勉強内容もだけど、その勉強内容で食ってる人達の中に、尊敬できたり、自分もそうなりたい、楽しみたい、一緒にいたいって思える人がいるのが大切だね。

勉強する分野によって陶冶を受けた人格ってのを見つけたとき勉強へのモチベーションになるし、続けやすいわ。

2016-01-09

http://anond.hatelabo.jp/20160109131156

「幼い」という言い方には同意しかねるが、やはり元増田には一層の内省を求めたい。

言い方について怒りを感じているようだが、重要なのは話の中身ではないのか?むしろ話の中身が重要ではないような人間と話している事自体苦痛だろう。言い方が気になる人間と話している時、話の内容があなたにとっては無意味になってはいないか。

果たしてその場であなたは何かを話し続ける必要があるのだろうか。いっそのことその人間と話し続けなければならない状況から抜け出す努力をしてみればいいのではないか。退職とか、退部、退学などだ。それほど気になるならば。

こう書いてゆくと、そうじゃないなら我慢しろ、という論法に落ち込んでいきそうである。もちろん我慢するのも一つのなのだろうし、理解を変えるということは重要な事だ。ある一定の言い方でしか言えない人間もいるのだ、そうした人間にはどういう過去があるのか、逆に聞いてみればいいのだろうか。聞き出すためには多くのコミュニケーションを重ねなければならないだろうし、苦痛も伴うだろう。しかし、相手の理解は深まり自己陶冶もつながるかもしれない。

いずれにしても怒りを感じるということは相手に何らかの、しか自分に似た嫌な部分が見え隠れするのではないかと想像する。嫌悪するという感覚自体重要であるように思う。それが暴力に変化してゆくことには、私としては反対。なぜあなた嫌悪するのかを自分理解説明するのか、あるいはめんどくさければ無視だと思う。

社会性のトレーニング方法からない

明らかに、社会性によって優劣が決まっているらしい。

というか、社会性の無さはリスクになる。

から社会性を教えられるのが大切なんだろうが。

なぜかその当たりは、学校の共同生活とかで空気を読むことになっている。

  

これってつまり。教えられるものじゃないのではないか。

その人が所属する社会ごとに勝ち方が違うから学校っていうある程度学力で分類された中で判断してくれってことで。

トレーニングの場は与えられたけど、鍛えるかどうかは任せた的な。

  

でも多分、色々な教育制度があった中での妥協がこの当たりなんだろうね。

これからずれるほど、意外と難しいのかもしれない。

  

じゃあ、自分社会の中で、学ぶ能力ってのはどこから来るのか。

その社会でうまくいってる人をパクれるようにするとかか。あるいは目鼻利かせてコミュニティ操作する側にまわれるのか。

その当たりは先天的な知能とかにもよるんだろうか。

  

底辺コミュニティーでは、暴力や見た目が最上位で形成される食物連鎖かもしれない。

上位コミュニティーでは、積み上げた社会的な実績や地位形成される社会かもいしれない。

  

俺は、どーも、下位~中位コミュニティ地域で生まれ育って、現在上位コミュニティに居るから、その当たりの感覚が違うのかもしれない。

どーも。俺は見た目に対する劣等感が強いが、勝ってる奴らってブサメンばっかりなんだな。

  

あるいは、最上コミュニティでは見た目がいい奴が上り詰めているのかもしれないが。

少なくとも、医者レベルの上位コミュニティではブサメンが勝ちまくっている。

底辺コミュニティでは、イケメン暴力厨、メイクでもなんでもいいから可愛い女が勝っていたと思う。

しかし、歳とると、女のメイク理解してしまって。メイクを抜いた顔とかが容易に想像できてしまい、底辺コミュニティでのかわいいアピールは、え?ってなってしまう。

じゃあ、素材でかわいい女っていうと。そういう女は、上位コミュニティに食い物にされてるイメージがある。下位コミュニティでの無双を捨てて、脱出したいってことなんかな。

その当たりを思うと、俺のこの見た目に対する劣等感ってなんだろうって感じる。見た目で勝てるコミュニティーはトウに超しているわけだから劣等感意味が無い。

  

今俺のコミュニティで俺に求められてるのは、

1番は、能力。まだ若いため、そこまで地位収入は求められていない。

2番は、人間性。他人迷惑をかけず、自然メリットを与えられるようなそういうコンビ商品みたいな陶冶が大切らしい。

3番目は、清潔感。綺麗な服をシンプルに着るってか、ストレスない見た目を求められている。BMIも、25くらいには成ってないとな。

  

だが、次のコミュニティに行くころには、この順番もかわる。

1番が収入地位

2番は指導的な父権

このあたりになっていく。

  

まり、その場その場で求められている課題理解して、鍛えてますか?ってのが社会性みたいだ。

2015-09-10

眼光紙背に徹する

このエネルギッシュなスピード社会事象の地平面をなぞるような理解

当然のごとく横行し、脂ギッシュなまでにエネルゲイア横溢している。

.

こと文筆業においてもそれは例外ではなかったのだ!

本来文章のぷろふぇっしょなるである彼らの失権ぶりには目に余るものがある。

そこの君はハンプティダンプティよろしく

「たっ!そうだな!おバカ記事を書く記者が跡を絶たない!」

と捲し立てるかもしれない。まあ卑近な例としてはそれが筆頭か。

もっともそれは氷山の一角に過ぎなくて根底にあるのは理解力の欠如なんだわ。

underlying lack of comprehension skillsだから

.

ちょっと待ちたまえよ。地球人達。

なぜ理解力が不足してしまうかそのメカニズムを解き明かし説き起こさねばならん。

時代マジでミステリーヤワマジックヒストリー

.

簡単に言うとスピード社会に人々が慣れてないということになる。

普段はスローなんだけど締め切りが迫った時だけ焦る。それが悪弊な。悪風は良風を駆逐する。

生活にメリハリつけるのは良いことだけど、メリの気持ちでハリに当たるから付いていけなくなる。

これがストレス社会伏魔殿である

.

ではどうすれば良いのか?今こそ梁山泊を。

OJT(オンザジブトレーニング)でやっつけ仕事撤廃することだね。

仕事の疲れをクールダウンさせるクールビズタイムを儲ける。クールサムライジャポンとして。

仕事に限ったことじゃないが、やる時は全力投球で、休む時はぐでたまの如く。

ハリの時は張り切ってやるはりはり漬けの張り子ちゃんの職習慣を君に。

.

この未来化計画のコア、いわゆる核(god)、別の言葉で目玉は、

冒頭に触れたるように数理的思考力の涵養、言語的読解力の醸成である

これらが三位一体となって人格陶冶を成すわけだ。

.

言うなればコロボックルコロニーか、はたまたボルボックスの群体のような軍隊

そんな軍隊規律正しい集団生活イメージしてみるとよい。じゃがポックルなんて贅沢できねえ!

.

その結果、世界の、はたまた読書の色鮮やかさ(ビビッドネス)が全く違ってくる。

我々の業界では書痴ビブリオマニア)は褒め言葉です。

此をば古人は語りけむ。 眼 光 紙 背 に 徹 す る。

2015-07-28

http://anond.hatelabo.jp/20150728004029

横だけど教育徴兵論って単なるアナクロだと思ってバカにしてたけど、デモクラシー陶冶のために徴兵制を復活せよ!っていうのがありえるのか。。

2015-07-25

http://anond.hatelabo.jp/20150725105746

ある国のデモクラシーというのは、その国とデモクラシーを同時に愛する国民によってのみ陶冶される。

まり、君には最初からデモクラシーへの参加資格がないということになる。言葉には気をつけた方がいい。

くわえて言えば、日本国がなくなってしまえば日本国憲法もなくなってしまうので、日本国憲法を守る必要もなくなる。君の観念を推し進めると、そうなってからすでになくなった日本国憲法の規程にそわないことをして人民幸福を図ることになるが、仮に安保法制違憲だとしても結局日本国憲法を守らないことには変わらない。どうせ守らないならそうなる前にもっと穏やかな形で破っておいたほうがまだましだろう。まして立場もの見方によってみれば安保法制違憲ではないのだから

原理原則どおりかというと、少なくとも俺の主観では原理原則どおり。君の主観原理原則どおりでないというのは俺にはどうしようもない。こうやって見解が一致しなくても採るべき政策を決定するために多数決がある。

2015-07-22

http://anond.hatelabo.jp/20150721071717 (誤解を招いた表現に説明を追加)

せっかくなので本筋以外の点についてコメントする。

緊急性の有無について。

では安全保障法制必要性に君が納得してくれるにはどういう事態が起こればいいのか?尖閣近海中国艦隊とにらみあう日本艦隊米軍艦隊攻撃され(補筆ここから:個別的自衛権行使が可能な状況を作り出して反撃するために:補筆ここまで)盾になった自衛艦が撃沈されればよいのか?そして自衛官が何十人も戦死すれば君は納得してくれるのか?それから政府解釈を変更し、安保法制を作り、衆参両院で審議・成立・施行・訓練か。一体、何ヶ月・何年かかるのだろう。その間に中国尖閣ヘリポートを作らないのだろうか?そもそも安保法制ができればまだしもましだが、その間、朝日新聞は「中国だって言い分はある。日米にだって落ち度はあった」と中国の三分の理と我が方のかすかな落ち度を一生懸命報道してくださることだろう。ありがたいことだ。現在安部内閣指導力は支持・不支持の側双方が認めざるをえないところであろうが、そのとき指導力の乏しい内閣日本国指導していたら右往左往してヘリポートの完成を見守るばかりであろう。そして日本と利害の相反する国がとらえるのは当然、そういう内閣が任にあたっている機会である

「緊急性」がないなどとはとても賛同できない。

政府暴走云々について。

沖縄独立させ衛星国にするぐらいなどと簡単に言うが、中国衛星国と言えば北朝鮮だ。その惨状を知らぬ訳ではあるまい。沖縄同胞140万人の運命共産主義者の圧制に委ねることを「程度」などと評するのは、沖縄県民日本国民としての権利を軽視した恐るべき差別的な発想といわざるを得ない。そもそも一地方の分離・独立国民国家の存立に関わる事態だ。

政府国民保護するためになすべきことをせずに国民幸福追求の権利が結果として侵害されたり繁栄財産が制約・制限侵害されるならば、それは政府暴走の一種だ。

日本国デモクラシーを奉じている。すなわち日本国民意志によって政府は交換可能だ。日本国民の理性を信じ、陶冶することこそが日本国デモクラシーの発展に寄与する。

そのためには冷静で論理的議論ができる環境が不可欠である。そしてそれに果たすメディア役割は重大である

私と君がした議論は、それなりに生産的で冷静・論理的であったと思う。しかしながら今般の安保法制に関する議論メディアでも議会でも極めて幼稚だった。

日経新聞は「与野党どっちもどっち」などと見識ヅラを装っているが、個人的には野党の幼稚さに主たる責任があると思う。

世界的な軍事バランスの変化を前提にする以上、多少の時期の早晩に違いはあれ、日本安全保障体制見直し必要なのは国民の幅広い層がすでに認識している。

一方、自衛隊日米安保機能必要性日本国民は受け入れている。

これらを是認した上で、安保法制に反対する唯一筋道だった論理9条改憲をセットにし、われわれ日本国民が奉ずるデモクラシーと立憲政治危機を訴えることだ。

だが、安保法制反対(朝日新聞購読層、民主党社民党共産党支持層)の人々の多くは9条改正に反対だ。だからこの論点に、一生懸命焦点を当てないようにしている。その装置が「憲法学者圧倒的多数」なるその中身が明らかでないフレーズだ。

こんなつまらごまかしが通用すると思っているのだから国民馬鹿にしているのは朝日新聞野党だろう。

多少の逸脱はあったにせよ与党側の対応が不誠実だとする非難は、むしろ悪質なクレーマーが型どおりの応答をせざるをえないコールセンターの係員を非難している様子を想起させてしかたがないのだ。

2012-08-17

http://anond.hatelabo.jp/20120817114538

物事を行う基礎体力を実力と考えるのであれば、それは努力によってのみ涵養される。

やりとげねばならぬ、という物事への責任感が、一つの仕事を完遂させ、実績として計上出来るようになる。

他者と関わる機会が増えると、大きな苦労を伴うことも多いが、それにより人格陶冶される。

そもそも情報が正しくなければ正しい判断を行うことは出来ない。判断力には情報の取り扱い能力も含まれる。

こんな感じか?

2011-10-17

いい歳して陶冶をやり直そうとするのはメンヘル一直線

幼稚園の頃から友達

いつも周りから軽く見られて、周りからいじられる事が多い子だった。

でも、失礼な事を言われても決してやり返したりせず、周りに思いやりのある対応をする子だった。

そういう所が凄いなぁ、と思ってて私は彼女の事が好きだったのだけど、彼女社会人になってから変わった。

何にでも貪欲でガツガツするようになった。

「私は負けず嫌いだから。」と公言し、他人とスペックを競い合うように。

そういう人間に会ったことがある。

人格変わった(変えた)以降のバージョンに。


うっぜーーーんだよね、そのタイプさあ。


生まれたときからの負けず嫌い人間であれば、

負けず嫌いを20年30年とやってきてるわけだから

その性格で衝突したり痛い目に遭ったりも色々ふみわけて、

負けず嫌いなりに角が取れてるって言うか、余裕も出来てるわけよ。

(まあそうじゃないサイコパスみたいなのも一部に居るけどね)


あと、生まれたときから負けず嫌いな人って言うのは

小さいときから針路がそういう方向なわけだから

大人になった頃には自分の負けず嫌い度に応じた場所に行ってるわけよ。

まり周囲も同類の負けず嫌いだらけのコミュニティ企業にね。


でも成人後にデビューしたナンチャッテ負けず嫌いっていう奴は

いい歳して自意識が剥けたての「新しいワタシ」なわけだから

ヤンキーデビュー中学生みたいにトンガってて角だらけ。

これが迷惑極まりない。


で、いい歳して自分のそれまでの人生に否定的な見方が強いか

とりあえず周囲の人間に当り散らすんだよね。

自分の現状のポジションや交友に対して破壊的なアクションが増える。

ほんとにやるなら自分破壊しなきゃいけないのに、そこは自分可愛いから物や人に当たる。


勝手に「敵」を作って馬鹿みたいに張り合うのもそうだし、

悪口や陰口やランク付けみたいな発言がすげー増える。

常に「馬鹿にされてるんじゃないか」って発想が支配的になって、臆病になる。

そのぶんまで攻撃的になる。


はっきり言って自意識上の障害、

メンヘラに分類されるべき奴らなんだよねあれ。


しか彼女達は一生幸せになれない。

俺は成れの果てって言うか、結論みたいなおばさんを数名見たんだよ。

20代後半からガツガツ社会デビューしたような人。


物凄く周囲に迷惑で、

物凄く本人も辛そうだった。

からつけた仮面は20年経っても全然顔になじんでない感じだった。

一時も心休まってるときがないように見えた。

プライドが高い」というには劣等感が丸見えだった。

酒飲んだときの酒乱ぶりも半端なかった。(普段必死に見え見えのゴマすりしてた相手にも無礼をしてしまう)


これが中学生時代なら、

人格自意識試行錯誤はお互い様の笑い話だが、

大人になってから自分のそれまでを全部否定してやり直そうとする人。

迷惑だからやめときな。

おそらくメンヘラの一種だから、口で止めても止まらないだろうけど。


迷惑なだけじゃなく、それは上手くいかないんだよ。

成人に突如、問題を抱えた中学生みたいな危うい人格に戻られても

周囲の同僚はそんなの受け止め切れないんだよ。付き合うにはハードルが高すぎる。

からあっという間に周囲と内面が隔絶して、不満と不安メンヘラになり始める。

不幸になる。下手すればその先何十年も。


だいたい自分だって、1から思春期みたいに恥を掻きなおすガッツはないだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20111017162327

2011-03-14

http://anond.hatelabo.jp/20110313224324

お前の馬鹿度・幼稚度は成人近辺の人間として許されるレベルを超えてる。

馬鹿なりになんか目が覚めたらしい事は一緒に祝っても良いが

そこで自省や羞恥に向かわずすぐさま他人になんか言おうとするところがもっとも醜悪に馬鹿

お前はお前を陶冶してればよろしい

成人近辺の、その中でもかなり馬鹿人間が思いついたことなんて、社会に発信する何の価値もない。残念ながら。

馬鹿馬鹿でも自覚したから成長すればいいだけ。

ただ馬鹿の癖に馬鹿のままで人を啓蒙や教化しようと考え始める厚顔無恥馬鹿は本当に死ぬべき。

冗談抜きで公害から

↑こいつが頭悪いのは分かったけどさ。

こいつに反応するんじゃなくて俺のに反応してほしいな。

俺はこいつが言っているように啓蒙とかしたいわけじゃなくて、単純に意見聞きたかっただけなのにさ。読んでもらえばわかるけど。

http://anond.hatelabo.jp/20110313235603

そこで自省や羞恥に向かわずすぐさま他人になんか言おうとするところがもっとも醜悪に馬鹿

お前はお前を陶冶してればよろしい

ここ最高におもしろい。窓から外を見ると、なぜか鉄格子が。

ただ馬鹿の癖に馬鹿のままで人を啓蒙や教化しようと考え始める厚顔無恥馬鹿は本当に死ぬべき。

いやいや。貴方が。

2011-03-13

http://anond.hatelabo.jp/20110313233152

なんだ、優しく言うと伝わらないのか。

じゃあオブラート取っ払ってもう一回言うぞ。


お前の馬鹿度・幼稚度は成人近辺の人間として許されるレベルを超えてる。

馬鹿なりになんか目が覚めたらしい事は一緒に祝っても良いが

そこで自省や羞恥に向かわずすぐさま他人になんか言おうとするところがもっとも醜悪に馬鹿

お前はお前を陶冶してればよろしい

成人近辺の、その中でもかなり馬鹿人間が思いついたことなんて、社会に発信する何の価値もない。残念ながら。

馬鹿馬鹿でも自覚したから成長すればいいだけ。

ただ馬鹿の癖に馬鹿のままで人を啓蒙や教化しようと考え始める厚顔無恥馬鹿は本当に死ぬべき。

冗談抜きで公害から

2010-08-18

http://anond.hatelabo.jp/20100818110003

こういう人間に助言するなら

「まず自分自身の陶冶をせよ」

「何か核となる物の芽を持て」

になると思うのだけど(明らかに別の問題まで「彼女がいない」と言うことに集約されてるから)


世の人生相談はこういう人間

そのまま「彼女を作る方法」や「ソープの行きかた」を伝授するんだよね。

絶対違うと思うんだけど。


彼女を作るためにあがく」「ソープへ行く」

の方が相談者の憑き物が維持されて面白いからなんだろうな。

あと経済活動を喚起するし。

2010-02-06

珍獣くえす [2010.1.30]

 生産性の向上で景気回復

 生産性の向上とは、ようするに、工程の見直しによる節約や合理化、賃下げ、人員整理といった国民所得を引き下げ、雇用を切り捨てる事である。

 切り捨てた側は、一時的にバランスシートが良くなり、株価が上昇したりするが、これらの行為は、継続して行う事が出来ない。今年成功したから、来年も再来年もという、事業としての継続性が存在しないのである。

 切り捨てられた側は、下請け企業ならばコストダウンによる利益幅の低下が発生し、労働者ならば賃下げによる消費性向の冷え込みや解雇による無職化といったリスクが発生する。

 生産性の向上が景気の回復に繋がるのは、唯一、向上した分だけ生産高を高め、販売できた時である。解雇も賃下げもせず、生産量の増加だけを達成し、価格を据え置いたり引き下げたりして、消費者に大量に、湯水の如くに供給して換金する事が出来る場合に限られる。

 そのような商材や売り先が、今、どこにあるのであろうか。

 商材や売り先が無い状態で生産性の向上を進めるということは、縮小再生産を行うということで、産業が支えられる人口が減っていくという事になる。解雇されてはじき出された人は、社会保障が支えるとなるが、その原資である税収も減るので、遠からず、破綻する事になる。

 ケインズ主義の総需要を増やす為に財政出動という話にしても、その財政出動乗数効果が実効税率の逆数以上でなければ、財政赤字を増やすだけとなり、かえって消費や景気を冷え込ませるのである。

 行うべきは、生産性ではなく、創造性の向上であり、アイディア技術の実現を奨励し、懲罰的賠償金制度のような、チャレンジを妨害する制度をやめさせる事である。

 無条件にやめさせることは出来ないので、問題となった装置製品市場占有率を基に、支配的立場にあるメーカーに対しては請求できるが、そうでないメーカーには請求できないというような制限をかけるだけでも、サードパーティが増え、市場における競争を発生させる事が可能となる。特許においても、独占型の場合には無条件で支配的立場になるが、非独占型であれば、市場占有率が十分に低ければ支配的立場にはならないという逃げ道を作れるのである。特許は本体が持ち、実際の製造は子会社や協力企業にばら撒く事で、問題の発生した製品を製造している企業は沢山あっても、どれも支配的立場にないから通常の賠償は負担させられるが、懲罰的賠償は被らないで済むという回避が可能になるのである。

 不都合の出てきている制度の改廃こそが立法府の本分であり、財源が無いのに税金のばら撒きをやるべきか否かや、どこにばら撒くか、あるいは、ばら撒き先との癒着である賄賂等の政治と金の問題でゴタゴタしているのは、与野党共に、本分を忘れているとしか思えない。

 自民党から追い出された議員達が与党になっているが、自民党から追い出された理由であるお金の問題や失言暴言は、全然治っていないようである。自民党だったらとっくに辞職や離党勧告モノである。実際に追い出されているのに、反省していなかったようである。野党暮らしをしても人格陶冶されないというのが、政治家という職業なのであろう。

2008-12-18

限りなく釣り堀に近い何か

http://anond.hatelabo.jp/20081217155611

どうすればここまで歪んだ解釈ができるのだろうかと感心してしまいます。何もかも周囲の無理解が悪いのですか?世間が悪いのですか?苦労はしているようですけど、それが全く自己陶冶に役に立っていない好例ですね。

この文章の中で一番腹立たしいのがココです。

公務員は安定しているからと選んだ仕事だ。人手不足の時代に「是非、うちに来てくれ!」と言われて就職し、遅刻や欠勤に気をつけ、言われた仕事をただソツなくこなしていれば、後は勉強などしなくても順調に出世できた

貴女は父親のことをどれだけ知っているのですか?

「女はラクでいい」という発言は確かにデリカシーに欠けていますが、だからといって父親は全く苦労していないような言い方は無茶もいいところでしょう。社会人として生きていれば、仮に一見楽に見えたとしても実際のところは相応の苦労があるものですよ。あと、世代としてどうであったかと、父親個人の生き方は全く別の話でしょうに。いくら「両親の協力には感謝してる。」と書いていても、これでは表面上の態度にしか見えませんね。

大体、問題の原因は離婚の件にせよ資格取得の件にせよ、更には就職の件にせよ、貴女の見通しが甘い事が第一ではないですか。これだけ適当なことをやっていて、それでも子供一人かかえて生きていけるのですから「女はラクでいい」と皮肉の一つを言われるくらい我慢したらいかがですか?

そもそも、貴女は今いい大人なのに両親の世話になっているんですよね。それをどうお考えなのですか?愚痴を言う前に、自らを恥じるのが通常の順序というものでしょう。貴女が両親の面倒を見たくないという前に、両親が貴女の面倒を見たくないのではないのですか?そういう想像力は無いのですか?

貴女が今置かれている状況は、自己責任以外の何物でもありえませんよ。

 
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