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はてなキーワード: 寄席とは

2020-05-22

テケレッツのパァ

捨ててこ、ステテコ

・・・コレラ流行って寄席から客が遠のいたとき挽回するために始められた芸だったらしい。

2020-05-01

anond:20200501104312

でも「何で東京寄席で『笑福亭』って優遇っていうか一目置かれてたりするの?」とかの疑問に答える為には

松鶴の功績の話を始めるしか無かったりするんだよなぁ…。

鶴光鶴瓶の事を偉大とも何とも思ってないか一般人は。

2020-03-11

お笑い寄席コロナとか自粛とか無視してて凄みがある。

世の中とにかく自粛ムード

それなにの演芸寄席は、そういうの一切無視して通常通り営業している。

コロナのコの字もない。

ノーガード戦法なのかな。

歌舞音曲を控えよ」とかじゃなく、ウィルス感染するという実際のリクスなんだけれど、

そんなん知ったこっちゃないって感じかな。凄みがある。

演劇の死」とか偉そうなこと言ってる人らとは覚悟が違う。または何も考えてないだけ。

新宿末廣亭

https://suehirotei.com/

上野鈴本演芸場

http://www.rakugo.or.jp/

池袋演芸場

http://www.ike-en.com/index2.html

浅草演芸ホール

https://www.asakusaengei.com/

2020-02-06

18禁マンガ図書館Z」でこれを読め!

昭和漫画マニアのワイが、合法無料で読めるおもしろ漫画を紹介する。

記事→ https://anond.hatelabo.jp/20200107005242

  

ぶれいボーイ芳谷圭児小池一夫

https://vw.mangaz.com/navi/192151

3巻以降の展開が支離滅裂だが、芳谷圭児小池一夫コンビは、この後、『カニバケツ』『学校探偵』という傑作を生み出す(この2作品は未掲載)。

  

マンダム親子』古谷三敏

https://www.mangaz.com/series/detail/66501

ダメおやじ』『寄席芸人伝』など昭和平成漫画史に残る傑作を生み出した古谷三敏の初期のお下劣お金持ちギャグ漫画小林よしのりの『おぼっちゃまくん』はこの漫画元ネタにしているのかもしれない。古本で全巻揃えると1万円もする名作がここでは無料で読める。

  

ハムレットみなもと太郎

https://www.mangaz.com/book/detail/43841

天才みなもと太郎の名著を描く傑作漫画。その他にも多数、著作がみられる。

  

ANGEL遊人

https://www.mangaz.com/series/detail/171731

青年誌エロマンガの傑作。他にも多数著作あり。

  

『妖魔西遊記出井州忍

https://www.mangaz.com/series/detail/192651

鬼才出井州 忍(でいずにん、ディズニーのもじり)のエロ劇画西遊記

2020-01-31

お笑い芸人世代分けを再考する

多くの人はこちらのWikipedia記事を参照していると思われる。

日本お笑い史 - Wikipedia

この記事も踏まえた上で、実際に主だった芸人を「活動開始時期」や「人気が出た過程」で並べ、あらためて世代分けを考えてみたい。

芸名活動開始人気が出た年代備考
横山エンタツ花菱アチャコ1930年1930年しゃべくり漫才元祖コンビとしては1934年解散するが、それから60年代までラジオ映画などで活躍アチャコ吉本看板芸人となる。
夢路いとし・喜味こいし1937年1950年代1949年ごろからラジオ番組上方演芸会』に出演して名をあげる。いとしが亡くなる2003年まで漫才を続けて「上方漫才の宝」と称される。
中田ダイマル・ラケット1941年1950年代1957年開始のテレビ番組ダイラケのびっくり捕物帖』はテレビの「上方コメディ番組元祖
ザ・ドリフターズ1956年1960年代1963年開始のテレビ番組大正テレビ寄席』に出演したこからコントを中心とするようになり、1969年開始のテレビ番組8時だョ!全員集合』にて大ブレイクする。
てんぷくトリオ1961年1960年代大正テレビ寄席』などへの出演で人気を博す。「トリオブーム」の中心的存在三波伸介1970年テレビ番組笑点』の司会に就任するなどしてテレビスターに。
コント55号1966年1960年代1968年開始のテレビ番組『お昼のゴールデンショー』『コント55号の世界は笑う』などで支持を得てドリフと人気を二分する。1975年以降は萩本欽一がピンで活躍する。
横山やすし・西川きよし1966年1960年代60年代後半に演芸ブームに乗って人気を獲得、80年代前半までバラエティ番組の司会などで活躍する。「漫才ブーム」では大将格となる。
B&B1972年1980年代実力は評価されつつ関西でくすぶっていたが、吉本芸人としていちはや東京進出したことで人気を得て、漫才ブームを牽引した。
ツービート1972年1980年代漫才ブームに乗って「毒舌」を武器に台頭。特にビートたけしは、1981年開始のテレビ番組オレたちひょうきん族』などへの出演からピンで大人気となった。
明石家さんま1974年1980年代70年代後半から関西で人気を獲得、東京進出してのち『オレたちひょうきん族』でブレイク。たけし・タモリと合わせて「お笑いBIG3」の一人と称される。
タモリ1976年1980年代キワモノ芸人としてマニアックな人気があったが、1982年開始のテレビ番組笑っていいとも!』の司会を務めるなどしてお茶の間の顔となる。
島田紳助松本竜介1976年1980年代漫才ブームに乗って「ツッパリ漫才」で若者の支持を得る。『ひょうきん族』にも出演して人気を博す。1985年コンビ解散して以降は、島田紳助がピンで活躍した。
とんねるず1980年1980年代お笑いスター誕生!!』に素人ながら出場して知名度を高める。ラジオ深夜番組若者からの支持を獲得する。1984年楽曲『一気!』がヒット、1988年に冠のテレビ番組みなさんのおかげです』を開始する。
ダウンタウン1982年1990年代1987年開始のテレビ番組4時ですよーだ』の司会をきっかけに関西若者から爆発的な人気を得る。80年代末に東京進出深夜番組夢で逢えたら』を経て、1991年に冠のテレビ番組ごっつええ感じ』を開始する。
ウッチャンナンチャン1985年1990年代結成当初に『お笑いスター誕生!!』に出場している。1988年開始の深夜番組夢で逢えたら』で知名度を上げ、1990年に冠のテレビ番組『誰かがやらねば!』『やるならやらねば!』を開始する。
爆笑問題1988年2000年代1994年開始のテレビ番組タモリのSuperボキャブラ天国』で人気を博す。90年代後半から深夜帯を中心に冠番組が増えはじめ、2000年ごろからゴールデンでもレギュラー番組をいくつも抱えるようになる。
雨上がり決死隊1989年2000年代1991年に結成されたアイドル芸人ユニット吉本印天然素材」のリーダー格。2000年開始のテレビ番組ワンナイR&R』や2003年開始の冠番組アメトーーク!』などで人気を博した。
さまぁ〜ず1989年2000年代90年代前半に「バカルディ」名義でいちど人気が出たが、2000年ごろに「さまぁ〜ず」に改名して再ブレイク、多数の冠番組を抱えるようになる。
ナインティナイン1990年1990年代吉本印天然素材」出身1994年開始のテレビ番組ぐるぐるナインティナイン』、1996年開始の『めちゃ×2イケてるッ!』など、早くから冠番組を持ってブレイクする。
くりぃむしちゅー1991年2000年代タモリのSuperボキャブラ天国』にて「海砂利水魚」名義で人気を博す。2003年ごろから再び人気が出はじめ、2000年代後半には多数のレギュラー番組を抱えるようになる。
ロンドンブーツ1号2号1993年1990年代ダウンタウンナイナイに続く、若者人気の高いコンビとして早くからプッシュされ、90年代後半から『ぷらちなロンドンブーツ』『ロンドンハーツ』など多数の冠番組を持つようになる。
ネプチューン1993年2000年代タモリのSuperボキャブラ天国』で人気を博す。1999年開始のテレビ番組『力の限りゴーゴゴー!!』で司会に抜擢されるなどしてブレイク2000年代には多くのレギュラー番組を抱えるようになる。
バナナマン1993年2010年代あえて『ボキャブラ』への出演をせず、ライブ中心に活動したことで売り出しが遅れたものの、2000年代半ばから徐々にテレビに出演しはじめ、2012年ごろから冠番組が急増してブレイクした。
有吉弘行1994年2000年代『進め!電波少年』の企画1996年に「猿岩石」としてブレイクするもまもなく停滞。2004年からピン芸人として活動を始め、2007年ごろから毒舌ネタ再ブレイク
タカアンドトシ1994年2000年代札幌で結成されたコンビで、2002年東京進出2005年ごろから笑いの金メダル』などで披露した「欧米か!」というツッコミ流行り、2000年代後半には複数冠番組を持つようになる。
ブラックマヨネーズ1998年2000年代2005年M-1グランプリで優勝する。2006年東京進出し、2010年ごろから冠番組を持ちはじめる。
チュートリアル1998年2000年代2006年M-1グランプリで優勝する。2007年東京進出し、2010年ごろから冠番組を持ちはじめる。
サンドウィッチマン1998年2000年代2007年M-1グランプリで敗者復活から優勝する。2010年代後半からレギュラー番組が増加し、2018年芸人好感度ランキングトップに立った。
オードリー2000年2000年代2008年M-1グランプリで敗者復活から2位となりブレイク
オリエンタルラジオ2003年2000年代結成してすぐの2005年ごろに「武勇伝ネタブレイクし、まもなく冠番組を含むレギュラー番組を持つことになった。
霜降り明星2013年2010年代2018年M-1グランプリで優勝する。

まず画期としては1953年テレビ放送の開始が挙げられる。この時期に人気があったのは落語家喜劇俳優であり、またコミックバンドも人気があった。上の表で言えばいとこいダイラケあたりが該当する。いわば「第0世代」であろうか。

次にやってくるのが「演芸ブーム」で、1963年開始のテレビ番組大正テレビ寄席』を中心に数々の演芸番組放送され、その勢いが1970年ごろまで続いた。一般にこの時期に人気が出た芸人が「第一世代」と呼ばれる。「寄席」をテレビでやるので落語漫談漫才コントコミックバンドなど幅広い芸人が登場した。てんぷくトリオを筆頭に三人組が多かったので「トリオブーム」とも呼ばれた。1970年代はドリフ萩本欽一コント番組が人気を二分した。やすきよもこの世代に含まれる。

続いて、1980年放送された『花王名人劇場 激突!漫才新幹線』『お笑いスター誕生!!』『THE MANZAI』などが立て続けに高視聴率を取り「漫才ブーム」となった。このブーム自体は二年ほどで終息するが、若手漫才師がアイドル的な人気を得て「漫才」のイメージを変えたり、吉本興業が東京進出したりするきっかけとなった。1981年から1989年まで続いた『オレたちひょうきん族』が『8時だョ!全員集合』の視聴率を超え、出演していたビートたけし明石家さんま山田邦子らは一躍スターとなった。たけし・さんまタモリを加えた「BIG3」を中心に、漫才ブームひょうきん族から出てきた芸人を「第二世代」とみなすべきだろう。

その次が「第三世代」と呼ばれる芸人たちで、お笑い養成出身の若手が、小劇場ライブで腕を磨き、夕方番組深夜番組きっかけに人気を得て、ゴールデン帯で「バラエティ番組」を持つ、といったキャリアを踏むのが特徴であるとんねるずダウンタウンウッチャンナンチャンがこの世代代表格となる。一般に「第三世代」は80年代デビュー組で区切るようだが、個人的には似たようなキャリアから早めにブレイクしたナイナイロンブーあたりも含めるべきではないかと思う。

次に来るのが「ボキャブラ世代である1992年から1999年まで続いた『タモリボキャブラ天国』は、当初は視聴者投稿型の番組だったが、徐々に芸人ネタ見せ番組に移行。この番組登竜門に「キャブラー」と呼ばれる芸人が続々と登場した。吉本興業が首を突っ込みそこねたらしく非・吉本芸人が多い。またボキャブラ終了とともに一時的に低迷した芸人が、2000年代に復活するあたりも共通している。先述したとおり、ナイナイロンブーなどを第三世代に含めるとすれば、この「第四世代」は爆笑問題くりぃむしちゅーネプチューンあたりが代表格となる。

2000年代に入って「M-1グランプリ」が始まったことで「お笑いブーム」が醸成された。また同時期に『爆笑オンエアバトル』『エンタの神様』『笑いの金メダル』『爆笑レッドカーペット』などのネタ見せ番組スタートしてお笑い人気に拍車をかけた。賞レースを目指してストイックに芸を磨く若手芸人と、多数のネタ見せ番組により短期的な人気を得た「一発屋」が混在し、芸人レベル底上げされたものの、数としては飽和した感がある。2010年M-1グランプリが終了するとブームも終息し、多数の「ひな壇芸人」を出演させてトーク中心に作られる低予算番組が増加した。(2010年までの)M-1ブレイクした芸人と「ネタ見せ番組」によって登場した芸人が「第五世代」といえるだろう。

2010年代になると、第二世代・第三世代がフェードアウトし、第四世代と第五世代バラエティの「司会」の座を奪い合う群雄割拠時代に入った。第五世代は図抜けた存在はいないものの層が厚いので、2000年代デビュー組の多くがつかえて中堅に留まっているように思える。そんな中で、霜降り明星および彼らが「第七世代」と称する2010年代デビュー組が既に台頭してきている。この場合2000年代デビュー組が「第六世代」とされるわけだが、2000年代デビュー組は遅咲きになりそうなので、おそらく2000年代デビュー組と2010年代デビュー組をあわせて「第六世代」と呼ぶようになるのではないか2020年現在芸人の主戦場YouTubeになりつつある。後世から振り返れば「第六世代」は「YouTube世代」と括られるのかもしれない。

2020-01-04

落語ってダメだな

正月漫才とか落語家が順番にネタ披露する寄席番組をやってて、

その中で林家三平神田松之丞リレー落語講談披露するっていう企画があったんだけど、

最初に出てきた林家三平落語がすげーカミカミな上に構成もなんか微妙な感じで「え、これ大丈夫なの?」って思ってたら

その後出てきた松之丞が「今の三平師匠落語が令和最高峰の芸でこざいます」とか「日本語からないインド人が前列占領してたことあるからそのときに比べれば三平師匠の後くらいまし」とか

ボロクソいじりまくってて、ここまで言って大丈夫なのかとかちょっと思いつつも客もさっきの芸が酷かったのは薄々みんな思ってたからこれがまあウケるウケる

勿論掴みトークのウケだけじゃなくて肝心の講談クオリティ三平と比べると圧巻で、

その他はナイツとかカミナリみたいな超倍率の賞レース勝ち抜いて地位を築いた実力派漫才師が出てたんだけど、これもすげーウケまくってたからこそ落語の完成度の低さが際立った。

やっぱ実力関係なく世襲真打ちになれて競争も少なくおじいちゃん客だけの閉じた世界だけで成立しちゃうコンテンツって腐るんだろうねぇ。

2019-12-09

お笑いライブとか寄席かに行くと

他の観客の笑い声にイライラして、集中できない。

笑。

演者にとってみれば、笑ってくれる客の方がありがたい存在だと思うけど。

他の客の笑い声が気になって、むしろ家でひとりでDVDとか落語の音声だけ見たり聞いたりしてる方が、全然集中して楽しめたり。

あと、座るイスとかも気になっちゃったり。

うちだと、寝転がったりとか、もしくはソファとかクッションとか、すごくリラックスした状態で観たり聴いたり出来るけど。

ライブとか寄席とか行くと、硬いイスに座るのも、結構苦痛だったり。

僕、軽く痔なんで。

笑。

から割と、自分の家最強説が、僕の中で流れ出している。

それでも、観に行きたいのだけれどもね。

それにしても相変わらず、ライブ携帯の電源切っていなかったり。

まあ、しょうがないと言えばしょうがないけど。

笑い声の話に戻るけど。

笑い声って、多種多様だよね。

おわり。

https://twitter.com/nn_name_n

2019-12-03

anond:20191203093538

寄席伝統から飛び出して、自ら、立川流を立ち上げ、

寄席に頼ることなく、自ら独演会方式で至極の落語を見せたところかな。

弟子の育成も優秀だった。

ガッテン立川志の輔師匠

ひるおびの 立川志らく

めだか立川談春

とくダネ立川談笑

https://tofuya.jp/blog/essay/4649/

2019-12-01

年末年始の過ごし方(お礼)

8月復職した都内在住の会社員ですが、事情により年末年始が暇になりました。みなさんならどのように過ごしますか?と書きかけて、ちゃん自分で考えて、報告がてらお礼を書きます

==========

今年は奥さん子供奥さん実家帰省するので、その間「自分ならこれをして過ごす」というのを教えてもらえると助かります。ただし脳の調子が良くないので車の運転風呂の長湯はできません。ごめんなさい。

デジタル一眼は子供奥さんメイン。スポーツ自転車を持っています年末年始河川敷を走るのは寒そう(ZWIFTで160kmジャージを獲得するチャンスですが、それも5〜6時間あれば終わってしまます)。

はてなユーザーのみなさんだったら何をして過ごしますか?

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と書きかけて、聞く前にもっと自分で調べてみようと反省

まずはとても楽しかった寄席にまた行く。それからウェットティッシュ200枚で家をまた隅から隅まで徹底的に拭く。漫画喫茶あずみ&AZUMIをもう一回読む。ネスプレッソの残弾を味わい尽くす。スーパー各社の年末年始棚割チェック。整体歯医者歯石除去も営業日調べてもう一回行っておく。あと床と同化するのに作動音が煩わしかったのでアナログ時計静音タイプに変える。グリル使って肉を焼く。「宇宙より遠い場所」を源さんのブログ読みながらもう一回見る。エアブラシ引っ張り出してプラモデル作る。Tableau✕Alteryx勉強会探す/参加する/開く(開く準備)。

国会図書館とか裁判所の傍聴とか公的機関のやつは年末年始以外の次の独身生活に。あとスコアがあまり伸びなかったTOEICは、やらない(はてなブックマークを見るの封印するべき、忠告を活かせませんでした)。

と、実践の報告を兼ねて御礼まで。せっかく拾った命なので、もう少し楽しく生きてみようと思っています

2019-07-09

アフガン人質になったからノーコイズミノーコイズミて言ってたらネタが古すぎると駄目だしされた

アフガン相手爆笑寄席をせなならんのやけど笑いのツボがわからねえ

2019-06-24

anond:20190624113125

そもそも大喜利』は寄席等で色々やられた後で最後にやる演目(だから笑点でも番組最後)の事で、中盤でやるのは『中喜利』と呼ばれたりするらしいので、どこまで習うか、どこまでの逸脱が許されるのか?は難しい話だね。

2019-03-27

いつかやってみたいこと100の90位から100位近辺

カプセルホテルに泊まってみたい

バーガーキングに行きたい

介護用ベッドで寝たまま用を足してみたい

ドリアンを食べてみたい

皇居参賀に行きたい

ドーム音楽ライブをみたい

メイド喫茶に行きたい

寄席落語を聞いてみたい

2019-02-11

anond:20190211114208

勝俣とかもそれ系の枠だと思ってたんだけど、

ある番組地方のもりあがってないイベントに行かされて、自発的前説とか始めて放映に堪えるところまで盛り上げていて

あー「タレント」って職業はこういうことなんだなあって思った

芸の有無ではなくこの人出しときゃある程度のところまでは盛り上がるみたいな。

落語家ポっと出しても盛り上がんないのはテレビ進出して成功している落語家がいないことからもよくわかるし

落語家の芸がテレビ視聴者には求められてないのは寄席が連日満員御礼とは行かないことからもよくわかるだろう

2019-02-04

たまに東京寄席落語会に行くと

枕で(今の)林家三平さんや正蔵さんがめっちゃ嫌われてるような話されてるのをよく聞きますが、彼らはナニカ悪いことをしたのでしょうか。

2018-12-10

鈍感寄席

笑いが3秒くらい遅れる

2018-08-02

真夏の糞暑いさなかに

まり混んでない、どちらかというと空いている映画館寄席に出かけて、座席に座ってうつらうつらするのがわりと好き

2018-07-15

anond:20180715070813

出羽の神ですまんが、日本テレビは遅れてるとずっと思っている。

先進国テレビ番組レーティングがあり、分別のある親が子供不適切番組を見せることが内容にできるようになっている。

日本バラエティ番組子供も見る時間にやっているが、暴力性的描写の点で子供に見せてはいけない番組だと思う。

吉本の話をするなら、昔は寄席しかそれが無かったというのでよかったんだと思う。

お金を払って寄席を見れるのは大人だけで、下品な芸を見てももそれに影響されることはないと思う。

今はテレビでそれを垂れ流し、子供たちがそれをまねするというのが良くないよね。

ちゃん大人のものとして隔離しておかないと。

2018-05-30

anond:20180530014801

そうですね~寄席が好きなんですよね。私は寄席からハマりました。

何人か引率しましたがだいたいまた行きたいって誘ってくれますよ。あとそういう場合前座から行くことは多くないですね。

実力者は大抵大丈夫、渋らくが初心者おすすめ、どっちも自分自身が行ってあまり楽しめなかった経験がありまして……。

まあ結局そういう自分成功・失敗体験に基づいて選んでしまうのですよね。

anond:20180529222136

慎重に行くなら相手の笑いの好み聞くしかないだろうけど

でも実力ある落語家ならよほど癖がない限りたいていOKだと思うなあ

あとサンキュータツオがやってる渋谷らくごは、いろんな落語家の美味しいとこ取り感があるから初心者つれてくのにおすすめ(って公式で謳ってる)

 

寄席好きなんだね

自分独演会から落語にハマった口だけど、寄席はやっぱり初心者には難しいと思う

今は楽しめるけど最初は行ってもあまり楽しめなかった

文脈知らない初心者前座噺とか聴いたってさっぱりだよ それよりちゃん面白い落語自体で引き込むほうがいい気がする

2018-05-29

anond:20180529220834

独演のほうが怖くありません?例えば誰に誘いますか?

その人がハマらなかったら終わりだと思っちゃうしかも何席も同じ人見なきゃいけないし。内輪ネタ多いし。高いし。チケット買っちゃったら日程変えられないし。人気の落語家だとまずチケットとれないし。

寄席だったら少なくとも手品とか漫才はそれなりにお約束を楽しめて「寄席に行った」「文化的体験をした」という満足感は与えられる。末広なら雰囲気もあるし。

用意は私が隠れてすることなので当日はフラっと感を演出しま

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