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2021-05-12

日本女性として生まれて思うこと」の文章力批判する/追記

anond:20210512045724

この国で女性地位は明らかに低い

正直、自分が小さい時は気にもしなかったしどうでもよかった

問題10代になって頑張って社会に入り始めた時から音を立てながら自分女性という地位が明らかになっていった

ふと、この考えを不意に思い出すきっかけを作ったのはあるゲームでのキャラクターだった

私はネット出会いなんて求めていない主婦なのでゴリラみたいなおっさんキャラオカマ口調でチャットで話していた

するとどうだろう、話している事や言葉現実で女として立ち回るのと似ているのに「優しい」だの「好き」だの言われ始めた

もちろんそれは恋愛対象としてでは無いのだが、私はこれに対して凄く頭を悩ませた

現実の私は普段どれだけ気を使っても「女性から当たり前」や「もっと優しくできないの?」と言われる始末だ

  • 「女として立ち回るのと似ているのに」→「の」は多義的言葉なので便利に使いがちだけど、読者からするとどの意味の「の」なのかがわからない。「女として立ち回るときと」。悪文。
  • 「似ているのに」→ここは「ほとんど同じ」の方がよい。「ほとんど同じ」という表現比較したときに、「似ている」は「同じではない」という含意が含まれる。「ほとんど同じ」であれば「同じ」であることが強調される。
  • 「どれだけ気を使っても~と言われる始末だ」→「どれだけ気を使っても褒められることはない、むしろ~と言われる始末だ」くらいに書き換え。1文が長いので読みにくい。

どうしてここまで差が生まれたのか軽く考えた

先に差別的表現申し訳ありません

「ああ、オカマは"男性"として見られてるし一般的には半男性で半女性から女性より地位があるんだな」

そう考えるとなんだか妙に納得してしまった

そう、女性だとこの国では少し地位が低い

女性男性になってオナベになっても元が女性男性からか何故かオカマより強く見下されている気がする

もう疲れてきた。

元が男性女性の要素を内面に持ったら…

でもそれも場合による、男性が外見共に女性化したら社会的弱者のように見られる

女性が外見共に男性化したら明かさなければ半分ぐらいは社会強者だが明かせば社会的弱者になりうる

なんかそこから日本時代の背景とか考えちゃうと女は昔から地位がなくて守られる存在とか言われて結構蔑ろにされてきてたんだと感じた

江戸時代出産なんか今みたいに叫べないし産んだら7日間は頭上げたまま寝ることも許されない、遊女とかも気に入った男が女を金で買う制度とか奴隷となんらかわらない

最初に言った話に戻すと10代の頃に会社で働いてたらセクハラパワハラを受けた

そこでクソ野郎から言われはしないが社会について学んでいった

そいつから学んだことはだいたいこんな感じだ

「女は大人しく、男の都合よく、美しく、可憐で、汚れを知らない、男よりも下であれ」

ハッキリ言って反吐が出る

対して好きでもない不細工な頭悪い無能ブ男に何故媚びを売らねばならんのだ

しか自分より能力も低い男にストレス発散される意味が分からない

から記録して金貯めて裁判で勝ってやった

しかし仮に気に入った相手だとしても上手くいかない

男も女も顔が良くても能力が低くて頭が悪くて中身が無いやつとは恋人にも友人にもなりたくない

特にそういう男は女を見下しながら自分の糞みたいなプライドを守りながら生きている場合が多い

  • しかし仮に気に入った相手だとしても上手くいかない」→後段の流れ見る限りここでの「気に入った」って容姿の話ですよね? 気に入ったのになんで嫌うのかって普通読んだら思います。悪文「しかし、仮に気に入った顔の相手であっても上手くはいかない」
  • 「男も女も顔が良くても能力が低くて頭が悪くて中身が無いやつとは恋人にも友人にもなりたくない」→超悪文。主語はどこなのかわからねえんだよ。「顔が良くても、能力が低くて頭が悪く中身がないようなやつとは、恋人にも友だちにもなりたくない。男でも女でも」。読点いれて文章の順番を入れ替えろ。
  • 特にそういう男は女を見下しながら自分の糞みたいなプライドを守りながら生きている場合が多い」→「特に、男の場合は女を見下すことでクソみたいなプライドを守って生きている場合が多い」

女の場合は美しいからと頭悪くて無能自分を棚に上げて誰ふり構わず見下しまくってる場合が多い

大した能力も何も無いから顔しかいい所がない

たぶん顔と能力がどちらか強く偏っていると自分の糞みたいなプライドの為に人を傷つけるんだな

なんかゲームオカマしてただけなのにこんな深く考えてしま自分も嫌になる

女性として地位がない、地位があるとかどうでもいいか安全暮らしたい

セクハラとかパワハラとかモラハラとかね

男女問わず変な人達に関わらなくて住める環境が欲しいだけ

男は男らしく、女は女らしく

そんな糞みたいな考えが今の糞みたいな問題を作ったならもっと多様化してぐちゃぐちゃになれば何が何とかどうでもよくなんのにそれが差別主義とか馬鹿論点ズラしながら言いやがるし人生やになってくるわ

地球嫌いだから宇宙行きてー二度とこんな糞みたいな星生れんわ

タイトルだけ見てや全部読まない人へ

最後まで読んでほしい

普段から持つ偏った主観で決めつけるのではなく

無の気持ちになって柔軟な思考で読みながら考えて下さい

たぶんそれをしないと内容が見えません

読んだ。

追記

なんか文章力について書かれてたけど自分理解できないのを他人のせいにしないで

内容を読んで感情的個人攻撃する感想を書くのはなんなんだ

自分の都合に合わない話や理解できない内容なら大人数で1人を叩いていいの?

理解できない自分を疑うべきではないの?

これを読んだ少数派の人は理解してくれてる様子が伺えるけど大多数は内容を読んでも理解出来ずになんか話が分からいから"決めつけて攻撃"してるようにみえ

人って理解できない事に強く攻撃なのはわかるけど・・・

今度から理解できない人の為に分かりやす一般的増田を書くよ

自分が気に入った書き方をしても理解できない人から攻撃されるなら理解できない人に優しくしなきゃいけないなんて

理解できない人が理解する努力も無く・・・やっぱ地球嫌いだわ

私は別に誰も攻撃してるつもりないし

そういうふうに見えたらごめんね

悪いけど自分増田文章力を一切信用しない。この文章理解できないのは増田のせいです。句読点意識して、慣用句ちゃん慣用句として使い、修飾語と被修飾語がわかりやすいように文章の順番を意識してください。

反応への追記

「お前の文章下手」→その通り。書きながらもっとしっかりした表現に直したくなったけど増田だし気にしないことにした。文章添削した人間がの下手さを指摘されるのは当たり前だし、あとで書いてるようにこの文章自体性格悪いので自業自得として修正しないでおく。

「なんで突っかかるの」→「自分理解できないのを他人のせいにしないで」って書いてるの読んでイラッとしたのが3割、殴れるサンドバッグがでてきたなと認識して自覚的に殴ったのが7割。

キモイ」「性格悪い」「傲慢」「下品」「マウント取るの楽しい?」→ストレス発散だったのは自覚しているし、性格が悪い行為なのも同意する。事実ストレス発散にはなったし、「自分理解できないのを他人のせいにしないで」って書かれた以上反省しない。

「そんなささいなことどうでもいいだろ」「後で直せばいいだけの細かい作文ルールにうるさい」→悪文は「ちょっとした違和感の積み重ね」で生まれる。つのない文章が続く中で1箇所2箇所文法の間違いがある……といったパターンならいいが、たったこれだけの短い文章のなかで「簡単に指摘できてしまうような読みにくい理由」がこれだけあるのは、残念ながらどうでもいいことではない。文章を書く技術ってものすごく高度なことなので、きれいな文章が書けないことがまずいことだとは思わないけど、元増田自分文章ちゃんと書けてないってことを自覚してほしい。

プロファイリングしろよな」→別増田に上がってたnote読んだ。悪文であればあるほど書き手の背景が色濃く出るのでこういうこともできた筈なんだよな。なぜかいきなり遊女の話が出てくるあたりそこに関心があった=風俗で働いてたって推測には合理性があるし。本当はこれくらい攻めた読み解きがしたい。結構反省したし尊敬する。

ジェンダー問題興味ないだろ」→元増田よりは興味があるのは間違いない。元増田システロ女性と推測するが、女性男性に比べて社会地位が低いというところに全く異論はないけど、それがMtFFtMに対する雑語りを許していいわけないし、内面に対して「男性化」「女性化」みたいな表現している辺りの、性自認と性指向理解のなさを許容していい理由にはならない。

マンスプレイニング」→この文章書き手男性だと判断した理由がわからないが、事実男性なので踏みこみません。この文章単体への指摘として言及されてるのであれば無視します。「こんだけトラバでもブクマでも批判されているところで追い打ちをかけるようにこんな文章を書くな、マンスプレイニングに荷担している」という指摘なら納得するので以後つつしみます

病院に行け」→多分つかれてなかったら添削してなかったし、病院にいくかはともかく自分の体調見直すわ。

2021-05-08

弱者男性定義はとても簡単

はじめに

私は弱者男性です。なので、なぜみんな「存在しない」だの「定義がわからない」

だの言い出すのが不思議でした。

しかも、弱者男性定義すると、とても長大リストが出来上がります

なにそれ?そんな長々と定義する必要なんかないのに。

なので、まずは、弱者男性定義、及び弱者男性が何を望んでいるかを書いておこうと思います

弱者男性定義

弱者男性定義簡単で「マッチョイズムを否定しているか、あるいは懐疑的男性」です。

マッチョイズムの否定というと多義的なので、簡単に言うと「自分に自信がない男性」ととりあえず定義しますか。本当は違うのですがとりあえず。

なお「マッチョイズムだけを肯定」するのはクズ男。「マッチョイズムを信奉するが、時々疑念を持つ」のは強者男性です。

弱者男性は何であるか?

長大リストを作り出す人は、おそらく「状態」だけを見て弱者男性とは何であるかを定義しようとしたのでしょう。

残念ながら全くの間違いです。それは「結果」に過ぎません。結果だけを見ると男性全員になるだけです。

弱者男性は自信がないので、比較成功しにくいです。その結果だけを見ると、「人間関係資本が乏しい…とりわけ性的魅力に乏しく、性的魅力に繋がるようなオーソリティ所得社会的地位)もない…男性」のような定義する人が多いです。これは多くの状態としてはあってますが、本質はこれではありません。

本質は「自信がない」ことにあります。自信がないので、人間関係に奥手で、性的魅力に乏しいことになります

ただ、自信がなくても、能力や運があれば成功できます。なので「弱者男性」を名乗っていても、成功している人はいます

でも、それをみて「弱者男性など存在しない」というのは間違いです。

弱者男性は何を望んでいるか?

上記を踏まえて、「弱者男性は何を望んでいるか?」という問いに答えてみましょう。

ただし、その問をする人は、まず自分に以下を問いかける必要があります

日本は、以下のどの道を選びますか?

殆ど先進国は(1)です。その代表アメリカでしょう。というか、先進国で(1)じゃない国はありません。もちろん日本もです。

それらの国では弱者男性など「玉なし」と言われて存在しない人間扱いされていることと思います日本もつ最近はそうでした。

(2)の代表フィリピンだと思います国家としてあまり反映しているように見えないです。それは誰かが責任を持って、死ぬほどの決意で仕事してないからです。

(3)の国は絶無です。今まで存在した形跡さえありません。(1)に戦争で負けるからです。

それを踏まえ、日本はどの道を選びますか?

いま現状だと(1)なわけですから弱者男性の望みは「殺さないでくれ」ということになります。まぁほっといてくれということになりますね。

(2)な人はあまりいないと思います

(3)はアンチフェミニズムの考え方です。つまり弱者男性にも自由を」ということになるかと。具体的には今の所わかりません。なんせそういう国は存在したことがないので。それこそ学術的な研究の出番だと思います

おわりに

とりあえず、弱者男性の真っ当な定義を書いて見ました。あまり広がると思えませんが。

2021-05-05

弱者男性とは別として、やはりあてがえ論と公助による対応吟味されるべき

弱者男性という言葉意味が広すぎる&恣意的に使われすぎるので、

リベラルフェミからは当然としても弱者男性からすら否定されているあてがえ論だけど、

昨今この国では少子化孤独死問題になっているわけで、この問題意識自体社会での対応が求められる必要性が高い重大な問題だろう。

これに弱者男性という言葉多義的すぎてそぐわない。代わりに「人間関係弱者」という言葉をこの問題主語とするべきだと思う。

男性に限らずいわば人間関係弱者とでもいうべき状態の人は多く、そんな人々はそれによる孤独感や自己肯定感の低下、

あるいは他人を通じた社会参加の機会や公助共助への接続困難などを抱えている。

一般論として「社会に出ると(恋愛でも友人でも)出会いがない」と言われるように、人間関係の構築は学生時代までに行っている必要があるが、

一方で当然ながらそこには環境身体的、精神気質による格差が発生しやすい。

またそうして人間関係弱者のまま社会に出てしまうと、新たに人間関係を広げる技術や心構えを習得する機会も恵まれず、その状態を脱することが困難になってしまう。

しかハラスメントとなる危険性やネットがあることでの人間関係トラブルの複雑化で、人間関係は限りなくドライであることが正解という風潮があるし、

娯楽の多様化やお一人様歓迎の機運によって「普段生活をする上では」一人でも困らないという現状がある。

しかし困らないといってもそれは最低限文化的生活ができるというだけであり、やはり一人でいることでの孤独感や幸福感の減少を感じるのである

人間関係弱者に対する「公助」というのも実は行われており、自治体主催婚活パーティ交流会の類がそれである

だがこれらが力不足なのはいいなめない。空腹で餓死しそうな人を、魚の釣り方を教えず、道具も用意せず、ただ海につれてきてさあ魚を取ってこいと言ってるようなものからだ。

これに対してあてがえ論ではいいから魚をもってこいという話になる。しかし人は魚と違って人権があるし、またもし機会的にあてがったとしても継続性には疑問がある。魚だって食べたらなくなってしまうのだ。

やはり公助では魚の釣り方、つまり人間関係の構築に必要技術精神性の獲得を支援し、またそのための費用の補助を行うべきではないだろうか?

やみくもに交流の機会だけを与えても結局元からスキルのある強者に利するばかりであるのだから

それよりもコミュニケーション練習や、髪型服装メイクなどの選び方や手入れの仕方、またそういった管理費への費用補助など、

人間関係構築のための資産を増やす方向での補助、機会提供が行われるべきだと考える。

2021-05-04

anond:20210504182143

論理的な話をする上で定義づけは論理の起点となるんだが。

定義づけ要らないって言うならそれは論理的な話をする気ないってことになる。

弱者男性とは?差別とは?差別の透明化とは?

全部何らの定義けがされないまま終始論理をすっ飛ばした決めつけがなされている。

全くもって非論理的なんだよ。

有志の人がまとめた弱者男性とはってエントリあったけど

弱者男性概念多義的一義的に決められないってこと?

だったら最初からそう言った上で概念の中核部分を探っていけばいいのに。

2021-04-02

なんで勉強しなくてはいけないのか

などという疑問を抱く時点で後れを取っているのだ。

 自分語りをさせてもらうと、僕は幼稚園の頃から勉強ができたので、親族先生同級生からとてもとてもちやほやされた(客観的に見てどうだったかは知らん)。幼いころから勉強ができることのメリットを感じまくっていたので、勉強価値を疑うということが無かった。勉強ができること、すなわち頭が良いことこそ至上の価値があるという一種信仰を持っていた。刷り込まれていた、と言ってもいい。

それを刷り込んだのは教育に命がけだった母の影響が大きく、情緒不安定なところのある彼女は、普段聖母のような包容力を示すことがある一方で、息子が勉強を疎かにすると神罰を下すのだった。小1の頃、「三角形内角の和は180度なんだね~」と無邪気に告げたところ(褒められると思ってた)、「なんでそんなことも知らなかったの!」と、叱声とともに回し蹴りされたことは今でも根に持っている。

 なんて書くと毒親!と思われそうだけど、普段別に高圧的でもないし話もしっかり聞いてくれるしで良い人だったと思う。ただ本当に情緒不安定というか癇癪持ちだったので、飲食店での喫煙は当たり前だった当時に、隣席の喫煙者に喧嘩売って出禁になった、なんてこともある。突発的に他人喧嘩を吹っ掛けることがままあり、子供としては気が気ではなかった。ただ、その怒りも母が隠していた病気によるものでもあったのだろう。病状が悪化してついに隠せなくなっても「受験が終わるまでは」と病院に行くのを渋り、父に強制連行されてはじめて末期癌だと分かった。母は教育に命がけだったのだと、心から思う。女子大学進学率が20パーセントを切り、女性勉強なんてしなくてもいいと言われていた時代に、母はその風潮を押し切って田舎から上京し、東京理科大学に進学した。両親は小卒、上二人の兄は高卒なので、突然変異様相がある。

 母の話が長くなったが、ともあれ勉強のできる層というものは、そもそも勉強価値には疑問を抱かないものではないだろうか?もちろん面倒になってサボることはあるけれど、それは体に悪いと分かりつつ家系を食べるようなもので、勉強すべきという前提は疑いなくあるのである。疑問を抱く時点で後れを取っているというのはそういう意味だ。(なので僕の持論として、子供には就学前に漢字と九九を叩き込むことで、勉強できることで得られる優越感を早めに覚えさせることが重要)。

そのように当たり前に勉強をしていた層にとっては勉強する意義などそれこそ言うまでもないことだし、逆に意味などないという結論に至ることもまた自然だろう。


 以上を踏まえて、そのうえで「なぜ勉強をしなくてはいけないのか」への答えを考えてみたい。その際に大きく分けて、(1)勉強価値が分からない人(2)勉強価値自体は分かっている人、それぞれに向けた答えを用意すべきだろう。このうち(1)については書いててアホらしくなったので割愛する。一つだけ言うと、知見が広がるとか知らないことが分かるようになるとか人格陶冶されるとかいった答えはビール飲めない人にキレやらコクやら説明するぐらい無意味

2)勉強価値自体は分かっている人向け

 重要なのはそもそもの問い「なんで勉強しないといけないのか」は多義的だということ。

 すなわち(1)「なんで勉強(なんてものを)しないといけないの?」(2)「なんで(こんな)勉強しないといけないの?」の二つ。

(1)なんで勉強(なんてものを)しないといけないの?

 これは勉強のもの存在意義に疑問を呈していることになるのだが、発問者が勉強価値は分かっているという前提を踏まえると、「大切なのはわかってるけど生理的に無理」という状態である。こういう状態ときは発問者に勉強の楽しさに立ち返らせるか、あるいはもう休ませるほかない。

(2)なんで(こんな)勉強しないといけないの?

 この問いに関しては、「こんな」の意味内容によってさらに二つに分けられる。「こんな」が勉強方法を指す場合と、勉強対象を指す場合である

 前者の場合暗記が代表例だろう。暗記にうんざりして勉強が嫌になるというのは一般的だと思う。それに対し僕なりに思うのは、九九を覚えていなくて計算できるか?単語を覚えてなくて文章読めるか?年号覚えてなくて歴史の流れ分かるか?ということ。数学公式なんかがいちばん分かりやすいけど、暗記は発展的応用的な問題に取り組む際の補助ツールなわけで、全部一瞬で足し算出来たり文脈からあるいは語形成から意味を正確に読み解けるような天才でもないなら寧ろ感謝するべき。全く勉強方法というものは凡人でもなんとかついていけるように先人が遺してくれた財産なわけで、そのありがたみをかみしめましょう。

最後後者代表例はよく槍玉にあがる古文漢文。僕は古文漢文大好きなので、純粋に読んでて楽しいとか、一般教養としてとか言いたくもなるけど、まあ不要だと思うならやらなくてもいいんじゃない?友人に古文漢文を一切勉強せず東大行った奴いるし。ただ彼は数学化学河合偏差70超えてるような人間だったけど。ちなみに今になってやっとけばよかったと勉強している。


結局ずば抜けた能力のある人間なら、古文漢文やらなくていいし暗記にも頼らなくていいし、あるいは家柄が凄ければ内閣立法府だと思っているような馬鹿でも総理大臣になれるわけだし、勉強なんてしなくても良いと思うんだけど、家柄が並みで親が資本家でもなくスポーツ芸術の才能も無くずば抜けた頭脳も無い凡人にとって救いになるのは勉強だよねってだけの話だった。

2020-12-10

anond:20201210114651

反知性主義(はんちせいしゅぎ、英語: Anti-intellectualism)とは、知的権威エリート主義に対して懐疑的立場をとる主義思想[1][2]。言葉自体は、1950年代アメリカ合衆国で登場したとされ[3]、その後リチャード・ホフスタッターが1963年に『アメリカ反知性主義英語版)』で示したものが知られる[4]。

一般には「データエビデンスよりも肉体感覚やプリミティブな感情基準物事判断すること(人)」を指す言葉として思われているが、実際にはもっと多義的観点を含む[4][5]。また、その言葉イメージから、単なる衆愚批判における文脈上の用語と取られることも多いが、必ずしもネガティブ言葉ではなく、ホフスタッターは真っ当な民主主義における「必要な要素としての一面」も論じている[4]。むしろ知的権威エリート側の問題を考えるために、反知性主義立脚した視点重要だとも説く[6][4]。知性と権力が結びつくことへの、大衆の反感が反知性主義原動力にあり[2]、反知性主義否定するのは「知性」自体ではなく「知性主義」、すなわち「反・知性」の主義思想ではなく、「反・知性主義」の主義思想なのである[7]。

2020-08-10

anond:20200810122723

追記ありフェミニストによる「一人一派実例

このフェミニストを騙る輩は無知なのか歴史修正主義者なのか。

自分観測範囲ではそもそもフェミニスト自称しつつ一人一派と主張する人」を殆ど見かけない
・むしろフェミニスト一人一派と言っているのは「アンチフェミ」の方
・またフェミニスト自称しつつ一人一派を主張する人がいたとして、それはフェミニスト思想全体への批判に繋げられるほど一般化された主張なのか?
フェミニストの中で明示的に「一人一派理論採用している人は少ない。一人一派との指摘を行っているのはアンチフェミニストが主である

フェミは多様なものよ。一人一派、それ以上あるかもしれない。それらがぶつかり合うことはあっても、正統と異端という考えは全くない。(p186上野)上野千鶴子×田房永子上野先生フェミニズムについてゼロから教えてください! 』、2020年刊)

フェミニズムは一人一派、まさにそのとおり。/小倉:フェミニズムは一人一派だから、考え方が対立して当然なのだ。/フェミニズムとは一人一派と書かれているので上野 千鶴子,小倉 千加子 ザ・フェミニズム (ちくま文庫)、2002年感想

フェミニズムは一人一派だ、というのは(多分)田中美津の言葉だけれども、別にフェミニズムでなくたって人間は基本的に一人一派である。(私は愛されたい、私はピンクが大好き、それゆえ私はフェミニストになれない(のか?) )

上野 千鶴子氏など著名なフェミニストが「フェミニズムは一人一派」と言い続けているのに、「主張する人を見ない」「むしろアンチフェミが言っている」「一般化されていない」と嘘をついてアンチフェミ批判するあなたは、無知なのか歴史修正主義者なのか、どっちなんでしょうか?

そしてこういった汚れた輩から高潔フェミニズムを守るために、一人一派は役立ちます

追記

あなた理解力が著しく欠けているので、質問義務教育を終えてから。まずは学校勉強に専念しましょう。

第二に、「主張する人を見ない」「むしろアンチフェミが言っている」「一般化されていない」のはすべて事実です。

これらは全部あなた観測範囲にもとづく主観です。これが証拠になるのは、小学校までです。客観的事実なしに主張するなら、フェミニストを名乗ることで他に多大な迷惑を及ぼしていることを自覚なさい。

第一に、上野氏ほかの主張は彼女自身の説・主張であって、フェミニスト全体の総意ではありません。

総意なんて存在しないもの議論する価値がありません。上野氏は活動家でもあるという事実(後述)から目を背けて、自分正当性固執するあなたの姿は醜い。

自分の耐え難い苦しみがこれまでのフェミニズムに相いれないときに、自分の苦しみを優先して個人社会活動として訴えることを認めるのが、本来の「一人一派」で、あくま最後の手段です。それを、自分の気に入らないことすべてに安易に使うからフェミニズム全体の信用が失われ、アンチフェミニストが指摘するときの便利な道具になってしまったのです。

あなたには無理ですが、あなた以外が「一人一派」の一般性を理解できるよう、フェミニストによる「一人一派」をいくつか引用しておきます

「ザ・フェミニズム」p.303(上野によるあとがき)

第二に、小倉さんが言うように、フェミニズムは「一人一派」。だってわたしわたしであること」がフェミニズムなんだもの、人の数だけあってあたりまえ。ある人はこういうが、別の人はああいう。批判されても、ああそういう人もいるわね、でもわたしは違うって思っていればいい。(略)
何はともあれ、矢はとっくに放たれている。小倉さんとわたしの「一人一派」に、読者のあなたにもうひとりの「一派」を付け加えてもらえれば、この本の目的は達せられたことになる。

トランスジェンダーとフェミニズム ツイッターの惨状に対して研究者ができること 堀あきこ (2019.2.4)

一方、フェミニズムは、フェミニズム内で意見対立を抱え続けるものでもあります。(略)
この対立は、しばしば「フェミニズムは一人一派」という言葉で例えられます。なぜ、統一しようとしないのでしょうか。

Where We Are Right Now :多義的に進化するフェミニズムの現在地 清水晶子 (Harper's Bazaar 2017年6月号掲載

でも、そもそもフェミニズムって何だっけと考えると、これが意外にわかりにくい。「フェミニズムをひと言で定義してください」と言われたら、専門の研究者アクティヴィストでも一瞬たじろぐだろう。
女性男性と同等の権利尊厳を持つと考える人はすべてフェミニストだ、という言い方がある。出発点として、これは間違いではない。
同時に、「フェミ一人一派」という言い方もあって、これもある意味では正しい。実際、フェミニストの間で「それってフェミニズムとしておかしくない?」「いやそれはありでしょ」という議論が交わされることは、珍しくない。

大学に行かずにフェミニズムを学ぶ方法 小松原織香 2019.11.2

フェミニズムは一人一派と呼ばれ、それぞれが「私のフェミニズム」を語ることで成り立っている。それがどんなに間違っていると他人に言われても、「私のフェミニズム」は誰にも否定されるものではない。それが大前提だということはおさえておきたい。

プラスαの読書大特集(第2弾)新書だけで学び直す一般教養15講+α 著者不明

論座 (通号 86) 2002.7 pp.188 - 236

204 ページ

フェミニズムは一人一派というひともいるくらい多岐にわたっているし、その内容もきわめて多様である。だから、どんな考え方がフェミニズムなのかという根本はともかく、一口フェミニズムといっても実にいろいろな考え方があるという

ひろゆきさん、どうして「今の日本では“フェミニズム”って言葉を使わないほうがいい」のですか? 髙崎順子 ハフィントンポスト 2020.2.7

文字数制限で略)

上野千鶴子氏の社会活動に関する Wikipedia記述

上野 千鶴子 NPO法人ウィメンズアクションネットワークWAN理事長古市憲寿との対談にて、「ジェンダー研究フェミニズムのツールです」と自身研究運動に利用するためと答えて、小熊英二に「活動家としては正しい」と言われている。堀茂樹上野自身運動不都合なことは隠すと答えていることで、上野を「救いがたいレベル」と評し、小熊と古市批判し、研究者且つ社会運動である事は許されるが、「研究者として社会運動家のように行動するのは詐欺」と批判している。

2020-08-01

多義的言葉

常識とか礼儀とか幸せとか

人によって違うだろ

ちゃん言語化しろ雑なんだよ

anond:20200801122524

"スピーチ練習"はちょっと多義的かつ曖昧だな

あの時点で名越氏はどういうポジションあるいはロールを取るべきだったかについてのアイデアが欲しいなぁ

あと容姿言及は良くないと書いてるしここで常識バトルをする気はないYo

2020-07-15

anond:20200714215046

旦那」という言葉語源理由夫婦関係を表すのに相応しくないというけど、言葉意味は変化するってことにも目を向けてほしい。

丁稚奉公がほぼなくなった現代では「旦那」って言葉シンプルに「配偶者」を指す言葉に変化している。

女性が「うちの旦那がさぁ・・」みたいに話しているからといって、うちの家庭は男尊女卑です、みたいなニュアンスは全くない。

パートナー」は現代でも夫婦関係以外に使える場面が多すぎるから配偶者」を分かりやすく示す言葉としては向かないし、

しろそれを使うことで「男女は平等であるべき」という思想が会話に乗ってしまう。色々な意味で使いづらいと思う。

話はちょっと変わるけどさ

欧米で「パートナー」という言葉が男女関係を指すようになった当初は、「事実婚しているカップル」とか「同棲をしているが性関係はない男女」とか、そういう「結婚」という枠ではくくれない関係を指していたらしいじゃん。

2人がどういう関係他人説明したくない時に使う「隠語」のようなものだったから、多義的ニュアンスがむしろ相応しかったんだろうね

それなのに「夫婦は対等であるべき」という思想を持つ人たちが後付けで「夫婦=パートナー」という風に使いだしちゃったもんだから、わりと本末転倒感があるんだよね・・・思想がまず先に来て、言葉の使いやすさは二の次というか・・・

旦那」を叩くのに語源理由にするなら、むしろ俺は「パートナー」という語のここ最近歴史的経緯を鑑みつつそっちを叩かせてもらうよ。

2020-05-26

anond:20200526002227

おれはお前の気持ちがよく分かるぞ。しかし午前問題いちゃもんつけるのはよくない。午前試験というのは面倒くさいけど、頑張ればその分救われるし、語彙力も上がる。

問題は午後問題だ。あれはクソだ。クソofクソだ。技術問題ではなく、国語問題になっていて、技術のことが嫌いになりそうなレベル吐き気がする。

自慢だが、一応ネスペデービー資格は持っている。しかし、合格したときの点数は61点とか、ギリギリの点数だった。正直、いまだにネットワークとかデービーのことは人に聞かれても何も答えられないレベル人間なんだが、なぜ合格したのか分からない。おれは不合格だと思っていたが、IPA合格にしてくれた(たまたま合格ラインに到達する人が少なくて、調整したんだと予想している)。IPAは本当にバカだと思う。おれはネットワークデービーも、何にも知らないよ!!

IPAは、試験問題の出し方を根本的に変えた方がいいと思う。今の問題の出し方はまじでクソ。

合格者を低く抑えたいのか知らんが、短時間問題を詰め込みすぎ。資格品位が地に落ちて消滅してほしいわ。

思い出したらムカついてきたので、クソな点を列挙しておく。

1、問題文が長い。技術力ではなく、読解力の試験になっている。

2、問題文が長い。ウォーリーを探せ状態になっている。

3、設問が多義的。何を問うているのか分からない。技術精通しているのではなく、試験流儀精通している必要がある。

4、問題文が長い。疲れる。

5、技術に長けている人ではなく、地頭の優れている人間試験勉強に膨大な時間を費やせる人間が受かるようになっている。

2020-02-20

anond:20200219210238

b:id:ctw ここのコメはいかにこの国がろう者に厳しいかを示している。

後ろからくる車に気づけないと危ないとか頭おかし道路設計だよね

海外のほうが酷いのによく言えるなって思うわ。

ろう者意味内容多義的であるが、主に聾学校卒業者や日本手話使用者、聾社会所属している人が、

自分のこと(自分アイデンティティ)を「ろう者」と呼称する。

音声言語獲得前に失聴した人が多い。また、聴覚障害者という単語には『障害』という言葉が含まれているので、

その表現を嫌う人も自分のことを「ろう者」と表すことが多い。手話を堂々と使い、聞こえない自分肯定している聴覚障害者に、自分を「ろう者」と呼ぶ人が多い。

2020-02-03

anond:20200203165016

からエロい」という言葉多義的に用いられてるのが問題なんだよな…。

女性が「エロい」服を着てるからと言って「誘ってるんだろ?」と言われてセクハラを許容される筋合いはないし。

宇崎ちゃんが「エロい」と言われる筋合いない、というのも、そういうことだと思うんだよな。

2019-11-18

ヘイトスピーチ表現の自由に含まれるか?

ヘイトスピーチ表現の自由に含まれるか、について説明するよ!

結論

定義によるよ!

不特定人を対象とする差別的表現が、憲法21条の『表現』に含まれるか」という点については、日本法学者は概ねみんな、含まれると整理しているよ!

不特定人を対象とする差別的表現について、これを規制する法令表現の自由侵害して違憲となるか(その制約が正当化されるか)」という点については、説が分かれているよ!

定義

一口に「ヘイトスピーチ」といっても、使う人によって定義は様々だよ!

ここでは、さしあたり「不特定人を対象とする差別的表現」と定義するよ!

特定人を対象とするものも含めれば、より広い定義になるし、ヘイトスピーチ解消法の定義採用すれば、より狭い定義になるよ!

表現の自由に含まれる」や「表現の自由範囲である」、「表現の自由として保障されない」の意味多義的だよ!

大きく、①当該表現類型が、憲法21条の「表現」に含まれるか(保護範囲保護領域]に含まれるか)、②当該表現規制する法令表現の自由侵害するものとして違憲となるか(規制正当化されるか)に分かれるよ!

保護範囲について

日本法学者の多くは、保護範囲に含まれると考えているよ!!

ちなみに、アメリカでは、広義の表現行為actionまたはconduct)と表現expression)とに分けたり、行為保護されない言論保護される言論とに分けたりした上で、ヘイトスピーチ行為保護されない言論として、合衆国憲法修正第1条の保護を受けないという説も有力だったりするよ!

もっとも、保護されない言論範囲はどんどん狭まっているし、保護されない言論についても一定憲法上の保護が及ぶという説もあるよ!)

違憲性について

法学者の間でも、広く合憲だとする説から、およそ違憲だとする説まで百花繚乱だよ!!

同じ論者でも、近年のヘイトスピーチの激化を踏まえてか、意見が変化したりするよ!

ちなみに、ヘイトスピーチ解消法には、同法上のヘイトスピーチ法令上は「本邦外の出身者に対する不当な差別的言動)について、その禁止すら定めてないよ!

2019-10-16

anond:20191016153829

押し付けて無いよー二次元好きだよー

あなた押し付けているわけではないでしょう。押し付けているのは社会であり、あなたはそれを追認しているだけ。

また、「私も○○の属性から、私の意見は○○属性意見である」という考えは早々に捨て去るべきです。

私は騒いでないよ〜

上に同じく。

そうなの?私だけ?すごくプリンとした胸で可愛くて揉みたくならない?そっかーごめん

単にセクシャルであることをポルノの如く扱うことが妥当ではない、という話は既に別の場で述べているので参考までに。↓

https://anond.hatelabo.jp/20191016014041

https://anond.hatelabo.jp/20191016124245

性的」という日本語の指す意味多義的であることが問題を複雑にしているように思います

2019-05-27

anond:20190527000111

言いたいことは分かるけど「数学的に曖昧さを排除した文章」とやらが絶対曖昧さを排除できないことはすでに証明されているし、そもそも曖昧さを排除」しはじめたような何のイノベーションも期待できない言語からは使い手が離れていくので、言語としてはやがて滅びる。

から、そんなことより目指すべきは、多義的文章。アホにはアホなりに、賢い奴には賢いなりに届いてノックアウトする文章。でもって、両者に影響して書き手の狙った結果を上げる、それだけでなく、反響を呼びそれ以上の効果まで引き起こしたら、それが最高の文章

好例が「保育園落ちた、日本死ね」。あれは見事だった。https://anond.hatelabo.jp/20160215171759

2019-04-29

松浦大悟(@GOGOdai5)はトランス差別悪化について責任を果たすべき

このエントリーの要約

三橋順子氏は文春オンライン記事で、以下のように松浦氏批判した

 1.松浦氏トランス法案への懸念は、現実的根拠が一切示されていない(=松浦氏トランス当事者実態無視している)

 2.現実的根拠を示さないまま、トランスに対する不安を煽る発言をした

 3.その発言によって、ツイッターにおけるトランス差別悪化した

松浦大悟氏の発言を最大限好意的解釈すれば、彼は次のように反論したと考えられる

 1.思考実験として検討しただけで、現実的根拠の有無は関係ない

 2.あくま法案の条文があいまいであることを指摘しただけだ

 3.自分発言トランス差別ではない

松浦氏発言を最大限好意的解釈しても、なお松浦氏発言には以下の問題が残る

 1.「手術をしなければ、自分確信する性別として生きることができない」という状況が差別ではない、ということの理由説明していない

 2.トランス当事者実態をきちんと説明しないまま、議論を進めてしまった

 3.自身発言が、ツイッタートランス差別悪化の一因となった

もっと重要なのは、次の点である

 ・松浦氏は、自身発言トランス差別悪化させたことに対して責任を取っていない

●よって松浦氏

 1.自身発言トランス差別悪化させたことを自覚し、トランス差別への明確な反対を表明し続けるべきである。具体的には、

  a.トランス差別に反対するという立場を明確に発信し続ける

  b.トランス当事者実態を正しく理解し、正しい情報継続的に発信する

  c.トランス差別悪化させないように、自身の「懸念」をもっと的確に言語化する

 2.今後はトランスフォビアを悪化させない形で議論を深めることを目指すべきである

以上がこのエントリーの内容のすべてになります

三橋順子による批判記事と、松浦氏反論

三橋順子氏による記事なぜ2019年の日本で、トランスジェンダー女性たちが攻撃されているのか | 文春オンライン」のなかで、松浦大悟氏の発言ツイッター上のトランスジェンダー差別悪化させる一因となったことが指摘されました。

1月5日放送のAbema Newsみのもんたのよるバズ!」で元参議院議員松浦大悟氏がこう語りました。

「今、イギリスで大問題になってまして、(中略)手術をしなくても性別移行ができるようになっているのが、世界の潮流なんですね。それで性自認女性だとなれば男性器がついていようとも、更衣室、女性更衣室に入れなければいけないということになっているんですよ。それについてフェミニストの人たちが大反対してまして、『冗談じゃない』と、自分たちは性被害に遭っている人がいっぱいいて、恐怖を感じると。」

 この発言Twitter拡散されて、一気にトランス女性排除の炎が大きくなりました。

(※当該発言みのもんたのよるバズ!2019年1月5日 - YouTubeの57:36から確認できます

これに対して松浦大悟氏本人は次のようにツイートしました。

松浦大悟さんのツイート: "三橋順子氏に嘘を流されて困っています。トランスジェンダーはアンブレラタームであり、その中にはクロスドレッサーも含まれます。法律を作るときには瑕疵がないように全ての問題点を洗い出さなくてはなりません。法案作成過程では議論がなかった?穴を見つけられない事が立憲民主党の問題点なのです。… https://t.co/VYspZcZOTB"

以下では松浦氏反論がどの程度妥当か、確認していきます

●両者の「トランスジェンダー」の定義はいずれも正しい

まず議論を始めるために、「トランスジェンダー」という言葉定義確認しておきましょう。

三橋氏は記事のなかでトランスジェンダーの定義について以下のように述べています

トランスジェンダーの定義は「生まれた時に指定された性別と違う性別生活している人」です。

これに対して松浦氏は以下のように反論しています

トランスジェンダーはアンブレラターム(=包括的用語引用者注)であり、その中にはクロスドレッサーも含まれます

さて、どちらの「定義」が正しいのでしょうか? 実のところ、どちらの定義も間違いではありません。

Feminist Perspectives on Trans Issues (Stanford Encyclopedia of Philosophy) 確認してみますと、トランスジェンダーは「トランスセクシュアル、ドラァグ・クイーンキング、ある種のブッチレズビアン、(異性愛男性異性装者のような、いくつかの異なった種類の人々の集合を指す包括的用語umbrella term)として用いられる」と同時に、「トランスジェンダーという用語トランスジェンダリスト(出生時に割り当てられた以外の性別としてフルタイム生活しているが、ホルモンや手術などの治療を行なっていない人)と同じ意味で使われることもある」とされています

また、森山至貴『LGBTを読み解く』でも、包括的用語としての「(広義の)トランスジェンダー」と、「異性の服装をすること自体に重きを置くトランスヴェスタイトではないが、医学的な処置を望むトランスセクシュアルでもなく、自らの性自認にしたがって生きる経験やそのような人々のことを指す」用語としての「(狭義の)トランスジェンダー」という、2つの意味があると指摘されています(p.98-101)。

三橋氏の定義も、松浦氏定義も、いずれも間違いではない。このことを確認したうえで、議論を次に進めましょう。

現実トラブルが起きたという証拠はない

次に確認しておくべきことは、(1) 日本にもすでに性同一性障害への差別を解消するための法律があり、(2) それでも女湯や更衣室などをめぐるトラブルは生じていない、という点です。

これについては松浦大悟さんの「女湯に男性器のある人を入れないのは差別」論への疑問から引用しておきましょう。

そもそもトランスジェンダーの公衆浴場利用について同様の議論をしたいなら、「障害者差別解消法」(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律 - 内閣府引用者注)を引っ張ってくる必要があります

2016年施行された障害者差別解消法における「障害者」の中には性同一性障害も含まれており、性同一性障害に該当する人はこの法律によってすでに守られている状況です。

それでも、障害者差別解消法のせいで男性器のあるトランスたちがどんどん女湯に入ってきてトラブルが増えたなんて事実はどこにもないはずです。

ここでもう一度、Abema Newsみのもんたのよるバズ!」での松浦氏発言確認しておきましょう。

「今、イギリスで大問題になってまして、(中略)手術をしなくても性別移行ができるようになっているのが、世界の潮流なんですね。それで性自認女性だとなれば男性器がついていようとも、更衣室、女性更衣室に入れなければいけないということになっているんですよ。それについてフェミニストの人たちが大反対してまして、『冗談じゃない』と、自分たちは性被害に遭っている人がいっぱいいて、恐怖を感じると。で、そういう人たちを出てけということを言ってるんだけど、これは差別にあたるわけです、そういう法律ができるとね」

注目するべきは、『イギリスフェミニストが大反対している』ということしか説明されていない、という点です。松浦氏は、『差別解消法によって、イギリス男性器のあるトランスたちがどんどん女湯に入ってきてトラブルが増えた』とは一言も言っていない。実際にトラブルが起きているかどうかには一切触れず、ただ単にフェミニストが反対しているということしか説明していないのです。これでは、イギリスで「大反対」しているフェミニストの主張が妥当なのかどうか、まったく分かりません。

まり松浦氏は、「手術なしで性別移行できるような法律が、実際に女性への被害をもたらしている」という証拠を何一つ提示していないのです。

この点で、松浦氏発言根拠薄弱であると言えるでしょう。

好意的解釈1.「あくま思考実験にすぎない」

ここで一旦、二人の対立を整理しましょう。

松浦氏は「正義正義バッティングした時のことを野党であるLGBT差別解消法は想定していないと指摘した」とツイートしていますhttps://twitter.com/gogodai5/status/1085414545814892544

これに対して三橋氏は、そもそも彼が言うような形で「正義正義バッティング」すること自体が「ありえない」と主張したわけです。

しかに、松浦氏は自らの懸念について、根拠をまったく示していません。

それでも、松浦氏発言好意的解釈すれば、以下のように捉えることができるかもしれません。

あくまで隙のない条文を作るための思考実験であり、現実的根拠の有無は関係ない』

もしも松浦氏がこのような立場を取るのであれば、三橋氏の批判回避することはできるかもしれません。

好意的解釈2.「あくま法律案の条文に含まれ問題を指摘しただけ」

もう一点、できるかぎり好意的解釈すれば、松浦氏立場は以下のようなものと言えるでしょう。

法律案の条文において、「トランスジェンダー」という用語が「広義のトランスジェンダー」を指すのか「狭義のトランスジェンダー」を指すのか」があいまいである。このようなあいまいな条文では、運用に際して問題が生じうる。私はその点を批判しただけだ』

あくま一般論ですが、法律の条文に多義的用語が含まれることは、あまり望ましいことではありません。

この一般論に則った発言として松浦氏発言解釈するならば、一般論に則っている部分に関してはある程度の妥当性がある、と言えるかもしれません。

好意的解釈3.「自分発言トランス差別ではない」

松浦氏は、「私はトランス女性が脅威だなどと発言していない」とツイートしています

https://twitter.com/gogodai5/status/1085414545814892544

自分発言トランス差別ではない、ということを言いたいのだと思います

しか松浦氏は「トランス女性シス女性へ加害する」とは言っていません。おそらくは「ペニスに対して恐怖をいだく女性特に暴力被害者)がいるのではないか」という「問題提起」だと考えられます

かに、「女性ペニス恐怖を抱くことの背景への配慮」もまた重要論点です。

しかし、「トランスフォビアの解消」も同じく重要論点であることを忘れてはいけません。

女性ペニス恐怖を抱くことの背景への配慮」と「トランスフォビアの解消」を区別したうえで、その両方を目指した議論をすることが必要となるはずです。

にもかかわらず、松浦氏はこの2つが必ず対立してしまうかのような前提で議論を進めています。この点に、「問題提起」としての不十分さが垣間見ます

(なおトランスフォビアと「男性身体」への恐怖というテーマについては、こちらの記事「女性専用スペース」とトランスフォビア - frrootsのtwitter補完メモに詳しく論じられていますので、関心のある方は一読ください)

好意的解釈すれば、松浦氏発言自体トランス差別ではない、と言えないこともないかもしれません。

それでも、不十分な「問題提起」によってトランスフォビアを煽ってしまった、という問題は依然として残るかと思います

松浦氏反論できていない論点

●「手術をしなければ、自分確信する性別として生きることができない」という状況が差別ではない、ということの理由説明していない

ここで忘れてはならないのは、「手術をしなければ、自分確信する性別として生きることができない」という状況は、極めて大きな問題がある、ということです。

特例法が求める性別適合手術は、当人の心身に多くの負担を与え、高い医学的侵襲性を伴う医療行為です。「強制断種」の点においても、性の健康権利理念から反するといえます。(石田仁『はじめて学ぶLGBT 基礎からトレンドまで』p.99)

言うまでもなく、手術を望む人が手術を受けられる、ということは重要です。しかし、手術を強制されるということは、このように「性の健康権利」を剥奪されるということです。誰もが持っているはずの当然の権利剥奪されている。この状況を「差別」と呼ばないのであれば、その根拠説明するべきでしょう。

●「現実的根拠がないまま、トランスへの不安を煽った」という批判反論していない

松浦氏は先行事例としてイギリス法制度を紹介し、「懸念」を提起しました。しかしそこで、「手術なしで性別移行できるような法律が、実際に女性への被害をもたらしている」という根拠はまったく提示されませんでした。この点で、松浦氏の「懸念」には、(1) 現実的根拠がなく、さらに (2) トランス当事者実態無視している、という問題があると言えるでしょう。

●「自身発言トランス差別悪化の一因となった」という批判反論していない

さら重要なのはこの点です。

松浦氏は、あくま法案問題点を指摘しただけだ、という反論はしていますしかし、「自身発言トランス差別悪化の一因となった」という点については何も述べていません。

もしも仮に松浦氏の「懸念」に根拠があったとしても、トランス差別に反対しなければならないことに変わりはありません。

かに議論を深めることは重要です。しかしその過程トランスへの差別が深まるとすれば、それは問題です(誇張ではなく、差別は人の命にかかわりますから)。そうである以上、トランスフォビアを悪化させない形での問題提起をするべきです。

結論

松浦氏は「トランスフォビアを悪化させない形での問題提起」に失敗した。

このことは否定しようのない事実でしょう。

(もちろん言うまでもなく、松浦氏発言以前にも、インターネット上にトランスフォビア言説は存在しました。しかし、松浦氏トランスフォビアにさらに火をつけてしまった、という点は批判されるべきでしょう)

このことについて、松浦氏責任を果たす必要があるはずです。

具体的には

 1.トランス差別への反対を明確に発信し続ける

 2.トランス当事者実態を正しく理解し、正しく発信する

 3.トランス差別悪化させないように、自身の「懸念」をもっと明確に言語化する

以上のことをするべきかと思います

松浦氏自己弁護ばかり繰り返さず、自分言葉引き起こし帰結としっかり向き合ってください。

曲がりなりにも「政治家であるならば、自身発言責任を持ってください。

最後一言

差別解消法について議論する目的は、実際に起こっている差別を解消することです。

もしも差別解消法について議論することが、差別悪化させてしまうとすれば、それはまったくの本末転倒です。

あくまでも目的差別解消であり、法律はその手段しかない。議論する際には、この前提を忘れないようにしていただきたいと思います

2019-03-19

anond:20190319205111

それはロリコンって単語多義的意味を持ってるのに雰囲気で使われてるのが悪い

2018-10-03

神の定義って揺れすぎじゃね?

創造神

・全知全能

・とにかくすごい

信仰対象

 

名前を分けて欲しい

あと神に対して真面目に論じようとすると宗教とか人文が入ってくるが、邪魔な感じがする

「神は存在すると思うか」って、多義的すぎて「曖昧質問すんなクソが」という回答にしかならない

まあ、なぜそれを信仰するのかっていうのは少し面白いけど

 

個人的な神のイメージは全知全能だったけど

ちょっと難しいな

例えば箱庭であれば創造神みたいな存在自分だってなれるが、その中の全てについて全知全能であろうとするのは果てしなく難しい

人間から見たら十分に全知全能である」なら有り得そうだけど

2018-04-21

anond:20180420160742

「子」が多義的すぎるのも混乱の元だな。

子、曰く…みたいに、むしろ完成された人物像を指すこともある。

還暦迎えた人の女子会なんてそっちの意味なのではないか

2018-02-28

青い子は不憫みてて思ったんだけど

中世ヨーロッパの話だけど色に沢山のイメージが付きまとう。

もちろん多義的ポジティブ意味ネガティブ意味を持つことも多く、緑だと、人外制御されない自然というイメージで、だからオークは緑の肌をしてるけど、春、若葉の芽生えみたいなポジティブイメージもある。あ、あとイスラーム象徴してるかな?

総合的に見てかなり悪いのは青、蛮族の色。ただ、マリアの色、フランス王家の紋章にも採用されかなり良い感じにもなる。

次。黒、悲しみ、沈痛さ、死、醜さを象徴する。ただ、中世末期に悲しみをネガティブに見るだけではなくそれに耐える心みたいな転換があり、ほら、ルターとかオランダの絵とかで黒い服おおいでしょ?

黄色裏切り、嘘、不正、など。ユダの服の色に採用されるは異端者やユダヤ人に紐つけられて、ナチユダヤの星にも繋がる。

あれ?黄色って紋章かに普通に使われね?って思う人も多いだろうが、あれは黄色ではなく実は金色なの。

いいイメージは、赤、特に鮮やかな赤は高潔、勇敢、などをあらわし、白なんかも純潔、信心などを表しけっこういいイメージ

まあ、それはそうとして現代日本ポップカルチャー分析するとどうなんだろうね?

ポップカルチャーというよりオタクカルチャーだろ

たとえばプロスポーツとかかなり色のイメージ出してるし、別にアニソン以外にも色が歌に出てきたりしない?

まあ私は興味ないのでそういうのあまり追わないけど別にオタクカルチャーポップカルチャー関係が乏しいとは思ってないけどどうなんだろうね?

2018-02-18

anond:20180218003646

労働とか仕事っていう言葉多義的で、日常で使う場合上司(なりマネージャなりワークフロー設計したサイド)に割り当てられた作業をこなす」っていう意味が多いでしょ。

そういう理解をした場合スタートアップってのは労働でも仕事でもないんだよ。もっと方面的な総合戦であって「振られた仕事順次こなす」じゃたどり着けない領域にある。だから上記理解労働指定作業の実行)の延長線上でやると失敗する。

もちろん、世間で言うスタートアップ上記労働的発想で挑んで成功する(したつもりになる)人間ってのは存在する。スタートアップ企業に参加してサーバいじってプログラム書きました、みたいな。でもその人は、「労働的な意味スタートアップした企業にある時期参加した」だけであって、「スタートアップの非労働的な側面」に参加したわけじゃない。

時代は変わるので、たとえば「余暇で作ったスマホアプリがおもったより受けたんで200万円で企業に売りました」みたいな事例も、スタートアップと言えば言えるのかもしれんけれど、先人がスタートアップっていう言葉を無前提で使う場合には、やはり銀行やら投資家から借金やチームの生活の面倒みたいな範囲も想定に入れて使う言葉なんじゃないかな。そういう規模のチームを運営する場合参加者全員が作業下請け労働者じゃ、やっぱり困るわけだ。誰かが「作業以外の全部」をやらなきゃならない。

その「非労働的側面」をリーダーシップとか表現しても悪くはないんだけど、これまた語感の問題があって、そう表現するとおそらく今までに存在したスタートアップのいろんな教訓を取りこぼす。「二徹でも三徹でもして」ってのは別段徹夜しろとかそういう意味じゃなくて、スタートアップにフルコミットする覚悟とか決意みたいなものを指してるんだと思うよ。それはやはり、必要なんだよ。

もちろん、いろんなスタートアップをあちこちフラフラしたり、二股かけたりして、運良くその「覚悟」がある勇者リーダーやってるプロジェクトに乗っかり、「これでオレもスタートアップ経験積みました!」とはいえるんだけど、それを「スタートアップコミット」っていうのもおそらく違うんじゃねえかな、ってのが感想

2017-11-01

リベラル成仏する日

リベラルっていう用語は今では多義的なっちゃって拡散しているんだけど、源流をたどると「絶対王政などに見られる巨大な権力者に対して個人自由を守り社会を安定させ豊かにしていく思想」があるよね。国の命令で、一般的民間人生命やら財産やらが奪われてはならない。思想発言には自由があるべきだし、職業結婚相手強制されるべきではない。個々人は個々人で自分人生を生きる自由がある。古典的自由主義としてのリベラル

いま日本では、リベラルが退潮とか危機とか言われているけれど、どう考えても歴史もっとリベラルが花開き成果があるのが現代だと思う。古典的自由主義者が目指した自由繁栄の国が、いまの日本だよ。

もちろん、リベラルという語の示す意味合い歴史によって徐々に変わっていった。いま死のうとしているのは、後発の変化した後のリベラルなのだ、という指摘は正しい。

しかし、でもだとするのであれば、その主張方法も変えていくべきだったのね。一番古典的リベラルは上記のように「巨大な権力者恣意的権力乱用から市民市民自由を守る!」というものだったから、その主張手法は「だから権力者日本場合首相とか与党とか政府)を厳しく監視してそれを咎めていかなければならない」であるわけ。日本野党国会で、やたらに与党に噛み付いたり、「安倍政権九条を変更すると即座に戦争を開始してしまう!けしからん、断固打倒!」というのは、たしかに、古典的リベラルの主張としては正しいわけ。なにせ彼らは「巨大な権力者恣意的権力乱用から市民市民自由を守る」が主張なのだから

でも最初に述べたように、古典的リベラルが憂いていた社会問題――たとえば王様個人的鬱憤やら貴族の内輪もめで戦争を開始して農民の命がゴミのように消費されるとか、身分差の下位の側が奴隷としてなんの自由選択権もなく酷使されるとか、餓死するとか――そういうのは、現代日本においてほぼ解決された。こういうことを言うと顔を真赤にして「現代ブラック労働問題が!」とか叫ぶ人はいるけれど、少なくとも法的な側面ではかなりのケアが進み、運用側の問題へと問題は進んでいる(日本生活保護の捕捉率はたしかに大問題だけど、運用問題ではある)。

まり古典的自由主義者は、打倒すべき問題殆どを失ってしまった。日本社会で言えば、1970年代公害訴訟あたりの時期で、社会的使命を一旦果たした。そこで寿命を迎えたと思うのね。

もちろんそこで社会問題がなくなったという話じゃないんだけど、それらを指摘して解決していくためには、リベラル名前を変えるか、名前を変えなかったとしても少なくとも主張方法進歩させるべきだったわけ。なにせ古い主張とその手法は、古い問題最適化されているわけだから。「安倍政権九条を変更すると即座に日本戦火に包まれる」なんて主張を、現代日本国民の誰がどれだけ信じている? 1%もいないとおもう。現代日本人の殆どは「政権監視して非難すれば問題解決する」なんて、もはやファンタジックおとぎ話だと感づいているんじゃないかな。

現代に残る社会問題は、格差にせよ人口減にせよ、少数の絶対悪者が陰謀の結果日本に振りまいた災厄ではなく、すべての日本国民利害関係者として今まで行ってきた選択の結果起きた、避けえない出来事であって、誰か少数者をリンチしてスッキリしたとしても、解決なんて出来はしないって気づいているんじゃないかな。

にも関わらず、いわゆるリベラルと言われる組織政治家が懐古的な「邪悪政府陰謀論」を卒業できないのは、本当に卒業できないわけじゃなく、そういう手法卒業しないことで利益を得ていた既得権集団だっただけなのだ。そういうことがほとほとわかっちゃった。そういうのがこの数年の政治状況じゃないかな。

いま日本リベラルに愛想を尽かしたり、叩いたりしている国民も、一番最初に述べた「国の命令で、一般的民間人生命やら財産やらが奪われてはならない。思想発言には自由があるべきだし、職業結婚相手強制されるべきではない。個々人は個々人で自分人生を生きる自由がある」という意味では、立派なリベラリストなわけね。それらは当たり前にいつでも手に入る無価値な宝物ではなかった。たとえば北朝鮮ではそういう社会が実現されてないもの

からその部分は歴史に対して胸を張っていいとおもうのだ。そして同時に、自分たちがそういう意味ではリベラリストなんだからリベラル必要以上に憎むべきではない。少なくとも歴史のある時期、それらは社会必要で、現代の豊かで平和社会につながる重要な役目を果たしたわけだから

一方で、そういう言う意味では、リベラルという看板は役目を終えたし成仏すべきだと思う。現状、Webやらマスコミで「リベラル最低だ」っていってるのは、かなりの程度死体蹴りだ。「リベラルという少数悪が邪悪だったので社会が悪くなった」というのは、まさに駄目なリベラルがすがりついていた思想のものだよ。すがる側も、嫌悪する側も、もうリベラルから卒業しても良い時期だ。

2017-05-27

記憶力は能力ではない、と思ったら大間違いだ

「頭の良しあし」は多義的もので、一つの定義に当てはまらいからと言って確定するべきでない

そして、就職とは「やりたい事」をやるものではない

多くの人にとって、生命維持が主目的

まずは意思を棚上げして、参加しても続けて行けそうな業種業界リストアップしな

その中で、もっと自分能力評価してくれそうなところに自分を売り込みに行けばいい

面接でやりたい事を聞かれるのは、やりたい事を聞きたいからじゃないよ

君が何を考えどう行動するのかの指針を知りたいんだよ

http://anond.hatelabo.jp/20170526223943

2017-05-24

日本人の脳が英語リスニングするために必要なこと

前回ここでリスニング学習法を書いたところ思いのほか反響を得ることが出来た。

http://anond.hatelabo.jp/20170522214348

今回は実際のところどうやってリスニングしているかをまとめてみようと思う。

人はどうやって音を聞いて言葉として理解しているのか

リスニング無意識下で行われる実に精妙なプロセスで、自分でもどうやっているのか正確にはわからないが、注意して観察すれば大まかなところは分かってくる。

まず単語について。日本語は「交渉、高尚、考証、公傷、公称」のように同音異義語が多い言語だ。「こうしょう」は広辞苑で50の見出し語を持っているという。対して英語単語意味時代とともに付け加わり多義的になっている。Random HouseTakeを引くと126の意味登録されている。

どちらにしても、音を聞いただけでは単語意味特定することは出来ず、文脈から単語とその意味を導く必要がある。

文脈が分かっているということは、あらかじめ相手のいいたいことが予想できているということだ。現在トピック、話の向かっている方向、相手のいいたい結論がわかっていれば、リスニングは格段に楽になるが、我々学習者はそれを簡単に見失ってしまい、リスニングは著しく困難になる。

相手の表情や身振り、口調などは文化的な差が大きいが、これに慣れることで相手の話したい内容が事前に予想できるようになり、リスニング力が上がる。

文の予測

文脈を踏まえ、相手の言いたいことを察知した上で、相手の話の最初の数語を聞く。そこで出てきた単語文法構造を元にして、その後に続く文を人の脳は予測することができる。

正確に言えば、英語学習した脳において、文の最初の数語、動詞が出て来るまでを聞けば、その後の展開として考えられるさまざまな可能性は、あらかじめ学習によって脳の回路に刻みこまれているので、その回路が後に続く文を効率的解釈してくれる。

我々は学習によって脳の回路を育て、「始めがこうなら、文の続きはこうなる」という様々なパターンを繰り返し刷り込んで、文を解釈するために必要な脳の回路を作り上げている。そのおかげで、音を聞いてリアルタイムに文として解釈することが可能な脳が構成できている。

まり適切な用語ではないが、これを便宜的に脳による予測と考える。あらかじめいろいろな展開に備えた準備を入念にしているので、「その展開は俺の予測範囲内だぜ!」といった返しが、どんな文の展開が来ても出来るような状態にあるということだ。

予測の中に正解がなかったら、リスニングは失敗する。文のパターンを大量に仕入れて、最初の数語を聞いただけで引き出せるようにしておくことが必要だ。

相手の話が進むにつれて、予測された文の解釈候補が次々と脱落していき、相手の話す一文の終わりにはその解釈も一つに定まる事が多い。

詩的な文では、それが何を意味しているのか一つに絞りきれないことがある。そういった場合複数解釈が渾然一体となって聞き手脳内に残り、深い味わいを残すことになる。

英語を先頭から順に一語ずつ解釈していくプロセス

日本語英語では思考の順序がまるで違うので、英語最初から順番に解釈していくのは多大な困難を伴う。しかしそれが出来ない限りリスニング不可能だ。このときに頭のなかで何が起きているのかできるだけ詳細に追ってみようと思う。

最初の一語の前

英語単語ごとに区切りがなく、滑らかにつながって発音される言語で、それが日本人による聞き取りを著しく困難にしている。

ただ、最初の一語に関しては前に繋げるものがないので、ネイティブにとって少し無理をしたような発音になり、変な音が漏れることがある。これを単語と誤解しないようにしなければならない。

また、変な音の発生を避けるために一瞬「ウェ」という音が入ることがあり、これは喋ることを考えている時に文頭に出てくる単語"Well"とされ、日本語で言うと「ええっと」とか「まあ」にあたる。しかし実際は最初の一語をスムーズ発声するための準備運動という意味合いが強い。

主語

最初主語としてのHeとかIとかTheyとかWeのような、非常に出現率の高い単語が出てきやすい傾向がある。

日本語では主語の省略が頻繁に起こるが、英語では発音の省略が起こる。日本語では言わなくても分かることは言わずに省略するが、英語では言わなくても分かりそうなことは発音がいい加減になる。

文頭のTheyやWeなどは一瞬th音やw音が聞こえるだけということも珍しくない。一般的に、出現率が高い単語ほど発音がいい加減になる。

文頭が聞き取れないとその後も何を言ってるのか分からなくなってしまいがちだ。最初の語が聞き取れなかった場合主語重要でなかったのだと考え、とりあえず先に進んでみるのが重要である

英語字幕と話していることが違う場合

ちなみに英語でもIt isは省略されて全く発音されないことがある。しか英語字幕の中では、ないと不自然なため補われていることがあり、学習からすると「字幕と言ってることが違うぞ!」という困った事態になる。

英語字幕では話し言葉としては自然だが文法的に間違った表現が直されていることがよくあるため、注意しなくてならない。

助動詞動詞

主語の次は動詞か、あるいは助動詞がくる可能性が高い。その中でも、一般動詞ははっきり発音されるので聞き取れるはずだ。

助動詞、あるいはbe動詞は非常に出現率が高いため、ほとんど発音されないことがよくある。

w音が来た場合willかwouldであるほとんど聞き取れない一瞬の休符を感じたらそこにはcanが入っている可能性が高い。r音を感じたらYou're, They're, We'reの'reの部分だ。

そういった出現率の高い音を覚えて一瞬の音を聞きのがさないことが重要だ。

助動詞の後には動詞がくる。その後に来る文のパターンはそれぞれの動詞によって変わってくる。

動詞ごとの文の形

動詞はその次に目的語をとるもの補語として形容詞も取れるものgo toのように前置詞を置かないと目的語が取れないもの目的語が二つ取れるもの二つ目目的語の前に前置詞が必要もの二つ目目的語位置動詞の原形が入るものing形が入るもの、to+動詞が入るものなど、様々なものがある。一つの動詞に様々な使い方があり、句動詞と言って動詞の後に続く前置詞や副詞コンビネーションにより意味が大きく変わるものも多い。リスニング成功させるためには、動詞ごとの文の展開の全パターンを把握し、脳に刷り込んでおく必要がある。

ちなみに、前置詞の後にくる目的語は、動詞目的語と考えず前置詞の目的語と考えるのが正しい文法用語のはずだが、私は区別していない。正しい文法用語思考している人には不便だろうが、ご容赦願いたい。

目的語、前置詞

目的語の中には自分の言いたいポイントになる目的語と、そうでないどうでもいい目的語があり、どうでもいいものは弱く、ポイントになるものは強く発音される。

目的語を二つとれる動詞giveで説明すると、「I gave him a ○○」私は彼に○○をあげた、という場合は、何をあげたかに話の力点があり、彼にあげたというのは話の流れから明らかな場合が多い。

このhimのように、「出現率の高い単語発音はいい加減になる」というルールに当てはまり、話の力点も乗っていない単語は、音が省略され聞き取りは非常に困難になる。例を挙げると、himは「イム」、herは一瞬「ァ」themは「エム」itは一瞬「ィ」といった発音になる。

前置詞も非常に出現率が高く、話の力点が乗ることもあまりないので発音が省略されやすい。ofは一瞬のv(ヴ)音、withは一瞬のth音といった感じになる。

thやvは日本語にはない音なので、聞き取るのが難しいが、注意して聞いていれば分かるようになってくる。正しい発音の仕方を覚えて、音読時に実践していると、さら聞き取りやすくなる。

から単語判断する仕組み

それでもやはり、日本人にとって、音から単語を正確に識別するのは難しい。それに英語にも同音異義語はある。

それが母国語であれ外国語であれ、単語は「音、文の形、文脈」の3つの要素から無意識下で総合的にリアルタイム判断される。

たとえばwantとwon'tの違いが音からからない、という事が私にもある。この二つはそもそも発音が異なるので、ネイティブなら区別は容易なはずだ。しか日本人にはなかなかそうは行かない。

助動詞本来弱く発音されるが、否定形のcan'tとかwon'tのようなもの否定であることを強調するために比較的強く発音されるため、普通動詞との判別が難しい。また、I want you to ~のように「君に~をして欲しい」の~の部分に力点が置かれる場合I want you toの辺りはゴニョゴニョと発音されて弱くなるので、won'tと区別がつかないといった事が起こる。

しかし、ウォントの後にtoやyouが来れば「さっきのはwantだった」動詞が来たら「さっきのはwon'tだった」と判断し、名詞にも動詞にもなる単語が来たら、文脈リズムから名詞動詞判断する、といったことで区別可能だ。このように、様々な情報無意識下で総合的に使うことでリスニングは成り立っている。

これは実は母国語でもそうで、日本人の話す日本語でも、発音曖昧だったり、失敗していることは結構ある。注意して聞いていると、聞く側が自然に補って意味を汲み取っていることが分かる。音から言葉が分からなくても、他で補って総合的に判断するというのは、人の脳が持っている能力だ。

日本語英語発音は大きく異なり、日本人には英語の音を判別するのは難しい。けれど周りの情報を使うことで弱点を補うことが出来る。

たとえば一瞬しか発音されない前置詞を日本人が聞き取るのは難しいが、動詞から現れる前置詞のパターン予測できていれば、一瞬の音でも聞き取りやすくなる。たとえ聞き取れなくても、予測した文の形に当てはめてみることで、文脈から前置詞を補い文を完成させる事もできる。

関係代名詞

英語動詞によって文の形のパターンが大体決まっていて、文の展開の予想を立てやすい。もちろん動詞副詞で修飾したり、toやed形,ing形などを介して名詞を修飾することで文章を飾ったりもするが、修飾部は文の屋台である主語動詞目的語とは発音リズムが変わるので区別できる事が多い。

それでも問題になってくるのは関係代名詞who、that、それと「関係代名詞の省略」のパターンである

関係代名詞who,thatは出現率が高く、発音が省略されるので聞き取れないことがよくある。一瞬のh音やth音を聞き逃さないことが大事だ。

関係代名詞の中は修飾部なので、文のメインとなる主語動詞目的語よりも一段弱い感じで発音することが多いが、区別は難しい。話の力点関係代名詞の中にある場合もあり、その場合は同等かより強く発音されることもある。

ちなみに英語において、弱く発音されるということはゴニョゴニョと、速く発音されるということであり、聞き取りにくくなる。英語重要度が低い部分は聞き取りにくく、速くなり、重要なことははっきりと、遅く発音することで、文の構造リズム表現する。

主語目的語のあとにいきなり主語動詞が出て来る、つまり主語主語動詞」や「目的語主語動詞」の形が出てきたら、関係代名詞が省略されているか、あるいは関係代名詞が聞き取れていない。

関係代名詞主語を修飾している場合は、その後でメインの動詞が来ることになるので、それを忘れないようにしなければならない。「主語 who 動詞」や「主語 that 動詞」で関係代名詞を聞き逃すと、ただの「主語動詞」と認識されるので、その後に動詞が出てくると激しく混乱することになる。

関係代名詞を聞き逃さなかったとしても、文の途中で他の文を処理して前の文と頭のなかでつなぎ合わせるのは難しい。そういう複雑な文の構造を使いたがる人は、さらにandで繋ぎたがる傾向があり、そうなるとお手上げということになってしまいがちだ。

一文が長くなってくるにつれて、何の話かわからなくなるのは誰にでもあることだ。それが外国語であれば避けては通れないように思う。

文全体の構造を見失ったとしても、今いる部分の意味を追い続けることが重要だ。文脈、話の向かう方向さえ追えていれば、その先の話を聞き取るのに不都合が生じる可能性は低い。混乱しても立ち止まらずに話を追い続ければ、言いたいことの要旨は分かる可能性が高い。

関係代名詞whatや関係副詞where, whenなども弱く発音されるので聞き逃しやすい。I know where you live(あなたの住所を知っている)と言った時にはwhereとyouが弱くなってウェユリヴ、what it is(それが何であるか)といった場合はwhatもitisも頻出語のため全部ごちゃっとなってワリリズといった感じになる。

英語において「場所、時」は文末にいきなり現れる。なのでwhere,whenはどんな文でもいきなり出てくる可能性がある。

さまざまな場面で、w音は聞き逃すと話を見失う原因になるため、注意して聞く必要がある。

フォーマティと省略

英語において音の省略はインフォーマルな、友達職場の同僚との会話の時などに起こりやすい。目上の人との会話や、フォーマルスピーチでは、いい加減な発音は起こりにくく、日常の何気ないところでは発音が崩れて、聞き取りの難度が格段に増す。

これも結局のところ、フォーマルな会話は重要なのではっきりゆっくりと喋り、プライベート重要な話ではないので発音がおろそかになって、ゴニョゴニョと早く喋っているということだろう。

私は英語があまりできない日本人が「日常会話ぐらいなら出来ます」といってるのをよく見かけるが、あれはおかし表現だと思う。日常会話を聞き取るのはかなり難しい。

フォーマルな場では、日常使われるような基本単語を用いた分かりやす表現は避けられ、婉曲で難解な言い回し知的な感じがして好まれる。これはこれでとても難しいのだが、インフォーマルな場では砕けた発音スラングが出てくるので、これもすごく難しい。そういった英語の癖を掴んで、そういうものとして受け入れてやっていくことが大切だ。

反復と反射

さて、いろいろ書いてきたが、実際のリスニングの場で意識してこれらのことを実践することはできない。リスニングにゆっくり考えている時間はなく、全て反射的に無意識に行えなければいけない。

英語理解を反射にまで高めるためには、音読や、集中して繰り返し聴くことを行い、反復して脳に刷り込んでいくことが必要になる。

頭の中で黙読している時でも、英文自分のモノになっておらず、反射にまで至っていない場合、スルッと頭に入らず、引っかかる感覚がある。それに出会ったら、繰り返し音読したり黙読したりして、スムーズに頭に入るようにする。その積み重ねによって刷り込みが行われ、文が反射的に理解できるようになり、リスニングや、返り読みなしのリーディングが出来るようになっていく。

終わりに

リスニングの上達は基本的無意識レベル刷り込みによるものだが、注意すべきポイント理屈の上で意識していれば、脳内の処理も効率化されやすく、上達も早くなるように思う。

また、これらのポイント意識できていれば、「何だこの発音は! 全く聞き取れないじゃないか! 納得いかない!」といった混乱をすることが少なくなり、学習スムーズに行くのではないかと考えている。

私の英語学習は混乱の連続だった。日本語英語がなぜこんなにも違うのか、私には今でも納得いかない部分がある。怒りと諦めがないまぜになったような感覚と、それでもいつか理解できるんじゃないかという希望が私を英語学習に駆り立てている。

それでも、納得できないうちは頭に入ってこないので、なんとか納得して折り合いをつけて、受け入れて学習をすすめなければならない。

字面と全く意味が違うイディオムを受け入れ、ゴニョゴニョした発音を受け入れ、増えていく単語意味勝手に作られていくスラングを受け入れ、知的すぎて難解な言い回しを受け入れ、優秀なキャリアウーマンが話す信じがたいほどの早口を受け入れなければならない。

英語をあるがままに受け入れて理解しなければならない。この駄文がその一助になれば幸いだ。

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