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はてなキーワード: 風貌とは

2020-05-23

anond:20200522184138

村下孝蔵って真面目な顔して痴漢とかしてそう

ザ・非モテみたいな風貌でねちっこいストーカーチックな歌作ってるあたりに異常性が滲み出てる

2020-05-19

anond:20200519093739

ググって見てみたけど新型電動ガンみたいな風貌してんだな

2020-04-18

anond:20200418212825

デブスっていうよりガイジ系の風貌がネックになってたりしない?

それだとハードルいかもしれない

2020-04-11

マスクをしないで歩いている人達の正体

私は都内量販店で働いている。

私達に緊急事態宣言関係ない。

帰宅した。

どこもかしこガラガラだ。

帰りにガラガラターミナル駅を見てふと気付いた。

政府東京都あんなに心配した1020代なんか全然歩いていない。

ガラガラの中歩いているのはみんな中高年以上だ。

マスクをして歩いているのはスーツ姿の暗い顔をしたおじさんばかりであとは警備員風の風貌の人や私のような接客業の人。

マスクもせずにフラフラ歩いているのは、年齢不詳の男女ばかり。

恐らく私達を含めた今日外出したこの中に物凄く高収入だったり社会的地位の高い人はいない。

悪い言い方をすればみな安物の服を着て暗い顔をして足早に歩いている。

これはすべて日本が今まで「自己責任」で切り捨ててきた人たちの群れなのだ

正社員になれない派遣社員自己責任

氷河期世代自己責任

貧困なのは自己責任

結婚できない中高年は自己責任

この人たちに「みんなのために自粛を」なんて言って響くと思うか?

散々蔑まれて、見下されて、相手にされなくて、ずっとずっと生きてきた人が外出自粛の街を歩いている。

今までこのターミナル駅はいつも人でいっぱいで一人一人の顔が見えなかった。

だか今ははっきりと一人一人の顔を見る事が出来る。

この人たちや私は確かに今まで毎日ここにいたのだ。

声なき群れは今日も生きるため日銭を稼ぎに、あるいはマスクなんかせずに自由気ままにこの街を歩く。

この国がずっと見捨ててきたツケはいよいよ回ってきた。

明日は誰のためにくるのでしょうか。

2020-03-16

AI女子駅員とAI男子駅員の差よ

https://toyokeizai.net/articles/-/336547?page=4

改札から外に出ると、AIイネージが2台置かれていた。男性駅員タイプ女性駅員タイプの2種類で、乗り換え案内や周辺の飲食店情報など声に出して質問すると答えてくれる。

 

男性タイプを開発したのはJR東日本情報システムで、駅構内や周辺の案内は的確だが、いたってまじめな印象。ところが女性タイプアニメキャラクターで会話の最中に髪の毛を触る仕草をするなど、かなり凝った作りだ。

 

このキャラには「渋谷さくら」という名前が付けられており、年齢、住所、職業なども質問すると答えてくれる。会話に夢中になって後ろに行列ができたりしないか心配になるほどのレベルだ。日・英・中・韓の4カ国語対応しているので、外国人クールジャパン底力を目の当たりにするに違いない。

 

https://news.j-wave.fm/news/2020/03/post-5521.html

小石川さんとさくらさんはアニメ風の可愛らしい風貌ですが、男性駅員のものだけ妙にリアル……それもそのはず。実際にモデルとなった社員の方がいるそうです。

 

女子駅員をアニメ風にしてキャラクターとして充実させ、男性駅員のもの社員写真節約

なんでこういう差をつけるかね。

2020-02-25

翳(原民喜

センター試験話題になったけど、全文読めるところが見つからなかったので)

底本:原民喜戦後小説 下(講談社文芸文庫1995年8月10日第1刷発行

     I

 私が魯迅の「孤独者」を読んだのは、一九三六年の夏のことであったが、あのなかの葬いの場面が不思議に心を離れなかった。不思議だといえば、あの本——岩波文庫魯迅選集——に掲載してある作者の肖像が、まだ強く心に蟠(わだかま)るのであった。何ともいい知れぬ暗黒を予想さす年ではあったが、どこからともなく惻々として心に迫るものがあった。その夏がほぼ終ろうとする頃、残暑の火照りが漸く降りはじめた雨でかき消されてゆく、とある夜明け、私は茫とした状態で蚊帳のなかで目が覚めた。茫と目が覚めている私は、その時とらえどころのない、しかし、かなり烈しい自責を感じた。泳ぐような身振りで蚊帳の裾をくぐると、足許に匐っている薄暗い空気を手探りながら、向側に吊してある蚊帳の方へ、何か絶望的な、愬(うった)えごとをもって、私はふらふらと近づいて行った。すると、向側の蚊帳の中には、誰だか、はっきりしない人物が深い沈黙に鎖されたまま横わっている。その誰だか、はっきりしない黒い影は、夢が覚めてから後、私の老い母親のように思えたり、魯迅の姿のように想えたりするのだった。この夢をみた翌日、私の郷里からハハキトクの電報が来た。それから魯迅の死を新聞で知ったのは恰度亡母の四十九忌の頃であった。

 その頃から私はひどく意気銷沈して、落日の巷を行くの概(おもむき)があったし、ふと己の胸中に「孤独者」の嘲笑を見出すこともあったが、激変してゆく周囲のどこかにもっと切実な「孤独者」が潜んでいはすまいかと、窃(ひそ)かに考えるようになった。私に最初孤独者」の話をしかけたのは、岩井繁雄であった。もしかすると、彼もやはり「孤独者」であったのかもしれない。

 彼と最初に出逢ったのは、その前の年の秋で、ある文学研究会の席上はじめてSから紹介されたのである。その夜の研究会は、古びたビルの一室で、しめやかに行われたのだが、まことにそこの空気に応(ふさ)わしいような、それでいて、いかにも研究会などにはあきあきしているような、独特の顔つきの痩形長身青年が、はじめから終りまで、何度も席を離れたり戻って来たりするのであった。それが主催者の長広幸人であるらしいことは、はじめから想像できたが、会が終るとSも岩井繁雄も、その男に対って何か二こと三こと挨拶して引上げて行くのであった。さて、長広幸人の重々しい印象にひきかえて、岩井繁雄はいかにも伸々した、明快卒直な青年であった。長い間、未決にいて漸く執行猶予最近釈放された彼は、娑婆に出て来たことが、何よりもまず愉快でたまらないらしく、それに文学上の抱負も、これから展望されようとする青春とともに大きかった。

 岩井繁雄と私とは年齢は十歳も隔たってはいたが、折からパラつく時雨をついて、自動車を駆り、遅くまでSと三人で巷を呑み歩いたものであった。彼はSと私の両方に、絶えず文学の話を話掛けた。極く初歩的な問題から再出発する気組で——文章が粗雑だと、ある女流作家から注意されたので——今は志賀直哉のものノートし、まず文体研究をしているのだと、そういうことまで卒直に打明けるのであった。その夜の岩井繁雄はとにかく愉快そうな存在だったが、帰りの自動車の中で彼は私の方へ身を屈めながら、魯迅の「孤独者」を読んでいるかと訊ねた。私がまだ読んでいないと答えると話はそれきりになったが、ふとその時「孤独者」という題名で私は何となくその夜はじめて見た長広幸人のことが頭に閃いたのだった。

 それから夜更の客も既に杜絶えたおでん屋の片隅で、あまり酒の飲めない彼は、ただその場の空気に酔っぱらったような、何か溢れるような顔つきで、——やはり何が一番愉しかったといっても、高校時代ほど生き甲斐のあったことはない、と、ひどく感慨にふけりだした。

 私が二度目の岩井繁雄と逢ったのは一九三七年の春で、その時私と私の妻は上京して暫く友人の家に滞在していたが、やはりSを通じて二三度彼と出逢ったのである。彼はその時、新聞記者になったばかりであった。が、相変らず溢れるばかりのもの顔面に湛えて、すくすくと伸び上って行こうとする姿勢で、社会部入社したばかりの岩井繁雄はすっかりその職業が気に入っているらしかった。恰度その頃紙面を賑わした、結婚直前に轢死(れきし)を遂げた花婿の事件があったが、それについて、岩井繁雄は、「あの主人公は実はそのアルマンスだよ」と語り、「それに面白いのは花婿の写真がどうしても手に入らないのだ」と、今もまだその写真を追求しているような顔つきであった。そうして、話の途中で手帳を繰り予定を書込んだり、何か行動に急きたてられているようなところがあった。かと思うと、私の妻に「一たい今頃所帯を持つとしたら、どれ位費用がかかるものでしょうか」と質問し、愛人が出来たことを愉しげに告白するのであった。いや、そればかりではない、もしかすると、その愛人同棲した暁には、染料の会社設立し、重役になるかもしれないと、とりとめもない抱負も語るのであった。二三度逢ったばかりで、私の妻が岩井繁雄の頼もしい人柄に惹きつけられたことは云うまでもない。私の妻はしばしば彼のことを口にし、たとえば、混みあうバスの乗降りにしても、岩井繁雄なら器用に婦人を助けることができるなどというのであった。私もまた時折彼の噂は聞いた。が、私たちはその後岩井繁雄とは遂に逢うことがなかったのである

 日華事変が勃発すると、まず岩井繁雄は巣鴨駅の構内で、筆舌に絶する光景を目撃したという、そんな断片的な噂が私のところにも聞えてきて、それから間もなく彼は召集されたのである。既にその頃、愛人と同居していた岩井繁雄は補充兵として留守隊で訓練されていたが、やがて除隊になると再び愛人の許に戻って来た。ところが、翌年また召集がかかり、その儘前線派遣されたのであった。ある日、私がSの許に立寄ると、Sは新聞第一面、つまり雑誌新刊書の広告が一杯掲載してある面だけを集めて、それを岩井繁雄の処へ送るのだと云って、「家内に何度依頼しても送ってくれないそうだから僕が引うけたのだ」とSは説明した。その説明は何か、しかし、暗然たるものを含んでいた。岩井繁雄が巣鴨駅で目撃した言語に絶する光景とはどんなことなのか私には詳しくは判らなかったが、とにかく、ぞっとするようなものがいたるところに感じられる時節であった。ある日、私の妻は小学校の講堂で傷病兵慰問の会を見に行って来ると、頻りに面白そうに余興のことなど語っていたが、その晩、わあわあと泣きだした。昼間は笑いながら見ものが、夢のなかでは堪らなく悲しいのだという。ある朝も、——それは青葉と雨の鬱陶しい空気が家のうちまで重苦しく立籠っている頃であったが——まだ目の覚めきらない顔にぞっとしたものを浮べて、「岩井さんが還って来た夢をみた。痩せて今にも斃れそうな真青な姿でした」と語る。妻はなおその夢の行衛を追うが如く、脅えた目を見すえていたが、「もしかすると、岩井さんはほんとに死ぬるのではないかしら」と嘆息をついた。それは私の妻が発病する前のことで、病的に鋭敏になった神経の前触れでもあったが、しかしこの夢は正夢であった。それから二三ヵ月して、岩井繁雄の死を私はSからきいた。戦地にやられると間もなく、彼は肺を犯され、一兵卒にすぎない彼は野戦病院殆ど碌に看護も受けないで死に晒されたのであった。

 岩井繁雄の内縁の妻は彼が戦地へ行った頃から新しい愛人をつくっていたそうだが、やがて恩賜金を受取るとさっさと老母を見捨てて岩井のところを立去ったのである。その後、岩井繁雄の知人の間では遺稿集——書簡は非常に面白いそうだ——を出す計画もあった。彼の文章が粗雑だと指摘した女流作家に、岩井繁雄は最初結婚を申込んだことがある。——そういうことも後になって誰かからきかされた。

 たった一度見たばかりの長広幸人の風貌が、何か私に重々しい印象を与えていたことは既に述べた。一九三五年の秋以後、遂に私は彼を見る機会がなかった。が、時に雑誌掲載される短かいものを読んだこともあるし、彼に対するそれとない関心は持続されていた。岩井繁雄が最初召集を受けると、長広幸人は倉皇と満洲へ赴いた。当時は満洲へ行って官吏になりさえすれば、召集免除になるということであった。それから間もなく、長広幸人は新京文化方面役人になっているということをきいた。あの沈鬱なポーズ役人の服を着ても身に着くだろうと私は想像していた。それから暫く彼の消息はきかなかったが、岩井繁雄が戦病死した頃、長広幸人は結婚をしたということであった。それからまた暫く彼の消息はきかなかったが、長広幸人は北支で転地療法をしているということであった。そして、一九四二年、長広幸人は死んだ。

 既に内地にいた頃から長広幸人は呼吸器を犯されていたらしかったが、病気の身で結婚生活飛込んだのだった。ところが、その相手資産目あての結婚であったため、死後彼のものは洗い浚(ざら)い里方に持って行かれたという。一身上のことは努めて隠蔽する癖のある、長広幸人について、私はこれだけしか知らないのである

     II

 私は一九四四年の秋に妻を喪ったが、ごく少数の知己へ送った死亡通知のほかに満洲にいる魚芳へも端書を差出しておいた。妻を喪った私は悔み状が来るたびに、丁寧に読み返し仏壇ほとりに供えておいた。紋切型の悔み状であっても、それにはそれでまた喪にいるものの心を鎮めてくれるものがあった。本土空襲も漸く切迫しかかった頃のことで、出した死亡通知に何の返事も来ないものもあった。出した筈の通知にまだ返信が来ないという些細なことも、私にとっては時折気に掛るのであったが、妻の死を知って、ほんとうに悲しみを頒ってくれるだろうとおもえた川瀬成吉からもどうしたものか、何の返事もなかった。

 私は妻の遺骨を郷里墓地に納めると、再び棲みなれた千葉借家に立帰り、そこで四十九日を迎えた。輸送船の船長をしていた妻の義兄が台湾沖で沈んだということをきいたのもその頃であるサイレンはもう頻々と鳴り唸っていた。そうした、暗い、望みのない明け暮れにも、私は凝と蹲ったまま、妻と一緒にすごした月日を回想することが多かった。その年も暮れようとする、底冷えの重苦しい、曇った朝、一通の封書が私のところに舞込んだ。差出人は新潟県××郡××村×川瀬丈吉となっている。一目見て、魚芳の父親らしいことが分ったが、何気なく封を切ると、内味まで父親の筆跡で、息子の死を通知して来たものであった。私が満洲にいるとばかり思っていた川瀬成吉は、私の妻より五ヵ月前に既にこの世を去っていたのである

 私がはじめて魚芳を見たのは十二年前のことで、私達が千葉借家へ移った時のことである私たちがそこへ越した、その日、彼は早速顔をのぞけ、それから殆ど毎日註文を取りに立寄った。大概朝のうち註文を取ってまわり、夕方自転車で魚を配達するのであったが、どうかすると何かの都合で、日に二三度顔を現わすこともあった。そういう時も彼は気軽に一里あまりの路を自転車で何度も往復した。私の妻は毎日顔を逢わせているので、時々、彼のことを私に語るのであったが、まだ私は何の興味も関心も持たなかったし、殆ど碌に顔も知っていなかった。

 私がほんとうに魚芳の小僧を見たのは、それから一年後のことと云っていい。ある日、私達は隣家の細君と一緒にブラブラ千葉海岸の方へ散歩していた。すると、向の青々とした草原の径をゴム長靴をひきずり、自転車を脇に押しやりながら、ぶらぶらやって来る青年があった。私達の姿を認めると、いかにも懐しげに帽子をとって、挨拶をした。

「魚芳さんはこの辺までやって来るの」と隣家の細君は訊ねた。

「ハア」と彼はこの一寸した逢遭を、いかにも愉しげにニコニコしているのであった。やがて、彼の姿が遠ざかって行くと、隣家の細君は、

「ほんとに、あの人は顔だけ見たら、まるで良家のお坊ちゃんのようですね」と嘆じた。その頃から私はかすかに魚芳に興味を持つようになっていた。

 その頃——と云っても隣家の細君が魚芳をほめた時から、もう一年は隔っていたが、——私の家に宿なし犬が居ついて、表の露次でいつも寝そべっていた。褐色の毛並をした、その懶惰な雌犬は魚芳のゴム靴の音をきくと、のそのそと立上って、鼻さきを持上げながら自転車の後について歩く。何となく魚芳はその犬に対しても愛嬌を示すような身振であった。彼がやって来ると、この露次は急に賑やかになり、細君や子供たちが一頻り陽気に騒ぐのであったが、ふと、その騒ぎも少し鎮まった頃、窓の方から向を見ると、魚芳は木箱の中から魚の頭を取出して犬に与えているのであった。そこへ、もう一人雑魚(ざこ)売りの爺さんが天秤棒を担いでやって来る。魚芳のおとなしい物腰に対して、この爺さんの方は威勢のいい商人であった。そうするとまた露次は賑やかになり、爺さんの忙しげな庖丁の音や、魚芳の滑らかな声が暫くつづくのであった。——こうした、のんびりした情景はほとんど毎日繰返されていたし、ずっと続いてゆくもののようにおもわれた。だが、日華事変の頃から少しずつ変って行くのであった。

 私の家は露次の方から三尺幅の空地を廻ると、台所に行かれるようになっていたが、そして、台所の前にもやはり三尺幅の空地があったが、そこへ毎日八百屋、魚芳をはじめ、いろんな御用聞がやって来る。台所の障子一重を隔てた六畳が私の書斎になっていたので、御用聞と妻との話すことは手にとるように聞える。私はぼんやりと彼等の会話に耳をかたむけることがあった。ある日も、それは南風が吹き荒んでものを考えるには明るすぎる、散漫な午後であったが、米屋小僧と魚芳と妻との三人が台所で賑やかに談笑していた。そのうちに彼等の話題は教練のことに移って行った。二人とも青年訓練所へ通っているらしく、その台所前の狭い空地で、魚芳たちは「になえつつ」の姿勢を実演して興じ合っているのであった。二人とも来年入営する筈であったので、兵隊姿勢を身につけようとして陽気に騒ぎ合っているのだ。その恰好おかしいので私の妻は笑いこけていた。だが、何か笑いきれないものが、目に見えないところに残されているようでもあった。台所へ姿を現していた御用聞のうちでは、八百屋がまず召集され、つづいて雑貨屋小僧が、これは海軍志願兵になって行ってしまった。それから豆腐屋の若衆がある日、赤襷をして、台所に立寄り忙しげに別れを告げて行った。

 目に見えない憂鬱の影はだんだん濃くなっていたようだ。が、魚芳は相変らず元気で小豆(こまめ)に立働いた。妻が私の着古しのシャツなどを与えると、大喜びで彼はそんなものも早速身に着けるのであった。朝は暗いうちから市場へ行き、夜は皆が寝静まる時まで板場で働く、そんな内幕も妻に語るようになった。料理の骨(こつ)が憶えたくて堪らないので、教えを乞うと、親方は庖丁を使いながら彼の方を見やり、「黙って見ていろ」と、ただ、そう呟くのだそうだ。鞠躬如(きっきゅうじょ)として勤勉に立働く魚芳は、もしかすると、そこの家の養子にされるのではあるまいか、と私の妻は臆測もした。ある時も魚芳は私の妻に、——あなたそっくり写真がありますよ。それが主人のかみさんの妹なのですが、と大発見をしたように告げるのであった。

 冬になると、魚芳は鵯(ひよどり)を持って来て呉れた。彼の店の裏に畑があって、そこへ毎朝沢山小鳥が集まるので、釣針に蚯蚓(みみず)を附けたものを木の枝に吊しておくと、小鳥簡単に獲れる。餌は前の晩しつらえておくと、霜の朝、小鳥は木の枝に動かなくなっている——この手柄話を妻はひどく面白がったし、私も好きな小鳥が食べられるので喜んだ。すると、魚芳は殆ど毎日小鳥を獲ってはせっせと私のところへ持って来る。夕方になると台所に彼の弾んだ声がきこえるのだった。——この頃が彼にとっては一番愉しかった時代かもしれない。その後戦地へ赴いた彼に妻が思い出を書いてやると、「帰って来たら又幾羽でも鵯鳥を獲って差上げます」と何かまだ弾む気持をつたえるような返事であった。

 翌年春、魚芳は入営し、やがて満洲の方から便りを寄越すようになった。その年の秋から私の妻は発病し療養生活を送るようになったが、妻は枕頭で女中を指図して慰問の小包を作らせ魚芳に送ったりした。温かそうな毛の帽子を着た軍服姿の写真満洲から送って来た。きっと魚芳はみんなに可愛がられているに違いない。炊事も出来るし、あの気性では誰からも重宝がられるだろう、と妻は時折噂をした。妻の病気は二年三年と長びいていたが、そのうちに、魚芳は北支から便りを寄越すようになった。もう程なく除隊になるから帰ったらよろしくお願いする、とあった。魚芳はまた帰って来て魚屋が出来ると思っているのかしら……と病妻は心細げに嘆息した。一しきり台所を賑わしていた御用聞きたちの和やかな声ももう聞かれなかったし、世の中はいよいよ兇悪な貌を露出している頃であった。千葉名産の蛤の缶詰を送ってやると、大喜びで、千葉へ帰って来る日をたのしみにしている礼状が来た。年の暮、新潟の方から梨の箱が届いた。差出人は川瀬成吉とあった。それから間もなく除隊になった挨拶状が届いた。魚芳が千葉へ訪れて来たのは、その翌年であった。

 その頃女中を傭えなかったので、妻は寝たり起きたりの身体台所をやっていたが、ある日、台所の裏口へ軍服姿の川瀬成吉がふらりと現れたのだった。彼はきちんと立ったまま、ニコニコしていた。久振りではあるし、私も頻りに上ってゆっくりして行けとすすめたのだが、彼はかしこまったまま、台所のところの閾から一歩も内へ這入ろうとしないのであった。「何になったの」と、軍隊のことはよく分らない私達が訊ねると、「兵長になりました」と嬉しげに応え、これからまだ魚芳へ行くのだからと、倉皇として立去ったのである

 そして、それきり彼は訪ねて来なかった。あれほど千葉へ帰る日をたのしみにしていた彼はそれから間もなく満洲の方へ行ってしまった。だが、私は彼が千葉を立去る前に街の歯医者でちらとその姿を見たのであった。恰度私がそこで順番を待っていると、後から入って来た軍服青年歯医者挨拶をした。「ほう、立派になったね」と老人の医者は懐しげに肯いた。やがて、私が治療室の方へ行きそこの椅子に腰を下すと、間もなく、後からやって来たその青年助手の方の椅子に腰を下した。「これは仮りにこうしておきますから、また郷里の方でゆっくりお治しなさい」その青年の手当はすぐ終ったらしく、助手は「川瀬成吉さんでしたね」と、机のところのカードに彼の名を記入する様子であった。それまで何となく重苦しい気分に沈んでいた私はその名をきいて、はっとしたが、その時にはもう彼は階段を降りてゆくところだった。

 それから二三ヵ月して、新京の方から便りが来た。川瀬成吉は満洲吏員就職したらしかった。あれほど内地を恋しがっていた魚芳も、一度帰ってみて、すっかり失望してしまったのであろう。私の妻は日々に募ってゆく生活難を書いてやった。すると満洲から返事が来た。「大根一本が五十銭、内地の暮しは何のことやらわかりません。おそろしいことですね」——こんな一節があった。しかしこれが最後消息であった。その後私の妻の病気悪化し、もう手紙を認(したた)めることも出来なかったが、満洲の方からも音沙汰なかった。

 その文面によれば、彼は死ぬる一週間前に郷里に辿りついているのである。「兼て彼の地に於て病を得、五月一日帰郷、五月八日、永眠仕候」と、その手紙は悲痛を押つぶすような調子ではあるが、それだけに、佗しいものの姿が、一そう大きく浮び上って来る。

 あんな気性では皆から可愛がられるだろうと、よく妻は云っていたが、善良なだけに、彼は周囲から過重な仕事を押つけられ、悪い環境機構の中を堪え忍んで行ったのではあるまいか親方から庖丁の使い方は教えて貰えなくても、辛棒した魚芳、久振りに訪ねて来ても、台所の閾から奥へは遠慮して這入ろうともしない魚芳。郷里から軍服を着て千葉を訪れ、晴れがましく顧客歯医者で手当してもらう青年。そして、遂に病躯をかかえ、とぼとぼと遠国から帰って来る男。……ぎりぎりのところまで堪えて、郷里に死にに還った男。私は何となしに、また魯迅作品の暗い翳を思い浮べるのであった。

 終戦後、私は郷里にただ死にに帰って行くらしい疲れはてた青年の姿を再三、汽車の中で見かけることがあった。……

声優 関智一を誰か止めてくれ

AbemaTVアニメチャンネル平日の夜に「声優と夜遊び」という生放送番組放送されている。

月~金の日替わりレギュラー声優が色々な企画ゲームに挑戦するトーク番組だ。

金曜日レギュラー大河元気関智一なのだが、この関さんのセクハラがかなりヒドいのである


例えば先日2/14、バレンタインデー放送では生放送中に港区チョコを持ってくる人を募集する、という企画があった。

中継先のアナウンサー(というかアシスタントから「一番最初に来られた方がいます!」と連絡が入ると

「え?カワイイ女の子?」と露骨に騒ぎ出す。

カメラ女性の足元を映し「女性の方です~!」と言うと「え、顔は?かわいい?え顔見せてよ!」とはしゃいでいた。

ちなみにその女性は失礼ながらアニメイトでよく見るような典型的中年オタク女子というような野暮ったい風貌をしており

カメラがその顔を映した瞬間関さんのテンションはガタ落ち。「あ、そうなんだチョコ持ってきてくれてありがとうね~」と

露骨に当たり障りのない対応をし始め、中継をやり過ごそうとしてい(るように見え)た。


その後中継は一度切れたが、次に中継がつながったときは3人組の女性が来ていた。

2人は顔出しの女性だったのだが先ほどと打って変わって若いきれいな女性だったためテンションがあがったらしく

可愛いね、え、彼氏はいるの?」や「(大河元気自分の)どっちのファン?」等とキャバクラオッサンがやっている言動オンパレード

もう1人の顔出しNG女性に対しても「おっぱい大きいね~」や「(カメラに)胸映してよ胸!」など気持ち悪い言動を繰り返していた。


スタッフもこのままでは良くないと思ったのか「あ、男性の方も来ていますよ!」と男性チェンジ

しか関智一は止まらない。その男性が既婚男性で嫁の代わりに来た(嫁さんが2人のファンだったらしい)と知るや否や

奥さんキレイ芸能人で言うと誰似?」「最後奥さんを抱いたのっていつ?」と本当に下卑た事しか言っていなかった。


これは一例で、ゲスト声優に対して若い時に苦労した話を聞くコーナーなのに初体験の事を聞いたり

キャバクラではしゃぐセクハラおやじを想定した時の言動のものなのであり、それが毎週酷さを増しているのである

fateギルガメッシュはじめ声優としての関智一はかけがえのないモノだと思うのでこのような事で評価を落としたくない。

幸い、目で見て分かるものではないため今の所フェミニストやり玉に挙げられていないのが救いだが

問題に発展する前にスタッフにはどうか修正を行ってほしい。

(ちなみに大河氏は毎回「関さん!それはマズいです!」となんとか修正しようとしているのだが後輩のため強くは言えていない。苦労人だ)

2020-02-23

三大秋元康アニメ

日本エンタメ界のドン風貌をしているヒットメーカーである秋元康。彼は作詞アイドルプロデュースをその活動のメインとしているイメージが強いが、その異様に高そうな営業力を発揮したのだろうか、早い時代からアニメ業界にも参入していた。

あずきちゃん

NHK放送されていた少女アニメ小学生女児恋愛模様など。素朴な絵柄である。当時流行していたちびまる子ちゃん水色時代などに触発されたのだろうか。たまに観てた気がするがよく覚えてない。視聴困難。秋元康がどういう働きをしたのかは不明

カラオケ戦士マイク次郎

カラオケ戦士であるNHK衛星か何かでやってたらしい。カラオケ振興的なアニメであり作詞である秋元康らしいと言える。高山みなみ主人公であり高山みなみが往年のヒット歌謡曲を歌っているのが聴けるのは貴重なのではないか。また、日本の誇るオンリー・ワンあたおか脚本家浦沢義雄シリーズ構成担当しているのてイカれ具合も楽しめる。秋元康がどういう働きをしたのかは不明

あと1つは?

2020-02-16

欧州寒い地域では稀に東洋人のような風貌の子供が生まれるという話

ビョークwikipedia読んでたらそういう記述があって面白かった。実際ビョークは両親ともアイスランド人だが東洋系と見間違えそうなほど俺らにそっくり

そういやモンゴロイド寒冷地適応なんだっけ

2020-02-15

歩きスマホ難癖系イキリおじさんのケンカを買った

タイトル通り、イキリおじさんにケンカ売られたので即決購入してしまった話。

登場人物

私:モブ女性。道とか聞かれがちな風貌

イキリおじさん:50代くらいの男性。茶系コートを着た疲れたサラリーマン風貌

場所

都内某乗換駅ホームおよび車両

時間

昼過ぎの眠たくなる頃

・前提条件

私はスマホをいじりながら、待機列外側先頭に並ぶ。

ちなみに内側にはすでに数人並んでいた。

・本題

電車ホームに滑り込む。

乗換駅なので乗降客はともに多い。

私は変わらずスマホをいじりながら、人波が途切れるのを待つ。

おじさんは知らなかったのかもしれないが、電車に乗るときは降りる人が優先だ。

その次に待機列内側の人が乗り込み始める。

私が居る待機列外側はその次だ。

スマホをいじっているとはいえ、目が離せる程度の内容。

降りる人たちが落ち着き始め、待機列内側の人たちが乗り込み始めるのを確認しながら、電車に乗り込もうとしたそのときだ。

おじさん『○%@&いじりながら、*#@△$てんじゃねぇ!』

内容は一切聞き取れなかったが、その声に顔を上げると、自撮りアプリ補正でも入ってるのか?と思ってしまうほど目をかっ開いたおじさんと視線がかち合った。

おじさん『さっさと乗れ#✕%@、スマホ*&□#』

なるほど。

私はそのままおじさんから一切視線を外さず、舌打ちを繰り返しながら近付く。

てめーは俺を怒らせた

「同じセリフガタイの良い男性にも言えんのか?」

売られたケンカを即決購入した瞬間である

座席前の吊り革に収まったおじさんのすぐ隣に陣取り、視線を外さず問うた。

『言えるよ』

「実際言ったことあるの?」

『ある』

へぇ〜? 本当に?」

ほとんど鼻で笑いながら言う私に、おじさんは急に顔をそむける。

そして、さっきまでの威勢はどこへやらの優しい声になって、

『ね、でもね、そういうマナーとか気を付けたほうがいいですよ』

「ソーデスネー(笑)

もうおじさんに戦意はなさそうだったので、私はスマホ視線を戻した――――


改めて付記するが、スマホをしているとはいえ私はそれなりに周りを確認していたし、

そもそも待機列内側の人たちどころか、降りる人もまだ少し居たタイミングで私は動き始めている。

都会ではよくよく見かけるスマホに魂を吸われたテンプレ若者の動きだ。

これに難癖を付けるなら、他の歩きスマホ人間全員にすれ違いざま難癖を付けて然るべきである

おじさんがこれに懲りて、自分より弱そうな(に見える)相手(男女問わず)に対する自分憂さ晴らし公開オ○ニー難癖付けをすることがなくなることを願いたい。

2020-02-09

いかにも低所得中年風の風貌にしたら、なんで結婚しないんですか?なんて聞かれなくなったなあ。

2020-02-06

anond:20200206093140

なーほんと。それは同意する。

撮ってる方が自分が全く知らない人だったら100%いやだなと思う。それもあの風貌からイヤ度が増す。

芸能人ぐらいのある程度の情報がある人だと、そのイメージに影響されて印象がばらける。

知人や友人だとその人が好きかどうかでかなり印象が変わりそうな気もする、好きな人恋人がこの撮影手法をとってたら止めなよ…と言うと思う、それでもあの方法をやめなかったら付き合いをちょっと考え直すかもなぁ。

作家

富士フィルムPR動画炎上したカメラマンの人、本人の風貌が与える影響は小さくないよね…じゃあイケメンならあの撮影方法でもあからさまに背けられたりしないのか?と色々あてはめてたんだけど。誰だろうがある程度同じように、は?邪魔?なに突然?カメラ?え?キモ、となるよなと思ったのだ。

例えば、東出は…ダメデカすぎる。蛭子さんは論外だ、笑われるか小突き回されるか蹴られるか。佐藤健やあるいはジャニーズにモロモロといそうなタイプイケメンだと割と平気そう、というか少女マンガ世界だと恋が始まったりするやつ、そのマンガ原作青春映画ができそう。

桐谷健太とか菅田将暉は…場所を選ばないとキャバ嬢勧誘とかネットワークビジネスの集まりかと思われそう。山崎樹範とかは写真撮ってることにも気づかれないかもしれない。國村隼とかだと…巨匠?みたいに思うかもしれないし、阿部寛だとやはりデカすぎて意味が分からなくなりそう。逆に、撮影者が女性ならかなりハードルは下がりそうでもある。

妄想をしてたら割と千差万別イメージが浮かび、どんな風貌だろうが一定に「やだキモイ」または「きゃーうれしい」ともならないなと思った。あのカメラマンは、自分風貌活用し、威嚇的、盗撮的な方法をもって思わず目を背け不信と敵意をもつ人の街のスナップを撮る、という作風なのか。

2020-01-12

anond:20200112130719

非モテといえば鋼板襲撃の自衛官だよ

陸の人も海の人もいかにもモテから遠そうな風貌だった

女をあきらめた彼らが求めたのは警察官と戦って死ぬ誇り高い最期だった

2020-01-05

女装オフパコレポ

「いつも日記画像拝見してますもしかして〇〇に住んでるんですか?」

ことの発端は、僕の住みを言い当てた、某SNSに届いたDMだった。彼女はA菜という年の近い女装男子だ。

はいそうです。もしかしてA菜さんもそうなんですか?」

「やっぱり! 私も〇〇なんですよー。今度女装同士で会ってみません? 私タチ女装ですけど」

すぐに返信すると、相手からも即返信。近場に同行の士が見つかってうれしい。

「いいですね。でも宅女装なんで外出できないんで、会うとしたら個室ですかね。ラブホでいいですか?」

「ぜひ! いつがいいですか?」

「今度の土曜日夜勤明けなんで、土曜の夕方からかな?」

「私も土日休みなんで都合よかった。じゃあお願いします。受付ないラブホ知ってるんでそこでいいですか? 車出しますんで」

「お願いしますね。撮影もいいですか?」

びっくりするほどとんとん拍子に決まる。夜勤から帰ってシャワー浴びて即寝。

夕方ごろ目覚めて再び風呂で髭や脇や腿の毛を処理して、衣装アイロンがけ。それでもまだ約束時間までかなりある。楽しみを待っている時間は長いなあ。と思いながら腹ごしらえ。

日も暮れかけたころ、集合場所の駅へ。ロータリーに伝えられていた番号の車を見つけ、ノックすると、パワーウィンドウを開け男が顔を出す。

髪を短めに整え、もみあげや口周りに剃り残しのない、一見すると「清潔感のある草食男子」といった風貌。それは、女装男子特有ムダ毛を残さな意思を感じられる顔だった。

すみません、A菜さんでよろしいですか」

はいはじめましてA菜です。どうぞ」

男性にA菜という女性名を尋ねるのは我ながら奇妙であったが、女装男子同士の初対面ではよくあることであった。車に乗り込むと、これまた女装男子特有の大きめキャリーバックが置かれていた。

「夕飯どうします?」

「食べてきました」

「じゃあ目的地に直で向かいますか。途中コンビニだけよりますね」

なんのことはない、よくある会話。事情を知らない人からすれば目的地でこれからオフパコするなんて思いもよらないだろう。

必要ものとかありますかね」

ゴムとかは備え付けでありますし、予備も持ってきてます。ローションは現地にもありますけど、別料金だから用意してきました」

「詳しいですね。よく行くんですか?」

デリヘルで。受け付けないから『ここ男同士でもいけるな』ってとこ選びました」

しかし所々で卑猥単語が混ざる。

コンビニでの買い物を済ませ、現地に着く。駐車場から直接個室に入るような作りで、ホテルスタッフと顔を合わせる必要がない。なるほど、ラブホってこうなってるんだな。

お互い大荷物を置いて、大きめベットに腰を下ろす。

「すぐメイクってしますか?」

「僕はちょっと夕飯食べるんで、先にシャワーと一緒にどうぞ」

ナチュラルに先に女装させるA菜さん。男女のカップルと違って一緒に入浴するのにやや抵抗がある人が多いところだが、夕飯という口実で先にシャワーを浴びさせるのはうまい手管だ。

「じゃあ、お先に失礼します」

はいっても夜勤明け、昼寝明けですでに今日二回も入浴していた自分は、ほぼ行水に近い短時間で済ませ、水気だけふき取ってバスタオルだけ巻いて大荷物をもって鏡台の前へ。

ウィッグファンデアイシャドウチーク口紅メイクで見慣れた顔が女性になっていくのはいつ見ても楽しいオフパコ前はなおさらだ。「この鏡の中にいる子が今からエッチするんだ」と客観的に興奮できる。

今日下着は白とピンクの横縞。胸はないが、細くてくびれのあるお腹。つかみ心地がよさそうだ。そして股間はすでに七分ほどのふくらみ。

「お待たせしました」

その姿でA菜さんの前に姿を見せる。

「おお。いいですね。僕も夕飯終わったんでお風呂行ってきます

そういって荷物片手に風呂場へ消えたA菜さん。残された自分自撮り。うむ、ラブホ雰囲気エロくていい感じ。特にお腹エロい。

でも下着からプレイを始めるのは早急な気もするからなんか着よう。……せっかくアイロンかけたしこの初音ミクがいいかな。緑のツインテウィッグはないけど、黒髪ミクもありやね。

しばらく自撮りしてたけど、なかなか出てこないA菜さん。手持無沙汰にテレビをつけると、アダルトビデオ複数チャンネル。これでもみて気分を高めるか。

(このフェラしてる子かわいいな……楽しそうにしゃぶってる)

気分が高まっていく。自分のものが大きくなっていく。パンツ越しに触れていると、お待たせ、と声が届いた。

風呂から出てきたのは、バスローブを着た女性茶色がかった肩につく程度の長さのウィッグと、ややブラウンが濃いファンデに明るめの目元と頬、ややギャルっぽい風貌で、先刻の草食男子とのギャップも相まって映える。

「AV見てたの? あたしも一緒に見よ」」

一人称があたしに変わり、口調もやや間延びした感じになっている。女はメイクで顔を変えられるから怖い、とはいうが、メイクで受ける変身の幅は断然、男のほうが広い。

さっきまで液晶の向こうのAV女優に食い入るように眺めていた自分が、今は隣にいるA菜さんに釘付けになっている。僕の視線に気づいたA菜さんも、身体だけテレビへ向けて目はこちらを向いている。

すると、A菜さんはベッドの下に手を伸ばしたと思うと、何かを取り出して

「えいっ」

と、僕の股間に何かを当ててきた。球体に持ち手を付けたような形状で振動している。デンマだった。

「んっ……」

「あは、いい声出すじゃん」

つい声をあげてしまった僕を茶化すA菜さん。負けじと僕も彼女股間に手を伸ばすと、触りなれたモノの感触があった。

しばらくお互いの股間をいじりながらAVを横目に見ていると

フェラって気持ちいいよね。コスローちゃんにしてもらいたいな」

彼女からの申し出。そこで自分ビデオカメラを持ってきていたことを思い出す。

「ねえ、撮ってもらっていいですか?」

「え、なにを?」

「僕がA菜さんのをしゃぶってるとこ」

撮影して、ってこと?」

はい自分で後でおかずにしたいんで」

「いいよー」

快諾してくれたA菜さんにビデオカメラを渡す。体勢は、今見ているAVと同じようにしゃぶられる側が仰向けになって足を広げ、しゃぶる側が股の間に顔を埋める形だ。

「じゃあ撮るよー」

その合図に合わせ、A菜さんのバスローブをはだけさせ、下着を露にさせる。上下とも黒で、バスローブの白とのコントラストになっていて奇麗だ。何度かパンツ越しに上下させた後、ずらす。

男性のモノが目の前で露になる瞬間は、磯溜まり生物を見つけた時のような悪戯な楽しさがある。イソギンチャクとかヒトデとか形も似てるし。

まずは唇でキス。鈴口と口を合わせる。そのあと舌先でちょんちょんと何回か触れたあと、かぷっ、と咥える。口の中で、舌の前面で撫でる。

「楽しそうだねーこっち向いて」

そう言われて、いったん口を離してA菜さんに向かって笑顔を向ける。

(後でビデオで見て確認したら、この時の自分笑顔人生の中で最高の笑顔だと思う)

その後も飴を舐めるような愛撫から麺をすするような勢いをつけていく。これは初めてフェラした相手が教えてくれた技で、今でも心掛けている。

「おいしい?」

そう尋ねるA菜さん。実際おいしいわけではないが、硬さが変わっていったり、ビクンと跳ねたり、生命を感じる動きが楽しい。ただうなづいて愛撫を続けるが、急に撮られていることが恥ずかしくなっていったん止めてもらう。

「え、やめちゃうの?」

「ごめんちょっと恥ずかしくなっちゃった

一旦体を離して、テレビ目線を移すと、フェラシーンから本番シーンになっていた。

「じゃああたしたちも本番しようか。こっちがいれるほうでいいよね」

「……はい

「好きな恰好ってある?」

「……後ろからが好きです」

うつげて、僕はうつ伏せで肘を立てて上半身をやや受かせた姿勢になって彼女に背を向ける。枕もとの鏡には、緊張と興奮が入り混じった自分の顔が映る。メスの顔だ。

「じゃあ失礼して」

オスの顔をしたA菜さんが僕のスカートをめくり、尻肉をいじったり、穴に指を入れて広げたりしてくる。声をあげたり、歯を食いしばったりする鏡の中の自分に列状を催す。

「そろそろいいかな」

僕の腰を両手でがっしりと固定し、股間のモノを差し込んできた。思いのほかすんなり入り、不意に声をあげてしまう。ゲームダメージボイスみたいだった。

「ごめんね、痛かった?」

大丈夫、です。動いてください」

お願いすると、腰をゆっくり前後に動かしてきた。そしてA菜さんも上半身をやや倒し、上着をはだけさせて両手で僕の乳首をつまんだり、二の腕から肩甲骨のあたりを撫でたりする。

背面を撫でられて、はめられているのになぜか安らぐ。背中を預けられるような相手を見つけられたからだろうか。背中どころか後ろの穴まで預けてるが。

「あ、そろそろいきそう。ゴムしてるから中でそのまま出していい?」

言葉は尋ねているが、身体では有無を言わせないように体重を勢いをかけてくる。そして、ゴム越しでも後ろの穴から全身に伝わる脈動と射精

「ごめんね、溜まってたから出しちゃった。早かったかな?」

「……うん、早かった」

不満ではなく、自分の中でいってくれたことに対する感謝を込めて告げた。彼女が出したゴムを処理している間、僕は恍惚と横たわっていたが、すぐに今度は自分もイキタイという欲望が噴出してきた。

ベットの端に腰掛けるA菜さんの手をつかんで、自分のモノに導くと、意を得たように握ってくれた。

「ごめん、あたしタチでフェラとか本番とかできないけど、手でいい?」

「うん、できることだけでいいよ」

彼女は勢いをつけて僕のモノを上下してくる。他人に手でしてもらうのは自分でするときと力加減が違ってもどかしいが心地いい。

「出そうになったら言ってくださいね

そう頼まれときには、もう出そうだった。

「ごめん、もう出そう」

「え、ちょっと待って」

A菜さんは右手で握ったまま左手ティッシュを抜き取り、僕のモノにかぶせてきた。発射するのはほぼ同時だった。

「すごい量、でてますね」

「やっぱり前立腺突かれた後だとたくさん出るみたいですね」

などと会話を交わして出てしまったものを処理する。二人とも射精したばかりでしばらく呆然と流したままのAVを眺めていた。そして、メイクを落とす時間考慮して早めに身支度を始める。

共にどこにでもいそうな男性に戻る。魔法が解けたようだ。

「さて、そろそろ行きますか」

はいありがとうございました」

「いえこちらこそ」

忘れ物ないですか? 靴下とかよくなくなるんですよね」

「そうですね。まあ百円均一のだからなくしても買いなおすだけですけどね」

部屋を一周確認してから、精算機に料金を入れて部屋を辞す。

駅まで送ってくれたA菜さんに礼と「おやすみなさい」と告げてわかれる。

寝床につき、先ほどの行為を思い浮かべながら、うつ伏せになった自分の尻をもんだりしながら、眠りについたのだった。

2019-12-29

anond:20191228040416

続き。

以下雀荘登場人物

Aさん。

どこかの会社専務。愛車はシーマ

出張かなんかで一か月もいなかったがその間勝ちまくってた。

とにかく鳴きまくってツモ上がるという、なかなか真似できない打ち筋。

相手リーチかけようがどんどん突っ張って、変なタンキ待ちとかもツモ上がってしまう。この人が大きな役に振り込んだのはあまり見なかったと思う。

時間打つ客が多い中、この客は3時間くらいでスパッと止めて帰ったのも勝率の高さに関係してると思う。

勝ち逃げ常連から文句やすいけどこの人はなんかすごく強くて貫禄あったから許容されてた珍しいケース。

Uさん(社員

唯一給料からマイナスされなかった店員。30代くらいで若い店員

ママに気に入られていた為、ほかの店員と比べて常連からもあからさまにやられたりしてなかったのもあるが、卓に入ると人が変わったように全く手加減などなく、上がるときはとことんまであがりまくって、勝つ時の点棒やチップの数は凄かった。鳴きが多くなるルールの中、面前あがりも多く、あがった時の点数が大きくツモ上がりが多かった。

勝率は高くないけど、勝つ時の金額が大きかった為トータルプラスに持って行けたんだと思う。

オーソドックスな打ち筋だがメンタルが強く打ち筋が全くブレなかった。

あと、男ながらに指がキレイで牌の扱いがやたら手慣れていたのを覚えている。

この人と2入りした時は楽しかったけど容赦なくやられまくった記憶

この2人は別格の強さだった。2人に共通してたのはツモあがりが多かった事かな。

Iさん(店員

僕が入った時の教育係的な人。

若いけど長髪でタオパイパイみたいな感じで、麻雀っぽい風貌だったけど、麻雀はあまり上手くなく負けが混んで2ヶ月くらいで飛んだ。

Mさん常連さん)

製薬会社勤めという噂だが、ナメック星の最長老みたいな見た目で、髪の毛はいつもフケだらけで見た目は汚かった。

店にアウトが100万近くあったが、昼間の立ち番の女を買ってたという噂。(ママ面白くないから言いふらしてたっぽい)

打ち筋は、すぐ鳴いて安いあがりが多かった。負けが混むと日和ることが多く、勝敗がうち筋にモロ影響が出ていた。

そのくせ麻雀が大好きで12時間とか平気で打ち続けていた記憶

赤ウーピンが入ると必ず食い仕掛けして安い手役作るのでわかりやすかった。

けが混むと目先の500円が欲しくなるんだと思う。

Kさん

かいのぱちんこ屋の住み込み店員さん。見た目はハゲコアラみたいなおじさん。

店の2階に住んでいるので、いつも遊びに来ては負けて、お金がなくなっても店の中で冷やかしていた。

店のアウトは最終的に100万超えていたが、卓割れしそうになると店がアウト追加して無理やり打たせてたらしてたのでアウトはどんどん増えてった記憶

麻雀もふざけながら打ってる事が多く、本人は本気かもしれなかったけど笑って冗談言いながら打ってたのでカモにされていた。おっちょこちょいで打牌のミスも時々あった。

この人も日和るとすぐに鳴いて500円のために点数を下げてた。(他の客もだいたいこのタイプ

Tさん

工場勤めの中年

手に油汚れがいつもついてて、作業着で店に来たこともあるからたぶん工場勤めなんだと思うけど詳細は不明

この人は店に50万くらいアウトあったと思う。競輪も大好きだったので、店から借りた金を競輪につぎ込んでた疑惑あり。

上がらなかった自分の手配を見せつけたり、人のあがりや捨て牌にやたら文句つけたりする、いわゆる講釈垂れるタイプ

そのくせ、他の人の三味線には厳しく(やめたやめたと言ってあがりを諦めたかのように見せてロンした客と喧嘩してた事もあり)僕にしてみればどっちもどっちかなと思っていた。

最初はあまり強くなかったけど一年後くらいからなんか強くなった印象。

僕はこの人は苦手だったけどUさんはこの人をめったくそにやっつけるので見てて爽快だった。他の客と違い、勝ち負けより麻雀を楽しんでる感じなので、Uさんが勝ちまくっても逆に喜んでた節すらあった。なぜかMさんと仲良しだった。

Sさん

リリーフランキー吉田鋼太郎を足して2で割った感じの人、小指がない。

たぶん金貸し。ちょっと小綺麗な身なりでいつもセカンドバッグを持ってた。

僕はこの人になぜか凄く嫌われてて、あからさまに邪険にされたけど理由は今だによくわからない。

嫌われてたので一緒に打った事が少ないのもあって打ち筋の特徴はあまり覚えていない。金持ちからアウトはなかったけどトータルでは負けてたと思う。

Mさん

バーのボーイ。20代半ばくらい。

見た目は嵐の二宮っぽい感じ。

かわいい女子高生と付き合ってた。

深夜の閉店後の明け方に店によく打ちに来てくれた。

僕にスロット教えてくれた先輩(Uさん)もすごいイケメンで、同じバーで働いてたから仲が良かった。

年が近かったのもあって僕にもよくいろんな事を話してくれた。

ちょっと奇妙な打ち筋に感じる時もあり、変わった麻雀を打つなあと思う時もあったが、後からなんであの時こうしたんですか?って聞くとなるほどなあと思わせられた事が何度もあった。

下手ではないがトータルで勝ち切るほど強くもなかった(勝つにはゲーム代分はプラスにしないと一般客はゲーム代で負けます

Oさん

焼肉屋の店主。

深夜の閉店後に来て本当に楽しそうに麻雀を打ってた。

打牌に勢いがあり、手役を作るのが好き。

優しくて、半分遊び感覚で打ってるように見えたから負けてた事が多かったように見えるが、楽しそうに打ってた。

赤のみであがったり、汚い待ちで引っかけたり、変なアンカンしたりする、いわゆるチップだけ取りに来る麻雀をする年寄り客を嫌っていた。

Mさんと打つのをいつも楽しみにしていた。

Uさん。(バイト店員

僕にぱちんこスロットを教えてくれた人。

から知ったけど実は同じ大学の先輩だった。(私も先輩も在学中)

最初Mさんと一緒に客として来ていたが、ママスカウトした。

斎藤匠系のすごいイケメン

客の時はだいたい迎えに来ていたが、彼女も凄い美人だった。

この人も変な打ち筋。テンパイしてもなかなかリーチをかけずに手代わりにつぐ手代わりで手牌をこねくり回して他の人に上がられてしまう、というパターンが多かったのが印象的。基本門前全然鳴かなかった。

この人はなんだかんだで結構負けてたと思う。

流れ者の従業員が入れ替わり立ち替わりだったが、この人と社員のUさんと僕はなんだかんだで長かったと思う。

社長

実質オーナー地元小金持ちの息子?という噂。

ナニワ金融道に出てくる悪人ヅラ

自民党石破茂野村沙知代を足して2で割って顔を黒く塗った感じ。

怒ったら凄く恐いらしいけど、怒ったところを見ることがなかった。

笑う時は「グフフ」って笑う。

顔が広く、定期的に新規の客を店に連れてきていた。

割れしそうな時はいつでも電話するように言われていて、客が1人だけになってもメンバー2人と社長で打つ事もあった。

先ヅモがひどく、打牌もめちゃ早く、口癖は「はいサクサク

手加減してたのかわからないけど勝ちまくってたところはあまり見た事がなかった。

立場上なのか、汚いあがりやノミのあがりはあまりなかったと思う。

競輪が大好き。

ヤクザから金を借りてるという噂が流れ、闇金ウシジマ君を思わせるジャージ姿の怖い人たちが時々店に出入りするようになって、ある日突然ママを置いていなくなった(という噂)

Kさん

中国人の女。たぶん30代半ばくらい。

見た目は沢尻エリカ系。香水匂いが凄くキツかった。

水商売の帰りなのかいつも露出の激しい服を着ていた。

麻雀に関しては基本、おりるという事をせず、他者からリーチがかかろうが自分の手配のみ見てあがりに向かうというスタイル

そのスタイルゆえ、他者の明らかな染めてにも構わず牌を鳴かせまくったり、字牌も全く絞らなかったので、場が荒れまくっていた。

社員のUさんはこの人と一緒に打つのは苦手そうにしていた記憶

大体深夜から夜明けくらいまで打っていた。

まだまだ他にも、タクシー運転手×3人、明け方に来る志村けんコントに出てきそうな入れ歯のお爺さん、同じく午前中に来る玉置浩二っぽいおじさん、泉ピン子を2倍に太らせたような定食屋のおばちゃん、それほど背が低くないけど池のめだかっぽい角刈りの寿司屋大将外車を乗り回し金のネックレスやら高そうな時計やら服のファッションが素晴らしい成金チンピラっぽい人、広島カープ菊池っぽいヒゲ面のバーの兄さん、サングラスしたキャバ嬢送迎の兄さん、優しそうなおじさんと思いきや上半身刺青だらけで行く店店で呼び名が違ったおじさんとか、やたら講釈垂れまくってメンバーイジメまくってた髭のおじいさんとか、棒テン即リー全ツッパのおじさんとか、金髪の謎のおじさん、スーツネクタイいかにもサラリーマン風の人、ヤクザあがりでラーメン屋やってる人、

メンバーは毎月何人かは入れ替わっていたのでまだまだかなりの人達がいた。

ここまで書いて、大体スタイル

麻雀を楽しむ人」「チップ最優先の人」「自分の手役優先でブンブン来る人」に分別される気がした。

チップ最優先の人は目先のチップ最優先なので、出あがりしてしまうのに対して、上手い人はツモあがりが多かったのでチップ負けもしてなかったと思う。

僕は給料がなくなることはなかったけど、毎月は給料の半分くらいは負けてた。

2019-12-27

最近よく見ているゲームYouTuber

ヤマトイオ

アイドルグループの一員として活動しているゲーム実況者。

バーチャルYouTuberムーブメントによって生まれ存在の一人でもある。

普段YouTubeを主な活動の場としており、ゲーム実況雑談配信をしている。

https://www.youtube.com/watch?v=nHRLIJ3I9qE

デビューしてから一年半程度の間にYouTube以外にも活動の場をかなり広げている。

ほかのYouTuberアイドルたちが苦戦しているのを見ると彼女たちは本当に運がよかった。

でもそんな彼女たちにもいつかは終わりの時が来る。

熱狂だっていつかは冷める。

人類もいつか絶滅する。

それは誰にも止められない。

もちろん私にも。

絶滅は既に始まっているの。

でも絶滅は終わりじゃない。

希望なの。

かつて大量絶滅が起こるたびに多くの種が失われたわ。

でもそのたびに新たな種が繁栄した。

そうやって生命バトンを繋いできた。

から絶滅は終わりじゃない。

希望なの。

UnlistedLeaf

オーストラリア在住のポケモンカードゲーマー

ポケモンTCGYouTuberとしては世界最大規模のチャンネル登録者数(183万人)を誇っている。

プレイ動画ではなくパックの開封アイテム収集動画チャンネルの主なコンテンツとしている。

キッズ向け、派手なリアクション、散財という三要素で構成されており英語圏ヒカキン存在といえる。

不要になった大量のカード子供たちに寄付しているところもヒカキンと同じ。

高額なミステリーボックス福袋的なもの)や関連アイテムガンガン買っているが

あるとき7200ドルミステリーボックス配達途中で行方知れずになったことがある(後日無事届く)。

https://www.youtube.com/watch?v=hEfNqQT0p6U

パダワン時代ユアン・マクレガーに似ている。

おめがシスター

アナログゲームデジタルゲームバランスよくやっている双子姉妹

https://www.youtube.com/watch?v=XToZKVsxii8

一見すると企業運営っぽい印象を抱かせる個人バーチャルYouTuberでもある。

当初は姉の方だけが(ほぼ)専業YouTuberだったが後に妹も専業となり今に至る。

姉が技術オタクなこともありUnity独自に作ったゲームでの対決もよくやっている。

自身勉強したことがすぐに収益に反映されるという羨ましい環境にあると言える。

動画雰囲気はUUUUUM所属YouTuberから強い影響を受けているのが伺える。

『A Hat in Time』というゲームを実況していたが最後ジェダイと化してしまった。

茶々茶(chachacha)

モンスターハンター仕事にしてしまったプロハンター実況者。

兼業ながらもモンハン生計を立てることができている数少ないハンターの一人。

YouTubeからオススメされていたのでなんとなく見てみたら悠木碧に声が激似でたまげてしまった。

今まで聞いてきた悠木碧の中で一番似ていた。金剛いろはより似ている。

しかし本人は声優には疎いらしく八武崎碧のことも視聴者に教えられて初めて知ったとのこと。

https://www.youtube.com/watch?v=xudWbG6Zhrg

100万円以上するFaceRigアバター配信を行っている。

吟醸姉妹/Ginjo Shimai

専業YouTuberの姉と会社員の妹という姉妹二人で活動しているゲーム実況者。

当初は声のみでやっていたがその後バーチャルYouTuberムーブメントが到来したこともあり

FaceRigとLive2Dを使って現在のようなかたちで活動するようになったとのこと。

初期の静凛ともコラボしており、とある記念配信では彼女からスーパーチャットを貰っている。

ゲームの長時間実況配信を行っているがそちらは殆ど見ておらず

どちらかというと最新ゲームの内容などを10分程度にまとめた紹介動画を主に見ている。

https://www.youtube.com/watch?v=FLqVfbEXvHo

とてもわかりやすくまとまっており買う買わないに関係なく見てしまう。

オモコロチャンネル

アナログゲーム独自に考案した遊びをよくやっている不審者集団

破戒僧運営している。

ハイテンションプロダクション

ゲームのために北米日本を行ったり来たりしているレトロゲームオタク

初めて彼の存在を知ったのは知ったのはこの動画

https://www.youtube.com/watch?v=lRk1l4TPxVA

劇場版ソニック予告編がひどいらしいと聞いて検索をかけたらこれが上の方に出てきた。

小さい頃から日本アメリカを行ったり来たりしていたらしく日米のゲーム事情に通じており

双方の最新ゲームに関する話題はもちろん、レトロゲーム周辺の話題も頻繁に動画にしている。

アメリカ人だからなのかメガドライブミニのまとめ動画には執念のようなものを感じた。

ゲームには疎いほうなので、ざっくり分かりやすく色んな事情説明してくれるのは親切だなあと思う。

どうやらインディーゲーム界隈を盛り上げるための仕事をしているらしい。

キズナアイ田中おっさんのグッズを自室に飾っていたり湊あくあとコラボしていたりする。

HappyConsoleGamer

北米在住の重度の和ゲーマーかつコレクター

チャンネル名の通りコンソールゲームに関する動画を中心としている。

彼を知ったきっかけはリバーシティガールズを絶賛していたレビュー動画だった。

https://www.youtube.com/watch?v=xQ-Ow3wiTPQ

硬派な洋ゲーマー然とした風貌だったので初めはただ金貰ってレビューしてんのかと思ったけど

その他の動画を見ているとガチで昔から和ゲー日本コンテンツが好きだったらしいことが分かった。

基本的にはポジティブレビューが多く、コメント欄もほのぼのとした感じになっている。

しかしながら行動原理物欲をこじらせたオタクのものであり他人事ながら見ていて不安になる。

関係ないけど大量生産・大量消費という行為自分の中で不安を感じるようになりつつある。

ちなみに奥さん和ゲーマーであり最近ではドラクエビルダーズを200時間以上やっていたり

夫婦で一緒にポケモンソードシールドプレイしているらしい。

けいじチャンネル

北海道在住のゲーム有給が好きな毎日投稿おじさん。

和洋いずれのゲームプレイしているが、なかでも硬派な洋ゲーを好んでいる。

以前からYouTube上でちょくちょく見かけていたが今年あたりからよく見るようになった。

毎日決まった時間動画投稿されるので少しずつ見る習慣がついていった。

ゲームから単位で離れていた身としては最新情報などを取り上げてくれるのもありがたかった。

炎上上等・PV至上で適当なことを拡散しようとするタイプブログうんざりしていた身としては

彼のわりかし真摯な人柄と丁寧なチャンネル運営に敬意を抱いている。

硬派なゲーマーながら定期的にスケベゲームの実況動画をアップしている。

https://www.youtube.com/watch?v=Av8STVnhPhE

スケベゲーム実況中はピーピングライフに出てくるオタクCV森りょういち)の真似をしている。

関係ないけどファミ通の売上ランキングってDL版含めてかなりの数字とりこぼしてるって本当なの?

コジマプロダクション

長年ゲームを作り続けている陽気で根暗なおじさんのチャンネル

自身制作しているゲームに関連する動画を多数アップしている。

数年前に長年勤めた会社から独立起業を果たし、その後発売したゲーム大成功を収めている。

自身ゲーム予告編を自ら編集するという業界でも珍しいスタイルを取っているらしいが

映画が大好きで映画監督に憧れていたのも関係あるのかな。

そう思っていたら今度はスタジオをあげて映画を作るつもりですとか言い出した。

ゲーム制作と並行して短編を少しずつ作るというような話をしている。

余談だが、彼は日本では「小島監督」、海外では「小島さん」と呼ばれている。

一体いつからそう呼ばれるようになったのか本人に訊いてみたい。

バーチャルおばあちゃんねる

バーチャルYouTuberムーブメントに乗っかって適当に始めたら人気が出てしまった老女。

ゲームは上手くないがプレイ中の喋りがウケて今に至る。元々ファンいたことも大きい。

一発屋として生まれ存在からなのかデビュー当初はとてつもなく過激差別的発言が多かったが

本人的にも長く継続していくつもりになったのか現在はやや抑えられている(アレな発言は無くなっていない)。

本来ならい炎上やBANされてもおかしくないようなことをやってきたチャンネルながらいずれも経験していない。

また他者と一切コラボせず過去に一度雑誌インタビューを受けたのみにも関わらず登録者23万人以上いる。

社会的タブーや触れたらまずいと思われている話に積極的に触れていく配信をやっている。

映画ブルーノ』と現在ナイツ時事ネタ漫才を合わせたような感じ。

スターウォーズオタク

Gamer Grandma

1930年昭和5年)生まれの現役最高齢ゲーム実況者。

カトちゃんケンちゃん1987年11月30日発売)』時代からの熱心なゲーマーでもある。

前述の老女とは対照的に口数は少ない代わりにプレイングで魅せていくスタイルをとっている。

https://www.youtube.com/watch?v=Yndoka70-0s

喋る内容も必要最低限のことだけで尚且つ事実淡々と述べるに留まっているので

彼女動画を見ると普段見ている実況者がいかに分かりやすエンタメしているかが実感できる。

同じく高齢者ゲーマーである鈴木史郎(81)がサービス精神旺盛なエンタメ巧者であることにも気付かされた。

そういえば、もうすぐバイオハザードの新作が発売されるのでぜひ彼に実況してほしいと思っている。

おしらせ

バイオハザードシリーズの最新作であるバイオハザードRE:3』が2020年4月3日に発売されます

ゴア描写を解禁したR18版『バイオハザード RE:3 Z Version』も同日に発売予定です。

また同作には『バイオハザード レジスタンス』という非対称型対戦ゲームも同梱される予定です。

今作は初代PSで発売された『バイオハザード3 LAST ESCAPE』のリメイク作品となっています

REエンジンで新たに描かれるバイオハザード3をお楽しみください。

また『スター・ウォーズ/スカイウォーカー夜明け』が12月20日より全国の劇場にて上映中です。

新世代のスターウォーズは一体どのような結末を迎えるのか、ぜひご自身の目でお確かめください。

映画公開に合わせて東京ディズニーランドとのスペシャルコラボ実施中です。

園内アトラクションスター・ツアーズ:ザ・アドベンチャーズ・コンティニュー』が新作映画仕様で楽しめます

2020年初詣東京ディズニーランドで決まり👍

2019-12-16

anond:20191216153915

石井一久(現・楽天イーグルスGM)の、当初のあだ名がぬ~ぼ~だった事は更に忘れられている

勿論お菓子のぬ~ぼ~が由来、風貌が似てるから

2019-12-07

油喰

目が覚めると土曜の昼12:16だった

もう休日の1/4を棒に振っちまったと絶望すると同時に、冷蔵庫の中に火曜市で買っていたしめじ椎茸がまだ残っていたことを瞬時に思い出した

起きて、台所に立って、最近全く使ってなかったスキレットを取り出しオリーブ油を注ぐ

チューブニンニクも入れて、弱火であたためていく

その間冷蔵庫にいたしめじ椎茸の様子を確認する

椎茸はかさのところにそいつのものではない薄い菌糸の膜が生じていて、空恐ろしい気がして捨ててしまった。せっかく92円で買ったのに。俺のクソッタレ

しめじはかろうじて食べられそうな風貌なので石づきをとっておく

ニンニクが爆ぜてきたら、しめじをちぎってスキレット地獄に浸していく

あとついでにこの前百均で見かけたアンチョビも入れていく

このあたりで、あらかじめ沸騰させておいた鍋に実家から米と共に送られてきたカルディ生パスタを入れ茹でていく

パスタが出来上がったら熱された油等に塩胡椒を振ってパスタにかけて食う

食べた

料理の中における味の偏りが極端だった

というかアンチョビがしょっぱすぎて困った

前半から中盤にかけて頑張って塩の塊みたいな味のアンチョビを食べて、後半なごやかな気持ちしめじを食した

アンチョビの扱いをなんとかすればちゃんと美味く食べられそうだ

あと食べ終わった器に残った油がもったいないのだが、起きたてでパンがない状態ではどうしようもない

満腹感と無常油が最後に残った

2019-12-05

五反田は夜の7時

五反田駅階段を降りてゆく高校生カップル

女の子は華奢な可愛らしい子。

派手さはなく純朴そうな雰囲気

男の子坊主頭でザ野球部風貌

清宮くんに少し似ていた。

10代のカップルかわいいなんて思いながら見る。

男の子がちょこちょこと彼女を見る。

女の子ぼんやりと前を見る。

寄り添って歩くふたり距離は近い。

2人に流れる微妙な緊張感。

何かが始まる予感。


そう。

ここは五反田

なにをするかは十中八九決まってる。

入るのかなぁ入らないのかなぁ…。

2019-11-28

まれて初めてピンサロに行った話

まれて初めて風俗へ行った。ピンサロというやつだ。

小学生の頃に不登校になって以来、ずっとひきこもりから同級生猥談した経験なんてない。だからヘルス」と「ピンサロ」と「ソープ」の違いがわからなくて、必死になってググった。

数少ない性知識から、「ソープって、FC2動画で見た『泡姫天使 高井桃』のやつだよな……」とあたりをつけ、長時間プレイ懸念して排除だって疲れそうじゃん。

残るはヘルスピンサロデリヘル? 実家暮らしから無理無理。ホテルを利用するつもりもない(けど、ラブホには一度入ってみたいかな……)。

最終的に、近所にあるコスプレ専門ピンサロへ行くことに。

電車を降りるまでは平気だったけど、入店する頃には身体中がガチガチ。割引料金を適用する合言葉すら忘れて、お相手選びへ。

小学校の一室みたいなスペースへ通されて、椅子に座らされる。

「あー、指名のための顔見せがあるのね」と思うじゃん。違うの。

出勤している女性たちが、変わりばんこに僕の足を跨いで、膝の上に座ってくれるの。

お尻や胸も下着の上からなら触り放題だって

そんなこと言われても、異性への接触セクハラだと教えられて育ち、看護師のボディタッチ一つでときめいてしま自分には何もできません……。

そしたら「こういうお店、初めてですか?」と跨ってきた女性指南してくれるの。

相手自称大学生。実際のところ、化粧のノリの悪い20代OLって感じ。普通に美人

吐息の当たる距離だし、恥ずかしいから抱きしめて視線を逸らしたら、「恥ずかしいよね」と抱きしめ返してくれる。「これが有償の愛ってやつなのか」と感動したよね。諸君、金で感動は買えます

そして指名のお時間

いかにもって感じの看板娘がいてさ、ドラマキッズウォー」で主演を務めた「井上真央」みたいな風貌なの。しかも一人は巨乳で、もう一人は巨尻(女の子の傾向を通して、店長の年齢が透けて見えるよね)。

正直びっくりした。なんで風俗で働いているの?アイドル目指さない?

場末ピンサロでこのレベルなら、飛田新地とかどうなってるの?AKBより容姿では上回っていたりすんの?デレステ声優より可愛かったりすんの?

熟考したうえで指名したのは、看板娘ではなく、一番愛想の良かったひと。ニコニコしながら、がんがん腰を押し付けてくるし、胸を押し付けてくる。もうこれ満員電車の比じゃないよ。ところてんの天突きだよ。

その後間仕切りされた小スペースにセガールみたいな仏教ズラで寝そべっていたら、お嬢の登場よ。

服を脱げってさ。

上も?下もですか?あ、ぱんつまで?僕がですか。洗う?ちんちんを?入院した時にされた陰部洗浄じゃないですか……勃起したら尿管に入っているカテーテルが動いて痛かったなぁ。

もうね、萎え萎え

触ってもいいと言われて胸を揉んでも、なんの情動も湧いてこない。

チェンソーマン 」のデンジ君がパワーの胸を揉んだ時も、きっとこんな感じだったんだろう。

dmmで買ったピジャ先生の新作を読みながら、自分磨きに勤しむ方が興奮したよね。ナイスバディのガングロギャルのやつ。

かたや面前にあるのは、風呂上りのお袋が見せ付けているシロモノよりも一回り小ぶりなおっぱい推定20代柔肌ぷるるん)。乳首にいたっては、小型犬のほうが大きいよ……。なんか現実って辛くない?

全然勃起しない僕に、「お金払って、疲れて、辛いよね?」と心配してくれるのは嬉しかったけど……。

男として生まれてきたことへの疑問と、それと同時に、愛に飢えていたのは勘違いなんだ、という気づき

ただの無い物ねだりに過ぎなくて、おもちゃを買ってもらった次の瞬間には興味を失っている子供のようだった。

「ところで吸っていいの」

「いいですよ」

「え、よかったの?」

おっぱい吸ったよね。キスもした。おふくろと弟以外とした、初めてのキスファーストキスなのか?

(粘膜を触れるのがOKなら、フェラもいけるのでは?……)

ということで、してもらった。

AVフェラじゃ「Real Street Angels わかば」が大好きで、いまでも時々見返す。この時ばかりは期待で胸が弾んだ。だがしかし、これが全然気持ちよくないの。

腰がぬける感覚がない。イラマチオをしたくなる感情の昂りもない。むしろ裏筋が痛い。なにこれ。

結局本番35分コースでは達せず……。30分追加して、キスしながら、おっぱいすいながら、お喋りしながら、フェラしてもらいながら胸を揉んだりと、ノルマを消化するような試行錯誤が続く。隣席の女性あんあん喘ぎ出したおかげで興奮して、最終的には達せたんだけど、帰宅後は白昼夢でも見たかのような感覚に襲われた。

賢者タイム?そんなものはなかった。あったのは虚無感と、喪失感女性を弄んだことに対する懺悔、そしてこんな体験に26000円(14000+9000+指名料2000+コスプレ1000)も払うのか、という後悔の念。

やったことのない事柄に対して、過剰な価値を見出す。ひきこもりにとっては、あるあるな失敗だった。

僕をピンサロへと衝動的に誘ったものとは、いったいなんだったんだろう……恥?憧れ?欠乏感?今となってはもうわからない。

入店するとき階段を登ったけど、大人階段を登れた気がしなかった。

2019-11-20

[]グルーチョ眼鏡

伊達メガネプラスチック製の鼻と髭をつけたジョークグッズのこと。

日本では「鼻眼鏡」と呼ばれることが多い。

アメリカコメディアングルーチョ・マルクス」の風貌を模したものだが、

日本においてはその文脈は失われている。

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