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はてなキーワード: 是認とは

2017-09-24

安倍総理レイプをもみ消したんだよね。なぜこっちは大きく報道しないの?

安倍総理レイプをもみ消したんだよね。なぜこっちは大きく報道しないの?

あともうひとつ。これを書くと、回線障害が起きるのはなぜ?

やはり安倍総理レイプ是認してるのか。

どうなの?安倍総理、菅官房長官、@jimin_koho @AbeShinzo @sugawitter pic.twitter.com/VnJsxoxKmw

2017-08-30

シーシェパード活動休止したという朗報を素直に喜ばず政権右翼批判するキチガイども

b:id:Ayrtonism 少なくとも、彼らの活動は「事前に取り締まらなきゃいけない」種類のものではないと思うんだが、何でこんな無邪気に喜べるのか。彼らの不利益と引き換えに何を失ったか自覚がないのな。

b:id:aquatofana 彼らが取り締まるべき対象であるなら、テロ対策で先行していたはずの他国ではすでに活動できなくなっているはず。日本でだけ活動できないなら、この法律国際基準問題ない団体活動制限する悪法ということでは

b:id:quick_past 結局都合悪い意見の口を塞ぎたいかゴリ押しした。ってホンネが漏れますな。似非保守の人たち。そういう目的のものじゃねえからって言ってた自民党への後弾っすね()

b:id:yajupai また露骨安倍上げですか

b:id:Gl17 共謀罪モスレム等ガチテロ組織への対策と言い「政治利用とかない」と主張してたはずのウヨ筋が、気に入らん政治運動曲解で叩く道具に使って大喜び。↓『政権に反対するサヨクテロ』やっぱお前ら本音そこか。

b:id:blueboy法律の一部が「特に我々の活動を咎めるような内容」》と記してあるだろ。有効であるのは一部だけだよ。そのせいで過剰に規制する法律全体を肯定したら、安倍独裁是認するのも同然だ。/はてなーは信用できない.

実際は資金援助が得られなかったのと軍事レベルではシーシェパードは対抗できないってのが理由テロ等準備罪あんまり関係ないんだろうけど、

これを口実にテロ等準備罪安倍政権批判するはてサ連中は本当にキチガイしか言いようがない

はてサ日本転覆目的工作員という疑念ますます深まる

2017-07-13

リベラルはもう二度と「性教育の推進を」なんて言わないでほしい

『ゆらぎ荘の幽奈さん』炎上の件。

  

年齢制限によるゾーニングは、「子供に見せないように大人配慮する」と、「子供が見ようとするのを大人妨害する」という2つの方法があるんだけど、どっちに主軸を置くつもりなんだろうか?

この配慮妨害は、たしかに重なりあう部分もあるが、明らかに性質が異なる。配慮積極的にやってよいが、妨害というのは自由侵害なのだからいくら子供に対してであっても必要最小限に行われなければならない。

  

ジャンプを読んでいるのがあくま子供主体性の発揮だということ、それはもっと重視されてよい。

巻頭カラーで載せているのは配慮を欠いていた」という指摘は可能かもしれないが、子供は以前からこういう漫画掲載した雑誌だということを分かったうえで買っている。そして今後購読を続けるかどうかも、子供たちの選択にかかっている。

大人がこれに自主規制を求めるのは、配慮ではなく、どちらかと言いうと妨害になっているということを自覚してほしい。

無論、妨害はやむを得ないという自覚を持って活動しているならば、それはそれで一つの立場と言えるだろうが……。

  

  

  

ところで、たしか少年ジャンプの読者層は高校生~成人が多く、残りは中学生だったりするので、小学生(とくに10歳以下)となると、ほとんど読んでいないはずだ。これを一律に"子供"扱いすることには違和感がある。

  

そんなこんなで思ったんだけれど、子供主体性をあからさまに軽視しているリベラルは、二度と「性教育の推進を」なんて言わないでほしい。

貴様らには性教育を通して子供主体性の発揮を求める資格がないと思う。

  

例えば避妊性病予防について教えたり、その知識を持たないと自分加害者被害者になってしまう恐れがあると教えるのが性教育の内容だ。要するに、「コンドームを使いなさい」という主体性子供要求するものである

性教育は、決して子供たちがセックスをやることを推奨するものではないが、一方で、もしセックスをするならコンドームを使えと教えているわけだ。これは子供にも主体性があることを所与の前提としなければ成立しない。

  

リベラルは、エロ本18禁しろと言っていたり、ジャンプ漫画過激だと言っているが、18歳未満がコンビニ等でコンドームを買えるということをどう思っているのだろうか?

子供セックスをやることは望ましくないから、子供へのコンドーム販売自粛するべきだろうか?

勿論、エロ本ジャンプを買うことは遊興にふけることであって、コンドーム防衛のためだから、その価値を同列に論じるべきではない。しかしながら、遊興と防衛を分離して考えることもできないだろう。遊興のごとくセックスをやってしま子供、それに付き合わされる子供にこそ、この防衛手段へのアクセスを開いておくことが必要からである

  

「遊興的に性愛を楽しむことは不要だ」と決めつけて忌避する禁欲道徳は、性教育に反対する者たちの主張に説得力を与えてしまうようにも思われる。

なぜなら、反対派の主張は、「子供は無理にセックスをやる必要はない。純潔を保つことが一番の防衛だ」というものからである。この「遊興をしないならば防衛必要ない」という話は、ミクロで見るかぎり妥当になっているケースも多いと思う。

  

(※この論点は「リベラル宗教保守区別がつかない」というエントリで補足したので、そちらをトラックバックから読んでください。)

  

  

  

追記(2017/7/14 21:10

ブコメで突っこみを頂いたけれども、リベラル側の主張は、たしかに、「エロは許す。性暴力女性蔑視は悪だからさない」というものだった。

しかし、私がいつもリベラルに感じている苛立たしさは、まさしくこの点における洞察力の欠如である

  

どうやらリベラルは、エロを性暴力女性蔑視から分離できると考えているらしいが、それは誤りだ。具体的には下記リンクエントリで、「エロと野蛮さは切り離せない」の章を参照されたい。

一つ言えることは、お行儀のよいエロ表現なんか絶対に楽しくないってことです。

人権平等という正しい理念を詰めこんだエロ表現があるとすれば、おそらく私はそれを(ポルノ的な意味では)評価できないし、その偽善には吐き気を催すほどの不快感に見舞われるでしょう。私にとってのエロとは、どこまでいっても女性蔑視暴力性と切り離せないものです。

お行儀のよいエロは、ジャンプを読んでいる子供にもウケが悪そうです。子供不謹慎もの下劣ものが好きなのだし、性描写もそっちの方向でなければ楽しく受容されないでしょう。エロが野蛮さと結合してこそ楽しめるという子供感性は、なまじそれを否認してみせる大人より正鵠を射ています。この感性のあり方は否認せず、内心の自由として尊重し、一方でこの野蛮さを制御する文明的な理念について子供に啓発することができるならば、多分それが最適解だと思います

  

『【表現規制】『ゆらぎ荘の幽奈さん』炎上の件について』

https://anond.hatelabo.jp/20170712001904

エロが野蛮さと結びついているのは、漫画というフィクションだけに限らない。

しろ現実世界における男女のセックスにこそ、「とにかく女とヤリたい」とか、「彼氏に嫌われたくないからヤル」とか、そういう心理が含まれる。いくら相手への愛情があってもこの傾向は不可避だし、それどころか愛情希薄なままセックスをやることもあるわけだし、エロは野蛮さと切り離すことができない。

リベラルが言っている「差別暴力のないエロもある」などという綺麗事は、まったく現実を見ていないお花畑だ。大切なのは、そのようなお花畑信仰を捨てて、エロ差別暴力と不可分であること、それはフィクションでもリアルでも同じなのだという前提に立つことだ。

  

我々がリアルでやっている普通セックスが、レイプやDVと地続きであるということを認める覚悟もないリベラルは、ひどい偽善者か、そうでなければ呆れるほどに自己反省を欠いている。性欲はポリコレに反するようにして湧き上がってくるものだし、エロは、社会正義に叛逆するような侵犯に至高の価値を見出さんとする意志なのだ。つまり、「ルールなんか無視して遊興をやりたい!」というのがその本質だ。

性教育法律は、これに対して、最低限のルールを守りなさい、理性を働かせなさいと要請するものである。そして逆説的だが、このことは、エロ差別暴力とは切り離せないと自覚する(させる)ことによってこそ初めて可能となるのだ。

例えば男がコンドームを使うというのは、セックスが女を傷つけるものだと自覚し、理性でその悪を制御することだ。これは男が女を誤って妊娠させる行為について、「悪だからダメ」と決めつけて忌避するのではなく、「悪だから制御せよ」という前提を採用しておかなくては実行不可能だろう。もし「悪だからダメ」という前提の方をとるならば、セックスをやらなければいいわけであって、これは「遊興をしないならば防衛必要ない」という宗教保守論理である

リベラル表現物に対して「悪だからダメ」という潔癖な基準採用するのは、この宗教保守論理を補強してしまうのではないかと思う。そのように潔癖な考え方では、とてもではないが、性教育の推進を訴えることなどできないのではないか

性教育は、セックスが性暴力・性被害と密接に結びついている危険ものだという現実認識から始めなければならない。人があえてその危険を冒そうとする意志こそがエロティシズムである性教育はこの意志を野蛮だから無くせだの、悪いことだからダメだのと言って忌避するものではない。そうではなく、それ自体はやむをえないからと是認した上で、だからこそ安全制御するための方法を教えるものなのだ

  

再追記(2017/7/14 23:10

これは前回の記事で書いたことなので省略するけれども、「エロ問題ない」と言っているリベラルの嘘つきぶりには、もう本当にハラワタが煮えくり返りそうだ。

あの漫画が今回炎上したのは、確かに性暴力女性蔑視という文脈があったかもしれないが、それは後付けの理屈であって、第一義的にはその絵がエロいからである視覚に訴えかけてきて我々の感情を揺さぶる絵だからこそ、そこにある性暴力女性蔑視という観点が際立ってくるのだ。

これはエロと、性暴力女性蔑視との不可分性をあらわしている典型例だ。リベラルはそのことに無自覚すぎて、しかも両者を分離できると平然と言ってのける人も多い。私はその欺瞞ぶり、鈍感さには堪らない苛立たしさを感じている。

  

(※詳細は上記リンク先で、「エロからこそ批判されている」「差別表現には問題があるが、エロ表現にも問題はある」「作中で性被害肯定的に書いたことは問題本質ではない」等とした章を参照せよ。)

2017-06-30

有償ボランティアは悪か?

 

 

バニラエア話題になった身障者が「営利目的プロ障害者である」ということが批判されている。

  http://netgeek.biz/archives/98767

 

ブコメでも、趣旨賛同して、当の身障者を批判する人が多い。

  http://b.hatena.ne.jp/entry/netgeek.biz/archives/98767

 

 しかしこれらの多くは勘違いに基づく。

 

1.プロであること

 

 プロであることが批判されている。

プロ障害者として金儲けしている」と認めた

 

 しかし、プロであることは悪ではない。ボランティアには、「有償ボランティア」と「無償ボランティア」とがある。普通の人がやるのは、「無償ボランティア」だが、実際になされているボランティア活動圧倒的多数は、「有償ボランティア」によってなされている。

 たとえば、ユニセフもそうだ。しばしば「日本ユニセフ事務手数料20% も取るので、けしからん」と批判されているが、この手数料を取ることで、募金活動をしているのだから手数料を取らなくなったら、募金活動すべてが消滅してしまう。それでは意味がない。

 「ボランティア有償でなく無償であるべきだ」と思う人が多いようだが、それは根本的に勘違いなのだ。この件は、ネットで多く解説されているので、読むといいだろう。

  → 有償ボランティア - Google 検索

 

2.営利目的

 

 営利目的であることが批判されている。

バリアフリー研究所」という名前に反して活動社会貢献などではなく営利目的なのは明らかだ。

 

 営利目的であることは、何ら悪ではない。遊んで暮らせる貴族階級は別として、たいていの人はみな職業を持つ。だいたい、これを書いている当の netgeek ですら、営利目的でやっている。なのに、営利目的であることを批判するというのは、理屈が通らない。

 記事では《 「バリアフリー研究所」という名前に反して 》というが、名前ぐらいは別に何の問題もない。NPO と記しているのならともかく、そうでもないようだ。ただの任意団体だろう。何の問題もあるまい。

 ま、これは、「社会貢献目的とする」と勝手に思い込んで、その思い込みが外れた、というだけだ。これを称して「藁人形論法」という。クソ論理による見当違いの悪口であるにすぎない。書き手の愚かさを示すだけだ。

 

3. コストアップ

 

 要求に応えることがコストアップになると批判されている。

 顧客わがまま要求を通せば価格は上げざるを得なくなる。

 

 要するに、筆者はこれが言いたかったのだろう。しかしこれが不当であることは、国交省見解で明らかだ。

  → 障害者への差別的な対応しないよう航空会社に指示へ 国交省

 

 これが正しいのだからnetgeek の主張は不当だ。(文句があるのなら、障害者個人批判するのでなく、国交省批判するべきだ。)

 

 そもそも、今回の事例は「わがまま要求」なんかではない。単に「階段昇降機などを用意してほしい」というだけのことだ。コストアップ要因など、ごくわずであるにすぎない。機体本体に比べれば圧倒的に低い額であり、ほとんど誤差レベルの額だ。

( ※ ちなみに 航空チケットの料金8000~18000 円ぐらいの間で毎日変動する。それに比して、今回の対処によるコストアップ10円以下だろう。誤差レベルであるにすぎない。)

 

4.ルール違反

 

 今回の事例を「ルール違反だ」と批判する。

 事前連絡必要HP掲載していた

  ……

 ルール無視して原因をつくったのは木島英登氏だ。

 これはおかしい。

 

 第1に、私企業自分勝手に作ったルールなど、保護される価値はまったくない。記事の主張は、ブラック企業エゴ論理であるにすぎない。

 第2に、法律は「バリアフリーに努めるべき」というふうに定めている。今回の会社は、この法律に反する違法行為をしている。

 換言すれば、「違法ルールを守るべきであり、そのためには違法行為をしてもいい」と言っているだけだ。netgeek違法行為是認する反社団体となっている。

 第3に、「事前連絡必要」ということ自体意味を持たない。「事前連絡をすれば拒否」と社内ルールで定めているからだ。バニラエア公式回答( http://j.mp/2txlStX )はこうだ。

 今回のケースでは……事前連絡があれば断っていたケースに当たるということです。

 

 つまり、「事前連絡をすれば拒否」というルールを定めておきながら、「事前連絡をしなかったかルール違反となり、悪である」というのでは、(事前連絡をしてもしなくても)どっちにしても搭乗できなくなる。理屈として破綻している。自己矛盾

 

 

 それにしても、こんな滅茶苦茶なエゴ意見賛同ブックマークを集めるとは、世も末だな。

 

 

2017-06-19

何かを規制することを軽く考えている人が多すぎる

規制するということは実際に効果を期待しているということだろう。

子どもに対する性犯罪件数の減少という効果を期待しているということだろう。

これは規制では何も解決しないと思われる。

ロリポルノ作品社会に受け入れられない人々の受け皿となっている。

受け皿を壊したところで中に入ったものが消えて無くなることはないのである

単にこぼれるだけだろう。

社会には様々な考えを持った人がいる。それ自体どうしようもできないことだ。

社会的強制力を持って考えを改めさせようと迫ったところで当人本心が変わることはないだろう。

なぜなら強制力を持って考えを改めさせようとすると当人には強制意思を変えさせられたということがわかり、

それが本心からでないことが自覚されるためである

この世界には世間で受け入れられた考えと受け入れられていない考えが存在している。

前者の考えを持つようになった人間はともかく、問題後者の考えを持つようになった人間である

彼の考えは社会に受け入れられない。

彼が社会に受け入れられるために必要なのは彼が思ってもいない社会に受け入れられる考えを口にすることである

その状況は彼にとって大きなストレスとなろう。

しかし、マジョリティ支配する表面に現れた世界の他にもマイノリティ支配する隠れたコミュニティ存在している。

こうした世界では世間で受け入られていない考えが是認されている。

彼の持つ社会に受け入れられない考えを是認するコミュニティ存在するとする。

この世界存在により彼は(限定された)社会から真に受け入れられることを可能とする。

これらのコミュニティ存在を支えているものとして表現の自由がある。

自分の考えを自由表現したり、発表する権利がなければコミュニティ存在しえないのである

仮に表現の自由のない世界であったとしたら世界では世間で受け入れたれた考えしか存在を許されず、それ以外のものは一切排除されるだろう。

まり表現の自由コミュニティ生命線なのである

さてこれを特定場合適用して考える。

ロリポルノ作品社会で受け入れられていないが、それを是認するコミュニティ存在している(これは具体的な特定コミュニティとは限らない)。

規制を行うということはこのコミュニティの存続を揺るがすということにつながる。

以上で話した通り規制によってコミュニティ参加者が考えを変えるということは考えにくい。

よってこの規制によりどのコミュニティから自分の考えを認められることのない、社会からこぼれた人間が出て来ることになる。

この人間性犯罪加害者になるとまで単純化することはできないだろうが、

犯罪加害者は往々にして社会環境問題があるものである

子どもに対する性犯罪件数の減少という効果が得られるかどうかということに関して疑問符をつけざる負えない。

余談:

思うに規制賛成派と自分認識に大きな差があるようだ。

規制賛成派はロリポルノ作品があるせいで犯罪が起こると考えているようだが、自分は逆だと考えている。

そうした思想があるためにそうした作品が作られるということである

2017-05-18

補足解説 ともあれ、ハイヒールは滅ぼさねばならない。

ともあれ、ハイヒールは滅ぼさねばならない。

http://anond.hatelabo.jp/20170516141639

↑ これの筆者である。私がこのエントリを書くにあたって意識したのは、共産主義ファシズム、ラディカル・フェミニズムだ。そこにミソジニーの味を加えてみた。

ついでに、最近話題ポリコレも組みこんだ。その点ではリベラル思想も汲んでいる。

文章はいい加減だし、今日日本において実現可能性はゼロだと思うが、この主張自体はマジメに唱えているつもりである

  

  

"自由"の抑圧こそが必要

たとえば、労働問題について考えてみよう。

過労死するほど働く自由」と「過労死するほど働かない自由」の両方を労働者に与えれば、それで十分だろうか?

私はそうは思わない。読者諸君も、一部のリバタリアンを除けば、「過労死するほど働く自由」を認めないはずだ。

  

過労死するほど働く自由」なんていうものは、たとえそれを望む労働者がいるのだとしても、決して認めてはならない。政府長時間労働を厳しく規制し、それを抑圧することが必要だ。

人が趣味や遊びをやりすぎて死ぬというのは愚行権範囲で、一応は自由だと言えるかもしれない。しか労働問題においては、そういう権利適用するべきではない。

  

長時間労働は、それをやる自由とやらない自由の両方を認めてしまった場合ブラック労働環境の中で強制的にやらされて苦しむ人が続出するのが明らかである

女性労働するときハイヒール・化粧についても、これと同様のことが言える。

  

「上から改革」が必要

明治時代日本でも、あるいはどこかの後進国でもいいが、近代化過程では必ず「上から改革」がある。

旧弊に従う自由も、旧弊に従わない自由も、どっちも認めましょう」という生半可な方法では、おそらく近代化を達成できない。国民はややもすると旧弊に従おうとするからだ。だから政府が強権的に指導し、旧弊排除することで、国民はようやく新時代適応できる。

  

たとえば女性差別がひどい国では、政府女子教育権利提唱しても、おそらく多くの国民はそれに従おうとしない。

権利を与えるだけでは、都市部のごく一部の家庭が娘を学校に通わせるにとどまるだろう。貧困層田舎にまで女子教育を普及させるには、政府国民権利を与えるだけでは不十分であって、その権利行使することを国民義務付けなければならない。

  

重要なのは政府国民全員に強制することである

「おらが村では女子教育なんてやらない」とか、「うちの家庭は伝統的な女性にふさわしい育て方をしたい」とか、そういう保守的な反発をするのは男性だけではない。母親祖母も「女はかくあるべし」と考えている。「女子学校に行かせる余裕なんてない。家の手伝いをさせたい」と思っている毒親もいるだろう。

そして女子児童は、当人まだ子であるため、自分がどういう価値観に従うべきかを判断できずにいる。

ここにおいて「多様な価値観尊重せよ」などという主張は有害だ。政府旧弊にまみれた価値観をきっぱりと否定しなくてはならない。

  

当然ながら現代日本で、後進国近代化するときのような強権的なやり方は適さない。とはいえ、政府会社のお偉いさんが主導しなければ何も改善しないというケースが多いのも事実だろう。

たとえば就活会社説明会服装自由と言われたら、参加者は皆がスーツを着てきたという笑い話がある。こういう未開社会のごとき状況を改善するためには、「必ず私服を着ろ。スーツを着るな」という強権的な命令必要だ。

から改革をおこなって、下々の者は全員一斉に従う。――今日でもこれが最も現実的手段なのだ

  

ポリティカル・コレクトネス必要

私はなにも女性からハイヒール・化粧の権利を奪おうというのではない。会社官庁ではそれを禁止しろと言っているだけである

前回に書いたとおり、ハイヒールも化粧も、やりたい人だけがプライベート時間に楽しめばよい。(短髪はすぐに伸ばせないけれども、それならカツラをつけて好きなヘアスタイルにすればよい)

  

私がこのように主張するのは、リベラル思想の影響を受けたからだ。

もし本物の極左ファシストであれば、プライベート時間にもどんどん介入し、ハイヒール・化粧を完全に禁止するであろう。しかし、私はそこまで厳しい統制には反対である

  

近年、女性蔑視の"萌え絵"等が問題になっているのをよく見る。

そのときリベラル側の主張は、「女性蔑視表現政治的に正しくない。プライベートでその表現を楽しむ自由制限するつもりはないけれども、公共の場所ではちゃんとポリコレ配慮せよ」というものであった。

私はこれに賛成だ。そしてそうである以上、ハイヒール・化粧もまた、公共空間から追放せねばならないと思う。それらのものは非常に女性蔑視であるからだ。

  

もっとも、ハイヒール・化粧は女性たちが好んで選択しているという場合が多いだろう。

女性主体性尊重しましょう」――これがリベラルにとっての錦の御旗なのだ

しかし、私は世のリベラルほど無邪気になってその御旗を掲げることはできない。前回に書いたことの繰り返しになるが、女性ハイヒールや化粧を好んで選択することは、被差別者がなぜか自分の受けている差別肯定するという現象からである

被差別者が望むならば差別を受ける自由はあるのか? 被差別者であればその差別正当化してよいか? これはきわめて難しい話である。ただ一つ言えるのは、ここにポリコレ的な問題意識を持たないリベラルは、よっぽど鈍感か、よっぽど不誠実ということだ。

(この意味では、リベラルを気取っているフェミニストなんかより、ラディカル・フェミニズムの方が先鋭的になって突っ走っている分だけ、かえって正しい認識を持っている。)

  

ミソジニー必要

私は歴史に詳しくないため、このさきは与太話しか書けないが、昔の中国には纏足という習俗があった。

そしてこれはあまり知られていないことだが、お上纏足強制していたわけではない。とりわけ清朝漢民族のこのバカらしい習俗忌避し、それを禁止する傾向にあった。にも関わらず人々は好んで纏足選択し、競うようにその美しさを賞賛していたという。

女真族満州族)の建てた清朝纏足禁止令を出しても止めようがなく、結局、義和団の乱以後の近代国家への動きの中で反対運動が起こり、まずは都市部罰則との関係で下火になった。しかし隠れて行われ、中国全土で見られなくなるのは第二次世界大戦後のこととなる。最終的に絶えた理由として、文化大革命反革命行為と見なされたこともある。このため、現在でも70歳以上の老人に一部見受けられる。

Wikipedia纏足

孫引きになってしまうが、以下のような話もある。

当時、女性が嫁に行くと、嫁ぎ先では何よりもまず最初に、花嫁の足を調べた。大きな足、つまり纏足をしていない普通の足は、婚家の面目をつぶすものだ。姑は、花嫁衣装の裾をめくって、足を見る。足が十二、三センチ以上あったら、姑は裾を投げつけるようにして侮蔑をあらわし、大股で部屋から出て行ってしまう。婚礼に招かれた客は、その場にとり残された花嫁に意地の悪い視線を投げかけ、足を無遠慮に眺めて、聞こえよがしに侮蔑言葉を口にする。母親なかには、幼い娘の苦痛を見るにしのびなくて纏足を解いてしまう者もいる。だが、成長した娘は、嫁入り先で屈辱を味わい世間非難あびると、母親が心を鬼にしてくれなかったことを責めるのである

ユン=チアン(張戒)/土屋京子訳『ワイルド・スワン』上 1993 講談社刊 p.19-20

http://www.y-history.net/appendix/wh1303-082.html

この引用で注目するべきは、姑や母親たちが纏足を推進していたということだ。

そして子供とき纏足を痛がっていた娘自身も、親に纏足してもらえてよかったと考えていることだ。

  

さらに言うと、纏足は、男性中心の社会から女性たちが悪弊強制されていたという観点だけで語ることはできない。それは女性自身が願望するところの"オシャレ"でもあった。

纏足は、女性の誇りだった」「女性は肉体で動くから、痛みに耐えれば、高貴でよりよい人間になる」「母から娘への 女性になるための教え」「痛みを通して、身体を使って、女性成功する」「足をより小さく、洗練して優美にすることで、女性は大きな誇りを感じた」

http://coconutpalm.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/--10---0239.html

西洋女性を苦しめたコルセットにしても、きっと纏足と同様、女性自身が望んでやりたがるオシャレという側面があったはずだ。

これはまさしく、現代日本女性が「ハイヒール・化粧はめんどくさい。強制されるのは嫌だ」と考えていながら、一方ではそれをやりたい願望を持っていて、結局それが手放せなくなってしま自家撞着するのと同じ心理だ。

ハイヒール・化粧をやるかどうかに関して、「女性主体性尊重しましょう」とか「強制にならないかぎり両方自由です」ということを言っているリベラルは、あまりに鈍感かあまりに不誠実か、そのどちらかのために、この観点を見落としている。

無論、健康面やそれにかかる手間を考えれば、纏足コルセットよりもハイヒール・化粧は随分とマシである。ただ、それは差別過酷ものから軽いものになったというだけだ。進歩はしているけれども、まだ差別を克服できていない。

から我々はさらなる進歩のため、おしゃれをしたいという女性の願望を抑圧しなければならない。ハイヒール・化粧を好んで選んでしま女性性(女性らしさ)は、政治的に正しくないのである。逆にそれを憎悪するミソジニーこそが政治的に正しいのだ。女がオシャレをやめることで初めて男女平等を達成できると私が主張するのは、この洞察に基づくものである

なお、議論はここにおいて、私が冒頭に書いた長時間労働問題につなげることができる。「過労死するほど働く自由」を是認しようとする資本家知識人は、プロレタリアの敵である。我々はこれを打倒しなくてはならない。

この理論適用すれば、女がオシャレをする自由是認しているリベラルと一部のフェミニストこそ、女性差別の温存を図っている連中だと言えるだろう。

  

終わりに

twitterをなにげなく読んでいたら、たまたま的確な言葉を見つけた。

リベラリズム本質的価値-自由平等など-は、どこにあるのか? 逆説めくが、リベラリズム自体はその本質的価値原理主義の激しい攻撃から救えるほど強くはない。 リベラリズムがその重要遺産を生き延びさせるためには、ラディカルな左派の同志愛による助けが必要となるだろう。

スラヴォイ・ジジェクbot @SlavojZizek1949」より

https://twitter.com/SlavojZizek1949/status/864981669509332995

前回のエントリは、穏健なリベラリストから散々顰蹙を浴びた。それは投稿前に分かっていたことだ。

しかし私は、どちらかと言えば多分「ラディカルな左派」寄りの立場から、まじめに女性差別撤廃せよと主張したつもりである

ジジェク言葉どおり、リベラルはここからの援護を受けなければ、その遺産を存続させることさえできないであろう。

2017-04-12

森友のこと質問たから質疑終了、採決な!

国会ウォッチャーです。

今日3つ目ですが、あまりのやりたい放題にちょっとびっくりしたので、書きます

竹下亘が、囲み取材で、

100万円の寄付をしたということが「総理に対する侮辱」だから籠池理事長証人喚問を決めた、とのたまっていましたが、今日のこれを見ても自民党議員内での安倍総理に対するおべっか、ケツなめはここまできているのかと正直驚きました。

 これも背景知識がないと民進党柚木議員が悪い、みたいにおっしゃるかたもいらっしゃると思いますが、今までの慣例から考えて、質疑冒頭に出席者に簡単に答弁を求めることはこれまでにも多々あったことです。また、予算委員会が終わり、森友学園天下り問題についての総理入りの集中審議の開催を与党拒否し続けているので、森友学園に関することを総理に答弁を求める機会は今のところありません。したがって、柚木議員が、総理入りの厚労委員会で、冒頭に総理質問すること自体は何も不自然ではなく、よくあることです。また議員には一般質問をする権利質問権が保障されているので、口頭での一般質問をすることも本当によくあることです。

柚木議員質問

http://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php?ex=VL&deli_id=47024&media_type=fp

柚木道義

「先週の金曜日昭恵夫人と、プレミアムフライデーということで、ハンバーガーをお食べになり、大変結構なことでございますが、ただ、ぜひ公の場でご説明をいただけるようにお話し合いはされましたか総理から昭恵夫人お話はされましたか。あるいは総理が止めていらっしゃるんですか」

安倍晋三

「あ、重要広範質疑ということで、介護保険改正案について、出席をさせていただいている、非常に貴重な時間だと柚木さんにとっても貴重な時間なんだろうと、このように思うわけでありますが、この問題につきましては、今柚木議員から質問をいただいたことも含めてですね、もう何回も、既に何回も再三妻子、答弁をさせていただいているところでごぜぇます。(嘘。昭恵夫人と話し合ったかどうかは答えたことないです)いずれにいたしましても、従来より答弁をしているとおりでございますし、この問題につきましては、会計検査院調査結論を出す、それを待ちたいとこう思っておるしだいでございます

丹羽秀樹委員長

「質疑は議題の範囲内でお願いします(これもめったに言わない)」

柚木道義

「私も早く通告した質問に入りたいので、総理簡単なことですので、ひとつ答弁をお願いします。財務省森友学園との交渉記録データが、復元可能である財務省が答えている。財務省によりますと、今年六月システムが入れ替わる予定とのことで、このままでは証拠隠滅の恐れがある。ぜひ総理から一言結構ですから森友学園との交渉記録データ復元して公表するようにと、一言ご指示いただけませんか。」

丹羽秀樹委員長

柚木君に申し上げます、質疑は議題の範囲内でお願いいたします。」

この後安倍総理は答弁しないまま同様の要請柚木議員要請した後、質疑に入りました。

そのあと各議員の質疑ののち、維新河野議員の質疑終了後に丹羽秀樹委員長が、総理の退出を宣言し、緊急の理事会招集しました。

突然の質疑終局、採決の決定

時間ほどの中断の後、なんの説明もなく再開されましたが、中島議員阿部議員堀内議員河野議員から、いきなり採決する、ということについての苦情が述べられます

そして最後河野議員の質疑終了後

丹羽秀樹委員長

「三ツ林ひろみくん」

三ツ林ひろみマイク拾ってない)

「本法案の、質疑終局、終局討論省略、ただちに採決すべき」

野党議員

「せめて理事会開いてくださいよー」

「こんなのおかしいだろ」

丹羽秀樹委員長

「三ツ林ひろみくんの質疑終局等論省略、ただちに採決すべきとの動議に賛成の諸君の起立を求めます与党議員起立)。起立多数、よっとそのように決しました。これより採決に入ります。」

野党議員

委員長与党理事の言いなりなんですか?」

今日採決するなんて聞いてないよ」

丹羽秀樹委員長

「採決をいたします。、本案に賛成の諸君の起立を求めます。(与党議員起立)」

「起立多数、よって本案は原案のとおり可決すべきものと決しました」

野党議員

委員長公平中立にやってくださいよ!」

地方公聴会もやってないじゃないか

介護保険法改正は、与野党距離がそれほど離れているわけではないので、野党修正を呑む余地あるとのことで、わりと建設的な議論がされているほうなわけですが、突然の質疑の打ち切りということでめちゃくちゃ強引なやり方です。はっきりいって私の記憶にはありません。

 またこの介護保険法改正重要広範質疑ということで、公聴会を開いて、地方有識者意見を聞いたりとか、そういうこともよくあるわけですが、いきなりの終局宣言からの採決、これも見たことがない。中島議員から、「採決すると、その理由も、重要広範質疑の内容について」と説明があったとおり、どうも中断の間に、理事会で、「森友のこと聞いてきたから質疑打ち切り、採決する」との決定がされたようです。

宮崎岳志議員が、地方創生特別委員会で、このことについてコメントしていました。

曰く、与野党の筆頭理事(たぶん後藤茂之井坂信彦)の間では金曜日にも質疑を継続する予定であったこと、重要広範質疑に関わらない質疑をおこなったことから、質疑を続けられないと決定したという話がありました。

http://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php?ex=VL&deli_id=47025&media_type=fp

ちょっと名指しするけど、丹羽秀樹後藤茂之田村憲久高鳥修一、とかしきなおみ、三ツ林裕巳ども安倍のケツなめるのもいい加減にしろよと思いますけども。

追記

一般的法案審議の流れ

委員会で審議される法案は、一般的には、

法案提出趣旨説明→質疑→討論→採決

という流れで審議されます

提出者が法案趣旨説明し、質疑をします。国会議員質問したり、政府民間から参考人を呼び意見を聞いたり、国会利害関係者を招き、公聴会を開いたり、逆に議員地方にいって地方公聴会を行うのも質疑です。質疑が十分に尽くされた、と委員長判断したとき委員長は質疑終局を宣言します。そののち、討論を行います。討論は、本案、修正案ともに行われ、それぞれ案件に対す賛否とその理由を論じます。その後、採決に移ります。採決においても、修正案の採決から行われ、修正案を否決した後、本案を採決することが多いです。

委員長が突然質疑終局を宣言する意味

野党議員が全員、公式野党維新ですら苦情を述べていましたが、もし野党議員修正案を出す準備をしていた場合、このような突然の質疑終了をされると、修正案の審議の機会がありません。その採否はともかく、提出する機会すら与えられないことになります。ですから審理日程については、与野党理事の間でしっかりと協議して合意した上で法案審理を進めるのです。こういった建前は、実はとても大切です。これをなし崩し的に行うなら、与党は、その多数を頼って、法案趣旨説明ののち、いきなり採決に入ることすら可能になるからです。国会の審理はその結果に関わらず、野党議員がどういう意見を述べたかということが記録されることも重要なのです。そういう大切な建前を、安倍が答えにくい質問をしたからという理由でとっぱらってしまった今回の採決の頭のおかしさは際立っているといえます

さらに追記

どうやら、長尾たかし議員高橋千鶴議員ツイートによると、

安倍委員会入りで、野党安倍質問時間全部やるかわりに、森友関連の質問はするな、と筆頭理事間で約束していたのを破ったからだ、といってるらしいですね。これを正当な理由だといいたげな長尾も大概だと思うよ。理事の間での約束事を破ったから質疑終了、採決だって?どこにそんなルールがあるんだよ。次回の野党の持ち時間減らす嫌がらせとかならまだ理解するけどさ。大体、こんな意味不明取引してる時点で、厚労委員会与党理事どもは、安倍委員会入りに泥を塗られたとか思ってんだろ?マジでおまえらいっぺん選挙落ちて頭冷やせ。

あ、あとすみません与野党筆頭はどうやら田村柚木のようです。

さらさらに追記

この件に怒った山井が、一旦合意していた共謀罪の審議入りを拒否したとのニュースみて「そらそうよ」と思ってたら、竹下一言謝罪して正常化したと受け入れただと。山井和則ホント何考えてるんだ?今回の厚労委員会のアホな行動も竹下亘は把握してなかったってことだろうが。そんなやつと協議して正常化したとか言ってんじゃないよ。戦うポイント間違えてんな。

さらさらさらに追記

厚生労働委員会森友学園のことを聞くな、とおっしゃるひとも多いわけですが、議員質問権が保障されている意義を考えて欲しい。ほとんどの委員会総理が出席していた一昔前ならいざ知らず、今では、各委員会総理入り審議がされる機会なんて一会期で1回あるかないかなわけですよ。直接的に総理大臣議員がやり取りできる機会は本当に稀なわけです。一方議員は各委員会委員であると同時に、国民代表ですよね。国民代表者としての議員が、ただ一回かもしれない総理大臣との直接対峙の場面で総理の言質をとろうとすることがそんなにおかしいかい?また法案提出である内閣閣僚能力や誠実性についての疑義というのは、ほとんどすべての委員会で質疑の対象となってきていたわけですから世論調査の結果にしたがって8割の人が納得していないという話題について説明をするように促すことがそんなに場違いだというなら、さっさと集中審議開かない与党問題なんじゃないですかね。

あと偏ってる、バイアスがーとかいってるやつはアホなんですかね?動画貼ってるんだから自分で見て自分判断しろよ。

あと、森友ばっかり聞いてるからかいってるのも「私は張られた動画も見ません」と宣言してるようなものなので、ちゃんと見たほうがいいよ。この手続きのほうが大きな問題だと思ったけれど、「自殺者全体が減っている中で、介護関連の自殺けが増えている中での介護保険負担の増額を求めるのはどうなのか」という質問に対して「アベノミクス自殺者が減っている(キリッ」とか答えられるすばらしい雄姿が見られるぞ。

一般質問権と質疑

質問権は国会法第74条、75条で保障された権利です。一般質問議長が許す限り、法案、議題に関わらず何を効いてもいいものです。本来質問と質疑は区別され、質問は書面(質問主意書)を持ってなされ、答弁も書面で行われますが、閣議を経るため返答が遅いものです。質疑は、議題に関することに関する疑問点の解消のために行われるものであり、口頭で行われます。したがって、柚木議員が質疑をさえぎられたことをもって質問権の侵害だといっていたこ自体には私は賛成していませんが、質問権の趣旨に鑑みて、現に議会運用上、質問権を口頭で行使することが是認されている状況下で、それを行使したことの非を以って、懲罰的に質疑を終了するという行為の愚かしさが問題だといっているわけです。

北朝鮮有事かというときに森友かよ、とか言ってる人のヤバさ

森友学園加計学園南スーダン日報問題昭恵夫人と付職員の行動の法的根拠のなさ、これはすべてガバナンス問題ですよ。有事にこそ一番求められるガバナンスの欠如の問題議論しないでどうするわけ?首相馬鹿みたいにうかつな発言のために黒いものを白いと主張しつづけて行動せざるを得ない組織を見せ付けられて、北朝鮮有事安倍政権が頼りになると思ってるわけです?すげー迂闊に下した判断のためにさらに誤った判断を下し続けるこの2月の状況を見て、そういう判断している人がいるのがちょっと信じられないです。

一応こっちにも追記

約束した!っていうのはね、お互いが了承したときになりたつんですよ?

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170413-00167571-toyo-bus_all

その理由柚木氏の発言が「発言は、すべて議題外に渉り又はその範囲を超えてはならない」と規定する衆議院規則第134条違反であるとともに、自民党が「法案以外の質問をするということは、審議が十分だということで、採決しても構わない」と判断したためだ。また11日午後に開かれた理事懇談会で、自民党民進党に事前に「法案以外の質問はしないでくれ」と申し入れてもいた。

首相への忖度強行採決

 だが民進党はこの申し入れについて「質問者質問権の問題がある。良識範囲内でやる」として留保森友学園問題についての柚木氏の発言も約10分程度に抑えられており、衆議院規則違反についても強行採決で封じられなければならないようなものはいえない。

2017-02-09

でも、デートレイプしないと僕を愛してくれないんでしょ?

高校生の時、二人の女の子と付き合った。僕は手を繋ぐのが精一杯で、自分からキスしたり、ましてやそれ以上のことをするなんて無理だった。

二人とも、僕のことをすぐ振って、他の男と付き合い始めた。奥手な自分に不満を持ったのだと思った。

大学に入って、彼氏がいる女の子のことを好きになってしまった。彼女のうちに呼ばれて、デートレイプまがいのことをしてしまった。もう二度と会ってはくれないだろう、警察通報されて当然だ、と思った。

ところが、数日後にまた会う約束ができた。それどころか、彼女の態度は見違えるように自分への好意を示すようになっていた。結局、その子はそれまで付き合っていた彼氏を振って自分とつきあってくれた。わけがからなかった。

の子と別れた後、二人の女の子を好きになった。その子たちとも二人きりになるチャンスがあったのだけど、相手が嫌がったので何もしなかった。デート最中性的行為強制することがデートレイプと呼ばれることを、僕はもう知っていた。

彼女たちは僕と付き合ってはくれなかった。それは仕方ない。でも、彼女たちは後になって、僕を意気地なしだと言って嘲笑した。わけがからなかった。僕はジェンダー論の本に書いてある通り、倫理的に行動したのに!

大学生活も後半に差し掛かったころ、僕はさびしさに耐えかねて、またデートレイプまがいのことをしてしまった。かつてと同じように、女の子は突然好意を示し始め、僕とつきあってくれた。

けがからなくて、すぐ振ってしまった。ほんとにひどいことをしたと思う。

大学卒業してから、誰とも付き合っていない。寂しくて仕方がない。でも、女の子に振られるのは耐えられても、好きな人嘲笑されるのは耐えられない。

デートレイプをしない男性のことを、意気地なしと言って嘲笑する規範は、男性だけのものではないのだと思う。もちろん、デートレイプはみんなに当てはまる道徳としては是認できないものだし、性について真剣に考えている女性たちは、そんな規範肯定してはいないだろう。でも、現実として、デートレイプをしないと僕は愛してもらえない。

"No means no"は正しい規範だ。だから、僕は愛されないまま行きていくしかない。そのことに異論はないのだけど、どうしても僕は、恋愛工学にはまってしまう男たちのことを心からばかにすることができないのだ。彼らは、男性欲望によってだけ生み出された存在なのだろうか。彼らは、そして僕は、ずっと救われないまま生きていかなくてはいけないのだろうか。

追記:(わかるように書いたつもりですが)相手の態度が変わったのは、いずれも後日の話です。事後には二人とも怒っていました。

あと、「デートレイプまがい」と書いたのは、私のし行為強姦罪構成するものではないからです。これ以上は詳しく書きません。

2017-01-30

AV俳優業や風俗を極力合法化するべき

以下の記事に寄せられたコメント(ブコメではない)を読んだ。苦々しい思いがあふれた。

不振のAV業界で彼女たちに起こっていること | ファッション・トレンド | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 

これだけ記事が丁寧かつ慎重に時代の流れを書いているにもかかわらず、

旧来の「常識」による善悪に囚われて、賤業と決めつけたい人ばかり。

彼らは逆の発想ができない。

そうやって卑しめているから、AV業界いつまでも性的搾取だとか

人権蔑ろにされるような後ろ暗い状況でありつづける。

実質的な性風俗産業は世界のどの国にもある(多分)。

宗教的な要因で、到底、公式には是認できない国もある一方で、

日本はそういう保守的な風潮ひいては性への価値観を転換し、プラス方向へ合理化できる可能性がある国。

しかも、その下地は整いつつある。

 

色々書き連ねたい気持ちはあるけども、めんどくさくなった。

以下、メモ書きだけ。重複も多いし読まなくていいよ。

 

禁酒法 大麻合法化 マフィアから正規へ 市場制御下に、品質改善

スタンフォード監獄実験 後ろめたさがある人(囚人俳優)が(看守・業界人に)支配搾取される構造

すべてをオープン公式にすれば 親公認

性への意識価値観すら変わる未来 野放図に堕落してはいかない、また別の倫理へ オランダ

アイドルとの類似 価値観多様化 職業尊厳をもてるようにすることが環境健全化につながる

表現者として 一部の尖ったエロ同人にみられる思想性に類似 表現の自由

小説音楽のようにジャンル自体が高尚と認知されれば、その内部で下卑た表現一種思想表現として抑圧されない

漫画アニメ社会的地位の向上 いまその位置にあるのが同人アイドル 次の位置にあるのがAV(創作性の高まり)

2016-11-24

民進党議員の言行がアレな方面に先鋭化しつつあるような気がしてるんだけど、

民進党積極的に支持してる人が先鋭化を是認してるのか否定的なのかは他人事ながら気になっている。

まり民進党支持者が先鋭化してたら、政権への穏当な批判票の行き場がなくなんじゃねえかな。

2016-10-22

http://anond.hatelabo.jp/20161022232329

そういう考えはもちろん大学が多すぎるからそう思うのであって、大学数が多くなければそんなことにはならない

裾野がどうこうとFランを存置することを要求するなら、タクシードライバー大卒が入ることも是認してもらわんとなw

ふつう屈辱過ぎてそんなもの受け入れらんないだろうがw

2016-10-20

http://anond.hatelabo.jp/20161020112239

横だけど、その「最後の2行」こそが増田の言いたいことだろうからわたくしが言い換えてみよう。

本来は女にも、ある種の「自己責任」があるはずなんだけど、フェミ的な人にとって「自己責任」を認めることは、すなわち

「女は狩られる側。女は常に自衛せよ。女には(男と違って)自由に外をウロウロする権利はない」

ということを是認するのと同義であり忌忌しき事態

からフェミは「女の自己責任」を「否認」する。つまりフェミは、ある政治的価値(女も自由であるべき)を守るために、「女にも自己責任はある」という事実隠蔽したがっている。

それってズルイっていうか欺瞞じゃん、お前らの都合で勝手事実隠蔽してセカンドレイプ認定とかしてんじゃねーよバーカバーカ、というのが増田の言いたいことだと思う。たぶんだがね。

2016-06-23

http://anond.hatelabo.jp/20160623193405

是認共感、同じことだと思うのだが。否定されずに受け入れられたいってことだし。

http://anond.hatelabo.jp/20160623192422

からだが、女も内容を否定されるとブチ切れるので他者是認を求めていることには違いないと思う。男も自分語りに酔うところあるから喋っているだけで幸せになれるし。

2016-03-18

破産法二条二号の債務消滅に関する行為

         主    文

     本件上告を棄却する。

     上告費用は上告人の負担とする。

         理    由

 上告代理人和田栄一の上告理由について。

 破産法二条二号の債務消滅に関する行為とは、破産者意思に基づく行為のみ

にかぎらず、債権者同法五条強制執行としてした行為であつて破産者財産

もつ債務消滅させる効果を生ぜしめる場合を含むものと解すべきであり(当

裁判所昭和三八年(オ)第九一六号同三九年七月二九日第二小法廷判決裁判集民

事七四号七九七頁参照。)、この場合には、破産者強制執行を受けるについて害

意ある加功をしたことを必要としないものと解するのが相当である。原審が適法

確定した事実関係のもとにおいては、上告人の転付命令による本件保険金債権取得

行為並びに保険金受領行為破産会社の支払停止後にされたものであつて、上告

人は右行為当時、破産会社が支払停止の状態にあつたことを知つておるものと認め

られるというのであるから、上告人の本件保険金受領行為同法五条、七二条

二号による否認行使対象となる旨の原判決判断は、正当として是認すること

ができ、右認定判断過程に所論の違法は認められない。論旨は、ひつきよう、原

判決を正解せず、かつ独自見解を主張して、原判示を非難するにすぎず、採用

ることができない。

 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文

とおり判決する。

     最高裁判所第二小法廷

         裁判長裁判官    岡   原   昌   男

            裁判官    小   川   信   雄

  • 1 -

            裁判官    大   塚   喜 一 郎

            裁判官    吉   田       豊

  • 2 -

信託法11違反の事例

         主    文

     本件上告を棄却する。

     上告費用は上告人の負担とする。

         理    由

 上告代理池谷昇の上告理由について。

 原審が適法に確定した事実関係のもとにおいては、訴外Dおよび同Eから上告人

に対する上告人主張の各債権譲渡が、上告人をして被上告人に対し訴訟行為をさ

せることを主たる目的としてされたものであり、信託法一条規定に違背し無効

である旨の原審の認定判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違

法は認められない。そして、訴訟行為をさせることを主たる目的として債権譲渡

されたときは、譲受人がみずから訴訟を追行せず、弁護士に本件訴訟委任をした

場合でも、同条の適用をさまたげないものと解するのが相当であるから、この点に

関する所論主張は理由がない。論旨は、ひつきよう、独自見解のもとに原判決

判断違法をいうにすぎず、採用することができない。

 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文

とおり判決する。

     最高裁判所第三小法廷

         裁判長裁判官    高   辻   正   己

            裁判官    関   根   小   郷

            裁判官    天   野   武   一

            裁判官    坂   本   吉   勝

            裁判官    江 里 口   清   雄

  • 1 -

自動車運転者には過度の注意義務はない

         主    文

     原判決を破棄する。

     本件を東京高等裁判所差し戻す。

         理    由

 被告人本人の上告趣意は、事実誤認の主張であり、弁護人青木孝の上告趣意第一

点は、事実誤認の主張であり、同第二点は、憲法一条違反をいうが、実質は単な

法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

 しかし、所論にかんがみ職権で調査すると、原判決は、次のように刑訴法四一一

条一号により破棄を免れない。

 本件公訴事実について、第一審判決及びこれを維持した原判決認定した事実

係及びこれに対する法律判断は、おおむね次のとおりである

 すなわち、被告人は、自動車運転の業務従事するものであるが、昭和四五年五

月二日午後一一時四五分ころ普通乗用自動車(以下被告人車という。)を運転し、

東京都武蔵野市a町b-c-dの交通整理の行なわれていない、左右の見とおしの

困難な交差点をe方面からf町方面に向かい直進するにあたり、一時停止の道路

識に従い交差点手前の一時停止線上で一時停止したが、左方道路交通安全を確

認しないで時速約一〇キロメートル交差点に進入した過失により、おりから幅員

四・八メートルの左方道路を時速約五〇キロメートル制限速度は時速四〇キロ

ートル)で交差点に向かい進行してきたA運転の普通貨物自動車(以下A車という。)

を左方約三七メートル発見したが、時すでに遅く、進退に窮して、そのまま交差

点を通過しようとして通過しきれず、自車にA車を衝突させ、よつて自車に同乗し

ていたBに傷害を負わせた、というものである。そして、原判決は、Aが少なくと

制限速度である時速四〇キロメートルを守り、被告人車を発見すると同時に急制

動をしていたならば、本件事故の発生を見なかつたという点で、本件事故の主たる

  • 1 -

因子はAの過失にあるにしても、被告人も左方道路交通安全確認せずに交差

点に入つた過失は否定できない、というのである

 しかし、本件記録によると、被告人車の進行した道路は、幅員四・四ないし四・

メートル乾燥したアスフアルト簡易舗装東西直線道路(以下東西道路という。)

であり、A車の進行した道路は、これとほぼ直角に交差するアスフアルト簡易舗装

南北直線道路(以下南北道路という。)であること、東西道路交差点入口東側

手前〇・八三メートルの地点に道路標識による一時停止の停止線が設けられている

こと、東西道路の両側及び南北道路の両側にはいずれもブロツク塀があるため左右

の見とおしは悪く、一時停止線上からの左方道路の見とおしもブロツク塀にさえぎ

られて悪いこと、東西道路南北道路とも優先道路ではないこと、交差点の中心の

上空約五メートルのところに東西道路に向けて「止まれ」、南北道路に向けて「徐

行」と染めぬいた行灯が設置され、点灯されていたこと、被告人は、一時停止線上

で一時停止したが、そこからでは左右の見とおしが悪いので、発進徐行(時速約一

キロメートル)しつつ、交差点に進入したところ、左方からくるA車を発見した

が、同車との距離が約三七メートルあつたため自車が先に交差点を通過し終ること

ができると考えて、そのまま進行したことがうかがわれる。

 ところで、右交差点は、交通整理の行なわれていない、左右の見とおしの悪い交

差点であり、東西道路南北道路の幅員はほほ等しく、かつ、南北道路優先道路

ではないから、A車のように南北道路を北進して交差点に進入しようとする車両は、

東西道路に一時停止の標識があつたとしても、本件当時施行道路交通法二条

従い、交差点において徐行しなければならないのである最高裁昭和四三年七月一

六日第三小法廷判決刑集二二巻七号八一三頁参照。)。

 しかるに、原判決の確定した事実によれば、Aは、制限速度を超えた時速約五〇

キロメートルで進行し、交差点手前約二〇・五メートルに至り、初めて被告人車を

  • 2 -

発見し、急制動措置をとつたが間にあわず交差点内で被告人車に衝突したとい

ものであつて、本件事故は、主としてAの法規違反による重大な過失によつて生

じたものというべきであり、このことは、原判決も認めているところである

 しかし、進んで、原判決が説示しているように、被告人にも過失があつたかどう

かを検討してみると、本件のように交通整理の行なわれていない、見とおしの悪い

交差点で、交差する双方の道路の幅員がほぼ等しいような場合において、一時停止

標識に従つて停止線上で一時停止した車両が発進進行しようとする際には、自動

運転者としては、特別事情がないかぎり、これと交差する道路から交差点に進

入しようとする他の車両交通法規を守り、交差点で徐行することを信頼して運転

すれば足りるのであつて、本件A車のように、あえて交通法規違反し、高速度で

交差点に進入しようとする車両のありうることまでも予想してこれと交差する道路

交通安全確認し、もつ事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務

ないものと解するのが相当である

 そうすると、原判決は何ら特別事情にあたる事実認定していないのにかかわ

らず、被告人過失責任を認めた第一審判決を是認しているのであるから、原判決

には、法令解釈の誤りまたは審理不尽違法があり、この違法判決に影響を及

ぼすことが明らかであるから、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するもの

認められる。

 よつて、刑訴法四一一条一号により原判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるた

め、同法四一三条本文により本件を原裁判所差し戻すこととし、裁判官全員一致

意見で、主文のとおり判決する。

 検察官桂正昭 公判出席

  昭和四八年一二月二五日

     最高裁判所第三小法廷

  • 3 -

         裁判長裁判官    江 里 口   清   雄

            裁判官    関   根   小   郷

            裁判官    天   野   武   一

            裁判官    坂   本   吉   勝

            裁判官    高   辻   正   己

  • 4 -

2016-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20160316180321

すべての人間は凹凸がなく平坦な人間時間金銭面で交互に余剰が発生しない、という前提は現実にありえないから



ゆえに理念として男女差別は悪だが、実践において男女差別是認される

男女差別現実的処世術

よーし、大手振るって女差別しようっと!

2016-02-08

「金持ってるだけまだマシだろ」などと言う人と、分かりあえる気がしない

世の中の大抵の事柄は金さえ有ればどうにでもなると言われるなか、その金が有ってもどうにもならないことに直面していると吐露しているのに。

まだマシ理論は下を見ればキリが無い。

そういう人は日本に生まれ住む幸せでない人達に向かって「シリア戦火に怯えて暮らす人々に比べればまだマシ」と言うのか。

そう言われれば黙るしかないのか?

そういう人はまたシリア難民に向かって「アフリカ最貧国で食べる物もなく病気ですぐ亡くなってしま子供達よりまだマシ」とでも言うのか。

とある高名な人物が「人生における成功とは豊かな人間関係を構築する事」と説いていたが、良くない容姿人間関係の構築の大きな妨げとなっている。

結局は容姿なのだ

低く見られることは有るものの、友人関係はまだ何とかなる。

異性との恋愛結婚となると絶望的だ。

良くない容姿差別すること、足切りすることが是認されている。

シリア難民にまだマシと説くより、平和を齎す方策を考えるほうが建設的ではないか?

容姿の良くない者達にも同様になされるよう願っている。

今日朝ご飯おにぎり三つです。

デトックスウォーター

サンガリア伊賀の天然水炭酸水レモン

京都に流れ込む木津川上流の伊賀で作ってるのよ!

げつげつげつようび~

どんな時もくじけずに頑張りましょう!

2016-01-29

さっきスタバ仕事してたら、隣に座った20代サラリーマン男Aが50代サラリーマン男Bに罵倒されていたので、思うところをメモ

何やらAが連絡しておくべき相手に連絡していなくて仕事が進んでいない模様。Bは激昂していて、「あほんだら」「能なし」「だからお前はあかんのや」「どう責任とるんや」とドン引きするくらいの罵詈雑言。Aはしおらしく「はいはい」。

最初はまたパワハラかと思っていたけど15分、30分続くにつれて、いい加減にAもなんか言い返せよな…と思うようになってきた。

完全にBにマウント取られて「はやく終わらねーかなー」と思ってるんだと思うけど、それがBを調子にのせてしまってるんだよ、と横で聞いていて感じた。で、たぶんこのAは、Bに言い返せるようなことを一つもしていないんだろうなと思った。(パワハラ是認するわけではないので悪しからず)

人生被害者になってしまっている」

人とのコミュニケーション普通、攻めるか受けるかのどちらか。攻めるというのは、積極的に何かをすること。罵倒や叱責だけじゃなくて、褒めたり相手が喜ぶことをしたりするのも、自分のなかでは「攻め」に該当する。

良い意味で攻めることは「貯金を作ること」。で、重要なのは、その逆の「受け」。受けてばかりでなにもしないことは「貯金しないこと」ではなく、「貯金を取り崩していること」つまりマイナス

「これくらいはやるべき」と外部から思われていることをやらなかったら、その分だけマイナスになる。逆にやるべきことをやれば信頼に繋がるし、自らを信じる自信にもなる。

常に何かを生み出すようにすること。プラスを積み重ねていくこと。面倒くさいとか、気恥ずかしいとか、そういう気持ちはわかるけど、後で痛い目に遭うこととセットで考えるべきだろう。

2015-12-11

http://anond.hatelabo.jp/20151210093950

結婚は、男女が個人同士で契約するだけだから配偶者の両親は関係ない。

義理の親から遺産相続する権利はないし、おなじ家族として助け合う扶養義務もない。

 

から、「配偶者の両親とはまるで本当の親子のように助けあいたい」という気持ちがあるならば養子縁組した方がいい。

これは「女が嫁に行ったら夫の家のために尽くす」という家制度現代において実行するものである。このような価値是認する人こそ、夫婦同姓になる資格があるといえる。

 

逆に、配偶者の両親をそこまで大切に思わない・思えない人は夫婦別姓で我慢するべきだ。同姓を名乗って一族ヅラすんな、ってこと。

 

あ。もちろん女が嫁になるだけじゃなく、「男が婿になって妻の家に入る」というケースもあることは付記しておく。いずれにせよ改姓は結婚制度と切り離すのがよい。

日本人はなぜプロ技能に金を払いたがらないか、という話。

演奏に代金は払いたくないのか(一部のコメントに対して。最初の文章から変わっています)|ソプラノ川上真澄の音楽とバラがいっぱい、時々子育てブログへようこそ!


 約めて言えば、会社における社員教育のせいだ。それと「仕事」に対する意識の違いだ。

 アメリカ会社大手であればあるほどいわゆる「即戦力」を取りたがる。何かしらの技能資格、実績を有している人々をリクルートするのだ。だから、しぜん中途採用が多くなる。つまり最初からプロ」として雇われるわけだ。

 対して日本会社はいわゆる新卒一括採用を行う。たいして技能も実績も持たない純真無垢な新人社員OJTで実地教育していく。このとき社員たちは様々な分野の部署たらい回しにされる。どの部署についても一定の知識を得られるように、よくいわれる「ジェネラリスト教育ってやつ。

 しかし、このジェネラリスト教育に罠がある。というか、教育後の人材の使い方に罠がある。

 アメリカ会社員プロフェッショナルなので、基本的自分の分野外の仕事はできないし、仮にできたとしてもしない。日本ではよくある「君、◯◯もできるって言ってたよね? ちょっと助けてよ」が通用しない。なぜなら、それは契約にないから。もしその人から助けを借りたければ、金を払って雇い直すしかない。

 一方で、(まあ企業にもよるけど)日本社員はそのへんかなりユルユルだ。極端な話、全然自分とは関係ない他部署特別技能を発揮して手伝ったところで、お礼なんて感謝言葉と、よくて飲み代のおごりくらいだろう。「会社は仲間なんだから家族なんだから、親切(ただばたらき、と読む)にするのがあたりまえじゃん?」という意識だ。持ちつ持たれつってやつ(自分のほうが持つとは言わない)。

 それだけじゃない。こうした仕事における「境界のゆるさ」はどんどん拡大されていく。

 まず日本人仕事とそれ以外の時間をあまりわけない。国勢調査かなんかのアンケートに出ているが、日本人人生優先順位トップにくるのは「仕事」だ。その意識トリクルダウンを起こした結果、「仕事外の時間仕事の話をしてもいい」という変な慣例ができる。

 たとえば、「飲みニケーション」といわれるものがそれだ。日本企業で働く外国人はよく「ニホンジンは飲み会業務に関する重要情報交換を行うカラずるいデース」と愚痴る。そう、業務時間外に仕事の話をしあうのは彼らにとって「ずるい」のだ。一時期の喫煙室なんかもそうした役割を担っていた。

 そして残業サービス残業。これについての説明不要だろう。文字通り、自分時間会社のために捧げているのだ。タダで。

 

 

 こうした仕事人生、公私の境界線がゆるゆるになっていった結果、さらりまんたちの倫理メルトダウンしてくる。

 彼らはニコニコ動画youtube にあげられているちょっと面白い専門技術を持った面白い人々の動画を見て、あるいは pixivイラストなどを見てこう思う。

「この人たちは『親切で』こういう面白いものを公開してるんだ。良い人たちだなあ」

 そこに奴隷収奪するプランテーションオーナーのような攻撃意識はない。むしろ、彼らはプロフェッショナルに「好意」を持って「讃えて」いるのだ。

そこには「この人たちは『たまたま特別な才能や技能を持っていて、そういうものがあるんだから当然『親切』で芸を提供してくれるよな」という考えが底流にある。「尊敬」などはない。あったとしても「技能」ではなく、「態度」や「生き様」などといったその人自身人間性に対する部分への尊敬だ。

 日本の「芸」は大道芸人から〜「芸」は自分でも習えるから「芸」なのだ〜などというなまっちょろい歴史解釈説明づけなど及びもつかない残酷さがここにはある。日本人の「プロに金を払わない主義」は間違いなく近代日本社会が、私達が作り上げ是認してきた監獄なのだ

 私たち根本的な錯誤をしている。プロは「誰にでもできること」を「助け合い」のために使う人間ではない。「誰にでもできるわけじゃないこと」を「報酬」のために行使する人間のことだ。言葉で言えばまるで簡単だし、誰でも表面上は「そりゃそうだ」と思うかもしれない。でも、日常的に誰しもがプロプロとして扱えるように振る舞えるわけではない。わかっているはずなのに。わかっているはずなのに。わかっているはずなのに。なぜだろう。なぜそうできないんだろう。

 社員教育システム、そして仕事に対する倫理観根底から変えないかぎりこういう悲劇は今後も続くし、「プロ」は永遠に軽視されつづける。そしてこの国において「◯◯しないかぎり」という言葉は暗に「未来永劫実現しない」という意味を含んでいる。つまり、これが日本だ。がんばってはたらいていこうな!

2015-11-25

原審の判断おかしすぎる件

遺言書にバツを引けば破棄にあたるに決まっているのに、破棄じゃないとかい判断をずっとしてきて、最高裁でついに破棄と認められたが当然のこと。なんでこんな変な判決が相次いだのだろう。



  • 1 -

平成26年(受)第1458号 遺言無効確認請求事件

平成27年11月20日 第二小法廷判決

主 文

1 原判決を破棄し,第1審判決を取り消す。

2 亡Aの作成に係る第1審判決別紙添付の昭和61年

6月22日付け自筆証書による遺言無効である

とを確認する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理 由

上告代理今井光の上告受理申立て理由について

1 本件は,上告人と被上告人の父である亡Aが作成した昭和61年6月22日

付け自筆証書(以下「本件遺言書」という。)による遺言(以下「本件遺言」とい

う。)について,上告人が,Aが故意に本件遺言書を破棄したことにより本件遺言

撤回したものとみなされると主張して,被上告人に対し,本件遺言無効である

ことの確認を求める事案である

2 原審の適法に確定した事実関係概要は,次のとおりである

(1) Aは,昭和61年6月22日,罫線が印刷された1枚の用紙に同人遺産

の大半を被上告人に相続させる内容の本件遺言の全文,日付及び氏名を自書し,氏

名の末尾に同人の印を押して,本件遺言書作成した。

(2) Aは,平成14年5月に死亡した。その後,本件遺言書発見されたが,

その時点で,本件遺言書には,その文面全体の左上から右下にかけて赤色ボール

ペンで1本の斜線(以下「本件斜線」という。)が引かれていた。本件斜線は,A

- 2 -

故意に引いたものである

3 原審は,上記事関係の下において,本件斜線が引かれた後も本件遺言書

元の文字が判読できる状態である以上,本件遺言書故意に本件斜線を引く行為

は,民法1024条前段により遺言撤回したものとみなされる「故意遺言書

破棄したとき」には該当しないとして,上告人の請求棄却すべきものとした。

しかしながら,原審の上記判断是認することができない。その理由は,次

のとおりである

民法は,自筆証書である遺言書に改変等を加える行為について,それが遺言書

加除その他の変更に当たる場合には,968条2項所定の厳格な方式を遵守した

ときに限って変更としての効力を認める一方で,それが遺言書の破棄に当たる場合

には,遺言者がそれを故意に行ったときにその破棄した部分について遺言撤回

ものとみなすこととしている(1024条前段)。そして,前者は,遺言の効力

を維持することを前提に遺言書の一部を変更する場合を想定した規定であるから

遺言書の一部を抹消した後にもなお元の文字が判読できる状態であれば,民法96

8条2項所定の方式を具備していない限り,抹消としての効力を否定するという判

断もあり得よう。ところが,本件のように赤色ボールペン遺言書の文面全体に

斜線を引く行為は,その行為の有する一般的意味に照らして,その遺言書の全体

不要のものとし,そこに記載された遺言の全ての効力を失わせる意思の表れとみ

るのが相当であるから,その行為の効力について,一部の抹消の場合と同様に判断

することはできない。

以上によれば,本件遺言書故意に本件斜線を引く行為は,民法1024条前段

所定の「故意遺言書を破棄したとき」に該当するというべきであり,これにより- 3 -

Aは本件遺言撤回したものとみなされることになる。したがって,本件遺言は,

効力を有しない。

5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反

がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したとこ

ろによれば,上告人の請求理由があるというべきであるから,第1審判決を取り

消した上,その請求を認容することとする。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千葉勝美 裁判官 小貫芳信 裁判官 鬼丸かおる 裁判官

山本庸幸)

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