はてなキーワード: 独善とは
https://anond.hatelabo.jp/20230824235929
なんとかいう左翼の報道カメラマンの大御所みたいなやつが最近レイプ常習バレたり
学生運動や過激派の中でも女はモノ扱いされてきた、自称リベラルこそ空気みたいにアナクロなマッチョイズムを身体化してる問題は散発的にはずっと告発されてきた。
まあ外部から見ればそりゃそうだろうねという話なんだけど。世直しヒーローのつもりの思い上がった独善家なんだから、組織の下っ端の女なんか当然備品扱いするわな。
で、当の左翼ジジイが自己批判するわけないのも当然として、上のチズコみたいな左翼フェミ勢が党派性からそこは見て見ぬふりしてきた歴史はもう今更言い訳しようがない
アフリカ諸国代表団がプーチンに深刻な苦情を伝えたとのこと。お前の戦争のせいでこちらは餓えてしまうと。
「グローバルサウスはウクライナの運命に無関心」という、左巻き&陰謀論クラスタお気に入りのアングルがいかに空虚なものだったか。
ロシアはそんなぬるい手段でもって報復したつもりになってくれるようなタマではない。
これはいよいよ権力の基盤、その正当性に不安が生じてきたということだ。自国の若者を使い捨てにしすぎた。
そこではてサいわく「戦前の帝国日本に郷愁がある人以外は何とも思わないはず」
何を得意げに述べとんねん極楽トンボが。何でもかんでもウヨサヨ鍋で煮崩しやがって。
はてブによく新人マンガがあがってくる。九分九厘「がんばって描いたじゃん」以外の感想はない。今後に期待だねという。
そこで、普段は社会的弱者を使い捨ての棍棒としか見ていない奴、犯罪被害者遺族が犯人の死刑を望めば人非人であるかのように罵る奴、そうした独善に凝り固まった能無しジジイアカウントどもが、
手もなく「感動した!」「天才だ!」とナイーブな感想を毎度並べているのを見るたびに「幼稚さはすべての悪徳の母」という思いを強くする。
怒りをぶちまけてすっきりしたいだけならば、目の前の最悪な事象を発生させた末端の個人や国家に当たり散らして憎めばいい。
だが広く長い視野で考えるなら、そうやって目の前の出来事に直情的になって互いに嫌悪感情をこじらせることは、建設的な関係や根本的な問題解決を図っていくための障害にしかならない。
話し合いだけで解決するとか武力をもって解決するとかそういう次元ではなく、どの選択肢を考慮に入れるとしてもそういう民草レベルで嫌悪を煽るやり方は事態をアンコントローラブルにするだけだ。
そのことは太平洋戦争に突き進んでいった昭和の世論から多いに反省できるはずだろう。猪瀬直樹の『昭和16年夏の敗戦』を読んだら分かる。
怒るべき相手は目の前にいたとしても、本当に事態を変えたいのならば目の前の仇憎さにいつまでも囚われてちゃいけない。
さもなくば、独善に支配された獣になる。獣同士の争いになったら、無駄に自分や他人の命をすり減らしていくだけ。
理性でもって自分たちがコントロールできるものを見定めて、人間にならなきゃ。
右とか左とかってレベルの話ですらないんだよ。
勉強になる。
殺しはしないものの弱者を取り囲んで蔑みつまはじきにしている今の社会を許容はできない。
ある意味殺すよりも残酷な行為が繰り返されている社会だと思う。
隣の弱者を労わることができないくせに何が平等だ。ジョンレノンが好きとか言うやつ見ると吐き気がする。
自分の都合で与えて育み拒絶する。そこには自分自身の意思しかなく相手への慮りは一切存在しないひどく自己完結な独善でしかない。
当たり前の話なのは分かっているが人間の獣性を感じる度に相手のことを考えられない存在はみんな死んでしまえと思ってしまう。
今福祉のケースワーカーをしているが、他人の独善のせいで心身が貶められている人を見る度にとても悔しく思う自分がとても嫌になる。
多少フェイクも入れながら。
・年齢:今年33歳
・独身
・免許なし(視力の問題で原付までしか取れないが、障害者手帳は取れないレベル)
②ストレスから逃避するため、150万ほど消費者金融とクレカで借金をこさえる。
③それでもストレスから逃れられず、逃げるように転職を重ねる。
いわゆる室長さんというやつをしていたが、売上を上げることに必死な上司と成績を上げたい俺の意見が対立。
元々ADHD気質(のちにグレーゾーン診断)があったため書類のミスが多かったこともあり会議での吊し上げは日常茶飯事であった。
同じような状況は同期の中でも結構あって、40人いた同期が半年で10人になる。
「なぜだ・・・なぜだ・・・」を繰り返しているうちにうつ病を発症。
ストレスから逃れたいあまりに飲み歩くようになり、風俗とかにもハマった結果、
よく考えずに150万近く借金をこさえ、その返済によりさらにストレスを増やすスパイラル。
若干の愛社精神はあったため「こういう状況を減らしたい」と法務や総務を担当していたが、ここでも注意力散漫でミスを連発。
針の筵となり、逃げるように転職を決意。
「未経験からSEになれるよ」という知人の紹介でSES企業に転職。
ここでも深く考えずに転職したため、社内教育はゼロ。自学でなんとかやろうとするも、
クソ私大文系をギリギリ卒業した程度の頭では全く内容が理解できないまま初日から客先常駐。
もちろん何かがわかるわけもなく、ただただ罵倒される3か月を送り、速攻で退職。
塾勤務時代にバイトの採用などをやっていたので、人事・総務関連を担当。
わりかし順調に勤務していたがコロナの直撃や、部下が社長の愛人だったことが発覚。
その部下が起こしたミス(各種連絡漏れ、書類ミス等)を隠蔽し、全て俺の指示だと主張。
エンタメ系の中小企業でバックオフィス全般(人事・総務・広報)を担当。
ある程度ノウハウはわかっていたのと、立ち上げ直後の会社だったこともあり比較的高評価をいただくも、
現場社員からの不満を吸い上げ、パワハラ疑いのある言動に注意を促すよう上層部に取り計らうも相手にされず、
「バックオフィスが無能だから現場が縛り付けられる」論でボコボコにされる。←今ここ
「正しいこと、胸を張れる仕事をしたい」とは思っていて、しかし先述のパワハラ等、
社会的に見て「悪いこと」を指摘できないことが非常にストレス。
辞めたい気持ちもあるけど「また転職?」という気持ちもどこかであって。
諸氏がこういう気持ちをどうやって乗り切ったのか知りたい。
恥ずかしながら「大人としてやっておくべき」と認知されることがほとんどできていない自覚がある。
まあまずは借金返済かと思っているが、今手取りが22万くらい。
150万くらい(これが返せてない時点でお察しだけど)返したことある人、アドバイスくれると嬉しい。
まあそもそもこんなことを増田で聞いてるからお前はこどおじのゴミクズ野郎なんだ、
と言われれば返す言葉もないのだけど、こういう経験をきちんと乗り越えるにはどうしたらいいのかわからない。
鵜呑みにするだけじゃなくて自分でも考えながら浮かばないことが多い。
何も返せなくて恐縮だが、助けてくれ。
ブコメやトラバありがとう。ちょっと仕事のトラブルがあり全部は見れていないが、
あとでコメント等返させてもらおうと思う。
それから「地方か東京か書け」というのがあったので、追記する。
人気の記事一覧、みたいなのに自分の記事があってびっくりした。
本当にみんな色々な言葉をくれてありがとう。できる限り返信させていただく。
要約が下手くそで読みづらいかもしれないが、ご容赦いただきたい。
親に借りる、という選択肢は残念ながら取ることができない。
実は1度目のうつ病の際に借金の概要は両親にも打ち明けているが、その際両親も多額の借金を背負っていることがわかった。
(概要は伏せるが、祖父が仕事上で横領などをやらかしたらしく、それを父が肩代わりしたと聞いている)
この時両親とは「追加で借金をしないこと」「風俗通いをやめること」をそれぞれ約束した。
弁護士等の相談は正直ハードルが高いと思っていたが、増田諸氏のコメントを見て考えを改めた。
借り換え等を検討して、一番無理のない範囲での返済計画を立てようと思う。
自力での計画が難しいということは体感で理解しているつもりなので、少し相談先を調べてみる。
これに関しては確かにその通りだ。自分の無駄なこだわりに自分で苦しめられていると思う。
自分で文章にしてみて気が付いたんだけど「折り合いをつければいいのはわかるけど、どう折り合いをつければいいんだ」という部分で悩んでいたのかもしれない。
勉強不足と言われればそれまでだが、認知行動療法というものは名前だけ知っていた。病院に行って聞いてみようと思う。
コメントにあった家計簿アプリで自分の出費を調べてみたんだけど、使途不明や外食、衝動買いなどの出費が10万以上あった。
家には5万入れていて、残りから借金返済するわけだがご指摘の通り利子だけ払うみたいなことが続いていた。
「だから借金減らねえんだよ」と言われたらその通りだ。返す言葉もない。
ただ風俗通いだけは辞めた。キリがないので(だからどうした、と言われたらこれもまた返す言葉もない)。
強制引き落としは確かに良さそう。今月からやってみることにする。
うーん。「俺の状況だと」風俗通いは正しくない、と思う。
風俗という仕事の正当性みたいなのをここで論じてもしょうがないと思うし、そういう立場にもないので。
パワハラやらなんやらがあると自分が気持ち悪いし仕事が大変になるからなくしたい、と思っているだけだから。
自分のことは棚に上げて何を言っているんだというのも確かにその通り。俺が逆の立場ならたぶんそう言う。
少なくとも「仕事において」ハラスメントや不正は見逃されるべきではないよね、と思っていてこういう書き方になった。
うまく言えなくて申し訳ない。
可笑しいのは、いろんなポジションの人がみんなそれぞれ勝どきを上げていることだ。
そうなるべくがんばってこねた政治的しんこ細工なんだろう。
まず、オールドスクール系左翼やポリコレ蛮族的な「疑うこと自体が攻撃」「女性を叩きたいだけだろう」と言ってきた「無謬派」には少しはがっかりして欲しいところだが、なぜか大喜びである。まあこいつらは仕方ない。
「コラボ極悪派」にとっては最小限の勝利であった。こんなもんじゃないはずだ、僕らの戦いはこれからだという感じだが、できることはあまりないだろう。
「コラボは悪というよりは雑派」にとっては嫌な意味で予想通りの結果だった。行政のふてぶてしさを見せつけられるという意味で。
「雑」の原因には独善・慢心があるとして批判寄りの人、まあ仕方ないとは言わないが悪意というより能力不足で説明つくだろうと同情寄りの人と、「雑派」の中にも温度差はあるが、都に対するうんざり感は同じなのではないだろうか。
しんこ細工の中身を詳しく吟味する熱意は正直、ない。
そのまんまを真に受けたとして、190万だかは言い逃れようもない「万引きバレた分」でしょ。
2600万だかの経費の中身のいちいちの妥当性は調べもせず丸呑み、と。
なんとなれば活動に対する監査じゃなくて帳簿上の不正の調査だから。
それで「足が出てるから諸々不問で」と言ったところで、元が言い値なわけだから。水割り一杯五十万のところを温情で九割負けてやるから五万払え、と同じでどうにでもなる数字。ぼったくっているに違いないという意味ではなく、ぼったくりかどうかの調査はなされていないという意味。
さて、コラボの「会計不正疑惑」はこれで終わった。帳簿自体の調査でできることは終わったという意味で。その先はあるのか。コラボの支援事業の質について、会計だけでなく活動の中身もずさんなのではないかという疑惑は糾明されるのか。
「これが本当だったら絶対ダメだろう」という話がポロポロ出てはおり例の川崎市議などが告発の声を上げているが、不法行為の如何については司直の手に任せるしかない話で、周りで見ている我々にできることはこれといってない。暇空氏の「手に触れた石全部投げるスタイル」は、そのフェイズにおいてはノイズにしかならない。今後の彼は単なるネットトロルの親玉でしかない。なので追う価値が無い。お疲れっした。
不法行為というよりは質的な評価、公金投入の妥当性についての調査はなされていくのか。
いかないんだなあ。コラボのダメなところを洗い出すということは都の放漫な補助金支出を洗い出すということ。それはやりませんよ、コラボによくないことがあったとしても全部都が飲み込んで無かったことにしますよという強い意志が再調査結果には示されている。
まあ、行政が既にやっちゃったことについて事後的に自らアセスして間違いを認めるなんて光景、誰も見たことないもんな。減反政策が始まる前から計画してたから干拓やりまぁすとか、その先に漁村は無くなったけど橋は完成させますとかの巨大な愚行に誰かが責任を取ったか?
民間有志による往々にして自己満足的な質の低い支援活動の実態、そして手軽に「やってる感」出すためのアリバイとして放漫な補助金支出する行政、そうした残念な実態がめくれていくきっかけにコラボ問題がなるかもしれないという期待は、正直なところ幻想であったと言わざるを得ない。
そういう活動のこと何も知らずにふんいきで誉め讃えたり全否定したりするのでなく、実際のところはどういうもんなんだろうと能動的に知ろう・考えようとする人は増えたのではないか。
適材適所なのだ。ボランティアだから非営利団体だからこそできる、向いてることはある。但しこれと決まったミッションが予め自明に用意されているわけではない。誰でもできるようなしょーもない単純作業は、感謝されたがりの暇人にやらせとけばいいということではないのだ。
何ができるか現場で考えなければならないし、その知見は社会に共有していかなければならない。秘密主義・囲い込み主義の正義の活動家はいらない。
それから行政との連携について。行政とはいつも残念なものなのだろう。行政とは使うものである。残念だ残念だと言っていても何も起きない。どう使えばいいかを考えるべきなのだろう。
思うにリベラルであるとはそうやっていろんなチャンネルで主体的に社会を動かして行こうと試す姿勢なのではないか。分断のあるところで「正義の側に立つ」ことではなくて。
でも医療支援を前提としているパラスポーツ選手が、医療に不必要なまでの負荷をかけることによって手にした栄光を根拠として表彰されるのはヤバイと思う。
パラスポーツってのは「本人の努力」+「医療の進歩」+「周囲の理解」が三位一体となって初めて成立するものなわけで、そのうちの一柱を蔑ろにして得たものを過剰に称賛すべきじゃない。
ある意味でパラリンピックってのは「人間は1人じゃないから、1人では諦めるしか無かったことも皆なら出来る」っていう団結の宴みたいな側面が強いんじゃないだろうか(オリンピックは記録がすごい出る人が1人でマネージャーもやれば解決)。
4年に1度だから開催させて欲しいであの大会に参加してしまった全てのパラ選手は、その十字架のもとに「自分たちは独善のために多くを犠牲にしたものです。真に称賛されるべきは参加を辞退した人達です」を言い続けるべき。
Q: 政治では「誰が何に値するか」についての議論が盛んである。あなたなら、どうやって「誰が何に値するか」を定義するだろうか。
能力主義が本当に悪いのかとふと思った。
大衆の権利についてのゲームを「人狼ゲーム」に喩えるなら、能力主義は「チェス」だと私は考えている。
能力を正当に評価する方法が存在し、かつそのジャンルが多様であるほど良い。
では「受験勉強を必死にやり、学歴を得て、その学歴を用いて就職する」という一見能力主義に思えるプロセスがなぜポピュリズムなのか。
よく考えてみると、大衆が望むようなタイプの能力で一律的に評価をしていることに関係する。
「(遺伝的意味でも)暗記が得意」「努力を評価する」「外れた人間を叩く」こういう性質を持つ大衆について聞き覚えは?
このような大衆が、受験戦争に躍起になるのは必然ではないのか。なぜならそれが彼らが信じる大衆の権利だからだ。
要するに大衆側が「俺達は努力をして学歴を得たんだ。それが尊重されるべきだ」と言っているのである。
私はチェスが好きな人間なので、そういうくだらんポピュリズムはクソだと思う。
個人の能力を様々なジャンルにおいて多様な方法で可視化し「僕が思う最強の能力評価指標」などという独善に支配されない能力主義の指標が要るのではないか。
しかもその多様なジャンルというものが、個人の経済状況に影響されない、公平なものであるのが好ましい。
喩えで言うなら、オンラインチェスや競技プログラミングは(不正を検出できれば)能力主義の指標としては比較的優れていると言えるだろう。
このような能力主義が「多様な」ジャンルで評価されるのが、本当の能力主義だと私は思っている。
ポピュリズムとはつまり、カルト宗教(創価学会, 統一教会, Google)が政治と癒着して無能を洗脳して権力を得る世界のことである。
正当な評価方法が確立されれば、多くの人が何かしらの得意分野を持つことができる。
まあ、神様を信じて幸せになれるひとは信じたらいいと思うのだけれど、
私はいまのところ信じるに値する神様や宗教教団には出会えていない。
教えに矛盾や嘘がなく、人に危害を加えたことがなく、教団が金銭に執着して豪奢な宗教施設を建設することもなく、独善に陥って人の価値観を否定することがない、
そんな宗教があれば私はぜひ信じてみたいと思っているのだが。
同様に幸せになれると信じられる結婚相手にも私は出会えていない。
これは相手に求めるハードルが高いとか低いとかいう問題ではない気がする。
結婚するのが人として当たり前なことで幸せなことばかりではないにせよ、結婚があなたの人生を豊かにしてくれると嘯く。
私はそれを信じられるものなら信じたいが信じられない。