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はてなキーワード: 筋道とは

2020-06-28

anond:20200628102521

中絶女性の権利、という主張は、胎児人間ではない、を含意しているとなぜ気づかないのか……

この増田ブコメ中絶死産暴行子どもをなくすのとなぜごっちゃにするのか…意味不明というか意味なさすぎ。この三つは全く違うし、そもそも中絶女性の権利なんだよ。そこから勉強してこい

ごっちゃにしてるのは、妊婦の腹を蹴るのは殺人未遂、とか言ってる側だろ。元増田は一貫してそこは区別してるよ。

仮に胎児人間だとするなら、女性中絶権利なんてあるわけないだろ。胎児人間っていうのは、つまり胎児には5歳児と同等の人権があるということだよ。母親自分の都合で5歳児を殺すことなんて自己決定として認められるわけないんだから、仮に胎児人間なら中絶も認められるわけがない。5歳児が殺された場合母親に殺されようが通りすがりの変質者に殺されようが殺人罪適用されて同列に扱われるんだから、仮に胎児人間なら女性自由意志で選んだ中絶手術もそのへんのおっさんに腹を蹴られるのも同じ行為として評価されないとおかしい。

仮に胎児人間だとするなら、家が貧しいからという理由で殺されてよい5歳児がいないのと同様に貧困による中絶が認められるべきじゃないし、仮に胎児人間だとするなら、父親犯罪者であるという理由で殺されてよい5歳児がいないのと同様に性的暴行を受けて妊娠した場合でも中絶が認められるべきじゃない。

逆に、胎児人間じゃなく母体の一部に過ぎないと考えるなら、美容室で髪を切るのと通りすがりの変質者に髪を切られるのは全然問題であるように、自由意志でクリニックに通って中絶するのとそのへんのおっさんに腹を蹴られて流産させられるのはまったく異なる話になる。前者は自己決定として尊重されるべきだけど、後者他人身体を傷つける悪質な犯罪なので厳罰に処されるべきだ。でも、それは人の命を脅かしたわけではないので殺人未遂に問うことはできない。

そのへんのおっさん妊婦の腹を蹴るのは殺人未遂だ、と主張する連中は、胎児人間だ、って主張してるんだろ? だったらその論理的帰結にも賛成しろよ。

そのへんのおっさん妊婦の腹を蹴るのは殺人未遂だけど中絶女性の権利、なんて言い草が通るわけないだろ。胎児人間なのか? 人間じゃないのか? どっちかにしろよ。

追記

中絶は許さないってどういうことなん?出産したら大きく体は不可逆的なダメージを負って、しばらく働けず、脳から分泌されるホルモンによって鬱になったりするんだよ。その準備ができていなかったら無理じゃない?

「もしも胎児人間であるなら、中絶は許されない」「もしも胎児人間ではないのなら、中絶女性の権利である」のどっちかを選びましょうって話やで。中絶が許されるって思ってるなら「胎児人間じゃない」って思ってるってことだよね? なら堂々とそう言えばいいんじゃね。

仮にレイプされて出来た子を産んだとして、母親が愛せず虐待に走る事があれば中絶されてた方が幸せだったって思うかもなぁ

私はプロチョイス派だけど、アメリカ中絶反対派はちゃんと望まぬ妊娠をした妊婦のための無料カウンセリングとか里親制度とか孤児院とか整備した上で中絶反対を叫んでるから尊敬できる。

レイプによる妊娠場合胎児レイプ魔の遺伝子が混じっているという当然の嫌悪感という要素も加わってくるので難しいと思います

仮に胎児人間だとするなら、性犯罪理由中絶を認めることは犯罪者の子供というだけで殺されるなんていう非人道的なことを認めることになっちゃうんだよねぇ。親が犯罪者であることを理由に殺されていい人間なんてこの世のどこにもいるわけがない。まあ胎児人間じゃないから親の素性がどうであれ中絶していいんだけど。

胎児人間なのはみんな知ってる。人権よりも殺した方が社会負担が軽いか殺人を許しているだけ。完璧法律なんてないのに、なぜ他人感情論馬鹿にするんだろうね。理論構成しないと気持ち悪いタイプなのかな

社会コストのために殺されてよい人がいるという鬼畜外道理論やばすぎでは。植松かよ。

めわどくせーな。出産が命がけなんだから決定権は妊婦にあるに決まってんだろ。産むと決めたら人間だよ。中絶すると決めたらみんな見てみぬふりをするんだよ。中絶なんてみんなつれーんだからな。分かれよ。

胎児人間かどうかが妊婦の一存で左右されるべきじゃないだろ。仮に胎児人間なら母親の一存で殺していいなんて馬鹿な話があるかよ。逆に胎児人間じゃないなら母親がどう思ってようが徹頭徹尾人間じゃない存在として扱われるべきだろ。

妊婦本人が胎児をどう思っているかという話なら別だけどね。たとえばペット犬猫を「家族の一員」と呼んでかわいがるのは自由だし、友達ペットを「家族の一員」として紹介してきたらまあ「こんにちは」と人間相手みたいに挨拶してみせるのも社交辞令だろう。でもその犬猫を殺しても殺人罪にはならない。

たまに「中絶女性の権利なんだから中絶殺人なわけがない」って意味不明理屈をみかける。合理的ですって顔してたら、周りはその合理性検討する。それは主張に賛成否定する以前の行為なんだけど、理解されない

因果が逆なんだよね。胎児人間ではなく、したがって中絶殺人ではないからこそ、女性自由にやっていい行為女性の権利となるのであって、女性の権利から殺人じゃない、っていうのはまるっきり転倒している。

胎児人格を認めると、お産に際し母体が死亡した場合胎児殺人に問う理屈から逃げられなくなったりして危険なんやけど。あるいは母体と子の関係だけでなく、父親義務も発生するぞと脅したらええんか?

胎児人間だと仮定した場合であっても、お産に際して母体が亡くなっても胎児には殺人故意がないので殺人にはならない(過失がないので過失致死にもならない)。当たり前だよなぁ? そもそも刑事責任年齢以下だから故意があっても刑事責任が問われることはないし。

胎児があるタイミングで突然肉の塊から人間に扱いが変わるの、どう考えても不自然だろ。中絶殺人だよ。

殺人未遂ってまさにブコメした人間だけど、これからまれて人として人生を歩むと想定されてる赤ちゃんが蹴られて死んだら殺人でしょ。中絶の話をもってこられたら、じゃあ中絶殺人、と思うけど、だから?って感じ

私が批判しているのは論理的一貫性の欠如なので、そういう一貫性を持った立場の人については、反対はするけど強く批判する気にはならないんだよな。胎児人間であるという前提条件からはそういう結論自動的に導かれるので、胎児人間だと思う人がそういう結論に到達するのは当然。もちろん私はその前提は間違ってると思うからその主張には反対するけどね。どう考えても胎児人間じゃないでしょ。自分身体の一部をどう扱おうが妊婦自由だよ。

不同意堕胎殺人並みに厳罰化されれば十分。罪名が殺人か、胎児が人かはどうでもよく、妊婦への暴行に対して社会が厳しいメッセージを送ることが本質。法は論理原則のためではなく、目的のために作られる。

胎児人間じゃない。母親にとって時に命より大切な所有物だ。母親中絶自由はある。誰かが壊せばその損害と肉体的精神被害から考えて殺人と同じくらい罪は重い。

こういう主張も、上の「中絶殺人」と同様、論理的破綻していないので問題ないと思う。ただ賛成はできない。現状でも不同意堕胎罪はそれなりに重いから。色んな罪を軽い順に列挙してみるとこんな感じになる。

過失致死罪:50万円以下の罰金

暴行罪:2年以下の懲役 or 30万円以下の罰金 or 拘留 or 科料

器物損壊罪:3年以下の懲役 or 30万円以下の罰金 or 科料

業務上過失致死罪:5年以下の懲役 or 5年以下の禁錮 or 100万円以下の罰金

動物愛護法違反愛護動物殺傷):5年以下の懲役 or 500万円以下の罰金 ←今月から厳罰

不同意堕胎罪:6ヶ月以上7年以下の懲役

傷害罪:15年以下の懲役 or 50万円以下の罰金

不同意堕胎致傷罪:6ヶ月以上15年以下の懲役

傷害致死罪:3年以上の有期懲役 ←不同意堕胎致死罪はこの罪に吸収

強制性交罪:5年以上の有期懲役

殺人罪死刑 or 無期懲役 or 5年以上の懲役

法定刑の上限だけだとそこまで重くないように見えるかもだけど、下限で見ると傷害罪より重い罪なんだよね。たとえば傷害罪有罪になっても罰金刑だけで済むこともありうるけど、仮に不同意堕胎罪で有罪になったら必ず懲役刑が科されることになるし(実刑になるかは別)、胎児以外の母体を傷つけたら一気に不同意堕胎致傷罪に跳ね上がるわけで。

ちなみに、こないだのhagex殺人事件懲役18年です。そう考えると不同意堕胎致傷罪の上限が懲役15年というのは妥当なところだと思うのだけどどうか。不同意堕胎罪単体は、まあ、このぐらいでいいんじゃないかな……これより重くするのはバランスを失しているように思う。でもこれは単なる私個人お気持ちから厳罰化を主張するのは別に論理的おかしいというわけではない。ご自由にどうぞ。

不注意で流産した女性を過失致死で裁くことを考えると22週以降の胎児の扱いも難しいのはわかった。今のところのバランスとしては不同意堕胎罪の罰則強化殺人未必の故意認定あたりか

ちなみに過失致死罪の法定刑は50万円以下の罰金からね。実はみんなが思ってるほど重い罪じゃない(まあ業務上とか自動車運転とかではない純粋な過失致死罪ってあんまり遭遇しないからなあ)。仮に赤の他人をうっかりミスで死なせたら罰金刑のほかに民事損害賠償請求されるから金銭負担もっと大きくなるんだけど、この場合は誰も請求してこないだろうし。

逆に不同意堕胎罪は言うほど軽いか? って感じがする。上限が懲役7年ってことは、器物損壊罪の倍以上で、犬や猫を殺した場合よりも重くて、傷害罪の半分でしょ? 人じゃないものを傷つける罪としては十分に重い刑だと思うんだけど。まあこのへんは個人感覚からもっと重くすべきという意見別におかしいわけじゃない。

あと未必の故意は一律にどうこう言えることじゃないか事件ごとに判断すべきで、外野が「未必の故意があっただろ!」って言うのはおかしいと思う。

単純な興味なんだけど、「胎児人間だけど、殺人手段中絶場合殺人罪にはならない。中絶手段は〜に限る。」ってルールを作っちゃえば言葉だけだと論理的には破綻してないと思うんだけど法学的には穴だらけなの?

anond:20200629022242

それを認めたら、「障害者人間だけど、殺人手段が薬殺による安楽死場合は」「ユダヤ人人間だけどガス室場合は」への歯止めがなくなるんだよなぁ……

人間を殺すことは原則として許されないというのが近代国家ルールなんだから、それに対する例外規定は最小限であるべきでしょ。

現状、国家による殺人として死刑戦争が認められてるけど、死刑は「死刑に値する犯罪を犯したと裁判で確定した」人に対して執行されるもので、戦争武器をとって向かってくる相手を殺すもの胎児犯罪者でもなければ武器を持っているわけでもないんだから死刑戦争と同列に正当化できるとは思えない。緊急避難も、仮に胎児人間だとするなら、中絶しなければ妊婦死ぬという局面に限ってのみ認められるべきという話になるだろうし。

素直に胎児人間じゃないってしといた方がマシじゃない?

胎児人間であり妊婦を殴った犯人殺人罪とするが、女性胎児を所有しているため殺害する権利を有すると考えれば筋は通っている。

所有物である人間は殺してよい理論実践してた人たちの像が今世界各地で引き倒されてるんだよなあ……

中絶というつらいことを減らすために、男にできることをしてよ。避妊だよ。

胎児人間じゃないので中絶女性自由派の私にそんなこと言われても。そもそも私は別に減らすべきとは思ってないし……個々の女性自由意志行使した結果なんだから別に減らそうとする必要はなくない?

ていうかなんで避妊が男だけの責任になってんの? 実際には避妊具をつけてないのにつけたと嘘をついたとか強姦したとかの場合を除いて、避妊セックスする両者が責任を持ってすべきことなんだから男女に平等責任があるでしょ。仮に男に避妊を拒まれたらセックスも拒めばいいんだよ。自由意志セックスしといて避妊は男だけの責任なんて通るわけないだろ。

胎児人間である母体の所有物では無い」は先進的・左派的な響きがあるけど「だから中絶殺人だし基本的ダメ」って保守的右派的な結論になってしまうの、茶化すみたいで恐縮だけど、正直ちょっと面白い

妊娠中絶絶対さなマン、たまに海外ニュースで見るだけだと「頭おかしい」って感じだけど、「胎児人間である」という前提を突き詰めたらこういう結論に至るしかないんだよね。反論する側も、なぜか望まぬ妊娠場合はとか言って話題を逸らしてるし。いや胎児人間じゃないって反論しろやアホか。

日本プロライフ矛盾してないとでも?胎児障害をもっている場合中絶許可する胎児条項70年代生長の家カトリック法制化しようとしたんだぞ?フェミ障害者団体が潰したけどな。

一貫性があるプロライフ派は尊敬できる」とは言ったけど、「すべてのプロライフ派は一貫性を持っている」とも「日本プロライフ派は一貫性がある」とも言ってないな。プロライフ派が矛盾した言行をしてるなら好きに叩けば。

何度も言うけど私はプロチョイス派だからね。筋の通ってない主張をする味方よりは筋の通った敵の方が尊敬できるとは言ったけど、プロライフ派を支持するとは一言も言ってないし、むしろ支持しないと明言してる。ここでは議論筋道の話をしてるんであって、半世紀前の派閥抗争の話にはこれっぽっちも興味ないんですわ。

私には胎児人間だなんて思えないかプロライフ派は支持できないし堕胎自由を支持するけど、同時に、胎児人間だという前提を支持するなら中絶全面禁止という結論になるほかないんだから第三者による胎児への危害殺人と主張しながら中絶権利を主張するやつは同じプロチョイス派であっても思考支離滅裂すぎるので軽蔑に値するとも思うよ。逆に、胎児人間から中絶禁止すべき、という主張はまったく賛同できないけど論理展開は正しいか尊敬すべき敵手だと思う。賛成反対と尊敬軽蔑の軸はまるっきり別なんだよなぁ。

民法721条では胎児でも加害者への請求権が認められてるのに触れないとこ見ると専門外の人なんだろうな。グレーゾーン故に解釈改憲とおなじく運用でカバーしているという単純な話。

元増田論破されてブコメ消したやつがまたデタラメぶっこいてるな。胎児が生まれ場合損害賠償請求権や相続権がまだ生まれてなかった頃にまで遡って適用される民事上の話と胎児に対する危害をどう考えるかという刑事上の話をごっちゃにしてんじゃねーよ。

2020-06-22

anond:20200622103508

30分あって筋道すら思いつかないの?

あと何時間、何日あったら思いつくの?

こうしてる間にも投票日は近づいてるんだよ?

この問題には時間制限があることもわからないバカなの?

時間をかければかけるほどとれる策も少なくなることもわからないバカなの?

お前みたいに無駄時間を使って考えて、結果何も思いつきませんでしたーってパターン

無能を超えた無能無能極致だよ

生きてると邪魔しかしない

無能の味方が一番死ぬべきってやつだな

追記してる一文、てにをは間違ってるから追記して直しときなね

anond:20200622103012

30分あって筋道すら思いつかないの?

あと何時間、何日あったら思いつくの?

こうしてる間にも投票日は近づいてるんだよ?

この問題には時間制限があることもわからないバカなの?

時間をかければかけるほどとれる策も少なくなることもわからないバカなの?

お前みたいに無駄時間を使って考えて、結果何も思いつきませんでしたーってパターン

無能を超えた無能無能極致だよ

生きてると邪魔しかしない

無能の味方が一番死ぬべきってやつだな

2020-06-12

どういうことかな?

とりあえずアパートケーブルテレビ屋が工事するから都合の良い日付を書いて提出しろという紙をポスティングしてきたが。


今まで使わないか契約してないし、今後もその予定はない(むしろ様々なことがうまくいけば、早急に出て行く予定)


もし、大家さんなり不動産屋さんが全戸見れるように契約関係なく準備工事を入れる意図でやってるなら、まずその人たちから一報を入れて、工事日程の希望調査本来筋道というもの


というか、それがない時点で誰かが契約して工事することを機に他にも押し売りしようって話にしか思えないので無視するけどね。


部屋を借りる契約にあたっても

希望すればケーブルテレビによるインターネット可能

と言われてただけだし。

それについて条件変更と言う話もない。

2020-05-28

anond:20200528124538

やり手の若手がいつの間にか抜けた珍獣みたいな扱いになっちゃったよね

挽回する筋道が全く見えてこないのがツラい

2020-05-10

検察庁法の改正案について。

Twitterで抗議ハッシュタグが盛り上がっている。同改正案のこの部分にこんな問題点がある、ということを理解した上で抗議している人と、「何かよく分からんけど怒ってる」人とがおり、有名人によるツイートのリプ欄なんかで目立つの後者

すると、彼らを反対意見代表例とみなし、抗議の声全体を貶める主張が対岸に現れる。これを見た人の中には、「馬鹿と思われたくない」気持ちから抗議の声を上げることを躊躇う人も出てくる。

その結果、筋道立っていない感情的な抗議の比率ますますまり、それを見た人の中では、自分もそこに加わることへのためらいの感情ますます高まる自分が全てを正しく理解し、すべての攻撃に理路整然と反論できる自信も気力もない。

気が滅入る。どうしたもんかな。

2020-05-05

anond:20200505101830

こういう論法への筋道通った反論をどこかで見た気がするんだが、全く思い出せない。どなたかコピペでいいので反論してください。

2020-04-04

ムカついて自分が言われたことをそっくり返す奴

例えば「〇〇もできないとか小学生かよ」を変奏して「〇〇を認めないとか幼稚園生かよ」とか言う奴

「あ、こいつ過去にこう言われたけど理解できなかったんだな」ってのがバレるだけだからやめとけ

自分に向けて書かれた煽り他人に向かって投げようとしたら自分顔面に刺さるぞ

人を煽る時くらいは筋道立てて考えろ

2020-03-30

anond:20200330010546

これ、なんかそういうデータあるんですか?一見筋道通った仮説だが、仮説に過ぎないよ。流通が悪い中、届いた種類がそれらだけだったのかもしれない。アルコール60%の表示がみつけづらいとかってのも主観だ。仮説を立てるのはいいけど、それを事実として人に話すのはすこぶる危険だし、デマを広めているのとある割合で同じ。デマを広めている人間は、「減っているから」買い占めしている人間と比べて良いかいか微妙じゃないか

2020-03-14

anond:20200314090900

この人が述べていることは

歳をとって人生経験やさまざまな思考方法が身につくと

丸暗記しただけでは「なぜそうなるのか」の筋道構造がわからないことでも

迂回した思考や他の物事とのアナロジーによって「なぜそうなるのか」が

理解・納得できるようになる

――ということではないのだろうか

そうであるとすれば

単に「何でも1度勉強を中断・放置すれば数日後にはわかる」

などという便利な話ではなく

あらかじめ物事筋道構造を考える思考を身につけていたり

勉強している内容の近接領域の別の課題にも興味を持ったり

していなければ無意味だと思う

元増田は本当に「数日おいたらわかっちゃう才能」の持ち主かも知れんけど…)

2020-03-03

地方の「最下流」家庭で育った人間が得られる恩恵

1. 参考書はもちろん文字が書いてある本は自分で買う。が、そもそも本の費用など年間でたかが知れているし、読める量にも限界があるのでそこまで苦ではない。図書館で借りることも多かったが、返却期限以内に読もうというモチベーションがあるのでむしろよかったかもしれない。

2. 小中高を含め塾など行った事がないが、自分のわからない箇所を一番よく知っているのは自分なので他人に聞く理由がよくわからない。間違えた箇所も解説を見ればだいたいわかるし、解説を見てわからない部分はなぜわからいか筋道立てて説明すれば先生が教えてくれる。自分が何をわかっていないかさえわかれば答えはインターネットにも参考書にも載っている事がほとんどだと思うのだが塾は必要なのか?もし、自分のわからない部分すらわからないのであれば、それは体系的理解が足りていないのであり、塾で他人に教わったからと言って一朝一夕に身につくとは思わないのだが、塾に行った事がないのでわからない。

3. 学費授業料免除高校から大学院まで一切払っていない。

4. 奨学金を満額借りれるので大学で使う参考書教科書程度であれば苦ではない。

5. 大学生に小遣いなどない。

6. その他必要費用やどうしても必要もの奨学金から捻出するか、アルバイトTARAで得た金で賄う。

7. まとまったお金必要な時は大学入学時の一人暮らし開始費用だが、家賃2.5万円の安アパートだったため、初期費用は5万円程度、家具家電を揃えても合計10万円もかからなかった。入学金は貧乏すぎたため免除

8. 塾は行かなかったので選択肢すら把握していない。高校寮生活を許容していたため選択肢は少なくはなかったと思う。

9. 小中高はもちろん公立で、周りのレベルは低かった。しかし、周りのレベル自分学力にどう影響するのかはわからない。そもそも学力とは勉強量と効率によって決定されるため、目標があれば自分効率から必要勉強量は大体逆算できる。あとはその勉強量をこなすだけでこれに周りがどうのこうのは関係ない。もし関係があると感じるのであれば物事優先順位の付け方を間違えているので再考すると良い。

10. 東大だと難しいかも知れないが、東京以外の多くの大学田舎にあるので生活費は抑えられる。東京であったら、さら奨学金を借りるかアルバイトを増やすかするしかなかったと思うが月+5万円程度の捻出であれば不可能ではないと思う。

11. 実家から通える場所大学がない

12. 両親の文化レベルは低かったが、進路に関しては応援してくれた。ただ純粋に金がなく、経済的支援不可能な状況であった。

13. 私は留学したことはないが、海外留学する際の費用大学研究室負担してくれる制度はあった。

14. こうやって書くとギリギリで余裕がなさそうに見えるかもしれないが、案外そうでもなく、在学中数回は海外旅行にも行ったし、研究発表で国際会議にも行けた。その他、友達付き合いや欲しいもの金銭理由から躊躇することは少なかったと思うのであまり苦労した感覚はない。

奨学金に関してはネガティブな印象や報道が多いが、個人的にはとても感謝している。社会人になって月に3万円ずつ返済しているが学生時代と比べ生活は格段に楽になったし、やりたい研究ができ、それを続けられる職業に就けたのでとても満足している(たとえ、今の職業に就けなくてもやりたい研究ができたこと、学びたい事を学べたことに関しては満足している)

もし私にもっと実力(と勇気)があれば博士課程へ進学することもできたと思うが、これは経済的理由から進学を断念したわけではない。

ちょっといかもしれないが進路で悩んでいる人たちの参考になればと思い。

anond:20200303131357

一応突っ込んでおくと、「客観的に見てアドバイスの体を成してない」としても、した当人は「アドバイスである」と信じている場合があるので、「意味の無い悪いアドバイスです」という発言自体言語表現として成り立つ。たとえば、数学テストで「君の証明論理筋道が通ってないので無価値だ」と言われるようなモノ。

よって、改めてこう言わせてもらおう。【君のアドバイスには意味が無い】。

2020-03-02

anond:20200302114756

わかった。自宅近くと職場近くで探して聞いてみる。

楽になれる筋道みえてきて安心した。ありがとう

2020-02-21

JA西浦のラブライブ! パネルは何故揉めるのか

以前似たような事を別の増田も書いてたと思うが、俺はこの問題の原因の大部分は男と女の脳の器質の違いによって生じたものだと思っている。

女はやはり直情的な生物であり物事論理的に捉えて筋道立てて問題解決していく事は苦手だと思う。

現代社会における『頭が悪い』とされる特徴を強く持っているのが女。

ただしこれはあくまでも現代社会の話で、人類として男と女どちらが優れているかという話では無いのでそこは誤解するな。

女の直情的な行動原理はこれはこれで人類の発展には必要ものからだ。

男は女よりは論理的思考能力が高いのだが、その分共感性が女よりも劣ってしまってるんだ。これも俺は脳の仕組みの違いによるものだと思っている。

共感性や感情の豊かさが欠如している障害としてアスペルガー症候群というものがあるのだが、この手の発達障害は男の方が有意に多い事がほぼ判明している。

また、アスペルガー症候群のような特徴を持つ人間というのは鉄道アニメを好む傾向があり、『男でかつオタク』となるとその層には非常に多くのアスペルガー症候群の持ち主か、

その予備軍的な人物が含まれていると言って良い。

アスペルガー症候群他人の心情や機嫌を伺ったり、自分発言他人から見てどう映るかというイマジネーションを働かせる能力絶望的に無い(むろん例外はある)。

さら情報については見たままのもの字面の通り解釈する特徴も強く併せ持つ。

その前提に立つと、今回のみかんポスターイラストについてはアスペルガー症候群にとっては『着衣か全裸か』『性器が見えてるか・見えてないか』のみが性的かどうかの指針になるんだよ。

これはほぼ間違いない。

アートというのは曖昧ものなのだが、たとえイラストレーターがあのような影を入れて『性的に見せるための文法』を用いていたとしても、アスペルガー症候群には一切通用しないのよ。

一方女は感情情報支配する生き物なので、ああい描写から性的さを敏感に感じ取るのだ。

時には作者すら意図しないような形で捉えて「透けている」と捉えたりもする。

確かな根拠証拠論理を使って物事を取捨選択する男と、気持ちが良いかいか物事を取捨選択する女とでは絶対に合う訳が無いのよ。

論理を最重要視する男と感情を最重要視する女の対立なので、現代社会においては当然論理を優位に置いておく必要があるのは言うまでもないが、

女が論理を獲得するというのは脳の仕組み上難しいわけで、これは本人に責任が無い所でもある。それを考えると多少の譲歩があっても良いのではないだろうか?

2020-01-09

まるで犬だな

ほんまこれ。

どう見ても今回漫画家アップロード側で対処しろやって、世間から反対食らった件を漫画家共が選挙ほとぼり冷めた頃に蒸し返して、パブコメで8割強の反対を食らったにも関わらず、わざとギリギリスケジュール反論の間を与えずに強行しようとしているのにこいつらと同じ様に消費者団体様まで同調しているのだから、こんな消費者団体無意味存在価値無しと言われるのは残当だとしか言えない。

大方この消費者団体とこいつら利害関係者は経団連連合の様なポチみたいな関係だろうがな。

消費者団体ならこいつら出版漫画家はこの問題の他にも再販売価格維持の問題とか決して少なくない人が問題視している話題とかもあるのだから本来そっちの方面でもチクチク攻めていくのが正しい筋道なんだけどね。

この辺の問題音楽界隈も絡む事なのだからさ、嫌がらせとしては最高の話題なんだけどねー。

2019-12-17

anond:20191217035006

どうしても理解してもらえない、筋道立てても曲解される、2人でした約束反故にされ続ける、という状況は現実でもそうで、さみしい。

孤独感。

彼女孤独感で心が引き裂かれる思いだろう。

でもそれを埋めるためだけの人間関係はいつかまた大きな事故になってしまう。

あはれとやいはむ、あなうとやいはむ。

2019-12-05

anond:20191205090222

から馬鹿増田だけど、

道義的にどうよ?」って言われても良く分からない。

道義は大体「道理」と似たようなものとして、「筋道」だと判断する。

言っていることを凄く簡単にすると、「嫌われているかもしれない人達呼んで、お食事会して仲良くなろうとしたよ」ってこと?

それの何が悪いの?

2019-12-04

anond:20191204152834

字下げの真似をしても内容が筋道立ってるから偽物とすぐバレる

2019-11-30

ロジカル(笑)な妻についていけない

男は論理的解決脳、女は感情的共感脳。そんな戯言を信じていた時期がボクにもありました。

妻の前に付き合った女の子たちは確かに感情的で、少しでも不安になると泣いたり怒ったりした。いい加減そういうのが鬱陶しくなり、同じ大学の先輩だった妻と付き合い始めた。

はいわゆるバリキャリである。今でも収入自分より高いし、昨今の女性活躍推進の流れを受けて、今後もゴリゴリ出世する可能性が高い。

妻は感情コントロールがうまく、ひとりで不安言語化し、対処法をみつけることができる。最初喧嘩した時、「あ、ちょっと待って。感情的になってきた」と向こうがノートを持ち出した。彼女はお互いの主張を紙に書き出し、整理し、妥協点や解決法を導こうとした。前の彼氏には「そういうところがウンザリだ」と別れを切り出されたらしいが、その時の俺はちょっと感激していた。彼女感情的喧嘩を、論理的生産的な議論に変えた。こういう女性を求めていたんだと思ったし、そういう彼女と付き合える自分を誇らしく思ったのを覚えている。同棲してからは、両者の希望リビングホワイトボードを置いた。何度もそれの前で話し合ってきた。

妻は感情の切り替えも早い。議論して答えが出たとはいえ自分は翌日までもやもやした感情が続くことがあった。でも妻は、朝になればまっさらな顔で「おはよう!」だ。「昨日の話は終わったよね?意見を出し合って、お互い納得のいく結論が出たよね?じゃあ、もう不機嫌でいる理由はないよね?」…と、そんな風に言われている気がした。

かに妻は論理的だし弁も立つが、こちらの考えをを丸め込んだり遮ったりしない。むしろ巧みに相槌をはさんで言いたいことを全部吐き出すように促してくる。明らかに俺の分が悪い(が、引くに引けない)場合も、妻が歩み寄って妥協してくれることも多かった。妻は「議論勝負じゃない」と言っていたし、実際俺の意見が通ることの方が多かった。でもいつからか、俺は妻との話し合いで毎回負かされているような感覚に陥ってしまった。

それを妻に伝えたら、「そう感じたならごめんね。私がファシってるし、ホワイトボードに書くからかな。次回からあなたがやってみる?」と嫌味のない顔で言ってくる。育ちの良い人間特有の表情、と言ってもいいかもしれない。建設的な改善提案なのに、その時の俺は「そういうことじゃねぇ!」とホワイトボードをぶん殴りそうになってしまった。悲しいかな、俺もかつて感情的だとバカにしてきた元カノたちと同じだったのだ。

そもそも男が本当に解決脳なら、キャバクラ流行るわけがないのだ。若い女がどんな話にも「すご〜い」を言ってくれる、論理を求められない場所

信じてもらえないかもしれないが、俺だって仕事中はなるべく論理的筋道立てて物事を考え、動き、提案している。でもそれをプライベートでやりたくない。俺には俺の、言語化分析も整理もされたくない感情がある………とこの増田を書きながら思った。

今、実は不倫をしている。相手職場の若手で、向こうからアプローチがあった。20代前半の若い子らしく、よく泣き、よく怒り、拗ね、気をひこうとし、謝りながらまた泣く。

昔は煩わしかったそういう面倒くささが、今はめちゃくちゃ愛おしく感じる。不思議もので、相手感情的になるとこちらは「いや、解決策を探ろうよ」という気になってくる。妻も同じ気持ちなのかもしれない。

2019-11-25

anond:20191125114204

基本的に、こういう話をきちんと筋道立ててできるというのが「すごい」の一言で、それ以外の感想がない。

妊娠中絶等に関する考え方が自分と同じとは言えないけど、理解はできる範疇の話だし、違和感はない。


個人的に気になったのは、叩く書き込みの多くが大前提として「なんか気持ち悪い」みたいなスタンスから入ってること。何が気持ち悪いのかわからないが、ひょっとして「父親が娘の性の問題について話をする」という構図自体に反感を覚えている皆さんだったりする? それって極めて直球で、性差別的な視線であり思想だと思うんだけど。

2019-11-06

思い出したから書くんだけど娘が割とどこでもマスターベーションをしてしまう件なんだけど。Kくんが来ていた時もそれがあって、それを見て奴は大声で何回も「クリトリスを床にこすりつけるのはやめろ」とか言ってて。私たちに聞こえるように。「これはあんたの娘がオナニーをしてるんだそれを俺は教えてやってるんだ」と言いたかったのかもしれない。わたしはとにかくそ発言が(1度ならまだしも2度は絶対聞いた。2度目に聞いてああれこれはウッカリ発言じゃなくてあえてわたしに向けて教えてやろう的な態度を持って言ってるんだと確信した)とにかくそ発言不快不快しかたなくて怒りで爆発しそうになったんだけど、さあなぜでは自分不快に思ったのか筋道を立てて説明できなくて。この人のことだからきっと「私はその発言不快だというオキモチ」を表明するだけではダメでなぜそう思うに至ったのかを説明しないときっと俺のアウティングは正しいんだと反論してきそうだなと思ったからそんな面倒なことは嫌だったし。

でも普通に性教育トレンドに則して考えればいいだけだったわ。性はプライベートなこと。その感覚子ども時代に長い時間をかけて環境教育によって獲得されたものであるわけで、2歳の子がわかるわけがない。腰フリフリするのは1人の時にやろうね、って言ったところでまずそもそも「ひとりのじかん」なんかあるわけない2歳児に。物理的にも精神的にも。性は完全にあなた自己決定のもとにあり、プライベートことなのだよ、とこれからわたしはムスメに子ども時代を通してずっと教えていかなければいけないわけだ。しか自尊心を傷つけることがないように教えなければいけない。そんな大きい責任を背負ってるなんで彼には想像もできないでしょうけど。こちらとしてはいかに痴漢に合わないようにするか、いかに隠れミソジニストやらモラ夫やら人間のハズレを引かないようにするか、いまの時代いか女性差別にまみれているか、それを彼女がこの世に絶望することがないようにデリケート方法を常に考え抜いて伝えて行かなきゃいけないわけで。

で、あの発言。2歳でようやく言語を知り外とのコミュニケーションが楽しくて仕方ないそんな黄金時間を生きてる彼女を、心ない言語で辱めようとした。えっ待ってよオナニーはひとりでするもの、っていう大人プロトコルを2歳で知らないのがそんなに罪なのか??

てか普通に考えて、友達とその家族楽しい話をしてる場で「そういえばKくんって彼女も居ないしドレッドに精液ついてそうだから建ててる家の発注者の人に気持ち悪いって思われてそうだよね〜笑」っていったら嫌じゃない???

なんかずっと燻ってたんだけど言語化できてスッキリした。

2019-11-04

anond:20191104142158

Cornellの議論は、ポルノグラフィ危害を認める一方で、ラディカル・フェミニズムの主張するような形での危害を相対化する。「さらに言えば、マッキノンによると、ポルノグラフィ男性レイプへと駆り立てることによって産業の外においても女性への直接的な暴力を引き起こす原因になるという。これから見ていくように、私はポルノグラフィの直接的効果としてレイプ輪郭づける因果モデルの適切性を疑問視する。……私は原因―結果モデル自体に関して疑問を呈したいのである。これほどまでに複雑で多層的に象徴が刻み込まれているセクシュアリティ世界でこのようなモデルを使うことは難しい。しかし、このモデルはドゥウォーキン/マッキノンの条例案の基礎として決定的な意味を持っているのである」 。実際に、McKinnonのポルノグラフィ観は、その表象性を(意図的に)無視したものであり、その点について法による規制という強力かつ一方的手段を用いることには強い疑問がある。「……しかし忘れてはならないのは、ポルノグラフィーは、「グラフィー」という接尾辞が示すように、何よりもまずひとつ表象、ひいては表現作品で……ある。人種差別と同列に語りうるのは性差別であってポルノグラフィーではない(性差別は様々な形をとりうる)。ところがマッキノンらにとっては、結局のところ、ポルノグラフィーと性差別同義語なのである彼女らが、ポルノグラフィーにおいて重要なのはそれが「する」ことであって「いう」ことではない、行為であって思想ではないと、ことさらに強調するのはそのためである。……ある表現物が「いう」ことは、なにも(一義的な)「思想」や「メッセージ」に限られるわけではない。言語というものは、自然言語であれ映像言語であれ、ある奥行きをもった立体であり、そこには多重な意味作用が畳み込まれうる……。マッキノンらの議論は、……ジョン・R・サールが「間接的言語行為」と呼んだような現象をいっさい捨象した議論である」 という批判は、言語行為の間に明確な区別を設けずに、ポルノグラフィ性差別のものであるという一種イデオロギー依存した議論に対する批判のものである

もちろん、McKinnonらの条例案は、ポルノグラフィという言葉制限的に定義することによって、そうした一般的議論ではなく、特に女性に対して酷薄もののみを定義域に含めている。しかし、それですらなお表象問題は不可避であり、言語行為限定なく同一視する立場には、疑念がある。まして、直接的効果が後年の研究によって疑問視されている状況にあって、規制根拠果たしてどこまでの力を持つといえるだろうか。仮に、McKinnonの主張がなされた当時においてそうした言語行為が一致するような時代的状況が存在したということを承認したとしても、その射程は現代日本には必ずしも及ばないだろう。つまり日本におけるポルノグラフィ製作必然的にそうした女性虐待表彰ではなく行為として含み、またそうして製作されたポルノグラフィ表象必然的に(fuckerとしての)男性レイプに至らしめ、(fuckeeとしての)女性従属化を固定化する構造を持っているということが実証的に明らかでない限り、法による規制という手段は困難であろうと考えられる。

また、Cornellの依拠するポストモダンフェミニズムは、立場としてのポストモダン主義を前提としており、そこでは、男性性/女性性といった二項対立的な概念整理はそれ自体批判対象となる。McKinnonらの議論は、女性解放というフェミニズム根底目的に対して、一定文化コードとしての女性性を再定義し書き込むものである、というのがCornellの分析である。そしてこれは、ポストモダニズムコミットするか否かというメタ的な問題を抜きにしても、汲むべきところのある議論であろう。つまりポルノグラフィ規制根拠として、加害者/fuckerとしての男性被害者/fuckeeとしての女性を暗黙裡に前提し、それを基盤として提示される議論は、必ずしも現代において盲目的に首肯されるべきものではないというところである

そもそもポルノグラフィは、男性のみによって消費されるものではない。これは、少なくとも現代日本においては議論に際して念頭に置かれてよいことであるように思われる。レディースコミックと言われるジャンルは、1980~90年代ごろから女性向けの(広義での )ポルノグラフィとして書店に並ぶこととなった。また、同人誌として、いわゆる「やおい本」や「BL」というジャンルもこの頃から一定勢力として存在していた。これらは全く女性使用し、消費することを前提に(そしてその多くは女性たちの手によって)制作されたものである。ここでは、ポルノグラフィ概念として当然に前提されていた男性消費者ということさえもが相対化されている。それは、女性性的欲望セクシュアリティがfuckeeとして規定されていたこから解放であるとも評価できるのではないだろうか。そこでは、主体として性的願望を抱く女性が前提されている。ここでは、主体-男性/客体-女性というメタ二項対立接続否定されている。これは、ポルノグラフィ危害論において、根底を掘り崩す事実であるのではないか、と考える。これに対して、メインストリーム男性製作し、男性が消費するポルノグラフィであるという反論はまた、十分に考えられる。しかし、仮にメインストリーム男性向けであって、女性けがサブストリームであるという主張を容れたとしても、なおポルノグラフィ必然的に男女を社会的構造化し、差別を直接的効果として助長し、あるいは引き起こすものであるという根本主張は、強く相対化されたものとしてとらえられなくてはならなくなるということは言ってよいように思われる。

4. 結び

前章において、ポルノグラフィの及ぼす危害について、その直接性が少なくとも現代日本においては相対化されるべきであることを示し、また、McKinnonやDworkinの議論それ自体に潜む女性性のコード化はフェミニズムの本義からしてなお批判可能性を有するものであるというポストモダンフェミニズム見解を紹介した。そのうえで、表現の自由という価値原理ポルノグラフィに対していかに向き合うべきかということを簡単に整理する。

日本において、表現の自由の価値は高く見積もられる 一方で、定義づけ衡量のもとでポルノグラフィを含む一定表現について規制肯定する。そして、ことポルノグラフィにおいてはそれが善良なる性風俗や最低限の社会道徳の維持という目的のもとに正当化されてきた歴史判例上有する。McKinnonらの議論において革新的であったのは、ポルノグラフィ規制道徳的な問題と訣別し、女性に対する危害の面から規制検討されるべきである、ということであった。この指摘は、法と道徳可能な限り切り分けようとする立場をとるならば高い妥当性を持つものであり、その危害現実的に認められる限りにおいて表現の自由に対する制約は当然に許されるものとして考えられる。しかし、この危害に関しても、「(リューベン・)オジアンの著作[ポルノグラフィーを考える(2003):筆者註]は、ポルノグラフィーに対する道徳哲学の立場からアプローチであるという点で注目に値する。彼は、ジョン・ステュアート・ミルの「危害原理harm principle」……の流れを汲む自身の「最小倫理éthique minimale」に基づいて、ポルノ規制正当化する議論……に反駁している。ポルノグラフィーがもたらすとされる「危害」について、オジアンが反ポルノフェミニストとは大きく見解を異にしていることは容易に想像できるだろう。興味ぶかいのは、オジアン同様「善」ではなく「正義」の問題として……ポルノグラフィーをとらえたはずのフェミニスト議論すらじつはある「善」概念を暗黙裡に前提していると彼が指摘している点である」 という指摘がある。つまり特定の善概念に基づいた特殊的な危害が主張されているに過ぎないのではないか、ということである。例えば、守旧派的なキリスト教における「善」の概念同性愛を悪と断じたことを考えれば、一定の善が前提されたうえで主張される危害は、相対化してとらえられるべきであろう。

こうした危害についての理解は、法規制についてネガティヴであるさらにMcKinnonらの主張には逆行することとなるが、むしろその主張における「道徳から危害へ」の転換は現在規制すら過剰なものであるという結論への親和性を有している。もちろんこれは、女性に対してポルノグラフィ制作現場において発生する暴力虐待を許容せよということを決して意味しない。むしろ、そうした事態が発生した場合に、適切に法が救済を与えることは、考えるまでもなく必要なことである。そのためにいかなる手段妥当であるかが問われるべきではないだろうか。

一部のフェミニストが主張するように、ポルノ出演や売春を含めたセックスワーカーである女性が、法規制対象となるのではなく、むしろつの職業」そのものであり、合法であるという社会的及び法的な認知必要となるのではないだろうか、と考える。それが社会的正業である認知されることは、その「職場」におけるハラスメント虐待を看過しないことにつながりうる。問題が発生した場合に、自らの「クリーンハンド」において司法の救済を要求することが可能となる。そして、そうした「解放」は男女(あるいは性的少数者性)を問わずに自らのセクシュアリティに対して真剣に向き合うことを要求する。それによって、直接的は生じないものの、間接的にあるいは無意識的に発生しうる「危害」は社会的に相対化されうるのではないだろうか。

以上のポルノグラフィ規制緩和論が、法が向き合うべき一つの筋道ではないだろうかという主張をもって、本レポートの結びとする。

参考文献

キャサリン・マッキノン,アンドレア・ドウォーキン中里見博,森田成也訳「ポルノグラフィ性差別」(青木書店, 2002)

・ドゥルシラ・コーネル仲正昌樹監訳「イマジナリー領域」(御茶の水書房, 2006)

大浦康介編「共同研究 ポルノグラフィー」(平凡社, 2011)

キャサリン・マッキノン森田成也ら訳「女の生、男の法」(岩波書店, 2011)

スーザン・J・ヘックマン著 金井淑子ら訳 ジェンダーと知 : ポストモダンフェミニズムの要素(大村書店,1995)

2019-10-25

天皇制は現上皇の人柄に依拠してるだけ

クズ昭和天皇を見て育ってあれだけ人格者の振る舞いができた上皇

人権概念がまだ希薄な中で後継者としてガチガチに育てられたか特に問題なくお育ちになった天皇

じゃあ今後天皇人権が、自由がと言い続けてどうなるかと言えばそりゃ愚王の出現を待つしかないよねってことになるし、現に眞子様だってあんなやつを婚約者に選んだわけなんだよね

それ自体個人自由に他ならないし好いたんだったら結婚すればいいしダメなら婚約やめたり別れたりすればいいだけの話ではあるけど、そういう失敗は誰でもするし天皇だって例外ではない

から人権無視を続けよって話じゃなくて、この時代価値観ににそぐうような健全天皇制の維持なんて土台無理な話なんだからさっさと撤退筋道をつけるべきだろって話

愚かな人間が出てくるのはそれ自体は悪ではないからそれを制限するすべはないのだから(愚かな人間を無批判に崇めたりするのが悪なのであって)

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