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はてなキーワード: コンピューターおばあちゃんとは

2020-04-21

文字入れたらコンピューターおばあちゃんっぽい単語になる言葉検索しようとしたけど忘れてしまってすごく気になる

ちなみに「あ」みたいなひらがなを1文字入れたらおばあちゃんみたいな言葉になる言葉だった

2019-11-11

コンピューターおばあちゃん

 「すると私は『自分人間だと思い込んでいるコンピュータープログラム』にされてしまったわけかい? 私の同意もなしに?」

 雲ひとつない秋の空。病室の窓は大きく開け放たれ、日射しが真っ白なカーテンと真っ白なシーツを眩いばかりにきらめかせていた。上体を起こしたおばあちゃん皮肉げな笑みはシーツからの照り返しを受けて奇妙に平坦に見える。どこかから風が子供たちの喧噪を運んできて短い沈黙を埋めた。楽しそうな叫び声、ボールを蹴る音。窓は開いているが虫が入ってくる気遣いはない──この世界に虫は存在しないからだ。そして声の主の子供たちも。おばあちゃんと僕と病室だけがこのシミュレーションの全てだった。

 「おばあちゃんプログラムなんかじゃない。ちゃんとした人間だよ。それに同意はあったんだ」

前半は僕の信念、後半は真っ赤な嘘。数十回に及ぶ失敗を経て、僕はこのステップ事実を述べることは得策ではないと学んでいた。

「今はまだ記憶が混乱しているだけだよ。そのうちに思い出せると思う。もちろん自分人間であることも、ね」

 新鮮な死体の脳を輪切りにして採取したデータから人格模倣AIを作り出す技術確立してから5年。既に数万人の死者がAIとしてこの世に舞い戻って社会活動(そして経済活動)を再開していたが、未解決問題が一つあった。AI自分自身を人間だと疑いなく認識できなければ──要するに自分は元の自己連続した存在だと心の底から信じることができなければ、そのAIはやがて必ず壊れるのだ。しかもこの自壊は伝染する。2年前の《大災害》は当時活動していた世界中のAIの半数を発狂機能停止に追い込み、ついでにほぼ同数の生きている人間までをも死に追いやった。そのため現在では、目覚めたAIは「自分人間である確信している」と客観的保証されない限り、隔離されたネットワークから外に出て行くことは許されなくなっている。病院医療ミスで亡くなったおばあちゃんを現世に連れ戻すために(したがってこの高額な費用病院持ちだ)、この病室での対話と説得は、法的にも倫理的にも現実的にも決して欠かすことのできないプロセスだった。

 「お前の言いたいことは分かったよ。でもね、結局のところ今の私はただのプログラムデータなんだろう? コピーも削除も編集もできるただのデータなんだろう? そんなもの人間であるけがあるものかね」

「おばあちゃんが動いている基盤はとても厳重に保護されていて、コピーや削除はできないんだよ。暗号化されているから僕らは読むことも編集することもできない」

「まるで本質的じゃないね。じゃあ私を私たらしめているものは何かね? 私の魂のありか、この私が私であって他の何かではないこと──そして他の誰かが私にはなり得ないことはいったい何が保証するんだい?」

「512ビットハッシュ値……かなあ」

 これは失言だった。おばあちゃんは手を叩きながらおかしそうに笑い始めた。その笑い声がヒステリックに加速していく。そのおばあちゃんの頭の上には僕だけに見える不吉な赤黒いバーが浮かんでいる。これはおばあちゃん精神的な安定度を示すもので、緑は正常、赤は不安定。黒になると正気に戻れる見込みはなくなるため、そのおばあちゃんは慈悲深く自動的に終了される。僕はこれまでその光景を53回見てきたが、今日が54回目になった。一瞬のフリーズののち、おばあちゃんきらきらと輝く光の粒になって空中に散逸していくと(本当にくだらない演出だ。僕はいつか機会があったらこ演出を決めた奴を殺してやろうと決意していた)、僕は口汚く自分を罵りながらHMDを顔から乱暴にむしり取ってシャツの袖で汗と涙を拭った。おばあちゃんが目覚めた直後のスナップショットからこのセッションをもう一度やり直す時間はまだあったが、僕には休息が必要だった。

 僕はおばあちゃんを愛しているし、また家族と一緒に笑い合いたいと心から願っている。だからこそ毎日この「復活の間」──自分データに過ぎないと思い込んでいるAI対話を通じて自分人間だと納得してもらうための施設──に通い詰めているのだ。けれども最近は思う。果たして僕はおばあちゃん人間性を本当に尊重しているのだろうか、それとも玩具のように蹂躙しているのだろうか?

2019-09-02

コンピューターって単語いま普通に使う?

コンピューターおばあちゃんの歌を口ずさんでたんだけど、ふと最先端のこと歌ってる歌なのに既にタイトルの「コンピューター」って語感が古いよなぁと思った。

それでいま、コンピューターって単語が使われて不自然じゃない場面ってある?

2019-06-11

anond:20190611174205

コンピューターおばあちゃんは「コンピューター並みに物知り」なだけの人間だったりする

http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=kt0880

ってかただの歌だし

わしもも発想の元はコンピューターおばあちゃんっぽいけどあれは本物のロボットだし

どっちかっつーとASIMOのもじりである方が…

2018-02-23

日本カーリング準決勝で負けちゃったわけだが

やっぱりストーンを精度よく狙ったところにおけるかが勝負を分ける。


精度で言うならやっぱり機械に任せるほうが良いだろう。

そこで我々は彼女日本代表に呼ぶことにする。


その名を聞いて知らぬものはいない。




コンピューターおばあちゃん、37年ぶりの復活。

2017-10-07

anond:20171006180823

コンピューターおばあちゃんは博学で英語もできるおばあちゃんのようなので、いわゆる知恵袋的なおばあちゃんとはちょっと違うんじゃないのかな

2017-10-06

https://anond.hatelabo.jp/20171006141142

コンピューターおばあちゃん歌詞を見たら

実際は普通の(人間の)おばあちゃんで、「(恐らく小学生の)僕」からしたら物知りってのを

何でも知ってる=コンピューター、と表現してるだけだった

わしもみたいなガチロボットじゃなかったんだ…

ずっとそうだと思ってたのに…

コンピューターおばあちゃんvimmer

まさかemacs使ってるとおもってるやつはいないとおもうけど、参考までに。

anond:20171006141142

コンピューターおばあちゃんを利用する多くのユーザーじゃない?

すぐ(応答なし)になっちゃうんだよきっと

👩‍💻コンピューターおばあちゃんを嫌っていたのは誰か? 

NHK番組みんなのうた』の「コンピューターおばあちゃん」の歌詞に下記の記述がある。

コンピューターおばあちゃん コンピューターおばあちゃん

エイエイ 僕は大好きさ

コンピューターおばあちゃん コンピューターおばあちゃん

エイエイ 僕は大好きさ

歌い手人格である"僕"は大好きだと強調する内容から、"僕"は"コンピューターおばあちゃん"が嫌われる側面をもっていると認識している。

ではこの"コンピューターおばあちゃん"を嫌っているのは誰か? 

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