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2019-01-18

家が死ぬ

なんて大げさだなって思ってた

わたしが生まれ育った家を解体することになった

理由都市計画における道路拡張による立ち退き

オリンピックを前にしてなんだか話の進みが早くなったような気がした

条件は良くも悪くもない

今の資産価値計算して、それと等価補償するというもの

それ以外の引っ越し代などの雑費も補償してくれる

から損はない

前よりも狭くなったけど、新しい家にも引っ越し

わたしたちも大きくなって、前ほどの広さの家も必要がないし、この新しい家にあと何年住むかもわからない

古い家を引き払って新しいところに住めるだなんてむしろラッキーではないか

なかなか話しを進めたがらない親を見て、ぼんやりとそんなことを考えていた

引っ越しが済んで一週間くらいしたころ、解体見積もりをするために業者さんと一緒に古い家に入った

荷物はすべて引き払われてもぬけの殻のような家だけど、玄関を入って居間に続く扉のノブに手をかけたときに思いもよらない事が起こった

まれから今までの、この家とともにある思い出が走馬灯のように突然蘇ってきたのだ

さな頃に転んでぶつかった思い出、思春期の頃に苛立ちに任せて扉を強く叩きつけた思い出、初めての給料で買った母へのプレゼントを抱えてドキドキしながらドアノブに手をかけた思い出

いい思い出もわるい思い出もとめどなく頭の中に蘇り続けた

この扉を開けば、当たり前のように家具が並んでいて当たり前のように母が台所に立っていて、わたしはそこを当たり前のように通り過ぎる

そんな姿をイメージした途端に、涙が溢れ出て止まらなくなった

そうか、そんな当たり前の毎日はもう二度とやってくることはないんだ

業者さんは何も言わずわたしが落ち着くのを待っていてくれた

しかしたら過去に同じような経験したことがあったのかもしれない

引っ越しの忙しい最中、母がふと「悲しい」といった言葉意味がそのときはよくわからなかった

両親が建てたこの家なのだからわたしなんかよりもっと沢山の思い出がある

母にしてみればわたしよりもよっぽど長く一緒にいる家族だったんだ

みんなの生活が便利になる再開発文句なんてないけど、最後の一軒になってまで計画に賛成しようとしない人の気持が少しだけわかったような気がした

この家とはもうお別れだけど、今までありがとうという気持ちを伝えることができて本当によかった

鉄骨(?)住宅だが、隣の部屋のオナラめっちゃ聞こえて笑う

鉄筋コンクリートじゃなく、鉄骨式だったように思う(ちゃんと覚えてない、すまん)

隣の部屋のオッサンが寝ると、いびきメチャクチャ聞こえる。

寝室が、うちの部屋の居間に近いんだろうな。寝るとき関係いからいいわ。

電話しているごにょごにょ声も聞こえる。声でかくね?テレビ見る音は聞こえないから、電話楽しいんだろうな。

「ブゥウウ!!」ってオナラする音が良く聞こえる。メッチャ笑うからやめろください。

絶対普通に座って地面にケツくっつけてオナラしてるだろ。空気の出口なくて毎回音デケーぞw

足音とか引き戸閉じる音とかがバン!!って五月蝿いときもある。もう少しおしとやかに過ごそうや。

ま、それで1年過ごしてきたが、特に何も問題ない。下の階の人が「上の奴うるせーーーー」って思っていないかけが心配だ。

下の階と違って 隣の部屋が近くないからそんなにイライラしないんだろうな。

2019-01-11

いい年して「毒親」とか言ってる連中

何か話聞いても、そんなんいつまでも引きずるようなこと?としか思えねえんだよな

うちの親父もたぶんあいつらの基準では立派な「毒親」よ

親父が居間でくつろいでるとき子供が何か音を立てると不機嫌になって、テーブル蹴り飛ばしたりとかな

一番嫌だったのは、どういうわけだか会社飲み会に毎回連れていかれること(当時小学生

ある日酔っ払いオヤジ共にしつこく絡まれて、泣きながら飛び出したら、追いかけてきた親父に

「なんだその態度は!皆に失礼だ!」と説教されたとか

まあ他にも色々、数えきれないほどエピソードはあるよ

でもうちの親父は、俺が東京大学行きたいって言ったらなんの文句も言わず学費も出してくれた

大学同級生友達になった奴は、父親が「そんな学部は認めん!」とかなってほぼ勘当状態上京

奨学金バイトで何とかしてたけど、いつも金欠で苦しんでた

よそも色々あるんだな、うちの親が酷いとか被害者面してらんないな、と思った記憶あるよ

で実際、大学卒業して自分で稼ぐようになって数年したら、もう親との過去のこととかどうでも良くなったよね

別に絶縁とかもしてないし、恨みを抱いていたりもしてない。

客観的に見てうちの親父は色々バカなことしたと思うけど、なんだろうね、もう「済んだこと」でしかないんだよね

自分の周りの友達と話しても、みんな大体そんな感じ。

なんかさー、いい年して「毒親」とか言ってる連中のほとんどってさー、自分が未熟で人生がうまく行かないことを、親のせいにしてごまかしてるようにしか見えないんだよなー

あと、毒親だった!虐待されてた!って被害者の顔をすると、特にネットでは色々同情してもらえて気分がいい、みたいな?

それやってて何か問題解決したり、人生が良くなったりするんかね?

ネットで目に付くのはむしろ毒親被害勲章みたいに晒しながら、やたらいろんなことに攻撃的で次から次へと面倒ごとを作り出してるような連中だけどね

2019-01-04

anond:20190104134718

栃木県民じゃないけど居間カレンダーを4つかけている

家族イベント、薬の服用チェック、買い物リストゴミ収集日と書き込む内容を分けている

居間に貰い物のカレンダーを全て飾るのって栃木県民だけなの?

栃木県出身で、他県に移住してから18年ほどになる。

昨日、知り合いが大量のカレンダーを持ってやって来て、よかったら貰ってくれというので、卓上カレンダーを二つばかりだがいただいた。

我が家には既に沢山の貰い物のカレンダーがあって、部屋の片隅で埃を被っているのだった。飾りたくても、飾れるような壁があまりない。そんなアパートに住んでいるもので。採光は抜群に良いんだけど。

知り合いが帰ってからふと思い出したのだけど、昔、何で読んだか見たか忘れたのだが、「栃木県あるある」として、「部屋に沢山のカレンダーを貼っている」というのがあったような気がするなぁ、と。

実際、我が実家には貰ったカレンダーが全て飾られていた。

父の友人の自動車整備工場カレンダーが、毎年センター存在で、神棚の下を占有していた。これはよく児童書で見るようなイラストレーターの描いた可愛いイラストがあるからだった。

他に重視されているのが、回覧板に挟まって届けられる細長い月間カレンダーとか、十干の入ったカレンダーとか、なんか色々ごちゃごちゃと壁を埋め尽くしていたなぁ、と。子供部屋の壁とか、机の上にも卓上のがあったし。

祖母友達お金持ちの家はうちよりもいっぱいカレンダーがあった。

あと、古い農家で三和土があるような家って、上がってすぐの所に日めくりカレンダー(勿論どこかの業者電話番号入り)がありがちだったような。

実家に住んでいた頃は、こういうのをおかしいと思った事はなかったけど、変わっているのだろうか。

2018-12-30

大掃除(*^^*)

昨日は居間の棚と台所今日はお風呂トイレ・全体の掃除機かけ

今お風呂がおわって休憩~

大変だけど気持ちいい

2018-12-26

ホログラム技術ってなんで一般家庭に普及しないの

Vtuberとか言ってないで

バーチャルキャラ居間リアルに踊ってくれる方が断然楽しいじゃん

はぁ

もっと未来に生まれたかった

2018-12-18

こんな寒い部屋でオナニーなんかできるか!俺は居間に帰らせてもらう!

2018-12-16

anond:20181216164005

少なくとも居間にずっといるっつうのは異常

台所とくっついてるから便利なんだろうな

家の交通の要所でもあるようだし

一度正月帰省して親父さんと話してダメそうなら

数年以内で増田がお袋さんを引き取る算段で動いた方がいいよ

anond:20181216150445

横だけど父がそれっぽくて実家の8畳の両親の寝室と

俺と兄の使ってた6畳部屋をコレクションプラモデルで潰して

居間私物の山を築いて暮らしてて

寝室から追い出された母親は一時期洗面所に布団を持ち込んで寝起きしてて

かねた兄が母を新居に引き取ってからは誰も実家に帰ってない

2018-12-09

初めて失恋したら帰省してた話

☆はじめに

・滅茶長いです。数えたら4000字ありました。3000字のレポート課題は一向に進まなかったのに、皮肉ものですね。 

フツーに、私達のことを知ってる人が見たらああアイツ等のことか、と分かるんじゃないかと思います。気づいても、出来れば、自分の心に留めておいてくれれば幸いです。とはいえ、あの人はきっとこれを見ても怒ったりしないだろうけれど。



__________

20歳の冬、恋人と別れた。

あの人は違ったけれど、私にとっては初めての恋人だった。1年2ヶ月の記念日喧嘩して、1年2ヶ月と2日目に直接顔を合わせて、話し合って、2人で決めたことだった。心残りはなかった。

…はずなのに、気付いたら、私はゆうちょ銀行でありったけのお金おろしていた。そしてその足で駅へと走り切符を買って新幹線へと飛び乗った。行き先は実家の最寄駅。正直何も考えてなかった。ただただ本能の赴くままに、私は帰省してしまっていたのだ。

新幹線の中で父に「急にごめん、今から帰ってもいい?」とラインしたら、すぐ既読が付いて、それから10分後くらいに「分かりました。駅まで迎えに行きます」と返事が来た。母親にも同じようなラインをすると、「おにぎり味噌汁ならあるよ」と返ってきた。

新幹線に乗っている間、私はずっと車内の電光掲示板を眺めていた。色んなニュースが流れていたけれど、ひとつも内容が思い出せない。ただひたすらに、駅名がひとつずつ西にずれていって、目当ての駅がくるのを待った。

2時間半くらい過ぎた頃、新幹線はやっと駅についた。父から駅前牛丼屋の横に居るとの連絡が来て走ってそこまで行ったのに父がいない。ついたよと送るともうすぐ着くと返事が来た。"居る"の意味知らないのかな、父。

3分くらい待っていたら父の車が見えた。父は何も聞いてこなかった。ただ嬉しそうに、明日上司競馬に行く予定だったけど無くなりそうだということを教えてくれた。私から最近車校路上教習に突入したこととか、最近急に寒くなったこととかを話した。

からは45分くらいで実家についた。チャイムを鳴らすと母がドアを開けてくれた。お風呂沸いてるよと言われ半ば強制的風呂場に連行された。ひとり暮らしの家は狭いユニットバスで、いつもシャワーで済ませていたから足を伸ばして浴槽に浸かるのは久々だった。足先から体が温まっていくのを感じた。

30分くらいで風呂から上がり、居間に行くとおにぎり味噌汁からあげと餃子ゆで卵が用意されていた。昆布おにぎりを半分と味噌汁を少し飲んだらお腹がいっぱいになってしまたから、残りは朝食べることにした。父は知多をロックで呑んでいて、「知多?珍しいね」と言うと「中身は違うけどね」と言われた。本当の中身は過去ツイッターで不味すぎると炎上した伝説を持つトップ●リュのウイスキーだった。

そんなこんなしていると夜中の1時を回ったから、父におやすみを告げて2階の寝室に上がった。キングサイズのベッドに横になった。5分くらいすると、母が部屋に入ってきた。ベッドに座って私に一言、「頑張ったね」と言った。

その瞬間、私の両目から噴水のように涙が溢れた。元旦デパート開店直後みたいに、ものすごい勢いで色んな感情がとめどなく流れて来た。辛い。寂しい。苦しい。悔しい。なんでこうなっちゃったの。もう前みたいに遊べないの。もう好きだよって抱き締めてもらえないの。もうどの街に住もうか?なんて戯言を言い合えないの。もう、2人で添い遂げ合う人生は遅れないの。

母は、ひたすら「頑張ったね、もう充分やれることはやったもんね、辛かったね」と私の背中を撫でてくれた。そのあとに、「でも、色んな楽しいこととか初めての経験とか素敵なモノも沢山貰えたんだから、嫌な思い出にしちゃ駄目だよ。」と言った。

19歳の秋だった。

私とあの人は、同じサークルでひと夏を過ごした。かなり厳しいメニューをこなす日々で、春には名前も顔も知らなかった私達が夏が終わる頃には家族よりよく会う存在になっていた。

夏が終わるとサークル活動も一段落し、私達は顔を合わせることが減っていった。そんな時、あの人からディナーに誘われた。

他の同期も来る筈だったのに、何かと来れなくなり、2人になってしまった(これがあの人の策略だったのか、本当に偶々だったのかは結局分からずじまいだった)。2人でやっすい店に入って、色んなことを話した。好きな音楽、好きな作家高校生の頃の話、過去恋愛話。私が中高ヒエラルキー最下位大学デビュー女のため恋愛経験0の喪女であり、その当時自分アプローチしてくる人がいたのだがどう交わせばいいかからないと相談したら、フフッと笑って「ぶっ飛ばしたいなあ、そいつ」と言われた。一瞬ん?と思ったけれど、「ホントそうだよね~」などと軽く流した。

正直、全く意識していなかったのだ、恋愛対象として。ひと夏を共に過ごしたかけがえのない大切な同期、という認識だった。だったのに、やっすい店から出たあと、そんな私達の思い出の練習場で、告白された。午前2時くらいのことだった。

その時も、急に涙が溢れて止まらなかった。信じられなくて、嬉しくて、少し申し訳なくて、何より私が本当は心の奥でずっと惹かれていたことに気付かされてしまって。

あの人はそんな私の手をずっと握っていてくれた。「でも私、多分中学生みたいな恋愛しかできないよ?」と震えながら言うと、「ロミジュリジュリエットだって中学生なんだよ。」と笑って更に強く握りしめてくれた。その温もりがとても気持ち良くて、私達は手を繋いだまま眠った。

朝の6時頃に目が覚めると、夢じゃないんだと隣から聞こえる寝息に心臓バクバクした。そうしているうちにあの人が起きて、不意に抱き寄せられて、キスをした。それが私にとっての、ファーストキスだった。

その日から私達は、所謂"恋人同士"になった。数え切れないほどデートをして、旅行も行って、一緒に大学の授業を受けて、お互いの家にも行き来した。

デートは、本当に色んなところに行って色んなことをした。映画を見たり公園ピクニックしたり気になる飲食店を片っ端から当たったりショッピングモールで服やコスメ吟味したり美術館考える人の真似をしたりディズニーに行ったり(私にとっての初ディズニーだった)、割と付き合いたての頃古本屋に行ったらエロ本だらけで少し気まずくなったこともあった。

ラブホだって、行った。勿論私にとっては初めてだったけれど、何気ない会話の中であの人は初めてじゃなかったことが判明してしまってそれはもう死ぬ程泣いたな。

デート以上に、私達は沢山沢山体を重ねた。週に1、2回くらい私の家に来てくれて、近くのコンビニまで手を繋いでお酒を買いに行った。気取ったジャズなんかをかけながらお酒飲んで、ほろ酔いセックスするのが本当に大好きで幸せだった。

いつも一緒だったな、と思う。毎日のように好きとか愛してるとか言い合って、自撮りを送って褒め合ったり、記念日には詩を送り合ったりして、サイコー幸せな日々だった。

…だったけど、会うごとに、知るごとに、着実に違和感が大きくなっていったのも事実だ。

最初は、私が話しているのにスマホを見ているとか、そんな程度だった。

けれど、それは次第に、私の話になった途端全くつまらなさそうになる(電話だったら寝られる)、私の誕生日を忘れる、逆に誕生日を祝ったら明日忙しいからと電話を切られる、ご飯を食べる約束をしていたのにやっぱり家で食べるとドタキャンされる、自分が忙しくなるとライン一つくれず放置される、そして私が貴方のこういう言動が嫌だからどうにかならない?と話しても自分はこうしたいからと全く歩み寄ろうとしない、というふうにどんどん根本的なところに及ぶようになっていった。決定的に考え方や価値観が違うことに気付くのにはそれ程時間はかからなかった。

けれど、気付いたときにはもう遅かった。私は、完全にあの人に依存してしまっていた。傷ついても、傷つけても、別れることが出来なかった。本当に毎日が辛くて、耐えられなくて、覚悟を決めて別れようと言っても、本当に別れたいの?と子犬のような目をして聞くあの人から離れることはどうしても出来なかった。

 

から最後の数カ月間はお互い深い話を避けるようになってしまっていた。悩みごとや将来の話はお互い他の友人に話すようになり、2人で話すのはこのツイートがどうとかおっぱいがどうとか、本当に俗っぽい上辺だけの話題だけだった。

1年2ヶ月の記念日にした喧嘩は、それ自体はそんなに重要トピックではなかった。ただ、限界だったのだ、もう。お互いに、これまで少しずつ感じて来ていた"違和感"ゲージが、この喧嘩で満杯になってしまったのだ。

1年2ヶ月と1日の日、多分これは別れるな、と思った。頭では理解していたのだ。けれど、心が、それを受容しなかった。初めて付き合った人と結婚したい、要は一生一緒にいたいという典型的少女漫画脳と、あの人とならそれが出来る!という付き合いたての頃の自分幻想、そして何よりもまだ体験したことのない、失恋がもたらす精神的苦痛というものへの恐怖が決断邪魔をした。

から、1年2ヶ月と2日目に、決めきれずゴニョゴニョしていた私にあの人が「もう頑張らなくていいよ」と言った瞬間、スッと楽になる感覚がしたのだ。それからは驚くほどスムーズに、そしてお互い納得できる形で、私達は別れ話を終えた。最後挨拶は「じゃあ、またね」だった。

何も後悔は無かった。あれほど恐れていた失恋苦痛も感じなかった。むしろ、あの人と今までより素敵な関係性になれるのではないかという希望すら見えていた。

のに、私は、気付いたら、実家を目指して駅へと走っていたのだ。

多分、母は全部分かっていたのだと思う。父だって察していたのかもしれない。私が、初恋の人と結婚たかたことも、本気で恋人に一生を添い遂げようとしていたこと、そのために沢山沢山頑張ったこと、でもそれは結局報われなかったこと、依存や執着もあったけれど、私があの人を本気で好きだったこと。私が、本当は沢山沢山泣きたがっていること。

そう。好きだった。本気で好きなつもりだったんだよ、ずっと。ずっと一緒にいれると思ってた。だから、頑張った。初めてで、何も分からなかったけど、頑張れば一緒にいれると思ってたのに。あの人も、あの人と作り上げてきた時間も思い出も失わずに済むと思ったのに。

私はただひたすらに、思いっきり泣きまくった。そしてそのまま眠りに落ちた。母はずっと、私の横にいてくれた。

次の日、目が覚めたら昼の12時を回っていた。居間下りると父が録画した吉本新喜劇を見ていた。母はお茶を沸かしていた。私は昨日残したおにぎりと新しいおにぎり味噌汁からあげとゆで卵を食べた。餃子冷蔵庫から出し忘れていた。

その後、母と近所を散歩した。いつもより空気が冷たくて空が澄んでいた。公園について、木製の古いベンチに腰掛けた。「辛い経験や悲しい経験は全て未来自分幸せになるための布石だ」という言葉を思い出した。空を眺めがら、あのユニットバスの、小さなアパートに帰ろう、と思った。

2018-12-07

anond:20181207120824

わざわざ名前変更したうえでそれがベッドルームという所在地とか。

うんうんエロビダウンロード速度は重要ですよね!電波最強は一階居間より二階寝室ですよね!

しかもほかは全部英数で、居間とかのSSIDは一つも見えないんだこれが。

ある意味無防備すぎる

2018-12-06

ゲームしたくなって中古ソフト買った

本体もある

でも画面が無い。ディスプレイが無い。置く場所ちょっと無い

TVはある。昔はTVでやってたけどもう居間TVゲームってみっともないから部屋でやりたい

ゲームの為にディスプレイと台を買って、部屋のレイアウトも動かしてというのはなんか億劫だし勿体ない気がする。折角安くソフト買ったのに

というのが積み重なって、ソフトを手に入れて2週間、まだ何もしてない。ゲームしたい

2018-12-01

嫁の靴が93足あった

玄関と物置だけで。

屋根裏かにもあるかもしれないので、本当の総数は分からない。

「夫の趣味を妻が勝手処分する話」がテレビで取り上げられたりして、そのたびに「趣味を持つ人が可哀想」って流れになる。

でも、そこまで趣味を許容してきた家族のことも考えてやって欲しい。

10年近く前、家を建てるにあたり、とにかく収納が多くなるように設計した。

廊下には本棚を作り付けにして、二人の趣味の本を全部入れても、まだ1/3ぐらいは空きがあった。

それが今では本棚が溢れている。

本に限った話ではなくて、「この部屋は好きにしていいから」と妻用にしたウォークインクローゼットに至っては、文字通り足の踏み場がない。

この地層の下の方にあるモノは、妻本人でさえ出すことはおろか、そもそも何があるかも把握できていないと思う。

(本人は「完全に把握している」と言い張っているが)

ウォークインクローゼットの奥の壁は一面カバンが押し込まれている。

近づくことすら出来ないので正確な数は分からないが、50では済まないだろう。

ちなみに日常使うカバン10個ほど居間や他のスペースに散らばっている。

「なんとかを極めしオタク」とは違うかもしれないが、妻はとにかくものを買うし、整理できないし、なにより捨てられない。

精神疾患持ちだから強くは言わないが、それでも棚から溢れて困るときには「頼むからちょっと減らしてくれ」とお願いする。

そうすると頑張ってほんの少し整理するが、そうすると三日ぐらいは寝込んでしまう。

そういう事情理解しているし、こっちだってオタクなので、趣味はなるべく自由にしてもらいたい。

貰いたいが、例えば本棚で本を寝かせて隙間に突っ込むような状態は好きじゃない。

きじゃないから、なんとか本棚キャパに収まるよう、悩みに悩んで、いくつかの本を処分する。

そうすると、妻が平気で新しい本を突っ込んでくる。

今じゃ廊下本棚は溢れんばかりで、その7割は妻の本になった。

これではさすがに置けないので本棚をもう一つ買ったが、その半分は妻の買ったアニメDVD-BOX画集で占められている。

女性の方が服や靴やカバンが多いのは理解しようとしているつもりだが、こちとら仕事用の革靴を除けば、プライベートの靴は5足だ。

(メインの一足の他はサンダル和装用の下駄草履、妻の実家帰省用の冬靴)

妻にはストレスのない生活をして欲しいが、家をキレイに整理して、モノを減らしたいと思うのは贅沢なのだろうか。

今日も一日家をひっくり返して整理して、タグの付いたままの安っすいサンダルが三足あったので、これはいいだろうと勝手処分した。

以前からこうして頑張って整理する中でちょっとずつ捨てているが、気づかれたことはない。

でもキレイにすればするほど、その隙間に妻がものを置いていく。

そうして少しずつ、こちらのストレスも溜まっていく。

なんとかして欲しいと思うのは、贅沢な悩みなんだろうか。

追記

改行を追加しました。

本人では無理なのは分かっている愚痴だったんだけど、「業者に頼め」という声が複数合ったので、調べてみようと思う。

ただ、ほぼ履いていない靴なり、使っていないカバンだったりするので、

業者判断できず、結局妻が一つ一つ判断するしかないので、正直なところ難しいと思ってる。

結局は「判断するのに多大な力を使う」という病気なんだと思う。

じゃあ買うことは出来るのか、という話になるんだけど、多分買うことに関してもあまり詰めた判断が出来ないのかも知れない。

から同じようなモノを買っているのかもしれないし。

黒のブーツが4本あったけど、ヒールの高さや金具のデザイン違いでそんな何足も買うもんか?と思うが、こればかりは本人しかからないだろうし。

個人的には解決する問題だと思ってません。

でも、自分が倒れたりしたら、娘もろとも、我が家ゴミ屋敷になるんだろうなという不安はある。

2018-11-17

anond:20180515221222

ウチも半分ゴミ屋敷だ。

パン生活用具が寝床侵食している。

やらねばと思っても体が動かない。

こういうのは一人ではダメで、手伝ってくれる人がいないとね。

自分場合スッキリしていると妙に落ち着かない」「だだっ広いところが落ち着かない」ところがあって、その観念ゴミ部屋化を助長しているんだろなと思ってる・・・

ゴミ箱はおっしゃる通り捨てるのは面倒で自分挫折した。ゴミ袋も一つだけにまとめてしまうとそこへ行くのが面倒になってしまうからゴミ袋はキッチン居間と分けておいておくのがベターだと最近知った。

2018-11-04

家電の機嫌を取るのは難しい

今日は日曜なので10時半に起きた。遅い朝食を取ろうと炊飯器を開けようとすると、スイッチが開かない。

私が「おーい、」と言いながら蓋のところを叩くと、炊飯器は伸びをしたように一度体を震わせて、ボコりと蓋を開けた。

「もう昼前なのに寝ぼけてんのかね」

私がそう言いながらしゃもじご飯をよそっていると、炊飯器は寝起きのだるそうな声をしながら、

「買い主がものぐさだと家電もそうなるんですよ、私はあなたに似たんです。」

と言ったので、少し強めに蓋を閉めた。

「昼にもごはん食べるからちゃんと保温しといてよ。昼寝しないでよ。」

そう言い返したが、返事はなかった。

居間で朝食を食べながら、家電について考えた。

最近、うちの家電たちが私に冷たいのはおそらく気のせいではない。

原因は分かっている。

この前、酔って帰ってきたときに、うっかり一晩じゅう冷蔵庫の扉を半開きにしていたことがあり、中の食べ物を半分駄目にしてしまたことがあるのだ。

翌朝、それに気づいた私は冷蔵庫に謝った。

大丈夫ですよ。誰にでもミスはありますから。」

冷蔵庫クールにそう言ってくれた。しかそれからというもの、今度は炊飯器の方が何かと私に厳しく接してくるのである

私の部屋では冷蔵庫の上に炊飯器を置いてるので、この2器は特に仲が良いのだ。あまり物を言わない冷蔵庫に代わって炊飯器が怒ってるのだろう。当然といえば当然である

怒っているといえば、私はい掃除機との間もギクシャクしている。

理由は私が掃除をあまりしないからなので、これもまったく身も蓋もない話なのだが、

この前の日曜日に久しぶりに掃除機をかけようと思ったら、掃除機の上に埃が被っていた。

掃除機の上に埃がかぶるのは、冷蔵庫半開きにするのと同じくらい罪が重いというのは、想像力が少しでもあれば分かることである

私が恐る恐る「今から掃除しても良いですか?」と聞くと、掃除機はやはりというか、返事をしなかった。相当怒っているようだった。

私は仕方なく、激怒してるせいか吸引力の恐ろしく落ちた掃除機を使って、いつもの倍ほどの時間かかって掃除を終わらせたのである

それから2度ほど掃除機を使ったが、私が話しかけても返事もしてくれない状態が続いている。今日も午後に掃除をしたいので、今から憂鬱である

以上のように、うちの家電は買い主の私に一家言あるやつが多いように思う。直接的な原因は私にあるので、仕方のないことかもしれない。

しかし考えてみると、家電ペットの犬や猫と違って、電気を送ってもらって生きているので、直接買い主の世話になっていない。

そういうところに意識の差というか、飼い主からの自立心の芽生えのようなものがあるのではないか、と思ったりもする。

・・・まあ、電気代を払っているのは私なのだが。

そう考えると、スマートフォン家電類の中で私に一番懐いてくれているのは、私が毎日充電してやってるからなのかも知れない、と思った。

犬や猫も、毎日ご飯をやっている人間に一番懐くというし、スマホにとっては私が「毎日電気をくれる人」なのだろう。

それにスマホケースや保護フィルムなども買って、考えてみると他の家電と違って結構過保護に使っている。

そこで、私はふと思った。

もしかして他の家電たちはスマホに「嫉妬」しているのではないか

同じ家電なのに、スマホはケースやフィルムを買ってもらい大事にされ、しかも肌身離さず持ち歩いている。

その一方で他の家電たちは、日中は買い主の私と会えないくせに、部屋に帰ってきたら帰ってきたで、扉を半開きにされるわ埃を被らされるわ、考えてみるとひどい扱いようである。なぜ今まで気がつかなかったのだろうか。

家電の機嫌を取るのは難しいが、毎日親身に接すれば仲良くなるのは、生き物も家電も同じである。そうではないだろうか。

掃除機雑巾で丁寧に拭く、冷蔵庫の霜取りをする、炊飯器の内蓋を外して綺麗に洗う。これらを行うだけでだいぶ違うはずなのだ

とりあえず今日家電を綺麗にする日にしよう。

私がそう思って炊飯器に近づいていくと、炊飯器は保温ボタンを点灯させ、小さく「ぐーぐー」と音を出していた。きっと昼寝をしているのだろう。

2018-10-29

福田雄一氏の実写化作品をもう見たくない苦しいか

勇者ヨシヒコシーズン1を見て夢中になった。

すごく面白い!他の作品も見てみたいな。

そう思って「大洗にも星はふるなり」を見た。

結論、めちゃくちゃつまんねえ…。

ヨシヒコが自分に合ってたのかな~と思いシーズン2を見た。

違和感を覚えた。

このネタシーズン1の焼き直しじゃん…。

見覚えのある流れがいくつかあって、困惑した。もちろん天丼とかじゃなく。

笑えなかった。見るのをやめた。

まあ別にきじゃない作品を見る必要はないので、見なきゃいいかと、その時の感情は数年忘れていた。

福田雄一氏による怒涛の実写化フィーバーが始まるまでは。

いや~キツくない!?

今日俺やばくない!?

親が好きらしく、居間を通る時たまに目に入るんだけど一瞬でもうわっ!てなる笑

つまんない謎のユーモアと囲いの俳優たちの集い。

銀魂好きだったけど見に行けなかったんだよなあ…聖お兄さんも好きだけど見に行けないし…。

いいんですよ何を撮っても好きな人が見に行くから

でも実写化しまくるのはやめて。一度実写化したら二度とやらないか、数年以上経たないと再実写化しないじゃん。

あと囲いを出演させるためにオリキャラ作るのやめて。どういう気持ち他人創作物捉えてんだ?

囲いも見てて辛いんだよな…本当に面白いと思って出てんのかなとか思っちゃわない?

三谷幸喜ファミリーとかとは違って微妙ポジションにいる人たちばっかりじゃん。仕事のために正直クソつまんないクリエイターの横で監督流石っす笑!みたいな…勘ぐっちゃってバラエティとか見てても笑えないよ…。

もう正直実写に関わらないでほしい。

2018-10-27

エロ漫画描いてみたい

居間しかパソコンが無い

描いてるところは見られたくない

エロ漫画描く人はみんな一人暮らし自分の部屋があるのか、はたまた同居人理解があるのか。

いや、理解あっても描いてるところ見られたくないぞ!絶対アホな顔で描いちゃう

2018-10-13

大便およそ400g、西武池袋線車内で大量漏洩

増田こと俺(38)は12日夜、西武池袋線車内において大便を漏洩したと自宅居間にて発表した。2日余り公表をしなかった。

俺(38)は公表が遅れた事について、「車内で漏洩したのは微量だった為にその必要性を感じなかった。降りた先で駆け込んだ駅のトイレが塞がっていた為に大量漏洩を抑えきれなかったがこの時点でも実害は少ないだろうと判断した」と述べた。

なお、増田こと俺(38)のお気に入り迷彩ボクサーパンツの他、漏洩後始末処理時に財布を漏洩物の上に落下させた為、被害総額は3万円にも上るという。

米紙ウォールストリート・ジャーナル電子版は13日、規制強化やイメージへの打撃を回避するため事実隠蔽していたと報じた。

2018-10-10

洗面所ムカデが出た

最初鏡の上にちらっと見えたときゴキブリかと思って戦慄したけど、

ムカデちょっとホッとした

だってゴキブリ逃げ足はやいからさ

んでムカデのんびり天井のほうに壁を歩いているところをつついて床に落とした

そしたらムカデよっぽどびびったのか気絶してんのwwww

しばらくみてたけどタヌキ寝入りじゃないっぽかったから、さっと居間にいってティッシュ5,6まいとってきて、

手でガッとつかんでぎゅっと丸めトイレに流してやったぜベイビー

これにて閉幕、全て世は事もなし

俺様最強伝説

2018-10-09

毎日、住んでるアパートが揺れる。

毎日、住んでいるアパートが揺れる。

震度3以上あると思う。

居間の明かりの紐がぷらぷらと揺れる。

もちろん、家も揺れている。

自分貧乏ゆすりをしているのではないか!?と思うくらいに自分が揺れることもある。

近所で、大規模な建築が始まっている。

500戸分建てるのかしらないけれど、毎日ドッカンボッコンやってる。

そして隣の家はリフォームだか知らないけどボカスカやり始めた。

台風ときなんかは、風が強いのにドッカンカン建設作業するもんだから

地震台風がいっぺんに来たのかと思った。

その状態で3ヶ月くらい経過した。

まだ全て建たない。いつになったら終わるんだろう。

休みの日(土日)は10時まで寝ていたい」という希望が、うるさくて掻き消されていく。

悲しい。

2018-10-08

騒音デシベルでは測れない

もう引っ越すので書く。前の家が木造隣家と近く、隣のおばちゃん井戸端会議居間まで聞こえてくるのが嫌で今のアパートに越した。仲介業者には「このあたりは静かですよ」と紹介されたが、1階が飲食店でわりと遅い時間営業時間過ぎても声がする)までやってたのをもっと気にするべきだった……と1ヶ月も経たずに後悔。

車の音は、まあ我慢できる。通り過ぎるのを待てばいい。だが人の声は、周りが静かなら余計に気になる。大家いくら話しても無駄だった(逆に、金が目的か?と返された)ので、痛い勉強代として払うことにした。

騒音計を買ってきたので測ってみると、ハッキリ会話が聞き取れても50デシベルくらいだった。車の走行音が60デシベル以上なんで比べると後者の方がひどいことになるが、こちらとしては人の声の方が大問題だった。

ともあれ、ボロアパート飲食店直上なんて住むもんじゃないですね。東京さらば、地方SRCマンションに移ります(金はかかるしこれから工面だけど)。

2018-10-07

残酷作品動画(暴行殺害解体等)を見てると勃起する

なんか凄い興奮してしまう。

別に加虐願望があるってわけじゃないと思う、というかそう思いたい。

今まで人を殴ったこととかないし。それどころか中学の時なんか部活内で虐められて逆に殴られてた。

でも人間が打ちのめされて破壊されていくの見ると鳩尾の辺りをギュッと掴まれるような違和感と共に性的に興奮する。

まるで性に目覚めた中学生みたいな速度で勃起してしまう。

原因?に思い当たることが1つある。

僕の父親(元父親になるけど)はDVマシーンみたいな男で僕は小学生の頃に両親が離婚するまでずっと母親居間やら台所やら寝室やら風呂やらとにかく家の色んな所で手を替え品を替えてボコボコにされるのを日常的に見てた。

一番鮮烈な記憶として残ってるのは、これは行為というよりエピソードだけど居間ソファに座ってる僕の目の前で父親母親を殴りつけながら「お前はこの女のケツの穴からうんこと一緒に産まれてきたんだぞ」って言われたこと。今考えるとケツの穴ではないだろ、と冷静にツッコミ入れてしまう。

でもDVを見てた時は母親可哀想だと思ってたし泣いてばっかで興奮なんて欠片も起こらなかった。

でもその経験が今の僕の状況に何か影響してるような気もする。というかそれ以外だと先天的ものってことになるのか。

これ病気なのか。

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