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はてなキーワード: 居間とは

2019-04-05

犬と猫の距離感

実家では中型犬と猫を1匹ずつ飼っている。

仲はそれほどよろしくなく、気に入りの場所も違うようで、普段は一緒に遊んだり触れ合ったりはしないが、たまに居間で顔を合わせると猫が犬の顔を尻尾で撫でて挨拶?をしていく。

調べたところによると、尻尾を当てるのは低位の猫が上位の猫にする挨拶マーキング等の意味があるそうだが、どちらにせよ親愛表現ではありそうだ。

しかし、犬は猫の挨拶中、体をこわばらせてじっとしている。

何も思わずただの挨拶として受け流しているのか、犬は犬で猫を上位者と考えひたすらに耐えているのか。

特に抵抗する様子もないし、今のところ喧嘩もしていないのでほっといているがどうなんだろう。

犬にとってストレスだと少し困るな。

2019-04-04

老化によって記憶が薄れる前に改元の思い出をネットの片隅に書いておく

片隅ははてぶ運営に失礼か。謙遜語謙譲語わからんヘリ下り語として勘弁して下せえ。

ローカルに残しても絶対紛失するし

昭和天皇崩御の日、私は余りにも幼く天皇って何?だった。崩御の前に世間天皇天皇騒いでたのを察したのだろうか母に天皇って何?と質問したことを覚えている。その返答は国の顔みたいな感じと言われた事も覚えている。今に思えば象徴天皇概念子供に伝えるための表現だったのだろう。でも当時は顔?何言ってんだ?気でも狂ったのか母はという感じに受け止めた。

本題の崩御の日だ、冬休みだったかと思う。朝早くにぐーぐー寝ている私の布団をバッと剥ぎ取ると同時に「天皇が死んだよ!」と威勢よく発したのだ。当時は、で?という感想しかないが、母の発するトーンに普通じゃない気が漂ってたので2度寝する雰囲気ではなかった。そのままリビング居間テレビのあるご飯を食べる部屋にトボトボ歩いて点いてたテレビを見たらふむふむ確かに死んだらしい。まあ、でも、なんでこんなに大人は騒いでるんだと不思議には思った。なにより気がかりなのはあの母のトーンだった。

そのトーから当時も今思い返しても感じるものは、「清々(せいせい)した」である。清々しさ(すがすがしさ)が溢れてたんです。

ローカルに残しても紛失するからとか言ったが、それは半分言い訳も含んでいて、ネットに発信したいという理由も実はあって、それがこれなんです。

平成生まれの人にはこの感情???という感じなんじゃないかなと思ったんです。平成天皇は大好きですし尊敬に値する人だと私は感じます

平成は他の時代に比べても又は他国に比べても圧倒的に平和だったからね。

そしてその一躍を平成天皇が担ってたと思う。

昭和天皇に話を戻します。

彼を恨んでた人は多いか少ないかはわからないが、存在した。昭和は長かった、その長い時代世界大戦敗戦連合国統治復興と、明治維新と肩を並べるかそれ以上の濃密な時間帯が存在するのだ、その濃密で長いスパンを一人の天皇が一貫して君臨したわけだ、63年間あったのだ。半分に割って前期、後期と呼ぶとして後期は、まあどうでもいいや、問題は前期。

私の母は戦争経験者です。所謂団塊の世代です。株価GDP等の指標グラフで見ると団塊の世代右肩上がりのうらやましい時代を過ごしてますが彼ら彼女らが一般的にどうゆう状況に置かれてたのかその右肩上がりグラフ通りの笑いが止まらない人生だったのかはどうなんでしょう。0ではなくマイナスからスタートだったのは間違いないでしょう。少なくとも必死敗戦負の遺産をできる限り子孫に残さないように自分たちで吸収しようとそうゆう風に生きてたのかなあと今でも感じますしかし見つめなおすとやっぱりそれは自分のせいではないわけです。なんで俺がなんで私がという感情が気を抜けば心の底に勝手に芽生えて来るもんじゃいかなあと、思うんです。それを押し殺したり見て見ぬふりをしたりしながらなんとか辻褄を合わせて来たんじゃないかなあと思うんです。

それが昭和天皇崩御の日にふと漏れ出してあのトーンが腹の底から沸き上がったんじゃないかなあという推測を書いてみたはいいがいざ書いて見るととてつもなくどうでもいい話だなあ

2019-03-30

帰省がつらい

長期休暇のたびに帰省催促メールが来ており、育ててくれた恩義もあるのでなるべく帰るようにしているのですが毎回しんどいです。

なぜしんどいかというと父に気を遣うのがしんどい理由の一つかもしれません。なぜしんどいのか考えてみました。

1.自分の考え方が正しいと思い込んでおり、他人から意見されると腹を立てることが多い

父は誤解を恐れずに言えば昭和的・田舎価値観を強く持った人間だ。こういった価値観を持つことについては個人自由であるので特に何とも思わないが、自分の考え方こそが正しいという思い込みの激しさによって家族は少なからず苦労をしてきたと思う。

自分の前で好みでないメディアの視聴や趣味の話をされると機嫌を悪くする

自分好みのメディアは良いもの自分が嫌いなメディアは悪いものだという認識があるのかもしれない。

家族居間テレビを視聴していると、大変に機嫌が悪くなる。バラエティ低俗で見ると頭が悪くなると本気で思っているようだ。自分が嫌いなテレビを堂々と自分の前で見るとは何事だ、という空気を出してくる。テレビが好きな母は父がいないときを見計らって隠れるように録画した番組を見ている。

(なお父自身自分の好きな映画動画大音量で好きな時に視聴しており、これに家族意見することを許さない)

また映画を見るにしても父が好むストーリーかつ、父が嫌いなワードシチュエーションが入っていないものを選んで観なければならない。一度誰も観たことがないもの家族で観たことがあったが、一部表現が気に入らなかったらしく途中で父が怒ってしまった。

食事中の会話選びも慎重に行わなくてはいけない。母の職場出来事や日々のちょっとした愚痴などは怒りポイントに触れやすい。安牌は父の趣味の話や季節の話。今はきっと食卓の会話はなくなっているのではないか。面倒なので。

自分判断は正しく、「有難迷惑」ということに考えが回らない

誰にも相談せずに土地を購入し「おまえのために土地を買ってきてやった」と言っている。便利な土地ならいいが、購入した土地は冬は行き来ができないほどの山奥で到底住めるところではない。もう実家がある県に戻るつもりもないと何度も言っているのだが聞く耳を持たない。昔は親から子に土地と家を譲ることがいいことだったのかもしれないが、今離れて暮らす子供はそれを望んでいない。山奥なので税金は安いと思うが、一生に何度行くかわからない土地のために税金支払いやその他水道管等のインフラ整備をする義務を、何の相談もなしに押し付けてくるのはちょっと怖い。自分がその土地を欲しかっただけじゃないか

同様に「俺の趣味コレクションは俺の死後オークションで売ってくれていいから。XXのお小遣いになるだろ?」といってバイクや古いプラモデルを集めている。相場は何ともいえないが、父が買える範囲の値段のもの再販価格たかが知れている。オークションに出品したり引き取り屋に片づけてもらうコストは考えていないようだ。自分がやりたいか趣味コレクションしているのにそれを子供の将来のお小遣いといってくるなんて困ってしまう。

2.他者を見下す

学歴コンプレックスがあるのかもしれないが、とにかく「馬鹿」といって他人を見下す。特に母に対するあたりは強く、正直モラハラレベルだと思う。

私は父よりも偏差値大学卒業し有名な企業に入ったからか、父の定規では見下す対象にならなかったようで馬鹿にされたことはない。

でも帰省した時に両親の不仲を目の当たりにするのはとてもつらい。

・・・

こんな父だが娘の私のことは溺愛しており、何度も帰ってきてほしいという。

娘だから愛されているということはあるのかもしれないが、私は実家にいたとき学生なりだがいつも父に気を遣い、母の愚痴を聞いて両親が仲よくなるように願ってきた。

自分も他県で家庭を持った今、実家内の関係を冷静にみることが増えた。

自分の家庭はとても居心地がいい。こんなに居心地がいいのに、実家に戻って会社のように全方向に気を遣いびくびくするのが単純に面倒になったのかもしれない。

2019-03-26

子供部屋おじさんはいいよな

部屋がないか居間おじさんなんだけど

マジで部屋がないから今でもお母さんと一緒に居間で寝てるし……

今期アニメの「どろろ」に関して。名作から駄作への転落

放映開始時はとても面白く視聴していたしすっかり嵌ってしまっていた。百鬼丸ミステリアスだしどろろは可愛く、登場人物が魅力的だ。4話に顕著なようにナレーションに頼らずあくまでもアニメーション視聴者に内容を理解させる演出はとても心地よかった。OPEDもとても良い歌だと思う。

原作から色々と設定や細かな描写が変わっていたが、個人的には十分許容できる範囲だった。例えば名シーンである「俺の血を吸え」が無くなったことなどは、百鬼丸の設定の改変により仕方のないものだと受け入れられた。寧ろ女性の泣き声と雨の音で終わらせる演出大仰な悲劇よりも胸に沁みるものがある。素晴らしい作品だと思ったものだ。…9話までは

本日放映された「ばんもんの巻下」は最悪だ。何故「ばんもん」のような名エピソードをこれだけ陳腐ものにできるのか理解に苦しむ。唯一良かった点はこの回を上下に分け、上放映の時点で駄作になると予防線を張らせてくれていたことだけだ。

先に理解に苦しむと書いたが、実は10話の時点で伏線があった。それは「どろろ」を武士物語へと転換したことである10話は領主の息子が民衆に悪さをする怪物を懲らしめる、世界中英雄譚にありそうな話である。この話では武士民衆を救う英雄であり、民衆は救われる存在しかない。民衆は勇敢な領主の息子に感謝し、領主の治世を喜ぶ。

そういう話が有っても良い。領主の息子、多宝丸の魅力を引き出す逸話だ。有っても良い…が、しかし「どろろ」の一連の話においてこれほど浮いた話もないだろう。

9話「無残帳」はどのような話だったか武士に虐げられ武士を憎み悲劇に塗れたどろろ一家の話だ。これから向かう「ばんもん」は原作でどのような話だったか武士のせいで家族を村をばらばらにされ、その断絶を生んだ武士を、断絶の象徴であるばんもんを倒すことで再度統一を果たすという話だ。

武士は一貫して倒すべき敵だったのだ。そこに武士を賛美する話を挟んでどうしようというのか?武士醍醐は憎むべき敵ではなくなり醍醐領は繁栄統一を望む民衆は消えてただ助六ノスタルジーけが残り、ばんもんはただの国境となった。ただ朝倉だけを敵役とし、醍醐は名君にされた。そうなっては原作通りの顛末など到底不可能だ。戦場はただ醍醐家の家族会議の場と化し、けっきょくそれだけの話になった。

「ばんもん」は誰の話だった?民衆の話ではなかったか?いつ武士の話になったのだ!

原作での「ばんもん」の意義は大きい。民衆支配者層への勝利をはじめて描いたためだ。物語最後民衆醍醐への蜂起に繋がる話だからだ。

私はアニメ6話で、みおが「侍に取られた分だけ取り返す」と言い、どろろがそれに感心する場面のあったことに感服した。ああ、この製作陣は「どろろ」のテーマをよく分かっているのだなと唸らされた。

どろろ」がカムイ伝に影響され描かれたことは周知の事実だろう。「どろろ」が虐げられる者たちが虐げる者たちと戦う物語であることは原作を読めばよく分かることだろう。

6話はみお達の悲惨な死よりも、どろろの小さな胸に侍との戦いという小さな芽を植え付けたことが重要なのだ

どろろ」は民衆物語であり、理不尽支配者層との戦いこそがテーマなのだ

だが、私の製作陣への信頼は「ばんもん」とともに崩れた。民衆は力あるものに左右されるだけの主体性のないモブとなり、世界は力あるものを中心に動くようになってしまった。なろう全盛期の今、そんな物語はどこにでもある。どこにでもあるものに、堕してしまった。

私はアニオリだからといって全て否定するつもりはない。十二国記浅野君なんかは良いアニオリだと思う。

だが、原作テーマ無視する改変は一線を越えているのではないか原作テーマ性まで無視するなら「どろろ」の名を冠するのを辞めてほしい。

繰り返し言おう。「どろろ」は民衆物語なのだ醍醐家の居間で繰り広げられる物語ではない。

2019-03-20

理想の家

ざっくり書いてみた。意見などあったらどうぞ。

  

2階建ての家をイメージしている。

家の中全体をフリーアクセスにする。

2階への配線は天井又は壁を利用する。

各部屋に壁コンセントLAN端子を実装する。

コンセント3ピンとなっている。

各部屋にアクセスポイントを用意して5Ghlz帯を利用する。

各部屋にプリンター名刺スキャナーを設置。1階の居間にはFAX複合機を設置。

1階居間NASを設置する。RAID構成にする。アクセス権の設定をする。

1階居間には事務用品棚を設置。

1階押入れ内に耐火金庫を設置。

各部屋、敷地内を完全禁煙とする。

各部屋に机、デスクトップPC1台、23インチモニター2台、ノートPC1台、タブレット1台を設置する。

各部屋にテレビを設置。テレビは壁掛け固定とする。

各部屋に電話を設置。内線を利用できるようにする。

各部屋の天井プロジェクターを設置する。スクリーンも設置する。

各部屋に小型冷蔵庫を設置。1階の居間には大型冷蔵庫を設置。

各部屋の天井エアコンを設置。

1階と2階それぞれ1個ずつトイレ(ウォシュレット)を設置。

各部屋の扉の前に、小型の台を設置。その上に消毒液を設置。

家族間の連絡のためにグループウェアを利用。

盗難事故防止のために監視カメラを設置。データNASに保存。

毎月1回、家族会議を開催し、家庭の現状や悩み、必要な物などを報告。

家の外に倉庫を設置。

各部屋に1台ルンバを設置。

洗濯機ドラム式とする。

風呂自動温度調整機能持ちとする。

ペットについては家族会議で審議。

2019-02-25

優しい我が妻への当惑

俺は新婚ホヤホヤである。と言っても先日1年目の結婚記念日を迎えたか

ホヤホヤと言うのは、人によっては異論はあるかもしれない。

ちなみにこのご時世で珍しいかもしれないが

俺たちはお見合いである

俺の給料は同年代に比べると比較的高いが、

正直10年後がわからない仕事なので、過不足ない程度に

つましく暮らしている。

妻と俺がお互いの結婚を決めた理由

価値観の一致・倫理観の一致・笑いのツボの一致」と

俺が「ムチムチ体型のタヌキ顔の女が好き」

妻が「長身ガリ男が好き」と、お互いのニーズ

お互いが満たしていたと言うことだった。

まり俺たちは非常に良好な相手結婚し、

結婚して1年を経て、ときどきケンカはするもの

すぐ仲直りしては、安定した関係を築いている。

そんな俺にもったいないできた妻なのだが、

一つだけ困っていることがある。

それは、夫婦の営みのとき彼女レスポンスである

妻は俺と結婚したとき、すでに処女ではなかった。

もちろん俺も童貞ではなかったし、いわゆる処女厨という

奴でもなかったので、そこは問題ない。

しろ毎回自分から口腔による奉仕をしてくれるのは

実にありがたい。いつもありがとう

俺が当惑している妻のレスポンスなのだが、いわゆる

ステレオタイプAV的なレスポンスなのだ

これは結婚前の彼氏に教わったのか、自分で調べたのか

よくわからない。

(俺的には後者な気がしてならない。なぜなら人並みに

女性と肉体関係を結んだ経験のある男はこれを実際に

やられてもあまり嬉しくないと思う)

ベッドの中で「さて始めるか」という流れではなく

いわゆる居間とか台所とか玄関とかで

なだれ込むように行為に及ぶときなどそれは顕著で

避妊をせずに挿入すると

ダメ!中はらめぇ!赤ちゃんできちゃうぅ!」である

なお現在は子作りの最中である

ベッドの中でも、こっちが体位を変えようと

して動きをちょっと止めると、

「あっ奥でびくびく言ってるぅ」である

なお俺はまだびくびく言ってない。

他にも色々あるのだが、具体例はこれくらいにする。

女性のこう言ったレスポンスは、AVであったり

二次元であったりのファンタジー世界を覗いたとき

展開される、性行為の誇張された快感を男に対して

だけ与えるエンターテインメントから、実際の女は

そんなことないのはこちらも承知している。

しかしそんな知識をどこから仕入れてきて

実行する妻なのだが、彼女はきっと良かれと思って

それをやっている。俺を喜ばせるためにやっている。

その気持ちは本当に嬉しいし、愛おしく思う。

かと言ってそれを実際にやられるとこちらは

萎え(そうにな)るのだ。

例えるなら、サンタさんがパパなのをすでに知ってる

子どもがいたとして、まだ子どもが信じていると

思ってる父親が、自分のためにサンタさんから

手紙とかを一生懸命用意して小細工しているのを見て

気持ちは嬉しいんだけど…という気持ちに似てる。

これ、実はこう思ってるって妻に伝えると

すっごい恥かかせるような気がして言えないでいる。

どうしたものか。

ステレオタイプってなに?

昔はテレビリモコンに「ステレオ」っていうボタンがあって、それは親から絶対に押してはいけない禁忌ボタン」と言われた。

ステレオってなに?」と聞こうとすると「大丈夫だよ、大丈夫からね」とはぐらかせ、さらにしつこく聞くと「やめなさい、死にたい!?」と逆ギレされる。

その形相から「知られたくは無いんだな」ということは容易に想像できた。

 

ある日、兄がステレオ意味を知った。どうも学校の友人から聞いたらしい。

忘れもしない、3学期が終わって、父の実家に遊びに行って婆さんが昼飯に作ってくれたチャーハン電子レンジで温めていた時だ。

兄が

「俺はステレオボタンを押す」

と言った。

僕は「だめだよ、やめようよ」と訴えたが兄は意に介さない様子でリモコンを手に持ちステレオボタンを押した。

 

すると、急に兄の顔に変化が生じた。みるみる真っ青になっていき、冷や汗をだくだく流して、ついには持ってるリモコンを落とした。

僕は、兄の変貌ぶりを恐れながらも、兄に聞いてみた。

「何だったの?」

兄はゆっくり答えた。

 

『わカらナいホうガいイ……』

 

すでに兄の声では無かった。兄はそのまま外に出ていった。

 

僕は、チャーハンを食べながら兄の様子がおかしかった、きっと何かあったに違いないとリモコンを手に持ってステレオボタンを押そうとする。

その時、祖父がすごいあせった様子で居間に走ってきた。

僕が「どうしたの?」と尋ねる前に、すごい勢いで祖父

 

『押したのか!お前、そのリモコンステレオを押したのか!』

 

と迫ってきた。僕は

「いや…まだ…」

と少しキョドった感じで答えたら、祖父

「よかった…」

と言い、安心した様子でその場に泣き崩れた。

僕は、わけの分からないまま、子供部屋にいるようにと言われた。

 

母と父が来ると、みんな泣いている。よく見ると、兄だけ狂ったように笑いながら、「ステレオタイプ、ステレオタイプ、ステレオタイプ」と呪文のように叫んでいる。

 

「兄はここに置いといた方が暮らしやすいだろう。あっちだと、狭いし、世間の事を考えたら数日も持たん…うちに置いといて、何年か経ってから田んぼに放してやるのが一番だ…。」

 

僕はその言葉を聞き、大声で泣き叫んだ。以前の兄の姿は、もう、無い。

 

また夏休み実家に行った時に会ったとしても、それはもう兄ではない。

 

何でこんな事に…ついこの前まで仲良く遊んでたのに、何で…。

僕は、必死に涙を拭い、車に乗って、実家を離れた。

2019-02-16

猫は偉大

折り合いが良いとはいえない老いた両親がいる。

両親の暮らす実家には猫がいる。今日実家灯油ストーブの前で両の手足を伸ばしきって、くつろいでいるだろう。

月に1回は、お互いの生存確認として、どちらからともなく、電話する。

話題が多くないなか、お互い口にのぼるのは、猫のことだ。

猫はどうしてる? もちろんストーブの前だよ。

それだけで暖かい居間景色イメージできて、安心する。幸福風景だ。月並みだけれど。

2019-02-08

anond:20190207004137

児童相談所 拉致 静岡市」などと検索すれば、当事者(親)が発信する記事を閲覧することができる。Twitter実名発信すら行っている。

彼らの主張と、裁判所認定事実とを対比しながら読めば、恐ろしさが伝わってくると思われる。

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損害賠償請求事件

東京地方裁判所平成21年(ワ)第25349号

平成25年8月29日民事第44部判決

口頭弁論終結日 平成25年4月25日

       判   決

(第1,第2 省略)

第3 争点に対する判断

1 認定事実

 前提事実に加え,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)本件小学校入学前後の経緯

ア 原告Q1は,原告Q2及びQ9との同居を始めた平成19年2月頃,Q9が時間を守らないこと,嘘をつくことを矯正させる必要があると考えて,原告Q2との間でQ9へのしつけの方法について話合い,その結果として,原告らは,Q9が小学校入学した同年4月頃から,Q9が上記の点について原告らの口頭での指導を守らなかった場合には体罰を与えることとした。

 原告らの体罰は,当初は頭を軽く叩く程度であり,その後顔を平手打ちするようになり,同年6月頃からは,Q9に木製の子ども用バットを持ってこさせて,臀部をバットで叩くことなどがあった。

(甲4,75,原告Q1本人)

イ(ア)Q9の所属するクラス担任であるQ12教諭は,平成19年4月頃,Q9の顔に痣があったこから,その痣について聞いたところ,Q9は,タンスの角にぶつけたと述べた。Q12教諭は,その後,Q9の顔の別の位置に痣があることを発見した。

 Q12教諭は,同年5月下旬頃,Q9が忘れ物をして登校してきたため,どうしたら忘れ物をしないようにできるか尋ねたところ,Q9は泣き出して,自分学校の支度をしていることのほか,原告Q1は殴るので恐いこと,原告Q2はQ9を守ってくれなくなり,原告Q1と一緒に怒ってばかりいるが,以前はそうではなかったことなどを述べた。そこで,Q12教諭は,Q9に対し,先生はいつも君の味方であり,先生が守ってあげるなどと述べた。

 原告らは,同月31日,本件小学校担任教諭保護者との間での連絡帳に,Q9から先生が守ってあげるという発言があったと聞いたが,その発言真意確認を求める旨の記載をした。

(イ)本件小学校のQ13教頭は,同年6月5日,原告ら宅を訪れ,原告らと面談した。その際,Q13教頭は,虐待の疑いがある場合についても適切な対応をとる必要がある旨述べ,原告らは,今までQ9はしつけを行われずに育ってきており,Q9を良くするのは今しかないこと,しつけの方針として,悪いことをしたら殴ること,虐待を疑っていることは理解していることなどを述べ,Q12教諭上記(ア)の発言について,Q12教諭からの直接の謝罪要求した。これを受け,Q13教頭は,一旦本件小学校に戻り,Q12教諭と共に再度原告ら宅を訪れ,Q12教諭上記(ア)の発言について,誤解を招く発言であったとして謝罪した。

 Q9は,同日以降,Q12教諭に対し,先生が来てくれてから殴られなくなったと述べた。

(ウ)Q9は,同年6月29日,右大腿部,右肩に赤色の跡があり,Q12教諭が,Q9がプールに入る際にその跡について聞いたところ,Q9は,原告Q2から叩かれたと述べた。

 また,Q9は,同年7月2日,右目の下部に痣があり,Q12教諭からその痣について聞かれたところ,原告Q2に殴られたと述べたが,Q13教頭からその痣について聞かれた際には,Q9は転んで怪我をしたと述べた。そこで,同日,Q13教頭原告ら宅に架電したところ,原告Q2は,Q9が2日続けて許せない嘘をついたこから原告Q2が殴った,私も人間から感情的になると述べた。

 原告Q1は,同月3日,本件小学校架電し,Q13教頭に対し,原告らは冷静にQ9をしかっていること,同じ状況であれば原告Q1であっても殴っているはずであり,原告Q2も同じ方針であることなどを述べた。これに対し,Q13教頭は,殴らないで育てることをまず考えるべきであるなどと述べた。

(エ)Q12教諭は,同月4日,原告から,本件小学校教育方針等についての意見記載された手紙が送付されたため,同日午後3時頃,原告ら宅を訪問した。その際,原告ら及びQ12教諭居間にいて会話をしていたところ,原告Q2は,一旦居間を離れてQ9の部屋に行き,Q9を叩き,居間に戻ってきた際に,「今私,Q9のこと,叩きましたから,守って下さい。叩きました。嘘ついたから。」などと述べた。

 その後,本件小学校のQ14校長教務主任及び生徒指導主任原告ら宅を訪れ,原告Q1から学校で行う教育と家庭で行う教育区別をしたガイドラインを示してほしいという要望があったため,Q14校長ガイドラインを示す旨述べて,同日午後8時30分頃にQ14校長らは原告ら宅を離れた。

(甲11,17,18,乙ろ2の12,乙ろ15,証人Q13)

(2)本件一時保護に関する経緯

ア Q14校長は,同月6日,静岡市教育委員会に対し,前記(1)イの経緯を報告した。静岡市教育委員会は,同月10日,静岡市α区の要保護児童対策地域協議会児童福祉法25条の2参照)の定例実務者会議において,Q9を要保護児童として提示し,Q13教頭が前記(1)イの経緯をまとめた報告書(乙ろ2の12の1ないし6丁)を提出した。上記会議に出席した静岡市児童相談所の所員は,同日,本件小学校に対し,Q9は保護を要する児童であるため,今後Q9に痣等があった場合には児童相談所に通告するように指示した。

イ Q9は,同月13日の登校の際,左顎及び左目下部に痣があり,Q14校長がその痣について聞いたところ,Q9は,嘘をついたことを原告Q1に怒られて殴られたと述べた。そこで,同日「Q14校長は,静岡市児童相談所架電してQ9について通告した。また,同日のプールの授業の際,Q9の大腿部及び背中に痣があることが確認された。

 静岡市児童相談所は,同日,上記通告を受け,子ども虐待対応の手引き(平成19年1月23日付け雇児総発第0123003号厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課長通知。乙ろ2の10)及び静岡県中央児童相談所作成家族支援ガイドブック(乙ろ2の11)に基づき,上記アの会議に参加していた所員等による緊急受理会議を開催し,Q9に行うべき支援及び援助の内容を判断するための虐待処遇アセスメント指標(乙ろ2の6)で判定をしたところ,虐待の程度は,5段階の上から2番目(打撲,広範囲の軽外傷等)であり,調査格付は,生命を脅かす(又は高い可能性がある。)状態として,直ちに立入調査を行うこととなる「R-1」と判定された。また,静岡市児童相談所のQ15主任主事ケースワーカー)等の所員3名が,本件小学校に立入調査をして,Q9の顔から足にかけて痣があることを確認し,Q9に聞き取りをしたところ,Q9は,原告からは,Q9が時間を守らないという理由毎日殴られること,原告Q2の方が多く殴ること,原告Q1からおもちゃバットでいろいろなところを殴られ,原告Q1から殴られた際に血が出たことがあることなどを述べた。静岡市児童相談所は,上記立入調査をした所員からの報告を受け,上記虐待処遇アセスメント指標及び所員の合議に基づき判定をしたところ,Q9の支援・援助格付は,直ちに一時保護必要となる「AA」と判定された。

 静岡市児童相談所長は,Q9に痣があり,Q9も原告から殴られていることを認めたこと,本件小学校から家庭訪問をした後も原告から虐待継続していることが確認できたことに基づき,Q9を一時保護し(本件一時保護),その後に原告ら宅に架電し,原告らに対して本件一時保護したことを告げた。

 Q9は,同日,静岡市静岡病院のQ16医師の診断を受けたが,同医師作成診断書には,「全身に打撲によると思われる皮下出血を認める」として,〔1〕両下眼瞼,〔2〕左顎部,〔3〕右肩甲骨上,〔4〕左大腿背側,〔5〕右下腿膝下部前面及び〔6〕両殿部について,「いずれも鈍器,または靴による打撲跡と考えられる」,「上記外傷について全治一週間と診断する」との記載がある。

 静岡市児童相談所は,同日,静岡県中央児童相談所の一時保護施設にQ9の一時保護委託した。

(甲11,乙ろ2の4ないし6・12,乙ろ15,16,乙は3の1・2,証人Q17,証人Q13)

(3)本件一時保護開始後の経緯

ア 原告らと静岡市児童相談所は,本件一時保護が開始された平成19年7月13日以降,電話等でやり取りをしたが,次のとおり,原告らは,Q9に対する体罰虐待ではなく,親である原告らの意思無視して本件一時保護継続することは不当であるとの意見を繰り返し述べた。

 原告Q1は,同月20日,静岡市児童相談所のQ15主任主事との電話で,虐待はしていない旨述べ,暴行肯定されると考えているかとの質問に対して「ええ,肯定されますよ。当たり前じゃないですか」「一時的感情だとかそんなことで虐待を繰り返してきているわけじゃないんだ」,「責任ある体罰っていうのだってあるんだ」などと述べ,静岡市児童相談所のQ18統括主幹との電話で,同月27日,「Q9をおたくらに任せますけど,やつが20歳ぐらいになったときにまともな,私らが考えているような大人になってなかったら,抹殺しますんで。おたくらも含めてよ。」,同月30日,「子どもがこう,おれらの考えてたとおりに教育できなくなったときに,おまえらどういう責任とる。とらなかったときは,おまえ,リンチしてもいいか」,同年8月1日,「根本からお前らの育て方とか教育論が間違ってるのに,何で間違ってる奴らと俺らが話し合わなきゃいけないんだよ。」などと述べた。また,原告Q2は,同年7月23日,Q18統括主幹との電話で,「私達は少なくとも体罰体罰だって考えてるんですね。私の思う虐待と言うのは自分憂さ晴らしですね。」,「体罰っていうのは暴力とは違う」などと述べた。

 静岡市児童相談所のQ19主任主事心理士)及びQ15主任主事は,同月20日から同年8月31日まで,一時保護施設を訪れてQ9と面談,行動観察,心理テスト等を行った。Q9は,同月8日以降の面接で,原告らと会いたくなく,施設から帰りたくない旨訴えた。Q19主任主事は,Q9について,同年9月20日開催の静岡市健康福祉審議会児童福祉専門分科会児童処遇審査部会に「現段階では,本児の家庭に対する拒否感が強く,両親と距離を置き,守られた環境下で,本児の話に耳を傾け,個別には母性的で受容的な対応が望まれる。」,「これまでの養育環境により本児の情緒面での成長が阻害されてきた結果が示されており,今後,両親の養育態度に改善が望めないようであれば,家庭との分離はやむを得ず,児童養護施設への入所が適当であると考える。」との心理診断の結果を提出した。同部会では,Q9の入所措置承認を求める申立てを行うことに異議は出なかった。

 静岡市児童相談所のQ20所長は,上記原告らの発言心理診断の結果及び上記部会の結果を踏まえ,原告らによる暴力継続される可能性が高く,Q9も帰宅拒否していることから児童養護施設への入所が適当であるとして,同年9月25日,入所措置承認を求める申立て(本件申立て)をした。

(甲11,14,乙ろ7の1ないし7)

イ 原告らは,同年9月28日,静岡市児童相談所を訪れ,Q20所長,Q17参事平成20年4月1日に静岡市児童相談所長となった。以下「Q17」という。)等の所員と面談した。この面談の際,Q20所長らは,本件一時保護の経緯や,Q9については児童虐待防止法2条1号所定の暴行が行われたもの判断していると説明したが,原告らは,「体罰虐待はこれ別物ですから」,「しつけの段階で,あざができるほどたたかなきゃいけなかった」などと述べてQ9の返還を求め,静岡市児童相談所はこれに応じなかった。

(甲9,10,乙ろ7の10)

ウ Q20所長ら及び原告Q1は,本件承認審判及び本件勧告がされた後である平成19年12月21日,静岡市児童相談所面談した。原告Q1は,本件承認審判の「二度と虐待に該当するような体罰をさせない」という文言から虐待に及ばない体罰については容認されたもの解釈している,体罰主体にしない努力はするが,目的によっては必要なこともあるなどと述べたのに対し,Q20所長は,しつけ自体否定するわけではないが,体罰を伴うしつけは子ども心理的な影響があり好ましくない,本件勧告を受けて,静岡市児童相談所から原告らに対する指導方法について年明けに提案する旨述べた。また,原告Q1が,原告らがQ9の通学している安西小学校に面会等を申入れることは問題となるか確認したのに対し,Q20所長は,今の状態だと問題となる旨述べた。

 静岡市児童相談所は,平成20年1月頃,上記提案として,Q9と原告らの家族統合に向けた「ご両親への支援プログラム」(以下「支援プログラム」という。)を作成した。支援プログラムでは,〔1〕目標は,「Q9君が安心して生活できるような家庭づくり。」であり,〔2〕方法として,原告らが静岡市児童相談所を訪れ、概ね1か月に1回2時間程度を目安に面接実施し,面接以外にも課題の提出をお願いすることがあること,〔3〕2月から3月頃にQ9の気持ち確認し,写真ビデオレターなどを通した親子交流を始めること,〔4〕Q9が原告らに会いたいという気持ち確認し,5月から6月に児童相談所内で原告らとQ9との面会を実施し,6月から7月初旬に親子での外出を実施すること,〔5〕面会・外出時の親子の様子,Q9からの外泊希望確認し,児童相談所所員による家庭訪問実施した後,7月初めに家庭への外泊を開始すること,〔6〕外泊が繰り返される中で,良好な親子関係が認められ,引取り後の支援のあり方について共通理解が得られれば,家庭引取りとなることが記載されている。

 Q20所長ら及び原告Q1は,同年1月11日,静岡市児童相談所面談した。静岡市児童相談所のQ21心理士支援プログラムについて説明するなどしたところ,原告Q1は,支援プログラムは本件勧告無視したものである原告らは体罰をしているのであって虐待暴力ではない,一時保護自体間違っている,おれは日常生活の中で普通にやっていく中で必要であれば絶対体罰は使う,まずはQ9を帰してもらいたいなどと述べた。そこで,Q20所長は,再度提案をする旨述べた。 

 Q20所長ら及び原告Q1は,同月24日,静岡市児童相談所面談した。Q17が,本件勧告に基づいてQ9を帰宅させるためには,虐待に該当するような体罰はしないことが条件になる旨述べたところ,原告Q1は,裁判所原告らが虐待をしていないと認めており,Q9をすぐに返してもらった上で静岡市児童相談所による指導を受けるというのが原告らとして譲歩案の全てである静岡市児童相談所原告らの意見を聞かずに一方的な主張をしているなどと述べた。

(甲9,10,乙ろ5の2,乙ろ7の11・12)

エ Q9は,平成19年12月31日,静岡ホームで転倒して頭を打ち,CT検査をしたが,脳に異常は認められず,頭部挫傷と診断された。

 静岡市児童相談所は,原告らに対し,上記転倒事故を通知せず,原告らは,平成20年3月7日に静岡市個人情報保護条例に基づき開示を受けた文書により,上記転倒事故の発生を認識した。

(乙ろ1)

オ 原告Q2は,同年2月1日,静岡市児童相談所に対し,Q9の毎日の詳しい言動や様子を報告しない理由等の回答を求める質問状を送付した。また,原告らは,同月8日,静岡市児童相談所を訪れ,本件抗告棄却決定に対して特別抗告申し立てた旨伝えるとともに,親権行使するとして,Q9の毎日の一時保護施設及び小学校での言動を報告することを求めた。さらに,原告Q1は,一時保護期間の7か月でQ9の身長が2.4センチメートル体重が1キログラムしか増えていないという理由で,Q9への精神安定剤等の投与を疑

2019-02-07

民泊最高だわ。居間じゃ金髪娘がこたつはいってたり共同トイレJKのしっこの音が聞こえたり

金髪娘にみかん剝いてあげたら吉野家の割引券くれたし

2019-02-05

同居人の音に対する感覚が謎

流しで蛇口から水を出して洗い物をしていたらドスドスと不機嫌そうに居室のドアを開けて出てきたと思ったら、蛇口を止めた途端に引っ込んだ。

意味不明な動きすぎたので「どうしたの?」と聞いたら「うるさかった」とのこと。

かに中途半端な水量で水を出すと景気よく出すよりもシンクを叩く音がでかい。でかい水滴でシンクを殴りつけるような音だ。

しかしそこまで神経質になるほどうるさい音か? ずっと出しっぱにしてたわけじゃない、コップを洗う間流してただけだぞ?

別の日。俺は同居人よりも耳がよくなくて、同居人が満足するよりも大きい音でTVを見ないと満足できないのだが(同居人が7~8くらいだとしたら俺は1112くらい。TVボリュームの話な)、居間で値落ちしていた同居人の横でTVを見ていたら不機嫌そうに「音が大きい」と言われて音量を下げられた。

だが自室で音楽をかけ風呂を入るときにも音楽をかけている人間に言われたくはない。

もちろん同居人もご近所から苦情が出るほどの大音量で聞いているわけではなく、集合住宅の一室における常識的な音量だ。

それにしたって静かに読書しようとするには邪魔なのだが、少なくとも俺は一度も文句を言ったことはない。

だいたい、ここは居間だぞ。うるさいのが嫌なら自室に戻れよ。

俺が雑なのは認めるが、ちょっとお前も神経質にすぎんか。ほんと他人との同居に向いてねーな……と思いつつ、喧嘩したいわけではないので何も言わない。

お互い、他人と住むのは慣れてるはずなんだけどねえ。

2019-01-28

実際

嫁と毎日一緒に風呂に入る

→無言で別々に入る

嫁と毎日一緒に寝る(毎日やる)

→嫁は無言で寝室に消える。俺は居間で寝る

嫁と毎朝毎晩一緒に食事する

→俺がいるときは嫁は台所立ち食い

嫁とおはようキスといってらっしゃいのキスをする

→嫁とは会話すらない

嫁に愛妻弁当を作ってもらえる

→嫁は自分弁当を持っていく。俺は仕出し弁当。嫁の弁当を俺が洗わないとキレる。

嫁と一緒に映画を観る

10年以上記憶にない

嫁と一緒にゲームをする

ゲームをしてる俺を嫁が憎しみの目で見てくる

嫁と一緒に買い物をする

→なぜか嫁が切れる

嫁が一緒じゃないと寂しくなる

→一緒だと憂鬱になる

嫁が一人だと早く帰って守りたいと思う

子供連れて実家に帰ってるのに感謝気持ちは感じられない

嫁が病気になったら会社を休む

→本当に迷惑子どもと一緒に実家避難

嫁が辛い時は一緒にいるようにする

→俺が嫌なら出てけばいいのに

https://anond.hatelabo.jp/20190126235410

2019-01-18

家が死ぬ

なんて大げさだなって思ってた

わたしが生まれ育った家を解体することになった

理由都市計画における道路拡張による立ち退き

オリンピックを前にしてなんだか話の進みが早くなったような気がした

条件は良くも悪くもない

今の資産価値計算して、それと等価補償するというもの

それ以外の引っ越し代などの雑費も補償してくれる

から損はない

前よりも狭くなったけど、新しい家にも引っ越し

わたしたちも大きくなって、前ほどの広さの家も必要がないし、この新しい家にあと何年住むかもわからない

古い家を引き払って新しいところに住めるだなんてむしろラッキーではないか

なかなか話しを進めたがらない親を見て、ぼんやりとそんなことを考えていた

引っ越しが済んで一週間くらいしたころ、解体見積もりをするために業者さんと一緒に古い家に入った

荷物はすべて引き払われてもぬけの殻のような家だけど、玄関を入って居間に続く扉のノブに手をかけたときに思いもよらない事が起こった

まれから今までの、この家とともにある思い出が走馬灯のように突然蘇ってきたのだ

さな頃に転んでぶつかった思い出、思春期の頃に苛立ちに任せて扉を強く叩きつけた思い出、初めての給料で買った母へのプレゼントを抱えてドキドキしながらドアノブに手をかけた思い出

いい思い出もわるい思い出もとめどなく頭の中に蘇り続けた

この扉を開けば、当たり前のように家具が並んでいて当たり前のように母が台所に立っていて、わたしはそこを当たり前のように通り過ぎる

そんな姿をイメージした途端に、涙が溢れ出て止まらなくなった

そうか、そんな当たり前の毎日はもう二度とやってくることはないんだ

業者さんは何も言わずわたしが落ち着くのを待っていてくれた

しかしたら過去に同じような経験したことがあったのかもしれない

引っ越しの忙しい最中、母がふと「悲しい」といった言葉意味がそのときはよくわからなかった

両親が建てたこの家なのだからわたしなんかよりもっと沢山の思い出がある

母にしてみればわたしよりもよっぽど長く一緒にいる家族だったんだ

みんなの生活が便利になる再開発文句なんてないけど、最後の一軒になってまで計画に賛成しようとしない人の気持が少しだけわかったような気がした

この家とはもうお別れだけど、今までありがとうという気持ちを伝えることができて本当によかった

鉄骨(?)住宅だが、隣の部屋のオナラめっちゃ聞こえて笑う

鉄筋コンクリートじゃなく、鉄骨式だったように思う(ちゃんと覚えてない、すまん)

隣の部屋のオッサンが寝ると、いびきメチャクチャ聞こえる。

寝室が、うちの部屋の居間に近いんだろうな。寝るとき関係いからいいわ。

電話しているごにょごにょ声も聞こえる。声でかくね?テレビ見る音は聞こえないから、電話楽しいんだろうな。

「ブゥウウ!!」ってオナラする音が良く聞こえる。メッチャ笑うからやめろください。

絶対普通に座って地面にケツくっつけてオナラしてるだろ。空気の出口なくて毎回音デケーぞw

足音とか引き戸閉じる音とかがバン!!って五月蝿いときもある。もう少しおしとやかに過ごそうや。

ま、それで1年過ごしてきたが、特に何も問題ない。下の階の人が「上の奴うるせーーーー」って思っていないかけが心配だ。

下の階と違って 隣の部屋が近くないからそんなにイライラしないんだろうな。

2019-01-11

いい年して「毒親」とか言ってる連中

何か話聞いても、そんなんいつまでも引きずるようなこと?としか思えねえんだよな

うちの親父もたぶんあいつらの基準では立派な「毒親」よ

親父が居間でくつろいでるとき子供が何か音を立てると不機嫌になって、テーブル蹴り飛ばしたりとかな

一番嫌だったのは、どういうわけだか会社飲み会に毎回連れていかれること(当時小学生

ある日酔っ払いオヤジ共にしつこく絡まれて、泣きながら飛び出したら、追いかけてきた親父に

「なんだその態度は!皆に失礼だ!」と説教されたとか

まあ他にも色々、数えきれないほどエピソードはあるよ

でもうちの親父は、俺が東京大学行きたいって言ったらなんの文句も言わず学費も出してくれた

大学同級生友達になった奴は、父親が「そんな学部は認めん!」とかなってほぼ勘当状態上京

奨学金バイトで何とかしてたけど、いつも金欠で苦しんでた

よそも色々あるんだな、うちの親が酷いとか被害者面してらんないな、と思った記憶あるよ

で実際、大学卒業して自分で稼ぐようになって数年したら、もう親との過去のこととかどうでも良くなったよね

別に絶縁とかもしてないし、恨みを抱いていたりもしてない。

客観的に見てうちの親父は色々バカなことしたと思うけど、なんだろうね、もう「済んだこと」でしかないんだよね

自分の周りの友達と話しても、みんな大体そんな感じ。

なんかさー、いい年して「毒親」とか言ってる連中のほとんどってさー、自分が未熟で人生がうまく行かないことを、親のせいにしてごまかしてるようにしか見えないんだよなー

あと、毒親だった!虐待されてた!って被害者の顔をすると、特にネットでは色々同情してもらえて気分がいい、みたいな?

それやってて何か問題解決したり、人生が良くなったりするんかね?

ネットで目に付くのはむしろ毒親被害勲章みたいに晒しながら、やたらいろんなことに攻撃的で次から次へと面倒ごとを作り出してるような連中だけどね

2019-01-04

anond:20190104134718

栃木県民じゃないけど居間カレンダーを4つかけている

家族イベント、薬の服用チェック、買い物リストゴミ収集日と書き込む内容を分けている

居間に貰い物のカレンダーを全て飾るのって栃木県民だけなの?

栃木県出身で、他県に移住してから18年ほどになる。

昨日、知り合いが大量のカレンダーを持ってやって来て、よかったら貰ってくれというので、卓上カレンダーを二つばかりだがいただいた。

我が家には既に沢山の貰い物のカレンダーがあって、部屋の片隅で埃を被っているのだった。飾りたくても、飾れるような壁があまりない。そんなアパートに住んでいるもので。採光は抜群に良いんだけど。

知り合いが帰ってからふと思い出したのだけど、昔、何で読んだか見たか忘れたのだが、「栃木県あるある」として、「部屋に沢山のカレンダーを貼っている」というのがあったような気がするなぁ、と。

実際、我が実家には貰ったカレンダーが全て飾られていた。

父の友人の自動車整備工場カレンダーが、毎年センター存在で、神棚の下を占有していた。これはよく児童書で見るようなイラストレーターの描いた可愛いイラストがあるからだった。

他に重視されているのが、回覧板に挟まって届けられる細長い月間カレンダーとか、十干の入ったカレンダーとか、なんか色々ごちゃごちゃと壁を埋め尽くしていたなぁ、と。子供部屋の壁とか、机の上にも卓上のがあったし。

祖母友達お金持ちの家はうちよりもいっぱいカレンダーがあった。

あと、古い農家で三和土があるような家って、上がってすぐの所に日めくりカレンダー(勿論どこかの業者電話番号入り)がありがちだったような。

実家に住んでいた頃は、こういうのをおかしいと思った事はなかったけど、変わっているのだろうか。

2018-12-30

大掃除(*^^*)

昨日は居間の棚と台所今日はお風呂トイレ・全体の掃除機かけ

今お風呂がおわって休憩~

大変だけど気持ちいい

2018-12-26

ホログラム技術ってなんで一般家庭に普及しないの

Vtuberとか言ってないで

バーチャルキャラ居間リアルに踊ってくれる方が断然楽しいじゃん

はぁ

もっと未来に生まれたかった

2018-12-18

こんな寒い部屋でオナニーなんかできるか!俺は居間に帰らせてもらう!

2018-12-16

anond:20181216164005

少なくとも居間にずっといるっつうのは異常

台所とくっついてるから便利なんだろうな

家の交通の要所でもあるようだし

一度正月帰省して親父さんと話してダメそうなら

数年以内で増田がお袋さんを引き取る算段で動いた方がいいよ

anond:20181216150445

横だけど父がそれっぽくて実家の8畳の両親の寝室と

俺と兄の使ってた6畳部屋をコレクションプラモデルで潰して

居間私物の山を築いて暮らしてて

寝室から追い出された母親は一時期洗面所に布団を持ち込んで寝起きしてて

かねた兄が母を新居に引き取ってからは誰も実家に帰ってない

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