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はてなキーワード: 絶滅収容所とは

2022-12-21

anond:20221220163818

ナチスがやった様に多数の労働収容所と最終処分地としての絶滅収容所を作って独身のおじさんを強制労働させ、健康を損なって用無しになったら絶滅収容所に送れよ。

2022-09-21

簡単ホロコースト否定論とその反論の紹介

アウシュヴィッツガス室で600万人も殺して遺体は全部骨まで残さず焼却して証拠隠滅した?そんなのあり得ないから嘘である

そもそもの問いの立て方が間違い(酷いストローマン)。ホロコーストでのユダヤ人犠牲者は、大雑把に言えば、アウシュヴィッツで100万、その他の約四箇所(マイダネクは少ないので計算から除外)の絶滅収容所200万、ソ連等のその他の地域での虐殺で150万、ゲットー強制収容所などで100万、その他50万、合計で600万人と言ったところ(繰り返し言うがかなり大雑把)。つまりホロコースト象徴になっているアウシュヴィッツでは約100万人なので、それを6倍もストローマンした虚言・戯言である

また、アウシュヴィッツでさえ「骨まで残さず焼却した」だなんてことはない。むしろ、非常に荒っぽい不完全火葬で、細かい話だが炉の中の死体を載せる格子から下の灰皿に落ちた残骸は、掃き出してランマーで細かく砕いて、集めて近くの川に捨ててしまったのである司令官を含む複数証言)。他のヘウムノなどの絶滅収容所では焼却後、粉砕機を用いて骨類は砕き、周辺の土地へばら撒いた。また、犠牲者数こそ数万と少ないものの、マイダネク収容所には大量の遺骨が残っていた。「Majdanek bone」とすればその画像が得られる。

アウシュヴィッツ火葬炉の焼却能力はせいぜい1日あたり二百体以下であり、百万体なんて処理できず、嘘である

もしそうならば、確かに、大雑把に絶滅期間を500日とすると、十万体しか処理できないことになる。しかし、それは明らかにである。何故ならば、別の収容所であるマウトハウゼン強制収容所衛星収容所であるグーゼン収容所では、一基の火葬炉あたり、1日あたり20体以上の火葬をしていた記録が残っているかであるアウシュヴィッツには絶滅現場であるビルケナウだけで46基の火葬炉(マッフル数)があり、1日あたり少なくとも900体処理できたことになって、500日なら45万体である。それでもまだ半分以下だが、アウシュヴィッツでは実は一体ごとに火葬するなどと言う丁寧な火葬などせず、複数遺体を同時に火葬していたので、能力自体もっと増える。それに、ビルケナウの火葬炉はトリプルマッフル炉や八連マッフル炉になっていて、遺体を入れて火葬する場所が内部で繋がっており、高温を維持しやす構造となっていて、連続焼却を前提とした構造だった。民生火葬場とは全く違い、遺骨を遺族に返却する必要はなかったのだ。(あっても、適当に遺族に誤魔化して骨壷に入れて渡した)さらに、犠牲者が多かった時期は、野外焼却を実施し、司令官のヘスは自叙伝で「ほとんどの火葬は野外焼却となった」と書いている。以上、百万体程度は十分可能だった。

 

火葬炉はコークス炉であり、記録から百万体もの遺体火葬するためのコークス供給されてなどいなかった。

実は、アウシュヴィッツ火葬炉は、最初の二日間程度、炉内を高温化するためにコークス必要だっただけで、遺体火葬自体にはコークスほとんど必要なかった。何故ならば、複数遺体を同時に連続的に火葬していくので、それらの遺体自身が燃料化したかである燃えにくい痩せてガリガリ遺体場合にはコークスは追加されただろうが、太った新鮮な遺体(つまり収容所収容されずに即日ガス室で殺された人)ならば燃料替わりにさえ使われた。これらについての細かい技術的な話は、遺体処理を担当したゾンダーコマンドだったヘンリク・タウバーの証言を読むといい。

アウシュヴィッツの様々な議論(9):証人の宣誓供述書1:ヘンリク・タウバー|蜻蛉|note

 

青酸ガスは引火の危険性があり、火葬場の隣がガス室だなんて危険すぎてあり得ない。

青酸ガスの爆発濃度下限値は56000ppmであり、人間の致死濃度はせいぜい2000ppm程度(一般には300ppmとされるが諸説ある)である。いずれにしても、ガス室内だけの話であり、ガス室外に漏れ出したとしても、濃度は低下してしまうため、引火の危険があるとは考え難い。否定派は、シアン化ガスの「濃度」を無視する傾向がある。実際には例えば、10ppm程度だと致死に至る可能性は極めて低い。そもそも青酸ガスの元であるチクロンB害虫(及び害獣駆除剤であり、害虫駆除作業で使える程度の安全性がなければ使えなくなってしまって全く意味がない。なお、詳細な話をすると、この火葬場の隣のガス室は、アウシュヴィッツのメイン収容所にある、現在でも観光用に公開されているガス室(第1ガス室)のことであり、ユダヤ人絶滅現場であるビルケナウのガス室のことではない。流石に第1ガス室処刑最中には、隣で火葬作業をしていたとは思えない。そこでは毎日稼働させるような大量の処刑はしていなかったかであるビルケナウのガス室では、火葬場はガス室から離れていたので、引火の危険性を考えること自体おかしい。

 

青酸ガスは毒性が強く危険であり、ディゲシュ社の説明書には20時間の換気が必要とあるチクロンBも青酸ガスがなくなるまで放出し続けるので、2日以上も遺体搬出できないことになる。これではあまり時間がかかりすぎてユダヤ人大量虐殺など不可能である

遺体搬送の働き手は、いつ死んでもいいユダヤ人のゾンダーコマンドである。また、20時間の換気は、ディゲシュ社が想定した害虫駆除作業箇所でのものであり、様々な場所を想定した上での安全性配慮しただけのことであり、必要十分な時間よりかなり長いマージンをとっている。しかアウシュヴィッツガス室は、室内はガランとしたただの空間であり、致死濃度でさえなければ、あるいはガスマスク使用していれば、少なくとも死ぬ危険はなかったのである。実際、何人かのゾンダーコマンド証言ではガスマスクをつけていたとの証言がある。十分な換気能力の換気装置のあったガス室と、自然換気で行ったガス室があったが、生存証言によるとわずかに体調を崩した程度の証言があるのみで、死者があったと言う証言はない。また、非常に細かい話としては、地下型のガス室になっていたクレマトリウム2や3では、金網投下装置なる特殊チクロン投入装置があり、これを利用してユダヤ人殺害確認したのち、ガスを放出し続けるチクロンBを容器ごと天井から引き抜いたため、「ガスを放出し続けるチクロンB」の問題はなかったのである

 

チクロンBが使われた証拠が全くない。ロイヒターやゲルマー・ルドルフの調査では、同じチクロンBが使われた害虫駆除室でのシアン化物検出濃度は、ガス室とされた場所の少なくとも1000倍以上の濃度差があり、これでは殺人ガス室であったとは到底言えない。

それは、ロイヒターやルドルフは、殺人ガス室とされた場所には存在していない、(シアン成分が鉄分と結合して化学変化した長期的に安定的な)プルシアンブルー害虫駆除室で試料採取し検量したかである。プルシアンブルーが、青酸ガスが使われたら必ず発生するという証明は一切されていない。その上、害虫駆除室の壁面をよく見ると、プルシアンブルーのある場所とない場所がはっきり分かれており、これは青酸ガスが存在してもプルシアンブルーが発生しない場合があるという証明になっている。プルシアンブルー以外のシアン物質成分は、非常に水に流出やすいことがわかっている(ビルケナウのガス室のあった火葬場は全てダイナマイト破壊されており長年に渡って雨曝しだった)。さらに、害虫駆除室と殺人ガス室におけるチクロンの使い方は、その残置時間全然異なる。害虫駆除ではシラミはなかなか死なないので、通常は丸一日の燻蒸を行ったのに対し、殺人ガス室では証言によるところ、せいぜい三十分以内であった。死体火葬処理の方に時間がかかるため、一箇所のガス室での集団処刑はせいぜい1日に一回、多くても2回が限度だった。したがって、殺人ガス室の後とされる場所にプルシアンブルーが生成されていなくても、何ら不思議はない。以上のことから、プルシアンブルーを含めない検査方法でなければインチキである。それをやったのが、ポーランド公的機関であるクラクフ法医学研究所であり、結論として殺人ガス室があったとみなして良い結果を得たのである

ロイヒター&ルドルフレポートに対抗したクラクフ報告とは。|蜻蛉|note

 

野外焼却をやったというが、戦時下の燃料不足だったから、死体焼却に貴重な燃料を使うわけがない。

野外焼却の証拠は、まず司令官ルドルフ・ヘス自叙伝記載されているものがある。他にも複数人の証言がある。また、1944年中の米軍による航空写真にそれら証言が伝える場所での煙が写っている、さらにはユダヤ人ゾンダーコマンドによる極秘に取られた焼却中の写真もある。さらには1960年代に行われた民間会社による野外火葬場所の発掘調査で遺灰などが発見されている。否定派は、「アウシュビッツに焼却用の燃料がなかったこと」「どのくらいの燃料が必要だったか客観的根拠」など、否定すべき内容についての証明を一切行っていない。なお、アウシュビッツビルケナウ収容所は、十万人規模の囚人と二千人規模の親衛隊員を有する巨大施設であり、燃料不足で燃料を使わず活動生活していたなど信じ難い。ユダヤ人絶滅は「総統命令」として実施されており、極秘作戦だったから、遺体証拠隠滅必須であり、戦争遂行と同じであって、何が何でも実施したであろうことは想像に難しくない。彼らは命令で動いていたのである否定派は、何故ユダヤ人絶滅をやっていたのかを全く考慮していない。戦況が敗戦必至になって、絶滅作戦が中止されたが、それもまた親衛隊トップヒムラー命令であった。

 

アンネの日記捏造だ!

今更何を……。[しかしいまだにアンネの日記デマツイッターなどでしばしば流れる

Twitterホロコースト否定論への反論(18):アンネ・フランクの日記|蜻蛉|note

 

1947年ワールドアルマナックによると、1939年当時、世界ユダヤ人人口は15,688,259人だった。この数字米国ユダヤ人委員会提供したものである。次に、1948年2月22日付のユダヤ系新聞ニューヨーク・タイムズ」によると、この年の世界ユダヤ人人口は「パレスチナに住む60~70万人に加えて、1,560~1,870万人に達する」と書かれている。600万人もの人々を失ったのに、戦時中ユダヤ人人口がこれほど急増したのはなぜだろうか。

からあるアルマナックデマと呼ばれる既に何度も論破された愚論。戦後センサスがアルマナックに反映されるのは1949年まで待たなければならない。それまでは、単に1939年の値からの推計値を記載していたのである。また、ニューヨークタイムズは後日、その数字を1200万人に訂正している。

 

戦後ダッハウガス室大量虐殺があったと言われていたのに、今ではダッハウガス室では処刑は行われなかった、と言っていることが変わっている。おかしいではないか

ダッハウ米軍が入った時、大量の囚人死体があったのは周知の事実であるガス室のあった建物であるバラックX周辺にも遺体が山積みとなっていた。そして「浴場へ」と書かれた看板のある、ダミーシャワーのついた謎の部屋……、戦時中からドイツ軍ユダヤ人のガス処刑をしていることは広く連合国側に伝わっており、これらの状況からダッハウガス室大量虐殺をしていたと誤解しても致し方のない状況であった。米軍は当初勇足で「ダッハウガス室での大量虐殺」を報告してしまった。しかし、直接的な目撃証言裏付けのある証拠が当初は見当たらず、ガス室でのガス処刑があったとは言えないとわかるのは1960年代まで待たなければならなかった。のちに僅かな目撃証言文書資料が見つかったが、裏付け能力に乏しく、「実験的なガス処刑があった可能性がある」くらいしか言えない。いずれにしても、歴史的事実がさまざまな調査研究により、後々になってより詳しく判明していくのは当たり前のことである。とくにおかしいところはない。

 

今ではベルゲン・ベルゼン収容所大量死体は餓死病死によるものと判明しているのに、今だに「大量虐殺の動かぬ証拠!」のようにテレビなどで用いられている。これらは嘘っぱちである

知らんがな。確かにNHK番組ですら誤ったホロコーストの内容を伝えていることはある。実は著名な研究者ですら、非常に細かいところで誤った記述をしていることもある。しかし、日々のニュースでさえも、「先ほどのニュースの中に誤りがありました。訂正してお詫びします」を聞かない日はない。人は誤りを犯す生き物である。それが何か? 

  

……ほんとにネット界隈(特にTwitterYoutubeあたり)は修正主義支持者が多いので、誰か手伝って欲しいくらいなんだ……

2022-05-23

はてブってそういう場所だったの!?はてフェミってそういう人たちだったの!?

”ゼレンスキー氏、男性出国求める請願書に「故郷守ろうとしてない」”のブコメ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.asahi.com/articles/ASQ5R1SQ2Q5RUHBI001.html

 

zyzy まぁ古来から出産兵役は対なんでこの性的役割にはなってる。何故かと言うと国土は極論そこに属する母体とそこから発生する子孫を国土に属する男性保有する権利の為にあったから。女性には国土を守るメリットない

他、同趣旨ブコメ複数

他、「やむを得ない」「仕方ない」「きれいごとは言えない」等、男性出国(脱出)禁止措置消極的肯定するブコメ多数。

 

戦地ではない安全場所避難して安全に生き続けたい、死にたくない、ていう「自己生命」「自己保存本能」を制約する国家措置って、これ以上ない究極の人権侵害だと思うのだけど、そう捉えない人もいるんだ。

国家がなくなっても人は生きていけて、個人にとっては「死んでしまえばその後に国家がどれだけ永らえようが栄えようが、死んでしまえばそれで終わり。だから俺にとって国家価値は俺の命の価値より軽い。とにかく俺は死にたくない」という人がいてもいいし、俺自身がそういう思想なんだけど、それは認められず「国家を永らえるためには国家権力による個人男性)への死の強要も仕方ない。男は甘んじて受け入れろ。命をかけて国を護れ」て考えの人が、はてブにこれだけ多かったんだ。全体主義のものじゃないか

 

「外部からとやかく言えない」?いや、同じ人間だろ。当事者が「国(戦場から逃れさせてくれ」と要望してるだろ。

ウクライナ人である前に人間だろ。なんで同じ人間としてでなく「あいウクライナ人男性、ワタシ日本人、チガウネ。ワタシ何モ言エナイ」と思考放棄してんのよ。人権てそんなものじゃないだろ。

国家存続の危機の前に国家が取る手段に対して、外国から何も言えない」ならアメリカからいつイラクのように攻撃されるかビクビクしてハリネズミになってる北朝鮮国内全体主義にも何も言えなくなっちゃうだろ。

ウクライナは良い人権侵害北朝鮮は悪い人権侵害か?その違いは何なんだよ。

 

出産兵役が対」で、かつ「兵役強制徴兵制)も仕方ない」のなら、

ウクライナ政府が「女性は国に残って、国家が指示した強い男性兵士と性行して子を産み次世代兵士として育てよ」と徴妊制を導入して妊娠出産罰則つきで強制したとしても、今回と同様に「やむを得ない」「仕方ない」「きれいごとは言えない」て反応になるのかよ。

不妊症子供産む可能性がない女性だけ徴兵されて戦場に送られて「なぜ私たちだけ!」と嘆いても「兵役の対になる出産ができないから仕方ない」で済ませるのかよ。

そんな反応は想像できないんだけど…絶対はてブ批判非難だらけになるよね。

(あと「重度の障碍児や障碍者は、国を護ることができず生産もできず、国家存続の前に負担しかならない。国がなくなれば終わりだから緊急避難として全員強制収容する。生かすのに人手がかかるから少しでも兵士を確保するため労働力にならない者から処分する。」も「やむを得ない」になっちゃうよね。ナチスのように。)

 

徴兵制」と「徴妊制」のどちらも肯定するか、どちらも反対するなら筋が通ってるけど、前者に賛成しつつ後者の導入となると「それは酷い、女性産む機械いか、やめろ」と思っちゃうでしょ。いや、男性だって「戦う機械」じゃないから。死にたくない一人の人間から

結局のところ、女性貞操性的自由よりも、男性の命のほうが軽いと。

そうでないと今回の反応の理由説明できないよね。

「徴妊制」まで行くと極端な考えだけど、「出産兵役が対」なのであれば、

「男女ともに徴兵前線に行かせる。ただし妊娠している女性だけは、子を出産し立派な兵士に育てあげるまでの期間は徴兵猶予する」て制度くらいは導入しないと「平等でない」と思うけどな。

さらに言えば、生まれた子を優秀な兵士にするため、ポルポトのように親元から引き離して集団兵士として育てることだって国家滅亡の前ではやむを得ない」「仕方ない」「きれいごとは言えない」で肯定できちゃうよね。)

片方の性にだけ命の危険強制することを是認して、もう片方の性には何も強制しないのを良しとするって、結局は性差別主義者だよね。

 

国家滅亡の危機からといって、女性強制的に妊娠出産させて兵士生産装置にするのは許せない、ひどい人権侵害だ。

戦力や労働力にならない障碍者絶滅収容所に入れるのも許せない、ひどい人権侵害だ。

優秀な兵士を増やすため子を強制隔離して国家洗脳教育ポルポト集団養育するのも許せない、ひどい人権侵害だ。

だけど成人男性安全地帯へ逃げたいと言っても避難禁止したり、成人男性だけを本人の意思に反して強制的に軍隊に入れ戦場に送って人を撃ち殺させたり、撃ち殺されたりさせるのは「仕方ない」「やむを得ない」「きれいごとは言えない」だって

こうやって並べてみると、どれだけ「男性生命に関わる事だけが"仕方ない"で切り捨てられ、男性人権が軽視されてるか」がよくわかるね。それをやってるのがはてフェミなのよ。

  

人権軽視の全体主義者で性差別主義者、最低やん…

2022-03-15

池内恵tweetの件なんだが

池内恵tweetの件なんだが

日本人は、加害者としての歴史を忘れるな」って言ったことがある人は、「ロシア市民に罪はない、強権支配被害者

って言うのは欺瞞だ云々のアレだけど。

 

https://twitter.com/chutoislam/status/1503200219286097921

 

これに続くツイートの方がちょっと奇妙で

そういう逡巡の跡が見られない人は、まあ人間としてそう言うもん

から学者としての尊敬は得られない

卓越性とか人格陶冶とかちょっと感じさせてくれないとやってられない

と飛躍がある事を言ってるのね。

特に「卓越性とか人格陶冶とか」は唐突感が強い。

 

この「卓越性と人格陶冶」って保守主義を好評価する時に使われる紋切り型なのね。特に2つ併置されるのが紋切り型

フランス人思想とかアメリカ合理主義などの理性主義だと人間平等で理性を動員して抑圧無き良き世界を作っていくって風になるんだけど、意志の力で克服とかストレス晒し人格を鍛錬するっていう風な事は落ちてしまう。

古典的自由主義ハーバート・スペンサーなど)やドイツ国法学なんかを志向することが多い。

あとはエドマンド・バークなんかの反フランス革命保守主義とかも。

すると差別っていうのは単に悪じゃなくて主体が乗り越えるべき情況って意味付与される。

 

例えば西部邁少年期に吃音(どもり)があった。

今の感覚だと言語療法プログラムで訓練して、周りもそういう癖に気遣わなきゃいけないね、ってなるけど、西部はこれは自己意志問題だと考えたのね。実際吃音行動療法には価値の明確化、つまり自分意志の再構築をする方法もある。

それで意志の再構築で吃音を克服した西部オルグ天才となって学生運動トップになってしまうのだけど。

その後右に転向したのだけど、西部思想にはその原経験が生きているなんていう評論のされ方をよくする。これは紋切り型評価の一つだ。

 

もう一つの例挙げると、ハワイダニエル・K・イノウエ国際空港の名になっている日系アメリカ人ダニエルケン・イノウエ。

この人は日系人でありながら合衆国上院議長まで上り詰めた人なんだけど、ハワイ大学在学時に日本軍真珠湾奇襲が起こった。

当然日系人の肩身は狭くなり、イノウエは合衆国への忠誠心を示すために軍に志願して第442連隊に入れられた。

これは日系人構成される部隊もの凄く損耗率が高かった事で有名だ。激戦区に配属された為だな。損耗率が高いっていうのは死亡率や負傷率が高くて、死んだら補充を繰り返したってこと。イノウエも片手を切断している。

そこまでしてアメリカ人として認められて戦後上院議員としての道を歩み上り詰めたわけだ。

これは過酷だが差別という情況を克服して陶冶された人物代表例だろう。

 

だけど、「卓越性と人格陶冶」の紋切り型っていうのは批判する時にも使われるわけよ。

要するに「保守主義だと卓越性と人格陶冶が重視されるがお前はそうではない」って言い方。ネトウヨがメッキの為に保守とか自称してるのに対して言ったりするのが判り易い。

 

で、件の池内ツイートにぶら下がったりブクマ付いてるのって単にWhataboutismの相対主義としての好評価のやつしかないわけよ。

Whataboutismの本場はソ連で、よりによってロシアの非合理関係の事でWhataboutismしたりそれに蝟集したりすんなよ。

それでそういう動機での好評価を集めているのに池内自身は何も注釈しない。

それに他の場所では

ロシア文化にも責任はない」とロシア文学者が言うのは、エネルギー業界の人たちが「ロシアから石油・ガスを買っていけないというのでは商売上がったりだ」と言うのと、それほど違いはない

とか言ってる。https://twitter.com/chutoislam/status/1503124758950518787

 

こうなると単に相対化であって、「卓越性と人格陶冶」の紋切り型での批判に対するルサンチマンなのか?と疑ってしまうわけ。

 

ところで最後ツイートには前段があって、

逃げなかった人たちを、シリアでは「テロリスト戦闘員だ」と呼んで無慈悲砲撃兵糧攻めにして殺してきた。それがプーチンロシアです

と、過去シリアでの虐殺スルーされて来た事べの憤りだって事が判る。絶滅収容所の近所のドイツ人達にアメリカ将校が「いいや、あなた方は知っていた」と言ったのと同じだ。

だったらちゃんと焦点をぼかさず言いたい事を前面に出すべきだろ。

 

文学者だの学者としての尊敬だのは言い訳の為の吃音しかない。

ロシア人の戦争責任日本戦争責任を持ち出すなら自分はどの立場かを明確にせねばならない。プーチンを許してきたロシア人を免責できないなら日本戦争責任も免責できないと言わねばならない。

なんでそうしないかというとそこを誤魔化すとWhataboutism相対化としての好評価が得られて尚且つ軋轢が減るからだ。

でもそれは単に差別感情がWhataboutismと絡んだ人気でしかない。「いいや、あなた方は知っていた」という視点を持つ人はどれだけ出るの? 

 

という訳で池内の言う事にもその動機にも強い意味がある。

だが池内自身が余りに大したことがない為に表出的吃音が克服できずにWhataboutismとしての表出しか出来ていない。

「いいや、あなた方は知っていた」と「ネットでの軋轢忌避」を天秤にかけて後者を選んだからWhataboutismだけが表出されている。

嘘とWhataboutismの帝国に対してそんな事しててどうすんだ。

2021-11-21

anond:20211121003108

サイモン・ウィーゼンタール・センターには通報フォームがあるから、誰でも通報できます

米山の言説は「ありもしない被害を言い立てる」という主張を「ユダヤ人気分」という表現に連結していることから米山は「ショアー(一般的ホロコーストと呼ばれる)は無かった、或いは小規模の被害しかなかった」と考えているのではないかと推測されます。つまり米山歴史修正主義者の疑いがあります

ちなみに、東京五輪小山田圭吾過去問題行動が批判を集めて逃げられなくなったのは、小山田らの被害者が障害者だったため、国際社会においてナチスドイツのしたことと地続きと見做されたからです。なにしろナチスドイツ障害者絶滅収容所送りにしたので。

退廃芸術排斥論を掲げて、特定文化に関わる人々を特定地域に押し込めようと主張する米山が、国際社会からどのように見られるか、注目したいところです。

2021-08-23

「ガス殺死体は一体も見つかっていない」ホロコーストの話

阪神淡路大震災オウム真理教をめぐる事件で騒がしかった1995年に起きた、文藝春秋雑誌マルコポーロ』を廃刊にしてしまった事件の、そのホロコースト否定記事の著者である西岡昌紀氏がその記事でも使った文章がこれである

 

「なんと驚くべきことに、ガス殺の遺体は一体も見つかっていないのです」

西岡はそれ以来、繰り返しこのセリフを語った。今回はこれについて考えてみよう。

 

ガス殺遺体は見つかってないこともないのだが…… 

上の西岡が使う常套句は、実は微妙に嘘なのであるが、ほんとでもあるというややこしい話でもある。嘘であるというのは、見つかっていたという報告自体存在するからだ。知られているのは二つあり、一つはマイダネク収容所ソ連犯罪調査委員会による報告書であり、1944年10月頃という早い時期にまとめられた報告書の中に、ガス殺遺体発見事実さらっと書かれている。マイダネクはソ連赤軍の急襲にあって終戦前年の1944年7月にさっさとソ連解放されてしまったので、ガス室やその遺体の処理が間に合わなかった、とされている。もう一つはロシア南西部黒海に面するクラスノダールでもガス殺遺体発見されたと報告されている。こちらの方は1943年初頭にさっさとソ連占領されてしまっているので報告(裁判)の時期も1943年7月と最も早い。ガス殺遺体写真である

 

このように実際には見つかっていたという話を知らないネット否定派は多いようだが(西岡1995年当時には知らなかっただろう)、見つけたのがソ連であるという理由で信じないのが否定である。実は個人的にもマイダネクの報告書ちょっと怪しいと思っているが細かい話になるのでそれはここでは言わない。クラスノダールの方は写真まであり、その写真自体に「一酸化炭素中毒死体」とまではっきりコメントが書いてあって、信頼性はあるように思うのだが、ソ連裁判という理由否定派は認めようとしない。当時ソ連見せしめ的な裁判をやっていたらしく、それが信じない理由とされているようだが私は詳しくは知らない。

 

しかしこれが、否定派が主たる攻撃対象としている絶滅収容所、中でもアウシュヴィッツ収容所の話になってくると、確かに解放後に連合国によって一体も発見されていないのは事実である定説では、それらのガス殺による遺体は全部焼却処分してしまたかである。が、ここでは少し否定派側の視点に立って考えてみよう。

 

ガス殺死体が一体も見つかっていないのに、なぜガスによる虐殺があったと認定されるのか?

かに、そう言われると奇妙な気もしてくる。一般的に言って、死体なき殺人は肝心の殺された死体存在しないため、その立証は困難である。かつて日本で起きた北九州一家連続殺人事件では家族七人が殺されたが、その死体は一体も見つからなかったどころか、犯行現場とされたアパートからも血痕の一つも見つからず物的証拠は何一つ存在しなかった。その為、主犯格共犯者である愛人と逃げて助かった生存者の証言事件を立証する以外になかったのである

 

しかし、アウシュヴィッツは七人どころではなく、約百万人がガス室で殺されたとされている。ニュルンベルク裁判時点では250万人〜400万人という膨大な犠牲者数が述べられた。なのに、ガス殺死体は一体も見つかっていないというのは極めて異常な話ではないのか? ガス室による殺人は全く立証されていないじゃないか、と言いたくもなるのだろう。特に、青酸ガスという毒ガスで殺されたという類例のない事実を立証するには、遺体の検死解剖の一つくらいあっていいはずなのにそれすらないのだから疑惑を持つ人がいても不思議ではない、とは思う。

 

では一体どうやって毒ガスによる大量虐殺を立証したのであろうか?

 

実はその立証の主役となった証言は極めて多数でありまた詳細でもあった

流石にニュルンベルク裁判やその他の裁判で具体的にどのように立証していったのかという全貌は知らない。よほどの研究者でもない限り、膨大な裁判資料精通している人は限られると思う。ニュルンベルク裁判資料ですら素人には手に負えない。

 

しかし、物証の一つである文書資料もそこそこ裁判採用されているようであるナチス親衛隊は徹底的に大量虐殺事実隠蔽しており、例えば直接「毒ガスで殺した」などと文書記述したりしなかった。ガス室についても、残されている図面には「死体安置所」としか書かれていないし、アウシュヴィッツ火葬場に関する使用データも一切残さなかった。収容所解放前にガス室のあったビルケナウのクレマトリウムは全て解体撤去・爆破処分しており、火葬炉の一つも残っていない。それでも、ある文書の中には「ガス室」とついうっかり書いてしまったのであろう記述があったりもしたし、クレマトリウムの残存パーツからシアン成分も検出している。

 

さらに、裁判採用された証言者は何百人にも上り、その多くは非常に具体的にガス室のことを証言しており、詳細な証言もいくつもあった。ガス室での殺害目撃証言も多数存在したし、ともかく大勢の元囚人ガス室に関する証言を行なった。中でも、遺体処理を担当したゾンダーコマンド生存者の証言は極めて詳細であった。最も衝撃的だったのはアウシュヴィッツ収容所司令官を最も長く務めたルドルフ・ヘスニュルンベルク裁判での証言であった。彼は、他の多くの加害者側の人間とは異なり、無罪を主張しなかった。それどころか、自分から進んで積極的にそのおぞましい犯罪の全貌を裁判で語ったのであるさらに彼は、拘置所において自らの意思回想録執筆し、裁判時の証言よりもさらに詳細な内容であった(この自伝日本でも普通に売ってる)。

 

かい話をすれば、例えばナチス親衛隊による大量虐殺隠蔽に関する証言でさえも、囚人証言している。「ガス室での殺害については、「特別処理」という表現記載していました」などの証言も何人もしている。これは事務的部署でも囚人が働いていたかであるさらにそうした証言をしている法廷で裁かれていた加害者側の被告であった親衛隊員たちは、ガス室を全く否定しなかった。それら親衛隊員が裁判反論したのは、自らの意思に基づく非道な行い等についてのみであり、指示・命令で行っていた任務であるガス室に関しては否定しなかったのである

 

結局、後々のナチ犯罪裁判を含めそれら戦犯裁判では誰一人、ガスによる大量虐殺否定しなかった。少数の「知らなかった」と語った証人被告存在しただけである果たして、こうした証言状況で、「ガス殺死体が一体も見つかっていない以上、それらの証言は全て疑わしい」と言えるのであろうか?

 

ガス室大量虐殺を認める証言否定派にとっては全て嘘になる法則

ネットに多い素人否定派程度では、まさかガス室大量虐殺を認めることになる証言が何百件もある(裁判以外も含めれば何千件になるのか見当もつかない)だなんて知らないと思うし、それらの証言の一つもまともに読んだことすらないだろう。例えばその一つを任意に選び出してみよう。

証人アウシュヴィッツ絶滅された子供たち移送に関しては、ゾンダーコマンド特別部隊)で働いていた同僚からいたことを繰り返すことができますの子供たちはガスで殺されました。ビルケナウの最初火葬場で行われたテストガスの犠牲者でした

私は3週間の検疫を経て、クレマトリウム建設班に配属されましたが、そこで初めてグラブナーと出会いました。ある時、私の仲間が50キロセメント袋を運んでいたのですが、その重さに耐えられず、グラブナーは私のカポーに向かってこう言いました。「あの犬にとどめを刺せ」と。カポーシャベルの柄を折って、それと自分の足を使って囚人を激しく殴り、彼は本当に死んでしまいました。これはグラブナーの指示で行われました。

その後、私は火葬からカナダ」という兵舎に移されました。そこでグラブナーと再会しました。グラブナーは政治部部長で、ガス処刑される人たちの書類をモルに渡していました。グラブナーはほとんどすべての輸送列車の到着に立ち会っていました。

ポーランドの戦争犯罪証言記録サイトに見る殺人ガスの証言証拠(2)|蜻蛉|noteより

 

人間証言には、しばしば誤りが存在する。記憶間違いであったり認識間違いであったり誤解であったり、場合によっては意図的な嘘であったりもする。個人的に、こうした証言をたくさん海外サイトから翻訳したので、そこそこ誤った内容を含む証言があるのも知っている。しかしだからと言って「ガス室」に関する証言のその全てが嘘になることなどあり得るのだろうか? 知っている裁判証言だけで数百件に上るのだが。

 

しかもそれらの証言に含まれる「ガス室」に関する内容は、ただ単に「ガス室があった」と言っているだけでなく、上にあげたたった一つの例ですらも具体的な内容を持つ証言の中で示されているのであるしかもそれらは裁判の中での証言であり、被告法廷存在しており、被告には証言者への質問の機会も与えられていたのに、誰一人被告ガス室否定しなかった。

 

でも否定派は、それら証言をどんな難癖をつけてでも否定する。上の例では、「連合国陰謀者によって、ガス室証言をするように脅迫されている可能性がある」等。また、否定派が最も証言に対して使うセリフは「矛盾があるものばかりであるであるルドルフ・ヘスに至っては、ほんの些細な記憶間違いとしか考えられない証言上の矛盾を元に、証言の全て(もちろんガス室大量虐殺に関することだけ、であるが)が連合国によって強制的に嘘を言わされていることにされた。私はそれをいうネット否定派に対して、「ではあなたは数年前の出来事について一つの誤りもなく証言できるのですか?」と質問したがまともに答えが返ってきたことは一度もない。ひどい場合には、単なる翻訳上の間違いを元にして「この証言には矛盾がある」と難癖をつけられていたことさえある。

 

でも、真面目な否定派もいるにはい

少なくとも、マルコポーロ事件西岡昌紀は真面目とは言い難い。その理由は、絶対にただの一つとしてもホロコースト否定説には欠陥があることを認めようとはしないかである。実は、稀にこの「否定説の欠陥」に気付く否定派がいる。中でも否定説の最大の欠陥は、では「一体、数百万人に上るユダヤ人はどこへ消えたのか?」に答えられないことであるユダヤ人ナチドイツの手によって大量移送されたこ自体否定する人はいないので(それすら知らない人は別だが)、殺されていないのなら数百万人の消えたユダヤ人はどこかに生存していなければならない。古くは、ソ連だった。ソ連スターリン収容所収容しただとか、移住させたのだとか、色々言っていたらしい。だが、冷戦が終わってなお、そんなユダヤ人は全く確認することは出来ない。旧ソ連に関するそうした情報も公開されているのだが、どこにも出てこない。

 

ほんの僅かだけど、ネット議論しているとそこに気づいた否定派もいた。確かにその質問には否定派は答えられない、と。欧米では、著名な否定派が、さらに高名な否定派の誰にそのことを聞いても「知らない」と返答されるだけだったので、否定派を辞めてしまった人さえいる。この重大な欠陥を認めるか否かが、ある種の分水嶺になっているとは思われる。

 

2021-07-23

アウシュヴィッツガス室への誤解

anond:20210718162617

人口数について簡単解説したけど、そのついでというかこんな話も。

 

大したプランもなしに始まったガス室

ホロコーストは誤解が多いというか、そんなに簡単でも無い話なのは間違いない。日本人ありがちな多くの誤解の一つが「アウシュヴィッツドイツにある」というものだろう。日本人に取って縁遠い話だし、義務教育世界史でも大して詳しく教科書に書いてあるわけでも無いから仕方ないが、ドイツ本国ではそんなに沢山のユダヤ人は殺されていないだとか、強制収容所絶滅収容所は違うだとか、ソ連でも現地虐殺部隊映画では例えば『炎628』は有名だが、あんな風なことが実際にあったかもしれないけど、その多くはピットを使った銃殺である現実の現地虐殺映画にしたら正視に耐えないだろう)でたくさん殺されたとか、細かい話をし出すと訳がわからなくなるかもしれない。

 

そんな多くの無理解や誤解の中でも、「ヒットラーナチスドイツ計画的ユダヤ人大量虐殺した」なる言葉に対する誤解があると思う。「計画的とあるから、何やらナチスドイツユダヤ人絶滅のために綿密なプラン策定してから絶滅計画推し進めたかのように捉えられがちだが、実は全然違う。むしろ最初から計画されたものではなかったと、今ではほとんどの歴史家同意している。昔は意図派と機能派と呼ばれる歴史家グループが盛んに論争したそうだが、最初から計画的意図的にユダヤ人絶滅を進めたという説はこの論争に敗れ去ったようである。私個人は、ナチス内部の権力争い・主導権争いがユダヤ人絶滅引き起こした原因だと考えているが、ユダヤ人絶滅ヒトラーの夢でもある事は間違いなかったと考える。そうでなければ、親衛隊だけでなく、ナチス全体、国防軍までユダヤ人絶滅に協力するなんてあり得なかったろうからだ。

 

しかし、ユダヤ人絶滅は、当初は確かに単なる支配地域からユダヤ人排除だった。そして当初のユダヤ人排除マスタープランであったマダガスカル作戦バトル・オブ・ブリテンでのドイツ実質的敗北によって実行できなくなった為、ドイツ地域東方へ拡大するというヒトラーの目論みと共に始まったバルバロッサ作戦、すなわち独ソ不可侵条約勝手に破ってソ連領へ進撃すると、今度はヨーロッパユダヤ人ソ連地域追放するという東方移送計画生まれる。ところが、この独ソ戦の見通しの甘さから最初こそ快進撃だったものの、1941年末には戦線が拡大しすぎて膠着状態に陥ってしまう。

 

しかし、ユダヤ人ポーランド地域などにあるゲットーへの移送(要するに狭い地域に押し込めることによる排除政策)がずっと続いため、とうとうゲットー悲鳴を上げ始めた。で、ゲットーに集めておいて、さら移送させるなどという面倒な事はやめて、ユダヤ人を殺すべきだ!との声が実際に上がり始めたのである現実には、共産主義と結託していたとみられたソ連地域ユダヤ人危険と見做され、ドイツ軍の進撃とともに、現地で絶滅させられる動きが既に始まっていたからであろう。

 

このような流れの中、1939年から既に始まっていた障害者絶滅作戦であるT4作戦を、ユダヤ人絶滅に流用する形で、ガス殺による大量殺戮実施されていくのである。だから毒ガス代表であるとされる青酸ガス=チクロンB最初は用いられず(実験的に使用されたという説もある)、T4作戦を引き継いだ形での一酸化炭素ボンから始まったのだ。もっとも、最初ポーランドポズナンでの精神障害者虐殺からスタートしたものをその辺の地域ユダヤ人殺害転用しただけのことである。そのうちに、ガスボン積載車地域を移動してガス殺を行うようになり、それがガソリンエンジン排ガスを使えば手っ取り早いということで、本格的なガス車へと移行していく。

 

このガス車によるユダヤ人殺害が、その近くにあったリッツマンシュタット・ゲットーでの「ユダヤ人なんか殺すべきだ!」との声に呼応する形でヘウムノ収容所で利用されるようになっていく。こうしてまず最初絶滅収容所であるヘウムノ絶滅収容所がガス車を持ちた形で稼働し始めたのであるリッツマンシュタット・ゲットーユダヤ人絶滅させるために。ヘウムノは一旦1943年中に活動を終えたのちに、1944年短期間だけ再稼働され、トータルで15万人以上のユダヤ人虐殺されたと言われる。

 

アウシュヴィッツビルケナウのガス室はどうだったのか?

これがいまいちよくわからない。ベウジェツ・ソビボル・トレブリンカはラインハルト作戦収容所として、ユダヤ人絶滅目的だけのために建設された収容所であり、かなり計画的ものであった事は間違いない。しかし、アウシュヴィッツラインハルト作戦収容所ではなく、そもそも一般強制収容所捕虜収容所であり、絶滅機能はあとで追加されたものであった。ではどのような経緯で絶滅収容所に設定されたのか? これが司令官だったルドルフ・ヘス証言の中にしか出てこない話で、ヘスは記憶を誤って証言したりしており、はっきりしない。最初ガス室アウシュヴィッツの基幹収容所で始まったのであるが、最初にガスで殺されたのは、1941年当時大勢いたロシア人捕虜だった。だが、この時確かに毒ガスを、アウシュヴィッツでは他の絶滅収容所とは違ってチクロンBで行くと決めたのであるチクロンB自体はマイダネク収容所も使っていたが、マイダネクでは一酸化炭素ガスやガス車もあるようで、これについては実態不明瞭ではっきりしない)。

 

そして、アウシュヴィッツビルケナウで本格的なガス室によるユダヤ人大量虐殺が始まったのは、実はアウシュヴィッツ基幹収容所ガス室観光用に公開されているガス室)でもなければ、有名なビルケナウのクレマトリウムでもなかった。ビルケナウの敷地外にある農家を改造した、日本語ではブンカーと呼称されるガス室からだったのである。このガス室は二箇所あったが、一箇所は既に影も形もなく、もう一箇所はほんの少しだけ土台を残す程度であり、おそらく一般にはあまり知られていないだろう。ここで、おそらく1942年3月から1943年3月頃の一年の間に15〜20万人程度のユダヤ人虐殺されたと考えられる。なお、同時に基幹収容所第一火葬場のガス室も使われていたようであるが、ここでは併設の火葬炉を死体処分に使っていたのだが、この火葬炉の数が少ししかなかったため、一度のガス室での殺害人数の少なさや焼却処理能力問題があり、毎日使うなどは全く無理であり、トータルで一万人もガス殺はされていないと言われている。このガス室1942年末で使われなくなった。

 

では有名な、ビルケナウのクレマトリウムはどうだったのか? 実は当初はこのビルケナウのクレマトリウムにはガス室は設定されていなかったのである。元々は純粋ビルケナウの囚人用のために設定された火葬場であり、のちにガス室となる場所はただの死体安置所であった。これが、どうしてガス室に変わったのかは、事情は複雑である。この謎については、実際にはとっくの昔にルドルフ・ヘス自伝にその理由を書いていたのだけど、細かく解き明かしたのは、1989年に発表されたJ-C-プレサックという薬剤師(プレサックは当初はホロコーストを題材にしたSF小説を書こうとしていたのである)による『アウシュヴィッツ ガス室操作技術である

 

ヘスは自伝で、ブンカーのガス室殺害遺体は、最初は単に近くにピットを掘って、埋めていただけだと書く。ところが、この大量遺体の埋葬が衛生的な問題引き起こしたので親衛隊トップヒムラー命令で、アウシュヴィッツを含めた各地の大量埋葬地の遺体をもう一度掘り起こして、焼却処分することになった。だがアウシュビッツでは焼却の始まる夏の終わりまでに10万体もの遺体を埋めていたため、これを焼却し切るには昼夜を問わず延々と焼却をし続ける必要があった。これが問題化する。夜でも煌々と光る焼却の炎は何キロも離れたところから見えるほど目立ち、ものすごい煙で悪臭が周辺数キロにまで漂い、地域住民は全員がアウシュヴィッツで大量殺戮を知ってしま事態へと発展してしまう。すでにある程度はガスによる大量虐殺情報は外部へ漏れワルシャワ地下組織などに伝わっていたが、この焼却はなんとニューヨークタイムズで報じられるまでになってしまう。

 

実は、ビルケナウのクレマトリウムガス室を併設する案は、これが原因だったのである。野外焼却をこのまま続けるのは秘匿性の観点問題ありすぎるので、ビルケナウの焼却場で遺体焼却を行い、それなら基幹収容所ガス室同様、焼却等に併設してしまえということになったのだと考えられる。そして、ソ連アウシュビッツ博物館資料から大量の図面を入手していたプレサックは、クレマトリウムに重大な設計変更がなされていることを見抜く。1942年の夏頃の図面にはあったはずの地下死体安置所に死体を下ろすための死体シュート1942年12月19日図面から消え去っていたのだった。これはどう考えても、死体が地下へ自分の足で降りていくことを意味するとしか考えられない、とプレサックは自著に記述したのである。他にも、死体安置所の扉は内開きだったのが外開きに変更されていたり、その後の図面では外開きの一枚扉に変更されていたりと、結論としてプレサックは、やはり多くの証言どおり、図面には死体安置所としか記述されていないそこは、ガス室である事は間違いないと決定付けたのだった。なお、証拠はそれだけではないのだがややこしくなるのでここでは省く。

 

このややこしい経緯のあるガス室全否定する修正主義者

修正主義者達はどんなことがあっても、ガス室だけは絶対に認めない。知恵の限りを絞り尽くしてでも、ガス室否定する論拠を導き出し、それがどんな出鱈目でも採用しようとする。有名なアルフレッドロイヒターなる死刑技術コンサルタント(当時彼1人しか全米にいなかった)がカナダ修正主義者エルンスト・ツンデル扇動罪に関する裁判で、有名なロイヒター報告を裁判に提出した(しか裁判から証拠採用されなかった)。曰く、アウシュヴィッツガス室とされる場所採取サンプルを分析すると、極めて微量のシアン化成分しか検出されず、ガス室などなかったと結論付けられると。「極めて微量」というのは、チクロンB合法的使用方法である害虫(疫病を媒介するシラミ駆除をしていた害虫駆除室のサンプルと比較して、という意味であるしかし、これは分析ルール違反であった。なぜなら、害虫駆除室と殺人ガス室におけるチクロンBの使い方は同じガスを使うというだけで全く異なる使用方法であり、さらに、害虫駆除室はガス処理は二十四時間が基本(ガス殺は1日あたり一回で30分程度)、その使用状況の違いか害虫駆除室ではプルシアンブルーという極めて安定したシアン化合物を生成しており(殺人ガス室にはなく、通常の壁表面などに浸透したシアン成分は安定度が低く、水などで大半は洗い流されてしまう)、これをロイヒターはサンプルにしているのだからほとんどインチキなのである。なお、余談的ではあるが、このロイヒターのアウシュヴィッツにおけるサンプル採取は完全に違法であり、無許可である。その上、ロイヒターらは入ってはいけない施錠された部屋の施錠を勝手にぶち壊したりして入ったりもしており、無茶苦茶であった(それをあろうことかロイヒターのチームはビデオに収めて堂々と公表しているのだから呆れてしまう)。

 

その数年後に、ポーランドクラクフ法医学研究所アウシュヴィッツ博物館側の正式依頼でロイヒター報告に対する対抗調査を行なって、プルシアンブルーを除外した上で分析した結果、殺人ガス室であると断定できる濃度のシアン成分を殺人ガス室から検出している。しかし、修正主義者は、クラクフ調査方法の方がインチキであるとして全く譲る気配はなかった。ともかく、修正主義者は、ほんとに知恵の限りを絞り尽くしてでも、そこはガス室絵ではなかったという結論を無理からにでも捻り出して、断じて認める気配はない。プレサックの死体シュートの話だって、実際には設計変更が工事の進捗状況に間に合わず死体シュートが作られてしまっていたことを理由に「死体シュートはあったのだから死体シュートは実際に使われたのである」などと、設計変更のことを無視したりしている。だが、その死体シュートが使われた証拠は何もない。

 

ガス室を正しく理解するのは難しいけれど

そう簡単な話でもないという事は少しは理解してほしい。もしホロコースト勉強したいのなら、修正主義なんかから入らず、まずは普通ホロコースト関連書籍を読むべきである。どうしてユダヤ人迫害ホロコーストに発展してしまったのか、あの時代はどんなことがあったのかなど、先に歴史を学ばないと、修正主義にコロッと騙されると思う。ガス室ひとつとっても、述べたようなさまざまな経緯の中で成立したものなのであって、予断を可能な限り廃して、普通の真面目な歴史学者・研究者達の記述内容に従うべきだろう。

 

でも、一部のネット民全然学ばないで修正主義に走るんだ、これが。なんでなんだろうね?

恐ろしく誤解されてるホロコースト犠牲者数について

anond:20210720153943

その割には、アウシュヴィッツで死んだユダヤ人の数は、600万人から300万人に減らされ、今はドイツ国公式見解100万人ということになっているが、その実態10万人である

なぜ600万という途方もない数字が出たのか回答していただけないだろうか?

 

強烈に誤解されることの多いホロコーストにおけるユダヤ人虐殺数。

 

600万人と言う数字にどうしても目が行ってしまうため、その途方もない数字に信じ難いと言う気持ちが起きるのでしょう。ちなみに、「アウシュヴィッツで死んだユダヤ人の数は、600万人から300万人に減らされ」や、「ドイツ国公式見解(何それ?)100万人」だとか実態が「10万」なんてどこから出てきたのか知りたいところですが、まぁそれはいいでしょう。一応全部間違いです、そんなの聞いたことありません。

 

先に、私は研究家でもなんでもなく、本やら様々なネット情報海外サイトが主)を色々と調べ回っただけの知識しかないと断っておきます

 

どうやって600万人と言う数字が出てきたのか。

これはまず、ナチスドイツ内でアイヒマンが語っていたとされる数字として、ニュルンベルク裁判である親衛隊将校が語りました。それによると「収容所で400万人、それ以外で200万人」という数です。これが最初に出た600万人ですが、実は別にニュルンベルク裁判では判決で触れられているだけで、別に認定などされていません。また、ニュルンベルク裁判起訴状に「570万人のユダヤ人ヨーロッパから消えそのほとんどがナチスに殺された」なる文言がありますが、これもまた別に認定などされていません。

 

そして、裁判以外で、1950年から人口統計学者によって600万人や550万人以上のユダヤ人人口が失われていると計算されるようになります。で、今度は歴史家ジェラルドライトリンガーの方から反ユダヤ主義意識して」極力最低限の数字計算し419〜458万人という数字を弾き出します。以降、有名な『ヨーロッパユダヤ人絶滅』の著者であるラウルヒルバーグが1961年に510万人という数字を弾き出しました。

以降様々な研究者が発表してきましたが、概ねの間違いない数字としてはユダヤ人600万人説が変わったことは実際一度もありません。以上のように、例えば「ニュルンベルク裁判勝手に決められた数字であるとか、「イスラエル公式数字である」とかは全然違うわけです。おそらく適当数字は一つも無く、近年は非常に膨大な資料を用いて推計しているようです。

 

ではあのアウシュビッツは? というところですが、アウシュヴィッツについては最初は基本、二つの数字からまります。何故二つあるかというと、その出所が違うのです。一つは、よく言われる400万人説です。これはソ連の0018-USSRと呼ばれる戦争犯罪調査委員会報告書1945年5月)です。ここに、400万人という数字が登場しますが、この数字報告書上は火葬能力からの推計値と書かれていますが、それはあり得ないと言われています火葬能力があり得ないのではなく、火葬能力で推計値を出すということ自体があり得ないわけです。問題は実際に殺した人数だからです。では一体どこから400万人説が実際に出てきたかというと、それはおそらく火葬場で働いていたユダヤ人ゾンダーコマンド生存者の証言です。その中に400万人説が出てくるのです。おそらくソ連はそれを聞いて、火葬能力など何も調べずそれっぽく推定たかのように書いたのではないかと思われますしかし、奴隷労働をしていたゾンダーコマンドが正確な数字を知るはずもなく、単に囚人同士で噂話のように推計していただけの数だと思われます

 

ところが、1946年3月に、逃亡していたアウシュヴィッツ司令官だったルドルフ・ヘス逮捕されます。ヘスはニュルンベルク裁判証人になったとき証言で「250万人を殺害し、50万人は病死餓死でなくなった」と証言したのです。ところがこの250万人という数字は実際にはヘスが現場で知った数字ではなく、アイヒマンに教えてもらった数字だと答えています。何故なら、犠牲者数の数を記録することを許可されていなかったのです。ただしヘスは司令官なので、それなりに犠牲者数の実感は持っていたようで、250万人は多すぎると自伝に書いています

 

なので、アウシュヴィッツ犠牲者数は、最初はこの250〜400万人説からスタートしたのです。が、実際にはすぐにこれは多すぎるとわかっていました。何故ならば、研究者によると、アウシュヴィッツへの囚人移送記録が出発駅や経由駅などにたくさん残っているので、それをもとに計算すると、いくらなんでもそんなに大勢ユダヤ人移送されたはずがないことが明らかだったそうです。それで、前述したライトリンガーなどは80〜90万人だろうとし、ヒルバーグは100万人とします。で、現在数字は、アウシュヴィッツビルケナウ博物館主席研究員であったフランシスゼク・ピーパー博士による研究成果として、110万人(ユダヤ人以外も含めて150万人)の犠牲者が出たとされているのです。

 

以上の通りなので、例えば「以前はアウシュヴィッツ公式プレートは400万人だったのに今では110万、なのに何故トータル600万人が変わらないのか?」が誤解であることはお分かりいただけるかと思いますそもそも600万人の数字計算の中に400万人説は含まれていないからです。

 

それ以外の収容所犠牲者数の細かい計算方法は存じておりませんが、最もわかりにくいのがソ連ウクライナバルト三国など)でのいわゆるアインザッツグルペン、移動虐殺部隊を主体とした現地殺害による虐殺数で、広い範囲でたくさんの場所で細かな殺害が行われたため、いまだによくわかっていないそうです。概ねの数字で言えば100万人から200万人の間だろうとされてはいます

 

さて、もちろんこんな数字修正主義者達は全く否定しております。はっきりした数を言わないのが修正主義者で、ないとも言っていません。修正主義者達は、人口調査すら自分達でした気配もありません。たまに適当なことを言って「600万人などあり得ない!」と主張するに留まります。でも、大勢ユダヤ人移送されたことは認めているのです。で、どっかに殺されずに消えたんだと。私には修正主義者が何を言っているのか意味がわかりません。修正主義者は、例えばアウシュビッツであるとか、トレブリンカ・ソビボル・ベウジェツなどのいわゆる絶滅収容所絶滅収容所とは認めず、「通過収容所」と読んでおり、そこまで移送されたことは認めるのに、その通過収容所から先を言いません。言ったとしても「ミンスク1000人移送されたことはわかっているから通過収容所であることは間違いない」であるとか、その程度です。実はこのことが、修正主義者の最大の問題であり、修正主義者達はこの件の答えを常に誤魔化していますが、絶対にはっきりしたことはいいません。もちろん一般歴史家は全員が「虐殺された」です。

 

ともかく、それら犠牲者数の数字は、色々な人たちが様々な資料検討した上で推計した数字であって、別に適当数字を言っているわけではありません。中にはよくわからない計算方法で算出している人もいるかもしれませんが、一般に言われている数字は全て研究者達が推計した数字です。ですから別に誰も数字を盛ったりしていることもありません。

なお、最新のユダヤ人人口統計でさえも、ユダヤ人人口数は第二次世界大戦中の最大値を回復しておりません。ともあれ、戦後様々な推計結果はあったとはいえ、概ね600万人という数字は一度も変わったことはなく、最近でもそれはありません(リビジョニスト達はしょっちゅう「600万人説は既に信じられていない」だとかのデマをばら撒いていますがね)。実は、ユダヤ人人口を把握している元は、ユダヤ人教会みたいなシナゴーグなのです。シナゴーグなしにはユダヤ教はあり得ないので、シナゴーグ管理しているユダヤ人数を集計すれば自ずとユダヤ人の数はわかるのです。もちろん近代的には国勢調査で把握される宗教人口もありますが、昔は主にシナゴーグ集計を使っていたようです。ですから戦前などの場合は、ユダヤ人協会に聞けばわかったので、ナチスもそれを元に殺すべき人数を知っていたわけです。

  

以上簡単ですが、おわかりいただけたでしょうか。それでは失礼いたします。

2021-06-16

お前の苦しみなどユダヤ人絶滅収容所で生き延びた人に比べればどうということはない、と

自己啓発書マウンティングされ続ける人生

2020-10-13

ホロコーストに関する頭の体操問題シリーズ

え? 1と2はどこにあんの? って? 

1はこれだね。

一体どうやってアウシュヴィッツで大量の遺体焼却したのか?

2はこれかな。

ホロコースト否認論への反論には正確な知識が必要

優秀ブクマカーに捕捉されないと、これだけブクマ数に開きがつくというのは凄いですね。

 

さて、今回の問題はそんなに長文ではありません。皆さんの思考能力を試します。

ゲルシュタイン報告という、これもまたホロコースト否認派が忌み嫌うホロコーストに関する告発報告があります否認派にとっては、少しでも内容がおかしければ全て間違いであり嘘であり捏造であり信用ならないものなのですが、ゲルシュタイン報告には実にたくさんの首を捻る記述がありので、さすがの正史派も取り扱いに困る報告書だったりします。クルト・ゲルシュタインアウシュヴィッツではなく他の絶滅収容所を手伝った人物なのですが、戦後、この報告を書いた後自殺してしまます。ですので余計に謎に包まれた感じもあります

ゲルシュタイン報告それ自体については、ドイツ語ですが、以下をご紹介します。しかしいくつか修正バージョンはあるようで、私自身はこれ以外のバージョンを把握してはおりません。

NS-Archiv : Der Gerstein-Bericht

 

で、何が問題かというと、色々あります。本当にどう考えても間違ってるとしか言いようのない記述もありますが、その中でもこれがよく突っ込まれます

 

 

さて、これは本当でしょうか? 実は正史派もこれを信じてはいませんでしたし、170〜180人の間違いであろうと言った人もいるそうです。

問題段落を、上のリンクから翻訳エンジン直訳で以下に引用しましょう。

そして、電車が動き出す。美しい若い女の子の前では、彼らはすべての裸、男性女性子供義肢のない通りを歩いています。私は、部屋の間のタラップの一番上に ヴィルト船長と一緒に立っています赤ん坊を胸に抱いた母親たちが出てきて、躊躇して、死の部屋に入っていく。- 隅に立っているのは屈強なSSの男で、貧しい人々に向かって牧歌的な声で「あなたには何も起こりませんよ!」と言っていますあなただけの部屋で深呼吸をする必要があります、それは肺を拡張し、この吸入は、病気伝染病のために必要です。どうなるかと聞かれると、「そうですね、もちろん男性は家を建てたり道路を作ったりして働かなくてはいけませんが、女性は働かなくてもいいんですよ。本人たちが希望すれば、家事台所の手伝いをしてくれるだけです。" - これらの貧しい人々の何人かにとって、小さな希望の光は、彼らが抵抗することな会議室までのいくつかのステップを歩くのに十分である - 大多数は知っている、臭いは彼らに自分の多くを教えてくれます!これらの貧しい人々のために、小さな希望きらめき。- そこで彼らは小さな階段を登っていくと、すべてが見えてくるのです。胸に子供を抱えた母親、小さなの子供、大人、男、女、すべての裸......彼らは躊躇しながらも、後ろにいる他の人たちに押し進められたり、親衛隊の革の鞭に突き動かされたりしながら、死の部屋に入っていく。何も言わず多数派。炎のような目をした40歳くらいのユダヤ人女性が、殺人犯の上にここで流されている血を叫ぶ。彼女ヴィルト大尉自身から乗馬鞭で顔面を5、6回殴られた後、彼女も部屋の中へと消えていきます。多くの人、祈りなさい。私は彼らと一緒に祈り自分を追い込み、自分と彼らの神に向かって大声で叫ぶ。彼らと一緒に部屋に入りたかった、彼らと一緒に死にたかった。彼らはその後、彼らの会議室制服を着たSOの役員を見つけただろう - 問題事故とみなされ、跡形もなく消えて処理されただろう。だから私はまだ許されていません。私がここで体験していることを、先に発表しておきます! - チャンバーが埋まっていく。しっかりと荷造りをしろ、それがヴィルト船長命令だ。人はお互いの足元に立っている。45立方メートル25平米で700人から 800人! SS物理的にはありのままの姿で、それを一緒にしぼっています。- ドアが閉まる。その間、他の人たちは裸で外で待っています。言われてみれば:冬でも同じ!?そうだが、彼らは死を捕らえることができる、と私は言う。- そう、それだけのために親衛隊員が日記で語っているのだ。- 今、私はようやく、この機関がヘッケンホルト財団と 呼ばれている理由理解しました。ヘッケンホルトはディーゼルエンジン運転手であり、小さな技術者であり、工場建設者でもある。ディーゼル排気ガスで、人が殺される。しかし、ディーゼルが効かない! キャプテン・ヴァースが来ます 私がここにいる今日だけで、こんなことが起きなければならないと恥ずかしい思いをしているのがわかりますはい、全部見えています! そして、私は待っています。私のストップウォッチは全て順調に登録されています。50分70秒 - ディーゼル始動しない! 人々はガス室で待っている 無駄だ!泣き叫ぶ声、すすり泣く声が聞こえる[13] ... ヴィルト大尉ディーゼルでヘッケンホルト親衛隊員を助けるはずのウクライナ人顔面を鞭で12、13回殴った。2時間49分後、ストップウォッチがすべてを記録した後、ディーゼル始動しました。この瞬間まで、人々はこの4つの部屋、4倍の45立方メートルに4倍の750人の人々が住んでいます! - またしても25分が過ぎていく。そう、多くの人が死んでしまった。電灯が一瞬だけ部屋を照らす小窓から、彼らが生きていることがわかります28分後にはまだ数人しか生きていない。ついに32分後にはすべてが死んでしまった!

 

さて、読者はどう思われますか?

当然こういう問題の出し方ですから、700〜800人入ったという答えを私が持っていると、皆さん想像されるでしょう。でも、取り敢えずはそんなことが可能なのか素直に考えてみてください。どう思われますか?

2020-10-10

ホロコースト否認論への反論には正確な知識必要

anond:20201008002119

 

私は元増田なのですが、アウシュヴィッツ火葬場の謎の回答を書いたら、結構それに対する異論もあったように思います。私は専門家でもないし確かめたわけでもないので、理屈については不正確かもしれませんが、概ねは否認論者の主張を参考にして否認論の主張を理屈として述べただけでした。マットーニョ先生は同時代養豚場火葬論文まで持ち出して批判してきます。これは的外れの事例なので比較になんないのですけど、でも否認論者が如何に必死かということがわかるかと思います

 

否認論への反論は正確な知識必要、とは?

正確な知識必要と、タイトルで断っているのは、決して否認論者を舐めてはいけない、ということです。例えば、火葬炉の回答についたブコメで「絶滅収容所以外では死体を埋めていた」という話をされた方がいますが、そんなの当然知っているのです。アインザッツグルペンの話かと思いますが、実はこのアインザッツグルペンはたしか死体を埋めていましたが、その後に掘り返して焼却処分にしたのです。焼却方法は現地で野外火葬したのですが、鉄道レールを利用した即席焼却場を作っていました。この作業にあたったのが1005アクションと呼ばれる部隊です。パウロ・ブローベルという親衛隊員(元アインザッツグルペンの一人)が指揮を取って遺体焼却作戦に当たり、アウシュヴィッツユダヤ人囚人などから特別作業班を作って現場を連れ回っていたのです。当然このユダヤ人はいらなくなったら現場銃殺刑です。

  

但し、全部焼却処理できたというわけではなさそうです。近年でもマンション建設現場からアインザッツグルペンの埋葬遺体発見されています。ちなみに、ホロ否認派はこのアインザッツグルペン虐殺は、「パルチザンだったからいいのだ」と主張します。8割以上ユダヤ人なんすけどね・・・。ともかくも、1005アクション存在し、ナチス親衛隊はとにかく徹底的に証拠隠滅をしようとしたのは間違いのない事実なのです。ところが、否認論者はこの1005すら否定してきます

http://iroiro.alualu.jp/sekaisi/sofia/sofia_s36-1.html

古いサイトですが、元ネタゲルマー・ルドルフのようです。このルドルフもマットーニョと並ぶ、否認論量産人ですが、ルドルフはマックスプランク研究所で働いておりましたが、首になってしまます。そしてホロ否認に手を出したがために、刑法犯になってしまい逃亡します。結局イギリス定住だそうですが、最近では公然わいせつ罪で逮捕されています。ルドル先生知名度が高いため世界ニュースになっています。詳しくは英語Wikipediaを見ましょう。ルドルフくんは真面目に働いていたら博士号も取れたはずなのに博士号持ってないんです。なのに否認派は「有能な化学者」と思ってるそうです。あの噴飯ものロイターレポートを称賛するというレベルなのに・・・ 

Germar Rudolf - Wikipedia

  

かのロイターレポートを書いたフレッド・A・ロイヒター・ジュニア詐欺師でしたし、ゲルマー・ルドルフも上記の通りの人物ですし、否認論本濫造人(軽く100冊!を超えます)カルロ・マットーニョは素性がよくわかりませんが、どうやらイタリア国内のどこかの教師職のようですが、ともかくろくな人物はいませんけど、奴らも生活かかってますので必死です(笑)。多分歴史見直し研究所(IHR)などから金が出ているのだろうと邪推しています。でも、十年ほど前にIHRの会長は、ホロ否認戦略を見限ったという情報も得ています。ホロ否認いくらやっても世間に受け入れられないので、もう直球で反ユダヤ主義を訴えようではないかと言っているそうです。

 

他にも色んな具体的否認論があります

例えば、青酸ガスの元となるチクロンBペレットガス室への投入口など存在しない!というものがあります。これ、実は結構厄介な問題なのです。反否認論側としては、くっそムカつく否認論の一つです。

何故ならば、1)アウシュヴィッツ最初のガス処刑室(クレマトリウム1)の天井には3つか4つほどのちクロン投下孔があけてあったが、このクレマトリウム1は1944年防空壕に改修されてしまっているのです。1941年9月末〜1942年末くらいまでしか運用しておらず、もっぱら基幹収容所ソ連兵などの処刑ユダヤ人も含みますが)に使ってただけのガス室だったのです。で、防空壕にしたとき天井を塞いでしまます。が、戦後ポーランド収容所博物館にしようということで、このガス室再現工事を行ってもっかい屋根の穴を開け直すのです。ところが、この再建工事、内部工事を含め杜撰工事だったので、ガス室当時を正確には再現しておらず、否認論者のフォーリソンらに見抜かれてしまます博物館の案内も杜撰で「当時のままだ」と言っていたらしいのです。そして、このクレマトリウム1のガス室捏造疑惑が発生するのです。

ね? 厄介な話でしょう? そして、2)ビルケナウの方のクレマトリウムはどうだったかというとこれ、親衛隊ダイナマイトで爆破し原型をそもそも留めていません。クレマⅡとⅢにはクレマⅠ同様、天井チクロペレット投下孔があったのですが、現在瓦礫しかなく、よくわかんないのです。そして否認派は、1980年代頃に公開されたのであろう、1944年代に撮影された航空写真連合軍ドイツ軍のもの)を利用し、ビルケナウのガス室には「チクロン投下孔などない!」と言い出します。でも、実は当時の航空写真解像度が低くてよくわからないのです。また、そもそも論として、親衛隊が残した建設図面には一切このチクロン投下孔が記載されていないのです。

 

そして、映画否定肯定』でお馴染みのデヴィッド・アーヴィングもこの実際の裁判でこの穴のことを裁判中に持ち出すのです。一日中肯定派側の学者とこの件で裁判中に議論応酬をしていたこともあったらしい。で、肯定側のリップシュタットを応援する研究者たちが「じゃぁ、この際きっちり調べてきてやろう!」と現地調査に乗り出すのです。結局裁判にはこれは不要でしたが、ビルケナウ・クレマトリウムⅡの跡地の瓦礫から天井チクロペレット投下孔の痕跡を4箇所中3箇所見つけ出したのです。クレマトリウムⅠの投下孔も現在の穴の位置で間違いないと、写真解析により断定しました。

 

これに対し否認派は、クレマトリウムⅡの残骸にある穴は「戦後ポーランドが内部を調べるためにあけた穴であり、当時のものではねぇんだよ、バーカ」とこれまた適当反論を抜かしやがるわけですが、どう考えてもその穴は後で開けたものではないと既に証明しているので、言いがかりに過ぎないものでした。こちらに日本語翻訳解説があります

ホロコースト否認論を否認するテスト-16「毒ガス落とす孔がないんですが」の件|蜻蛉|note

 

ま、こんな感じで、重箱の隅突きじゃないですが、あらゆる論点ホロコーストなどなかった・ガス室などなかったという主張を辞めないのが否認派です。実態をご理解いただけたらなぁと思います

 

2020-09-08

歴史問題の難しいところ〜Nスペアウシュビッツ 死者たちの告白

アウシュビッツ 死者たちの告白 | NスペPlus

つい最近起こった出来事ですらもよく知らないことがほとんどだろう。

例えばウイグル自治区でほんとにナチスドイツのやったような虐殺は行われているのだろうか?

遺体焼却用らしき『電気炉』の話をする、なんとか協会ウイグル人副理事youtube動画で見たけど、証拠は一切ない。話をよく聞いているとどうも噂レベルの話のようである

個人ウイグル人の弾圧はあっても、大量虐殺などはどうも胡散臭くて信じがたいと思っている。

そもそも中国共産党ウイグル虐殺をする理由がない。とは言え、事実はまるでよく見えてこない。

最近事象ですらこうなのだから、昔のことになればなおさらだと思う。

私でももちろん知らないことはいっぱいある。私などは不勉強すぎて、日本戦時中の話ですらどうなっていたのかまるでよく知らない。

からはてな民のような平均的ネット民に比べれば多少はリテラシーのある人達でもホロコーストのことをよく知らないという事実は、過剰な期待をはてな民にしてはいけないという意味で、ある程度は致し方ないことだと思う。

 

しかしそれでもがっかり来る。

記事の中にさえきっちり書いてあるのに、何が「ドイツ」なんだろうか?

 

id:haru-k 自国の辛い歴史を正面から見切るドイツに敬意。

id:kanoseアウシュビッツ 死者たちの告白』の書き起こし。番組を見たけど、地中に埋められていたメモが発掘、しか解読不能だったのが、やっと解読できて、内容がわかってきたというドイツの執念がすごかった

 

この人達が、アウシュヴィッツ博物館)がドイツではなくポーランドにあるという事実を知らないのも恥ずかしい話だが、もっと恥ずかしいのはこの2つのブコメスターがたくさん集まっていることである

それを知らなくてもアウシュビッツ強制収容所ドイツにあると誤解しているのは珍しくもないので別にしょうがないとは思うけど、記事の中に書いてあるだろ、

 

中でもポーランド南部にあった「アウシュビッツ強制収容所」では、およそ110万人がガス室などで殺されたとされる。

 

とはっきりと、しかも冒頭近くに。研究してる人も下記の通りである

 

「ゾンダーコマンドに関する公式資料は、実は一切残っていません。ナチス大量虐殺目撃者だった彼らの存在を知られたくなかったからです」(アウシュビッツ博物館 資料部長 ヴォイチェフ・プウォサ)

 

アウシュヴィッツビルケナウ強制収容所絶滅収容所は、アッパーシレジアと呼ばれるポーランドの南、スロバキアとの国境近くにある。行った人なら知ってるかと思うけど、結構遠くて辺鄙なところにある。

元々はポーランド軍の兵舎だったところで、1939年9月1日ナチスドイツポーランドに侵攻して始まった第二次世界大戦で、要するにポーランド軍を追い出したのである

そしてこのアウシュヴィッツビルケナウ収容所がこれほどまでに有名になったのは、戦争期の後半にはビルケナウこそがユダヤ人虐殺絶滅政策の要になった収容所からだ。

戦後すぐから冷戦末期まで、旧ソ連適当な推計計算を行ったがために四百万人のユダヤ人虐殺されたとされていた。ビルケナウの遺体焼却炉の火葬率を大幅に過大に評価したためである。ちなみに、冷戦時代からそれはあまりに多すぎると西側研究者は言っていた。だってユダヤ人移送記録からかけ離れているし、精度の高いユダヤ人人口計算から言ってもアウシュヴィッツけが突出して多いために計算が合わなくなるからである

しかしそれでも、百万人も工業的にユダヤ人虐殺し得たのはビルケナウしかなかった。

アウシュヴィッツ以前は、ソビボル、ベウジェツ、トレブリンカ、ヘウムノといった絶滅専用収容所ユダヤ人工業虐殺をやっていたが、こっちの方は、もう一つある絶滅収容所機能を持つマイダネク以外、全てナチス破壊処分して証拠隠滅されて残っていないのである。なお、アウシュヴィッツ以外の絶滅専用収容所トータルでざっと二百万人のユダヤ人虐殺されている。

しかし何れの絶滅収容所も、ポーランド国境近くにしかない。

何故か。極秘裏にユダヤ人虐殺をやったかである。またポーランド鉄道網が発達していて、効率的ユダヤ人大量輸送を行うことが可能だったのである

ナチス親衛隊は、ユダヤ人虐殺を徹底的に隠蔽し、「ガス室」や「処刑」といった言葉ですらも文書記録にほぼ残さずにやったのだ。

ナチス親衛隊のトップ、全国指導者であったヒムラーは、部下にヤバい言葉の訂正まで命じている。

あのユダヤ人問題最終解決を話し合った有名な身内以外いないヴァンゼー会議ですらも、処刑だの虐殺だのという言葉は使わずせいぜいが「適切な処置」だの「特別処置」というような曖昧言葉しか議事録には残さなかった。

殺される側のユダヤ人にしても「シャワー室に入れ」であるガス室の周りには「消毒はあちらへ」などの騙すための看板まで掲げられていた。

こうした徹底的な隠蔽工作(つっても、完全な隠蔽は無理で、虐殺を明示的に示す文書はたくさん残っているが)は、戦後否認論者に付け入るすきを与えてしまったのである否認論者に取っちゃ証言など「信用できない」で一蹴できるので、どんなに膨大な証言記録があっても全部ウソにされるからね。

 

否定と肯定』という映画を見た人も多いと思うが、あのデヴィッド・アーヴィングの背後に一体何人の歴史修正主義者・否認論者がいると思うだろうか? もちろん推測でしかないが、アーヴィング応援者は何万人もいたに違いない。

アーヴィングの主張にしたところで、彼が否認に用いた主張のほとんど全ては、お仲間の否認論者のものばかりであるフォーリソンであったり、バッツであったり、ロイヒターであったり。

 

彼ら否認論者の主張は、知っている人にとっては噴飯ものしかないのだけれど、無知な人を騙すことにかけては絶大な高価を発揮するとてつもなく狡猾な主張である

例えば、マルコポーロ事件でおなじみの日本代表的否認論者である西岡昌紀が一番良く使う否認論を紹介しよう。

 

  • ガス室があったと言うが、ガス殺された遺体は一体も見つかっていない

 

さて、これを言われてあなたはどう思うだろうか? 答えは敢えて言わないでおくが、この懐疑論に即座にきちんと答えられる人はきっと少ないに違いない。あるいは、こんなのはどうであろうか?

 

 

といちいち上げていったらほんとにきりがないほどの細かい否認論がある。これらもいちいち回答は言わない。問題は、無知な人はこうした否認論に容易に騙されかねないということであり、実際に大勢騙されているという現実である

未だに、あのクソみたいな西岡論文を信じている奇特な人たちも存在するのである

それなのに、はてな民によるブコメ状況の酷い有様なのである

記事すらまともに読まずに「ドイツだって

 

ちゃんと教えといてあげるわ、ユダヤ人人口は当時、ポーランドドイツの大まかに言ってざっと十倍はいたんだよ。

 

追記

ほんとに何も知らない人が多いなぁ。

id:deep_one ガス室の謎の一つに「チクロンBでは毒性が低すぎる」っていうのがあるのだが、ガスの種類は明記してあるのだろうか?別のガスを使ったんじゃないのか。一酸化炭素中毒の方が簡単って話もある。

まさかチクロンBの毒性を疑う?(普通否認論者は毒性が強すぎるという疑問を言うのだが……)HCNって化学式なんだけど、知らないのかな? 「青酸」とも言われる猛毒だよ。当時は広くシラミ退治用に使ってたんだ。シラミは不衛生な上に当時大流行していたチフス媒介してしまうからね。だけど、人の場合シラミより遥かに低濃度かつ短時間殺害可能なんだよ。チクロンBっていうのは珪藻土に青酸を染み込ませてあるわけよ。これが空気に触れて26度以上になるとガスを放出する仕組みなんだ。ガス室に裸にした人間をぎゅうぎゅうつめに押し込めて、壁の上や天井からチクロンBの缶を開けて、その珪藻土の粒を部屋に落とすんだ。ぎゅうぎゅう詰めだから26度なんて超えてるしね。あっという間さ。阿鼻叫喚の中10分程度で死んだそうだ。

別の場所では一酸化炭素も使ってたよ。アインザッツグルペンは現地でガス車を使ってたし、T4作戦でも使われた。ソビブルやヘウムノなどの絶滅収容所でも使われたよ。

2019-01-24

anond:20190124014327

性的視線を向けた等の痴漢予備軍まで捕まえて絶滅収容所送りにしたいったら男全滅しそうw男は馬鹿から

2019-01-12

anond:20190112154751

その理想社会を実現するには少なくともジャップオス全員絶滅収容所送りにしないとむりなんじゃないかな…とも思うようになってきた

いくら言っても無駄じゃんアイツラ

2019-01-10

anond:20190110165218

今いるKKO絶滅収容所送りにしたところで、残った男の何割かがKKOになるだけだよ。

戦いは、終わらない。

2018-12-04

anond:20181203230130

オッサン作家というか、単にオッサンという生物は全世界の敵であり死すべき存在から絶滅収容所に送るべきという事実なだけな気がする。

はてなでも毎日のようにオッサンという生物犯罪告発オッサンという生物の劣等さについては言われてるし。

2018-10-28

anond:20181026223004

こいつはやっぱり植松聖だな。老人絶滅収容所を作れとか言い出しそうだ。

2018-10-25

anond:20181025042143

ジャップってもう絶滅収容所でも作って処分したほうが世のためになりそう。人権無視国家なんだからもういらんだろ。

2018-04-09

anond:20180409122609

増田は「アウシュビッツ強制労働所」で行われていた労働作業を知らないのかな?

言わずもがなアウシュビッツ強制収容所労働所ではなくて絶滅収容所であり、労働作業なんてもの殺害処分をされるまでの時間つぶしでしかなかったんだけれども、その「作業」と称してナチスドイツはあるグループには延々穴掘りをさせていたんだね。

そして、もう一つのあるグループには前のグループが空けた穴を埋めさせていた。

こうすることによって、本来存在しない作業でも人手を余らすことな作業させ続けることが可能だったんだね。

子、曰く「小人閑居して不善を為す」とも言うよ。囚人を暇にさせてたら手遊びで悪いことをはじめちゃうってことだね。だから、とりあえず作業をさせる。

増田がやっているブクマ集めというのもその一種なんじゃないかな?

増田は放っておくと闇の力が暴走して人々に迷惑をかけてしまう。だから、それを抑えるために無益とも取れるブクマ集めをやっているのではないかな?

ちゃん人生角度とか考えて、計画的ブクマ集めはやろうね。

2017-09-29

anond:20170929230918

日本人は本当にいつまでも脳内がガキのキモいオッサンとガキしかいない国だものな。

酷い男尊女卑外国人排斥し正しき知識を持った人の価値を認めないなど全く時代に追いつけていないし。

元増田のような善なる社会に触れたことで覚醒した正しき人々がいくら絶対正義を説いた所で老人化と少子化で硬直化した社会はもう数十年かで終わるまで変わることもないだろう。

はてなー達があれほどネットで全世界に認められた正しい社会像を啓蒙してきたにも関わらず、ネットネトウヨは増える一方。

世界日本人という毒をこれ以上撒き散らさないためにもこんな差別人種はいっそ北に戦争しかけて核で滅ぼされるか、いっそ絶滅収容所でも作ったほうがいい。

2017-08-16

https://anond.hatelabo.jp/20170816221505

からだけどお前バカかよ。

絶滅させようっていうのにその人一人自殺した所で日本人絶滅には全く意味が無い。

本気で絶滅させようと思ってるなら、もっと他の方法取らないとダメだろう。

テロも精々数百死ねばいい程度だし、核施設など狙えばまた少しは増えるだろうがそこに行くまでが難しいだろう。

ゲームに出てきた特定言語話者だけ殺す寄生虫みたいな感じとかは日本人絶滅させるとかい目的はいいかもしれないが、そもそもそんなフィクション産物設計するのは無理だろう。

草の根的に個人で出来そうな辺りでは、歴史ある国なら大なり小なり負の歴史を持っているものだしそこから引っ張り出してナチスなどといった絶対悪と同一の存在を見なすように仕向けたりして世界的に日本へのヘイトを高めていって、日本孤立化させ日本人絶滅収容所などを作られても仕方ないあの民族は核で浄化するしかないと思えるようにもっていくのはいいかもしれない。

戦争辺りもいいかもしれないし、前案で世界からヘイトを募りつつ、自国保守派バカにして煽る一方日本の軍国化を批判して兵力を削ぐのが良さそう。その過程内戦で潰れてくれればなおよし。

2016-12-04

死の収容所へ 3

http://anond.hatelabo.jp/20161204230447

 様々な要因の影響を受けながら、ユダヤ人たちは強制連行を受けとめていた。彼らはもう何年ものゲットーに閉じ込められ、飢えと渇き、恐怖と苦痛さらされ続けていた。そうした人びとは既に絶望し諦め切っており、連行命令に従いがちだった。強制連行の中でナチドイツによってもたらされた恐怖はもはや抑えがたいほどに膨れ上がり、彼らは打ちのめされ、感覚を失い、脱出や抵抗への意志を打ち砕かれてしまっていたのだ。その上連行されてゆくユダヤ人たちの圧倒的多数は、自分たち労働のために移送されてゆくと、実際本気で信じていた。彼らは東方への再定住に希望を繋いでさえいた。そこには仕事もあるのだからまさか自分たちが後にするゲットーよりもひどい事はないだろうと。彼らに期待できることはもう、それしかなかったのだ。どこか知らない東の地の他には…。

 いずれにせよ、ただユダヤ人だというだけで何の罪もない老若男女が連行され殺されるなど、誰にも予測のできようはずもなかった。 予測しようにも特定民族の完全絶滅など、未だかつて誰ひとり、経験したためしがなかった。

 連行にはナチドイツ以外の国々の警察隊も加わった。ポーランド青色警察」、オランダ緑色警察」、フランスルーマニアハンガリー警察ウクライナリトアニアラトヴィアエストニア警察その他、それはユダヤ人強制連行が行われたすべての国々に及んでいる。

 多くの非ユダヤ系住民強制連行を目撃している。玄関から歩道から、彼らは連行をただ見ていた。悲しみと同情を表わす顔もあれば、大喜びの顔もあった。だが大多数の人びとは、見知った仲の隣人が追放されてゆくこの痛ましい光景に、無関心なようだった。まるで彼らは、何も感じていないかのようだった…。

 駅に到着したユダヤ人たちは窓を塞がれた貨物列車に詰め込まれた。しばしば100名から150名、ときにはそれ以上が、その半数ほどしか収容できない1両の貨車に無理やり押し込まれた。貨車には外から錠が下ろされ、列車収容所入口に着くまでドイツ兵もしくは警官随伴した。列車は何事もなければ数時間で済む収容所までの道のりを、幾日もかかって走ることが度々あった。東方ソヴィエト戦線に向かう軍用列車が通るたびに退避線に入っては通過を待ち、再出発の許可下りるまで何時間も停車していたかである

 すし詰めの貨車の中の有様は、言語を絶していた。貨物車なので便所などひとつもなく、詰め込まれた人びとはバケツか、さもなくば床に用を足していた。換気装置も水もなく、車内の温度は夏になると水ぶくれができるほどに上がり、冬には逆に氷点下に下がった。これらの要因は収容所到着を待たずに大勢の人びとが車内で死亡する原因となった。特にポーランド領のゲットーからの便では、収容所到着時に数百名がすでに死亡していたという例もある。

 ヨーロッパ西部バルカン半島諸国での強制連行は、東欧でのやり方とは若干異なっていた。連行が決まった人びとはまず自国内の移送収容所抑留され、数週間あるいは数ヵ月後にポーランド行きの列車に乗せられた。彼らの場合ポーランド系ユダヤ人場合よりは待遇が良かったので、移送中の死亡率も低い。西ヨーロッパユダヤ人貨物列車ではなく客車移送されて行ったケースもある。もちろんそれは、労働のために移送されて行くという彼らの幻想を引き伸ばすための手段に過ぎなかったが。

 列車絶滅収容所に到着するとユダヤ人たちは貨車から降りるよう命じられた。ベウゼッツ、ソビボル、トレブリンカの各収容所に着いた人びとは、ここは移送収容所であり、ここから労働収容所へ送られることになる旨を伝えられ、そしてこう言われた−「シャワーを浴びるから衣服を脱ぐように」

脱いだ衣類は消毒に廻された。女性衛星上の理由と称して髪を切ることを告げられた。男性女性子どもたちから引き離された。荒々しい殴打と威嚇の中を、丸裸にされ運命から見放され呆然となった人びとは「シャワー」へと追い立てられて行った。それは確かに「シャワー」ではあった。ただしそれは「ガス」のシャワーだった。

 アウシュヴィッツでは、人びとがホームに降り立つと通常は「選別」が行われた。約20パーセント−若く体格の良い人びと−が強制労働のために集められ、「ガス室」送りを一時延期された。しかしそれと同時に、年齢も体調もおかまいなしに、到着するなり全員が何の選別もされずに「ガス室」に追い込まれ場合もある。一方では、稀にではあったが、到着した全員がしばらくの間ガス殺されずにいたこともあった。

 ナチの念の入った偽装と隠ぺいのシステムの中で、「ガス室の中で絶命する」という犠牲者たちの運命は常にあいまいにされ、彼らは最期の瞬間までそれを知り得なかった。

ナチス・ドイツが構築した排除装置は恐るべき効果を挙げた。数百万に上るユダヤ人が等しく殉難の試練を受けた。それは彼らがいまだ家庭にある時より始まり絶滅収容所ガス室をもって終わった。

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