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はてなキーワード: 保守主義とは

2017-06-03

http://anond.hatelabo.jp/20170603144214

「こちら」ってどちらさんなんだろう…

まさか子持ちは自分の子供に移動の自由居住国を選ぶ自由も認めない超絶保守主義毒親なのか…?

2017-05-21

ネオネオ保守主義

新しいシステム、新しい試験、新しい制度必要なのはわかるが

今上にいる連中の都合で好き勝手に決められるなら、まだ今の方がマシだ

そういうわけで憲法改正にも共謀罪にも新センター試験にも反対していくのでよろしく

2017-05-18

だいたいが右翼ったって

3分で考えただけでもこれだけの勢力がいて、折伏するとしたら必要アプローチだって別だろうに

単に正しさを説くだけでこいつら全員どうにかなるっていう方が傲慢だろうよ

2017-05-02

トンネルを掘る」と言ったマスク氏のつぶやきから始まった「地下トンネル構想」のイメージムービー

http://gigazine.net/news/20170501-boring-company/

さすがにねーわと思ってはてなーも言ってるけど、はてなーはこれが中国初のニュースだったら

渋滞回避を狙った中国の「またがりバス」がまさか実車化、今後は実験走行も開始

http://b.hatena.ne.jp/entry/gigazine.net/news/20160803-china-elevated-bus/

中国の勢いを感じる。中国すごい。それに比べて日本保守主義垣間見る

みたいにとりあえずはちゃんと認めとかないとネトウヨ認定されたんだろうな。

バスの方は去年あたりに、色々問題が持ち上がって放置状態とかのニュース以降さっぱり聞かなくなって、褒め称えて熱狂してたはてなー達もそのニュースブクマつける気すらしないほどに飽きちゃったみたいだけど。

2017-04-19

オタクウヨク的かサヨク的かと判別することの意義はあるの?

(勿論全てがそうとは言わんけど)オタク趣味というものがどこか保守臭さを感じてしまう点があることは、まあ確かに否めないとは思います

それはまあ、美少女キャラの消費の仕方が処女信仰的だとか、軍事要素大好きだとか、まあそこら辺ですね。

どうにもネトウヨだとかレッテル貼られても致し方ないとは、ある程度は思います

こういうときオタクに対してサヨク観点から批判的な目線を向けてしまます

でもその一方で、オタクサヨク特性も見逃せないのではないかなあ、と思います

たとえば、学校でのいじめられっ子とか、ブラック労働者とか、今風で言うなら「陰キャ」な人々がやるせない現実から

救済を求めるオタク文化に縋るというストーリーとかです。

(いやまあこの手の論も「最近オタクリア充多いだろ」で一蹴されそうではあるが…)

いくらウヨクっぽい趣味とは言え、その泣いて縋るような行動をそう簡単諌めることは是なのでありましょうか?

サヨクモチベーションなのではないでしょうか?

そこで「そんなキモい趣味に走るんじゃねぇ~」とか言ってしまうのは、むしろマチズモ保守主義価値観なのではないでしょうか?

こういうときオタクに対してウヨク観点から抑圧的な説教を加えてしまます

何が言いたいかと言うとオタクって「ウヨク」的要素と「サヨク」的要素のハイブリッド感があるよなあ、ってことです。

いやハイブリッドとかかっこいいもんじゃねぇか。いいとこ取りというか。悪く言えば半端もんというか。

からウヨク的に扱おうとしてもサヨク的に扱おうとしても、どうにも齟齬をきたしてしまう、と思うのですよねぇ。

まあしかしなんつーか、これ以降はオタクに限ったことではないけど、

世の中、何らかの集団属性或いは個人についてパーペキに「あいつはウヨクだ」「こいつはサヨクだ」と

明確に分けられたもんじゃないと思うんですよ。

一見ウヨクな人がリベラルっぽいこと言ってたり、

一見サヨクな人が保守臭いこと言い出したりとかなんてことは、ままあると思うんですよ。

ガチウヨク」「ガチサヨク」な存在なんて、本当にほーんの一握りしかいない。

あとの全ては所詮ウヨクっぽい」「サヨクっぽい」という、あくまでも「印象」でしかない。

あんまり何かの属性に対してウヨクサヨクだ結びつける行為は、メガネを曇らせてしまうだけなんではと僕は思うんですよねぇ。

2017-02-03

サブカル階層の失敗史

鉄道サブカル

2006年前後に激化した日本における鉄道好き文化聖地JR東日本での鉄道ファン同士の小競り合い。鉄道ファン若者が集まる駅で、その鉄道ファン排斥を呼びかけるヘイト集団が駅に押し寄せた。最盛期には100人規模の参加者がいたという。ギャル・不良系サブカルからの流れもあっただろう。

実際には、何十人ものヘイト集団が「お散歩」と称して鉄道オタクと押し問答を起こしたり、オタクとも何も関係なさそうな女子供におらつく動画画像を見たことがある。

ここで彼らの最大の課題が見える。それは、仕組みを妄信し、仕組みの上に根拠となる反論のできないデータがあると(「データの不在」というデータも含め)、それに「可視化された存在」をすり合わせることで物事確証するということだ。これは本当に反知性的な発想である

鉄道ファンヘイト場合は、まず日本型保守主義構造という「仕組み」を過信し、その仕組みの上に鉄道ファン社会性実績の不在というデータなきデータがあって、主張を裏付け現実実態としてヘイト運動大規模化を実現させたわけだ。しかし、彼らには最大の欠陥がある。

それは「サイレントマジョリティを知らないこと」である。世の中の多くの人は、鉄道ファンではないし、かといってヤンキーでもない。ましてや「私はミーハーです!」とデモを組んで主張してがなりたてることもありえないのである

鉄道オタク叩きに躍起になっていたヘイト連中は、自分たちの閉鎖的なネット空間の「一般論」が事実であることの根拠ヘイト行為動画拡散した。しかし、駅の利用者などは、ヘイトにはドン引きだったはずだ。

一方で、地上波テレビに一気にサブカル進出したのもあの時期だった。いわゆるオタ文化大衆化がここに始まった。マスコミ関係者もまた「可視至上主義」に陥っていたのだろう。

ちなみに鉄道オタク人口はある証券会社の調べによれば「オタク全体の3.8%(日本オタク人口が5200万人)」だというようだ。あまりにも少ない。膨大なサイレントマジョリティ日本国民は、鉄道を好きでもないが敬遠もしないし、それよりはヤンキーのほうが敬遠されるもので、レイシスト裏社会と同じくらい危険で嫌いである。

たぶん炎上するとは思わなかったんじゃないかネット原住民空間には健気な鉄道ファン話題は何一つ存在しないから、偏った反応だけが来ると。しか現実には、普段可視化されることのないサイレントマジョリティが眠りから目を覚ますこととなったのだ。

国民の反ロリコン・反不良感情

可視状態の過信」によるサブカル階層の失敗は今に限ったことではない。たとえばニコニコ動画などのネット原住民の中心空間には歴史カテゴリーにおいてヤンキー肯定する動画ゴロゴロ転がっている。これらは当初はサブカルたちが礼賛コメントを書きまくっていたが、相模原やまゆり事件以降は批判一色に染まった。

サブカルロリコンだけでなく、ヤンキーをも好む傾向があり、とりわけヤンキーについては肯定派どころか推奨派なのである普通人間であればSMフェチのMじゃあるまいし好き好んで威圧たりしたくないわけで、一般世論乖離している。しかネット原住民空間自体一般ではないのか黙認されてきた。

ところが、そのネット原住民空間が「ヤンキー排斥」「反ロリコン」を鮮明にしたのが相模原やまゆり事件千葉大生による女子中学生誘拐事件である。あの時期の前後に立て続けに相次いだロリコンヤンキーがらみの騒動もあって、反ロリコンヤンキー排斥世論が高まり結果的に「礼賛一色」のコメント欄が一気に批判に染まったのだ。サブカルなんてネット原住民空間でも少数派なのだ

そして反ロリコンヤンキー排斥騒動さえ何ヶ月も前になった今こうした動画にはさらに上からかぶさるようにサブカルの「肯定論」が再び増えつつある。最近トランプ炎上において支持者が強気姿勢を変える気配がないのも、ロリコンヤンキーと同じでほとぼりが冷めれば自分たちの主張を上塗りすることができるからだろう。

2017-01-23

もう手遅れ

悪いけどもう手遅れだよ。

もうすぐヨーロッパアメリカと同じ現象が起きる。自国第一主義保護貿易

アメリカ選挙だがその影響がアメリカだけで済むはずがない。アメリカを追い出された移民自国に戻って何をすると思う?アメリカと同じことをするのだ。自国にいる移民海外から働きに来ている人たちを追い出さないと仕事がないから。そして追い出された人たちは自国に戻ってまた同じことをする。もともと仕事のない国から来た人たちはどうするかというとグループを作って食料を奪い合う。民族対立内戦。そしてそれはそれらの国から搾取してきた経済大国にも影響し、その国の経済も傾くようになりアメリカと同じことが起きる。これからこういうことが繰り返されていくのだ。経済国は搾取してきた国を安定させるために平和維持活動の名の下に武力介入をし内戦に巻き込まれ泥沼となり気が付いた時には黙って撤退することができないほどの損害を出し後には引けなくなる。もしくは自国第一主義の中で勝者となる国が現れ、周辺諸国が富を奪うために武力侵攻をする可能性もある。アメリカだって経済不況の不満を内部の敵、移民に向けて彼らを追い出したところで経済回復しないだろうしそうなると次は外の敵を求めるようになる。日本だって怪しい。アメリカ多様性主義保守主義対立したのと同じように「正しくあろうとする人々」と「信じたいものを信じる人々」の対立が起こっている。放射能水素水WELQ似非科学、人には感情がある。どれだけ科学的な証拠がないと言っても人は不安になるし希望があればすがりたくなる。そういったことを無視してあくまで間違っていると声高に叫び、それを信じる人たちを正そうとする姿勢もまた対立を産む原因となっている。そして放射能の影響や水素水効能を信じる人たちのグループと、あくまで正しくあろうとする人たちのグループができ対立するようになる。経済的には貧困層、働いているが経済的な余裕がない層の人たちはその不満を生活保護受給者に向けるようになり生活保護受給者は不満を国内移民外国人、また都市部の人たちは自分たちが多くの予算を払っているのにそこから地方にも税金が行き渡ることに不満を唱えるようになり都市部地方対立するようになり、不満をぶつける相手を求めるようになる。

これがこれから世界中で起きるのだ。この流れは気づかなかっただけですでにできていた。トランプ勝利もこの流れの一つの結果に過ぎないし、今回の選挙ではヒラリーの方が得票数が多かったと言ってもあまり意味がない。トランプが勝つのが今回の選挙なのか次の選挙なのか、時間問題しかなかった。

この流れはいからできていたのか。それは前回の第二次世界大戦の後からだ。朝鮮戦争湾岸戦争、米ソの冷戦911イラク侵攻、ISISの台頭、こういった出来事のすべてか今回の選挙の結果、そしてこれから起こるであろうことに関連している。専門家評論家は具体的な原因を求めてどこかで結果が変わっていればこうならなかったと話すだろうが長い目で見れば特定のできごとの結果が変わったところで大きな流れは変わらないということに気づくはずだ。

我々はこれからどうすればいいのか。むしろ問いたい、「まだ間に合うと思うのか」と。すでに流れはできてるし今更止めることもできない。すでに賽は投げられているし、歴史は繰り返す

人類進歩したという人もいるだろうが、銅が鉄になり、弓が銃になり、紙が通信になったように技術こそ進歩したが、中世キリスト教会国際連合になり、十字軍国際連合軍へと名称を変えただけで行なっていることとその本質は何も変わっていない。

2017-01-21

女権が向上するほど世にキモオタ表現が溢れるのでは?~feat.家父長

萌えコラボとかがフェミニストの方々からたびたび批判されてるじゃないですか。

女らしさの押し付けだ、とか、まあ、そんな感じで。

要するにキモオタ的なものが、女性の権利が向上する世に合わない、と。

でもね、僕は全く逆だと思うんです。「女性の権利が向上するほど、女性不快に感じるキモオタ的なものが世に溢れるのでは?」…と。

なんでかって言うと、ここでキーポイントとなるのは「家父長頑固オヤジ」です。

ここでいう「家父長頑固オヤジ」は具体的に言うなら、「男尊女卑」「モラハラセクシスト」「多様性を認めない」…まあそういう存在です。

女性の権利の向上はこの「家父長オヤジ」の衰退とともに進出してきたではないですか。違うんですか?

一方で、大昔からキモオタを抑圧してきた存在」とは何でしょうか…?

もうおわかりですね(笑)「家父長頑固オヤジ」に他ならないのです(ΩなっなんだってーΩ)。

まあ大昔は「オタク」なんて言葉はなかったけど、昔の時代で言い換えるなら「いい大人になって幼稚な趣味に耽溺すること」全般ですね。

キモオタ」を抑圧する存在は「家父長頑固オヤジ」に他ならないのですよ。

から私は、「女性の権利」の向上のために、「家父長頑固オヤジ」が衰退したために、結果的抑止力が無くなって「キモオタ」が溢れる世になったのでは…と思うわけですよ。

そして現代で、家父長頑固オヤジ以外でキモオタを抑圧する存在はいるのか?というと、残念ながらいないと言わざるを得ません。

フェミニストとかリベラリストとかの方々がキモオタ批判しても、当のキモオタは「な~んでお前らの言うことを聞かにゃならんのだwおならぷうwww」で鼻ホジ一つで終わりなのです。

「家父長頑固オヤジ」が「そんな気色悪いもんとっとと卒業せんか~い!!!ゴルァ!」と叱りつけることによって、初めてキモオタビビっておずおずして半分チビリながら渋々言うこと聞くわけです。

(ここで「いや息子はカーチャンに叱られたときも言うことを聞くのでは?」と思うかもしれませんが、ここで言う「カーチャン」は「家父長頑固オヤジ」が存在していることが前提で、所詮叱りつけの中継役をしてるに過ぎないのです)

いやいや、誤解せんでいたただきたのですが、私は大昔の男尊女卑社会に戻れ!とかそんな保守主義じみたことを言う気は無いですよ。

女性の権利が向上することを祈ってますよ!マジでマジでまじで

ただ言いたいことはね、「女性の権利が向上していくこと」と「キモオタ的な表現が世に溢れること」は並列して進まざるを得ないんだと思うんですよ。

キモオタ表現が世に溢れること自体が女権の妨げだ!」とか言ってもどうしようもありませんよ。しょーがないもんはしょーがないッスよ。

キモオタ表現を抑圧する役目」である「家父長オヤジ」が衰退したのだから

それでもキモオタ表現が抑圧したいと言うなら、その役目を担う新しいシステムなりなんなりを発明しないとどうしようもないでしょう。

そして残念ながらそのシステムは、現状で全く発明できていないと言わざるを得ないです。

2016-11-25

もはや「恋愛」はオッサンオバハン文化である

昨日の恋愛面倒やねん特集にて「いや人としてちゃんと恋愛しろよ」という、

恋愛至上主義オッサンオバハンの多さにもうウンザリウンザリウンザリガニである

恋愛している若者ですら「恋愛必須ものではない」という意識はあるというのに、ホントなんなんだこのギャップは。

(まあ、だからこそ、逆説的にマイノリティ非モテのオッサンオバハンは生きづらいのだろうけど)

やっぱあれだよ、恋愛至上主義おっさんおばはんは恋愛自分若者だった時の感覚

改革」「反抑圧」「反体制」と思ってんだから困るんだよ。こまっちゃうナ☆(リンダ風に

長年恋愛文化とはロミジュリカンイチオミヤのごとく大迷惑な抑圧からの救いたり得るものな筈だったのだが、

今となってはもはや逆に抑圧する側となっているのだよ!(な、なんだって!?

恋愛はむしろ保守主義側となってしまったんだよ!(ななななんだって!?

もういい加減あなたたちの恋愛しろ恋愛しろコールにこちとら辟易なんです。いい加減にしてほしいです。

はっきり言って恋愛とは、キラキラしたものなので気づきづらいけど、その内実は非常に体育会系マッチョイズムしばきあげ主義親和性が高いんです。

(いや、外面がキラキラするほど内実はドロドロする、と言うべきか)

肉体的な意味ではなく、精神的な意味コミュ能力的な意味体育会系

普段マッチョイズム的なものを忌み嫌っている人でも、こと「恋愛」となると言うことはマッチョイズム的になってきやがります

ひたすら努力努力努力。諦めようとすると「ちゃんとやること全部やったのか」とかアリバイとして無限努力要求してきます

(あるいは「人間的未成熟から来るマウンティングをかましてくる)

もうウンザリウンザリウンザリエル朝なんです。

それこそ上記のように「反抑圧」なら恋愛をやろうって気になろうってもんなんですが、

「抑圧」側となってしまった恋愛をやろうとは思えんのです。思えんのだよ!分かるかこのニュータイプの出来損ないめ!?

あなたたちは善意の元に恋愛を勧めようがそれは大迷惑なんです。

なんだわかんねえのかこの野郎!愛なぞいらぬわ!(ドドォォッ

2016-11-09

2026年から手紙

この10年間、世界は大きく動いた。


発端はイギリスEU離脱だった。世界経済は混乱し恐慌がきた。失業者が増え人々は不安になった。


次にアメリカトランプ大統領になった。これで世界中保守主義国内優先孤立主義に走った。

特に新興国トランプを真似したかのような過激保守主義的な指導者が増えた。


次にドイツおかしくなった。ネオナチが羊を被ったような党が躍進してきた。民族主義が堂々と声をあげるようになった。その影響でフランスドイツ距離を置くようになった。

フランスドイツ関係が悪くなるにつれ、EUは徐々に解体していった。一時的と言われた人の移動制限は、恒久的なものになった。ドイツ勝手関税を取り始め他の国もそれを真似た。

今でも一応EUはあるが飾りみたいなものだ。


アジアでは中国国境絡みのニュースが増えた。

一応国連が介入したが、国連中国寄りな態度しか示さず、関係国は失望している。何度か火種があったが大きな紛争にはならなかった。

日本高齢化が進み経済が縮小した。一時期格差の拡大が騒がれたが最近は落ち着いている。

移民を一切受け入れない姿勢が各国なら批判され国際政治での発言力も弱くなった。

大きな混乱なく緩やかに経済を縮小させていく日本手法を「日本モデル」と呼ぶ人もいるが、単なる自画自賛だと思う。国際社会日本を老いたかつての大国とみなしている。


アフリカでは、中国が一部の地域に多額の投資と引き換えに内政干渉を繰り返した。中国人が大量に移住しているらしい。遂には治安維持名目で軍を駐留させた。さすがに諸国が反発したが実行力のある対策は打てなかった。近い将来、住民投票中国に編入させるんじゃないかという噂だ。現地では民族運動が盛んになって治安悪化しているらしいが、なにせ情報が出てこない。アメリカが介入をちらつかせているが中国は引く気はないらしい。キナ臭い雰囲気がここ数年続いている。


東京オリンピック?あったよ。面白かったさ。でも中国宣伝みたいだった。あんなに金をかけなくても良かっただろう。


とにかく、2026年の今現在日本平和だ。 世界でも大きな戦争は起きていない。でも、この後の10年間はそうはいかないだろうと、みんなが言っている。どうか日本だけでも平和であればと願っている。

2016-10-02

知られざる在野保守系知識人ワナビー実態とは・・・

高学歴でも低学歴でもない

・非文学部

・当然理系センスはない

語学スキルもない

・かといって訳書をバリバリ読んでおのれの哲学を作り上げるわけでもない

苛烈アカデミズムコンプ

・したがって、自然科学に興味があるもののなんとなく「在野臭」を感じるものしか手を出せない

・その結果twitterでは意味不明な戯れ言しか垂れ流せない

twitterでは意味不明思考実験ラフスケッチに終始する

しか中途半端なところでやめる

twitterでは自然科学あるいは「現代思想」に対する違和感の表明と謎の決意表明ストイックなことがやりたいらしい)に終始する

ブログでも本の要約(学部レベル。大体訳書の要約ってなんだよ)に終始する

地方在住

・低収入

・そのくせして妙な保守主義

・こんな人生、あまりにむなしいのでアニメネタコミュニケーションをとろうとする

・とはいえ、単なるアニメ好きと認識されるのもなぜか悔しいらしく、「小さな哲学者アニメに関心を示してやってますよ」てきなスタンスをにじませる

・こんな悲惨人生大学院に入れば実存的にスキル的にも救われるのに、先ほど述べたコンプのせいで入れない。学力的にも入れないんだろうけど

2016-05-08

memo

5/7の日経から

FOMC
アメリカ二大政党

近代歴史的に言えば,二大政党からしか大統領は選出されていない.

リベラル

政治経済などにおける思想運動体制類型ひとつ

人間は理性を持ち従来の権威から自由であり自己決定権を持つとの立場から

政治的には「政府から自由である自由権個人主義、「政府への自由である国民主権などの民主主義経済的には私的所有権自由市場による資本主義などの思想

アメリカ政治

選挙権は18から

2016-03-08

地方紙限界

地方紙を読んでいると、やっぱエリート記者様でも、地方文句は言えないんだなとか、

地方に損になることは、妥当とわかっていても書けないんだなとか、いろいろと思惑を感じる。

最近それを感じるのが一票の格差問題だ。

普段はあれだけ政治について偉そうに語り、特定機密なんたらの時なんかもう連日のように

社説に載せまくっていたものだが、どうもこの問題に関しては歯切れが悪い。

地方紙としては、最高裁判決無視するわけにもいかないが、素直に賛成するわけにもいかない。

一票の格差が都会への人口流出から生じている以上、「是正」で割を食うのは地方の側だからだ。

地方文句は言えない、地方の損になることは書けない、という姿勢が合わさると、

結果として、今あるものは何としてでも残す、という極端な保守主義へと走ることになる。

ローカル線廃止検討されれば、普段誰も乗ってないはずの沿線から、数少ない利用者を探し出してきて、

ほーらなくなるとこんなに困るでしょ、という説明に紙面を費やす

地元ロースクール学生募集停止を決めた時もそうだった。

地方に根ざした法律家を育てると鳴り物入りで生まれたローだが、まず法律家を育てることに失敗し、

その年の入学者も定員を大幅に割り込んでいた。募集停止するまでもなく、誰の目にも明らかに死に体だった。

しかし、それでも新聞は、他のローとの合併などで生き残りを模索せよ、と無責任煽り

つーか地方のローを潰すくらいなら都会の私大ローこそ潰れろ、と八つ当たりまで始めたのだった。

(結局、その私大ローもまた、次々と募集停止することになるのだが)

あんなのいらないから潰してしまえ」とは、口が裂けても言えなかったのである

都会のマスコミがうらやましいと思うのは、一応のバランス感覚はあるという点だ。

彼らは自分のいるところが日本の中心であると思い上がること甚だしいが、

代わりに東京として地域エゴをむき出しにすることはあまりない。

これ以上見込みのない地方に我々の税金を投じるのはやめろとか、彼らは都会に来ることを選んでいるんだとか、

ふるさと納税なんかやめちまえとか、本音はそんなものだろうが、それを隠す程度の遠慮はしているのである

一方、地方悪口は言えぬ地方紙である

格差是正に伴って、地方議席は減る一方だろう。いずれ裁判所地方の双方にいい顔をし続けるのも無理になる。

いつかブチ切れて、最高裁一票の格差もクソ食らえだ、参議院だけでいいから甲子園みたいに県代表にしやがれ、

などと言い出すのではないかと、今のうちから楽しみにしている。

2016-01-24

ここ最近SIer批判について

http://anond.hatelabo.jp/20160123131828

きっと、Web系の仕事楽しいのでしょうね。

最新の技術バンバン取り入れて、自分裁量でどんどん動けて。

華やかな世界。私も行ってみたい。

だけど行かないのは、今の自分仕事に誇りを持っているからです。

ひとつ間違えば新聞沙汰になりかねないこの世界

そりゃー、ちょっとしたスクリプトひとつ過剰反応しますよ。

極端な話、原子力発電所システムだったらそんなこと絶対に許されないでしょう?

増田の主張が間違ってるって言いたいわけじゃないよ。

しろ涙無しには読めないよ。

行き過ぎた保守主義組織が硬化してワケのワカランことになってるのは、私も何度も目の当たりにしてきたし、

顧客を恐れるあまり裏目っちゃうこともしばしば。

だけど、こんな雁字搦めの状態でも何かできることはないか、変えられることはないか、って

ギリギリラインで頑張ってる人たちも沢山いるんです。少なくとも私の周りはそう。

から、『SIerは糞』とか言われると、悲しくなってしまうのです。

2016-01-17

フェミニスト喪女本来共通する筈なのに、実際には酷く隔絶されている印象。

家事育児押し付けられるから結婚したくない!」とは言っても「私がブスだから結婚できない」とは絶対に言わないのがネトフェミ。まあ実際皆さん美人さん揃いなんでしょうよ、私と違って。

喪女クラスタフェミクラスタが隔絶されてるのってフェミニズム趣旨からすると不思議に思えるのですが、むべなるかな。

本来主流となるべき喪女層にフェミニズムいまいち浸透しないのは、日本の今のリベラルフェミニズムが「女子高生」や「ワーキングマザー」等と言った、「女性の中では比較的恵まれている層」ばかりに焦点を当てて、本来フェミニズムと最も親和性の高い筈の、「容姿に恵まれ差別される若くない独身女性」という層を無視しているからだと思います

ルミネCM批判されたけれど一過性のもので、ルッキズム害悪に切り込んだ分析は進まなかった。

フェミニストモテないブスばかりと思うなよ」という主張がバリバリに感じられるようになったのはいからなのか…2006年に『バックラッシュ!』という本が出た頃にはまだ状況は違っていたように記憶している。やはりTwitterの普及後かな?

「痛いフェミニスト」になりたくないが為の良妻賢母思想が今の日本フェミニズムの主流だと思っている。それは実質保守主義といっていいのではないかと。

実際に既婚や子持ちである層だけでなくそれとは掛け離れた立場にいる女性でさえ、負け組独身子無し女性より勝ち組子持ち女性保護を率先して語るのは何故だろう。「あんな痛いブスと一緒にされたくない」現象

「女は集団全体の利益の向上を図らず集団の中での上澄みに立ちたがる」…『女』を主語にするのはミソジニーめいているのであまり言いたくないのですが、でも今の日本リベラルフェミニズムからは凄くそういう気配を感じる。

フェミニストの全てが喪女ではないが、喪女は全てがフェミニストであるのが自然な姿だと思う。なのにそうならなかったのは何故なのか。

女に「少女」と「母親」以外の価値を見出さないという点においては、日本のリベフェミの皆さんは宮崎駿よりもよっぽど徹底しているように見える。

2015-07-23

http://anond.hatelabo.jp/20150723220552

てめえに読解力ないだけだろ?

俺はちゃんと「安倍に仕切らせるのは反対」と書いてるぜ。

安保法制の是非自体にはふれてないって、ちゃんと読み取れてるトラバもあったが、お前はちがうな。

お前、表題だけ呼んで条件反射トラバしただけなんだろ? 正直に言えよ。

俺のスタンスは、できることな憲法改正にきちっと取り組んで、しかるべきのちに安保法制も取り組むべきってことだ。

まあ、なかなか現状の世論ではそれが難しいってのも分かるがな。

とにかく、安倍みたいなバカ保守主義親玉だと思われると、保守主義自体バカに見えるってのが嫌なんだよ俺は。

タイトル釣りだよw

バカサヨク同意スタンスで食いついてきたら、そ~じゃなくてという話をしたかったが、ちゃんと本文が読めないバカがつれちまったぜ。

2014-11-27

http://anond.hatelabo.jp/20141127114159

横なんですが、保守主義という建前を用いてデフレ肯定するのはどういう理由からなんですか。

リベラルにとっても保守にとってもデフレ害悪しかないと思うのですが。

現に、保守からデフレ害悪論はよく出ますよね。

保守のその辺の統一性の無さはどういう理由から来ているのでしょうか。

もしかしてあなたにとってデフレが得であるというだけのことをイデオロギーを用いて粉飾しているのでは、と邪推してしまうわけなんですが、その辺の疑いを晴らす理路はお持ちなのでしょうか。

2014-03-04

左翼が人々から信頼されない最大の原因とは。

保守ネット右翼だと何度言えば

http://blogos.com/article/81618/

ここでも言われてるけど、左翼保守主義ネット右翼が本気でイコールだと思ってる人が多い。「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」と語った紀元前中国人以下の脳みそしか無いのが、日本左翼集団である

2013-09-19

マスダ80年代女性アイドル論~斉藤由貴

80年代女性アイドル格付

マスダ80年代女性アイドル論~松田聖子論

マスダ80年代女性アイドル論~中森明菜論

マスダ80年代女性アイドル論~小泉今日子論

マスダ80年代女性アイドル論~インターバル

マスダ80年代女性アイドル論~薬師丸ひろ子論

マスダ80年代女性アイドル論~南野陽子論


マスダ女性アイドルシリーズですが、今回で一応の区切りとなりますが、あともう一回、総論とお知らせを書く予定です。


人生山あり谷ありと申しますが、浮き沈みの激しい芸能界、これまで取り上げたトップアイドル5人ですが、プレミアム感を維持しながら、それぞれに生き残っているのはさすがです。80年代に小話のネタで「ミナミヨウコミナミヨウコ、一字違いで大違い」というのがありました。南田洋子さんは若い時は大変な美人女優で、当時も上品美しい人ですから、この言い方はずいぶん失礼だったのですが、まあ若いからすればおばさんには違いない、敢えて南野陽子比較すれば、それは南野陽子の方が当時としては全然いいわけです。でも考えてみれば当時の南田洋子の年齢と、今の南野陽子の年齢はそうものすごく違うというわけでもない。それでいて、今でもテレビバラエティに出てくれば、「あのアイドルナンノちゃんが来てくれました!」みたいなハレの日感を維持していますね。

これは80年代女性アイドルに限った話ではなく、80年代に登場した/有力になった人物、フォーマットは未だに影響力があります。例えばお笑い界で言えば、60年代クレイジーキャッツ70年代ドリフターズ萩本欽一はそれぞれ続く10年では息切れしていましたが、お笑いBIG3は未だにお笑いBIG3です。これと似たような現象が、80年代についてはありとあらゆる分野について見られます

もちろんそうは言っても、人そのものは年齢を重ねてゆくわけですから80年代トップアイドルたちもそれぞれ見せ方を変えてきています。一貫してアイドルである松田聖子でさえ、もう聖子ちゃんカットにはしてくれません。デビュー当初の松田聖子はとてもキュートでしたが、映画野菊の墓』で前髪を上げた時、キュートさがびっくりするくらい無かった、彼女にとって前髪がものすごく重要であることを多くの人が認識したのですが、結婚以後、どういうわけか彼女はかたくなに前髪をオールバックにしていますね。

そういう小さなことから歌唱スタイルをまったく変えてきた中森明菜に至るまで、プレミアム感を維持したトップ芸能人という立場は同じでもその内容は違う、そういう変遷をそれぞれに辿っています

しかほとんどアプローチの仕方が変わっていない人もいて、斉藤由貴がそうです。

彼女場合路線変更や、あれこれ小ネタを仕込む必要もないほど、順調だった、彼女人生行事に合わせて、芸能界仕事がいいように流れて行った、だから流れに身を任せれば良かった、そういう特に恵まれた境遇にあるのが見てとれます

アイドルとしてはもちろん、芸能人として斉藤由貴ほど恵まれた立場にある人はそうはいません。もちろん、アイドルとして彼女よりも成功した人たちはいるのですが、その人たちから見てさえ、斉藤由貴境遇は出来れば替わって欲しいものでしょう。これまで取り上げてきた5人のアイドル斉藤由貴のうち、事務所を移ったことがないことがないのは小泉今日子斉藤由貴だけです。聖子明菜も、薬師丸も南野も、それぞれに苦闘と逆境がありました。小泉は天下のバーニングプロダクションの、郷ひろみと並ぶ最古参タレントのひとりとして安定した立場にありますが、その立場は結果であって、トップアイドル上り詰めて維持するためには試行錯誤セルフプロデュースを試みなければなりませんでした。斉藤由貴のみ、ただ流れに乗っているだけで、他の人が垂涎するような仕事に恵まれて、その流れがずっと維持されています

自分人間関係では子供の時からずっと不器用で苦労しているけれども、こと仕事に関しては順調だった。運動神経もあんまりよくないので『スケバン刑事』の仕事の時はあんまり乗り気じゃなかったけれど、その仕事好調視聴率もよかった。あんまりこの仕事はしたくないというのがないので、来る仕事をそのままこなしていたら、思う以上にいい結果が出て、それがずっと続いている感じです」

斉藤由貴は述べています

ただし、単に流れに身を任せているだけではなくて、彼女場合は結果を出しています。来る仕事来る仕事ホームランで打ち返している、だから次につながっているのです。こと彼女に関しては、東宝芸能と言う事務所マネージメントが的確だったのは確かでしょうが、無理やり事務所ねじこんだタレントではなくて、確実に結果を残してきたから順調であったのです。結果として彼女タレントとしての個性と、東宝芸能と言う事務所芸能界での立ち位置マッチしたとは言えますが、彼女以外のアイドル東宝芸能マネージメントを受けても同じような結果を残せたはずがありません。一方で、やはり他の芸能事務所では斉藤由貴と言う才能を活用しきれなかったでしょう。


斉藤由貴が恵まれたアイドルであるのは間違いありません。恵まれていると言うのは、女優としていい流れで仕事サジェストされてきた、歌手として楽曲の水準が高かったという点においてです。そして最初からずっと順調でした。斉藤由貴デビューが遅いアイドルで、高校三年生の時から芸能活動を開始していますが、1984年春に東宝シンデレラオーディション準グランプリに選出されたのが芸能界入りのきっかけです。よく、ミズマガジンコンテストグランプリから彼女の経歴が書かれることが多いのですが、ミスマガジン東宝シンデレラオーディションの後です。そういう経緯から彼女東宝タレントであるわけです。

東宝は言うまでもなく、大手映画会社の一画を占め、現在は業績においては圧倒的に日本トップ映画会社です(ただしそれはTOHOシネマズなどの映画館チェーンが好調からですが)。それだけではなく阪急東宝財閥中核企業であり、宝塚歌劇団グループ内に抱えていますマネージメント業務を担当する東宝芸能は、数ある芸能事務所の中でも、一番安定していると言えるでしょう。

東宝シンデレラオーディションは、東宝が久しぶりにスター発掘のために開催したオーディションで、第一回のグランプリ沢口靖子準グランプリ斉藤由貴でした。彼女たちは今では東宝の顔になっています東宝マネージメントある意味タレントの自主性を重んじる傾向もあるのですが、東宝シンデレラオーディション出身者、特に第一回の出身である沢口と斉藤については社運をかけているという面もあって、脇をがっちりとサポートして、手塩にかけて育てた、本格派を目指させた、ありとあらゆるチャンスを与えた、そういう感じです。

沢口はデビュー作が、当時、東宝看板映画だった『刑事物語』の三作目、続く二作目がやはり東宝看板作品であるゴジラ』です。沢口は『ゴジラビオランテ』にも出演していますから堂々たるゴジラ女優ですが、こういう売り出し方がアイドル売りの王道とはかけ離れていることは言うまでもないでしょう。沢口や斉藤は、学生、もしくはついこのあいだまで学生だったのですから、学園ものを演じさせればそれなりにはまったはずですが、「身近な経験から演技を構築してゆく」のではない、物語のものからキャラクターを構築してゆく演技を最初から要求されています。そういう演技が難しいのかどうなのか、演技の資質がある人にとってはかえってやりやすいのではないかと思いますが、そうではない人にとっては真夜中に霧の中を進むようなものでしょう。とにかく、日常の「女の子から演技を積み重ねてゆくような、私小説的なアプローチを封じたわけで、これは斉藤由貴についても同様です。

斉藤由貴ドラマ初出演作は『野球狂の詩』で、その次が『スケバン刑事』です。いずれも東宝制作ではありませんが、非日常的と言う点では、十分に非日常的なお話から斉藤は演技をスタートさせています


斉藤芸能活動の開始は1984年からですが、高校三年生であったこの年、彼女神奈川の県立高校に在学していたので、大きな活動はありませんでした。ミスマガジンマガジンの表紙を飾ったのと、伝説的なCM『青春という名のラーメン』に出演したくらいです。続く1985年1月月曜ドラマランド枠で『野球狂の詩』が放送され、2月にファーストシングル『卒業』が発売されました。

『卒業』が発売された時には、斉藤由貴はもうかなり話題になっていたので、『卒業』はいきなりベストテン入りして、最高6位までチャート順位を上げていますデビュー曲ベストテン入りしたアイドルは既に映画女優として実績のあった薬師丸ひろ子原田知世おニャン子の流れでデビューした工藤静香を除けば、「80年代女性アイドル格付 」ベストテンの中では斉藤由貴だけです。

そして1985年4月からスケバン刑事』の放送が始まります


ここで彼女異端性について触れておきましょう。ご存じのとおり、彼女信仰心がある人です。現代日本では信仰信心があること自体が異端で、それも仏教系・神道系ではなく、外来キリスト教信仰しているのは異端の中の異端、更にキリスト教の中でも、末日聖徒イエス・キリスト教会モルモン教)の信者であることは異端です。キリスト教新宗教派の中でも、その教義戒律おい異端性が特に濃厚なセクトです。エホバの証人統一教会比較しても、特に異端性が強いと私は見ているのですが、最近はあたりが緩やかになっているのでしょうか。2012年アメリカ大統領選挙で、共和党の候補にモルモン教であるロムニー氏が選ばれたのは意外でした。現在キリスト教おいては、全体がリベラル色を強める中、保守回帰宗派転向する人も増えていますイギリスカトリック転向する人、中南米カトリックから更に原理主義的な新教系原理主義転向する人、そういう例もかなり見られます教皇フランシスコが先日、同性愛を容認する方向についに踏み込みましたが、カトリックからキリスト教原理主義転向する人も増えるかも知れません。

そういう中でモルモン教異端であるがゆえに、より濃厚な保守主義を維持したい人たちの受け皿として浮かび上がっているのかも知れません。

斉藤由貴宗教おいても特に異端性が強いセクト信者であるわけですから、どうしても異端性を自覚して生きてこなければならなかったはずです。それが彼女に他の少女とはまるで違う、ゆらぎのような魅力を与えています。それは純粋さ、純潔さであるように見えますが、要は世界観のずれ、であるわけです。西洋人ジャポニズムに感じたような世界観のずれから生じる「発見」「新感覚の体験」、斉藤由貴はそうした未知の体験を触れる者に与えるのです。

彼女社会おい異端であることを踏まえれば、彼女ある意味おいて「生きづらい」のも当然なのですが、それでいて彼女信仰のものを相対化するようなゆらぎをも抱えています彼女が単純に敬虔信者というならば、二度に及んだ不倫など出来るはずがないのです。彼女自身はその不倫正当化はしていません。そういう意味では信仰を維持しているのは確かですし、その行為があったからと言って「魔性の女」扱いするのは不適当ですが、それほど信仰する宗教の中にあってさえ、時にやむにやまれぬ衝動に突き動かされる、異端性を彼女は持っているということなのです。

そのセクト信者であることによって社会生活おい彼女異端なのですが、彼女自身のキャラクターによって信仰仲間の中にあっても異端なのです。それが彼女の「生きづらさ」になっていますが、事が彼女信条性格に由来するために、それこそ生まれ落ちた時点から彼女はこの異端性を抱えています。だからそれが当たり前なので、ある意味、「もはや問題ではない」のです。空が青いのと同じく、生きづらいのがデフォルトなので、もちろんそれに伴う苦労はあるにしてもそれで悩むことはもはや意味がない、だから悩まない。彼女には異端でありながら底抜け楽天主義があるとしたらその根っこは諦めの境地です。


斉藤由貴特に楽曲に恵まれたアイドルです。シングルはいずれの曲も神曲レベルにあります

作詞では松本隆森雪之丞谷山浩子作曲では筒美京平玉置浩二亀井登志夫原由子らが担当していますが、いずれも彼らのキャリアの中でも一二を争う水準の作品を提供しています。これはおそらく斉藤由貴創作意欲を掻き立てる何かがある、ジャポニズムに触れたゴッホのように、斉藤由貴によって創作トリガーを引かれる何かがあったということなのですが、デビュー曲『卒業』を例に、見てみましょう。

続く

http://anond.hatelabo.jp/20130919170745

2013-07-08

左翼こそレイシスト」論に対する左翼(?)の反論に対するお答え

http://anond.hatelabo.jp/20130707231436を受けて。

3点述べられているので、1点ずつお答えします。

まず1点目、「われわれはわれわれの問題を優先するべきであって、外国の出来事については「よそ様の問題」であってわれわれが口をはさむべきことではない」という主張について。

これは実は保守主義の主張です。たとえば「先進国途上国から搾取しているのではないか」という議論に対して、

「それは途上国自身の問題であるからわれわれが口出しすべきではない」と述べるのは保守的な態度です。

2点目、「中韓の「偏狭」なナショナリズム日本の侵略がその形成に大きな影響を及ぼしており、われわれがこれを批判しても感情的に受け容れられないのは当然である

われわれとしては中韓の人々が自分の問題としてこれを克服するのをまつべきだ」という主張について。

これも1点目と非常に似た主張ですが、よりリバタリアン性格が強いと考えます。他者を批判しても説得できないのだから放置するべき、という論法リバタリアンが多用するものであり、

たとえば排外主義者たちの過激なデモに対して「反応すればより抵抗されるのだがら、無視するのが一番だ」とやり過ごすのがリバタリアニズムです。

3点目、「あらゆる問題について批判することが不可能である以上、「批判しないこと」が生じるのもやむを得ない。リソースは有限なのだから」という主張について。

この主張もどちらかといえばリバタリアンの主張です。レイシズムに関して、批判に参加せず傍観することも悪だというのが左派の主張であり、その主張に対して

「誰がどういう運動に参加するかは個々人の自由であり、道徳を強制すべきではない」というのがリバタリアニズムです。

このような態度は、なぜネット右翼チベット問題や表現規制には批判的であるのに別の差別問題や外交問題には無関心なのか、という左派からの批判も擁護するでしょう。

2013-02-21

ほらやっぱり、昨今の声優の起用はただの保守主義じゃないか

以前に

声優ってもっと幅広く起用できないの?

http://anond.hatelabo.jp/20130106200111

おんなじような声優ばっかりになる昨今のアニメゲームについてもやもやした疑問を書いたんだけど。



谷口悟朗監督アニメファンは知らないだろうけど、最近点数制の企画が増えている、

声優だと何点、監督で何点、制作会社で何点、全部足して合格点に達したら作品作っても良いよというスタイルだ」

http://yaraon.blog109.fc2.com/blog-entry-14686.html

の人気アニメ監督コラムを見るに

まさに俺が抱いていた印象どおりのことが起きてるようだ。



最近人気の人だから

「この人のファンをある程度見込めるから

っていうだけでキャスティングをしていて、

役柄とか作品についての自主的な姿勢チャレンジに乏しいと。


まあ「やっぱりそうじゃないか!」って判明してもどうにもならないけどさ。

なんかもうちょっと変わるといいなあ。

2011-08-24

http://anond.hatelabo.jp/20110824030254

狙いは悪くないと思うがまだ少し偏ってるな。補足したい。

普通の人は、大義名分が無いのに嫌韓だけで大声を上げられるほど、恥知らずではありません。普通の人は、マスコミゴリ押しだけで大声を上げられるほど、正義感は強くありません。普通の人は、両方がそろった時に、恥知らず正義漢に変身するのです

恥知らずというのは偏った見方だろう。かつてジャパンバッシング国旗を焼いたアメリカ人たちとそう違わない。ある種の保守主義の形ではある。はてサだって口を開けばラッダイト運動だとかで勇ましい奴がいるけど、せいぜい同じレベルだろう。もちろん、今更保護貿易主義は流行らないとは思うが。

×:マスコミテレビは公共物だから偏向は許されない

不偏だなんて無理だってば。いつでも多数派の真ん中人生なんてあり得ないんだから自分が少数派の偏向さんになることもあると心得ましょう。

たとえ実際には空疎神話だとしても、放送法というものがあるからフジテレビは(その他のテレビ局も)その法律によって、国家から電波の使用権を得ている。常に批判はされうる。もっとも俺は、この際だから放送法のほうを解体してしまってもいいと思うけど。

2011-06-16

リベラル人達放射能から国民を守れ!国土を守れ!そんな危ないものなら多少の文化的衰退を覚悟してでも原発は要らない!」

保守主義人達原発は我が国の発展に必要不可欠だ!多少の犠牲が起きたのは確かに心が痛むが、仕方のないことだ!他の国にナメられないためにも、敢えて原子力政策は断行すべきだ!」

 

これ、いっつも思うんだけど、逆じゃね?

2011-06-10

マネジメントもしドラになる際に捨てられた要素

http://anond.hatelabo.jp/20110610111907

そういえば、もしドラでは「われわれの事業とは何か」という部分に焦点を絞って一点突破を目指している。

その代わりに以下のものがバッサリと切り捨てられている。具体的には


つじつまとかバランス感覚とかどうでもよかったんや

マネジャー定義とその検証。職務設計方法や具体的な責任の内容

組織形態の選択とその検証

生産性定義とその検証

利益による成果の検証や事業の妥当性のチェック

目標の設定およびその検証 (=利益とのバランス、短期と長期のバランス目標間のトレードオフ

などのマネジメントの「検証機能」についてバッサリ切り捨ててますね。

徹底した手続無視、徹底した代償の無視。徹底したマネジメント無謬性への盲信。凄まじい物があります


ドラッカーマネジメントにおいて一番重要なのは責任」の概念

マネジメント」においてドラッカーが最も強調しているのは「責任」であり、「マネジメントとは責任について語った書である」という本人による言もあります

彼は保守主義を自認しており、マネジメントや「企業」という組織を中心にした社会提唱したのも、すべて社会破綻を防ぐためでした。

からこそ、マネジメントほとんどは、責任について語っているのです。「成果」は責任を果たし続けるための利益を獲得するための手段です。

責任が土台にあって、それを実現するためには継続的な利益が必要で、利益を上げ続けるためには、目的に基づいた成果を上げる必要があり、

成果をあげるためには・・・という思考を突き詰めていった先に出来上がったのが、ドラッカーマネジメントです。

その土台部分を丸々掘り崩して、あたかも「成果を上げる手法」として「マネジメント」を語っても、根本がないのだから別物になります

外堀も内堀もない大阪城徳川家康と戦えと言われてるようなものです。


経験も実績もないけどマネージャー資質はある? なにそれおいしいの?

例えば本文中でマネジャーは成果を挙げさせるものであると言いながら、成果の判定は読者の前では示されないなど検証を一切行わない

事業やマネジャー定義を文中で述べながら、その定義に従って部の目標みなみの適格が問われることもない。

故に読者は、「引用されたマネジメントの文とみなみたちの行動のズレ」をもやもや感を抱えながら読み進めることになります

ところが読者としては冒頭に出てくる「真摯さ」という言葉が強力すぎて、過程において異議を挟むことがはばかられる感じなのですね。真摯であればすべてOK?ほんとに?

そもそもこの「真摯さ」というキーワードがクセモノです。

みなみがどのように真摯かは作品中で全く語られませんが、ラノベのように、とりあえず真摯大事なんだ、と受け入れて読んでいる読者としては

むしろみなみが「真摯」と真逆の方向に進んでいく様を見て、「真摯さとは一体・・・ウゴゴゴゴ」とゲシュタルト崩壊していきます

百歩譲って、資質さえあればなんとかなる、としても、このみなみさんにはその「真摯さ」すらない。なのにチームが成功する。うちゅうのほうそくがみだれる。



マネジメントというよりプロデュース物語

この話は、マネジメント物語ではなく、みなみプロデューサーによる「アイドルマスター男版」と思ったほうがいいです。

作品中でも野球そっちのけでボランティアとか、他のクラブとのコラボで構内の人気を集めるとか、そういうことばっかりやってます

どうみても野球部出身のアイドルユニット育成物語です。ミツバチぶーんぶーんです。本当にありがとうございました

こんなんでどうやって甲子園に?と思われるかもしれませんが全員星野美希くらい優秀なのでなんの問題ありません。 急に覚醒したので甲子園余裕でした。

かいことは全部やたらと優秀な天才少女文乃と東大卒監督みなみの代わりに一晩でやってくれるので問題ありません。

実際に「マネジメント」を理解して実行しているのは、彼ら出会って主人公のみなみではありません。みなみマネジャー(笑)しかありません。

この小説は重病人幼なじみや、優秀な文乃、監督などを有効に活用したみなみの「プロデュース能力」こそが見ものだと思います

作者自身、2005年から2007年までのAKB48プロデュースに関わった方で、プロデュースノウハウを元にこの小説を書かれたのだと思いますからそのように読むほうが良いでしょう。



けっきょくこの話は親友が死ぬ話、ということでいいですかね? それなんて○空?

この話因果関係がよくわからないんですよね。

ありのままに起こったことを話すと、アイドル活動やってたら甲子園に出場してた」何を言ってるのかわかねーと思うが俺もわからない。スポコンとか不条理とかそんなちゃちなもんじゃねぇ。はるかに恐ろしい物の片鱗を味わったぜ。という感じ。

あえていえば、夕紀ちゃんっていう主人公の友達マネージャーが死ぬところは恐ろしかったですね。そこだけリアルで。

「禁呪「マネジメント」。チームを甲子園に連れて行く。ただし味方のマネージャーも一人死ぬ」という話だったのか。

バーサーカーソウル。味方のマネージャーを一人犠牲にしてチームが甲子園に連れて行く」なのか。

「僕と契約して女子高生マネージャーになってよ。甲子園に連れていってあげるよ。ただし味方のマネージャーは死ぬ」

とりあえず、なにか間違った契約によって絶対死ぬべき運命を背負った夕紀を救うために「1/100000000000のキス」でも始めたくなる話でした。

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