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はてなキーワード: 合格発表とは

2017-10-22

夢を叶えそうな兄と夢が分からない弟

4歳上の兄が先日一級建築士の製図試験(2次試験)を受けてきた。まぁまぁの手応えだったようだ。

兄は中学生くらいの頃から建物を見たりデザインしたり、そういうのが好きで高校の進路選択も迷わず理系建築系の大学を志望した。

ある意味、長年の夢の成否が、箱根駅伝で言えば、丁度、往路のゴールテープを切ろうとしているところなんだと思う。


兄は、頭が物凄く良かったわけではないが、クラスの人気者、運動神経もよく、部活も高3の夏引退まで続け、

その後猛勉強、中堅高校から現役でMARCH建築学科に進学、まるで予備校パンフレットに載ってそうなサクセスストーリーだった。

兄は、第一志望の国立大には残念ながら落ちてしまった。そこは物凄く悔しそうだったし、当時中学生自分から見ても可哀想だなぁと思っていた。

兄は、大学で未経験ながらある体育会に入って、主将まで務めていた。理系で製図が大変そうなのに、寝る間を惜しんでバイトしたり、練習したり、辛そうだけど生き生きしていたとおもう。

もちろん、それの裏には血の滲むような努力をしていただろうことも十分わかる。

兄は、その後、大学院建築勉強を更にした。

憧れの教授がいるとかなんだかの理由英語ができないのに、授業が英語ばかりの研究室?院?に入学した。

学部時代の成績が優秀で、院の授業料免除になっていた。お前、体育会主将で、、何か才能を分けてくれよ。

兄は、その後、某ゼネコン設計部署、多分花形就職した。

それで、就職2年目、就職してから毎週末は建築士勉強をした結果、今にも夢を叶えようとしている。



一方、弟である私は、兄よりは頭のいい高校に進学、そこそこの成績を保っていた。ただ、部活は途中で辞めてしまったし、クラスではどちらかというとインキャ軍団で少し輝いている程度だった。

大学第一志望の国立大入学できた。

多分、自分と同じくらいの成績の、高3夏まで部活もやってて、クラスの人気者タイプ自分入学した国立大に受かって、自分が落ちてしまビジョン死ぬほど怖かった。

その国立大で叶えたい夢とか進路とかそういうのはまったくなかった。

ただただ、その、落ちて負けたくない、周囲に後ろ指を刺される感じが嫌だというインセンティブ勉強していたと思う。

そもそも、文理選択ときすら、なんとなく〆切前日になって理系から文系チェンジしたし、これが得意とか、あれが苦手とか、そういうものもなかった。

大学ではそこそこの体育会に入って引退し、まぁまぁの企業内定を貰い、可もなく不可もなくな人生を歩むのだろうと最近何となく思う。きっと。

特に親友らしい親友はこれまでできたこともないので、そのまま会社に入っても適当な立ち回りで、下の上くらいのポストについて、そのまま死ぬんだと思う。

全てが中途半端

兄より勝っている所、それはペーパーテストの点数と学歴くらいだったが、社会に出ればそんなのはもうほぼほぼ関係ないだろう。


夢に向かってバイタリティあふれる人間と、夢のないただ漫然と生きている人間の差をいよいよ痛感させられる時が間もなく来るのだろう。

私は、自分の夢が昔からからない。

高校の時にやった職業適性診断ではパティシエとか出てきた。

お菓子なんて興味もないし、そもそもそれほど好きでもないし、大学に進学するのが当たり前のそこそこの高校だったから、そんな選択肢はすぐ捨象してしまった。

小学生中学生と振り返っても「将来の夢」というような作文が大嫌いで、書くことが最後まで思いつかなかった。



「俺はパイロットになりたいんだ」「私は犬が好きだからペットの関連のお仕事がいい」「水族館で働いてみたいなぁ」

なんでこんなことを周囲が平気で口に出すのかわからなかった。

夢を語るのが恥ずかしいと思っていた節もある。

夢なんて殆どのやつは叶わないんだろう、って冷めた目で見ていた節もある。

でも、22歳になって、夢があるってかっこよかったんだなって思う。というか、羨ましい。

夢のない小学生なんて、可愛くもないし、絶望している虚しい存在、俺が親なら心配するはず。

一級建築士合格発表は約2ヶ月後らしい。

はいよいよ往路のゴールテープ目前。復路は建築士としての更なる飛躍の人生だろう。

私はまだきっと鶴見中継所も超えられていないと思う。なんなら予選会を走っているくらいかもしれない。

あぁ、薄っぺら人生だ。嫌気がさす。

2017-08-18

大学選ぶときに「くらきまいいるか立命館」ってのを割りとほんきで考えてた時期があった

でも計算したら自分入学と同時に卒業するらしいことがわかって一気に冷めた

でも推薦で入れるってのはかなり魅力的に感じた

結局滑り止めの私立地元を受けた

うーん私立合格発表まったく記憶にない・・・一応受かったはずだけどやっぱ国公立受かったインパクトのほうが強かったせいか

2017-08-11

公募推薦を使おう

公募推薦大学に入った。都内の国公立大だ。夏休みのおわりに、受けようと決めた。予備校にもとくに行かず。家に金がないので、とりあえず受けて受かったら私大受験料も浮くしいいなと思った。どうせ受からないだろうし、ということで担任相談して、一般で受けようとしていたところの少し上を狙うことにした。結果、受かった。受かる気が0だったかネットでの合格発表の日にちも忘れて、見ていなかった。担任に受かってたよと言われた。そして合格通知が郵送されてきた。あれは驚いた。周りにバレると面倒だと思ったので、一般の人に混じって変わらず勉強していた。センターは、もと受けようとしていた大学はB判だった。今の大学はD判だったけど、向こうが勝手に選んできたのだと開き直って何の迷いもなく行った。二年目だけど今の所フル単テストは正直余裕だった。嬉しい。推薦で入ったか不安だという人、大丈夫だ。英語と専門の基礎だけ勉強しておけば何の問題もない。

この前、受験とき面接してくれた教授と二人で話した。私のことを覚えてくれていた。ロクに練習もしないで行ったので、口から出まかせを言っていたがバレていたみたいだ。面接は小論の内容の理解を見るのと、人格破綻者を落とすためにやってるから、内容はあまり関係ないのだと笑っていた。私の受け答えはそれでも覚えているような内容だったと。恥ずかしい。特殊部活をしていたから「死にそうな目にあいましたが、おかげで命がかかった咄嗟判断にも長けていると思います。今突然包丁を持った不審者がここに入ってきても、冷静な判断ができます」と真顔で言ったらしい(覚えていない)。勿論てきとうに言ったんだろうけど、それが特に先生のツボだったそうだ。推薦の面接なんて、案外こんなもんなのかもしれない。(この大学だけかもしれない)

推薦なんて正直まともな人間が入ってくる確率が少ないと思うので、大学から考えたら今すぐやめた方がいい。こうやっててきとうな人間も入れてしまう。それでも大学側が続ける限り、それを享受するのだってアリだろう。大学での勉強ハイレベル学校だけあってまぁ楽しいので私は感謝している。

推薦で入って今後が不安なやつ、付いていけないやつは、自分が悪いんじゃなくて自分なんかをとった大学が悪いんだと考えるといい。自分を責めると頭がおかしくなるからバカキャラをやって、馬鹿にされながらも強請ってみんなに教えてもらえば、センターすらD判の私のようなやつでもフル単できるんだから

みんな推薦を使おう。あんまり対策しなくても運が良ければ入れる。落ちて当然と思っておけば、メンタルもたぶんやられない。受けに行く二日ばかし無駄になるだけだ。きっと同じことをやるなら、少しでも上の大学の方がいい。気がする。私は実際、この大学に来られてよかった。本当に面白い教授がたくさんいる。

指定校は、周りにいなかったからよくわからんAOはけっこう大変なのかも。公募推薦学校にもよるけど倍率はそこまでじゃないし、高校でそこそこテスト勉強さえしてれば受験資格ゲット。

夏になると辛かった夏休み猛勉強の末の、気の抜けた公募推薦合格を思い出す。ので、ちょっと書いてみた。

公募推薦おすすめだ。

高校生のみんなはテスト勉強頑張ってな。

2017-05-07

僕は道を歩いていて、ときどきクスッと笑うことがある

「ああ、自分は天下の慶大生なんだ」と思うと、嬉しさがこみ上げてくる。

激烈な慶應入試突破してから2年。

合格発表の日のあの喜びがいまだに続いている。

慶應義塾大学・・・・・

その言葉を聞くと、僕は自然と身が引き締まります

三田会の先輩方に恥じない自分であっただろうか・・・・。

しかし、先輩方は僕に語りかけます

「いいかい?伝統というのは我々自身が作り上げていく物なのだよ」と。

僕は感動に打ち震えます

「人が何をしてくれるかを問うてはならない。君が人に何をなしうるかを問いたまえ」

僕は使命感に胸が熱くなり、武者震いを禁じえませんでした。

でもそれは将来日本の各界をになう最高のエリートである僕たちを鍛えるための天の配剤なのでしょう。

日本を作りあげてきた先輩はじめ先達の深い知恵なのでしょう。

慶大卒業社会に出ることにより、僕たち慶大生は伝統を日々紡いでゆくのです。

嗚呼なんてすばらしき慶應義塾大学

知名度世界的。人気、実力すべてにおいて並びなき王者

素晴らしい実績。余計な説明は一切いらない。

「ご職業は?」と聞かれれば「慶大生です」の一言で羨望の眼差し

合コンのたびに味わう圧倒的な慶應ブランド威力

慶大に受かって本当によかった。

2017-03-17

今日愛知県の、公立高校合格発表の日である

首尾よくトップ校に合格して喜ぶ中学生たち。

いっぽう、ツイッターでは、その中学生たちを嫉妬の目で見る、

トップ出身の残り13日ニート人達がうじゃうじゃいるのでした。

正直気味悪いわ()

追記すまん残り14日だった。

2017-03-08

同性の先生が好きだったわたし美男高校地球防衛部LOVE!の話

女子高生だった頃、学校先生に恋をしていました。

先生は一回り以上年の離れた、けれどそんなことは感じさせない、お茶目で可愛らしくて、取っつきやすくて優しくて、それでいてどこか陰のある女性でした。

いわゆる百合BLにも触れてきたオタクわたしは、だからそういう、同性への恋心に対する嫌悪感のようなものはありませんでしたが、戸惑いもあまりなかったのですが、苦しみはありました。

世間の「当たり前」から大きく外れることが、存外、孤独で辛かったのです。

相手先生というのもまた、その恋の認められなさに拍車をかけ、わたしの心を暗く染めていきました。

授業などで会えるうちは、むしろ好条件でもあったのですが、学年が変わり、担当教員が変わってしまうと、必然的に会う機会はほぼ消滅し、相手迷惑も顧みずに会いに行くことなど出来ないわたしは、せいぜい廊下駅前で偶然すれ違うことを願って、行動パターンに多少の工夫を加えるくらいで、あとはただ、行き場のない思いを抱えながら、一人鬱々とするばかりの日々を送っていました。

暗い青春でした。

三年生になり、今の恋とこれから人生と、そして大学受験までが心にのしかかり始めた頃には、正直何度も死にたいと思っていました。それでもそれを実行に移さなかったのには、いくつも理由があったのでしょうが、そこに先生存在があったことは間違いありません。

先生が好きだから辛くて、先生が好きだから幸せでした。


オタクわたし受験中も、なんだかんだでアニメを見ていました。

その中で出会った『美男高校地球防衛部LOVE!』は、随所にBL的要素を含むギャグ作品で、疲弊しきった精神も手伝ってか、あっという間にどっぷりとのめり込みました。

のちに特に好きな話数となった八話の録画を、朝に見た日の昼に第一志望の合格発表があったのですが、無事合格したことよりも、八話の内容のほうに興奮していた一日だったことは、今でもよく覚えています

受験に追われる日々にも、受験を終えた空虚な日々にも、迫りくる卒業に怯える日々にも、防衛部を見ていました。進路は決まってもまだ、先生への想いという問題を抱えていたわたしにとって、防衛部は恰好の逃げ場所でした。

ギャグアニメとして面白かったという点のほかに、作中における「愛」の描かれ方に、知らぬ間に精神を救われていた点が作品にはまった理由なのだろうと、後になって思いました。

タイトルにも「LOVE!」とあり、メインの五人は「愛の王位継承者・バトルラヴァーズ」として変身ヒロインまがいの格好で敵と戦い、そして物語の主軸にはキャラクター(男)からキャラクター(男)への特別な思いが関わっていて、その特別な思いのことを、作品のすべての楽曲の詞を手掛けた作詞家の方が二期の放映中にブログ「恋」表現されていたので、それは恋だというのが公式見解と言っても過言ではないのですが、その「恋」が、この作品では良くも悪くも特別視されていなかったのです。ただの一つの愛の形であって、それ以上でもそれ以下でもなかったのです。

同性同士だからといって貶めることもなく、かといって無闇に美化したり祭り上げることもないその姿勢が、まさにその同性同士の恋の渦中にあった自分を受け入れてくれているようで、その心地良さにきっと、当時のわたしは救われていました。

そして今でも救われているのでしょう。



先生への恋は当然成就していません。卒業の日に勇気を出して手紙を渡したわたしは、その後幸福なことに返事を貰い、振られ、そしてまたその辛さを掻き消すように、防衛部に深くはまっていきました。

あの頃防衛部に出会っていなかったら、と考えると恐ろしくなります自分自分肯定することの出来ないまま過ごして、卒業して、そして特にのめり込めるものもなくただ漠然とした悲しみや苦しみを抱きながら春休みを経て大学生になって、キャンパスライフを過ごして。……過ごせていたでしょうか。それすらも不確かです――というのは言い過ぎかもしれませんが、少なくとも今、大学二年生の春休みを過ごしている今、ここまで日々が充実してはいなかっただろうというのは、それなりの確信を持って言うことが出来ます

防衛部のおかげで楽しい時間を過ごすことが出来ました。

防衛部のおかげで、今、楽しいです。

ファンがそれぞれ思い思いの言葉作品を人に推そうと努めるそんなジャンルですが、わたしはこんな言葉で、それが刺さるかもしれない誰かに向けてこの作品を推したいです。

様々な愛の形を温かく描いている、美男高校地球防衛部LOVE!と、その続編の美男高校地球防衛部LOVE!LOVE!を是非見てください。




今月13日と14日にはニコ生で一挙放送があります。18日には両国国技館イベントがあり、チケットは各プレイガイドにて一般販売中です。

わたしの恩人である作品を、どうかよろしくお願いします。


ニコニコアニメスペシャル美男高校地球防衛部LOVE!」全12話一挙放送 http://live.nicovideo.jp/gate/lv292218619

ニコニコアニメスペシャル美男高校地球防衛部LOVE! LOVE!」全12話一挙放送 http://live.nicovideo.jp/gate/lv292217383

美男高校地球防衛部LOVE!LOVE!ALL STARチケット

ぴあ http://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b1755041

ローソン http://l-tike.com/search/?lcd=73256

e+ http://eplus.jp/sys/main.jsp?prm=U=14:P1=0402:P2=218276:P5=0001:P6=001

2017-03-07

もうすぐ国立前期の合格発表ですねー

Twitterにいる高学歴大学生と絡むうちに、自分も当然のように難関大学合格出来ると勘違いしてる高校生

3/10東大合格発表ですね

さあ、あなたはどうなっているでしょう?

Twitterでいつもおっぱいとかたっのしー!とかバカな事ばかりいってるあの人でも東京一工早慶ですよ?

2017-03-01

頭いいとリベラルなんじゃなかったのか

http://anond.hatelabo.jp/20170301063517

これ見て思い出したけど、

いわゆるテンプレ低学歴ネトウヨ的とされる思想を持ってるツイッター高校生勢、

普通に宮廷だの早慶だの受験してるんですが、リベラル高学歴はてなーの皆様、

頭がよければリベラルになるはずって理論はどうなったんですか……?

どうせ落ちるだろうっていうんだろうけど、既に早慶合格発表済んでて受かってる人も普通にいるんですが。

正直その辺の穏健タイプネトウヨのがまだ知性あるだろって感じの国士様高校生が続々トップレベルに受かったり受けたりしてるの見ると

低学歴からするとどういうことなのかよくわからん

頭いい人達はどういう理論説明をつけるんだろうか、想像もできん。

というか頭いいんなら一回自分のような馬鹿にも理解できるようにちゃんと理論説明してみて欲しい。

2017-02-06

中学受験体験

小6の息子がめでたく中学受験を終えたところ、通っていた塾から受験体験記」の執筆依頼が来たのだが、1200字程度で収めないといけないらしく、思いの丈の全ては到底書ききれないので、その下書き代わりにこちらに字数制限なしで書こうと思う。

それに、どれだけうまく1200字に収めようと、自分がこれから書く内容はきっと塾の受験体験記集には採用されないので、せっかく書くのに日の目を見ないのも切ないという事情もある。

公立派 vs. 私立

そもそも自分中学受験必要性を何ら感じていなかった。気軽に通える範囲私立中学などない田舎で育ったし、気合を入れて遠距離私立中学に通わせようとなどという教育熱心な家庭でもなかった。

通った近所の公立中学は荒れていた。不良な上級生が授業時間中に教室外にたむろして騒ぎを起こし、先生一同でそれに対処するために授業が中止になることや、校内を卒業生バイクで走り回るなんてことはザラにあった。

力の強いやつが偉い、という暴力的世界ではあったし、自分クラスで一番のチビというハンディもあったが、それでも気の合う友人もできたり、部活に精を出したりと、自分なりに楽しく過ごせた3年間だった。

その後も地元では一目置かれる県立高校に進学できたし、大学東大京大ほどではないが、世間的には高く評価されるところに現役で合格することができた。

自分自身がこのように特に不満のない経歴をたどることができたので、公立中学に対するネガティブイメージもなく、息子についても近所の公立中学への進学で何の問題もないと考えていた。

しかし一方で妻は私立派であった。

私立派と公立派は基本的には分かり合えるものではないと思ってる。何しろ、1人の人間私立中学と公立中学の両方に通うことは基本的にはないのである公立中に通い、そこでの生活に満足した人は公立派になるし、不満足ならアンチ公立派=私立派になる。私立中に通った人も同様である。両者を公平かつ客観的比較するのは難しく、どうしても主観が入り交じる。

塾に通うきっか

4年生の終わりくらいに中学受験のための塾に通う話が持ち上がってきた。自分公立派ではあるが、それでも塾に通うことに反対はしなかった。

先に述べた通り自分田舎の狭い世界で育ち、教育熱心な家庭でもなく、例えば東大のような高い目標を目指したりすることもなかった。

息子は幸い勉強の才能に恵まれ、昔の自分よりは頭が良さそうなので、ぜひ広い視野と高い目標を持ってもらいたいと願った。中学受験塾は、頭の柔らかい小学生のうちから高度な勉強をして脳みそを鍛えたり、世の中には自分よりも頭の良いやつがたくさんいることを知るのには良い場所だと思ったのが、塾通いに反対しなかった理由だ。

最終的に私立中受験するかどうかは自分にとって重要ではない。勉強するだけ勉強して、受験せずに近所の公立中に進んだって何の問題もないと本気で思っていた。

そして中学受験

しかし息子本人はやはり段々と私立派に感化されていった。母親絶対私立派、父である自分公立肯定派ではあるが私立別に否定はせず、そして当たり前なことに塾に通う友達はみな私立派。塾の先生は...言わずもがな

仕方ない、分かった。私立に行くのは構わない。で、どの学校に行きたいんだ?

息子は御三家と呼ばれる男子校一角名前を挙げた。

受験方針

当時の息子の塾での成績からすると、その学校ちょっと高望みであった。一方、自分が見込んでいる息子の潜在能力からすれば、合格レベルに達することは可能だし、追い込んで勉強させれば御三家を超える最難関中学すら可能性はあるという思いもあった。

しか偏差値の高い学校に入ることに何の意味があるだろう?

聞くところによると私立中学の人気というものは、どうやら併設の高校東大合格者数の増減に大きく影響されるらしい。しか自分の考えでは、東大合格者数に大した意味はない。難関私立中高の東大合格者数が多いのは、教育力が高いからではなく、東大合格できる素質を持った生徒を選抜するからである。それにどれだけ多くの同級生東大合格しようとも、その中に本人が入ることができなければ、その指標には何の意味もない。逆に、素質があって、実力を高める努力を怠らなければ、どの学校に進学しても東大は狙える。

何はともあれ、私立受験が不可避となった段階で、自分

  • 「無理はしない」
  • 学校選びには口を出す」

という2つの基本方針を立てた。

無理はしない

中学合格した直後が自分人生ピークでした」という話しをいくつか聞いたことがある。親が積極的に介入して受験勉強に追い込み、より難易度の高い学校合格させることはできたとしても、それで燃え尽きてしまっては何の意味もない。

勉強というものあくまでも自主的にやるものである

本人がやる気になるような声掛けや仕掛け作りはしたが、無理に勉強させることはしなかった。そもそも教育熱心な母親というもの一般的に「勉強しなさい!」と口うるさく言わずはいられない生き物なので(偏見)、そこで父親まで同じことを言ってはいかんだろう、という思いもあった。

人生ピークはもっともっと後に来なければならない。そのためには中学受験とき限界まで追い込む必要はなく、いくらかの余裕をもって終えるくらいがちょうどいい。

学校選びには口を出す

いや、まあ、普通の親は口を出すものだとは思うけれども。

息子が御三家校に行きたいという理由は、本人に言わせれば「文化祭見学して自由雰囲気が気に入った」ということらしい。しか文化祭体育祭というのは「特別な日」であり、それだけ見てその学校のことを理解するのはほぼ不可能である

だいたいその理由すら本当かどうか怪しい。たまたま一番最初見学に行ったのがその学校だったので、一番強烈な印象を受けたのかもしれないし、母親が勧めたのを鵜呑みにしたのかもしれない。あとは塾の同級生である。親から刷り込まれ学校観を友達披露するような子もいたのではなかろうか。

いずれにせよ、中学受験において男女御三家というのは正義である

しか公立に行けば払う必要のない大金を払わされるこっちの身からすれば、偏差値ステータスなんてものには何の興味もなく、払うからには最も高い実利が得られる学校を選びたいと思うのは当然である

息子本人が言う志望校なんぞ当てにならん。行く価値のある学校自分で見極めることにした。

学校説明会に通う日々

6年生の春になってから候補となりそうな中学学校説明会にはことごとく足を運んだ。普通はもう1年くらいは早くこういうことをするらしいが、まあその時は自分中学受験に興味を持っていなかったので仕方ない。

学校説明会では目から鱗が落ちる思いをした。

正直言うと、それまではどの学校も大した違いはないと思っていた。しか校長の話しからは教育に対する信念や熱い思いが伝わってきたりこなかったり、個性的カリキュラムを持つ学校があったりと、それまでの自分の考え方は誤っていたことに気付かされた。

なるほど、これが私立か。

確かに高いお金を払ってでも通わせてやりたいと思う魅力的な学校がいくつかあった。難易度も低くはないが、届く範囲。そして息子の志望する御三家校は、魅力的ではあるが上位ではなかった。

学校選択プレゼン

さあ、本人を説得だ。

仕事クライアントを説得するかのようなプレゼン資料を作り、リビングテレビに映して、自分の気に入った学校誘導するプレゼンを行った。

学校選びに関する様々な観点提示し、各候補校のメリットデメリット説明した。内容を正しく理解すれば、自然自分の勧める学校第一志望になるはずの渾身のプレゼンである

そしてプレゼン終了後に改めて息子に志望校を尋ねたところ、あっさりと従来から御三家校の名前を挙げた...。自分プレゼンは何の効果も発揮しなかった。

説得を諦めるわけではないが、気分良く勉強してもらうために、ここはいったん退くことにした。最後最後に説得が成功すればいい。

勉強の日々

夏休みが明けると生活受験一色になった。1年生から続けていたスポーツクラブは休部した。塾通いはそれまでは平日2日+土の週3日だったのが、日曜も加わり週4日になった。

しかし、塾以外での勉強時間特別に多いわけではない。多くのアドバイスによると、朝は早起きして勉強すべし、と書いてあるが、それは結局無理だった。息子はどうやら夜型人間で、夜は11時、12時まで勉強して、朝は学校に行くギリギリ時間まで寝るというスタイルに落ち着いた。自分も夜型だから理解はできたし、それも個性だと割り切ることにした。

テレビマンガもちょこちょこ見ていたが、それこそが必要な「余裕」だと思い、特に勉強に追い立てるようなことはしなかった。(自分は。妻は別。)

ちなみに中学受験は親子の二人三脚、とはよく言われるが、生活面はともかく、こと勉強に関して言えば完全に塾と本人任せ。机に向かっている間、何の勉強をしているのかも知らない有様。

しかしそれが功を奏したのかどうかは分からないが、塾での成績は徐々に上昇してきて、10月から御三家校を完全に射程に捉えた。

その後は概ね合格圏内キープ、上昇ペースが予想よりも2ヶ月ほど早かった以外は、ほぼ自分見立てた通りのシナリオだった。

そして本番

第一志望は相変わらず御三家校だったが、第二志望は父に義理立てしたのか、自分お勧め校ということになった。加えて第三志望群に何校か。

この中で最も試験が早いのが第二志望の学校。定員が2つに分割され、試験は2回実施される。1月中に行われる1回目で合格することができれば、後はもう第一志望を受けるだけでよくなり、その後のスケジュールが非常に楽になる。

が、残念ながら不合格

さすがに本人も多少はショックだったようだ。しかしここは切り替えが大事

「失敗というのは、そこから学びがある限りは失敗ではなく、次の成功必要過程ひとつになるのだ。この不合格をそうできるかどうかは、この後の頑張り次第だぞ。」

そして迎えた2月1日からは怒涛の試験ラッシュ

2月1日

午後に受けた学校は当日夜にインターネット合格発表があり、めでたく合格!この学校自分評価は高く、本人もかなり気に入っていたので一安心である

なお第一志望校合格発表は2日後の2月3日午後。

2月2日

お勧めの第二志望校に二度目のチャレンジ合格発表は翌日朝。

午後校は当日夜の合格発表で、こちらは合格

2月3日

受験会場まで息子を送り届けてから少し経った頃に、前日の第二志望校合格発表時間がやってきた。緊張しながらホームページを開く...息子の受験番号を探す...

うーむ、残念!父の目論見はここで潰える。

実のところこの学校偏差値的には第一志望の御三家校よりも高いのである。ここを第一志望にして対策してきている受験生がたくさんいることを考えると、こっちは過去問ちょっと問いたくらいの準備で、まあ仕方のない結果ではある。

そして第一志望校合格発表

午前の試験終了後、息子と昼食を取り、気を取り直して向かうは第一志望校合格発表。これまでの合否確認はすべてインターネットだったので、実際に掲示板を見に来るのは本人も自分も初めてである

緊張の一瞬。

遠くから掲示板を見つめていた息子の顔が一瞬ハッとする。あれは自分の番号? 遠くてよく分からない。人混みをかき分け掲示板に駆け寄る。そして歓喜の瞬間。

合格

総括

父としては御三家校に合格したことよりも、息子が自分で立てた目標に向かって努力し、見事それを達成したことこそが喜ばしい。この成功体験はきっと今後の成長の糧になることだろう。

そして望外に嬉しかったのは、息子が「僕を塾に通わせてくれてありがとう」と言ってくれたこと。最近は塾で鍛えた脳みそをひねくれたことを言ってみたり、屁理屈こねることにばかり活用していたので、こんなにも素直な感謝言葉をもらえるとは思ってもみなかった。

また、自身合格を喜びつつも、残念ながら不合格だった塾の友人たちの気持ちを慮る言葉もあり、そこにも成長を感じとることができた。

自分としては第二志望校(父の第一志望校)不合格で、息子を説得する機会さえなかったのは少し残念ではあるが、合格した第一志望校も実のところ非常に魅力のある学校であり、本人の喜びようも見れば、きっと説得には耳を貸さなかっただろうし、自分もあっさり諦めたことと思う。

それに何より、自分がこれまで全ての場面でそうしてきたように、息子にも自分人生自分で決める権利があり、これはその第一歩だったのだ。

自由校風を大きな特徴とするその学校で、大いに自由を謳歌したまえ。

(ただし高い学費の元は取ってもらわないと困る。)

アドバイス

来年以降受験するご家庭へのアドバイスなんてものほとんどない。

息子の受験成功裏に終わったが、自分の立てた受験方針戦略あくまでもその息子が前提のものである。下の子が数年後に受験することになるかもしれないが、その子はまた違う個性を持っているので、同じ戦略は使えないと思っている。

あえて言うなら、

くらいなものである

以上、長文乱筆失礼致しました。

2016-11-18

東大入試苦痛だったという記憶はあまりない

そもそも受けたのが10代の頃だったし、若かったのでそんなに嫌なら受けてないはずで

しろピュア感情で好きで受けていたのは紛れもない事実から苦行だと思ったことはない

ただ合格発表までの十日間が苦痛だったという感は少しある。でも合格したのでその苦痛

忘れてしまった。他方、社会に出てから受けさせられる試験面接東大入試と違い苦痛しかない

2016-03-03

http://anond.hatelabo.jp/20160303185149

最近ニュースから福岡予備校生のやつ見てみた

女が悪いって書き込み自体が少ないし、やっと見つけたのだと

想像しかないけど、さしずめ交際申し込みを断られたとかかな。だったら殺されても仕方ないよね。

最近はなんでもかんでもストーカー扱いされるようになった。

交際できない男性が増えると非婚化・晩婚化に繋がるのだから交際を断る女が悪いよ。あくまで推測だけどね。

そう思う 6 そう思わない 57

それほど優秀なら、

何故浪人しているのか?

確かに

国立大二次試験がちょうど前日だが、

まともな浪人生合格発表も出ない内に、

試験が終わったぐらいで、

うかれて夜に出歩くものか?

そう思う 27 そう思わない 103



思ってたよりは「そう思う」が多いな。やっぱヤフコメ糞だな。

2016-01-11

埼玉栄中学ネット合格発表アクセス集中しすぎてホームページダウン

ツイッターで今「埼玉栄」で検索してみろ。

「深夜に発表の合格発表の結果次第で、翌日の受験校が変わるのに、、」

という保護者阿鼻叫喚ツイートされてる。

かくいう自分もその中の一人だが。

いい加減に埼玉栄のページが復旧しないから、腹立って増田投稿してやった

2015-12-23

高校東京大学を退学した話

これは 退学 Advent Calendar 2015 12/18 の記事です。

勢いで登録したものの1週間近く過ぎてしまったこと自体が、2回も退学するような人間であることをよく表しています

てきとうなブログスペースがないのでここに書き殴ります。なるだけ時系列順で。

高校入学以前

物心ついたときからなぜか勉強ができたというか、テストの点数だけは良かった。

小学生時代は(客観的に本当にそうだったのかわからないが)イジメられるような人間で、

それがイヤになって公立中学を避けて、中学受験をして私立学校に進学した。

ここがいわゆる進学校的なところで、中高一貫校の利点を活かして中学のうちから高校の授業をするようなところだった。

模試なんかも1学年上の模試を受けさせられたりしていて、自分にはそのような先取りの学習スタイルが合っており、

中学卒業する頃には高校理科系の科目については教科書の内容を終えていた。

はいガリ勉だったわけではない。

中1からギターを始め、まわりの友達楽器を教えてバンドを組んで、

自分たち企画してライブハウスを借りて同級生を集めてライブイベントを開いたりしていた。

高校入学

音楽にドップリはまって、東京に行ってミュージシャンになりたいと思い始めた。

また、当時流行していたモーニング娘。にも衝撃を受けて、後藤真希に激ハマリ

自分上京して音楽家として売れて後藤真希結婚するのだ」と強く思い込むようになった。

すでに高校学習内容を終えていた自分にとって、学校はひどくつまらなかった。

拘束のキツい進学校で、朝課外・夜課外というもの必須で組み込まれており、

7:30-18:00 という長時間、わかりきった授業を受けるのが耐えられなくなった。

こうなることはだいたい予想できていたので、別の高校受験検討していたが、

その学校には「他の高校受験してはいけない」という規則があったため叶わなかった。

(これがどの程度の強制力があるものなのかわからないが。)

そのうち学校に行かなくなって、自宅で将来を空想して過ごすことが多くなった。

この頃インターネットにハマって、アイドルのファンページや 2ch を見始めた。

スムーズ上京してミュージシャンになるにはどうしたらいいか」を考えた結果、

こんな無駄学校生活を送ってもしょうがない、

アルバイトをして音楽機材を買い、東京大学合格して上京しようと思い始めた。

親や学校に退学の相談をしたが、当然のように引きとめられた。

しかしながら、いくら試験の点数が良くても授業に出なければ卒業はできない。

とにかくアルバイトがしたかったのでそこを押して交渉したら、

本来禁止だが新聞配達なら許可してもらえることになった。

(が、もともと通学できてないのだ。新聞配達をして寝るようになった。)

学校に行かないまま時間けが過ぎ、高2の夏ごろになり、

正攻法では無理だと考えた自分家出奇行に走るようになり、

周囲の大人にだいぶ迷惑をかけた。

「今辞めたら大検を2回受けられる」というのを切り札にして退学した。

(が、大検会場が田舎でめちゃめちゃ遠かったので、結局1日目しか行かなかった)

高校中退 - バイト漬けの日々

17才高校中退した自分大学入学までのミッションは、

音楽機材を買い集めること」と「東京大学合格すること」だった。

とりあえず年齢を偽って深夜のコンビニアルバイトを始めた。

平日深夜はコンビニ、土日昼は結婚式アルバイトという具合で、

週5-6日バイトをしてフリーター程度に稼いでいた。

昼夜も逆転しているため勉強どころではなかった。

(これがのちに自律神経を壊して大学を辞める布石になる)

高3の8月までコンビニ12月まで結婚式バイトを続けた。

当時一番つらかったことは、「実は高校中退していない」という悪夢を繰り返し見続けることだった。

この時点で自分はただの中卒のフリーター大学合格しなければただのドロップアウト未来はないだろう。

それが自分には受け入れられなかった。もともと「高校を辞めたい」と思って辞めたわけじゃない。

「つまらない教育制度が悪い」と思って辞めた。より高等な学問勉強たかった。

自分勉強すればいい」には「つまらない授業のために教室にいられない」と答えるし(学費私立なので高い)、

海外飛び級すればいい」には「そこまでの度胸はない」と答えていた。

アイドルにハマっていたというのも大きいが)

このように、「本来自分(と思っているもの)」と「現実自分」とのギャップの大きさに耐え切れず、

「本当は高校中退してないよ、お前はマトモだよ」という甘い夢を見続けることになる。

現実は甘くない。そしてこの夢は大学に入ってからも数年続いた)

バイトに通う道すがら、制服を着た学生を見かけると思わず身を隠すぐらいこわかった。

大学受験

高校1年生の頃「東大、イケるな」と感じて退学を決意したが、

ろくに1、2年勉強しなかったのでさすがにハードルを上げすぎたなと後悔した。

しかし、努力が長続きするタイプでもないし、勉強机に何時間も向き合える性格でもない。

当時は枕元にバイトで買った Macディスプレイを置いて大学受験板、大学生活板、モー娘。板などを見ながら

寝そべった体勢で受験勉強していた。

直前の模試では良い結果は出なかった。

「これはヤバイ」「人生終わったか?」と不安になったが、実際にはなんとか現役で合格できた。

合格発表現場に行く勇気はなかったため、インターネットで番号を見つけて喜んだ)


このとき一番うれしかったのは何といっても「憧れの東京一人暮らしできる」ということだった。

とにかく何でもできる気がしていた。今まで辛い思いをした分、ここからはバラ色の人生をつかむのだ。

大学なんてどうとでもなるだろう、問題はどうやって人気者になって成功するかだ。本気でそう考えていた。

大学入学


今思うとまったく甘い考えであるが、結果、大きな挫折にぶちあたることになった。

まず、朝起きれない。武道館で行われる大学入学式遅刻した。(入場できたかどうか覚えてない)

入学を記念するアルバム?のための写真撮影遅刻した。

親が記念に購入したアルバム自分が写っておらず、ひどくガッカリさせてしまった。

(また、自分が在学していた証拠が残らないという結果にもなった)

とにかく学校に行けない。友達ができない。

どこに行けば授業が受けられるのかすらわからない。

つのまにか試験の時期が来たが、試験の受け方もやはりわからない。

大学とは、こんなに不案内なのだ驚愕した。

結局何もわからないまま、2年が経過した。

単位は1つも取れず、それどころか1点も取ったことはない。

僕は鬱病になった。薬漬けになり、体重は 20kg 増えた。

(この頃も「高校辞めてないよ、大学行けてるよ」という悪夢を見続けて辛かった)

大学を退学


入学させてくれた親との折り合いも付かず、往生際も悪く、結局5年も在籍して、1度も進級できなかった。

まりタイムアップである。(8年在籍できるが、もう卒業の見込みがない)

通常であればここで実家へ戻るのであろうが、

上京からインターネットの知り合いから仕事を紹介してもらって、

なんとか東京に残りたいと説得した。

(当時22才くらい?タイムリミットを設けたか覚えてない)

しかし、それも束の間。

アルバイトのような仕事転々とした後、家賃を滞納して強制退去。親に泣きつくことになる。

いよいよ田舎に帰るしかないか?となったとき

本当に運良く奇跡的に、正社員になることができた。

ルームシェアしていた友人の家に転がり込んだ。

いろいろあって25才くらいだったと思うが、当時は自分正社員になることなんて絶対に無理だと思っていたので、

人生は本当にわからないものだと思った。

今でも、どうにかこうにか東京にいることができている。

後藤真希さんは娘を出産された。

10代のあの頃、自分がこんな人生を送るとはまったく想像していなかった。

ひとえに、まわりの大人・先輩方のおかげとしかいいようがない。

(ちなみに大学の友人は一人もいない)

まとめ

うっかり長文になってしまった。

振り返って思うのは、(よく誤解されるのだけど)僕は退学したいと思って退学したわけではない。

退学したことそれ自体を、自分の特徴・ネタにしたことで、

なんとかまわりの人に助けていただいたということが大きい。

はいえ、もう1度人生をやり直せたとしても、自分は退学することしかできなかっただろうなと思う。

今は、N高等学校 のような取り組みもあるし、

今後も、自分のような平均的でない人間であっても苦しまなくていいような柔軟な教育体制になっていってほしいと心から思っている。

当時の僕にN高等学校選択肢があれば、まちがいなく選択していただろうと思うから特にである

2015-09-09

美人試験不正行為をしなくても不正行為

今、学歴社会は徐々に崩れていっているそうだ。

自分も大した大学に入れなかったからそれはいい。

難しい大学に入ることよりも重要なことがある。

おそらく、金持ちの親から、美しく、健康に生まれることだろう。

まれた時にはほぼ挽回不可能だ。

今日エチオピアカレーを食べたのだけど、その近くの某大学の周りには中継車が大量に止まっていた。

おそらく、容姿のいい女に例の教授はありとあらゆるものをお漏らししたのだろう。

このおそらく容姿のいい、運の悪かった女は不正とみなされた。

そんなニュース報道するために、あるテレビ局法務省前の司法試験合格発表の様子を放映した。

司法試験合格したのであろう笑顔美人が映し出された。

自分はこの女は不正をしたと思った。

いや、試験では不正はしていないだろう。

この女は美人である美人であるため、周りから優しくされただろうし、セックスにも困らなかっただろうし、溢れ出る性的魅力で気づかないうちに楽々な部分があっただろうし、容姿が悪くて気を病むこともなかっただろう。

その時点で不正だ。

不正じゃねーよというなら、不正だと思う自分容姿を良くしてほしい。

2015-08-14

anond:20150120191145

anond:20150120175327を書いた者だが、そんな選択肢あるわけないだろ。大学受験ルール分かってんのか。

募集や設営をするのは各大学なんだから、願書受付から合格発表までの日程をおまかせにすれば各々違いが出てくるっていうのに。

入試入学させるためのもの受験者の意見も反映されるようになるだろう。

2015-03-22

個人的過去の傷

・県立高校不合格、いまだにドラマなどで合格発表掲示板を見ると気分が悪くなる

・仕方なく入った私立高校空気が肌に合わず体調を崩す、いまだに体調は完治していない

中学生ときバス痴漢にあった、何も言えなかった

中学生とき塾の先生にいくら払ったらsex出来るか?という質問を受けた、拒否した

小学生ときジャンプ立ち読みしてたら隣に立ってた男に股間を触られた、そのまま読んでていいよとか言われた、逃げた

社会人になってからお世話になった人(既婚)と飲みにいったら胸触られた、苦笑いしてそのあと着信拒否

小学生とき席替えで隣の席に決まった男子が、えー俺◯◯さんの方がいい、と言った、聞こえないふりをした

中学生とき男子ちょっとした口論になったとき、犯すぞ!と大声で怒鳴られた、何も言えなかった

小学生とき体育で一生懸命走っていたら男子に、肉がやべー、と笑われた、聞こえないふりをした

小学生ときスーパー母親と買い物してたら母の知人に遭遇、(私)ちゃん大きくなったわねという言葉に、

 母が「この子は横にばっかり大きくなって」と言った、何も言えなかった

小学生ときスーパー母親と買い物してたら今度同じ小学校入学してくる予定の子に遭遇、その子母親学校楽しい?と聞かれて、

 楽しくないし行きたくないと答えた。あとから母親に「なんでそんなこというの!楽しいって言わなきゃ駄目でしょ!」と怒られた


まだいっぱいあるけど辛くなってきた

2015-03-13

あの日見合格体験講話意味を僕たちはまだ知らない

これは小説です。現実出来事とは関係ないし、関係があったとみえてもしてもそれは偶然です。最後を読めばそうだって気づくはずです。

梅の香り高き昨今であるがこの前のの合格発表で今年度の大学入試はひと段落ついたわけだ。

さて、進学校にはたいてい、「合格体験記」だとか、「合格体験講話」なんて呼ばれる、新3年生の受験へのモチベーションを高めるための機会が設けられる。

先輩が後輩へと受験を乗り切る心構えについて伝えるのである

 つい先日に公式に「合格体験講話代表メンバーが発表されたが、それを見てわたし(18歳、元女子高生処女、平凡)は我が母校の没落を予感する羽目となった。

学校スペック進学校 東大合格者を*名しか出せない北陸地方の弱小校。なんで北陸地方で梅の香りがするのかは考えないことにしよう。

疑問は3つに分割できるのかなぁ?

①何を目的としているのかさっぱりわからないメンバー構成

メンバー属性が寄り過ぎていた。全てのメンバーが3年間なり6年間なりシコシコと真面目に勉強してきたと思われるメンツだった。一見いいように見える。でも待ってほしい。彼らが持っているノウハウはシコシコと長時間かけて勉強して成果を出すノウハウだ。でもわたしの母校ってシコシコ真面目に勉強してきたやつばっかりだっただろうか。違うでしょう。どちらかというと。。。そんなわけではっきり言って誰を対象に組んだメンバーなのかはわからない。濃厚な短期間の努力で超難関理系大学に受かったやつを私はしっているぞ。そいつノウハウの方が残された時間からして役に立つんじゃないか?

②そもそも超難関台を受けるやつばっかりだったっけ?

 たしかに超難関大学に受かったやつは多少はいる。し、そうゆう大学を受けようとしている後輩も少しはいるだろう。でも、大多数は中堅どころの国立大に入りたいって思っているやつだ。そんな奴らに難関大合格のしかも自分に当てはめられるかわからないようなノウハウ必要と言えるのか?そいつらが使えもしないノウハウに間違えて手を出して、結局やりきれなかったなんてことになるはめになるんじゃないのか?不相応な意識ばかりついて、後の足かせになるんじゃないのか?

③なぜ、無駄文系に話させるんだ。

 まぁ、いい。上のことは少し置いておこう。でも、ちょっとまってくれ。私の母校は理系中心じゃなかったのか?2/3ぐらいの生徒は理系じゃなかったのか?なのになんで文系にも半分の時間はなさせるんだ。しかもその文系の1/2は全く同じ大学の同じ入試区分じゃないか。なんの意味があるんだ?(私は理系女子だ。そして処女だ。*******は***だし*******なのだ。だから特に憤りを覚える。)

④なんでそんなことが起こったのか

本当に簡単な理由だろう。推測にすぎないけど。それは労働者(教師)のプライドだろう。私はこんないい大学に生徒を送り出せました。優秀な教師です。とでもアピールしたいのではないのか。普段認めてもらえないし。でも、そんなことでしかプライドを守れないって恥ずかしいと思うぞ。本当に良い授業(というか教師)をしていれば周りが勝手にその教師に感動する。少ない例だが何件かわたしはそんな教師を見たことがある。どっちを目指すべきかは明白だろうに、推測なのでなんとも言えないけどwww

⑤(指摘を受けて削除)

⑥まとめ

上に書いたような合理的なな判断も出来ないようでは、今まではやってこれたとしてもこれから供給過多、需要爆減の時代、つまり子供が40%も減る時代に到底は耐えられまい。GDPだって低下するだろうに授業料べらぼうに高い私立学校に通わせたい親だって何人いるんだか。周りの学校努力からしても、営業努力さえ疎かにしているし、(いっておくが少なくても近所の3つの中学校のやつらが私の学校学校紹介は最低だった。と説明している)劣っている。

そんなわけで私は私の母校が、具体的には6年間中古のレ9サスが買えるほどの金を収めた我が母校が、15年ぐらいで潰れると推測する。

追記:国公立大学に***人入れたら成功した学年だっていう話ぐらいは******。そして、その数を増やさんばかりに生徒の志望校を*****ことも私は知っている。目指すべきは自分の短期的なメリットなのか?いつか後悔するんじゃないのか?*****の結果は*****と*****

追記2:(指摘により削除)

「そんな学校があったら面白いなぁ」私は新しいマイルドセブンシールをはがしつつ一人でつぶやいた。すると画面の中からハルヒが出てきて

「ずっと昔からマイルドセブンはあったの?」

 僕は肯いた。

「うん、昔からあった。子供の頃から

 僕はそのことをずっと感じつづけていたよ。そこには何かがあるんだって

 でもそれがマイルドセブンというきちんとした形になったのは、それほど前のことじゃない。

 マイルドセブンは少しずつ形を定めて、その住んでいる世界の形を定めてきたんだ。

 僕が年をとるにつれてね。何故だろう? 僕にもわからない。

 たぶんそうする必要があったからだろうね」。

おしまい

(一部編集の都合上伏せ字になっているところがありますがご了承ください)

あの日見合格体験講話意味を僕たちはまだ知らない

これは小説です。現実出来事とは関係ないし、関係があったとみえてもしてもそれは偶然です。最後を読めばそうだって気づくはずです。

梅の香り高き昨今であるがこの前のの合格発表で今年度の大学入試はひと段落ついたわけだ。

さて、進学校にはたいてい、「合格体験記」だとか、「合格体験講話」なんて呼ばれる、新3年生の受験へのモチベーションを高めるための機会が設けられる。

先輩が後輩へと受験を乗り切る心構えについて伝えるのである

 つい先日に公式に「合格体験講話代表メンバーが発表されたが、それを見てわたし(18歳、元女子高生処女)は我が母校の没落を予感する羽目となった。

学校スペック進学校 東大合格者を数名しか出せない北陸地方の弱小校。なんで北陸地方で梅の香りがするのかは考えないことにしよう。

①何を目的としているのかさっぱりわからないメンバー構成

メンバー属性が寄り過ぎていた。全てのメンバーが3年間なり6年間なりシコシコと真面目に勉強してきたと思われるメンツだった。一見いいように見える。でも待ってほしい。彼らが持っているノウハウはシコシコと長時間かけて勉強して成果を出すノウハウだ。でもわたしの母校ってシコシコ真面目に勉強してきたやつばっかりだっただろうか。違うでしょう。どちらかというと。。。そんなわけではっきり言って誰を対象に組んだメンバーなのかはわからない。濃厚な短期間の努力で超難関理系大学に受かったやつを私はしっているぞ。そいつノウハウの方が残された時間からして役に立つんじゃないか?

②そもそも超難関台を受けるやつばっかりだったっけ?

 たしかに超難関大学に受かったやつは多少はいる。し、そうゆう大学を受けようとしている後輩も少しはいるだろう。でも、大多数は中堅どころの国立大に入りたいって思っているやつだ。そんな奴らに難関大合格のしかも自分に当てはめられるかわからないようなノウハウ必要と言えるのか?そいつらが使えもしないノウハウに間違えて手を出して、結局やりきれなかったなんてことになるはめになるんじゃないのか?不相応な意識ばかりついて、後の足かせになるんじゃないのか?

③なぜ、無駄文系に話させるんだ。

 まぁ、いい。上のことは少し置いておこう。でも、ちょっとまってくれ。私の母校は理系中心じゃなかったのか?2/3ぐらいの生徒は理系じゃなかったのか?なのになんで文系にも半分の時間はなさせるんだ。しかもその文系の1/2は全く同じ大学の同じ入試区分じゃないか。なんの意味があるんだ?(私は理系女子だ。そして処女だ。*******は***だし*******なのだ。だから特に憤りを覚える。)

④なんでそんなことが起こったのか

本当に簡単な理由だろう。推測にすぎないけど。それは労働者(教師)のプライドだろう。私はこんないい大学に生徒を送り出せました。優秀な教師です。とでもアピールしたいのではないのか。普段認めてもらえないし。でも、そんなことでしかプライドを守れないって恥ずかしいと思うぞ。本当に良い授業(というか教師)をしていれば周りが勝手にその教師に感動する。少ない例だが何件かわたしはそんな教師を見たことがある。どっちを目指すべきかは明白だろうに、推測なのでなんとも言えないけどwww

⑤まとめ

上に書いたような合理的なな判断も出来ないようでは、今まではやってこれたとしてもこれから需要過多の時代、つまり子供が40%も減る時代に到底は耐えられまい。GDPだって低下するだろうに授業料べらぼうに高い私立学校に通わせたい親だって何人いるんだか。周りの学校努力からしても、営業努力さえ疎かにしているし、(いっておくが少なくても近所の3つの中学校のやつらが私の学校学校紹介は最低だった。と説明している)劣っている。

そんなわけで私は私の母校が、具体的には6年間中古のレ9サスが買えるほどの金を収めた我が母校が、15年ぐらいで潰れると推測する。

追記:国公立大学に***人入れたら成功した学年だっていう話ぐらいは私だって知っている。そして、その数を増やさんばかりに生徒の志望校を*****ことも私は知っている。目指すべきは自分の短期的なメリットなのか?いつか後悔するんじゃないのか?********************の結果は***********************と思うぞ。

「そんな学校があったら面白いなぁ」私は新しいマイルドセブンシールをはがしつつ一人でつぶやいた。すると画面の中からハルヒが出てきて

「ずっと昔からマイルドセブンはあったの?」

 僕は肯いた。

「うん、昔からあった。子供の頃から

 僕はそのことをずっと感じつづけていたよ。そこには何かがあるんだって

 でもそれがマイルドセブンというきちんとした形になったのは、それほど前のことじゃない。

 マイルドセブンは少しずつ形を定めて、その住んでいる世界の形を定めてきたんだ。

 僕が年をとるにつれてね。何故だろう? 僕にもわからない。

 たぶんそうする必要があったからだろうね」。

おしまい

あの日見合格体験講話意味を僕たちはまだ知らない

これは小説です。現実出来事とは関係ないし、関係があったとみえてもしてもそれは偶然です。最後を読めばそうだって気づくはずです。

梅の香り高き昨今であるがこの前のの合格発表で今年度の大学入試はひと段落ついたわけだ。

さて、進学校にはたいてい、「合格体験記」だとか、「合格体験講話」なんて呼ばれる、新3年生の受験へのモチベーションを高めるための機会が設けられる。

先輩が後輩へと受験を乗り切る心構えについて伝えるのである

 つい先日に公式に「合格体験講話代表メンバーが発表されたが、それを見てわたし(18歳、元女子高生処女)は我が母校の没落を予感する羽目となった。

学校スペック進学校 東大合格者を数名しか出せない北陸地方の弱小校。なんで北陸地方で梅の香りがするのかは考えないことにしよう。

①何を目的としているのかさっぱりわからないメンバー構成

メンバー属性が寄り過ぎていた。全てのメンバーが3年間なり6年間なりシコシコと真面目に勉強してきたと思われるメンツだった。一見いいように見える。でも待ってほしい。彼らが持っているノウハウはシコシコと長時間かけて勉強して成果を出すノウハウだ。でもわたしの母校ってシコシコ真面目に勉強してきたやつばっかりだっただろうか。違うでしょう。どちらかというと。。。そんなわけではっきり言って誰を対象に組んだメンバーなのかはわからない。濃厚な短期間の努力で超難関理系大学に受かったやつを私はしっているぞ。そいつノウハウの方が残された時間からして役に立つんじゃないか?

②そもそも超難関台を受けるやつばっかりだったっけ?

 たしかに超難関大学に受かったやつは多少はいる。し、そうゆう大学を受けようとしている後輩も少しはいるだろう。でも、大多数は中堅どころの国立大に入りたいって思っているやつだ。そんな奴らに難関大合格のしかも自分に当てはめられるかわからないようなノウハウ必要と言えるのか?そいつらが使えもしないノウハウに間違えて手を出して、結局やりきれなかったなんてことになるはめになるんじゃないのか?不相応な意識ばかりついて、後の足かせになるんじゃないのか?

③なぜ、無駄文系に話させるんだ。

 まぁ、いい。上のことは少し置いておこう。でも、ちょっとまってくれ。私の母校は理系中心じゃなかったのか?2/3ぐらいの生徒は理系じゃなかったのか?なのになんで文系にも半分の時間はなさせるんだ。しかもその文系の1/2は全く同じ大学の同じ入試区分じゃないか。なんの意味があるんだ?(私は理系女子だ。そして処女だ。*******は***だし*******なのだ。だから特に憤りを覚える。)

④なんでそんなことが起こったのか

本当に簡単な理由だろう。推測にすぎないけど。それは労働者(教師)のプライドだろう。私はこんないい大学に生徒を送り出せました。優秀な教師です。とでもアピールしたいのではないのか。普段認めてもらえないし。でも、そんなことでしかプライドを守れないって恥ずかしいと思うぞ。本当に良い授業(というか教師)をしていれば周りが勝手にその教師に感動する。少ない例だが何件かわたしはそんな教師を見たことがある。どっちを目指すべきかは明白だろうに、推測なのでなんとも言えないけどwww

⑤まとめ

上に書いたような合理的なな判断も出来ないようでは、今まではやってこれたとしてもこれから需要過多の時代、つまり子供が40%も減る時代に到底は耐えられまい。GDPだって低下するだろうに授業料べらぼうに高い私立学校に通わせたい親だって何人いるんだか。周りの学校努力からしても、営業努力さえ疎かにしているし、(いっておくが少なくても近所の3つの中学校のやつらが私の学校学校紹介は最低だった。と説明している)劣っている。

そんなわけで私は私の母校が、具体的には6年間中古のレ9サスが買えるほどの金を収めた我が母校が、15年ぐらいで潰れると推測する。

追記:国公立大学に***人入れたら成功した学年だっていう話ぐらいは私だって知っている。そして、その数を増やさんばかりに生徒の志望校を*****ことも私は知っている。目指すべきは自分の短期的なメリットなのか?いつか後悔するんじゃないのか?********************の結果は***********************と思うぞ。

「そんな学校があったら面白いなぁ」私は新しいマイルドセブンシールをはがしつつ一人でつぶやいた。すると画面の中からハルヒが出てきて

「ずっと昔からマイルドセブンはあったの?」

 僕は肯いた。

「うん、昔からあった。子供の頃から

 僕はそのことをずっと感じつづけていたよ。そこには何かがあるんだって

 でもそれがマイルドセブンというきちんとした形になったのは、それほど前のことじゃない。

 マイルドセブンは少しずつ形を定めて、その住んでいる世界の形を定めてきたんだ。

 僕が年をとるにつれてね。何故だろう? 僕にもわからない。

 たぶんそうする必要があったからだろうね」。

おしまい

あの日見合格体験講話意味を僕たちはまだ知らない

これは小説です。現実出来事とは関係ないし、関係があったとみえてもしてもそれは偶然です。最後を読めばそうだって気づくはずです。

梅の香り高き昨今であるがこの前のの合格発表で今年度の大学入試はひと段落ついたわけだ。

さて、進学校にはたいてい、「合格体験記」だとか、「合格体験講話」なんて呼ばれる、新3年生の受験へのモチベーションを高めるための機会が設けられる。

先輩が後輩へと受験を乗り切る心構えについて伝えるのである

 つい先日に公式に「合格体験講話代表メンバーが発表されたが、それを見てわたし(18歳、元女子高生処女)は我が母校の没落を予感する羽目となった。

学校スペック進学校 東大合格者を数名しか出せない北陸地方の弱小校。なんで北陸地方で梅の香りがするのかは考えないことにしよう。

①何を目的としているのかさっぱりわからないメンバー構成

メンバー属性が寄り過ぎていた。全てのメンバーが3年間なり6年間なりシコシコと真面目に勉強してきたと思われるメンツだった。一見いいように見える。でも待ってほしい。彼らが持っているノウハウはシコシコと長時間かけて勉強して成果を出すノウハウだ。でもわたしの母校ってシコシコ真面目に勉強してきたやつばっかりだっただろうか。違うでしょう。どちらかというと。。。そんなわけではっきり言って誰を対象に組んだメンバーなのかはわからない。濃厚な短期間の努力で超難関理系大学に受かったやつを私はしっているぞ。そいつノウハウの方が残された時間からして役に立つんじゃないか?

②そもそも超難関台を受けるやつばっかりだったっけ?

 たしかに超難関大学に受かったやつは多少はいる。し、そうゆう大学を受けようとしている後輩も少しはいるだろう。でも、大多数は中堅どころの国立大に入りたいって思っているやつだ。そんな奴らに難関大合格のしかも自分に当てはめられるかわからないようなノウハウ必要と言えるのか?そいつらが使えもしないノウハウに間違えて手を出して、結局やりきれなかったなんてことになるはめになるんじゃないのか?不相応な意識ばかりついて、後の足かせになるんじゃないのか?

③なぜ、無駄文系に話させるんだ。

 まぁ、いい。上のことは少し置いておこう。でも、ちょっとまってくれ。私の母校は理系中心じゃなかったのか?2/3ぐらいの生徒は理系じゃなかったのか?なのになんで文系にも半分の時間はなさせるんだ。しかもその文系の1/2は全く同じ大学の同じ入試区分じゃないか。なんの意味があるんだ?(私は理系女子だ。そして処女だ。*******は***だし*******なのだ。だから特に憤りを覚える。)

④なんでそんなことが起こったのか

本当に簡単な理由だろう。推測にすぎないけど。それは労働者(教師)のプライドだろう。私はこんないい大学に生徒を送り出せました。優秀な教師です。とでもアピールしたいのではないのか。普段認めてもらえないし。でも、そんなことでしかプライドを守れないって恥ずかしいと思うぞ。本当に良い授業(というか教師)をしていれば周りが勝手にその教師に感動する。少ない例だが何件かわたしはそんな教師を見たことがある。どっちを目指すべきかは明白だろうに、推測なのでなんとも言えないけどwww

⑤まとめ

上に書いたような合理的なな判断も出来ないようでは、今まではやってこれたとしてもこれから需要過多の時代、つまり子供が40%も減る時代に到底は耐えられまい。GDPだって低下するだろうに授業料べらぼうに高い私立学校に通わせたい親だって何人いるんだか。周りの学校努力からしても、営業努力さえ疎かにしているし、(いっておくが少なくても近所の3つの中学校のやつらが私の学校学校紹介は最低だった。と説明している)劣っている。

そんなわけで私は私の母校が、具体的には6年間中古のレ9サスが買えるほどの金を収めた我が母校が、15年ぐらいで潰れると推測する。

追記:国公立大学に***人入れたら成功した学年だっていう話ぐらいは私だって知っている。そして、その数を増やさんばかりに生徒の志望校を*****ことも私は知っている。目指すべきは自分の短期的なメリットなのか?いつか後悔するんじゃないのか?********************の結果は***********************と思うぞ。

「そんな学校があったら面白いなぁ」私は新しいマイルドセブンシールをはがしつつ一人でつぶやいた。すると画面の中からハルヒが出てきて

「ずっと昔からマイルドセブンはあったの?」

 僕は肯いた。

「うん、昔からあった。子供の頃から

 僕はそのことをずっと感じつづけていたよ。そこには何かがあるんだって

 でもそれがマイルドセブンというきちんとした形になったのは、それほど前のことじゃない。

 マイルドセブンは少しずつ形を定めて、その住んでいる世界の形を定めてきたんだ。

 僕が年をとるにつれてね。何故だろう? 僕にもわからない。

 たぶんそうする必要があったからだろうね」。

おしまい

あの日見合格体験講話意味を僕たちはまだ知らない

これは小説です。現実出来事とは関係ないし、関係があったとみえてもしてもそれは偶然です。最後を読めばそうだって気づくはずです。

梅の香り高き昨今であるがこの前のの合格発表で今年度の大学入試はひと段落ついたわけだ。

さて、進学校にはたいてい、「合格体験記」だとか、「合格体験講話」なんて呼ばれる、新3年生の受験へのモチベーションを高めるための機会が設けられる。

先輩が後輩へと受験を乗り切る心構えについて伝えるのである

 つい先日に公式に「合格体験講話代表メンバーが発表されたが、それを見てわたし(18歳、元女子高生処女)は我が母校の没落を予感する羽目となった。

学校スペック進学校 東大合格者を数名しか出せない北陸地方の弱小校。なんで北陸地方で梅の香りがするのかは考えないことにしよう。

①何を目的としているのかさっぱりわからないメンバー構成

メンバー属性が寄り過ぎていた。全てのメンバーが3年間なり6年間なりシコシコと真面目に勉強してきたと思われるメンツだった。一見いいように見える。でも待ってほしい。彼らが持っているノウハウはシコシコと長時間かけて勉強して成果を出すノウハウだ。でもわたしの母校ってシコシコ真面目に勉強してきたやつばっかりだっただろうか。違うでしょう。どちらかというと。。。そんなわけではっきり言って誰を対象に組んだメンバーなのかはわからない。濃厚な短期間の努力で超難関理系大学に受かったやつを私はしっているぞ。そいつノウハウの方が残された時間からして役に立つんじゃないか?

②そもそも超難関台を受けるやつばっかりだったっけ?

 たしかに超難関大学に受かったやつは多少はいる。し、そうゆう大学を受けようとしている後輩も少しはいるだろう。でも、大多数は中堅どころの国立大に入りたいって思っているやつだ。そんな奴らに難関大合格のしかも自分に当てはめられるかわからないようなノウハウ必要と言えるのか?そいつらが使えもしないノウハウに間違えて手を出して、結局やりきれなかったなんてことになるはめになるんじゃないのか?不相応な意識ばかりついて、後の足かせになるんじゃないのか?

③なぜ、無駄文系に話させるんだ。

 まぁ、いい。上のことは少し置いておこう。でも、ちょっとまってくれ。私の母校は理系中心じゃなかったのか?2/3ぐらいの生徒は理系じゃなかったのか?なのになんで文系にも半分の時間はなさせるんだ。しかもその文系の1/2は全く同じ大学の同じ入試区分じゃないか。なんの意味があるんだ?(私は理系女子だ。そして処女だ。*******は***だし*******なのだ。だから特に憤りを覚える。)

④なんでそんなことが起こったのか

本当に簡単な理由だろう。推測にすぎないけど。それは労働者(教師)のプライドだろう。私はこんないい大学に生徒を送り出せました。優秀な教師です。とでもアピールしたいのではないのか。普段認めてもらえないし。でも、そんなことでしかプライドを守れないって恥ずかしいと思うぞ。本当に良い授業(というか教師)をしていれば周りが勝手にその教師に感動する。少ない例だが何件かわたしはそんな教師を見たことがある。どっちを目指すべきかは明白だろうに、推測なのでなんとも言えないけどwww

⑤まとめ

上に書いたような合理的なな判断も出来ないようでは、今まではやってこれたとしてもこれから需要過多の時代、つまり子供が40%も減る時代に到底は耐えられまい。GDPだって低下するだろうに授業料べらぼうに高い私立学校に通わせたい親だって何人いるんだか。周りの学校努力からしても、営業努力さえ疎かにしているし、(いっておくが少なくても近所の3つの中学校のやつらが私の学校学校紹介は最低だった。と説明している)劣っている。

そんなわけで私は私の母校が、具体的には6年間中古のレ9サスが買えるほどの金を収めた我が母校が、15年ぐらいで潰れると推測する。

追記:国公立大学に***人入れたら成功した学年だっていう話ぐらいは私だって知っている。そして、その数を増やさんばかりに生徒の志望校を*****ことも私は知っている。目指すべきは自分の短期的なメリットなのか?いつか後悔するんじゃないのか?********************の結果は***********************と思うぞ。

「そんな学校があったら面白いなぁ」私は新しいマイルドセブンシールをはがしつつ一人でつぶやいた。すると画面の中からハルヒが出てきて

「ずっと昔からマイルドセブンはあったの?」

 僕は肯いた。

「うん、昔からあった。子供の頃から

 僕はそのことをずっと感じつづけていたよ。そこには何かがあるんだって

 でもそれがマイルドセブンというきちんとした形になったのは、それほど前のことじゃない。

 マイルドセブンは少しずつ形を定めて、その住んでいる世界の形を定めてきたんだ。

 僕が年をとるにつれてね。何故だろう? 僕にもわからない。

 たぶんそうする必要があったからだろうね」。

おしまい

あの日見合格体験講話意味を僕たちはまだ知らない

これは小説です。現実出来事とは関係ないし、関係があったとみえてもしてもそれは偶然です。最後を読めばそうだって気づくはずです。

梅の香り高き昨今であるがこの前のの合格発表で今年度の大学入試はひと段落ついたわけだ。

さて、進学校にはたいてい、「合格体験記」だとか、「合格体験講話」なんて呼ばれる、新3年生の受験へのモチベーションを高めるための機会が設けられる。

先輩が後輩へと受験を乗り切る心構えについて伝えるのである

 つい先日に公式に「合格体験講話代表メンバーが発表されたが、それを見てわたし(18歳、元女子高生処女)は我が母校の没落を予感する羽目となった。

学校スペック進学校 東大合格者を数名しか出せない北陸地方の弱小校。なんで北陸地方で梅の香りがするのかは考えないことにしよう。

①何を目的としているのかさっぱりわからないメンバー構成

メンバー属性が寄り過ぎていた。全てのメンバーが3年間なり6年間なりシコシコと真面目に勉強してきたと思われるメンツだった。一見いいように見える。でも待ってほしい。彼らが持っているノウハウはシコシコと長時間かけて勉強して成果を出すノウハウだ。でもわたしの母校ってシコシコ真面目に勉強してきたやつばっかりだっただろうか。違うでしょう。どちらかというと。。。そんなわけではっきり言って誰を対象に組んだメンバーなのかはわからない。濃厚な短期間の努力で超難関理系大学に受かったやつを私はしっているぞ。そいつノウハウの方が残された時間からして役に立つんじゃないか?

②そもそも超難関台を受けるやつばっかりだったっけ?

 たしかに超難関大学に受かったやつは多少はいる。し、そうゆう大学を受けようとしている後輩も少しはいるだろう。でも、大多数は中堅どころの国立大に入りたいって思っているやつだ。そんな奴らに難関大合格のしかも自分に当てはめられるかわからないようなノウハウ必要と言えるのか?そいつらが使えもしないノウハウに間違えて手を出して、結局やりきれなかったなんてことになるはめになるんじゃないのか?不相応な意識ばかりついて、後の足かせになるんじゃないのか?

③なぜ、無駄文系に話させるんだ。

 まぁ、いい。上のことは少し置いておこう。でも、ちょっとまってくれ。私の母校は理系中心じゃなかったのか?2/3ぐらいの生徒は理系じゃなかったのか?なのになんで文系にも半分の時間はなさせるんだ。しかもその文系の1/2は全く同じ大学の同じ入試区分じゃないか。なんの意味があるんだ?(私は理系女子だ。そして処女だ。*******は***だし*******なのだ。だから特に憤りを覚える。)

④なんでそんなことが起こったのか

本当に簡単な理由だろう。推測にすぎないけど。それは労働者(教師)のプライドだろう。私はこんないい大学に生徒を送り出せました。優秀な教師です。とでもアピールしたいのではないのか。普段認めてもらえないし。でも、そんなことでしかプライドを守れないって恥ずかしいと思うぞ。本当に良い授業(というか教師)をしていれば周りが勝手にその教師に感動する。少ない例だが何件かわたしはそんな教師を見たことがある。どっちを目指すべきかは明白だろうに、推測なのでなんとも言えないけどwww

⑤まとめ

上に書いたような合理的なな判断も出来ないようでは、今まではやってこれたとしてもこれから需要過多の時代、つまり子供が40%も減る時代に到底は耐えられまい。GDPだって低下するだろうに授業料べらぼうに高い私立学校に通わせたい親だって何人いるんだか。周りの学校努力からしても、営業努力さえ疎かにしているし、(いっておくが少なくても近所の3つの中学校のやつらが私の学校学校紹介は最低だった。と説明している)劣っている。

そんなわけで私は私の母校が、具体的には6年間中古のレ9サスが買えるほどの金を収めた我が母校が、15年ぐらいで潰れると推測する。

追記:国公立大学に***人入れたら成功した学年だっていう話ぐらいは私だって知っている。そして、その数を増やさんばかりに生徒の志望校を*****ことも私は知っている。目指すべきは自分の短期的なメリットなのか?いつか後悔するんじゃないのか?********************の結果は***********************と思うぞ。

「そんな学校があったら面白いなぁ」私は新しいマイルドセブンシールをはがしつつ一人でつぶやいた。すると画面の中からハルヒが出てきて

「ずっと昔からマイルドセブンはあったの?」

 僕は肯いた。

「うん、昔からあった。子供の頃から

 僕はそのことをずっと感じつづけていたよ。そこには何かがあるんだって

 でもそれがマイルドセブンというきちんとした形になったのは、それほど前のことじゃない。

 マイルドセブンは少しずつ形を定めて、その住んでいる世界の形を定めてきたんだ。

 僕が年をとるにつれてね。何故だろう? 僕にもわからない。

 たぶんそうする必要があったからだろうね」。

おしまい

2015-03-06

国公立大学不祥事棚卸しの時期

前期試験が終わり合格発表が始まる頃にはもう大学入試大勢は決しているからね

これから増えそうだね

2014-09-25

秀才君とギャル子の話

少し前に「学年ビリだったギャル慶應に行く」という本が売っているのを見かけた。

わずこのタイトルを見ただけで思い出してしまった、未だ忘れられない私の高校

代の思い出を語りたい。

私の通っていた高校は県立の中でもかなり下&定員割れというよくある新興校だった。

基本バカしかいなくて、中学勉強ほとんど理解できてない人が入る高校である

不良とギャルが圧倒的に多いのだが、たまたまうちのクラス雰囲気が明るくて不良

ギャルオタクも皆仲が良く、担任若い熱血女教師も皆から好かれていた。

コースが分かれている関係で、クラスは基本1年から3年まで担任ごと持ち上がりな

のでその点でもかなり恵まれていたと思う。

私自身はよくいるキモオタで皆からは「パープル」と呼ばれていた。

これは当時発売されたばかりで流行っていたユニクロフリース(紫)を愛用してい

たことから名付けられたのだが、まあ私のことはどうでもいいんだ。

未だに忘れられない思い出とは、秀才君とギャル子の話である

ギャル子はバカだけど明るくて人見知りしないクラスムードメーカー

当時流行っていたガングロに憧れすぎて、数学のおじいちゃん先生からサンボ」と

名付けられるほどのたくましいガングロ女子高生であった。

一方、秀才君は不遇の秀才で、中学生時代に大病をして出席数が極端に少なかった上

に一番頭のいい公立高校に落っこちてしまい、二次募集で定員割れのうちに来たとい

う経歴の持ち主だった。ちなみに秀才君に関しては結論から先に言うと慶應大学に進

学し(開校以来初の快挙)今は都庁職員として忙しい日々を送っている。

事はギャル子が突然「先生になりたい」と言い出したことに始まる。

当時、GTOが大流行中で多分に漏れギャル子も「不良→教師」という分かり易い

感動のツボにまんまと乗せられた一人だった。

言うまでもなく誰も真剣に受け取っていなかったがギャル子は秀才君に勉強を教えろ

と絡みだし、秀才君は最初嫌々ながらも放課後ギャル子の面倒を見ることとなった。

それが確か3年の5月位だったかな。

同窓会秀才君がしみじみ言ってたけど「小学校からの復習だからね」というレベル

だったらしい。まあ私自身を振り返れば高校がそんなレベルから仕方ないと言うこ

とは皆分かっていたし、すぐにギャル子も音を上げると思っていた。

しかし、ギャル子の決意はちょっと違った。

「そこまでヤル気があるのなら」と熱血女担任も乗り気になり、担任仕事をしてい

た教務室の隣の席を開放し、毎日毎日放課後担任が帰るまで2人で勉強していた。

から秋・そして冬へとあっという間に時は過ぎギャル子は日に日に変わっていった。

サロ通いを辞めたせいかサンボ面影も徐々になくなり、二学期が始まる頃には秀

才君が「教え甲斐がある」と言い始めた。大半は就職し(私も就職組)、進学組もほ

とんどは専門という状況でクラス大学を受けるのは秀才君とギャル子たった2人だ

けだった。

それでも正直、ギャル子が大学に受かるなんて本気で思っていた奴はいなかったと思う。

ギャル子の志望校埼玉大学教育学部

何でよりにもよって国立なんだ!私立ならなんとかなるとこありそうなのに!

というのが私たちの声だったが、ギャル子は熱血女担任の母校であった埼玉大学に進

学して教師になると決めていた。

埼玉大学合格発表卒業式が終わって数日後だった。

この高校生最後の一大イベントを見逃すわけには行かず、クラス有志でギャル子の

合格発表を見守る集いを募ったところクラスの大半が参加する事になった(ギャル

は嫌がったがw)。

私達は年明けの自主通学になった後も「祈る!合格」や「必勝」などのポスターや横

断幕を作りクラスに貼ってギャル子と秀才君の必勝を願った。

忘れもしない。

秀才君が華麗に慶應大学合格しうちのバカ高校に激震が走るのもつかの間、

その日はどんよりとした天気で北浦和から受験生1人と全く関係のない応援軍団がバ

スに乗車し埼玉大学キャンパスへと向かった。

いつも明るく天然なギャル子はガチガチになっていて、馬鹿な私達は「横断幕はやり

すぎだったんじゃないか?」とか今更な疑問に困惑していた。

門をくぐるとそこには合格発表掲示板があった。

テレビで見るような東大なんかの合格発表と違い、たくさんの人がワイワイ賑わって

いるような光景じゃない。時間帯的にもピーク後だったら気持ち程度の学生っぽい人

パラパラいただけで、私達の集団は明らかに浮いていた。

「いってくるね」

ギャル子は小さく言うと掲示板に向かって歩いていった。

私達は祈った。とにかく祈った。

こんなに頑張ったギャル子にどうか春を迎えさせてやってくれ!神様!!頼む!!

みんな固唾を飲んで見守っていると、ギャル子がクルッとこちらを振り返った。

ギャル子は泣いていた。泣いたままゆっくり私達の方に近づいてきた。

「う・・・うかっらぁぁぁ!!!!!!!!!

鼻水と涙でボロボロになりながらギャル子は私達に抱きついてきた。

うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!!!!

横断幕を掲げた怪しげな集団が歓喜の怒号を上げ、ギャル子を胴上げした。

自分の事のように喜び、女子や一部の男子(私)は泣いていた。

ギャル子がどんなに頑張ったか知っている秀才君はボロボロ泣いて胴上げしていた。

世間から見れば何てことはない一地方大学合格発表かもしれない。

でもギャル子にとって、私達の高校にとってギャル子が成し遂げたことは東大合格

も優らぬとも劣らない大偉業だったから。

私達はわざと熱血女担任には連絡しないでそのまま高校の職員室に雪崩れこんだ。

先生!受かった!」

職員室は俺達にも引けをとらないほどの歓喜の渦に巻き込まれギャル子と熱血女担

任は抱き合って泣いて喜び合った。

騒ぎを聞きつけた校長先生が職員室に飛び込んでくると何故か校長も泣いていたw。

ギャル子くん・・・本当によく頑張った。本当によく・・・

不良が多いうちの高校で本当に苦労していた校長や他の先生たちは、ギャル子が成し

遂げた事がどんなに凄いことかとてもよく理解していた。

職員室から何度も拍手が巻き起こる中ギャル子が、

「私、絶対先生になるからね!」

と言うとそれまで泣いていなかった他の先生ボロボロ泣きだした。

校長秀才だって慶応だぜ!」

「ああ!君たちは○○高校伝説だ!」

校長が叫んだ。

その年の馬鹿高校卒業生進路一覧には、ちょっとだけ誇らしく

国立大学1名 埼玉大学 

 私立大学×名 慶應義塾大学 ~大学 ・・・

と書き加えられた。

あれからもう十数年が経過した。

定員割れが続いた我が母校は統廃合されて名前こそ変わったもの

とりあえずなんとか存続はしているみたいだ。

ちなみに私は某鉄道会社車掌として右往左往する日々を送っている(皆さんに会っ

てるかも^^;)。

そしてもちろんギャル子は、県立高校国語教師として忙しい毎日を送っている。


おしまい


【おことわり】

プライバシー保護の為、一部フィクションを混ぜています

しかし元・ギャルの大逆転劇やクラスの話は間違いなく事実ですので、ちょっと

にも「学年ビリのギャルが~」のような話が実在していたと思っていただければ幸

いです^^;

頑張れ高校生\(^o^)/

2014-07-22

http://anond.hatelabo.jp/20140722145432

(当時は合格発表地元新聞実名で載っていた)怖いと思ったもんだけど

つの何処の話だよ?

10年前って言えば東大の発表すら新聞から消えた後だろ。

そもそも、高校合格発表ってどんだけ紙面割くんだよ。

それに、東大ある意味特別だったか新聞に載せてたところもあるけど、

そもそも高校の発表を載せてたとこなんてあるのか?何時の時代だ?

近所付き合いなんて皆無の地域出身なんで

これのがよっぽど特殊なことくらい理解できるだろ?

お前の親がただのひきこもりだったからだろ?

そしてお前もその資質をちゃんと継いだのか?

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