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2018-07-08

三島由紀夫金閣寺」について


金閣寺』という小説が何を表しているのか、単刀直入に語るとすればどのような言い方になるだろうか? それについて敢えて率直に語る事はすまい。

 とは言え、勿論その文章の中心的な部分は割に簡単言葉で表す事ができる。つまりは「美しさ」と「地獄」という二語によってである。ただし、これだけだと余りにも簡単説明でき過ぎてしまう。実は、金閣寺はこの二語のみによって説明できる小説なのであるが、それではあまりにもざっくばらんすぎて、説明が詰まらなくなってしまいかねないのだ。その為、少しだけ読者を焦らす事にする。


 金閣寺1956年雑誌新潮』に掲載され、年内に単行本化し15万部のベストセラーとなった――また、現在に至るまで文庫を中心に300万部以上を売り上げる日本の伝統近代文学の内の一つである海外においては複数言語翻訳され、日本文化を緻密に描いた三島由紀夫文章は各地で絶賛を浴びた作品でもある。しかし、無論この小説には難しい部分がたくさんあって、一朝一夕で読み解くにはハードルが高い。

 しかし、繰り返すようにこの小説は二つのポイントをさえ押さえるならば十分に理解することができる。

 つまりは「美しさ」と「地獄である

 この言葉はあまりにもこの小説を語る際に便利過ぎる。

 金閣寺は美しさの象徴であると同時に地獄象徴であった。これが三島由紀夫がこの小説において語ろうとしていた全てである小説金閣寺』は1950年に発生した、青年僧侶による「金閣寺放火事件」を下敷きにしており、三島由紀夫はこの青年僧の犯行根底に「美への反感」があることを読み取った。そして、そのコンセプトを元に書き上げられたのが、当の大作『金閣寺』なのである


「美への反感」。

 つまり、人は美しいものを時に憎むのである。そのような感情一言に言って地獄の現出に他ならない。

 何故ならば、人は美しいものに中々なれないかである

金閣寺放火事件」の主犯となった青年は幼少より吃音の症状を呈しており、恐らくそ吃音症は彼の人生に薄すらとした重たげな影を投げかけていた。

 吃音症は美しいか否か、と語るとするならば、恐らく人は吃音症を称賛するよりも嘲笑するだろう。いや、これもまた偏見なのかもしれないが、少なくとも三島由紀夫はその吃音の症状一つ取るに、青年僧の人生に降りかかる薄すらとした影の姿をまざまざと感知したのであった。そして、青年僧は自身が美という観念からはやや隔たった存在であることを自覚すると共に、美に対する拭い難い憎しみの存在を抱え続けることになるのである。――自身の美への憧れの象徴として、自身父親から長く「美しい」と語られていた金閣寺存在を、憧れと同時に、憎悪対象とし始めるのである。やがて、青年僧は最終的に犯行に及ぶ――金閣寺放火し、その美の象徴たる美しい建造物を、焼き払ってしまうのであった。

 美に対する憧れ、そして憎しみ、そのような薄すらとした影が、青年僧の人生には降り掛かっていた――これが、この金閣寺という小説を書くに至って、著者である三島由紀夫本人が青年僧に対して抱いていたイメージ重要な箇所であるだろう。そして、もはやこれは自明のことであるとは思うのが、その薄すらとした影――つまりは「美への反感、憎しみ」――とでも言うべき影は、三島由紀夫人生のものをも固く包み込んでいたのである

 三島由紀夫本名平岡公威(ひらおかきみたけ)は1925年に父、梓。母、倭文重(しずえ)の元に生を享ける。

 幼い頃は虚弱体質であった三島が、長じてからは肉体強化のトレーニングに励んでいたことは周知の事実であろう。

 三島心中いかに「美」に対する執着と、そして同時に反感とが存在していたか推して知れることである小説仮面の告白』においても語られていた通り、三島由紀夫心中には鬱々たるものがあった。そして同時に、そこには複雑な、文章によって表現することの憚られるような感情が幾つも幾つも存在していた。恐らく、彼はそのような歪な感情存在する理由を、人生において追究していたに違いないと思われる。

 でなければ誰があん小説を書こうとするであろうか?

 ともかく、三島由紀夫はその人生において複雑な美意識を持っていたし、同時に、その美意識に対する反感を抱き、自分自身感情を飼い慣らすことに苦労していた――そこには美に対する憧れと、同時に美に対する反感、そして美を中心とした地獄があった――これはおおよその三島由紀夫研究者が抱いている彼に対するイメージであろうと思う。三島由紀夫は彼の小説において、彼の人生のものを率直に表そうとしていた。彼の人生というものは、恐らくは彼の書いた小説以上にわかやすものだったのかもしれない。


 金閣寺の作中において、柏木という名の登場人物が現れる。この人物は跛足であり、つまりは歩行に困難を抱える身体障害者であった。

 そして、小説金閣寺』においては明確にこの人物が、当小説における極めて重要な部分を語る鍵となっているのである

 作中における柏木キャラクターについてはここでは敢えて詳細に語らないが、しかし彼が主人公青年僧に対して口にしていた、『金閣寺』という小説の根幹を成す極めて重要台詞について語ることにする。それは、以下のような台詞であった。

地獄の特色は、すみずみまで明晰に見えることだ。しかも暗黒の中で!」(文庫金閣寺、p.129)

 柏木というキャラクターはいわば「地獄」に関する伝道者としての役割果たしている。「地獄とは暗闇の中で一切が明晰に見えることである」。この言葉意味曖昧模糊としている。そこには、語るまでもなく明らかな矛盾がある。暗闇の中では一切が曖昧で、決して明晰になど見えはしないのだ。しかし、このような矛盾物語の後半において一挙に解消されることとなる。そう、ここにおいて柏木の語った一節は、当小説重要テーマである金閣寺の「美的側面」、ひいては、金閣寺の「地獄としての側面」に対して、判明な解答を与える重要キーワードであるのだった。


 飛んで、物語の後半。主人公青年僧は、ついにその目的を実行に移そうとしていた。

 彼の中にある美への憧れの根源――金閣寺存在のものを一挙に焼き払おうというのであるしかし、時刻は夜であった。そこは全くの暗闇であり、暗黒であった――。しかしそれでも主人公の目には、暗闇の中にある筈の金閣寺がまざまざと視認され始めるのである

 そう、正に「暗黒の中で」「すみずみまで明晰に」金閣寺が浮かび上がったのだ。

金閣寺は雨夜の闇におぼめいており、その輪郭は定かではなかった。(p.318)

が、私の美の思い出が強まるにつれ、この暗黒は恣まに幻を描くことのできる下地になった。(p.319)

ついには昼とも夜ともつかぬふしぎな時の光りの下に、金閣は徐々にはっきりと目に見えるものになった。これほど完全に細緻な姿で、金閣がその隈々まできらめいて、私の眼前に立ち現れたことはない。(同)

 そう、ここで暗闇の中で明晰に知覚できたのは、美の象徴として語られる金閣寺の姿そのものだったのである

 金閣寺はここにおいて、彼の記憶に根差した「美」の象徴として語られている。そして、同時に、かつて語られた柏木警句が浮かび上がらせるのは、金閣寺の「美」としての側面と同時に立ち上がってくる「地獄」としての側面だったのである


 小説金閣寺』は、青年僧の中に存在する「美」への屈折した感情を描き切った名作であった。そして彼はその「美」をも、「地獄」をもまた共に焼き払ったのであった。

 そこには、純粋な憧れと同時に、地獄としての大きな側面が描かれていたのである

2018-07-06

anond:20180706151127

あーちゃりーと言えば、観念崩壊セミナー

内容は次第にエスカレートし、縛り蓮華座では足を紐でぎっちりと縛りつけられあまりの苦しさにのたうち回ったり、絶叫する者もあったが「逃げてどうする。地獄に堕ちてもいいのか!」と言われ「地獄に堕ちてもいいから、ほどいてくれ!」と叫び出すものなどが続出。長時間にわたる「縛り蓮華座」の結果、足部のうっ血が原因で毒素が内臓に達し、救急車病院へ担ぎ込まれ、その後もびっこをひく身体障害者となる者、両足切断寸前となる者、酸素吸入を受ける者、熱射病にかかる者、死にかける者、意識不明となる者や負傷者も続出、脱会者も多く出したという。「突っ込み」と呼ばれていたものでは、1人の信者を数人の信者がで取り囲み、罵声を浴びせ、当人の弱点や悪行を涙を流すまで責め続け、三女が「いい」というまで続けられた。

怖すぎるぞ。アーチャリ

2018-07-04

就活障害者枠を悪用していないか

身体障害者就職活動しているとあることを聞く。

最初は健常者枠で応募して駄目だったから、障害者枠で応募して内定を得たという。

そのときあなたは今後、障害者のつもりでいるのか、そうでないのかを聞いてみたかった。

当然、企業コミュニケーションが出来ない身体より、出来る見た目健常者を求めたがる。

結局はでまかせでもやったもんの勝ち。

いつになったら、就職できるのやら。

2018-06-27

anond:20180627161246

池沼ならよく言われてたけどガイジはそうそう見かけなかったけどなあ。

どっちにしろガイジって言葉を好んで使ってる人らが身体障害者を指してるケースはあまり見ない。

2018-06-26

無敵の人間はどう善良でいればいいんだろう

某の事件他人事だと思えない。

自分も30歳ニート、マルセー、親が死んだら即無敵になる。

世間は働けと言うが、精神科通院歴のある職歴ゼロ人間を雇いたいと言い出す人間はいない。

障害者求人ですらそうなのが現状だ。

大半は身体障害者しか取らない。

幸いなことに、現状は邪悪な志を抱くハメにはならずに済んでいる。

それはなぜかと考えると、自分寄生している親との関係が良好であることに尽きる。

良好とは、親がメンヘラニートの子供を後ろめたく思っていないということだ。

障害者求人就労支援に爆死した末の開き直りかもしれない。

少なくとも通院を拒否しないし、服薬に協力してくれる、自分にはそれで十分ありがたい。

から自分無敵の人予備軍だ。

家族ストッパーになっている

親が死んだら無敵になる。

悪事を成して失うものは何もない。

今のところは善良な市民にとどまっている無敵及び予備軍は、現世とどう向き合えばいいのだろう。

無敵の人への対策は話し合われるが、無敵の人自身が無敵である事実とどう向き合えばいいのかは話題にされない。

働くとか社会に出るとか、そんなことにはとっくに詰んでいるのだから、守るもの自分の心しかない、いわば最終防衛ラインだ。

金も仕事大事他人もいない人間はどこから良心を引き出せばいい。

2018-06-21

差別告白

身体障害者の多くが内心では知的障害者を下に見ています.私もその一人な.

頭がまともではないやつのことなんか世話する必要あるのか?

脳の構成障害がありiqも50ないのでは...

いつまでも小1程度でどうなってんだか.

障害雇用率のために雇われている多くの障害者はほとんどが知的障害者であり袋詰めや郵便物仕分けなど自動化可能仕事をしている.障害雇用率を達成するためにわざわざ人の手に任せている仕事である自分の体を動かしてトイレに行ったり食事をしたりできるというだけで雇用されている.

所属が変わっただけで福祉労働時代と変わらない.それならば昔のように知的障害のあるもの授産施設で働いていればいいと思う.

頭には問題のない身体障害者を雇う.そのために,介護士を雇う.そのほうがそれぞれの会社から労働者側が手に入れることができる給料の額が大まかに言うと2倍になるため大きな経済効果を得られると思う.

差別告白なんてタイトルをつけたがあまりしたことは書いていない.

反応求む.

2018-06-19

結局、結婚できないやつは気合いが足りないだけなのか

身体障害者と健常者の結婚率はほぼ同等らしい。からだにハンデがあるにもかかわらず結婚している人もいるわけだから出会いがないとか、顔が不細工だとか、所得が低すぎるとか言って結婚しないやつは気合いが足りないだけなんじゃなかろうか

2018-06-16

anond:20180616101106

いくらでもあるだろうな

親が左利きとか、親がメガネかけてるとか、親が新興宗教家とか、物凄く比率少ないとこあえて言うなら親が身体障害者とかな

それしかないって言ってるわけじゃないし教えてるわけでもないのに頭おかし

2018-05-13

持病や障害があるなら社会に出てくるなって言ってる奴は

自分事故身体障害者になったり精神疾患を患ったりしたらどうするの?自殺するの?

まあ、個人的には自殺した例をいくつか知ってるけど…

2018-04-18

anond:20180418204049

業務に直接支障のない部位の身体障害者なら、アファーマティブと同じような枠に入れても多少はマシかも

2018-04-13

http://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20180410-OYTET50012/

厚生労働省は9日、身体精神などに障害のある人が、全国で約936万6000人に上るとの推計を公表した。

人口の約7.4%にあたる。

前回推計(2013年公表)より約149万人増えた。身体障害者は約436万人(前回より約42万3000人増)。知的障害者は約108万2000人(同約34万1000人増)、精神障害者は約392万4000人(同約72万3000人増)だった。

 いずれも、65歳以上の高齢者割合が高まった。

2018-04-12

発達障害だけど障害年金もらえなかった

どうせ発達障害はそういう扱いですよ。

障害者雇用で働こうにも身体障害者ばかり採用されるし、精神障害者採用されるのはうつ病のやつらで、発達障害はいつも冷遇されてますよ。

障害年金貰おうと思っても発達障害だけだともらえない。うつ病も持ってないと駄目。

働こうにも雇ってもらえず、社会保障から対象外とされる。

どうやって金を手に入れればいいのか。

どうやって生きていけばいいのか。

というかこれは国と社会から「お前は死ね」と言われているのだろう。

なんで発達障害ばっかりこうも酷い扱いを受けなければならないのか。


日本財政が厳しいから仕方ないと思わなきゃいけないのだろうか。

もし財政厳しくて大変でどうしようもないなら、ほかの精神障害のやつらへの社会保障平等になくせ。

身体障害者への保証もなくせ。

国や社会から障害者死ね」と言われるならまだ納得できるが「発達障害だけ死ね」と言われるのは納得がいかない。

2018-04-09

anond:20180409105714

業務への支障がない程度の軽度身体障害者が取り合いになってるらしいね

2018-04-02

anond:20180402102819

ダンボール一杯のドキュメントの整理と移設作業

身体障害者女性と腰をやったおじさんには免除して健康男性社員やらせ企業

現状では珍しくもなんともないけど

免除された人々が知的生産的で利益に繋がる業務をしている間

君らは金にならない仕事してたか査定低めねってなったらたまったもんじゃないな

2018-03-23

「手つなぎゴール」を批判する人はスタート地点が同じことも批判しろ

実際に「手つなぎゴール」があったかどうかは置いておくとしてさ、

現実競争社会と違う”と言うからにはスタート地点も動かすべきでしょ。

親が金持ちだったら10Mゴールに近づけてスタートするべきだし、遺伝子が優秀な人は20Mくらい前くらいだよね。

反対に親が貧乏なら遠ざけるべきだし、軽度身体障害者なら2倍走らせるべきなんじゃないの?

2018-03-21

今の民泊って

初期の頃に抱いていた、自分が住んでいる家で空いている部屋を(大家さん的な感覚で客を見極めて)貸す、という生ぬるいのではなく、

住まない物件を借り漁って、ガッツリ投資してリノベーションした部屋を貸す、って感じなんですね。業としてやろうとしている感じ。

これって、制約が強く参入が難しい(その分サービスレベルが高いことが期待できる)宿泊業を、もっとライトな制約にして参入できるようにするってことだよね。

妻が身体障害者なので、近所の住居で民泊やられると客とのトラブル不安なのだけど、

「開始前に近隣住民賛同を得ること。また問題発生時に訴えられたら速やかに停止すること」みたいな条件あるのかしら。

2018-03-20

図書館の前でデモするのはやめろ

昨日、久しぶりに国会図書館に行ったらようわからんデモ隊集団不愉快にされた。

アベがどうのとか言いながら、国会図書館の目の前の道で集団でたむろ。しか拡声器図書館の方にも向いていて館内にまで聞こえてくる始末。

こっちは調べもので来てるんだぞ、うるせぇよ、他でやれ!

駅までの帰り道も集団で埋め尽くされ、通り道ほとんどない。点字ブロックも封鎖。車椅子も通れないレベル。もし身体障害者図書館来てたらどうするつもりか。

なんとか通るも拡声器やらデモ集団が目の前でうるさすぎ。

どんな奴らか見てみたら、ジジババばっかり。暇ですねー。

働き盛りが納めた税金がこいつらを生かすのに消えるのかと思うと虚しくなった。調べてみたら、一度や二度ではないようで、他にも同じことを思っている人たちがいるようだ。

このデモかえって逆効果から図書館の前でやるのは本気で辞めてほしい。邪魔まりない。

2018-03-19

観念崩壊セミナー

観念崩壊セミナー(かんねんほうかいセミナー)は、オウム真理教で行われていたセミナーの一つ。麻原彰晃逮捕後の信者の引き締めを目的として、麻原彰晃の三女である松本麗華が中心となり1996年8月24日から10月下旬まで断続的に行われた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%B3%E5%BF%B5%E5%B4%A9%E5%A3%8A%E3%82%BB%E3%83%9F%E3%83%8A%E3%83%BC

内容は次第にエスカレートし、縛り蓮華座では足を紐でぎっちりと縛りつけられあまりの苦しさにのたうち回ったり、絶叫する者もあったが「逃げてどうする。地獄に堕ちてもいいのか!」と言われ「地獄に堕ちてもいいから、ほどいてくれ!」と叫び出すものなどが続出。長時間にわたる「縛り蓮華座」の結果、足部のうっ血が原因で毒素が内臓に達し、救急車病院へ担ぎ込まれ、その後もびっこをひく身体障害者となる者、両足切断寸前となる者、酸素吸入を受ける者、熱射病にかかる者、死にかける者、意識不明となる者や負傷者も続出、脱会者も多く出したという。

2018-03-18

パラリンピック。ひとりの四肢欠損の人間として。

障害者福祉がパーフェクトに充実してる国ってあるのかしら?

ないでしょ。

だったら、わざわざ外国身体障害者ぎょうさん集めて、

スポーツごっこするなんていう金の無駄かいはやめてさ、

障害者福祉の充実にお金回せば良いのにね。

スロープいくつも作れるじゃん。それで車椅子人助かるじゃん。

しかもさ、スポーツごっこするために、わざわざ外国まで行ける障害者って

相当に恵まれた一部の「貴族障害者」なんだよね。特権的障害者

無性に腹立つわ。

貴族障害者」の今後のご不幸を心よりお祈り申し上げます

1人の四肢欠損の人間としての率直な独り言でした。

受給資格も認められず、障害年金も貰えない1人の身体障害者として。

そして、余命も大してないと宣告された一人の身体障害者として。

おそらく、「平成」のあとの元号を知ることなくこの世を去る一人の塵芥として。

2018-03-17

anond:20180317193453

身体障害者だけど普通に友達いる

というか友達いないやつを見たことない

健常者でも多分出来ないと思うよ

https://anond.hatelabo.jp/20180316223809#tb

こまば当事者カレッジ愚痴です。

精神健康の増進」という国民課題に対して、いちばん当事者意識がないのは東京大学でしょ。

初回のオリエンテーションからひどかった。フィンランド精神療法のリフレクティングというのやらされました。

こちらは援助職じゃないんです、当事者なんです。当事者精神療法をやらせる。無茶振りもいいところです。

私はこの後3週間ぐらい、自殺衝動が強くなりました。

回りくどいことをやらせずに、ストレートに話をさせ、来たことを褒めてくれれば、いちばん精神衛生にいい。

協働というのは、来ただけでエラいので。自腹で来ているだけでえらいんですから

ミルグラム実験を思い出しました。閉鎖的な環境下での学者心理実験には要注意。

非人道的だと思ったら外部に助けを求めること。ぜったい密室にさせないこと。

向こうは「場の安全」とか言いますけど、いちばん危ないのは君たちでしょ。

倫理委員会に「一般から募集した障害者に対して、ミルグラム実験のようなことをやらないでほしい」と相談しました。

しか倫理委員会によれば、監視対象研究(主に医学部で行われる)なので、学習対象外との回答。これはおかしいと思う。

一般から募集した障害者というのはいちばんストレス脆弱性が高い層なので、注意深くあるべき。

第二回からは冒頭で「気分が悪くなったら休んでください」というアナウンスが入るようになったので、多少は気合が入った様子でした。

本当は保健所とか、労基署とか、独立した外部機関が入った方が、ガバナンスとしては正常だと思う。

プロなら最初から100点の答案を出せよな。

精神障害者から身体障害者まで、あらゆる障害者募集しちゃった。

小学校でも、普通小学校特別支援学校とでは必要教員免許がちがうわけですが。

受講生が生物学的に耐えられるかどうかではなく、自分たちの都合(政治的な正しさとか)を最優先した。

いつもの駒場論理で盛りだくさんのカリキュラムを組み、つめこみ教育をやった。

自分たち日本いちばん大学教員から指導力があるはずと奢っていたんじゃないですか。

一流大学教員指導力なんて求められない。応募してきた学生を振るい落とすのが仕事から、誰だってできる仕事

生徒ひとりひとりの個性を見抜いて、褒めて伸ばすなんていうことはできない。

受講生同士の横の人間関係を育てるという視点が欠落。ホームルームや学級会に相当する時間をまったく設けなかった。

ものすごいストレスが強いです。

とにかく文系学者弱者からひきはがしてほしい。

エビデンスを認めない。文科省報告書でも「実証」という言葉で叱責されていますが、理屈にこだわる。

建前を向こうは並べ立ててくるんですけど、こっちは体でストレスを感じている。エビデンスベースドで話が進まない。

安冨歩さんの『原発機器東大話法』を読んでいるんですが、この本は東大人の行動を理解する上で示唆に富んでいると思う。

「対人操作をやる」というのは納得。

交渉力が高い。雄弁・多弁で、すごいしゃべります文科省は「対話」という言葉で叱責)。感受性は低いです。

それってパワハラなのよ。

福島でも同じことをやっているんじゃないかと疑っている。

「都合のいい福島県民」を見つけてきて、自分たち東大話法でちゃっかり傍観者を装う。

ただでさえややこしい福島に、ややこしい東大文系が近づき、もっとややこしくする。

そうやって生成された摩訶不思議な「哲学論文」とやらを英訳して海外に発信。

中身を少し読んだが、自己満足の作文って感じだったので、そっ閉じした。

私たち税金社会の中でこんなふうに「有効に」生かされているっていうわけ。

必要なのは複雑化ではなく合理化。この人たちのリストラ

とにかく「哲学者に精神科医のまねごとをさせないでほしい」という大切な教訓を活字にする必要がある。

タコツボ文系学者が二度も三度も同じまちがいを繰り返すので苦労が絶えません。

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