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はてなキーワード: 身体障害者とは

2018-10-20

ダイバーシティ(笑)恩恵を受けるのは女とLGBT

他に何かある?

見た目で分かりやす身体障害者とかかな

2018-10-18

障害者自らが「障害言い訳」と主張するのは危険

身体障害者ポスター撤去問題であるが、問題点を突き詰めて考えてみると、「身体障害人間個性か、それとも欠点なのか」という論点に行き着くのである

まず最初に、国家意思としては、身体障害者は欠陥であると見なしている事を最初に書いておく。その根拠は「障害自立支援法」の精神の中にしっかりとそう書いてあるからである

障害福祉という大義名分の元に税金が投入されている以上は、身体障害者は最低限の文化的生活も送ることが出来ない欠陥を持つ人間だと定義されているのだろう。

その考え方が間違っていると思うのであれば、障害自立支援法精神憲法違反である裁判所に訴えればいいだけの話。

その意味では、確かに「障がいは言い訳に過ぎない」などという言い草納税者目線からすればトンデモない話だよね。

国民税金が投入されているのに、肝心の障害者の人たちが「自分たち身体的特徴は個性問題だ、言い訳にすぎないのだ」なんて言われると、それは違うだろうという話になってくる。

税金を受け取っている身体障害者自らが自立支援法精神否定するという自己矛盾

障害者自らが「障害言い訳にすぎない」などと言い始めると、周囲も障害者の人たちはそう考えているんだなと何となく考え始めるようになる。

実際には障害者の中にも意見の相違があるのだろうけど、パラリンピックに出場するようなエリート言葉は、障害者全員の意見を代弁しているかのような錯覚を起こしてしまう。

その先に行き着くのは、障害福祉の削減や廃止にまで及ぶ危険性が高い。

身体障害欠点ではなく個性の一つだということになれば、税金を使って助ける意味もなくなってしまうからね。

その意味では、あのポスターフレーズ危険である

実際にあのフレーズを述べたのは杉野選手本人なのだろうし、彼女の中には彼女なりの思想哲学があるに違いない。

パラリンピックメダル候補になれるようなエリート彼女一人に、世の中の障害者全員の心情を代弁させているようなイメージを誘発しやすポスターになってしまっている。

障害言い訳障害者は自立できる=障害福祉不要である・・・三段論法の完成。

ポスターフレーズの裏や文脈を読み取れるようなリテラシーのある人間ばかりだったらいいけど、実際はそうではないからね。

世の中には、自分身体障害劣等感絶望感に押し潰されそうになりながら生きている人もいるわけで、障害者同士の分断を誘発しかねない。しかもその分断を引き起こしたのが障害自身だったという地獄絵図。

2018-10-15

障害者だけど婚活の仕方がわからない

身体障害者(内部障害)だけど近くに障害者婚活わかる人いないし、障害婚活パーティーはいつも埋まっているし、結婚相談所から相談される気がしない

みなさんどうやって婚活しているのでしょうか

2018-10-06

anond:20181006061436

大丈夫だろう。俺なんて身体障害者だけど元気でやってるよ。

頑張ろうぜ

2018-09-24

身体障害者なんだけど

行政機関が法定雇用率を下回っていることが話題になったけど

採用募集するならしてもらいたいなぁ。

嘱託で働いているから安定した生活を送りたい。

2018-09-10

この国では、収入一定額を他人寄付することが義務付けられている

国民相互扶助精神をかん養するための寄付の促進及び規制等に関する法律」、通称投げ銭法」。

この制度が導入された経緯は、単純ではない。

プライマリーバランス悪化生活保護受給者に対するバッシング自己責任論の台頭、新たな天下り先を確保したい財務官僚の思惑、利権匂いをかぎつけた政商の働きかけ、歴史に名を残したい政治家スタンドプレー、「普通の」国民による与党への盲目的な支持、そして何より、圧倒的多数国民政治に無関心だったこと。

様々な要因が絡み合い、比較法的にも特異なこの制度誕生した。

当初、努力義務だった規定は、罰則付きの義務となり、寄付すべき収入割合は、いつのまにか増加していった。

制度の根幹は、いたってシンプルである

「全て国民は、収入一定割合他人寄付しなければならない。」

投げ銭制度の影響を大きく受けたのは、芸能人だった。

知名度と人気が金になるこの制度

テレビに出ることは、それ自体利権と言えた。

芸能人の出演料は、低下の一途をたどる。

やがて、ほとんどの出演者は、テレビ局に金を払って「出演させてもらう」存在に成り下がった。

また、貧困層への寄付も––法律の(建前上の)目的に沿って––盛んに行われた。

有志が寄付募集ウェブサイトを立ち上げ、多くの貧困者が、実名・顔出しで寄付を募ったのである

もっとも、寄付が集めたのは、寄付する者にとって「分かりやすい」「心地よい」者だけだという指摘もある。

知的障害者よりも身体障害者の方が、容姿の醜いものよりも美しい者の方が、多額の寄付を集めた。

投げ銭制度歴史は、その悪用規制歴史でもある。

制定当初から制度の潜脱を防ぐための以下のような規制存在した。

親族への「投げ銭」の禁止

過去自分又はその親族に「投げ銭」をした者への「投げ銭」の禁止

過去10年以内に「投げ銭」をした相手への再度の「投げ銭」の禁止

・将来の「投げ銭」の約束無効

制度の抜け穴を探す者とこれを規制する者のいたちごっこにより、その他の禁止事項は膨れ上がっていった。

それでも、「投げ銭」で損をしたくない者は、常に存在する。

彼らは、非合法的に、相互投げ銭をするシステムを構築していった。

いわゆる「互助会である

典型的互助会の仕組みはこうだ。

例えば、Aさん〜Zさんの26名で互助会構成するとしよう。

ある年、AさんはBさんに、BさんはCさんに、……と寄付し、ZさんはAさんに寄付する。

翌年以降は、これを少しずらして行う。

こうすれば、「互助会」外に富は流出しない。

当然、このような互助会非合法である

密告、司法取引、報奨金などの制度により、取締りが図られているが、宗教人種地域などに根付いた狭いコミュニティによる互助会は、なかなか根絶しなかった。

だが、この互助会も、ある女性の起こした事件きっかけとして、姿を消すことになる。

その女性は、手練手管で数々のコミュニティに入り込み、数百に登る互助会名前を連ねることに成功したのだ。

数回は、互助会趣旨に従って寄付を行ったものの、その女性は、あるとき、全ての互助会の取り決めを無視して姿を消す。

この方法によって、女性は数億を超える富を得たともいわれる。

この事件が知られると、多くの互助会疑心暗鬼に陥って崩壊した––それゆえ、この女性政府関係者と疑う向きもあるが、政府はそこまで有能ではないとの反論もある。

のちに「詐互嬢(さごじょう)」と呼ばれるこの女性

金を「カッパ」らわれた者達は、目を「皿」のようにして、彼女を探しているという。

https://anond.hatelabo.jp/20180909133511

2018-08-26

アスペ一歩手前

身体障害者はいいよなぁ、「カワイソー」なんて言ってもらえてさぁ。

ボーダー超えたやつはいいよなぁ、奇特な連中に助けてもらえりゃとりあえず飯には困らねぇんだろ?

俺らは健常者とかいサイコパス共にサンドバッグにされてへーこらへーこらしなきゃオマンマも食えねぇ。


ま、一歩手前って分かったのは良かったけどな。

健常者共を同じ人間だと思っていたこから全て間違っていたんだ。

こいつらは人間じゃなくてモノだ。

どう利用してどう裏切るかだけ考えてりゃあよかったわけだ。

おかげで最近人生楽しいよ。

2018-08-07

発達障害問題啓蒙解決するわけねえじゃん

社会サンドバッグであり続けろ!

改善を試みてサンドバッグから脱却しようとしたら突き落としてやる!

身体障害者知的障害者差別できなくなった以上、お前らが踏んづけられていないといけないんだよ!

多くの人のなかにこういう強い意思があるんだから

発達障害問題解決は次の被差別者の出現以外はありえない。

言うまでもなく、NHK特集なんて糞の役にも立たない。

2018-08-01

身体障害者の取り合い

仕事企業求人障害者枠を見る機会が有った。

どの企業身体障害者の取り合い。

精神知的は入れたくないようだ。

最近では身体障害限定して募集する企業が多いとのこと。

2018-07-30

身体障害者だけどテント泊でフジロック行ってきた

体幹5級です。難病患者で疲れやすい。車いすではない。杖ではない。ずっと立ってるのつらい。長距離歩けない。

良かった点

1,11年前にフジ行った時はヤマト運輸荷物を送ったのですが、えんじ色のヤマト運輸かまぼこ型の建物に、みんなの荷物が山になっていて何百もある中を、一つ一つ自分のを探した。周りの人と協力して名前を聞いて「それ出てきたらおしえますから!」なんて言ってた。

今回フジ行くことになって一番の懸念事項が「ヤマト運輸荷物探し」だったんですよ。くそ重い荷物のなかで、ひっくり返しながら自分荷物探していくなんてできないよー。

今年行ってみたら伝票をバーコードでやって、奥の棚からヤマト運輸の人が持ってきてくれた!事前に心配していたことの大半が、この時溶けていったのだった。

2,体力を温存するようにしていたので、テント出るのを昼過ぎかにした。

オデッザの後、「なんかわたしまだ元気じゃん?これからアンフェアとか行っちゃう?」って思ったけど、ホワイトからテントまでの遠さを思ってやめた。

全身濡れて辛かったので、スクリレックス途中で帰った。睡眠時間取ることを心がけました。

3,子供を連れて行かなかったこと。ほんとにあの暴風雨は死を予感したので、連れて行かなくて良かった。

つらすぎて面白い

1,土曜夜の暴風雨テントがぺしゃんこになり、髪と服びしょ濡れでテントの布の中に挟まって時を過ごしたこと姿勢は、寝てるから辛くはないが、トイレに行ったりテント状態見るため外にでるとびしょ濡れになる。一応モンベルゴアテックスみたいなの着てたけど5年ぐらいたってるから、濡れて不快暴風雨のなかわたしは4回トイレに行った。(傘なし)

クラフトビール利尿作用すごい。

風に恐怖を感じたし、もしここで飛んできたポールがささって死んでも、SMASH責任を問わないでくれと思いました。(スマッシュ go round

2,レッドマーキーの脇から入口の、あの草生えてるところの傾斜角度。ここにゲート作るって正気じゃない。転びやすいので怖かったです。

3,防風雨の後の日曜帰るので、びしょ濡れでくそ重い荷物多分10キロぐらい、テントサイトからヤマト運輸までかついで持ってった。かたつむりの速度で下をむいて歩いてく。それからまた、シャトルバス乗り場までが遠い。

提案

自転車タクシーを50台ぐらい導入してほしい。長い距離歩けない人とか疲れた人とか。

バリバラメンバーフジロックに連れて行き番組をつくってほしい。

2018-07-20

anond:20180720165156

乙武さんは「身体障害者

お前は違うだろ。

違うレベル問題を同列に語るなアホ。

2018-07-08

三島由紀夫金閣寺」について


金閣寺』という小説が何を表しているのか、単刀直入に語るとすればどのような言い方になるだろうか? それについて敢えて率直に語る事はすまい。

 とは言え、勿論その文章の中心的な部分は割に簡単言葉で表す事ができる。つまりは「美しさ」と「地獄」という二語によってである。ただし、これだけだと余りにも簡単説明でき過ぎてしまう。実は、金閣寺はこの二語のみによって説明できる小説なのであるが、それではあまりにもざっくばらんすぎて、説明が詰まらなくなってしまいかねないのだ。その為、少しだけ読者を焦らす事にする。


 金閣寺1956年雑誌新潮』に掲載され、年内に単行本化し15万部のベストセラーとなった――また、現在に至るまで文庫を中心に300万部以上を売り上げる日本の伝統近代文学の内の一つである海外においては複数言語翻訳され、日本文化を緻密に描いた三島由紀夫文章は各地で絶賛を浴びた作品でもある。しかし、無論この小説には難しい部分がたくさんあって、一朝一夕で読み解くにはハードルが高い。

 しかし、繰り返すようにこの小説は二つのポイントをさえ押さえるならば十分に理解することができる。

 つまりは「美しさ」と「地獄である

 この言葉はあまりにもこの小説を語る際に便利過ぎる。

 金閣寺は美しさの象徴であると同時に地獄象徴であった。これが三島由紀夫がこの小説において語ろうとしていた全てである小説金閣寺』は1950年に発生した、青年僧侶による「金閣寺放火事件」を下敷きにしており、三島由紀夫はこの青年僧の犯行根底に「美への反感」があることを読み取った。そして、そのコンセプトを元に書き上げられたのが、当の大作『金閣寺』なのである


「美への反感」。

 つまり、人は美しいものを時に憎むのである。そのような感情一言に言って地獄の現出に他ならない。

 何故ならば、人は美しいものに中々なれないかである

金閣寺放火事件」の主犯となった青年は幼少より吃音の症状を呈しており、恐らくそ吃音症は彼の人生に薄すらとした重たげな影を投げかけていた。

 吃音症は美しいか否か、と語るとするならば、恐らく人は吃音症を称賛するよりも嘲笑するだろう。いや、これもまた偏見なのかもしれないが、少なくとも三島由紀夫はその吃音の症状一つ取るに、青年僧の人生に降りかかる薄すらとした影の姿をまざまざと感知したのであった。そして、青年僧は自身が美という観念からはやや隔たった存在であることを自覚すると共に、美に対する拭い難い憎しみの存在を抱え続けることになるのである。――自身の美への憧れの象徴として、自身父親から長く「美しい」と語られていた金閣寺存在を、憧れと同時に、憎悪対象とし始めるのである。やがて、青年僧は最終的に犯行に及ぶ――金閣寺放火し、その美の象徴たる美しい建造物を、焼き払ってしまうのであった。

 美に対する憧れ、そして憎しみ、そのような薄すらとした影が、青年僧の人生には降り掛かっていた――これが、この金閣寺という小説を書くに至って、著者である三島由紀夫本人が青年僧に対して抱いていたイメージ重要な箇所であるだろう。そして、もはやこれは自明のことであるとは思うのが、その薄すらとした影――つまりは「美への反感、憎しみ」――とでも言うべき影は、三島由紀夫人生のものをも固く包み込んでいたのである

 三島由紀夫本名平岡公威(ひらおかきみたけ)は1925年に父、梓。母、倭文重(しずえ)の元に生を享ける。

 幼い頃は虚弱体質であった三島が、長じてからは肉体強化のトレーニングに励んでいたことは周知の事実であろう。

 三島心中いかに「美」に対する執着と、そして同時に反感とが存在していたか推して知れることである小説仮面の告白』においても語られていた通り、三島由紀夫心中には鬱々たるものがあった。そして同時に、そこには複雑な、文章によって表現することの憚られるような感情が幾つも幾つも存在していた。恐らく、彼はそのような歪な感情存在する理由を、人生において追究していたに違いないと思われる。

 でなければ誰があん小説を書こうとするであろうか?

 ともかく、三島由紀夫はその人生において複雑な美意識を持っていたし、同時に、その美意識に対する反感を抱き、自分自身感情を飼い慣らすことに苦労していた――そこには美に対する憧れと、同時に美に対する反感、そして美を中心とした地獄があった――これはおおよその三島由紀夫研究者が抱いている彼に対するイメージであろうと思う。三島由紀夫は彼の小説において、彼の人生のものを率直に表そうとしていた。彼の人生というものは、恐らくは彼の書いた小説以上にわかやすものだったのかもしれない。


 金閣寺の作中において、柏木という名の登場人物が現れる。この人物は跛足であり、つまりは歩行に困難を抱える身体障害者であった。

 そして、小説金閣寺』においては明確にこの人物が、当小説における極めて重要な部分を語る鍵となっているのである

 作中における柏木キャラクターについてはここでは敢えて詳細に語らないが、しかし彼が主人公青年僧に対して口にしていた、『金閣寺』という小説の根幹を成す極めて重要台詞について語ることにする。それは、以下のような台詞であった。

地獄の特色は、すみずみまで明晰に見えることだ。しかも暗黒の中で!」(文庫金閣寺、p.129)

 柏木というキャラクターはいわば「地獄」に関する伝道者としての役割果たしている。「地獄とは暗闇の中で一切が明晰に見えることである」。この言葉意味曖昧模糊としている。そこには、語るまでもなく明らかな矛盾がある。暗闇の中では一切が曖昧で、決して明晰になど見えはしないのだ。しかし、このような矛盾物語の後半において一挙に解消されることとなる。そう、ここにおいて柏木の語った一節は、当小説重要テーマである金閣寺の「美的側面」、ひいては、金閣寺の「地獄としての側面」に対して、判明な解答を与える重要キーワードであるのだった。


 飛んで、物語の後半。主人公青年僧は、ついにその目的を実行に移そうとしていた。

 彼の中にある美への憧れの根源――金閣寺存在のものを一挙に焼き払おうというのであるしかし、時刻は夜であった。そこは全くの暗闇であり、暗黒であった――。しかしそれでも主人公の目には、暗闇の中にある筈の金閣寺がまざまざと視認され始めるのである

 そう、正に「暗黒の中で」「すみずみまで明晰に」金閣寺が浮かび上がったのだ。

金閣寺は雨夜の闇におぼめいており、その輪郭は定かではなかった。(p.318)

が、私の美の思い出が強まるにつれ、この暗黒は恣まに幻を描くことのできる下地になった。(p.319)

ついには昼とも夜ともつかぬふしぎな時の光りの下に、金閣は徐々にはっきりと目に見えるものになった。これほど完全に細緻な姿で、金閣がその隈々まできらめいて、私の眼前に立ち現れたことはない。(同)

 そう、ここで暗闇の中で明晰に知覚できたのは、美の象徴として語られる金閣寺の姿そのものだったのである

 金閣寺はここにおいて、彼の記憶に根差した「美」の象徴として語られている。そして、同時に、かつて語られた柏木警句が浮かび上がらせるのは、金閣寺の「美」としての側面と同時に立ち上がってくる「地獄」としての側面だったのである


 小説金閣寺』は、青年僧の中に存在する「美」への屈折した感情を描き切った名作であった。そして彼はその「美」をも、「地獄」をもまた共に焼き払ったのであった。

 そこには、純粋な憧れと同時に、地獄としての大きな側面が描かれていたのである

2018-07-06

anond:20180706151127

あーちゃりーと言えば、観念崩壊セミナー

内容は次第にエスカレートし、縛り蓮華座では足を紐でぎっちりと縛りつけられあまりの苦しさにのたうち回ったり、絶叫する者もあったが「逃げてどうする。地獄に堕ちてもいいのか!」と言われ「地獄に堕ちてもいいから、ほどいてくれ!」と叫び出すものなどが続出。長時間にわたる「縛り蓮華座」の結果、足部のうっ血が原因で毒素が内臓に達し、救急車病院へ担ぎ込まれ、その後もびっこをひく身体障害者となる者、両足切断寸前となる者、酸素吸入を受ける者、熱射病にかかる者、死にかける者、意識不明となる者や負傷者も続出、脱会者も多く出したという。「突っ込み」と呼ばれていたものでは、1人の信者を数人の信者がで取り囲み、罵声を浴びせ、当人の弱点や悪行を涙を流すまで責め続け、三女が「いい」というまで続けられた。

怖すぎるぞ。アーチャリ

2018-07-04

就活障害者枠を悪用していないか

身体障害者就職活動しているとあることを聞く。

最初は健常者枠で応募して駄目だったから、障害者枠で応募して内定を得たという。

そのときあなたは今後、障害者のつもりでいるのか、そうでないのかを聞いてみたかった。

当然、企業コミュニケーションが出来ない身体より、出来る見た目健常者を求めたがる。

結局はでまかせでもやったもんの勝ち。

いつになったら、就職できるのやら。

2018-06-27

anond:20180627161246

池沼ならよく言われてたけどガイジはそうそう見かけなかったけどなあ。

どっちにしろガイジって言葉を好んで使ってる人らが身体障害者を指してるケースはあまり見ない。

2018-06-26

無敵の人間はどう善良でいればいいんだろう

某の事件他人事だと思えない。

自分も30歳ニート、マルセー、親が死んだら即無敵になる。

世間は働けと言うが、精神科通院歴のある職歴ゼロ人間を雇いたいと言い出す人間はいない。

障害者求人ですらそうなのが現状だ。

大半は身体障害者しか取らない。

幸いなことに、現状は邪悪な志を抱くハメにはならずに済んでいる。

それはなぜかと考えると、自分寄生している親との関係が良好であることに尽きる。

良好とは、親がメンヘラニートの子供を後ろめたく思っていないということだ。

障害者求人就労支援に爆死した末の開き直りかもしれない。

少なくとも通院を拒否しないし、服薬に協力してくれる、自分にはそれで十分ありがたい。

から自分無敵の人予備軍だ。

家族ストッパーになっている

親が死んだら無敵になる。

悪事を成して失うものは何もない。

今のところは善良な市民にとどまっている無敵及び予備軍は、現世とどう向き合えばいいのだろう。

無敵の人への対策は話し合われるが、無敵の人自身が無敵である事実とどう向き合えばいいのかは話題にされない。

働くとか社会に出るとか、そんなことにはとっくに詰んでいるのだから、守るもの自分の心しかない、いわば最終防衛ラインだ。

金も仕事大事他人もいない人間はどこから良心を引き出せばいい。

2018-06-21

差別告白

身体障害者の多くが内心では知的障害者を下に見ています.私もその一人な.

頭がまともではないやつのことなんか世話する必要あるのか?

脳の構成障害がありiqも50ないのでは...

いつまでも小1程度でどうなってんだか.

障害雇用率のために雇われている多くの障害者はほとんどが知的障害者であり袋詰めや郵便物仕分けなど自動化可能仕事をしている.障害雇用率を達成するためにわざわざ人の手に任せている仕事である自分の体を動かしてトイレに行ったり食事をしたりできるというだけで雇用されている.

所属が変わっただけで福祉労働時代と変わらない.それならば昔のように知的障害のあるもの授産施設で働いていればいいと思う.

頭には問題のない身体障害者を雇う.そのために,介護士を雇う.そのほうがそれぞれの会社から労働者側が手に入れることができる給料の額が大まかに言うと2倍になるため大きな経済効果を得られると思う.

差別告白なんてタイトルをつけたがあまりしたことは書いていない.

反応求む.

2018-06-19

結局、結婚できないやつは気合いが足りないだけなのか

身体障害者と健常者の結婚率はほぼ同等らしい。からだにハンデがあるにもかかわらず結婚している人もいるわけだから出会いがないとか、顔が不細工だとか、所得が低すぎるとか言って結婚しないやつは気合いが足りないだけなんじゃなかろうか

2018-06-16

anond:20180616101106

いくらでもあるだろうな

親が左利きとか、親がメガネかけてるとか、親が新興宗教家とか、物凄く比率少ないとこあえて言うなら親が身体障害者とかな

それしかないって言ってるわけじゃないし教えてるわけでもないのに頭おかし

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