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2020-07-09

「うちにはお金がない」母の言葉を本気で信じていた

お金持ち」というのは、フィクションバラエティ番組特集に出てくるような、豪邸に住み、ブランド物を身に着け、湯水のように金を使う人達の事だと思っていた。

きっとそういう人たちは、”何億”だとかそういう、学校で習ったけれど想像もつかないような莫大な単位の額のお金を稼いでいる。自分とは違う、遠い世界に住む人たちだ。

人口一万人足らずの町に生まれ公立学校に通い、田んぼに囲まれた片道4キロの通学路の途中で今日の夕飯はなんだろうとお腹を空かせながら考える。休日友達との娯楽と言えば、街の方のショッピングセンタープリクラを撮ること。そんなあまりにも在り来たりな日常を送っていた私にとって「お金持ち」というのは遠い存在だった。

私は田舎町の寺で一人目の子として生まれた。父親大学教授で、母親実家呉服屋専業主婦祖父母は元々教師をやっていたようだ。

私の両親は母親の方がしっかりしていて気が強かった。浪費家で行きもしないスポーツジムに入会したり、テレビショッピングを見てはお腹をぶるぶるするダイエット器具やらフードプロセッサーやらを買い集めてすぐに使わなくなる父に、母は「うちはお金がないんだから」といつも文句を言っていた。父はお金管理が下手な上にお人よしだったのですぐに人にお金を貸したり奢ったりしていた。私が友達と街の方へいかなければならなくなった時には、「鈍行で時間かけていくくらいならみんなで新幹線で行きな、全員分お金だしてあげるから」と言って友達の親を驚かせていたことを覚えている。

父はそんな風だったが、母は元々呉服屋の娘で商人気質ということもありお金に対しては厳しかった。子供に対しても「何でも買ってあげる」というスタンスは取らない。本や楽譜ならいくらでも買ってあげるけれどおもちゃゲームは別。私や弟たちがあれが欲しい、これが欲しいと駄々をこねたとき咎め文句はいつも「うちはお金がないから」だった。

「うちはお金がない」

幼かった私は、たびたび母が口にしていたその言葉を本気で受け止めていた。欲しいおもちゃを買ってもらえなかった時に母はそう言った。テレビショッピングお金を溶かす父を見るたび母はそう言った。

我が家には私のためにプレゼントされたグランドピアノがあった。

家族海外旅行に行った回数は両手の指の数を超えるだろう。

父親外車スポーツカーの二台の車を持っていた。

ファミリーレストランに行ったことがなく、外食祖父母行きつけの懐石料理フランス料理が多かった。

高校受験のために、私は安くない値段の塾に通うことを許されていた。

これだけの状況証拠がそろっているのになぜ気が付かなかったのか、今考えると恐ろしい。だが私はなんと高校卒業するまで、母の言う通り我が家お金がないのだと信じていた。

友達に「○○ちゃんちはお金持ちだもんね」なんて言われても、「でもお母さんはああいってたし」と信じていた。

馬鹿げた話だと思うだろうか。確かに自分の頭で判断することなくただ言われたことを鵜呑みにしていた私が馬鹿だったのは間違いない。

だが、スーパーが町内に一つしかなく最寄り駅までは車で20分、今のようにSNS情報を得る手段もなければ携帯電話も持っていなかった当時の私の世界はとても狭かったのだ。

私は隣町の高校へ進学し、その後県外の大学へ進学して一人暮らしを始めた。一人暮らしを始めると金銭について意識するようになった。もちろん自分家計を成り立たせることもさることながら、周りの人達がどうやって生活を成り立たせているのかも。私は学費家賃も親持ちだったがどちらも自分で稼いでいる人も少なくなかった。アルバイトを始めてみると少し働くだけでは大した足しにならず、学費家賃自分で稼いでいる人はどうやって生活を成り立たせているんだ、と果てしなさを感じた。

今まで自分が得ていた物の値段も知った。例えば旅行友達ちょっと旅行をしようとすれば大した贅沢をしていないのに数万がすぐに飛んでいく。観光客向けの値段のアトラクションなんてそうそう手を出せるものではない。その時にふと自分が今まで行かせてもらった家族旅行のことを思いだした。あの旅行では安い飛行機をわざわざ選ぶようなことはしていなかったし、ホテルだって限られた値段の中で最大限を、といった配慮はしていなかったように思う。中学生の頃リゾート地で船の上のホテルに泊まったことを思い出しながらあれには一体いくらかかっていたんだと宇宙を感じた。そうやって私は実家で得ていたすべてのものの値段についてぐるぐると考えを巡らせた。グランドピアノは確か100万くらいしたらしい。やりたいと頼めばやらせてくれた習い事も決して安いものではないだろう。お父さんが持っていた外車、あれもすごく高いヤツだ。そうやって考えを巡らす中で、小学生の頃に出された「親の職業について調べましょう」というありがちな宿題を思い出す。父は仕事の内容について教えてくれた後、お金価値も分からない私に自分年収を教えてくれた。今ならわかる、その数字は決して「うちはお金がない」家庭で出てくる数字ではない。一般的に言えば高収入だと言われるような数字だった。

成人直前になってようやく私のバイアスは外れたのだ。

私は自分のこのバイアスに気が付いたときにゾッとした。公立中学に通っていた頃、私は自分と同じ家庭環境だけではない沢山の人がいる場所生活をしていたはずなのに、いかに狭い視点世界を見ていたのか。

そして自分バイアスゆえに、他人に対して無神経な言動を取ってしまたことがあったのではないかと恐ろしく感じたのだ。

大学に進学してから、私は今までよりも社会問題に敏感になったと思う。大学法学政治学を学んでいたことも理由の一つだけれど、大学交通アクセスのいいところにあったことやSNSを多く始めたためにに色々な世界を目で見ることが多くなったのも大きいだろう。私は「明日ご飯にも困るくらいの貧困」というのは日本のような先進国には全く関係ない遠い国の話だと思っていたのだが、そういった実態は確かに存在している。「うちはお金がない」と信じていた私は、実際の「貧乏」なんてうちみたいなものなんだろうなと本気で考えていた。もしそれを信じて生きていたら、「貧乏」なんて努力でなんとかできるものだろうと思いこんだまま大人になっていたかもしれない。自分のいる位置を正しく把握できていないがために他人への想像力が欠如したまま社会に出ることになっていたかもしれない。「自分はこうだからそんなの甘えだ」とか「自分だってこうしてるんだからこうすればいいのに」といった考えを持ったまま、本当にどうすることもできない状況にある人のことを想像できないまま生きていたとしたら、恐ろしいことではないか

私はこのバイアスに気が付いたあと、母親に当時のことを聞いてみた。我が家一般的に言えば決して「貧乏」なほうではないだろう。ではなぜ、私たち子供にあのように言ったのかと。咎めるつもりはなく、単純な疑問だった。

母は答えた。「油断をしないためだ」と。

「確かにうちは貧乏じゃないし、一般的に言えば高収入なほうだよね。私たちお金があるから大丈夫って思うんじゃなくて、ちょっとお金がないくらいに思っていた方が節約しようってモチベーションになるでしょ。今の現状に油断せずに引き締めて生きようって気持ちになるじゃない。お父さんは浪費家だったしね」

母は、決してその場しのぎのために「うちは貧乏だ」と言っていたわけではなかった。だが母は、そのあとこう続けたのだ。

「でも私も、最近になってやっと自分は恵まれていたんだなって気づいたんだよね」

私が大学に入ってすぐ父は亡くなった。我が家収入は激減し、遺族年金貯金生活をするようになった。専業主婦だった母は、住職仕事パート生活費の足しを稼いでいる。

最近ドラッグストア化粧品を買うようになって、今まで使ってた化粧品ってこれの5倍ぐらいするじゃん!って。お父さんに買ってもらってた時は物の価値なんて考えたことなかったし、近所の人に『〇〇さんは奥様だから』って言われてもそんなことないでしょ!?って思ってたんだけど、よく考えたらあの時は贅沢していたし恵まれてたのよね。お父さんがすぐお金使うから貯蓄があまりなかったし、”うちはお金があるほう”だなんて思ったことはなかったんだけど」

母は短大を出てすぐに父と結婚し、すぐに専業主婦になった。社会に出て働いていたのは、高校卒業してから社会入学短大入学するまでのたったの数年だけだった。

母もまた、我が家が「貧乏」ではないことに気が付いていなかったのだ。母は、完全にそう信じていたわけではないが、それでもどこかで本気で「うちはお金がない」と思って私たちにもそう言っていたのだった。母が本気で信じていたからこそ私も母の言葉を信じていたのだろう。

父が亡くなり収入が激減したとはいえ我が家明日ご飯に困るようなことはなさそうだった。母親ヨガお茶を今でも習っている。私は奨学金授業料免除を駆使して大学に通い、下の弟2人は私立学校に通っている。父が亡くなってから、私は父の大学関係の伝手から援助を得て半年海外留学に行くこともできた。父親が亡くなったことの影響は大きかったけれど、私たちはやりたいことを諦めなければならないような事態には陥らなかった。それも決して誰でも得ることのできる「当たり前」ではないはずだ。

今まで得ていた物が誰でも簡単に得られるもの努力だけでなんとかなるものではないことに、母もようやく気が付いたようだった。

このエントリを書いたのは、自分の中に長らく根付いていたバイアスの恐ろしさに気が付いたからだ。

「うちにはお金がない」その言葉は、私の認知に歪みを作っていたのだと思う。

母が悪い、と言いたくてこのエントリを書いたわけではない。単に私の思い出語りとちょっとした問題提起のつもりだ。

子供の我儘を窘めるとき、本当はそうではないのに「うちにはお金がないから」「貧乏から」という決まり文句で一蹴してしまうことは、自分が居る位置への認識を歪めてしまうのではないか

そしてそうやって客観的自分位置が分からないことにより、他人への想像力の欠如を生む可能性はないか

「うちにはお金がない」と20歳手前まで信じていた馬鹿な私は、そう懸念している。

2020-06-21

庶民だけど高級なホテルにいった

新型コロナ家族旅行がなくなったから、旅行代つっこんで地元の高級リゾートホテルに1泊した。

高級ホテルのここがすごかったこと。

1.車でのりつけたら、車はホテルの人がどこかに停めてくれる。

バレーサービスっていうらしい。運動でも踊る方でもないバレー存在をはじめて知った。

念のため、ホテルに行く前に洗車した。

2.ホテルについたらウェルカムカクテルのめる

いきなりのお酒。ノンアルも選べた。

こどもがストローじゅるじゅる鳴らすので、必死で止めた。

3.ソファに座ったままチェックインする。

フロントに列つかなくていい。

4.レストランのご予約はバトラーへ。

バトラーって何?なんか強そう。

5.環境のため、ターンダウンはご希望をうかがっています

バトラーに続く、ダウンって響きから不吉な感じがして断ったけど、寝る前に部屋をいい感じに整えてくれるサービスだった。

部屋がいい感じになるのを見てみたかった。

6.部屋にお菓子

地元みやげのチョコスナックがあった。

これも一瞬でこどもが食べ尽くした。

7.お風呂から海がみえ

湯舟と部屋の仕切りがなくて、湯船から海がみえた。ベッドからも見えた。

8.スタッフがやさしい。

すぐ挨拶してくれるし、お料理いかがでしたか?とか話しかけてくる。

あとすごくいい時計してた。

9.ごはんが美味しい

でも高い。アイスティーが1200円した。

でも美味しかった。

ワイルドライスってなんですか」って聞いたら、すらすら説明してくれた。頭良さそう。

10.とにかくフカフカ

ベッドはフカフカタオルフカフカ使い捨てスリッパフカフカだった。

プールはいくつもあって、そこで配ってるタオルフカフカだった。人数分くれたけど、1枚あったら家族全員ふけそうだった。

あ!地元はずっとコロナ新規患者でてなくて、地元民の地元旅行は、県が推奨してる地域です。

帰りたくなくなったな。いつかまた行きたい。

2020-06-06

知り合いの女子アナtinderやってた

 なんか、ざわざわするんだけど、この気持ち、どうしたらいいのか分からず、増田に書いてみた。

 女子アナなのにモテないのかな、30代半ばで焦ってるのかな、それにしてもtinderで?なんて思いが錯綜。なんとなく見なかったことにしたくて、左にスワイプした。

 ちなみに知り合いの女子アナは30代で、自分は以前、仕事で数回一緒になった程度だが、メッセのやりとりは年に数回するくらいの付き合い。前はちょっと好きだった。だからモヤモヤするのか。

 tinderの画面は、偽名だったけど、写真が2枚アップされてた。顔が分かる正面バストショットと、後ろを向いたショット。別人が写真勝手に使ってるだけかな?とも思ったけど、2枚目の方は、彼女のインスタストーリーに上がっている家族旅行の時の旅館の部屋で、その時の服装。ただ、tinderにアップされてる写真は、彼女SNSブログには無かった。

 彼女スペックは、地方大学卒業後、数社で契約アナとして経験上京して事務所所属(一応フリー扱い)になって、今は、行政番組とかBSのパブ番組とか。ごくたまに、色物として大物芸人が司会するゴールデンバラエティ番組に出てるみたい。

 あー、このモヤモヤした気持ち、どうしたらいいんだろう。久々に連絡とって、食事にでも誘って積もる話でも聞くか。

2020-06-01

年収2900万のリアル https://anond.hatelabo.jp/20200531081711

49歳男、既婚、子供2人、都内在住。

外資系企業勤務。月給額面は145万くらい、ボーナス年400万弱に、RSUと呼ばれる株式付与が年750万くらい。

税金社会保障費などを除いた「手取り」は2900万円のうち1800-1900万くらいになると思うが、実際、RSU分は貯蓄として蓄えているので、それを除外すると「手取り」1100-1200万円程度の感覚

金融資産は5000万程度になると思う。

マウンティングととられても仕方ないと思うが、叩かれるの覚悟で、なるべく冷静に書いてみたいと思う。

家賃について

10年ほど前に家を30年ローンで買って、月々の返済額が17万程度。

返済額はもっと増やせるが、金利がそれほど高くないのと、自分が死んで生命保険補填されることも考えて、繰り上げ返済などはほとんどしていない。

家は70平米で家族4人だと正直狭い。家の狭さゆえに、モノを買うモチベーションが抑えられているというところがある。

普段食事について

家族全員、外食よりも、自炊のほうが自分の好みにあったものを食べれておいしいと思う派なのでそんなに外食はしない。

家族外食はするとしても、回転寿司とか客単価2-3000円程度のお店に月一回行くかどうかくらい。

基本はライフヨーカドーでごく普通食材を買う。

(高級牛肉や高級魚介類を除いて)値段はあまり気にしないで買えるようになった。

値段よりはカロリープリン体を気にして買わないことの方がはるかに多い。

しょうゆとかソースは値段で選ばず、品質の高そうなものを選ぶ。(キッコーマン丸大豆しょうゆとか)

成城石井は、そういう良い調味料類をたまに買うのに重宝している。

飲み会などの食事について

飲み会よりは基本的に一人飲みが好きなので、コロナ前は週に1度、酒か料理うまい大衆酒場的なところで3000-4000円使う程度。

月0.5〜1度くらいは、夫婦で飲みに行くとか、気のおけない知人と飲むとかで10000円使うくらいか

宅飲み用には、ビールプレモル日本酒純米吟醸ウイスキースコッチあたりを買う。

外飲みよりは安くすむと思っているので、このあたりは割と躊躇ない。といっても、せいぜい日本酒で4合瓶やワイン1本で2500円程度のものまで。

ファッション

ユニクロ

たまにセレクトショップシャツを買う。

女性関係について

既婚のブサおっさんなので、密かに年収でも言い寄ってくる女性ほとんどない(´・ω・`)

風俗とか夜のお店も全く興味ない。性欲も45歳超えて明らかに衰えてきた。

車について

都内だと必要を全く感じない。出先で駐車料金のことを考えるのが嫌なので買わない。

必要に応じてレンタカータクシー電車バスと比べて明らかに有利なときのみの利用。

旅行について

予算50万-100万レベルの大きな家族旅行は数年に一度程度。

海外一人旅はたまにする。貧乏旅行スタイルが性に合うのだけど、食事我慢しなくなったり、ドミトリー以外にもあまり躊躇なく泊まれるようになったのが、学生時代と違うところ。

子供教育について

子供公立校なので(授業料無償化対象外だけど)学費などはあまり気にせず。

習い事にひとり年間100万ほどかかったりしたこともあったが、それも中学くらいまで。

小遣いは高校生で月3000-5000円程度。

子供外国大学に行きたいと言うなら、そのときには株を売らないと厳しそうだ。

貯金・貯蓄

RSU以外には預金が数百万くらい。

株価の安かった2ヶ月前にインデックスファンドNISA範囲で買った。

その他出費

2年に1度、趣味の道具に100万とかまとまった金を使う程度。

ふるさと納税

たぶん90-100万くらいふるさと納税できるけど、去年あたりから使い切れなくなった。

毎年12月ふるさと納税がんばるけど、2月くらいのクレカの明細みて、すこし残念な気持ちになる。

結論

年収2900万と書いてはいるけど、上に書いたようにRSUの分があって、実際は年収2000万くらいの気分。

先行きわからん外資系なので、なるべく生活レベル上げすぎないようにはしている。

年収400万程度だった新婚当時はもちろん、年収1000万円くらいのころよりは明らかに楽。

贅沢と思えるような経験もたまにするけど、実はまだ本当の贅沢を知らないのかもしれない。

加えて、胃袋は小さくなるし、カロリーも取りたくないしで、若い頃に思い描いていたような贅沢はできない。

焼き肉チャーシュー麺は、食べたい時、食べられる時に食べておいたほうがいい。

https://anond.hatelabo.jp/20200530164357 https://anond.hatelabo.jp/20200531081711

2020-05-23

沖縄に憧れがある

小学2年生のとき家族旅行で一回行ったきりでほとんど記憶はない

ただおぼろげに覚えてるのが泊まったアパートメントみたいなところのコンクリート張りの壁 夜部屋に出てきたヤモリ(初めて見た) 朝になってアパートメント廊下に転がっていたクラゲ

 

俺の中ではあのコンクリートの冷たさ、突き放すような感じと生き物の多さが沖縄象徴するものになっていて、それにすごく憧れている

海は怖い 浮き輪につかまったまま沖のほうに流されたことがあるから 溺れたこともあるし、クラゲに刺されたこともある 海は見るだけでいい

でも行きたい 国際通りで人混みを感じたり、その辺で石垣とかシーサーを見たりしたい

で、帰ったアパートメントコンクリートの壁に囲まれて虫の鳴き声なんかを聞いたりしつつ寝たい 朝起きてドアを開けたらなんとなく潮の匂いがして、足元にはクラゲが死んでいる

そういう体験がしたい

2020-05-21

検察

話題になったのでバカ検事の事を思い出した。

外国人の知り合いA氏一家日本に遊びに来た。

俺を頼って来たわけじゃない。ただの家族旅行

A氏は自分の国で少し特殊自動車運転免許を持っている。A氏の国はちゃんとした先進国だ。

その免許証で今までどの先進国でも通用したため日本でもOKだと思い、自国にいる間に自国旅行会社を通じて日本でのレンタカーを予約し、予定通り日本レンタカーを借り運転中に駐車場内で自損事故を起こした。ケガ人等は無し。

しか警察が調べると彼の免許証日本では適用されず無免許となりややこしい事になった。

警察署が正式通訳を呼び彼の取り調べをしたものの、一緒にいた家族は全く日本語がわから不安になって俺に連絡があった。A氏には仕事でも世話になった事もあったか家族らの通訳を買ってでた。

警察も本人が悪いと言うよりは旅行会社レンタカー屋のリサーチ不足で実際そっちにも事情を聞くと言っていた。

警察での手続きなども全て済んでA氏一家日本旅行を終え帰国した。


それから数ヶ月後、突然俺に検事から電話があった。A氏の無免許事件の件だと言う。

若い声の男がものすごい一方的法律用語を並べたてる。


よく聞いてみると結局のところ、

A氏の罰金刑が決定したのでいついつまでにこちらに出頭しろ

とA氏に言え、

と言う。

え?何で俺が?

俺は本人でもないし、関係者でもないし、正式通訳でもないんですけど?と言うと

検「でも連絡先知ってますよね?友達ですよね?あの時警察署にいましたよね?」


早口でまくしたてる。わけがからない。俺は特に後見人でも何でもなく何かに署名した覚えはない。ただ警察の人に念のため連絡先を教えただけなのに。


俺「Aさんと連絡取れないとか、ですか?」

それにしたって俺は関係ないが。


検「Aさんの電話はxxx-xxxx-xxxxですよね?住所は〇〇、メールがxxx@で、勤務先がXX、奥さん電話はxxx、勤務先が〜」


なぜか得意げにまくしたてる。


俺「え!?それ全部連絡取れないんですか?」

検「俺さんが連絡して下さい。」


会話のラリーおかしい。



俺「検察からだと電話に出ないとかそう言う事ですか?」

検「そうではないです。とにかくいついつまで〇〇検察庁に出頭する様に言って下さい。刑法〇条により〜で〜ですから。要はAさんは日本で悪い事をしたって言う事ですよ!!わかりますか?」


あれ?イタズラ電話


俺「イタズラ電話ですか?切りますよ。」

検「私は〇〇地方検察庁〇〇の増田増男です!!!電話番号はxxxxxxxxです!!!とにかくAさんに出頭する様に言って下さい。」

俺「ちょっと意味がわかりません。忙しいので。」


と言って電話を切った。あの話し方になんらかの発達障害とか症状名は付いてくるのを感じる。


少し不安になったので、A氏にメッセージを送り、検察から連絡があったか聞いたが、何も来てないと言う。

やっぱりイタズラかと思い、表示の電話番号をググるとその地方検察庁の本番号と近い。


次の日の朝8時半にまた同じ番号からかかってきた。気にはなっていたので出てしまった。


検「Aさんに連絡しまたか?いつ日本に来ますか?」

俺「知りません。連絡はしてませんよ。」


検「どうしてですか?連絡先わからないんですか?」


俺「すいません。なんで、私が、Aさんに、連絡を、取るのですか?」

意味がわからなすぎて、俺はおかしい奴に話しかけりようにゆっくり話す事にした。名前は出てこんがオレンジ色野球芸人並みだ。


検「友人ですよね?違いますか?」


俺「友人です。でも、この件を、どうして、私が、Aさんに、伝えるのですか?担当検事である増田さんが、連絡して下さい。」

検「......」

???

長い沈黙の後

検「......Aさんに連絡...して...下さい。」

俺「これ何ですか?検察命令とかですか?」

検「...命令...ではありません。」

俺無言

電話を切ろうかと思ったら、

絞り出すような感じで

検「...Aさんに連絡して...いただけませんか...」

いやお願いできない人?

俺「あの、連絡するのはいいんですけど、検事の、増田さんが、連絡しないのは、ナゼですか?」


沈黙









検「......英語は.........にがてです」




俺「えぇ?......わかりました。」



電話は切れた。俺が切ったんじゃなくて検事増田が切った。「じゃあお願いします」も無しで。


次の日の朝8時半きっかりにまた電話がかかって来た。

検「連絡しまたか?Aさんはい日本に来ますか?」

俺「連絡はまだしてません。」

検事増田は舌打ちでもしそうだ。

検「何で連絡しないんですか?」

俺「なんでって。私も忙しいんで。」

検「...今連絡...して下さい。」

出た。お願いできない奴!

俺「いや時差もありますから。」

検「向こうは何時ですか?」

俺「知りませんよ。増田さんが調べて下さい。」

検「...」

俺「ちょっと忙しいんで。いつ日本に来るか聞けばいいんですね。当分来れないと思いますけど。大体、この件だけの為に日本に来るわけないですよね。」


検「!!日本国内で〇〇法に違反してるんですよ!〇〇法で〇〇にあたるんですよ!!日本国内で処理するんですよ!!わかります!?

俺「わかりません。」


検「〇〇法〇〇条です!!わかりますか?!」

こいつただの憲法オタク

俺は黙って電話を切った。


その日のうちに一応、狂った検事からこんな連絡があったからとA氏に電話した。A氏は、次に日本に行く時にめんどくさいと困るから弁護士に頼むよごめんよと言って終わった。

次の日の朝8時半、またその次の日もまたその次の日も増田から電話があったが無視し、その番号は着信拒否にした。


思うに、検事増田プライドが高すぎて、上司通訳手配が頼めず、たまたま連絡先があった下級市民の俺に丸投げしたんだろう。

下級市民のお前は憲法を知り尽くした上級検事増田の言う事を聞かなければならぬのだ。ぐらいの勢いだったな。

こんな奴が検事になるんだと呆れたが、逆にこんな奴だからこそなれたのかもしれん。

あの話し方は発達障害かなんか知らんがコミュ障もかなり拗らせてるようだから出世は出来んだろう。

2020-05-14

家族への「他人感」

母親きょうだい難病看病で幼稚園高校の間きょうだいにつきっきりで関わる機会が少なかった

父親典型的な「育児ノータッチ父親自閉症 自分の子供よりポケモン育成に熱心

親戚とは父親やらかしで仲悪

関わりなし

家族旅行は意識のはっきりした頃につれてってもらったことない

同級生の言う「家族で出かけた」とか

全くピンとこなかった

2020-05-09

募集人生普通のレールに戻りたい」

正社員で働いて、結婚して、マンション買って、子供作って、家族旅行行って、友達とたまに遊びたい。

どうすればいい?

2020-04-19

anond:20200419103836

例えば5000円のすしがあったとして

日本人家族旅行でこんなもん注文できるわけない」

中国人「安すぎる。アメリカだったら一家で8万だったぞ。もっと良い料理を出せないのか?」

2020-04-06

さうなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ついに緊急事態宣言

まじかよ


サウナも閉まるんか

まじか

それだけは勘弁してくれ

さうなでロウリュウあびねぇと夜ねれねぇんだわ

人生唯一のたのしみ、いきがいなのに

うばわないでくれよ


独身だしひとりぐらしだし

普段ほとんどしゃべらないかうつすこともなさそうだし

自己責任で入らせてくれや


つかこウイルス、誰かがつくったんならそいつKKOだな

合コンやらディズニーやら結婚式やら恋人家族旅行やらKKOに一生縁がないもんがつぶれまくっとる

2020-03-28

お金って金額がでかくなるほど、できることが減っていかいか

100円  → スーパーの特売カップラーメン駄菓子など、選ぶ楽しみがある。

1000円 → 多くの飲食店で1食食べられる。選択肢が多い。

10000円 → 書籍眼鏡、服、電気、ガスなど。生活必需な物を揃えられる。

100000円 → 一眼レフスマホパソコン家電

30万円 → 一か月の収入。この価格帯の物が少なくなってきて選択肢が減るがまだある。

50万円~100万円 → この金額の物を買うのはおかしい。家族旅行くらい。

100万~300万円 → 車しかない。

400万~1000万円 → この金額で買える選択肢が少なくなる。

1000万~2000万円 → 地方の住居。

2000万~4000万円 → 都内の住居。

4000万~1億円 → 都内の住居。だがいらないものが沢山ついていたりする。

1億~30億 → プロジェクトなど複数人が関わる。世の中が劇的に変わるものは出てこない。

100億~1000億 → 都市事業,予算など。金額の振れ幅は多きくなる。一人当たりに換算するとしょぼくて何もできない。

2020-03-25

いやなことを思い出したので書く

anond:20200320173115

↑こいつのおかげでいやなことを思い出したので書く



俺の幼なじみ。俺を見事にオタクにした張本人なんだけどさ、こいつ、すげえ美人非オタ奥さん結婚して子ども4人いるんだよね。

で、奥さんすげえオタ趣味理解あってさ。今でも家族旅行冬コミに併せてくれたりとかすげえ家族仲いいんだよな。

同中つうか同級生

彼女陸上部、俺らは美術部という名のオタサーで、同級生という以外に特に接点も何にもなかったんだけど、そんな俺らにも気さくに話しかけてくれるみたいなすごいひとで、同時に当時は苦手だった。

成人式にも出なかった俺なのに、何故か彼女は覚えてたんだよなあ。バスタ新宿でいきなり話しかけてきてさ。

俺は正直記憶になかったのに、彼女は覚えててさ。ヒマだしとかいって隣に席移ってきて話して、メルアド交換して…。

久しぶりに帰省するからみんな集まるし、俺も友達誘えって言われて奴も誘ったのさ。

なんかすげえ気遣いができて、ボッチの俺らにも話しかけてくれて、なんかこう。ほら、アレだよアレ。女性と話した経験がない奴はちょっと優しくされただけで惚れちゃうっていうアレ。アレよ。



で、見事にバウムクーヘンエンド(笑)

(↑この言葉はじめて聞いたとき笑いが止まらなかったwww)

奴ら、私たちを引き合わせてくれたキューピットとか言いやがるのでキューピットコスプレして場をあらしてやったわ(笑)

仕事蹴って時間作って、仕事なら100万ぐらいもらわないと駄目ぐらい金と時間かけて動画作ってやったわ。本人の次ぐらいに頑張って結婚式盛り上げてやったぜ。



何の話だっけ?

ああ、そうだ。

奴にさっき、奥さんにオタ趣味の事どうやって言ったの?ってLINEした。

なんか奥さんにはライトなやつから見せたらしい、普通に分かってくれたらしいぞ。すごいすごいって大げさにリアクションする姿が目に浮かぶわ。



お前も彼女できたの?とか言われたわ。ははは…。んなわけねーじゃんな。はは。



ちょっと横になるわ…。

夕飯はカレー鍋にする。できるだけ辛い奴

2020-01-23

実家暮らし女が父親となるべく関わらないようにする術を教えて欲しい。

私の父は過保護で過干渉しかし娘のことはとことん愚かで馬鹿だと思っているタイプなので、自分の言うことを聞かないと急に態度を翻して罵倒してくるタイプだ。自分過去体験をもとに、現状うまくいっていない私を罵倒することもしょっちゅうである。今まで育ててもらった恩があるし、大学お金も出してもらっているので有難いと思っているが、それにしても面倒な父だ。

今年の春から社会人になるのだが、現在資金給料的にすぐ一人暮らしするのは無理なので、最低でも二、三年かかる見込みだ。一人暮らしするまでの間に父から受けるストレスをできれば減らしていきたいのだが、全く方法が思いつかない。

・父はライン電話、対面で私のその時々の状況をなんでも聞いてくる→私が満足いかない回答をすると怒りだしめちゃくちゃになるのでほとんど包み隠さず話さなければならない

帰宅後、食事食事のあとに必ず顔を合わせなければならない→特に食事後に私の部屋にやってきて20分くらい居座ったりする

勝手家族旅行の予定を入れられ休みがなくなることがある→旅行の間は常に一緒なので精神的にまずい

・土日は基本的に一緒に出かけないと怒られる

自分時間ができるとすぐ出かけたくなるので私を誘って遠出しようとする→断るとめちゃくちゃに怒るのでついていかなければいけない 遠出なので拘束時間が長い+だいたい母がいない時なので常に1対1で話さなければならずやばい

・私の予定を管理しようとする

こんな父とできれば軋轢なく、心穏やかに過ごしたいのだがなにか方法はないだろうか。

なお、父をガン無視してずっと怒らせるというのは母の心労につながるので無理なんだよなあ 父は私と母をワンセットに考えていて、どちらかにムカつくとどちらにも粗暴で暴力的な態度になる

2020-01-17

真面目に男が上方婚するには

結局のところ、容姿が良くて若くて性格が良いという三点セットがあって、+αで選ばれるんだろうな。そこは男も女も一緒だろう。浜崎あゆみの子種は20も年下のダンサーだそうだし。結婚してなくても子供父親として多少はおこぼれに預かれるだろう。例えば子供希望すれば家族旅行とか言って浜崎持ちで海外高級リゾートに行けたりするわけだ。

俺は容姿も悪いし若くないし性格も歪んでるから無理ぽだな。来来来世くらいに期待

2020-01-16

懺悔 言い訳追記

変な時間に目が覚めてしまって寝付けなくなったので書く。

このことを何度も何度も思い返して毎回苦しくなってきた。ここに吐き出して一旦終わりにしたい。

私は大学四年になりたての頃、当時付き合ってた彼氏の子妊娠してることが分かった。相手社会人だったし私も単位はなんとかなったので結婚出産卒業専業主婦になった。

初めての育児はとても大変で夫にイライラをぶつけまくった。夫はその頃異動があったり、デキ婚のことで親と揉めて絶縁状態になったり、子供夜泣きに付き合ってくれたりで徐々に疲れていきうつ病になって働けなくなった。

傷病手当金失業手当、私の実家からの援助でなんとか3年ほど凌いだ後、たまたま友人の紹介で正社員として採用された私が働き出すことになった。(夫のうつ病が長引いたのはゆっくり休ませてあげられなかった私のせいでもあると思う。当時は本当に子供自分生活費のことで頭がいっぱいだった。申し訳ない。)

私は新社会人かつ子育て主婦、というよく分からない状態で、今にして思うと社風とも全然わずパワハラまがいのことも受けながら安月給で必死に働いた。正直仕事だけでいっぱいいっぱいで家に帰れば寝てたかった。実際家事や育児は段々と自宅療養中の夫任せになっていき、夫から苦情を言われることが増えた。夫婦喧嘩が増えてセックスに私が誘っても拒否されるようになった。それどころかちょっと手が触れるのも嫌がられた。まぁ、薬の影響とかストレスとか色々あるししょうがないよね、とは思っていたがかなり辛かった。職場でも怒られて、家でも夫とはうまくいかず、育児を夫に頼る時間が増えたせいかあれだけママっ子だった子供も私に懐かなくなっていった。

そんななかで私は人生で1番の間違いを犯してしまった。同僚と不倫してしまったのだ。期間としては半年にも満たなかったけど、頭のおかしくなっていた私は彼だけが毎日の救いになっていた。現実逃避というのか、もう何も考えたくなくって将来どころか数ヶ月先の家族旅行計画さえ立てるのが億劫になった。数ヶ月先も今と同じように生活してるなんて無理でしょと思っていた。今にして思うとありえないが、不倫相手とギクシャクしだすと更に救いを求めて学生時代の同性の友人にまで不倫相談をした。このことがきっかけで複数の友人を失った。

まぁそんなめちゃくちゃな精神状態不倫してたのであっさり夫にもバレた。離婚するか、なんて話にもなったがなんだかんだでお互い関係修復のために努力していこう、という結論になった。この時の話し合いでやっと自分の辛さを夫にキチンと話せた。夫の辛さも理解できた。

夫が私に優しくなった。そのおかげで少しだけ精神状態が安定して、夫や子供に気を回せるようになった。そして私が変わると夫も変わり、病状も回復し再び正社員として働き始めた。共働きは本当に大変で、そのころ子供学校トラブルがあったりで、結局私が家族を支えるため仕事を辞めた。収入不安があったが、余裕がなくなった自分が如何に暴走して周りの人達を傷つけるか痛いほど理解していたので仕方なかった。今はまた専業主婦だ。仕事を辞めて冷静になるとまぁよくあん理不尽で最も自分に向いてなさそうな仕事をしてたなぁとボンヤリ思う。転職を考える余裕もなく、とにかく自分と周りを責めていた。

夫のことはすごく傷つけてしまった。夫や子供を失うかもしれない、となってやっと自分にとって夫や子供がどれほど大切か理解できた。自分との関係を修復することを選択してくれたことに本当に感謝する。一生をかけて償っていきたい。

一方で取り返しがつかなくなったのは友人関係だ。完璧自業自得だが学生時代の友人は全て失った。直接私が不倫を打ち明けた子以外にも噂は広まってるかも、と思うともう学生時代の友人誰にも怖くて連絡できない。SNSもやってないので向こうからも連絡も来ない。それにもともと、独身バリバリ働いていた友人たちと主婦お金にも時間にも余裕のなかった自分話題や考えが合わなくなっていた。寂しいけれどしょうがない。

仕事を辞めて友人を失って、それでも家族は残ってくれた。今、夫も子供も元気にしている。私に笑顔を向けてくれる。それだけで本当にありがたい。これから先、自分キャパ理解して家族第一優先で生きていきたい。そして少し落ち着いたら、余裕を失わない範囲でまた働きに出たい、友人も新たにできたらいいなと思っている。専業主婦で1年ほど過ごし家族だけの世界はやはり少し寂しいことに気づいた。でも自分場合家族仕事、友人関係、をバランスよく保つことができるだろうか、また外の世界必死家族を傷つけてしまったら、と不安になる。この辺のバランスの取り方が今後の課題かな。

この約10年間は激動だった。家族の大切さと、人間環境によって簡単に間違いを冒すんだということを知った。人間性より環境。あと友人関係簡単に崩れるということ。この先の10年は穏やかに過ごせますように。

言い訳追記

環境のせいにするな同じ環境でも大抵の人は不倫なんてしない、と書かれてあった。その通りだ。ただ馬鹿みたいだけど、環境云々については自分の中では再発防止策のつもりだ。若かりし頃は自分は真っ当な人間だと思っていたし、人並みの倫理観正義感もあるどちらかと言えば善人寄りの人間だと信じていた。自分の本当の人間性について知ることはなかったし、今だって少しはまともな人間になれたのか確認する術はない。アラサーの今どうやれば人間性が向上するのか、全く分からない。だからせめて、そんなことができない、そもそもしたくならない環境必要だと思っている。あくまで私という人間にとっては、人間性より環境、だと考える。

あと一点、不倫相手とギクシャクしてから友人に相談するのでなくて、なぜ不倫する前に友人に相談しなかったか、という指摘についてボンヤリ考えた。夫婦生活がうまくいかない、育児しんどい、このような悩みを友人たちは理解してくれないだろう、もっと詳しくいうと、上記のような悩みが生じるのは私が若くしてデキ婚たからで、普通の人は普通幸せ結婚して子供かわいいんでしょ?結婚生活って幸せいっぱいなんでしょ?辛いってなんで?と思われるだろうことが容易に想像できたから。というか実際にそういうニュアンスのことを言われたからだ。当時友人たちは皆二十代前半の女の子からそんな認識で当たり前なんだけど。そう言えば働き始めてから職場お姉様が「絶対今は大変やろ、無理しなや、今乗り切れたらラクになるからね」と、しきりに声をかけてくれていた。その方は子育て離婚経験されていたので、きっと私の普段の様子をみて心配してくれていたのだろう。だけど、年齢も一回り以上上で、職位も全く違う彼女にあまり甘えたり相談することができなかった。この辺が若くして結婚出産するデメリットだなと今なら思う。年齢に合わせると悩みが合わず、悩みに合わせると年齢が上過ぎて心を開きにくい。今となっては色々あって私も老け込んでしまったので、子供のお母様達とも特に違和感なく溶け込めていると信じているのだけれど、最初の頃は浮いてたしな。

愛をくれなかった父への恨みと、自責の念

無償の愛を求めないでくれ、と叫ぶ親の増田があったので、それを読んで触発された。

父が嫌いだ。

幼少の頃からまともな会話や相談事ができたことがない。何を話しても自分にはわからない彼なりのユーモアから導かれた軽口を返される。一つも面白くないし、こちらは真剣な話をするつもりでも茶化されるので気分が悪い。

昔ながらの父親、換言すれば情緒サポートをしようとしない人間。母に対しては亭主関白。礼は言わず家事育児は全て母任せ。

自分私立大学文系学部の3年生。高校公立全日制だったとはいえ、塾やら予備校やら今の学費やら、自分教育に多くの金がかかったことは知っている。家族暮らしに加えてそんな高い金を高卒の父の稼ぎだけでどうにかしてきたのだから、父は頑張ったと思う。

しかし、自分は父が嫌いなのだ

向こうの気持ちもわからなくはないのだ。母に「子供が欲しい」とせがまれたから仕方なく作った子供を愛すのが難しいのだろうとか、彼自身も父からは愛されずに育ったから接し方がわからないのだろうとか、曲がりなりにも半分は彼でできているので、想像するのは簡単なのだ

しかし、彼を憎む気持ちが日に日に増していてどうしようもない。

から家族仲の良い同級生が妬ましくて仕方なかった。毎年家族旅行に行っている家庭とか、土日の少年野球練習に父が顔を出す家庭とか、父が購読しているから毎週ジャンプが読める家庭とか。

片やうちの父は、毎日残業で帰ってくるのは22時過ぎ、家を出るのも早いかそもそも顔を合わせることもない。週に一度しかない休み日曜日遠くへ遊びに連れて行ってほしいなど言えない。たまに父から誘われて車に乗ったかと思えば連れて行かれたのは中年と爺さんしかいないスーパー銭湯か、興味のない海釣りしか自分とは面識のない父の会社おっさんがいる)。

とにかく喋らない上、叱るときは無言で殴ったり蹴ったりしてきた。小学校低学年の時ショッピングセンター迷子になって、不安ながらスタッフに呼び出しをお願いしたことがある。30分待ってやっと現れた父は、息子の延髄に回し蹴りを入れた。

とにかく喋らず、自分を愛していると確信が持てない、というか嫌っていないという確信を持つこともできない。機嫌を損ねれば言葉もなく殴られ蹴られる。この記憶のせいで、大人男性はみんな怖い。幾つになっても苦手意識が抜けない。

父に対する不満を母にぶつけたことがある。母は「父の代わりにならなくてごめんね」と謝った。やるせない気持ちでいっぱいで、その場で死にたかった。

21歳まで育ててもらったことに感謝こそすれ、恨むなど筋違いだと人には言われるだろう。いつまでも無い物ねだりをしていないで、いい加減大人になれと。

けれど、刻まれた恐怖だとか、与えてくれなかった物や気持ちは、如実に自分の発達を阻害している。

大人の男が怖いから話すことができない。柔和な人ならまだしも、父と似た、鋭い目で見据えられると、抑揚のない低い声で語りかけられると、内容をすっ飛ばして体が拒否する。

父は自分否定はしたが肯定はしなかったから、自分はこれであってるんだろうか、叱られはしないだろうかと、ありもしない視線に怯えて何もすることができない。もう、1年と少ししたら社会人なのに。

不幸を背負われて、呪いをかけて育てるくらいなら、最初から自分ことなど出生させないで欲しかった。

憎い父を今さら殺しても何にもならない。だからさないけれど。けれどこの捌け口のない感情はどこへやればいいんだ。

呪いに負けない、強い自分を作りたかった。呪いにかまけて、こんなかわいそうな自分なんだから、少しくらい出来なくても仕方ないじゃないかと、そんな開き直り方をする人間にはなりたくなかった。

もっと金があって、教養があって、心に余裕のある親の元に生まれたかったという気持ちと、生まれ環境ばかり憎んでうずくまっている自分が嫌いだという気持ちにはさまれ、どうしたらいいかからなくなる。

こういう気持ちは人に話しにくいから、ここに供養させてほしい。

2020-01-14

anond:20200114165359

一人ずつ偶然同じ日にやむを得ない出張なり結婚式なりが入ったといって

父一人で家においておいて

残りのみんなで家族旅行してくればいいよ

ケアマネさんにも共謀してもらっちゃえ

どうせ一人でやってけないんだから

2020-01-12

猫と和解せよ。しかし猫と妻は和解できなかった

その猫は保健所から救い出された

10年前、「家族旅行に連れていけないから」という理由保健所に持ち込まれた生後1年の猫は、保護団体の手によって譲渡先を探されていた。

別の猫に先立たれた悲しみにくれていた私のところに、その猫はよってきた。一目でこの猫と一生を過ごすことを決めた。

妻とは2年付き合って結婚を決めた

妻とはお見合いだった。私の自己紹介には「猫を飼ってます」と書いていた。猫と生活している私の家で何度も何度も会って、私はこの猫と離れられないことも知っていて結婚した・・・はずだった。

子供がうまれ

嫁は里帰りをして出産、もうすぐ子供は1歳になる。しかし嫁と子供は家に帰ってこなかった。

そして猫と嫁の2択がやってきた

「猫とは暮らせない」が嫁の結論だった。猫との別離、妻と子との別離。どちらを選んでも、私は家族を失うのだ。

この二つが両天秤になるなんて、猫好き以外には理解しがたいのだろう。


猫との生活はもう10年間。10年間である10もの間、私を支えてきてくれた家族

東日本大震災で真っ暗なかも一緒に過ごした。テポドンが飛んでいくのも一緒に見た。出会いと別れで涙する私をちょいちょいと優しくつついてた。

私が寝込んで苦しそうにしてたら、心配そうに枕もとでじーっといつまでも座っていた。

どうしたらいいんだよ・・・・・・・・

追記

  • 妻も子もアレルギーはない。娘が今後アレルギーになることを恐れているようだ。「むしろアレルギーになる確率を下げる」や「医師問題ないといっている」はつうじなかった。
  • 猫が普通にしているときはよいが、尻尾を逆立ててうなりながら走り回る姿が恐怖のようだ。気持ちはわからないでもない。突然噛みつかれるんじゃないかといった恐怖もあるのかも。動物園の檻の中に住むような気分らしく、檻の外から見ている分にはかわいいと思えるんだってさ。
  • から猫の部屋は完全に分離されている。しかし、同じ家の中にいる時点でもう受け付けられないらしい。
  • いわれたことが夢で、この増田が嘘だったらどんなにいいか。私や妻のような思いになってしまう人がもうでてこないよう、結婚するときはよくよく話しておいてほしい。妻は「私がこんなにも嫌そうなのに、何でまだ飼い続けているのか理解できない」のだそうだ。悲しい。

2020-01-05

家族を愛せる気がしない

タイトルは半分釣り

正確には、「今の家族のように」「(将来出来るかもしれない)自分家族を」愛せる気がしない、だ。

うちは家族仲が良い。

おそらく異常と言っていいほどよい。

60代の父と、全員成人した息子3人で、可能な限り一緒に行動したがる。

念の為言っておくと、父は公務員定年退職後、再就職しているし、私を含めて息子は全員大学又は大学卒業後、定職についている)

去年は家族旅行を国内外含めて5回した。

揃って食事をするために集まった回数でいうともっと多い。

全員アウトドアスポーツインドアと多方面に多趣味だが、内容はほぼ一致している。

家族の誰かの影響で始めたものが大半だからだ。

専門が、法学文学情報科学材料科学と別れているのも、お互いの知的好奇心相互補完できる感じでとても良い。

特に私と父は、家族相手イベントを紹介して一緒に参加するのが生き甲斐みたいなところがある。

正確には、これは父から私に伝染した。

小さい頃は、この父の「楽しませてやろう」という気遣いが鬱陶しいと思うこともあった。

温泉行くよりゲームしたいよみたいな。

父は期待通りに「楽しめていない」様子を見せると、不機嫌になることもあった。

それのせいで「楽しんでいる」演技をすることもあったように思う。

なんか、人間失格みたいだが。

それがいつの間にか、鬱陶しくなくなっていた。

多少は、断るということを覚えたせいもあるが、自分家族を楽しませたいと思う気持ちが芽生えてきたからだと思う。

弟2人は、自発的イベント提案して企画することはあまりないものの、「次は~したいね」くらいの事は言う。

事情あり、今は実家と呼べる家には私しか住んでいない。

から、この時期は私が家族を迎え入れ、送り出す感じになる。

夏休みの時期とかもそうなのだが、このとき猛烈に寂しくなる。

ここ数年はこう思う。

「流石に、この4人だけが家族、という時期はもうそうは長く続かないだろう。」

「誰かに新しく家族が出来たら、この家族解体か。」

そして、こう思う

「この家族以外の誰かを、この家族のように想うことができるだろうか?」

20年近い付き合いになる、なんでも話せる友人(家族にも話せないことも話せる)もいるし、恋人いたこともある。

しかしながら、最も親しい人は誰かと言われれば、大差をつけて家族3人が入ってくるし、

誰のためなら命がけで行動できる?と問われれば家族以外にそれが出来る気がしない。

嘗ての恋人達は、そのカテゴリに引っかかる気配すらなかった。

その時その時はそれなりに夢中になっていた覚えがあるし恋人を楽しませるのが生き甲斐みたいな時期もあったのだが。

「ぼちぼち婚活も考えたら」

と、家族含め周囲に言われる歳になったが、そんな気持ちがあって、どうもする気が起きない。

こういうきもちを抱く相手家族なのだ自分の中で定義されてしまった以上、

他人とただ「家族」という枠内に入っていき、それが構築できない予感がする行動を取る意味が見えないのだ。

2019-12-17

薬貰って来た方が良いのかなぁ

唐突に重いんだけど僕は親がヤクザで頭がおかしい人だった。

平気で目の前で山に埋めるだのアガリが出せんとか殺すぞとか平気で電話していたしね。

一度目の転校は小学三年生の時で、母親実家から転校した。どうも刑務所に入るとかで一端別れていたらしい。ここで父親と初対面で同居と言う事になった。

母親も頭がおかしいし若かったか永遠と当たられたり、精神的に不安定だったのか何かある度にあたるの母親張りに産まなきゃよかったとか言われる日々だった。

今思えば俺も精神的に不安定環境になじめないし教師にもなつけないし、両親にもなついてなかったと思う。五年生の時には弟が出来たんだんだが、そのせいかどうかは分からないけどかなり放置されるようにはなった。

六年生のころにまた転校で出戻り。出戻りの理由は捕まったって言うのが理由で、父親が逃げたんだと思うけど警察に色々説明させられてしんどかった思い出がある。

もういつでもビクビクしていた。他人が信用ならないと言うか、未知の化け物なんだよ。それが理由か分からないけどイジメられて、それが他人嫌い?をかなりひどいものにしたと思う。

中学校では他人への恐怖の裏返しかからないけど暴力的衝動が止められないし、父親と同じなんだなぁと言うのが堪らなく嫌だった。それでもやめられないことに吐き気がした。

そのころになると母親工業高校に入れと言いだした。弟を学校に行かせるのは金がないと言う話だった。

子供だったし、すっかり透明な俺に頼って貰えたのが嬉しかった?のか言う通りにしたんだが結局金蔓なんだよな。兎に角俺は親の求める通りに動いていって就職して金蔓。結婚もしてないのに貯金もなく月二万円のお小遣いを有難くもらう人間になってるんだもんなぁ。

夕食は弟と母親残飯、それはずうっと変わらない。二人は夏休み家族旅行に行ってるんだもんなぁ。

29で彼女はいたことはない。好きな人は一回だけ出来たけど、なんというか自分が汚いと言うか汚らわしいんだよ。こう存在のものがそう感じる。シザーハンズなんて気取った感じじゃないんだけどさ。他人嫌いもきっと酷い。29年で一回しか人が好きにならないのは正直異常だし。

そんなこと言いつつ結婚子供も嫌なんだよ。結婚はまず間違いなく相手迷惑をかけるし、ヤクザの三親等は公務員になれないと聞くし大企業は無理だろう。可哀想なんだよ。俺の子供って言うのがもそうだけど、努力が決して報われない子供はかわいそうだ。

思考が上手くまとまらない感じが年々酷くなってきてる。鬱と躁?というか、感情の浮沈がちょっとひどくなってきているし死にたいと感じる期間が冬だけじゃなくなって久しい。

やっぱし医者に行って薬貰った方が良いのか、死んだ方が良いのかもう良く分からなくなってきちゃった。

2019-12-09

家族旅行を阻害する女性専用車両という存在について

女性専用車両いる?監視カメラ徹底でよくない?

正直難しいこと分からんよ。

でもこの前家族旅行いったとき女性専用車両に間違えて乗ったんだよね。

母親と息子の自分と妹の3人で乗ったんだけど。

で、母親が気づいて「女性専用車両だった」とすぐ別に移ろうとすんの。

でも妹は「ふーん」みたいな態度で席から動かない。

「いや、女性専用車両から移ろう…」って俺がいうんだけど「いーから」って。

そしたら俺どうしたらいいのか分からないんだよね。

母親は移動しようっつって、俺も移動したいのに、妹は移動する必要はないって意見別れちゃってるの。

かに女性専用車両には交通局からのお願いであって強制力はないから、男が乗ってても法的に問題はない。

でもトラブルになるのは目に見えてるから頼むから移ろうってお願いした。

で、結局移動することになったんだけどそこで母親と妹が喧嘩し始めたの。

今思えば俺だけ移ればよかったかもしれないが母親が妹と対決するだけだから意味ないんだけど。

なんで楽しい旅行しにきたのに喧嘩になるんだよって。

そりゃ俺の家族が変かもしれないけど、やっと座れるってときに男の俺がいただけで彼女らはゆっくりできなかったんだよね。

あまつさえトラブルにもなって。

なんかその時になって初めて「あれ?これってもしかしておかしい事なんじゃないの?」ってそう思った。

俺は一生痴漢にならない自信あるし他の犯罪も犯さない自信があって生きてきてるけど、

どうやら男という性を持ってるだけで家族で好きな車両にいることさえ許されないらしい。

俺は好きで男に産まれてきたわけじゃないけど、別にであることを恥じたことはない。

しかし無条件で男だから痴漢可能性あるなと他者から社会から見られていることに結構不快感をそのときに初めて覚えたんだよ。

今までは女性を守るために仕方ないよな、と思ってたし憤る人たちの理屈が分からなかった。

でも今なら分かるが、要するに「男性」性への尊厳問題だったことが理解できた。

男性というだけで痴漢可能性ありという言われなき偏見存在する、その象徴こそが女性専用車両にあったんだ。

男性だって女性である母親に産んでもらって愛して育ててもらった立派な性なのに、なぜ男性というだけで危険視され隔離されなければならないのか。

痴漢対策をするのであれば、監視カメラの徹底や、150%を越えるような乗車率になる前に駅のホームで入場制限を行えば済む話である

もし、それで運航ができなくなったのであればそれは鉄道会社が取り組み解決すべき問題責任ではないのか。

なぜ利用客側がこのような扱いを受けなければならないのか。

それは俺が男性という障害者から

渋滞を避けて電車に乗る人間にはもれなく痴漢するかもしれない性障害者としてJR私鉄から見られているから?

長くなってしまった。

とにかく「俺らはただの家族なのになんでこの車両を追い出されなければならないのか」それは俺が男だから

それが差別偏見ではなくて何なのだろうか。

男尊女卑時代では色んな理由をつけて女性ダメだと理屈をこねてきた。

今まさに男性性に対して全く同じことが繰り返されていないか

少なくても楽しかった旅行にくだらない思いで1つを提供してくれた今の社会の風潮に少しでも変わってほしくてこの日記を書いてみた。

次に同じことが起きた時、俺がどうするべきかも考えなければならない。

2019-12-03

ごとよめの花嫁、だーれだ

√を外れたかと思ってたらいつの間にか戻ってきた。

フータローが唯一、"女"であることを意識しているような描写あり。

・・・

物語の本筋と離れている。手札は出尽くした感。愛人っぽい。

・・・

②と同様、キャラの掘り下げ的な意味でこれ以上の発展は望めない。愛人2号。

・・・

文化祭でのキスが夢と思われているという伏線関係性のリセット

今後の展開次第では花嫁足りうるが、残り話数次第。

・・・

1巻の表紙で、1話のメインであるというメタ読み。

家族旅行回で五月の髪型統一した意味文化祭で唯一キスをしていない、など伏線もあり。

しか家族旅行時点で、フータローに惚れた描写も無しに、鐘の前でキスをするのか?疑問。

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