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はてなキーワード: 自己分析とは

2018-02-23

浪人確定ガチャ現役国立受験生叫び

ヤケになった受験生の色々な方面への愚痴

支離滅裂文章になってしまっているので訳が分からいかもしれない。ただただ、僕の状況を思い出しながら書き連ねただけの文章

まず、僕の状況から説明する。某都道府県トップレベル進学校に通っている地方国立大理系志望の受験生。判定はセンターで無事爆死して、出願大の二次試験で満点かそれ以上の点を取ってやっとボーダーに乗るか乗らないかのところ。なお、私立大はMARCH受験はしたけれど受かっても行けない。親が行かせてくれない。現役ではダメ、と言われたため国立に受からなければ浪人早慶ならいいと言われたが残念ながらそのレベルには達せなかったため受験をしていない。

こんな所に書き込みなんてしてないで、最後最後まで諦めるな、って言われても残念ながら、この状況でいけると思えるほど強靱な意思を持ち合わせていない。

どう言っても敗者の言い訳しかならないから気にせず言うが根本的に高校選びから間違えたと思っている。

親、周囲の「できる限りレベルの高いところに行きなさい」という言葉の言いなりにしかなれなかった自分が悪い。自己分析が不十分で、頭のいいやつがいっぱい集まればその中での序列が更にできる、ということに気づけなかった自分がただ悪い。

中1の終わりの時点で義務教育分の学習はだいたい済んでいた。

僕は一小一中の地元学校に通って成績でトップ位置していた。先取りをして進める勉強は楽しかった。トップに居れることの快感からだと高校入学して気づいた。

高校の内容を学習し始めてからは進度が遅くなって中学卒業の時点での進度はぎりぎり高校二年の内容に入るか入らないかくらいだった。先取り学習の進度が実際の学年に追いついてしまった事が少し怖かった。

高校で様々なテキストを渡されて気づいた。常に渡された教材を解き続けることで勉強していた僕は一学年分の教材を渡されてどこから手をつければいいか見当がつかなかった。

今思えば、そんなの最初から片していけばいい、ということくらいすぐに思い至る。でも、当時の自分は通学時間も、周りにいるメンバーも大きく変わった状況で混乱していたのだと思う。

そして、高校にぎりぎり、滑り込み入学した自分は多分周囲から1歩か2歩出遅れていた。そこで勉強を始められていたら今が違っていたかもしれない。

僕はどうしたらいいかからなくなって勉強をやめた。やめたと言うよりはしなくなった、が正しいかもしれない。表現はともかく勉強時間ゼロに等しくなった。

勉強時間が無くなった僕と初めから少しリードしていて少しでも勉強時間を確保した同級生格差なんて一気に広がった。

模試の全国偏差値が初め65あったものが2年の夏には30まで落ちた。校内偏差値なんて気にするものではないと言うけれど、数字があるのなら気にしてしまう。

トップであることが勉強モチベーションになっていたような人間にこの状態から受験勉強普通に始められる、と思う方が失礼だがどうかしていると思う。

偏差値が最低を記録した2年の夏頃から鬱の様な症状などの心の方の不調が出た。特に親にも言わず、言えず、病院にも行かなかったから断言はできないが鬱だったと思うし、自律神経もおかしくなっていたと思う。2年の夏休み明けから学年が変わるまでは、大体保健室にいた。

3年に無事進級してから受験が迫ってきたこともあって荒療治に出た。自分勉強せざるを得ない状況に置いた。塾の授業の出席状況は親に筒抜けだったし、塾の希望制の特訓に参加したりもした。

はじめの頃は机に向かうだけで吐き気頭痛腹痛のオンパレードだった僕も調子に波がありつつも、休憩を挟みながらも一日机に向かえるようになった。

ちょっとやれば成績は上がる。その通りだった。V字回復とまでは行かなくとも『へ』の字をひっくり返したくらいの傾きで成績は上がった。模試の全国偏差値が55になるくらいまではすぐだった。秋以降になると伸び悩んだがまだモチベーションがあった。

冬になってセンターが終わった。数学で序盤にミスを連発したため数学だけで約80点を落とした。この時点で出願した大学に受かるのは絶望的になった。

僕は、進学と浪人、どちらでも選べるようにしたいと出願大のレベルを下げる事を親に提案した。親は僕の提案を認めて次の日学校先生候補大学を出して貰いなさい、ということを言った。

次の日、先生面談して幾つか候補国公立大学を出してもらって親に見せた。そこで、意訳するとこう言われた。

あなたセンター得点率で行けるような大学に行かないで。」

意訳ではある。もしかしたら違うことを意図して言葉を発したのかもしれない。でも、受け取る側の僕はこう受け取った。びっくりした。同時に今年度の試験に対するモチベーションゼロになった。

昨日と言っていることが違う。訳が分からなくなって僕はその日の話し合いを打ち切りにしてふて寝した。もしかしたらその場で真意を問うて意思疎通を図るべきだったのかもしれない。そうは言っても、センターが思わぬ結果に終わってショックを少なからず受けた受験生がそんなに冷静でいられるか。否である

自分の事は、他の誰よりも自分が分かる。僕は勉強の事で大きなスランプに陥ったから、そしてまだ完全に回復したわけではなくて状態に波があるから、どちらの選択肢も用意したくて提案をした。僕にだって無駄に高くはあるがプライドのようなものもある。出来ることならできるだけ上位の大学に進みたい。でも、心身の状態がそれを許さないことも起こり得る。最悪の事態にならないためにも避難先を用意したかった。

出願を行ったのも自身であったか勝手に出願先を変えることもできた。しかし、しなかった。できなかったのかもしれない。そんな親の言いなりになっている僕が悪いと言われるのならそうなのであろう。

親は自身体験から僕に苦労して欲しくないと思って様々な事を言ってくれている。そのことには感謝しているし、言う通りにすれば一般に言われるような幸せが訪れるのかもしれない。

でもその途上で僕の人生が絶たれたら?親が辿った時代現代事情が変わっていたりもする。親は親で、僕は僕だ。その先にあるものが万が一にも僕の幸せでなかったら?全てとはいわなくとも多くのモノが無に帰すのではないか

僕はリスクを減らしたかった。ぎりぎりまで行きそうになったことがあるから分かる。もし、もう一度心が壊れたら多分ダメ理系から院にまで進学もするつもりでいる。大学と別の院に進もうと思えばそれもできる。そういう選択肢も教えてもらった。先延ばしにして猶予が欲しかった。自分体制を整える猶予が。

残念ながらその機会は失われた。僕には、高い確率でもう一年死にそうになりながらやる道しかない。もう腹は括った。やるからには自分が許す限りやってやろう。

書いてみるとこうすれば良かったのではないか、というのが出てくる。でもそれは客観的に見た最善策であって当時の選べる最善策ではなかった。勉強の悩みなんて親に話せるはずもなかった。もし、話せたのなら理解もされただろう。日本語は通じるはずであるしかし、そんな事を許すような親ではないと思っている。僕から見るとそう見える。

他の人から見れば何をやっているんだ、と言われそうだが僕がその時に尽くせるベストを尽くした結果である

内容が飛躍するが、親への不満、入試の仕組みへの不満、何より自分への不満がとにかくある。

もちろん、親に関しては自分金銭時間投資をしてくれた事への感謝もある。けれどもいつかは不満を、一覧にしたものを、突きつけたい。突きつけられるようになりたい。自分意見をきちんと突きつけられるようになりたい。

出る杭は打たれるような所ではあるが打たれてなお出ていよう。自己で決定ができるようになろう。

かなり長い文章になってしまたから、最後まで読んでくれた方はいいかもしれない。もし、ここまで見た方が、この文を読まれたのであるならば感謝を伝えますありがとうございます

2018-02-22

anond:20180222010553

うん。でもそんな時期に、2階からとは言え、飛び降り気持ちなっちゃったのって、

やっぱり怖いですね。

もう大丈夫、だろうけれど。あんまり高層に住まないほうが良いかも。なるべく1F借りたらどうかな。

自己分析力もあるし、大丈夫とは思う。家族関係がヘビーなら逃げたほうがいいよ。

私もカウンセラー先生に、親に依存されていてしんどすぎるから逃げていいと言われたけど

体調崩して帰ってきてから地獄でした。

なので、家族は一緒がいいとか綺麗ごとは言わないよ。

こんな時間に辛い時期を思い出すようなリンクを探させてしまってごめんなさいね

春になって、増田さんが良いスタートを切れますように。

2018-02-20

なんで当たり前に就活できるの

世の中の大学生どうなってんの

どうやって受ける企業見つけてるの

3月1日に一斉にエントリー開始ってどういうことな

自己分析して志望理由考えて

もし、同じ日に採用試験が被ったらメールビジネスマナー厳守)で日程変更してもらって、試験受けてお祈りされて、二次試験に進めて、また日程調整して...

いやいやもうどうなってんのこれ

就活なんてこれから人生に比べたら苦じゃないとか言ってるの見かけるけど、やばい

そもそもビジネスマナーってどこで身に付いたの?

社会人みんなこんなことしてきたの?本当に?

ということで社会人増田の皆さん、就活エピ教えて下さい。

2018-02-12

褒めるのが得意というのが幻想だった話

店の店長として、若者を中心としたアルバイトスタッフをまとめる仕事をしている。

前職で実績ができ、「褒めて伸ばすのが得意な店長」というお墨付きをいただいた。

それを見込まれ、同業種の店に転職して1年半が経った。

転職先では散々で、かなり自信を失った。

分かったことは、私は褒めるのが得意なのではなく、自分より優秀なスタッフに対してすごいすごいと言っていただけということだ。


前職のスタッフはかなり優秀だった。

名門大学大学生院生が中心で、意欲があり、飲み込みが早く、スキルも高く、育ちが良いので性格も良かった。

学生以外の人たちもかなり優秀で、年下の私の話を尊重してくれた。

「本当はこの辺りまでやってほしいけど、大変だろうからここまでやってもらえれば良いか」という指示に対しても、その先を読んで期待以上の動きをしてくれる人が多く、感動しきりだった。

私は高校進学校だったが、芸術系大学に進んだため、勉強では彼女たちにとても敵わない。

だが、その業種での経験が長いので、スタッフが困ったことは大体解決できたので頼ってもらえた。

また、学校では教えないようなことを伝えられるので、慕ってもらえたと思う。

退職時の寄せ書きには「大好き」という言葉がたくさん並んでいて、とても嬉しかった。

自己分析なので間違っているかもしれないが、おそらく私は他人を羨んだり妬んだりすることが無い。

そのため、相手が年下だろうと「すごい」と思ったことは手放しでよく褒める。

褒めると相手もやる気を出してくれて、好循環が生まれる。

ただそれだけのことだったのだが、「褒めて伸ばすのが得意」だと勘違いしてしまった。


転職先では、スタッフ教育が足りていないのが目に見えていて、時間が空くと個人的作業勝手に始めてしまうような、意欲の低いスタッフが多かった。

前任の店長は、お客様が来店しても困っているスタッフがいても気づかないような人だったので、そのためだろう。

前職のスタッフほどではないが、頭の良い大学に通っている人が多く、能力も高そうだったが、やる気のなさを感じた。

「すごい」と思えるところが前職ほど見つけられず、あまり褒めることができなかった。

しばらく経ってから、別の店も兼任することになった。

その店のスタッフは、前職のスタッフよりも平均偏差値20以上低かった。

事務作業が無いため学力特に気にしていなかったが、失敗した後に対策する力や、先を読んで行動する力が足りないと度々感じた。

また、笑顔接客することすらできないスタッフが多く、笑顔お客様をお迎えする必要性を説いても響いていない様子だった。

お客様が来店してくださった時は感謝気持ち自然に湧いてきて、自然笑顔になるものだと思っていたので、それが分からない人にはどうすれば良いのか悩んだ。

それぞれに頑張っていたかもしれないが、「すごい」と思えるところが見つけられず、ほとんど褒めることができなかった。

だが、最近とても優秀なスタッフが何人も入った。それはもうしょっちゅう褒めている。

それまで、なぜ「褒めて伸ばす」ことができなかったのか考えた。


「すごい」と思ったこしか褒めることができない。それが私の能力限界なのだと思う。

上司には「人の良いところを見ようとせず、悪いところばかり気にしてしまう」という欠点を指摘された。

もっともだと思うが、前職の上司なら「そんな点は見受けられなかった」と言ってくれる気がする。

前職でスタッフに恵まれすぎていて、きれいな水でしかイキイキと動けない魚のようになってしまったのだと思う。

現職では心身ともに疲れてしまって、スタッフに対しての言い方がキツくなってしまたことがあった。

私の存在ストレスになったスタッフもたくさんいたはずだ。本当に申し訳なく思っている。

また、上司と相性が悪く、お互いの言い分と受け取り方がひたすら平行線になってしまった。


私はもうすぐ退職する。

尊敬できる人が多い環境に身を置ける人間になれるよう、努力していきたい。

anond:20180212124020

2chレスだけ、はてブコメントだけ見て記事本体は読まずに一喜一憂してるようなものからな。

基本的に「海外の反応」だけを見て「日本がどう見られてるか」に一喜一憂してるネトウヨと何も変わらない。

「○○の反応」だけ見たい人が増えすぎた結果、ただの娯楽と化している。

「○○の反応」なんて本来最もくだらないものなのだが、くだらないがために手軽に消費されて、ネットのメイン文化になってしまった。

それだけ世間との繋がりを欲してて、安定した生活ゆえに向学心が無くなった人が多いということだろう。

日本すげえ」とはまた違った「日本だめぽ」の質が悪いところは、なまじっか自分所属する社会に対して自己批判した気になってるから、疑似的に自己分析して何かを学べた気になってるところだ。

自己批判自己分析したように錯覚するが、彼らを見ていると「自分以外の日本」という漠然としていて、かつ自分とは無関係事象責任を求めている。

結局のところ、みんな、「どこどこの評判が悪いらしい」という噂話に興じて、そこから何も教訓を見出そうとしない平凡なミーハーばかりなんだという当たり前の話なんだよね。

2018-02-08

anond:20180208024453

増田は多分単純に好きな人と良い関係を築きたいスタンスでしょ

男女問わず恋愛関係は別物として

んで、Aくんに恋愛感情をもたれてしまって

それを上手くいなす経験が足りずこうなってしまっただけ。

ここまで長引いた以上どっちもどっちでどっちが悪いとか無いと思う。

一番お互いにダメージが少なくできたポイントは多分

「アハハー、なんか恥ずかしいことしれっとしますね!」と濁ごすのではなく

この時点で「ヤバイな」と思って距離を置くべきだった

...けど増田人間的にはAくんのこと好きだから

距離を置く=嫌いですと伝えることになりかねない行動はできんよね

嫌いじゃないんだもの人間的には。

自衛行為のつもりだったが思わせぶりな態度になってしまった」

自己分析できてるなら今後はもうこんな失敗は犯さないんじゃない?

2018-02-01

anond:20180201133956

横田だけど、テレビゲームの中にスポーツ性があると言うことを理解できない人はたくさんいる。ちょうど増田のように。

でもそうじゃないんだよ、テレビゲームにもフェアネスとかリスペクトとかストイックさとかそういうスポーツに見出される精神性と同じものがあるんだよ、っていうことを主張したいがためのe-Sportsなんじゃね?

スポーツと呼んだら公共性高まる、って話はちょっとよくわからんが、個人的には格ゲーみたいな一部のテレビゲームe-Sportsと呼ぶのは違和感ない。やってみりゃわかるけど、本当に強くなるには単なる遊びを超えた取り組みがどうしても必要とされるから

しろ増田が、なんでテレビゲームスポーツと呼ばれるのがよくわからんと思っているのか自己分析してみる方が、増田が探してる答えへの近道なんじゃね?

2018-01-19

anond:20180119124013

これは放送大学案件だよなーとは思ってる。

こんなご時世のこんな社会で言うのもアレなんだが、それをして評価されるかどうかはあんまり考えてないんだ。

俺は大学行ったことないし的を得てないかもしれないけど、大学に行ってみたいのは、より深く考えるためのヒントが得られるんじゃないかと思うからだ。

たぶん、周りの人と比べても俺は考えることが好きなんだと思う。よく、考えすぎててめんどくさいって言われるし。

ただ、独学だとどうしても独りよがりになってるような気がしてる。反響板みたいな存在が欲しいんじゃないか、と自己分析してる。

2018-01-12

ねほぱほ見た腐女子がつらつら書く(長い)

腐女子について語るときに私が語ること

https://twitter.com/nhk_nehorin/status/951099083074056202

最後腐女子用語辞典解釈違い】キャラの受け取り方が自分と違うこと。イライラすることもある。例)「番組に出てた腐女子の話に納得いかない。完全に解釈違い!でもしょうがないよね、100人いたら100通りの腐女子がいるんだから・・・」ご視聴ありがとうございました🐽 #ねほりんぱほりん https://t.co/1sVh0dQNWf

公式のこのツイートに一番「やりおる…」って思った。

そうなのだ腐女子について語ることはめんどくさい。

マッッジで。

「男って~~だよね」「女には~~な傾向があるから」みたいな語り口で腐女子を語ろうものなら大炎上約束される。

誰もが(この言い方も怖い)、「あなたはそうでも私は違う」を持っている。例え他者から見れば誤差の範囲だろうが、一人一人自分腐女子としての輪郭をはっきりと持っていて、その差違をないがしろにされることを嫌う。

なんでだろうな、「男」「女」なんてカテゴリよりずっと狭いのに。

でも、もしかしたら、本来人をカテゴリで語るなんてのはこんくらいめんどくさくて然るべきなのかもしれないが。

萌えってけっきょくなんだろな

いやもう最近のみなさんは萌えとか言わないんだろうけど

昭和生まれなので古語を使わせていただきたい。

なんで男同士に萌えるの?

萌えってどういう気持ちなの?

と問われたとき、私にとって一番原点に近い表現をしてるのは下記の動画だ。

おじさんのイメージビデオがアツい!(ヒロエトオル「最近テレビ #76」)

https://youtu.be/yWLUP2-JMnI

一応書くがエロい話では全然ない。

このシリーズ最高に面白いのでみんな見たらいいと思う。

ここで言われているのは、端的に言って、

「みんなおっさんが仲良くしてるとこ好きだろ?」である

ホモが嫌いな女子なんていません!という平成も浅い頃の暴言があるが、

少なくとも女子の多くは、おっさん同士が無邪気になかよしだとわけもなく嬉しい。と、思う。

ヒロエさんは男性なので男性にもある程度は通じる感覚なのかもしれない。

でもまあ、人と人が仲良くしているな、と見てとれるとき、その多くは喜ばしい。

子供同士が、親子が、高校生が、おばさんたちが、

にこにこと仲良く戯れていたら、やっぱり微笑ましいしなんだかうれしい。

でも男女だと、そこに性の香りが漂うと、感想の種類はぐっとかわる。

終電前の改札前でいちゃいちゃしてる男女はまあまあ見苦しい。優しい気持ちにはならない。

性欲という深くて暗い河

でも、たとえおっさんのいちゃいちゃに喜ぶ人が世の中の何割であろうと、みんなが腐なわけではもちろんない。

だってみんなチームナックスを見ても彼らのセックス連想しない。

しか腐女子はする。

(腐女子が全員セックス連想しているかというとそうも言い切れないが…ここはややこしいがとりあえず話を進める)

そもそも前述の通り、人と人が仲良くしてるのは微笑ましくても、性的な要素は多くの人にとって微笑ましくない。

腐女子は微笑ましいものにわざわざ性の要素を見いだそうとする。

原動力は愛じゃないですか」

ようやくねほりんぱほりんの話をするが、あの30分間で一番私の心に刺さったのはこの言葉だった。

人が人にかかわっていくとき、その原動力は愛じゃないですか。

(曖昧記憶かいてるので細部は違うかもしれない)

この、能天気な、使い古されたみたいな言い回しは、けれども「腐」というものの一面をとらえてるんじゃないかと私は思う。

そうなのだ。腐の世界は、すべての感情を、行動を、あるいは状態を、愛によるものだと意図的に読み違えることで成り立っているのだ。

から友情にもコンビにも兄弟にも愛を見いだすし、天井と壁にも愛を見いだす。

(ここでいう「愛」は「恋」である必要はないのだが、その辺は後述する)

そして、ここが重要なのだが、性欲とは愛に対して従であると、腐は思っている。

愛さえあれば性欲さえも微笑ましい

終電前の改札でいちゃいちゃしているカップルあんまり微笑ましくないと書いた。

見知らぬ人たちが、泊まるか泊まらいかやるかやらないか駆け引きをしているのを見るのは、何ならちょっと不快だ。

でも、それは、通りすがりの私の目には彼らの性欲しか見えないからだ。

彼らが「心から愛し合っているのだ」と認識したとき、その感想は変わる。

逃げ恥」のじれじれしたベッド回りのあれこれを見たとき、あれを不愉快に思う人は多くなかったのではないか

そこに愛を認識できれば、他者のものであっても性欲は不快ものではなくなる。

性欲を愛でくるんだ結果性欲だけが可視化された

東京駅は出たり入ったりして淫乱だわ~とか言ってる連中が

性欲が不快とか言っても説得力がないだろう。

私もそう思う。

でも、大前提として、腐は愛の存在を信じているんだと思う。

腐の妄想世界のなかでは、人は酸素を吸うように愛を吸っている。

話すのも食べるのも、笑うのも泣くのも、生きるのも、死ぬのも、すべて愛のためだ。

もちろん現実はそんなわきゃない。人は嫌うし憎むし見下すし嫉む。

でも、妄想世界のなかで、それらもみんな愛だと誤認する。意図的にする。

そこまでしてはじめて、恋について語れるし、性欲について語れる。

恋と性が大好きなわけではない。むしろ恋も性も汚い側面を有していることをよく知っている。

愛がなくたって性行為は行われるし、恋と愛は別のものだ。

からこそ、「この世のすべての感情は愛」な妄想世界トリップしてやっとようやく、恋と性について語れるのではないか

からってなんで男同士なのさ

なんでだろうね。

天井と床の間に、唐揚げレモンの間に、電車と駅の間に愛を見いだすとして、

どうして男女でもなく女同士でもなく男同士にたとえてしまうんだろう。

少なくとも私は、腐以外でこの手の「愛を見いだす遊び」をしている人たちを知らない。

これについてはいまいち私も結論が出ていないが、

「私とは違うなにか」でありかつ「同質に並び立つ二人(ふたつ)」が重要なのかもしれない。

私という現実人間は愛じゃなくて酸素吸って生きてるので私に近い要素は必要なく、

彼岸の愛の世界で生きている人たちは同じ愛を吸う同じ種類の生き物だと思うのかもしれない。

やっぱ苦しいな。単にちんこすきなだけ!っていう清々しい腐のみなさんが一定数いることは書き添えておく。

「なんでBLが好きなんですか?」←黙れ

ねほりんぱほりんでは、一人の出演者男性にしつこく付きまとわれた過去を話した。

それがマジとか嘘とかマウンティングとか違うとかはどーーでもよいのだが、

ただ、そうなのだ。腐という趣味はその人の性的経験としばしば関連付けて語られる。

本人も、「私はなぜ腐女子なのか」と考えるとき自身男性との関係性について考えてしまう。

では、愛でくるまなければ恋も性も語れないというこの増田は、一体男性にどんなトラウマがあるというのか…!????

私は、そんなの聞かれなくていいし考えなくていいと思っている。

なぜ好きなのか?を考えて、趣味過去経験を結びつける必要はないのだ。ましてネガティブものとなんてぜんぜんいらない。

自分自身にそんな素人心理分析をを試みなくていい。

何が好きなのか、どんなところが好きなのか、そんなことを考える方がずっといい。

そして私について語るときに私の語ること

でもなーーしちゃうんだよな!なんでだろうな!!

腐女子である私」を語るとき腐女子はひどく饒舌だ。

ねほりんぱほりんの三人の腐女子たちが自分はどんな人間かを語っているとき、私にとって目新しい言葉ひとつもなかった。

彼女たちの自己分析は、ネットに転がっている腐女子「たち」の語りの集大成のようだった。

どっかで見たことばっかだった。

腐女子は、「100人いれば100通り」であるにも関わらず、どこかで「私たち腐女子」という自意識を持っている気がする。

誰かの自己分析は私の自己分析で、自分について語る言葉は際限もなく膨れ上がる。

私たち」は常に語らなければならないと思っている。

マツコ・デラックス養老孟司と話しているとき

養老孟司が「いわゆるオカマの人は頭をよく使う」ということを言っていた。

マツコは「そうかもしれない」と応じた。「だってアタシ、トイレ入るときだって自分はどっちなのか考えるもの。」

マジョリティマイノリティの差は何かと言ったら、

「私は何者なのか?」を考えてしまうのがマイノリティなんだと思う。

人はじぶんがマイノリティの側であると思ったとき、「私はなぜこうであるのか?」を考えずにはいられない。

腐女子もそうなんだと思う。「私はなぜこうであるのか?」それを語るために、「私たち」は「私たち」を語る言葉を溜めていく。

ハゲ漫画とかRTとかハッシュタグとかで。

100人いれば100通りのはずの私たちは、似たような言葉を使って自分を語り、共感し、それでいていっしょくたにされることを嫌う。

私は何者であるのか。

私について私が語るとき、私は自分が女であることより、30代であることより、会社員であることより、腐女子であることを語るだろう。

このことについて考えてきた時間が段違いだからだ。

私たち」は問われ続けるし語りつづける。でもいつか、自分ネガティブ経験と腐を繋げて語る人がいなくなるかもしれない、と思う。

そのとき、きっと腐はなんでもないただの趣味になる。

2018-01-09

リクルート様推薦の自己分析の結果、自分の本当にやりたいことは早急に生まれ変わることと痛みを感じたくないことだと分かったので、その方法ビジネス化してくれないか

日本人かに結構需要あると思うんだけどこれ

2017-12-30

ぼくの才能はなんだろう

人は誰にでも何かの才能を持ってるとする。

しかし才能の種類は無数に存在するので見つけるのは偶然性が物を言う。

すぐに見つかる人もいれば、見つからない人もいる。

見つからない人というのはなんと残酷なのだろうか。就職自己分析をするが本当にそれは分析なのだろうか。

さいころに見つかってそれにひたすら打ち込む人もいる。それは幸せなのだろうか。いや、幸せじゃない人もいる。

才能にも小さい大きいもある。そして組み合わせも存在する。天才だっている。

なんか書いててよくわからなくなったけど、自分の才能は何かな。いや、才能はないのかな。自分で作るのかな。戦略なのかな。なんなのかな。圧倒的才能の前に頑張れるのかな。頑張らなくていいかな。

自分って何かな。

2017-12-27

「なんとかなるだろ」と楽観的に考えていたもの

次々と行動する周囲にあせり自己分析から始める

自己分析してみたもの自分の強みがまったく見えてこず自信喪失

何社か試しに受験するもの不採用

心が折れてしばらく何にもしない

周りに内定者が出はじめて少ししてから就活再開

なんとか中小企業内定する

働きはじめてようやく就活に何が必要だったか解る

この繰り返しなのかな

推し童貞ネタをやめた

推し童貞ネタをやめた。

推し童貞ネタを言わなくなったのはいからだっただろう。昨年は言っていた気がする。別に、それが楽しみだった訳ではない。

恋人ができてないアピールもいつの間にか過剰ではなくなった。

好きな女の子タイプ恋愛観なんてものを自ら口に出すようになった。

引っ越した時に家具一新したらしい。

休みは家にいると宣言していた彼が、最近はよく友人と遊びに行くようにしていると言う。

仕事恋人だ、結婚は来世……なんてことも言わなくなってしまった。

整った顔をしているし、魅力がたくさんある。才能も努力もある。

そんな彼に恋人がいないなんておかしな話だ、ましてや童貞なんて嘘に決まってる。友人からそう言われるし、私だって「そうなんだろうな」と冷めた目で見る自分もいるのだ。

ただ、「そんなことない、彼は特別ファンを思って彼女なんて作らない!仕事恋人だって言ってた!」という夢を見てる自分がいる。

頭ではわかっているのに、胸が苦しい。

接触イベントも少ない、出待ち禁止、どれだけ参加しても自分が覚えられているかの自信だってない。覚えられたいのかと言われればどちらとも言い難い。

彼女になりたいのか?の問いには「滅相も無い」と答える。

一番近い理想形は「あしながおじさんのような存在」。

それなのに、彼が誰かのものになるのに耐えられない自分がいる。

今まで彼が紡いだ「僕とファンラブソング」が「僕と彼女ラブソング」になってしまうことが耐えられない。

「君」や「あなた」が特別な誰かになってしまうことが(もしかしたらもうなっているのかもしれない)

よく俗に言うカノバレを起こす場合、「カノバレをするような女と付き合わなければいい」と言う人がいる。私もそう思っていた。

裏でやってくれれば、夢を見させていてくれるのならそれでいいと。

本当にそうなのか。夢を見させてくれているのは変わらないのに粗探しをしているのは私自身ではないか

勝手に点と点を線にしようとしているのは自分なのに、自分妄想自分を傷つけることをやめられない。

本当のあしながおじさんは、恋人ができたって喜ばしい感情が出るだろう。結婚も祝福するんだろう。

でも、何故だろう、私は喜べないんだ。

彼はもう30歳。

この業界、実は結婚してました。または、かねてから同棲してました、なんてことがよくある。

隠してほしいと思うのに、一番に報告してほしいとも思う、厄介だなあと我ながらに思った。

メモアプリに「結婚を発表した時になんてツイートするか」を決めて保存してある。

万が一(という言葉を使わせてもらう)彼が結婚を発表した時にはどんなに泣いても、喚いても、エゴサをする彼を悲しませたくはないから。

コピーをしてペーストする作業だけはしなければと思っている。

彼が幸せになることを祈っているのに、その幸せ自分が関われないことが悲しいのかな。と自己分析もしてみた。

童貞ネタをしてくれとも言わない。

でも、近々何かがある気がする。全てが全てただの気のせいであればいいな。

受け入れられる準備も覚悟もあと数年はできそうにないから。

2017-12-25

終局特異点から一年が経った

今日12月25日TYPE-MOONにとって特別な日であろう。

原初聖杯を生み出すセイヴァーの生誕の日、かの魔術の王が英霊の座から永久に消え去った日、愛を知らぬ獣が『人の王』となった日。そして、

オルガマリー・アニムスフィアの命日であり、私がFGOというゲームから限りをつけるターニングポイントとなった日である

私と型月との出会いZeroアニメだった。そこから転がるように世界観に傾倒していき、レアルタ・ホロウらっきょ月姫(漫画版チェンゲだが。リメイクはよ)等々沈みこんでいった。

私はキャラクターよりもそれを取り巻く「世界」に好意を抱く人間だ。そこで積み上げられた世界観不特定多数で共有したい、そんな思いかネット上の聖杯戦争を下敷きにしたTRPGセッションによく参加していた。

所謂月厨がよい印象を持たれないことはよく分かっていたので、そのセッションと型月板以外では大人しくしていたと思う。それが周りから見て「いいファン」たりえてたかは、今となっては分からないが。

そしてFate/Grand Orderサービスを開始した。あのメンテ地獄をどう乗り切ったか、既に忘却してしまったのだが、きっと同じ境遇掲示板上の同好の士が支えてくれたのだろう。

長いメンテが終わった先にあったのは、初めて抱いたキャラクターへの好意だった。

オルガマリー・アニムスフィア。

いつか「所長目当てにFGOを始めたら誰も彼女死ぬことを教えてくれなかった。愉悦部だ」といったツイートが流れてきた記憶があるが、それはどうだろうか。所長の魅力は彼女の死に対して最も輝いていたと思うのだが。

閑話休題

ともかく序章が終わった時点で私のFGOへの一番のモチベーションは所長になった。


その後も所長のみを求めて本編・イベントを進めていった。自身の形質もあってか、幸い「推しを引かねばならない」という焦燥感に駆られることなく、『「好きなキャラを引く」ではなく「引いたキャラを好きになる」(当然そこにあるのは「愛情」ではなく「愛着」だが)』というスタンスで進めるという割と健全プレイをしていたのではないかと思う。(結局課金は16年の福袋のみに徹した。余談になるが、私は意識高い系として散々弄られた庄司Pの「ゲーム価値顧客一人一人が決めるもの」という発言だけはマーケティングのいち真理だと考えている。今となっては喧嘩別れのようなかたちで引退した身であるが、払った金額ぶんだけの価値はあったと思うし、そこに後悔はない)

恋の続く期間のひとつ区切りは3ヶ月だ、などという話をよく聞く。私の所長への一方的な恋は、その区切りを何とか乗り越えることができた。

しかしその恋心に対してFGO残酷であった。マスターの皆様方ならお分かりであろうが、月見イベント以降シナリオ上で所長に関する言及がぱったりと途絶えるのである

型月の世界観は愛していた。しかしその時の私はそれ以上に所長に対しての思いが勝っていた。

そんな私に与えられたのが所長の情報の断然だった。そんな状態で、所長への思いは潰えない代わりに型月世界観へのそれが立ち消えていくのは時間問題だった。

きっかけが何だったのかはもう不明であるが(戦闘が面倒だとか案外そんな今更な理由だったのかもしれない)、メインシナリオへのモチベーションが第六章の途中ですっかり折れてしまい、数ヶ月間に渡ってログイン必要最低限のイベント周回を行うのみになってしまった。パーソナル・レッスンは当然限凸したが。


時は流れ、2016年冬。そんなモチベーションの転機となったのが終章前のキャンペーンであった。適当自己分析ではあるが、その時の思いは「所長・石30個への乞食感情・『リアルタイムならでは』という言葉に対しての勝手勘違い(恥ずかしながら、『終章そのもの期間限定である』と思いこんでしまっていた。この齟齬がどう影響するかは後に話す)」であったと思う。その時の私は、単純計算でも半分以上義務感でシナリオを進めていたに過ぎなかった。(6,7章のシナリオこそ読み飛ばしはしなかったが。それでもなお最近のエレシュキガルフィーバーに「遠坂凛である、以上の湧き上がる理由がわからない」と言ったらモグリ扱いされるのだろうか、といった程度の読み方しかしていないが)七章まで終わらせたのは終章開始ほんの数日前、だったように思う。

そして終章。そこで待っていたのは「素材激ウマクエストを周回する権利」という自業自得裏切りであった。これに関しては100%私が悪いのでFGOに対してどうこう言うつもりはない。モチベーションの柱がひとつ折れた。

マーリンは引けず、柱がもう一つ折れたなか、魔神柱は必要最低限の各一回のみ倒し、追悼動画なんてものをどこか冷めた目で見ていた。

もはや私に残されていたのは「最後に所長に関する言及があるかもしれない」という曖昧希望だけであった。


そして来たる2016年12月25日最後魔神柱陥落の知らせを受けた私を待ちうけていたのは、純粋ストレスであった。

勝てない。

勝てない。

勝てない。

休止期間中に溜まりに溜まった林檎を齧り、手を替え品を替え鯖を替え礼装を替えても勝てない。羅刹王の効果がなかったのは未だに許していない。

その時の私は確実にスレていた。「聖晶石は『未来確約するモノ』なのだからコンティニューは恥ずかしくない」なんて文章を見てしまったため、意地でも石を割るものか、と思ったほどだ。結局その意思すら割れしまったが。



人理は修復された。そこまでのストレス差し引いたらどうかとは思うが、悪い終わり方ではなかった。所長に対する言及さえなければ。

人理修復を達成したマスターならばここで疑問に思うだろう、終章にはオルガマリーのオの字も出てこなかっただろう、と。しか言及はあった。あってしまったのだ。

グランドオーダー開始時、レフ・ライノールの破壊工作で失われた二百名の命。

今も冷凍保存中のマスター、四十七名。それと---

……それと、終局特異点からの未帰還者、一名。

そう、「語られない者」、二百名の「その他大勢」として語られてしまったのだ。

ただただ放心した。奈須きのこの中には、既にオルガマリー・アニムスフィアという存在はいないものなのだと、そう感じた。

言及されない、ということも覚悟はしていた。しか現実に突き付けられたのは、「きのこは所長を覚えていない」という実質的死刑宣告であった。私の中で、もしかしたら復活するかもしれない、という希望が立ち消え、最後の柱が折れた。

故に今日彼女の命日。

一回忌。



SNS上で多くの人間FGOに対して感謝を述べるなか、漫然たる義務感と所長への思いだけで一年継続してきた私は取り残されてしまった。

そこで私と他マスターとの間に大きな亀裂が生じてしまった。妬ましいのだ。

何で俺が救われていないのにお前らは救われたんだ、感謝言葉を言えるんだ。そんな身勝手な、醜い嫉妬

そんな思いから一気にFGOへの思いが覚めてしまい、止まってしまった私は先達を気持ち悪い内輪ネタしか思えなくなってきた。

その後も惰性でログインイベントだけ続けていたが、その惰性すらチョコ礼装のテキスト「いつかこれに乗って、""四人で""颯爽と聖地荒野を渡る事を天才は夢見たのかもしれない。」に心折られ、近しいうちに引退した。


引退後は徹底的に自衛を行った。私の心理状態アンチのそれに近しいものだっただろう。ただ、それを行動に出すのはみっともない、そうも考えていた。

嫌なら見るな」とはよく言うが、本当にその通りだと思う。見えなければ怒りは湧いてこないのだ。そして、作品に対するアンチ行動は作品のものではなく「その作品を楽しんでいる人間」そのものに向けられていることも理解した(私が特殊なだけかもしれないが)。

一年が経ち、作品のものに対する不満は引いてきた。それを取り巻く人間に対しての嫉妬への対処は、まだもう少しだけ時間がかかりそうだが。

そして、この文章一年という澱みに対する気持ちの整理である一年前では良くも悪くもここまで冷静に物事を見れなかったであろう。


ただ、身勝手な望みでしかないのだが、願わくば所長には復活してもらいたくない。創造主から度忘れさられたものサルベージされたならば、それはもう菌糸類からキャラクターへの愛情ではなく只のビジネスだ。

好きでもないキャラクタービジネスとしてピックアップさせ、好きでもなかった人々から「ずっと待ってた」などと空虚言葉をかけられ性的性的搾取される。

そんな未来は、きっと耐えられないだろう。

追記

反応ありがとうございます

型月のエリート悲惨な末路をたどる

ソラウリベンジ

悲惨な末路をたどるのは十分予想できたことであり(ぐだおでもネタにされてましたし)その「悲惨な末路」があったからこそオルガマリーというキャラクターに惹かれたのは先に記した通りなのでそこに文句はありません。

ただ、その「悲惨な末路」が作中だけでなくメタ的な扱いにおいてもそうであったというのが只々残念であるのです。

2部

今になって言及されても「2年近く言及をしてこなかった」という疑念は拭えませんし、プレイヤーに対する心証の悪さ(悪目立ちしてるのはほんの一握りだというのは理解しているのですが)はまだ癒えていないので再開してもストレスしかならないでしょう。加えて引退において後腐れないように引き続きコード電子の海に放出したため所長がどうこう関係なく面倒なので復帰の予定はありません。(スマホスペック的にも去年はプレイに支障がなかった程度だったがそこから一年経って諸々追加されたらもうダメそう)

どうしても気になるというのならシナリオ確認する方法もなくはないですし。ただ、今はそれをする気力すらありませんが。

2017-12-10

今度

キャリアカウンセリング受けに行く。

何となく自分でこうやって生きたいって形が見えてきたし、どういう仕事をしていきたいかも少しだけど分かってきた。

所詮派遣だけど、今の自分には派遣が合ってるとは思うけど後で大変な思いしたくないし。

こういう事したいとか、何に悩んでるとかちゃんとまとめておこう自己分析的な感じにもなる。

2017-12-03

某有名店女将『そんなん、よう喋る金やと思えばよろし』???

https://togetter.com/li/1128740

金持ちがじゃんじゃん注文する金から自分らの給料が出てるのに

自分は賢くて金持ち客は頭が悪くて自分より下の立場バカから搾取して巻き上げてる僕はえらい

日本人ってほんと心が卑しいわ

日本人謙虚だとかおもてなしがどうとか自己分析が間違ってるだろ

2017-12-02

不細工赤ちゃん可愛くないを見る度に不思議なこと

私は年をとるごとに可愛い範囲が広がってきた

幼児の頃は赤ちゃん可愛い

小学生の頃は幼児可愛い

といった具合に

そこに美醜はあまり関係ない

今は高校生が走ってるのを見かけたりすると

デブでも不細工でも可愛いなぁと思う

なんていうの、高校球児に美醜は置いといて皆頑張ってるなぁ可愛いみたいな

から不細工子供は可愛くない感じが解らん

深くつきあって迷惑をかけられるなら可愛くないかもだが、遠くから眺めたりたまに話したりする分にはどんな顔でも普通に可愛い

子供と同じ目線でつきあってなく、子供だった当時の感覚を忘れ、大人目線から見下ろしてるからこその皆可愛いだと自己分析してるのだが

不細工子供は可愛くない人はどうしてそうなるんだろう

2017-12-01

anond:20171201003733

・・・わかってます・・・実は俺はおかしいかもって・・・・・・ぐすっ・・・

なーんてっ!

そろそろ本気で自分を知らないとなあと思います自己分析ってやつですかね!

2017-11-23

特技がない

からこれといった特技がないので、人生において何度かやってくる趣味・特技欄への記入に困ることがある。

できることなら空欄にしておきたいくらなのだけれども、何も書かないのはなんかなぁって思っちゃうので特技については無視して趣味っぽいことだけ書くことにしている。

ウケは悪そうだがなんとなくネットサーフィンとか書いておく。(趣味といえる趣味もない) 

しかし、たまにある趣味欄と特技欄が別になっている場合が非常にやっかいで、趣味欄はひねりだせば書けるのだが特技欄は本当に何をかいていいのかわからない。

昔やってたスポーツもあるけど、結果も残せた訳じゃないしそもそもそんなに好きではなかったので書く気にはならない。いくら自己分析しようとないものはない。

からといって嘘をでっちあげるのもなあと思うし。

とりあえず最近は犬の気持ちがわかるって書いてる(自分には分かるって信じるようにしているし誰にも確認のしようがないからね)

2017-11-21

一重だけど二重にしない

自分で言うのもなんだけど、私の顔、一重まぶただからこそ、ちょっとイモくさくて愛嬌があると思っている。二重にしたらおそらく普通に綺麗みたいになっちゃって愛嬌がなくなると思う。綺麗については自慢とかじゃなくてただの自己分析。綺麗、美人可愛いもいいけど、自分に合っているのは愛嬌。その愛嬌を創り出しているのはこの素朴な一重まぶただと思っている。だからこの一重まぶたと生きていく。

2017-11-20

夢中になれそうなもの候補を書きなぐった

精神鑑定したいがどうすればいいのか

たぶんいつからおかしくなってると思うんだけど、客観的判断ができない。

鬱ではない、不調ではないのは体調からも分かる。

昔と比べて明らかに変化した点は次のような感じ。

 

10年以上遊んでいたいくつかの趣味楽しいと思えなくなった

・いつ死んでも満足している気がするが、死への恐怖も同時にある

・しばらくずっと心から笑ったことがない

・何を食べても感動しない

仕事プライベートでの関係性はむしろ良い

・たまにつまらないことで腹を立て自己嫌悪する

 

特に趣味に関しては一生ものだと思ってたのが

本当に大きなきっかけがなく、ふとやる気がなくなってしまった

それに加えて食への興味も急速になくなった

原因がわからないし鬱なら鬱で疑えるけれど

どうもそういう症状でもないっぽいので心理的変化が何か確認したい

自分心理テストができるかネットを探してみたけど

酷い内容しか出てこない上に

健常者を対象としてるのではなく

アスペルガー発達障害のための内容が出てくる

詳しい人がいたら簡単自己分析できる心理テスト方法

病院にいくならどこへ行くのが適切か教えて欲しい

 

鬱のときのようなどうしようもない苦しさもなく

どんどん無自覚感情が小さくなっていく

危機感もないがこれがもし止めないといけないことなら行動しておこうと考える

 

追記

ちょっと心理テストみたいな選択肢から選ぶ八試しにやってみた

 

あなた現実的タイプです。

きちっとした性格で、頼りがいがあり、人に対しても親切です。

論理的物事を考え、現状を正しく評価し、結果を予測する能力を持っています。さまざまな物事の原因をすばやく見抜けるため、理屈っぽい、あるいは悲観的な印象を与えてしまうことがあるかもしれません。しかし決して悲観的なわけではなく、物事がうまく進まないことがあっても、状況をうまく受け入れ、それに容易く適応することができます

やや内向的です。物事を深く考える傾向があり、一人での時間も楽しむことができますカリスマ性があり、温かく野心的で、鋭い知性を持ち、積極になりたいとき積極的。周りの人に大きな影響を与える力を持っているタイプです。

 

なにこれ本当に酷いな

占い心理テストをごっちゃにしてんのかな

2017-11-08

anond:20171108095345

ガンプラ作りたい!ってのがやりたいことなら作ればいいと思うよ!

ただ、買っただけで満足して積んでるだけで、別に作りたいわけじゃないんであれば作らない方がいいと思う

作る、ってことにつながるかはわからんけど、自分が興味を持てるものモチベーション持って取り組めるものを見つけることがまず第一じゃないかなあ

何に興味持てるかの自己分析、もしくは分析じゃなくてあたってくだけろで、そういうものを探してみたらどうかな?


あたってくだけろでいろんなことをチャレンジしてみるのはいいか

たとえば・・・

一人旅行してみたり

温泉いったり

簡単ウェブアプリ作ってみる

簡単スマホアプリ作ってみる

PS4とかスイッチとか3DSとかでゲームやってみる

映画アニメドラマ見る

とかアニメみる

楽器に手だしてみる(体験教室にかたっぱしからいってみる?)

カメラ写真とってみる



あっごめん追記よんでなかった

作りたいものはあるんだ!すごい!

それを実際に作るまでの勉強に飽きちゃうってのはやっぱり成果が見えづらいからかな?と思うから

とりあえずやりたいことをダーッとまとめて、その中から簡単なやつからやったらいんじゃないか

すぐ動きがみえるやつ

ゴールを近くに設定するのがまず大事

いか勉強も大変で時間もかかって結局挫折ってのがあると思うけどどうかな?

簡単なやつをつくるためのちょっとした勉強くらいなら集中力は持つんじゃないかな?

あとすげー巨大なものつくりたいとき機能分割して、機能ごとのアプリソフト)みたいなのを作る感覚で取り組むとか

anond:20171107110105

> ここ5,6年の悩みで最近はっきりわかってきたんだけど、俺いつのころからかどうやって勉強していいのかわからなくなった。

> 一番大きいのは結婚して子供できて自由時間が減ったことなんだろうけど、でもそれ以前から勉強ぜんぜんできなくなったの。

お前は俺かってくらいまったく同じ状況。なので最近ずっと「俺ってもっと優秀な人間じゃなかったか」って思って自己分析してるんだけど、ここ数年で一気にスキルセットが変わったのが大きな原因かなと思ってる。デザインパターンアスペクト指向UMLプロジェクト管理手法、積み上げてきたものはたくさんあるけど、今はまったく使えない。若者より知識ものすごくあるけど、意味がなくなった知識ばかりなので実質的比較をするとほぼ対等。アジャイルクラウド機械学習・・・新しく出てきて若い世代が中心的に学んできた技術存在を考えると、おっさんたちはむしろ若者よりマイナスになってしまったわけ。知識の量は若者より多いのに関わらず。

なので、勉強をするときも「若者よりスタート地点がだいぶ低い」という観点勉強しないとダメだと言う結論に至った。その方法とは、簡単コンテンツを、大量の時間をかけて大量に吸収する、ということ。

後、子供はもう致命的な。特に休日今までは合計で16時間くらいは勉強に使えていたのが0時間になる。一ヶ月だと64時間くらい消えてるのね。勉強できないってより勉強してない。となると、前述の「大量の時間をかけて」が無理ゲーなので、すでに詰んではいる。

> もう俺は嫁さんと一緒にあと20年近くかけて子供2人育てなあかんからITが好きか嫌いか仕事選べる立場じゃねーーーの!

「すでに詰んではいる」と書いたとおりなのだが、これもまったくの真実。「技術ができない人」が「大金を得なければならない」。しかもそれは自分のためではなく、家族という他人のため。その行為は悪ではなく、善。

驚くべきことに結婚して子供ができると「能力の低下」と「収入の増加」を同時に満足させなければならない。そのためにできた制度が、おそらく年功序列であり、管理職なのであろう。そして今はその制度が壊滅しつつある。それでもこの矛盾と戦わなければならないので、結局は能力がなくても若者からお金を奪っていく方法を考えて、どんな手段を使ってもそれを実践していかなければ家族(言い換えると次の世代)を守れない、ということになるだろう。

管理職になる他にも、自分の持ってるレガシー技術を後輩に強制して、自分レガシー知識有効となる土俵議論を持っていくという手もある。いずれにしてもろくでもない。

2017-11-06

帰省中イライラする理由がわかった

帰省してからイライライライラしててとうとう喧嘩寸前まで行って、このままじゃ良くねえなと思いデパートへ。

キトウにふらふらしながら自己分析してみた。

ああわかった。

俺の部屋が無いからだ。

俺の部屋は物置になってる。それでリビングで色々してるんだけど。

そのせいで一人の空間がないんだな。

からイライラするんだ。

妹にイライラ母親イライラ

それは彼らが悪いんじゃなかった。

ただ一人の空間がないまま一週間過ごしたせい。

事情説明して親とも和解した。

あー、スッキリした。

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