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2018-01-18

生きているのがしんどい

生きているのがしんどいと思い始めて、多分だけど15年とか経っている、ちょっとした消えたがりの散文が、つらつらと下に書いてある。

時間がある人はちょっとだけ読んでほしい。そして何か、少しでも意見が欲しい。いろんな考えが知りたい。でも、かなり怖い。

いや、読むのは時間を持て余した人だけでいい。かなり端折って書くけれど、15年くらいの時間を書いていく。きっと恐ろしく長くなる。なんか流行りだからここに書いたけど、きっと読む人は片手ほどで、その中でコメントを残す人を期待するのも間違っているんだろうけれど。なんてったって散文だし読みにくい。

でも、誰でもいいから話を聞いてほしい。私かうすればよかったか、これからどうすればいいのか。無責任で構わないから教えて欲しい。

初めて消えたいなと思ったのは5歳くらいだったと思う。6歳だったかもしれない。

親の都合で転園してきた先で同じ園の女の子に仲間はずれにされた。

ぼんやりしか覚えてないけど転園する前も、仲良くしていたのは女の子ひとりと男の子ひとりだけだったから、昔からまり好かれるような子じゃなかったんだろう。多分、すごく生意気子供だったから。

みんなが可愛いお姫様ごっこセットをつかって、私はなんか地味な、柄のないスカートだけ渡されて、「それもお姫様から使えばいいじゃん」って。キラキラの、可愛い模様がついたフワフワのスカートを我が物顔でつかいながら、私に言うのだ。

先生が「順番ね」と注意をして、真ん中くらいの順番を手に入れたけど、気づいたら割り込みされて最後になっていた。

私の順番は回ってこなかった。

その時に、私はここにいてはいけないんだなと思った。いる価値がないというか、いる事の方がおかしいと言うか、そんな感じ。転園してきた訳だから、仕方ないけれど。それで、早くここから消えてしまいたいと思った。

その時、唯一できた友達は、多分友達じゃなかった。

あれ持ってきて、これ持ってきて。何かを持ってこないと仲間に入れてあげない。そういうことを言って来る子だった。パシリにされていた。

でも、パシリでもすれば一緒に遊べたから、喜んで従った。あまりいいこととは言えない。けれど、一人で積み木で遊ぶよりずっとマシだった、消えなくてもいいと思った。頼られているのだと錯覚した。

小学校に上がって、ランドセルを買い与えられた。普通赤色じゃなくて、少しくらい、ワインレッドランドセル

母親はなんでピンクとか真っ赤じゃないのって言われたけれど、ワインレッドが可愛かった。ランドセルの蓋の裏が、赤系のチェックでとっても可愛かった。気に入りだった。

パシリはまだ続けていた。というか、パシられることが普通だった。

小学生になって、一緒に登下校をするようになった。

なんで変な赤色なの?って笑われた。

それを「可愛かったから」と言ったけど、それは可愛くない!こっちが可愛い!と言われた。多分、その子達に「センスがない」という判定を受けたんだと思う。

パシリにされてて、さらセンスもない。なんとなく流れで、みんなよりも立場が下だった。

ジャンケンランドセルの持ち合いをした時、他の子が負けたらみんなで持ち合いっこするのに、私が負けた時だけ全部持たされて、持つ距離も長かった。挙句、置いてかれた。前に進んでも誰もいなくて、置いていかれたんだと泣いた。おうちも少しだけ離れた同級生の重いランドセル5つを持って、道の真ん中で泣いた。泣いて数分たったら、なんだか自分のことが惨めになって、どこか誰もいない、遠いところに行きたくなった。結局はその子たちが戻ってきて、どうにかなったけれど。

小学2年生になって、夏休みで転校した。どことも知らないところだった。でも、一番長く住んでいたし、今の友達大学友達を除いて全部小中高で一緒に過ごした子だ。それまでに比べてとても恵まれていて、いい友達だと思う。一人一人が唯一無二の友達だとおもう。

でも、友達がいても、残りの4年半はいじめられて過ごした。

最初は多分「遠いところから変なやつが来た」っていう理由それから訛りが違う。あとは真面目ぶってる。オタク父親の見ていた深夜アニメを一緒に見ていた。デ・ジ・キャラットとか、ギャラクシーエンジェルとか。今でも大好きだ)であること。あと態度が生意気。たぶんこの生意気って言うのは、生意気だという子の都合が悪いことを「誰にも言うな」と言われても担任にチクッたからだと思う。自分あんまりにも理不尽だと思ったことは黙っていられなかった。多分、そういう意味では「いい子」ではなかった。

でも、石を投げられて先生に報告したら睨まれるって、おかしいじゃん。石投げる人の方が酷い。チクった私が悪いのか。

多分悪くは無いんだけど、こどもの世界ではご法度だっただけ。けれど、それがどうしても辛かった。おかしいと言ったら「お前の方がおかしい」と言われてすごく辛かった。ここにいたくないと思った。

親に「ここの学力は低いんだから、90点以上取らないとダメだよ」と言われた。頑張って100点とっても褒められなかった。周りからは「勉強もできるっていう自慢か」と妬まれた。

言っておくけど1番を取れたことは無い。せいぜい10とか20とか。自分ではすごいと思った。100人近くの1020って凄いじゃん。って。でも親にはそれじゃダメときつく言われた。ちょっと点数が下がったらお小遣いを減らされた。

生きているのがしんどかった。でも頑張らないと、価値がないと思った。

中学に入って、小学校の時みたいな勉強をしていたら、順位が真ん中よりも下の、後ろから数えた方が若干早い場所になった。その時に「さすがにやばい」と思って、塾に入りたいと言った。一人でする勉強限界を感じていた。

下がった順位を元に戻したら「当たり前だ」と言われた。

中学では部活に入っていた。周りはみんなキラキラしているのに自分だけ見ずぼらしく感じた。部活に入ってすぐ、どうしてかレギュラーに選ばれた。自分初心者で、周りには小学校の時から続けていた人がいたのに、自分担当に人がいないからという理由レギュラー入りした。初心者なりに練習した。練習中、何度も泣きそうになった。でも自分が頑張ることがこれからに繋がるとおもった。最後までやりきったあとに残ったのは「初心者なのにレギュラーに選ばれた変な人」だとおもう。若干避けられてたし、自分も周りにどう接していいかからなかった。ここで必要とされていないとさえ感じて、練習サボりがちになった。先輩からは、嫌われていたと思う(練習をサボったから当たり前だ)。同級生からもよくは思われていなかったと思う。

部活同級生から「〇〇先輩はあなたと同じように生徒会もやって部活もやって成績もいいのに、なんであなたは同じことが出来ないの」と言われた。生徒会が忙しくて休みがちになっていた。そんなの言い訳だと怒られた。それでも暇を見つけて部活に行っていた。それでも怒られた。今消えてしまえば楽だろうけど、消えたら迷惑をかけるなと思って、最後まで頑張った。意地汚く残り続けた。高校進学は「〇〇高校の□□学科じゃないと、ご飯作らないから」と言われた。当時、高校授業料無償化されていたから、ご飯を作らないになったのだろう。端的にいうと「親の希望に添えなかったらお金は渡さないし育てないから」といわれたのだ。必死になって、どうにか合格した。合格したけれど、自分学力じゃ、高校勉強は厳しいなと感じた。もう一つの学科自分レベルに合っているとおもった。でもそこでは絶対ダメなのだという。辛くなるんだろうなと感じたけれど、それでも合格したのだから通うと決めた。

高校に入って、それなりの地位をもてたと思う。部活は変わって、生徒会には入り続けた。その部活がいわゆるパソコンをいじる様なもので、関連分野で色々頼られた。今度はパシリみたいなのではなく、よく巷で話題になる「絵をかけるならちょちょいっと描いてよ」の類でもない、本当の意味での「頼り」だった。

得意分野を持つということは自分自力で立つことのできる力であると、その時感じた。普段だったら近寄れない、スカートを曲げて薄く化粧をした、クラスの人気者と話せる。そういう立場をその時手に入れた。

多分、高校生の時が一番、生きていて楽しかったと思う。みんなが私のことを知っていた。それに対する恐怖もあったけれど、決してマイナスではない視線は「自分はここにいていいんだ」と思える自信に繋がった。

大学は推薦で入った。センター前に決まって、受かるとは思わなくて、とても喜んだ気がする。

クラスメイト合格を伝え、「あの〇〇か!?」「嘘ついてるわけじゃないよね!?」と言われながらも喜んでくれた。学校先生もとても喜んでくれた。自分の妹も、私よりも喜んで泣いてくれた。

母親合格たことを報告したら、おめでとうよりも先に「お金がかかるなぁ」と言われた。

正直なところ、大学に進むことについては消極的だった。高校に入った直後は専門学校に入りたいと思っていた。でも父親は「進学するより働け。進学するなら国立じゃないとだめだ」と言われた。だから専門学校を諦めた。中学生の予想通り高校勉強はつまづいてしまって、学科では後ろから数えた方が本当に早いくらい、勉強はできなくなっていた。どれだけやっても勉強が伸びなかったから、早い段階で部活シフトチェンジした。そんな経緯があったから、大学は行かないで高卒で働くかなとなんとなく思っていたら、母親が「高卒で働くより大学に行ってほしい。私立じゃ学費は出せないけれど」と言ってきた。これに逆らうとまた何か言われるんだろうなと思って、とりあえずやるだけやってみることにした。でも、勉強はできなくなっていたから、模試はどこも最低判定。ただ、推薦でチャンスがあるところがあったから、一かバチかで受けてみた。これでダメなら学力じゃ到底叶わないから、就職をしようとおもった。部活の成績がよかったから、それで受けた。

そうしたら受かった。奇跡だと思う。なにかの間違いじゃないかと思ったが、それでも受かったら嬉しかったのに、おめでとうもなく「お金がかかるなぁ」しか言われなかった。

誰が国立に行ってほしいと言ったのだと、その時は悲しくて悲しくて仕方がなかった。

こんなの傍から見たら「親の言う事しか聞いていないからそうなる」と思うのだろう。私もそう思う。

けれど、高校受験の時に「お金さないよ」といわれ、大学受験に「国立しか認めない」と言われ、受かったら「お金がかかるなぁ」。反抗するなら自立しろ、親に頼るな。

それでは何をすれば良かったのだろう?

奨学金は申し込まなかった。心のどこかで受からないなと思ったし、親の収入などの関係で、ほんの少しだけ規定より上回っていたから受かるわけもなかった。し、なんとなく大学に入れても、やめてしまうかもしれないなと思ったのもある。とにかく奨学金は取らなかった。だから親に学費を払ってもらうことになる。お金がかかるのは、百も承知だった。

でも、まさか合格おめでとう」よりも先に「お金がかかるなぁ」だなんて。なんだか悲しくなった。受けるのをやめた方が良かったのではないかと後悔した。

何より、ひたすら「お金がかかる」とい割れるのが嫌で、消えてしまいたくなった、なんのために頑張ったのだろうと、ひたすらに悩んだ。

大学に入るまで、そして入ってからお金がかかると言われた。言われ続けた。

大学に入ってしばらく経った頃、仕送り勝手に減らされた。1万円も減った。バイトをやりながらも結構ギリギリで頑張っていたのに、なんの前触れもなく減らされた。

なんで仕送り勝手に減らしたの?せめて減らすなら前もって言ってよと親に言った。そしたら、「元々この金額だったでしょう?」といわれた。頑張って節約しながらも生きていたのに、あたかも「余分にお金をねだっている」風にされたのがひどく苦痛だった。

その年の夏、節約しなきゃとおもい、電気代をとにかく節約した。外に出るようにしたり、電気をつけなかったり冷房をつけなかったりした。

その月の電気代は1,500円もしなかった。

純粋に、自分すごいとおもった。

こんなに節約頑張ったよ!と母親にいったら、「もっと節約できるでしょ」と言われた。

電気をつけず、テレビもつけず、パソコンもつけず、ご飯はまとめて炊いて冷蔵庫に保管して、一瞬だけ電子レンジでチンする。冷蔵庫も止めてしまうと食べ物が保管できないから。そんな最低限だったのに、もっとと言われた。

馬鹿らしくなった以上に、親から私は「ただただお金のかかるダメな長女」だったのだろう。お金がかからなければかからない方がいい。そんな認識だったのだろう。

こんなに頑張っても文句を言われることに、自分が生きている意味とはなんだと問いたくなった。

答えは出なかったから、ただただ消えたくなった。

どう生きていてもお金がかかると言われて、生きているのがしんどくなった。我慢するのがバカバカしくなった。

バイトはしていた。学校に慣れるまで、夏休み前後から始めたいといったら、それでは困ると言われて5月くらいから始めた。バイト先の先輩に厳しくされて、辛いと嘆いたら「みんなそんなもの」と取り合ってくれなかった。辛かった。

そういうことも含めて、たまにTwitter愚痴を呟いていた。愚痴をいうと今まで仲良くしてくれた人が、なんでも話せた人達が「自分の方が辛い」と言い始めた。自分の方が不幸合戦が始まって、私の「つらい」が軽くあしらわれた。次第に愚痴を言えなくなった。私だけ「辛い」が軽くあしらわれるのが辛かった。

頑張って大学に通った。頑張ってレポートを書いても単位が取れなくて、好んでとったパソコン系の授業を始め、授業に出ると頭痛が激しくなったり、気分が悪くなったりした。1年間くらいだったと思う。でも、お金をかけてもらっているから行かないといけないと、頑張った。

しばらく立って新学期になった。自分の妹が私立大学に入った。

母親は、私立入学するのを許したらしい。

どうして?という気持ちがすごかった。父親が許したのかという疑問もあったのだが、早々にほかの選択肢を諦めた私とは違って、妹は頑張って説得したんだなと思ったら、それは認めてあげるべきだと思った。合格たことは喜ばしいことだし入学も喜ばしいから、合格おめでとうと、素直に伝えた。

しばらくして、父親入学を許していないということが分かった。それで父親に「お前も加担したんだろう」と責められた。私は何も知らなかった。

なんで私が責められているんだろうと、つらくてつらくて。消えてしまいたいと思った。私から奪われた仕送り1万が、妹の入学金や学費になるんだなと思うと、なんとも言えない感情が湧き出てきた。

しばらくして両親が離婚すると言うことを伝えられた。どう思うと聞かれて、私が何か言ったところで何か変わるの?と答えた。冷たいなとも思ったが、私は私でそれどころじゃなかった。

学校に行けば嘔吐頭痛を繰り返して、正直もう限界だと思っていた。

しばらくして父親から伝えられた。

離婚とともに破産すると思う。妹の学費や母方の生活費は払えなくなるが、お前の学費生活費だけは出してやるからな」

素直に喜べという方が無理だ。体調不良等でまともに単位も取れなくなっていったのに、どうして喜べるのか。それが決め手になって、学校に行かなくなった。休学届けを出して、今はアルバイトだけやってる。

両親から連絡が来るだけで胃が痛む。学校に行けない自分社会に出てもやっていけるとは思えない。大学友達とは疎遠になっているとおもう。ただたまに道ですれ違って、名前を呼んでくれて、元気?と声をかけられると、いい人と友達になったなと思う。同時に、こんなダメ人間友達でごめんねとも。

高校までの友達は「そのまま社会に出てもやっていけるよ」という。でも、日本会社というのはおおよそブラックだと思っているし、そんな所に行ってしまったら自分は生きながら死んでしまうのだろうと思う。きっといまのオタク趣味もままならない。二次創作をする時間もなくなるだろう。そうやって仕事に謀殺されて、私は私でいられるのだろうか。

そこまで考えて、今までの人生の中で、私が私でいた瞬間とは何なんだろうと思った。

私とはいったい何なんだろうか。

私が生きている意味とは。

なんでこんなに必死になって生きているのか。

辛いという言葉は、私の方が辛いで潰されて、楽しいことなんか二次創作を始めとしたオタク趣味ばかりで、そのオタク趣味すらも、今じゃ疎外感を感じている。自由に慣れていたはずのSNSは、現実と同じように苦しいものになっている。

辛いと思うことも軽んじられ、ひたすら金がかかるといわれ、遊びに行くと贅沢だお母さん達は頑張ってあなた仕送りをしているのにという。

私はなんのために生きているのだろうか。

こんな生活、生きているというのだろうか。

ただ呼吸をして、心臓を動かして。ただそれだけ。

生きているのがただただしんどい。早く死んでしまいたいとすら思う。でも死ぬお金がかかる。親が困る。周りも困る。

ある日母親に言われた、「お父さんはあなたを生んだ時に『なんで生んだ』といったのよ」と。

母親はそれを私に伝えて、何がしたかったんだろう。

必死に育ててくれてありがとうと言って欲しかったのか。

ひたすらお金がかかると言われて育って、なぜ生んだと言われたと言われる。

「なんで私のことを産んだの?」とは言えなかった。「産まなくてよかったのに」とはもっと言えなかった。言ってやりたかったけど、それを言ったら家から追い出されると思ったから。

私は「そう」とだけ返したのを覚えている。いつ、こんなことを言われたのかなんて、細かい年は覚えていないけれど、そういうことを言われたということだけは鮮明に覚えている。

私は

どうすれば良かったんだろう。

何をすればもっと前向きになれたんだろう。

何をすれば「頑張ったね」と言ってもらえるようになるんだろう。

毎日生きているだけでも精一杯なのに、もっともっとと周りはいう。頑張ることが当たり前。

でも、私はまだ頑張ってないんだと思う。恵まれているのだ。奨学金を借りずとも大学に行けたのだから。好きなことをやれているのだから

世界一不幸だと思うな。世の中にはもっと不幸な人が、辛い人が沢山いる。

みんなそう言う。私のつらいという気持ちを無いものとして。みんなそういうのだ。

生きていることの何が楽しいのだろう。

生きるなんて、辛いだけじゃないか

早く誰か、私を殺してほしい。

金だけかかって、だれの期待にも応えられない私を早く殺してくれ。

生きているのがただただしんどいということすら認められない世界なんか、壊れてしまえばいいのに、世界はそれを許さない。それなら。私を早くこの世界から追い出してほしい。

早く私を殺して欲しい。早く殺して。早く。こんなに辛いのに、世界は生きれという。お前はまだマシだと。

何がマシなのかちっとも分からない。生きているのがしんどい

2018-01-12

悲報俺氏17歳にして怠惰が治らずwww学校サボるwwww【助けて】

なるべくたくさんの人に見てほしいのでこのようなタイトルしました。

助けて!知恵を貸してください。

わたくしは不登校児です。

まずは私の懺悔を聞いてください。イタくてクサい犯行記録をよんでください。

新学期が始まって2日経った。まだ一度も学校には行っていない。

行ってきます、と家をでて、電車に乗る。乗り換えの駅で降りる。ベンチに座る。電車から降りた人たちが群れをつくって階段へ向かうのを眺める。平日朝の駅には美しい秩序がある。目当ての群れに入りさえすれば、あとは無思考でも乗り換えのホームへ人が運んでくれる。ちょうど目当ての群れはベンチの前を濁流のように動いている。私はただ立ち上がればいい。しかし立ち上がらない。人びとをじっと見つめる。カナダグースが多いなあと思う。

やがて体が凍えてくる。始業時刻をとっくに過ぎてしまたことを知る。そこでやっと立ち上がることができて、私はよろよろと改札を抜け、すぐそばスターバックスに入ることができる。

あとは授業が終わる時間までカフェを3軒くらいハシゴする。大きな図書館に行くこともある。それらの中で私は本を読んで、リブログして、あるいはじっと考える。なるべく現実とかけ離れていることを、虚空を見つめて考え続ける。

父親単身赴任母親も働いて日中は家にいない。帰ったほうが節約になるし、テレビ見れるしあったかいし寝れるし絶対そっちの方がいいけれど、大学中退した四つ上の兄が一日中いるのでそうもいかない。

サボっても、家に連絡が来ることはない。電話線を抜いたから、きてるかどうかもわからない。

夕方家に帰って、自室で音を殺して弁当を食べる。

まずもって、誰にもバレない。慣れたものである

初めてサボったのは中学一年生の時である。その頃は今と家庭状況が違ったので、昼前には家に帰ることができたが、家に連絡が入ってバレてしまった。

中学二年生からは真面目に通っていたのだが、高校一年生の夏の終わりから、私のこの悪癖はまた顔を覗かせ始めた。

バレるたびに私の信用はゼロになる。

バレなくても、学校に行かないことで学校友達や仲間に迷惑をかけまくる。「ばり休む子」という色眼鏡で見られる。

中1で失くしたものをせっかく取り戻したというのに(うちは中高でほとんど生徒のメンバーが変わらない。99%同じ160人)、また自分でそれをぶち壊してしまった。

困ったことに、サボるときLINEアプリを開くのが苦痛になるため、友達心配するメッセージに返すこともできない。電話もでれない。みんな優しいので通知3,000とかいちゃう。ごめんね。

未読無視したままでも、それでも久しぶりに学校に行くとみんなはすごく嬉しそうにしたり、ほっとした顔をしてくれる。笑ってイジってくれるし(また鎖国〜?と言われる)、一緒にLINEを返してくれる子もいる。

幸せだなーと思う。

自分はクソ人間だが、何故か私は縁に恵まれている。私の周りは良いやつばっかり。みんな善良で、ユーモアがあり、親切で、努力家で、芸術が好きで、頭がいい。

でも私はまた休んでしまう。その度に友達は手を差し伸べてくれる。私は甘んじてその手を握り、そしてまた強い力で振りほどいてしまう。

ほんとうに申し訳ない。

言い訳します。

中1の頃も高1の頃も、学校をサボった朝、私は自殺しようとしていた。

朝起きて、自分の一番好きな服(母校がガチで好きなので制服のことです)に着替える。何事もないよう装う。さもいまから学校にいくんですよ、昨日の続きの人生を送りますよ、という風な態度をとる。ここでちょっとでも変なことをしたら、死ぬ自由を奪われてしまう。

自殺を決意したとき特有の見え方で輝いている母親の優しい眼差しなんかを目に焼き付けて、いつもよりも良い匂い空気を吸い込む。

駅のホームで、さあ死ぬぞ、と靴を半分脱ぐ。そういえば、滞りなく通学していた時期に、人身事故で困ったことがあったなあ。線路に飛び込んで死んだら、損害賠償ヤバイってマジなのかな…。そんなことを考えていると、通過列車アナウンス流れる死ぬならやっぱ通過じゃない?止まるやつより速いから確実そう)。

入ってくる電車がやけにゆっくりに感じて、運転手さんの顔をじっくりと見てしまって、見てしまうと、もうダメで、私はまた靴をはくのです。

それの繰り返し。

電車ではムリだとわかったので、今度は家で首を吊ることにする。初めてつくった縄はぐちゃぐちゃだったなあ。つくるのにすごく手間取ってしまった。今ではだいぶ上手くなった。私のロフトベッドの桟には、試行錯誤の縄の跡がついている。

しかし、首吊りというのも難しい。首に縄をかけるのは能動的なものなのである。よほど強固な意志があるか錯乱していないと、ブレーキがかかってしまう。好きな音楽をかけてなんとか自分を励ます首に縄をかけたとき、本当に優しい気持ちが溢れてくる。人類すべてに対する、焦がれるような愛情ほとばしる。世界がはちゃめちゃに美しいと感じる。えいと椅子を蹴ったけど、結局縄はするすると解けてしまった。そして私は明日のために、明日自殺自由を奪われないために、急いで証拠隠滅をはかる。

他にも二つくらいの方法を試したけどダメだった。準備の最中にお母さんから今日の、晩ごはん肉じゃが(*^_^*)高いお肉を、買ったよ♪お出汁をとっておいてね!」などとLINEはいると、(私にとって)自殺直前特有の激しい愛情あいまってもうダメなっちゃう。

他の二つのことは(というか実は飛び込みと首吊りのこともなんですけどね)主題に全く関係ないので書きません。

しかし私は死ななくてはならない。前はただ自意識から逃げたくて死のうとしてたし、今もそうなのだけど、私はもうわかっちゃったのだ。

私に伸び代はない。

せっかく中学受験して、一生の誇りになるような学校に入ったのに残念だけど、私は17歳になっても怠惰が治らなかった。そもそも自殺成功しないのも怠惰が原因ですよね。

はあ…。

すみません時間がないのに、なんでこんなにたくさん書いてるんだろう、焦ってるから考えられないのだと思います

どうしたらいいですか?

中1のときと高1のときは、ヒリヒリするほど自殺への欲求がありました。おかしな話ですけど、私は生きるために、自殺しないように、学校をサボって自分を休ませる方法を編み出しました。

そのときは、そうしないとマジで気が狂うと思ったし死ぬと思ったから、罪悪感とかは後々になってでてくるものだった。

でも、今はどうなのかわからない。

死にたいという気持ちは消えたことがない。

でも、あの頃ほどじゃない。

今の私はただ、怠惰から学校をサボっているのではないかな。

というかたぶんそれで間違いはない。宿題終わってないから、嫌やねんな。そう。

罪悪感がすごい。いつかバレるのではないかという恐怖もすごい。みんなそうだと思うけどうちの母親は怒ると人格が変わって、マジでなんでもする。風呂に沈めてくる。

兄貴は今は肩身がせまいか大人しくしているけれど、去年の4月まで私は生傷が絶えなかった。顔と耳に血豆ができた状態学校に行って、ウケると思って「兄貴にやられた!」と言ったら、みんないいとこの子なのでガチマジのドン引きをされた。私の立場が悪くなったらすぐまたあの頃に戻ると思う。ホント関係ない話だけど、「君の名は。」でみつはちゃんにはいった瀧くんが胸を揉むシーンが、マジで無理いろいろ思い出すからアニキにされたこと、思い出したくないし文章にしたくないけど伝えたいので、↑で察してほしい。毎日だった。

とにかくサボってることをバレるのが怖い。

今日母親に「増田新学期の始業式から学校に行ってて嬉しい!」と言われた。行ってない!!!ごめんお母さん。

もういっそ全部バレてほしい。もう嫌だなにもかも。

でもたぶん、明日も私は学校はいけません。

私はこれから大丈夫ー?」という友達LINEの通知をオフにして、電気を消して、明日段取りを考える。いつも通りの顔で、いってきますと言わなくちゃいけない。

みなさん、私はどうしたらいいですか?今から何をすべき?明日はどうすべき?

知恵を貸してください。

読んだらわかると思うけど、かなり焦っているし取り乱しています。文頭と文末がしっかりしていないし、言葉も間違いまくってるとと思う。わかりにくいでしょう。

助けて。

2018-01-08

全国の学校から宿題をなくしま

妻が宿題に殺されてから10年が過ぎました

妻は小学校教員でした

生前彼女はいつも残業していました

帰宅時間はいつも10時頃でした

それでも仕事が残ることがありました

からよく仕事を抱えて帰ってきました

お持ち帰り残業です

日々の宿題もそこに含まれていました

学期末ともなればひどいものでした

宿題テストの採点や通知表などなど

諸々の合わせ技で死にそうになっていました

そして実際に死にました

妻は宿題に殺されたのです

しか文部科学省は何ら対策を講じませんでした

しろ教員負担は増えるばかりでした

過労死もなくなっていません

から私は決めました

今年の4月から全国の学校宿題廃止しま

公立私立関係なく全廃しま

宿題を出すことを法律禁止しま

もし出した場合は即刻解雇です

そして罰金2000万のおまけが付きます

私が決めました

全国すべての学校に必ず従わせます

それが手っ取り早く教員負担を減らす方法からです

そもそも今の学校仕事の量が多すぎるのです

文部科学省に変わって私が教員負担順次減らしていきます

宿題の次は文部科学省のものを段階的に解体していきます

どうせあってもなくても同じですから無くしま

そして廃止した分の予算教員給与に回しま

新学期の全校集会なども廃止しま

校長無駄話も廃止しま

ミントな僕らです

道徳時間もなくしま

いくら道徳時間人権の尊さを説いても無駄なのです

人権教育している側が人権を守れていないのですから

無くしてしまっても全く問題ありません

道徳に代わってデモンズソウル義務しま

あれはいゲームです

失敗から多くのことを学べる最高の教材です

学びとはどういうことなのかを教師に代わって教えてくれます

しょうもないクレームを入れてくる親がいれば私にご一報ください

そういった輩も法律によって干渉できないようにしま

親が教員無用負担押し付け行為にも刑事罰を課しま

もちろん形だけの法律にはせずきっちり裁きます

私が法律を変えます

私は教員の味方です

4月から宿題廃止しま

2017-10-05

【香害】町田市で『「こどもと空気」の授業』が開催【拡散希望

香料、消臭抗菌、殺菌殺虫・・・・・

注目子育て本『母親が知らないとヤバイ男の子」の育て方』の著者

開成中学高校校長 柳沢幸雄先生が 町田にやってくる!

 

問題です>

1 パパっ子だった娘が思春期になって「パパ臭い」と近寄らない。育て方を間違えた?

2 学校耐震工事後の新学期。登校すると頭が痛いという生徒が出た。

  不登校?お友達とのトラブルを疑った?

3 汗臭さ、加齢臭が気になる。香り柔軟剤ちょっと多めに使ってみる?

4 待望の赤ちゃん誕生。虫に刺されたら大変。ベビーカー携帯用殺虫剤は必備?

<答え>全てXです

え?どうして? その答えは会場で

 

2017年11月19日東京都町田市町田市フォーラムにて『「こどもと空気」の授業』が開催されます

講師開成中学高校校長 柳沢幸雄先生です。

柳沢幸雄先生は元・ハーバード大学教授東京大学名誉教授で、現在開成中学校高等学校校長

なさっておられ、空気汚染健康影響に関する研究第一人者です。

現代の子供を取り巻く空気環境について、教育者としての立場からお話が伺えます

お近くの方はぜひご参加下さい!(先着40名まで。詳細は下記URLを参照下さい。)

 

「こどもと空気」の授業

http://kokucheese.com/event/index/490437/

 

余談ですが、以前、柳沢幸雄先生個人的にお会いする機会がありましたが、

とても気さくな方で、お話も大変わかりやすいです。

まり堅苦しく考えず、気軽に参加されてみてはいかがでしょうか?

2017-10-03

締切を守れない人は子供のころから夏休みの宿題を終わらせることのできなかったクズという風潮

定期的にあるあるネタになる表題

かに、締切破りを治せない人は、子供の頃から時間ルーズというか、計画的物事を進められない傾向にある。夏休みの宿題という物に関しても、おそらく学校では計画表を作ってみるもののその計画表を実行することはない。だから夏休みの最終日になって、ヒーヒー涙目で、親に怒られ手伝わせ、それでも終わらないか言い訳を考えるしかない……といった悪循環に陥ってしまう。

「まー俺、ガキの頃からクズからwww」と笑いのネタにできるならまだいいけど、本人も責任感が強いのになぜか期日ギリギリでケツに火がつかないと重い腰をあげられなくて死ぬほど悩んでる人って、そこそこ多いと思うし悩みとしても自分クズですからと笑い飛ばせない位深刻だと思う。

そんな人たちに心を軽くしてもらいたいからこの文章を書く。

多分そういう人たちは生粋クズではない。

思い出してほしい、子供の時のことを。

夏休みの宿題という、途方もない量のものを与えられて、嫌だー!こんなに沢山あったら終わらないよー!遊べないよー!と絶望しなかっただろうか。ここまではほとんどの人が感じることだからクズでもなんでもない。(勉強が大好きで仕方ない人ならそもそも大量の宿題が苦じゃないけど、そんな人間稀中の稀だから自分がそいじゃないのにそういう人間になる努力無駄)

ここで選択できる道は2つ。

①見なかったフリして遊ぶ。

②30日間の日割りの宿題計画を立てる。そして実行する。

このどちらかのパターンしかない。

そして、②を選べない人、つまり①になった上に本当に夏休み最終日近くまで遊んで過ごせる人には、ひとつ決まった特徴があると思う。

それは、親が怒るだけでなにもしてこないこと。だと思う。

宿題やんなさい!!やんなかったらご飯抜きね!」とか、「あんたいつ勉強やってんの!もっとしっかりしなさい!」とか「遊んでばっかりいると馬鹿になるよ!」

なんて怒るのだけは立派なんだ。でも、だからって一時間だけでもと机に縛り付けてその時間中後ろから監視して、「ほら、もっとキリキリ手を動かしなさい!」なんてスパルタ教育を受けた覚えはあるだろうか。たぶん、ないと思う。

本来計画性というものは元来の性格にもよるけど自発的に生まれものではない。いつまでになにをどのくらいしたらできる、というのは「習慣」だからだ。

その「習慣」を身につけるためにはなにをすべきか教えてくれる人はいただろうか。そして、どうやったら計画を立てられるのかといったところから教えてくれた人はいただろうか。

実は、この部分に教育必要だと感じてない親ってのが一定数いる。自分の子供に計画性がないのは子供性格ルーズからであって、自分のせいではない。自分はきっちりしてるのに子供はだらしないから怒ってしつけてるけどさっぱり言うこときかないし、もういいわ!って感じの親。

かに親がきっちりしてるのはいい。でも、それは多分親の親がしっかりと計画する、そしてそれをコツコツ重ねることを教えたからであり、自分の親に感謝すべきことではあれど、自分の子供のルーズさを叱る理由にはならない。

ウチの子なーんにもしないのよ!じゃねーんだよ。あんたがなーんにも教えてないんじゃん!って私は思う。そして、それを放置された結果、計画性を身につける機会のないまま子供大人になり、将来苦労するのだ。

さて、子供の頃から締切破り癖のある人は、そんな親に心当たりはないかな…?だったとしたら、教育が悪かった。そうじゃなかったとしても、どちらにせよ計画性を習慣として身につける機会がなかったわけなので、環境が悪かった。自分クズからではないということだけ理解してほしい。

でも、そこで思考を停止させたらクズクズのままだ。具体的に対策はある。しかもとびっきり簡単な。

それは、前の宿題の例のなかの②…日割りで目標を立てて実行する、これだけだ。

たぶん、これができない人は、おおよそ3つのチェックポイントで躓いている。

計画をたてられない。そもそも立てるのが面倒くさい

計画を立てたところで実行できないか計画立て損

計画通りいかないときにどう立て直したらいいかからいか計画立て損

①の解決方法

計画を立てられないのは、全体像を把握できてないからだ。つまり宿題なら何がどのくらい出ていて、ページ数はこのくらい、自分が一時間で出来るのはこのくらい……と、小分類くらいまでは把握する必要がある。

まり計画を立てるための時間も実は仕事宿題のうちなのだ

適当感覚でぶっつけ本番で日割りして終わらせられる天才型には確かに無駄時間なんだけど、そうじゃないから締切を破るんだと自覚したほうがいい。

計画を練ることには練習必要だし、慣れないうちは難しい。親や身近な人に頼れるんだったら一緒にやったほうがいい。(これは、協力者の意識を協力させる方向に持ってくためにも非常に重要)計画を立てるのを面倒がる、阻止してくるなど厄介な人間しか周りにいないなら恥を忍んででも「それ」を依頼してきた人間に直接相談するのがいい。(宿題だったら先生ね)「終わらせたいと思い計画を立てたのですが無理のないスケジュールでしょうか?」と聞けば誰も嫌な顔をしないはずだ。普通。もし嫌な顔されたり相談乗ってもらえないならそのことは締切破ったとき文句言っても大丈夫だって計画の立て方わかんないんだもん。やれないよね。

なお、計画するのが面倒だという考えも、計画宿題のうちだと考えることで解決する。むしろ計画さえ立ててしまえばあとはその通りやればいいだけなんだから計画が一番の宿題って言ってもいいほど。そこを面倒くさがるからお前は夏休み最終日に苦しむんだ。そこんとこ理解して。

わざわざきっちり計画を立てるのは、「夏休み序盤までにはあそこまで終わってればまぁ大丈夫っしょ」なんてふわっとした計画を頭の中でたてるだけだと実現しないからだ。じゃあそのふわっとした計画はいつどのように実行するんだよ?今?今は忙しい?じゃあいつやるの?やんないでしょ?じゃあ終わらないんですね。つまり何をいつまでにやる、そして何日までにこれが終わるといった明確な筋立てはやはり必要なんですよ。

計画を立てたことのない人はなんでもいいか練習してほしい。自炊献立一週間分とかでもいいから。案外時間はかかるし手間もかかるしめんどくさい。でも計画さえ立ってればあとはそれやるだけだから。実行するときにやるべきことを考えなくて済むのは、やるべきことを考えてくれた自分のおかげ。自分にも自信がつく。いいことずくめなんです。

②の解決方法

たぶん、続かないのにも2パターンある。

①続くわけない時間計画を組んでいる

②不測の自体でできない

①の場合勉強を1日4時間やって一週間で夏休みの宿題を終わらせるなんてアホみたいな計画を立ててるときだ。それでやりきれるなら確かにあとの三週間遊び放題なんだけど、だいたいの人はそもそも1日に4時間勉強時間割けないからやめとけって思う。四週間でやりきるなら1日一時間でいい。そのほうがずっと実現可能目標だ。どうせ締切日は新学期初日だし、早期クリア特典があるわけではないし、そもそも1日一時間なら三週間遊び放題と大差ない。遊びの時間を減らしたくなければ一時間早く起きることで本当に簡単解決する。毎日俺と同じ時間遊んでるアイツが試験合格したのなんで!?って驚かれるような人がやってる方法だよね。そういう人は寝てる時間も君と一緒。その一時間生活に組み込んでるかどうかの違いだけであって、その人だけ1日が30時間もあるわけではない。

なお、続けて習慣化するとなんでもスピードアップしてくるから最初のころは一時間かかった内容が10分で終わるようになったりということもざらにある。そうなると時間対比でも効率の上でも出来高が6倍になるから、だまされたと思ってやってみてほしい。一時間クオリティを上げることに使うこともできるし、50分を寝る時間に回すこともできるってこと。徳しかしてない。

②に関しては生きてる以上仕方ない。ライン生産ロボットじゃないんだから必ずどこかで目標までやりきれない日がでてくる。でも毎日不測の事態が起こってるなら、その不測の事態を「起こること」と設定した上で計画を立て直しする必要があるし、不測の事態で1分たりとも自由時間がとれないのなら、提出先に相談する(自分環境と状況ではできないとはっきり言う)必要もある。1日2日の不測の事態なら、無理のない計画さえ立てていれば他の日ちょっと頑張れば十分挽回可能なのだ

③の解決方法

実行していて時間が足りない、計画が楽観的すぎたと感じることは多々ある。夏休みの宿題だって、人によっては2ヶ月かけないと終わらないものかもしれない。

もちろん早く終わらせる努力必要だけど、自分の全力を振り絞って、無理のない計画を実行してても終わらないときは終わらない。それは決して自分能力が低いんじゃなくて、単純に自分キャパを越えてるのだ。そこは個人差。

宿題なら……たぶん量の問題ではなく、その部分の勉強理解できてないとかだと思う。それはいくら自分で頑張ったって仕方ない。わからないところを飛ばして、先生やわかる人にアドバイスを求める必要がある。わからないのは恥ではない。理解できないを放棄することのほうが恥。そのために先生存在しているのだ。

このことに注意してやることで、後天的計画力を鍛えることは十分に可能

自分も、親に面倒がられてそのあたりを育てられなかったくちなので、普通の人と比べて苦労した。でも、親の教育を恨んだって仕方ない。自分人生自分で作るもの。だからこそ、人に直接害を及ぼしかねない癖は、自分で摘み取るべきなのだ

増田で書くことでもないけど、長々と、最後まで読んでくれてありがとう

2017-09-04

リスカ

先日タトゥーへの偏見が酷すぎるという増田がバズってて、ぼんやり自分リスカ痕のことを考えてみたりした。

自分は右の手首から肘のあたりまでにびっしり(?)リスカもしくはアムカ痕が残っている。あんまり思い出したくないけど、中1の時からいじめられてて多分そのことがきっかけだったと思う。13歳から14歳まで貝印安全じゃない剃刀を買って切ってた。いつ死ぬかをずっと考えてて、それこそ新学期が始まるこれくらいの季節はどうやって学校に行かなくて済むかをずっと考えて死にたいってずっと思っていた。

中学3年になるといじめも落ちついてきて、それ以来10年以上は平穏に過ごしているし死にたいとも思わなくなったし大学卒業できたし今現在普通に働くことが出来ている。

でもどんなに暑い日でもカーディガンもしくは長袖の服が手放せないし、ノースリーブなんて絶対着れない。プールにも海も行けない。

何度か治療してみようかと思ったけれど、大金をかけても薄くなることはあっても変えることはないかもっと大きな傷1本になるかのどちらかという感じで消えることはないみたいなので治療は諦めている。

いつかは結婚したいと思ったこともあるけど、リスカ痕がある人間とは付き合わないというようなことを何度か言われたことがある。その人たちには多分傷を見られていないので私のことを指していたわけではないと思うけれど。

10年以上自傷はしてないとは言えそういうことをする可能性がある人間だし、聞かれなければ1年前の傷なのか10年前の傷なのかわからないだろうし、息子の嫁が腕傷だらけだったら嫌だろうし、ママ友の腕が傷だらけだったら引いちゃうだろうし…とかいろいろ考えるとやっぱり結婚なんて出来ないなと思った。

別に結婚けが全てではないけれど、たまにものすごく寂しくなる。今更だけど良い家庭を築きたかったなんて思う時もある。

でもあの時に死んでしまうよりはやっぱり手首に傷があってもノースリーブ着れなくても生きてるだけ良かったなと思って明日からも生きようと思う。

2017-09-03

体罰! 自殺! 痴漢! 理性で語る時代は終わった!

新学期体罰教師や虐めっ子

通勤途中の痴漢被害に苦しんでるモヤシっ子の君!

ポスト真実理屈通用しない時代に最適なライフハックを伝授しよう

 

大きめの丈夫な皮の財布に、強度のあるチェーンを付けて

満杯になるまで小銭を入れよ

さあ、これで合法簡易ブラックジャックの出来上がりだ!

 

 

あとは、分かるな?

2017-08-26

https://anond.hatelabo.jp/20170826225450

学校というありきたりの日常の裏には、あなたのとてつもない努力とくろうがあるんだね。

がんばってるね。そして、新学期もがんばらなきゃって思ったらツライよね。

きっと、先生にも皆にも自分のことを良くおもってほしいんですね。なんだか欲張りさんですけど、シンプルでよいとおもいますよ。

学生にとって教師存在って大きいよね。いつか、「あん教師どうだっていい」なんて思えるといいですね。

2017-07-14

https://anond.hatelabo.jp/20170713183630

自分の同期も、新入生のクラスが1クラス増えることが新学期になって判明し、

4月第2週に急遽非常勤として採用された(彼はその後正規雇用になったか結果オーライだが)

子供が急増している地域はいえ、こういうのって事前に把握できないものなんだろうか

先日の流山じゃないが千葉県北東部の話

2017-06-26

名付け

私は中性的名前なので、

ショートカットで胸がなかった小学生時代に顔と名前を見た上で男の子と間違えられたり、

新学期出席を取る時に新しく来た先生にくん付けをされてちょっと気まずい思いをしたり

少し不便なことはあったが

今の名前でまあよかったと思っている

私のようなブスが「子」とか「美」とか女性らしい名前だったらと思うとゾッとする

小さい頃はボーイッシュで、スカートピンク色にとても嫌悪感があったのでなおさら


それより、アホの父親戸籍登録の際に間違えて旧字で書類を出してしまったことの方が問題

(例えばだが、蛍と螢みたいな感じ)

一発で漢字変換できないし、人に説明するのも面倒くさい、画数も多い

ある時、

母に何で一緒について行って確認しなかったのかと聞いたら、まだその時はお父さんがそこまでのアホだとは思ってなかったのよと言われた

本当に迷惑な話だ


書きやすくて一発で読んでもらえる、これが一番で次に性別を間違えられないか、かと言って男(女)らしすぎないか、あとは名字と組み合わせたらとんでもないことにならないか同姓同名犯罪者がいないか、とかその辺を気をつけたらいいんじゃないですかね

2017-06-04

http://anond.hatelabo.jp/20170604012351

ごめんなさい、このサイトを使うのが初めてなのもあって先程間違えて書きかけのままトラックバックしてしまったのですが、もう一度頭から投稿させて下さい。

エントリを読んで、自分とすごく似た大学生活だと感じました。私も、1年間の休学を挟んで4月から3回目の1年生をしています

双極性障害(躁うつ病)も精神科の診断でついたものひとつで、連絡を放棄して家にこもりひたすら寝ていたこと、死ぬことばかり考えてしまったこと、その中で夕焼けがとてもとても綺麗だと強く感じたこと、新学期に教務で挫けてしまったこと、家にいて怠惰暮らしをしているのに、出席できているときよりずっと苦しいこと、その他もまさに自分体験して来た気持ちが書かれてあり驚いています

まず、4月の出席率が9割を越したということ、本当におめでとうございます

今まで一番にしなければならないと分かっていても、どうしてもできなかったことを踏ん張ってひと月目を終えられたのはとても凄い。あなたの中でも、そのことに関して自分自分を認めてられているようでそれが何だか嬉しいです。

似た状況が沢山ありながらも、あなたは私よりずっとずっと頑張り屋で前に進もうとする意志を感じます

合わない医師にかかり通院をやめた経験は私にもありますが、その後あなたのように自力で細かな自己分析はできませんでした。そのあと大学の心療サポート機関自力で頼ることも。

あなたがとても眩しく映るし尊敬します。エントリにどうしてもコメントめいたものを残したかったのは、私自身が今まで、大学生活や病状に限らず似た状況や感情を持つ人の存在に励まされてきたからです。

そして、このエントリでまた明日から学校へ行くための後押しが増えました。あなたいるから私ももう少し頑張れそうです。

何だか気持ちいかな…

読んでくれた人がいるなら嬉しいと言っていたあなたは、もしかしたらその文章で救われた人がいることも喜んでくれるんじゃないかと思ったのです。

この記事が届かないなら、それはそれでいいかなとも思っていますが。

私はあなたが生きていてくれて、エントリを書いてくれてとても嬉しい。ありがとうございます

勝ち。

私も4月から挫けそうになるとそう思うようにしていました。家事もお化粧も、他の何一つ出来なくっても、今日授業に出さえ出来れば私の勝ち。

今週もお互い勝ちましょう。きっと大丈夫です。

去年著しく心身の健康を損ない、寝ると泣く以外には何も出来ない日々を過ごしたあと、以前よりもっと出来ることが減っている自分に気付きました。精神はある程度回復しているのに、必要最低限以上外に出たり、人と関わる体力がないし、こう工夫したらもっと生きやすくなるとか、前進するためになにをすればいいかが分かっていたとしてもそれを始めたり成し遂げるイメージが持てない。

やりたい事をシンプルにできるようになりたいものです。

勇気をもらう

強く懸命なあなたに助けがありますよう

2017-05-14

「そういうもんだ」が口癖になった

「そういうもんだ」が口癖、習慣になった。

最近自分の中の思いが抱えきれなくなったのでここに吐き出すことにする。

習慣になった理由日常生活のなかでストレスや、つらい出来事があったとき「まぁ、そういうものだろう」と思いこむことで、苦痛が幾分か和らぎ少し気が楽になるから

今、大学4年生なのだ自分がこんな思考をするようになったのは中学1年の頃。新学期早々だった。私は「イジメ」にあった。

実は自分先天的に左上肢に麻痺障害を抱えており、左手が上手く動かせない。

軽い物を持つくらいの簡単動作はできるが力の加減ができない。走るときは上手く左手を振れず手首からプラプラとだらしなく揺れてしまう。自分障害他人にどう見られてるのかを気にするようになり、内気な性格になった。正直、今でも両親を恨んでいる。

中学では最初自己紹介とき自分障害を話し担任クラスの皆に理解してもらおうとしたのだが、自己紹介するより前にある1人の女子生徒(自分とは違う小学校だった)が私に向かって

「〇〇(私)ってさ、左手の使い方おかしいよね?」

というふうなことを言った。

その時私も「実は左手障害があって…」と伝えればよかったのだが、内気な性格ゆえに曖昧な返事をした気がする。よく覚えてない。

不運なことにその女の子は明るい子で友達も多く、スクールカーストでいうと上位の存在だった。あっという間に自分障害のことは学年じゅうに伝わり、「イジメ」が始まった。

持ち物を隠され、壊され、暴行を受け…。

毎日続いた気がする。そんな中で「自分がこういう身体に生まれてきたから、こうなるのも仕方ない、そういうものだろう…」と思うようになった気がする。その思考は今でも根強い。

勿論イジメのことは担任相談した。しか担任は私の納得のいく対応をしてくれなかった。当然だ。今でさえ学校側はイジメ大事にしたくなく、教育委員会は「イジメ」なんて負のイメージは火消ししたがる。担任は私に関与しようとはしなくなった。

不幸中の幸いかイジメ6月くらいで終わった。私が抵抗も、反応もしなかったからだろう。私は「そういうものだ」と諦観することで事態収束することを子供ながらに確信した。

自分より優れた人がいても諦観してしまえば嫉妬する必要はない。

困ったときに手を差し伸べてくれる人がいなくても諦観してしまえばウンザリすることもない。

障害のことで笑われても「そういうものだ」と思えば気にもならない。

少なくとも自分にはメリットだらけだ。

大学も1留している。

(なので正確には大学5年生となる)

実習で上手く結果を残せなかったからだろう。これは障害はあまり関係なく自分の過失だと思う。

1留,しか身体障害者。こんな人材必要とされるはずもなく就活は未だに企業から内定をもらえていない。こんな現実にも自分は「そういう運命なのだろう、そういうもんだろう」と納得してしまえる。そんな自分が嫌でもある。

今や自分には友達もなく頼れる人は誰もいない。親には頼りたくない。

こんな性格でいる限り就活人間関係も上手くいかないことは分かっている。

でも、自分が今まで受けてきた処遇、育ってきた環境では諦観しないとやっていけない。

だれかからみれば甘えだろう。でも、

だれかこんな私を助けてほしい。

もう私にはどうすることもできない。

何でも「そういうものだ」と諦観してしまうから

2017-04-28

未来は到達せず、過去は過ぎ去り、現在が在る

そう、僕は現在に生きている。生きているが幸せではない。

Fラン文系大学を二留してぼっちで対人恐怖症だからだ。

これからどうなるのだろうか?全く分からない。

いや、無意識に考えるのをやめているだけで恐らく碌な未来は待っていないのだと思う。

から幸せではないのだ。

もう新学期が始まったのにも関わらず3週間サボっているし、別段楽しいわけでもない。

せめて幸せのために行動をすれば良いのだろうけど、どこからか現れる気分の落ち込みに耐えられず眠る

夏目漱石は満身の力を込めて現在に働け。と書いたか言っていたらしいが、出来ない。

全てに後悔している気がする、そしてそのせいで何も出来ない。

この文章自分で読んでいて分からない、感覚は薄い泡に包まれているようだ。

確かに未来は未だに到達していない、過去は過ぎ去った、ただどうしようもない現在がある。

誰か助けてくれ。

2017-04-25

学校に行けなくなった。

新学期が始まった。

周りの人間は去年からの知り合いもいるし、そうじゃない人もいて

みんなが真面目に頑張っている。

教員も悪い人たちじゃない。

でも、学校に行けなくなった。

朝起きて準備して玄関に行って、そこから出ることが出来ず1限に間に合わない。

徒歩10分の距離が果てしなく長い。学校に向かう人々を見て足がすくむ。

真面目な空気、やらなきゃいけない空気、それが気持ち悪くて怖かった。

今までよりも狭い空間に、今年は定員を超えた人数が入学しており

研究室も窮屈になって、もう、学校に行くのもいることも、耐えられそうになかった。

休学や退学を考えた。

勉強研究は好きだから続けたかったが、学校という場所を考えるだけで、心が痛い。

学費を払い、将来を期待する母親になんて言えばいいのかわからない。

逃げる手段が見当たらず、自殺を考える。

学校に行けなければ自殺」という選択バカにされるかもしれないが、本人にとっては一大事だ。

見ている世界が狭いのだとも思う。

だが、今まで生きて来た世界から外に出る気力もなくなってきた。

誰かに助けてほしいわけじゃないけど、生きるのをやめたくなるくらいにはしんどい

GW前でこの状態なのに、GWなんか迎えたら行かなくなるに決まっている。

その現実すらも怖い。

2017-04-24

連絡網携帯の番号にしてください

新学期子供クラス連絡網が来たのだけれど、固定電話を書くの、やめてほしいんだよね。

次の人が携帯の番号だととてもうれしい。

携帯だとほぼ確実に出てもらえるし、出てもらえなくても着信履歴が残るし、SMSで内容を確実に伝えられる。飛ばして次の人に連絡済だということも伝えられる。

それに対して固定電話だったときはほんとに困る。一年、これで苦労すると覚悟する。

昼間の緊急の連絡で電話にでない家が多いし、留守電になってもメッセージ残した上で確認のために掛け直しせざるを得ない。

留守番の人が出てもよくわからなかったりで結局、掛け直しになる。

学校の方からできるだけ携帯の番号を書くように指導してもらえないかと思う。

というか、固定電話なんてもうやめようよ。

2017-04-21

80を超える祖母とうまくやっていけない


自分は、大学生自分祖母と一緒に住んでいる。

平日週五で大学に通っている。一緒に住んでいる祖母脳梗塞を一度患い、

言語障害がある状態比較ボケてはいなかったのだけどボケも始まってきている。

一緒に住み始めてのころは買い物行ってきてーと言われて行ったりしてたんだけど、

しばらくして、ベッドから二・三歩のトイレまで歩けなくなり転倒をするほど悪化した。

結局入院をすることになったが、一ヶ月で退院できた。

体に異常があるのではなくて、日常的な運動が少なくて再発すると医師に言われたので、

家族デイサービスを探して週五回(平日5日)運動するようにしようとみんなで決めた。

ただ、やはり週五回のリハビリ自由がかなりなくなってしまうので本人はかなり苦痛らしくしばしば休んでいた。

それでもなんとか週四回ぐらい行くように話をしていたし、退院してから治らないと嘆いているのを見ていられなくて、

公園リハビリに一時間連れ出したりしていた。

本人は嫌がったんだけど良くならないと嘆いていたデイサービスのほうで

初めて下肢筋力がついてきたと報告されて効果が出始めたんだな…と思っていたし、本人にもそう話してはいた。

ただ、リハビリデイサービスをこなすのは相当しんどいようでものすごい暴言を言われてしまった。

効果が出れば少しでも減らせると思ったのだが、話しても伝わらなくなっていった。

その後、言われたことに耐えられなくなってしまったので実家に戻った。

一ヶ月ほど自分が家を空けたがその時は週三回しか行かなかったみたいだった。

帰れと繰り返し言われたので、帰るからと言って準備をし、

これ以上はお互いのためにならないから一旦帰るねと冷静に伝えたが、

さっさと帰れという素振りを見せるだけで話を聞いてはくれなかった。

その後に母とデイサービスの視察にまた行き、細かくどれくらいの距離をやってるのかを記録して欲しいとお願いしにいったり、

風呂が狭くて嫌だと聞いていたので別の所に行けないか?と自分と母とケアマネージャーと話をしたりした。

その間も、しばらく帰らない方がお互いの関係のためでもあるし、自分の体は自分が一番わかっていて管理ができているというのが口癖だったので

しばらく経過を見ておこうと思っていたので二週間ほど戻らなかった。

その後、母と一緒に祖母の元に行く機会があったのだけど早く戻っておいでと言われた。

その時に、以前の暴言を言われたことを忘れられないのでもうしばらく戻らないと一度断ったが、

それから二週間後に新学期を迎える時期に戻ることになって

その時にお互いに尊重しよう、酷いことお互いに言わないようにしよう、週4回とりあえず行って少しずつ減らしていこうと話をした。

お互い納得の上生活してたんだけど、自分大学が始まってバタバタし始めた。

帰ってきて行ってるかどうか忙しくて聞けなかった。

月曜日は行ったのだけど、こけてあざができたらしく火曜日水曜日と休んでいたので

木曜日は行くように話をした。しかし、デイサービスの人が迎えに来なかった。

落ち着いてなぜ木曜日に行けなかったかを聞いたら、

ヒステリックになりながら何故かわからないわたしが知りたいと言ったのだけど後々調べてみると

こけてあざができたから今週は行かないと電話をしていたというのを後で聞いた。

金曜日はなんとか行ってくれたけど、週二回になってしまった。

今まで、祖母に寝たきりになって欲しくないし、入院の時はずっと弱気なことを言っていたので入院もしないようにと思ってきた。

ただ、何を言っても用事がある、血尿が出た、腎臓の石が痛い

(血尿入院していたときに一度だけで二度病院に車に乗せて行っている。

腎臓の石は年による小さいのがたくさんあって、直ちに問題はないとのことだった。)

と言って休み、それを言うとお前たちに言われたくないやここを往復している(狭い家の中を数回)と言うだけで全く聞いてくれなかった。

困り果てていたのですが、衰えを実感したのか話を聞いてくれる傾向が出てきていた。

そこで話をして母とも連携し、お風呂を変える、ヘルパー(家事をやってくれる家政婦さん)を週一回呼ぶという話が進み始めた。

その矢先に気が大きくなったのか私のことをグチグチと言ったり、行かないと駄目だよという言葉反論しだしたりして正直困り果てている。

祖母負担が大きいのは理解しようと努めていますし、大学にも毎日通っている。しかし、落ち着いてから仕事をしようと考えていても

仕事をしないことをなじられたりすることに関してはやはり納得が行かない。

効果がないとデイサービスに関して文句を私に言うのですが、その割には他のデイサービス体験や話を熱心に聞いたりもせずなのでこちらも

口調が荒くなって喧嘩になってしまう。

母はもう言わなくていいよ。自分しんどいことと嫌われる役をやるからと言ってくれるのですが一緒に食事する際にずっと愚痴を聞かされてしま

リハビリに行かないのでどうしても話をせざるを得ない状況が続いている。

どうしたらうまくやっていけるでしょうか。正直2日に一回ほど1時間話をしたりして疲弊しています

言ってもわからないので入院して歩行が回復してから戻ってきてもらうのが最善策なのかなとも思っています

アドバイスを頂けると嬉しいです。

追記 2017/04/22 4:39

もう見てる方いないとは思いますコメントブックマークありがとうございました。

しんどいなと感じていたので助かりました。

コメントに関して


親に任せて親の愚痴を聞いてあげるのがベストだね → はい言葉はきついですが言ってることは正論だなぁと。

最善策 → 自分は母と意見交換しますが自分意見100%通るわけでも何でもないので勝手に思ってるだけですね。

親が無能自分よりはるかに立ち回りと関係性作りがうまく、自分とは考えのプロセスなども違うので正直ものすごく尊敬しています

後々、母の言葉を思い返してみると祖母との関係などに関しても適切な視点対処策打ってるので自分とは比較にならないです。

まだ中学生兄弟関係が冷え込んだ父がいるので少しでも母の力になれたらいいなと思ったのですが、

自分が何かしても力になれないどころかこじれさせてしまうだけかもしれません。

悪化した時点で気づいてあげるべきだった → 本当にそのとおりなのですが、悪化し始めたときに気づくのって難しいと思うんですよね。

自分専門家でもないですし、祖母病気も全ては把握できていませんでしたし。

80代とうまくやっていける大学生の方が普通じゃねーわ 生きた時代が違いすぎるやん → ほんとにそうなんですよね。話題が乏しくなって愚痴を言ってたのかなぁとも考えています

id:aoi-sora ありがとうございます。認めてもらえたのは率直にありがたいなと。

id:takamurasachi 施設入所はかなり現実的になりつつありますはい自分人生優先で行きます

朝早くに見かけた女学生

すっかり昼夜逆転してしまい、夕方にベッドから出て、夜から事務所作業しながら、朝を迎えた。今日はあまりパッとしない曇天である

作業をしている内に小腹が空いたので、朝食を買いにファミマに向かう途中、綺麗なセーラー服を来た女生徒数人とすれ違った。近くに育ちの良い子達が通う女子校がある。

まだ7時だ。こんな早くから部活動でもあるのだろうか…自分場合、授業開始に間に合うよりも早く、学校へ来る事は無かったように思ったが、少し考えている内に、この時期の記憶がいくつか思い起こされた。

新学期、新学年、もしくは高校大学、新しい学舎に通う場合普段よりも幾分早く登校する事があった。

敢えてピーク時の通勤通学の電車を避けようと早起きしてみるなど、自分にとっての快適な朝の時間帯を模索するような事をしていた。

いつもより早い教室や、誰もいない食堂ロビーなどで自分時間を過ごして、漠然と新しい環境での振る舞いについて検討するような事が確かにあったのだ。

それでも夏になる頃にはすっかり慣れてしまい、時間通りに登校する事になるのだが…

新しい環境適応するため、どうしても余所余所しくなる自分を、なんとかその場所に馴染ませるような、どこか落ち着かない日々を過ごしていたように思う。否応無く変化を迫られる、自分の立ち振る舞いを省みる、そんな機会だった。

本当のところ、彼女達がどうなのかは知らないが、3年毎に新しい環境へ身を置き、適応するため自己を変容させる学生時代自分がいた事を全く忘れていた。

仕事の締め切りに追われ、それらを潰すべく慌ただしく働いている内、月日が猛烈な速度で流れていく。新鮮な気持ちはとうに消え失せ、変化の少ない日々の繰り返しの現在

せっかく4月なのだから自分にも何かしらの変化を迫ろうと思い、こうして、はてな投稿してみた。少しでも日々の張り合いを作れればと思う。

2017-04-13

働きたくない

体調を崩して、アルバイトをしばらく休むことになった。1週間くらいは様子を見た方がいいレベルのものだった。

その日はたまたま土曜日だったから良かったけど、月曜日から大学新学期

体調が悪いのをこらえ、何とか時間割を取りに行った。私は中古屋巡りが好きで、少しだけ帰りに覗いて行った。楽しかった。

次の日は前日に歩き回ったせいか、また体調が悪化してしまった。ずっとゲームネットを見て過ごした。

その次の日は学校に行けた。帰りにゲームセンターで大好きなゲームを久しぶりにやった。思えばバイトが忙しく、ここ最近触れてなかった。

そして今日。体調が悪くなったと言って、また大学を休んだ。大学に行けないほどではなかったのに。

それからずっとまたゲームネットを見て過ごしている。

涙がぼろぼろ出てきた。この一年バイトで忙しく、諦めてきたことがどれほどあったか。お休みがこんなにほっとするなんて。

好きでもないことを長時間やって、得られるのは最低賃金で、何やってたんだろう。でもこれに耐えなきゃ就職なんてとても無理だ。働けない。そして働きたくない。

2017-04-09

人様のお祝いや不幸が続いて家計が大変なことに。。。

わが子に新学期の準備してあげられなかった。

2017-04-05

明日から学校

Twitterとか見てると社会人の方々はもっと大変そうだなーって思うけど、自分は目の前にあることから逃げてしま

学生から許されることもあるだろうけど背が高く体格も大きいから成人に見られがちで、中身は同い年の人達の中でも幼いほうだからやばい、やばみです やばみ!

自立したいけど甘えてしまう…自分を追い込むべき??つかもう人間関係とか自分のやりたいこととかわかんねー!進級したけど!!新学期ってこんなに悩むもんだったっけ???泣きそう

2017-04-04

http://anond.hatelabo.jp/20170404083743

すごーい!

一方俺は起きたと思ったら普通に寝てて新学期初日遅刻ですよ

この生き方はもうそろそろ許されなくなるのであかん

2017-04-02

母親自殺を止めた。

今日母親階段首吊り自殺をしようとしていた。階段のところにあるオペレーター式の窓のチェーンに首を括り付けてそのまま階段から滑り落ちて首を吊ろうという魂胆だったらしい。

私は二階にある自室にいて、やたらバタバタ階段の方が騒がしいな、と思ったので様子を見に行ったら、無表情でチェーンを首に巻いた母親がいた。母親首には赤い跡が付いていて、「もうこうするしか方法がない」と言った。私は驚きよりも悲しみや怒りや呆れといった感情を強く抱いた。

母親自殺未遂をしたのは、たぶんこれで5回目。たぶんというのは、嫌な記憶忘却されつつあって覚えている範囲でも曖昧な部分があるからだ。5回という数字客観的に見ると、多いなと思うし、でもその数字以上に考えさせられることはたくさんある。

今回の自殺企図をする前も、私は母親明日通院している心療内科にかかりに行くことを約束した。私の記憶が正しかったら、前にこういうことがあった時にも、もうしばらくは自殺しようとしないと二人で決めていた。「自殺しないとはっきり約束してもらう」という対策法をどこかで見てから実践している。けれど、その決まりごとはは毎回破られる。その度に私の心は折れる。

自殺をしようとする人に対して、掛けてはいけない言葉がある。自分意見押し付けずに話を傾聴しましょう、とかこういう対応の仕方をしなければいけないみたいなマニュアルのようなものがあることは知ってる。でも、それを遵守できるのは、心が病んでいない人間だけのように思える。少なくとも私は、繰り返される自殺未遂に疲れてしまって、母親希死念慮を強く持つたびにもういっぱいいっぱいで、抑えていた気持ちが怒りとなって爆発してしまうようになった。自分ダメなことは分かっているけど、それをどうしていいかからない。

母親は「うつ気持ちうつになってみないと分からない」と言うけど、うつ病患者の近くにいる人の気持ちもも、その立場になってみないと分からないと思う。

躁鬱とまではいかないが、母親は気分の変調が激しい。数週間前まではテレビを見て、家事をして、と日時生活普通に遅れるのに、少し躓くと抑うつ傾向になってどんどん気持ちが落ち込んでいっている。体調が良いときはどこにでもいる普通母親みたいなのに、体調が悪くなると過去に何度も自殺未遂をした希死観念の強いうつ病患者の顔になる。その変容の激しさも自分の心の波が一定にならなくなってしまった原因のひとつだと考えている。

明日たぶん母親はかかりつけの精神科に行く。

そして私は、母親自殺未遂をしたなんてことを微塵も感じさせない笑顔を作って新学期を迎えて、友達に会う。

自殺を試みる人は、何度だって自殺しようとするし、止めることができなくても、それがその人の寿命なんだと捉える考え方もあるらしい。

自殺を止めて、それで苦しみながらも生きて、また死にたくなって。死んでしまうのとどっちの方が辛いんだろうと最近になって考え始めた。

2017-04-01

http://anond.hatelabo.jp/20170401194718

もう4/1だぞ、そういうのもういいから、新学期の準備でも始めろ

2017-03-27

ディズニーで育てられて

気づいたときからディズニーで育てられて、はじめて観た映画白雪姫自分ディズニーで育てられて、悪いことがあると思う。ディズニーにおける友達っていうのは、現実世界では親友レベルだと思うんだよね。これを中1のときまで気づかなくて、友達要求するものレベルが高過ぎて、友達が出来ないんだっていうのを思った。単に自分コミュ障なだけっていうのもあるかもしれないけど。あと、話しがほかの人と合う話題ほとんど無い。聴く曲もディズニー、見る映画ディズニー、見るアニメディズニーほとんどで小さい頃からそうなってて、学校同級生ジャニーズとかその他諸々の話題で盛り上がってるときに1人でぽつんとしてるっていうね!ディズニーって色々なジャンルがあるから新学期自己紹介ディズニー好きです!っていう人がいても話しが合わない。例えば、パークが好きでも、キャラ、ショーパレ、アトラクでも違うし、たとえショーパレ好きでも、ダンサーとか曲とか演者とか色々な分岐があるしね...。話しが合わないから話す人いなくて陰キャラになる。なにこれ。もっとディズニー好きな人増えてよ…

ディズニー好きで良かったことも結構あるんだけど、ディズニーだけで育てられると結構生きづらい。

2017-03-09

救済はもういいです、新学期があるでしょう、そちらには

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