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はてなキーワード: 高校入試とは

2017-10-29

中学時代ディベートの授業を受けた時の話。



日本人議論ができない 議論が成立しない人の特徴18タイプはてな村定点観測

http://hatebu.me/entry/discussion

読んだ。果たして議論が出来ないのは日本人だけなのか?むしろ人間議論が出来ないのではないか、なんて思ったけどどうなんだろう。

それは置いといて、そういえば私は小中高の間に何度か、ディベートの授業を受けた事があるんだよなぁ。たぶん小学校で一回、中学で二三回、高校で一回くらいだろう。充分に数をこなしてはいないがやったのはやった。しかしながら同級生の皆がそれで議論が上手くなったという事は全然無い。

ディベート(一つのテーマについて賛否に別れて討論すること)と議論(互いの意見を述べて論じ合う事)は違うからディベートやったって議論は上手くならないだろって事?そういうことなの……。

まぁよくわからんけど、とにかくサイバメ氏のエントリ読んで学生時代ディベートの授業の事を思い出したっていう話ね。

で、小中高で受けたディベートの授業の中で討論が討論として成り立った事は一度も無いし、クラス人間関係にかなりの悪影響を及ぼすという残念な結果だけが残った。私個人には得るものがあったけれども、そういう人は少数だったんじゃないかな?もう二度とこんな事はしたくない、うんざりだ!という人達が多かったんじゃないかと思う。私の見た限りでは。

中でも私的に最悪だと思ったのが、中二の時に社会科の授業で行われたもので、「ルーズソックスに賛成か?反対か?」というテーマでの討論。

討論のやり方は、まず皆で目をつぶって賛成か反対かに挙手をすることでクラスを二分し、論戦するというもの。皆必ず一回は発言する事、相手罵倒しない事がルール

どうなったか

たった一人の賛成派VS反対派30人で討論をし、反対派が圧勝を主張したが教師が賛成派の勝利宣言、賛成派一人が授業後に散々非難罵倒を受け、しばらくの間一部のクラスメートから嫌がらせをされる事となった。

なお賛成派って、私。孤独な戦いだったなぁ。授業後はいっそ負ければよかったんじゃね?って思ったし。でもある意味私の一人負け(私の勝ちと認めたのは先生だけで他全員は私の負けだと言ったので)だったお陰で、クラス人間関係クラッシュ度は低く、最も平穏無事に終わったかもしれない。

そのディベートの賛成派の勝因(教師曰く)は複数意見を出した事であり、反対派の敗因(教師曰く)は全員が全員自分意見を言わなかったからだ。

校則で決まっているから」「校則を破るのは悪い事だから」反対派はそれしか言わなかった。(私としてはそれらが「自分意見ではない」というのはどうなんだと思うが)

今になってみれば、双方の論がどうこういう以前に、テーマの設定もディベートのやり方もおかしいし、それより何よりディベートの授業を行えるだけの土壌が無かったのがよくないと、私は思う。

まず、「ルーズソックス」という、学校側としては明確に禁止とされており、不良の象徴として風紀指導対象とされているものテーマにすることが良くない。

そして、ディベートのやり方がおかしい。賛成派と反対派のバランスが悪い上に、勝敗を決するのが教師一人というのは良くないだろうと思う。5対5くらいで、審判も生徒数名にやらせ、他の生徒には感想を述べさせる、くらいでないと不公平だし教育効果も得られなくないか?(ま、そういうやり方でもやっぱり荒れるんだけどな)

でもって酷い事に、そもそも生徒達は教師学校を信用していなかったのであろう。これは授業後に散々叩かれた際に言われた事からの推測なのだが。

「どうせ内申点下げられると思って反対派についたのに」

「依怙贔屓されていい気になるんじゃねーよ」

ディベートの授業において、生徒がどちらの立場に立とうとも、その場限りの事としてくれるとは、皆思っていなかった。

敢えてこんなディベートやらせるのは罠だと思った。

教師は正しさではなく感情で生徒を判断する。

そのように生徒達は思っていたから、自分の本当の考えを言わず求められているとしておぼしき正解しか言わなかったのだ。

この例は極端に酷いにしても、ディベートなんて、根底教師学校、ひいては他者への信頼感がなければ成り立たないんじゃないかと私は思う。

発言した事により自分立場が脅かされるという恐怖が少しでもあるなら、いくら訓練しようがダメだし、僅かでも訓練に問題があれば、やはり自由発言してはいけないんだという思いは強化される。

しかしながら、適切に訓練を重ねる事によって他者への信頼を獲得できるのではないかという気も、するんだよねー。

どうしたもんだろう。

【追記】

http://b.hatena.ne.jp/entry/347188536/comment/masara092:embed]

ディベートって自身の信条の外側で意見を交わすことに意味があるのに自分の意見だけでどちら側になるか決めるって全く意味が無い感 - masara092のコメント / はてなブックマーク

ですよねー……。

ブコメトラバで言われている通り、ディベート練習なら自分とは関係ないテーマでするか、逆の意見で論じるかしないと効果無いと思う。

ちなみに私はルーズソックスなんかわざわざ学校に履いて来る事無いだろ、服装自由かいうけどルーズだって一部の集団の中でほぼ強制されているに近いし、と思っていたにも関わらず、賛成派の方に挙手したのだった。

何故かっていうと、これもある種の点稼ぎ。

当時高校入試小論文で、「ある問題について、対立する意見Aと意見Bのどちらかを選んで論じろ」(どちらを選択たかで加点減点はされない)っていう形式流行っていて、学校定期テストで出る小論の問題入試対策として大体いつもそれだったんだ。

その形式テストを何度か受けているうちに、自分の元の意見で論じるのがベストな結果(小論として)を出せるとは限らないと知った。自分の考えと論じ易さは関係ない。

自分脳みその引き出しに入っているもので充分戦えるかどうか、それが大事だと思った。

ルーズソックス問題に関しては、私もやっぱり突き詰めると反対派は「校則違反からダメ」くらいしか言える事がなく(よくよく考えれば他にもあるんだろうけど)、難しい戦いになるだろうと予想したから、賛成派にまわった、それだけの事だった。

2017-10-17

総合選抜

かつて、総合選抜という高校受験制度をとっている地域があった

(っていうか今調べたらすでに全国で廃止されたのを知ってビビった)

これは、市内のすべての私立以外の高校が同じ学力レベルであるという建前の元、

高校入試が1回だけ行われ、合格者は校区ごとに振り分けられるという感じになる。

合格率は9割を超えているのでかなりのアホ以外は合格、アホはアホな市立を併願するという形になる。

で、私の校区はおそらくは南高校だった。

ここは校舎が古臭く、生徒の進学先の質もあまりよくない。

殆ど同じくらいの距離にある東高校に行きたかった。

こちらは校舎が新しく、設備もいい。

進学先も優秀だった。

まぁつまり殆ど全部同じレベル高校でるよーという建前があったが若干の格差はあったわけだ。

多分偏差値にして10前後格差も無いだろうけど。

ここで特別ルールがあり、

市内の上位10%(うちの市の場合)は、合格すれば好きな高校を選べる、というものがあり、

充分その圏内に入っている私はそれの制度を使おうと思った。

担任相談したところ、「うーん」と及び腰。何故だ

「その制度でH高校に入れるはずの人が押し出されちゃうかもしれないから…」

は? なんでそんな奴の事を私がおんばかる必要があるわけ?

担任に反対され、親も及び腰になり、

私は仕方なく東高の特別クラスを受けることにした。

これは高校ごとの特色として存在し、3年持ちあがりで特化した授業を受けるクラス存在する。

H高校には理数コースがあった。

半分くらいは国公立大学に進学するエリートクラスである

正直私は理科国語が得意で、数学は得意ではなかったが、背に腹は変えられない。

英語も得意ではないので本当につぶしの効かない得意科目組み合わせ)

推薦というフィルターを潜り抜け、40人定員に60人受験合格

ちなみに早めに受験があるので、落ちた場合は通常の高校受験をするのでリスクは全くない。

数学むずすぎて、見事に落ちこぼれた。

問題の(1)と(2)だけやって(3)(4)をスルーするようなテストっぷり。

おそらく歴代コース生の中でぶっちぎりの酷い進学先をたたき出したはずだ。

ちなみに、この年の東高校高校生は定員割れしてた。

まり押し出される生徒なんて存在してなかったわけだ。

クソすぎ。

親と仲は良い方だけど、この件に関しては今でも親を恨んでいる。

2017-08-06

20年ぶりに高校入試問題を解いてみた。

20年ぶりに高校入試問題を解いた。

36歳一人暮らし独身無職

当時は全教科とも80点は取れていたと思う。

まれ都道府県と違うけれど、そこは誤差みたいなものとして。

暇つぶしというか、自分を振り返るために。

国語

5択ではなく、筆記で書かせる問題が多くて、しか登場人物の心情を書かせたりで、難しいところがあった。

現代文センター試験よりも難しいくらいだと思ったが、自分センター試験を受けたのは遠い昔なので、なんともいえない。

現代文文法問題を解きながら、現代文文法古文のそれに比べて難しいように感じた。

いまいち型にはまりきってないし、解説を読んでも解釈余地があるような気がした。

古文はとてもやさしい。

高校での授業が単純に上位互換だったからだと思う。

数学

代数確率はすごく易しく感じた。

これも、高校での授業が中学の授業の上位互換だったせい。

図形に補助線を入れたりして、相似の三角形を見つけて、比を取って長さや面積を求める問題全然解けなかった。

余弦定理を使って解けないかと思ったが、やっぱり相似を見つける必要があって、結局全然無理だった。

中央値や最頻値を計算させるなど、データ処理の基礎が問題になってたりするのが、昔とカリキュラムが違うんだろうなという感じを受けた。

理科

マグニチュードが1違うとエネルギーはどれだけ違うか?

みたいな問題があった。

地震速報が間に合わない理由を書かせるとか、やっぱり震災の影響ってこういうところにもあるんだなと実感。

生物細胞の絵や模式図は、解くには問題ないが、ちょっと変で、中学校の授業大丈夫か?と感じた。

社会

地図グラフから読み取らせる問題が多かったりして、すっかり暗記科目だった高校社会科よりも、SPIに近い感じで面白かった。

18歳選挙権ネタに触れるのも、今っぽくてよかった。

歴史問題は、かなり易しかったが、その反面ちょっとどうかと思ったりした。

断片的に「~の改革」みたいなキーワードだけ覚えてもつまらないと思う。

歴史はある程度のボリュームを学ばないと、そうさせたダイナミズムを学ばないと楽しくないと思う。

英語

これはかなり易しく感じた。

これも、単純に高校の授業が中学上位互換だったからだと思う。

英文読解が、将来の夢だとか、未来地球にむけてとか、夢のあるテーマなのが中学生らしくて、泣きそうになった。

簡単文章で、こんな少ない語彙で、こんなにも人を感動させられるのかと思った。

総評

全体を通してみて、思いのほか楽しかった。

高校の授業が中学上位互換だった科目(古文代数英語)は、非常に易しく感じた半面、高校選択科目になったような幾何や、地学は久々に解くとかなり疲労した。

何事も慣れなんだなと思った。

出来ないのではなくて、難しいのではなくて、慣れていないだけ。

努力すれば、人はなんでも出来るようになる。

努力を怠り、時間が経過すると、どんなことも忘れてしまう。

それから、18歳選挙権や、地震についてかなりのボリュームが割かれてたのが、とてもよかった。

大学入試だと、多少の時事ネタはあるものの、これほどは割かれない。

少なくとも自分大学入試を受けた時代は。

あの時はわからなかったことが、今だとわかることもあった。

問題者の意図だったり、未来を担う子供たちへの希望だったり。

2017-05-24

こゆるぎ岬

いちどだけ自殺しようと思ったことがある。中2の時。俺はクラスでかなりハードイジメに遇ってた。家に帰れば両親は離婚寸前でもめてるし、とにかく最悪だった。

当時、神奈川県中学では2年次にAテストというのがあって、高校入試にめちゃめちゃ影響する重要テストと言われてた。俺はその結果も散々だった。勉強なんかできる精神状態じゃなかったのだ。3才から一緒に暮らしてた犬も死んじゃうし、かわいいなと思ってた女子からバイ菌」と呼ばれるし、もう死ぬしかねえと思った。

文学にかぶれていた俺は、太宰治あやかって鎌倉のこゆるぎ岬で死のうと思った。太宰が心中に失敗した場所だ。

俺は太宰みたいに睡眠薬を持ってなかったので、家中の薬をかき集めて持って行った。でたらめに飲んでやるつもりだった。

こゆるぎ岬に着いて岩畳の上でぼんやり突っ立ってたら「おい」と呼ぶ声がした。

振り返ると、ネプチューン名倉みたいな妙に濃い顔のおっさんが立ってた。片手にでかいビデオカメラを抱え、もう片方の手で缶ビールを握ってた。赤ら顔。完全に酔ってた。

おっさん映画撮影中だと言う。それだけならまだしも、俺に協力を仰いできた。浜辺でのカンフーシーンを撮りたいから、ぜひ闘ってくれという。完全にヤバイ奴だと思った。

断ってその場から走り去ることもできたが、おっさんはすぐに三脚を用意してカメラのセッティングを始めた。その様子をぼーっと眺めていると、おっさんが「よーい、スタート!」と叫んでいきなり俺に飛び蹴りをかましてきた。蹴りは俺まで届かず、おっさん勝手に転んで派手に尻餅を付いた。俺はなぜか爆笑してしまった。おっさんうずくまりながら「撮影は中止だ」と呟いた。

それからおっさんはなぜか俺にもビールを勧めてきた。おっさんクーラーボックスを持参していて、中に大量のビールが入っていた。

俺は生まれてはじめて酒というものを飲んだ。ぐでんぐでんに酔った。泣きながらおっさんに洗いざらい喋った。勉強のこと、いじめのこと、両親のこと。おっさんがどんなリアクションだったかはおぼえてない。

おっさんはなぜか別れ際にヌンチャクをくれた。そして、浜から見える大きな病院の方に帰って行った。

あのおっさんは何者だったのだろうか。ひとりで酔っぱらってカメラを持ってうろついてた。中学生の俺にいきなり飛び蹴りを仕掛け、そのあとがんがんビールを飲ませた。まったくろくなもんじゃない。

でも俺は自殺を免れた。それに今もこうして生きてる。おっさん世間的には不審者と呼ばれる部類の人だったのかもしれないが、俺にとっちゃ救いの神ってことになる。

あの暗黒時代をどうやってくぐり抜けたのか、今となってはさっぱりわからない。ヌンチャクはとっくに無くしてしまった。でもたまにおっさんのことは思い出す。こゆるぎ岬のおっさん

2017-03-18

論文の書き方自体調べりゃ一応出てくるわけで

小論文程度なら中~高校入試勉強するわけで

もっと言えば他人に読んで理解評価されるための文は小学生読書感想文や作文で書かされるわけで

大学行ったかどうか以前の問題

2017-01-20

静岡県韮山高校の体育の授業について まとめ

10年以上前情報も含まれているので、現在とは異なっている可能性もあります

服装

女子は股下10cm丈の黒いショートパンツホットパンツ?)。体育座りをすると下着やナプキンが見えてしまう。

・太っている生徒は露出した腿がこすれて股ずれを起こしてしまい、赤く腫れあがることがあるが、特に配慮されない。クロカンでは身体的にも精神的にも激しい苦痛を伴う(後述)

ジャージの着用は禁止。そもそも学校指定ジャージはない。冬期に寒冷じんましんが出る生徒がいるが、特に配慮されない。

・準備体操まではジャージを着用していても良い。その際のジャージ部活ジャージでも私物でもなんでもいい。

●韮高体操、二人組、ダンス、マット運動

特筆すべき点なし。他校と同じ普通の体育。

以下、補講が科せられる授業について記します。

水泳

・ひたすら泳がされた。

・泳ぎ方は教えてくれなかった。平泳ぎは手足の動かし方が分からなくてできなかった。

・泳ぎ方を教えてほしいと教員に頼むと「他のやつを見て自分で学べ」と言われる。

・授業を欠席・見学すると放課後に補講があり、500m泳がされた。

・補講では足をついていいのはプールの端だけというルールがあった。つまり50mは足をつかずに泳がなくてはならない。

・足をつくと50m無効になった。

・まったく泳げない生徒は10m泳いでは足をつき、プールの端まで戻り、また10m泳いでは足をつき・・・を2時間繰り返し、教員から「もうお前帰っていいよ」といわれるのを待たなければならなかった。

●新体力テスト

韮山高校は新体力テストが男女とも県1位なのを誇っており、新体力テストで記録を伸ばすためにさまざまな工夫(と不正)を行っていた。

・まず全種目のテストを行い、2ヶ月間授業と補講でトレーニングを重ねて記録を伸ばしていく方式

最初テスト目標値に達しなかった種目があると補講票が渡された。

・補講票はA7くらいの紙片で、種目名と氏名欄、補講日とその日の記録を書く欄があった。

・各種目、少なくとも週1日は補講日が設定されていた。

シャトルランなど補講対象者が多い種目は週3日などもあった。

・補講は放課後に行われた。反復横跳びなら反復横跳びを行い、記録を補講票に書いて体育課に提出した。

・記録が目標値に達していれば補講票は返却されない。もうその種目の補講に出る必要はないということ。

・記録が目標値に達していないと「再」のハンコが押されて翌日朝にHRで返却された。

目標値に達するまでは、何回でも補講に出席し続ける必要があった。

・体育の授業での記録を補講票に書いても良いことになっていた。

・体育が苦手な生徒は複数種目で目標値未満なことが多いので、毎日補講に出る必要があった。

・補講が長引いたり、毎日のように補講に出ていると部活動への参加が遅くなってしまった。

・補講は部活動に優先したが、補講のせいで部活動に遅れると顧問から叱責された。

シャトルランの補講に週3回出ていると疲労が溜まって記録がどんどん悪くなった。

・補講対象者が減ってくると一日で全種目を行うこともあった。疲れるし、部活に出られなくなった。

・結局、補講を終わらせるために生徒は実際の記録より高い記録を補講票に書くようになった。

・そもそもこの補講システム、生徒が自発的に記録を改ざんするのを狙っていたようだ。

・補講システムが功を奏し、韮高は十年以上連続で新体力テスト県内1位を達成している。チーム韮山の成果である

クロカン

・授業では女子は30分~40分で5km走る。男子は同7km

・授業時間内に走りきれない人は前の授業を途中で抜けて、先に準備してスタートするよう指示があった

・全授業で、絶対指定された距離を走らなければならない。脱落は罪。

・途中で過呼吸を起こすなどしてリタイアした人や授業時間に間に合わなかった人は教員に車で回収されるが、その際必ず罵倒された

 「気持ちが足りない」「気持ちが弱い」「気持ちが表に出ている」など抽象的に罵倒された

男子生徒は背中、肩などを殴られることもあった。

ぜんそくやチアノーゼを起こしている人も罵倒されていたし殴られていた。

・さすがに女子には体罰はなかった。

・太っていたり脚が太い生徒は股ずれが悪化出血することがあった。

・股ずれの出血は、はた目には急に生理が始まったようにも見える。恥ずかしさのあまりか、顔を覆って泣きながら走っている生徒がいた。

・股ずれを理由とした体育の見学許可されなかった。

見学した人は後日の放課後に授業と同じ距離を走るノルマがあった。

・たとえば1週間風邪を引いて授業を3回休むと5km*3=15kmが課せられる。風邪が治り次第毎日走って少しずつ返済しなくてはならない。

クロカン本番の順位指定校推薦と密接な関係があると聞いたことがある。

●「韮高の体育は第二の入試

・「韮高の体育は第二の入試」という言い回しがあった。主にお互いを励ますときに使ったりした。

・「韮高の体育は高校入試並みに辛く厳しい」の意だが、体育に耐えられなくて不登校になったり、中退したりしてしまう生徒がいるのは仕方がない、という意味もある。その生徒は「第二の入試」に不合格になった、ということ。

・実際、不登校になって中退する生徒は多い(後述)。

●影響

自律神経失調症になってしまう生徒がいた。

文化部女子生徒を中心に、市販薬の乱用が流行した。「ロキソニンを5錠飲んでから走るとお腹が痛くならない」などのテクニックが広まっていた。

中退率は2%台後半から3%。一応進学校なのに全国平均を大きく上回っている。

(もちろん海外留学などポジティブ理由中退も含まれる)

●近年の動向

地域中学校進学塾でも「韮高の体育は厳しい」と知られるようになったため、

体育が苦手な受験生三島北・沼津東に流れる傾向がある。

そのため韮高生の平均レベルが上がってしまい、体育な苦手な生徒にとってさら過酷環境になった。

2016-12-19

親の虐待発言、行動の備忘録

親のことでしんどい

http://anond.hatelabo.jp/20161215004851

元増田です。親から逃れるべきだという意見が多かったので、虐待記憶を辿ってみます虐待だと認められれば、逃れられる確率が上がるそうです。公開することを許して下さい。


暴言

・「血がつながってないっていうのは忘れるなよ」

【状況】引き取られた当初、小学校低学年時

【補足】この後、血がつながってないという言葉を知った増田は、妹に「でも血がつながってないし」という発言をする。母から教わったとおりに振る舞っただけなのだが、この後、ここで増田が妹に言ったのが全ての発端という扱いを受け、事あるごとに「お前、血がつながってないって言ったよな?ヒドいやつ」となじられる。小学校低学年に「血がつながっている」という概念があるわけないのだから、親世代から教わらない限り、発言が出てくるはずがない。

・「私の娘と恋愛状態になったら殺す。お前も殺すし、娘も殺す。一方的恋愛感情を抱いても殺す」

【状況】引き取られた当初、小学校低学年時

【補足】ちなみに、姉に関して父が「年齢の割に色気がある」と言ったことを発端にして、母は自分の娘が美人だという誇りを得ていた。そこでやってきた義理の息子によって貞操が脅かされる危機を感じたようである。どう考えても警戒すべきは父の方だった。(実際、父は性的虐待をしていた)

・「屁理屈ばっかり言うよな。『違うよ、豆電球だよ』とか」

【状況】事あるごとに、増田発言するたび

【補足】増田アスペルガー気味なので、変な訂正を入れることがよくあった。来た当初も、妹が「豆球」と言ったのに対して「豆電球だよ」と言ってしまった。それ以降、「豆電球とか言ったけどな、そんなのどうでも良いんだよ。屁理屈ばっかり」としつこく言ってくるようになる。それこそどうでも良いだろうが。まあ、エピソードとしてはまだ笑える方だと思う。

・「こっちがこんなにやってんのに、お前は心を開こうとしない!!」

【補足】やはり増田アスペルガー気味なので、相手との距離感が分からない。それを心を開こうとしない、と取られてしまった。なお、「こんなにしてやっている」という発言は子に対しては基本禁句だと聞いている。

・「感謝しろよ。お父さんはお前を引き取るつもりはなかった。私が可哀想だと言ったから引き取ったんだ」

・「お前算数しかできんよな。算数とか、答えが一つしかないんだから、出来ても何も偉くない」「私は子供の時、国語が出来た。国語は解答が一つじゃないから、国語が出来るのは凄いことなんだ」「娘達は国語が得意だから凄い。お前は国語が苦手だから凄くない」

【補足】ぶっちゃけた話、別に兄弟国語を得意としていたわけではない。なお、国語基本的に解答は一つにしかまらないということを高校受験の辺りで知る。

・「お前だけ、生まれた年が偶数だな。やっぱお前仲間はずれじゃん。血で見ても仲間はずれだし、どうやってもお前は仲間はずれ」

【状況】居間テレビを見ているとき、何かが発端で

【補足】この後、泣いてしま増田に対して、「何泣いてんの?事実を言っただけじゃん」と続く。

・「この猫は3年前から飼ってるのよ。お前がこの家を出ていったのは2歳のときから、お前はこの家にいる年数が猫よりも短いことになるな。自覚しとけよ。お前はこの家においては猫以下」

・「もう出て行けや!今やってる母をたずねて三千里みたいに本当のお母さん探しに行っとけや!!」

【状況】怒られるときに。母をたずねて三千里の再放映期間中

【補足】このときに出ていった方が良かったのかもしれない。

・「何でお前、お父さんが帰ってきたらすぐに居間に来るわけ?お父さんがいないとき居間に来ないの何なん?」

【状況】父がいない状況で増田の部屋にて

【補足】引き取られて半年ほどで、父がいる前では上記のような人格攻撃がないことに気づいた増田が取った行動。ちなみに母はこの言葉の後、「お前がお父さんとずっと過ごすわけじゃないだろ?私が一生過ごすわけ。」と続ける。

・「お前が家に来たせいでな、姉に一人部屋が与えられんようになったんだけど。分かってるの?」

【状況】増田が一人部屋になってから半年以上は継続的

【補足】子供用に出来る部屋は2つ、同性同士じゃないと同部屋には出来ない、18歳で家を出ていかないといけないという約束(これは実子も)によって、姉は一人部屋が得られないと母が気づいた結果出た言葉しかし、この4年後に姉は一人部屋になり、増田と妹が共同で部屋を使うことになる。もちろん謝罪発言撤回は一切なし。

・「お前は私の実家には連れていけない。後から引き取ったなんて、恥ずかしくて言えるわけない。だから、お前は私の実家から見ると存在してないの」

【補足】なぜ「存在してない」という言葉を使う必要があるのかは不明。なお、実家に言っていないのだが、祖母には伝わっていて、彼女はいつも小遣いを実の孫でもない増田にくれた。何度か会ったが、この人は良い人だった。

・「こっちはあんたに対してな、腫れ物触るみたいに接しないといけない!!」

【補足】上記を鑑みる限り、外科手術で取り除く方の腫れ物である

・「こっちが親切心からお菓子買ってやってるっていうのに、兄弟に渡すなボケ!!!

【状況】買ってもらった4個入りのお菓子兄弟に分けていたとき

【補足】以降、どんな他人に対してもおすそ分けをするのが怖くなる。

・「紅白饅頭をなんで一人で食ったんじゃ!!常識がないのか!!姉はちゃんと私らに配ったぞ!!!

【状況】小学校卒業式から帰って割りとすぐに

【補足】上記の発言と完全に矛盾するがお構いなし。もちろん、殴られながらである。この後、増田は「饅頭でそんなに言われるのはおかしい!」と泣きながら抗議したが、「食い物の恨みは恐ろしいんじゃ!!!」とまた何発も殴られる。恨みって、饅頭もらえると思ってたのが裏切られたってことだろうけど、別にあげる宣言もしていなかったし、紅白饅頭によって飢えたわけでもないので意味不明。以降、紅白饅頭が苦手になる。

・「こないだのフラワーアレンジメント教室あんたのお母さん来ていたよ。女の子連れてて新しい人生歩んでるみたい」

【状況】母がフラワーアレンジメント教室講師をしていたとき、家に帰ってきてから

【補足】実母は他に子供がいないし、隣の県のフラワーアレンジメント教室に参加して、寄りによって元夫の現妻が講師をしているところに遭遇するわけがない。増田支配たかったのだろう。

・「お前が修学旅行で家を空けてるときに、皆で一つの部屋で雑魚寝したの。お前も、こういう家族の絆を確かめること、したいよな?」

【補足】別に雑魚寝をしたいと思ったわけではないが肯定してみた。以後、母が父に雑魚寝提案したということはなかった。ただの嫌がらせである

・「お父さんには私が蹴ったって言うなよ。階段で転んだと言え」

【状況】模様替えで服を運んでいた際、増田が母に「遅いんじゃ!!もっと早く歩け!!」と後ろから不意に蹴られる。そこで勢い良く倒れた増田が犬歯で口腔内の肉をえぐってしまい血が思い切り出たとき

【補足】その口腔内の肉は今も少し盛り上がっていて、舌で触ると自分では分かる。ちなみに、母はもちろん謝らなかった。

・「私とか姉はな、皆に注目されてるから転けて怪我したら絶対にみんなが大丈夫!?って心配してくれる。お前は誰も注目してないから転けても誰も気付かない」

【補足】確か、ここで妹の名前は出ていなかった。

・「お年玉まだあるだろ?家計が苦しいから全員お年玉の残り出せ」「隠してた場所に無い?無いって言ったらくれるとでも思ってるんだろ?」

【状況】中学生の時の2月くらい

【補足】増田自分で隠し場所を移したことを忘れていた。この時は増田は意地汚ったため、母からこの手の発言が多かった。

・「テレビ見たら分かるけど、料理人は全員男だろ?だから男は料理できないとダメ弁当自分で作れよ。私はしんどいから毎日起きるのは無理」

【補足】専業主婦発言である自分存在意義はありませんという宣言とも取れる。

・「ブサイク」「なんでお前そんなブサイクなん?」「ブサイクで応募とかやめてくれない?姉なら良いけど」

【状況】前二つは事あるごとに、三つ目は、姉が芸能プロダクションに応募したいと言ったとき増田が便乗したことに対して

【補足】自分でも送って受かってたとは到底思えない

・「お前の習い事大会がある度に隣の県に連れて行かないといけない私の身になってみて」

【状況】父の一言で始まった習い事大会試験)に対する愚痴

【補足】妹の習い事は同一県内で完結していたので文句を言わない。父にはこの愚痴を言わない。

・「模試とか受けるな。塾から勧誘電話かかってくるだろうが。迷惑考えろ」

【状況】高校入試県内模試を受けたいと言ったとき

【補足】母は専業主婦である

・「お前は本当にご飯のおかわりをよくするよな。メシ代考えろや」

【補足】ご飯を2杯食べることが多かった。いくらでも食えと言ったのは母である

・「お前、背低いよな。チビモテないよ。顔もブサイクだし」

【補足】小学校の時は低かった。中学で平均より少し低い程度になった。

・「お前クサい」「この部屋クサいわ」

【状況】中学に入ってから事あるごとに

・「お父さんに聞いたら、あんたのお母さんワキガなんだってさ。だからお前がクサいのも納得だわ」

・「私は子供の時に入院してて、病弱なんだ。娘も私に似てか弱いところがある。本当に心配しないといけないし、お父さんも心配してる。可哀想に。お前は健康のものだな。可哀想でも何でもない」

・「○○をしたら100万円払えよ。誓約書書けや。拇印も押せ。よし、これは私が保管しておくから

【状況】小学校とき。○○の内容はよく覚えていない。何か、行動が制限されるものだったと思う

【補足】半年ほどしてから、内容を破らなかったということで、誓約書が破棄された。「社会勉強になっただろ?」なんて言ってきたが、こんな脅迫関係を知りたくはなかった。

・「お前は血液型O型から自己中心的」「私たちは全員AB型から、気配りがあって几帳面で~~~~」

・「お前は一人っ子から自己中心的

・「お前は上(姉)も下(妹)もいるか自己中心的

【補足】小学生相手大人レッテル貼りをすると反論できない。

・「またポコポコ言わせる」

【状況】食事の時、ほぼ毎日

【補足】母によると、増田食事の時には「ポコポコ」という音がするらしい。空気の音だとか。どう気をつけてもポコポコ音がするらしい。なお、自分では一切聞こえない。咀嚼ときに口の中から空気を出来る限り追い出しても全く変わらないらしい。母は、毎日ポコポコ言わせる」と言ってくる。しまいには、わざとその「ポコポコ」音を自分再現する。それを毎日毎日毎日繰り返す。ポコポコ音とは一体何なのか、どうすれば消えるのか、それが一切わからないまま、ポコポコ言わせている自分テーブルマナーのない非常識人間だということを自覚させられるため、夕食は苦痛だった。

・「私は出かけるけど、一人で遊んでたら裸にして手足縛ってベランダ放置してやるからな」

【状況】真冬小学生増田が熱を出して学校を休んだとき

・「この疫病神!お前が関わると全部が台無しになる!」


暴力

・クシで股間を何度も突く

【状況】何かで「お前それでも男か!!!」と怒鳴りながら

竹刀で何度も叩く

・家の中で父の前科馬鹿にしていたのに、増田が外でそのことを話したのに対して「家の者の恥を他人に言うな!!!!」と折檻

【補足】増田イジメをした(本当はしていない)のに対して、母には「増田が傘で殴ると脅しつけた」というように改変されていた。その話を母は友人その他に電話で何度も言っていた(部屋が隣なので聞こえた)。その度に、「卑怯だろ?やるなら自分の手でやれよな」などとコメントを付けていたが、上記二つはこの言動と完全に矛盾する

・殴りつけた上で水を入れている途中の浴槽に叩き込で怒鳴りつける

【状況】小学生である増田風呂掃除が甘く、水垢が一部落ちきっていなかったため

【補足】母は専業主婦であるが、風呂掃除子供がローテーションで行っていた。

子供食事が遅いと、その子供の箸と茶碗を掴んで、口の中に無理やり掻き込む。子供は噛めないまま口の中に次々と入ってくるので、反射的に吐きそうな動作をしてしまう。そうすると、また怒鳴る。

【補足】これは増田だけではなく兄弟全員


奇行

毎日馬鹿みたいに酒を飲んでいる父親に腹を立てて、栓を開けたビール缶を逆さに持って廊下を往復する。

【補足】そのまま不貞腐れるので、濡れた廊下を拭くのは子どもたちの役目

夏休み日記をつけていなかった増田を叱る(これは普通)→増田夏休み日記帳に「毎日付けるのが面倒だからって先に書くのかボケ!!」と殴り書きをする

【補足】ちなみに、「先に書いた」のではなく、前年の夏休み日記帳であった。もちろん、自分勘違いに関して謝罪しない。消しゴムでは消えないレベルの強い痕だったが、あれを提出させるつもりだったのだろうか

増田に贈られてきた「実母から誕生日プレゼント」と、母が買った誕生日プレゼントを「どちらか」選ばせる

【補足】この手の踏み絵好きな人である

増田の実母から届いた年賀状を破り捨てる

【補足】増田も扱いが全く分からなかった。年賀状に罪はない(お年玉キャンペーンもあるわけで)。



投稿し直しました。また書き足していきます

2016-06-14

思えば今の不安定生活の根源は、高校に入った時点まで遡ることができそうだ。

自分中学3年まで軟式野球をやってきていた。高校入試のために野球から離れてひたすら受験勉強に打ち込む時間ができた。まあそこまで勉強したわけでもなく、ときには友達ゲームをしたりしていたんだけれども。

いろいろやって、その地区で一番偏差値の高い公立高校入学することができた。このあたりの時期は、もう野球はやらなくていいかなというふうに考えていた。

ここですね。親には高校でも野球をやりなさいと言われたので、しぶしぶ野球部に入部したけど、2日で行かなくなってしまった。

別に野球部の人たちを馬鹿にするわけでもないが、スポ根的なものとか、毎日身体を疲れさせなければならないということの方に嫌気がさしてきたのである

部活に行かなくなったことは、すぐには親には伝えなかった。それまでの経験から、これはとてつもなく怒られることになるだろうということが分かっていた。すでに高校用の野球道具も買っていたので、なおさらだ

それからとにかく生産的でない生活をしていた。放課後部活に行っていることになっているので、授業が終わってから帰宅することはできず、地元本屋に入り浸ったり、親に見つからない場所レンタル漫画を読んだりしていた。

そろそろ帰ってもいい時間かなと思ったら、小学校グラウンドに行って、練習着を汚して、今日はどういうことがあったなどの嘘の報告を考えていた。

我が家では、帰宅したらだいたい親に何か出来事があったら報告するようになっていた。部活に関することはもちろんである

そういう生活を一ヶ月ほど続けていて、そろそろ隠しきれなくなってきたので、こっそりと伝えたら、当然ながらひどく怒られた。何度も殴られたし突き飛ばされた。

このあたりで、自分自由時間が欲しかったんだなあということに気がついてきたが、そんなことを言ったら勘当されかねないと思っていたので、ずっと言わずにいる。

まあなんやかんやあって部活を辞めることに成功した。もうだいぶ親との関係の雲行きが怪しくなってきていて、帰宅してからずっとビクビクするようになった。

友達はいない訳ではないけど少なかったし、特に場所があるわけでもなかったので、図書館に行ったり学校中をぶらついたりしていた。

二人組を作ると余るような人間だったので、気配りのできるような人にすがっていくばかりだった。

それでも、ちょっと勉強ができる方だったことと、高校雰囲気として質がそこそこ高かったこととで、いじめられたりすることは最後までなかったし、これに関してはいろいろな方面感謝するしかない。

体育祭の時期になったら、体格が悪いわけではないという理由ピラミッドの下段ばかりやる感じで、3年間ずっと係の仕事をさぼっていて、特に目立つことはなかった。

いやあったわ一度だけ。3年の文化祭ときだ。このときだけ、誰が教えたのやら、先生に知られ、クラス作品担当をすることになった。

そのとき担当の人はもう3人いたんだけど、2人は部活があってあまり作業できなくて、もう1人の人と作業をしていることが多かった。

作業をしながら、愚痴のようなものとか、家庭に対する吐露とか、そういう話ばかりしていて、実はそのときが一番生き生きしていたのではとさえ思ってしまう。その友達とは、高校卒業した今でもときどき連絡を取り合っている。

高校基本的に悪くなかったはずで、じゃあ何があったかって、やはり家族関係のことを考えると頭痛がするということだった。

もうちょっと高校時間有意義に使うべきだったなあというのはずっと思っていて、具体的には人間関係を広めるべきだったということで、気を配ってくれるような人とはけっこう仲良くなっていたけど、普通の人とはそこまで交流がなかった。もったいないことをしたなあ。

まあそんな感じで高校もやっていて、無事に大学に現役合格して、これでめでたしという感じでいくつもりだった。念願の一人暮らしで最高。最高だったらよかった。

本格的におかしくなったのは、大学1年の秋になってからだったと思う。

寝坊するということがあった。まあ寝坊ぐらいは以前からも少しはしていて、ぼくはそんなに異常を来していたとかそういうつもりはないんだけど、親のほうが敏感になっていて、何度も電話をかけてきた。

挙句の果てには、毎朝電話をかけてやるということを言うようになった。おいおいマジかというふうに思ったが本当にかかってきていて、すくなくとも大学のある日とか、食堂が開いている日はずっと朝電話がかかってきている。

それで起きる日も、その前に目が覚める日もあるんだけど、そこから生活おかしくなって、常に監視されているという気分が止まなくなった。というか実際に監視されている。

大学生協で買ったものも、食堂で食べたものも見られてるし、いろいろなことを聞き出してきて、辻褄が合わなくなったら責めてくる。

せっかくの一人暮らしなのにまったく一人暮らしらしさが消えている。本末転倒だ。

家のお金があまりないのは分かっていることなんだけど、段々と大学かいろいろなことに対するモチベーションが低下してきていて、留年を見据えてしまうようになった。もちろんそんなことは親には言ってない。

いろいろなことが強制されるようになっていて自立とはという状態になっている。

親に関して、どうやら自分の子が見えないところで何をしているのかがほんとうに気になるという性分なんだろうなあ、というふうことが最近わかってきていて、ため息をつくしかなくなっている。

電話に出て、適当に返事して、何か問い詰められたらつらい気持ちになって、講義に出たり出なかったりしている。

親へ、これを見てるんだったら今すぐ毎朝電話するのをやめてください。もう何回か伝えたと思うけど。せめて月に数回とかにしてください。ぼくはそんなに電話がうまくないし、朝からつらい話でモチベーションを下げられることほどつらいことはありません。

さすがに大学に行かせてもらっている身分だしやるべきことはやろうと思いますので、毎朝を進捗報告と詰問の時間にするのをやめてください。

もう最悪な文章しか書けないので、気分を紛らしに散歩にでも行こうと思います

 
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