「高校入試」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 高校入試とは

2020-12-10

ケーキが切れない非行少年少女三等分させる前に四等分させる方が先では

そう考えると三等分は健常者でも難しいだろ。

分度器で測るのか?

数学クラスタで定規も分度器も使わず三等分する絶妙な技が編み出されてるけど、ちょっと難易度高い中学入試高校入試で出題されそうなレベル

答えを誘導するなら自分理解できるけど、いきなりは思い付かなかった。

ただ、切ったケーキを道具にして、それを使って更にケーキカットする、という手間をやる必要があるのか分からん

3人で等しくカットされてないと言い争いになるならやるべきだけど、普段からそんなこと気にしてたらスーパー惣菜社食でさえ文句を言い出しそう。

2020-12-09

anond:20201209185000

中学は違うだろ。

まぁ高校でその傾向がある道府県は多いので、中高一貫行くのは最エリートコースであるトップ公立高校入試から親の金で逃げたと見られるんだけど。

anond:20201209182015

私は中学高校公立だけど教員の方がやばかったぞ。

ちなみに年齢は数え年で36。

キモオタ教諭がずっと中学時代担任だったし、高校偏差値60弱だけど進学校並みに体罰が多かった。中には空き教室に一人だけで何分も閉じ込めて授業に出させないという会社パワハラ紛いの体罰をする教員もいた。

おまけに高校時代の3年間一緒だった担任数学教諭は元女性暴走族気取りで、同学年の別のクラスの人からすら異様さを知らない生徒はいなかった。

私も私ですごいことをしていて、高校入試は社会公民だけでたらめな解答で提出して残りの科目は満点を取って受かったし、大学センター試験物理数学1A2Bで満点を取った。ちなみにセンター試験リスニングのなかった時代の話ね。

ちなみに最終学歴は某政令指定都市国立大情報科学系(某鉄道YouTuber卒業予定のところ)ね。偏差値早稲田慶応上智にボロ負けしていてGMARCHよりは上の方。

anond:20201209174846

ジャージ恫喝はあったが、棒は100%PTA経由で教育委員会に刺される時代中学卒業したのでわからんな。

そもそも公立王国って言われる地域出身で、高校入試を割とどの中学教師も気にしてたという地域性も大きいかもしれん。

anond:20201209173312

全国学力調査高校入試における全国的内申点比重の低下(これを理解していない人も多い)、学区制の廃止露骨競争さらされた結果、受験応援するしかなくなってるんじゃ無かろうか。

2020-12-05

今年の大阪公立高校入試過去問を買うより

予想テストを買うほうがいいんじゃなかろうか

2020-11-18

有名国立大学中退しました

初めて長文をネット投稿するので、不備があったら申し訳ありません。また細かい部分は匿名性の保持のため一部改変してる可能性があります

タイトル通りですが今年の9月某国立大学を中退しました。現在24歳です。大学には理工学部に5年半在籍していました。1回生、2回生までは普通に進級できたのですが、3回生でつまづき(後述)、そこから休学を挟んで3年半3回生を繰り返して最終的には中退しました。

幼少期から勉強は非常にできる方でした。勉強するという点においては他の子と比べてあまりに要領が良かったのだと思います勉強時間はそんなに取らずとも吸収力はすさまじいタイプでした。両親の学歴はともに平凡でしたが教育熱心で幼稚園から公文などの学習を始めていました。小学校4年生から学習塾に通い、中学受験もして難関中高一貫私立校合格入学しました。

ただ私自身は勉強自体が好きだったというよりはゲーム感覚で解けるのが楽しかっただけでした。そして中学受験までは良い大学に入って良い企業就職するということが当たり前の幸せ人生目標といった感じでなんの疑いもなく勉強していました。しか入学後にその考え方は複数理由で消え去りました。この「良い大学に入って良い企業就職する」という考え方は、後に両親が一種洗脳に近い考えを私に植え付けていたのだと感じました。もちろん前述のようなレールに乗っかる人生設計は社会的成功する可能性を高めてはくれるので他の人から見れば贅沢の浪費だと考える人いるかもしれません。しかし当時の私はそうは思えませんでした。

中学入学以降私の成績は落ちていきます中高一貫校に入ったおかげで高校入試もなく、生徒の自主性を重んじる校風もあり強制されて勉強させられることもありませんでした。自由時間が増えたので私は遊ぶことに費やしました。テレビゲームだったり部活仲間とのカラオケボウリングなど、一般的中学生でした。成績は落ちたと言っても有名私立校で真ん中くらいの成績でした。これは高校3年生まで変わりませんでした。勉強時間も日頃は宿題をやる程度でテスト前だけ範囲分おさらいするくらいでした。

しかし、勉強好きだった(ように周りからは見えていた)私が勉強しなくなった一番の理由は、周りの圧倒的な天才集団を目の当たりにしたからでした。もちろんそれは一部の生徒でしたが、数学オリンピックメダリストだったり、論文コンテスト最優秀賞だったり、とにかく次元の違う天才ゴロゴロいました。もちろん彼らも類稀なる才能の他に血のにじむような努力はしていたに決まってるのですが、当時の私はその才能に嫉妬し、「とてもじゃないが敵わない」と感じ、トップブトップを目指すのをやめてしまったのです。そこから勉強するのが苦痛になりました。「どうせあいつらには勝てないのになんで勉強する必要があるんだ」と。

その結果勉強の方はなあなあで高校3年生まで過ごしてしまいました。それでも一定学力は維持していたので効率よく勉強する才能だけはあったようです。

とにもかくにも高校2年生になった私は自然大学受験意識し始めます。将来の夢もそれのために行きたい大学もなかった私はとりあえずどちらかというと得意だった理系選択します。大学受験しないという生徒は周りに1人もおらず、仕方なく周りに合わせて大学受験する、といった感覚でした。

高2のときは一応東大を目指していましたが本気で勉強しないで行けるほど甘くはなく、高3の夏にはランクを落として某国立大学を目指すことになります。その大学ですら日本ではベスト10に入る有名大学で、企業からも高く評価されている大学です。「この大学にならほとんど勉強せずに入れるぞ」と感じ、それでいて社会的一定評価を得られると思ったのです。

実際高3の夏以降の平均勉強時間は、平均1日5時間もなかったと思います

そんな舐めた私ですが、センター試験、2次試験ともに無事終了し、結果は合格

世間一般受験生からすればほとんど勉強せずに有名国立大学に入って「しまい」ました。自分受験に対する計算がぴったり合っているくらいの小さな努力とそれなりの結果の相関があり、割と満足してました。

大学は自宅から通える範囲ではなく、ひとり暮らしをはじめました。大学生になってから自由を得たこともあり、誇張なしに全く勉強しませんでした。1回生、2回生まではほとんど単位を落とすことなく進級できましたが、そのあたりで異変気づきます。「授業についていけない」と感じることが多くなってきたのです。大学理系科目の高度な授業を勉強せずとも理解ができるほど私は天才ではありませんでした。同級生過去問などをもらったりして単位を拾ってはいましたが次第に大学の授業に出られなくなりました。最初自分怠惰なだけだと思っていたのですが次第に大学に向かうだけで動悸、めまい嘔吐などの症状が出始めました。これはもしやと思い心療内科に行くと案の定うつ病と診断されました。

これだけ見ると「何だこいつ甘えてるだけじゃないか」と言われそうですが私は自己分析していました。メンタルの弱さと完璧主義です。

もともと完璧主義者のようなきらいがあった私はできない事があるとすぐ嫌になってしま性質がありました。小学校の頃は図工や家庭科などの副教科が苦手でうまくこなせないと授業中泣いてしまうことも多々ありました。周りの子に主要教科では負けたことがないのにです。また中高時代天才出会ってからトップブトップになれないという挫折を引きずっておりそれが数年たって限界に達したとも考えました。

私は4回生にあがれず留年しました。2度目の3回生を始める4月に休学をして、2年間大学に行きませんでした。その間将来に対する不安が募りました。大学すらまともに行けず、しか自分努力不足であるという自己嫌悪に陥り、社会人としてやっていける自信もなくなっていたのです。死にたいと思ったことも何度もありました。

しか大学から離れたことでうつ病の症状は緩和され、バイトを始められるまでになりました。

そのバイト先で評価され社員にならないかという打診を受けて、大学中退し今年の10から社員になりました。大学にこれ以上在籍しても勉強研究する気は全くないし、自分の将来にプラスになることはないんじゃないかと思い思い切って中退しました。現在は後悔は全くないです。

長くなりましたが一応まとめを書きます。この話から皆さんに伝えたいことは人生は辛いことから逃げていいということです。

私自身いわゆるエリート街道を歩んでいましたが、挫折し、レールからは外れました。少年時代描いていた未来とは大きく異なっています高卒ということで今後大企業就職できる可能性は大きく減りました。昔ならそれに耐えきれませんでしたが今は非常にポジティブに生きています

しかイレギュラーではありますコロナ禍の現在就職できただけでもありがたいと考えていますし、現在仕事やりがいも感じています人生一度きりだし後悔のないように楽しく生きる。これが今の私の人生観です。

もし受験勉強がつらい、大学に行くのが辛い、就活が辛い、仕事が辛い…そんな人の気持ちを軽くできれば幸いです。

冗長な文ですが読んでいただいてありがとうございました。

2020-10-23

anond:20201023145717

賛成22

反対15

その他宗教行事で集まるwwwwみたいに韓国笑ってたけど日本も同じだと思う
賛成経団連に働きかけるのです!
その他帰省初詣自粛呼びかけはしないんですかね。いつまでこの「爆発しない程度にギリギリ感染させるゲーム」をやるんだろう。夏の間もGoToやって全然減らす気なかったみたいだし。
賛成あれ、おかしいなぁ。学校は年間授業日数確保のために冬休み大幅短縮と聞いてたんだけど。ちゃんと調整してから発表してほしぃなぁ。
賛成うちは無理なんで皆に任せた。せめてガラガラ電車で出勤させてくれ
反対今年日取り悪くて連休短いなーとは思ってたけど、今言い出すかね。
反対金融機関です。そんなにすぐ休業決められません。
その他休暇と関係ないのでは? >初詣などによる人出増
賛成結構なことだとは思うが、学校とかはどうなるのだろう? 年明けるとすぐに共通テストもあるし、高校入試も早いところは始まる頃なのでチョッと心配
賛成休み=無給の人には辛いが、基本的には良いと思う
賛成このままだと年末年始だけだから帰省して酒飲んでお参りしてクラスターは目に見えてるので騒ぐのは大事
反対派遣給料減るから無理やり出社すると思われ。意味ねーよ。
反対非正規から猛反発あるんじゃね?
その他佐野厄除け大師とかは、人出があってもやはりコロナにかからないんだろうか。
反対年始は様々な行事システム稼働などの確認作業があるので丸々休みは厳しいのでは。延長を提言するなら祝日を設定して堂々と休めるような取り組みとセットにすべきだと思う
賛成どうせなら年末年始で1か月ぐらい休もうよ。そうしたらGoTo業種が儲かるよ。
反対もうすぐ11月。直前過ぎ
賛成月曜か金曜のどっちかを休みにする、も効果ある気がする。お願いします。
賛成休みが多くなるなら歓迎なのだが、存在しない有給だけ強制されるような気がする。(つまり休めない)
反対非正規補填する仕組みを作ってから言ってくれ!
賛成旅行観光業界への後押しっていうこともあるのかな
反対働けなくなる分の給付金シマシでお願いします。
反対その間給料出なくなった非正規の皆さんが年越し派遣村に大挙して、派遣村がクラスター化しそうだけどなw
賛成もっとはよいえや。
その他休暇延長したら手柄だし、しなくとも言い訳にはなるし、とりあえず言ってみた的な。どこまで本気なんだろ。
その他なんで政府分科会提言するのに尾見会長写真使うのかな。
反対全国一斉休校といいgotoといい直前にゴチャゴチャ言い出すのマジで無能感出てて今のニッポンって感じ
賛成提言したところでどこも聞かないから、ちゃん法律休日にしてください。そうでないと無意味
賛成わかるー。年末年始の休暇、合計で12ヶ月くらい欲しい
賛成いっそ10月ぐらいに年忘れしてもええんやで。今年は最悪の年だったし……。
反対急に労働日数減らされても売り上げ目標も減らなければ海外の元から正月休みがない国から発注も積り続けるだけでして……
賛成延長じゃなくて、年末年始に関わらず分散して休んでって言うべきなのでは。
その他提言することが分かった」学術会議提言を山ほど出してる学術会議仕事してるって聞いたけど、文科会の提言だとボロクソ言われるとかだとやっぱり提言仕事のうちに入らないの?
反対無理言うな。世の中が回らん。
賛成欧米のように個人が好きな時に1ヶ月位のバケーションを取れるようになったらいい。
その他休みをなくせば旅行に出る人も必然的に減るな
反対感染防止に重要なのは自粛の徹底であって今の野放し状態のまま公休増やしたら増えた分だけ余計にあちこちgotoしまくって感染広げるだけの逆効果やで。宗教行事感染広げやすい。休みじゃなくリモート参拝勧めるんや
賛成良い話。これによって強制有給消化しろ!とか言われるのであれば、その会社ブラックなだけなのだが、政府を攻める人が出てくるんだろうなあ。社畜になってることを自覚してないのは恐ろしい
その他政府が、という話じゃないのか。お願いしてばっかだな。
その他弊社は前例鑑みる有給休暇が強制的にあてられるだけ…ならまだいい方で、土曜出社日が追加される可能性が高いわ
賛成今までは「休みが合わないと家族旅行にいけない」という問題があったけど、今は旅行を避けて貰いたい訳だから休みは極力分散する方針でいいと思う。
反対法整備されないなら、実現しても有給消化推奨、ないしは、強制となりそう。転職したばかりで有給少ないので、強制となると迷惑だな。
賛成これは興味深い。もしこれが実現されたら、前半は引きこもって感染してるリスクを限りなく下げておいて、後半で帰省するという方法もとれる。帰省時の移動中に感染するリスクはあるから、車で行ける場合特に有効
反対餅で死ぬやつ増えそう
その他業種によって悲喜こもごもかな。
その他GOTO帰省GOTO初詣
賛成これはいい気がする!みんな実家帰っちゃうもんねえ
その他来年1月4日月曜日仕事始めとする企業が多いとみられ、帰省旅行初詣などによる人出増を分散するため、11日の成人の日まで休みを延ばすよう働き掛ける”
賛成休みは嬉しいけどそんな時期にそんな長く休みをもらったところですることないわ…
賛成まず官庁が率先して範を示してから言うべきだ。御用納め御用始めは変更しないのか?

2020-08-27

国公立大学医学部で一番入りやす大学徳島大学である。倍率2倍。

国公立大学医学部医学科、それは入るだけで将来が約束される夢の学科

私立大学学費が数千万円という大金にも関わらず、国立大学学費は年間52万円ほどと格安

奨学金を借りれば、一銭もお金をかけずに入学卒業することも可能

医師国家試験合格率は90%程度と卒後は医師としての道が約束される。

もちろん年収1000万円超えも約束される。

そんなバグった好条件の大学競争率が低いわけがない、

当然多くの高校生国立大学医学科を目指す、

中には5浪というツワモノもいる、それ以上も....

そんな人生保証レールだが今現在、他の大学に大差をつけて、最も入りやすいであろう国立医学部存在する。

タイトル通り徳島大学である

それではその理由について説明していく。

今回は徳島大学医学科に入りやす理由を述べるだけで、他の大学については言及しない。

それでは始める。

まずはボーダーを見ていこう。

パスナビによるとセンターボーダーが83% 偏差値62.5であった。

センター試験合格最低点が

2020年は900点満点中、ボーダーが779点、最低点が724点(80%)である

二次試験

2020年は400点満点中、ボーダーが276点、最低点が214点(53%)である

ボーダー」という言葉について考え直そう

ボーターとは合格者平均という意味である、つまり大体

合格者のうち、順位が半分の人の点数である

ボーダー記述が間違っていますね。

ここで出したデータ正真正銘合格者平均(ソース徳島大学)です。

ボーダー自体境界意味しかないので、どの境界かは予備校ごとによって異なります

(河合塾のいう「ボーダーライン」は、「合格不合格割合が50%になるセンター試験得点ライン」らしいです。)

体感ですが、B判定が出る点数が合格者平均に近いです。

色々ごちゃごちゃ言いましたが「ボーダー」は忘れてください、合格者平均だけ見てください。


実際の集団で考えればわかるが、

集団の半分の実力を持つというのは、大学受験合格するに際しては必ずしも必要ではない。

逆に合格者平均に近い点数を取っていれば、大抵の場合かると考えていい。

実際に合格不合格を争うのは下位10%程度、合格最低点周辺の人達である

それを踏まえた上でセンター試験の特典について考えてみる。

最低点が80%、これは国立医学部では異常なほど低い

他の大学では大体82%はないと受からない。

驚くのはこれだけではない、徳島大学医学科は「国立医学部随一のセンター配点の高さである

割合でいうとセンター9に対して二次試験が4。

70%はセンター試験で決まってしまうことになる。

まりこういうことだ

センター試験ほとんど決まってしま大学にも関わらず、合格最低点が国立医学部随一の低さ

驚くなかれ80%に毛が生えた程度というのだ。

ここまでで十分入りやすさは伝わったと思うがまだ実は半分も紹介できていない。

本当の入りやすさはセンター配点にある。

センター試験国語英語社会数学1、数学2、理科1、理科2の7科目で構成される。

一般的国語英語はどちらも200点満点で換算される。

よって合計900点満点

それが一般的国立大学の配点である

徳島大学センター配点も900点であるため変わらないと思う人もいるかも知れない。

実は徳島大学医学科のセンター配点は社会50点、国語150点、理科300点である

理系の人ならわかるだろうが、この配点で最低点が80%というのは医学科として考えられない低さである

一般的国立大学医学科の合格者は85%〜87%程度の得点率を叩き出すが

これは数学英語理科はほぼ満点、社会国語で以下に落とさないか勝負になっている。

まり数学9割、理科9割、英語9割、社会8割、国語8割ぐらいの得点率で8割後半を叩き出しているのだ。

人によっては数学満点、理科満点なんて人も珍しくない、むしろ9割を切ってしまうと合格は厳しい、それぐらい理系科目だよりなのだ

話を戻そう、一般的国立大学医学部合格者が徳島大学の配点で計算すると、

数学180/200

理科270/300

英語180/200

社会40/50

国語120/150

合計790/900 →87.7%

合格ボーダーを遥かに超えました

この点数なら二次試験大ゴケしても十中八九受かります

さて、先程も述べましたが、受験ボーダーで考える必要はありません

合格最低点を超えればいいのです

どれぐらいの点数なら合格最低点になるのでしょうか。

以下にシミュレートしました。

数学180/200

理科270/300

英語160/200→8割、大コケ

社会35/50→7割、大コケ

国語105/150→7割、大コケ

合計750/900 →83%

ダメです、数学理科は最低ラインの9割取れたにもかかわらず

その他の科目が大コケした場合でも受かってしまます

国立大学医学部合格者なのに7割科目が複数あります、考えられない点数ですが受かってしまます

更に下げて最低点を目指します。

数学160/200→8割、大コケ

理科270/300

英語160/200→8割、大コケ

社会35/50→7割、大コケ

国語105/150→7割、大コケ

合計730/900 →81%

5科目中4科目がコケます合格最低点は取れませんでした。

おわかりいただけたとおり、現在徳島大学国立大学でも有数の入りやすさです。

では二次試験は?と思われた方もいるでしょう。

ここで更に入りやすさの種があります

二次試験得点率の低さ」そして「科目数の少なさ」です。

まずは得点率の低さから、400点満点というただでさえ少ない配点にも関わらず

合格ボーダーが7割、最低点が5割と恐ろしい幅の狭さです。

これではセンター試験が偶然うまくいった連中に追いつくことができません。

次に科目数の少なさについてです。

なんと2科目です。

驚異的です。

考えられません。

センター試験死ぬ気で2科目勉強すれば落ちるどおりがありません。

他の人は理科に科目に時間をさく必要があるにも関わらず

徳島大学医学科志望者はなんと2科目でいいのです。

ただ毎日数学英語勉強すればいいのです。

もうおわかりいただけたかと思いますが、更に追い打ちをかけます

徳島大学医学科は面接点がありません。

差別のしようがないです。

多浪であろうと、女性であろうと、差はつけられません(女性合格者が多いことからもわかります。)

いやいや、でも進級が厳しいんじゃないの?

→昔の話です、今は留年者数は一般的医学科と同程度です。

嫌でも現実が伝わったと思いますので、最後に私が考える徳島大学受験計画について語ります

まずはじめに念頭に置いてほしいのが

数学英語理科は忘れにくいです。

一方古文漢文社会はすぐ忘れます(3ヶ月ぐらいで忘れていきます)

大体大合格したら高校勉強なんてしませんが、今の私ですら数学英語現代文はまともな点数が取れます

一方社会古文漢文理科(化学の暗記事項)は全国平均点を切るでしょう。

こんなことは進学校出身なら常識です、もし知らなかったなら理解しましょう。

4月から7,8月までは数学英語を徹底的にします。

しろ他の科目はしないでください、忘れますから

あなたは1年生の社会テストでまともな点数が取れますか?取れませんよね

じゃあ数学テストは?取れないと困りますよね。そういうことです。

この地点で本当に完璧します。

センター試験では9割は落とさなレベルまで持っていってください、

その代わり他の科目の勉強はしなくていいです。

8,9月から10,11月理科数学英語を固めます

数学英語二次試験まで解けるように、理科センター範囲だけでいいです、9割を割らないようにしましょう。

かんたんです、理科で9割超えはかんたんです。

11月以降は古文漢文社会を中心に頑張りましょう。

3ヶ月で間に合うか!!って思った人、間に合います

古文漢文は満点取らずに7~8割取れればいいです、その代わり死ぬ気でやりましょう。

社会は平均点に毛が生えた程度でいいです、1割が5点分しかありませんから、驚異的低さです。

センター試験数週間前からはすべての科目を再確認しましょう。

数学英語が取れていれば他の科目に回していいです。

社会時間を取られることがないようにしてください。

そしてセンター試験

数学185/200 92.5%(高い方でもありません)

理科280/300 93%(簡単ですが差が付きます)

英語170/200→85%(9割ほしかったですがリスニングで大コケしました。)

社会30/50→60%、(大コケです、全国平均点程度しかありません。)

国語105/150→70%、(大コケです、全国平均点に毛が生えた程度しかありません。)

さて、だいぶこけましたが数学理科普通に取れました。

合計点は

770/900 →85%

高くもありませんが普通に受かる割合です。

さて二次試験です。

2ヶ月近く、毎日英語数学します。

とにかく量をこなすだけです。

毎日長文2文以上

数学毎日標準的問題ときましょう。

迎えた二次試験です。

数学は4問中2完1半でした。(2完と言っても取らせる問題でした。)

次に英語です。詳しい点数はわかりませんが半分は取れました。

にわかった点数によると

数学110点(2完ではありませんでしたが、部分点で稼ぎました)

英語120点(大体これぐらいだと思っていました。)

ちなみに大コケしてますだって合格者平均が7割平均のテストですから

さて、合計点ですが

ちょうど1000/1300点でした。

振り返りましょう

センター試験では理科数学普通に取れました、英語は若干コケましたが耐えました、国語社会は大コケも大コケです。

二次試験ですが、合格者平均には及ばない点数でした、半分ちょい、6割程度の得点率。

結果を発表します。

合格者最低点が996点なので合格です。

なんと、あれだけ大コケしましたが受かってしまいました。

めちゃくちゃ大コケしても数学理科さえ取れていれば受かる大学です(センター試験レベルで)。

なぜこんなに入りやすいのか疑問に思う人もいるでしょう。

答えは倍率にあります

志望者258人に対して、定員は114人

倍率にして2.3倍、国立では考えられない倍率です。

これだけではありません、徳島大学の推薦志望者は一定数います

受験条件として8割があげられているので、ほとんど全員が一般にも志望しています

裏を返せば、推薦合格者の分、受験者数が更に減ります

実際に試験を受けた人は200人でした。

合格者数も118人に増えて、実質倍率は1.695倍です。

書きミスじゃないですよ、1.7倍です、高校入試じゃないですよ。

国公立大学医学部の倍率が1.7倍です。

あ、合格者数の中に推薦合格者数も入ってます

正確には2倍周辺ですね。

ありえないほど低いことに変わりはありませんが....


さあ、皆さん徳島大学医学科を目指しましょう。

東京大学に入ったって、一橋大学に入ったって、早慶に入ったって、旧帝大学に入ったって、

年収1000万円は約束されません。

でも医師は別です、30歳で1000万円が約束されます

でも、今年だけじゃないの?

→ここ数年はこの傾向が続いています

来年も同じ保証はないじゃん。

→おっしゃるとおりです、そんなあなた朗報があります

徳島大学事務局仕事が早いです。

出願状況は即更新されます

まり、出願届が発送可能ギリギリまで志望者数をみて、

多ければやめる、少なければ出願する。

ということが可能なのです(ちなみに大学でも受付はしているはずです。)

そうはいっても最終日に跳ね上がるかもしれないじゃんと思った方。

受験サイトで、ここ数年の倍率の推移が見られるので見ましょう。

ほとんど、数日前の倍率から変動していません。

でも立地が悪いじゃん。

大阪まで2時間かかりません。

さあ、国公立大学医学部を目指す皆さん、徳島大学へ行きましょう。

準備はいいですか?


センター試験終わったじゃん

 →傾向は変わりましたが、この配点で次年度入試も行うようです。

医師になって幸せなの?

 →お金があれば幸せだと思います

医者忙しいじゃん。

 →過労死等騒ぎますが本人次第です。

  楽しようとすれば幾らでも楽できます

  忙しい病院やめて田舎バイトしましょう。

  それで医療が成り立つかどうかは問題ではありません、医師責任はありません。

・この記事のせいで来年度増えるじゃん!

 →受験生の何人がこの記事を見ますかね、この記事の影響は限りなく0に近いです。

大学けが人生じゃないだろ。

 →医者には医学科に入らないとなれません。

医者なんてすぐに食いっぱぐれるぞ。

 →いつかはそうなるでしょうが、その前に世の中の多くの仕事がなくなっているでしょう。

  また、食いっぱぐれたくないなら外科医になればいいです、忙しいですが食いっぱぐれない。

  自動運転すらまともにできない機械が手術できるまでどれぐらいかかりますかね。

2020-08-21

早生まれだった自分語り

早生まれの不利は大人になっても続く』という見出し記事最近話題になっていた。

高校入試偏差値所得にも影響しているという記事で、統計的3月4月偏差値が約4.5違うというものだった。

  

1993年3月31日生まれ

6歳になりたて、小学1年生の入学時には身長109センチ趣味スーパーファミコンドラゴンボールZビデオ視聴。

好きな食べ物は近所のかっぱ寿司で食べるお寿司。おじいちゃんが大好き。

すでに当時、幼稚園に置いてあったひらがなの書き取りが苦手で、勉強するために行く学校不安を持っていた。

ひらがなの書き取りより一人でスーファミをするか、読めないゲームの取扱説明書を眺めることのほうが好きだった。

小学校へ入学するにあたって、家で何かドリルをやらされたりということはなかった。3つ下の妹が1人。

    

小学校1年生の2学期後半、もしかしたら自分はやっぱり勉強が嫌いなのかもしれない。と初めてハッキリ感じた。(当時は苦手、というより自分勉強が嫌いかも。という感覚だった。)

そう感じたのは1年生が使う「さんすうセット」から卒業した時だった。

今まで視覚的にすうじを追っていたのに急に文字になった途端混乱した。1~5までの数字計算なら頭の中におはじきを思い浮かべその数を数えた。

5以上が出てくると考えるのもしんどくなり、鉛筆が止まるようになった。隣の席の子を気にしながら指折り数えた。

しか学校の授業は進む。どんどん進んでいく。そのうち先生クラス内の学力差に気づき、わからない人が居たら遠慮なく声かけてねと言ってくれるようになったが

職員室は入りづらく、先生も大抵居ない。2度ほど先生からクラス勉強についていけない子達に声をかけて補習が行われたが、自分から声をかけることはほとんどなかった。

当時にしてみれば、先生は忙しそうに見えたので時間を取らせるのもなんだか悪い。とも思っていた。

そんなことを考えるものから、授業中にわかりません。と言うことはまず無かった。授業中、自分だけわからないことが怖かった。

  

体育。一番小さいサイズ体操服を着て走り回り、1年生になって初めての健康診断が行われた後、背の順で並ぶと一番前になり、前へならえでは小学校6年間一番前で手を腰に当ててふんぞり返っていた。

夏のプールでは一番浅瀬で泳ぎ、先生達には常について回っていてもらっていた。

学校行事に「持久走大会」というものがあった。1年生は校庭を3周。

今でも当時の録画を見ているかのように覚えてる。150人ほどいる学年でビリだった。

ビリから2番めからも相当離され、残り半周を学年みんなが、そして親御さん達が全力の声援を送る中。

顔と耳を真っ赤にしながら腕をめちゃくちゃに振って走った。親と仲がいいA君のお母さんなんか名前まで叫んじゃって。

恥ずかしかったし悔しかったし辛かった。達成感はほんのちょっぴりで、もう2度とこんなことしたくないと汗まみれになりながら思った。

  

得意と言える科目も特になく、ぼんやりと授業を受けるようになった。

もうすでに躓いてわからない科目は聞いているだけだったし、授業の後半に配られたプリントは授業中に解き切ることができず提出しそこね、隠すように机の中に仕舞った。

そのうち授業中に提出できないなら無理やりにでも提出すればいいのでは?と

割り算プリントデタラメ数字を並べて、クラスの賢い子たちと同じくらいのタイミング先生に見せにいくも怪訝な顔をされ、突き返された。

考えて答えを割り出すことよりも、提出することに拘った結果だった。

  

小学5年生の頃には科目すべてが苦手に感じて自分は不出来な人なんだなと自覚していた。

国語漢字の覚えが悪く、社会科47都道府県いつまでも覚えられなくて居残りをした。

音楽練習したつもりだったリコーダードレミの歌はクラスで下から数えた方が早かった順位だったし、美術風景画や人を描くのはまぁまぁできたつもりだが、立体物はからきし苦手だった。

4年生から始めたスイミングスクール甲斐あって、高学年になったら持久走はなんとかビリから抜け出した。

  

  

  

中学はもうすでに小学校の時点でついていけなくなった学習状況に拍車がかかり、赤点スレスレか、がっつり赤点を取るかだった。

中学には水泳部所属したが、3年生にもなると後輩にどんどんタイムを抜かされ、結局水泳部の中で一番遅い状態にもなった。

  

(書くか悩んだが案外いろんな所でやっているようなので)

中学運動会自分の生まれた月によって割り振られる、「春夏秋冬組み分け運動会」だった。

1年生の時に割り振られ、中学生活3年間自分は春組として運動会を迎える。

タイトル通り、この運動会には欠点があった。

夏組・春組が強く、冬組はここ数年4位から脱却せずにいた。秋組に至っては万年3位だった。

毎年夏組と春組が接戦を繰り返し、最終的に毎年夏組が優勝をさらっていく。

  

1年生の5月頃に、先生から各組への割り振りが始まる。

夏組に割り振られた6月まれガッツポーズをして喜び、その学年の生まれ割合から冬組に割り振られた10月まれ先生に詰め寄り、春組に割り振られた人たち同士で3月まれ4月まれかの確認あいっこが始まる。

秋組に割り振られた人たちは特段リアクションは薄かった。

  

秋組以外は今年こそ妥当夏組・秋組を狙い奮闘し、夏組は連続首位を逃すまいと躍起になっていた。

運動会を開催してみると、やはり夏組が優勝し、春組が悔し涙の2位。涼しい顔で3位を秋組が握り、終わるころにはあきらムードの冬組がうなだれていた。

中学1年生の運動会を終えて初めて、早生まれや冬組が体力的に劣っていると体感した。

ぼんやりしがちな性格のせいで単に学習についていけないだけかと思っていたが、なるほど、早生まれはこうして遅生まれ、夏生まれとの差ができるのか。と納得したシーンだった。

  

から5年前の運動会、実に30年ぶりくらいに冬組が優勝したと聞いたときはもう知っている後輩も居ないようなこの年の運動会の結果を喜んだ。

きっと当時の学生たちはそれはもう喜んだことだと思う(最下位になってしまった秋組には来年がんばれ、と手を合わせた。)

  

  

  

高校公立高校へ行ったが、やはり勉強についていけなかったのと家計を助けるためアルバイトしつつ、通信制高校マイペースプリントを進め、コツコツとDTPデザイン勉強をした。

高校生にもなるとインターネットはかなり身近になり、勉強がすごく苦手というと、家庭教師を志望しているネットの友人が声をかけて勉強Skypeながら見てくれたりと、本当にちょっとづつ勉強を再開したりした。

通信制高校へ通いだしてからはかなりストレスなく勉強できるようになり、自分の進行度で確実に学ぶことができたのが嬉しかった。

  

正直今でも変わらないが、答えを導き出すために考えるということがすでに苦手で放棄するようになってしまったのが今となってはもったいないなと思う。

もちろん、小学生当時の私に考え続けるという根性がなかったことも問題の一つだったのかもしれないが、早生まれがどうして不利を背負い続けてしまうのかという話に関しては

適切な学習環境必要なのではないか、と当事者自分は思った。

  

ちなみに、小学校1年、2年生を担当してくれた先生自分と同じ誕生日の美しい先生だった。

聡明で明るく、朗らかな先生が大好きだったし幼いながらも尊敬していた。

きっと先生は、早生まれがどういう不利な状況にあるのか知っていて声をかけてくれたのかな、と思うと

なかなか声をかけられなかった過去自分歯がゆい思いを馳せた、『早生まれの不利は大人になっても続く』記事だった。

2020-07-05

クイズ:これは何て読む?→ λ山

もう20年前にもなる。

当時中学三年。高校入試も終わり、あとは卒業するだけとなった。

クラスの思い出作りとして、レクレーション大会が開催された。

その中で担任が出したクイズタイトルにもある、「λ山」を何て読むかというクイズ

見た目、左側は「入」か「λ」かそんな感じで右側は明らかに「山」だった。

仙人の仙」「入山(にゅうざん)」と回答が出たが、いずれも違うとのこと。

そうこうしているうちに時間が来てしまい、答えは?と聞いたが

担任は「卒業式の日に(卒業までに)教える」と言って教えてくれなかった。

その後、クイズ存在のものを忘れてしまって、答えを教えてもらえずじまいで卒業してしまった。

・・・と、↓この増田を見て急に思い出した。

昔見たゲームタイトルがずっとわからない

https://anond.hatelabo.jp/20200705161906


一体、あれは何と読むのだろう?

2020-07-02

anond:20200629213448

こういう状態を何とかするには自分作品を書く側になって別の流れを作るか、自分も長文感想を書く側になって流れを動かすかしかないです。で、読む限り増田の人は自分には小説が書けないと思っているようなので(それも思い込みだと思うけど)、長文感想を書いてなんとかするためのやり方もあるよという話をします。もしなんとかしたいならですが。

それで、「いやいい感想書けたら苦労してないんだよ」という件です。元の記事にある書けない理由を拾っていくと、「語彙力があれば小説を書くなどしている」「うまく言葉にできずに」「作者の意図を正しく受け取れているか、端的に言って自信がない」「気に入らない感想だったら……みたいなことを考えてしまう」「感じたことをうまく纏められない」って書いてあります

纏め直すと、

①正しい読解ができているかどうか不安

自分の読解を適切な文章におこせる自信がない

③下手なこと言って作者に嫌われたくない 

この3つだと思うので、1つずつなんとかしていきましょう。まず1から

①正しい読解ができているかどうか不安

身もふたもない話をします。金を使いましょう。参考になりそうな本を買いましょう。それだけです。たかインターネット二次創作に媚びるためにそこまでする? と思うかもしれません。でも、それはつまりそこまでしない人が大半だということです。やったら大半の人の一歩先に行きます。もちろん、一歩先に行ったところで、先頭に立てるわけではないですが。それでもなにもやらないよりは絶対にマシです。あと、読解力を上げるって別に二次創作以外にも役に立つ。話を理解する能力が高くて困るということはないです。

じゃあどうするかというと、高校入試用の問題集を一冊買いましょう。当時使ったものがあるなら、それ使ってもいいです。とりあえず解いてみてください。思ったよりできたできないはあると思いますし、点数を目標にすることも有効ですが、大事なのは回答と照らし合わせてなんで間違えたか確認することです。言い換えれば、自分の読解の手癖を確かめることです。文章というものには最低限の読解というものがあって、それを踏まえた上で発展的な解釈だったり書いていないことを読み取ったりするべきです。幸いなことに問題集には解答があるので間違いを確認できるんですね。最高。自分が読解を焦りがちなのはどういうところなのか、思い込みがちなのはどういうところか。一回総ざらいしてみる。パッと解けて、点数も高いし全然読めてる!と思えたなら、もっと難しいものに取り組んでもいいです。場合によっては大学受験用の問題集に取り掛かりましょう。案外解けなくて落ち込むときもあるでしょうが、でも無駄にはなりませんから自分の読解の間違いを知れて、なおかつ正解と比べられる機会って学校出るとそんなにないんですよね……。

絵とか漫画の読み方が不安という場合も同じで、こっちも本でドーピングできます。なんとこのドーピング合法なんですね。読書なので。絵の読み解き方や観察力を上げる方法についての本は結構豊富で、書店に行ってぱらぱらめくってみて面白そうだな~ってなったものを一冊選んできちんと読むといいです。個人的おすすめは『絵を見る技術 名画の構造を読み解く』と『観察力を磨く 名画読解』。感性とは理屈に裏打ちされた経験の蓄積であるということがわかりやすく書かれてます。まあ書店行くのが難しい情勢ではあるけども。

自分の読解を適切な文章におこせる自信がない

たぶん感想というものでこれが一番高いハードル。ただ、記事を読む限り増田の人はある程度できているんですよね。増田とはいえ文書けてるので、必要なのは文章が書けることではなく感想のための文章をかけること。だからおすすめは「良かったところを箇条書きで抜き出して、どう良かったかコメントをそれに加える」という感想を、誰にも見せずに書くこと。よかったところ箇条書きは話題として手軽だし、このやり方を実際に使うと感想貰う側もここがよかったんだっていう目印になりやすい。誰にも見せないのも重要です。どれだけ不格好でも平易な言葉でも構いません。とにかく書こう。なんか感想とかで執拗に語彙力語彙力って言う人たくさんいるけどあれどうかと思う。もちろん単語をたくさん知ってるに越したことはないけど、難しい言葉が強くて平易な言葉雑魚みたいなヒエラルキーがあらゆる状況で成立するわけじゃないので。どれだけ平易でもそれが適切なら平易な言葉を使うことにビビんなくていいです。好きなら好き、良かったなら良かった、エロかったらエロかった。じゃあそれがどう好きでどう良くてどうエロいのか、も含めて言葉にできるとよりいいんですが、ここでも平易な言葉をためらわないでください。「あの場面でAがこうしたところがAらしくて、そのAらしさが原作で私が感じたものと同じでありながら新鮮で好きでした。」みたいな。この段階で自分の読解が正しいかどうか不安になるのは自然なのでそれを少しでも薄めるために①があります。あと、たとえ書いてあるのが①での「最低限の読解」だったとしても、もらう側は安心できます。きちんと書いたとおりに伝わっているかどうかの確認ができるのは、下手すると褒められるよりも嬉しい。それすらもわからないのが普通なんで。文章じゃなくて漫画とか絵の場合も変わりません。ただ、絵の場合は何が描いてあるのか、どういう強調をしてあるのか、をメモにしてみるのがやりやすいです。

ここまでやってみて、それでも言葉がたりない、もっといい表現があるはず、と思えるなら答えは簡単です。金を使いましょう。参考になりそうな本を買いましょう。類語辞典とか。それだけです。辞書引くのは手っ取り早いです。いやまあ別に類語くらいはインターネットでいいかもしれないけど。あと、即効性はありませんが、佐藤信夫レトリック関連の本はとりわけおすすめです。書きたいことを書きたいように書けない、というのは人間がずっと悩んでいる問題なのがわかります

③下手なこと言って作者に嫌われたくない

えっとね、これは無理!無理です! さっき平易な語彙使うのビビるなって書いておいてなんですけど、増田の中に「最高」「好き」「可愛すぎる」って呟いてる記述あったじゃないですか、それ嫌いな人はめっちゃ嫌いなはずなんですよ。なんだったら表に出されないだけで既に嫌われてる可能性すらあると思う。どうしようもないです。同じ「最高」という二文字感想にも「言葉にならない気持ちをなんとか最高という二文字にしてくれたんだろうな、本人ももっと適切な言葉で伝えたかったんだろうけど、それを乗り越えてでも伝えたいと思ってくれたんだ。嬉しい」と思う人もいれば、「自分感想言葉にする努力をせずに定型句インスタントに褒めてそれで終わりなんだ。読んでくれたのは嬉しいけど…」と思う人もいます、その人次第!逆に長文感想も「自分が書いたわけでもないのにしたり顔されて不快」とか「単純に勢いが強くて怖い」とか思う人もいるよ!ていうか二個目はマジで言われて二週間くらい死んでた。そこはもう感想送るって決めた時点でどうしようもないです。なるべく不快な思いをさせないように努力したいという気持ちは大切だけど、逆にある程度のところで踏ん切りをつけるのも大事ということです。

だいたいこういうことを意識して感想を書いてます別にいたことで変わらないかもしれないが。ただ少なくとも、ストレスぶつける先を、増田バズることじゃなくて伝えたい人に自分気持ちを伝えることに変えられたら、界隈に左右されずに好きなものを好きでいられるんじゃないでしょうか。めんどくさいよー、「界隈」。本当は強くなって一抜けするのが一番だと思うけど、それはそれでとっても難しいしね。

健闘を祈ります

2020-06-17

数学面白い」などと言う妄言

こんなことを言っている連中のうち、大学以降で学ぶ数学理解してる奴は1%にも満たないだろう。残り99%強は以下の2種類に分類されると思う。


前者は、たとえばフェルマーガロアラマヌジャン等の「逸話」が好きなだけとか、「数学の○○という分野が✕✕に応用される」みたいな話が好きなだけな奴である

こういう連中は数学に限らず、どこにでもいる。プログラミング等の具体的なスキルは無いが、技術トレンドを知ることでITぶってるような奴。率直に言って、私はこういう奴が嫌いだ。

あとは、数学的な内容が全く無いわけではないが、「0.999... = 1になるのは不思議」とか「Fibonacci数列の比が黄金比収束するのは神秘的」みたいな、どうでもいいようなことにいつまでも夢中になってる奴。

プログラミングで言えば、Hello worldとかFizzBuzzなどに、「感動」を覚えているよく分からない奴である。まあ、知能が低いのだろう。

後者については、まあ好きな人はそれでいいと思うが、単純に、私は全く面白いと思わない。

中学高校入試などに出てくる図形問題は、出題者はまず間違いなく余弦定理などを使って答えを求めている。そのような問題のうち、上手いやり方を思い付くと小学校範囲で解ける問題が出題されるわけだが、いい大人がそんなもんやって何が楽しいのか甚だ疑問だ。

プログラミング世界でも、競技プログラミングというものがあるが、同じ理由で楽しさはよく分からない。

2020-05-25

anond:20200525212450

数学科では、Galois理論の応用例として作図可能性を論ずるが、これも高校入試に出てくるようなマニアックな作図問題分からんでも、「円と直線の交点の座標は、与えられた座標を係数に持つ2次方程式の解」ということが分かってればいい。

そもそも、こんなんや必要すらない。天才数学者志村五郎もそう言ってた。

2020-05-07

anond:20200507074235

死ぬほどやれとはいってない。高校入試大学入試

まぁなんでもいいよ。ちょっとした試験程度

そのぐらいは、いるだろ?

2020-04-19

義務教育で習っただろ」とか偉そうに言う奴が嫌い

たまに「義務教育で習っただろ。常識だろ。」と偉そうなブコメを書くやつがいるが、そういう奴が嫌いだ。

お前、今中学校の全科目のテストやって100点取れるんだろうな?

ほとんどの人が取れないだろ。

そもそも習ったこと全部覚えてたら、定期試験高校入試で誰も苦労しねえっつーの。

どうせ、ブコメ話題になったことをたまたま知ってて「義務教育で習った。常識。」って書いてカッコつけたいだけだろ?

ブコメでイキるくらいしかやることないのかよ。

2020-03-13

配慮に欠く表現

81人の空きがあるのに…不合格 知的障がいのある17歳高校入試、3度目の定員内不合格

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1088659.html

記事の一部に配慮に欠く表現がありました。その部分を削除します。

どんな表現が使われていたんだろう。

不正義に憤るあまり、今回のケースをたとえとして不適切ものにたとえてしまったとか?

2020-01-22

anond:20200122195325

高校生になるのに試験必要という議論

高校入試は別議論

いわゆる学区内に無試験でいける学校があればよいという議論

自分が行きたい学校試験必要という議論は別な議論

2019-11-16

中学の頃音楽とか美術の授業で作品鑑賞したじゃん

そんで感想プリント(笑)感想を書くの。それが成績に反映されてたらしいけど今考えると謎だな。なんで個人の感想学校の成績に反映されるのか。しか中学の成績ってたいていの場合高校入試に(公立高校一般入試ですら)内申点という形で影響するしね。作品に対する生徒の個人的感想教師が謎に包まれ評価規準で点数をつけ、それが内申という形で高校入試にが影響するというハチャメチャさ楽しいですね。

2019-07-03

anond:20190701190934

地方都市の話だよね?

高校入試偏差値60の人らが地元のEラン私大(その地域の有力校)に半数進学するってのがリアルで震える。もっと上の人は都会の大学に行くもんな(それか地元国立大を出てから都会へ行く)

から上の下〜中の上レベル田舎無双する。あるある過ぎる。個人として幸せかは知らんけど。それぞれの苦悩はあると思うよ。

2019-02-14

anond:20190214172241

うち(地方都市郊外)の近所でのことだけど、中学校受験をする子はわりといる(35人クラスで2~3人)。

でも、ほとんどが公立中学に進学する。これは、不合格になっているわけではなくて、「特待生になれなかったから」合格しても進学しないんだって

中高一貫特待生学費の一部が免除)なら、小学生5~6年で塾に費用をかけてたほうが費用がかからないっていう判断

もちろん勉強したこと無駄にはならないし、そのままの成績を維持できれば、高校入試でまた特待生を狙える。

2018-09-14

物心ついて間もない時期に、母から無理心中を迫られたことがある。

物心ついて間もない時期に、母から無理心中を迫られたことがある。

死についてよく分かってなかった自分は、「死にたくない」と母に答えた記憶がある。

母はその場で泣き崩れ、何とか死なずに済んだ。

後で詳細を描くかもしれないけれど、自分の生まれた家庭は不完全家庭だった。

とにかく、その日から、死ってなんなんだと考えこむようになった。

幼稚園に上がってしばらくした頃、悩みはピークに達してあまり眠れなくなった。

周りの子供に相談しても不安がらせてしまって、当時の幼稚園先生からこっぴどく怒られた覚えがある。

書いてて思ったけれど、幼児が眠れなくなるって大ごとだ。

小学校に上がってから記憶ほとんどない、ただ周りに合わせてテキトーに振舞い続けた。

唯一記憶に残っているのは三年生だった時で、担任が超熱血教師だった。

うちに家庭訪問しに来た時、和室に入った時の言葉は今でも覚えている。

和室にある仏壇を見て、「ああ、創価学会員でしたか、うちは妻が幹部をやっておりまして。ちなみに私は共産党系です。」

当時はあまりピンとこなかったが、しばらく経ってから自分で調べてみた。

けっこう対立してる組織だったのね。

対立組織に属する夫婦、すごい。

私は熱心で信仰深かったかというと、それの真逆だった。

親に連れまわされて行っていた会館などの集いも、小学校に上がる前に全力で拒否して行かなくなっていた。

当然親からは殴られた。それでも反抗した。

そして家族の中で一番信仰深かったのは母だった。

父はそれほど熱心でもなかった、気が向けば仏壇に手を合わせている程度。

三年生だったころはその熱血教師とも気が合って、それなりに楽しく過ごせた。

でも家庭はぐっちゃぐちゃで、母からよくなじられた。

「お前が信心深くないから家庭が上手くいかない。」

「お前が(ryから父さんもあまり家庭と向かい合ってくれない。」

父も父で、母に対して気に喰わないことがあると自分を経由して文句を伝えさせようとしてきた。

言わないとそれはそれで面倒なので、父の伝言を母に伝えた。

母は激怒し、私に当たり、そして父にこう伝えろ、と迫る。

その伝言を父に伝えても、特に私に当たったりなどは無かった。

そういう板挟みが続いたころ、もうどうしようもなく死にたくなって、自宅で包丁飛び降りコンボを使って未遂を起こした。

ベランダの上に立って、首を切った瞬間に飛び降りようとしたのだった。

首にあてがった包丁感覚は今でも覚えている。

その時、家には誰も居なかったのだが、実行しようとしたタイミングで母が帰ってきていた。

私は母に気が付かず、後ろから羽交い絞めにされた。

母は号泣していた。

この人、昔心中を迫ってきたくせに泣くんだなと思った。

あなたはこんなことする子じゃないでしょ、何があったの?」

いやいや、目の前でこんなことをしようとしてたのが、アンタの子だよ。

そういう事件中学に上がるまでに二回ほどあった。

ショックを受けた母はどんどん宗教にのめり込んだ。

中学に上がってから記憶もあまりない、気が付いたら中二の年越しで食物アレルギーを起こした。

唯一携帯電話を持っている友人が私の家族電話しても全く出ず、友人たちは仕方なく私を自宅に運んでくれた。

寒い寒い、とうわごとを繰り返す私に友人が毛布を掛けて温めてくれる。

両親が帰ってきたのはそれから2~30分後。宗教集会に行っていたらしい。

私の状態さらに悪くなっていて、意識が途切れ途切れだった。

そして病院に運び込まれ、友人と両親、私は病院で年越しをした。

翌日、小児科医師が私の様子を見に来た。

蕎麦アレルギーで年越しとは幸先が悪いねハハハ。ところで、その手首の傷は自分でやったの?」

思いがけない質問が飛んできたけれど、意を決して私は頷いた。

あとで知ったけれど、その医師は小児神経科も診ることが出来る人だった。

「目の下のクマもすごいね、週にどれくらい寝てるの?」

「…二時間くらい。」

「何とかしたいと思う?」

私は静かにうなずいた。

その日から私の精神疾患に対して、具体的な治療が始まった。

私につけられた診断名は自律神経失調症とそれで発生した鬱、そして重度の不眠だった。

治療内容は、ルボックスという抗うつ剤と、生活リズムを記録につけるように指示された。

治療は三歩進んで二歩下がるという感じの速度で進んでいき、気が付いたらリストカットをやめていた。

鬱がひどい時でも気合いのような何かで無理くり体を動かし、学校へ通った。

精神的に辛くて行きたくない時は、母が私をぶん殴って無理やり車に乗せ、保健室に突っ込まれた。

そんな凸凹でも何とか成績は維持していたらしく、高校入試指定校推薦を受けることが出来た。

ちなみにこの時点でまだ鬱の治療は続いている。

高校合格した時、母の言葉を未だに覚えている。

「お母さんの信心が届いたおかげよ。」

この人は自分のやっている事しか見えていないんだな、と思った。

不思議なことに落胆はしなかった。

あきらめていたんだと思う。

高校楽しい記憶で埋め尽くされていたけれど、相変わらず頭の中は生死の概念を掴むことに夢中だった。

高2の春休みが終わる頃に、自転車日光に行き、華厳の滝に飛び込んで、すべて終わらせようとした。

夜の7時ごろに家を出て、携帯の電源を切って、ひたすら自転車を走らせた。

国道四号線をずっと北上し、もうそろそろ日光につく頃だったと思う。

東の空が明るくなった。

夜明けだ。

夜明けなら、夜はどこに行ったのだろう?

そう思って反対側を見るとまだ夜だった。

月と太陽が同時に見えた。

その時の自然の美しさに心を打たれてしまって、私はその場で泣き崩れた。

けっこうな時間泣いて、家に帰った。

この時は特に家族から怒られることは無かった。

そんなこんなで、そこから数ヶ月経過した高2の夏休み最後に、小児神経科主治医判断により治療がひと段落した。

不眠は改善し、リストカット癖も消えていたからだ。

希死念慮だけは消えてなかった。

主治医見立てでは、「まあ何とか乗り切れると思うよ、強いし。」とのことだった。

実際強かったと思う、よく耐えきれたと思う。

大学入試指定校推薦理系私立短大を受けて、合格した。

大学はかなり白熱した環境だったので研究学業にのめり込んだ。

2年後の卒業を経て、私は教授のツテで食品物流会社就職した。

仕事は楽しかったけれど、忙しい部署にいたのでしょっぱなから残業まみれになった。

そして、就職してから数か月後に精神疾患を再発した。

今度の病名は統合失調症

そこからは闘病しつつも、ちょくちょくバイトを始めて、そして体力的限界で辞めての繰り返しだった。

統失治療を始めてから最初の5年の間に、母はがんで亡くなった。

しかったけれど、多分一般家庭の子供よりは悲しんでいなかったと思う。涙は一応出たけど。

そこから5年後に、当時所属していたコミュニティメンバーの誘いを受けて、ルームシェアみたいな環境引越しをした。

その日から今日までの1年の間に色々なことがあった。

引っ越した月に友達付き合いが続いていた元恋人自死

病名が統合失調症から統合失調感情障害になった。

そこから半年後に父が癌で余命半年の宣告を受け。

自分自身も体調がすぐれないので、実家に戻ってきた。

そして実家に戻ってきたときに、もう一人友達付き合いが続いていた元恋人自死

私が実家引っ越しから、父の治療は順調に事が進み、抗がん剤放射線治療、本人努力甲斐があって腫瘍が消えた。

これには驚かされた、父本人が一番驚いているけども。

あとは5年間再発が無ければ安心とのことだった。

そして現在に至る。

今日は暇だったので、思い出しながら勢いでバババっと書いてみた。

しかしたら時系列おかしくなっているかもしれない。

疲れてめんどくさいので、推敲はしないでアップします。

人生いろいろあるよねってお話でした。

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます

お互い、人生を良い旅にしていきましょう。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん