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はてなキーワード: 落伍者とは

2019-04-15

anond:20190414233813

どっちかっつーとその例えの年収を800万くらいにしたのが元増田だと思う。

自分ハイスペ激務ムリなのでそこそこの仕事年収800万で、正社員共働きかつ家事育児の大半をやってくれる嫁と子供

育児助けつつ子供学費援助してくれる親&義親がいる、だけど世間では年収800万の男は価値がないとか言われてる、自分みたいのは落伍者なんだよな」

って言ってる感じ。

で、「いやいや年収800万は世間一般じゃあ高収入な方だよ!しか環境にも恵まれてんじゃん、あんた十分勝ち組だよ!」と言われてる。

実際元増田立場で「仕事と家庭を両立してる有能勝ち組ワーキングマザーな私。独身子なしだの専業だのといった能無し女共と一緒にしないで」

とか言ってても何もおかしくない。

つーかそういう事言ってる高慢ワーママ連中の中にも元増田と同程度かそれ以下な人沢山いるだろうよ。

なのに「私落伍者なんですぅ」と言われると、本気で思ってんのか?それともただの自虐自慢か?

或いはそう本気で思えるくらい恵まれてる&世間知らずな上流階級戯言か?と感じられてイラっとくる人が多いんだと思う。

anond:20190414233813

落伍者ですとか被害者ですとか言ってないよ。逆だよ、被害者としてカウントしないで社会構成員としてカウントすべきって話で、真逆過ぎる解釈だ。

増田の例なら、300万男ですけど満足してます勝手被害者扱いやめてくださいね、ってだけ。

補填保障保護を求める内容じゃない。

2019-04-14

anond:20190414210116

十分にうまくやってるのに、世間意見に左右されて被害者意識持つなって話でしかない。女も男も関係ないでしょ。

自分ハイスペ激務ムリなのでそこそこの仕事年収300万で共働きの嫁と子供がいる、だけど世間では年収300万の男は価値がないとか言われてる、自分みたいのは落伍者なんだよな」とか言う男いたら、やっぱ「嫁と合わせてちゃん生活できてんだろ、黙ってうまいことやってろよ」って思うじゃん?

2019-03-23

瀧以外もなんとも思わねえよ

「瀧なら許すのか信者は?ダブスタが」

いや、新井浩文マーシーマッキーキースもフルシアンテもジミヘンレノン今井勝新太郎バロウズも、なーんも思ってないだろ世間は。いや、なんも思ってないことは無いにしても、罪人として見ているか?せいぜいが落伍者だろ。しかし、一定の人気を得るまでに至った彼らの才能は凡人のそれではなく才覚と努力はそこにあるため、完全に落伍者としては見れないだろう。

未だに川俣軍司の亡霊に取り憑かれてるのか?

二酸化炭素はいけませんとローマクラブが言ったが彼らのデータは嘘だった。景気は上がってると国が言ったが統計でっち上げても良しとする国だった。年配の方が偉いから敬えと儒教は言った。神の教えであり愛なのだ司教は曰い少年少女は慰み者にされた。日本アメリカに勝っていると戦時中放送された。いざと言うときは竹槍で戦おうとした。日本は優しい人が多い国なんですよ、と誇らしげに言う日本人がいる。

あのさ、アルコールの方が依存形成は強いワケ。アダルトチルドレンをなくしてくれ。飲酒運転をなくしてくれ。

動物愛護環境保護戦争反対も、世の中の問題を誰かに任せて自分正義の考えを持ってると、世の中は馬鹿ばっかりだと口にするのは楽だし気持ちいいだろう。

俺もお前らも大差ないよ。薬もブラック企業ストロングゼロ痴呆脳腫瘍も。

善人ヅラにはヘドが出る。生きてるだけで野蛮なんだからもっと業を背負え。泥を被って生きろ。

2019-03-13

女性社会進出パワハラセクハラで働きやす環境作りの礎というのか。

顔写真付きで、うつ病自殺に追い込まれたって新聞記事を見ると、昭和の後半までの、中年のおじさんだと、戦いに敗れた落伍者って感じだけど。

平成生まれ女性が、昭和能のオジサン執拗いじめられる、結婚出産ネタにする。

飲み会に席で、コンパニオンまがいのことを強要させられるとか。

可視化されていく、変化するだろうな。。

  

2019-03-08

同級生と、私の二項対立

大学卒業するタイミング腐れ縁の友人と食事に行く機会があった。

友人は高校同窓会幹事みたいな役割だったので、自然同級生の話になり。

「そういえば、あい入籍するらしいよ」と、卒業大阪に行ったやつの現況を知らされて驚いた。

まあ、遅かれ早かれ結婚するとは思っていたけれど、そいつトップバッターになるとは思わなかったから。


高校時代の彼とは、出身がうちの親の集落ということもあって仲が良かった。

顔立ちは整っており、特進クラスの中でも物理が得意で、落伍者自分は度々お世話になったこともある。

一方で現役時代柔道に明け暮れていて浮いた話はあまり聞かなかったはず。

そんな彼が今や入籍とは、時間が経ったものだなぁ、と二人で感慨深げになっていた。


それがトリガーというか。

思い返せば同級生にもいろんなやつがいたなぁと懐かしく思っていた。

東大の前期に落ちたはずなのに後期に受かった化け物みたいなやつ。

Jリーグで今も選手としてサッカー続けているやつ。競輪選手で若手のホープになってるやつ。

アイドルグループに入ったやつもいれば、記者になってあちこち飛び回ってるやつもいる。

小説家になったやつ、教師の首を絞める喧嘩をしたやつ、バイク事故って成人式前に死んだやつ。

自殺未遂引き起こした奴、アカデミックを目指して進学するやつ……本当に千差万別というか、個性的な奴らばっかりだったと思う。

目の前で炒飯を掻っ込む腐れ縁の友人だってから県庁勤めが決まっているので、こいつも凄いやつの一人ではあるけれど。

そうやって同年代の、同地域にいたやつらと自分比較していくと、自分ぼんくらで何もない、虚無感に苛まれる。

良かれ悪かれ、何かを成し遂げ、自分人生を歩いている奴らにあまりにも多くて。

たかだか修士ペーペーには、そいつらの歩く道はまぶしすぎるし、到底辿り着けない道なんだろうな、と諦観が生まれている。


そういったぼんやりとした不安に蝕まれる、春風吹きすさむ昼下がりの話でした。

まとまらなくなってしまったけれど、ただ周囲とのギャップ自身無能感を吐き出したかっただけなんだと思う。

2019-03-04

障害児の親ですよ

先日の「重い障害ある娘との暮らしにも幸せを感じている」NHKニュース

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190302/k10011834211000.html

まず、最初に。

私は出生前診断を受ける人も、結果、中絶を選ぶ人も否定しません。

人生選択に正解不正解もないし、他人価値観評価できないし。口を出す資格もないし。

ただ、上位のブコメを見て、何となく

「身内に障害者を抱える」ことへの本能的な怖さ、あと無意識差別を感じるので。

半ば自動的な反応で、どうしようもないと思うけど。

思いついた順に色々と。

①出生前の診断じゃ分からない障害もある。

うちがこれ。知的障害(中度)ありの自閉症スペクトラム

障害児を避けたつもりが別な障害ありってなったとき、受け入れられますか?

②「キャリア」などの為に、障害児を産むのを諦めた方。

他人障害児の為に税金を使われる事を受け入れられますか?

「好きで選択したのだから」って、自己責任論になりませんか?

③「障害者」の範囲は確実に広がる

現代社会スピードを上げ続け、ついていけない人を「障害者」と振り落とし続けています

自分はいつまで「健常者」でいられるのかとよく思います。 

出生前診断で生まれない人の分、また速度は速まり新たな落伍者を産むでしょう。

私は出生前診断に反対していません。ある意味、納得すらしています合理的に考えれば当然だから

ただ、不寛容がもたらす不幸からは、結局誰も逃げられないと思うのです。

非婚化と高齢化が進んでいるのに、そんなに厳しい世の中、数十年後老い私たちに居場所はあるのかと。

尚、障害児の親であることは、最高に幸せですよ!

「心の清らかさ」を毎日感じます自然の美しい景色に見とれるような気持ちです。

余裕のある環境にあるのは確かです。

結局、世の中に余裕がないんですよね。分かってはいるのですが…

2019-02-28

任期付きバイオ助教最後

題名にある通り私は某旧帝大で特任助教バイオ系)をしており、今年の3月末で任期が切れますアラフォーです。

4月からの勤務先はまだ決まっておりません。

ここ二年の間アカデミア、民間企業等多岐にわたって職探しをずいぶんやりましたが、結局就職先は一つも見つかりませんでした。

アカデミアに関しては南は沖縄から北は北海道まで日本全国で様々な大学バイオ研究職に手当たり次第に応募しましたが、全て落ちました。面接では練に練った研究計画を余すことなく熱意を持って伝え、面接からもお褒めの言葉を頂いた事も何度がありましたが、結局全滅しました。

民間企業に関しても軽く30社は応募しましたが、面接に辿り着けたのが数社で、全て不採用でした。

もうここまで来ると職探しをする気力は消え失せてしまいました。

もうアカデミアも民間企業も持ち駒は一つもなく、今はただ来月末の任期満了日を怯えながら待つのみです。

4月からどうすればいいんだろう。。。どうしよう。。。私は独身で、頼れる身内も一人もいません。人生つみました。

世間では研究者はすごく大変だけどやりがいのあるかっこいい仕事だと思われてるようです。昨今の日本ノーベル賞受賞者の影響もあるでしょう。しかし、研究者は能力がなければ目も当てられないくらいに悲惨です。(私です。。)素質に恵まれた極少数の研究者は非常に良いですが、大半の研究者はそうではなく、早晩窮地に追い込まれることになります。(私です。。)

思い返せば、私は小さい時から研究者に憧れていました。高校では必死勉強して、現役で東大理一に合格し、その後も理学部を経て理学研究科で博士号を取得し、自分は将来東大教授になるんだと信じて疑いませんでした。しかし、今思うと、理学研究科で大学院生をやってた時既に自分研究者に向いてないという事に気付くべきタイミングが少なからずあったように思えてなりません。詳細は省きますが、当時の指導教諭や先輩(今は某旧帝大准教授です。。)から私が研究者を目指すことをやんわりと否定するようなことがあったことを思い出します。結局研究者としてやっていけなくなっていまこのようなにっちもさっちもいかない状況になってしまったので、やはり彼ら(研究者としての素質を持ってる人たち)の指摘は正しかったし、素直に彼らの指摘を受け入れて、大学院生時代キャリアチェンジを図るべきだった(就職医学部編入とか)と意味のない反省をしてます博士時代の同期は何人かいましたが、途中で中退して、医学部編入したり、民間企業官公庁にでていった人が結構いました。今思えば彼らの選択が正しかった思います。素直さのなさと視野の狭さが私の欠点であり、その欠点のせいで人生がこうなるとは予想してませんでした。

博士号取得後は別の研究室に移りポスドク(激務薄給労働者)として一日も休むくことなく馬車馬のように働きました。ポスドクをしてた時にも今思うとやはり研究者としての限界を思い知らされる様な出来事がありました。(ご想像のとおりです。)この時も現実を受け入れる事なく、そのままポスドクとして残ってしまいました。ひょっとしたらくだらない自尊心のせいで、自分研究者としてやっていくのは無理だという残酷事実から無意識的に逃避していたのかも知れません。

数年に渡るポスドク生活の後、運良く(今思うとここで自分人生の運を全て使い果たしのかも知れません。)今の特任助教の職にありつく事ができました。しかし、研究世界非情もので、才能のない人がいくら努力しても上手く行くことは決して無く在任中にたいした成果も出せずに気が付けば任期満了まで一ヶ月というところまで来てしまいました。

昨今大学研究者を取り巻く環境悪化の一途を辿っており、任期無しの研究職がどんどん少なくなり、その一方で任期付きの研究職の割合が日に日に高まっています。このような状況のせいで自分研究者になれなかったのだと不平不満を述べる人が多数いますが、私はそうだとは思いません。やはり研究者になれない人(私も含めて)には素質がないのです。素質が何なのかは難しいところですが、結局任期無し大学教員という職を巡る椅子取りゲームで勝つのはやはりふさわしい人なのです。終わりのない椅子取りゲームに見えますが、研究者として生き残る人はなんとなく決まっているように思います。(ここらへんは私自身の勝手想像です。自分研究者になれなかった脱落組なので。。)

繰り返しますが、研究者は素質がないともうほんとに悲惨です。自分に素質があるかどうかは割と早い段階で分かるはずなので、いま大学院等で研究者を目指して奮闘している方達(特にバイオ系)には時期を逃すことのないよう気をつけてほしいと思います

また、アカデミアのよろしくないところは、成功者経験ばかり語られて、落伍者の声は闇に葬り去られてしまうところだと思います成功談も大事ですが、それ以上に失敗談にこそ学ぶべきところがあるのだと悟っています

ああ、4月からどうすればいいのやら。今後の人生はどうなることやら。任期満了日が過ぎたら、その後は社会底辺彷徨いつついつか年老い死ぬ日をひっそりと待ち続けるのみです。

2019-02-21

結局、SNSってなんのか?

5chの落伍者が集まるスレ > 重過ぎた

Twitter基地外

増田 > ちょうどいい落ちこぼれおっさんスノッブ

・・・そう思っていたのだが、そんなことは無かった

結局、実名でやれないことはネットでもやるなに尽きるのだろう

SNSってなんなのか考えるキッカケになったのは良かったかも知れない

2019-02-15

はてな政治批判してる人の特徴

家族との関係が上手くいってない

・友人はいいか極端に少ない

恋人は出来たことないか極端に少ない

うつ病発達障害など精神科のお世話になっている

仕事はしてないか、常に辞めたいと考えている

つまるところ、人生の失敗者の吹き溜まり。それが、はてな政治批判ばかりしている奴の招待。

無能なのにプライドだけは一流の為、人生の失敗を自分責任だと受け入れられない状態。それを政治批判で上手く責任転嫁して心の安定を図っているかわいそうな人たち。

本来、人並みの能力があれば自分の成長にリソースを割いて人生好転させられるが、それすら放棄した自堕落落伍者

2019-01-22

anond:20190122105438

政治落伍者ぼやき

ツイッター政治追ってたけど心を病んで垢消した。

右翼系のツイートには漏れなく胸糞悪くなるようなヘイトスピーチ人権蔑視発言がぶら下がり。

左翼からはそんな右翼へ対抗するという気概が感じられたが、良くも悪くも素人感が強く、理想論現実と絡めた理論まで昇華し切れていない印象が強く。

無論一枚岩じゃなし、全員鬼畜とか全員お花畑とか言うわけじゃない。

ただ右翼の有力論者が女は全員死ねとか言ってる垢のツイートRTしててあーあーあーとなるし左翼左翼で現政権批判に極振りしたようなヘイト垢が全てに群がる始末。

見たくないようなもんばっか。

新聞だけ見てろったって深読みしたくなればネットで調べるしかない。基本どこのコメント欄地獄

ネット政治追ってるとちらちら目に入るヘイト発言ハイハイそういうのマジで無理無理私はここにお呼びじゃないのね。

嘘、そんな冷静ではない。もうやめろよ……つら……ころす……と怨嗟渦巻く。

感情的にならず事実だけを冷静に見ろよ」とか中立正論の皮被っても、無数に出てくる有象無象感情論ハイハイと流せるかどうかは、結局その裏のイデオロギーにある程度、迎合出来てるかどうか、或いは無関心かじゃねえのと。

事実だけを追うのが政治じゃない。政治は人々の感情と一体になるもんってのは嫌という程に大学でやったし最近特にその例に富んでいる。

現代では殊に、皆私情を隠さずネットで色んな事を好き勝手に言うもんだから本音と建前って構図が総崩れしてるように思える。

暗い気持ちになるばっかなんでネットから暫く離れる事にした。ただそれはそれで学生としてどうなのって心病む。

ジャップ政治家とその政治ファンクラブになにか期待するだけ無駄

あんなの遠巻きに面白がって眺めてるだけに留めてないと心壊すぞ。

2018-12-02

コンビニ店員が『コンビニ人間』を読んだ。

以前、私が書いたバイト日記に「『コンビニ人間』だ!」というブコメ複数寄せられたので、読んでみた。これは感想というより私の現実比較した愚痴

・私は『コンビニ人間』の主人公古倉さんみたいにコンビニ歯車になれる気がしない。

コンビニ歯車というよりもはやコンビニ妖精というかコンビニのものになってる古倉さん恐ぇ!

オチが『世にも奇妙な物語』みたいにやばくてベリーグッドでしたd(・∀・`*)

そもそも私が勤めている店舗は『コンビニ人間』の店舗ほど色々な意味ちゃんとしていないので、働いていてげんなりする事が多い。

・古倉さんの働き方はマニュアルよりも優先すべき事とマニュアルを遵守する事のバランスが素晴らしく、理想的で、こんな人のいる職場に勤めてみたいものだと思った。

・古倉さんは実在したらそうとう気持ち悪そう(他人の口調やファッションを真似してるのとか絶対バレバレで陰で言われまくりだよこの人)だが、理想の先輩の様な気もする。この人と組んで仕事をすれば私も熟練コンビニアルバイターになれそう。

・いいなぁー古倉さんと働きてぇー、と思うくらい、現実に私が勤めている店は全体的にやる気のない雰囲気が充満している。

・私や相棒プロアルバイター氏みたいな、仕事に対して誠実でありたい欲のある人間は完全に燻っている。意識的人生落伍者を演じなければならない圧がかかっている。

・古倉さんとは完全に真逆方向性で、社会歯車(というより社会のおみそ)を演じなければならないんだよなぁ。それが楽しいわけないだろっていう。

・私達は社会ゲジゲジなわけ?キショいけどゴキブリうから居なきゃいないで困る、みたいな。

・当店はオーナーハッスル具合だけがやたら凄まじいのだが、現場はその息子である店長の「適当にやろう」精神で回っている……はずが、適当どころか自堕落しか言い様のない状態になってしまっている。

・というのも、昼勤の主戦力の人達が猛烈だらしないのである。数時間シフトをしのいで金さえもらえればそれでいいっていうのが見え見えすぎる。

・なのにお昼の時間帯は客層のお陰でギフトクリスマス正月関連の予約が沢山取れるので、最もやる気のない人が営業成績No.2になってしまい(ちなみにNo.1の人は自爆営業をする人である)、評価されるのである

オーナー現場ちゃんと見てくださいよ!

女性からキモがられて酷評されていたプロアルバイター氏が最近オーナーから評価されつつあるのが唯一の救いだ。誠実に仕事してる人が評価されるのは見てて気分がいい。

コンビニに限らないどこか新規のお店にオープニングスタッフとして就職したい欲が高まる。へたにコンビニ職歴を重ねると変な癖が付いてると思われてコンビニのオープニングスタッフにはなれないのかなー、うーむ。

年末年始はどうやら帰省組の穴埋めで昼勤にも入らなければいけないみたいなのだが、やる気0の人と組むと魂が腐りそうで嫌なので、相棒プロアルバイター氏と組めないなら辞退したいけど、昼勤出来なきゃ何時まで経っても一人前にはなれない(みなされない)みたいなので、なやましい。

2018-11-28

anond:20181128003536

だよな

まともな日本人なら1000万円以上の高級車に乗るもの

100万の自転車で満足してるやつは社会落伍者

向上心のない底辺人間貧乏人の趣味他人に薦めるのは社会にとって害悪からやめろ

2018-11-26

anond:20181125055531

元増田に触発されて、大学時代自分自殺未遂をしていた頃のことを思い出していた。自殺未遂と言っても、救急車警察のお世話にもならない程度に自殺を企てて失敗して諦めるようなものではあった。とはいえ、今思い返してみると自分人生ではそれなりに重要位置づけにあった出来事だったように感じるので、供養のために当時のことを思い返して書いてみようと思った。

大学の頃はとにかく自分の不甲斐なさ、生きる才能のなさに絶望していた。バイトでも研究室でも上手くいかず失敗ばかりで常に低評価、何をしても上の立場の者を怒らせてしまい下の立場の者からは憐れまれる、同期も含めて誰とも信頼関係を築けない、などで常に悩み苦しんでいた。いつだったか、親に「普通のことが普通にできるようになって欲しい」と言われた。自分も心底そう願っていたのだが、周囲が普通にできていることができないまま、失敗体験ばかりが積み重なっていった。

その社会的に上手くいかない大部分は、今顧みると自分発達障害的な特性に起因していたのだと思う。だが、その頃は発達障害に対する知識量が乏しく、自分発達障害であると疑いもせずに、漠然としつつも強い社会不適合感を感じながら生きていた。

そのうち、何か現実で失敗して大きく自分失望する出来事があったとき自殺を試みるようになった。

ある時は凍死を試みた。当時は北海道に住んでいたので、冬の夜に外で寝ると簡単に凍死できる。酒をコンビニでたくさん買って、酩酊したのちに雪の中で寝ることで死のうとした。だが、いざ酒をしこたま飲んでも「ここで寝たら死ぬ」という本能的な危機意識が強まり意識覚醒するばかりで思うように酩酊することができなかった。結局、1時間半ほど雪中にいたのちに無理だと悟り、冷え切った指をさすりながらフラフラ家に帰った。

ある時はヘリウム自殺を試みた。本当は数百リットル入っている大きなヘリウム缶を購入した方がよかったのだが、実家住まいだったため家に持ち込むのは現実的でなく、結局十数リットルの小型缶を2本買った。ビニール袋を頭から被り、その中にヘリウムを充満させ、呼吸すると酸素不足で意識を失いそのまま死に至るという寸法だ。結果はまあ当たり前だが、ヘリウム絶対量が足りず、意識を失うことすら叶わなかった。「死ねなかった…」と独りごちたとき、例のパーティヘリウムを吸った時の声が高くなる現象が起き、思わず笑ってしまった。一瞬だけ、自殺に失敗した絶望感が紛れた。

他にも非定型首吊りを試みたりと何度か自殺を決行した。だが、いずれも準備不足だったり、途中で怖くなってしまって未遂に終わることを何回か繰り返した。そうしてまた現実に向き合わなければならない絶望感を抱えつつ、辛くて苦しい日常に戻っていった。ただこの自殺失敗は無意味ではなく、いつでも死ねるという選択肢があると自分に言い聞かせることで、現実の辛さから目を背ける逃避行為になっていたと思う。

そうして毎日をやり過ごしていたところで、大学院の研究発表が間近の冬の時期に、これまで数ヶ月かけて実験してきたデータが使い物にならないと判明した。自分のこれまでやってきたことが無為だと感じたときに、なんとか生きようとしていた気力の糸が完全に切れてしまった。この出来事自体が大きい意味を持っていたというよりは、これまでの失敗体験により自分への失望や将来への希望の無さが雪だるま式に積み重なっていって、この出来事で許容値を超えたと言った方が正しいと思う。この先生きていても苦しいだけで希望も何もない、自分は何も成功を収めるすることができない落伍者だという思いがピークに達し、自殺を決行しようと思った。

定型首吊りをしようと、酒を飲んだあと人気のない公園に行き、自分身長以上ある遊具ロープを括り付けた。その後、遊具に昇って首にロープをかけ、足を遊具から踏み外した。頭に血がパンパンに溜まり熱くなるのが分かり、同時に意識に靄が徐々にかかっていった。あと数秒、首に圧力が加わったなら意識を失い、やがて死に至ると強く実感した。そのように感じた瞬間、死が急に身近に思えてきて、一瞬でとてつもない恐怖心が芽生えた。手でロープを掴み首に掛かる圧力を緩めたあと、必死にもがいて首からロープを外し、倒れ込むように雪の上に落ちた。

その後も何回か試したが、同じようにあと数秒で意識を失えるところで首からロープを外し、断念することを繰り返した。あと数秒だけ首に力を込めれば意識を失えたのだが、その一線を越えるのがとてつもなく大きな壁のように感じ、どうしても乗り越えられなかった。結局3回ほど試したのち、無理だと悟って家に帰った。

上で書いた通り、自分にとって自殺は辛い現実から目を背ける唯一無二の手段だった。死ぬという選択肢があると信じ込むことで、どんなに現実で失敗をしたとしても、死ねば救われると信じていた。しかしこの自殺未遂により、ここまで死に接近しても、死という一線を越えることは自分にはできない、死を現実の逃避先にするのは無理だと悟ってしまった。すると、これまでは生きるか死ぬかの狭間でウロウロ迷っていたのが、死ぬことが無理ならこの先も生きていくしかなく、この先どうせ生きていかねばならないのなら、できれば良い人生を生きていきたいという心情に変化した。死ねない絶望が、逆に現実を前向きに生きようとする動機になったのだ。

その後、研究発表は使えそうなデータをそれっぽく見せて、なんとか修了要件を満たすことが出来た。

そして大学卒業して働き始め、自分発達障害であることに疑いを持ち実際に診断が出るなど紆余曲折ありつつ、今のところはなんとか生きている。

今でも猛烈な希死念慮破滅願望が湧き上がることはしょっちゅうあるし、自分社会を上手く渡っていける人間でないことに絶望したりもする。「生きててよかった」とまで自分人生肯定できるまでには、まだ至っていない。だが、自分自殺できない、死を逃避先として選べないということは、確固とした事実として悟ってしまった。また、幸いと言っていいのか、最近は少しずつ発達してきたのだろう、人生を上手くやっていく術を徐々に身につけつつある。まあ、全て上手く実践するまでには全然至っておらず、それなりの頻度で失敗をやらかす。そのたびに湧き上がる強い自責感情消滅願望を色々な方法ごまかしつつ、結局はより良い人生を目指して少しずつやっていくしかないと思い今日もまだ生きている。

この文章を読んで、これは前向きな感情ではなく、死ぬという選択肢が消えたか消極的に生きなければならないと感じているだけではないか?と感じた人もいるような気もする。確かにそうなのかもしれない。ただ、以前は学習性無力感からか、自分人生を良くしようと自分から働きかけようという気すら起こらず、ただ日常の痛みに耐えているだけだった。そのような状況から比べると、自分人生コントロールして良くしようと動く気になった分、以前より間違いなく前向きになったように自分では感じるのだ。(管理が厳しく、親の納得のいく人生を送らないと叱責する親元を離れたことも、大きな要因であるとは思う)

そこで東日本大震災が起こった。ずっとテレビを見ていて思ったのは「いとも簡単に人がたくさん死ぬ」ということだった。

ぼくがずっと考えていたことは自然にとってはありふれたことで、一生懸命自分人生を生きてきた一人の人間が、人生を無理矢理終了させられ、大して深い意味もなく死んでいくという「人間ゴミのように死んでいく」光景が新鮮だった。可哀想などと思う人間気持ちを持つ余裕はまだ無かった。失礼な話だが、人が一人死ぬのを見るたび希望が湧きあがってきた。震災はぼくの死生観に強い影響を及ぼした。「人間が生きる意味などない」というのをかなりポジティブに感じた。

こうして今になって文章化して振り返ってみると、この程度の絶望はまあ巷にはありふれているし、救急警察にお世話になっていない程度の大した話でないと自分でも思う。ただ、元増田は「人は簡単死ぬ」という現実悟り、結果として前向きに生きることができるようになったと書いている。一方で、自分は「人は簡単死ねない」という現実に直面し、結果として前向きに生きられるようになったように思う。その対比がなんだか面白くて、このような長文を書いてしまった。

以上、供養です。おわり

2018-10-24

蒙古タンメン中卒

高校中退してから、ぼくの人生は大きく変わった。

一時の感情高校は辞めないほうがいいと思う。何か目的があって辞めるのならいいのだが、中卒の90%以上は将来に対して何も考えていないだろう。今が楽しければいい、面倒なことから逃げ出したい。中卒とは刹那主義者快楽主義者の集まりだ。そういった人間世間怠惰な人という烙印を押す。就職しようにも、条件に高卒以上というところが余りにも多すぎる。アルバイトですら高卒以上のところが多い。仕方ないから今は日雇い肉体労働をしている。頭を使わず、誰にでもできる仕事をしながら時間お金に換えていく。子供の頃、自分には何か特別な才能だったり、能力があるのだと信じていた。大人になってみると自分はただの凡人、いや凡人にすらなれていない。落伍者になっていた。現場の休憩時間タバコを吸いながら、40代50代の人と喋るが、ぼくもあと20年後くらいにはさえないおじさんになっているのだろうか。そうはなりたくなかった。

そこのおじさんたちが若いっていいなあと言う。若さは金じゃ買えないから大切にしろと。

ぼくは急に思い立って、10万円の電子ピアノを買った。楽譜も読めないし、ピアノに触れたことすらなかった。今では毎晩ピアノを弾くことが楽しい。いつか綺麗にピアノを弾くことができたらと思う。

何かをはじめることはすごく力がいることだ。続けていくことも大変だ。でも何もせずに終わっていく人生なのだから、何かをはじめたほうがいいのではないか自分が思いついたことを行動に移していくことでも人生は大きく変わっていく。とにかく行動をすることが大切なんだ。

ぼくが好きなカップラーメンにはこう書いてある。

「辛さの中に旨みあり」

人生もそうであると信じたい。

2018-09-13

今回のラノベ騒動気持ち悪い理由

件の表紙は、はっきり言ってどうでもいい。気持ち悪い悪くない以前にどんなものか確かめる気も起きない。まぁ大したことはないんだろう。

ゾーニング表現の自由もはっきり言ってどうでもいい。好きにしてくれ。

何が気持ちいか、それは大量の大喜利ツイートにも見られる、発端のシュナムル氏に対する無数の敵意、憎しみ、嘲笑だった。シュナムル氏は前から異様な程憎まれていた。それは男性でありながら「フェミニズム親和的から」、もっと言うと「女の味方をする男だから」。

シュナムル氏に限らず、フェミ親和的な男は異様な程憎まれバッシングされる。彼らは「モテたいだけの性欲男」と言われ、「ちんぽ騎士団」「バカマッチョ」と謗られる。なぜなら彼らは、男でありながら女の味方をして自分達を撃つ「裏切り者」だからだ。はっきり言ってフェミの「名誉男性」への攻撃などメではないくらい、男性フェミへの攻撃執拗陰湿だ。

男性フェミの中には、子供の頃からホモソーシャルについて行けず女の子達と遊んでいたという人が多い。そんな彼らに他の男の子達は「男のくせに女なんかと遊ぶなんて」とからかってホモソーシャルから落伍した者を嘲笑う。それが大人になっても続いているのだ。

自称弱者男性キモ金界隈は、確かに社会的にはホモソの落伍者かもしれないが、ネット上では他の男達と一緒に女を貶してホモソを築く。そしてホモソを築くことな女性に寄り添う男性を見て、嘲笑と憎しみを向けるのだ。

真の弱者男性とは、「バカマッチョ」「ちんぽ騎士団」と呼ばれる彼らのことである

2018-08-25

anond:20180825185210

anond:20180825184512

フェミニズムももう少し矛盾の言質を取られないように方向性を明示して、いったん決めたらその方向で続けて欲しいよね。

男性性を否定するなら否定で、肯定するなら肯定でもいいけど、その中でもできるだけ整合性を保って欲しい。

男性性を女性地位向上に利用するとしても、ある時にはパパや強大な国家権力庇護してもらう保護主義

別の時には完全パワーゲーム疲弊するまで働き続けて強者総取りを目指すネオリベ戦略というのでは、

助けたいはずの女性ですら被抑圧者や落伍者が毎回大勢出てしまう。

フェミニズム男性から支持を失ったところで困らないだろうが、女性からまで支持を失ったら終わりじゃん?

2018-08-22

anond:20180822205943

ネトウヨネトサヨの間でのdoxingを最初に始めたのはしばき隊だったよ。

街宣ネトウヨのあとを付けて自宅や勤務先に凸する割とアクティブなやり方だった。

あと有名コテハン書き込みから自宅を暴いて凸したりね。

しばき隊界隈のジャーナリストが有名コテハン実態いかに惨めで情けない落伍者かを公開していた記事がバズってた。

増田の言う通りまともなリベラルの主張は世間体がいいから晒されても効果薄いしネトウヨサイドからdoxingをしようって動きはなかった。

ぱよちんとか闇キャンとかやりすぎた連中は晒されていたけれどさ。

2018-08-04

誰が為にクソは出る


先日フットボールゲームを観に行った。

この島国中東で選び抜かれた22人の益荒男たち。


私たちは股間であたためた崎陽軒シウマイ弁当を互いに交換して食しつつ、ハーフタイムを迎えていた。


ふと恋人が言った。


今日試合を観にきている人は何人くらいいるのかしら」


「そうだね、ざっと6万人はいるだろう」


「6万人!」


恋人はなにがおかしいのか、シウマイ蒲鉾中間物質を噴き出す。すごく汚い。


「6万人が走り回る22本のチンポを真剣な顔して眺めているなんて! しかリズミカル応援つき!」


ムッとした私。

前の席でフランクフルトを頬張る頭皮露出中年男性弁当を叩きつけて激高する。


「そうやって君はいつもチンポのことばかり考えているんだな。いいかフットボールにおいて重要なのは22本のチンポではない。ハードワークするプリケツだ。いつもチンポにないがしろにされるプリケツ気持ちを君は考えたことがあるか。君は本当に哀れなケツフォビアだな」


そう言い放って席を立つ。恋人ツイストアンドシャウトが響いているが無視する。


本当はチンポもプリケツもどうでもよかった。

私はアナルに入れていたリモコンバイブのことで頭がいっぱいだった。


ゲーム中、私は選手たちが枠外シュートを放った瞬間だけ、スイッチを入れた。

スタジアムに響く「オオ~ウフン」という落胆の音階振動はのけ反るほどの快感を与える。

セックスとは異なる種類の性感に至るために必須の三要素は以下の通り。


不連続的な刺激×アイデンティティ・クライシス×ドラスティックアイデア


落伍者はこの三要素に溺れるあまり他者を巻き込みギルティ対象となる。

クレバー賢者は違う。快楽の祭壇に捧げるのは常に己の精神と肉体のみ。

これを読んでいる名もなき同志たちにもぜひ試して頂きたい。


以上を遵守した私の前半はおおむね順調だった。しかし負傷交代で入った初出場選手が発奮しすぎて枠外シュートを放ちまくり、予想を超えて酷使したリモコンバイブの電池が切れてしまった。一刻も早く交換したかった私はトイレへ急ぐ。


行列。ため息はクーロンキャッスルの味。


「どうも」


後ろから男の声。


「ハハン。どういたしまして」


振り向くと頭皮露出男性が立っている。

シウマイをうまそうに口にしている。叩きつけた甲斐があった。


あなたの啖呵、拝聴しましたよ。大したものだ。フットボールの真髄はプリケツにあり。その通り。相当な玄人でいらっしゃるようだ」


どうやら彼は熱心なプリケツニスタらしい。シウマイ臭くて返事ができない。


「だがこちらはまだまだ稚児に等しいッ!」


突如。パンツを引きちぎりながら引き抜かれるリモコンバイブ。

昇天する。


「君はアヌスフットボールで界ではダニだ。ダニ・アウヴェスじゃない。ただのダニ。ラ・マシアのプレベハミンのセレクションを受けようか迷っている子供友達父親の同僚の会社の清掃員が仕事帰りに立ち寄ったバル入り口で見かけたセクシーボルゾイ犬についた一匹のダニ。それが君だよ」


エクスタシーさなか、私は囁かれる。


「思い上がるってくれるな友よ真実はある一つの点に過ぎずそれは世界に無数とある


ゆらぐ視界。コンクリート灰色。一点を中心としてぐるぐると回転する。

巨大化してゆく真っ黒の中心点。これは、穴? 


気がつくと私は全裸草原に立っていた。柔らかい起伏。晴れ。

ここは地上の天国か。シガーロスジャケットのようなポーズで私は駆ける。


しかし風が臭すぎて卒倒する。

駆け寄ってくる白ワンピース少女たち。適当キスシウマイ臭い

よく見るとみなシウマイ男の顔をしている。


「やっとメンバーがそろったわ!


少女たちのイエローボイス。

チャンピオンズリーグアンセムバカバカいくら大音量流れる

一人の少女が突如脱糞すると、連続してみな脱糞臭い

みな自分のクソを蹴り飛ばす。なしくずし的に私も参加。

楽しくなってくる。ア・ラム・サム・サムを合唱する。


私たちって、オリベル&ベンジみたいになれるかも!」


「ハハン! タカハシ・センセイも真っ青だな!」


融合してゆく人糞。巨大な玉となり芝生を飲み込んでいく。

破壊される世界。光に包まれたゴールが出現。私たちは玉の上を走りながら突っ込んでゆく。


フェラチオゴラッソオオオオオ!」


叫ぶ私はふと、我に返る。周囲に少女たちの姿がないのだ。


「ここでさよならよ! 元気でね!」


荒廃した大地に取り残される少女たち。悟ったような笑みで手を振る。

私は涙する。ようやく気づいて。彼女たちは私をここから逃がそうとしていたのだ。

光に包まれる中、渾身の投げキッス。この愛よ。どうかあの娘たちを守って。


遠い昔の思い出から戻る。私はハーフタイムロッカールームにいた。

汗と、スポーツドリンクと男たちの吐息ミステルと通訳の声が響く。


あれからおよそ2000年まりの時が経った。

光の向こう側は紀元前ヨーロッパ世界だった。

私はローマ人にクソフットボールを教え、その後現代まで発展を見届けてきた。

あるときオーナーとして、あるとき監督として、あるときコールリーダーとして。

偉大なるクソフットボーラーの影には必ず私の存在があった。

いまは極東島国代表選手として、啓蒙活動を続けている。


後半の入場をスタッフが伝える。私はクソを漏らして手で掲げる。

これがハーフタイムルールで、選手たちは持ち寄ったクソをフィールドで固めてボールを作る。


「よし! いくぞ! みんな!」


シン、と静まり返るロッカールーム


「誰だお前」


締め出された私はスタジアムの外で強盗あい、素っ裸で由比ガ浜に放り出される。

もう金輪際スタジアムには行かない。

2018-08-02

anond:20180802092409

はてなには大学入試人生ピークだった学歴けが支えの落伍者が多いから仕方ない

受験偏差値が高い=優秀だけは絶対譲れないんだよ

低能先生も九大だってわかった途端手のひらクルーで笑えたな

2018-07-29

anond:20180729045213

別に男として認めてもらう必要は無い

LGBTと同じでただ一人の人間として認めて欲しいだけ

そもそも女をあてがって欲しいなんて言う奴は言うほど多くないよ

パートナーがいないだけで異常者扱いしたり落伍者扱いするなってそれだけなのに

なぜそれを理解できないんだろう

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