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2019-09-09

忘れられない初恋の人の名前検索した話

もう10年以上も前の話。

中学三年生の私には好きな人がいた。

発表が得意で、面白おかしく、周りの様子を伺ってはクラス雰囲気を盛り上げようとする、そんな人を私は好きになった。

なんとなく、向こうから好意を感じる時もあったけれど、思春期真っ只中の私は何か行動に出るわけでもなく、ただただ席替えで近くになることを祈っていた。

サマースクール話題で盛り上がる夏休み前、彼の口からちょっと頭が良い学校名前が聞こえてきた。

怠け者な私の内申点では厳しかった。同じ学校に通えそうになかった。

残念に思ったけど、進路で別れてしまうのは分かっていたから、悲しくはなかった。

特に行きたい学校がなかった私も、サマースクールに参加したことで、入学したい学校、入りたい部活を見つけることができた。

その学校はそこそこなレベルだったけれど、当時の私の実力では乗り越えなければならないハードルがいくつもあった。

夏休み後、真剣勉強に取り組むことになった。

不馴れな勉強に勤しむ秋頃、彼の口から私の目指す学校名前が出た。

志望校は違うと思ってたから、当時は本当にビックリしたし、嬉しかった。

頑張る理由が1つ増えた私は、さら勉強に励んだ。

妄想も、それはもういっぱいした。

彼の内申点学力から言って、彼が落ちることはない。

あとは私が頑張れば、その妄想現実になると思うと、大嫌いな英語だって覚えてやろうという気になれた。

塾長からは「険しい道のりだ」と言われたり、模試の成績が酷かったり、などなど色々あったけれど、なんとか仕上げ、受験当日を迎えた。

試験会場には、もちろん彼がいた。

当時ハマっていた乙女ゲームのグッズである天然石を握りしめながら、試験に挑んだ。

試験の出来はなかなかのもので、塾長から合格だろうと言われた。

安心した私は、受験から解放を大いに楽しみ、あっという間に、合格発表の日がやってきた。

私の中学校は、結果を確認した後、報告する決まりで、受かった生徒と落ちた生徒は別の教室へ行くことになっていた。

無事に合格通知を受け取った私は、意気揚々と受かった生徒が集まる教室へ行き、先生に報告をした。

そのまま私は帰らずに教室に残って、受かった子達と高校での過ごし方を語らった。

受かった嬉しい気持ちを共有したいからではなく、彼を待っていたのだ。

しかし、彼が来ることはなかった。

私は受かって、彼は落ちたのだ。

家に帰って、私は一人で泣いた。親、塾の関係者先生、友人、皆喜んでくれていた。それなのに、私は涙が止まらなかった。

もちろん、嬉し涙ではなかった。

同じ学校に通えると思っていたのに、4月からはもう別々になってしまう。春を感じさせる暖かな日差しが、より胸を苦しくさせた。

結局、その後は彼と距離が出来てしまい、連絡先も交換できずに卒業式を迎え、卒業

高校に通うも、彼のいない高校生活を思い描いていなかった私の日々は淡々と過ぎていった。

どこかですれ違えないかと、駅に行っては姿を探した。見つけることはなかった。

彼の進学した学校は、体育祭文化祭も非公開。繋いでくれる友人もいない。どうにもならなかった。

途中、気になる人もでき、初めてお付き合いすることもできた。それでもやっぱり、初恋の人は特別なのか、忘れることはなかった。

色々あって、その人と別れた後も、特別なままだった。

大学に入ってからも忘れることはなかった。

ただ執着しているのだと分かっていても、忘れられなかった。

疲れている時は、彼と幸せになる夢を見たりした。起きた後、更に疲れたことは言わずもがな

社会人になり、新たに好きな人が出来、付き合うことができた。

この頃になると、思い出すことは僅かで、どんな仕事に就いているのだろうか、幸せな日々を過ごせているといいな、などの思いを馳せるだけで終わっていた。

結局、当時の彼とは遠距離トリガーになり、振られてしまった。

相当なショックを受けた私は、忘れるのに随分と時間がかかった。

忘れるために、私は昔のことを良く思い出すようになった。

当然、彼のことも懐かしむように思い出した。

すっかり失恋から立ち直った頃、私はふと彼の名前検索しようと思った。でも、勇気は出なかった。ストーカーチックな気がしたからだ。というか、たぶん、ストーカー

それから数ヶ月後の昨日、中学の友人、高校の友人と立て続けに会って疲れた私は、いつの間にか眠りにつき、そして久しぶりに彼の夢を見た。

変な時間に寝た私は、変な時間に起きてしまい、妙なテンションになってしまった。

そして、その勢いのまま名前検索した。

10年以上、忘れられなかった名前はすぐに打てた。

履歴に残るのが恥ずかしかったので、シークレットモード検索した。

すると、彼らしき人物がヒットした。

何やら本を出していたり、脚本家演出家をしているみたいだ。

作風を見る限り、本人に違いなかった。

彼の才能を生かす方面仕事で、私は嬉しかった。

それと同時に、何かスッキリした気持ちになった。

私が何度も思い出し、夢で見た姿は、過去のものしかないのだと、ようやく頭でも心でも理解できたのだ。

一緒に登校をしたかった私、一緒に文化祭を楽しみたかった私、告白をしたかった私。これらも、もう随分と前の私がしたかった、見たかった光景で、今の私が欲するものではないのだ。

ようやく、過去過去認識できたのだ。

初恋の人の名前検索したら、恐ろしいことになるような気がしたけれど、そんなことはなかった。

きっと、これからも私は彼のことを思い出してしまうし、切ない気持ちになるだろう。

けど、今までとは違い、適切な距離をもって振り返ることができる。

初恋の人の名前検索するのも悪くはないことが分かったので、ネットの海に漂わすことにする。

2019-08-27

じゃあ逆にいじめた側を隔離した場合どうなるのか

いじめる側っていうのは得てしてクラス内ではカーストが高い部類に入るので、

こいつらを隔離すると「いじめられっ子のせいであいつらが隔離された」と逆恨みする奴がでてきて、

別のグループいじめをするのではないか

2019-08-25

めしを食う日々(寿司)

飯を食うとうまい

わかる

日曜日の昼前、実家暮らしの俺は冷蔵庫にめぼしい食材が無い事を確認し、

服を着替え家から徒歩3分くら寿司へ向かった。

回転寿司くら寿司よりもスシローの方が好きだったが、家から一番近いスシローでも徒歩30分。

車の免許もない俺はくら寿司を選んだ。

店を訪れるのは久しぶりで、今回初一人回転寿司ということもあり、

普段通り過ぎるだけのカウンター席に座るドキドキ感はそれだけで寿司の美味さに加点される。

席に着くとまずお茶を淹れるルーティン。の前にメニューを見た。

「これは!!」

くら寿司メニューにとびこがあるではないか

実は俺はとびこブームの真っ最中なのである

スシローくら寿司の大きな違いはとびこの有無たったそれだけであり、寿司屋の善し悪しはそれで決まる。

俺は興奮気味にタッチパネルをねっとりとした指先でなぞり、とびこを2皿注文した。

カウンター席の一番端は休日の昼までも混雑を知らず、あとにやってきた父と娘の2人客も静かでとても快適だった。

そんなこんなで場の雰囲気を味わいながらお茶をすすっていると注文配達レーンにとびこと続いて注文していたえんがわフライドポテトが続々と到着した。

すこしとびこが皿に散らばっていたりしていたがそれも情緒

きょうのとびこ散らばり占いは絶好調だ。

口の中に放り込めばプチプチと元気な音が聞こえる。

少し多くつけすぎたワサビの行き場のない痛みが涙を誘う。

うまい

なんてうまいのだろう。

テンションがぶちあがり、隣に座った客の食べっぷりの良さも影響して1皿、また1皿と狭いカウンターに到着する。

7皿ほど食べ、最初に頼んだフライドポテトがよくも悪くも存在を主張してくるが、

この天ぷら盛りあわせ280円の(大葉つき)がどうしても食べたい…

でも、揚げ物をこんなに食べたら死んでしまう…

今年22の俺の胃は脆い。

天ぷらの盛り合わせが手元にあった。

正直これはよくばりだったとおもう。

最後デザートを食べくら寿司をあとにした。

いい店じゃないか

俺は満足げに腹を撫でまわしながら、原稿用にモンエナの500ml缶を買おうとローソンに寄った。

レジに並ぶと見覚えのある後ろ姿。

「お、おかん…?」

おかん家族アイスを買いに来ていた。

「俺のは…?」

あんたは爽」

わるくない。

そのまま一緒に帰ることにした。

あんたどこ行ってたの」

「そこのくら寿司

俺は最近食べるものに金をかけることの喜びに気付き、

休日はよく一人で外食をしている。

今日原稿が行き詰って心が折れそうになっていたこともあり、俺の大好きな寿司を食べに行ったというわけで。

「へえ、一人でくら寿司

「さすがに沢山は食べれなかったなあすぐお腹いっぱいになっちゃった

俺は満足げに腹をさすった。


「やっぱりおいしくなかったでしょ?」


「おいしくなかったでしょ?じゃないでしょ?」

飯を食べてきた人に向かって開口一番「おいしくないでしょ」と断言するなんてサイコパスか?

「なんでそんなこと言うの?わざわざ店へ行ってお腹いっぱい食べて帰ってきている人においしくないってどうしていうの?」

俺はさっきたべた寿司たちの為に反論した。

安価提供される寿司たちにはネタ薄っぺらい、少ない、美味しくないって暴言吐いてもいいのか?

(これらは全て俺の祖母回転寿司に行くと必ず言う言葉なのでなるべく一緒に飯を食べにいかないことにしている)

「お前はいつも細かいことに反応して!そうやっていつもいつも」

「ちがうだろ!言い方がおかしいだろ!」


言い合っている間に家についた

俺はそそくさと自室に戻り10分ほど泣いた。

くら寿司UX完璧だった。

またつらくなったら寿司を食べよう。そう思った。

1663円でこんな最高になれるなんて。

しかおかん一言で俺は

「まずい飯に1663円を払った馬鹿

になった。


数年前学生の頃、オープンキャンパスバイトをしていた時も同じようなことがあった。

バイトの日は学食をタダで食べることができた。

俺はうめうめと飯を食う。

学食の回転効率を突き詰めた飯は素朴な味わいで食べ盛りの学生の為に米は大盛りだ。

今日タダメシも美味かったぜ、と満足げに教室へ戻ると同じメニューを食べた教員がこう言うのだ。

あんまりおいしくなかったね」


俺は思う。

人は共感を得たいというのもわかる。

だがネガティブもの共感を得ようとするやつは何をやってもダメだ。

おいしくなかったならわざわざおいしくないと言葉にせず、黙っていてほしい。

そして仮にとんでもなく自分の口にあわないものを食べたとしても、違う言い方をするべきだと思う。

例えば、

このうどんは俺には味が薄すぎたとか

油が強すぎたねとか

兎に角なんにでもまずいと言うのはやめた方がいい。

独り言でも隣の客に聞こえたらそいつUXもたちまち下がってしまう。

その教員には言った。納得してくれた。

でも俺の家の人たちはそういう理屈通用しないタイプだ。

からまり家族外食もしなかったし、これからもしたくない。

きっとどんな店に行っても何かにかこつけてまずいまずいと言うのだろう。


結論

美味い飯は環境から

うまい飯を食える仲間、美味い飯が食える店。

大事にしてほしい。

2019-07-26

anond:20190726221552

コミュニュケーション教室へ行け

座学ではなく実践の多いところにね

実践が9割以上の時間をとるような所がいい

座学や読書いくら知識を増やしてもコミュニュケーションは経験で覚えるもんだから無駄

2019-07-16

anond:20190716133150

集団でも出来るよ。予備校大学で授業を選択させる形式に小中高もすればいいだけ。

学級単位ではなく授業単位で、教師が動く形から生徒が自分教室へ移動する形にすればいい。

2019-06-28

[] #75-1「M型インフルエンザー」

パンがなければケーキを食べればいいじゃない」なんて、マリー・アントワネットは言っていなかったらしい。

なんで彼女セリフとして広まったかというと、“あいつなら言いかねない”からだ。

俺たちはそんなフンワリとしたイメージだけで信じてしまえるわけ。

冷静に考えてみれば、そもそも本人に確認を取っていない情報を信じるなって話ではあるけれど、そんなこと言い出したら歴史上の人物ほとんどがそうだろ?

誰が言ったか、本当に言ったかなんて、俺たちには分からない。

いや、今でも似たようなものかも。

俺たちは信じたいものを好きなように信じて、気をつけて使うべき階段を踏み外して怪我をする。

階段を使うことを決めたのも、気をつけなかったせいで怪我をしたのも自分のせいだけど、そのことについて反省しない。

「踏み外すような階段を作った奴が悪い」って思ってるからだ。



…………

その日の俺も深く考えないまま、学校の階段を一段とばして上っていた。

朝のチャイムが鳴る前に教室に入っとかなきゃいけないから急いでたんだ。

言い訳をしておくと、寝坊したわけじゃない。

登校だとかの面倒くさい日課ギリギリまでやらないことがモットーなのさ。

「よっ、ほっ、はっ」

階段を上るたび、背負っている鞄がユサユサと揺れる。

その振動で体のバランス不安定になりやすく、ちょっと危なっかしい。

さっきの例え話とかけるなら、俺はここで階段から転げ落ちるんだろう。

けど、あくまで例え話は例え話で、フィクションフラグなんて存在しない。

俺は自分教室があるフロアまで駆け上がった。

後は廊下を駆け抜ければ俺の教室だ。

経験上、チャイムが鳴るまで残り十数秒。

ここまでギリギリなのは初めてだ。

やばいやばいやばい

こんな余裕のないことをしておいてナンだけど、俺だって遅刻したいわけじゃない。

焦るものは焦る。

からといって、ここで走ってはいけない。

先生に「廊下を走るな」と止められる可能性があるからだ。

実際、それで遅刻しかたこともあるので、ここで走るのは危険を伴う。

急いで歩くことが求められる。

「急げ、急げ、急げぇ~」

そう呟きながら自分鼓舞しつつ、競歩選手並にクネクネしながら教室へ向かう。

スピード的には走っているようなものだったけど、常に足のどちらかは地面に接しているので問題ない。

だけど、それでも残り数秒あるかどうか。

頼む、間に合ってくれ。


――――キンコーンカンコーン

朝のチャイムが鳴り響く。

その音を俺が聞いた場所は……自分教室内だ。

「イエイ! 時間ピッタリ!」

これまでにないほどバッチリタイミングだったので、思わずガッツポーズをした。

客観的に見れば、ただ遅刻しかけただけなのに。よくそんなに喜べるな」

そんな俺に、クラスメートのツクヒが冷や水ぶっかけてくる。

「偉そうなこと言うなよツクヒ。遅刻しなかったのも、遅刻しかけたのも同じ。つまり俺とお前に何の違いもないんだ」

そんな冷や水にお礼を返すのも日常

取るに足らないやり取りだ。

しろ俺が気になっていたのは、仲間のタオナケ達が珍しいネタで盛り上がっていたことだった。

「私、今朝『マスニュース』みたんだけど、あなた達も観た?」

「う、うん……みた、き、きいた」

「僕も観たよ。いやー、とうとうここまで大事になったか

俺たちガキにとって、ニュース占いとかミニコーナー目当てに観るものだ。

それにつけても、朝から話題にするようなことじゃない。

だってニュースの話で朝から盛り上がるなんて、イキってるみたいじゃん。

から話題になっているということは、よっぽど気になるネタがあったってことの裏返しでもある。

次 ≫

2019-03-18

日記

週末は心穏やかだった。妻のことは言い方は悪いがお金をくれるお手伝いさんだと考えるようにすると期待以上のパフォーマンスを上げた場合にとても感謝できる。土曜日は朝から娘を病院に連れて行った後、家で妻に娘を預かってもらってる間に自分病院へ。いつもの薬を処方してもらいつつ胃カメラの予約がまた入る。前回の胃カメラと生体検査でもシロだったが先生は癌を疑っている。保険周りだけ再度確認。後は気にしても仕方ない。やれるだけやったらなるようになる。

娘の連れて行った病院アレルギー採血時に親は診察時に出されてしまう。ドア越しに娘の絶叫を聞くと自分が体を抑えたほうがいいのではとも思う。親だけは味方でいてという先生の言い分もわかるのだが後で娘に聞いたらネットでぐるぐるにされたと言っていた。それでも動くせいで手の甲から採血できずやり直しに。それと陰部の痒みがあると伝えたので当然見ることになるのだが、娘はお股を親以外に見せてはいけないと知っているので物凄く怒った。金曜の晩の風呂病院先生病気を治すために見るから特別だと言っておいたが分かっていなかったようだ。土曜の夜にもその話題が出たので再度説明する。本心かはわからないが恥ずかしいという感情理解し始めているようで成長を実感する。痒みは単純にしっかり洗えていなかったからのようだ。男親だとそのへんの加減がよくわからない。自浄作用があるから表面だけでいいと聞いたことがあったが先生曰く石鹸ちゃんと洗って流せとのことだった。軟膏ももらう。自分適当に洗わせてるだけじゃだめそうなのでしっかり洗わせる。だが石鹸が痛いと言っているので専用の石けんを探すことにする。

妻が作ってくれたオムライスを食べて娘と昼寝。すぐ起きてしまったが。その後ピアノ教室へ連れて行く。先週とは打って変わってよくできた。先生にも褒められる。風呂や本読み寝かしつけなど一連の流れをこなして就寝。

日曜は朝食を食べさせた後約束していたプリキュア映画へ。出かける頃に妻は起き出す。友人の展示を見た後映画館へ。練りきれていない脚本をなんとか形にしたような映画現場の苦労が偲ばれる。監督脚本家どっちに問題があるかわからないが作った人間性格問題がある感じ。ほかのキッズたちも不穏な空気が漂う瞬間が度々あった。ただ娘は喜んでいたのでよしとする。映画館が暑かったのか顔が真っ赤になっており体がだるいというので予定を変更し帰路につく。冷たい蕎麦が食べたいというので昼食を取り帰宅。妻はいなかった。娘を昼寝させようとするが絵本読み逃げされるだけで終わる。ポニョDVDを見せたり二人でオセロをしたりしているうちに夕飯の時間に。妻も帰ってきたので近所のファミレスに行く。妻の行き先など聞かなかったが珍しく自分から言ってきた。浅い世間話を少しして後は娘とだけ話す。妻はスマホゲームしてるので。でも洗濯とかやってくれたのでよしとする。妻と娘の会話はほとんどないがこの時はあからさまな不機嫌な様子や拒絶を見せることもなく比較的穏やかだった。娘と来週の予定を話して準備の算段を確認する。保育園も新しいクラスになるので楽しみだ。来週はクッキングもするらしい。

こちらとしては妻と距離をより置きたいが娘は母親から煙たがられているとは全く考えていないので様子を見ている。とはいえ不安ときや困ったときなどは僕のところにしか来ないので面倒を見てくれるのは誰か肌で分かっているようだ。最後に娘と妻が一緒に寝たのはいつなのかもう思い出せない。

2019-01-16

高校の頃、数学の授業は習熟度に合わせてクラスを半分に分けて少人数制で授業をしていた

クラスの半分は教室で授業を受け

もう半分は数学室みたいな教室へ移動

私は教室で授業のチームだった

けど、数学用の席があり自席での授業ではなかった

私が指定された席はとある男子の席だった

その男子は移動教室のほうのチームだった

ある日の数学の授業の日、机の上には水溜りができていた

水や飲み物ではない

よだれだ

まごうことなきよだれだった

見事なものだった

けど、当時うら若きJK()だった自分にはどうすることもできなかった

大袈裟リアクションをとるキャラでもなかった

でもそこにプリント教科書を置けなかった

水溜りに侵食されていない隅にちょこんと置くのが精一杯だった

案の定教師から

増田さん何やってる」

と言われる

なんと返したかは覚えてないけど

わがまま言うんじゃない」

みたいに返されたのだけ強烈に覚えている

わがままとは

結局ノート教科書も開かなかった

以降、水溜りを見ることはなかったけど

机の上にものを置くことを嫌がった私の行動は

小学校流行りがちな

あいつ汚い、●●菌〜!の延長みたいな

あの男子きたね〜!さわりたくねえ〜!

みたいなことだと誤解されて広まって

その後はクラスに居づらかった

どうすればよかったかはいまだにわからないし

今更わかったところでなにもないけど

たまに思い出してはしんどくなるのでかいてみた

2019-01-08

コミュ障初恋片思い6年間の一部始終

コミュ障婚活マッチングアプリ出会い別れるまでの一部始終」(anond:20190106214218)という日記を書いた者です。

前回の日記を通じて、自分経験文章に落とす作業をしている間はすごく気分が晴れるということに、生まれて初めて気づきました。文章を褒めてくださる方もいらっしゃったので、調子に乗ってもう1本、投稿してみます(読み手を選ぶ内容なので、さほどブックマークはつかないと思いますが)。また、前回の日記では、あたかも僕が恋愛経験コミュニケーション能力以外の点において完全なる真人間であるかのような印象を与えてしまったので、ちょっと彼女に対してアンフェアだったな、という懺悔の思いもあります

僕が中学生高校生時代に、人生で初めて好きになった方の話をしたいと思います

僕が通っていたのは、中高一貫男子校でした。所謂進学校で、有名大学進学率がKPIになっている、勉学を重んじる厳しい校風でした。

中学校の登校初日入学式を終えた新入生は、疲れた足取りで初めて行く自分教室へ向かっていました。殆どの生徒はお互い初対面なので、会話もまばらでした。1人で居ても目立たなくて良いな、ずっとこのままなら良いのに、などと思いながら、僕は人の波から少し外れたところを歩いていました。

廊下の角を曲がった時、僕は斜め前を歩いていた同級生の1人に気づきました。サラサラストレートの髪に、小さな顔、大きな瞳、長い睫毛。人生で見たことのある誰よりも格好良い男の子が、そこには居ました。

これが、一目惚れか、と、冷静に思ったのを、はっきりと覚えています

彼と僕は同じクラスでした。彼は、才色兼備な人でした。文武両道で、サッカー趣味。優しい性格で、愛嬌があり、話は面白く、友人も多い。笑顔キラキラしていて、王子様のように見えました。過去を美化し過ぎだと言われるかもしれませんが、アイドルグループ所属していてもおかしくなかったと思いますクラス文化祭に出店した、大して美味しくない割高なタコ焼きも、彼が声を掛けた女子学生は全員買ってくれました。

僕は、絶対に彼には自分の心の内を明かさない、と決めていました。傷つくのが怖かったのもありますが、彼の人生劇場の登場人物として、僕はあまり分不相応だと思ったからです。僕は、彼が僕を抱きしめ、名前を呼びながら優しく髪を撫でてくれることを想像し、時に嗚咽しながら床に就きました。僕の人生は泣いてばかりです。今思えば、この時の涙の理由自己憐憫でした。努力放棄し、自分自分のことを追い詰め、思考停止して悲劇のヒロインを気取り、自身を慰めて、精神的な安寧を得るのが日課になりました。幸せと虚しさが入り混じった複雑な気持ちで、彼と時空間を共有できない夜をやり過ごすことしか、できませんでした。

僕は「好きな人の好きなものを好きになる」タイプでした。彼があるアイドルファンだと聞けば、プロフィールを暗記し、出演するテレビ番組を観ました。彼がよく口ずさんでいた洋楽アーティストCDは全部借りて聴き、歌詞まで覚えました。そうして仕入れ話題で彼に話しかける勇気もないのに、です。

ある日僕は、彼と彼の友達教室の窓辺で繰り広げる雑談に聞き耳を立てていました。彼は、塾で出来た初めての彼女ファストファッション店に行き、お揃いのトレーナーを買ったと、少し恥ずかしそうに、しかしとても楽しそうに話していました。僕は彼に彼女ができていたことさえ知りませんでした。完全に狼狽しました。彼は彼女のことが好きで、僕が知ることのできない存在であるその彼女は、僕の見たことのない彼の表情を知っているのです。結局、その日は何もやる気が起きず、トイレに籠って残りの授業をサボってしまいました。泣き腫らした顔を誰にも見られたくなくて、放課後、日が沈んだ頃に個室を後にしました。親には怒られましたが、何も言えませんでした。

でも、サボってばかりいたわけではありません。むしろ勉強には必死で取り組んでいました。彼と同じクラスになるためです。入れ替わりの激しい特進クラスを6年間ずっとキープし続けたのは、とうとう彼と僕だけでした。彼は文系コース、僕は理系コースでした。本当は彼と同じコースに進みたい気持ちもありましたが、無理して高い授業料を払ってくれている両親の顔を思い浮かべると、人生を棒に振る可能性のある決断をする勇気は出ませんでした。それでも、少しでも多く彼と同じ空気を吸っていたくて、受験必要のない文系科目まで、教頭に頼み込んで時間割の許す限り履修していました。ただ、残念ながら僕の学力は彼に遠く及ばず、別の大学に通うことになるのは自明でした。最終学年になって勉強モチベーションを失った僕の成績は、急に翼を失った鳥のように落ちてゆきました。教師全員にひどく心配されたのを良く覚えています

高校3年の1学期の席替えで、僕の席が彼の後ろになりました。夏休みまでのたった数ヶ月だけですが、世界中の誰よりも彼と一番物理的に近い場所占有できる喜びで、胸がいっぱいになりました。居眠りの振りをして机に突っ伏し、いつの間にか仄かに甘い香りを纏うようになっていた彼の背中に近づきました。息をするたびに、彼と一体化してゆくような、幸せ気持ちが溢れました。放課後、憶えた匂いだけを頼りに、彼と同じ香水を探しました。塾を休んで、お店を何軒も梯子しましたが、結局見つけることはできませんでした。

ある授業の小テストで、僕が酷い点数を取ったことがありました。回収の号令が掛かり、自己採点した答案用紙を、前の席に座る彼に恥ずかしそうな顔で差し出すと、彼は僕の眼を見て「可愛い」、と言いながら、優しい笑顔で受け取ってくれました。どういう意味を持つ言葉なのか、しばらく理解できませんでした。その声色は、今でも耳にこびり付いています。辛いことがあった時に、何度も、何度も心の中で反芻して、その度に涙を流し、頬から耳まで真っ赤に染めました。

彼が僕の気持ちに気づいていたのかどうかは、卒業するまで、ついに分かりませんでした。

この日記は、彼の好きだったEric Claptonを聴きながら書きました(この日記では固有名詞を一切出さないという自分縛りがあったのですが、これだけ例外にさせてください)。自分の中で強く記憶に残っているエピソードを集めてみたのですが、結果として完全なる狂気という印象になってしまいました。常にこのような変態行為に走っていたわけではないことだけ、申し開きをさせてください。この時期にできた数少ない友人の一人とは、年に一度、母校の文化祭に行く間柄を保っています

彼とは、高校卒業以来、一度も会っていません。大学に進学すると、僕は別に男性が好きだったわけではないのだということに気づきました。ただ、6年間、彼という重いアイロンを掛け続けた心の折り目はなかなか消えず、随分とひねくれたまま大学生活を送ってしまいました。

客観的に読み返すと、僕は本来的には恋愛依存体質で入れ込みやすタイプなのかな、と思いました。これをコントロールできるようにしないと婚活中に精神病みそうですね。

この日記をどうしても書きたくなったもう一つの理由は、前の日記の「彼女」が、3次元ボーイズラブ小説執筆をこよなく愛していたからです。彼女は、本当に親しい人にしか言えない秘密だと言って、4度目のデートで僕にその趣味を打ち明けてくれました。彼女に僕の経験を伝える機会はついにありませんでしたが、あの時僕が彼女の良き理解者として振舞えたのは、中高時代の彼との思い出があったからこそでした。

この日記を、「彼」と「彼女」に捧げます

《2019/01/10 追記

ブックマークコメントを読ませていただきました。「まともな人かと思ったらヤバい奴だった」みたいなことを云われるのではないか心配していたのですが、杞憂でした。お薦めしていただいた漫画面白そうなので読んでみようと思います。あと、「明治文豪が書きそう」とあって笑ってしまいました。読書量の少ない人間がそれらしく文章を書こうとすると、学生時代に読んだ著名な本にしか影響されていないことが透けて見えてしまものですね。僕は「こころ」が好きでした。この日記遺書にならないよう精進します。

2018-11-27

給料明細

給料明細なんてしっかり見たことない」なんて言われて、「あぁ、こいつは金に困ったことないんだ」って羨ましくなっちゃった。あぁ、なんて卑屈なんだろう。

とりあえず書きたくなったから惨めな記憶書いてみる。

お金で困ったり惨めな思いをした記憶

1.集金袋事件

小学校の頃、集金袋を親に渡したけど給料日前で金がない。

担任先生に「締め切りだからお母さんに電話して持ってきてもらって」と言われる。

電話する。「無いものは無いか先生にそう言って」とママ

・こないはずのお母さんを小学校玄関で待ち続ける。

先生が呆れて(仕方なく?)迎えにくる

・とりあえず泣く その後教室へ

先生はいつも集金袋のお金立て替えてくれてた。 ありがとう先生

2.習い事は1個だけ

幼稚園の時、バトンクラブに通わせてもらった

・それ以降の習い事はなし。何故なら貧乏から

周りがピアノ水泳だ塾だっていうのを羨ましく見てた。 いや、1コでもあるだけマシなんだろうな。きっと。

3.歯並びは悪いけど

貧乏なので長女は歯科矯正に通わせてもらったけど、次女の私はなし

・次女って損だなと実感。姉が歯科矯正具を無くしたときは滅茶苦茶罵倒した気がする

4.部活動

運動部は金がかかるという理由で中1のとき入らせてもらえず

・それでもなんとか1年がかりで説得して中2でソフトテニス部に入部

5.県立高校1本

私立受験は一切なし。しかも兄と同じ学校

・親曰く「面談ときに便利だろ??」

・第二希望伊奈学)の学校だったけど我慢

6.部活断念

・4と同じ理由運動部に入ることを許してもらえず

・「バイトしてお金稼いでなんとかやるから」「ダメ!!」

・同じクラスの連中が「あー部活だるい」なんて聞くと本当にいらいらした

7.暇なのでアルバイト

・週5日 3時間 安い時給だけど3年間バイト桶川マイン

学費や食費として親に毎月2~3万払う。

中学生とき、「高校生になったらバイトして大学学費少しでも貯める」って思ってたけど、大半親に渡す

・「アルバイト代は全部自分のもの」っていう友人が羨ましかった

8.専門学校

大学に魅力を感じず、専門学校に行きたくなる

努力が足りず、奨学生試験で良い結果が出ず・・・入学金+学費60万払えなくて挫折

本当にやりたかったら新聞奨学生でもやって頑張れば良かったけど、兄がそれで失敗したのを見ていたので自分には無理だと諦める。

働いてお金貯めてから3年後に入学しても良かったけど、諦める。結局そこの専門学校に入ることさえも本気になれなかった自分が悪い。

1とか3とか7とか思い出すと涙がぽろぽろ出る。お金がないと惨め。 本当に惨め。

今は結婚して2人で働いてて貯金も出来てるから幸せ。なにより旦那が側にいてくれることが一番の幸せ

貧乏な親と離れたことで精神的にも楽になったけど、たまに親を思う。生活大丈夫心配になる・・・ ダメな親でも血のつながった親はあの2人だけだから・・・

の子供には絶対貧乏な思いはさせたくない。とりあえず1は絶対させない。それが私の生きる原動力

ちなみに貯めたお金で姉の中絶費用を出してあげた。

私も殺人に手を貸しちゃった・・・

私よりもっと貧乏子供時代を送った子が大勢いるって分かってる。

まともに働けてるだけ私はマシなんだってことも。生きてるだけで幸せってことも。

2018-09-27

結婚相手の条件

体の固い女とは結婚するな。結婚生活の諸問題の8割はセックスすれば、なんとか我慢できるし我慢させられる。すなわち良いセックス=良い結婚生活であるしかし、体が固い女は、セックスする体位をとること=痛いことになりがちで、男を体から離そうとする。すると男はペニス最後まで押し込むコトができず、膣内で射精するのが難しくなる。膣で逝けないと男にも不満が残るが、女も逝かせられず自分に自信がなくなる。その不満がだんだんとたまり、女のヒスや男の不倫につながり、結婚生活は破綻やすくなる。最後確認だが、同じ条件なら体が固い女はやめとけ、顔が少しばかり可愛くても、乳が少々大きくても、灯りを消した寝室の布団の中では関係ない。体が柔らかくて、思いきり開脚できて、ペニスの根元まできっちり押し込める女が結婚生活を維持する相手としては優れている。


体の固い女はどうしたら良いかって。それはすぐにヨガ教室へ行け。一年もすれば、セックスが心底楽しめる体になる。

(ということは良き伴侶を得るには、男はヨガ教室に通うべき、もしくはインド人女性を探すでもあるともいえる。)

2018-08-19

大便を漏らした話。

中学生の頃、登校中にだ。

僕は昔から腹を下しやすい、それは今でも変わらない。

でも、漏らしたのはこれが最初最後(だと思いたいという希望的観測)だ。

 

当時の登下校に限らず移動の時は腹の調子を見て、出来るだけ大便を済ましてから動くように心がけている。

ただ、いくら心がけていても、腹の下しは先取りできないし、終わりを伸ばすのも限度がある。

腹痛が始まったのは、通学路の半分を超えたあたりだったと思う。

腹を襲う猛烈な鈍痛。あ、いつものやつが来たなと思い、大便が漏れないように尻の穴に力を入れて堰を作る。

波は堰のギリギリまで攻めてきて、そして引き潮のように戻っていく。その繰り返しがしばらく続いた。

民家でトイレを借りることも考えたが、私にとっては腹痛は日常茶飯事で、借りることによる羞恥鑑みると、それはとても実行できなかった。

全身から冷や汗だひたひたと湧出し、顔が自然と下を向く。視界には余計なものを入れず、ただ足と尻の穴にだけ意識を集中した。

一歩、また一歩と歩みを進める。普段登下校している20分程度の道程が、永久に続くのではないか、そんな風に思えた。

 

校舎が見えて来た。学校の周りであることを示すレンガの歩道をそのまま進む。

登校中の生徒に友達がいないことを、そしていたとしても話しかけられないことを、頭の片隅で祈る。

この時点で尻の堰は既に限界を超えており、土嚢を積んで緊急対応をしている状態だった。

校門を通り、自転車置場を抜け、校舎へと入る。

靴を脱ぎ、靴をしまう。下駄からトイレまでは曲がり角の無い一直線。

新校舎の真新しいフローリング滑るように小股で強歩する。

 

その途中。もうトイレまでは10mも無かっただろう。中庭に面した日当たりの良い廊下で、堰が決壊した。

モリモリモリと、尻から大便が噴出し、ズボンを盛り上がらせる。大便が尻を伝い、足の付根へ落ちていく感触を受ける。

廊下に落ちたら一貫の終わりだと思い、残りの10mを尻を(大便を)抑えながら、歩みをさらに小股にして、トイレへと駆け込む。

幸い足元からの大便の漏れは無く、道中は無事のようだった。だが、パンツ及びズボン悲惨状態で、見事に大便にまみれていた。

 

普通人間ならこの時点で、授業には出ずに下校することを考えるだろう。僕もそうだった。

しかし、今日中間テストの日だった。休んだことによる、先生や親、友達への事情説明等を考えると、頭が重くなった。

トイレの水で洗えば何とかなるのでは、そう考え、大便器の水でパンツズボンを洗い、出来るだけ乾かして、颯爽と何事も無かったかのように教室へと向かった。

その後のことは、書かなくても分かると、思う。というか、これ以上、書くことが、自分にとって辛い。

 

簡単概要だけ書く。教室臭い臭いオンパレード教師は気を使い現状維持、その状態テスト続行、絵に描いたような最悪な1日となった。

 

何でこんなに辛いのに、書いてるだけで冷や汗が出てきて、情けなく思えてきて、思考はどんどんマイナスに落ちていくのに、わざわざこんな文章を書いたんだろう。

似たような経験のある人とか、現在進行系で似たような問題に陥っている人がいれば、こんな奴もいるよというお知らせにはなるのだろうか。

良ければ、過去の恥を書くことの意義を、誰か教えて下さい。

2018-03-25

anond:20180325104412

出会いがない」と言う人間は、どういうわけか同性同士で集いたがる性質がある。

カルチャー教室へ行けと言われれば、男性ならカメラ女性なら料理といった具合に。

男女役割意識が強いのかもしれない。

逆に「自然出会い」に事欠かない人間は、異性が興味を持っている事柄にも興味を持つ。

2018-03-19

anond:20180317174439

ラノベのようこそ実力主義教室へとか?

とりあえず3巻まで読んでくれ

2017-09-24

今まで生きてきた中で一番の悪夢を見た

きつかった…

悪夢といってもバケモノに追いかけられるとか、高い崖から落ちるとか、乗ってたエレベーターの底が抜けて落ち続ける夢とかではない。

私の身から出た錆と不安と心の闇を凝縮した夢だった。

私は勉強が出来ない。これは私一番の…悩みであり弱みであり、身から出た錆だ。

中学受験志望校へまぐれで受かり、落ちこぼれて今の高校に通い二年生になった今に至るまで、大小様々な悩みはあれどこれまで自分を苦しめているものはないだろう。

なぜ身から出た錆なのかは単純に、勉強が出来ない事に悩みつつもそれを解決しようと勉強してないかである勉強をしていないならまだしも、長期休み宿題課題を出さない。これがいけない。

かつ、私は親を裏切り続けている。何度今度こそは頑張って成績を上げて提出物を出すと言っただろうか、何度欠点電話に怯える母を、面談の度に恥ずかしい思いをさせてしまっただろうか。ちなみにこれらは現在進行形で続いている。それを何とかしようと真剣に思うぐらいには恐ろしい夢だった。まあこう思う事は初めてではなく、20回目ぐらいだったりするのだが。

そろそろ夢の内容へ移ろうと思う。

通っていた中学校高校が混ざった校舎の廊下に私は立っていた。対面にいる担任から今学期の成績表を渡される。読まずとも壊滅的な内容だと私は知っていた。特に英語の成績が。担任は母を呼んであると言う。もうこの成績は伝えてあるらしい。

私はふらふらと教室へ戻った。母がいた。実際に最後に見た服装と1年の面談に来て来た服が混ざっていた。まあどちらも似たような格好だったが。彼女は黒に白いレースの縁取りがついた日傘を持ち、赤い口紅差していて、シックな印象を与えた。この格好をした母と歩くのが好きだった事を思い出した。

母は私を責めた。彼女は怒っていて、呆れていて、悲しんでいた。私は辛くて、自席の机へ目をそらした。小学生の時使っていたうさぎの手提げ(これは母が祖母ふたり、母娘水入らずの旅行先でお土産で買ってくれたものだった)と、それに入った手紙が見えた。

手紙といっても置き書きのようなもので、A4サイズの裏紙に青いサインペンで書かれていた。母のそばを離れて手紙を取るわけにもいかず、手提げから半分程度はみ出した部分しか読めなかった。すぐ会えるとは思っておらず、手紙に気づいてもらえるようわざとそうしたのだろう。

手紙には「ママちゃんは悲しんでいますときれいな字で、というか思い返せば私の字で書かれてあった。母の字は丸っこく、独特なのだが、私は習字に通わせてもらっていたのである程度綺麗な字をしている。

ママちゃん、というのは彼女が私とふたりきりで楽しく話している時にふざけて使う愛称だった。普段怒った母はもっと威圧的で、口汚い言葉を使った手紙を書いていた。

私はここで

ああ、何ということをしてしまったのだろう、と思った。

気づけば母は成績表の入ったファイルを私に押しつけ、廊下を歩き出していた。階段を降りゆくところで私は慌てて追いつき、どこへ行くのかと訪ねた。彼女履歴書を書きに行く、と言った。私は冗談じゃないと思い、持っていたファイルを踊り場に叩きつけた。中に入っていたプリントが舞い散った。母はどこかへ行ってしまっていた。

私がプリントを集めていると、どこからともなく8歳ぐらいの男の子女の子が寄ってきて、プリントを拾うのを手伝ってくれた。男の子が私の成績表を見て、お姉ちゃんなのに成績わるーい、と言うので 私はうーん、お姉ちゃん認知症になってるからかも知らんなあ、若年アルツハイマーやわ、と笑って返した。そうすると女の子は じゃああそこにおらなあかんちゃうん、と指さした。

その先にはステージがあり、私と変わらない年格好の車椅子に乗った人や移動式のベッドに寝たきりの人と共に講演をする大人がいた。私はなんだかぞっとして、あははせやな〜とかなんとか言った。

プリントが集まり終わり、最後に成績表を入れるだけになった。そこで初めて成績表を見た。惨憺此処に極めり、といった内容だったが一番は英語だった。1だった。ここでそういえば私、留学したいんだったと思い出した。こんな成績じゃ無理だとも。担任からの欄には、ずいぶんとかっこいいですね、と書いてあった。彼がよく言う皮肉だった。

私はファイルを持って立ち上がり、母を追いかけるべく走り出した。半分泣いていた。私は就職希望なんだからもう成績で取り返しがつかないとか、留学たかったなとか、母に申し訳ないなとかなんとか思いながら。中学校高校廊下を走り抜け、職員室の中を突っ切った時に母の背中が見えた。もう少しで追いつく、という時に目が覚めた。

いつもの布団じゃないので混乱した。が、よく思い出せばここはホームステイ先の自室のベッドの上だった。

現実の私は、このままの成績では留学することは出来ないと言われ、学年順位をどうにかこうにか100番上げてニュージーランドへ来たのだった。

怖い夢だった。もう二度と見たくない。その為にも勉強し始めようかな。

2017-08-11

2017夏アニメ暫定順位

世界陸上のせいでなかなか最新話が見られないのだが https://anond.hatelabo.jp/20170722063649 で書いた感想から少し変わった。

やや期待はずれ

期待以上

2017-08-10

https://anond.hatelabo.jp/20170809215707

5話見たけど、あれインターネット繋がってたんだ……しかネットアイドルまがいの写真投稿までできたんだ……。

これは佐倉ちゃんが校則違反してるのか、学校側の規制がヘボいのか。

それとも検閲の上で大丈夫ってことになってるのか。

ようこそ外部への連絡が制限されている教室へ。でもインターネット接続できるし写真アップロードできます

謎が謎を呼ぶな、このアニメ

みんなも見ようぜ「ようこそ実力至上主義の教室へ」(ダイレクトマーケティング)。

2017-07-22

[]2017夏、深夜アニメ継続視聴する作品

以前は多少つまらなくてもアニオタ矜持として、8割ていどの深夜アニメ最終回まで見ていたけど

さすがに時間が取れなくなってきたので厳選することにした。

地方民でBSも見れない環境なのでテレ東系は一切地上波で見られないし、何のアニメがどこで動画配信しているのか

把握するだけで時間がかかる。実にめんどくさい。

最後まで視聴するアニメ

中盤まではとりあえず見るアニメ

ネタ


こんな感じ。他にこれは最後まで見ておけって作品があれば教えてほしい。

2017-07-11

ポリコレの奇妙さを表した動画 Modern Educayshun

https://www.youtube.com/watch?v=iKcWu0tsiZM

動画”Modern Educayshun”の大まかな日本語訳

数学の授業という設定。

男性教室に入ってくる。

先生「ようこそ」

白い箱がガタッ

先生「気にしないで。じきにおさまるから

先生「さて、最初質問です。1+1は?」

男性「2?」

先生不正解です」

サイモン多文化主義(multiculturalism)です」

先生「その通り。よく出来ました」

先生「次の質問です。3x3は?」

男性「9?」

先生「違います

ペネロピィ「男女平等gender equality)です」

先生「よく出来ました」

男性冗談ですよね?」

ペネロピィ「男女平等冗談ですって?!」

男性「いや、でもこれ数学の授業でしょ?」

サイモン差別はやめろよ!」

男性質問しただけですよ」

ペネロピィ「質問はやめて! 侮辱よ!」

まぬけ君(サンシャイン)「そうだ!」

先生「さてみなさん、宿題レポートをみんなやってくれたと思います。そして、最高得点の人には、ニューヨーク世界数学サミットで発表してもらいます

先生ペネロピィ。よく出来ました。60点(6/10点)です」

先生サイモンあなたも60点です」

サイモン「おい。気をつけろよ。お前、ペネロピィのこと10秒も見つめてただろ」

男性「は?」

サイモン女性を15秒以上“ストレート”(連続)で見つめたらセクハラだろ! で、僕が“ストレート”っていうのは連続って意味で、“伝統的じゃない”性的趣向の人を批判してるわけじゃないからな! で、僕が“伝統的じゃない”って言うのは、別に歴史的に“普通”となったことに反対する人たちを批判しているわけじゃ・・・

男性「わかったわかった」

先生サンシャイン。残念ながらあなたは10点ね」

男性先生レポートを手渡す。

男性「私はフォーリエ変換を電気数学手法の中に用いて患者電気回路分析し、心臓発作を経験したことがある人のリスク計算しました。全く新しい手法ですが、これで数千人規模の命を救える可能性があります

先生「はーっ」(ため息)(レポートを投げて戻す)「70点ね」

男性ほとんど読んでないじゃないか

先生「赤ペンを使っちゃダメじゃない」

男性「は?!」

サイモン「赤は多くの宗教侮蔑する色だろ」

ペネロピィ「なぜあなたは一つの色にこだわって全てを蔑むの? 人間っていうのは虹色の美と霊性でしょう?」

サンシャイン「そうだ~」

男性「わかったよ。70点でいいよ。だけど、70点でも俺が最高得点だ。サミットに行くのが俺だろ?」

先生「まだ採点は終わっていないわ。さて、私達は“平等”の社会に生きています。ですから、全員の特典を合計して、それを生徒全員で“平等”に分割します」

ホワイトボード 6+6+1+7=20 20÷4=5)

男性冗談じゃない!

先生「みなさんよくできました。これで“平等”ですね。これでみんな“平均”です」

サンシャイン「やった~!」

男性「じゃあ、サミットに行くのは誰なんですか?」

ペネロピィ「まだ“特権ポイント”を加算してないでしょうが! 何も知らないのね」

先生彼女の言うとおりよ」

先生「さて、ペネロピィ。あなた女性から、+1特権ポイントね。だけど白人からそれは-1ポイント

ペネロピィ「だけど、私はバイセクシャルですよ」

先生「じゃあ+1ポイント、ということは、合計で60点ね(平均点50+10点)」

先生サイモン、残念ながらあなた性的には“ストレート”だし、白人、そして男性だわ」

ペネロピィ「それに“シスジェンダー”よ」(※シスジェンダーとは、生まれつきの身体的、生物学性別と、自分性自認が同じこと。あたりめーだ)

先生「そうね。だから-4特権ポイントね。だからあなたは10点(平均50―40点)」

サイモン平等にしなきゃね」

先生「さて、あなた男性)。あなた男性で、それにアンタのことは嫌いだわ。だから-2特権ポイントね。だけどあなた白人じゃないし、ゲイっぽい(直訳:性的曖昧から、+2特権ポイントね。だから合計得点は50点ね(平均50-20+20)」

男性「なんで俺がゲイっぽいってなるんですか?」

先生「そして、最後サンシャイン

サンシャイン「あー、ボクはゲイだし、トランスジェンダーだし、アジア人だし、デブだし、貧乏だし、頭は悪いし、ブスだし、乳首に毛が生えてるし、体臭やばいし、ちゃんと走れないし、それに自分で靴ひもも結べないんだ。それに、一回、鳩が死ぬところを見ちゃったんだよね」

先生サンシャイン、素晴らしいわ。+130特権ポイントよ! 合計、180点だわ!(50+130)よく出来ました。ニューヨークサミットに行くのはあなたです!」

ペネロピィ「やったねサンシャイン!」

サイモン「お前ならやれると思ってたよ!」

男性ちょっと待てよ。見せてくれ」

紙を取り上げる

男性「このレポートなんだよ。“びょうどう”って文字ハートが書いてあるだけじゃないか! 1枚しか書いてないし!」

ペネロピィ「彼なりの表現よ。素晴らしいじゃない!」

男性「“びょうどう”のスペルも間違ってるじゃないか!(ekwaLity)

サイモン差別はやめろ!」

男性「これ、数学と全く関係ないだろ!」

ペネロピィ「あなた数学科学みたいな“事実”は得意かもしれないけど、“感情”はどうなの?!」

サイモン「そうだ!“感情”は“事実”よりも大事だろ!」

サンシャイン「そうだ!」

男性「こんなの間違ってる! お前らみんな狂ってる!」

ペネロピィ「あなた意見で私を傷つけないで!」

男性「俺には俺の意見を言う権利がある!」

サイモン「違う!僕達は“傷つけられない権利”がある!」

ペネロピィ「傷つけられない権利意見を言う権利より重要よ! それに、あなた言葉で私達を侮辱するのをやめなければ、正当防衛あなた攻撃するわ」

男性「そんなこと許されて良いものか」

サイモン「許されるんだな」

先生「そして、あなたが抵抗するのは許されません」

サンシャイン「そうだ!」

男性「狂ってる」

ペネロピィ「死ぬ用意はいい?社会的正義は勝つということを覚えておきなさい。死ね!」

サンシャインサンシャイン~~~!!!

新しい女性教室へ

箱が動く。

先生「気にしないで。すぐにおさまるから

(END)

2016-12-08

http://anond.hatelabo.jp/20161110125745

資格予備校がやってる中小企業診断士対策講座がオススメ

20~30万円くらいかかるけど、体系的な知識ゼロ状態なら、かなり勉強になると思う。

私はネット通信講義資格取得まで行ったけど、各予備校エース講師担当してるので、教室へ通うより内容は良かったんじゃないかと思う。

勉強の内容も(人によるとは思うけど)すごく面白いよ!

2016-11-18

自担と同じ大学に通ってたって話。

今のジャニーズはどんどん高学歴化が進んできていると思う。デビュー組でもジュニアでも、有名な大学を出ていたり、大学院に通っていたりする人もいる。

私の担当だった人も、当時大学に通っていた。私は大学入学した当初、自分大学ジャニーズがいるなんて知らなかったし、ましてや彼の存在さえ知らなかった。

しかしひょんなことから、私は彼を知り、彼のファンになった。ステージの上で、キラキラした笑顔で踊る彼をとっても好きになった。

好きになってから彼のことをネットなどで調べているうちに、彼が大学に通っているということを知った。もっと調べていくうちに、彼が私と同じ大学に通っているかもしれないということが分かった。だけど所詮ネットの噂。いくらなんでもそんなことあるわけない、なんて思っていた。大学に通っていることは本人も公言していたからそれは事実として、私はそれ以上のこと、どこの大学で何学部なのかなどは特に詮索しなかった。

それから3か月たったある日のことだった。

今でも覚えている。

金曜日の、3限終わりだったと思う。

3号館だか4号館だかの階段

4限の教室へ移動するために、友達と話しながら階段を上っていたときだった。

階段下りてくる人に見覚えがあった。でも別にサークルの人でも同じ学科の人でもない。

その人の顔を見たとき漫画みたいに、本当に鼓動が大きくドクンと鳴ったような気がした。

自担だ。


階段から下りてきた自担は、当たり前だけどステージ衣装ではなく、普通大学生の格好をしていた。

普通大学生の格好をし、普通大学生友達普通に会話をしていた。

3か月前わたし所詮ネットの噂だと信じなかった情報真実だったと、私はその時自分の目で確かめて知った。


その衝撃の出会い以降も、何度かキャンパス内で見かけることがあった。学年も違うし学部もどうやら違うらしかったので、授業がかぶることはなかった。

キャンパス内で自担を見かけるときは、本当に奇跡みたいな偶然が多かった。昼休みにご飯を食べるためにたまたま入った空き教室に彼もお昼を食べにやって来たり、試験前日に友達に「試験問題の回答を一緒に作ろう」と呼びだされ食堂に行ったら近くのテーブル自担友達と一緒に勉強をしていたりしたこともあった。

でも何度見かけても、私は話しかけることは絶対にしなかった。というかできなかった。

友達に「話しかけなよ!『ファンです!』って言われたら向こうも嬉しいと思うよ!」と何度も言われたが、私はできなかった。

大学内で見かけた自担はどこからどうみても正真正銘「普通大学生」だった。ある意味ジャニーズオーラ」というものは全くなかった。

大学に通っている自担は、仕事の一環でも何でもなく、完全に彼のプライベートだ。そこに踏み込んで、「ファンです!」と言うのは違うと思ったし、彼にとっても迷惑だろうと思った。

自担と私が同じ大学に通っていると知ってからも、私は自担を見にコンサート舞台などに行っていた。

だけどいつからか、ステージに立つ自担を見て違和感をもっている自分に気が付いた。

はいから自分が、ステージに立ってキラキラ笑顔で踊っている自担を「○○大に通っている大学生」というフィルターを通して見ていることに気が付いた。

ステージに立っている自担と、大学に通い真面目に勉学に励んでいる自担ギャップというものリアルに感じてしまい、感じすぎてしまい、とても戸惑った。

そして私はいからか、アイドル自担が好きなのか、大学生自担が好きなのか、分からなくなってしまっていた。それはとても怖いことだった。

そしてもっと怖かったのは、「私は自担と同じ大学に通っているんだ」という謎の優越感を持っていたこと。彼のプライベートのぞき見しているような罪悪感や戸惑いを感じているのと同時に、ある種の優越感を感じていた自分は、本当に馬鹿らしくて卑しくて嫌だった。

私はアイドルが好きだ。アイドルプライベートは、雑誌などで近況を知る程度で良かった。

からはいつのまにか、「自担と同じ大学に通っている」ということすら嫌になってきた。そして私は程なくして彼の「担当」を辞めた。

ステージキラキラしている自担が本当に大好きだったから、大学で見かける彼は別の存在として割り切って応援できれば良かった。でも私はそれができなかった。

彼が「担当」でなくなってからは、もうキャンパスで見かけても何とも思わなくなった。アイドルの彼を見に行くこともなくなったから、キャンパスで彼を見かけてもそのギャップすら感じなくなった。不純な担降り理由だとは思うけど、少なくとも私自身にとってはこれで良かった。

その後彼は卒業した。そして私も来年の春に卒業する。

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