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2017-07-18

今日今日とて

暑い

いやもう、夜までこれしか言うことがないくらい、暑い

先日、件の「友人」の妻と朝食会をした。

ちなみに私は、朝昼晩のどれよりも朝豪華であることが、一番コストパフォーマンスがいいと思っている。

子ども達を送り出した後の女たちがカフェお茶を飲んでいたとしても、

それは、最もコスパ良く地域振興をはかる手段であるのだから

くれぐれも有閑マダムなどという偏見の目で見るのはやめて頂きたく、

しろ、安上がりな地域活性化法を実践しているという風に思って頂きたいのである

さて、件の「友人」の最近の様子であるが、

以前として朝は起きないのだそうだ。

そして、ようやく起きてきたと思ったら、

頼んでもいない家事をいそいそとして、

あげく、「間に合わない間に合わない」とイライラと出て行くのだとのことである

「この朝だけで、「リ」ではじまる三文字が妻の頭をよぎっていることなんて、

想像も及ばないんだろうね」、と言うと、友人の妻は紅茶を啜りながら遠くを見つめた。

(本気だ)

と私は、それを見て震えたけれど、

私が震えたところで、どうなるものでもない。

「今頃、満員電車の中で朝から家事をした自分に酔いしれているんだろうけど、本当笑っちゃうよね。

物事には優先順位があるっていうことが、全然わかってないんだから。」

そうなのである

永遠に終わりのない家事を、決められた時間の中で「満足」に進めるには、

「その時間に最もやらなければならないこと」に注力する他にないのだ。

お客を迎える時であれば、そうじが、

次の日でかける予定があれば、洗濯が、

優先順位の一番最初に来て、それが終わらなければ、何をやっても「満足」には至らないのだ。

そして平日の朝の第1位は、言うまでもなく「子ども達の支度」なのだ

朝食を食べなくても、歯を磨かなくても、忘れ物をしても、学校生活に支障が出る。

学校は、子ども達の最初社会であって、きちんと送り出すのが親の務めだ、

からこそ妻は、自分の髪を振り乱して子ども達のお尻を叩いているのだ。

そんな時に、頼まれもしないのに、風呂を磨いている場合ではないのだ、「友人」よ。

それより、一度でもいいか完璧状態コーヒーでも啜りながら子ども達を起こして、

明るく朗らかに一日をはじめてはどうなのだ

「それにね、起きられない理由が、ほんと、噴飯ものなんだよね。」

と「妻」は続けた。

「「今日は無理だった、怖い夢も見たし」、だって!」

私は、飯ではなくコーヒーを吹き出した。

大の大人が怖い夢を見たので起きられない、という理由がまかり通るならば、

水面下の大人努力で成り立つ学校生活というものは、即座に崩壊するのだよ。

あんた、人を育てる気あるのか。

そんなわけで、「友人」家の受難は続くようだが、

これが一見、「妻」の受難のようでいて、

行き着く先は、間違いなく「夫」側の受難であることを知る二人の女は、

かい合って静かに、各々のコーヒー紅茶を啜ったのだった。

2017-07-04

付き合うってなんだろう

高校1年生だった今から20年ほど前の話。

好きな女の子ができた。

学校廊下を歩いている彼女を見て、胸を撃ち抜かれた。

一目惚れだった。

自分とはクラスも違うし、接点がほとんどない子だったが、友人の協力もあって、マンガを貸し借りをすることになった。

先生に見つからないように数冊ずつ袋に入れて学校へ持っていき、放課後ちょっとした時間だけ手渡しでマンガを渡す。

読み終わったマンガには、たまに手紙が入っていて、学校生活日常生活他愛のない話が綴られていた。

マンガの貸し借りが終わるころ、週に1、2度、夜に長電話で会話をするようになっていた。

そうこうしているうちに、月に1度、週末に映画を見る関係になっていた。

自分としてはデートのつもりだったが、奥手だったこともあり、映画を見に行ってファストフード食べて、公園で喋って夕方には帰るという清純なお付き合い。

手を握ったこともなかった。

自分としては「彼女」というつもりだったのだが、自分のことだけを気にしていてほしいという独占欲からか、デートときに「もう知っていると思うけど、君のことが好きだ。僕と付き合ってほしい」と告白した。

「もちろん」「いいよ」という返事を期待していたが、彼女の口から出たのは、「付き合うってどういうこと?」という言葉だった。

予想していなかった言葉に、「えっ」「いや、あの、電話したり、映画を見たり...」という返ししかできなかった。

「それって今と同じだよね?」と追撃をくらい、撃沈。

いやまてよ、今と同じってことは、それってもう付き合ってるってことだよね?と勝手解釈をしたのだけど、その数ヶ月後、その子は別の男の子から告白され、彼と付き合うことになった。当然、僕とのやりとりはそこで終了。

「付き合うってどういうこと?」と聞かれたとき、僕はどう答えたら良かったんだろう。

大人になった今、同じことを言われたら、「セックスしたいってこと」とノータイムで答えられるのに。

2017-06-17

「真面目さ」を非難するなら「思考停止しない方法」を教えてくれ

真面目さのブログが人気になっているけど、そこで定義されているのが「思考停止」という話にブコメとかでなっているよう。

あのブログを読んだ自分も例に漏れず真面目さが一番だと思って学校生活やら就活に失敗したりしているので共感する部分がある。

なら思考停止ダーとやいのやいのいうのなら、そんな自分は何から始めればいいのよという部分にだれも言及しないので

これだから人生はアレだな思うばかりですよ。

2017-05-17

機能不全家族思春期海外渡航したら鬱になって人と会話が出来ない

私は思春期の数年を海外で過ごし、大学入学とともに帰国した、いわゆる帰国子女だ。

そしてたぶん、機能不全家族育ちだ。

色々あって、自分がわからなくなって、人と会話が難しくなった。

世の中の帰国子女といえば自信に溢れてきらきら活躍している人が多くて、自分との格差にどんどん自信を失っていく。

相談しようにも、相談できる人も、同じような境遇の人も、そういったことを専門にされている方とかも見つからなくて、誰かいないのかなと思ってすこし書いてみることにした。

.

インターネット上で、機能不全家族とか毒親というワードをよく目にするようになった。専門家の方が書いた本を読んだりネット当事者の話を見ている中で、自分の生きづらさの正体が分かってきた。

機能不全家族×思春期海外生活」のコンボだ。

海外赴任などで家族移住する場合、子にとって家族関係が良好であることはすごく重要だ。学校生活が完全にアウェイ状態から始まるのだから、心の退避所たる家庭が安定していることに越したことはない。

私の家庭はたぶん機能不全家族で、家の中での母国語コミュニケーションもままならないのに、海外に行った上に現地の学校入学してしまったものから、家の外でも言語的に孤立してしまっていた。

家では母国語OKだが健全コミュニケーションが少なく、外では言語不自由コミュニケーションに苦労した。

苦労して、挫折したのだけれど、親は放任主義であまり助けてはくれない。というかそもそも私の家族には会話が少なく、「相談する」という文化もなかった。日本にいた時から学校での出来事を聞かれることもなかったし、話そうと思うことも少なかった。「授業はわかる?」とか、「先生はどう?」とか、親の側から声をかけてもらうことがなくて、それが当たり前だと思っていた。

最悪なのは車社会学校も遊びも親による送迎で行動しなくてはならなかったこと、ビザ関係アルバイトも出来なかったこと。金銭的にも自由がなくて、意識を外に向けることが出来なかった。ひたすら学生として最低限の通学と勉強だけをして、帰国を夢見ていた。帰国さえすれば、昔の友達に会って、働くことも出来て、言葉心配もいらなくて、、

外国でひとりで外を出歩くのは危ないと思い込んでいたし、学校⇔家のガチガチに固まったループから抜け出したいという思いをもつことも悪いことのように思えていた。

今あの時の自分と話せたら、「外はそれほど怖いところじゃないし、ネットで調べてどこにでも行きな!やりたいことやっていいよ!」とか言ってやりたい。

滞在中は「このつらい滞在を耐えて日本に帰りさえすれば楽しい日々が戻る」とひたすら思っていたのだけど、いざ日本に戻ってきたらコミュニケーション経験が乏しすぎて浮いてしまい、それを気にして自意識過剰になり、鬱になり、家族関係悪化し、なんとか取り戻そうと情報を集めたり考えたことをノートに書き留めたり新しい場所に飛び込んで沢山人と会ったり通院したりカウンセリングを受けたりしてみたが、どんどん悪くなるばかりで帰国10年近く経った今 ほんとうに人と会話ができなくなってきてしまった。マズイ。

なんだかもうよく分からないのだけど、本当にコミュニケーションが上手くいかない。

返答が思いつかないし、思いついてもしっくりこないのだ。

人との会話で、些細な雑談でも一言ひとことの返しに「適切さ」を求めて、すごく考えてしまう。

海外生活の中で外国語発言をする時「どういう表現をしたらいいんだろう?」とか、いちいち考えながら喋らなくてはいけなかったのも一因かも。

「こう言われたらこう考えてこう返すべき、というパターンがある筈なのでそれを探して返さなくては」、っていう思考に取り憑かれてしまった。

正解のパターン候補として幾つかの振る舞いのパターンが脳裏に浮かんで、その是非を検討する。

教科書通りのような会話ならこうかな?(自信はない)」「憧れのAさんだったらこうするだろうけど私がそうしたらこの人はびっくりしてしまうな」「この間同じような場面でBさんはこうしていた」……

自分に素直になりたい!とは思うんだけど、自然に浮かぶはずの「自分きもち」がなかなか出てこない。

ありがとう」「ごめんなさい」「恥ずかしい」くらいは出てくるんだけど、どうしても咄嗟無難な答えを作ってしまう。

加えて帰国後は、帰国子女いじりを気にしすぎたせいで、「普通ならどうするか」、「相手がどんなことを期待して接してきているのか」を考えるようになっていった。また、母国語で考えている時と第二言語で考えている時で性格がすこし変わってしまうことに気づいてから日本語でも外国語でも口にすること全てが自分本心ではない気がしてきて、ますます自分がどういう人間なのか分からなくなってしまった。

この表現力の問題は鬱になってからさら悪化した。頭が回らなくなって、少ないながらも以前は使えていた語彙さえも出なくなったし、とっさの逃げ道の冗談なども思いつかなくなった。

いまでは相槌を打つのが精いっぱい。

人と話す時、フルオートでにこにこしてしまうし挨拶くらいは出来るので第一印象は良いらしいけど、味気のない相槌しか打てないし話題も振れない。たまに話せても的はずれなことを言っていたり、浮いたことを言っていたり、無理してる感じがしてたり、そんなつもりは無いのに帰国子女感のあるドヤ顔発言みたいになっているみたいで脳内反省会が白熱してしょうがない。

そしてそれが嫌で会話の場から逃げたくてしょうがない。

だれとも一線を引いた付き合いになってしまって、どんどん孤独になっていっている。

この文章もかなり絞り出して、可能な限り本心に近づけて書いた。自然に出てきたものではない。

こういう人いない?いないの?

こういうのってどうやって解決していったらいいんだろう?

ネットにいる機能不全家族とか毒親持ちの方は何だかんだで結婚されていたりして、自分の居場所ができていて羨ましい。

私もなんとか実家は出て経済的にも独立したけど、家族距離を置く中でいよいよ社会から孤立してしまった感じもする。

私はこれからどうやって人間関係を作っていけばいいんだろう。

しかし、これを書いていて改めて思ったけど、自信のなさとか心の弱さは生まれつきな気がする。

海外生活なんて貴重な経験させてもらったのにな。なぜ活かせなかったのか。

強くなりたい。誰かと自分言葉で話してみたい。

早く安心したい。

.

場所お借りしました。長い文章すみませんありがとう

2017-05-08

自分負けず嫌い人間で、

初期の社会生活学校生活)で

出遅れいるから、何かで取り返さないと

行けないと思い、人を見下して人付き合い

をせず自分を高めるための勉強をしていた。

それが今になって、先が見えずに

行き詰まりを感じている。才能や環境

が無い人間が上を目指す事の意味の無さ

報われなさ。もっと早くに気づくべきだった

のか。

承認欲求が欲しい。どうしようもなく。

しかしながらその前の所属欲求も今は欲している。

場所が欲しい。

いや、本当はそんなもの考えずに早く死んで、

この世から消えたい。

それが一番楽だ。

2017-05-01

高校生の頃使っていた携帯電話がでてきた

今は25歳だからもう10年近く経つのか。

当時は友達が少なく、学校生活全然楽しくなく、黒歴史というよりは空白の歴史みたいな感じだった。

なのでもちろん携帯電話全然活用できていなかった、と思っていた。

でも、久しぶりにメール履歴を見てみると意外とメールをしていた(もちろん一般的使用量と比べたら少ない方ではあるんだろうけど)。

部活の連絡や友達とのちょっとしたやりとりに頑張って絵文字を使っていたりして、少し微笑ましく感じた。

勝手に空白の歴史にして忘れようとしていたけれど、お前も頑張ってたんだなって、なんだかとても切なくなった。

大学に行ったら気の合う友達ができて優しい彼女もできたから、その頑張りは無駄じゃなかったぞってあの頃の自分に伝えたい。

2017-04-15

今日は「シグナル100」というマンガを読みました。いかにも「まんが王国」のバナーで紹介されそうな「デスゲーム」でエログロなどの不快描写満載のマンガです。以上。

この手の「不快マンガ」のマーケット規模はMAXで50万人以上=コミケ参加者以上の規模存在することが証明されたよね

この系統はおそらくマーケットとしてかなり大きいのでしょう。 あくま個人的感想ですが全然面白くない「食料人類」が50万部売れるというのだから、それだけエログロ描写には需要がある。 こういう悪趣味作品広告ばっかり打ちまくっているビーグリー上場したということからも、どれだけ潜在的需要があるのかよくわかるというものです。

不快なバナー広告でおなじみ、まんが王国のビーグリーが上場へ : 市況かぶ全力2階建

※ちなみに「食料人類原作者はてなブロガーです。ベストセラー作家なのに読者数少ないのでお前らもっとフォローしようぜ

作品の質なんかよりバナー広告グロ画像出せばとりあえず売れるくらいの気軽さで作られているのか、とにかく製乱造ぶりが凄まじく、批判されがちな「小説家になろう」の異世界転生ものや、ラノベの中でもポルノ系として批判されがちな作品でも、これらと比べるとよほど出来が良い、と思うような作品が多いです。マジで「まんが王国」はエログロ系など不快マンガ広告規制されて倒産して欲しい。

私が読まなければいいだけなんだけどね!

じゃあこういうの読んでる読者を馬鹿にしたいのかというとそうじゃなくて、私はこの手の作品広告を見ると不愉快気持ちになり、不愉快からこそ、わざわざ手にとってはやっぱり読む価値がないことを確認して安心する、というのを繰り返してます

私のような我慢出来ない人間が読んでしまうからいつまでもそういう広告が出てしまうということで、負の連鎖になっているんですが、そうはいってもムカつくもの放置しておくことも出来ないので、さっさとこの手の画像広告が一刻も早くネットから消え去って欲しいなと思いながらも、今日無駄時間を使ってこういうマンガを読んでいます。私も広告を見かけるたびに通報してますが、みなさんも是非通報してください。

一応「シグナル100」の話しておくと……

もちろんこの漫画を人に薦めるつもりは全然ないのでアフィも張りませんし画像も見せるつもりはありませんが、あまりにもテンプレが完成されているなと感じます

学級崩壊するレベルの「教育困難校」が舞台

主人公学校生活を退屈に思っており、周りの人間を見下している

パニックになった時に協力し合うという発想はまずない

という、いかにも「ぼくがかんがえたへんさち40以下の学校」という感じです。

実際、多分最初に「設定のテンプレ」があって、それから「できるだけグロ画像でたくさん人が死ぬように」という注文がされて、それに従って作られているのかなと思います。この手の作品原作者作画の人が別々であるケースが非常に多いのも特徴ですね。

んで、この作品は、こういうテンプレ作品の中でもかなり出来が悪い方だと思います

主人公は優柔普段である上に無能であるため、デスゲームマンガの中でも最悪クラスなのですが、その分サブキャラ結構頑張ります。なので序盤はそこそこ楽しめる感じでした。

しか人物心理描写や行動に一貫性が全くなく、後付で設定が出てきてキャラが変わったりします。朝比奈さんの変化などにはドン引きしました。おそらくストーリー考える人マンガを書く人が全然打ち合わせ出来てないんじゃないかな。

3巻からこの作品でやろうとしてることはなんとなくわかってきたんですが、とにかくそれまでの人物描写がひどすぎて、その後の展開とそぐわないんですね。最初からちゃんと全体を考えて作品つくりして欲しい。

2017-03-17

自分では何も出来ないという話。

思えばずっと甘やかされて育ってきた。

以下、かなり長い自分語りが続くので注意。

先に今現在の話をしておく。

現在私は大学の2回生で、2回生とは言いながら単位を落としすぎて留年した身であるクズと言っても差し支えないだろう。実家田舎のため上京して都会の大学に通っている。具体的金額は伏せるが、親には割と多めの金額仕送りとして貰っていた。

私は長男として生まれた。結局2人目以降は出来なかったので、1人っ子として育った。

不自由ない生活をしてきた。

幼稚園の頃から愛情たっぷりに育てられた。

特に母は本当に私に優しく接してくれた。

私が幼い頃は父と母がよく夫婦喧嘩をしていて、父がよく大声で怒鳴っていたし、母が私にその愚痴を漏らすことが時々あったので、幼少期の私の両親に対する印象は、母が優しい人で、父は怒らせると怖い人、という印象であった。

当時の親や周囲の私の印象は「我の強い子」であったらしい。思い通りにならないと直ぐに癇癪をおこしたそうだ。記憶する限りでは、水泳の授業が嫌いで、水泳のある日は玄関先でこれでもかと言うくらいに抵抗していた。

母は躾はしっかりしていたので、例えば服を脱げば洗濯機に入れるとか、食べた後の食器は台所に運ぶとか、そういうことはきちんと私に教えたし、私も素直に聞いていたらしい。

私が小学校に通うようになると、色んな人と関わる機会が増えた。他の友達の家に遊びに行くようになった。遊びに言った感想は、「何だかちゃごちゃしている」といった感じだった。恐らく共働き家庭だったり、親があまり片付けたりしないような家庭だったのだろう。もちろん綺麗な家庭も、恐らく3割くらいはあったと思うのだが、子供心に「他所の家庭はもっと雑」という印象が残った。そういう余計な影響を受けて、これまで躾られて出来ていたことをしなくなったらしい。これは結局高校卒業までしていないことになるので、相当である

関係あるのかどうかは分からないが、この頃に学校でも奇行が目立つ。喧嘩が弱い癖に、喧嘩をよく吹っかけた(そして返り討ちにあっていた)。小学校低学年だからまだ許されたのだろうが、かなり過激なことをやった。クラスメイトスカートを捲ったりもした。当然学年中の女子から嫌われた。馬鹿である。当たり前のように友達は居なくなった。落書きをよくするようになった。友達ほとんど居なくなったが、ノートにでかい絵を描いて(というか落書きをして)それを見せびらかしたり、長い迷路を書いたりして、周囲の興味を引こうとしていた。健気と言えば健気である。「友達が欲しい」とよく言っていたそうである母親に泣きついたりしていた。

母親も、この時期は何故かかなり厳しかった。もちろん素行が悪くなったこともあるが、他にもゲームの件がある。私は幼稚園卒業するころあたりからゲームが好きだった。あまりにも没頭するので、「1日に30分まで」という制限を課された。が、それを素直に受け入れるわけもなく、毎日のように文句を言ったりして親子喧嘩をした。思えばなぜあそこまで熱中していたかは分からないが、ゲームは今でもかなりやっている方だと思う。とにかくゲーム人生のようなものだった。多分尋常じゃないくらいのハマりようだったのだろう。

そんな小学校低学年を送った。

中学年(3年生)くらいになると、流石にさっきのような奇行はなくなった。が、失ったものはそう簡単には戻らない。相変わらず孤独生活をしていた。この頃になると、いわゆる「クラスの人気者」に対して逆恨みから喧嘩を吹っかけていたような記憶がある(そして返り討ちにされる)。まあとにかく、喧嘩が絶えなかった。そんな時味方でいてくれたのはやはり母である。母は相変わらずゲームに関しては厳しかったが、学校での対人関係では味方でいてくれた。おそらく私の悪い点はちゃんと指摘していたのだろうが、それでも当時の私からすれば無条件の私の味方だった。

悲しいことに、それでも自分の思い通りにならないことがあると癇癪をおこして親に暴言を吐いたりしていたらしい。

高学年になると、県内進学校目指して中学受験勉強をするようになる。低学年の頃から学力の高さには自信があり、塾ではほぼ成績1位であった。まあ、自主的勉強していたわけではなく、自宅での勉強は母が付きっきりだった。しかし、受験しようと言い出したのは私自身であり、親としては別に受験はしなくてもいいという意見だったそうだ。負けず嫌いだったのもあり、勉強苦痛だったが我慢してやれていた。

この頃になるとわりと多くの友達が出来ていたように思う。まあ、親友と言えるほど親しい相手は数人なのではあるが。

小学校通して、友達が少ないという割には活発で、よく色んな人と遊んだ矛盾しているように聞こえるが、要するにそんなに仲良くない人にも突っ込んで遊びに誘っていたわけである友達を人数で計って多い方がいいと言う単純な発想で、家に1度に多くの人が遊びに来た方が偉いという考えである。今思えば極端すぎるが…まあ、自分の好きなもの優先なので、病院に行く予定があるのに勝手に遊びに行く約束を重ねてそちらを優先しようとしたりとかしていた。自己中心的の極みである。まあ、当然親に怒られるのだが…

そしてついに女子からの評判は最悪のまま小学校生活を終えた。まあ、妥当である。ことあるごとに私のことが嫌いという態度を取るので(一種いじめである。いわゆる「〇〇菌がうつる」とか、席替えで隣になった女子が机を離すとかは日常茶飯事)、こちらも腹が立ってよく喧嘩を吹っかけていた。今思うと馬鹿であるが。女子というものは口達者で、特にそういうところが嫌いだった。女性なんて信用してなるものか、女性というのは陰湿で口達者で陰険で裏表のある連中だ、と子供心に思った。

無事志望校合格して中学生になった。この頃からコミュ障を発揮し始める。元々喧嘩を売るしかコミュニケーションの取り方を知らないのだから仕方がないのかも知れない。人との距離の取り方が分からない。友達が出来なかったわけではないが、そんなに多くはなかったと思う。この頃ラノベにハマる。オタク路線まっしぐらである…かと思いきや、意外とドライであった。色んなラノベ漫画を読むのではあるが、一つの作品キャラにどっぷりハマることは無かった。グッズなどはあまり買わなかった。

相変わらずゲームが好きだったし、その事で母と揉めていたのも相変わらずである。ただ、褒められる機会は減ったような気がする。相対的に怒られることが増えた。この頃になると、私にとっての母の印象はただ怒る人になってきていた。

この頃「うごメモ」に出会う。当時DSiパラパラマンガアニメーションを作れるソフト配信されていたのだか、これが使いこなすと結構クオリティの物が作れる。これをインターネット投稿出来るのだ。凝り性な私が作ったうごメモ一定の評価を得た。そのジャンルではそこそこ名の知れたという程度の作者にはなった。どハマりしたのは言うまでもない。やはりそこでも母との対立であるクオリティの高い作品を作りたいのに、時間制限(しかもかなり短い)を課してくる母が憎かったのは覚えている。

まりにやめようとしなかったので、ついにそのDSi永遠に没収された。突然の引退である。同時にゲーム禁止令を出され、これが4年間続くことになる。うごメモ続けたかったのに。

一方で生活面ではさながら幼稚園児かというレベルでの親への甘えっぷりが続いていた。至れり尽くせりである。何でも母がやってくれるのである。この頃から生活面での親へ依存から全く抜けられていない。要するに親離れ出来ていないのだ。この時点で母も対策すべきだ思うが、甘やかしてこのまま放置されていた。

中2のとき初恋をした。クラスの中でもかなり可愛い子であり、要するに私は面喰いだったわけである。先述の女性不信の癖に、「この子だけは純粋無垢で優しくて大丈夫」とかい根拠の無い自信があった。ハマるととことんハマって思い通りにならないと嫌な我の強い性格がここにも発揮されたのか、とにかく追いかけ回す、その勢いまさにストーカーと言っても差し支えない。当然嫌われる。だが、その子は優しいので直接的に迷惑と言わない。告白してもフられるものの、嫌いだとハッキリ言わない。そういうわけなので、私は「ワンチャンある」と3年間くらい信じ続けるハメになるのだ。

そのくせ、何故か他の女の子にもアタックした。いや、アタックしたというか、ただ手当りしだいに告白してただけである。その人数たるや7人である。たぶん誰でも良かったんだと思う。誰でもいいから、異性に好かれたかったのだ。女性不信のくせに。結果は全滅である。当然といえば当然。まあ仲のいい女子なんてひとりも居なかった。関わる機会が無かったわけではないはずなのだが…部活女子の方が多いのだが、部のほかの男子女子と仲いい癖に私はなんとなくその輪の外にいたような感じだった。私だって女子と仲良くしたかったのに。ずっと決まった男子とつるんでいた。間違いなくスクールカースト下層だった。

こういう学校のことは、親にはあまりさなくなっていた。なんだか恥ずかしいのである。なんというか、学校生活、つまり小学校より成長した感じを両親に見せたくない。ずっと小学生のままで居たいような感覚である。要するに甘えてるのだ。この期に及んで。一丁前に恋なんかしてる姿なぞ死んでも見せたくなかった。

高校でもこんな感じである。この頃にはすっかり物事に対するやる気というものをなくし、宿題すらやらなくなって行った。学校に行ってる間は授業はそこそこ真面目に受けるのだが(人並みである)、自宅では全く勉強しない。面倒くさいし、自主的勉強してる姿を親に見られるのが何より気持ちいからだ。

まあ、塾に行っていたのと、学校での授業はそこそこ真面目に聞いていたお陰で、わりといい大学には合格したのだが、自習はほぼ全くしていない。勉強する習慣も皆無である部活も、文化部ではあったが、練習は真面目にやらなかった。努力らしい努力をしてない。この頃にはもう何かを頑張ると言うことをほぼしなくなっていた。何故だろうか…。

ずっと家でこっそり買ったゲームをしたりとかしていた。

そういえば中高生とき携帯スマホの類は親が買ってくれなかった。理由は明白である。まずゲームの件があるから電子機器を与えるのはまずいし、トラブルを引き起こすことも多くメールなどさせたくなかったのだ。一方私としてはそういう電話とかメールとかLINEかいう繋がりから自分が疎外されているのが嫌で、またそれが原因で輪に入れないのが嫌でやはり抗議した。そして親子での衝突は絶えなかった。

そして大学一人暮らしである

親に甘え続けスネをかじり続けた結果、ろくに身の回りのこともしないクズ大学生の出来上がりである。面倒くさいので次第に出席すらしなくなり、面倒くさいのでテスト勉強はせず、部屋の片付けもせず、洗濯は週1回、辛うじて風呂にだけは入るという堕落しきった生活である自炊などもってのほか仕送りは遊ぶ金(しかも大概一人で遊ぶのである友達もほぼ居ない)に消える。自分自身酷いと思う。

少しは書いたが、高校までの私の親に甘えきった生活も改めて書くと、

着ていた服を洗濯機に入れるなどせずに脱ぎ散らかす

食べ終わった食器放置

偏食が激しく母にはわざわざ別メニューを作ってもらう

部屋の片付けも母担当、の癖に母の片付けにいちいち文句を言う

風呂入る順番と時間文句を言う(入りたい時間に、1番目に入りたいのである)

などなどまあ酷いものである。下二つは文句を言って結局喧嘩になるのだが上三つは本当にそうであったのだ。ちなみに偏食の件、最初は本当に偏食であったのだが今は大体の場合「親の前でだけ食べられない」感じである。親がいないと普通に食べるものも多い。

まりに酷いので私自身が高二あたりの時に「小さい頃甘やかしすぎたからこうなった」みたいな事を親に言ったら「私の育て方は間違ってない、あんたが勝手にそんなクズになっただけだろ」と言われた。でも親に甘えちゃうから自分から直す気がないあたりが私のクズっぷりである喧嘩ばかりしてきているし親は嫌いだ。でも親に依存している。

最近は「努力ができたらなあ」と切に思う。目標があっても、そのためになにもしないので何も変わらない。面倒くさいからだ。何か行動を起こし継続して努力出来れば、とよく思う。でもできない。自分の好きなことにすら努力出来ない。

ただ、人にちやほやされたいだけ。承認欲求の塊である過去孤独からだろうか?親の愛情は少なくとも幼少期はたっぷりに受けてきたはずだ。自分に自信が無い。どうしてだろうか。虚栄心ばかりだ。まるで山月記の李徴である。臆病な自尊心尊大羞恥心の獣である。変なプライドだけはある。

さて、どうしようか。

2017-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20170316183359

たぶん観測範囲が大きく違うからよくわからないけど、

スクールカーストの恐ろしさというか、力というかそういうのが

その「普通価値観では異常なことを押し付けられてしまう」ことだと

少なくとも自分学校生活ではそう感じたから、そういうものなのだと思ってた。

から「そこまでおかしなことでもないと思う」と書いてしまったわけだが。

学校テスト順位みたいな、明確な数字で表されるものですら、順位下の人間が上の人間

下ということにしてしまって叩くみたいな、そういう感じだった気がするし。

あと、学校という閉鎖的空間でのカースト関係を語るという文脈では、コミュニケーションってのは辞書的に使われてるんでなく

洗脳の言い換えみたいにカッコつけて使われることも多いように思えた。

2017-03-11

ガヴリールドロップアウトの8話「秋の学校生活」を見て涙が止まらなくなった

ラフィとサターニャのお話がもう、もう、つらかった

僕は5年後10年後を考える海がきこえるで言うところの松野タイプではなく、拓タイプなので詳細なあらすじは書かないが、

ざっくり書くと、普段ラフィはサターニャのことをからかっていたずらをするため、雨の日に傘を差し出すラフィを不審に思うサターニャ、

しかしこの日は特にイタズラを仕掛ける気はなくラフィはただ一緒に傘に入って帰りたいだけだった

みたいな感じかなあ

いや、あらすじの何が難しいって、文章にしちゃう文章にしたこと以外が伝わらないわけじゃないですか

だってそれにはまだ名前がないんだもん」だのに、ラフィとサターニャの気持ち名前をつけてしまうわけじゃないですか

から、僕が涙止まらなくなった理由を書いたしまうのももどかしい

けど、書かないと伝えられないのも、たいへんだなあ

要するに「相合傘で一緒に帰るぐらいサターニャのことが好きなのに、それがサターニャにはうまく伝わらない様」がなんかこう、悲しいんだよ!

わかんないよ、ぶっちゃけ、本当になんとなく見てるだけで、今までの回も飛ばしてる回があるかもしれないぐらい、思い入れがないアニメから解釈を間違えている気がしなくもないんだけど、

ラフィはサターニャのことが大好きラブユー愛してるんでしょ?

だのに、素直になれなくてイタズラしちゃうんでしょ?

で、さらに、そのなんか、天使と悪魔の悲哀てきなサムシングが絡むんでしょ?

あーあーあーあーあー、切ないー

いやもう、そのイタズラって具体的になんだよってのが思い出せないぐらいの思い入れしかないのに、なんで泣いちゃうんだろうなあ

関係ない話しま

今日会社飲み会だったんですけど、女の子二人がめちゃくちゃイチャイチャするんですよ

大きいところでいうと、枝豆をじかに手で持って食べさせあったり

小さいところでいうと、向かい料理をとるときにお洋服料理の皿にくっつかないように手で抑えてあげたり

もう書ききれないぐらいの百合エピソードがあって、ちょっともう心が落ち着かないんですよ

あっ! こういうときアイマスアイドルで例えないといけないんですよね

えーっと

海老原さんと大石さんみたいな感じかな?


アイマスの話しま

みりあちゃんのソロ曲ロマンティなうって曲あるじゃないですか

あれの

ウィンクみっつそっとあげるから誰か教えて」の部分を

みくみくちゃんとあげるから」と思ってて、

そっかあ、みりあちゃんはみくちゃんと一緒にお歌を歌いのかなーって思ってた

思ってたんだから、仕方ないよね


あっオチ最近思いついた一発ギャグをひろうしまーす

前を向いたらスプリング

振り向いたならウインター

いつも心はサマーバケーション

こんにちはオーガスタまれムラサメ育ち、ネティクスです!

2017-02-28

いじめって何種類かあるからひとつにはくくれないよね

こんにちは、元いじめられっ子です。小1~中2と8年ほどやられていました。人間関係を完全に一新して誰も同級生が行ってない高校を選んだ今は毎日スーパーハッピーです。

8年やられると「いじめ」って一括りにしてるけどかなり雑な括りだな、って気がつくようになります洋食和食中華料理というようなもの

どんな種類があるか?細かく言うと本当にキリがないので代表的とおもう2つを。

1、いじめっ子が完全に100%悪い

僕はこれを中学1年生のころ受けていました。存在する、という理由で蹴られ、テニスラケットを折られたのは未だに忘れません。おいS~、読んでるか~

これは多い。多いし、卑劣カスカス

2、いじめられっ子記憶が改変する

これは体験談ではないのですが、自称いじめられっ子」側(以下A)とAのいう「いじめっ子」側(以下B)が口論になったんですよ。

その場では穏便に済んだのですが、Aはしばらくして記憶自分に有利なように変わってしまい、あとから傍目から見ていた僕でもわかるほど嘘八百を並べ、いじめでっち上げていた事案があります

Bの学校生活は一変。クラスメートは大体の内容を知っているのですがAは様々な方向でBを退学させようとするので夜中に呼び出されたりしていました。

ここまでのはかなりのレアケースだな、とは思います

こんなもんしか思いつきませんでした。いじめられっ子が100%悪い場合ちょっと思いつきません。

現状いじめられっ子の人は、転校でも休みでもいいので原因から自分を遠ざけてください。

女友達がいない

正確には、少ない。

ずっと仲良くしているのは、小中学校友達数人だけ。

高校でも大学でも学校生活をそこそこ謳歌する程度に同性の友達がいたはずなのに、卒業して数年も経たぬうちに会わなくなった。


社会人になってから友達になれたのは大半が男性だ。

異性相手には、嫌に思ったことや、共通趣味をやる上での辛辣な指摘などを臆せずにできる。

もしその物言いが原因で嫌われても「異性だし」と言い訳できるから

同性は違う。

同性に嫌われたら、そこに残るのは「自分性格の悪さ」だけ。

本当はキツい言い方しかできない自分が悪い、コミュ力の無い自分が悪い、それを認められなくて、私は異性ばかりと付き合っている。


同性とせっかく仲良くなっても、どこか気を使った態度をとってしまう。

急に本音が出てしまい傷つけてしまったら…という恐怖が常にある。

それが原因で楽しいと思えないくなってしまうこともある。


ずっと仲良くできている小中学校友達は、「気の置けない友人」と呼べる。

時々彼女たちを失う恐怖がやってきて、突然私は感謝気持ちを伝えたりする。

(そんな私の不安定さを理解して、出〜〜無駄繊細奴〜〜とみんなで笑ってくれる)

2017-02-25

聲の形を分かろうともしない、石田。それが僕だ

人とコミュニケーションが取れない、楽しくない。

そう思うようになってずいぶん経った。

きっかけははっきりと覚えていて、中学生とき人間関係トラブルを起こしたことが原因だ。

それ以来、自分からコミュニケーションをとることに対して臆病になった。

最初グループのうちの一人であるBと些細なことで喧嘩した。

原因はもう忘れてしまったが。

僕は仲直りするきっかけを見いだせず、意地になって謝ることもできず、

Bとは口を利かなくなった。

グループの別のAが、一度仲直りしたら?ときっかけを

作ってくれたことがあったが、自分些細なプライドを優先し、

それを無視してしまった。

その後、理科の授業で、唾液のデンプンを分解する作用に関する実験があった。

班員のうち二人の唾液を混ぜても、分解できるか実験してみろ、

というような指示があった。僕はAと同じ班だった。

一人はもう一人の男子が手を挙げた。

もう一人は誰も手を挙げなかったので、

じゃんけんで決めることになった。

じゃんけんは僕が負けた。

でも、僕は唾液をさして仲のよくない男と混ぜられるのが気持ち悪くてしかたなかったので、拒絶した。

今思えば、じゃんけんに参加した時点でそれを拒否することは筋の通らない話だと思う。

でも僕は、うまくいかない人間関係や、思春期慢性的不安から来るイライラといった身勝手理由自分正当化し、

拒絶の言葉を放ってしまった。

「お前、もういいわ」

僕の身勝手さに愛想を尽かしたAはそう言って、自分の唾液をビーカーの中に吐いた。

その日Aと口を利くことはなかった。

今回は100%自分が悪いという自覚はあったが、またしても謝ることはできなかった。

もやもやしたものを心のうちに秘めながら、僕は下校した。

この日のうちに謝ることができていれば…と今でも思う。

次の日から、僕の学校生活は一変した。

僕の身勝手さに他のクラスメイトも愛想を尽かしたのか、

クラスメイト全員から無視されるようになった。

たった一日の間に、急激に変わってしまったクラスに僕はただただとまどい、呆けるしかなかった。

とりあえず、寝たフリをしたり、意味もなく学校内を徘徊したりして、やり過ごした。

Bとの喧嘩はともかく、Aへの一言には後悔しかなく、謝りたいと思ってはいたが、

まりの劇的な変化に、僕は怯えてしまい、逃げることしかできなかった。

けれど、事態はどんどん悪化した。

最初無視だけだったが、やがていじめを受けるようになった。

筆記用具を壊されたり。

僕の机だけ掃除のあとイスが降ろされていなかったり。

体育の授業で卓球があったが、どこにも入れてもらえず、50分間壁に向かって打ち続けたり。

別の男子グループからプロレス技みたいなのを掛けられたり。

酷いあだ名で呼ばれたり。

AやBから無視されたり、何かされたりするのは仕方がないと思っていたが、

学年全体がほぼ敵のような状態になってしまい、

怖くて怖くて仕方が無くて、僕は前述のように逃げることしかできなかった。

気が付いたときには自分一人ではどうにもできない状態に外部も自分内面も変わってしまった。

僕は自分意志ではないが、親の言うことを聞いて勉強はそこそこやっていたので、

勉強を頑張って他の同級生がいないような高校に行けば、やり直せると思っていた。

からどんなに辛くても勉強は続けて、中学同級生が数人しかいない学校に入った。

けれど、原因を作ったのは自分はいえ、誰も助けてくれなかった、もしくは攻撃してきた

大多数の他人への不信感から、僕は人と積極的に関わる意欲を失っていた。

僕は高校時代、話したことが無い人には一度たりとて、自分からは話しかけなかった。

高校1年のときは、みんな友達がいないので、話しかけられたし、それをきっかけにして、

話す人ができた。

けれど、進級するに従い人間関係が固まってくると、そういう消極的姿勢では

友達の少ない僕はどんどん浮いた存在になった。3年生の時には、クラス友達が一人もいなかった。

卒業式とき卒業文集白紙のページは白紙のままで、

僕は下級生と一緒に、卒業生の誰よりも早く帰宅した。

3年間高校に通ったが、何の思い出もできなかった。

大学では学部ではぼっちだったが、入ったサークルには少しだけ馴染めた。

どこか自分と似たような、これまでの学生生活に馴染めなかった人が集まるようなサークル

だった。

そこで人の優しさに触れたり、人と何か協力して物事に取り組んだり、飲みにいったり。

やっている活動自体はあまり楽しくなかったが、そこにいる人たちは好きだった。

けれど3年になって、サークルを引っ張る立場になると、僕はそのプレッシャーに負けた。

自分がさして楽しくないことを、後輩に教えるのが苦痛だった。

また心無いことを言う人間が、年下とはいえきっと僕より濃い人生を送ってきた後輩に何か教えるなんておこがましい

とも思っていた。自分のつまらない劣等感コンプレックスを克服できなかった。

一応最後までやり遂げたが、かたちだけだったと思う。

直接接した後輩とは最後まで打ち解けることができなかった。

高校よりは自分の中に何かが残った大学生活だったが、悔いは残った。

すっかりコミュ障となった僕は就活では苦労したが、生存本能の為せる業かどうにか自分に嘘をついて

1社だけ内定をもらって事務仕事をしている。

けれどコミュケーションが取れない、愛想はない、仕事もできないで肩身は狭い。

仕事楽しいと思ったこともない。

他人のことは怖くて、外にいるだけで疲れる。

自分のことが愛せず、当然他人のことも愛せない。

友達もいない。

彼女もいない。

少し好きなことはあるが、趣味と呼べるものもない。

今僕は24だが、このままいくと何にも楽しみを見いだせず、

会社では疎まれ、やがてはクビになり、プライベートはずっと一人で、

死んだ顔のまま、年だけを重ねたおぞましい中身空っぽオヤジになって

誰に気付かれることもなく死んでいくのが容易に想像できる。

聲の形」という漫画を読んだとき、まさに自分のことだと思った。

石田自分のしたことに向きあって人の痛みを知る、立派な青年となって、

成人式同窓会を「可能性」と言える男になった。

対して僕は自分に向きあえなかった石田だ。

成人式トラウマしか捉えられず欠席した、逃げるしか能のない男になった。

年を重ねれば重ねるほど、可能性は失われていく気がする。

気の持ち様次第で、年を取ってから自分を変えられる人もいるかもしれないが、

そのハードルはどんどん高くなっていく気がする。

どんどん上がるハードルを目の当たりにして、これから先僕はどんな人生を歩もうか。

僕には明るい未来なんて見えないが、心臓は鼓動を止めない。

自分で止める勇気もない。

どんなことになろうとも、天寿を全うする。

その事実からだけは、僕でも逃げられそうもない。

2017-02-15

http://anond.hatelabo.jp/20170215155517

解決なんかしない。証拠がなければ。

でも、証拠を用意してくださいと伝えたり、親がいない学校生活上で先生証拠を掴むような努力をしてくれているのだろうか。

子供馬鹿ではないから、先生の見えるところでいじめなんかしない。

だが、子供はいじめられた痕がしっかり残る。親はそれを何度もみるから学校相談する。

学校は、そのとき、その痕を毎回写真にとって集めてくださいとアドバイスするだろうか。

しない。

なぜなら、学校はいじめをなくすことではなく、いじめがないことを優先するからだ。

親は、いじめ証拠を掴むこともできないし、自分の手を尽くして、子供いじめから救うこともできない。

じゃあどうするか。

もはや、選択余地はない。家庭と学校以外の場所から子供を救い出してくれる方法を選ぶしかない。

学校が混乱するとか、ほかの子供や父兄迷惑するとか、そういうことではない。

そういう事態になることは、最初いじめ相談があった時点で、学校はすぐさま予知して

いじめ証拠を集める努力をするべきなのだ

それを怠るから、追い詰められた親は、学校以外の場所に、解決を求めるしかなくなる。

それが警察なのだ

2017-02-13

教師に どんな夢を…

この時代に「教師になりたい」なんて思う人は凄いなぁと思ってた…

どう考えても割に合わない…というか…

学校なんて居心地の良いところじゃなかったから…

教師になって またそこに戻りたい」なんて絶対に思えなかったから…

同級生でさえ 何考えてるかわからない、関わりたくないってのがいたり…なのに、

世代も違ってるのに理解なんか無理…ましてや教師からと言うこと聞かせるなんて…

それでも、教師になったら向き合わざるを得ないのに…

しかも、なんとか子供コントロールできたとしても

その後ろから親が登場して なんだかんだと口出し…ということもあるのに…

そんなことは百も承知で「教師に」と言ってるんだと思ってたから…

でも、実際には 自分学校生活が充実してて、学校生活に何も嫌な思い出がなくて、憧れの先生がいて…と

学校が楽しくてしょうがなくて そこにずっと居続けたい…と教師を志望してる人もいるのか…

それがどれほどラッキーだったか

今になって思い知った感じ?

先生ってのは、人気者で 生徒にチヤホヤされて 権力もあって…とか見えてたのかな…

「アレならいいなw アレなら できそうだw」って?

嫌な思い出もあるけれど そんな思いはもう誰にもさせないように…なんていう熱意を持って…とかいう人もいるのかな…

子供が好きだから…という理由もあるか…「好き」の内容は いろいろありそうだけど…

先生」ではなく、

教師」でもなく、

教員」か…

清水富美加の月給五万円って悪くないんじゃね?

衣食住、交通費通信費、レッスン代等々、全部会社持ちで小遣い5万円ってことでしょ?

で「憧れの芸能界」でお仕事して、テレビしか見れなかった憧れのあの人とすれ違うかもしんないし。

高校生だったら、つまら学校生活おくるより、そっちの方が楽しそうってなるわ。

ま、なんちゅうか、若者の「あこがれ」や「やりがい」でもって人を搾取する「奴隷労働」っぽいのは確かなんだけど。



でも、あれだよね。

絶対幸福の科学映画だの布教用のビデオだのに酷使しまくって、で、それは「真理への奉仕」みたいなこといって、適切な報酬なんざ支払わないよね。

労働によるお布施っていうかさ。

信仰心搾取って究極のブラックかも。

あと「水着仕事が嫌だ!」ってごねてたらしくって、気持ちわからんでもないけど、あの手のオーディション受けるってことは、そもそも自分からそういう商品になりにいくってことだからなあ。。。

2017-02-02

なんか分かる。それタゲっちゃってるんだよね

http://anond.hatelabo.jp/20170201151127


自分の娘に対してではないけれど、自分でも同じようなことやってた時期があった。

まだ学校に通ってた時期、クラスの中で一人はいた「性格も顔もうけつけないタイプ人間」に無性にイライラして、軽く無視をしたりしていた。

特に関わりを持っていた訳ではないのに、視界に入るだけでイラっとくるので気が散ってしょうがない。

あいつさえいなければ楽しい学校生活なのに」って思ってた。

面と向かって罵倒したりはしなかったけれど、割と露骨に避けたりはしてた。今思えばいじめターゲットにしていた。


環境が変わる度にタゲ対象は変わった。クラス部活メンバー全部合わせると、常に一人「性格も顔もうけつけないタイプ人間」がいた。

その時は「なんで定期的にこんな腹立つ人間が出現するんだろう?」って思ってた。自分がそう思う理由は考えもしなかった。

でも冷静に考えると、彼らはちょっとトロかったかもしれないけれど、特に明確な問題点があった訳ではない。

そもそも「性格も顔もうけつけないタイプ人間」が「たまにいる」ことがおかしいんだよね。

いい大人でも付き合いがどうしても無理な人はいる。でも、そういう人は悪口を言ってくるとか暴力を振るってくるとかワキガとか、明確かつ他人愚痴って納得感のある理由が言える。

そしてそんな人はめったにいない。自分交際範囲の中に常に一人はいる、という状況はまずない。


当時は自覚なかったけれど、今思えば自分物事が思い通りにいかない理由を誰か個人押し付けていたんだと思う。

何か失敗した時にたまたま相手が視界に入っていたから、遡及的に「アイツが視界に入ってイラついたから失敗した」という風に脳内変換してたと思う。

そして「アイツの所為でうまくいなかった」が「アイツさえいなければ世の中うまく回るのに」になっていった。

生理的にうけつけない人間は私のスケープゴートになってた。

でも、その時は腹立つ人間と同じ環境にいなきゃいけないなんて自分こそ被害者だって思ってたし、他人を憎んで生きるのはそれなりに苦しかった。

からあんな奴に心を惑わされず穏かに生きたい」って本気で思ってた。


これは憶測だけれど、多分元増田は長女を妊娠出産する中でたくさん「こんなはずじゃなかった」ってことがあったんじゃないかな。

初めての妊娠出産で、自分の肉体も周辺環境人間関係も大きく変わる。

元増田最初はごく普通に妊娠を喜んで子供を愛そうと思っていたはずだったんだよね。

でも降り積もるいくつもの「こんなはずじゃなかった」に耐えられなかったのかもしれない。

そして元々の原因である長女に対して「こいつさえいなければよかったのに」と思うようになったのかも。


次女はただでさえ甘え上手だろうし、その上元増田は「全部長女の所為」と長女をタゲってるモードに入ってるから、長女なら言うことを聞かないと思ってカッとなる局面でも、次女なら「子供は仕方ないね^^」と思えるのかもしれない。

でもそれは憎い長女との比較の上で成り立っている寛容さなんだよね。


私の場合時間が経って本格的に環境が変わり、誰かをタゲっているような余裕すらなくなるほど忙しい環境で数年過ごして、気づいたら誰かをタゲる癖は治ってた。

未だに理由きっかけも分からいから、やめる参考になるようなことは言えない。

ただ、いつか元増田も楽になればいいなと思ってます

2017-01-18

2020年ラノベ流行

90年代

世紀末かつ不況で退廃感が漂う。

終末回避のために暗躍する秘密組織とか学校生活の裏で戦う高校生がウケた時代

異能系、セカイ系全盛期

  

00年代

世界は終わりませんでした。秘密組織とかアホくさ。

日常は変わらず続いていく。むしろ何気ない学校生活の中で特別感を味わいたい。

不思議で変な部活モノがウケる

  

10年代

そうだ異世界に行こう!

変わらない日常うんざり。転生して自分の心地いい居場所見つけたい。

この余波で正統ファンタジーモノ、戦記モノがちらほら蘇る。

  

20年代

世界とか飽きた。現実世界経済とか戦争とか大変になってる。

なんかもう疲れたママン。

そうだ可愛い女の子と山奥で自分の村を作ってひっそり暮らそう。

ほのぼの村長ライフウケる

この余波でシムシティが復権。

  

まぁ真面目に考えると、ラノベ界は大体10単位流行象徴するエポックメイキング作品が出てくる。

スレイヤーズブギーポップハルヒなどなど。

世界転生の代表格はわかんないけど、いわゆるなろうブームがそれに当たるのかな。

  

そろそろ次の流行の礎となる作品が出てきてもいいなーと思ってる。

2017-01-01

新しい年になっても辛気くさい気分のままだから、寝る前に浸りきって、朝が来たらより良い2017年のために頑張りたい。

そのために書いたクソポエムです。


2015年12月31日、私は自分アイドル絡みで涙を流す日が来るなんて思いもしなかった。純粋に、そこまでの思い入れがなかった。ないと思っていた。ましてやジャニーズアイドルなんて。

同級生女の子たちが楽しそうにジャニーズの話をしているのが理解できなかった。カッコイイと言うそ感覚が分からなかった。テレビきらきら歌い踊る彼らを見ても、彼女たちと同じ熱量で歓声を上げることなんてできそうもないという結論を下すほかなかった。

それでも、女子として学校生活を送る以上「好きなアイドルって誰?」という質問を避けては通れない。そんなとき、私は「SMAPとかかな」と曖昧に笑みを浮かべて答えた。

私は今、社会人1年生。留年なしのストレート。周りは「SMAPなんておっさんじゃん」と切って捨て、「変わってるね」と私のことを笑った。

中学1年のときには花より男子の2期目が放送され、みんな嵐に夢中だったし、デビューしたばかりだったHey! Say! JUNPや関ジャニ∞ファンの子もいた。ごくせんの影響でKAT-TUNが好きな子もいた。その4グループ以外にも、SMAPより後輩のグループなんてほかに沢山ある。

でも、私は「好きなアイドル」にSMAPしか挙げなかった。嵐のグループ名は認知していたし、花より男子は見ていたか松潤名前も知っていた。適当に嵐ファンの振りをすることも、いま思えばできた。

でもやっぱり、当時の私はSMAPが好きだと言っていた。あの子たちと同じ熱量できゃあきゃあ言ったりできないのに。

SMAP世界に一つだけの花が好きだった。オレンジ夜空ノムコウが好きだった。SHAKEも好きだった。がんばりましょうも。好きな歌が沢山あった。

母親スマスマをよく見ていた。母は自分世代だった近藤真彦が好きで、その後輩たちの動向も気になるらしかった。

世界に一つだけの花ダブルミリオンを達成したと知らせるラジオを母と一緒に聞きながら、小学生のころ、飛び跳ねて喜んだことがある。そのころの私は世界に一つだけの花が空で全部うたえた。

2016年、年明け早々に流れたSMAP解散報道を知ったのは、卒論を書き終えて自堕落昼過ぎまで惰眠を貪り、起き抜けに枕元のスマホを手に取ったベッドのなかだった。

嘘でしょ、と反射的に思った。SMAP解散報道は今まで何度もされて来たけれど、どれも誤報で、結局SMAP解散しなかった。だから今度だって誤報に決まってる、つまんない憶測でしょ、信憑性なんかない、と思った。

記事を読み進めていくうちに、今度はかなり深刻らしいと悟った。

気がついたら、涙が一筋こぼれていた。

驚いて、びっくりして、それからダブルミリオンの知らせを聞いたときの嬉しい気持ちを思いだした。

母親SMAP番組をよく見ていたから、SMAP総合司会をやった年の27時間テレビも、SMAPメンバー5人で旅行した5人旅も、見ていた。それぞれのメンバー個人でやっている番組も見ていた。

気がついたら、私は5人のことをけっこう知っていた。少なくとも中学生だったあの日苦し紛れに「SMAPが好き」と答えていたあのころより、ずっと沢山のことを知っていた。

最初は5人じゃなくて6人で、メンバーがひとり脱退しちゃってるとか。2回もメンバー逮捕されてるのに、解散してソロでやっていく判断はしなかったとか。

27時間テレビで見たライブときの顔、5人旅で見た意外な仲の良さ。

SMAPSMAPが好きって気持ち

いろんなことを知っていて、点と点を線で繋げられるまでに私は成長していた。昔は分からなかったことの意味が、頭のなかを巡っていた。

自分の部屋を走り出て、リビングにいた母と不安気持ち解散報道について話し合ったことを覚えている。

それから、例の謝罪があって、解散が決まって、署名が37万人以上も集まったり世界に一つだけの花トリプルミリオンを達成したり、スマスマが終わったり、8面も新聞広告が載ったりした。

私は不安や、よく分からない憤りや悲しみを抱えて、それを眺めていた。画面の向こうで、紙面を見つめて、いろんなことは言うけど、言うだけだった。

母親相談して、アルバムBlu-rayを買ったぐらいかな。やったことって。

年の瀬が迫るにつれて、どんどん心配になるのに、なんだからさら遅すぎる気がしていた。

さら、本当はちゃんと好きだったって気付いても、遅い。

ジャニーズなんて」みたいな気おくれも、私を笑う周りの声も、真面目に取り合わなきゃならないようなものじゃなかった。そんなものさっさと捨てればよかった。

ずっとそのままでいてくれるって、いつの間にか思い込んでいたから、多分あまえていた。

いなくなると知って初めて大切さに気付くなんて、やってる本人はドラマチックに浸れるかもしれないけど、やられた方は堪ったものじゃないことは、ずっと前から実地体験して骨身に染みてたはずなのに。

罪悪感が、今さら好きですなんてますます言えなくした。

2016年最後の日、初めてアイドルラジオを聞いた。SMAPの、中居さんのラジオ

終わったとき、泣いていた。涙が一筋じゃ済まなかった。ぼろぼろ泣いていた。

2016年が終わった。


27時間テレビノンストップライブの録画がまだ残っていたので昨日、改めて見た。格好いいな、と思った。思ってる。SMAPが好きです。

2016-12-20

このマンガがすごい!2017に選ばれなかった、すごいマンガ2017

ヘブンズランナー アキラ 1~7巻・完結

体長約2メートル、常に白目で、不気味な笑い声を発し、周囲から恐れられている男、アキラとある少女との出会いによって陸上部に入る。

・のぼる小寺さん 1~3巻

ミステリアスで、ボルダリングに夢中な小寺さん。

・ゆうべはお楽しみでしたね 1~3巻

オタクアルバイト店員たくみリア充女子・ゴローさんとオンラインゲームきっかけでシェアハウスする。

ラララ 1~5巻

自宅ではいつもおっぱい丸出し素っ裸状態美人外科医石村亜衣と紙切れ一枚で始まった元リーマン・桐島士朗の結婚生活

・恋は光 1~5巻

「恋の光」が視えてしま大学生西条

・服を着るならこんなふうに 1~3巻

メンズカジュアルファッションコミック

月曜日は2限から 1~7巻・完結

居村草輔が登校中に出会った、クラスメートの全身校則違反少女・咲野瑞季との学校生活

スピリットサークル 1~6巻・完結

1番のお薦め

・響~小説家になる方法~ 1~5巻

響、小説家になる。

・転生したらスライムだった件 1~3巻

転生したらスライムだった件。

蜘蛛ですが、なにか? 1~2巻

メンタル最強女子が生き抜く迷宮生存戦略

2016-12-11

日本の足を引っ張る文化。できないフリすると学校生活が楽になる事実

できない悪ぶったヤツが、できるマジメなヤツを罵る。

小学校中学校、悪ぶったヤツの様子を、見ながら学校生活をしている故、できないフリすると学校生活が楽になる。

できるヤツの足をしっぱれば、被害なく無難生活していける。

絶対的位置ではなく、相対的位置をずらしている。低いほうに。

2016-12-04

自分語りかいつまんだつもりですが長くなりました。ごめんなさい。

母親暮らしていた。水商売だったから夜は一人だった。いつも男を家に上げていた。子供が寝ている横でセックスをしていた。

休日になっても夜型の母親はいびきをかいて寝るだけだった。友達は貴重な休日家族で出かけて過ごしていたから、休日が辛かった。

一人で出かけて、時間を潰して帰るのがいつもだった。自分を害する気はなかったと思われるが、子供にとって放置が最も苦しかった。

およそ娯楽と呼べるものは家にはなく、しかブランド物のカバン複数あった。母親の男は決して長くはないスパンで入れ替わっていた。

父親に引き取られた。再婚していた。新しい母親には罵声を浴びせられた。出て行け、生きている価値がない、といったメッセージが多かった。

しょっちゅう折檻をされた。寝坊したときに15分以上の折檻を受けたこともある。今からだと余計遅刻するだろと思うがお構いなしだった。手足を縛られて押し入れに押し込められたこともあった。

父親罵声を浴びせてきた。酒を止めようとしても飲み続ける姿は嫌いだった。

高校生の時、アメリカに1週間ほど留学できるという主旨のプリント学校で配られた。

20万円ほどだったので安い方だと思うが、うちでは行けないと分かっていた。アルバイトをしても間に合わない。何とか策はないかとしばらくプリント放置していた。期限が過ぎてプリント処分した。

それから一ヶ月経って何かの拍子で父親と言い合いになった。プリントのことをなじられた。「あんプリントを置いて、行かせてくれるとでも思っていたのか。うちの経済事情を考えることも出来ない自分勝手なやつだ」もう捨てたんだし期限も切れたんだから放っておいてくれよと思った。

母親からはお前の教育費は高いと言われた。自分公立なので、私立の他の兄弟よりは圧倒的に安いのだが、高いと言われた。

流石に高校になると折檻はされなくなっていた。

小学校の時、○○病というのが流行った。女子集団にやられた。

友人だと思っていたグループで実は嫌われていて、自分一人でそのグループの数人をイジメていたということで排斥された。傘でぶん殴ろうと脅す卑劣なやつ、という事実とは違う形で親に伝わっていた。

教師にもよく殴られた。隣の教室先生同士の授業参観があって、自分クラス自習だった。みんな喋っていた。自分も喋っていた。先生が怒鳴って「騒いでいるのはどいつだ!」と言った。自分だけ手を上げた。自分だけ殴られた。おかしい。自分けが喋っていたわけじゃないのは分かっているはずなのに。

また別のイジメを行っていると言われた。半年に及ぶということで6回全身を殴られた。

高校では、女に嫌われまくった。何かと指を指して笑われた。

クラスの出し物で、ダンスをすることになった。全員で手をつなぐ場面があった。隣が女子で、そいつ自分のことを気持ち悪がっていた。通し練習で初めて手をつなぐ場面をすることになった。その女子友達女子と「地獄がやってくる」などと言っていた。友達の方も「聞こえるよ!」なんて言っていた。聞こえていたので用事を付けて練習から抜けた。もう参加しなかった。

兄が危険運転で死んだ。あいつは馬鹿だと今でも思う。

大学は途中から最低限しか行かなくなっていた。女に振られたからだ。その女はレイプされそうになったと周囲に言っていた。それまでの学校生活で女不信になっていたところに致命傷だったと言える。女を警戒して暮らすことになった。

家事ができなくなった。朝起きたらコンビニに飯を買いに行って昼になったら飯を買いに行って夜になったら飯を買いに行った。何もやる気が起きない自分は弱いと思って栄養ドリンクを飲みまくったが何もやる気にならなかった。留年ギリギリ回避して卒業した。

就職した。先輩は酒の席になると自分を罵ってくる。それも二次会上司がいないとき限定なので、飲み会は一次会で帰るようになった。

親が死んだ。その数カ月後にうっかり二次会まで行ったら事情をお構いなしで詰ってきた。そうやって暮らして6年たった。去年に先輩は異動して会わなくなった。

今日も気分は晴れない。

最近愚痴

親のことでしんどい

http://anond.hatelabo.jp/20161215004851

2016-11-26

優しさと暖かさでできてるアニメが見たい

GF(仮)いうアニメがある。アニメオタクの中ではクソアニメと言われていて、自分でも確かに出来はよくないとは思うんだけど、それでも自分結構好き。

優しさと暖かさが溢れてくる作風からだ。

ストーリー何の変哲もない日常系なんだけど、登場人物言動に前向きで温かい感じ、なんというかすべてを許すような所作が感じ取れる。

大げさだが自分はここにいてもいいんだ、というような安心感がある。具体的にどのセリフがどうこうという話ではなく雰囲気としてそういう傾向がある。

誰も同意してくれないだろうし同意してほしいとは思わないが自分の中ではそうだ。

あんハピというアニメもそう。

こっちはGF(仮)より優しさと暖かさが具体的に説明やすい。生まれつき不幸な体質の人間を集めてその人達幸福を掴み取るための教育を施す「幸福クラス」で、主人公クラスメートたちと学校生活を送る様子を描くアニメ。全体的にコミカルバカバカしくて笑える作風になっている。今は不幸でも、皆で協力して自分のペースでゆっくり幸せになっていけばいいじゃないか客観的には不幸に見えても、本人が幸せだと思っているなら幸せなんだ。そういったメッセージがあって、見ていて前向きな気分になれるアニメだ。

これもドハマリしてしまった。

別に精神が荒んでいたわけでも疲れていたわけでもないけど、自分はどうも優しさと暖かさが染み出すようなアニメに弱いようだ。

ただARIA夏目友人帳なんかは違う。あれも確かに優しさと暖かさはあるし、超好きだけど、今言ったようなアニメとはちょっと方向性が違うとは思う。中学校の頃、社会科先生が「始めて弥勒菩薩を間近で見たとき、そのすべてを許すような微笑みを前にしばらく泣いてしまった」と言っていた。残念ながら自分弥勒菩薩を見たことはないが、弥勒菩薩を見て泣く感覚はなんとなく理解はできる。多分これらのアニメを見て涙がでるとき感情と同じだと思う。ARIA夏目友人帳なんかは、理屈として言葉にするのが難しいが、優しくて暖かいだけで許しがないんじゃないかと思う。感覚的な話で申し訳ないがなにかそういうアニメはないだろうか。

2016-11-07

修学旅行テストをする進学校があるらしい

先日、同僚数人と飲みに行った時に突如こんな話が出てきた

「いとこが進学校に進学して修学旅行に行ったんだが、修学旅行テスト漬けで修学旅行じゃなくて完全に勉強合宿だった」

と話した同僚も憔悴した表情で話していた、最近修学旅行勉強をここまで強要するものなのだろうか更に同僚は話を続けた

ここまでの話で自分も考えただけでげっそりしそうだが周りも飲みに来たのに話に興味が向いていた

「移動中はずっとテストばっかり、同級生と話す機会なんて殆ど無くて観光なんてほんの少しの時間しかないし勉強漬けで何しに行ったのかわからない」

とのことだった、そこから自分たち修学旅行の話の話にすり替わったのだがこんな拷問のような旅行じゃなかったのは共通だった。

ここまでやるかという疑問符から

「そのいとこと同級生のみんながかわいそうだ…!」

そう言った同僚は思わずテーブルを力強く叩いていた、学校生活の楽しみが教員実験もしくは自己満足自慰行為で終わる事に費やされてすり減らされているのだから憤るのも致し方ない。

自分も思わず憤りを通り越して晒されない物かと不謹慎ながらに思ってしまった、流石にそんなことは許されないがこのような事が平然と行われている事をどこか片隅にでも覚えていて欲しい


最後に帰る際に内容をある程度端折った上で流していいかと断っている

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