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2018-08-15

なんで学校教師なんかになるの?

学生時代学校生活自体しかたからとかいう、自分の周り以外の他人のことを見れない、粗野な人、

学校もっとまともにしたい、みたいな姿勢自分過去に対する意趣返しをする人、

からさまなボディタッチが多い体育教師(論外)、

は向いていないと思う。

ていうか、教師に向いている人間なんているのか?

何をもって教師となった?今の満足は何?

学問伝道師としての満足している教師なんているのか?

まともな人間教師にならないと思う。

上のような人間がいる中で、他人に期待しても無駄から

そういう人間と関わりたくないから、そもそも興味ないから、

自分の子供でもない子供がいる空間で過ごしたくないから。

さまざまなタイプがいる生徒の親に対して、相手にするのは疲れる。

教師一介の力でなんとかなるなんて、ヒロイズムに浸った安易な考えやめた方がいいと思う。

個人問題に対して無思考発言、行動をする人が多すぎる。

大人だって自分他人区別がなく、うだうだ言っているだけじゃないか

もう少し、自分認識したもの、してきたものは、他人と一致してはいないということを自覚してほしい。

自分にとって学校は、自分他人との区別がつかない人間養成するところでしかないと見え、

からこそ、自分時間自分に使い、個人範囲で、個人から湧いてくるものを大切にした。

教師になろうとする人間の気がしれない。

2018-08-13

anond:20180813194832

いや、落ち着きがない空想を始める話を聞かない等々は発達の特徴なんだよ、本人も迷惑をかけなかったか支援級じゃなくても許されたって言ってるし。

発達は子供時代死ぬほど手がかかるのと全く手がかからないのがいる。

今の基準なら支援スタートでも不思議はない程度にはグレーだと思うし、この視野の狭さも発達っぽい。

落ち着きがないは毎回書かれてたよw

学業優秀、優しい、でも落ち着きがない、人の話を聞いてない、って通信簿はいつも同じだった。

すぐ空想を始めるから直接話し掛けられないと聞いてないことがしょっちゅうあった。

これだっておかしいと言えばおかしいし個性個性だが周囲に多大な迷惑はかけなかったか支援学級でなくても許されたと思ってる。

で、大人になったら自然治癒するのだとして(ほんとかー?)、異常に騒ぐ子が大人になるまでに学級崩壊起こされたり勉強学校生活破壊されたりする周囲の子にはなんていうの?

「あの子大人になるまでのしんぼうだよ」って?

外で騒ぎ続けてる子供ってどっかおかしいのでは。

真面目に。

7歳と4歳の子持ちだがどっちも別に騒がない。

外で興奮しだしても言って聞かせればやめる。

電車の中で何かを食べさせることなんかない。

そりゃ子供から周囲に気を使えないことはあるけど言えば気付いてやめる。

母に聞いたら俺達姉弟を育てた時もそんな感じだったそうだ。


から本当に理解出来ない。

外で延々ギャンギャン騒いでる子供が。

あれさあ、なんか変な育て方してるんじゃないの?


たとえば電車の中で見かけるのは乗り込むなり親がなんか食べ物与えてるようなパターンね。

子供が欲しいとも言ってないうちに食べさせて黙らせてる。

子供おかし取引価値観を身につけるし、ごほうびがなかったら静かにしないどころか不満もつようになるし、

電車の中で物を食べるのは行儀悪い」という価値観も身につかないし、歯にもよくない。


ちゃんと親が手本を見せて、理を持って諭せば子供理解する。

だって真面目な顔で落ち着いて訥々と叱れば理解するんだから

子供理解しないわけない。

うちの子特別ないい子だと?

わが子はかわいいけどそんな風に自惚れないよ。


犬が吠え狂ってたら「まあ、躾が悪いのね」っていう当たり前の結論になるのに

人間の子供が吠え狂ってるのを「小さいから仕方ない」「個性」っていうのは無理がありすぎ。


吠え狂う犬の飼い主に「一生懸命躾けたけどこれです」って言われたら

「嘘ついてる」か「躾け方をすごく間違えてる」かになるよね

人間の子だって同じなんじゃないの?


幼少期から虐待されたとか生まれつき脳障害かいう子は別として

同じ人間の子供がそこまで聞きわけがないとか凶暴とかいうことは考えにくい。

外で異常なテンションで騒ぎ続けてる子ってどっかおかしいのでは。

たことある人はわかるでしょ、子供も親もなんか変なんだよ。


この間は孫(♂)2人とおばあさんらしい3人連れを近所で見かけたけど

お兄ちゃんの方がずーっとギャアアアアン!ってすさまじいテンションで泣き喚いてぐずってて

たまたま目的地が一緒(コンビニ)だったんだけど

要はそのお兄ちゃんはおばあさんに何かを買ってくれって言ってて

ダメって言われるたびにおばあさんを殴ってるの。

おばあさんは困り果てて「人に痛い思いをさせてものを買ってもらおうなんておかしい」とか言ってるけど

もう全然言うこと聞かないでギャアアアアア!っていいながらおばあさんを殴るの。

小学校3年ぐらいだったけど思いきり殴るからおばあさんも手に負えない感じで。

その間弟の方はずっと全く無関心の無表情。

あいうの絶対変な育て方の結果だと思うんだけど、違うか?


あれ中学ぐらいですごいいじめられっこかいじめっこになると思うし

性欲が芽生えたら同級生女子を殴って言うこと聞かせようとするんじゃね?

もう社会から排除してほしいとすら思ったわ。

子供のやることは全部「普通」?「仕方ない」?

そんなわけないじゃん。

ダメな親が変な育て方してんだよ。


育て方の問題にせよ、脳障害にせよ、異常な子供に対して必要なのは

「仕方ない」「寛容な心を」と目を背けることじゃないだろう。

それはじかに接する人間(お婆さんやファミレス店長や不運にも居合わせた人々)にすべての負担押し付けてるだけの卑怯な逃げだ。自分は接しないのに「寛容さがない!」とか言う奴等はずるいよ。

原因の解明と対処こそが必要なんじゃないの?



mahal いやまぁだから、それが発達障害ってやつで、大体下見てクラスに2人か3人は支援教室行っとる(か、そこまで可視化されずに状況を放置されてる)もんやで? 育児

2018/08/13 リンク Add StarAKIYOSHIrirekichinebulax0x0catsnail

うん、だからおかしい」わけだよね。

おかしいって言い方が無神経なら次からは別の言葉を選ぶけど。

支援教室に行ったことで当人も周囲もそうでないケースより助かってるよね。

普通」「仕方ない」とか言って問題から目をそむけて放置してたら悲惨なことになってるよ。


kincity 自分は騒がないし家の外では泣かない子供だった(躾も厳しかったし資質もあるだろうが)が、子供が騒ぐかどうかは個体差しか思わない。気になるときファミレスフードコートには近づかないし行く時は覚悟の上

2018/08/13 リンク Add Starsnaflotrirekichipulusha

そういう活発か活発でないかレベルの話をしてない。

言われてもやめないとか、泣きわめき方のテンション継続性がぶっ飛んでるとか、そういうのの話をしてる。

親がやめなさいって言っても騒ぎ続けてたり親にかみついて行ったりしてるのはどっかおかし子供だと思う。

unakowa 癇性の子もいれば、穏やかな子もいる。個性だよ。たまたま二人とも癇が強くない子だったんだね。良かったね。うちのも比較的穏やかだったな。でもそうでない子が異常とは思わない。

2018/08/13 リンク Add StarAKIYOSHIrirekichiout5963

anmin7 ふつうに騒ぐのはいるわ。むしろ静か過ぎたら児相案件を疑うね。

2018/08/13 リンク Add Starrirekichikarisu27

ふつうに」騒ぐ子の話はしてない。




teebeetee 人間は何歳だろうがどっかおかしいぐらいでちょうどいい、という世界観を目指していきたい。

2018/08/13 リンク Add Starrirekichisnaflotpulusha

ほらこういうのね。

こういうやつに腹が立つ。

そうやってあんたはかっこいいことを言っておしまいからそれでいいよね。

でも実際に「おかしい」人間がそれできちんとした認識対応もされずに放りだされた時に

それは結局近くで接する人間にだけ負担押し付けることになってるんだよ。

それは卑怯だと思わないのか?


俺はお婆さんを殴ってた子供はさっさと医者に連れて行って治療してほしいし、先天性障害でなければ親がろくでもないんだろうから引き離してほしいと思う。

そして治療不可能なら中学高校普通の学級に混ざってほしくはない。監視支援のある学級に行ってくれと。

普通の学級に入れた結果たまたまクラスや席が近くになった生徒だけが凄い負担を受けるのに

お前はそのことについて1ミリ責任をもてないだろう。

偽善者だよお前は。


furyrage 観測範囲狭すぎイキリ

2018/08/13 リンク Add Starpulp_literaturezentaroutimmytimmykarisu27dc42jk

たまに居る異常な子を見たことがないって言うなら

そっちこそ観測範囲が狭い(子供が多いところへ子供連れて出かけてないかそもそも子供がいないか)だと思う。


migurin たかだか7年しか子育てしてないくせに、よく自分の子供が一般的とか、自分の育て方が正しくて人の家がおかしいとか思えるな。まずそこに驚くわ。真面目に。

2018/08/13

じゃ何年育てたら権利が発生するの?真面目に。

絶対具体的に答えられずに無言で逃走すると予言しておくわ。真面目に。

そもそも就学前ぐらいの児童について話をしてるのを理解してんのかな。

toratsugumi こっちはこっちで、いささかイージーモードすぎるよなぁ。最初からスーパートマトに指突っ込んだり、手に持たせたものを2分ごとにどこかに放置しない子供とかだと、親のスキルレベルが上がらないのじゃないか

2018/08/13 リンク Add Star

それはする。放置忘れ物しょっちゅうする。

売り物汚すようなことはしないなあ。

買わないものは触らないんだよって言ったらすぐ理解した。

あなたがそう考えてしまったのはもうどうしようもないとして、その考えを表に出すのは正直どうかと思う。一体どんな親に育てられたらそれだけ不躾になれるのかって言われたら、あなたは虚心に聞けるだろうか。

悪いけど俺は安定した家庭に育ち自己肯定感に満ち溢れた人間なので

ネット必死に煽ろうとしてる人を見てもどうとも思えない。

ショボい煽りしか出来ない人に限って自分煽りがすごい効果持ってる風に自分を買い被るのはなんなのだろうか。

逆にあなたネットの知らんやつに躾が悪いっていわれるとすごく傷つくの?


hanamichi36 増田通知表に「落ち着きがない」って書かれた事がないだろうね。フィットしない椅子に座ってて、背中がムズムズするのも分からない。その辺は遺伝的要素だろうけど、理性が成長した大人ならば制御回避できる。

2018/08/13

落ち着きがないは毎回書かれてたよw

学業優秀、優しい、でも落ち着きがない、人の話を聞いてない、って通信簿はいつも同じだった。

すぐ空想を始めるから直接話し掛けられないと聞いてないことがしょっちゅうあった。

これだっておかしいと言えばおかしいし個性個性だが周囲に多大な迷惑はかけなかったか支援学級でなくても許されたと思ってる。

で、大人になったら自然治癒するのだとして(ほんとかー?)、異常に騒ぐ子が大人になるまでに学級崩壊起こされたり勉強学校生活破壊されたりする周囲の子にはなんていうの?

「あの子大人になるまでのしんぼうだよ」って?


maruX 結構真剣に言う。今まではラッキーだったかもしれないけど、子育てで思い通りにならないことが出てきた時に「自分はこんなに頑張ってるのにお前はおかしい」って子供に言うのマジで最悪だからね。

2018/08/13 リンク

子育てはなんでも思い通りになると思う。

なんてこと俺がどこに書いた?

「真面目に」とか「真剣に」とか添えるやつに限ってとんちんかんで内容が薄いのはつまんないことしか云えないからそういう飾りで上げ底する癖がついてるからではないだろうか。

真剣に。(←バカみたいだろ?)

Domino-R 追記を読むに、増田は明らかにおかしい」子供の話をしており、それは医療的な対処必要FA。謎なのは「育て方/躾が悪い」ことに最後まで拘ること。その意図がまったく分からない。

2018/08/1

書き方で誤解させたならお詫びして訂正するけど「躾が悪い」と「先天的障害」は並列であって前者をことさら膨らませる意図はない。

というか誰が悪いのかなんてことはどうでもよくて、問題があるなら認識して対処すべきだと言うこと。

そして直接害を被らないときだけ寛容ごっこするやつらの言葉卑怯な上にぺらくて無意味ではないかと言うこと。

自分のとなりに異常者が引っ越してきたら何日「寛容」でいるんだかこいつらは


kyo_ju そう、育児経験者が他人育児に寛容な理解者とは全く限らない。むしろより狡猾な妨害者や攻撃者になるケースも多い。この御仁がまさにそれ。 育児 日本 心理

2018/08/13

migurinよりはまともな思考の持ち主だと思うのでmigurinを説諭してやってくれ。どうも育児経験多寡で人を測れると考えてるよあいつは。


zu-ra 俺も騒ぐ子供はしつけが悪いと思ってた。自分の子供がASDでいろいろ勉強して間違いがわかったけど無知は仕方ない。ブコメ見て気づけるといいね。 知ることで世界が広がるもんだ。

2018/08/13

先天的障害の話には最初から触れてるよな?

「全てが躾の問題だ」なんて俺がいつ書いたんだ?

お前明らかにタイトルだけ見て内容(追記部分以前だけでいいよ)読まずにブコメしてるよな?

くそんな不誠実な態度で人に無知だのなんだの言えるわ。

あんたもなんか障害があって不可抗力不注意なの?

そうじゃないなら猛省しような。子供に恥ずかしくないのかよ。

shun_libra 小学校の時、今思えば典型的ADHD同級生が居た。先生に叱られ、殴られても、出歩く&先生揚げ足取りがやめられなかった。授業参観後の懇談会で、親は平謝りだったと。卒業と同時に引っ越したからその後は知らない。

2018/08/13

の子の周囲も「こういう子、受け入れて上げよう」「いやさすがにこんなやつおかしいやろ」のせめぎあいになったんだろう。

昔の話なら病名がわからなくて仕方なくそういう対処法になったのかもしれない。

でも原因わかりそうならそこから目を背けるのは違うよね。昔の親と当人には同情する。


"「躾が悪い」と「先天的障害」は並列"ってどういう意味? 「躾」と「先天的障害増田言葉でいうと、どっかおかしい)」は関係ないよね。先天的障害ある子供の話に、躾の話を持ち出してるのはおかしくない?

2018/08/13

先天性障害ならああだ、躾のせいならこうだ、の差は気にしないってことよ。

病気なら許すけど躾なら許せないとかそんなレベルの話をしてるんではないと言うこと。

何らかの原因があっておかしい子にはおかしいと認めて対処あるべきと言っている。

偽善者の寛容は何も解決しないと。


keiji_kc こういうこと言われるとこれからの子育てプレッシャーや。。子供普通道徳観を身につけられるようがんばろう…。結果、失敗するかもしれんが、親として努力はすべきだよね、とは思う。

2018/08/13

俺の言いたいことからそれていくけど、プレッシャーのない仕事なんてあり得ないだろ。

職場で新しい仕事任されてプレッシャー感じてないようなやつはむしろいい仕事期待できないだろ。

だってプレッシャーはあるよ。あって当たり前じゃね?プレッシャーに悩む必要はないと思う。


inet_malic

たかだか7年しか子育てしてないくせに“ “じゃ何年育てたら権利が発生するの?“|そんな権利永遠に発生しない。いいか。覚えとけ。永遠に、だ。 育児 発達障害

2018/08/13

ならそれは年数の話を持ち出した奴に言えって。

いか相手をよく見ろ。

年数持ち出したのは俺じゃねえだろ、な。


内容無いのにお飾りの多い文章って真似してるだけでも赤面するな。中学生ぐらいの頃の自分もこんな感じだったからかも。


zuiji_zuisho こういうタイプはうまくいってるうちは「育ててる自分の手柄」、思い通りにいかなくなったら「どうしてお前はそんななんだ」と子供のせいにするんだろうな。子は親を選べないというがこの増田の子が気の毒だ。 20 clicks

2018/08/13

人の話を聞いてないなあ。

俺が優秀だとか、俺の子が優れてるとか、いつそんな話をした?

逆だろ。

の子普通って断っただろ。普通未満のすごくおかしい子がいるって話してんだろ。

俺にムカついて揚げ足をとりたい気持ちはわかるよ。

でも俺の言ってないことを捏造したらそれはお前の敗けだろ。

もっと頑張って俺の言ったこから揚げ足をとってみろよ。頭悪いのか?


MzdA0w73tg 書き直し。これポジショントークだよね。自分がその立場に無い(と思ってる)から言えるんだよ。俺からしたら泣かない未就学児の方が怖いわ。感情表現苦手なんじゃないの?泣きたくても泣けないんじゃないの?

2018/08/13

からさあ。

泣く子はおかしいとか俺の子は泣かないなんていつ俺が書いたんだよ?

俺はお前らのブコメと違ってコセコセ書き換えたりしてないかいくらでも魚拓とればいいぞ。

いつ俺が「泣く子はおかしい」なんて書いたんだ?引用してみろよ。


レベルが低すぎる。

煽りたいんでも、揚げ足とりたいんでも、相手の言い分を読みこなした上で因縁付けられないんじゃ話にならんわ。

国語の成績相当低かったんじゃねーの。


dusttrail 追記の「『真面目に』とか『真剣に』とか添えるやつに限ってとんちんかんで内容が薄いのはつまんないことしか云えないから(以下略)」の部分を読んでから増田の冒頭に戻るとちょっとだけクスッとできる。 ビッグフィッシング

2018/08/13 リンク Add Starkei_1010

そこはもうちょとブブーッとなってほしいとこなんだが

なかなか伝わんねえなあ。


setohide 反論できるブコメにだけ追記マウント取ってるのダサすぎ

2018/08/13 リンク Add Starpchanyamayuuki

目に余る奴から突っ込んでるからそうなるわ。

俺の話をちゃん理解した上で反対してる奴には特に言うこと無いんだもん。

とはいえ反論して欲しいならどのブコメだって反論してやっから指定しなよ。

本来自分ブコメに「反論しろ」ってやるのが筋だと思うが他人の威を駆るダサさは見逃してやる。

俺の主張と衝突してるものでかつ俺には反論できないだろーなーってお前が思う改心のブコメ指定してみろ。さあ。


shields-pikes むしろ、こんな歪んだ全能感を持った親に育てられた子供性格が歪むんじゃないか心配だ。だって子供が良い子なのは親のおかげ、子供が悪い子なのは子供のせい、なんでしょ? こういう上司いるよね。

2018/08/14

お前は、本当に、本文読んだ上でそれを言ってるのか?

長い追記部分はいいとしても、本文はちゃんと読んだ上でそれ言ってるのか?


子供が良い子なのは親のおかげ、子供が悪い子なのは子供のせい

俺の文のどっこらへんにこんなこと書いてあるのよ。

引用してみろよマジで

お前実名でやってるどっかの社長だったよな。

この程度の文章の読解も出来ない馬鹿ですって自己紹介して大丈夫なのか。


そもそも頭が悪い奴が俺の文章を読み飛ばし場合「躾が悪い!」みたいな要約になる(そういう読解でコメつけてるバカもいっぱいいる)んだが、お前の「子供が悪い子なのは子供のせい」はそこにすら達してないだろ。

お前いったいどの部分をどう読んでその読解になったんだよ。説明してくれ。なあ。


なんかもう賛成反対以前にこの程度の長さの文を読解できない奴が多過ぎて、なんだこりゃ??

2018-08-12

姉が帰ってくる。

姉の話をする

初めに、俺は姉と二人姉弟で、年齢差は3歳差だ。

俺たちは自営業の親のもとに生まれて、今は親父の仕事を俺が継いでいる(とはいえ親父もまだ現役である

田んぼに囲まれた片田舎で、通学はバス通学。

車はおろか車輪のつくものを持っていなければ街にもいけない。

近所の子供は両手に収まるくらいしかいない上に同級生は1人だけ。

そんな田舎で俺達は伸び伸びと成長した、と思う。

俺と姉は割と姉弟仲が良く、遊び相手としてはちょうど良かった。

姉はなんだかんだで弟である俺に甘く、喧嘩はすれど結局は譲ってくれることが多かった。

から俺も結構姉に甘えていたんだと思う。

ちなみに、反抗期対象は姉だった。

何かと姉の言動が鼻に付いたのだ。

姉は、弟の俺が言うのもなんだが、そんなに頭がいいわけでもなく(一緒に公文式をやっていた)、俺よりも字が汚く(同じ習字教室に通っていた)、俺よりも運動ができなかった(同じ武道をやっていた)。

言ってしまえば、姉が何かで表彰されるたびに、俺がその一段階上の賞をとってしまったり、身体能力を上回ったりした。

そして何より、姉は、ゲーム音痴だった。

から多分、当時の俺は見下していたのかもしれない。

姉の優しさに甘えて、姉の言動に一々噛み付いていた。

しかけてくる姉に、苛立ち、ドジをする姉に虫唾が走り、それでも朗らかに笑う姉にどうしようもなく腹が立った。

その頃の俺は中学生くらいで、生徒会をやったり、部活をやったりと忙しく駆け回っていた。

一方の姉はといえば、第一志望の高校に落ちて、県立の進学校へと通い、中学時代は学年10位以内をキープしていたのとは反対に、学年のワースト10から数えたほうが早いという堕落しきった学校生活だったのだ。

からそんな姉に、たぶん矛先が向いたのだろう。

そんな姉への反抗期は、俺が姉の落ちた高校に受かり、姉は短大へ進学したあたりで収まった。

気付けば、俺は高校サボりがちになり、姉は短大バイト自分で立ち上げたサークル活動と忙しく駆け回る。

まるで正反対だと思った。

姉は、本を読むのが幼い頃から好きで、小中高と多読ランキングに名を連ねており、姉が進んだ短大も、司書育成の短大だった。

そんな姉は今、東京にいる。

嫁さんをもらって、親父の仕事を継いで、地元に腰を据える俺と正反対に、独身の姉は東京派遣社員をしながら飲食店バイトをしている。

姉の部屋は色々あり、既に物理的に存在がなくなって、今は、年に一度、実家の手伝いに帰ってくる。

ばかで不器用で鈍い姉は、土産センスだけは、とても良い。

2018-08-05

労働問題改善したら物やサービスが値上されてしま

それなら自分以外の会社労働問題解決しなくても良いよな?小学校エアコンを付けて、管理維持するのだって当然タダでは済まない。小憎らしいガキンチョの学校生活を快適わくわくライフにするために、俺達の知能労働が生み出した結晶が使われるなんて、やっぱり納得がいかない。小学生には「下敷き」という涼がとれる立派なアイテム各自、持参しているではないか?それは、脇でシコシコこすって頭髪を屹立させるための道具ではない。

2018-07-28

いのちの電話が繋がるまで240回掛け直しました

いのちの電話とは「死にたい」と検索をすると出てくる電話番号のようなサービスで、日本いのちの電話連盟HP曰く 「自殺予防いのちの電話」は、様々な困難や危機にあって、自殺をも考えておられる方の相談電話です。

どうぞおひとりで抱えず、その苦しいお気持ち私たちに聞かせてください。 とのことだ。

本日私は自殺したくて自殺しそうで気が狂いそうだったのでいのちの電話文字通り必死電話をした。

結論として、いのちの電話に掛けたことで私は今もこうして生き延びてこの文章を打っている。

しかし、いのちの電話のあたたか対応によって気持ちが救われたから生きているのではない。

いのちの電話無知侮辱にまみれた対応によって怒りが燃えたから生きているのである

何も電話が中々繋がらず240回も掛け直す羽目になったから怒っているのではない。

絶望はした。何度掛けても繋がらない。こちらは目の前に転がっている死のビジョンから目をそらすために、僅かに残った理性で必死電話をしているのだ。

充電器のケーブルで首を絞めないために、窓から飛び降りないために、ボールペンを喉に突き立てないために、必死思考を逃そうと電話をかけているのだ。

元々、いのちの電話 つながらない でサジェストされる位にはいのちの電話が繋がりにくいという事は知っていた。

はてなにも http://boring-story.hatenablog.com/entry/2016/08/17/011626 という記事がある。

繋がりにくい理由として支援が十分でない事、相談員が足りていない事、この日本がただ生きるのだけでも過酷すぎる故に掛かってくる電話は膨大な件数で内容も深刻化が進み長時間になっているという事も聞いている。

しかし、ここまでとは思わなかった。

もしこの記事を読んでくれているあなたが死にたくなった時には是非全国、あるいはお住まい地域いのちの電話にかけてみて欲しい。

こちらは全国のいのちの電話の番号一覧である https://www.inochinodenwa.org/lifeline.php

命をかけて電話をかけて、鳴り続ける呼び出し音に耐えた後、やっとつながったと思ったら、ただいま大変電話が込み合っております。恐れ入りますが暫くしてからお掛けください。という音声によって無慈悲にも電話は終了する。

音声ガイダンス文言等には地域差がある可能性が含まれからあなたがかけたいのちの電話とはちょっと違うかもしれない。

けど絶望的につながらない。

まずこの時点で死にたくて死にそうでたまらないのにいのちの電話にたどり着けず、あきらめた人が大勢いるだろう。

いのちの電話にかけて繋がらないで帰って気持ち電話を掛ける前より落ち込んだ人もいただろう。


私は240回目でつながった。

こちいのちの電話です」

今かけている電話でつながるなんて心にもなく、電話をかけ直すためにただただスマホタップするだけの機械になっていた私は言葉が出なかった。

しばらく何も言えずに無言の時間が続く。

「どうかされましたか?」

私は必死に声を振り絞って言った「死にたくて困っているんです」

「そうなんですか。何に困っているんでしょう?」

どうやら電話に出てくれた相談員さんは「死にたい」という言葉が聞こえなかったらしい。私はもう一度「死にたくて困っているんです」と繰り返した。

「困っているんですね」

まだ私の死にたいは届かなかったらしい。相談員さんに悪気はない。悪いとしたら小さい声しか出せない私だ。

ただ、もう生きている人に向かって死にたいという言葉を何度も発するのが限界で私は何も言えなかった。

「あの、私このまま待っていていいんでしょうか?」

私がまだ何も言えずにいると

「何もないなら切らせていただきます

私は急いで言った「死にたくて自殺しそうで困っているんです」

自殺しそうで困っているんですね」

自殺というワードが届いてから相談員さんの口調がやや緊張したものになった。

「えっと、あなた自殺したいと考えるくらいには辛いことがあったんですね それは辛い、それは大変ですね」

ちょっと嫌な予感がした。

あなたの辛い気持ち分かりますよ。自殺したい、と考えてしまうのは何か自殺を考えるきっかけになるような辛い出来事があったんですね。いつから自殺をしたいと考えるようになったんですか?」

分かります、という決定的な単語が飛び出した。顔も知らない相手、今までどんな人生を歩んできたか、何があったか知らない、出会って数分の相手死にたい気持ちが分かります?!

自殺考える人への安易共感タブーだった気がする。

それに相談員さんが多用するえっと、ぎこちないしゃべり方、この人は今まで何人も相談電話を受けてるんだよね!?

でも私も会話して数分の相手だ。ここで信用できない相手だと心を閉ざしてはいけない「ずっと前から死にたくてしょうがないんです」

「えっと何かあって、その、自殺したい,と考えるようになってしまうくらい辛いことがあったんですよね?」

正直に自殺したいと考えるようになった原因と思える何かは家庭環境学校生活、対人関係仕事、今から昔まで沢山ありすぎて何かがあって死にたくなったんだと上手く説明できない。

それになんかもう、辛いとか大変という言葉自分状態感情を決め付けられてしまったようで酷くショックだった。

こっちは死にたくて困っているとは言ったが、どれだけ辛いとかなんて言ってない。「明確に何か思いつきません」私はそう答えた。

暫く沈黙があった。

「えーっと、なんか、あたし何て言ったらいいんでしょうか?」

えっどういうこと?何て声をかけたらいいかからないって、相談員の人が相談している相手に向かって言う言葉なのか?

これにはなんかもう訳が分からなくなって、私がかけたのはいのちの電話だよな、相談員の人っていくら人手が足りないとはい研修を受けてこのお仕事をしているんですよね?と困惑した

本当に頭が真っ白というか、まさか相談員の方からそんな言葉が出るとは思ってもなくてただただ言葉が出なかった。

「あの、私は、あなたがどんな風に辛いのか、そういう話をしてもらって、その辛いお気持ちによりそって、あなたお話をすることで、少しでも楽になれば、私は嬉しいなと思っているんです。」

会話の意図がさっぱり分からなくてこの時は何も答えられなかったのだが、相談員さんは私に辛い話をして欲しかったようだ。

「あの、えっと、ここは辛い気持ちを話して楽になってもらう場所なんですけど、でも、あなたは何も話したくないという事なんですね。」

「あの、でも、借金とか、なにかないんですか?」

借金ないんですか?え、いくら何でも例えでも借金あるかないか聞くか?

何かもう借金ありそうですねと言われたみたいで、あなたの汚点はなんですかと聞かれたようで、酷く侮辱を受けた気になっていた気がする。

あなたは何にも話さないんですね 辛いことを話してくれないんですね ここではあなたの辛い気持ちお話していく中で少しでも支えになれたらという場所です」

時間スマホを握り続けてここまで辿り着いたのだから電話をかける前より酷い気持ちになってたまるかと、相談員さんの話を聞くこと怒らないように必死に耐えていた。

「辛い気持ちを話したくないなら電話なんてしないでください 他にも待っている方がいらっしゃいますから電話は切らせていただきます

私は怒って泣きながら「辛いか電話したんです」と言った。

「じゃあ話してください」

笑いながら言われた。私は相談員さんの話し方や態度が耐えられなくて泣きながら「もういいです」と電話を切った。


書いていて、疲れて、電話通話履歴は残っているけれど、相談員さんとのやりとりが非現実的に感じられて怒りは比較的収まった。

それで思ったのだけど、これ、私が間違っている。

普通自殺は明確に何かがあって、何かが起きたから考えるようになることなんだ。

いのちの電話にはなった人がかけるものなんだ。

私は日々波のように襲ってくる自殺衝動が辛くてきつくてそれを収めたくて電話した。

から相談員さんは私が辛いことをいつまでたっても話してくれないと困惑していたのか。

いのちの電話は今この瞬間にも死にそうで自殺に移りそうな自殺衝動が辛い人がかけるように作られていないんだ。

いのちの電話相談してくる人として設定しているのは何かがあって辛くなって死にたい人間なんだ。

それと比較して書けば私は死にたくて死にそうで頭と体がそれで一杯になって辛いか死にたい人間なんだ。

私の電話に出てくれた相談員さんの対応は、今この瞬間生きるか死ぬかの人間にはちょっとアバウト大胆で、今にも死にそうな人と電話するためのものではないんだと思う。

でも多分この相談員さんと話して気持ちが楽になった人も、この相談員さんと話して助けられた人も沢山いるはずだ。


電話をして分かったこ

いのちの電話は今死にそうで辛い人がかけるものではない

今辛くて話を聞いて欲しい人がかけるもの

じゃあもしかしたら、毎日毎日ふとした瞬間に湧き上がる自殺衝動と戦っているのが辛い人ってとっくにそれで精神科に通っている?

あいのちの電話はなにがあって死にたいと感じているのか、自殺を考えたのかを話せば死ななくなる人がかける電話なんだ。

私は死にそうで死にそうで辛かった。

また今日もふとした瞬間に自殺衝動は沸いて必死に死なないように死なないように死なないようにしなきゃと耐える羽目になるんだろう。

死にそうで死にそうで学校に行けなくて、うつ病を疑って二度それぞれ別の精神科に行ったことはあるんだけど、よくある事だとその程度ではうつではないと笑われて終わりだった。

そう判断されないのは私はこうやって文章を書けるくらいには落ち着いてしまうからか、診察時には落ち着いて話をしようとするからか。

自殺衝動を誰かに見せつけることが出来ないからか。

ああ、学校に行けないか死にたいう人だ思われたのか。

目につくすべてが自殺に結びついて見えて死にそうで死にそうで学校で平静を保てそうにないか学校に行けなくなったんだ。

じゃあ今ハンガーで目を潰すのを必死におさえている私はどこへ行けばいいんだろう

2018-07-24

どうすれば日本を抜け出せるか?

テレビを頭すっからかんにして見る。

スポーツ話題が多い。アニメスポーツ

思い返せば、スポーツ自分の中で最も嫌なものの一つであった。

学校生活において必要もの容姿運動神経健康やら学力だろう。

全てにおいて欠けていた。

並大抵の運動もできなかったかバレーボールなどトラウマである

何か、教え方がダメで本当はスポーツの楽しさがあるとか論ずる人間がいるが基本的な体の動きも欠陥があるのかできない自分にはなさそうだ。

まぁ、そんなものにうまく適応しているのがたくさんいた。

容姿がよく運動もできた人間が、高偏差値大学に通い就活もうまくこないしている。

世間体制やらに何か疑問を持つこともなく、楽しく生きていくだろう。

批判しても万人受けしやすブラック企業批判くらいだろう。

ただ、そんな人間日本という国が大変なことになった時も上手に振る舞い逃げていくのだろうと思うと無力感しかない。

自分はいつでも上手くやれない人間だ。

最近、常に何か容姿が悪かったり、世間の馴染めなさから難癖をつけられて逮捕されたりなど自分自由を奪われるのではないかと感じてしまう。

腐敗した司法行政政治を見てれば心配しすぎなことはないと考えている。

自分容姿が醜いゆえに皆から好かれない弱い立場人権やらには敏感になる。

最近日本大丈夫かと思うことがある。

テレビ外国人保険制度を利用している!とかいう内容がやっている。

労働力不足と騒いで外国人労働者を呼ぼうとしているのに、保険制度を使ったらダメなのだろうか。

おそらく、全ては「生産性」という観点しか考えていないからだろう。

最近も何かとんでもないことをいう人間がいたらしいが、右派左派も「生産性」という観点で人を論じていることが多い。

死刑制度を支えるものや、罪人への扱いは酷いものでいいというような考えも通じているだろう。

資本主義下で、「生産性」がないか排除する 叩いてもいいと考えているのだ。

あぁ、経済のことしか考えず人権自由といった思想を育んでこなかったツケがきているのだろう。

日本から抜け出したい。ただ容姿が醜くて関関立の色物学部に通う自分がどうすることができるのか。

ただただ、不安に怯えている。

追記

最近祖父母の家に行った帰りに都内ターミナル駅容姿の醜い子供父親笑顔で走っていた。

の子二次性徴後、容姿で苦しむのだろうか。

そして、その頃には外人結婚して抜け出す女がたくさん出てくるのかもしれない。

優生思想批判していても、出生前診断白人精子を欲しがる人間は出てくる。

どこまでも容姿なのだろうか。

司法だって人間判断するのだから容姿が影響する可能だってある。

不細工アジア人男にはどうすればいいのかわからない。

ただ、ニキビ跡だらけの172cmしかない容姿を整形やらでどうにかしたい。

そして、留学やらで学歴ロンダをしたい。教授暇つぶしには留学がいいぞ ドイツとかと言った。

幸い親の小金がある。

就職も親のコネで決まりかけているが、すぐにやめてどうにかしたい。

祖父母を見ると人には時間がないと感じるのだ。

ただ、持病や免疫抑制剤と言った服用薬もある。そして、知能が低い。持病を伏せて整形やらを行うには健康リスクが高すぎる。

法的リスク検討しなければいけないかもしれない。

どうすればいいのか。

2018-07-18

マトモな大学に行きたかった

最近、感じることとしてマトモな大学に行きたかったと思うことだ。

同じゼミ人間と話してもニュースすら見ていない感じだ。

もちろん、何も考えていない。

与党野党DD(どっちもどっち)とか言っている。恐らく知識不足やらを誤魔化すためのものなのだろう。

麻原氏やらの死刑自分には関係ないと大賛成だったりするのだろう。

それで、就職が決まっているがサービス業で喜んでいる。彼は第三次産業だとか情動労働やらと言った言葉を知らないはずだ。

そして、自分はそんな産業を避けて就職が決まっていない。親がコネで入れてくれそうなところも先方がメールを送ると言って送ってこない。

関関同立色物学部に通っているが失望することのほうが多かった。

マトモな大学に入りたいが、入れそうもない。

中学高校時代英語数学物理化学などに年間600万円規模の学力向上策(家庭教師など)が講じられたが何もならなかった。

なんとか進学校赤点回避できる程度にしかならなかったのだ。

知能検査をしたらIQ88とか言われたので、そういうことなのだろうか。

そうして、こんな風に容姿が醜いか学校生活精神的にヤラれていた。もうどうにもならない。

https://i.imgur.com/NRNNxks.jpg

https://i.imgur.com/jpIY7E4.jpg

https://i.imgur.com/qAtuOre.jpg

入り直そうにも最近都内大学の定員抑制やら入試改革とか言って数学必須にするとか聞いて自分がマトモな大学に入れる可能性がなくなってきている。

留学ごまかせる気もしない。自分の通う大学でも入試が難しいという中国韓国から留学生が沢山いるということは、そういうことなのだろう。

マトモな大学に入りたかった。

最近高校時代に同じクラスだった高偏差値大学に通う容姿の良い女をネットで見た。

要領よく生きている。何時だって上手に長いものに巻かれて、日本がやばくなったら平気で出ていけそうだった。

その一方で自分は、自分容姿が醜いか冤罪やら、微罪逮捕やらされる可能性が何時だってあるんじゃないか不安で怯えているのだ。

いつだって恐怖がつきまとう。

さゆえに世間憂さ晴らしなどに都合がよくボコボコにされるのではないかと。

マトモな大学に行きたいし、日本から出ていきたい。そしてマトモな容姿になりたい。

親が小金を持っているからどうにかできないか。できないのか。

2018-07-17

今回の杏bot関連について

なんだか今回の杏botに関して色々な反響が起こっていますね。少し遅れてですが、ちょっと今回思ったことを書き殴ってみようと思います

今回の件で一番の論点となった『満開スマイル組の行動』です。

様々な意見を聞きます。「陰湿!」「清美ちゃん可哀想」という意見や「なんか問題あんの?」「ただ仲良くしてるだけやん」という意見も見ます

どちらが正しいかなんてどうだっていいのですが、私はどちらかと言うと前者です。その上で言います

素 晴 ら し い ! ! ! ! !

杏を除いた満開スマイル組4人(島村卯月佐久間まゆ小日向美穂櫻井桃華)のああもCuに全振りした子たちにやらせるその手腕!敬意に値する!

今回の問題点と私が感銘を受けた要素を一つずつ語っていこうと思います

1.『デレぽ』という(全てのアイドルと恐らくプロデューサーが見れる)SNSで仲良しグループだけで終始して冴島清美ちゃんには一切触れないで行うやり取り

素晴らしく陰湿です。"皆に見えるところで話すが直接本人には言わない"ここポイント高いです。

当然本人は知ることができます。そして全てのアイドルもそれを見れます。そんな場でネチネチというその性根…尊い星輝子ちゃんも驚きの湿りっぷり。

外堀を埋めるやり方。典型的モラハラのそれです。清島さんのポジション自分が立つことを想像するとぞっとしますね。

5対1の構図を無自覚に作っている。ここに怖さを感じた人も多いでしょう。

最初期に二宮飛鳥ちゃんを一之瀬志希ちゃん宮本フレデリカちゃんからかう書き込みがありました。しかしそれは彼女らの関係あってできることだし、理解も得ている、何よりからかう行為意思があり、そしてヒートアップしないところで切る、距離の取り方をわかっているいい人間関係です。

それに比べて今回の4人は清美ちゃんとは殆どと言っていいほど交流がなく、距離を近づけようともせず、直接では決してなく言いたい放題です。後述しますがこの4人は最後まで清美ちゃんに対してコミュニケーションを取らなかったのが無駄リアル

ここで特に邪悪さを感じたのは小日向美穂ちゃん佐久間まゆちゃんですね。わざわざ名指しで清美ちゃん名前を出しつつ擁護するように見えて仲良しな杏ちゃん側に立っている論調

これだけ取ってみるとまるで清美ちゃんが責められているよう。難しくも正しく使うもありません、杏ちゃんが朝自分で元気に書き込めばいいだけの話。

悪いのは不真面目にbot使ってた杏ちゃんなのにね。でも当然仲良しグループの方が大事だし、杏ちゃんを責めるようなことは一切言わないよ!

自分小日向美穂ちゃん正統派可愛いアイドルだと思ってたし、佐久間まゆちゃんヤンデレっぽくやってるけど普通に可愛い女の子だと思ってたので、今回のような陰湿姑息なやり口を行えるような性悪さを兼ね備えているなんて知らなかったです。彼女たちをより一層好きになれました。

今回の書き込み自覚があってやったなら拍子抜けだけど、もし自覚なく行えるなら、この子たちは間違いなく日常学校生活でも同じ女子生徒を同じやり方で追い詰めていると思います。そうでなければあんな無神経な書き込みできないです。

今なら まゆすき って言ってもいいですよね!この子たちをもっと輝かせたい!

2.何故か清美ちゃん"だけ"が反省して(させられて)終わる結末

この状況下で謝らずに突き通せる子なんていません。5対1です。絶対勝てない。

一貫してみても思う事だろうけど「これ清美ちゃんが謝る意味ってあったの?杏ちゃんは何も謝ってないのに?」なのに悪者になったのは清美ちゃんだけ。

簡単に言うと数の暴力に屈したんですよ。そういうやり方をあの満開スマイル組は知っているんです。ジャイアニズムです。これも尊い。素晴らしい。

前述の通り最後まで4人は清美ちゃんコミュニケーションを取りませんでした。自分の知る限りこの4人と清美ちゃんの絡みは過去ほとんどないし、あっても杏ちゃんに比べれば極僅かでしょうね。特に仲がいいわけでもないから絡むわけでもない。

結局相談内容は一切見えず、残ったのは杏+仲良しグループ4人対清美一人という構図と、清美反省して終わる結末、そして清美に一切絡まない4人という、後味の悪い(自分にとっては大好物な)結果だけが残りました。

島村卯月ちゃん最後まで清美ちゃんを視界に入れず「よかったですね。杏ちゃん!」で〆るその姿はシュール

実にスクールカースト的な格差とそれによる圧力で終わった感のある一連の流れだったと思います

少しメタ視点から

今回、思った人もいるだろうけど

声がなくやっとSSR実装されたアイドル

殆どが3周目実装されて選挙でもランカーのアイドル5人

という目には見えないが実に格差が広く広く感じる構図になってますね。この要因も間違いなく今回の件を大事にしていると思います

botですが、これbotとばれた今稼働させる意味があるんですか?という疑問も残ったまんまになりました。

これだけ荒れた要因がこのまま恒常的に存在し続けるって物凄く皮肉の効いた終わり方な気がします。もう誰も触れたくないでしょうね。

後今回の件で関係ないのですが、PCSのお泊り会のデレぽがあった時、自分違和感を覚えたことがあります

「君ら同じ部屋にいるはずなのに何でデレぽで喋ってんの???」あれは一体誰に向けて言ってたんだろう…

今回の件も含めて正統派Cuは何か底知れない悍ましさを感じるようになりました。

総括

素晴らしいです。普段から想像もできない陰湿さと邪悪さを感じさせる今回のデレぽは尊さしかありません。

デレぽはとても良いコンテンツです。アイドルの知らない顔や絡みを見せてくれます

上でも上げた小日向美穂ちゃん佐久間まゆちゃん邪悪さ、姑息さは普段じゃ絶対見れない。いい機会を得たと思います

今日更新されたKBYD+周子ちゃん過去のデレぽを見てもそういった邪悪さが感じにくいんですよね。幸子ちゃんや紗枝ちゃんではそういう邪悪さが出ない。

今回の問題の4人はそういった知らなかった面も見れて実に感無量でした。彼女たちが前より好きになれたと思えます

最後に一つ、ライター適当に書いてやがる!という声も聞きましたがそれはあり得ません。

あの4人のアイドル邪悪さ、最後まで清美ちゃんフォローを入れない徹底ぶり、適当に書いて出来るものでは決してないです。どう見ても計算されています

アイドル達の今後の活躍に期待します。

2018-07-12

anond:20180709134500

私の弟

 私には3つ年下の弟がいます

5年生に上がる時に32年生になりました。

 弟は家でも幼稚園の時からいつもふざけていて、よく怒こられていました。

なので、弟の面倒を見ながら学校生活を送るのは、少しだけ嫌な気持ちをしていました。

 友達に、弟どうしが同じ学年の友達がいます

その人の弟が、5年生の時、弟が泣いている事を教えてくれました。

 何か困っているのかな?と思いましたが、話を聞いたら、

だいき君が森の方に行こうとしたからと言ってました。

 森の方には行ってはいけないと先生から言われてたのに、

行ってしまいそうだったので、行かない方がいいと言ったのに、

だいき君が無視をして行ってしまって、幽霊に連れてかれると

聞いた事があったので、心配になりすぎて泣いたそうです。

 私達は4年生の頃、友達達と噂を作りました

森の近くで遊んでいた時に、男子の誰かが「幽霊出そうだな」と言ったので、

それが楽しそうだったので、クラスの人とか違うクラスの人とかに幽霊の話をしました。

それがいつの間にか連れていかれる話に変わっていて、びっくりしました。

 弟はその噂話を本当だと思って、悲しくて泣いたそうです。

でも本当は、悔しかったと言ってました。だいき君を止められなくて、

悔しい気持ちだったと言ってます

 悲しい気持ちと悔しい気持ちで泣く弟は、えらいなと思いました。

2018-07-09

から愛されたくてしかたがない。

投稿です。

から愛されたことがない。

そして人の愛し方が分からない。

からも誰からも愛されたことがない人間なのだから仕方がないのかもしれない。

そもそも、私が、性同一性障害他者から恋愛対象として見られず、また、女性に惹かれることが多いため、女性として過ごしてる私は、出会いがないからなのか。

私が機能不全家族の出であることがいけないのだろうか。

私が発達障害やBPDの症状を軽度ながら持っていることがいけないのか。

死ねば楽になるのかな?

精神崩壊しそうだ。すでに崩壊してるのかもしれない。

助けて欲しい。


=====

以下は、乱文であるが、私の過去を書かずにはいられなくなったので、ここに書こうと思う。(多少のフィクションは含んでいるが。)

私は男→女の性同一性障害の現役大学生である

日常生活女性として暮らしていて、初対面の人と話したり、ショッピング空港等で元男性と見抜かれることはほぼ無く、また容姿もそこそこいい方であるという自負はある。(ガタイ無駄にいいのはコンプレックスだが。)

幼稚園児のときに母と父が離婚した。その時の母と父の喧嘩記憶していて、私にとっての一緒に暮らしいたこのろの父親像は母親に向かって怒りをぶつけているところと、仕事で疲れて寝ているところしか残っていない。そして、離婚後、親権母親に移った。

そして、仕事に一辺倒になった母からは面倒を見てもらえず、妹と共に子供会保護者祖母に面倒を見てもらっていた。

祖母は優しい人ではあるものの、愛情表現をする人ではなく、また同じ家にいたわけではないので一緒にいる時間は限られいた。

私はこの頃、植物に興味があり図鑑をよく読み漁っていた。また、ピーターラビットシリーズを好んでいたことを記憶している。

小学生に上がったときピアニカの色やランドセルの色が"私の望む色"出なかったことを記憶していている。

小学生2年生になると強迫性障害の症状を起こすようになった。ともかく、家の外のすべての物が不潔に思えた。1度病院に連れて行かれた記憶がある。幸い、小2のうちにだいぶ良くなり日常生活に支障をきたさなレベルには回復した。ただし、潔癖症自体中学生くらいまで強い意識が残った。

また、この頃から学校オカマとヤジされることが増え、友人は決して多いとは言える状況にはなかった。

この頃でも父親とは電話を通して時々話しており、またたまに合うことがあった。(よく上野国立科学博物館鉄博に連れて行ってもらった。)

ただ、一度、ファインディング・ニモに連れて行ってもらった。はじめての映画館で見た映画だったのだか、個人的に楽しめなく、父はそれに対して非常に怒っていたのを記憶している。

また、この頃から母親父親の間で伝言を伝えるような役割となり、お互いの悪口を聞かされ、また経済状況についてと揉め事を聞く立場となっていった。

小3になった時、母親再婚した。

相手子供が3人いたが1人はインフルで亡くなっていた。(ただし、継父に親権はなく未だに継姉・兄と顔を合わせたことはない。)

母はTVを厳しく時間を決める人であったが、継父はそうではなくよく妹や従姉妹テレビを見せていた。それについて、母親と揉めることが多く、私がママっ子であったため母親側についた事により、私は継父から見せてもらえなくなり、次第に顔を合わせるだけで睨まれるようになった。

小4になると母と継父の間に子供が生まれ、何もしない継父と仕事しかしない母の代わりに祖母と私と妹がよく面倒を見ていた。

そして、この頃から、継父と私の関係は更に険悪になり、私が継父から身を隠すように家で過ごすようになった。

幼稚園児のころから高いところから飛び降りたらどうなるのだろう、という気持ちはあったものの、この頃には明確に死にたい、という気持ちがあった。

また、夢の中で継父を刺し殺す・絞め殺す夢を見るようになるようになった。(この夢は大学生1年の頃あたりまで続いた。)

小5になると母親仕事軌道に乗り始め、経済状況は一気に良くなるが、継父との関係は最悪になり、一度私が勉強机の下に逃げたところを継父に顔を蹴り飛ばされたことがあった。(ここらへんの記憶曖昧で正確な時期を覚えてない)

また、私は元々書物を読む子供であったが、学校男子からオカマや(容姿を指して)キツネと呼ばれ、女子から女子の中心グループ犬猿の仲だったため、更に書物を読み漁るようになった。(ハリーポッターを1日の放課後で2冊を読みきる勢いだった。)

小6では学校はだいぶ落ち着いてきたもの、継父との関係は相変わらずだった。

また、妹もこの頃から継父との関係悪化してきており、不登校気味となっていった。

中学では寮生の少人数の学校に入った。これにより、家族とも同級生とも離れることができ、私にとっての人生の転換点てなった出来事であると思う。

ただ、男子野球部に、女子バレー部強制的に入部であり、内心でバレー部に入りたいと思っていたが、叶わぬ願いであった。(幸い丸坊主は避けれた。)

中2になると寮の中で私が最年長となったためリーダーシップを取ることとなった。

完璧主義だったため自他ともに厳しく、今では後輩にもっと優しく接すればよかったなと感じる。

中3では男子として野球することが嫌で地元中学に戻り、そこで小学校の時の数少ない友人と家庭科部をしていた。

またそれ以外については受験勉強をする日々であった。受験に関してはもともと勉強はできていた為もあってか、地域公立高校の2番めに良いところに合格できた。

家での生活はこの頃、継父は単身赴任であったため、実家が一番平和な時期となっていた。(また、妹も私のいた寮にはいった。)

寮で過ごしたことにより、色路学べたおかげもあってか、継父と小学校の時ほどは酷い関係ではなく、お互いに最低限以外の会話をする程度にはなっていた。

高1では理系クラスであったため、いわゆるオタクが多く、私にとって天国のような環境であった。また、寮の時の後輩と文通をよくしていた。(寮は電話メールは基本禁止だったため。)

また、中学生の頃から留学に興味があり、そのための準備をし始めた。

高2で、海外高校に転校し、海外生活が始まった。

高2,3ともそれなりに優秀な成績で学校生活も楽しめたが、学校福音派学校でありLGBTに対して差別を行うというほどではないものの、聖書引用して厳しい態度をとったこと、食事が不味いこと、男子寮で生活すること(アメリカ大学では基本寮生活)にストレスを感じ、アメリカ大学受験はしなかった。

進路は迷ったもの帰国した年度中に大学工学部合格しそこに入学することとなった。(親元にいたくなかったので実家から通えない距離大学のみ受験した。)

大学学業については、アメリカの授業の進度が遅く苦労はしたものの、なんとかついていくことができそこそこの成績を収めることができた。

ただ、1年目に男子寮に入ることとなり、それで精神病み、このままでは学業に支障が出たり自殺しかねないという事で、精神科(ジェンダークリニック)を尋ねた。

また、この頃に同じ性同一性障害彼女遠距離であるができた。(ただし、どちらかというと共依存のほうが近い関係であったと思う。)

B2になるとアパートぐらしに移り、またホルモン注射をするようになったため、見た目も女性的になりつつあったため、精神的に非常に安定するようになった。

学業についても学科の上位1割に入っており、勉強の遅れを鑑みれば非常に良い結果出会ったと思う。

ただ、この頃に彼女との関係共依存に近いものであったこともあり、それが崩壊し分かれることとなった。

大学3年生の現在自己労働力頭脳以外の"人間としての価値"を自分自身で見出だせなくなってしまった。

他大の友人との交流もあり、より良い環境の院に行きたいし、自分のやりたい研究仕事もある。けど、それ以外の人間的な将来について何も想像ができないし、強い希望を持つことができない。

自分自身の事なのに自分だけではにもできない事でつっかかかってしまった。

来年までに戸籍の変更もできるだろう。だいぶ恵まれている方だ。

けど、戸籍を変更したら私は結婚という選択肢を捨てることとなる。(そもそもパートナーなぞできないが)

変更しなければ就活で奇異の目で見られ苦労し、キャリアに影響が出るだろう。

なのにどうしたらいいのか分からない。

ホルモンバランスの崩れのせいもあるのだろうが、また自殺願望が湧いてきてしまう。

薬物への知識も多少あるため合法な乱用の仕方も知っている。そこに逃げてしま可能性が否定しきれない自分が怖い。

精神科・心療内科に行ったところで薬が出るだけだろう。それで一体何になる。

根本解決はできないじゃないか

肉体的快楽に身を任せりゃどうなのかと思ってしまう。

どうしたらいいのか。

助けて欲しい。

2018-06-19

学生の頃によく通ったバーがなくなったという報せを聞いたのは、出張東京から大阪に向かう新幹線の中だった。

新幹線大学進学を機に東京の西の方へ引っ越したぼくの出身新潟県で、当時のぼくにとって、新幹線といえば、東京都と新潟県をつなぐ上越新幹線のことだった。新潟。海沿いの街ならばともかく、山に近い町では、一年のうちの半分以上が雪と雲に閉ざされる土地だ。

冬に東京から上越新幹線に乗ると、日本海側が「裏日本」と呼ばれるのが納得できる。携帯電話電波の入らない、長いトンネルを抜けると、そこはたしか雪国だ。トンネルに入る前の、抜けるような青空からしてみたらまるで異世界のような、モノクロに塗りつぶされた街が見える。たまにしか来ない旅行者にとってはそれは心踊る風景かもしれないが、「裏日本」の住人にとっては、長く続く冬のあいだ、ほとんど太陽を見ることができないという気の沈む現実をそのまま描き出したような光景だ。

新潟県に住んでいるころの生活は、そんな冬の憂鬱景色と似たり寄ったりだった。中学校クラスメートの多くは、ぼくに猿山の猿を思い起こさせたし、教師たちだって、そのうちのほとんどが想像を絶して想像力のない無神経か、生徒へ媚びては「人気の教師」というくだらない肩書きに執着する俗物のどちらかだった。

ぼくにしたって、そんなくだらない学校生活から颯爽と抜け出せたわけではない。自分も、くだらない生徒のうちの一人であることには違いなかった。そんな鬱屈をぶつけるかのごとく、音楽を聴いて、小説を読んだ。音楽小説は、ぼくの肥大した自意識をなぐさめながら、同時に、その自意識さら肥大させた。

ひとことで言えば、ぼくは、音楽小説自分存在のものさえを仮託する、盆暗だった。そうして、ぼくは中学高校をやり過ごしていった。

車内販売ワゴンを押しながらお土産コーヒーを売る販売員の声で、ぼくはふと我に帰った。いつのまにか新幹線名古屋駅をすでに過ぎていたらしい。車内販売からぼくはコーヒーを買った。熱いコーヒーを飲みながら、ぼくは高校卒業した年の3月のことを思い出していた。

大学進学に伴って、上越新幹線を使って上京した。まだ雪の深く残る街から荷物を抱えて新幹線に乗り込み、トンネルを抜けたときの空の青さにせいせいしたのをよく覚えている。これからは、猿山の猿や無神経や俗物に付き合わなくていいんだ、そんな気持ちを、青い空は祝福してくれたように思えた。

そうして手に入れた大学生活にも慣れ、過剰な期待もなくなり、肥大した自意識ともうまく距離をおけるようになった頃のぼくに、ほんとうのお酒のおいしさを教えてくれたのが、件のバーだった。学生街にありながら、その店はいつでも静かだった。生まれて初めて、本や音楽の話が心からできる友人とも、そのバーで知り合った。マスターは、少し背伸びをした学生に、いろいろなお酒を教えてくれた。酔うためではないお酒を、リラックスしながら飲む日々は、ぼくにあの新幹線で見た青空のような解放感を与えてくれた。

そのバーがなくなったことをメールで教えてくれたのは、当時の友人のうちのひとりだった。大学を出た後、ぼくとはまったく違う業界に進んだ彼と会うのは、3年に一度程度の頻度でしかなかったけど、会うたびにぼくらは、リラックスできる店で静かに酒を飲んだ。そんな彼の名前と一緒に携帯電話の通知に表示された、「あの店なくなったの知ってる?」という文字列に、それほどショックを受けていない自分に少し驚きながら、ぼくはヘッドレストに頭をあずけて目を閉じた。

ぼくたちが店に通っていたときから、もう8年が経つ。東京就職し、大阪に頻繁に出張に行くようになったぼくにとって、新幹線といえばもう、あの長いトンネルを伴う上越新幹線ではなくて、東海道新幹線のことになった。ぼくはもう一度携帯電話の通知欄を眺めてから、また目を閉じて、新幹線規則的なゴトンゴトンという音に耳をすませた。

anond:20180619001457

俺も高校の時よく分からない理由不登校になった。

とにかく思い当たることなど無いのに学校に行くのが異様に辛くて、学校生活が苦痛で仕方なかった。

精神的なものが腹にくる体質だったので、通学途中に漏らしたこともあった。

その後単位制の高校を何とか出たものの、しばらく引きこもってしまった。

今は給料は低いけど、正社員になることも出来た。

幸せになるって意志があるなら平気だと思うけど、俺の様に考えなしに停滞しないで欲しい。

勿論逃げることも休むことも必要な時はあるだろうけど、幸せになりたいなら常にこれでいいのかと考えて欲しい。

2018-06-14

小中9年間引きこもっても何の不都合もない

一方、歯を食いしばって、嫌われやすい体質を我慢しながら、学校生活を終え、メンヘラになって、就活で失敗して、成人して引きこもったら、自殺するか、犯罪犯すまで追い詰められる。

小学校中学校なんてのは人生を左右する多感な時期にも関わらず、学校生活自体は、どうでもいい。立派に学校生活を勤めあげても、成人してから引きこもったら、自己責任の大合唱

周囲の大人たちはそれがわかってない。

2018-06-06

受け身がうまい

小学生のころに柔道を習っていた。

技をかけるのは下手だったが、受け身のうまさはよく褒められていた。

長続きせずに辞めたうえ、筋トレもろくにやってなかったので基礎体力的なものもつかずじまいだった。

中学生になって地元から少し離れた学校に通うことになった。

勿論、その地域小学校から上がってきた子たちはすでにグループが出来上がっていた。

そこで、出来上がっている輪に自分から飛び込んでいく勇気がないことに気づいた。

いわゆる人見知りが発動することを自覚したのがこの辺だった。

幸いにして同じ小学校出身の子が隣のクラスにいたので、その子グループにたまに呼ばれてやり過ごしていた。

高校生になって、もっと離れた学校に通うことになった。

高校にもなれば全国いろんなとこから受験で集まってくるので、出身バラバラ

みんなお互いを知らない、スタートラインは一緒だ。

でもやはりここでも僕は人見知りを発動し、見事にスタートダッシュに失敗。

起死回生の一手として文化祭実行委員になってみたが、溶け込めずにむしろいい感じに孤立が加速した。

ただここでも幸いにしてグループに拾われることになる。

同じくクラスでなんとなく孤立していた奴がいたのだが、そいつ所属していた柔道部の集まりに遊びに行っていた。

ひょんなことからそいつの輪に混ぜてもらうことになり、柔道部に出入りさせてもらうようになった。

すでにもやしっ子として完成していたが、柔道経験者ということもあり、軽く組み手の相手になったりしていた。

そこでも、お前受け身うまいな、と褒められた。

ああ、確かに、僕は人間関係についても、ひたすら受け身でやってきたなぁ、と。

なんかしみじみ、こんな奴でも拾う神はいてくれたんだよな、なんて思う。

社会人になってからは、受け身で仕事してるようじゃダメだ、と怒られてばかりだが。

たぶんこの先オトナとして生きるにあたって、受け身じゃダメなことが増えていくな、とは思う。

ただ、これまでの学校生活で僕を拾ってくれた友達とは年1、2くらいで定期的に集まっている。

もちろん、集まろう、と音頭をとるのは僕じゃないけど。

受け身ならうまいので、今年の夏もいい感じに予定を空けて連絡を楽しみにしている。

2018-05-27

入学した高校風習が異常すぎる

僕が入学した高校は、この地域では有数の進学校で、100年余りの伝統で知られている…というのが僕が聞いた前評判だった。

ところが、入学した途端に奇妙で恐ろしい風習さらされ、ひどく困惑している。

入学式の翌日、体育館で全学年がそろった歓迎会のようなものが開かれた。伝統であるゆえか、歓迎会に限らず、どんな集まりでも校歌斉唱する。

当然僕は、入学したばかりだから校歌歌詞など覚えているはずもなく、なんとか上級生が歌うのについていこうとした。しかし、上級男子の一部が、無駄に声を張り上げて歌うため、うまくついていくことができなかった。(今思うと、一年生が歌を聞き取れないように、わざとそうしていたのではないかと思う)

なぜそこまで声を張り上げるのか腑に落ちないまま、会は終りを迎え、二・三年生は退場し、なぜか一年生だけが体育館に残された。

生徒会役員自己紹介が終わった直後、閉じていた体育館の扉が突然激しく開いた。見ると、腕を組んだ上級生が二十人ほど中に入ってくる。上級生たちは、一年生を囲むと、いきなり口々に怒鳴り始めた。僕は状況がうまく理解できないのと、もとから小心者であるのとで、動悸が止まらなかった。

僕も恐怖のあまり興奮気味だったので、詳しくは覚えていないが、簡単にいうと、「なぜ歓迎会とき校歌を歌っていなかったのか」というようなことを怒鳴り声で言われたのだった。そんなことをいわれても、まだ入学から24時間も立っていないのに…と思いつつ、僕は恐怖でおののいていた。とにかくひたすら怖かった。

5分ほどその状態が続いて、ようやく上級生は去っていった。

それから約一週間たち、ようやく少し学校生活になれてきたある日のことである。その日は、朝から、「今日はあの人たちが来る」と話題になっていた。僕は昼休みになると、急いで昼食をかきこみ、「あの人たち」の到着を待った。

「あの人たち」は、突然教室乱入してきた。そして、一週間前の体育館と同じように、集団で僕たちに怒鳴り散らした。そして、僕たちのうち何人かを指名して、「なぜこの学校に来たのか」と質問してきた。当てられた人は、震えつつも、「伝統に憧れたから」とか「進学校から」といったことを答えるのだが、そのたびに、上級生たちは集団で責め立てたり、机を押し倒したりする。(あとから聞いた話によると、このときは、何を答えても責められるそうだ)僕はその異常な光景に恐れおののいた。しばらくして、「放課後に全員揃って屋上に来るように」と僕たちに伝えて、彼らは教室を出ていった。

僕は、怒りが抑えられなかった。なぜこんな不条理がまかり通っているのか。なぜ先生は誰も止めないのか。そんな気分で、いっそのこと上級生の命令無視してさっさと帰ろうかとも思ったが、そんな雰囲気ではなかったので、結局みんなと一緒に屋上に行くことになった。

屋上に続く階段の前で整列して、一同震えながら待っていると、上級生が来て、入れと指図された。僕たちは階段を登り、屋上に並ばさせられた。

しばらく僕たちを責め立てたあと、ひたすら校歌を歌わされ続けた。声が大きい人は座らせられるだが、あまり声の大きくない僕はずっと座らせられなかったので、涙ながらに歌い続けた。こんなことをされるために入学したわけではなかったのに。僕は一体何をしているんだろう。そんな思いで、延々と泣きつつ歌い続けた。

炎天下の中、それが一時間ほど続いて、ようやく終わった。上級生たちは、態度を一変させ、カジュアルな態度で、みんなを集め、「お疲れさまでした」といって、自己紹介を始めた。それが終わると、ようやく帰された。

僕はもはや放心状態で、そのまま家に帰った。

今でも頻繁にこう思う。なぜあんなことをさせられなければならなかったのだろう? あれになんの意味があったのだろう? これは伝統を笠に着た「いじめ」ではないか? と。

また、こんなことも思う。例えばクレーマー気質金持ちの親が保護者の中にいて、自分の子供がされたことに腹を立て、学校を訴えたりしたらどうなるか…と。この風習にはなんの正当性も、教育的意義もないから、もしかすると裁判で負けるかもしれない。そうなったときに、学校責任を取れるのか? コンプライアンス意識がまったくないのではないか

僕の入った高校は「国際人育成」のようなことをスローガンに掲げている。後輩や部下を怒鳴り散らすような人が、世界通用するだろうか? 僕は運動部ではないので、この種の「いじめ」はもうないが、一部の運動部では学校施設の利用を新入部員だけに禁じたり、あるいは怒鳴り散らしたりといった「いじめ」が行われていると聞く。(皆が「いじめ」と認識しているわけではないが、僕はそう思うのだ) そのように後輩をいじめることになれた人は、社会人になっても、後輩をいじめることに抵抗を感じないのではないか。僕の高校では、皆忙しすぎて、いじめをする精神的余裕もないと聞くが、学校体制の中にいじめが組み込まれているのなら、同じことだろう。学校が、いじめをする人材の育成場所になっているように思えるのだ。

2018-05-16

親の前で自殺未遂した話

親の前でマンションベランダから飛び降りようとした。

軽く勢いをつけて手すりに登ろうとしたけど、泣きすぎで力が入らなくてうまくいかなかった。

三回目のジャンプで親に手を引っ張られてよろよろと室内にころげこんだ。未遂未遂くらいで終わってしまった。

希死念慮は昔からあった。小学生の頃からずっと。その度に「読んでいるシリーズ新刊が読めなくなるのは残念だから」とかなんとか理由をつけて先延ばしにしてきた。

リストカットしたことがない。しようとしたことはあるけれど。小説で「手首を切ってもうまく死ねない」と読んだことがあったし、うっかり生き残ったら跡を誤魔化すのが大変そうだと思っていた。

高校生の頃、クラスメイトの今から思えばちょっとメンヘラ中二病が入った子と「どうしてもっと前に死んでおかなかったんだろうって思うよね、早く死にたい」と意気投合したことがある。私は表面的には今日明日ハッピーです、という体をとっていたので、その数分間が私の学校生活で唯一希死念慮を表に出せた経験になる。

正直17歳くらいで自分死ぬんだろうなと思っていた。酒が飲めないうちに死ぬのは惜しいなとも。

大学に入った直後高校時代よりも楽しく、開放的で、死にたいと思うことは少なくなった気はする。

それも居酒屋ホテルバイト疲弊するまでの間だったが。無能力感でバイト帰りに川を見て、「ここから飛び込んだら深さがないから頭から飛び込んでどこかに打って気絶して溺死かな」と考える日が続いた。

まりにも仕事ができなかったのでADHDを疑い、通院が始まる。ADHDではないものの極度のあがり症と診断され、通院し続けるようになった。

その後いろいろあって至る現在就職活動ストレス買いで作った借金を親に詰られ、死のうと思った。

ベランダから見る地上には全く恐怖を抱かなかった。履いていたスリッパを放るように脱いでしまったので揃えてから決行しようと思っているうちに止められた。

親にはずっと死にたいと思っていたことを泣きながら話した。親はピントのずれた返ししかしなかった。

自分の無価値感についても話したし、期待に添えない子供でごめんなさいと繰り返した。「そんな期待なんかしていない」と言われた。

飛び出すように家を出て、半日考えた。

私は「価値がない子供でもいいから生きていてほしい」と言われたかった。「死のうとなんてするな」と言って欲しかった。

親の期待やら何やらから逃れたくて、自分が親の思い通りに動く人形じゃないと証明したくて親が嫌がるとわかっているオタク趣味に夢中になったのかもしれない。でも結局逃れられなかった。親はそれを「正しい」方向にしようとし、私を「正しくない」と糾弾し続けた。

事実借金してまで買い物をするのは異常なのだとわかっている。でも止められなかった。自分の無価値から目をそらしたかった。

でも逃げさせてくれなかった。大学自主休講したこと就活を(私はそれなりに頑張っているつもりだが)頑張っていないこと、大学に行く時だけ電車に乗ると吐き気がすること(実際は楽しいことがあった後でも吐き気がするし、大学自体に恐怖心を抱いて家から出られなくなり、それを治療していたこともわかっているはずである)。

私はもう耐えられない。生きていくことに耐えられない。親に生きてくれと言われたら生きるつもりなんて、何でもかんでも親に依存しているのだろうか。でも親にさえ生きてくれと言われなかったらどうしたらいいのだろう。私にはもう、死なない努力をする精神力が残っていない。

カウンセリングにでもかかれば変わるだろうか。今更もう何もかもどうでもいい。

これから私は身辺整理をする。親が望む通りに物を減らして片付けをし、部屋を綺麗にする。

無駄遣いをせず私がしてしまった借金を返し、3〜50万くらいの現金を作っておく。

葬式に来て欲しい人のリストアップをする。遺書を書く。

それが終わったらなるべく迷惑をかけない形で命を終えようと思う。

1年もあれば準備には十分かなと見積もっている。それまでに生きる気力が沸くようなことがあればその時考え直す。

簡単な賭けだ。十分な金を稼ぐまでに生きる気力が沸くかどうかの賭け。

考えてわかったのは「やっぱりもっと早くこの決断を下すべきだった」ということ。

せめて大学に通う前に決断していれば、私大の決して安くはない学費を親に浪費させずに済んだのに。そのお金で老後資金の足しにできただろうにと思ってしまう。

お父さんお母さん、お金時間を私みたいな不良品に使わせちゃってごめんなさい。

ももうすこしで、マイナス100をプラスにはできないけど、マイナス50くらいにはできるように頑張ってバイトするからね。

私の生涯最後一年くらい、苦労や心配をかけないで済むように、私頑張るから

2018-04-28

からかい上手の高木さんって鮎川だろ?

きまぐれオレンジロードのあの夏の日の学校生活感に俺たちはドキドキしたワケで…

はいだって子供なワケで…

ハッキリとした態度なんか取れないワケで…

2018-04-26

自分が変に感情的だったので、自己分析をした。

家庭環境が主な原因だった!!

そりゃそうだ。当たり前。

大学生活で書いてきたもの抜粋した。

書きなぐった物そのままなので、非常に読み辛いけれど、

こんな人間も居るということを、ここに垂れ流しておく。

言いたいことはこの後に書いてあるので、

面倒くさくなったら飛ばしてください。


まれから今まで、直ぐに感情的になる癇癪の権化みたいな姉を持つと、

こういう人間が家庭にいなければ、もっと余裕のある生活を送れたのになあと思ってしまう。

女ばかりの家で、説得しようにも長い話ができず、本当に辛い思いをしたので、上のような性格人間は苦手すぎる。

というか、自分に伝染して変に感情的になってしまった。

本当に家庭は選べねえなあと思った。

仕事漬で鬱になり家にいる父、姉妹の長女で人の話を聞かない割に偉そうにする母、

人間関係がうまく行かなくてストレスが常に溜まり、母とよく衝突する姉。

せめてまともな男がいればなあと思ったが、そういう人間は足早に出ていくもんだろう。

普段は同じ空間にいるだけで、たまに母側の親戚が来る。

高卒姉妹が固まり田舎田舎による超閉鎖的な噂話をする。

何が楽しいのか分からないし、行きたくなかったが、

その場に行かないと飯が出なかったので仕方なく行ってた。

周りのように旅行に連れていけという姉が言う。

金は無いが時間があるので、結局車で大型ショッピングモールに行く。

姉は一時的に満足するが、しばらく経つと金がない、旅行に行きたいと同じように繰り返す。

自分のせいではないものを指摘することで、自分の弱さを隠している。

女の口喧嘩というものは絶えない。

毎日同じようなこと、くだらないようなことを言い合う。

翌日には忘れ、繰り返す。

家に”離れ”というものもなく、この拷問休日もなく毎日浴びせられる。

女の女による感情的な場からは、逃れられなかった。

感情的で閉鎖的な家庭で育ったことが、いか自分精神に影響し、

自分の進路に影響して、今の今まで悩ませていると思うともう嫌になる。

小学校3年までは小説子供向け科学雑誌学校でよく読んでた。

将来の夢は科学者だった。物質が小さい粒のようなものでできていることに感動した。

そんなことを親や先生に言っても取り合ってもらえず、科学者なんて無理と言われた。

から肯定されないし、好きになっても、役立たないものだと思えてきた。

小説も読まなくなった。誰も読まないし、話題にならないからだ。

そして何より現実味がない。あっても雑学程度にしかならないと思えてきた。

感動するものもあったが、自分環境見直しとき絶望感が怖くなった。

誰も何も誰しも自分気持ちなんてわからない。他人理解しようとしない。

そうなった子供はどうするかというと、周りに頑張って迎合しようとする。

文脈が薄い一時的な笑いと理解しつつ、こうしなければ普通になれないと自己暗示をかける。

この頃から訳もわからず泣くようになり、泣き虫扱いされる。

中学まで続けると割と周りが自我が芽生えてきていることに気づく。

自分はどうなったかというと、自己暗示を解けきれなくて、自我が地中に埋まってしまって、

ぼーっとすることが多くなった。何をやっても楽しくない。

小説を読んでいたせいか地頭は少しは良かった。

自分本位の行動なんて肯定された経験がない。夢なんてない。

全てがくだらない。

成人式とき自分宛てに送る手紙は、

絶望的な気持ち査読する先生に気づかれないように書いたのをよく覚えている。

地元工業高校に進むことになった。

何か面白いものを求めていた。

現実から離れられ、実用的な技術を身につけようとした。

でも、周りと馴染めなかった。

勉強も何が面白いのかよくわからなくなった。

資格勉強のような授業。適当に過ごす。

高1の冬、高校を辞めて勉強して大学と親に泣きついても、

何いってんの、うちには金が無い。高校卒業したら働くって行ったでしょ?

人間の考えが変わらないと思いこんでいる親に対しめちゃくちゃ腹を立てる。

勉強をしても大学なんて行けない。大学に行く人間なんて、

自分より頭が良くていい環境で育って塾とか行っている人間なんだろうな。

うちに生まれた時点でそんなものできないことは決まっていたんだ。

満足できない思いを反芻しながら、納得行かない家庭から与えられたことを無理やり正当化しようとする。

そんなことをしながら、何のために勉強しているかからなくなったまま勉強を続け、高3までそれなりの成績をおさめる。

その後突然大学に行きたくなる。少しは希望を持ったらしい。

勉学というよりは社会に出る前に、自由な身と力を手に入れられると思った。

難しい話は通用しないことはわかっていたので、

から出て、高校の延長線上の分野で、大学しかできない勉強をしたいというが、反対される。

金がないから、心配から不景気からあんたのために言ってるから

は?結局オメーの都合だろうよ。俺の何を見てきた?

大学卒業してから年収を見ろと返す。

大卒就職率が低いってニュースでやってたし、高校卒業して安定した職を付けたほうが良いんじゃないと言われる。

お前、45年間、何を見て生きてきた?本当にいってんの?

ニュースで得た情報自分身の回りを見て、適当に集めた情報から意見を言っているだけじゃん!と返す。

めちゃくちゃ怒って、お前は社会の何もわかっていないと返される。

お前じゃい!

その後担任との三者面談をしたり、大学説明会に足を運んだりして、

なんとか格安の寮がある国公立受験することにした。

勉強は続けたが、やはり高1のとき高校をやめればよかったと言う思いが引っかかる。

何より自分大学進学を許した親に対して、姉が私も家を出て学校生活送りたかったと毎日激昂し、

感情的空気ヒートアップしていた。

何をやってんだかわかんなかった。家にいるのは人間じゃないとわかってていても、

ストレスを感じてしまう。

そんな生活を送っている中、父がなんの前触れもなく自殺する。

家に自分と2人で居たときに突然自殺。その第一発見者となる。

もうなんだかよくわからなかった。救急車警察も呼ぶ気になれなかった。

30分ぐらいしてから、ようやく呼ぶ気になる。

パニックと言うか、この状況に対して自分は何を考えているのか、全くわからなくなった。

恨み積もった家庭にどう抵抗してやろうかと思っていた矢先の理解できない死。

もう何がなんだかわかんなかった。

自殺した父に対して、苛立ちが積もりに積もって吐く。血も吐く。

悪気がなく、自然法則のように動く肉親に腹が立って仕方がない。

だんだん気分が落ち込み、抑うつ状態になる。

自分が違うのか?田舎に生まれ自分田舎に埋もれなければいけないのか?

精神科に行ったが本当に自分が何を言っているのかさえわからなかった。

自殺したのはもちろん原因だったが、そればかりを話すだけで、

自分の育ってきた環境問題があることを分析できなかった。

正直父が死ぬ前に、無理やり不登校になって、心療内科に行くべきだった。

もちろん今まで書いてある期間は絶え間ない感情を浴びせられている。

どれもくだらないものだ。居場所もない。捌け口もない。

周りの人間が信頼できないこともあり、相談できないことがどれだけ苦しいか身を持って感じた。

子離れできない親から親離れできない。

何をしたらこ気持ちが収まるかがわからない。

なんとか大学合格し、家から出た。

試験会場でも途中退室したくて仕方なかったことを思い出す。

大学生活は最初から精神を病んでいた。

毎日感情的な刺激を受けてきたせいで、隣の部屋の騒音などの刺激に反応してしまう。

頭の血管が触ってわかるほど浮き出て、ズキズキして、眠れなくなる。

さら自殺した父の死体をよく思い出して、生理的に気分が落ち込む。

実家を出て数年経った今でも、文を書きながらこの症状が出ている。

講義課題をこなすのが精一杯である文字も読めない。

あーもう何もしたくない。考えたくない。

人の気持ちを考えるってことはこんなにもよくわからないものなのか。

こうも時間無駄なのか。

悩まない人間にとって悩んでいる人間気持ちなんかわからない。

逆もまた然りだ。一生分かり合えない。

本来人間はお互い抽象的なもの部分的しか理解できない。

自分は具体化しすぎなのだ人間とか今見える環境とかを具体化しても、精神が辛くなる。

記憶を消し去りたい。

せめてこの性格学問に向けられたらと何度も思う。

他人理解できない。他人なんているのか?

自分理解できる他人なんているのか?

からある不満が積もるとこうも気分が落ち込むのか。

降り積もる不安は階差数列のように増え、それが積もっていく。

この問題解決するのか?本当はどこか解決策がわかっているんじゃないか

わかっているけど、この先の未知の刺激に耐えられるか不安で仕方ないんじゃないか

本能的に楽しめるものをまだ知らないだけじゃないか

なんでこんなこと考えるようになったんだ?


最近になり、かなり昔から、閉鎖的実家からの膨大なストレスが、

自分性格にかなり影響しているということが、かなり明確に示すことができた。

自分にとってこの問題が、

いか無意味不快で人に相談しにくく、

時間精神無駄に消耗し、

自分を納得させるためのものしかないとわかってても、

納得いく解釈を探しつつけてたのは、

親との思想が合わなかった事実をどうにか納得したかっただけである

生来性格と言うのは恐ろしい。

でもこうするしかなかった。

こうしないと、その場に居なくても襲ってくるからだ。

自分気持ちを書いてそれを見直し、また書く、という生活を数年繰り返してわかったのは、

早々に自分気持ちに蓋をして、自分気持ちに嘘をついてきたということだ。

頭の中身をタイプしたり、図に書いたりして、ようやくわかった。

くよくよする性格は、自分本位で動いていないからだ。

気持ちが落ち着いてくると、文字をよみ、抽象的なものも冷静に理解できる様になる。

他人が書いた物語を見て感動する。専門知識が頭に入って感動する。

俺はここまで何も知らなかったのかと落ち込む。

でも、今までよく生きてきたと、無条件な自己肯定感が芽生えてくる。

そんなことが少しづつできるようになることが、大学に入ってからの生きがいである。

自分本位で生きたことがない」人が、心から人に好かれるということは難しい。

皆どこかで「他人に従ってもどこか違う」と思い、自分表現をするのだ。

それが自我形成というやつだ。

それを乗り越えてこなかったことが十分、身にしみてわかる。

素粒子でできている肉体に、生きる意味なんて無いってことは十分わかった。

からこそ本能が指す、好きなことをしていいと思えるようになった。

ほどほどに好き勝手に生きていいと思える。

自分のことを文字にする行為は、できて妙である

結局こうするしかなかった。

よくもまあ何日もこんなに長くて下手な文章を書き連ねられたもんだ。

最近落ち着いてみると、なんで落ち着いていなかったんだろうと思ってしまう。

その場しのぎで余裕がなかった。

焦りからくる選択ほど後悔するものはない。

後ろを見ると後悔した経験しかない。

自分の焦りに気付けることなんてあっただろうか。

いや、なかった。あっても解決策がわからず、もとに戻る。

これに関しては納得行くようになってきた。

自己欺瞞を重ねるほど自分がわからなくなる。

自分本位で行動していない。自分がないのと同じである

不安から行動するが、結局疑問を感じストレスを感じる。

書いてみると1ページで終わるような話を、どうしていままで耳にしなかったんだろう。

これは終わったことだし仕方がない。



見直すと、気が合わない肉親と18年間いたことが原因だったと今見返すとよくわかる。

原因がよくわからない鬱と診断されて、4年経ったが、

はじまり小学生からだよなーと思う。

自分が書いたことは超悲観的だが、これまで経験してきたこと全てではない、

と納得できるのは、自分自身に対する姿勢が変わったからだと思う。

最近ようやく治る兆しをみせている。

何度か兆しを見たが、今度は本当に、今までになく楽になれそうな気がする。

学校も肉親もただランダムに振り分けられた人間が配置されていただけと、やっと、心から解釈できた。

漫画とか映画とか小説かには本当にお世話になった。

本を読むのを辞めてしまったのがいけないなあ。


あれもこれも、過ぎたことだと思えるようになれた。

自分気持ちを書き表さないと立ち止まってしまうことも、よくわかった。

やっと人間らしさを取り戻した気がする。

今までどこか、頭を何かのタイミングリセットできると期待していた。

まあ解決しようにもできないもんな。

からいから。でも、もがかないと、掴めるものがあっても見逃してしまう。

放置するほど、もがく力が弱くなり、流されてしまう。

自分に近しい人にアドバイスするなら、誰もいない、静かなところで正直な気持ちを書きなぐるということかなあ。

自宅が嫌なら喫茶店でとかでいい。

環境が用意できたら、書き始める。媒体は紙でもPCでもなんでも良い。

初めてみると止まらなくなって、気がついたら4時間以上立ってたということも珍しくない。

時間がもったいなかったとは思えない達成感がある。

見直すと何に悩んでいたかよくわかって、どこか整理できていないことが悩みの種だっとことに気づく。

苦しいとは思うが、自分内面で見てこなかったことに対して、対面することだ。

対面して初めて分かるもの自分だけの発見であり、自分で掴んだものから信頼できる。

こうしてどうにもならないことに納得し、物事への姿勢は変えられる。

あと、外部の情報に目を向けるべき。

漫画喫茶で見たことのないジャンル漫画を手にとって、一日過ごすのも悪くない。

まあとにかく、映画館や図書館など、場の空気を感じられるところに行く。

そうすれば外部に注意が向く。

そこで他人創作したものを見て、視界を広げて、

自分一人がこんな思いをしているというわけじゃないということ、

他の人の、物事への解釈理解しようとする。

そうすると、だんだん自分に近しい物がわかってくると、信頼できる著者という対話相手が出てくるので、どこか楽になれる。

結局他のことを考えてもいいということ、その行為自体自分のためになっていると思うこと。

そんなことで、案外心が落ち着いて、人間そんなもんだと思えてくる。

とにかく、今の気分がずっと続くことはなく、

人は変われるということを知るには、自分の頭で行動することだ。

書きなぐるだけでも、十分自分の頭を使っている。考え方も変わる。

そのことを忘れないでおきたい。

(追記)

終わりに

自分体験から言えることは、

カウンセリングや薬だけで完治するものではないということ。

薬は脳内流れる伝達物質の取り込みなどを制御し、

カウンセリング患者気持ちを引き出す手助けをしてくれる。

風邪薬のように特定の菌を殺して治るもんじゃない。

カウンセリング適当にしても治るもんじゃない。

内面気づきを報告するとフィードバックを貰えるのは非常にありがたい)


全体を見ると、自分内面にあるものがわからなくなっているという状態に対し、

気になるもの自分の中で見つけ、解釈し、納得していくかということをひたすら繰り返していた。

ネットや本にあるものは参考にはなるが、それをすっぽり当てはめて自分が治る。というわけじゃない。

他人にとっては経験談で、参考になる手法しかない。

趣味などの気分転換でやっていけるなら、その対処法も良いと思う。


湧き出てくるものは人によって違うし、参考になる意見も人によって違うし、考え方も違う。

これを理解するのは、自分のような人間にとって難しかったし、これが頭になかったから病んだとも言える。

どういう形であれ、このような考え方を獲得することは、生きる上で重要だと思う。

ホラー小説けが救いだった

子供の頃、ホラー小説けが救いだった。

不幸な話は嫌いだった。本の中の世界でまで不幸に浸りたくなかった。

幸福な話は嫌いだった。そうでない自分が惨めになるから

救いがある話は嫌いだった。私は救われないのにお前だけずるいと思った。

ファンタジー小説は嫌いだった。私の世界がそうでないことに心底がっかりするから

異世界に行って帰ろうとする話は嫌いだった。ここが帰りたい場所と思える幸せなやつなんて嫌いだと思った。

異世界に行ったままの話は嫌いだった。なんでお前は逃げ出せて私はここから逃げられないんだ。

青春ものなんて最悪だった。

他人の満たされた学校生活なんて知りたくなかった。

悩みながらぶつかりながら部活動をやり遂げる話なんて、書いた作者は子供の敵だと憎んだ。推薦図書に選んでくる大人ごと全て憎んだ。

ホラー小説けが私の味方だった。

ホラー小説の中でなら、みんなだいたい死ぬ。ひどい目に合う。嫌な奴も良い奴も関係ない。何をしたかもしないかも、あんまり関係ない。理不尽死ぬ

いじめを描いた小説のように誰かが一方的になぶられることもなければ、人の心を傷つけたものがお咎めなしでのうのうと生き延びることもない。

みんな死ぬ理不尽がみんな殺してくれる。それはとても安心できる約束だった。スプラッタ小説ならなおよかった。幽霊怪異モンスターに悲しい理由があることもあったけど、襲われてる人たちはそんなこととだいたい関係いから、やっぱり理不尽なままで好きだった。

私の生きているこの理不尽世界を、みんなにも味わわせてくれるホラー小説は私のたったひとつの救いだった。

大人になって、ようやくあの頃子供たちに向かって勧められていた本を読めるようになった。とても面白くて、味わい深くて、優しい小説ばかりだった。

それでもその豊かさはあの頃の私にとって紛い物でしかなかった。

ホラー小説があってくれてよかったなぁと、時々新刊を手に取るたびに思い出すのである

2018-04-17

生きづらさの話

ここ最近ずっと悩んでいて、頭の中がぐちゃぐちゃになっているので一度文章にしてみようと思いました。

最近ハタチになった大学三年生。実家暮らし。猫が好き。とある専門性の高い女子大に通ってて、バイト学内と学外でふたつかけもってる。人見知りで集団行動が苦手で、大学にはひとりも友達がいない。典型的な女オタクだけど、学部の特徴的にお仲間がいないのでなお友達ができず、ぼっち生活を二年間送ってきました。不登校になってから今日でちょうど一週間になります

事の発端は、新学期初日前夜に母から「つらいなら大学辞めてもいいんだよ」って言われたことだけど、それがなくてももしかしたら破綻してたかもしれない。私は小さい頃から学校というシステムが苦手で、十数年間毎日のように学校行きたくないって言ってたので(じゃあなんで大学進学したのっていうのは後述)。この春休みバイトに明け暮れ、学んでいる専門的な勉強を一切しなかったので、確かに新学期死ぬほど憂鬱だった。でも辞めるっていう選択肢は当時の私の中になくて、きっとまたなんとなーく、適当に、単位を取ることだけを考えて、寂しい大学生活を送るんだなって思ってた。だけどその母の言葉きっかけに、『学校行きたくない気持ちボロボロとこぼれてきてしまった。

から面倒くさいことが嫌いで、嫌なことはすぐに投げ出しちゃう意志の弱い人間だった。勉強運動も嫌い、やりたくない。「みんな頑張ってるんだからあなたも頑張りなさい」が嫌いだった。地頭と要領がよかったので高校はそこそこレベルの高いところに行けたけど、そこでも勉強しなかったので得意科目以外の成績はふつうに悪かった。でも、通っていた高校似非進学校である反面私のようなのが許してもらえるような場所で、友達先生も「しかたないなぁ」で流してくれた。だから学校は嫌いだったけど高校時代は楽しかったです。後にも先にもちゃん友達のいた学校生活はあの三年間しかない。サンキュー高校時代の友人たち、愛してるよ。

ただまぁ似非はい進学校でしたので、大学受験をしない子はほとんどいなかった。私も、高校卒業してすぐ就職っていうのは怖かったし、モラトリアムが欲しかったので大学進学を決めました。ただ勉強したくなかったので(今思うと怒られそう)、勉強しないでいい大学を考えた。のが今のところで、ずーっと続けていた習い事学問として学べる場所でした。家が近いし、身近に卒業生もいたので、そこ一本で落ちたら大学行かない!って気持ち受験。界隈では有名でそれなりにハードルが高かったはずなんだけど、なぜだか十月AOですんなり受かってしまった。拍子抜け。

もともとちゃんと参戦してたわけでもない受験戦争から早々に一抜けしてしまった十七歳私は、そりゃもう遊んだバイトして遊んでぽけーっとして。それでもまぁ習い事には行っていたけれど、オタク趣味が楽しすぎたのもあって、四月にはすっかり大学へのモチベーションを失ってしまってた。そんな状態入学して、周りには「ここにどうしても入りたかったんです!」って目をキラキラさせた綺麗な女の子たちがいて、授業は思ってた以上にキツくて、新しいことが何ひとつできなくて、友達がまったくできなくて、いろいろあって気づいたら引きこもっていました。これが第一不登校事件です。

その時はまぁなんとか復学(?)したんだけども、今また同じように部屋に引きこもっています。第二次不登校事件真っ最中です。

二年間、なんとかやってきました。友達いなくてもいいやって割り切って、集団を求められることの多い学部なのでそれはそれはしんどかったけれど(好きな人グループ組んで!が一番キツい)、ぼっちなりに誤魔化しながらやってきました。だけど急に限界がきてしまったみたい。寂しいもんは寂しいわ。

それと、今まで大好きだったはずの専攻を続けられる気がしなくなった。三年になって研究室に入って、同じ専攻のひとたちと作品を作らなきゃいけないんだけど、自分にできる気がしないんですね。体力とか技術とか、コツコツ積み重ねないとできないことなんだけど、最近の私はてんで努力をしていなかったので。自業自得なのはわかっています。でもなんだか心が離れてしまって、周りでキラキラ頑張っている子たちを見るのがしんどくて、激しい温度差を感じて、学校に行けなくなりました。座学がめんどいとか朝起きるのつらいとか卒業単位が超ギリギリとか他にも理由はあるけれど、大きいのはこのふたつだと思われます

行こうと思っても行けなくて、玄関までは行けるのにその先が踏み出せなくて、今はリビングにすら出られない。寝すぎて背中が痛いし泣きすぎて目が痛い。二重なのが自分の顔で唯一好きなとこなのに、瞼が腫れちゃって最高にブサイクなおめめになっちゃってる。ここ最近毎日アイメイクを涙で溶かしている。クレンジングいらず。

大学をやめようかな、と思いました。幸い親がとても理解のある人で、今まで投資してきたものを全てパーにしようとする私の行いを責めたりしないんです。兄弟もすごく真摯に私のことを考えてくれて、アドバイスをくれて。だけど私はいっこうに答えを出せなくて、家族迷惑をかけている。それがまたつらくて自己嫌悪して泣いてるんですけど一旦置いておきます

大学を辞めようかなって考えたとこです。昨日そう決めて、でも遺恨を残したまま辞めたくなくて、辞めたあとのことは何も決まってないけど明るい中退をしようって母と話しました。だけど帰宅した父に話をして、「だったら社会人としての責務を果たしなさい」って言われた瞬間、急に現実が襲ってきた。見えない未来が怖くなって、涙が止まらなくて、ぐちゃぐちゃになってそのまま部屋に閉じこもってしまった。

それと、泣きながら気づいたことがあって。大学を辞めよう、辞めたら楽になるって思っていたはずなのに、未練があったんです。それは十数年続けてきた、習い事から専門にした、大学で学んでいることでした。練習しなくなって久しいし、散々「もう嫌になってしまった」って言ってたのに、いざ辞めることを考えるとつらくてつらくてしかたなくて。諦めたくないって思ってしまって。うちの学校は三年と四年で作品を発表する場があるんだけど、そこに憧れた記憶が蘇ってしまって。冷めちゃったって思ってたのに、やりたくないって思ったはずなのに、結局私は捨てられないことに気づいてしまった。私という人間を形作るアイデンティティであったから。

自分や周りが思ってる以上に私はネガティブで、めちゃめちゃ自己評価が低い、らしい、です。しょっちゅう死にたくなるし自分必要とする人間はこの世にいないって思うし周りに迷惑しかかけない自分なんていなくなってしまえばいいのにって思う。正直イベント舞台ライブチケット取れてなかったら身投げしてた。オタクでよかった。だけど唯一、ずっと続けてきたそれは自信になっていた。んだと思います。ただネガティブな反面プライドが高いという面倒くさい性格の私は、思うようにそれをできない自分が許せなかった。できないならやめてしまえって考えた。でもそんな簡単にやめられないことにも気づいてしまった。うわっめんどくせぇ

だったら学校行けばいいじゃん、頑張ればいいじゃんって思いますよね、私も思う。だけどできないんです。今日も行こうと思ったけど、できなかった。バイトには行けたのに。頑張りたい、頑張ろうって思っても部屋から出られなかった。母が優しい言葉をかけてくれたのに何も言えなかった。申し訳なさすぎる。いい加減にしろって思ってるだろうなあ、私もいい加減にしたいです。

ほんっとうに生きづらいなって思います。今まったく未来が見えない。明日が見えない。しにたい。でもしねない。辞めたら楽になるって考えたけどそんなことなさそうだった。社会になんて出たくない。中退っていう経歴を持つのがこわい。でも学校にも行けない。なんでだろ。どうしたらいいんだろうね。

私はただ普通に生きたかった。普通に大学に行って、普通に友達がいて、普通に就職をして、普通にふつうに、ふつうってなんだろうね?世の中は普通に生きてる人たちで溢れているように見えるけど、どうやったらああなれるんだろう。めちゃめちゃ尊敬する。すごいなぁ。

だけど私が引きこもってる間に授業は先に進むし履修登録期間は今週中だし学費の納入期限は迫るし舞台チケットは当たるし推しイベの真っ最中から石砕かなきゃいけない。明日はどうすればいいんだろう。生きづらいのは誰のせいなんだろう。たぶん私のせいだなぁ。自己嫌悪はすすむばかりである

文章ぐちゃぐちゃですみません。読んでいただけたならありがとうございました。

2018-04-16

アスペルガー人生は無理

アスペルガーという言葉は、2015年から広く本のタイトルなどに取り上げられるようになったのではないだろうか。ちょうどその頃に、幼い時分からまれていた無力感焦燥感、虚無感の根元にある直視し難い性質が何なのか判然としたことに感動したのを覚えている。家族を巻き込んで不幸をもたらす憑き物を現代医学が心の病だと看破たかのような爽快さがそこにはあった。私はこの障害のことをもっと知り、前向きに治療をしていこうという気持ちを持ち、それは今でも続いている。

しかし、障害を知覚したところで苦痛が晴れるでなし、それ以降もこの長きに渡る連れ合いは私を苛み続けた。正体見たりと凄んだところで、死角から刺されるのが堂々と名を名乗り正面から切り伏せられるのに変わったに過ぎなかった。

その日は取引銀行支社長社長宛に挨拶に来るということで連絡を受けていた日だった。いつもなら、というか"正常なら"同席の程を上司である財務担当役員に伺うところなのだろうが、今回はそれが出来なかった。

何故なのか全く分からない。先方が名前を挙げてないのに同席させるのは失礼じゃないか。それとも担当なのだから同席しない方がおかしいのか。時間を取らせるくらいなら私が同席すれば良いのでは。頭で考えるだけの道は無数に枝分かれをし続ける。"一体何が正解なのか"。

そうこうしているうちに混乱から別の業務に手をつける、というサイクルを繰り返して日付が変わり、約束の30分前に私はその役員から呼び出された。

「なぜ俺は今日声を掛けられてないんだ」

社長の予定を確認してからずっと黙って見てやっていたが、我慢ならん」

銀行との取引を締めているのは他でもない俺だろうが」

「そういう気の回らないところが頭に来るんだ」

「"普通に考えれば"わからんのか」

こってりと絞られた後、心にいつもと違う感じが差したのをうっすらと覚えている。

私は今までこの気が回らないということを必死に隠してきた。中学生かそこいらまで、親からよく気がつかないとか人の気持ちを分かれとか言われて過ごした。その頃は親から怒られること自体苦痛だったため、幸か不幸かそれを自分性質と捉えることなく、説教回避したい一心で人への接し方を注意しながら生活できるようになった。それでも学校生活で求められる他者との関わり合いなどたかが知れている。

やがて企業に勤め社会に出るようになると、その性質に大いに悩まされることとなった。上司の、同僚の、客の言うことがわからない。わからないまま、説教が始まる。しかし、正すべき箇所とその方法が見えないため、またそれに悩む。この繰り返しで自尊心をズタズタにしながら、三度目の就職東京を転がり出て辿り着いた現在地点が今の片田舎にある中小企業だ。

私にとって、人の気持ちだの上司を立てるだのということが分かる機転は、尻尾のようなものである。生まれた時から有しておらず、今後手にすることも能わない。そういう能力が無いことを自覚して、別の器官で補いながらなんとかかんとか死なずに生きてきたのだ。

しか今日、私は尻尾が無いことを隠すのを忘れ、尻尾が為すべき仕事を手や足で為さなかった。そして運悪くそんなタイミングで「尻尾のない奴は頭に来るんだ」という一言が飛んできたのだった。

こういうことで叱咤を受けることは歳を重ねて減ってきたとは言え、もちろん何度も経験している。普段なら自分なりに飲み込んで処理できる筈なのだが、全てはタイミングなのだと思う。

それはなぜか異常なほど深く私に突き刺さり、刺さった言葉は体内を刺激し、文字通り身を裂くような勢いで疎外感を噴出させていった。

「かわいそうだな」

自分客観視する自分に気がつく。解離が始まった。早く戻らないと。早く自分に戻らなければならない。しかし、昼過ぎに始まった葛藤は定時の鐘が鳴るまで続き、何もせぬままそこからさらに三十分ほど放心して、私はとぼとぼと帰路に着いた。

明日会社を休もうと思う。

明後日会社を休むかもしれない。

そうすると明々後日には会社を辞めようかどうか真剣に考えるだろう。たぶん辞めはしないけど。

2018-04-15

教師視点

生徒は一度限りの学校生活教師である私にとってはルーチンワーク

「これは何度目の入学式か...」

そう思うと、ループもの主人公みたいで面白い

生徒は有限の時を生きる、私は定年までの悠久の時をいきる。ときどき有給を取る。

入学から卒業からなんて、一瞬のようだわ...」

そう思うと、教師が生徒を見つめる眼差しエルフ人間に見つめるものに似てきて面白い

2018-04-11

入学式で心をやられた件

子供高校入学式に参加した。

暗い体育館で始まるまでずっと待ってた。

式が始まり

退屈な話を聞いているうちに

なんで俺こんなとこにいるんだろうと思った。

式とか大嫌いだったじゃないか

学生時代の嫌な思い出がフラッシュバックする。

なんで嬉しがってわざわざ学校に来てるんだろう。

式の後、教室に移り

担任先生から学校生活についての説明があった。

その中で

規則を守れない場合は厳しく指導します。

とあった。

まるで自分が言われているようで

ああ俺ってやっぱり学校向いてないわ

と思った。

次に中学入学式

知ってる先生が元気なかった。

事情を知っているので

大丈夫かなと思ったが一応スピーチはしていた。

その後の記念撮影でも元気のない微笑で写っていた。

先生も大変だな―と思って

こっちも更に鬱になった。

なんかもう、しばらく式には出たくない。

2018-04-05

テストができる=頭よいではなかった

私は、学校筆記試験は得意で、地方国公立大学合格できた。

卒業して会社に入ると、今まで学校生活ではほとんどしかられたことなかった私が、かなりの頻度で怒られるようになった。

私の頭が悪くて上司の予想を下回る仕事しかしてないらしい。

頑張ってるけど成果にならない。

今まで頭がいいと思っていたけど、ペーパーテストができるだけのバカだった。

ペーパーテストできなければこんな場違い会社就職してしまうこともなかっただろうに

会社にも役立たずで申し訳ないし、自分しんどいし誰も得してない。

転職の業種はどうすれば一番回りに迷惑かけないんだろう。うまく自分テストだけできるっていう特性いかせるんだろう。

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