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はてなキーワード: 新年度とは

2017-11-10

誰も私のことを気にかけてくれない、というつらさ

一年間頑張ってきたサークル活動が、自分にとって失敗に終わろうとしている。

去年、先輩方の事情で、サークル幹部半年前倒しで私たち一年生に替わった。

いきなりのことだったので、慣れない私たち右往左往しながら、実際のところは何もすることができなかった。

そして、しばらくすると新代表のやる気のなさ、不適任さが浮き彫りになった。

このままではバラバラになってしまう。

私はこのサークルが好きだったので、代表から権限の多くを引き継いで、頑張った。

低空飛行ながら、なんとかサークルは持ち直した。

新年度になり、私たちは二年になった。

勧誘を頑張ったおかげか、新入生がたくさん入った。嬉しかった。

新入生は優秀な人が多かった。

私もやる気が出て、頑張った。いろいろなものを一緒に作った。(私のサークルものを作るサークル)

活動は去年より充実していた。

新入生も二年生も楽しそうに見えた。

私もとても楽しかった。

異変が起きたのは夏休み入ってすぐの、合宿の時だった。

合宿初日夕方、二年生の女子の部屋に呼ばれた。彼女達は明らかに怒っていた。何があったのか聞くと、合宿企画係の女の子と、副代表(名ばかり)が、夕方にとんでもない大喧嘩をしたらしい、ということだった。

話を聞くと、合宿の内容について、副代表がいろいろと文句を言い、それで口論になったということだった。話を聞いて、自分には副代表の方に非があるように思った。

しかし、何より不思議だったのは、その喧嘩した2人が、サークル内でとても仲が良く、ムードメーカー的な存在だということだった。とても喧嘩するようには見えなかったので、私は驚いたのを覚えている。

その後、合宿は(表面上は)無事に終わった。

喧嘩真相は、夏休みが明けてから判明した。

私は(そして部員の大半も)知らなかったのだが、二人は付き合っていたのだ。そして、合宿の一月ほど前に別れていたのだった。要するに痴話喧嘩である

そして、その喧嘩きっかけに、サークル下り坂になっていく。

夏休みが明けて以降、それまで熱心に参加してくれていた二年生の女子たちが、あまり来なくなった。

二年男子は人数も少ないし、元々あまり参加していなかったので、結局、まともにサークル活動している二年生は私を含めて数人になってしまった。

二年生の仕事は膨大である

それを少人数でこなすのは容易なことではなかった。今まで他の人に任せていた仕事も私がやることが多くなった。

それでも、なんとか忙しい中で頑張れたのは、私がまだこのサークルが好きだったかである

しかし、やはり疲れるものは疲れるのだ。

特にイベントの前になると、夜遅くまで残らないといけないことが多く、つらかった。授業中に寝てしまうこともあった。体力的にはギリギリ状態だったと思う。

そしてある日、疲れ果てて夜遅くに家に帰ってきて、考え事をしていると、ある事実に気がついて愕然とした。

それは、もうサークルの誰も私のことを気にかけてくれないということだった。

二年生は、あの事件以来、サークル活動距離を置こうとしている人が多い。少なくとも以前の熱心さはなくなってしまった。私は事情を知ってるから、それを非難することはできない。

一年生は、私たち二年生がどれだけ大変な仕事をしているかまだ知らない。

私の周りにはもう、愚痴を言える人も、一緒に大変だと言い合える人もいなかった。

私を気にかけてくれる人はいなかった。私にはサークル活動がつらいものになっていた。

イベントは無事に終わった。皆、表面上は楽しそうだったが、心中はどうだったのだろう。私はとにかく疲れていた。

そしてイベント後、幹部交代の話が出た。

本当はあと半年残っているのだが、早めに交代したほうがいいとの意見が二年生の間で出たのだった。

色々と協議した結果、残りの半年は引き継ぎの期間とすることになった。

私たちサークルは、一年生の話し合いで幹部を決め、上級生はタッチしないのがルールである

二年生で残りたい人は新幹部と共同して働き、辞めたい人はすぐに交代する。そのように決まった。

私は残るつもりだった。まだ、サークルのために頑張らなければならないという気持ちが残っていた。誰も私のことを見ていなくても、サークルのことについて教えていかないといけないだろうという責任感があった。その時までは。

しか最近、またある噂が聞こえてきた、一年生の新幹部の間で、色々と問題が起こっているということだった。

あの人とあの人の仲が悪いとか、誰にでも愛想を振りまくあの人が危なっかしいとか、あの人とあの人が付き合って、あの人が嫉妬しているとか、そういう話である

その話を聞いて、私の気持ちは完全に切れてしまった。

結局同じか、と思った。

このままいけば、またゴタゴタで消耗し、私たちの代と同じようにみんな消えていくに違いない。

正直、もう関わりたくないと思った。

あと半年猶予があるが、私もその猶予を待たずに消えるだろうと思う。

残った人は困るかもしれないが、もう頑張る気力も、責任感も無くなってしまった。

ここで頑張っても、誰も私のことを見ていないだろう。私の頑張りを評価してくれる人はいないだろう。

そもそも代表ですらない、さらにいえば副代表でもない、ほぼヒラの私が、何故あんなに頑張らないといけなかったのか。そして、何故、誰も私のことを気にかけてくれなかったのか。

何がいけなかったのだろうと思う。

何がいけなかったのだろう。

私の一年間の頑張りは、一体なんだったのだろう。

誰か教えてください。

2017-08-23

26歳職歴なし、もう取り返しがつかないと夜中に泣く

アーモンドのチョッコレイトだけかじって過ごしたー

なにを頑張ってもそれはできない状態で15年生きてる

なにも頑張ったことないけど

無すぎる単純作業時給900円を丸3年もやってしまった。3学期の小6だったのが卒業して高校1年になるほどの期間を無にすごしてしまった。新年だとか新年度だとかまったく意識にのぼらない、同じ場所で同じことの繰り返し。まったくなんのためにもならない。でも他に行くところないし。

単純作業なんて続けててもなんにもならないし無になるだけ。作業すんのやめて半年海外逃亡しても同じこと。空白のうんちとして時間が過ぎるだけ。

勉強しようと思ったこともあるけど結局面接ができなきゃいけないんだということなのでなにも勉強する気が起きないしなにをしたらいいのかもわからん

謎の力でノート過去問は手に入れて卒業はできたけど成績は悪かったし就職もできませんでした。

まず応募するところから無理で、どこに応募したらいいかわからんし応募の手続きが無理、エントゥリッシット書けないし、それ以前に資料請求ができない

面接なんか行きたくねえ

何度か受けたけど、どうしようかなこれ、変な逆恨みとかされんようにテキトーにあしらっておくかみたいな雰囲気だった

無理じゃあってなってなって大学4年の4月にはもうなにも就活してなかった

卒業後1週間、原付青切符切られて、職業は?無職ですゆったら警察募集してるよゆあれて、一応受けてみたけど面接無理だったね。

2ちゃんねるとかでは警察とか馬鹿でもなれるとかいうことだったけど、わかってはいたが俺とは違う種類の人間が入れるところだね

なんで受けた?君のどういうところが警察官に向いてると思う?1分間で自己PRしてください。警察学校では集団生活をするんだけどやっていける?メンタルが〜。警察学校で辞めていく人毎年何人もいる。面接カードに○○って書いてあるけどもうちょっと詳しく?友達は?みたいなごく当たり前のやつです

話にならないからごく当たり前っぽいことしかきかれなかったんだと思います

志望動機とか無だからそういう本読んで参考にしようと思ったけど父親警察官でーとか、バイクでアレして警察のお世話になってお世話になってお世話になってかっこよかってそれになりてえと思って、、とか他になにもないからなんとなく受かったみたいななんの参考にもならんことしか書いてなかった。

それ以来映画とかで警察出てくるとウッてなる。1日警察署長とかのニュースみるとキーッてなる、

警察メキシココロンビアだとカルテルに殺されてアメリカだとチンピラに殺されて日本だといじめパワハラ自殺に追い込まれるってイメージがある。

大学生になればどうにかなると思ってたし卒業してプラプラしててもそのうち見かねた親戚かなんかが仕事紹介してくれると思ってたしツイッターやってれば女とオフパコできると思っていた。そんなことはなかった。

からといってなにかことを起こす気にもなれない。無だから

そんなわけでテレビチャンネルザッピングしててうっかり警察24時をアレしてしまうとケッてなって不貞寝してしまう。俺が全部悪いのに。

2017-05-30

人の彼女を寝取ろうとした人間の戯言 1

あれは去年の冬、僕が22歳の時だった。大学が嫌になってしまって実家帰省していた僕は地元バイトをしたりしながら、フラフラしていた。課題もたまっていたしやるべきことが溜まっていたけれど、そう言うことから逃げるために実家に帰っていた。そして毎日毎日意味もなくバイトをする中でインターネットけが僕の癒しで、特にSNSを楽しんでいた。

そんなある日、僕の元に知らないアカウントから連絡が来た。なんでも自分高校の5つ下、17歳の後輩の女子しかったけども、プロフィール出身校など書いていない僕をどこで知ってなぜ連絡が来たのかはっきりわからなかった。けれども、とりあえず連絡を取り合って見た。

そして彼女から話を聞いていく中で、僕は驚きの事実を知った。高校の同期の非リア非モテ童貞だと思っていた友人が実はその5つ下の後輩と付き合っていた上にすでにセックスをしていたと言うことが明らかになったのだ。リア充童貞だったわけだ。ただ彼は彼女に対し自分高校時代について多くを語ろうとしなかった。だから親友である僕に彼の高校時代などについて一度話を聞いて見たいと連絡が来たのだ。

正直彼は容姿いいわけではなく、オタク権化みたいな見た目で、彼自身も非リア芸をSNSで展開していたし、それは疑うことのない事実だと思っていた。しかしそうではなかったんだ。正直裏切られたと同時に、やることやってんだな、とも思った。

高校の同期が女子高生交際している上にセックスまでしている、それだけなら同期で集まった時にみんなで話して盛り上がるゴシップの一つに過ぎなかったのかもしれない。でも話を聞いていくと同期のクズっぷりが少しずつ明らかになった。

初のセックスに関しても彼の童貞卒業、そして彼女初体験にもかかわらず全く愛がないセックスでげんなりしてそれ以来セックスはしていないと聞いたし、記念日プレゼントもなければ普段愛情表現もなくて、一方的彼女が彼に奉仕している、そういう関係だった。髪型彼氏指定する髪型強制させられていて、彼女はなぜ自分彼氏のことを好きなのか理解できないとすら言っていた。それを聞いた僕は奴隷だな、と言うのが素直な感想で、僕は義憤に駆られたけれども、どうすればいいかからなかった。そんな折、彼女から二人でカラオケにでも行って一度彼氏愚痴を聞いて欲しいとの誘いが来た。

行くべきか悩んだ末、興味本位で僕は行くことにした。

カラオケボックス彼女から話を聞くにつれ、彼女の健気さに僕は惹かれた。正直可愛かった。可愛いと言う感情は弱い生き物に対して抱く感情のそれであると以前聞いたことがあるんだが、まさにそれだ。それに僕と彼女は本当に馬が合った。本当に盛り上がって、かなり長時間カラオケボックスに居たものの全く飽きることなく、そしてカラオケにもかかわらず全く歌を歌うことなく終わった。

でもその中で、彼女と僕は盛り上がりすぎた。最初ソファの端と端に座っていた僕らは少しずつ距離が縮まっていって、いつしか隣同士になった。健気な彼女努力と、彼氏愚痴を聞いていく中で彼女努力を褒めるために彼女の頭を撫でると、彼女は甘えた声を出し始めて、一気に触れ合う面積が増えた。少しずつ彼女の息も荒くなって、彼女は「キスしよ?」と禁断の提案をして来た。

その頃僕は東京彼女が居た。でもその彼女とはただ単に互いに異性が欲しいから仕方なく繋がっていただけの、愛のない関係だった。実際実家帰省していたからといって寂しいと言う感情もなく、こまめに連絡を取り合うこともなかった。そういうある意味冷めた距離感というのが居心地が良かったのでもあるが、まあとにかくそういう関係だった。

それでも僕は彼女持ちだ。僕は迷うべきだっただろう。しかし僕は全く迷わなかった。正直に言うが全く迷うことなく、僕は彼女と唇を重ねた。彼女は小刻みに震えながら、僕と濃密なキスをした。いろんな女性キスをして来たが、今までで最高のキスだった。もう僕は止まることはできなかった。彼女の小さな体を抱きしめ、何度も何度もキスをした。

22歳にして、17歳の女子高生カラオケボックスで抱きしめ、キスをした。彼女親友恋人でもある。でも僕はもう、彼女が好きになっていた。たった数時間会っただけにもかかわらず。禁断の関係だった。もはや漫画小説かと言うレベルの話である

そして彼女も、「もし先輩に先に出会っていたら、先輩を好きになってたと思う」と言って来た。もう僕たちは停車位置を大きくオーバーランして、暴走していた。

最後彼女は「これは『共犯』だからね」と言って、互いに今日カラオケボックスで何があったかは互いの恋人に対してだけでなく、多くの関係者や友人に対しても秘密にすることを約束した。

そして僕たちは『共犯』という名の元に、互いに恋人がいるにもかかわらず、いわば「セックス抜きのセフレ」として、今後もイチャイチャして行くことにした。僕たちは互いに本命恋人いるから本気にならないようにしながらも、イチャイチャしていこうという約束だった。でも僕はすでに本気だった。しかし同時に彼女親友彼女でもある。

この感情相談するのに適切な人間はなかなかいない。高校同期の友人に相談しても手を出すことを制止されるに決まっている。そんなわかりきった綺麗事なんて僕は欲してないんだ。ただ、この複雑な状況において、この僕の走り出した熱情に対し、手を出しちゃいけないならなぜいけないのかを納得させてくれる、そう言う人間必要だった。

から僕は恋愛経験豊富な年上の知人男性にどうすべきかを聞いた。その時その人は「その女子高生を落とすしかない」と言った。その知人は僕と東京彼女の冷めた関係についても知っていたので、そこまで本気で好きになったのなら、いくところまでいくべきだと言った。そして両方を目指すのはダメだ、どっちかにしないといけないとも言われた。

僕はそれを聞いた数日後に、東京彼女に対して別れ話を提示した。色々あったけれども、互いに冷めた関係でもあったので大きく揉めることもなく、すんなりと別れた。

また同じ時期に東京飲み会に参加した時のこと。普段占いなんて気にしない僕だったけれども、飲みの席で占い勉強していると言うとある女性自分運勢を占ってもらった。すると、恋愛運はあまり良くない。そして運命の人とはまだ出会っていないと出た。ちょっと参ったな、と思いつつもその時はあまり気にしなかった。

そして実家に戻った僕は、「高校同期と彼女関係健全化を図る」という名目のもと、彼女会合を重ねた。その時の僕は同期との友情も維持しつつ、あわよくばJKと仲良くしたい、付き合いたい、そういう感情だった。ただ僕はまだ本気で彼女のことを狙っていることを明かしていないのでそこまでガツガツ行くこともなかった。

JK彼氏(そして僕の高校同期)のことをここでKと呼ぶことにする。

バイトの合間を縫って彼女の家に行ったり、カフェで待ち合わせしたりして僕は彼女愚痴を聞いたり、彼女がKにどういうことを求めているのかなどを聞いて、Kと彼女関係を取り持とうとした。とにかく僕は目的だけは真面目だったので彼女の家に行く際もマナーや態度にも最大限を気を使っていて、彼女のご両親からも認められていた。今の彼氏(K)よりも僕の方がいいんじゃないか、みたいなジョークすら言われていた。

そんな後ろ盾を得た状況だったので今思えばKに対してなかなかひどいことも言って、申し訳ないことをしたとは思う。でもあの時僕は義憤に駆られていたし、間違ったことを言ったとは思っていない。ただもう少し表現方法は色々あったかもしれないなと今反省している。

しかし僕はいずれ彼女のことを本気で好きであることを明かさねばならないとは思っていた。そして彼女もある程度察していたのか素直に自分欲求を言ってみて、と聞いてきた。だから僕は素直に彼女のことが好きであると言うこと、そして東京彼女と別れたことを説明した。彼女特に驚くことはなく、「それなら奪い取るために頑張ってみて」と、対立構造明確化させた。こうなった以上僕も男だ。やるしかない。

僕は彼女の家にしょっちゅう通った。行くのは彼女から来て欲しいと言う相談がある時だけで、僕から行きたいと言い出すことはない。もちろん目的彼女と話をしてKのどういうところが問題なのかを聞き、そしてより良いKと彼女関係の構築を目指してどこを着地点にするのかということを僕が第三者的視点から検討するという目的だった。

役人出会い系バーに行って問題になったりもしているけれど、僕の場合は本当に調査目的だった。それは事実

でもカラオケボックス燃え上がった僕と彼女関係簡単に消え去るほど弱い火ではなかった。

彼女と会うたびに僕は彼女を抱いた。とにかく抱いた。それは彼女から求めて来た。僕が先に手を出すのは良心の呵責に堪えなかったからだ。でも僕が彼女に求めていたことでもある。互いに『共犯』という名目のもと、とにかくイチャイチャした。それに僕は少なくともKよりはセックスが上手いという自信があった。実際彼女は僕とイチャイチャしてる時、ものすごく感じていた。そしてある時には一緒にホテルに泊まってイチャイチャすらした。

体の相性って存在するんだな、と思った。多分体の相性が良かったんだと思う。とにかく楽しくて、正直離れられそうになかった。

肉体関係だけじゃなく、普通に喋っていても楽しかった。しょうもないことから大事なことまで、いろんなことを話している中で僕と彼女の考えは非常に近かったし、話していて本当に楽しかった。ここまで女性と話していて楽しかったことはない。彼女は聡明で年上の僕の話にもついてきて自分なりの考えを臆することなく話すので、話していて楽しかった。女の子と話しているのではなく、一人の大人と会話している感覚だった。正直尊敬の念すら抱いた。

イマドキのJKみたいなくだらないこと、当たり障りのないことをグダグダ喋るようなタイプではなかった。例えるならPulp Fictionのミアみたいな女性だった。気まずい沈黙は嫌うけれど、それを回避するためのつまらない話も好まない。そう言う、少しめんどくさいタイプではあったけれど、考えが近かったぶん色々話しやすかった。

やがて僕は彼女とKと僕の3人で集まって話す機会を何度かセッティングし、関係改善突破口としようとした。表向き僕はレフェリーとしてその場に存在していた。その中でKは幾度となく彼女を泣かせた。僕の目の前で僕の好きになった女を泣かせるKという男が僕は憎かった。幾度となく傷つけ、そして傷つけたことへのリカバリーも十分ではなく、それがまた彼女を傷つけた。なんで、なぜ、そんなにも無神経になれるんだと。なぜわかってあげることができないんだと。本当に僕は怒りで体が震えた。

そんな状況だから僕と彼女は本当の意味で互いに好きになり始めていた。最初は僕が一方的に本気になっていただけなのに、彼女の方も本気になりかけていた。本当に幸せ時間だったし、僕は彼女のあらゆるものを欲した。

そうして僕たちは幸せイチャイチャし続けていた。でもそれと同時に僕はKと彼女関係改善のための努力も続けていて、Kは確実に良い方向へと変化し始めていた。僕は完全な悪にはなりきれなかったから、Kと僕との関係も守りたかったし、Kと彼女関係最初の対等じゃない関係を改めて改善するつもりだったし、僕と彼女関係に関してもこのまま幸せになりたいと思っていた。

しかしその3つは最初からどうあがいても両立できないものだと今ならわかる。でもあの時の僕はとにかく今Kと彼女関係マイナスになっているのでそれを僕の努力で0にまで戻してやり、その間に僕が彼女との関係で大きくプラスを稼げば彼女は確実に僕を好きになるだろうと。そしてその結果僕とKとの関係が多少冷え込んだとしても僕の努力についてKは僕に感謝するだろうし、長い付き合いだから関係が切れることはないと考えていた。それにもしKとの関係が切れたとしても彼女を手に入れることができればそれでいいとすら思っていた。

そうして僕の計画軌道に乗り始めたところで僕は年度末が迫って来て忙しくなり、東京に戻って大学職場関連の手続きなどに追われ、彼女にあまり会えなくなった。それでも僕はずっと彼女のことは好きだったし、片時も忘れることはなかった。

そして僕がつらい時期を乗り越えることができたのも、彼女のおかげだと今も思う。彼女からもらった励ましの言葉や時には彼女に叱責されたことも思い出して、そうして僕はつらい時期を乗り越えた。ただ優しくするだけなら誰にでもできる。僕のためを思って叱ってすらくれる彼女を僕は本当に心の支えにして、必死に生きた。必死だった。

僕はその頃メンタル面に問題を抱えていて、父からもそのことについてよく怒られていた中で、彼女が本当に僕のメンタル面の改善において決め手となる後押しをしてくれた。これが僕の中では本当に嬉しくて、Kも変わっただろうけども僕も変わったぞと、はっきり胸を張って言えると思っていた。

そうしていつしか冬が終わり、春になった頃。Kと彼女関係改善に関しては僕の努力によりある程度目処が立って、一時かなり冷え込んでいた二人の関係も多少回復していた。

それでも僕は絶対彼女が選ぶのは僕に違いないと信じていた。そこに根拠はない。でも僕は絶対にKよりも僕の方が彼女幸せにできると確信していた。それは内面もそうだし、就職も決まっていて収入もそこそこ確保されていて、より現実的選択肢だと自分のことを思っていたからだ。

しばらく会えなかった中で彼女3月末に久々に会うことになり、一緒に花見をしながら互いの話をする中で僕と彼女はやっぱり馬が合うなと確信したし、彼女公園であるにもかかわらず僕にすり寄ってきて、僕のことを好きだと言った。僕はほぼ勝利確信した。

そして新年度が始まり、ある程度忙しさの峠を越えて、先日僕が久々に彼女とまとまった時間話す機会を得た。と言うより彼女から話したいと言って来た。久しぶりだ。「今話しても大丈夫?」と聞いて来たので僕は少し嫌な予感がした。でも僕は大丈夫だと答えた。

内容はKと彼女と僕、3人の関係についてだった。

↓続き

http://anond.hatelabo.jp/20170530080621

2017-05-10

新年度になってから運営がほぼ仕事してなかったが

アーカイブ機能を作ってたからだろうか

増田担当者が替わって封殺基準を甘くしたのかと思っていたが

まあ俺自身も以前よりはてなに割く時間減らしてるけどね

本気出したときはしっかり殺されたしw

2017-04-18

腹立つことばかりだ

新年度から新しい学校に勤務。

前任校は、声の大きい人が強く、やたらに会議会議、とにかく働かされる学校だった。

それが苦しすぎて異動希望を出し、こちらに来たが、前任校の教員能力の高さを感じる日々である

とにかく若手が働かない。前任校では若手は「俺がやります!」と、積極的に働いていたが…。

その他の教員を見ても、前任校に入れば、仕事のできない干される者ばかりだ。そのわりに文句を言う。

新しい学校でも、声の大きい人が強いのも変わらない。

逆に、管轄外の事にまで口出しする、やたら評価されたがりの若手もいる。この暴走、誰が止めるのか?

とにかくストレスたまる毎日

本当に何様なんだ、あの若手は。

2017-04-16

悲報今季アニメにハズレがない

テンプレをなぞりすぎていてアニメを見慣れている人間には退屈なアニメはある。

だがハズレはない。

テンプレアニメもそんなに多いわけではない。

十分なオリジナリティがあり面白いアニメも多数ある。

これは由々しき事態ですぞ

我々は新年度早々に無数のアニメに囲まれ可処分時間を吸われてしまう事がほぼ確定しつつあるのです。

2017-04-10

はてなIDアイコンの由来は?

新年度なので、ご自分アイコンをどうやって決めたのか教えてください

自作ですか?他作ですか?

版権なら、作品名キャラクター名もお願いしま

2017-04-06

4月ってね、やっぱり新しいこと始めるぞ!って気持ちなるみたいだね。

採用ページ出してるんだけど、一気に応募が増えたから。

でもまあ、4月から動き始めるって遅いんだよなー。

だって企業決算3月だとするじゃないですか?

企業としては4月から新年度なわけで、それまでに体制を決めようとするじゃないですか?

じゃあ4月から別の会社に行こうとするのってヤバくないですか?

ま、中小企業とかだったら決算時期がまちまちだからあんまり関係ないっすけど。

2017-04-05

新年度早々の闇

新入社員新入生の類に

必死デマを吹き込んでるオッサン、とくにググればすぐバレるような間違いを「現実」として偉そうに語ってる手合い哀れすぎるだろ

同じオッサンでも親切心から色々伝えてあげたいだとか思える人と何が違うとそうなってしまうんだろうか。

嘘吹き込むにしても、もうちょっとマシなのがつけないのかっていう内容であることも多いし。

暇なんだったらもっと手のこんだのでも考えてみれば良いのにとすた思うわ

新年度だ!新しいファイルを作るぞ!

年度が新しくなったので今年使うバインダーポチポチ作っていた。

テプラシール作って背表紙に貼って…………はいいんだけども、そのファイルを置く場所がねぇ!

キャビネットにスペースがない!

年間30個くらいのチューブファイルコクヨの一番大きいやつ)が発生するのだけど、職場のスペースが物理的に足りない!

困り果てたので上司にスペースが足りないよー、倉庫に送りたいんだけど、と相談したところ

いつか手元資料で使うかもしれないか10年間は近くにおいておいて、とのこと。

じゃあスペースくれよ!

PDFファイルで保存しようにも会社サーバー容量が足りない!

物理世界でも容量が足りないし電子世界でも容量が足りない、つらい。

ちなみにその紙を手元で使うシチュは月に10回もないです。

しょうがないので今使っているキャビネットに無理やり押し込んでいるけど、少しキャビネット揺らすと落ちてくるから危険

頭に落ちたら死者が出るんじゃないか不安になるわ。

一度死者が出たほうが電子化とか進むかもしれんなぁ。

だいたいうちの会社は「いつか使うかもしれないからやっておいて」のパターンが多すぎる。

いつかっていつだよ!

書類の保管期限も「とりあえずずっと」ばっかりだし。

自宅の片付けなら「いつか使うかもしれない、は使わないから捨てよっと」とできるけど、

職場書類はそうは行かないから本当に困る。

2017-04-03

新年度なので互助会費を集めます

はてブ互助会の皆さんはご了承ください。

また、会合にて新会長を決めますので花見off会を兼ねます

奮ってご参加ください。

エイプリルフールの嘘増田付いたいつ出す魔層のルーフルリ富家(回文

ねえねえ!

もう、桜ばかり見てないで私も見てよ!

桜いろ~舞うこ~ろ私はひーとりー。

おはようございます

中島美嘉です!!!

なんて、ウソでーす。

エイプリルフールあなた何か嘘ついたかしら?

うふふ。

海外ニュースでもドッキリ嘘つくから驚き桃の木山椒の木よね。

BBCでは木にパスタが生えてくるとかニュースでしちゃうのよ!

パスタ生えてくる木って欲しいわ。

そんな木あるでんて!

でね、

私たちが言うそんなエイプリルフールの習慣は

19世紀からポピュラーになったの。

ヨーロッパの習慣はちょっと違って

特にイタリアフランスベルギーとかなんかのフランス語圏では

4月1日のことを、プワソン・ダヴリルって魚の4月って言うの。

紙を魚の形に切って、

人の背中にバレないようにして貼るイタズラとかするのよ。

うけるー!

まあ、私も当時どんだけ背中に魚貼られたことか、

レオレオニかよ!って。

違う違う、アレクサンダとぜんまいねずみかよ!って。

じゃなかった、スイミーかよ!ってね。

思い出すわ~。

新聞とかに載ってるウソニュース記事になると、

必ず、魚の絵が描いてあって冗談って分かるようになってるの。

まあ、あんまり日本ではエイプリルフールと魚って結びつかないけどね。

私あれが欲しいわ。

ドッキリでしたー!テッテレー!って音が鳴って出すときに持ってるドッキリボード。

あれ欲しいわ。

うふふ。

ウソだけど。


今日朝ご飯

さて、今日大好物タマサンドポテサラサンドがあって

こりゃー新年度から縁起がいいわっ!

今日もツイてるー!

デトックスウォーター

朝起きて寒かったので、

と言うかもう4月なのにね。

と言うことで、ホッツウォーラーしました。

引き続きホッツオレンジウォーラーよ。

ちょっとハチミツ入り。

オレンジハチミツが恋しちゃった感じよね。

なんて。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2017-04-02

新年度が始まるぞ

新卒の子から生気がどんどん失われていくのをそっと見届けるのだ。。。

2017-04-01

塞がりかけのピアスホールを ぶすぶす と

大学入学式の次の日、ピアスをあけた。

髪は10日前に茶色くした。時々使っていたワンデイコンタクトから毎日使う用のツーウィークに変えた。

あとはピアスをあけたらとりあえずの大学デビュー行為は終わりだ。

入学したての頃の私は、不自然茶髪ファーストピアスといういかにもな新入生スタイルであった。

ファーストピアスを取るには1.2ヶ月ほどかかる。

私はその間にヒカリエのアクセサリー屋やルミネエストの雑貨屋で日々ピアスを集めていた。

まだファーストピアスが取れないことをもどかしく感じながらも、ワクワクとドキドキした気持ちを胸にピアスアクセサリーケースに大切にしまった。

2ヶ月後、無事ファーストピアスを外すことができた。

初めのうちは少し膿んだり、すぐ塞がりかけてしまったりしたものの、半年くらい経つとピアスホールは安定してちょっとくらい入れてなくてもすぐには塞がらなくなった。


ピアスをあけた日から2年経ち、私は今日大学3年生になった。

私の大学今日入学式らしく、みんな新入生勧誘活動に勤しんでいることをSNSで嫌というほど目にする。

私は3年生だけど新歓活動を一回もしたことがない。

1年生の時入ってたサークルも2年生の時入りなおしたサークル新歓を前にやめてしまった。

どちらも人間関係を維持するのがめんどくさくなって、フェードアウトしてしまった。

先ほど家を出る時、久しぶりにピアスを付けようと桜のピアスを手に取った。

右耳に入れようとすると耳の裏側からポストが出てこない。思い切ってぶすっとさすと血が出てきた。

左耳は何度も試したがピアスが入らなくて、今日は諦めてしまった。

ああ、私の人間関係も同じなんだなって思った。


人間関係を維持するには、ピアスホールを維持するには、マメさが必要だ。

でも毎日ピアスかかさず、寝るときピアスをつけるほどのマメさは必要ない。1週間に一度でもピアスをつけていれば十分だった。

塞がりかけたピアスホールは、すごくすごく頑張らないとふたたびピアスをつけることはできない。

なんでピアスホールをあけたままにすることすら私はできないのだろう

なんてそんな自己嫌悪を胸に電車に乗っている。

新年度初日から雨なんてついてないね

2017-03-08

上司はどうして面談したがるの?それ自己満だろ

新年度になって新しい上司

1人1人面談するって言い出した。

まあ5分10分くらいならいっか

と思ったがふたを開けたらかれこれ

30分くらい拘束され、内容も

あなたがこれまでがんばってきたことはなんですか」的な就活面接みたいな

感じだった。

この面談意味が全く分からない。

そもそもいままで会社とか上司から面談やら自己申告書やらやらされてきたけど

そこで言ったり書いたりした要望事項が

反映されたことなんていちどもないし。

はっきり言って時間無駄

この30分がなかったら残業しなくて

済んだのに。

上司の、俺部下のこと考えてます的な自己満の為の面談だろどーせ。

2016-12-09

SMAPファンクラブ会員への対応から推理するSMAP解散報道の奇妙さ。

2016年8月9日

SMAPファンクラブ会員向けのメールアドレスSMAP-info@だったのが、8月9日からjfc-mail@に変わる((smartjohnnys.com/wp-content/uploads/2016/09/mail.png))

SMAP専用アドレスが無くなった点から見ても、8月9日時点ではファンクラブが無くなることが決定していたのだろう。

大手メディア報道にあるSMAP3人のメンバー解散を申し出たとする8月10日よりも前の時点だ。

((smartjohnnys.com/smap/dissolution-june/))



2016年8月14日

発表後すぐにジャニーズサイトファンクラブ入会案内からSMAP」が消える((smartjohnnys.com/wp-content/uploads/2016/08/smap-family.png))

朝になってからファンクラブ会員に「SMAPメンバーからお知らせ 詳細はコチラ」とリンクが貼られただけのメールが届く((johnnyschannel.com/wp-content/uploads/2016/08/fanclub-mail-smap-300x237.png))


2016年8月17日

ファンクラブ会員に解散報告のハガキが届き始める((matome.naver.jp/odai/2147152930906704301/2147178284384107403))

2016-10-01

[] コーヒーの日

10月1日は「コーヒーの日」です。

  

国際協定によって、コーヒー新年度が始まるのが10月で、この日がコーヒーの年度始めとなります

さらに、日本では、秋冬期にコーヒー需要が高くなることから1983年に、全日本コーヒー協会によって、

10月1日が「コーヒーの日」と定められました。

  

また、2014年3月開催の国際コーヒー機関ICO理事会において、10月1日2015年からInternational Coffee Day 」に

定めることとなりました。

なお、ICO政府機関ですが、日本国は加盟しておらず、全日本コーヒー協会オブザーバーとして参加しています

coffee.ajca.or.jp/about/day

coffee.ajca.or.jp/news/2015coffeeanniversary

2016-06-24

割と簡単に頭のおかしな人を見つける方法

経験則なのだが、

電車の中で帽子ぶってる人は、かなりの確率言動おかしい。(些細な事で怒鳴り散らしたりとか、やたら周囲に人の目を気にして挙動不審になってたりとか、横座りの席なのに食ったり飲んだりとか)

そして挙動おかしい人は、なぜか服装体臭もえらいことになってる割合が高い。

なので、電車に乗っていて凄い臭気を察知したら警戒する必要がある。

臭いの元が、スーツ着たオッサンや、派手な化粧の女性ならまだ安心なのだ(単なる加齢臭や化粧臭なので)。

しかし万一、妙に薄汚れた風体だったり、更に帽子をかぶっていたりしたら高確率地雷だ。

長く待って座った席でも、隣にこういう人が座ったら、泣く泣く諦めて立つか次の電車を待つ事にしている。(無理に我慢して座ってると体調を崩すレベルで臭かったりするし)

新年度が始まって3ヶ月、そろそろ新しい通勤通学列車に慣れてきた人も多いだろうが、

まれにそういうレアキャラにぶつかる事があるので注意してほしい。

2016-06-06

隣のテーブル大学生っぽい4人組「「「「ウェー、おつおつおっつー、ウェーイ」」」」

A「つくねうめえ」

B「うめえ」

A「砂ずりもうめえ」

B「うめえ」

A「やっぱ焼き鳥最高だな」

C「んだな」

D「あー……まあ、とりま論破するわ、常識的に考えて牛のが人気あっからはい論破ァ」

A「ええ……」

B「ちょっと黙ってろバカ

D「あ?顔真っ赤?顔真っ赤ですか?」

B「雑な煽りいらねえって」

D「ハァ?じゃあ鶏の方が牛より人気あるソースは?はよ、ソースはよ」

B「黙れや」

A「うわ、皮うめえ」

D「ソ・オ・ス、はいソ・オ・ス」

A「皮はやっぱ塩がいいと思うんだよね、でもネギマはタレかな、ソースだけに」

C「なんか農水省のページだと鶏の方が牛より消費量多いっぽいけど」

D「ブー、『っぽい』じゃダメですぅー、常考~」

B「お前ちょっとマジで黙るか帰るかしてくれ」

その後言い争い→早々に退店

横のテーブル寝落ちした友達を眺めながら聞いてたけど

なんかD君は他にもどこか懐かしさすらあるフレーズを乱発してて大変痛々しかった

今年もボチボチ新年度で新しく出来た人間関係にボロが出てきてボッチ化が進み始める時期ですね

個人的にはA君と友達になりたいです

2016-04-29

http://anond.hatelabo.jp/20160429075635

増田に書くのはそういうテンションの時ってだけで、全く変わってないわけでもないのでは

新年度から5月病シーズンの気分の落ち込み、なんてこともあるだろうし

2016-04-14

座高測定係は無かった・・・座高測定係として15年。

高校理科情報を15年教えています

学校保健安全法施規則改正され今年度より施行されました。座高測定の廃止の件です。

座高測定・・・廃止はいえ名残でやるのかなぁ・・・とか思っていました。

しかし、やりませんでした。認識が甘かったです。

新年度が始まり、身体計測の係の割り当ての欄に私の名前はどこにもありませんでした。身体計測では今年は何の係もありませんでした。

法令遵守により私の今回の仕事がなくなってしまいました。

教員採用から常に私に与え続けられていた座高測定係。

15年も座高を測りました。測った人数は延べ1万5000人以上です。

プロ座高測定係と自負しています

年度初めはお互い緊張していてまだ猫をかぶっているのですが、一瞬だけ生徒の本音が出るかもしれないときです。

浅く座ったり、背中を丸くしたりして座高を低く見せようとする生徒は

自分の体形を気にしている子なのかなぁ~?

自分に自信がないのかなぁ~?

とか何らかの悩みを抱えていることも教師として把握しているつもりでした。

座高が原因で冷やかしはあったかもしれないけど、いじめにまでは発展しませんでした。

私の場合、何事もなくて何よりでした。

来年は何かの係があるのか、それともまた何もないのかわかりません。

ただ言えること、

座高測定係は無くなりました。

2016-04-11

初めて働きたくないと思った日

先日から2年目になったばかりの、ごく普通プログラマ

新卒で入った会社組織としてはちょっと落ち着きがないけれど周りは良い人ばかりで、それなりに良い環境だと思う。一年間、悩むことも大変なこともあったけれど仕事楽しい?って聞かれたら迷わず頷けた。

でも、新年度から配属になったグループ運用保守だけをする班に入って、たった一週間で仕事が嫌になった。

実装サービスと手運用の山。サービス仕様もわからないまま手入れのされていない手順書を渡されて、ただシステム実装されていない仕様を満たすために歯車のように同じ仕事をしている。つまらないのに複雑な作業が手に負えないくら毎日たくさん押し寄せてくる。開発グループの打ち合わせにも、運用保守はお呼びじゃない。編成が変わるのは三週間後。

システムバカサービス仕様バカなせいでこんな思いまでして毎日つまんない作業しなきゃならないと思うとすべてが憎い。複雑な仕様も、そのくせろくに金になっていないこの商品も、逆恨みだけど開発班でコード書いてる人間も、言われる前に言うけどコード書きたいのに未熟な自分も。憎い憎い。

じゃあコード書けるように勉強すればって思うけど、多分そうはできない。

仕事をしてお金をもらうのも、その過程で新しい知識を得ることも好きだ。だから仕事コードを書きたい。一方で資格受験みたいに自分でこつこつ勉強するのは嫌いだし、家に帰ったらコードを書くよりアニメを見たい。仕事仕事でやりたい。でも周りの人たちはみんな、昨日家でちょっとしたツール作ったとか、休みの一日で新しい言語やってみたとか、技術書読んだとか言う。なんでみんなそれを当たり前にできるの? それがプログラマとして当然?

好きでこの仕事を選んで楽しくやれていたはずなのに、実は向いていなかったんじゃないかなんて今更思ってしまう。

仕事したくないとTwitterに書き込んで、初めて心からそう思っていることに気付いた今日という日の話。

2016-04-10

幸せなら目を瞑って

久しぶりに宇多田ヒカルの「Time will tell」が聞きたくなって、本当はネットからすぐにダウンロードできるのだけれど、一駅分となりのTSUTAYAまで自転車を走らせる。春はあけぼの、とは言うけれど、実際わたしは春は夜のほうが好きであるふわふわした陽気と、新年度の賑々しい人の声、あたたかな街のネオンは、わたしにまるで夢の中にいるみたいな気持ちをくれるのだ。三月の沈丁花香りが春のはじまりを告げ、いつしか桜が咲き、そのあとにツツジ東京都はいわゆるコンクリートジャングルのようだけれど、よくよく見ると季節感にあふれている。思えばわたし東京で春を迎えたのは、こちらの大学入学したときのことで、もう七年も前のことになる。あのとき住んでいたのは久我山で、はじめて神田川遊歩道の桜並木をみたときは、もうなんだか、これからいいことが起こるんじゃないかというわくわくした気持ちになったものだ。たぶん久我山という場所田舎から出てきたわたしにとっては、適度に自然を感じられる良いところだったのだと思う。井の頭線に乗れば吉祥寺にも下北沢にも行けるし、賑やかさを感じたければ渋谷へもすぐに行ける。東京というところはなんと表情豊かな街なのかと、そのころのわたしは感じていた。七年後のわたしはいまだにそう思っているかというと、ちょっと感じ方は変わってきた。もちろん、一駅一駅表情は違うのだけれど、駅を出て出迎えてくれるのは、同じコンビニ、同じ牛丼屋、同じコーヒーショップと、まるで金太郎飴のようなチェーン・ストアの数々。いまでは部屋の壁紙みたいに思っているが、一時はあの感じにほとほと嫌気がさしていた。まぁしかし、今では地方にいってもどこにでも似たような大型ショッピングセンターがあり、駅前商店街シャッターで閉ざされ、という感じなので、あの閉塞感にさいなまれるよりはいくらかマシだろうとは思っている。逆に言うとわたし東京に住んでいる理由はそれくらいしかない。あとは仕事あるかないかくらいの違いだ。

TSUTAYACDを借りたわたしは、閉店間際のスターバックスドリップ・コーヒーを買って外に出た。歩道の柵に腰かけながら飲むコーヒーはまだ少し熱くて、オトナの男性ウイスキーストレートでたしなむみたいにちびりちびりと飲むほかなかった。オトナ。あれからわたしはオトナになれただろうか。陳腐な問いである。わたしコーヒーブラックで飲めるようになったとか、異性と何人か交際したとか社会人になったとか不倫をしたとか、そういう経験値的なものはそれなりに積んできているが、本質的には何も変わっちゃいないと思っている。ただ、子どもときの、あの何もかも新鮮でわくわくを感じさせるきらきらとした気持ちけが徐々に鈍く灰色を帯びたものになっていく。それがオトナになるということなら、なんとつまらないことだろうか。大学でつるんでいた友だちは私を除いて皆実家暮らしで、一般職就職して、さいきんは今の彼氏結婚すべきか否かみたいなことを口をそろえて言うし、平日は定時に退勤する生活を送り、年に一、二回は海外旅行へ行く。彼女たちの違うところは、付き合っている男の顔と、あとは旅行の行き先くらいで、こいつらもやはり金太郎飴だ。たぶん海外旅行というのは、わたしと同じように何事にも刺激を感じにくくなったオトナたちが苦肉の末に発明した麻薬みたいなものなんだろうと思っている。わたしは表面的には彼女たちと仲良くやっているつもりだが、大学を出てからはなんとなく距離を置くようになった。たぶんわたしのほうが「彼女たちとは違う」意識をしてしまったのだろうと思う。ワタシハアナタタチトハチガウ症候群。実際にはなにも違わない、わたし金太郎飴の一部なのだ。ただただ金太郎飴であることから逃れたかっただけで。

幸せとは何だろうかということを考えるととたんに頭の中は穏やかではない不安で満ちることになるから、いまではそういうことはもう考えなくなった。ただ、春の花のにおいで季節を感じるとわたしはなんとなくよい気持ちになるし、幸せとはそのぐらいの観念で良いだろうということにしている。わたしコーヒーを飲み干し、目を閉じて大きく深呼吸した。さぁ、明日からまた仕事だ。そう自分自身に言い聞かせるように自転車ペダルを踏みだした。

まだあると思ったらトイレットペーパーがもう家になかった

トイレットペーパーが無くなりそうだったので、家にある予備のやつを持ってこようと思ったらいつの間にか切らしていた。

そうなると不思議な事に急にトイレがしたくなるし、あと急にいろんなことが不安になってきた。

新年度の雑事とか今年一年とか自分生き方とか過去とか未来とか国とか。

ああ・・・

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