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はてなキーワード: 資格試験とは

2018-02-21

anond:20180221184337

いい提案があるんだけど、

彼女さんが資格試験受かったら

その日にフッちゃいなよ

2018-02-14

会社を辞めようと思っている

体がついていけなくて休みをもらいました。

増田には書き込みできてんじゃねーかという話はご容赦いただけると嬉しいです)

【辞めたい理由

業務内容についていけない。数学が大の苦手なのに金融なんて、選択を間違えた

プライベート美術デザイン方面評価をもらってて、やりたいことがある

・ただ最近は、ストレスからか「興味」「生きる楽しみ」「生きる意味」みたいなのが感じられなくなり、

 何をしてもむなしい。不眠と鬱(休職経験あり)に陥っている

・このままだと精神健康を失うことが目に見えている。完全に壊れる前に辞めたい

・いい上司や先輩に恵まれたと感じたことがない。私以外の人間関係はできあがっており、孤立している

・体調崩した後、労働条件を変えられた(呑めないなら辞めろとも言われた)

 ①社宅あり→なし

 ②総合職一般職

 ③首都圏配属→地方配属

・↑が全員平等な条件ならともかく、うつ病後でも社宅あり首都圏総合職なんてザラにいることを知った

・体調に配慮して業務量を調整してはもらっている(医師診断書が出ている)。しか

 ①「調整」といいつつ普通業務量(残業代なし)。総合職並み(研修や当番は免除

 ②「調整」している(会社としては普通業務量を任せていない認識)ため、人事評価普通以下とする旨の通達

 ③体調配慮の件がヒラには周知されていないため、「何であの子だけ特別扱い?」と反感を買い孤立が加速

【思い留まる理由

生活のため。幸い実家は健在だが、想像を絶するド田舎で、働き口はない

東証一部上場企業新卒正社員というブランドにしがみついてしま

社会全体から見ると恵まれているほうだと思う(4年目事務職資格なしで年収330万、休暇も取りやすい)

会社を辞めてどうするかなんて展望はないけど、とにかく現状から逃れたい。

休職は結局会社に戻らないといけないため、心が休まらなかった。

精神壊したら元も子もないという焦りだけが頭にこびりついてる。

20代前半を完全にどぶに捨てた気がする。

付き合っている人(社内)はいるけど、結婚の話は一向に出ないし、辞めたら自然消滅だろうな。

(こういう悩みは一切話してない。ネガティブなことを話して嫌われたくない)

手帳を取って障碍者枠、も考えたけど、親に泣いて止められた。親を泣かせてまで取りたい手段でもない。

会社友達作りの場でも、楽しいだけの場でもないことは理解しています

でも、苦痛のみを味わい楽しみが一切ない苦行の場である必要もないと思ってしまます

生活のためと割り切って、いるだけで給料がもらえると思えば…」→いることで精神が削られる場合はどうしたらいいんですか?

ちょうど1年前に退職を申し出たときは、引止めにあったけど、結局1年間決心は変わらなかった。

甘いですか。もう少ししがみつくべきですか。

追記:4大卒(1浪)、新卒入社4年目、もうすぐ5年目の女、27歳です。反応ありがとうございます

追記2:【再度辞めようと思い立った理由】先日、若手の間に受けるべき資格試験を全部受け終わった。

    「ここまで頑張ったんだし、昇格まで居座るか!」という考えが浮かんでくるかと思いきや、

    「逃げずに頑張ったと言う自己肯定感が出来た。悔いはないから辞めてもいいや」って考えになった。やっぱり深層意識

    辞めたがってるんだと感じた。

疲れた

今日勉強会の懇親会で1人でピザ食ってるロン毛のにいちゃんに話しかけたらIT初心者だったからべらべら喋りまくった。

醜いわあ。

有識者だったら黙り込むくせにね。

んで、資格試験勉強を今までしてた。

Web問題ひたすら解いた。身についた気がしないけど、寝る。

醜くない人間にならねばだが。

もうこの年だし、治すのむずいね

クズなりにやれるだけやるわあ。

2018-02-12

『やるべき事』なんてやる必要はない

https://anond.hatelabo.jp/20180211143402

なぜなら、やるかやらないかを決めるのは君ではなく脳だから

今は資格試験勉強プログラムも部屋の掃除もせず、

どうでもいい事で時間をつぶして休養すべきだ。

と、脳が判断したのだから、君は黙ってそれに従っていればいい。

ぶっちゃけ、脳は君よりも全然賢い。

まるで凄腕経営者のように、損益判断優先順位を決定していく。

君が取ろうとしてるその資格が何なのかは分からないが

取得することでどのようなベネフィットが得られるのだろうか?

給料が5千円アップしたり

下期の目標を達成することで上司に怒られずに済んだり

増田君すごいね!」と周りから褒められて少し良い気持ちになったりするのだろうか。

からないが、少なくとも君の脳は、疲れた君の心身を癒すこの貴重な時間

何十時間・何百時間も奪ってまですることではない、と判断したのだ。

そしてその判断はおそらく正しい。

> 脳は必ず楽な方向に逃げ場を見つける

どうも勘違いしてる人が多いのだが、これは何も悪いことではない。

人が使えるエネルギーには限界があり、脳はその限界を超えないようにしているだけだ。

自分若い頃、毎日深夜まで残業する日々を送っていた。

休みの日は部屋の掃除どころか、好きな趣味を楽しむ気力も沸かなかった。

「ちゃんと睡眠は7時間取っているのに、なぜこんなに体が動かないのだろう」と当時の自分は思っていたが

なんのことはない、平日に使ったエネルギー限界を超えていただけの話だ。

もし脳の指令を無視してむりやり部屋の掃除をしたりして

有意義休日』を過ごしていたら、自分はきっと鬱になっていただろう。

どうでもいい事で時間をつぶす。

大いに結構ではないか

正々堂々とどうでもいい事をするが良い!

そして当たり前だが、使えるエネルギー限界値は人によって違う。

毎日深夜まで働いても活動的休日を過ごせる人はいるし

逆に毎日定時上がりでも休日はやっぱり休まなきゃいけない人もいる。

心身の仕組みを理解し、自分エネルギー限界値を見極め、

無駄自分を責めることなく生きていこう。

オレ流生活改善

anond:20180211143402

毎週やってる洗濯くらいはしたが、

まず、洗濯できてるじゃん、すげーじゃん!

自分場合も、似たような感じ(洗濯もできずに洗っていないシャツを着まわしており、部屋はゴミだらけ、冷蔵庫には賞味期限切れアイテム・・・)

だったが、気になることが多すぎるのが原因だと分かったので、

1. 不要物を徹底的に廃棄した(着ていない服や本、段ボールの箱、いらないもらいものなど、いわゆる断捨離)

2. 欲しいもの(10万円以内)は速攻でAmazonで買うようにした

3. 禁欲した

4. エロサイト時間を食うサイトに対して、Blocksiteを使うようにした(面倒なパスワードつけてね)

でわりと改善した。睡運瞑菜もいいが、まず捨てる、辞めるがファースト。これオレ流生活改善の鉄則。それらは意志力をあまり消費しないから。そして、快楽の方向はより面倒くさくしよう。面倒くさくなるシステムを構築するのが大事。衣類も大体統一自分判断すべき事項を減らしていく。

Todo管理アプリTodoist使っている。これはやりたい事のinboxと割り切っている。再スケジュールボタンポンポン押そう。タスクが消えるぞ。できなくても気にしない。風呂とか歯磨きとかのデイリータスクはいれない。やってないのに見ると萎えるし、タスク完了にするのが面倒だ。google カレンダーとかでスケジュールすることもできるけど、どうせできないかオススメはしない。

さあ、明日(というより今日か)部屋を片付けよう。はじめるのはそれからで、そこに全精力をそそごう

プログラム資格試験もどーでもいいよ。捨てよう。

今まで生きてきて分かったことは、

自分は信用できない、意志の力に頼っても無駄だ、脳は必ず楽な方向に逃げ場を見つける、

というどうしようもない法則だけだ。

気にすんな。自分も責める時間ほど無駄ものはない。

2018-02-11

やるべき事ができない

3連休も半分過ぎたが、何もやれていない。

毎週やってる洗濯くらいはしたが、

近づいてきた資格試験勉強もせず、プログラムもせず、部屋の掃除もしていない。

ダメだと分かっているのにできない。

するべき事も分かってるのにできない。

俺の人生はずっとこうだ。

その場その場で、どうでもいい事で時間をつぶしてしまう。

インターネットが無かった時代も、小説ばかり読んでいた。

何度も自分を変えようとしてきた。

日記をつけ、スケジュールを立て、タスク管理ツールを導入したり、ToDoアプリGoogleカレンダーに予定を書き込んだりもした。

でもダメだった。

3日坊主言葉通り、長くても1週間かそこらで使わなくなった。

最初のうちは日記やスケジューラを運用出来ていて、「このやり方は自分に合ってる」と思っても、

数日もすると、何かにとりかかろうとすると感じる苦痛が、そのまま日記スケジュールToDoを書こうとした時に感じられるようになった。

まるで、脳が「こっちへ行くとしんどい」というのを学習たかのように、免疫がついてダメになる。

今まで生きてきて分かったことは、

自分は信用できない、意志の力に頼っても無駄だ、脳は必ず楽な方向に逃げ場を見つける、

というどうしようもない法則だけだ。

するべき事をできる人って、どうやって自分を動かしているんだろう。

多分、この日記を見てるような人は、俺と同じくやるべき事ができずに、ダラダラ休日が潰れていく人がほとんどなんだろうが、

もし知っているなら、自分コントロールする手段を切実に教えて欲しい。

願わくば今日以降こんなサイトを見向きもしなくなるような手段が欲しい。

2018-02-09

anond:20180209002636

知能が低く腹痛が止まらないため資格試験勉強が進まないキモくて金のないおっさんへの励ましにも期待しています

2018-02-06

10年来の鬱とADHD傾向が改善した

 今年で28フリーター


 幼少期(小学校の低学年頃)に脳に疾患が見つかって、以来十年近く投薬治療をしていた。

 また、高校の頃からずっと鬱を患っていた。頭の中が鉛のようになって自由に動けなくなる。生活の上でそういうことが多々あった。


 ADHDも併発している。破壊的な過集中を経て朝まで眠れないことが多かった。

 バイトシフトにはちゃんと遅刻せずに行く程度の社会性はあったけれど、やはりと言うべきかミスが多く、恐らく責任者も俺のことを発達障害者として認識していたみたいで、指示を出す時も俺にだけ妙に細かい明確な指示を出してくれたりした。それはそれでありがたかったのだけれど、時々ヒスを起こされることとなった。自分が主原因になっていることは分かっていたから、どちらかと言えば申し訳ない気持ちの方が強かったけれど。


 現役で地方駅弁大学入学して、卒業が近くなってから資格試験講座に通っていた。で、途中から引き篭もるようになる。

 一応何とか大学卒業できたけれど、定職に就くことはできなかった。


 自分は、根本的に人生ディシプリンというか一種の訓練期間だという固定観念を持っていて、それと同時に、より効率的自身を訓練できる人間がより優れた人間なのだという価値観を持っていた。だからと言うべきか、高校時代は朝5時に起きてジョギングを繰り返していた。

 恐らくその頃が、自分学力ピークになっていたと思う。

 確か当時の全国模試総合偏差値は70を超えていたはずである

 でも、そういう訓練が破綻を来たすのは思っていたよりも早かった。

 何年も日課にしていたジョギングが、高校生活半ばに突如として億劫になったのが始まりで、それ以来上手く眠ることができなくなったのだ。

 その頃から学力の減退も生じていて、自分自分コントロールできない感覚に苛まれるようになっていた。志望校ランクを一つ落として、何とか国立大学合格することはできたものの、今にして思えばあれが自分人生の最盛期だったのではないかと思う。


 大学に入ってからは、過密的な訓練期間と白痴のように生活崩壊する期間を繰り返すようになった。訓練期間には、暇があればジョギングに出かけ、膨大な量の学術書に当たった。また、複数語学習得を目指し大学ゼミを幾つも掛け持ちしていた。そして、大抵はそのような訓練期間は三ヶ月と持たずに破綻し、再び自分コントロールできずロクに睡眠も取れない白痴のような生活が始まるのだった。

 俺はそうやって訓練期間が破綻する度に、自分計画の建て方や訓練の方法に恐らくは問題があるのだと考えていた。実際、その考えにはある程度事実に沿う部分もあって、当時の俺はその自分が打ち立てた訓練方法の細部を限りなく修正し続ける作業に集中することとなった。そして、その細部を修正したトレーニング理論に基づく何ヶ月かの訓練タームを集中的に実施し、そしてその訓練タームの後には、訓練タームよりも更に長い破滅的な破綻の期間を迎えるということを繰り返していた。そのような生活大学卒業してからも戻らず、そんな具合に二十代の半ばを迎えた。


 何かが間違っていることには気付いていたけれど、何が間違っているのかはもはや分からなかった。考えつく限りの細部には工夫を凝らしてきたつもりで、主に食事における栄養バランスの調整には念入りという以上に念入りになった。卵、バナナ、木綿豆腐牛乳納豆青魚、葉野菜。こういうものバランスよく摂るようにしていた。でも、自分自分コントロールしているという感覚はついぞ訪れることはなく、相変わらず愚にもつかない趣味に熱中しては朝を迎え、疲弊しきった精神バイト先に行き、そして週末は48時間家に引き篭もって過ごすことも多くなっていた。


 いわば、この辺りが人生の暗黒期だったと言えるだろう。むしろ、そう言わずして何と呼べるのだろうか? もし他に呼び方があるとすれば誰か教えておくれ。


 さて。

 結論から言えば、この生活は現時点でかなり改善している。

 いわゆる躁鬱の躁期に入っただけの可能性も有ると言えば有るのだが、しか実証的に体系的に改善を目指した結果として、根本的に自己コントロールしているという感覚が数年ぶりに戻ってきたので、そこに関してはある種の信頼を置いている。


 原因というべき原因については既に見当がついていて、つまりそれは脳に対する血流の低下である身体におけるありとあらゆる不調や、自身コントロールを掌握できていない感覚殆ど場合、血流の低下に基づいているのであるADHDや鬱の改善に血流を効率よく増やす有酸素運動有効であることはとっくに知られていることで、つまり結局は脳の血流の有無が自己コントロール能力の有無へと繋がっているということなのだ。これを改善する為の様々な手段を講じ続けてきた結果、その中で極めて有効もののみが残ったので、それらについて以下に紹介していきたい。


 シンプルながら散歩ADHDや鬱の克服に大変役立つ行為である普段自転車原付で移動する距離を、例えば自転車原付を手で押しながら移動することで、とにかく歩く歩数を増やすことに集中した。iPhoneヘルスメーターも一応活用しており、実際に散歩した分の歩数が如実に数値として現れることにはかなりモチベーションを刺激されることとなった。


 腰の尾てい骨の下に柔らかいタオルを敷いた上での足の上げ下げなど、身体を横にして安定した状態にした上での筋トレは圧倒的に脳への血流を増やすことができる。これで週末の鬱傾向が随分と改善している。なお俺は心肺能力に二十代の半ばからかなり不安を抱えるようになったため、そこまで負荷を掛ける筋トレ実施していないが、自分の体調と相談しながら負荷を増やしていくことが肝要であるようだ。


 ドストエフスキー夏目漱石などといった純文学が望ましい。これらを読む際に脳に鋭い拒否感(としか呼びようのない感覚)が走る人間ほど、読書はうってつけの鬱・ADHD改善法となると俺は思っている。大抵の場合活字を読んだ際に訪れる決定的な拒否感は、脳に対する血流が急激に増えることに由来しているのである。そのように活字に対する拒否感が生じる際にはそっと目を閉じて、左前頭葉辺りに意識を集中してみると、はっきりと自分の脳への血流が増大している様子を感じることができると思う。特に、血流を増やす為には身体を横たえた状態でいることが望ましいのだけど、当然屋外や座った状態での読書も随分と効果を発揮する筈である。また、外国語の読解などもこの読書カテゴリーに加えておく。


  • 絵を描くこと(普段行わない趣味を行うこと)

 基本的に鬱の人間は、日々変化に欠ける生活を送っている場合が多い。

 同じパターンというか、悪い意味で安定しきった生活を送っていることが多いのである

 すると行動の多様性や、積極的な行動への意志が驚くほど抜け落ちていくという事態に遭遇した鬱持ち・ADHD持ちの人間は非常に多いのではなかろうか。というわけで俺はどちらかと言えば趣味としては読書文章を書くことに取り組むことが多く、空間的に物事を把握しそれを描写する絵などにはあまり集中力を払わないことが多かったのだけれど、これがどうやらいけなかったらしい。最近は、漫画イラストを模写したりだとか、積極的に絵を描く時間生活の中に設けるようにしている。ファミレスハンバーガーショップなどに行った時にサッと手帳を取り出して、軽く文章やそれに付する絵を描いたりすることも日課となっている。

 ここで言いたいのは、必ずしも絵を描くことが鬱やADHD改善に役立つといったことではなく、同じ行動パターンや同じ行動に固執することが如何に脳に悪影響であるかということなである。なので俺は最近文章を書き、絵を描き、詰将棋を解き、読書をし、と、とにかくやる事を一つに限定せずコロコロと変えることを意識して生活するようにしているのだ。

 鬱持ち・ADHD持ちにありがちな思考の切り替えや行動の切り替えが上手くいかない人間には、是非絵やその他普段行うことのない趣味を増やすことをオススメする。


 上で書いた通り、卵や牛乳青魚といったナチュラルフードが脳のパフォーマンスに影響することは学術的に証明されて久しい(と俺は思っている)。これはもう殆ど記述する必要性がない事実だが、しかし敢えてここに記述するからには、そこには当然ながらそれなりの理由がある。

 つまり、俺のような鬱・ADHDの併発した人間には、料理を行う際にとある事柄が圧倒的なハードルとして持ち掛かってくるということなである。つまりそれは、そう、料理煩雑さや億劫である

 基本的に鬱傾向やADHD傾向を持った人間はありとあらゆる行動に億劫さを感じるもので、よほどその行動に高い利益や見返りが見込めない限りは、その行動を行いたくないと思うものなのである。そういった面から言って、料理は味よりも栄養価と手間の少なさを重視するように俺は心がけている。準備や片付けの手間をできるだけ減らすために、単に塩焼きにしたり茹でるだけだとか、できるだけ工程の少ない料理(というか殆ど調理)で済ませられるようにしている。

 また、週末になれば殆ど外食で済ます

 脳に一定以上の煩雑さや負担押し付けないことが、ADHDや鬱改善の要点である。時にはサボることも非常に重要だ。


 追記。瞑想効果あると思う。瞑想時に、個人的には脳への血流が如実に感じられることが多く、恐らく脳に対してかなりポジティブ効果が起こっていると思われる。

 読書の後など、脳に負荷を掛けた際にその情報の整理や休憩の為に、短めのカジュアル瞑想を行うことがある。これもまたオススメ


 など


 こんなところだろうか。

 思い出し次第追記を行いたいと思う。


 今年に入って、文学小説の脳に対する効能が非常に大きいことに気付けたのは重要発見だったと思う。読書の際に襲ってくる倦厭感がむしろ血流の増大と関わっていることに気付けたのは、自分としては非常に大きな発見だったと思っている。というわけで、かなり重篤な症状持ちの人間としては、以上のような改善法を進める次第である

 上では書かなかったが、俺は重篤インターネット依存症持ちでもある。

 しかしその依存症もこの数ヶ月で劇的に改善した。俺という人間は、言うまでもなく長所よりは短所欠点の方が随分多く付きまとう人間であるからには、そんな人間にすら効果がある対処法は、恐らく全人類的に効果のある対処法となっていること請け合いである

 是非とも、皆さんにも実行してもらいたい。

 自身病癖を繰り返すようで悪いが、やはり疑いなく、「よい訓練こそが、よい人生なのだ


 それでは。

2018-01-31

anond:20180131182311

成長を何ととらえるかわからないんだけど、残業がないならその時間自己研鑽時間に充てられないものなの?

なんの分野か知らないけど外部の勉強会に参加するとか、資格試験に挑むとか、まったく別の分野で資格勉強会に挑戦してみるとか

単純に将来そうなる可能性があるので参考のために聞いてみた

2018-01-25

知能の低いキモくて金のないおっさんなので資格試験の内容がいつまでも覚えられないのに自己責任と言われるのが辛いです

2018-01-21

昨日覚えたはずの内容をもう忘れてる。

資格試験勉強って大変だなあ。

試験が難しいというより自分がアホなのがつらい。

2018-01-19

勉強」って何なのか教えてやろう

勉強とは何か、何のためなのか、何かいいことがあるのか、どうやってするのか。これがわからなくなったことのある全ての人へ。

まず、勉強は「技能習得」「概念習得」の二つに分類できる。

技能習得

勉強をする」と聞いて大半の人が思い浮かべるのはこっちだろう。問題を解くために勉強する。テストの点を取るために勉強する。資格試験合格するために勉強する。絵の描き方を勉強する。必要目的を満たすため必要技能習得する。

大事なのは意味理解している必要なんてないってこと。例えば数学テストなら、何書いてるか自分でわかってなくても求められている答えを書けばそれで正解する。意味がわかっている人との差はない。もちろん理解必要なこともあるし、それなら必要なだけ理解すればいい。

概念習得

人は、物自体認識することはできない。何を見るとき概念を経由している。自分の知らないもの認識ができない。そんな「世界認識するための概念習得すること」が勉強だ。あるいは「認識の壁を破壊すること」と言ってもいいかもしれない。人一人に見えている世界には制限がある。その制限を壊すために勉強をする。

勉強する時のポイント

勉強」をそんな二つに分類できたが、もちろんこの二つはお互い影響し合っている。実際のところ全く「概念」を理解せずに「技能」を習得することは難しいだろう。「技能」の習得という作業なしに「概念」を手に入れることは難しいだろう。

しかし、この二つは別のことだ。概念勉強だけでは技能は付かないし、その逆も同じ。重要ポイントだ。

勉強をするときは「技能概念のどっちが目的で」「今はどっちを勉強しているか」。これをしっかり意識しよう。』

・「なんで勉強しなきゃいけないの?」

技能習得概念習得でだいぶ意味合いが違う質問だ。技能習得はどうだろうか。テストの点とか。いい大学行っていい就職先が欲しいならそりゃ勉強するべきだ。他にも、役に立つと思うならやればいい。技能習得するだけの勉強なんてただのコツだし、そんなのが壁になって生き方制限されるのは損だぞ。

概念習得はどうだろう。こっちが色々難しい。この「勉強」は、それなりに生きる上で根本的にはいらないものだ。具体的に役に立つことはなかなかない。そして、楽しいことでもない。目的は知らないことを知ることだ。知らないもの自分にない概念なので、怖い。わからない。つらい。でも、する意味はある。思うに、これは一つの手段だ。例えば本を読むだけなら、誰でも手軽に、いつでもいくらでもできる。それで見える世界が少しだけ変わるのだ。もしかしたら、何もしないよりは楽しい世界が見えるかもしれない。たとえ見えなくても、役にも立たなくても、その勉強すること自体が生きる手段になってくれるかもしれない。楽しくなくても。

勉強することって何を選べばいいんだろうか?

概念勉強しろって言われても、何を勉強するのさと思うかもしれない。選定基準はこの辺だろうか。

「やりたいこと」「興味があること」「面白いこと」「役に立つこと」

どうでしょう、何かあった?あるならそれを勉強してみよう。

なかった?勉強したいこととかない?

ならよかった、上記基準は全部忘れてください。新基準こちら。

「やりたくないこと」「興味がないこと」「面白くないこと」「役に立たないこと」

ここから選んでね!

知ろうと思う範囲基準を持つの制限しかならない。その上で行動できる人間ならいいけど、「興味ないから」って言った結果として何もしないでしょキミ。なら、その制限を取っ払おう。ほんの少しでも興味を持てたらそれでいいし、なくてもいい。もちろん興味があるならそれが一番強い。

ランダム性を持とう

知っていることだけ知っても勉強にはならない。知らないことを知るべきだ。

でも、知らない概念そもそも認識できないので、選定候補にできないというジレンマがある。じゃあ、どうやって知らないものを選ぶのか?学生ならすっごい簡単だ。学校行くじゃん?興味ない授業があるじゃん?たまにはその授業をまともに聞いてみよう。これで知らないことを知れた。

学生以外でも、たまたま目に入ったものについて知ってみよう。目に留まった本を、手に取ればいいのだ。そういう意味では本屋図書館は最強。

全てを自分から勉強」にして、認識範囲を広げていく。楽しい楽しくないを理由にして選ばない。こう書けば、生きる手段としての「勉強」、それなりにありな気がしてこない?

もちろん、概念習得に絞る必要はない。自分頭が悪いから…、英語は読めないから…、絵は全く描けないから…。技能がないことで、無意識に壁ができているかもしれない。

もし興味が少しでもあるのなら、いやなくても、その技能習得してみない?

・おわりに

勉強なんて世界認識する一手段しかないし、世界なんて認識する必要もない。

でも、自分認識できていない”何か”が壁になって、そのせいで何もしないよりは、ひょっとしたら楽しいかもしれない。

それなりにやっていこう。

2018-01-03

明日推しアイドル引退する。

彼女出会ったライブのことは、今もわりと鮮明に覚えている。夏の、そう暑くない日。狭い6畳一間の自室でやることもなくだらだらしていた僕のところに、友人が突然訪ねてきた。車に乗れという。断る理由もなかったので着いていくことにし、車内でどこに行くのかと聞くと、あるアイドルグループライブで、それも年に一度の規模であることを知らされた。正直、存在としてかろうじて知ってはいものの、曲なんてまともに聞いたこともなかったし、メンバーほとんど知らなかった。とりあえず車内で一曲だけ、それもぼんやりと覚えることしかできずに会場に着いてしまった。恐怖。緊張。何一つグッズを身に付けることもなく、ペンライトを一本だけ借りて知らないコールとともに迎えたオープニング。正直、セットリストの曲はほとんど覚えていないし、覚えた曲はわりと序盤で出てしまったし、会場の隅っこで大して盛り上がりもしないし、迷惑な観客だったと思う。そんな中で、僕は、彼女の一途なまでに一生懸命一挙一動に、目を奪われていた。誰ひとり、手を抜いているわけではなかった。その中でも彼女は、群を抜いて一生懸命で、だれにもない輝きを放っていた。帰りの車内で彼女を推すと宣言し、友人との会話もそこそこに、ひとり静かに興奮していた。彼女を、応援したい。その思いが、燃え上がっていた。

それからは、次々とライブに通った。彼女にまつわる情報記事や、ちょっとした映像や、その他もろもろにいたるまで、調べに調べた。遅ればせながらのファンである自分にできることをひとつでも多くしたかった。資格試験に追われながら通った冬の二日間、たった一日の休みで行った夏、フェスの1ステージ、さまざまな地方公演、どこでも彼女一生懸命で、そして仲間思いで、グループの中心で、誰よりも真摯ステージに立っていた。わちゃわちゃした、楽しさのかたまりみたいなステージで、みんなが海に飛び込んで思い思いにはしゃぐ中、彼女は波打ち際で髪を振り乱して跳ねまわり、それでいてみんなが遠くに流されないように、しっかりと見守っていた。

彼女はその特徴からグループの顔としての性格ライブ以外の場面では背負うことが多かった。いろんな場所自由に泳ぎ、また重い責任を自ら引き受けているようでもあった。その姿はどこか、ステージの上の彼女とは違って見えた。どちらがいい、悪い、というものでもなかっただろう。きっと、彼女のできる一生懸命ひとつだったのだろう。そのことには気付かず、僕は違和感のまま、いつしかメディアに登場する彼女を追いかけるのをやめてしまっていた。結局、ステージに立っていない彼女に会うのが怖くて、ほとんど、接触に行こうともしなかった。一度だけ彼女と撮った写真はもうほとんど、見返すことすらない。

よくも悪くも、変わらない新年だった。正確には、はずだった。グループを、大きな不幸が襲った。僕ですら、受けた衝撃は未だにどこか残っている。ましてや彼女たちなんて、どうしようもなく計り知れない。それでも、ツアー淡々と決まり粛々と予定通り始まった。正直、延期しないかな、とすら思っているなか迎えた初日、完全に楽しむ準備ができていなかったことは、一つの事実だった。自分気持ちというよりは、彼女たちが背負いすぎてしまっているのではないか、そんな不安があった。楽しそうな、今までに見てきた彼女たちしか見たくない。わがままだとはわかっていても、せめてステージの上でだけ、楽しい夢を共有していたかった。明らかに異質で張り詰めた空気の中、幕が開いた。勇壮テーマ曲とともに、彼女たちが登場してくる。胸を張って、堂々と。翳りはどこにもなかった、とはいえ、まだ一息つけただけにすぎない。まるでサーカスの綱渡りを、一番大切な人が、しか命綱なしで渡っているような、祈ることしかできない感覚。次々に歌われる新曲を聴きながら、思いを振り切るようにずっと彼女の表情を、動きを追った。きっと何もないどころか、乗り越えたような顔をしているに違いない、そんな見込みすら、彼女一生懸命さには甘かったのだと思い知らされた。無理やり変えさせられるこの状況、それすら彼女は乗りこなそうとしていた。僕は安心するとともに、彼女たちの幸せを願うことしかできなかった、その無力さを思った。

ツアーは続き、最終日を迎えた。この日が山場になることは、タイトルからも明らかだった。乗り越えるべき壁と、登った先に見える風景。それを確かめるための日々が、確かにここにあった。そしてまた、徐々に彼女の変化が、かたちとなって現れていた。とはいえそれがどういう意味を持つのか、僕にはわからなかった。彼女なりの戦略であり、そう振る舞うのが「正しい」と信じて疑わないようでもあり、その圧倒的な説得力は、信じることしか与えなかった。

夏が来た。一年に一度の、楽しい夏祭りだった。最初に行ったときよりもみんな、歌もダンスも上手になっていたし、楽しくならない理由はなかった。そしてその通り、僕は思いっきり楽しんだ。

余韻の残る翌日、彼女から発表があった。予告されたときはまだまだ、祭りのあとの甘い気分の中にいた。一人の仕事が増えていたし、それに関することなんだろうな、くらいにしか思っていなかった。そんな中発表されたのは、彼女グループ卒業する、ということであった。

大きな衝撃を受けたことは覚えている。ステージの上の彼女はどこか永遠だと思っていたし、彼女はそのぐらいの輝きを放っていた。そのことが、事実でなかったと改めて思い知らされた、その衝撃だった。とはいえ、不思議なことに、悲しみとか怒りとか、そういった行きどころのない感情は湧いてこなかった。彼女はいつでも一生懸命で、いつでも正しい。これまでもそうだったように、これからもそう、という信念が、確かにあった。

それから彼女は、今までの変化を、よりはっきりと押し出してきた。それは、自分が周りを照らすこと、そうして周りのメンバーの魅力に、しっかりと気づいてもらうこと。自分が道を示して、また自分がいなくなったあとの、その道筋を作ること。そのために一生懸命になっている、そう感じられた。今まで以上に、自分が目立てばまたそれが、グループのためになる。そういった覚悟すら引き受けているようだった。

そうして一日一日、彼女卒業までの日々が近づいてきた。悲しさはもちろんある。とはいえ、アイドルファンでもある彼女が、アイドルである自分を楽しんでいる様子は、見ていて微笑ましくなるほど楽しいし、どうしようもなく嬉しい。彼女はきっと、自分グループの、一番のファンでもあった。あってほしい、という夢くらいは抱かせてほしい。

これから最後の幕が上がる。その最後ステージが、どうなるのかは見当もつかない。ハチャメチャで、楽しくて、彼女たちがこれからもずっと幸せでいてくれますように。

2017-10-28

勉強するならカフェよりカラオケ

休日昼のビジネス街にあるカラオケは良い。客層は悪くないし、そもそも空いている。

自分だけの完全な密室が用意され、ドリンクバーに綺麗なトイレが着いて来る。狭いテーブルをなんとか確保して、一杯のドリンクで粘った挙句周りの客や店員の目を気にしなきゃいけないカフェなんかよりずっとコスパがいい。資格試験なんかの勉強をしたい人にはうってつけ。

飽きたら一曲大声で歌えばリフレッシュしてまた集中できる。シートに寝転べば快適に仮眠も取れる。最の高。

2017-10-27

anond:20171027224604

はいろいろあるよ。だけど、まずメシくえんと生きていけんだろと。そして、政治家なんか自由業に近いのだから、どこかの社員とかでは無理だよ。

選挙の間あちこちに顔出さないとならないんだけど、そんなのやらしてくれないだろと。

よっぽど大手企業労働組合で、組合の専従とかならともかくな。

それなら高度士業であればまだ自由が効く。

高度士業で人雇って自分で動けるぐらいにね。

会社起こして軌道に乗せるというのも手段の一つだが更にハードルが高いだろう。

新しい経済理論がどうこうというのなら、今の経済学をしっかり身につけないとならないだろうし。

なにか新しい経済理論を作りたいのならそれこそ経済学から収めて、博士まで行ってその上で論文一般人にわかる本をいっぱい書くなんてのもあり得るが、

はるかハードルが高いね。その間の飯どうするんだと。しかも、経済学博士なんて食えない職業だし。

というか、政治家になる時点である意味承認欲求でドロドロしたのをかいくググって通らないといけないみたいなハードルが高いもんだ。

お前が言う追加のものも走りながら痛い目見て対処方法自分で見つけていくもの。こんなところで聞いてるぐらいじゃ無理。

例えて言うなら、世界を変えるぐらいの経済を変えるぐらいになるのを山頂とすれば、今のマクロ経済学の基礎を習得して、高度士業を起こして順調に回すぐらいで1合目ぐらいか

資格試験に出るぐらいのマクロ経済学って高度士業クラスでも基礎だからな。

2017-10-26

anond:20171026003648

そうか?

男ならもっと楽で良い給料仕事に就けるのに、保育士なんて薄給で激務な上資格試験である仕事を、わざわざ選ぶ動機はなんだと思う?

ロリ合法に触れ合いたいからだろ

2017-10-25

anond:20171024205956

大検みたいな感じで資格試験設けて、通わなくても自学出来る人はそれで済むようにすればいいんじゃね

直接指導必要な人もいるからそれはそれであっていいし

2017-10-24

そもそも学校って必要なのか?

もういらないんじゃないかな。

授業は教科書配信だけで十分、人間関係は個々人が好きに学べばよし、小卒・中卒・高卒大卒認定資格試験みたいな方式で取得すればいい。

人と接する能力すらもいっそのことそういう資格にしてしまえばよし(共同生活能力準2級みたいな感じで)。

学校ってシステム不要だよ。

あんなの「仕事してるふりをする練習」や「狭い世界でのマウントゲームに魂を捧げる実践訓練」を学習能力の一番高い時期にやらせてるだけでしょ。

その方が偉い人には都合がいいのかな?

日本のものが衰退して終わりつつ有るのを見ると、とてもそうとは思えないんだけどな。

20年後の社会人が目の死んだ扱いやす奴隷であってくれさえすれば、30年後に国が滅んでいてもいいって考えの政治家官僚が多いのかね?

2017-10-13

恋に落ちてなにも手に着かない

恋と言っても画面の向こうの方々である

最近ずっと通勤の行き帰りは英語勉強してたし、暇なとき単語覚えてたし転職に向けて資格も取ろうかなとちょっと向上心持ち始めてたんだけど

青春時代に聴いてた音楽を久々に聴いたらびっくりするくらい心に染みてしまい、最新のアルバムまで買い漁り、ライブにも行き、通勤中はずっと曲を聴くようになってしまった。はやく次のライブに行きたいがツアー終わったところ?終わりかけ?だし、今回取れたチケットが神席過ぎたので次のライブでまんぞくできるかどうか。つらい。

あと、ふらっと見に行った外国映画の主演に惚れてしまい、暇があれば画像検索するようになった。

ただ非英語圏なのでSNSを見てもファンサイトを見ても何も読めない。あんまり日本に来てる作品にも出ていない。補給できなくてつらい。とりあえず映画は3回見に行った。

彼の母国語参考書を買おうか悩んでいるが、先述の曲を聴くのに忙しく久々に申し込んだTOEIC勉強資格試験参考書放棄中の今である

音が出せるorイヤホンが手元にある時間は曲を聴き、それ以外は俳優画像を眺めてニヤニヤする呆けたにんげんになってしまった。

どうしたら全うな生活に戻れますか。

2017-10-06

無能手当」が欲しい。

半分冗談で言うのですが、「無能手当」が欲しいです。

障害者障害者の子を養う支援はありますが、単純に無能な人・要領の悪い人を少し救う何かが欲しいです。

苦労して友達を作って、苦労して仕事について、苦労して仕事を続けて、苦労して資格を取って、苦労して趣味を続けて・・・

何かを成し遂げるのには、平均的な人よりも金も時間も体力も掛かります

例えば街コンに1回参加するだけで8000円くらいかかりますけど、友達がいない人はこうやってお金を沢山かけ出会いを作るしか無いわけです。ノウハウを調べるのにも多くの時間がかかります資格試験だって、再試験するたびに書籍代も受験料もかかります

失業したらお金がなくなります。稼ぐ力も弱い事が多いでしょう。

ただの一過性なら良いのですが、人生のものがこの調子で大変なのですよ。


手当が欲しいとは言っても、現実には出来ないのですがね。だから半分冗談の話です。

無能をどう定義するのか、どの程度の支援適当なのか、努力している人とやる気の無い人との違いは判断がつくのか、ある一面で著しく劣っていても他の面で卓越する部分があるかもしれない・・・等、問題が大きく、「無能手当」は無理ですね。

無能とは違いますが、失業手当等は存在するので、弱者を助けようとする制度なら実在します。

なんでも自己責任という事は無いと思います

大卒なんて試験だけで十分だろ

将来的に大学なんて、研究だけやって、大卒資格単位ごとの資格試験としてやればいいんじゃないか?

大学で教えることは教育じゃなくて学習だし、私立の小中高みたいな育て方の多様性なんて必要ないだろ。

学習方法多様性は、学習サービス多様性担保できる。

と思ったけど大学卒業論文必要なのがネックなんだな。卒論のためのサポート必要なのが。

いっそ講義のみの卒業と、学士以上の研究コースに分けたほうがいいんじゃないか?4年目も院に含むみたいな形で。

Fランのゴミ卒論とか不用だろ

2017-10-05

anond:20171005112547

選挙資格試験実施して、資格制にしたらいいんじゃね?

資格持ってたら未成年でも老人でもOKで、合格できなかったら20代でも選挙行けないとか。

2017-09-20

anond:20170920101548

育ちじゃないのかなあ。

両親が仲悪かったりすると非リア充になるんだよ。

非リア充はね、生きる資格がない、とか考えちゃうんだよ。人殺したわけでもないのに。

それと同じように、こんな俺には彼女を持つ資格がない、と思ってしまう。

そんな資格試験など無いと言うのに。

ちなみにそんな資格試験など無いということが直感にわかってるのがリア充な。

2017-08-27

資格試験スレ

〇〇の××テキスト(講座・模試等)のおかげで受かったー!みたいに書いてる奴が複数わいてて

正直ステマか何かとしか思えん資格ビジネス死ね

anond:20170826172932

勉強」っていうのは、資格試験自分の業種・興味ある業種の情報を集めるということかしら。

もうすこし詳細だと嬉しい。

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