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はてなキーワード: 一過性とは

2018-12-06

キンコン西野の嫌いな理由

西野だけじゃなく、西野コラボしている奴等も同じだが

結局学祭の準備みたいな高揚感楽しんでいる感じが嫌。たま~に結果出てるのも継続性よりは若い子向けの一過性なのばかり

正直、シンパ気持ちが分からない。必要とされている感がたまらないのかな?

2018-11-26

うみねこのなく頃にの古戸ヱリカについて

キャラ考察でも世界観考察でもない、キャラ萌え語り。

贔屓目と愛ゆえのdisりも多々ある。

読み返さないから取っ散らかってるし誤字脱字があるし何言ってるのかわからないと思う。

古戸ヱリカって本当可愛いいんだよなぁ…。

ジャンル一過性で好きになるキャラはいるし、その瞬間、そのキャラに対する愛は古戸ヱリカより熱烈なものだったかもしれない。

でも確実に言えることは、ここまで長い期間私の心の中の恋人枠として存在しているキャラは古戸ヱリカただ一人。

推しとか嫁とかそういうものではない、かといって恋人という言葉もしっくりこない。

私にとって古戸ヱリカってなんなんだろう。もはや薬というか脳内麻薬を誘発させる存在になりつつあるのかもしれない。

まず古戸ヱリカの何が可愛いってあの憎たらしい性格だよな。

もう性格がどうしようもなく悪い。古戸ヱリカテーマ曲でもある「名探偵は知っている」の上品だけどなんとなく相手を子馬鹿にしたような絶妙BGMが最高。

ベルンカステルラムデルタに対してはもう、あおむけで腹丸出しで撫でられてアヘアヘしてるイエスマン犬なのに、(一応)部下のガートルードとコーネリアとドラノールに対しては完全に見下してドSモードになるギャップね。

ていうか我々の目線で言うと初っ端はあの肖像画が先に公開されたものから、これは超絶美少女キター!と思ったらEP5ジャケ絵であの立ち絵からな。

いや、結局なんだかんだで誰の描く古戸ヱリカが一番かわいいときかれたら竜騎士の絵なんだけどね?

やっぱり初登場?というか立ち絵バレだけであれだけネタにできるってなんなのもう…。

見た目も可愛いんだよなー

まず超個人的に、私はイメージカラー青色キャラを好きになり易い、というところから始まってるということもあるんだけどもね。

まず頭部のごちゃごちゃしてる感じ?属性つけすぎなかんじ?

青髪+大き目のツインテール+前髪パッツンツインテールの下にボブの残り髪+薔薇リボンのヘッドドレス

どんだけ装飾してんだよ…もう好き

あとやっぱりドレスがフリッフリなところがいいよなぁ…

いや、ただ甘ロリってだけでも可愛い萌えるんだけど、古戸ヱリカがあのドレスを着てるのはあくまたまたま漂着した島に滞在していた一家金持ち

金持ちの娘の余所行き用の古着を借りてるからあんな豪勢な服を着ているってだけで、普段着はただの一般庶民のふっつーの格好の可能性があるってところにより萌えがある!!

いやもともといいところの子可能性も作中で示唆されているけど、個人的にはスーパーセール毎日チラシでチェックするような一般庶民育ちであってほしい。

何気にタイツ薔薇柄なのも凝ってるよなー

あと個人的にはスカートを履いてるキャラはまぁスカートの形状にもよるけど、基本的には膝上5cmくらいがもっともツボなので、そこにもグッとくる。

本当に私のためにこのキャラを創ったのかな?ってくらい私の心を撃ちぬいてくる。

あとまぁ、なんといってもその表情の豊かさが凄い。嘲笑だけで何パターンくらい書かれてるんだろう。

まぁ一際印象にあるのが、トイレ我慢顔と解放顔のエロさね。あれはヤバい

2chトイレ我慢顔という言葉を見たせいで歪んだ性癖植え付けたられた。

あとウェディング姿で谷間があってそこそこ膨らんでるところも夢が広がる。

実は隠れ巨乳だったのか、貧乳なのを無理矢理グイっとして谷間を作っているのか…

古戸ヱリカは見栄っ張り女であってほしいので、私は無理矢理谷間を作っていてパッド詰めてるに一票。

そういえばウェディング姿でツインテールってどうなんだろう?いや私は似合ってればなんでもいいと思うけど。

ウェディングドレスマーメイドタイプなのももう…本当なんなの子キャラは?最高すぎるわ。

普段甘ロリでこどもっぽいのにウェディングドレス大人アピールとか欲張りセットか。

あと、コミカライズ漫画家による古戸ヱリカの違いも比べるてみたらそれぞれ味わいがある。

タカ氏の描く古戸ヱリカは、どういえばいいんだろうなぁ…生き生きとしてるって言えば良いのかな?

まぁヱリカが一番調子に乗ってるEPから基本的にずっと生き生きしてるんだけど、その緩急が上手いと思う。

金蔵の部屋の前で戦人に恥かかされた時の顔なんてもう……言葉に言い表せないよね。

恥辱顔はうみねこでよく登場するけど、秋タカさんの描く表情に一際エロスを感じるんだよなー。私のツボなのかもしれない。

床に転ばされたコーネリアの顔もすっごい興奮するし。まぁ竜騎士原作絵でも興奮したけど。

一々顔が憎たらしいんだよな。「夏妃さんって結構頭悪い方ですよね?」のシーンとか本当ウザ可愛い

タカ氏は漫画私的にすごく読みやすくて構図がカッコイイと思うシーンが結構ある。

ベルンカステルとヱリカが一緒に「チェックメイト」と言うシーンとかキャラ萌えとか関係なしに普通にいいと思う。

リカの鎌のコミカライズにおけるデザインは秋タカ氏によるものなのかな?あのデザインシンプルながら結構好き。

ガチギレした時の顔もいいんだよなぁ…完全に悪役の顔だもの…。5巻とか表紙絵バイバイ

あとうみねこってグロいシーンが結構あるけど、所謂リョナ的なシーンはヱリカが一番多いのかな?グロは大体死体とか一瞬の殺害シーンだし。

真里亜虐待シーンとかベルンカステルEP8のぶん殴られの印象が強いけど、ヱリカEP5でVS魔女陣営ガンガン抉られてるし

EP8で人間たちにばかばか殴られてるし、結構使えるシーンが多い気がする。

ラストに戦人と宣戦布告しあうシーンとか、戦人も悪役顔だからどっちが主人公かわからないww

桃山ひなせ氏の描くヱリカはとにかく可愛い

ていうか桃山ひなせ氏が描く女キャラは全員可愛い少女漫画的な華憐って感じの可愛さだと思う。

Gファンタジーの18周年記念の色紙とかもうどうにかなっちゃいそう。

個人的イメージだけどヱリカ笑顔の時八重歯がすごく印象的なんだよな。まぁヱリカに限らず竜騎士ほとんどのキャラ八重歯描いてるけども。

桃山氏はよくヱリカ八重歯を描いてるのでそこも大好き。

恋愛脳だった

絵が他EP漫画と比べてロリっぽいのも好き。

嘉音失踪トリック対決の時のヱリカ推理場面とか、もう一生読んでいられる。

リカ可愛いわ、表情がコロコロ変わるわ、ベアトが煙に巻いてるのにまんまと騙されてるわ、でも煙に巻かれた所以外の推理にはちゃんと答え出していて頭いいわ…純粋ベアトの攻防とヱリカのちょいちょい真相に掠ってるギリギリの感じもいいし…

キャラ厨としてもうみねこ信者としてもあの一連の場面はうみねこの中でも相当好きだな。完成度が高い。

ドラノールも相当ロリっぽくなってるので少女百合漫画を見てる気分になった。

リカの死を見届ける覚悟をしたドラノールとかこれもう公式百合っぷるですわ。

リカの死に際が美しいしかっこよすぎるんだよなぁ…。最高の表現をしてくれた桃山氏には脱帽する。

最後の一太刀心臓狙ってるところがかっこよすぎ。矛盾した赤が並び立ってからのEndとか竜騎士は本当盛り上げる演出が上手いわ。

夏海ケイ氏のヱリカは何しろ凛々しい。

私のフェチとして膝小僧がゴツッと骨ばってる感じが好きなので、夏海氏のヱリカはそこも素敵。

ロリ縁寿に凛々しく諭している姿から、戦人を見つけてからヒャッハーしてる姿に変わるギャップが凄く好き。

リカ二面性に翻弄されっぱなしだわ…。

EP5の推理で当時負かされた(というか引き分けにされた?)屈辱を存分に発散しているさまは憎たらしくもあり爽快感もある。

いっちょ前に海賊帽被ってコスプレ気分でウキウキな様子からの、ラムダの友達ビビってるヱリカスーパー可愛い

黒戦人登場からベアトとの決闘最後のシーンで「消えろよ安田紗代ォ!!」とヱリカが言うのが少し唐突だと思ったんだけど

あれはEP6の戦ベアとの決闘でのヱリカ最後台詞である「我こそは六軒島の18人目の人間ッ!」がベアト心臓を狙いに行ってるから

それをEP7越しに回収しに行ってるんだよな。

原作では放置されてたEP5と6における屈辱を戦人とベアトの二人にきっちり落とし前つけに行ってるのが、実にヱリカらしい。良改変だと思う。

魔太郎並の恨みだな。

まぁ外見とか性格とかはおおまかにはこんなところかな。

あと古戸ヱリカという存在、というか概念も好き。

クローズドサークル世界観なのに幻想世界の住人とかの新キャラが増えていくなかで、「事件当日に島に流れ着いた人がいたかもしれない可能性」を擬人化した存在が登場するって何それ…

絶対好きになるやつじゃん…

極小の可能性だからリカの主は奇跡魔女

そしてヱリカは、親族でも使用人でも知り合いでもなんでもないので好き勝手野次馬根性推理をする知的強姦者(メタ的な意味だと我々読者に近い存在)。

と見せかけて、実は作中での我々によって六軒島爆発事件と結びつけられて行方不明であることを弄ばれている存在だった。

この設定が本当面白いと思う。

あとEP6でベアトに敗れたあとに、ベルンが「主じゃねーし」とどっかいたことで

奇跡に見放された=事件当日にヱリカなんていなかった という風になるのが上手いこと演出してるなーと思う。

EP6終了後のチップスでexecuteすると、駒世界では行方不明扱いになって、幻想世界はいなかったことにされてるギミック面白い

漫画しかメディアミックスに触れてない人には是非プレイしてほしい。

古戸ヱリカほんと可愛いわー。来年で初登場から10周年かー。感慨深いな。

2018-11-24

anond:20181123234444

カバは池の中で生態系最上位にいる。

カバトムソンガゼルを食べてフンをする。

小魚たちはカバのフンを食べて生活している。

カバ文字通り身を切って肉を小魚たちに与えたら小魚たちは一時の繁栄を得るかもしれない。

カバの肉を食べた小魚繁殖し、そしてカバの肉が尽きれば生まれ小魚死ぬだろう。

しかもその傷がもとでカバ死ねカバが生きたであろう20年分の食料を失うことになる。

もしカバ小魚のためを思うなら、なるべく長く生きて、陸地から池へと栄養を移動させることが賢明なのである

貧者を助けるためには、思い付きで一過性の富を与えても効果的ではない。

経済活動安定的に続けることが最も合理的なのであって、小金持ちにできる唯一のことなのだ。

2018-11-12

anond:20181112193613

>人さまの家のおかずまで用意するのは手間のわりに喜ばれる保証のない行為

コレ含めてその通りだと思うけど、「一過性」なので、後日まで話が続いても「ありがとう。」で一応終われるとは思う。(実際には不要なら、全部/一部食べないで、感想だけ伝えることは出来る。心理的負担になりますが。)

服は、後日まで残るものなので、そこは面倒かな、と。

食べ物も、伝え方を失敗すれば、また頂いちゃいそうですけどね。(実際、そういう人居ますが。)

anond:20181112192152

私は一過性で生ものであるところが食べ物の面倒くささだと思ったのですがどうでしょう

自分ご飯の支度をしていないとかもう一品ぐらいおかずが欲しい状況だったら有難いですが、「既に自分調理済み」とか「外出の予定でいただいたものを食べる余裕がない」とか「メニューや味付けが好みでない」とかだったら始末に困ると思います

食べてもらえる状況にあるのがはっきりしているならともかく、人さまの家のおかずまで用意するのは手間のわりに喜ばれる保証のない行為ではないでしょうか。ある程度お互いの家庭の状況が分かっている相手でないと出来ないことだと思います

anond:20181112191510

一過性の消費度合いが高いので、まあ食べ物は取扱い易いですがね。特に市販のものであれば。

手作りは、相当に親密でないと重たいですな。

2018-11-08

anond:20181108162112

その心がけは素晴らしいけど、無理なんだと思うよ

それを成功させてる先人を君は見たことも聞いたこともないでしょうよ(同性同士下の話は聞かないだろうけど)

私みたいにそれだけでもかなり幸せになる女性はいるので、その心がけを持った貴方は素晴らしいのは確か。

私は本当にそういう誠実な男性が一人でも増えてくれたらいいと思ってるけど、無理なんだ…

だってそういう風に出来てるんだもんね、男性は。

ぜひせめてその気持ちだけは抱えて生きてくれ、結局出来なくてもいいか

本当に無理なんだと思う。そういう時、女も男を責めないで済む様、そうでないともっと啓蒙して欲しかった。

女の人はぜひあんまり男に誠実に真剣に付き合わない様にしてほしい(浮気しろってことでなく、どうせ一過性の付き合いと分かれってこと)。

2018-10-31

格ゲー叩きしてるはてなーって何故か見習うべき対象将棋囲碁を挙げてるけどそれらが廃れてないと思ってんのかな

囲碁ヒカルの碁ちょっと盛り返したあと下降の一途、将棋藤井ブームで持ち直したけど

基本的一過性ブームで持ち直すことはあっても下がる一方、プレイヤー高齢者率も上がる一方なのに

将棋囲碁を廃れてない扱いするなら格ゲーも廃れてないって


やっぱはてなーって年寄りが多くてその身の回り感覚で物言ってるからそうなるのかな

2018-10-29

anond:20181029165213

どのみち男向け同人人気なんて一過性のもんだからなー

まあ男女関係くそうなんだろうけど

2018-10-26

セロトニン症候群

どこにもかけないのでここに書く。

私は長いことうつ病の投薬治療をしている。

経緯は省くが、「レスリン錠」という薬を処方され、翌週「レキサルティ錠」を追加した。

この結果、セロトニン症候群と思われる症状になった。

最初に現れたのは「離人症」だった。

自分のしていることが他人がやっているようだった。

自分が考えて決めたことが、他人が決めたように思えてならなかった。

次に一過性健忘症になった。

駅で唐突自分がなぜここにいるのか分からなくなった。

自分簡単日記を付けているのだが、数分おきに「我に返った」と書いていた。

他にも異常なことをたくさん書いていた。

上記の症状を医師に伝え、「レスリン錠」の服薬を中止した。

そうするとセロトニン症候群と思われる症状がおさまった。

同じアニメを繰り返し観ていたのだが、唐突意味が分かるようになった。

それまでは意味が分からないまま観ていたのだ。

ゲーム意味も分からなくなっていた。

唐突ゲーム目的を思い出した。

問題はここからだ。

うつ病の投薬治療中、自分は性欲がなくなっていた。

ところが、この1ヶ月、セクキャバ1回、ピンサロへ3回行き、浮気を3回した。

今日も午後から浮気に出かける予定だったが、我に返って断った。

精神系の薬ってマジで怖い。

2018-10-19

横山由季子「ブロックバスター展は善か、悪か」を批判する

 美術手帖で連載中の「シリーズ:これから美術館を考える」の第6回、横山由季子(金沢21世紀美術館学芸員)による「シリーズ:これからの美術館を考える(6) ブロックバスター展は善か、悪か|MAGAZINE | 美術手帖」。一読して何が言いたいのか理解し難かったが、それもそのはず、書いている本人が考えがまとまらないと言っているのだった。

まとまらない考え、逡巡をそのまま書いてしまいましたが、現状を共有することで、今後の共催展、ブロックバスター展について考えるきっかけになれば幸いです。

https://twitter.com/blanche1002/status/1051094298815430659

 「考えまとめてから話せ、バカ」で済む話ではあるけど、一部好意的に受け止められている様子もあり、少しこだわってみたい。

 まず、かなり気に食わないことの一つに、ブロックバスター展について「善か、悪か」と問うている点がある。「善悪」というのは倫理道徳的価値判断であり、展覧会評価をするにあたってはなじまない言葉である。「是非」でよかったはずだ。にもかかわらず、横山は敢えて「善悪」という強い言葉を用いた。その理由は推測することも可能だが、不要から止めておく。ただ、私自身は「善か、悪か」という問いに答える気にはならないし、また応じて「ブロックバスター展は悪だ」と言っている人がいたら異様だと思う。些末な問題ではある。しかし、筆者の立ち位置や考え方が無意識に出ているように見受けられる所、注意を要する点である

 次。筆者はタイトルで「ブロックバスター展は」と議論対象提示する。そして文中で「ブロックバスター展」の定義を明確に行う。ここまではまったく素晴らしい。だが、なぜか横山は文中でブロックバスター展以外についても語り出してしまう。こんなわずか短い文章にもかかわらず、その対象を固定することすらできない。大丈夫なのか、この人?

 実際に対象になっているのはブロックバスター展と共催展である。前者も後者の一部だが、このうち60~70万人ほどを動員したものを指すと定義している。もちろんそれ以上動員した場合も含まれるのだろう。また、共催展以外でこの規模の動員は不可能と考えられる。すなわち、60万人以上の動員を記録した展覧会ブロックバスター展だと言っていい。明確だ。

共催展のなかでも、とりわけ規模が大きく大量動員が見込まれものは「ブロックバスター展」と呼ばれる。ブロックバスター展の基準について100万人以上の動員としている記述もあるが、近年ではさすがにそこまでの来場者を集めた例はないので、ここでは60〜70万人規模の展覧会ととらえることにしたい。広報会議メディア担当者と話していても、60万人あたりがひとつ分水嶺になっているような感覚がある。

 共催展一般共通するものであるならば、わざわざ分ける必要はない。だが、60万を越える規模になると、単に量の違いではなく、質の差が出るようだ。「60万人あたりがひとつ分水嶺になっているような感覚」というのはそういうことだろう。ならば、「ブロックバスター展」と呼び分けることに意味が出るわけだ。

 しかし、結局筆者が俎上に乗せるのは共催展一般であって、ブロックバスター特有問題についての指摘はわずしかない。筆者は読者にブロックバスター展のみに絞って考えて欲しいのか、それを含めた共催展一般について考えて欲しいのか不明である。というよりも、筆者自身の中で、その程度のことすら整理できていないのではないかと思われる。

 そんな筆者横山が共催展やブロックバスター展の「現状」についてどのように認識しているか批判的に捉えているか文章引用しつつ細かく見ていこう。

ブロックバスター展はその華やかな話題性によって、普段美術館に足を運ばないような人が展覧会を訪れるきっかけをつくり、美術裾野を広げているという側面もある。そのいっぽうで、やはり集客のために打ち出される広報の数々は「イベント」としての側面を強調するものであり、一過性の消費で終わってしまうのではないかという危惧がつきまとう。

 一過性の消費の何が悪いのかさっぱり分からん人生は短い割に、世界はあまりにも豊かだ。誰しもが、美術とがっぷり四つに組んでいる暇があるわけではない。すべてのことに入れ込むことはできないわけだ。学芸員成るほど美術真剣に取り組んでる横山も、例えば音楽とか、芝居とか、映画とか、ほかのジャンルに関しては一過性の消費で済ませていたりするわけでしょ? 美術に対してそういう態度をとる人たちを批判する権利なんかないわな。

そして現場学芸員は、採算性と学術性を両立させるという大きな矛盾に直面することになる。

 ブロックバスター展やそれに準ずる共催展に足を運ぶ人の多くは、作品を見に来ているのね。有名作に心踊り、傑作に胸を打たれに来てる。学術性とか、正直無くても構わないとすら思っている。

最近ではメディア側も展覧会事業にこれまでになく採算性を求める傾向にあり、10万人を動員する小規模の企画を年に何本も実施するよりも、大量動員が見込めるブロックバスター展を1本開いたほうが、労力的にも資金的にも報われるという事情もあるだろう。

 共催展の数を減らして、ブロックバスター展に集約していると読めるけど、事実なのか?

あくまでも組織としては採算性が優先されることになる

 当たり前なのでは。

ここで、そこまでの費用をかけてまで、海外作品を借りてくる必要があるのかという問いが生じるだろう。国内美術館にも豊かなコレクションがあり、それだけでも十分に展覧会は成り立つ。実際に、近年では国内の所蔵品を中心に見ごたえのある展覧会が多く企画されている。

 ブロックバスター展や美術館展など、学術性の低い展覧会批判する人って、だいたい欧米によく行っていて、そこで十分に作品を見ている人なんだよね。だから、そういった展覧会が名作や有名作を持ってきているということ自体意味を見いだせないわけだ。でも例えば、今後10年間、海外所蔵の作品を見ることを一切禁じるって言われたら、我慢できるの? できないでしょ。できないなら「国内美術館にも豊かなコレクションがあり」とか言って欲しくないよね。子供仕事で忙しい人、貧乏人、障害者、老人。誰しもが気軽に海外に行けるわけではない。そういうところにブロックバスター展の意味の一つがあると思うんだよな。弱者に優しいという点を鑑みれば、筆者の問いかけに「ブロックバスター展は善である」と答えることも可能かもしれない。

共催展の広報において差し迫った課題は、いかにして若者展覧会に足を運んでもらうかということである。とりわけブロックバスター展を支えているのは、バブル期以降の大型展に足を運んできた50代以上の世代であり、メディア側も確実な集客を見込んで、この年齢層に的を絞った広報戦略を立てることが多い。しかしながら、このような目先の集客ばかりを求める広報が続くようであれば、美術館展覧会未来はそう長くはないであろう。

 若者じゃないから分からないけど、どっちかというとやはりブロックバスター展の方が若者リーチしていて、それより規模の小さい共催展に問題がある気がするけどなあ。今なら例えばフェルメール展とルーベンス展。

近代美術の延長線上に現代美術位置づけ、両者を結びつける作業は、やはり美術館が担うべきものである。そして、村上隆草間彌生などの知名度と人気を誇るごく一部の作家を除いて、メディア現代美術展に出資することは考えにくい。美術館が主導して近代美術現代美術をつなぐ展覧会企画したり、現代美術一般へと浸透させる持続的なプログラムを行うための体制づくりや予算が求められる。

 これはブロックバスター展や共催展の問題じゃないよね。美術館学芸員が怠けていたからこういう状況になったんじゃないの? 「国内美術館にも豊かなコレクションがあり、それだけでも十分に展覧会は成り立つ」んでしょ。美術館主催粛々とやってればいいのでは。

数十万人の来場者を想定したブロックバスター展の場合、あまり大胆な切り口を提示することは難しく、個展であれば年代主題ごとに画業をたどるようなオーソドックス構成となりがちだ。先行研究調査をふまえた新たな視点を、カタログ論文作品解説のなかで示すことはできても、展覧会構成全体に反映するにはいくつものハードルがある。とりわけオルセー美術館ルーヴル美術館からまとめて作品を借りる場合は、これらの美術館学芸員が監修を務めることが多く、そのことによって企画自由度が低くなるという側面もあるだろう。

 そういう学術性は不要なんだって。単にいい作品を持ってくればいいの。学術性を発揮したいのであれば美術館主催の展示でやればいい。それでは自分能力が十分に生かされないと感じるなら本場の美術館就職してください。あと、日本学芸員よりオルセーやルーヴルの学芸員の方が信用できるから、その場合は口出さなくていいよ。

オルセー美術館には各所蔵作家の膨大な資料が集められており(ルノワールだけでざっと50箱以上はあり、フランス語だけでなく、英語イタリア語ドイツ語スペイン語、そして日本語や中国語韓国語資料網羅されている)、それを日々リアルタイム更新していくドキュメンタリストたちがいる。学芸員は彼らの協力を得て調査研究に勤しみ、その成果が展覧会に反映される。この蓄積こそが、オルセー美術館の、さらには今日における世界的なフランス近代美術の人気の礎なのである。これは一朝一夕に実現されるものではなく、長期的な視点に基づいた、たゆまぬ歴史化の作業の賜物といえよう。

 日本フランス絵画についてオルセーと張り合う必要なんかないよ。自国美術研究環境が貧弱なこと(いろいろ話を聞くに相応の事実だろう)については悲しむべきことだけど、西洋美術基本的に横のものを縦にしてればいい。もちろん立派な研究をなしとげれば敬意を表するが、俺達のブロックバスター展を研究発表の場として利用してくれるな。

 私はブロックバスター展やそれに準ずる規模の共催展を楽しんでいるのだ。それを学芸員風情の浅薄な考えや安っぽい使命感によってぶち壊さないで欲しい。日本に居ながらにして傑作や有名作を鑑賞することができる。これだけでブロックバスター展は素晴らしいものなんだ。ということを学芸員玄人気取りに理解してもらいたいのだが、なかなか難しいのかもしれない。

2018-10-09

anond:20181009073756

社会学って歴史学とかと比べて理論志向する傾向の強い学問だと思うんだが、それを捕まえてローカル志向一過性出来事とか言っちゃったらニッポンバラタナゴ超新星爆発ローカル一過性出来事普遍性なんかないだろはいおしまい、って話。

歴史学にも理論はあるけど、まあランケ以来の思考法があるので何とも。

anond:20181009070921

生態学とか生物学のしきたりは知らんが、

超新星爆発とか一過性の極みだよな。個々の超新星は一度しか爆発しないもんな。天文学もいらねえな。

はいくらなんでも、個々の学問分野の方法論どうこうを通り越して単に煽りたいがためだけに荒唐無稽な極論を振りかざしてるだけにしか見えんぞ…

それ言ったら自然科学実験は全て""個々の実験としては""一回きりだし、それに対して全部同じこと言うのかと。

anond:20181009054725

文系研究対象として地理的ローカルかつ繰り返しはあるかもしれないけど一過性現象を主に扱う以上、

研究内容自体がごくごく限られた人にしか興味を与えずほとんどは歴史的資料価値すらなく消え去っていくものが大半だと思う。

マジかよ、ローカル普遍性のない保全生態学とか消え去っていくべき学問分野だったんだな。ニッポンバラタナゴとかイタセンパラとかアユモドキとか、ごくごく限られた人にしか興味を与えないもんな。

超新星爆発とか一過性の極みだよな。個々の超新星は一度しか爆発しないもんな。天文学もいらねえな。

生物学とか何で存在してるの? 既にいなくなって追試もできない生物研究することに普遍性はあるの? そこから普遍的法則とか導き出せるの?

anond:20181009052014

文系研究対象として地理的ローカルかつ繰り返しはあるかもしれないけど一過性現象を主に扱う以上、

研究内容自体がごくごく限られた人にしか興味を与えずほとんどは歴史的資料価値すらなく消え去っていくものが大半だと思う。

なので、増田が言ってることは心情的には分からなくもない。

ここが人文系宇宙共通普遍的真理を研究対象とする積み上げ塗り替え式の自然科学数学と大きく違う点だけど、

国際的基準による客観的研究評価が難しいとなると、目的効果について国民に対する明確な説明責任が求められる、

科研費などの税金ベース競争研究資金の枠組みに組み込んでいいものなのかは正直疑問なところではある。

政府(主に財務省)が文系学部の縮小の方向に動いているのも、こういうこういう見方をされている側面が強いんじゃないだろうか。

2018-09-26

anond:20180926102414

明らかに一過性ブームなんだから、むしろ「ほらすぐ終わっただろ俺はわかってたぜ」とかイキってるほうが痛いぞ。

2018-09-25

ゲームキャラクターを好きになった

このキャラクター可愛いなあとドキドキするようになってしまった。

二次元なのになんでこんなことになってしまったのか。

そのキャラクター声優さんの声も可愛くてぴったりだし、完璧に見えてしまう。

キャラクター性格も見た目も声も完璧だなんて信じられない。

今まで二次元なんてと思っていたのにどうしてこうなったのか。

まりに可愛くてグッズなども集めてしまいそうだ。

キャラクター名は伏せておくけど、ほぼショートカット女の子キャラクターだ。

当てた人がいたらあたりっていうよ。

そんですごい可愛い

信じられない。

まさに理想

一過性だろうと思ってたけど、そのキャラクターを知ってもう数ヶ月。

可愛すぎる。そのゲームはもう毎日プレイしているし動画も見てしまう。

あぁ、キャラクター依存していく。

これでいいんだろうか。。

2018-09-17

anond:20180917161954

しろそういうのしスポットが当たってない時点で

結局一過性のものなんだなとしか思えない

2018-09-11

anond:20180910012329

こっちは諸事情あって前橋には行けなかったけど、熱気は恐ろしい程伝わってきたし見ているこっちもなんか嬉しかった。

グリーンドームとは利根川を挟んだところに上越線が走ってるからそこに新駅を作ればドームには近くなるけど、

今回のSS3Aみたいな「元々の市街地を回遊しての賑わい」は作り出せなかっただろうから、これで良いと思うことにする。

願わくばデレマスだけでなくもっと他のいろんなアニメアイドルにも来てもらいたいし、一過性で終わってほしくない。

一応関東地方なのに「遠そう」な前橋イメージを覆してほしい。

あと無粋な揚げ足取るのもなんだが、群馬ってイオンは恐ろしく少ないぞ。直営だけでたった5店だし、前橋に至っては1店もない。

あそこは車社会最適化されたベイシアやフレッセイとか地場スーパーが強いから。ヨーカドー前橋撤退したのもそのせい。

そういえば今回のイベントシャトルバス地元路線バスだけでなく、P有志が自分の車を貸して送迎してくれたという話は良いと思った。

車社会に抗って廃れた中心街再生するという意味でも、今回の前橋は一つのモデルケースになってほしい。

2018-09-01

昔の少女漫画見るとムカつく

なぜかって?

ロン毛眼鏡の美形設定キャラ眼鏡デザインが、でっけえティドロップからさ。

女の薄っぺらい恋心なんて、所詮一過性のものなんだって思うのよ。

もっと普遍的ものを愛せよ、クソが。しょっぼい恋愛ドラマ見てイケメンがどうとかいってんじゃねえ。

お前らの運命相手はすぐ傍にいるのさ。Somebody say you.

2018-08-17

中二病には二種類ある

1.邪気眼とか異世界かにハマるタイプ元増田もこれ。血とかグロに惹かれたりもする。大抵一過性のもの思春期のうちに終わる。大人になっても治らない場合ライトノベル作家漫画家などになって昇華する場合も多い。自己完結しており比較的無害。

2.人と違う斜に構えた考えの俺カッケータイプ。とりあえず世論に対して逆張りしたり屁理屈をかますこちらは割といい歳しても罹患している場合が多い。いわゆるネットでよく見る冷笑系。仲間同士で考えを強化し、最早逆張りではなくなったりもする。粘着質で有害

https://anond.hatelabo.jp/20180816224758

2018-08-09

anond:20180809104057

プリキュア女の子アニメだと気づいてない、って事は

周りはおかしくないと思うんだけど

おかしかったら、周りにも兄弟の影響で特撮とか見てる女の子に「女の子プリキュア見ないとだめ!」とか言う子いそうだし)

幼稚園だか保育園だか知らないが、髪が短くてズボン女の子だって普通にいるだろうし

現実を見てそう思ってるのではなく、誰かに吹き込まれたか、古い絵本でも見てそう思ったか

どっちみち幅広い現実よりそういうたまたま見聞きしたちょっとした情報をこの世の普遍的真実と思い込んでしまうってのは

発達っぽさを感じるけど年齢によっては一過性かも

2018-08-02

anond:20180802035122

杉田理解は、

Tは病気なのでさておき、LGBって成長過程体験する一過性趣味みたいなものでしょ?

というものなので、その頓珍漢な現状認識からあれこれ意見されても虚しいだけ。

杉田氏の文章を全文読んだ上で批評する

要約を最下部に載せています。全文読んでない方は要約も見て下さい。

反論

彼女エッセイの主張はシンプルだ。

A)そもそも日本は古来から同性愛に寛容だが、欧米同性愛者が迫害されてきた。社会構造が違うのに、欧米的な多様性容認していく流れを見習うべきという論調が目立つ。

B)多様性に寛容になり様々な性的指向を認めていくと際限がなくなる。「常識」や「普通であること」を見失うと秩序が保てない。

C)多様性肯定的報道はそれを助長することになりかねない。

以上が主な主張だ。反論は下記。

a)日本LGBTに寛容という点は、男色文化があるし同意できる部分もあるが、杉田自身が示した朝日新聞記事( https://digital.asahi.com/articles/ASL3K32F4L3KUBQU002.html )に「『周りの人の多くは性的少数者偏見を持っていると思う』と回答したのは、性的少数者層の当事者の48%に上った。」「性的指向性自認に関する言葉嫌がらせを受けたことがあるのは、非当事者の10%に対し当事者は29%。」とある。これで、寛容といえるのだろうか。

b)際限がなくなる危惧理解するが、現状では際限をなくしたい訳ではない。いままで「常識」や「普通であること」の外にいる人も包摂した社会にしたい。それまで中にいた人にとっては苦痛だろうが、心の中まで犯そうとは思っていない。男と男が手をつないでいて違和感を感じたとしても、その違和感自体否定しない(違和感がないことは理想だが)。ただ、その人たちも同じ日本に暮らす仲間として受け入れ、そういうパートナーシップがあることを理解し、異性愛者と同様の社会制度を作って欲しい。

c)肯定的報道が際限のない多様性拍車をかけているという因果関係を具体的に示していないので、報道云々の箇所は論拠を示して下さいとしか言えない。(そもそも多様性は既に現に「ある」のに、どう広げるというのだ)

以上。

感想

枝葉に目をこらすと、看過できない表現もあった。

1、『LGBTカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり生産性」がないのです。』

この文章が置かれている文脈では、議論右往左往しているので掴みにくいが、概ね下記の主張だろう。

日本では実際LGBT差別されているか疑問だ

  →LGBTの「生きづらさ」は親の無理解が大きい

    →親は自分の子供が同性愛者だと孫ができないのでショックを受ける

    →親の無理解クリアできれば、だいぶ「生きづらさ」は解決する

      →しかしそれは制度を変えることでは解決しない

  →そもそも社会は「生きづらい」のにリベラルメディア社会制度のせいにする

    →「生きづらさ」を自分で乗り越える力をつけさせるのが教育

    →「生きづらさ」を行政解決することには賛成する

      →しかし、行政が動くということは税金を使うということだ

        →子育て支援などは少子化対策という大義名分がある

          →しかし、LGBT子供をつくらないのに税金を投入すべきか疑問だ

しかに、少子化対策の枠でLGBT支援をするのは難がある。だが、全ての予算は「子供をつくる」ためにある訳ではない。「生産性」を広い意味で捉えたとしても、すべての税金の使いみちが「生産性」を追い求めるべきなのか。であるなら、クールジャパンファンド赤字を、ぜひとも批判してほしい。

なお、エッセイ後半の多様性容認のくだりをみるに、彼女が指す「LGBT支援とは、カップルに関することだけではなく、学校においてトランスセクシャル向けのトイレ制服を作ることも含まれていると思わる。性的マイノリティ暮らしやすく、「自分らしい」生き方ができる社会を整備することは充分に税金効果はあると思うが、そうした整備にも税金を使うことが躊躇われるようだ。

 

 

2、『「多様性時代から女性男性)が女性男性)を好きになっても当然」と報道することがいいことなのかどうか。普通恋愛して結婚できる人まで、「これ(同性愛)でいいんだ」と、不幸な人を増やすことにつながりかねません。』

それは同性愛者だったということであり、「これでいいんだ」と思えたなら、素晴らしいことではないか

同性愛になるか異性愛になるかは、人にどうこう言われて変わるものではない。

 

 

3、『LGBTからと言って、実際そんなに差別されているものでしょうか。』

杉田氏は『成長するにつれ男性恋愛して、普通結婚していった』と述べてる。つまり、異性と恋愛せず結婚しない同性愛者は「普通ではない」というのだ。

一方、エッセイ最後で『「常識」や「普通であること」を見失っていく社会は「秩序」がなくなり、いずれ崩壊していく』とも書いてある。

『「普通であること」を見失っていく』の主語社会と捉えるにせよ、その発端は「普通でない」同性愛である

杉田氏は、同性愛者に対して「あなた存在は秩序を崩壊させる」と言っているのだ。

これが差別以外のなんなのか。

 

 

4、『自分の好きな性別トイレに誰もが入れるようになったら、世の中は大混乱です。』

藁人形である

文科省は通知を出していて「好きな性別トイレを使っていい」という指針にはなっていない。

トイレ多目的トイレ職員トイレ更衣保健室多目的トイレを利用することを推奨している。

http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/28/04/__icsFiles/afieldfile/2016/04/01/1369211_01.pdf


さいごに

私はLGBT当事者ではない。同性とセックスすることはあるが、あくまで性欲に紐づくものであって、愛に紐づくものではない。なので、基本的にはストレートだと自認している。

そして、前提として、日本無秩序にしたい訳でもない。

従来の「ふつう」以外も認めて欲しい。そして、「ふつう」以外の人も包摂する社会制度を再設計したい。

もちろん、いままでの「ふつう」を崩すとどこまで崩すのか、と不安になる気持ち理解できる。

私は、他人に深刻な不利益をもたらさない限りで、かつ、従来の根本的枠組(人の定義etc.)の延長で、最大限の多様性を許容する社会制度

また、「同性を好きになったり、同性とセックスするヤツは気持ち悪い」と思うのを止めたい訳ではない。思うのは無意識化だから仕方がないことだ。

それを個人的感情にも関わらず「ふつう」という、さも一般化した言葉に置き換えるのをやめて欲しい。

杉田氏や反LGBTの人も含めた、すべての人が最大限の幸福を得られる社会になってほしいと心から願っている。

参考:杉田エッセイの要約

LGBTで各新聞キーワード検索したところ、朝日新聞毎日新聞記事数が多い傾向があった。この2紙はリベラル系でありLGBT権利を認めて支援する動きを報道することが好きなようだが、違和感がある。背後には権利を守ることに加えて、LGBTへの差別をなくし、その生きづらさを解消してあげよう、そして多様な生き方を認めてあげようという考え方が伺える。

しかし、LGBTからといって実際に差別されているか疑問だ。私は自分の友人が同性愛者でも気にしないし、職場でも仕事さえできれば問題ない。多くの日本人も同様ではないか

キリスト教イスラム教社会は、教義によって迫害されたり命に関わる問題にもなっていた。一方で、日本には同性愛者を「非国民だ!」という風潮はないし、迫害歴史もない。むしろ寛容な社会だった。欧米日本では社会構造が違うのに、日本マスメディア欧米を見習うべきという論調が目立つ。

LGBT当事者から聞くと、親に理解してもらえないことの方が社会的な差別よりつらいという。親は自分の子供が自分と同じように結婚して、子供をもうけてくれると信じているから、それができない同性愛者だと分かるとショックを受ける。LGBTの両親が受け入れてくれれば、日本はかなり生きやす社会になるのではないかしかし、これは制度を変えれば解決できるものではない。

リベラルメディアは「生きづらさ」を社会制度のせいにする。しかし、そもそも世の中は生きづらく、理不尽である。これを自分の力で乗り越える力をつけさせることが教育目的のはずだ。「生きづらさ」を行政解決するのが悪いことではないが、動くには税金必要である

・例えば、子育て支援子供ができなカップルへの不妊治療税金を使うというのであれば、少子化対策のためにお金を使うという大義名分がある。しかし、LGBTカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものなのか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり生産性」がない。そこに税金を投入することが果たしていいことなのか。にもかかわらず、行政LGBTに関する条例や要項を発表するたびにもてはやすマスコミいるから、政治家が人気とり政策になると勘違いしてしまうのです。

・ここまでLGBTという表現を使ってきたがLGBと、Tは分けるべきだ。トランスジェンダーは「性同一性障害」とい障害であり、自分の脳が認識している性と自分の体が一致しないというのは辛いだろう。政治家として、医療行為を充実させることは考えていいことかもしれない。

・私は中高一貫女子校出身だ。女子校では、同性の同級生や先輩が疑似恋愛対象となるが、それは一過性で、成長するにつれ男性恋愛して、普通結婚していった。しかし、マスメディアが「多様性時代から同性を好きになってもいい」と報道したら、普通恋愛して結婚できる人まで、「これ(同性愛)でいいんだ」と、不幸な人を増やすことにつながりかねない。

朝日新聞調査LGBTが281人、自分が男女いずれでもないと感じるXジェンダーが508人、性自認性的指向が定まっていないQ(uestioning)が、214人いた。合わせて1003人にもなる。LGBT世間が騒ぐから「男か女かわかりません」という高校生が出てくる。また、思春期から社会の枠組みへの抵抗もあるだろう。(記事https://digital.asahi.com/articles/ASL3K32F4L3KUBQU002.html

・多様な性に対応するために、自分認識している性にあわせて自由制服選択できることに肯定的報道をよく目にする。例えば朝日記事で「多様性、選べる制服」。また、オバマ政権下では公立学校において、自分認識した性に応じて更衣室を使えるように通達を出した。果たして、それはいことなのか。Tに適用されたら、LやGにも適用される可能だってある。自分の好きな性別トイレに誰もが入れるようになったら、世の中は大混乱する。(記事https://withnews.jp/article/f0180330006qq000000000000000G00110601qq000017068A

最近LGBTに加えて、QやIやPなど訳が分からない。なぜ、男と女の2つではいけないのか。パスポート性別欄に男でも女でもない「X」と記載できる国がある。タイでは18種類の性別があるというし、Facebookでは58種類の性別が用意されている。冗談のようなことが本当に起きているのだ。

・様々な性的指向も認めたら、同性婚容認だけにとどまらず、例えば兄弟婚や親子婚、はたまた、ペット婚、機械結婚させろという声が出てくるかもしれない。どんどん例外を認めると、歯止めが効かなくなる。

・「LGBT」を取り上げる報道は、こうした傾向を助長させることにもなりかねない。朝日新聞が「LGBT」は、冷静に批判してしかるべきではないかと思う。「常識」や「普通であること」を見失っていく社会は「秩序」がなくなり、いずれ崩壊していく。私は日本をそうした社会にしたくない。

記事リンクは、筆者が探した。杉田氏が示した大阪版とリード部などが異なるが、本文はほぼ同一。

2018-08-01

anond:20180801050846

賛否両論両方あっていいことだ。

善悪だけで片付けずけないで、

色々考えるきっかけだと思えばいいんじゃない

この一回だけで大きなことは起きないけど、

今回の行為承認欲求が満たされたと勘違いするのはだけは気をつけた方がいいかも。

注目を浴びるけど一過性からね。

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