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はてなキーワード: サザエさん時空とは

2019-10-22

アイカツ!」の全178話はなぜファンにとっては“短い”のか

アイカツ!シリーズの「話数が多い」というハードルを越えて視聴してもらうためにはどう勧めれば良いか、という話が少し盛り上がっていた。

その中でよく出てきた話に、見てハマった人間にとってはその話数というのはむしろ少なく感じるほどである、というものがあった。

それについては私も大いに頷くものであるが、なぜ皆がこれだけ話数の多い物語をそろって「短い」と言うのであろうか。(単純に面白いからあっという間だよって意味かもしれないが)

それを少し考えてみたので書き連ねてみる。なお、シリーズ全部について書くと本当に長くなるので第1作の「アイカツ!」に絞って書く。

視聴者は「アイカツ!」の世界の住人と同じ時間を過ごす

アイカツ!」は2012年10月から2016年3月までの約3年半の期間に放映されたアニメである。総話数は178話。劇場版長編の「劇場版アイカツ!」と、ステージを中心に構成した中編「アイカツ!ミュージックアワード みんなで賞をもらっちゃいまSHOW!」、最終回後に制作された短編アイカツ!~ねらわれた魔法アイカツ!カ―ド~」の計3つがある。他にもドラマCD制作されている。

そして、「アイカツ!」は放映時期と作中の時間リンクしている。つまり、季節が現実と同じように流れ、クリスマスバレンタイン卒業式入学式年末年始などの季節のイベントエピソードが時期に合わせて放映されている。

劇場版も公開日と合わせてあり、たとえば2014年12月13日公開の「劇場版アイカツ!」は同年12月11日放映の第112話の後のお話となっている。

プリキュア等の年間を通して放映されるアニメを見ている人にとってはさほど驚くことではないかもしれないが、1〜2クールが基本の深夜アニメを中心に見ている人にとっては新鮮かもしれない。

さらに、いわゆる「サザエさん時空」ではなく、1年経つと実際にキャラクターが歳を取り、進級したり卒業したりする。

最初主人公星宮いちごは第1話時点では中学1年生だったのが、第178話時点では高校2年生になっている。(ある話数の間にだけきっちり1年間のブランク存在するが詳細は省く)

まりは、視聴者は画面を通して「アイカツ!」の世界での出来事リアルタイムに感じとり、キャラクターの成長を見守っていくのである

週に1回の放映内容だけでその1週間の出来事を知る、と単純化して考えてみると、それはあまりにも時間が足りないと言わざるを得ないであろう。

漫画スラムダンク」は週刊連載で6年連載して作中で4ヶ月の出来事を描いたのであるから、単純計算でその18倍の短さと言えてしまう。(1/3年の出来事を6年間で伝える=1/18年の出来事を1年かけて伝える)

そして、年間を通して季節に合わせて放映されていると、視聴者にとって「アイカツ!」は生活の一部となっていく。生活が終わることなんて人は想像したくないものであるから、それが終わった時の寂しさは計り知れない。

後追いで視聴している者にとっては、話数と共に季節が移り変わっていくのを感じながら見ていると、キャラクター人生を辿っているような感覚になる。そうすると、途中でそれが途切れてしまうとなると、それがどれだけ寂しいものであるか。

最終回後に制作された劇場版短編は、そんな人たちに向けてキャラクターから届けられた久しぶりの近況報告・贈り物であると考えてみると、それがどれだけ嬉しいものであるか。

先述したように「アイカツ!」ではドラマCDがいくつか制作されているが、劇中のラジオ番組という形をとっており、まるで実際にラジオを聴いているかのように感じることができる。ファンにとって「アイカツ!」のキャラクターはどこか現実と地続きのところに存在しているような感覚がある。

アイカツ!」のキャラクター誕生日を祝う時、毎年そのキャラクターの年齢を数えるファンは少なくない。今年、星宮いちご20歳になった。

アニメが終わってもキャラクターたちは消えることなく、生きてアイカツをし続けている。キャラクターの生きる姿を描くのにはいくら話数があっても足りない。

キャラクターの数だけ物語がある

アイカツ!」にはたくさんのアイドルが登場する。作中でCGで描かれたステージ披露したアイドルを数えてみると、総勢28人。披露されていないアイドルも多数おり、その中に人気のキャラクターもいる。

長期放映のアニメで俗に言われるものに「当番回」というものがある。

特定キャラクタースポットライトを当てたお話のことを指すが、「アイカツ!」にももちろん当番回と呼べる回が多くある。

しかし、28人を超えるキャラクターの全員に満遍なくスポットライトを当てるにはあまりにも話数が足りない。当然キャラクターによって登場の頻度の差は出るので、「あのキャラもっとたかった」という声は常にある。

それだけキャラクターが魅力的であったことの証左ではあるのだが、178話という話数をもってしても描き切れていないわけである

ただ、そういった「スポットライトを当てる」ことについては、第146話「もういちど三人で」で星宮いちごが語った言葉がちょうどぴったりだったので引用する。

「私ね、世の中のアイドルとか、みんなを照らすスポットライトって、ずーっと動いてる気がするんだよね。ぐるぐるって。ずーっとぐるぐるぐるぐるね。だから、その時その時で、照らされる人数は少ない。でも、照らされなかった人がいなくなってるわけじゃない。だから、次のチャンスは誰にでも来るんだよ。その場所に立っている限りね」

スポットライトの当たってないところでもアイドルたちのアイカツは続いている。

物語舞台であるスターライト学園アイドル学校で、つまり通う生徒たちは全員アイドルである。メインで登場するアイドル以外も皆アイドル活動をしているわけである。実は、クラスメイトにも全員しっかり設定が付いている。何気ないシーンで映り込んでいるアイドルや、一瞬映った雑誌に載っているアイドルにも名前ちゃんとついていたりする。スポットライトが当たっていない彼女たちも、「アイカツ!」の世界で生き、活躍している1人であることが想像できて、それが「アイカツ!」という作品世界に深みを与えている。

さらに、アイドル以外にも、家族先生デザイナーファン仕事関係者等のサブキャラクターアイドルに負けず劣らず魅力的である

特にブランドデザイナー重要存在で、アイドルが、自分の好きなブランドトップデザイナーが作る「プレミアムレアドレス」を手に入れるまでの物語は「アイカツ!」のひとつの見所でもある。

デザイナーブランドに対する考え方だったり、アイドルとの向き合い方・関係性だったりにもその人の生き方のようなものを感じることができ、それは、いろんなアイドルのいろんなアイカツの形を見るのにも似ている。アイドルでないキャラクターにもその背景や物語があるのを感じさせる。

また、当初はただのモブしかなかったアナウンサーが、節目節目でのイベントでいつも司会者として登場するうちにいつの間にか名前が付くまでになっていた、ということもある。

何が言いたいかというと、「アイカツ!」を見ていると、登場する全てのキャラクターが魅力的で愛おしく思えるようになり、もっといろんな話が見たいと思うようになるということである

「かげがえのないもの」はなんてことな毎日の中にある

歴代シリーズキャラクターが大集合する新シリーズアイカツオンパレード!」の放映に際し、シリーズダイジェスト動画が公開されている。

歴代シリーズプレイバック!『アイカツ!(2012年10月~) ver.』
歴代シリーズプレイバック!『アイカツ!(2014年10月~) ver.』

だいたい5〜6分の動画シリーズがおさらいできるようになっている。

やろうと思えばアニメの内容をあらすじでさらっと伝えることはできる。主人公が「輝きのエチュード」や「SHINING LINE*」や「START DASH SENSATION」等の楽曲に至るまでの物語理解してもらうために最低限のエピソードピックアップすることもできる。

アイカツ!」は基本的1話完結のストーリーになっており、途中から見てもわかるような配慮もされている。単話で見ても面白い回はたくさんあるので、つまみ食いでもきっと楽しんで見ることができるであろう。

この回が良い、この回が好き、といった話に花を咲かせることもよくある。

それでもやっぱりファンとしては全話見てほしい。全話が全部大事な話だ、と本気で思っている。

星宮いちごが歩んだ道のりを軸に、物語上の重要エピソードだけをピックアップすることになったとしよう。

そうすると、例えばいちごたちがただオフタイムを過ごすだけという第24話「エンジョイオフタイム」は、含めなかったとしても物語説明可能である。でも、ファンとしてはこの話は絶対に外したくない。

また、いちごがメインでない他のキャラの「当番回」、例えば藤堂ユリカがメインの第89話「あこがれは永遠に」も含めなくてよいだろうか。確かに、なくてもいちご物語を語ることはできるであろう。だがこの回で描かれた藤堂ユリカアイドルとしてのあり方やデザイナーとの関係ファンとの向き合い方、そういったものが全くいちご関係ないなんてことはなく、作品を通して描かれているテーマの根幹に通じているものがたくさんある。

例えば「SHINING LINE*」の歌詞を紐解くときに、ただ美月いちごあかりにだけ注目して考えるのでは、やはりもったいない。いろんなアイドル、いや、アイドルでないキャラクターたちにもそれぞれの「SHINING LINE*」があるし、「最初の風」もある。

アイカツ!」の楽曲は、キャラソンというわけではなく、「アイカツ!」の世界で歌われるポップスであり、普遍性を持った歌詞になっている。もちろん、これは誰々が歌っているという「持ち歌」の考え方はあるが、ある楽曲を別のアイドルが歌うことでまた別の新しい意味が生まれる、ということが「アイカツ!」にはよくある。

などといろいろ考えていると、どの話も外すことができなくなってくる。いろんな人のいろんな出会いが物語を紡いでいる。全ての話が全部つながっている。

アイカツ!」を代表する曲のひとつに「カレンダーガール」がある。

この曲には「何てコトない毎日がかけがえないの」「何てコトない毎日がトクベツになる」という歌詞がある。

詳しい説明は第22話「アイドルオーラカレンダーガール」に任せるが、彼女たちの今日をかたちづくっているのは日々のアイカツであり、そして今日アイカツがその先の未来をつくっていく。

私たちが「START DASH SENSATION」で涙するのは、そうした彼女たちのアイカツをずっと見てきたかである

から彼女たちが見せてくれる「未来向きの今」を、できることならば全部見てほしいと願うのである

2019-10-07

ドラえもんカートゥーンアニメ化する

カートゥーンアニメ化とは…「見てないけどキャラ可愛いから好き~」枠になるということ。

スポンジボブとかアドベンチャータイムのグッズ持ってる女子、多分7割は元アニメ見てない。

ちょっと前はサウスパークのグッズもってる人も居た。

気が狂ってるんですか?と聞きたかったが多分見てないんだろう。

そのアニメ面白いですよね!と迂闊に話しかけてはいけない。

あの狂気アニメを熱心に見てる人はもうオタクくらい。

さて国民アニメドラえもんだが、最近妙にデザイン一新とか奇抜な演出に取り込みだして、アニメーション自体面白いが、それがますますカートゥーンっぽくなってきた。

時代かな…ジャイアンまじで最近倫理観的にアウトだしね。どう繕ったって駄目。毎週見てるけど毎週突っ込むもん。

それで続くならそれはそれなんだけど、続けられるだろうか?

ニッチ売りになるドラえもん夕方5時の罠。

クレヨンしんちゃんは?と言われればあいつは深夜アニメに行ってリメイクし毒満載でするという手立てがまだ残っている。

しんちゃんストーリーを再構築するよ!と言われたら多分見る人も多い。

5歳児は恐い。というかストーリーと話の流れがある作品って新たな展開を迎えられるっていう強みがあるということかもしれない。コナンの延々続くヒットを見ながら思う。

カートゥーンで最新世界的ヒットだとアドベンチャータイムかなと思うが、あれも時系列伏線がはっきりとあるストーリーものだ。ヒットを作るには進まなくてはならない…。

ドラえもんサザエさん時空だ。そしてゲストキャラは居ても準レギュラーは増えそうにない。

映画が儲けるから過去リメイクに拘っているのは感じる。しかテレビアニメは「堀川くん」のようなヤバいやつを連れてこないなら勝算はもうない。OPEDは拘れても作品話題性が無い。

ついにグッズショップオープンした。今まで無かったのか…とも思うが、今後はそっち商売に変化するのだろう。

ファンとして、それが良いことなのかどうなのかは分からない。

視聴率も考えているが、夕方に移動すればかなり落ちるのはコナン証明済だ。とすると今後は3%くらいになるか…。

配信ドラえもん見る人もほとんどいないだろう…。

国民アニメという肩書は、過去のものになるのかもしれない。

2018-07-12

anond:20180622203121

やるなら1話完結でサザエさん時空方式ベストだろう

現在の1クール12話ってTV局のスケジュールの都合によるところが大きいと聞く

ネット配信ならそういう縛りが無くなって物語にあわせた話数に出来る…

って思うだろ?

でも多分、人気作はダラダラと引き延ばし展開になるだけ

海外ドラマでよくあるじゃん?はじめは面白いのに第3シーズンくらいからつまらなくなる奴

あれと同じ現象が起こる

なので1話完結がベスト

2018-01-16

ワンピースのここが凄い!

1 20年も連載しているのに作品精神年齢ルールが変わらない

2 アキレスと亀のような現象は起きているがストーリーは確実に進行している

3 連載ペースが大きく減速したことがないためいつかは終わると期待できる

4 オタクの爺さんからからヤンキーのメスガキまで幅広く読まれている

5 男キャラは格好良くないし女キャラも可愛くないのに売れてる

6 作中でゆっくりではあるが主人公たちが年を取っておりサザエさん化してない


こんな漫画って他にある?

大抵の長期連載はサザエさん時空になっていきメインストリー漠然となってしまものばかりだぞ。

2016-02-11

http://anond.hatelabo.jp/20160211162854

まあどれみが世代交代できなかったこととかMaxHeartの失敗があるからそれはなかなか難しいんだけどな

もともと女児JCに対する憧れみたいなものもコンセプトにあるからサザエさん時空(=成長しない)になるのもなんか違和感あるし

2016-01-08

http://anond.hatelabo.jp/20160108102222

それはさ、「キミが」気にしていないという、「主観」の話でないの?


長期連載の漫画では、はじめポケベルを使っていた登場人物が、サザエさん時空で歳を取らないまま、携帯を使い、スマホを使うが、気にする方がアホ。

ギャグ漫画で、「30年後も笑わせよう」というテーマで描いた作品で、「がちょーん」とかの時事ネタをやってたら萎えるが、そういう話でもないんでしょ?

古すぎて古典になれば気にならないという現象もあるけれど、そうすると「ちょっとだけ古いものが登場するとくすぐったい」という、個人の感想の域を出ないよね。


「A・Iが止まらない!」とか、PCの設定も、ネット環境も、何もかも古臭いけれど、「当時最新」ってのは伝わってくる。

ここで頑張って、当時にしてはあり得ない超技術として「TBネットストレージ」「一般家庭に光回線」を設定していたとしても、今では当たり前だ。

国民ほとんどが、最新鋭のPCに勝るとも劣らない手帳サイズの端末を携帯し、情報検索し、買い物し、リアルタイム文字ベース通信が会話に置き換わるなんて、いつから未来」でなくなったんだろう。


自分が恥ずかしいと感じる文化表現は、例外的に誰から否定されるべきなんて、恥ずかしくってとても言えない。

2015-08-28

世代交代について

世代交代が上手くいかない組織なんかは廃れるという。

いつまでも創業者が出しゃばっていたら後継者も育たないし……とかいう話では全然ない。

久しぶりにテレビポケモンを見た。3歳の息子が見ていたからだ。

キチンとアニメを見た事はほとんどないが、初代のポケモン(緑と赤)が発売された当時に11歳だった僕はご多分に漏れず、ずぶずぶに嵌まってポケモンをやりこんでいた。

すごく楽しかったし、友達とも興奮しながら語り合ったりしていた。

ただ、続編の金銀が発売される頃にはもう中三とかになっていてポケモンどころではなかった。

アニメもいつから始まったのか覚えていないけど習い事部活アニメを見るヒマはなかった。

から僕にとってポケモンアニメと言えばピカチュウが人気なんでしょ、くらいしか認識がなかった。

で、今だ。

僕は驚いた。

どうやらまだピカチュウ看板らしいから

クレヨンしんちゃんアンパンマンドラえもんの様にサザエさん時空とは違う、未だに原作ゲームが発売され、キャラモンスターが追加されるなかで、拡大する世界ピカチュウが揺るがず真ん中に立ち続けている。映画版スポットを見る限り、ピカチュウが主役だろう。

サトシ?飼い主の方はなんか同格キャラが増えて後ろに下がった風に見えた。

僕はこれを決して批判しているわけじゃない。

ピカチュウ、10万ボルトだ!』で万事解決って水戸黄門みたいでいいな、とも思う。

まあ、よく考えれば、20年に近く展開するシリーズである

ゆく川の流れは、ではないが、いつだって新規視聴者は数年で去り、また新規視聴者が視聴するのだろう。

こりゃ、100年後も10万ボルトあるぜ。

ずっと先に孫ができても共通の話題ができそうで心強い。

2015-01-19

http://anond.hatelabo.jp/20150119144114

まあ、小説はクセがあるから映画版を持ってきたんだけどね。

トム・クルーズ良い演技してるし。

それはさておき。

広義と狭義という、広い狭いじゃ無いと思うなあ。

全くの極悪人から正義ヒーロー、金にがめつい商売人、ハードボイルドな男まで、幾百通りのロールプレイが楽しめる、そんなゲームなのです。だから、一旦メインシナリオクリアしても、今度は別のロールプレイで遊びたくなる。

このように、「ループもの」と言われる様な作品も、「ループ自体に楽しみがある」か「ループを繰り返すという手段によって、最終目的が達成される」という二つの類型があるのではないかと、僕は考えるわけです。なぜかゼロ年代には両者一緒に「ループもの」と同一視されてきたわけですが、しかし「ループ手段とするか目的とするか」で、「ループもの」は全く二つに分かれるのです。

http://amamako.hateblo.jp/entry/2015/01/19/000332

やっぱ、「ループもの」って巨大なくくりがあって、それを2つにワケるって話をしてるから、絞り込みとは違うと思うんだよね。

で、そもそもループものって言われがちだけどループじゃないもの入れてねーかなって話。

サザエさん時空は、不老ものであって、ループものとして対立軸に持ってくるの変だと思うのよ。

うる星やつらドラえもんクレヨンしんちゃんケロロ軍曹銀魂……なぜこれらの作品が好きなのかといえば、それは「ループしているからこそ、その一回一回の中でハチャメチャに面白いことが起きて、世界の豊かさを垣間見ることが出来る」からです。

http://amamako.hateblo.jp/entry/2015/01/19/000332

んでさ、ここに挙げられてる作品って、全部ループじゃなくね?

で、そのハチャメチャしても次の日にシレッとそこにいる代表である両津勘吉部長関係ってさ「ループものから」じゃ無いだろ。

ありゃ、ギャグならではの、リセットにあるんだと思うんだが。

から基の記事の「ループものに2種類あって、おれは片方が好きでもう片方が嫌いだ」って、なんか変な気がするんだよね。

上位目標のために繰り返し作業をするのが下らないって主張にループもの持ってくるのまでは判らんでもないが、テーマは逆の作品が多いと思うんだよ。

映画版の「オール・ユー・ニード・イズ・キル」とか細田守版の「時をかける少女」とか、「一回こっきり」がメインテーマになってるだろあれ。

小説の「エンドレスエイト」になると、ループは悪いものとして描かれてるわけだし。

漫画の「はるかリフレイン」とか、ちと変化球作品もなくは無いわけだが。(目標のためにループするが、ループのもの主人公救済の手段になってる)

ループ自体に楽しみがあるってのは、個人的には退廃的な趣味だと思うんだよね。どっちかというと後ろ向き。

で、その退廃的な『幾百通りのロールプレイ』を、超楽しい→飽きた→抜けだせねえ→前向きに生きるか→ハッピーエンドとやったのが

かの有名な映画「恋はデジャ・ブ(原題Groundhog Day)」なわけで。

ちと古臭いが、面白いよ。

んで、CGコンプの為に繰り返し遊ばせる仕組みのゲームがくだらなく感じるってのと、

最終目標のためにループを続けて経験値を蓄積していくってのと、

不老がゆえの永遠と続く日常って話と、

ギャグゆえのリセットって、

全部違うと思うんだよね。

まあ、「ビューティフル・ドリーマー」は「学園祭の前日がループする」事を通じて

「不老で繰り返し続く日常サザエさん時空)」のメタ批判をしてるって構造から微妙ではあるんだが。

うまくまとまらんが、基記事って、なんかこう「何をしても『日常』が保証される」ことに対する憧れに見えるんだよね。

どっちかというと、こち亀両さんになりたい的なアレ。

からたぶん不老もの(基記事いうところのループものである漫画並木橋通りアオバ自転車店」は、基記事の人ダメだと思うんだよね。

アレに出てくる主人公アオバ小学校4年生のママ変わんないけど、描かれる日常は、取り返しがつかない人生の話ばっかりだし。

http://anond.hatelabo.jp/20150119142105

サザエさん時空」に代表される、主人公たちが歳を取らないのはループものじゃ無いと思うんだよね。

あれは、(広義の)ループものは「サザエさん時空ゲームの繰り返しプレイ」と「(狭義の)ループもの」とに分けられる、という記事だろ?

ちなみに「オール・ユー・ニード・イズ・キル」は原作だとループ脱出を目指す系でもある。

ループものには3種類あるんじゃないかな

というか、「サザエさん時空」に代表される、主人公たちが歳を取らないのはループものじゃ無いと思うんだよね。

もっと極端なことを言えば、ループとして一緒くたにされがちな物語類型には、以下の5種類があると思うわけだよ。

  1. ループもの(劇中の人物がループ自覚的目標達成型)
  2. ループもの(劇中の人物がループ自覚的で好き勝手型)
  3. ループもの(劇中の人物がループ無自覚もしくはメタ
  4. 不老もの(劇中の人物は歳を取らないが、世界は変わる)
  5. 遅延加齢もの(極端に歳のとり方が遅いが、進んでいる)

それぞれ結構違うと思うわけだよ。

ループもの(劇中の人物がループ自覚的目標達成型)

これが、SF代表される時間ループものなんかでの主流だよね。

最近(?)の作品だとオール・ユー・ニード・イズ・キルなんかが典型例で、映画版もかなり良いよ。

何らかの理由ループに巻き込まれ主人公が、ある目標を達成しようとするのが基本。

かいことを言えば、さら目標達成型にも3種類あって

映画の「ミッション:8ミニッツ原題Source Code)」は、結構特殊なんだけど、まあループものだね。

オッサンが多いはてな村だと、「素晴らしき哉、人生!」の方が通りがいいかも知らん。

ループもの(劇中の人物がループ自覚的で好き勝手型)

細田守版の「時をかける少女」が典型例。

もう気持ち良いぐらいにスパンスパン能力を使うんだよね。

目標達成型に似てるんだけど、「ある瞬間は二度とは訪れない」という逆説的な下地があるものが特徴。

元々コレを書こうと思ったきっかけの以下で言うと

なぜかゼロ年代には両者一緒に「ループもの」と同一視されてきたわけですが、しかし「ループ手段とするか目的とするか」で、「ループもの」は全く二つに分かれるのです。

そして僕は、「ループ自体目的とする作品」に、「乗り換え可能な『柔らかい宿命観』」を持つための、重要なヒントがあるのではないかと、そう考えるのです。

http://amamako.hateblo.jp/entry/2015/01/19/000332

ループ目的主人公が、途中からループ手段になるものも多いね

乗り換え可能な宿命という点で見れば、映画バタフライ・エフェクト」も似ている。

ループもの(劇中の人物がループ無自覚もしくはメタ

アニメの「ゆるゆり♪♪」(2期)が典型例。

主人公たちの修学旅行土産木刀が、既に部室に飾ってあることを不思議がるシーンが有る。

これはちゃんとループしてるので、後述する不老ものとは違う。

また、特に脱出目的達成もしない点で異質。

不老もの(劇中の人物は歳を取らないが、世界は変わる)

これがサザエさんが典型例の、劇中の人物が歳を取らないもの

これをループものとして分類するのは雑だと思うんだよね。

なぜなら、長期連載の都合として主人公たちは歳を取らないけど、劇中世界は変わっていくから

象徴的なのが、「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の日暮熟睡男

初登場はモスクワオリンピックが行われた1980年で、ロンドンオリンピック2012年とか32年後だぜ。

まあ、実は不老ものにも2種類あって

ルパン結構無茶な終わり方(宇宙船登場)とかあるし、部長派出所吹き飛ばすシーンとかありがちだが、

まあギャグ系に突っ込んでもしかたがないところではある。

遅延加齢もの(極端に歳のとり方が遅いが、進んでいる)

原作漫画の「名探偵コナン」が典型例。

原作者である青山剛昌サザエさんと同じって言ってたらしいけど、ちゃんと時系列としては進んでるんだよね。

大抵の長期連載の漫画小説はこれで、主人公たちは歳を取らないけど、物語は進んで、たまに歳を取る。

みんな大好き「美味しんぼ」もこれ。

世相を取り入れつつ長期連載で主人公たちが歳を取ると、どうしてもギャップからこれになる。

まとめ

コナンいつまでも公衆電話使ってたりとか、サザエさん達が毎年昭和44年を繰り返してるなら確かにループものだけど、

主人公たちが不老であることと、ループしていることは、必ずしも同一ではない。

こち亀両さんが戦中生まれ戦後まれ、いつ生まれたか曖昧と変化があるように、日常系の設定変更は致し方ないものもある。

また、美味しんぼのように、歳は取るものの世相を取り入れつつ連載をする都合で、物凄く歳のとり方が遅い物語もある。

作品世界のすべての人間が不老だとループものだと錯覚やすいが、それは違うだろう、と。

とは言えこれも単なる分類の一つなので、「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」をみんな観ろよ、で締めたいと思う。

Live as if you were to die tomorrow. Learn as if you were to live forever.

2014-09-01

攻殻機動隊SACの続編が見たい

なんというか、サザエさん時空に耐えうる作品なんだよな、SACって。

刑事ドラマみたいにシーズン化してほしい。

2012-05-18

永遠巫女から見たZUNの須臾

Twitterに流そうと思ったけど、長すぎてうまくまとめられなかったからここに流す。

始めてこういうの書くから駄文になるのは確実だけど、やらせてください。かねてからの夢だったんです。妄想核融合で爆進する!

永遠巫女」という曲について考察してみる。第一作目「東方靈異伝」の第1面から5面、ゲームプレイすればテーマソングを除いてまず最初に聴くことになる曲だ。それはつまり、まさに東方project最初の曲ということになる。

ではなぜ、最初の曲なのに「永遠巫女なのだろう。私は、ZUNはこの曲に大きな思いを込めていると思う。(実際にそんなことを述べていたこともあったりする)

ちなみに、この曲はいくつかアレンジがあるが、新しくなるにつれて暗くなる印象を持つ。

かなり初期の作品だが、この曲を聴かずに東方は語れないと思う。是非聴いて欲しい。

曲名の「永遠巫女」を霊夢のこととする。ヤメテヨ。ここを「博麗の巫女」と捉えたら完全に別の意図なっちゃうヨ。その解釈もありかもしれないけど、ここでは一応霊夢一人ということにする。

ここで考えたいのが、幻想郷寿命のこと。二次創作で最も多いネタといっても過言ではないだろう。「霊夢のいる幻想郷」は他の妖怪幻想郷にとってほんの一瞬。すぐに寿命が来る生き物としてZUNは人を表現する。

けど、ZUNは「霊夢のいる幻想郷」という、まさに「一瞬」をずっと映し続けている。どう考えても俺らの感覚では10年は経ったのに、向こうはサザエさん時空間が流出しているかのごとく少女少女のままだ。 時に小町、貴方はこんな経験がないだろうか?

私はペットを飼っている。私はここ数年間ずっとこいつと散歩している。毎日毎日、こいつはよく飽きないものだ。俺は飽きた。

そこからは「永遠」を感じることができる。こいつとずっと毎日散歩をし続けるんだろうと確信する。

だが現実はそう甘くない。こいつも、今年でシニアの仲間入りだ。最近腸に異常をきたして入院した。 私は、こいつが生きている時間は見る側によっては一瞬にすぎない。永遠は一瞬で終わるものだ、と感じた。そんなとき永遠と一瞬の境界はなくなる。

「一瞬」と「永遠」は両立できるものだ。私は、神主はそのことを表現するために今までずっと「霊夢のいる一瞬の幻想郷」を表現してきたのではないだろうかと思う。そして、これからもずっと彼は表現し続けると思う。酒と共に。

それに、幻想郷常識的な概念が通用しないという点も深く考える所がある。幻想郷には、一瞬を永遠に変える力もあるのかもしれない。そういえば、似たような名前の程度の能力を持ったお姫様もいたような気がする。

そこでこの曲。妖怪人間より遥かに長生きという設定は、靈異伝の時点であったのだろう。更にこの作品は1作目。いくら神主といえど、人気が出るか多少は不安だったと思われる。ゲーム自体にも瞬間の儚さを感じられるこの作品の最初の曲からZUNの「永遠」という言葉解釈を伺うことができる。須臾は永遠の始まりであり、須臾こそが永遠なのだ東方projectの主人公は儚く舞い続ける。

そこまで考えて神主は第一作目道中曲の曲名をつけたとしか、私には考えられない。だって凄く良い曲なんだもの

2010-08-09

ドラエモンロボット漫画アニメ)か?

んー、なんかこの話色々論じられてそうだけど

面白そうなんで絡んでみる。

まず、ロボットアニメではない派の言い分はこういうことだ。

ドラエモンは「愉快な人外」であるということ。これはオバQやハットリ君といった

同じ構造を持つ作品、「ケロロ軍曹」に留まらず「ラブやん」なんかも系譜に入ってくると思う。

つか、この系譜はあり過ぎて最早収集がつかない。人間以外のなにかがポンと現れて

現実と非現実との橋渡しになる作品は山ほどある。つか、これの始祖はドラえもんじゃないよね。

俺がふと考えた限りでは代表作はおそらく「ファウスト」だ。

要するに「愉快な人外」というのは、メフィストフェレス的なものなんだろう。

これが重要なのは、「通常の世界に住む主人公」を「非現実世界」へ橋渡すこと。

この物語構造上の形式は「ロボットである」という事実よりずっと重みがあるだろうなぁ。

ドラエモンは「愉快な人外」であれば話が成立するけれど、「ロボット」である必然性には乏しい。

鉄腕アトム」は最初から「未来」の話であり、「アトム」が現実未来を橋渡しているわけじゃない。

物語構造的には、ほとんど類似点は無いと言える。

ロボットである、というのはキャラクターにつけられた属性であり、「オバケである」とか「忍者である」と一緒で

物語の形式上の大きな意味を持ってはいない。だから、あくまで形式の話をすると

ドラえもんは「ロボットまんがではない」って結論になるんじゃなかろーか。

もちろん「ロボットである」ことに力点を置いて論議することも可能だろうし

ドラエモンロボットであることから始まる系譜、あるいはそこにいたる系譜ってのも

頑張れば作って作れないこともないけれど。

あともう一つ。ドラエモンが「ジュブナイル」であるとか「ビルディングス・ロマン」であるって議論も可能だけど

残念ながら、ドラエモンサザエさん時空で終始した物語である以上、これは構造的には確定出来ない。

大長編一つに区切れば、あれはビルディングスロマンだと思うけど。

 
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