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はてなキーワード: 三者とは

2019-10-17

anond:20191017201701

ひとをバカにすることで自説を補強した気になる、という意味では、三者共通しているのかもしれない。

相手からみると、あら探しされているようにしか感じないか全然効かない。

それがインターネッツ

2019-10-10

anond:20191010234406

「公開インターネッツでやらない」

「二者間で会話し三者が入る隙を与えない」

ワイ、天才かもな

2019-10-08

20年間発達障害者として生きてきた私の話2

はじめに

はてな匿名ダイアリーにおいてパート2というのはアリなのでしょうか…? 文化が分かりません。もし痛々しいようでございましたら申し訳ございません。

以前投稿した記事https://anond.hatelabo.jp/20190926105149)にて私見を交え自分の持つ症状について解説いたしました。が、「タイトルイメージが違う」とのご指摘がありそういえば元々は自分人生について書いてみようとしたのだということを思い出しました。前振りだけでいい具合にまとまったのでそれで良しとしてしまっていました。

というわけで本題の発達障害者である私の自分語りをさせていただきます自閉症多動症を持って生まれた私がいかように生活してきたのか、振り返って書き連ねていきます。詳しい症状につきましては省略いたしますので、不明点がございましたら上述の記事を参考にしながらお読みください。

幼少期 -既に変な特徴はあった-

出生の頃から追って話しましょう。さすがに私の記憶は流石に薄れていますが、当時から私が育てるコツのいる子であることは母には察しがついていたようです。

目を合わせて話さない。集団行動ができない。特定のモノに極めてこだわる。このような特徴が見られたようです。もちろんこれらは赤ん坊であるならば持っていても変ではない特徴も含まれますが、私の場合幼稚園年長くらいまで続いていたらしく「他の子とは明らかに違っていた」と言います

集団行動の苦手さを表す具体例としては、前回の記事にも書きました幼稚園から脱走していたことが主だったモノとしてあげられます。とにかく放っておくといなくなる。あまりにいなくなるものから、見失わないように私だけ違う色の帽子を被せられていたり園長先生が抱っこして確保していたり特別措置が取られていました。「差別的ではないか」と保護者会で話題になったとか。まぁ当の両親は正しい判断である先生にいたく感謝をしていたようですが。

まぁ幼い子であれば”ひょうきん”だとか”手のかかる子”という表現だけで済むのです。迷惑はかけましたが面倒な問題にはなりませんでした。

ここであげておきたいことが”目を合わせて話さない”という点とそれに対する母の対策です。

子供は成長しながらコミュニケーション能力を身に着け、その一環で「目を合わせて話す」ということの重要さを学ぶものです。大人の真似をし、後々意義を理解するというのが発達の基本ですからコミュニケーション能力もそうやって身に着けるのでしょう。

ただ私はとにかく誰かが話しかけてもそちらの方を見ないし、私が誰かにしかけるときこちらを見ない。私には会話中に相手の顔を見るという発想がなかったらしいのです。おそらくですが、やる意味は分からなかったのでしょう。「そういうものからそうする」とか「みんなそうしてるから」といった発想は私には薄いのです。ゆえに真似をせず、発達が遅れる。この性分が字のごとく発達への障害になっています

今思えばこちらを見ずに話しかけるサマというのは、やや気味の悪いように見えたことは想像に難くありません。

この悪癖を放っておいたらいけない、と母が実践したことが「とにかく自分から顔を見て話す」ということ。

子は親を見て育つ、それで覚えないならもっと見せていくしかないという発想のようです。とにかくちょっとした会話でもしゃがみ込んで目線を合わせる。呼びかけられたら自分から私と目が合う位置に移動する。意図が分かりやすいよう、たまに口でも「目を合わせて話してね」と言う。母の行動は徹底していました。

そうしているうちに、私は目を合わせて話すようになったんだとか。

つまるところ、覚えが悪い子もちゃんと教え込めば理解できるようになるのです。特に口で言うことは大事です。「こっち見てくれないと誰に言っているのか分からいから」など理由もつけましょう。意義が理解できればやるようになります。言い過ぎると逆効果という例もありますから、難しいところではありますが…。

こういったことが母の育児論です。

また今更なのですが、ハッキリ言って私は親に恵まれています。「うつ病ブログ見てたら”恋人が助けてくれて~”とか書いてあった」とか「食費節約記事見てたら”米は実家から送ってもらって~”とか書いてあった」などに近い事案かもしれません。ご了承ください。うつ病患者にとっての恋人とか、米を送ってくれる実家みたいな存在自分がなるんだという気持ち知識をつけることにこの記事が役立ってくれるなら幸いです。

小学校入学 -いじめ先生の劣等生認定-

問題が徐々に起き始めるのはこの頃からです。先生から露骨に出来ない子という扱いを受け、いじめを受けたりいたします。もう”ひょうきん”で済む年齢は終わってしまったのです。

実際私は色々なことができませんでした。運動は大の苦手で、漢字テストは毎回落第し、常識はずれな行動も多く、そして正直に色々言い過ぎます。私としては何がなんだか分からないまま先生に怒られ続ける日々でした。本当に何がいけなかったのか分からないので、具体的な問題の例を挙げられません。ただ先生から見たらよほど出来の悪い子だったのでしょう。そんな私がクラスメイトに標的にされるのは自然なことでした。

いじめトドメになったのは噛み癖があったことです。どうも私は触覚に安らぎを覚えるようで、自分のモノは噛みたくなるし顔にこすりつけたがります鉛筆他色んな所有物をよくかじっていました。正直言って、これに関してはいじめられる側の原因と言えます

私に触れることはアウト、私の触ったモノはアウト、しっかり拭けばセーフになる。他の生徒からはそのような扱いを受けていました。

さてまぁ壮絶な過去に見えますが、我ながらこの時期はずいぶん気丈に過ごしています

まず絶対親にこのことを言いませんでした。というのも、大事な人が傷つくのは嫌だったのです。偉いとか優しいとかではなく、それが破ってはいけないこだわりの一つだったのです。

学校いかように過ごしていたかと言えば、とにかくクラスメイトに話しかけました。嫌な顔をされたりするのは当然ですし、拒絶された記憶もいくつかあります

なぜそんなことをしたかと言えば、話していい人と悪い人を判断するためです。クラスメイトが全員いじめに参加していましたが、それが全員の本心というわけでもないのです。心底私が嫌いな人、みんながやっているかいじめに参加している人、実はほぼ嫌悪感を持っていない人など色々います。なんというか、これが分かっていないと学校生活で困るのです。分からないことや授業中など、学校生活では会話は必ず必要になります。ですからこの人は話しかけていい、この人は絶対ダメという判別をする必要があったわけです。給食の配膳なども私が配るものを受け取る人受け取らない人がいるので、それも覚えていた方がスムーズでした。

それで大丈夫だったのかなんて思う人がいるかもしれませんが”私に触ることはアウト”なので殴る蹴るは絶対にされないわけで、だから私もこのような行動をとっていました。ちなみに話しかけていい人にも必ず距離を置いて話していました。これらのおかげで嫌悪感をぶつけられることも減りましたし、触らなきゃ話せる相手もできたので大成功だったと言えるでしょう。

今思うと自分でもやや呆れる行動ですが、このような割り切った行動ができるのは発達障害者の強みだと理解しています

ちなみにダメージが無かったかと言えばまったくそんなことはなく、ストレスが振り切れて”触ったらアウト”をということを使って逆襲したりもしました。本気で泣かれたことがよりショックで私も泣きました。発達障害者も人なのです。無関心でいられるのはよかろうとも嫌悪精神的に来ます

はてさてそんなのが一年ほど続いて、私の噛み癖も抑えられた上にクラス替えいじめウヤムヤになった頃の話です(子供いじめなんてそんなものです)。

いじめが無くなったとはいえ、私が色んな事が出来ない状況は変わりありません。未だ先生心証は良くなかったようで、三者面談では母が怒りかけるほど小言を言われたそうです。

これではいけないと判断した母は育児について調べ初め、発達障害について知るやいなや私を児童精神科に連れていき、正式に診断を受けることになりました。診断結果を話した結果、先生対応は一変。連絡帳を通してたくさんの配慮をしてくれるようになったそうです。

診断を受けるということは自分が症状を理解することはもちろん、相手配慮を求めることにも役立つのです。

私の母などもそうですが、先生の態度について色々思うことがある人もいるかと思います。ただ実際にいじめを目の当たりにしてできることはあまりにも少ないですし、しつけのなっていない子が存在するのも事実です。ですからやはり自分自覚して問題を起こさないためにも、ただ出来ない子と思われないためにも診断は大事ことなのです。診断には強い説得力があります。少なくとも小学校教師になれるほどの英才の方であれば、医師判断の重大さは分かるはずです。

中学時代 -自分を見つめまくる日々-

さて通院や教師配慮を通して自分が他の子とは違うことを十分に理解し、列から抜け出さないとか家に勝手に帰らないだとか当たり前のことは覚えながら成長していました。大人の方はみなそうですが、私の問題を挙げても存在否定はいしませんでした。今自分のことが大好きなのはこのおかげであると考えております

中学生になった頃には自閉症的な特徴がプラスな要素になることも多くなっていました。他人に無関心という点などは特に強かったですね。

なにせ中学校はけっこう面倒な社会です。どこのグループにいて、誰と誰が喧嘩して、あいつはどこに受験して、あの先輩はあんなことしてて…などなど。面倒です。そして誰もが面倒と思っているのに、多くの人はこの面倒な風評を気にしてしまます。ただ自閉症患者としてはこれは本当にどうでもいいことなんですよね。立ち位置とか気にするの面倒なのです。知らんわ。

そういうわけで私は特定グループにいることはなく、基本的面白い人なら誰だろうと話しかけていました。それのおかげか誰とでも平等に話すなどと評価されることが多かったです。よく気軽に話せるなどと言われました。あとは趣味偏見がなかったのも大きいでしょうか。バント小説アニメスポーツ、変わったところではジャニーズなどの話を聞いていました。自分が知っているわけではないものも多くありましたが、楽しく話せる分には何でも歓迎でした。しがらみがない人間というのは中学校においてはとても貴重な人材だったのでしょう。ゆえに”他人に無関心”はお気に入りなのです。健常者に自閉症マウンティング取れますね。

また他人からしてみれば強烈に個性的に見えるようでけっこう人気がありました。良くも悪くも目立つ人だったのでしょう。

さてかなり上手いこと発達障害個性にできたと書けば見栄えは良いようですが、決して楽なだけではありません。

とにもかくにも自己分析を続ける日でした。「お前は客観視ができない」と両親からひたすら言われ、客観視とはなにかからまり自分がどういう特徴があるのかズラズラ考え続けていたものです。あるモノにどういう特徴があるか知る時の基本は、他のモノと比較することです。障害の本もいくつか読みましたが、自分は平気でやるが他人がやろうとしないことを色々見て知ることが一番客観視につながったのだと今では思います。まぁおそらくそんなことは小学生の頃にやっておくのが一般的なのでしょうが…。

意義が分からない限りやらないのが私でございます自分理解しないと人に迷惑をかけることになると知って、ようやくこういったことを始めたのです。

まず自分が失礼なことをたくさん言う人である理解いたしました。ウケ狙いとかではなく、何とも思わず指摘するのだからタチが悪い。特に女性容姿については言うべきではないと学びましたね。

それに自分は集中すると周りが見えなくなるし、やると決まったことは徹底的にやるし、陰口は言いたがらないし、ツッコミで強く手を出しやすい方だし、婉曲な言い方が理解できない。こういうことをとにかくたくさん知りました。この記事を書くこと自体客観視の一環ですね。

しっかり向き合ってみれば結構分かるものです。ただまぁ前回の記事の通り「~~という特徴であるらしい」とか上手く自覚の出来ない特徴も多くありますが。ただ、これを知るだけでも行動は変わるものです。怒られたり驚愕されることはずいぶん減りました。

月並みではありますが、大事なのはとにかく障害に向き合うことです。なんでも知っておけば「あっこれやったらダメかも」と分かるモノです。「これはしちゃダメ!あれはしちゃダメ!これはしろ!」といったようにルールを決めるのではなく、特徴を知ってその都度対応しましょう。ルール決めが必要な時があったとしても、第一優先はそこではありません。

ここまで書いて気付きましたが、中学校でのエピソードに欠けていますね。強いて挙げるなら友人がバカにされてハチャメチャに怒ったことでしょうか。

やけに他人を見下す阿呆がいまして、彼奴が私の友人を散々に罵倒したと聞いて教室に殴りこんだことがあります。結局ロクな解決にもなりませんでしたが、他人に無関心というのは「他人がどうでもいい」のではなく「自分が好いている人以外がどうでもいい」のだと知ったキッカケです。友人は他人に入らないらしく、むしろ思い入れが強いのかもしれません。

前回の記事発達障害者ストーカーになったなどと反応がありましたが、なるほどと少し納得いたしました。

おわりに

高校時代についても書こうと考えましたが、エピソード不足でありますし少し疲れたのでここで筆をおきます

さて前回にて「アスペで友人がいるなど詐欺だ」などという反応がございましたが、実のところ私も不思議に思っていた時期がございます。おそらくはとにかく正直で、フラットで、好きな人にはそれなりの接し方をしていたからではないか結論付けています20年生きてきて分かりましたが、正直は美徳と言うわりにそういった人は案外少ないものです。外面を固めるのが上手い友人が私の前では豹変したようにドサドサとキツイ言葉を吐くサマは中々愉快でございます。私が楽しいから友人といるのと同じく、彼らも私といて楽しいからいてくれるのでしょう。友人への敬意と多少のユーモアがあれば、あとは個性として楽しまれるのではないでしょうか。

記事の中では母についてはいくつか触れましたが、父の出番はありませんでしたね。というのも父は私のことを本当に放っておいたのです。好きなことをしていればそれでいい、とそれだけは言っていましたが強く干渉することはありませんでした。実際に父も自分の好きなことをたくさんしていました。食事が大好きで今ではメタボなほどですが、誰の忠告無視してまだ食べ歩きを続けています。子は親を見て育ちます。私が自分に正直に、好きなように生きているのは父が影響しているのでしょう。結局両親ともども私のために色々してくれたのです。

ご参考になれば幸いです。

追記:どうも前回記事とのツリーになってしまますね。治し方が分かりません。

2019-10-06

anond:20191006152119

上司もよんで三者面談にしなさい、なんなら休日診療所診断書もらって添えてでもいいから、ではないでしょうか

2019-07-17

筆者です。もう一度説明世界一分かりやす女性講座2] anond:20190709182710

わりと反応があって驚いている。ありがとうございます建設的な議論もちらほら見受けられました。

ガルパン第二章良かったですよ、見てきた方がいい。

女性は減点法で全て見ている!」っていうのさ、あれ単に「気に食わない奴がいたら服でも言動でもしつこく粗探しして、とにかく絶対にそのせいにしたがる」ってだけのことじゃね?

まず最初に反感があって、それを正当化するための理由は全部後付けで考えてるという<<

ぶっちゃけこういうこともあると思う。第一印象の時点で嫌悪を抱くと、あとは雪なだれ式に悪いところしかしません(悪い部分しか目につかない)。だから、減点法になってしまう。これは男女共通だけど、やはり女性に多いイメージ

この程度のことで減点の間違いだろ

「少し」「完璧に」と頻出してることからもお察し

おっしゃる通りです。男性にとって「この程度のこと」が、女性にとっては、とても「大事なこと」なんです。その差異を埋めるのが難しいので、清潔感かいうよく分からないワードで「これ当たり前でしょ?」って押し付けちゃうわけ。男性からすると、「こういうのやめてほしいけど別にあいいか」的な感じで、何十個も女性欠点は見逃していますスルーしています。そりゃ齟齬が生まれるわなと思って書いたんですよ。

よく書かれることで、女性目線は書かれるんですが、男性目線で「あえて」欠点をあげようと思ったらいくらでも挙げられるんです。ファンデつけすぎ、不明瞭な回答をするな、SNOWで加工した画像を送るな、口紅もっと自然体で、ハイヒール履かれるとどうせ怪我するから面倒とか。まあこういうの言うと、女性差別ガーってきちゃうんで。あと、ご父兄のお母様方はお客様ですから、ぼくが突っ込むことは当然ありません。というか、相手服装は大して気にしないww

大きなことで言うと、とてもカリスマ性が高い先生そもそもサンダルなんかで三者面談しても、とくになにも思われません。もう心酔しきっているわけですから、まあこれは恋愛で言うと付き合ったあとのお話ですかね。

ローファーの汚れや口臭について水掛け論みたいになってましたが、言えることは、男同士ではさほど気にしないんですよ。話したり、遊ぶことがメインですから、その人がドブにでも浸かったような酷さでない限り、靴紐の汚れとか服のしわとか気にしない。カジュアルな格好ならべつだんなんでもいいわけです。そこに重点は置いてません。会って話して遊ぶことがメインです。初対面の男性でも、よほどのことがない限り服装には注意したことがない。個人的には、まず話しやすいか、どんな人物かの方がよっぽど大事です。

対して、女性は、たとえばスニーカーブランドロゴの一部が少し欠けていても、その人を減点する可能性があります。そういう違いです。女性は警戒心が高いのか、繊細なのか、「見かけ」の閾値男性よりもはるかに低い。匂いや汚れ、ということに、きわめて過敏なのです。

から、そうではない男性との間で齟齬が起こってしまう。男女問題とはここに集約される気がします。

2019-07-05

今思うと虐待だったのかな?と思うこと

「悪いことをしたらヘッドスピン二千回」と親に命令されてた女の子ニュースを見て、自分子どものころと少し似てるなぁと思ったので書き出してみる。

私→現在30代前半。ひとりっこ。

親→現在60代前半。私が小学生とき離婚。父はお金にだらしない最低の人でした。私のことは可愛がってくれていたけど、母とはよく喧嘩していて母はその度に暴力を受けていました。離婚してからは母と二人暮し。

下に書いていることは全て母にされたことです。

宿題をしているときは横でべったり監視される。解くのに時間がかかると「なんで分からないんだ」と言われる。間違えていると叩かれる。

説教中は口答えは一切できない。悪いことをしたとして、どうしてそんな事をしたのかも聞かれない。言い訳もできない。

説教リリース→呼び出され説教リリース→呼ばれる、の繰り返し。機嫌が直るまでひたすら泣いて耐える。

・激高すると物が飛んでくる。

野菜やらコップやら文房具やらが体スレスレのところにどんどんぶん投げられてくる。

雑巾タオルだかを投げつけられて水浸しになった床を「綺麗にしろ」と言われたときはさすがに引いたなぁ。

・いきなりエビ反り(うつ伏せの状態から頭頂部と足先をくっつける)のポーズをやれと言われる。

体が硬くて出来ないでいると「なんでできないんだ」と責められる。「これは虐待じゃない。できて当たり前のこと」とも言われた。いやいや虐待だろ、と心の中でツッコんだ。

高校受験に失敗したとき「塾にも通わせたのに。この金食い虫が」と言われる。

浪人しろと言われる。滑り止めで受けた高校に行きたければ土下座しろと言われる。

勉強一生懸命頑張ります資格をたくさん取ります。」と誓約書を書かされる。

・体調を悪くしても病院に連れて行ってもらえない。基本自然治癒仕事を休んで看病などしてもらったことがない。

水虫を移されたときハイター入りの水に足を浸けろと言われ、学校貧血検査治療必要状態と診断されたときは鉄サビを飲まされていた。もちろんどちらも治りませんでした。

ゴミ箱の中を漁られる①

まだ使えると判断された物は勝手に出される。捨てたはずの、当時付き合ってた彼氏とのプリクラ写真がいつの間にか壁に飾られていたとき心臓飛び出るかと思ったなぁ。

ゴミ箱を漁られる②

レシートで何を買っているかチェックされる。高い物を買っていると怒られる。

高校生のときお年玉ナイキスニーカー(入った靴屋で一番安かった6000円くらいのやつ)を買ったら「こんな調子に乗ったものを買うな」とマジで捨てられそうになった。

・言うことを聞かないと「学費を払っているのは誰だ」「嫌なら出ていけ」「お父さんのところに行けばいい」とお決まりセリフを吐かれる。

・反抗して自分意見を主張すると「私はあなたよりもあなたの事を分かっている。私はそこらへんのちゃらんぽらん母親とは違う。あなたの事をちゃんと考えて言っている。」と受け入れてもらえない。

バイト勝手に辞めさせられる。

給与明細を知らない間にチェックされる。

わたし二十歳頃に鬱と摂食障害になる。

精神科に通っているのを隠していたが、カバンの中身を見られて薬が見つかってしまい、没収される。

あなたは鬱になるような子じゃない」と言われる。

説得してやっと精神科先生との三者面談が実現。先生が母の過干渉を指摘する。わたし泣きながら訴える。

母「わたしは誰よりもこの子の事を分かっています。口出しされる筋合いはありません。この子が泣いているのはとても優しい子だからなんです」と斜め上の回答。

この辺から、もう割り切って母のスネをとことんかじってやろうと決意する。

摂食障害を抱えながらなんとか大学入学留学、県外への就職を果たす。

母は地元に戻ってほしいようで、地元求人情報を延々メールしてくる。

グローバルな子になってほしい」が口癖だったのに、結局自分の手元に置いておきたいんだなと悟った。

なんかこうやって書き出してみるとギャグみたいだな。

でもやられた本人は結構きついんですよ。

そしてわたし、昨年仕事がうまくいかず体調を崩し、現在給付金をもらいながらニートをしている。(実家には戻ってない。死んでも戻らない)

実家にいた頃の記憶は今でも鮮明で、体調優れないときフラッシュバックで涙が出てくる。

すごく不謹慎だけど、最近虐待報道を見てると

「死んだら終わりだけど、でも生きながらえたとしてもトラウマ愛情の飢えに一生苦しむんだけどねぇ」と複雑な気持ちになる。

ちなみに昔大喧嘩したとき、昔こんなひどいことをされたと訴えたら「覚えてないし、そんなことするはずがない。あなた記憶違い」とあっけなく跳ね返されたなぁ。

医師いわく私は発達障害なので、母もその類なんじゃないかなと勝手に思っている。ちなみに母にとって発達障害は「なんにでも病名を付けたがる医者が騒いでるだけ」の病気らしいので、自分がその診断を受けたことは絶対言わない。言ってもまた否定されるだろうし。

まぁ何が言いたいかというと、

家庭というのは外からは何が起こっているか全然からないということ、

から第三者の目が必要だということ、

そして第三者の目には正しい知識と適切で迅速な対応力を持っていてほしいこと、

親子ともに、精神疾患なり障害なりが見受けられるか判断できる人がいること、時代遅れ価値観にとらわれてほしくないこと、正しく対処しないと当人人格健康に影響が出ること、

虐待は終わっても虐待は続くということ、

かしら。

あれが虐待だったのか分からないけど、今はされていないけど、今でもすごく苦しいんだよなぁ。

2019-06-14

トーストにはマヨケチャップチーズを乗せてトースターに入れるのが一番

どれが欠けてもいけない

おいしくない

この三者がいてこその最強である

2019-05-13

anond:20190513151546

横だけど、人種遺伝子集団民族文化的集団、国は概念上の制度から三者の間に大小関係なんか成立し得ないんだが。

2019-05-12

母親に(無意識に)セクハラしてた

母の日なのでトラウマを書く。

中学とき期末試験で保健体育の試験があった。今思えば意味不明だが当然のように試験があった。

当時、学年でも1−3位の成績を誇っていた俺は、もちろん保健体育にも抜かりなく試験勉強に取り組んだ。運動音痴ネクラな俺は、試験で点を取るしか保健体育の成績をカバーできない。

俺は一生懸命教科書の内容を確認し、覚えた。何度も問題を繰り返すことで、記憶をしっかり定着させようとした。

しかし、どうしたことだ。保健体育は主要教科ではなく、副教科なので問題集などの教材に乏しい。勉強したくてもその材料がない。

困った俺は、オカンに助けを求めた。教科書の内容を適当問題にしてもらって、それに答えることで勉強しようとしたのだ。

しかし、いろんな意味で成長の遅かった俺は気がついていなかった。その内容が人と勉強するものではないということに。

そう、試験範囲はちょうど生殖行為に関わる部分だった。ち●こやま●この構造や、赤ちゃんができる仕組みについてだった。

友人と勉強するどころか、オカンとそんなことを勉強していた。

挙げ句の果てに、その事実三者面談担任暴露された。

担任ちょっと怒っていた。しかし、池沼の俺は「親に勉強を手伝ってもらうな」といういう意味で怒られているのだと思っていた。

「えへへ」と笑ってやり過ごした。

今日、ふとその場面を思い出して、その真の意味理解して、とても死にたい気持ちになった。

楽に死ねる薬があるなら、俺は明日にでも死ぬだろう。

死ぬ前に、保健体育の試験一生懸命勉強したとが、一度も実践で試されなかった事が悔やまれる。

頭でっかち」はよくない。理論実践を兼ね備えてこその学問だ。

さようなら世界

次は、次があれば、もっと実践して自らの身体で学んでいきたい。いや、イきたい。

2019-05-04

三度の春

 京都大学に進学してから、何にも目標を持たずに、シューティングゲームにのめり込み、思い出したかのようにDTMをやり、それが生き甲斐であるかのように自身に思い込ませながら生きてきた僕ですが、ここ京都大学にやってきてから3度目の春を迎え、また違った感情を抱くに至ったので、これまでの人生への懺悔も兼ねてここに記しておきたいと思います。書いてはみたものの、恥ずかしくて特に見返したりもしない雑文となることをお許しください。

一度目の春。

 僕が京都大学に進学しようと思ったのは、高校3年生の時だった。親族に会う序でに京都観光に行き、銀閣寺など見物したそのまた序でに、京都大学へ足を運んだのだった。

 そこで僕が目にしたのは、混沌と洗練が入り混じった新鮮な光景だった。

 立て看板はどれも、その存在自体がお手本となりうるようなものではなかったが、ベニヤ板に塗られた厚さ数ミリもないような塗料から感じられる深い熱意に、この大学学生が持ちうる矜持のようなもの自然と感じ取っていた。

 そんな単純な理由から受験し、何とか合格を得て入学した。真新しいスーツに身を包んだ出来立てほやほやの京大生達と、入学式、ガイダンス、授業を経て交流した。人生の中でも最高に刺激的な春だったと思う。

二度目の春。

 交流を重ねるごとに自ずと分かることだが、実際の京都大学生皆が独特の熱意を抱えているわけではなかった。その多くは、勉強が出来たから、学問への熱意があったから、親が教育熱心だったから、そこにいるのだった。

 さらに言えば、京都大学理学部では、3回生次に振り分けがあり、それまでは学生として勉強をやりつつ自身学問的興味の対象を絞っていかねばならなかった。

 元々真面目に勉強をやるようなタイプではなかった僕は、秋あたりから、徐々に学校に行くことをやめてしまった。行かなくたって単位くらい取れるというちょっとした甘えのつもりだった。でもそんなことの積み重ねが、毎日授業に出ているクラスメイトと顔を合わせることへの罪悪感、恐怖心へと変わり、ついには眩しい大学生達に紛れること自体への恐怖心に成長してしまった。

 朝起きて、時計を見る。そろそろ行かなきゃな…とは思う。う~ん、今から風呂入って行くのしんどいな…とも思う。今日くらいいっか…。といった調子に、クズ人間をやっていた。

 そんなこんなで、無い能力に甘え、拾える単位すら落とし、どんどん自分の進路を狭めてしまった僕は、「せめて毎日大学に行っていれば」という自責の念と、「やっぱ自分大学生なんて向いていないんだよ」という開き直った感情のどちらも捨てきれないまま、2度目の春を迎えてしまった。

三度目の春。

 葛藤はあったものの、そんな堕落した生活を覆すことは出来ず、状況は悪化していくばかりで、2回生は家からも出ないような生活が続いた。それは自暴自棄のようでもあったが、ただ将来のことを考えていないだけというのが正しそうだった。それでも、決して裕福ではないのに、「教育財産と金銭面を負担してくれている親に対する罪悪感は常にあった。連絡を取るのもしんどくなっていった。一方で、知り合いに対しては、自身生き方と辻褄を合わせるかのように開き直って、人間性を疑われてもおかしくないような言動を繰り返した。

 しかしそんな生活にも必然というか幸いというか、終わりは来る。2回生後期も終わり頃というころ、僕はこれ以上、親にも、そして将来の自分にも甘えることが出来なくなった。

 親の元に単位数不足の通知が行って、親と担任を交えた三者面談をやったのだ。

 そこで、自分のこれまで2年間の過ちについてすべてを話した。それだけなのに、あれだけ怖くて見ることさえ出来なかった京大学生サイト(KULASIS)も見ることが出来た。最後の数週間ではあったが授業に出た。人と同じ、当たり前のことをすることの清々しさといったらなかった。そして、罪悪感に埋もれていた、僕の周りのすべての人に対する、申し訳ないという気持ちを取り戻した。

 丸々一年大学に行っていない自分学生をやる能力が残っているか、まだまだ不安はあったものの、ようやく谷底から抜け出せたと思えた3回目の春だった。

追伸。

 この2年間、僕という存在のもの批判されても文句は言えない甘えた生き方をしてしまった。たった2年で、僕は自分のこれまでの人生否定してしまった。

 ゼロから始める、ではないが、原点に戻ったつもりで頑張りたいと思う。

 最後まで読んでくれた真面目な方には、感謝申し訳ない気持ちでいっぱいです。

2019-05-01

anond:20190501184258

体感的にKKO増田ロリコン増田表現の自由増田は同一増田だろう。

少なくとも三者立場を使い分ける同一増田が一人は存在する。

ロリコン増田が基本フォームで、場合によって表現の自由増田フォームKKO増田フォームを使い分けているようだ。

動機としてはロリコン話題のないとき表現の自由話題KKO(主に「キモい」の部分)の話題出張していると考えられる。

(女性専用車両増田下方婚増田はまだ未確認)

KKO増田ロリコン増田表現の自由増田がそれぞれ別人物だと仮定してみる。

もしそうであれば最大三馬力増田することが可能なのである

KKO話題ロリコン話題表現の自由話題で同時並行的に三人の増田が反応する。

三人の増田なら当然のことながら投稿頻度は一人の時の三倍となる。

三人の増田の間で意見の食い違いが生じて論戦になることもあるかもしれない。

もし彼らが別人ならば、そのような地獄絵図が現実のものとなる。

だが実際には彼らの活動タイミングが重なることはない。

ひょっとしてシフト制でも取り入れているのだろうか?

2019-03-10

anond:20190310091705

抽象的な観点においては引用文で十分に説明されているので

「問」は具体例を挙げた説明を要するもの解釈して説明していく。

パソコンとは何か?

還元主義階層論では、CPUメモリHDD等のパソコン部品がそれぞれパソコンの一部と捉えて、

そう言った部品集合体と捉える。このようなパソコン部品に分解していってもそれはあくま

パソコンの一部だと捉えるのが還元主義である

だが、半導体1個、抵抗1個を「これはパソコンの一部です」と言えるだろうか?

全体主義階層論ではそう言った部品一つ一つはパソコンではなく、各部品が集合して電子信号等を

やり取りする、つまり部品間で関係性を持つ事によって初めてこれはパソコンであると捉えている。

例えばパソコンから電源なりCPUなりを1つ取り外せばパソコンは起動しなくなるだろうが、

それはもはやパソコンではないと捉えるのが全体主義である

構造主義階層論でもバラバラのパーツはパソコンではないと捉える点では全体主義階層論に似ている。

では両者の差異は何か。

全体主義階層論ではパソコンCPUメモリHDD等のパーツからなり、HDDはネジ、ベアリング

モーター等のパーツからなり、ベアリング金属やグリス、ゴム等のパーツからなると全てにおいて

同じ論理によって構成されると捉えている。

一方構造主義階層論では例えばパソコンは各パーツ差し込んで組み立てれば完成するけどベアリングは各パーツで加工を

しなければ完成しないから同じ論理を持ちだすのは間違いであると考える(構造列の相違による不連続)。

また、HDDCPUでも組み立て等の製造方法は違うので同一視できないと考える(構造の相違による不連続)。

具体例を挙げての説明なので一側面を示したものではあるが、以上が三者の違いである。

2019-02-23

anond:20190223145906

パーが絶対的に敗者となる条件が認識されるのであれば

パーにはその三者存在勝敗を決する必要のある場において

圧倒的不利であるという条件のもとにおかねばならぬ環境管理者によって

補償がなされるか排除をされる

ゆえにじゃんけんが三つ巴でありパーが絶対に勝てないのであれば

戦わなくてよいまたは戦わず勝利を与えられる等の環境管理を受けることになる

この中で最弱は という指摘は最強を生み出す条件となり得て

最弱であるという自覚は最強の条件を見出す起源となり得る

2019-02-16

私の場合

anond:20190216034452

当方、小さな会社経営者

年に休み10日ほど。帰宅はほぼ毎日、深夜の12時か1時位。我ながらなぜ死なないのか不思議なほどの状態で働いているが、それでもまあ、妻とは(自分が思うに)上手くいっている方だと思う。いくつか気を付けていることはあるけど、伝えたいことから逸れるので3つだけ。

1つは、『夕ご飯、何が良い?』とLINEが来たら、どんなに忙しくても必ず返す。『麺類かな』とか、『さっぱりした物』とかではなく、『〇〇が食べたい』と書く。作る側に立って考えれば、『何でも良い』とか『さっぱりした物』という気持ちの弱い物を作るより、『これが食べたい』と思っているものを作る方が気持ちが良い。献立を考える苦悩からも救われる。私の場合、2日に1度は来るが、必ず答えている。

2つ目は、『今日も遅いの?』とLINEが来た時は、何があっても必ず帰る。これは不満が溜まり始めてるシグナルだ。納期が間に合わないとか、トラブルが発生したとか、関係ない。人間関係の修復に間に合わないことよりも、家族の抱えるトラブルが深刻になることよりも大事仕事なんて、人生にはない。だから、『そうだな。ずっと遅かったし、せっかくそう言ってくれてるんだから今日は早く帰るよ。』と返す。そして、帰ったら妻と色々なことを話す。早く帰って欲しいのは、私が恋しいのではなく、妻の中で消化しきれないことがあるからちゃんと受け止めて、上から目線にならないように気を付けながら2人で善後策を考えよう。私の場合、そういう時は2人で近くのファミレスに行くことが多い。家と言う日常から物理的に離れることで落ち着いて話せるし、ちょっとした非日常感もある。そして、2人で歩いて家に帰る時は楽しい話だけをする。話の終わり方はとても大事だ。次の日、出勤する時はお礼を言おう。『昨日、言ってくれたおかげで今日ゆっくり寝れて疲れも取れた。ありがとう』と。

そして最後にもう一つ。子どもにとって大事な時は何らかの形で関わること。例えば中学生なら、1年や2年は仕方ないにしても、3年の三者面談は行くとか、友達トラブルを起こして学校相手の親と話さなければいけない時は行くとか、妻の気持ちが重いだろうなと感じる時は必ず行っていた。

結婚自分のためにするものじゃなく、相手のためにするもの。妻が大変な時に力になれれば、忙しくてもきっと上手くいくと思う。

2018-12-31

anond:20181231091603

ワイは寒いのにファミレスに入らない時点で

共通の友人が食べ放題の店を楽しみにしてなきゃ店変えるな

こっちの都合で変えるので当然全員分奢りで

男・女・共通の友人の三者がいるとする

文章には男がファミレスに入りたい様子がないことから寒いからファミレスに入りたいのは女の都合であることがわかる

"こっちの都合"でのこっちは女、女が全員分奢る

店選びは男の方の都合は聞かない

男の都合は聞かない、という言い方からも女の主観であることがわかる

もし男が自分だったら、という文章なら、女の希望を優先する、等と言う書き方になる

甘やかされてこういう事いう、のは女であるという主張にしか読めない

そうでなく男を批判したいのならば文章をもう少し推敲するべきと考える

2018-12-19

アパートスプレー缶について知っていること

10年ほど前からアパート経営をしてる。

普段会社員なので管理不動産屋に任せている。

昨年の夏ごろ、入居者の入れ替えがあった際のメンテ費用見積もりに「除菌消臭代」という項

目が説明もなく追加された。価格は1万2000円。

不動産屋の営業説明を求めると「消臭スプレーを噴霧するもので、すべての大家さんに勧めて

いる」との回答。消臭しないと貸せないほど部屋の臭いがひどいのかと確認すると「そんなこと

はない」と言う。

除菌消臭不要」として、他のメンテだけやってもらった。

もともと仕事の雑な営業だったので、変なことをするもんだと思っていたが、今回のアパマン

件で、カラクリが分かった気がする。

報道によれば、アパマンの件では、入居者の希望に応じて請求してたようだが、自分のケースで

大家にも請求していた。

退去者にも敷金から上記項目を引いていて、一つの作業三者への請求していた可能性がある。

入居者や退居者に「除菌消臭代」を請求していないか営業に聞くことにする。

2018-12-09

ガンダムNTあるいは福井ガンダムに対する主立った批判反論について

やあ (´・ω・`)

ようこそ、ズィージオンの泡沫拠点みたいな腐った地獄の底へ。このヘリウム3サービスから、まず飲んで落ち着いて欲しい。

機動戦士ガンダムNTは見てくれたかな? 機動戦士ガンダムUCは? それはよかった。

うん、まるで中立的タイトルをしておいて、実は福井信者側の一方的エントリなんだ。済まない。仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

でも、このスレタイを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない「ああ、こいつ富野信者中立的立場ナラティブ見に行ったのかな?と思って開いたブログ普通に福井こきおろしててゲルググのトサカに来た可哀想なやつなんだな」みたいなものを感じてくれたと思う。

殺伐としたガノタ界隈で、そういう気持ちを忘れないで欲しい(もっとサツバツとしてんじゃねーか)

そう思って、この増田を立てたんだ。

(といっても真面目に多くの人に読んでもらいたいわけではないというか、書いているうちに気持ちが落ち着いてしまったため、増田に投げ捨てているというほうが正しいかも)


Q1:ガンダムどうしてこんなオカルトになってしまうん?

A1:富野ガンダムのZから逆シャア(あと一応Vも)がバリバリオカルトだったんやで。またナラティブの話の筋は「富野ガンダムの一時期のオカルトは一体なんやったんや?」と問う側面もある。


Q2:シャアの反乱からF91までの30年間大きな戦争はなかったのに、福井サンライズ勝手戦争だらけにしようとしよる

A2a:マフティー20年前首都テロを仕掛けたんですけど戦争カウントされませんでした」

A2b:オールズモビル「我々はここ数年で二回戦争をやりましたがカウントされませんでした」

A2c:時期は違うけど参考までにデラーズ「観艦式潰してコロニー落としたんですけど後者事故扱いされました」

A2d:というように「大きな戦争」の基準ガバガバすぎるため、正直割と大丈夫だと思う(おい)。もちろんマフティー動乱は戦争というには小さすぎるのでテロ扱いだろうが、言い換えるとそれぐらいの規模ならよいということになってしまうし、とにかくオールズモビル戦役の扱いが際どい。


Q3:サイコフレームやらNT流行らなくなったのはF91までに大きな戦争がなかったんでNT概念が風化したからや、なんでそこ踏みにじって「サイコフレーム封印の切欠になる事件が〜」とか言い出すんねん

A3a:隕石一個動かすレベル現象を、”愚”民どもが30年ずっと解析も模倣もせず放置して風化ってのはやっぱ厳しい気がするんですがそれは(小並感)

A3b:あとこれは反論というよりこじつけなのだが、「市井では廃れたが各軍、各企業の一部では密かにNT研究は続いていた」という(それ自体福井以前からある)解釈を重視すると、意外とUCナラティブ問題ない気はする(強引小並感)。結局ユニコーン無双は一部の局地戦で発生したに過ぎず、多くの一般市民が(正確に真相を)目撃した事例ではないから、市井NT神話衰退を食い止めてはいないのではないか。もちろん一部報道や(宇宙世紀内の)オタク共がユニコーン存在活躍にある程度は触れているとは思われるし、その結果噂程度に真相が広まってもいようが、世間にどこまでインパクトがあったかというと微妙であろう。たぶん宇宙世紀内のミリオタ共も「サイコフレームがそんなイデオンみたいな力出す訳ないだろwww 架空戦記www」「っせーなじゃあこのアクシズどうやって動かしたんだよテメェ!!」って言い合って、周囲からキモがられてるに違いない


Q4:なんかダ・ヴィンチインタビューで「F91以降ニュータイプはいない」とか意味不明なこと言ってるで福井

A4a:お前さっきQ3で自分で風化言うてたやんけ!!!(ごめんなさいこれはちょっと言いたかっただけです)

A4b:批判側の典型的まとめサイト意図的誤読。当該のインタビュー普通に読めば「世間的にNT存在に関する話題ほとんど消え去った」であって「NT能力を持つ人間がいない」ではないのは明白。

A4c:ただこれはもう福井擁護ではなく余談になってしまうのだが、もともとNT論は「ジェリドはどうなんやジェリドは」「サイキッカーってなんやねん、NTちゃうんか」みたいな謎もあって割とガバい。そのためマジでF91以降NTおらんやんって暴言も全く通らないわけではないような(通すのが良いわけではないにせよ)。「カミーユ級を(真の)NT言うんならシーブックは(レベル高低的にも健全的にも)NTとは言わへん」「ウッソはNTというよりスペシャルやないんか?」みたいな過激意見もなくはないし(F91時代はみんな一種NTなんや!っていう人見たときは流石に度肝抜かれてしまいましたが……∀時代の話じゃなくて……?)


Q5:新訳Zで肉体を持った健やかなNT像が示されたのに、福井はまだそんなところにいるの?

A5a:「まだそんなところにいるの?」ではなく「そんなところを無視すると、新訳ファが拉致されて強化人間にされるんよ」という悪意の問題

実を言うとナラティブ批判するために新訳Zを持ち出すのは、福井を憎むあまり富野の最新動向を無視することになるので富野信者は気をつけた方がいい。というのも、新訳Zは「肉体と生活を傷つけられ、健やかさを奪われた人々はどうすればいいのか」という視点を欠いた、ゆとりNT論あるいは富裕層NT論となっているため。「シロッコみたいな傷つけるやつ片付けよう」だけで止まっており、「手遅れ」や「傷つけるのは特定悪人ではなく社会構造」といったケースに対応しているとは言い難い。富野本人はGレコですでにこの課題あるいはそれ以降に挑戦している(厳密には∀の時点で萌芽はあるし、もっといえば強化人間はもともとそうだったわけだが、では新訳でのフォウとロザミィの扱いはなんだったのか)。「人を家畜のように扱ってはいけない」とは言うが、ナラティブには手遅れで家畜にされてしまった人達物語という側面もある。

余談だが、このあたりはAGEオルフェンズ、AOZ黒兎の火星組にも通底する部分があり興味深い。三者が上手にやっているかというのは議論あるにせよ、である。また新訳Zにある意味隣接しているはずのクロボン系もまた、この生活貧困問題には新訳Zより常に切り込んでいる。

A3b:またこれはちょっと勘違いされているケースが多いかもしれないのだが、厳密に言うと福井側も肉体の放棄を手放しで賞賛している(できている)わけではなく、「遠い未来にある姿としてはそうなんやけど、いま無理してそれになろうとするのはアカンで」という風に言っている。ナラティブはまさにこの無理に関する話であったことと、先達としてバナージが結局肉体に戻って来たことに注意されたし(特に原作ではカミーユの真似して体貸そうとしたら幽霊disられてやめる、というくだりがあり分かりやすい)。


Q6:長谷川クロボンNTry

A6a:よく引き合いに出されるクロボン系列であるが、実はUCナラティブと言っていること自体はそこまで乖離してなかったりする(『しかもっと長い長い年月をかけて、いつか人は”NT”に進化するでしょう』)。どちらかというと現存するNTに対し周辺技術含めての評価(長谷川「現NTなんか山道12km歩くだけやん」福井サイコフレーム使えば1000km歩けるで。めっちゃ危険やけど」)と、目の前の困難に立ち向かう際のスタンス差(福井「例え戦争連発を止めることができなくても、今ここで人間が止めようと努力して、未来に祈ることは無駄ではないんやで。そのことを証明するためにちょこっと1000km歩く危険デモンストレーションもしとこ」長谷川「今ここで戦争連発をせめて100年だけでもガチ止めるべきだし、そのために人間努力のみならず結果を出すべきなんや。1000km歩く危険デモンストレーションは——どうか手をお貸しにならないで——決着は0〜12km歩く人間達だけでなんとかせなあかん」)が対立の主である

から実は、福井長谷川は確かに対立軸にあるものの、それは同じ棒の両端だと考えた方が良い。無論そこで右がいい左がいいという対立は大きいにせよ。黒歴史という自己責任人災に対して祈るしかなかった人々を見捨てないのが福井、手近な資材で立ち向かうよう人々を陣頭指揮するのが長谷川、という乱暴な要約でいいかもしれない。(黒富野人災はお前らのせいだ!と丁寧に説明し、白富野人災だけではない人の魅力を描き、Gレコ富野は「そういや白だと魅力描くのに専念し過ぎた、人災の具体的な説明対処はまだやる余地あるな」という境地)

A6b:すみません反論になってませんねこれ……。具体的に人々救済のために奔走する長谷川クロボンの方が面白い好きだという意見は多いにあると思う。

A6C:これも反論でなく補足だが、幽霊ネタ長谷川ガンダムでも時々やっており、「富野ガンダムを真面目にリスペクトすると割とオカルトに向き合ってしまう」というのは割と福井長谷川とも共通してそう。(向き合い方の問題ではあるにせよ)


Q7:サイコフレーム光速移動なんやねん

A7:エンジェルハイロゥも分解後光速移動してるからええんちゃうか(小説版)


Q8:サイコフレーム時間操作なんやねん

A8:根拠出典はアムロララァの「人はいつか時間さえ支配することができるさ」やろ(まぁさすがにここで怒る気持ちはわかる)


Q9:サイコミュ技術そんな凄いんならエンジェルハイロゥのあの中途半端な性能なんやねん

A9a:いやあれとんでもない性能でしょ(小並感)

A9b:眠らせるだけやなくてもっと気合い入った洗脳や全滅できるやろ、という意味ならば、クロボン幽霊の「もともと暴動鎮圧用だった」ので(あとで高性能化したとはいえ)設計レベルではそこまで気合い入った威力設定してないんじゃないか、っていう感もある


Q10:話してんのは幽霊やない、残留思念や!

A10a:ごめんなさい、これはちょっとトピ主が用語理解ちゃんとできていなくって「幽霊残留思念なにが違うんや……?」ってなってます。単にあの世がないとか鳥に輪廻転生はしないとかい意味なのだろうか。

A10b:自律思考する魂ではなく、死亡時点の意志キャッシュデータである、という意味なのかもしれないが、これはこれで意味のある差なのかどうかちょっとからない(強いAI弱いAIの差みたいな感じ?)

A10c:たぶん本気ではなくネタだと思うのだが「NT洞察力で相手思考完璧洞察しているだけ(残留思念は受信側脳内残留説)」という話を見かけたことがあって、ええ……「(脳内)ララァはいつでも会い(妄想)に行けるから」は辛すぎるんちゃうか……?とドン引きしたことはある。ゲームオタクゲイナー君でさえ恋した相手NPCではなく生身の女だったというのに。


Q11:閃ハサまで福井担当すんのは嫌

A11a:ごめんそれはトピ主もちょっと思った。

A11b:一応現時点だと、サイコフレーム封印事件云々はUC2の方メインで、閃ハサは流石にそっちには(一部設定を繋ぎやすくするだけで)持っていかないのではないかとは思っているが……。

A11c:そもそも福井以前にベルチルと映画ちゃうやん問題小説の内容そのまんま映画にできるんか(できたとしてもアニメとしてテンポおもしろいのか)問題どうするんだろうか。ベルチル問題はあえて原作ママンにして「別に映画ともそこまで乖離しとらんやろ?」とか厚顔無恥フルアーマーしていいと思うんだが、無理だろうか。


Q12:人の褌でスモー取ってるのが許せん!

A12a:逆に富野はもう古い褌脱いで次のステージ行ってる(繰り返すが新訳Zよりもっと先行ってるんで注意)からそっち追えばいいやんけ、と簡単に思っているのだが、そうはいかないだろうか。

A12b:かつて「ペンタゴナは永野にくれてやった」という富野発言があったらしいが(ソース不明)、同じように「宇宙世紀前半は福井に、後半は長谷川にくれてやった(あるいは積極的にくれてやったわけではないが好き勝手にやってろ)」と、サンライズバンダイ経営層だけでなく富野本人が思ってそう……というのはうがちすぎか。


Q13:せめてパラレルしろ

A13a:現状だとしてもあまり意味がないのでは?(時系列的に直接重複するパラレル作品がないと、大抵のガノタからパラレルいうてもシリアル解釈不可能やないやん」程度に思われてしま危険性が高いため。つまり原作オリジンとはちょっと状況が違う)

A13b:上記には、結局パラレルにしてもUC2自体F91に繋ぐ気があるためという側面もある。ZZをばっさり斬り捨てた新訳Zという前例もあるにはあるが、あまり斬り捨てていくとその亡霊を背負った外伝が出てきて話をさらにややこしくしてしまうので注意は必要だぞ(なんせUCの背後にいるものの一部は、まさにそのZZの亡霊である)


Q14:サイコフレーム封印したのになんでF91に積んでるんや

A14a:条約は破る物。(割と冗談抜きで、南極条約ガン無視NBC兵器抱え込むような宇宙世紀人たちが封印を守るとは思えない。もちろんUC2で示されるであろう危機に瀕して「使いすぎはやめよう」にはなるのだろうが、「適量や代替(ネオサイコミュ)ならいいよね!」という麻薬みたいな思考回路に落ち着くのではないか)

A14b:あとF91サイコフレーム搭載はホンマ公式なんかな、ってのちょっと気になるんですよね。最近曖昧になってきたみたいな話もあるのと、そもそも初出ソース(寡聞にして知らないのですがどこでしたっけ)からしてうっかり無断で書いちゃった程度なのではないかという気もしている。EB大図鑑には書いてなかったはず(こういう文脈でEBをソースにするのは普通は鼻で笑われるところなのだが、やっぱ現在も隠然とした影響力は残っているのと、F91時代はむしろ割とオフィシャルに食い込み気味だったという事情もあり、一応参考として挙げても怒られないと思う)


まだまだ左右どちらも色々あると思いますが、本トピはここまでということで。君も自分だけのガノタ憎悪を育てよう!!(育てるな)

2018-12-08

anond:20181208222339

俺の学校にも彼女の答案借りて名前だけ変えて親に見せてたやつがいたけど三者面談でバレてしこたま叱られてたな〜 なつかしい

anond:20181207143515

これ読んで自分中学時代の嫌な思い出を思い出したから書く。(あんまり関連性はないけど)

しか中学三年生の2学期のできごとだったと思う。

中間だか期末だか忘れたけど理科テストが返ってきたこから始まった事件だった。

自分クラスにうまく溶け込めず、仲のいい友達がいないというわけではないけど特定グループには所属していないというような若干浮いた生徒だった。

クラスには自分と似たようなポジションの子がもう一人いて、その子とは小学生時代に少し仲良くしていたこともあり一緒にいることが多くなった。

の子をAとする。

そして問題理科テストについてだが、このテスト自分理科の点数はたしか75点くらいだった。

一方Aの点数は30点くらいだったと思う。

自分比較勉強ができるタイプ(と言っても75点じゃあまり説得力ないけど)でAは勉強ができない不良系のタイプだったのでこれぐらい差がついていた。

テストが返却されてから一週間ぐらい経ったころ、丸付けにミスがあったと言って答案をもう一度提出するよう理科教師が言い出した。

自分は家で答案を探しまた持ってくるのが面倒でしばらく放置していた。

ある日の掃除時間に私は突然理科教師に呼び出されて軽く話をした。なにを話したのか忘れてしまったけどその答案を早く持ってこいとかそういう話だったと思う。

そしてまた一週間ぐらい経った頃、中学三年の二学期ということで午後の授業を潰して担任教師と進路面談を行う機会があった。この日までに答案を持ってこいと言われていたのに、私はすっかり忘れていて持ってこなかった。私の面談の順番は後の方だったのでその待ち時間の間に一度家に帰って答案を持ってこようと思いその旨を担任に伝えると、なぜか厳しい顔で「言えないようなことはしないようにね」と言われた。答案をとりに家に一回戻るくらいでなんでそんなことを言われなければいけないんだ?と思ったのを覚えている。

そして家に帰り答案を探したのだがなぜか見つからない。いくら探してもないので仕方なく手ぶらでまた学校に戻った。

答案がなくなったということを理科教師に伝えにいくと「これに見覚えはある?」と言って答案を見せてきた。明らかに私の字だったので、もしかして理科室の机にでも忘れていましたか?それなら先に言ってくださいよ~などと言いながらなんとなく手に取ろうとしたらすかさず離された。

その拍子に見えた裏面にはAが書くような字と似ているものが並んでいた。

その後、私は空き教室に連れて行かれテストを返されてからこの答案をどうしたのか時系列ごとに説明を書けと言われた。

ここで私はようやく気づいた。

Aが答案を私の机から盗み、自分の字で(なぜか片面だけ)書き換え、成績表の点数と実際のテストの点数が違うと言い理科教師に提出したのだ。

そんな小細工に教師が気づかないわけもなく、元は誰の答案だったのか確認するために一度答案を集め直したのである

恐らく最初から私の答案だと気づいていたと思うが……

教師達は私が答案を盗まれたのではなくAに提供したのだと疑っているようで、学年主任・他のクラス担任等総勢5人の教師に囲まれ尋問(っていうほどでもないけど)を受けた。

私は地味で比較的真面目に学生生活を送ってきたのでそれまで教師に怒られる機会というものほとんど無く非常に新鮮な機会だった。

もちろん無実なのに疑われていることに腹は立った。

結局私としては知らない間に答案がなくなっていたという以上に説明できることはなく、とりあえず保留ということで解放された。

その後しばらくの間このことについてなにか言われることはなかった。

もはや忘れかけていたときに親・担任・私の三者面談で私にはなんの非もなかったという結論になった、ということが伝えられた。

その後私だけ外に出され担任と親との間で話し合いがあったが何を話していたのかはわからない。(今度聞いてみようかな)

そして私は一度も教師から疑ったことを謝られることはなかった。犯人を謝らせることもなかった。というか結局犯人が誰なのか直接教えてもらうこともなかった。

え、理不尽すぎん?

若干授業態度は悪かったけどそれでも成績はよかったし公立中学スーパーヤンキー共と比べると超いい子なのにこの扱いなのか?

なんだかんだ言って教師達は人間的に優れているのだと信じてたけど無実の人間尋問しといて謝罪の一つもないって普通に人間としてやばいやつしかいないじゃん?!

道理が通ってなくない??!

と思いつつも別に教師達が悪いわけではない事件だったからそこまで謝罪を求めるのってどうなんだろう……と考えもう9年ぐらい経ちました。

ちなみに事件後もAとは一緒に行動していた。

からお前がやったんだろう?!とはさすがに言えず微妙な感じで時が流れ、一緒に行動する人がいないといろいろ不便なのでまあいいかと思い特に変わらないままであった。

一応言っておくと、99.999%Aが犯人であることは間違いないと思うけど決定的な証拠があるわけじゃないからもしかしたら犯人は別人かもしれません。

もしAじゃなかったらごめん。

2018-11-19

各種相談窓口のご案内(労働関連、参考まで)

https://anond.hatelabo.jp/20181115190433

追記しようと思ったのですが、長くなりそうなので新たに投稿したいと思います

人生困った時フローチャートみたいなの、機関が用意してやれば良いよね。

というコメントを頂きまして、自分なりにまとめてみました(労働関連だけです。すみません。)。今回は簡潔に箇条書きで書きます。ざっくりとしたまとめですので、気になったら各自調べて頂けたらと思います。間違いがあればコメント等ご教示頂ければと思います。以下、労働相談対応している機関です。

労働局(監督署・総合労働相談コーナー)】

解雇、未払い賃金いじめ嫌がらせ等の相談受付。

いじめ嫌がらせ等は助言、あっせん制度(拘束力なし)があります

労働局(雇用環境・均等室)】

マタハラセクハラ性別による差別パートタイマーの均等、均衡待遇相談受付。

紛争解決援助制度です。

法テラス

・まずどこに相談すればいいかからない人は、ここに相談することがお勧めです。案内してくれます

弁護士社労士色々います監督署に相談した後は、弁護士さんに相談することがお勧めです(監督署で相談対応するのは社労士さんが多いので、他の人の意見を聞いたほうが有益だと思います。)。

労働委員会】

無料

公益委員労働委員使用者委員三者構成あっせんを行います

労働相談も受け付けてます

弁護士会】

原則有料

労働生活保護に関する相談を受け付けてます法律一般的相談が出来ます

あっせん仲裁制度があります

司法書士会】

無料

消費者トラブル相談がメインかも。

司法書士による調停もあります

社会保険労務士会

無料

・ここに相談した後、監督書に行く流れもお勧めかもしれません。労働関連法の専門家です。

あっせんも行ってます

裁判所

民事調停(話し合いによる解決)

少額訴訟(60万以下の金銭の支払いを求める場合)

→未払い賃金請求にもお勧めです。

労働審判(証拠必要場合によっては弁護士を雇った方がいいかもしれません。)

民事訴訟(証拠、的確な主張が必要弁護士を雇いましょう。)

・いずれも手数料がかかります

日本産業カウンセラー協会

・有料、要予約

・心の悩み、ハラスメント等の相談にのます

県庁市役所生活課】

労働相談を取り扱う部署がある所もあります

相談助言程度です。

あっせんには拘束力はありません。相手が話し合いの場にでなければ終了する可能性があります

言葉足らずな部分もありますが、悪しからず。少しでも参考になれば、お役にたてましたら幸いです。なにか分からないことがあれば、コメント頂ければと思います最後まで読んで頂きありがとうございました。

2018-11-14

anond:20181114214302

国民体育大会(こくみんたいいくたいかい、略称国体)は、日本で毎年開催されるスポーツの祭典である実施競技によって1月2月冬季大会と9 - 10月の本大会とがあり、昭和21年1946年)に第1回大会近畿で開かれて以降、各都道府県が持ち回る方式で開催されている。大会のあり方はスポーツ基本法で位置付けられており、日本スポーツ協会文部科学省開催地都道府県三者共催で行われる。[1]

2018-11-12

.

好きな選手が3人一気に引退した。

三者連続引退

先に2人が引退を発表して、来年からはこの人だけか、でも応援しに行きたいと思ってた。

1ヶ月ほど経ってその人も引退を発表した。

ユニフォーム持ちで現役の選手はいなくなった。

またユニフォームを買いたくなるような選手が現れるといいな。そんな選手が現れるように、コーチになった2人を応援したい。

2018-11-09

anond:20181109132949

OKAMA/POP/岸田メル の三者はびっくりするくらい作風TPOわず安定してて

それこそエロースな感じの作品やってるときとかとほぼ同じ(エロースをやっているとは言っていない)テイストなんで、それこそ突っ込みたいなら突っ込むべきイラストレーター代表だと思うんやけどな…

2018-09-29

anond:20180929133523

大抵の健常者にとってLGBTとは「なんか知らんけど生活を脅かす侵略者」であり、その侵略非難する趣旨問題提起なんだからLGBT理解している必要などない。

一応説明しておくと、指向男と女どちらを愛するか、嗜好は「巨乳好き」「妹萌え」「デブ専」なんかの何に興奮するか。

三者とも前者を後者一種だと思い込んで書いてる。

こんな線引きをしてるのもLGBTとその脅しに屈したモノだけであり、前者は差別禁止後者差別OKなどとは噴飯ものである

こんなことはちゃんとした本読むなり、当事者に話聞けばすぐ解ること。

LGBTが書いた本やLGBT本人が健常者に対してLGBTにとって都合の悪い情報を伝える訳ないだろ。

なんの信用もできない。

そもそも健常者社会に出てこようとしてるLGBTこそが粘り強く啓蒙に努めるべきであるのに、健常者に対して強硬に「理解勉強」を要求するとは烏滸がましいにも程がある。

弁えろ。

anond:20180928130429

問題提起

LGBTという概念については私は詳細を知らないし、馬鹿らしくて詳細など知るつもりも無いが、性の平等化を盾に取ったポストマルクス主義の変種に違いあるまい(小川榮太郎

って論文載せるのか・・・

休刊号は松浦論文は読み応えあった。かずと&KAZUYAもまあありっちゃあり。でも他は問題定期以前だったと思う。

例えば水田小川藤岡論文共通して指向と嗜好の混同してた。

どっちの用語も割と無造作に混用されてる。つまり自分区別できてない。

一応説明しておくと、指向男と女どちらを愛するか、嗜好は「巨乳好き」「妹萌え」「デブ専」なんかの何に興奮するか。

三者とも前者を後者一種だと思い込んで書いてる。

他にもにわか勉強勘違いがそのまま書かれていたり、創作メディア面白おかしく切り取った一面を実態混同していたり

こんなことはちゃんとした本読むなり、当事者に話聞けばすぐ解ること。

そんなこともせずに「論文」書く相手と、議論をする余地と言うより、このテーマ議論が成り立つ余地があるか疑問だな。

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