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はてなキーワード: 母子家庭とは

2021-05-06

anond:20210505233432

ポリコレに従ったルールを作って弱者を救い正義を果たしたつもりが、裏目に出て別の弱者を抑圧してしまうこともある。

ポリコレ人類史あるある

人類史上よくあることなので、異性の子を連れて入浴したい母子家庭には泣いてもらうしかない。

正義を貫くために。

2021-05-05

anond:20210505234626

ゼロではない程度しかないなら他の母子家庭の母息子が銭湯に入る権利を優先していいんじゃね?

anond:20210505231632

統計的父子家庭母子家庭より収入多いんだ

母子家庭でできてることをなんで父子家庭からできないみたいな話なんだよ

2021-04-28

首を吊ってる母親を、自分の手でドアから降ろした話。

これも結構前の話になる。

「そういえばあの時、どんな気持ちだったっけ?」と思い返す機会があったので、折角なので文字に書き残しておきたい。

そうすれば胸に落ちるものも、もしかしたらだけど多少はあるんじゃないのかな?って感じで。

内容が内容なので、少し長くなるかもしれないけど、お暇な方がいらっしゃいましたら読んでやってください。

あんまり仔細に年月日を狭めすぎるとアレなので、時期は今から7年ほど前。

ちょうど今のような、若干寒さも落ち着いてきたかな?ってぐらいの春頃のお話だと思って下さい。

当時の俺は大学入学したての、ピカピカの一年生でした。

兄の方がとても優秀だったんで、随分と見劣りはするけれど、俺の通っていた高校レベルからすれば「まあ頑張ったんじゃないの?」程度の大学へと入学

その筋のマニアには結構有名な、二郎インスパイアの名店が近くにある登り坂の長い大学ですね。

あれは本当に数少ない良い思い出です。メチャメチャ美味かったな。店狭いし、オッサン怖いし、汚いけど。

オススメは小ラーメン・麺少なめ・ニンニクマシ・アブラシマシです。

しか高校まではチャリ通で10分だったところが、電車を乗り継いで1時間半になったのは本当によくなかった。

職場学校は、絶対に自宅から近い場所を選びましょう。近い場所にないのなら、あなた引っ越ししまいましょう。(経験則

そんなこんなで深夜までゲームやらアニメうつつを抜かしては、中途半端時間に目覚めて、一限は余裕でアウト。

気付いた母親に叩き起こされて、仕方なく起床。もそもそと着替えて、遅刻前提の移動。

それで素直に大学まで向かえばいいものを、「途中で行くのも面倒くせえな」と地元カラオケで朝割フリータイムしてたり、本屋立ち読みしてたり。

入学当初からそんなんだから、とにかく授業内容は良く分からないし、眠くて眠くて仕方なかった。

何よりも人見知りだったもんで、良くも悪くも自由大学形式の授業とサークル活動に、いまいち馴染めずにいた。

大学は少中高と違って、能動的に働きかけないと友達はできないもんなんです。あの頃の俺に教えてやりたい。本当に。

夢見ていた大学生活は、俺にとってはただの眠気との闘いに成り代わっていたのである……。

そんなんで仲の良い友達全然いないもんだから、授業サボりまくって、図書施設ビデオ設備で「ロード・オブ・ザ・リング」とか「戦場のピアニスト」とか見てたな。

いや、完全に余談でした。すみません

とにかく、こんなカスの具現化みたいな大学生活を送らないよう、新入生の皆さんは頑張ってください。

話を戻します。

俺が小学校に上がるぐらいの前に、うちの母親は一度離婚している。だから俺は種親の顔をほとんど覚えていない。

自分ママとパパと話すけど、ふたり全然しゃべらないなぁ」とか「やたらと関西実家に行ったり、親戚の子がうちに来るのはなんでだろ?」とか。

そんなことを子供ながらに思ってたんだけど、今思い返せばそういうことだったんだと。

そんなこんなで気付いたら第一父親が消えて、俺が小学校二年生ぐらいの時に、新しい父親が来た。

第二の父親は、俺は子供ながらに「良い人」だと思った。

そりゃ向こうも腹を据えて、血の通ってない兄弟二人を抱えるわけだから、多少の上っ面は確保してくるには違いないんだけど。

一緒にお風呂に入れてもらったことが嬉しかったのを覚えてる。そんな第二のお父さんの背中には、ご立派な龍のモンモンが彫られていたけど。

仮初でも、その人は優しくて良い人で、色んな場所に連れていってくれたりした。なんかホテルが多かったな。海ほたるとかもよく連れていってもらった。

多分これまでの人生25年、その人が来てからの数年が一番幸せだったんじゃないかな?

中学に上がる前ぐらいの、それぐらいの間。ホント幸せだったと思う。ボンボンボンボンで、当時Xbox360COD4ネット対戦してたの俺だけちゃうレベルで。

母親も、その時が一番楽しかったんじゃないかな?

俺も兄貴母親父親も、心から「家族」を感じてた最後の瞬間だったと思う。

で、俺が中学に上がった頃に、第二の父親が手掛けていた事業が一気に傾いてしまったと。

これは直接見たわけでもなんでもないけど、父親の元同僚の方に聞いた話なんで、間違いないことだと思います

首の回らないレベル借金も抱えることになったと。

そっからの酒乱っぷりたるや本当に凄くて、中学生ぐらいになると俺も兄貴も(特に俺は)夜更かしをするようになってるから

ベロンベロン状態で帰ってきた泥酔親父に、子供相手に何を言い出すねんみたいな絡み方をされだして。

うわぁ、イヤやな……って、毎日夜になる度に鬱になってたのを思い返します。寝てたら寝てたで起こしにくるし。逃げようないやん。

そんな紆余曲折を経る中で、第二の親父が俺に放った言葉

「お前なんて、オレの本当の子供じゃねえんだからな?」

この一言が本当に忘れられなかった。シグルイのあの人ばりに、(この傷は二度と戻らんな)と泣きながら感じたのを覚えてます

しかもこれ確か、母親の目の前だった気がするんですよ。なんか二人で揉めてて、俺が仲裁に入るじゃないけど、間に入ろうとしたらこうなったみたいな。

酔うと貯め込んだ本質が出るタイプの人っているじゃないですか。つまりはそういうことだったんだな、と。

それ以降、父親と心を通わすことは一切なくなった。もちろん話したりってことはあるけど、他人みたいなことで。

そんなこんなで、それでも気付いたら中学生になって、高校生になって。

第二の父親は家からはいなくなって、お金だけを入れながら、たまに連絡を取るぐらいの関係になって。

こっからはもう蛇足なんで、ちょっと飛ばし飛ばし

小中校まではすごい楽しかったんですよ。面白い友達もいたし。なんで急に大学ダメになったのか、不思議だなぁ。

母子家庭あんまり余裕のある生活じゃないけど、塾にも行かせてもらって、奨学金も出る。

大学にも行けるんだと思えば、ちょっとぐらいの家庭内のゴチャゴチャがあるぐらいで不幸ぶんなよ、俺よりひどいやつなんて山ほどおるぞと自分自分を戒めたりもして。

そして母親の様子がおかしくなりだしたのは、このあたりだったと思います。ちょうど俺が大学受験を終えたぐらいの時分。

深夜、お腹すいたなーと思ってリビングに行くと、母親ワインと大き目なビニール袋みたいなんを用意してて、一人で黙々と飲んでて。

で、ちょっとなんか変な感じがして、母親の目から。据わってるって言えばいいのかな。とにかく、明らかに普通じゃないけど、普通を装うとしているのが伝わってくるような、そんな感じで。

無言でいるのも変なので、「なにこれワイン?家での飲んでるの珍しいね、いいやつなの?」みたいなことを訊いた覚えがあります

うちは父親の件もあったので、母親とはすごく仲良しだったから。

思い返せば、極度のマザコンだったんだと思います特に兄貴が遠方の大学にいってからは、実家には俺と母親の二人だけだったから。

とにかく変な雰囲気だったから、「お酒家で飲むの初めて見たかも!俺もひとくちもらおっかなぁ」みたいな、おどけてなんとかしようみたいなムーブをした記憶があります

「いいよいいよ。飲んでみな」と、母親が余裕で許可をくれたことも結構意外でした。酔ってたのかな?分かんないけど。

ド深夜、テーブルライトだけつけたリビングの机、ワイングラス、謎の大きなビニール袋。

なんかすげえヤバイことになってんのかな?と。

なんでだろう、このあたりから薄々感じ取り始めたというか、そんな気がしました。今までにこんなことなかったよな?って。

そして寝て起きたら、横に母親がへたりこんでるんです。体育座りを右斜めに崩したみたいな恰好で。

俺は一瞬、本気で死んでると思った。でも慌てて抱き付いたら、ちゃんと体温も呼吸もしてたので、本気で安心したのを覚えてます

えっえっ?ってなって、どうしたん?って聞いたら「いや、ちょっと……」みたいなことで、手元を見たらスカーフ?とハンカチを束ねて作ったような、首吊り用の縄?があって。

正直ワインときから厭な予感はしてたから、メチャクチャ驚いたし、なんで?ってなった。

「それはだめだって、それだけはだめだよ。これからどうすんの?」って泣きながら問い詰めた記憶があります

人間、本当に近しい人であれば、ちょっとした行動から、「なんとなく自殺しそうだ」というのが分かるものなんだって思いました。

マジでここらへんの記憶が、ずっと頭からこびりついて離れない。身体を下ろした時よりもキツかったかもしれない。

未だに良く分からない。要するに母親は、部屋のドアノブに縄を引っかけて、首吊り自殺をしようとしたんだと。

しかも俺の部屋のドアノブだった。誰のだったらいい、ということじゃないけど。この時には、兄貴はとっくに外に出ていたはずなのに。

首元を見たら、真っ赤っていうか、うっ血したようなアザになっていて、「失敗しちゃった」みたいなことを半笑い、作り笑いで言っていたような記憶があります

未だに後悔しています

あれだけ明確に希死念慮を見せていたにも関わらず、なにもできなかった。

母親がこのとき、俺に助けを求めていたのかは分からない。あるいは本当のショックを与える前に、「私は死ぬからね」という予告をしたのかも分からない。

兄にも周囲にも連絡をしなかった自分の愚かしさ。せめて身内だけには言うべきだった。

でも、言ってもどうにもならないんじゃないか、言われた側に負担を強いるだけになるんじゃないかと、どこかで想ってしまっていたのも事実です。

母親自殺をするかもしれない。どうか助けて下さい。」この言葉を俺はいったい誰に伝えればよかったのか、いまでもわからない。

救い方があるとしたら、それは俺がどれだけ母親が好きで、愛していて、感謝しているかということを、心変わりするまで何度でもいうことしかなかったんじゃないかと。

ある日、大学に行った。四月の上旬。はっきりと覚えてる。

ちょっと早めに授業が終わったのか?サボったのか。正直どっちでもいいけど、俺は家に帰った。

なんだかすごい胸騒ぎがしてた。兄も俺も家にはいない。家にいるのは母親だけ。

ただいまとドアを開けた瞬間、やはり自分の部屋の前で、足元に椅子を置いて、スカーフで作った縄を首にかけて、うなだれて扉にもたれかかる母親を見つけた。

凄まじい衝撃と同時に、「やっぱりこうなった」とどこかで思う自分がいた。

首にかけているスカーフ素手では取れなかったので、キッチンからハサミを持ってきて、片方の刃で切り落とした。

抱き抱えた母親身体は、思い返せば想像よりもずっと軽かった。

「誰か、誰か助けてください」と今までにいったことのような言葉を金切り声で叫びながら、居間の上にあおむけにさせて寝かせた。

そして震える指でスマホをうって、まず兄にコールした。

兄は大学二年生で、本来なら学生寮にいたはず。この日はたまたま里帰りをしてきて、何かを読みに本屋にいってくるといっていた記憶がある。

しかすると母親は、この日を待っていたのかもしれない。兄弟が揃う日じゃないと死ねないと思ったのか。分からない。

ママが首を吊ってた。いま俺が下ろしたけど、意識がない。救急に連絡するから、すぐに帰ってきてほしい」

と言って、すぐに電話を切った。兄は「わかった」とだけ言っていたような気がする。

家の場所を伝えて、どうか助けてくださいというと、すぐに救急車と救助隊の方々が来た。

俺は人命救助の方法とかがまったく分からなくて、もしかすると心肺蘇生とか、胸骨圧迫とか、本当はいろいろなやりかたがあって、

待っている間にそれができていれば、母親を助けられたんじゃないかと思う。

でも本当に現実現実として受け止められてなかった。頭がヘンに冷静だったのは、「こんなことになったけど、きっと助かるよな」と無根拠に信じ込んでいたからだと思う。

ここではどうにもならないから、と救急車に乗り込んだ。

ハサミで深く切った指から血が流れていることに気付いた。痛みはまったく感じなかった。

俺「こんなんなっちゃったな」

兄「俺、これからどんな顔して顔あわせればいいかわかんないわ」

俺「そうだなぁ」

こんな会話を、兄弟で悠長に会話していたのをハッキリと覚えています

ここまではすごくハッキリ覚えているのに、ここから先があいまいなのが不思議で、不思議で。

確か夜の病棟に運ばれて、「自意識が戻る可能性はない」と言われたこと以外は、実はほとんど覚えてないんです。

翌日の病室の面会で、意識のない母親を前に過呼吸になるぐらいに泣いてしまたことを覚えてます

そして「自意識が戻る可能性はありませんが医療を続けますか?」というような旨を医師の方に伝えられて、「もういいです」と伝えたことは覚えてます

そしてずっと病院に居るわけにもいかいから、家に戻って、母親のいない家で過ごして。

三日後か四日後、電話の連絡で「お母さんは亡くなりました」と同僚の方から連絡をいただきました。

母親の死に目に会わなかったのは、自分にとって幸運だったのか、不運だったのか、未だに分からずにいます

からない、本当に今でもわかりません。

あのワインの日から自分に何が出来たかをずっと考えています

間違いなくサインとなっていたあの日ちょっとでも行動を起こす勇気自分にあったのなら、もしかすると母親は今も生きていたのかと。

2021-04-23

よく見る、女湯に男児入れるんじゃねーよ問題ですが、じゃあ実際何歳からなら男児1人で男湯に送り出せますかね…と母子家庭の私は毎度思うわけです。4歳でスーパー銭湯行ったのがたぶん女湯に入れた最後ですよ。

2021-04-22

偏差値60のそこそこ上手くいく人生の果てに、つまら大人になりそう

合法的自分語りをしてもいい場所だと聞き、俺のことをまったく知らん他人自分人生を見てどう思うか気になったので、初めてこの場を借りてこんなのを書いてます。そういうつもりは毛頭ないんだけど自虐風の自慢みたいな話にガチギレして憤死しちゃうような方は自衛してくれ。

まず現状。

マーチ下位レベル大学3月卒業したばかり。就活はかなり上手く行った方だと思う。大手優良企業代表格みたいな大企業から内定をもらい無事就職、このまえ初任給を受け取ったぐらい。同期は数百人いて、大半は顔も名前わからん大手特有のアホみたいな福利厚生で、自己負担3万でそこそこの広さで一人暮らしを始めた。

続いて今までの話。

まれも育ちも東京。両親メガバン銀行員のクソお堅い家庭に生まれ幼稚園小学校と社宅住み。きょうだいは姉1人。チビのころはセミ取りとかが好きなヤンチャで割とクソガキだったと思う。ただ環境的に中学受験者がほぼいなかったのもあって勉強小学校の中ではたぶん一番か二番ぐらいには出来てた。中学受験にてそこそこ東大を出す私立中高一貫男子校合格偏差値59〜63ぐらいでイメージしてもらえれば。

特筆すべきこととしては、小3で父親が急死。急な心停止=ほぼ原因不明みたいな感じ。母親曰くほとんどそんなことは今までなかったらしいんだけど、前日クソ酔っ払って帰ってきて、朝にはもう亡くなってたらしい。その日の朝は寝てると思って誰も気付くことな小学校に行ってたけどね。

続いて小6の終わりごろ父親の働いてた銀行の社宅を出て近くに戸建てを立てる。人生初の引っ越し。推測でしかないが、たぶん総額1.2億ぐらいはかかってる。遺族年金とかそれまでの積み立てとか諸々を合わせてキャッシュ一括ノーローンとかいうおよそ母子家庭とは思えないイかれた家の買い方をしたうちの母親の度胸は素直に尊敬する。そのあと生活が苦しいとかもなく、流石にFP2級とか持ってるだけあるわとかは思う。

割と余談だけど、それだけの貯蓄があったこととか葬式の名簿とかみる限りはうちの父親は社内でもかなり強烈に優秀だったっぽい。今となってはいなくなってからの方が長いもんだから他人感すげえんだけど。

続いて中高時代

通ったことある人は割と同意を得られると思うんだけど、中堅進学校って上と下の能力差がすごい。俺は勉強は嫌いだったから下から数えた方が早いような落ちこぼれ一歩手前といった立ち位置

上を見るとほんとにイかれた連中で、俺はここで本当にすげえやつってのは世の中にいるんだなと体に刻み込んだね。真面目なだけで東大に行く奴ももちろん中にはいるけど、その上に狂気的な勉強マシーンとか、スーパーハイスペックの頭おかしい奴(だいたいギャグ方向におもろい)とか、そんな連中も普通に生息してるような環境

これは普遍的にそうだと言えるのかはよくわからんけど、面白いのがそういう連中と俺みたいな勉強できない層が普通に仲良くよろしくやっていられる環境だったってとこ。だから勉強できるやつに僻みとか覚えたことは一度もないし、まあアイツらはちょっと普通じゃないから追いつけんわとか勝手に思ってた。

一度もないはウソだわ。テスト前は僻んでたような気がする。

そんな環境で6年間過ごした。男子校はアホすぎておもろい。二度目があったら通わないけどな。大学受験は私文志望でやる気はあんまりなかったけど、流石に3年の12月ごろにケツに火がついて、第一志望ではないものマーチの下位学部合格し進学。

周りの進学実績は東大とかの国公立15%、早慶55%、マーチ15%、あとはほぼ浪人みたいなイメージ体感いか勉強せずにそこそこいい学歴をつけるかをだいじにしてたもんで学歴コンプはなし。そもそも早慶受けてないし。

薄々気づいてるかもしれないけど、あんまり努力をしないでここまできた。要するにペラ人間が出来上がりつつある。これ、実はもうちょっとだけ続くんじゃ。

大学時代

基本的に私文は大学に行かないみたいな都市伝説があるらしいけど、普通に2/3は出席しないと単位くれない授業が多いもんでわりと大学には行ってた。サークルガチャには成功し、割と力を入れて色々やったりしながら入り浸っていたのもある。もともとあんまり母親とは考え方が合わなくてあまりきじゃなかったこともあって平日はほぼ大学にいて、休日は家にいるみたいなスケジュール多め。例のウイルス流行る3年生まではだけど。

就活ES四通しかさない最強のコスパ就活になった。内定二つに一つ選考辞退、一個webテストでお祈り。落ちたところは第二志望だったしその時点で一個内定持ってたか別に気にはならなかったけど、どうせなら全部通ってたほうが話のタネになんのになあとか今でも思ってる。

最終的に決めた企業経団連ルールを遵守して6月から選考が本格スタートするところ。これだけで特定されたらちょっとやだな。

ES添削だけ同業に入った先輩にお願いした以外は特別なことはなんにもしてない。面接対策特にしなかった。面接官と雑談してたら選考が進んだって感じ。正直自分スペックでは受かる訳ないと思っていたので流石に内定もらった時は驚いた。母親自分の100倍ぐらい喜んでいたので、それを見てちょっと冷めた。顔も知らない奴に優しくするつもりもないんで譲ってやりたいとかは無いけど、流石に俺が受かってる裏で超真面目にOB訪問とかしてるような層も含めて万単位学生がお祈りもらってると思うとごめんなって気もする。

長くなって申し訳ない。で、無事に実家も出て、一人暮らしをする1人の大人デビューをしたというのが現在までの人生の経緯。

ここから会社の話。

ほぼ全部の企業がそうだろうけど、絶賛研修間中

全員を観察したわけじゃないから一概にそうだと括るのも流石に雑かなとも思うけど、ずいぶん人気企業として名を馳せている割には、面白い人間はいなさそうだなというのが正直な感想。もちろん自分のことは棚にあげてます。この会社にいるのはお勉強のできそうなマジメちゃんか、要領が良くてなんでも70点出せるようなタイプ。悪く言えばクソ真面目なやつと薄っぺらい奴だけ。

中高時代にいたようなイかれた連中はここにはいない。国内トップレベル大手にいないんだから、たぶんそういう奴は別のキャリアを歩んでるんだろうなと思う。

ふと自分に立ち返って考えると、自分だってその一員だということに気づく。人生経歴から言ってどちらかと言えば比較的要領がいいペラペラ層にあたるようで、自分が嫌いな"つまんねえ大人"にどうやらなってそうだという気づきがここ最近自分トレンドです。

ガキの頃は置いておくとして、中高時代学校に行けば何かしら面白いことは起きたし、大学時代サークルにそこそこ心血を注いできたからやることに困ることなんてなかった。

今、社会人になって、俺は何をする人間なのかが分からなくなりつつある。仕事して、寝て、休みの日にはダラけてるだけって虚無じゃね???あれ???

と、思ってクソ長い自分語りをしてみた。ここまで読んでくれた暇な人、ありがとう。今後の生き方の参考になりそうならするので、悪口でもなんでもいいんでこういう人生感想を残していってくれると嬉しい。

2021-04-18

障害者の支援者は死にたいと思うのか。俺はたまに思う。

知的障害もつ伯母と住んでる。

3歳から母子家庭となり、叔母が我が家にやってきた。こういう状況で育ててくれた母親には本当に感謝してる。

 

叔母は5歳児くらいの知能はある。顔の表情や発言内容、声から一発で知的障害を抱えてるとわかる。

ただ、見れるタイプ障害者じゃない。

身だしなみに無頓着風呂衣服家族が気をつかえど、口臭が酷く何か言葉を発した数秒遅れて周囲に腐敗臭が漂う(歯医者に月1行ってるのに)。顔の表情筋は死んでおり頬が垂れ下がり、声は甲高く耳障りに響く(話す内容は幼稚)。背中が曲がり背虫になっている。

 

誰かの助けがないと生きていけないはずなのに、祖父母は叔母に何も教えなかった。

挨拶しない、会話を無視する、お礼を言わない。

人と上手く接する術を教えなかった。

世話されて当然という状況で育ったからだ。5年前に死んだ祖父母医者に叔母が20歳には死ぬと言われてたし可哀想だったんだろうな。

叔母は「誰かと一緒に生きていく」ができず「世話されて当然で生きていく」しか知らない。

 

叔母が祖父母仏壇に手を合わせることはない。毎週、俺が仏壇の花を買ってきて変えてることを知らない。命日を知らない。

仏壇に出して下げた後の御膳やおやつは食べていいことは知ってる。

 

先日、叔母が母の財布から無断でお金を抜いていたことが分かった。誰かと一緒に生きていくために必要なはずのピースが1つまた欠けた。

叔母に「人の財布からお金をとる意味分かってるのか?」と聞いた。

「〇〇くん(俺の名前)の財布からはとってないもん」と返答があった。

 

障害者毎日懸命に生きてます!!

彼らだって望んでこうなったわけじゃない!!

多様性!!ボーダーレス!!バリアフリー!!

の子が私達のもとにやってきたのは意味があるんです!!

の子に気付かされることが沢山あるんです!!

の子可哀想じゃない!!懸命に生きてる!!

の子がこのままで生きられる社会にしていこう!!

弱者に寄り添って生きていこう!!

さくらーふぶーきのー!!

サライーのそーらへええええええええ!!!!!!!((

 

 

 

みんなで素敵な社会にしていこうね。

2040年 日本の男たちは三つの勢力に分かれていた

一つは解脱者と呼ばれる連中だ

30年代に登場した副作用の少ない強力な性欲減退剤や精神安定剤を自らの意思によって服用し、甲斐性といった性役割から降りて趣味仕事世界に生きている。

といっても彼らに出世欲は湧かず、生活趣味に最低限必要金銭しか稼ごうとしないものが多い。

自らを、性欲奴隷から解放されて人生謳歌し、真理を探究するものと称しているが、実態は誰からも求められなかった苦しみの末に薬を服用した逃亡者たちがほとんどである

政府事実上一夫多妻制とみなせる独身税設立母子家庭支援強化といった制度制定が追い風となり、

気持ち悪くて弱い男が恋愛市場から退場することを求める女性の主張はもはや隠されず社会にて声高に叫ばれるようになったため、逃げざるを得なくなったとも言える。

彼らは確かに苦しみから解放され穏やかな顔をしているがどこか目に陰りが見えると言われている。

  

二つ目は”妄”目者と呼ばれる連中だ

太古から男たちは妄想にある理想的女性偶像を崇めていたが、ついに現代ではテクノロジーの粋を集めて女性妊娠機能以外のほとんどを代替できるサービス商品が実現されていた。

最も一般的かつ人気のあるサービスは、仮想人格主体として顧客生活シームレスな憩いを与えるものだ。家ではヒューマノイド台所ロボットアームに宿り、直接触れ合いながら充実した性生活を送ったり、”愛妻料理”を楽しむことができる。

外出先や勤務先ではXRグラス上に完璧偶像に宿った仮想人格が現れ、取り留めない会話をしながら日常通勤仕事休憩中に彩を与えてくれるだけでなく、外食旅行さえ一緒に楽しむことができる。

本人たちは幸せのものだが、傍から見ると虚空と話し心を通じあわせている姿は異様である。既に彼らの心は現実世界にはなく、自らを受け入れいなかった社会人間に対して目を閉ざしてしまった。

しかし、見たいものだけを見るには金が要る。最新のソフトウェア及びハードウェア技術を寡占する巨大tech会社たちにサブスクリプション方式で少なくない金額を払い続けられる、盲目で居続けられる者は一部の稼ぎのいい上位職者や技能のある者に限られた。

よって、稼いだ金銭では仮想人格一定期間しか呼び起こせずサブスクリプションが切れた悪夢に耐え切れず解脱者となる者も少なくない。

  

三つ目は上位者である

意味そのままで男性の上位2割がこの上位者に当たるが、明確な認定基準などというものはない。

まれからずっと解脱者や盲目者に逃げるまでもなく自然他人を愛し愛され、幸せ享受できていることで初めて自分上位者だったと知るのである

よって女性たちは上位者あくまでも普通の男の人と認知しているが、解脱者や”妄”目者からは種付け馬揶揄されている。

恋愛婚活市場の男は上位者しかおらず、先ほど述べたように事実上一夫多妻制が実現されていたため、女性たちは本能の赴くまま優秀な遺伝子を手に入れ、解脱者や盲目者も収めた税金不自由なく子供を育てた。

  

今はまだ黎明期である解脱者は負け犬だ”、妄”目者は現実逃避だ、上位者は種付け馬だという対立はまだ目立つ。

しかし皆は薄々気づき始めていた。そこには被害者加害者もおらず、全員が幸せになれる唯一の道であるかもしれないと。

2021-04-16

旭川14歳事件って痛ましいけどブコメ読んでるとこいつ等育ち良かったんだなあって思うわ

俺の地元って工業地帯でさ、首都圏だけど団地育ちの奴とか多いようなそんな地域だったんだよ。

もうかれこれ17年ぐらい前の話だけど、中学の頃同級生いじめっ子主犯格みたいな男とその取り巻きがに居てさ、同じ学年の同級生との交流があまり無くて、尚且つ親とのつながりが薄そうな子狙ってレイプすんだよ。母子家庭の子が多かったね。

で、レイプされてる光景ビデオカメラで映して、「お前、これバラまかれたくなかったらいうこと聞け」って脅して、主犯格が先輩の伝手で売春斡旋すんだよ。

女の子バラまかれるのが嫌で言うこと聞いちゃうみたいなんだよね。それが狙いで気が弱い子を狙ってたのか、脅されると皆そうなるのか、俺には未だにわからないけど、バラマキに屈しなかった子はいなかったみたい。

で、主犯格いじめっ子ってのはあんまり自分の手を汚さないんだよな、取り巻きレイプすんの。クズのくせに自分の逃げ道はきっちり用意しておくあたりクレバーだったんだろうな。売春でえたお金は、女の子から先輩が全部持っていって、そこから何割か主犯格が受け取ったって話を聞いた。(詳しくは知らん)

ただ、それが苦に自殺した子ってのは俺の周りではいなかったんだよな。いじめっ子いじめられっ子が同じ団地だったりとか、地獄を生きてる子も観た。

主犯格取り巻きにも女の子がいて、レイプ現場も観てるらしいんだよね。同性として見てて辛くなかったのかね。それとも自分が同じ目に合わないように必死だったのか。

今思い出すと異常な環境だったけど、当時は俺もそういう世界が当たり前だと思ってて、そういうもんだと飲み込んで生きてたんだよな。

から旭川いじめっ子って「いじめた」「自分のせいで死んだ」みたいな感覚って薄いと思うんだよね。彼らの世界で彼らは生きてただけなんだよ。それぐらい感覚がマヒしてくる。異常なんだよな。少年法なんて糞だと本当に思うよ。

今回の事件は当時に比べればマイルドになったなぁとは思ったけど、やっぱり心苦しくは感じた。が、学生時代に同じような光景みた事が無い人が多いみたいでちょっと驚いた。

2021-04-15

anond:20210415210046

母子家庭で性加害、そして自殺

この三つが揃えば間違いなく被害者に同情が集まる。

若くて可愛い女の子が虐められてたら味方したくなるだろう。

男子は可愛くないから…低学年児童ならワンチャンある。

2021-04-13

あの母親

被害者は一人だけなのかね。

母子家庭パートとかなのに、いい暮らししてるよな。

2021-04-12

彼女ヤングケアラーなんだが

彼女は高3で、自分大学生。1年半くらい遠距離恋愛中。中学の後輩で、最近は会えてないけど帰省した際に会ったりしている。

最近、「ヤングケアラー」という言葉があるのを知って、彼女が完全にそれに当てはまることに気づいた。そして今の状況から抜け出すのが非常に困難だということも。


彼女母子家庭で、母親の両親も同居している。

彼女母親精神障害(適応障害)があり、仕事に就いていない。職業訓練も、朝起きれずに失敗してしまったらしい。彼女はそんな母親精神ケア毎日している。家で勉強をしようとしても、母親が部屋に入ってくると相手をしないといけない。それを拒否すると、段々と母親精神不安定になり、最終的にかんしゃくを起こしてしまうらしい。自分彼女通話しているときにも、母親叫び声が聞こえてきたり、母親相手をするために途中で通話を切らないといけないことがよくある。母親精神状態が悪いときは、介護の後で泣いているときもある。もちろん勉強など手につくはずもなく、成績はかなり下の方。

彼女祖父母は娘の介護をしない。それどころか、祖父彼女母親暴力をふるっていた過去があるらしい。彼女母親には姉がいるが、そんな家庭の事情が影響したのか、現在海外に住んでいて音信不通

母親の元夫は、養育費は渡しているらしいが、こんな複雑な家庭に首をつっこみたくないのだろう。


このような事情で、彼女けが精神障害である母親介護者となっている。そして、このような状況の子どもを「ヤングケアラー」と呼ぶというのを最近知った。

自分東京に住んでいて、彼女にも上京してもらって寮のある大学に進学してほしい。彼女の伯母のように、今の家の環境からは逃げ出すべきだと思う。

ただ,このような環境でどうやって受験勉強ができるのだろうか。なるべく家にいないようにして、学校で居残って勉強するようにしても、家にいるとき介護時間をとられるのは変わらない。あと学校課題がやたら多いので、塾に行って塾の授業も受けるとキャパオーバーにならないか心配田舎なので、まともに自習できるところが塾にしかないのだが。


家族介護勉強ができない、逃げるには勉強しなければいけないって、詰んでいるのでは?東京Fラン大なら勉強しないでも入れるのだろうか?


追記だけど、anond:20210411211737が参考になりそう。

2021-04-10

anond:20110215150306

むかし巨大掲示板書き込みで「自分いじめをするなら、親が貧乏暇なしの母子家庭や零細自営業を狙う」と言うのを見たな

2021-04-09

人生ハードモード好きな人を巻き込みたくない

母子家庭

母親新興宗教にはまってる

・私が精神障害者

ちょっとから引かれるペット飼ってる

この人生好きな人巻き込んだら不幸にしちゃうんじゃないかと思って告白できない。

みんな自分人生他人巻き込むことに抵抗ない?

「○○にこだわらない価値観を」←これマジで嫌い

「私は友人も恋人もおらず社会的には孤立しているが、大変趣味生活が充実しており、毎日が楽しくて仕方ない」

こういう人が自分からいうならわかるんだが、

なりたくもないのに社会的孤立して孤独に苦しんでる人に「恋人がいない貴方貴方らしくできますように!」「交友関係にこだわらない価値観アップデートしよう!」

とか外野からいうのって残酷すぎないか

こんなのなんでもありじゃん


貧困派遣労働者母子家庭に「お金にこだわらない、貧しくても楽しめる価値観を」

出世できずに悩んでる女性社員に「ガラス天井にこだわらない価値観を」

こんなん外からいうの無神経すぎるだろ

2021-04-07

高齢貧乏人が医学部に入ってわかったこ

俺は三十代で医学部に入った貧乏である

母子家庭だし、高校中退してから最近までニートをしていたが、流石にやばいと思ってガチ勉強して医学部に入った。嘘みたいな経歴だが本当だ。

そんな俺だが、医学部に入ってわかったことがある。箇条書きする。

完璧人間がいる

 − 金持ち性格も良く、顔も良いというような完璧超人が本当にいる。漫画世界から飛び出てきたような人間がそこそこ存在するのに驚く。

・頭が良すぎる人間がいる

 − 自分の頭がいいと思ったことは一度もないが、本当に話すだけで頭がいいとわかるような人間がたくさんいる。人間として格が違うようで悲しくなる。

医学部人間関係は狭い

 − 本当に狭い。かなりの村社会で、悪いことをすると1日で広がる。人間関係がそのまま資産になる。

医学部は暗記

 − 本当に理系の頂点なのかと思うほど全てが暗記である。一に暗記、二に暗記。そんな中でも教科書をチラ見しただけで記憶できる人がいてさらに驚く。

こんなところだ。

ちなみに余談だが、学費は全額自分で払っている。日本学生支援機構一種と二種を限界まで借りて生活費まで賄っている。

学費免除は通らなかった。

なぜかというと、最近法改正で「二浪以上は、どれだけ貧乏でも学費免除不可」になったかである

俺のような高齢者はどれだけ貧乏でも自分学費を払えということらしい。

厳しい世界だが頑張ろう。

2021-04-04

anond:20210404153727

母子家庭子供主体の家庭全体を指す

片親は父子家庭も入る

シンママが色んな事情やヤバそうな感じを包括的にとらえている

シンママって何だよ庵野かよ

母子家庭とか片親でいいじゃん

anond:20210404005508

母子家庭で育ったワイからすると自然愛情が芽生えるってのは嘘だと思う

世の中児童虐待で捕まってる親もいるし、人によるだろう

2021-04-01

anond:20210401105739

うん、女性でも出世する人はプライヴェートもしっかりしてたり

してなかったり両極端だよね



ブラック社風か否か、育った環境にも拠る(母子家庭ファザコン傾向

2021-03-23

anond:20210323112241

いや、貧困っていうとまず母子家庭パート家計も苦しいのに子供も育てなきゃいけなくて…のイメージやわ

成人男性貧困というより底辺イメージ

2021-03-17

anond:20210317232806

かに

自分は、進学校からその手の大学校も受けたけれど、教員は意外と大学校の仕組みとか知らんかったもんな。

離島から来ている母子家庭の子、ということで、目を掛けてくれる先生が居たら、家計事情をどうにかして進学する方法を探し出せたかもしれん。

anond:20210314212657

私の家も母子家庭姉妹2人、父から毎月きっちり振り込まれ養育費は5万円。養育費は妹である私が18歳になるまで払い続けられた。

母は保険営業でそこそこ稼いでいたが毎月電気ガス電話のいずれかが止まるほど困窮、給食費も頻繁に滞納、給料日前は食べるものがなくて水だけってこともあった。

母が現実逃避のためにパチンコ依存していたからかなんなのか、とにかくうちにはお金がなく、母の口癖は「中学卒業したら出て行け」だった。私は一応都立高校に進学するも約2週間登校しただけで引きこもり化しそのまま中退。以後19歳で金を貯めて1人暮らしするまで引きこもりバイトを行ったり来たり。

姉は私よりもランクが上の都立高校に進学し、大学進学を希望していたが母から「うちには金がない」と言われ、離れて暮らすリッチだけどケチ父親にどういうわけか「アメリカ留学したい」と泣きつくも拒否され発狂、なんとか高校卒業するも統合失調症発症しそのまま引きこもり化。養育費は全てを解決してくれない。家に金がないけどどうしても大学に行きたい人は奨学金など親に頼らない道もある。というか中途半端に親に頼る気持ちが残ってると自力で進学するパワーが無くなると思われるので親は頼るべきじゃない。ちなみに私は現在38歳で最終学歴中卒だがそれなりに幸せ暮らしている(「理解のある素敵な彼くん」はいないし、今までいたこともない。バリバリの独り身)。ここまで苦労ばっかりで心身ともにぶっ壊れてしまってはいるが…。

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