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はてなキーワード: カウンセリングとは

2018-11-18

anond:20181118003859

前もレスした気がするが、メニングハウスという美学者が、美しい人間はそんなに得していない、という内容の本を発表している。

https://amzn.to/2KbylZQ

 

あとマジレスすると、ここで書いても大したレスもらえないし、一度カウンセリングを受けてみるのは良いかもしれない。

ネットでも可能だし、試すくらいなんてことはないだろう。

https://cotree.jp/

2018-11-17

不快ニュースを見つけてわざわざ怒りのブコメを残すやつ

たとえば、どっかの国で下着がきわどかったから男が無罪になったとかそんなニュースとか。

暴言が癖の大臣がまた適当な事言ったとか。

最初義憤もあったんだろうけど、この手のだいたいのブクマカって見慣れてきてて

もはや怒りのネタを探して怒る事が目的化してる。

怒りと対立陣営揶揄に満ちてて、本当にプリントアウトしてカウンセリングお勧めしなくてはいけないのはこういう人たちではないのかな。

そういうのでホッテントリにあがってくるのもスター集めるのも何だかなという感じ。

2018-11-13

anond:20181113112241

独身から既婚男になると人格丸くなる。

それを目の当たりにした既婚女がネットにはびこる他の独身男も女パワーで丸くなれと自主カウンセリング開始。

でも既婚男が丸くなったのは性欲解消が定期的にできるようになったから。結婚できない独身男はネット越しだと既婚女の女性性が全く受け取れない。ひどいやつは女がネットにいるだけで攻撃目的と受け取る。

で、女は女だけで固まるようになり独身男は救われない。という流れでは?

2018-11-11

法華狼

http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20181106/1541503492#c

法華狼は http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20070618/1182137966 で

ジャパン蔑称ですら格好良いと感じて使用する日本人がいるのはご存知の通り」などとのたまった

「ですら」をつけていたかジャパン蔑称肯定していないつもりだったらしい

こんな論調への批判を続けたところ、その批判する行動そのものに徹底的に難癖つけた末

ジャパン蔑称ですら格好良いと感じて使用する日本人」が

日本人全体の部分集合であると読みとれなければならないようなことのたまった

そうすると必然ジャパン蔑称を格好良いと感じない日本人」のことはどうなるんだという疑問が出るわけだが

それに対し怒涛のこれらである

>それはその日本人の読解能力問題があるという話です。

もちろん日本語読解能力に難がある日本人はいますし、

貴方自称通りのプロフィールならば、身体的に難があるのかもしれません。

その点については、私は専門家ではないし、

きちんとカウンセリングなどを受けてくださいとくりかえしアドバイスするしかありません。

貴方と私の間で日本語解釈がまったく異なり、

貴方貴方日本語読解能力こそが正しいと考えるならば、

たとえば警察被害届を出すなり、はてな株式会社に報告するなりするしかありません。

全体の部分集合だとしながら、格好良いと感じる者のみ優先し

そうではない者は無視してきた、優先の結果破滅させられた

そうではない者が批判する行動そのものに徹底的に難癖つけた末

これらをのたまってきたのである

>それはその日本人の読解能力問題があるという話です。

もちろん日本語読解能力に難がある日本人はいますし、

貴方自称通りのプロフィールならば、身体的に難があるのかもしれません。

その点については、私は専門家ではないし、

きちんとカウンセリングなどを受けてくださいとくりかえしアドバイスするしかありません。

貴方と私の間で日本語解釈がまったく異なり、

貴方貴方日本語読解能力こそが正しいと考えるならば、

たとえば警察被害届を出すなり、はてな株式会社に報告するなりするしかありません。

このような体たらくが法華狼のスタンスなのだろうか?

2018-11-10

anond:20181110151457

横ですがカウンセリングでも受けたほうがいいと思いますよ…

じゃあな、

とか言いつつどうせこれも読んでいるのでしょうが

2018-11-08

こじらせ女子高生が処女喪失を失敗した結果ww

16歳

もう今から10年以上前、まもなく16歳が終わる、高2の冬のこと。

学校裏サイトで知り合い、メールでやり取りしていた他校の高3男子と、カラオケエッチすることになった。

私は未経験だけど、「エッチの寸前まではしたことある」と嘘をついていた。経験がないことが恥ずかしかたからだ。これまで彼氏いたことはあったけど、いずれも手も繋がないまま短期間で別れていた。

カラオケに入り、少し喋ったあとに行為を始めた。

とりあえずキスをし、シャツとブラをまくり上げられる。私のEカップおっぱいが露わになった。乳首ペロリと舐められる。パンツを脱がされて手マンされる。えええ、男の人の指が入ってくるのってこんな感じなの!? こんなに激しく突かれたら漏れちゃうよ。。ちょっと痛くて怖かった。

そして、とうとう初めてのフェラをすることに。

ズボンのチャックを下ろし、中をまさぐって硬くなったモノを取り出してみる。

「男のあそこってこんな感じなのか……」と思い、ドキドキしながらくわえてみる。口に含み始めたら、だんだん楽しくなってきた。「しごきながら舐めて」と言われたのでそうした。

相手は、私が舐めている最中に両手で私の髪を触り、「可愛いよ」と言ってきた。その後、ケータイを取り出してフェラ動画撮影し始めた。まじか、と一瞬思ったけど別にいいやと思った。

やがて口の中に射精されたけど、飲むことには抵抗があったのでおしぼりに吐き出した。

結局、性器の挿入はされなかった。

「入れて」と言ったけど断られた。

私が生理になったからだ。

初めてのフェラは意外と楽しかったし、男の人の身体を知ったことでちょっと大人になった気がした。けど、処女喪失覚悟でいたので私は消化不良。

でも「17歳になる前にはロストバージンしたい」と思っていたので、誕生日の2週間ほど前、生理とも重なりそうにない時期にこの男子に再びメールしてみたけど、エラーになった。とてもショックだった。

18歳

その出来事から約1年後に、私に久しぶりに「彼氏」ができた。同い年で、遠距離だった。

そして、大学入学式直後に初めての「挿入」を経験した。18歳の誕生日を迎えて1ヶ月ちょっと

フェラや口内射精は16歳のとき経験してたし、SNSで知り合った人と写メでの「メールエッチ」はしたことがあったので、男性器にも新鮮味は感じられなかった。

相手からも「慣れてるね」と言われてしまった。「初めてだけど、フェラだけは経験がある」と言ったら「気にしない」と言われた。

男性器を挿入するセックスはこんな感じなのか、と思った。この人とはすぐに別れた。

現在

それから10年経ったけれど、私はことあるごとに、高2の冬に最後までできなかったことを後悔している。「やれたか委員会」に出てくる人の気持ちがよくわかる。

高校生のうちに処女卒業しておきたかった。

「身持ちの堅い女のほうがモテるよ」という人もいるけど、他人から見てどういう女が好まれるかなんてどうでもいい。「私が」そうしたかったのにできなかった、それが悔しいのだ。

これが男ならまだしも、私は女だ。求められる性じゃなかったのか。女子高生モテる属性じゃなかったのか。それがなんなんだ、「入れて」と言っても挿れてもらえなかった。その後連絡もつかなくなるなんて、そんなに私は残念な女だったのか。

そういえば、高1のときに2人と付き合ったけど2人ともあまり私とのスキンシップには興味がなさそうな感じだった。「高校生男子はヤリたい盛りの生き物」というメディアの言説は本当なのか疑わしいレベルだ。

それなのに、中途半端に、フェラまでは16歳で経験してしまたから、初体験が18歳、という認識もあまり強くない。

あの日生理が来ていなかったら。せめて、あと1日ずれていたら。私はほぼ確実にロストバージンしていたのに。

現在アラサーになり、今は結婚も考えている同い年の彼氏もいる。アウトドアインドアも、オタク趣味料理カメラ美術館も一緒に楽しめる、優しくて誠実な人だ。

彼の初体験は18歳、高3のときだったというのを最近知った。「相手女性のことを断れなくて、しかたなく応じた」という感じだったらしい。あまりいい思い出ではないとのことだった。

彼には言えないけど、高校のうちに童貞卒業できたのは心底羨ましい。

彼も私も「18歳で経験した」という点は同じでも、高校生だったか大学生だったか、その違いは私の中では大きい。

マンフェラまでだったのは、処女喪失にはカウントできない気がする。一方、陰茎と膣での性交けがセックスでもないとは思うし、「男の身体を知った」意識があったのは高2の冬のときのほうが大きかった。しかし、あれが私のロストバージンだとしたら「高校生のうちに処女卒業たかった」という悶々とした気持ちは悩み損ということにもなる。いや、悩み損だというのならそのほうがいいのか?うーん。。。

私が大学以降に付き合った人は、オタクっぽい人が多く、初体験は遅い人が多かった。

私より初体験が早い人と付き合ったことがなかったので、この、どうしようもなく落ち着かない気持ち、再燃してきたこじらせをどうにかしたくて仕方がない。

今でこそ私はたぶん性経験豊富なほうだけど、それでも、高2のときにしそびれたことは引きずるのだ。

っていうか、彼のほうが「断れなくて応じた」、私のほうが「挿入してもらえなかった」ってなんなんだ。男女が逆だったらよかったのに。

いや違うな、すでに逆だ。恋人に体を求められて困るのは女が多くて、相手に体を求めたら断られて落ち込むのは男が多いんじゃなかったか。よりによって、なんでこんなところが男女逆だったんだ。ああもう。

我ながらすごく平和な悩みだと思う。こんなにどうでもいいことで、考えてもどうにもならないことを、ひたすら悶々と思い詰めているなんて自分でも気持ちが悪い。でも、抱いてしまものは仕方ないのだ。

処女厨の男性気持ちはよくわかる。あと、いわゆる「童貞をこじらせた非モテ男性気持ちもわかる気がする。でも私は女なのだ。こじらせ非モテ童貞向けのコンテンツも、私とはやっぱり重ねられない。女という時点で、初体験男性よりも済ませやす立場にいたはずだった。

高校生主人公少女漫画では、「彼氏元カノ経験済みで非童貞だけど、彼女処女」の設定の作品は多い。そういう作品キライじゃない。でも、初体験が私より早い年齢の男性と付き合うのは(現在経験多寡はどうであっても)モヤっとしてしまうのだ。

しかしたら私は「自分が上に立ちたい」人間なのかもしれない。どこかで自信がないのかもしれない。だから自分が優位に立てそうなオタク童貞・女慣れしていなさそうな男性を選びがちなのかもしれない。私は処女厨を批判できない。

その他の過去

私は中学1、2年の頃にいじめられていた。男女両方から日常的に「臭いキモい、○○菌がうつる」と言われ、掲示物や持ち物に落書きをされることもよくあり、お弁当は一人で食べていた。

乱暴で不良っぽい男子たちからは、よく殴られたり蹴られたりしていた。制服につく靴跡を払うのは日課だった。首を絞められたり、シャーペンを目に刺されそうになったこともあった。「勃起って知ってるー?」などと下ネタを言われたりもしていた。

中1のまだ春か夏、不良っぽいある男子が私にひどく暴力を振るっていることが教師に見つかり、親が学校に呼ばれたことがあった。親は「うちの娘に今後触らないでくれ」と言っていた。しばらくは暴力は減ったものの、しばらくしたら再び殴られ蹴られ首を絞められる日々に戻った。

この頃の私には、当時のメンヘラありがちな自傷癖もあった。自分身体を綺麗だと思えたことは一度もなかった。

親の仕事の都合で、中3になる頃に転校し、それから平和生活を送れた。殴られたり蹴られたりしない生活ってこんなにも穏やかだったのか! 感動した。

転校先の学校では女性先生のことが好きだった。同性愛だと自覚したくなかったし知られたくなかったので、まわりにはひた隠しにした。

中学1、2年の頃にいじめていた男子たちが、いっそのこと、そのとき私をレイプでもしていたらこじらせることはなかったんじゃないか、という気もする。

教室の隅でボコボコ殴られたり首を絞められていたとき面白がって「婦女暴行」だの「レイプ」だのといって囃し立てていた人たちもいた。でも別にそこではレイプされてはいなかった。

レイプされたかっただなんて、そんなことを言うのは不謹慎だ」という声もあるかもしれない。しかし私は、レイプ被害の当事者でもあった。大学生の頃に、就活生と社会人交流目的としたパーティーに行ったら、そこで知り合った社会人レイプされた。(この話は長くなるので今回は割愛

しかし、そんなことがあってもなお「いっそ中学ときレイプされていれば」という歪んだ思いがある。というか、中学ときだったら合意の上で行えたかもしれない。

そもそも、「菌がうつる」などと悪口を言われるのはつらくて嫌だったけど、殴られたり蹴られたりすること自体はそれほど嫌ではなかった気もする。

女子から悪口をうまく論破できないのは悔しいけど、男子から暴力筋肉量も違うので仕方ない、と思っていた。だから当時、特に解決しようとも思っていなかった。暴力を振るわれること容認することでしか男子とのコミュニケーションの取り方がわからなかった。

最近妄想する。私は、ショックのせいで記憶が抜け落ちているだけで、実は中学1、2年の頃にレイプ被害に遭っていたのではないか自傷癖があったのはそのせいなのではないか。中1の終わり頃からスクールカウンセリングに通うことになったのは、もしかしてそういうことがあったのではないか(通うようになったきっかけは、昔からまり覚えていない)。転校したのは親の仕事のためというのは建前で、私をこれ以上危険晒したくなかったからという親の判断なのではないか。転校先の学校では女の先生に恋していたのも前の学校で起こったことの反動なのではないか。親が学校に呼び出されたことがあったのも、そういうことが起こっていたからではないか。「早く処女卒業したい」と思っていたのも、無理やり奪われたものをやり直したいという思いゆえの衝動だったのではないだろうか。

しかしおそらく現実は違う。そんなことはわかっている。

私は幼少期から自分いじめられる、痛めつけられる妄想をよくしていた。今でもよく行っている。近年は特に「胸が大きく、片目が見えない、身体が弱い、女教師」のような設定で襲われる妄想をする。これはトラウマ由来の不健全行為なのか、単なる性癖の一つなのかはよくわからない。そもそも「不良っぽい男子レイプされていたら」と妄想するくせに、実際付き合うのはオタク系ばかりだというのも自分でもよくわからない。(男性が、ビッチっぽい女の子と遊びたいけど本命には地味な子を選びたい、と考えるのと似ているようなものだろうか?)

最近自分過去を都合よく妄想で塗り替えてしまいそうで怖い。こじらせていた思いが表出して、どう取り扱えばいいのかわからない。どういう深層心理が働いているのかよくわからなくて怖い。ここに書いたことで少し落ち着いてはきたけれど、同じような人がいたらどのように克服したのか知りたい。トラウマ精神病理学心理学的なことに詳しい人の意見を知ってみたいと思った。

anond:20181108154304

非モテ自分に自信がないのでコミュ障になりがちで、異性と喧嘩しがち。

視聴者の加勢は「非モテ異性のくせに(非モテ)同性に逆らうなよ!」みたいなふうにとられて結局戦争になる。

結局男女とも炎上しがちだから怖くて手は出せない。

どうなるか知りたければとりあえず映画トゥルーマン・ショー」でも見れば。

非モテにとっては異性と暮らせる閉鎖環境なんて作り物でしかありえないんだ。

 

若い世代が「自分非モテ」というのは自信がなさすぎ、自分をかざらなすぎなだけ。

その原因は恋愛禁止校則かに洗脳されてるだけ。

お母さん・お父さんという身近な異性の責任もある。

おまえは十分にモテるモテる以上恋愛トラブルを避けつつ異性を尊重して付き合え。

といってやれない親がおかしい。

親子カウンセリングのほうが先。

2018-11-02

劣等感が減って逆にどうすればいいかからない

しばらくカウンセリングに通ってたんだけど、ふと自分のこととか振り返って、劣等感が昔に比べてだいぶ減っていることに気づいた。

思っていたより自分環境10代の時よりずっと良くなってて承認欲求が満たされている。

でも「おぉ、マジか…」みたいな感じと共に、これから何を基準に頑張れば良いかからなくなってしまった。

今まで「周囲に劣っているから頑張ってマトモにならないと」みたいな気持ちけが原動力だったから何を目標に生きればいいかからない。

増田のみんなは何をモチベーションに生きているのかな

2018-10-31

anond:20181031171250

だが、その心の痛みを救うのは社会ではなく、カウンセリング能力の高い恋人代表される、密な付き合いをしてくれる個人だ、と書かれており、それはあまり残酷な突き放しではないだろうか。

まれ人間関係を築くことは大変に難しい。心が弱っている人間にとってはますますそうだ(同時に、人間関係に失敗してきた人ほど深い傷を負いやすいとも言える)。

俗語としてのメンヘラではなく、明確な精神障害においてもそうで、支えて癒してくれる人がいればそりゃあいいけれど、なかなか現れないからどうすべきか、というのが、社会福祉に付きつけられた課題だろう。

このような心の弱っている人について「個人個人うまいことやってくれ、社会には無理」と知らん顔をするのは本当に残酷だ。

でもインセルKKOに対しては「個人個人うまいことやってくれ、社会には無理」「フェミはお前らのママじゃない」といって突っぱねるんだろ?

いや、否定しなくていいよ。実際これまでそうだったじゃないか

被害感情を「個人で処理しなさい」というのは正しいか

フェミの文学的被害感情について|琥珀色|noteという記事フェミニズムに対して批判的だが、被害感情に焦点を当て、言語化しているところは上手いと思った。

そう、結局のところ何をしていても微妙不安や恐怖やストレスが付きまとってしまい辛いから、それを何とかしてくれ、わかってくれという欲求は切実だ。

この記事も、「女性が、男性女性社会に傷つけられる」ということ自体は認めている(男性他人にゃ社会に傷つけられることにも言及していて良い)

傷つけられたことで痛みに敏感になるのをメンヘラ化と呼ぶのは多少悪意があると思うが、まあ、そうだ。

だが、その心の痛みを救うのは社会ではなく、カウンセリング能力の高い恋人代表される、密な付き合いをしてくれる個人だ、と書かれており、それはあまり残酷な突き放しではないだろうか。

まれ人間関係を築くことは大変に難しい。心が弱っている人間にとってはますますそうだ(同時に、人間関係に失敗してきた人ほど深い傷を負いやすいとも言える)。

俗語としてのメンヘラではなく、明確な精神障害においてもそうで、支えて癒してくれる人がいればそりゃあいいけれど、なかなか現れないからどうすべきか、というのが、社会福祉に付きつけられた課題だろう。

このような心の弱っている人について「個人個人うまいことやってくれ、社会には無理」と知らん顔をするのは本当に残酷だ。

更に

男女問題を突き詰めると、辿り着くのはいつも女性の「出産機能」と「身体的な弱さ(由来の暴力への恐怖)」であり、そうした生物的な非対称性がある限り、女性被害感情永久に解消されないのかもしれません。そして、根本的に解消しようのない「永久被害感」を逆手にとって、さまざまな要求を突きつけられている、というのが男性から見た実感ではないでしょうか。

というくだり。

結論はともかく、「出産機能」と「身体的な弱さ(由来の暴力への恐怖)」が女性の心身の「弱み」になっており、様々な悲劇の原因になっているというのはかなり頷ける。

そこまで分かっているのであれば、「でも根本解決は今の男女の肉体じゃ無理だから社会解決を求めるな、個々人でうまくできるといいですね」なんて匙を投げるようなことはせず、社会女性の弱みにちゃんと向き合うのが倫理的態度だと思われる。

出産機能」と「身体的な弱さ(由来の暴力への恐怖)」というのは確かにあるものなのだから

その流れの延長線上に、病人貧困孤独、など男女関係なく弱みを抱えた人間社会が手を差し伸べてくれるようになる未来があるはずだ。

2018-10-30

[]劇場版 はいからさんが通る 後編 ~花の東京大ロマン~

劇場版 はいからさんが通る 後編 ~花の東京大ロマン~』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨です。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向け。

総評

なんと100点。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」。とは言え、これ、評価難しい。良いところと悪いところと混在しつつ、今の自分からこの点数なんだけど、ちょっと違う自分だったらこの点数は著しく下がっていたんじゃないかと思う。いつにもまして主観的な点数であり他の人におすすめする自信がない。

アニメとしての出来は良かった。演出音楽なんかも水準以上の仕事をしてたんだけど、キャラデザ脚本声優の3点がそれ以上の出来だった。しかそもそも企画で疑問な点も多々ある。

無茶ぶり企画

大体の話原作マンガはいからさんが通るからして相当ボリュームが大きい作品なのだTVアニメ42話やっても完結できてないのがその証拠で、その原作を100分ちょいx2の前後編にまとめるということが最初から無理難題

から素直に作れば駆け足どころかダイジェスト気味になり、点数なんて30点前後になるのが当たり前だと思うのだ。今回の劇場版は、その問題に対して、脚本とか演出技術とかをぶっこんで善戦してたことは確かなんだけど、それってつまり「ハンデを克服するための戦力投入」に他ならないわけで、100点から先に積み上げていく役に立ったかと言えば難しい。

原作ジャンルは一応ラブコメということになると思うのだけど、原作はいからさんが通る』には実は様々な要素が詰め込まれている。主人公紅緒と伊集院少尉の間のラブロマンスを中心としつつも、大正期うんちくマンガの側面、スラップスティックギャグの要素、膨大な登場人物群像劇、そして女性の自立というテーマももちろん重い。

今回の映画企画では、これを前後編で本当にうまくまとめてある。駆け足感は否めないもの違和感は感じない。このへん優れた原作映画脚本の特徴でもあって、印象は原作に忠実なものの、実を言えば改変は結構大胆にはいってる。

今回映画で例を上げれば、大震災後の炎上する廃墟をさまようのは映画では紅緒、少尉編集長という3人なのだが、原作ではさらに鬼島を入れた四人だ。三角関係描写とその解消をクライマックスの中心に持ってくる構成シンプルに伝えるため、鬼島は退場させてあり当然セリフ再構成圧縮されている。

しかし一方でそういう技術的な圧縮だけでは全く追いつかないわけで、群像劇的なキャラクターを絞り、ギャグパートほとんど捨て去って、映画で残すのは「主人公紅緒を中心とした(はっきり言っちゃえば伊集院少尉と青江編集長との三角関係ラブロマンス」と「大正ロマン期の女性の自立」というふたつの大きなテーマに絞った。その判断は正解だと思う。

正解だと思うんだけど、じゃあそのふたつが現代的な視点で見て満足な出来に達しているかといえば――この部分が評価に迷った原因だ。

ダメピープルどもと光のプラスワン

はいからさんが通る』の原作からそうなので、映画(だけ)の問題点というわけではないのだけれど、個人的見解で言うと登場人物のメインどころのうち三人がダメピープルだ。

初っ端から大戦犯のラリサ=ミハイロフ。ロシア貴族である彼女は、満州出征中に部下を救うために突出して倒れた伊集院少尉を見つけ、その命を救う。しか戦争の傷跡で記憶を失った伊集院少尉に、自分旦那(死亡済み)の面影見出し、都合よく嘘記憶刷り込みして、自分の夫として病気自分の世話をさせるのだった。

いやあ、ないでしょ。どんだけよ。しかも病弱な自分を盾にして伊集院記憶を取り戻したあとも関係強要するのだ。クズでしょ(言った)。一応言葉丸めダメピープル(女性なのでダメンズではない)と呼んでおく。

じゃあ、そのラリサの嘘の被害者たる伊集院少尉主人公紅緒の想い人)はどうなのかと言えば、彼もまたダメピープルなのだった。記憶を失っていた間はまあいいとしても、記憶を取り戻し紅緒と再会したあとも、病弱なラリサの面倒を見るために彼女のもとにとどまり続ける。命の恩人だと言えばそりゃそうなのかもしれないが、周囲の誤解をとくでもなく、未来への展望を示すのでもなく、状況に流されて、紅緒のことが大好きなくせに「他の女性を偽りとはいえ面倒見ている関係」を続ける。続けた上でそれに罪悪感を覚えて、紅緒から身を引こうとする。

それだけなら海底二千マイルゆずってもいいけれど、ラリサが死んだあとは紅緒のもとに駆けつけるあたり、手のひら返し恥知らずと言われても仕方ない罪人である(言った)。っていうか伊集院少尉ラリサ関係は明らかに共依存でしょ。カウンセリング必要だよ。

とはいえ主人公紅緒もけして潔白とはいえない。病気ラリサに遠慮をして、二人の間の愛情を誤解して別れを告げられ、告げたあと、心がフラフラしている時期に、少尉実家を助けてくれた編集長にほだされて交際宣言。他の男性伊集院少尉のこと)を心に宿したまま、編集長結婚式まで行ってしまう。それは伊集院少尉に対してもそうだけど、青江編集長に対してはより罪深い。その嘘はやっぱり問題だと言わざるをえない。

――こういう恋のダメピープルトライアングルが炸裂して、映画の前半は結構ストレスが溜まった(この辺個人差はあると思う)。このダメピープル共が。問題解決しろ

まり北川悦吏子なのだ

両思い恋人がいい雰囲気になって決定的にくっつきかけたところで、理不尽トラブルが起こり二人は引き裂かれる! どうなっちゃうの二人!? 以下次週!! で、次週になってトラブルを乗り越えて、またいい雰囲気になると今度は二人が(独りよがりの)善意から身を引くとか、ずっとお幸せにとかいい出して、誤解のすれ違い。神の見えざる手によってやっぱり二人は結ばれない!

連続ドラマのアレ。アレなのですよ(机バンバン

北川悦吏子だ!」といったけどそれは北川悦吏子女史の発明品というわけではなく、自分の中での代名詞彼女だと言うだけなのだけど。もっと言うのならば、年代的にみても北川悦吏子が『はいからさんが通る』やら『キャンディ・キャンディ』に影響を受けた可能性は高く、むしろ原点はこちらだ。イライラは軽減されないが。

そんなイライララブロマンス時空において癒やしは青江編集長である

光のプラスワンこと青江冬星はまっとうで良い人なのだ。登場時は女性アレルギー(と大正時代的な女性蔑視)があったものの、雇用主として新人編集者である主人公紅緒を導き、支え続ける。その人柄に触れて、紅緒に対する愛情自覚したなら、変にこじれぬように即座に自分の口から誤解の余地のない告白を行う。これ以上イライララブロマの炎症を防ぐその手腕。良いね

しかも「お前の心に伊集院がいるうちは土足で踏み込まない」「いつかその気になったとき思い出してくれれば良い」といって加護者の立場に戻る。見返りを求めず、高潔で、慈悲深い。癒やしのキャラだ。

読めば分かる通り自分編集長推し原作当時からだ)なので、そのへんは差し引いてほしいのだが、ダメピープルの中にあった彼が一服の清涼剤であったのは確かなのだ

この映画のおそらく二大テーマである「紅緒を中心としたラブロマンス」はダメ人間もの間違った自己犠牲イライラするし(加えて言えば、何の罪科もない編集長貧乏くじも納得し難いし)、「大正ロマン期の女性の自立」については、無邪気と言えば聞こえはいいが無軌道体当たり主義の紅緒の迷惑編集長が尻拭いし続けるという構造なので、本当に自立しているのか怪しく、どっちもそういう意味ではスカッとしない。

まりこの映画は(原作込みで)イライラする。

60点。レビュー終わり。解散!!

大正東京の迷い子

でも、そうじゃないのだ。そうじゃなかったのだ。

上映終了後、イライラ&60点だと思っていたら、意外なことに結構穏やかな満足感があったのだ。この気持ちはなんだろう? 不思議気持ちで、言語化時間がかかった。

なぜなのか考えた。

紅緒が可愛いあんだけダメな娘なのに、可愛い

やったことや構造を追いかけていく限りイライラキャラではあるはずなのに、可愛い

やばいことに原作よりも可愛い

現代的に変更したキャラクターデザインと、作画と、なによりその声が印象的なのだ

作中、紅緒は本当によく「少尉」という言葉を口にする。二言目にはそれだ。

このおてんば娘は作中のセリフの大半が「少尉!」なくらい連呼なのである伊集院少尉のいるシーンでは脳内その声でいっぱいなのだ。声の表情というか、演技が本当に良かった。

少尉の事で頭がいっぱいで、東京から満州に行き、馬賊親玉体当たりで話を聞き、少尉を探して駆け巡る。東京に戻ったあとも諦めきれず、その面影を探して、亡命ロシア貴族にまで突撃を掛ける。紅緒は、たしかに、周囲を顧みない行動主義で、無鉄砲なおてんば娘で、そこにはイライラさせられる要素があるにせよ、少尉を求めてさまよう姿は、涙を一杯にたたえた幼子のように見える。

それでようやくわかったのだけれど、結局紅緒は子供だったのだ。

少なくともこの劇場版後編において、紅緒は迷子の子供だった。

愛する伊集院少尉とはぐれて、彼を探すために声の限りにその名を呼ぶ子供だった。

それが胸を打ったし魅力的だった。スクリーンこちから彼女を助けたいと思った。

劇場版 はいからさんが通る 後編 ~花の東京大ロマン~』は迷子の紅緒をハラハラキドキしながら見守り、応援する映画なのだ

大正ロマン期の女性の自立」というテーマに対してイライラするのも当たり前だ。彼女は行動力だけは溢れていて、家を出てしまうわ、死んだ(と思いこんでいた)婚約者実家に行って支える手伝いをするわ、女性ながら出版社就職するわするのだが、どれも力が足りずに周囲に迷惑を掛けてばかりで、そういう意味では「自立」はしきれていない。むしろトラブルメーカーだ。でもそんなのは子供から当たり前なのだ

彼女はその実力不足から失敗してしまうけれど、チャレンジをするのだ。失敗はチャレンジの結果であり、チャレンジをするという一点で彼女の幼さは正しい。

前述したとおり自分推しは青江編集長なのだけれど、彼は作中、何らミスらしきことをしていない。つまり罪がない。罪がない彼が、恋愛において自分の望んだ愛を手に入れられない(紅緒は最終的に伊集院少尉とくっつく)のが納得がいかなかった。その理不尽さにたいして原作読了時は腹がたったのだけれど、今回映画を見終わってしばらく考えたあと、仕方ないのかもと、やっと思うことができた。

なぜなら紅緒は(この映画物語の期間では)未熟な子供からだ。その子である紅緒が、青江編集長という加護者とくっついてしまうと、その保護力のお陰で自立できない。青江編集長は全く悪意はなく、むしろ大きな愛情で紅緒を守るだろうし、その実力がある人だろうけれど、その愛情は空を羽ばたく紅緒にとっては重すぎる。

はいからさんが通る』は紅緒が自立していく物語ではなくて、未熟な子供である紅緒が、自立のスタートラインに立つまでの物語なのだ。だから作中で自立してないのは当たり前なのだ

無鉄砲子供で、何かあればすぐべそべそと泣き、でも次の瞬間笑顔で立ち上がり再び駆け出す紅緒は、この映画の中でとても可愛らしく魅力的だった。

その紅緒は自分の心に嘘をつくという罪を犯し、同じく自分の心に嘘をつくという罪を犯した伊集院少尉と結ばれる。伊集院少尉少女漫画約束として「頼りになる加護者」として登場したが、罪を犯して紅緒と同じ未熟者のレイヤーに降りてきた。降りてきたからこそ「これから自立するいまは不完全な紅緒の同志」としての資格を得た。

青江編集長は同志ではなくてやはり保護者だから、どんなに良い人でも、「これから一緒に成長していく同志」にはなれない。

考えてみれば、紅緒が少尉を好きになった理由は「優しい目で見てくれたから」だった。けっして「助けてくれたから」ではない。彼女にとって助けてくれる(実利)は重要ではなく、ただ単にそのとき自分を見ていてくれれば十分だったのだ。

そういう意味で、青江編集長スパダリであり、伊集院少尉スパダリから降りて結婚相手になったといえる。宮野Win。「立川オワタぁ!」とか「ちゃんちゃんちゃんちゃんか♪」とか言い出さないんで、格好いい主要キャラみたいな演技だったからな。

顔を上げて光に向かって

そういうふうに言語化が落ち着くに連れて、紅緒の親友・環がしみじみと良かったな。と思えた。

「殿方に選ぶのではなく自らが殿方を選ぶ女になるのですわ!」と女学生時代気炎を上げていた彼女大正デモクラシーにおいて「女性の自立」を掲げて紅緒とともに時を過ごした親友である彼女

でも、彼女と紅緒の間にあるのは思想共鳴なんかではなかったと思う。

女性の自立」と言葉にしてしまえばそれはどうしてもイデオロギー的な色彩を帯びざるをえないけれど、本作においてそれは、そこまで頭でっかち教条的ものでもなかったのだろう。

劇場版サブタイトル元ネタはおそらく菊池寛短編小説「花の東京から来ているのだろうけれど、そこで描かれた女性(の自立と言っていいのかなあ)も、現代フェミニズム的な意味でのそれではなかった。どちらかと言えば「どんな環境でもめげずに生き抜いてゆく」という、ただそれだけのことだった。

それはもしかしたら、現代価値観ではむしろ非難される態度かもしれない。なぜなら、男性支配的な社会で「めげずに生きる」というのは、ときその男支配社会迎合しているようにも見えて、原理主義者には利敵行為とされるかもしれないからだ。

でも人間は結局与えられた環境ベストを尽くすしか無い。まだまだ男権社会的な大正社会も、作中クライマックスで描かれる関東大震災崩壊した東京も「与えられた環境」だ。

その与えられた環境の中で酔っ払って肩を組み、愚痴を言い合いながらも諦めずに笑い合う同志として、紅緒と環のコンビ尊い

ことによると、紅緒と伊集院少尉のそれよりも確かな絆があったのではなかろうか?

いつどんなときでも、どんな環境でも、うつむかず、意気軒昂と拳を突き上げて、笑顔で生きていこう! 女学生時代無鉄砲友情のそのままに、二人は大正という時代自分人生を描いた。

女性の自立」と主語をおけば、それは成功したり失敗したりしてしまう。でも彼女たちが持っていたのは、成功したり失敗したりするようなものではない。どんな環境でもくじけうず、へこたれず、転んでも立ち上がって歌を歌いだす。それはイデオロギーではなく心意気の問題なのだ彼女たち二人のあいだにあったのはモダンガールとして時代を先駆ける思想などではない。ただ単に、お互いがかけがえのない友達で、楽しかったのだ。

女の子は元気よく未来に向かって生きる!」。紅緒が愛しく思えたのは、多分その一点だったし、伊集院少尉彼女を愛したのもその一点だった。本作では描写が欠如していた伊集院少尉も、そのテーマに沿うなら、大震災後の東京意気軒昂未来をつくるべきだ。紅緒同様「未熟者の仲間」になった彼はそれが出来るし、その義務もある(でないと編集長はほんとうの意味道化者になってしまう)。

原作を読んだ学生時代には持てなかった視点をみせてくれた。その意味合いにおいてこの映画には100点をつけたく思う。

死ぬ気はないけど死にたいほど辛い

自殺は失敗したら悲惨だろうからしたくないし、そもそもそんなエネルギーがありません。

眠ってそのまま死にたい

40代未婚、女性恋人なし。収入はいいほう。猫が家にいる。

心療内科でお薬もらって、会社事情を話して業務負担を軽くしてもらっています

カウンセリングも受けています

20代からうつ寛解と再発を繰り返しているけれど、うつ症状の出方が違うので過去のよくなった経験が活きない。

今は会社に休まず通い、そこそこ成績をあげ、いい役職名を与えられている。正直仕事簡単

もっと成果を出したい!と頑張ると心が弱るのでそこそこでやめてる。

部下から仕事ができて素敵、と、女性管理職への妬みの半々が向けられている。

それはあまり気にならない。

あえて言うと恋人がいないくらいで、困っていることはない。

なのに死にたい明日を迎えるのが辛い。今日を終えるだけで苦しい。

安楽死が選べたら選びたい。

そのくらい思い詰めているのに、「つらいのに頑張っていて、苦しいのは当然よ」と共感してくれるのはカウンセラーだけ。

孤独なのだろうか。

親に話したらどう思うだろう。できれば隠したい。

残された人のことなんかしらない。私は苦しさから逃れたい。でも、何から逃れたら苦しくなくなるのだろうか分からなくて逃げようがない。

うつなら休むべきだろうけど、遅れてとった夏休み地獄だった。5日間死にたい気持ちをやり過ごして疲弊した。

明日も定時に会社に行く。

心のなかは死にたいと思ってる。それでも、生きないといけない理由がわからない。

誰に助けを求めていいのかわからない。

早く終わりたい。

猫が私になついているので、ママがいなくなったら可哀想だと思う。でも、人見知りしない子だから他の人が可愛がってくれるだろう。

ママが帰ってこないことにしばらくさみしがるだろうけど、そのうち忘れるだろう。

もう疲れた。誰か助けて。

2018-10-26

anond:20181025150841

カウンセリングも「知人の紹介」なんだよ。そこのラインが切れれば本当に苦労してないから今困ってる

すべてを諦めて実家に帰りたい

と思うことがある。そんな簡単な話じゃないので本気でそう心に決めたことじゃない。でも色々辛くて、やめてしまいたくなることが最近多い。

海外大学に通っている。あと二学期卒業だが授業も生活も日に日に辛くなるばかりで、二学期分きちんと履修できる自信がどんどん小さくなっている。

カウンセリングを受けたらと言われたりもした。それはするかもしれない。しかし何れにしても前途が厳しいことには変わりないだろう。

田舎から東京に出てきた人は、大学中退したらどうするのだろうか。実家に帰る人もいるだろう。大学をやめて東京バイト暮らしを始める人もいるだろう。後者はなかなかすごいと思う。

私に同じことができるだけのバイタリティがあるかどうかわからない。簡単バイトくらいなら私にだってできるかもしれない。でも私は海外いるか勝手に働くことはできない。というか、中退したらビザ無効になる筈だ。この辺のプロセスもよくわからないが、日本に追い返されるなんて怖いことはあまり考えたくない。

バイト暮らしじゃなくて実家に戻ってしばらくニートするようなことも不可能ではないけど、気がすすまない。私はもともとあの家にいることが好きじゃない。両親もあまりきじゃないし兄弟とも仲が良くない。

中退して帰って来たりしたら学費無駄したことになり、両親にますます申し訳がなくなるし、兄弟にも申し訳がなくなる。ますます肩身が狭くなる。

友人たちを見ていると、親に愛されているように見える人もいる。そういう人は羨ましい。何に失敗したって、諦めて帰る場所があるんだから

代わりに「イケメンに生まれて良かったこと、良くないこと」を書く

イケメンに生まれて良かったことと、良くないこと

https://anond.hatelabo.jp/20181025141220

0 はじめに

すごく読みたかったけど読む前に消えてしまった。おれもこのことは考えた事があるのでちょっと記して共有したいと思う。

すげえ嫌なこと言うね。高学歴高身長、女に人気ある職種で、三十過ぎだけど未婚です。見てくれは学生時代ホストやる勧誘受けたり、女にデート誘われたり部屋に誘われたりだから、少なくとも悪くないと思う。いや、きっと良い部類なんだろうな。その前提で書かせてください。あと、イケメンだよねとか男女問わず言われる。

じゃあセク○スし放題だと思うじゃん。でも、おれは家族関係があまり良くなかった。精神分析的な視点から男の女性関係は異性の親との関係を繰り返すとかいうしで、母との関係が悪かったおれは女をそんなに信頼できていない。結婚したいっていう意識希薄なんだと思う。母親から虐待を受けていた男は女との関係安心できないから、セク○スで勃起ができない、射精できないことが多いみたい。俺も似たようなもので、一夜限りの関係全然楽しめないので心の底から男性性を楽しめていない。ていうか、異性関係はクソ真面目だと思う。

率直に言えば、別にイケメンでもなくて社交性の高いやつがいろんな女とセ○ロスしているのが羨ましい。おれはそこまで女との関係安心できない。

スペック的には恋愛市場で一応人気はあると思う。イケメン高学歴高身長仕事も十分(もちろん、上を見ればキリがないんで匿名のあれがイキってると流してください。ただ、そう思ってくれる人が多いみたいだという話)らしい。

一応言っておくと、女という性別そもそも一般的に信頼できない!とかいう話じゃなくて完全に家庭的で個人的事情でおれが単純に女を信用できないから、よくわかんない人ととのセク○スに持ち込めない、ということだ。よく知らない女と同じ布団に寝られない。むしろ信頼という話で言えば、共感ベースにした話は女との方がしやすいし、尊敬できる人もたくさんいる。

N=1ではあるが自分経験をとりあえず整理したい。それぞれ挙げることは相互排他的じゃないけど思いつくまま書いていく。

1 よかったこ

(1)女が優しい 

 これは統計とったわけじゃないけど他の男を観ていて多分そうだと思う。会って話して、他の人とは違っておれと話しているときはなんかいい方にか声色が変ってる女の比率は、世の中の人より多いと思う。多分イケメンからだと思う。男がキレイな女を好きなのと同様に、女がかっこいい男を好きなのはそれがそうあるべき姿かはおいといて、当然だろうな、と思う。ていうかアイドル俳優生き様はあるかもだけど、何よりも見た目だしね。

 職場でもそう。おれを目の保養にしている表情のお局が優しくて、そこは本当に助かっている。

(2)特に旅先の熟女が優しいことはすごく嬉しい

 これは本当に強調したい。人妻っぽいお店の人がすっごい優しくしてくれる。なんなら商品を安くしてくれる。

(3)風俗サービスが嬉しい

 友人のイケメンの話によると風俗でも気がついたら女側の意思で入っ○たとかあるらしい。おれもある。他にも韓デリのお姉さんがうちに来なよっていってくれたけど、多分多くの人はそういう経験ないし、おれの見てくれはその発言に影響していると思う。

(4)なんか褒められて嬉しい

 なんだかんだ承認されるのはとても嬉しい。おれは自己評価死ぬほど低かったから、こう言われて救われている機会は想像以上にあると思う。特に大学入る前に激ヤセした分、その前後評価の違いはかなり感じる。

2 よくないこと

(1)遊んでると思われる

 本当に辛かったのが、マッチングアプリで知り合った女にお前みたいに好条件の男にはなにか裏(彼女持ち・既婚)があるに違いないと疑われたこと。直接的には関係ない裏はあります心理相談室でカウンセリングを受けているので。というのも自分はいかんともしがたい自己評価の低さを悩んで通っていた。直接的に彼女ができないのとは関係ないと思っているけど。この疑問は半分本当な分、なおさら自分の誠意を疑われて辛かった。

(2)やばい女に絡まれ

 面食いの女が寄ってくる。イケメンが好き、とかじゃなくてイケメンじゃないと嫌だという女は、だいたいイケメンと付き合っている私が好きという女で、自己肯定感が低く後々面倒くさいことになる例が多い。ある種の層にとってはイケメンブランドと似ているんじゃないかな。セ○ロスするだけならいいけど、本当に付き合いたい人を探している者としてはつらい。この手の女はおれと同じく、あるいは俺以上にいろいろ抱えてるから相手するのがだるい

(3)イケメンマウンティングしてる自分が好きな男がよってくる

 自分すごいの出汁イケメンにこんなことが言える自分はすごいだろう的にマウンティングしてくる同性がいる。これは、うまくあしらえない自己肯定感の低い自分という問題はあるけど、そういう輩は一定数いる。

3 整理してみて思ったこ

(1)別にイケメンだったらなんとでもなるわけじゃないよ

 得することは絶対ある。とはいえ女性関係において、男が女の顔とかおっぱいといった外面を観ているように女も男の見てくれを見ている。でも、男のそれとは非対称的に女は男の内面をかなり観ていると思う。マッチングアプリ運営している友人曰く、男は顔、身長学歴、金、女は年齢、おっぱいがある人が人気をかなり決めるようです。でも、いざアプリを使う男として女と会ってみた皮膚感覚で言うと、マッチングしたら女のほうが話が合うとかいった内面を重視してます

 男のあなたは俺と同じく、すげえ美人スタイルがいい性格ブスともやってみたくない?でも、女は違うらしい。モテないと画面の向こうでイケメンを呪うあなたがもてない理由スペックだけじゃないのです、たぶん。。。ていうか男は学歴年収という努力でなんとかなる要素が効く分、男でよかったと思った。

(2)同性の男には嫉妬されない

 よく「かわいいからって調子乗って」とか女が周りの女に思われてもやもやするっていう話を聞きますが、男はそういう嫉妬相対的に薄いのではないのでしょうか。女が男にどれだけ求められているかで女の価値が決まるみたいな価値観を抱きがちですけど、男にはそういう感覚は薄いと思います。みんなに求められている女を好きな男はいますとはいえ、この話は上野千鶴子の『発情装置』とかで論じられているらしいのを間接的に聞きました。モテるのはいいことだみたいなところはありますけど、両性のモテる要素には言語化するのは直感的には難しい差異がある。

(3)ゲイを断りにくい

 おれは華奢なのでなんかそういう層に需要があるみたいです。「2 よくないこと」に入れようと思いましたが、男が好きな人にとっては悪くないのでここにいれます。手が松脂臭い爺に手を握ってうっとりされたりで正直面倒くさいです。でも、30超えてからそういう機会も減って煩わしさが減りました。

4 おしまい

 イケメンで救われてることは経験的にたくさんあるけど、イケメンなのにその程度なのかよっていうのはもっとある。たいしたことなくてすいません。なんか、人と比べてどうのっていうより、自分幸せを見てくれにかかわらず他人と育んでいける人間関係を築くのがいちばん大切なんじゃないんでしょうか。

 おれはイケメンスペックと世の中的には認識されがちな層だとは思うけど別に自分のことがそんなに好きじゃないという感情もあるし、なんか自分のことを肯定できてブサメン、低スペック幸せに生きている人が羨ましいです。本当に調子に乗った発言だとは思う。でも、おれだって見てくれなんかどうでもいいか自分好きな人間として育ちたかった。というわけで、そういう人が幸せ結婚してるしで、俺もお前も自分他人と比べずどうなったら幸せかを考えようぜ、というお話

2018-10-25

anond:20181019101135

はてなーってバカから気軽にカウンセリングを勧めるが、

まともなカウンセラーがどれだけいるのか考えたことがないわけだ。

カウンセリング協会って碌でもないやつ大勢いるぞ。

自己啓発まがいの奴、

クライアント共依存なっちゃう奴、

クライアントセックスちゃうカウンセラー等々。

7500円払う価値があるかどうか、自分で確かめないとな。

女はKKOをちやほやするべきさんは割とガチカウンセリングとか行った方がいいのではないか

いつもそればっか言ってるから心配になってきた

Twitterbotみたいな自動投稿とかじゃないんだよね?コワイ!

2018-10-24

妻の孤独

オリラジ中田の「良い夫やめました宣言

内容をまとめると、

-----------------------------

奥さんが言った通り何事も完ぺきにこなした。

それなのに奥さんは不満。

カウンセリングを受けた

カウンセラーに「全部合わせてきたことが、良くなかったですね」と言われた。←ここ大事

そうか。奥さん増長したのか。←違うと思う

良い夫やめた。←は?

-----------------------------

奥さん夫婦で一緒に子育てしたいんじゃないのかな。

「あーでもない、こーでもない」と夫婦で考えながら頭つき合わせて子育てたかったんじゃないかな。

カウンセラーが 「全部合わせてきたことが、良くなかったですね」というのは、

奥さんの言うことに対して、中田自分脳みそも心も使わないで黙って従っているからなんじゃないのかなぁと思った。

そんなのワンオペヘルプに入ってるだけやん。2オペではないと思う。

以上、個人の感想です

起き上がれない

憂鬱感で動けない、仕事に集中できない朝起き上がれない、死ぬことを考えてしまう。

身の回りのことができない 風呂掃除歯みがきなど。

お腹がすいていなくても限界まで食べてしまうこと、時々爪をむしってしまうことが辞められない。

その時は自分自分でないような、うっすらと膜がかかったような感覚がある。苦しいし太りたくないからそのまま嘔吐してしまうこともある。爪を手入れしたり、人がきれいにしているのを見るのが好きで自分でもしたいと思っているのに出来ないことが辛い。

調子が良いときと悪いときがあって、良いときはそわそわ、わくわくして落ち着かないことがある。

その時は思いついたこと、欲しいものに対して衝動的に行動してしまう。

仕事大学を出たあと6年間勤めた場所を辞めて、資格をとって別のところに勤めはじめて3ヶ月くらい。教育係の話が長かったり、まだわからないことを何度も答えさせようとしたりやり方を知らないことについて叱責されるのが辛いが、会社方針給与については満足している。なのに会社に行けない。ふんばれない。

自分病気やなにかの障害なのではないかと思う。はっきりさせて、困っていることに対しての治療または改善方法を知りたい。憂鬱感、過食、睡眠の質についてなんとかしたい。自分の体を清潔に保つこと、大事にすることが出来るようになりたい。食事をおいしいと思いながら適量食べられるようになりたい。散歩ヨガなどのんびりとした運動が好きなので行うことが出来るようになりたい。カウンセリングは高価なので、自助グループなどを利用してみたい。自分が困っていることを話せる場所が欲しい。

通院歴 

2013年自殺未遂入院、クリニックでカウンセリング、投薬(リフレックス)が始まる。

投薬は1カ月後に自殺衝動落ち着いてきたことと、希望により中止。

2014年より個別カウンセリングで出来ることが無くなったとのことでグループカウンセリング始まる

薬服用したいとの希望採用されなかったことや、自分より症状が軽いように見えるメンバーを見ることが辛くなり、辞める。

2016年末より別のクリニックにて投薬(プロザック)、また連携している心理相談室で精神分析開始している。薬代が実費であることと、精神分析代が1カ月あたり30000円ほどかかることから経済的に通うことが出来なくなる。

どうすればマシになるのかわからない。とりあえず今起きて会社に行かなきゃいけないのにできない。

2018-10-22

anond:20181021173314

あの界隈のセミナーやらカウンセリング価格は明らかに異常。

あんなもんに大金を払うくらいなら、大学に入るなり資格学校通うなりして系統だった知識を身に着けた方がいい。

精神的に不安定であるならまともな医者カウンセラーにかかった方がいい。

場所を求めているのであれば、社会的信頼があって大金を取らないコミュニティ宗教なりに入った方がいい。

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