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はてなキーワード: 「ありがとう」とは

2018-01-19

「おめでとう」の五文字だけ

Facebook誕生日になんの工夫もない「おめでとう!」だけがひたすら並ぶ光景、なんだか見ていて虚しい気持ちになる。

せめて書くなら一言加えればいいのに。

一様に「おめでとう」の五文字だけをもらって、みんな嬉しいのだろうか?

なんのメッセージもない「おめでとう」に、なんのメッセージもない「ありがとう」を返している様子も虚しい。

逆に気を使って「ありがとう」の方に一言二言加えている人を見ると、なんだか逆に可哀想な気すらしてしまう。

2018-01-17

anond:20180117104354

ライトありがとうでいい。

というか、相手もそれくらいを求めてる。

 

増田が重く受け止めすぎ。

誰でも、ちょっと優しくされたら「ありがとう」っていうだろ。

毎回、ライトに言ってたら、そんなにストレスにもならんし、

相手もうれしい。

誰も困らない。

anond:20180117101100

喜ぶ顔が見たくてやるってのは分かる!

思い切り喜んでくれるか、「ありがとう」一言を心の底では求めてる。

anond:20180116234954

何かちょっとたことでも自分に対して働きかけてくれたことがあったら、ひとまず「ありがとう」って口にすることから始めたらいいんじゃない

2018-01-04

うつ病とうまくやっていく、たったひとつの冴えたやり方。

ハサミの使い方を忘れました。

■ちゃんとハサミを使えたボクの話。

それまでのボクは、ケータイサイトを作るベンチャー会社でちゃんと働いていました。

その会社社長とボクとボクの友達で作った小さな会社

2000年誕生し、2007年には株式上場最初は4人だった社員も今では150人強に。そんな中でちゃんとした給料をもらい、取締役という役職ももらい、ちゃんと仕事をしていました。

かに、朝9時30分に出勤し家に帰るのは午前1時とか2時とかだったり、土日も出勤してたりもしましたが、「ベンチャー企業なんてそんなもんだよね。」と人からも言われ自分にもそう言い聞かせて働いてました。普通に

逆にそんな風に頑張っている自分が誇りだったし、「最近寝る暇も無い位忙しい」ってことが自分にとっては「美談」でした。

気づいていただけましたか??すべて過去形です。

そうボクがちゃんと普通に「ハサミ」を使えてた頃の話。

ここで一度考えてみてください。

あなたの「ちゃんと」って、本当にちゃんとしてますか?

あなたの「普通」って、本当に普通ですか?

■ハサミの使い方を忘れました。

意外と自分自身の事って自分ではわかりません。

「ボクってカッコいいのかなぁ?」とか「ワタシってかわいいのかなぁ?」ってのは、「誰か」と自分を見比べて、鏡の前で悩めばわかるかもしれません。

自分って健康なのかな?」ってのは、健康診断を受ければ解決します。

ただ、「もしかして、ボクって精神的におかしくなってきたのかも?」っていうのは案外自分では気づかないものかもしれません。

幸いにも(?)ボクには兆候がありました。

ある日突然「ハサミの使い方」を忘れたんです。

ハサミを見て「あ、これはハサミだ。」ってことはわかるんです。でも「何に使うものなのか?」ってことが分からないんです・・・

「何かの道具」だって事は覚えてるんです・・・

でも、「何のための道具なのか?」って事が思い出せないんです。

他にも「会社資料を作っているときに誤字脱字が増えてきた」「会社会議などスケジュールを覚えていなかった」「机の上に置いてあるお茶が、いつ注いだものかわからなかった」など、いろんな兆候がありました。

でも、なにより会社に行きたくなかった。社長に会いたくもなかった。

部下にも会いたくなかった。

この時期、会社でボクの身に何があったのかというと上司取締役が変わったことくらい・・・

その方は他社から転職してきた方で、もともとは凄くボクとも仲良くしてくれていました。

冗談を言いあったり、喫煙室で長い時間話をしたり・・・

ところが、直属の仲間になった途端そんな関係は造り物だったことに気付きます

喫煙室で顔を合わせると、不機嫌な顔をされ一言も口を聞くことはありませんでした。仕事相談すると「今忙しい。それくらい自分で考えろ。」と一蹴され、取引先に向かう電車の中で「あんたってこの会社に8 年間もいて今までどんな実績上げてきたの?何も無いんじゃない?あったら私の耳にも入ってくるけど。本当は社長あなたの事なんて要らないと思ってるんじゃない?」なんて事も言われました。

さすがにきつかったので他部署のAさんBさんに相談しました。

なんとなくですが、「社長が僕自身を鍛え上げるために、この取締役にそう言ってあるのかな?」なんてポジティブに思ってた事もあって。

今までの同僚としての距離感ではなく、取締役としての距離感で接してくれているから、こんな冷たい態度なのかな?って思ったか・・・

その数日後。その人に会議室に呼び出されました。

あなた、AさんとBさんに何か相談したらしいじゃない?」

その一言で目の前が真っ暗になりました。

信じていたAさんBさんもボクの味方では無かったんだ・・・

その真っ暗な目の前を真っ白にしてくれる一言がやってきます

「そんな事くらいで他人相談するし、仕事もできないし、あんたなんて生きてる価値ないんじゃない?」

『ボクはこの会社必要とされてない役立たずなんだ。』

『もうこの会社に居たくない。』

そんな気持ちがボクの心のすべてを満たしていきました。

家族にも相談し、近所の心療内科のドアを叩きました。

でもそれは、自分兆候(症状)を相談解決してもらう為じゃなく、会社に行かなくてよくなるように「診断書」を書いてもらうためでした。

そう。ハサミの使い方を忘れてしまったボクは、もう一度ハサミを使えるなるようになることよりも、いまの現状(会社から逃げ出したかったんです。

もう一度ハサミを使えるようになりたいなんて気持ちはこれっぽっちもありませんでした。

■ハサミの使い方を思い出した今のボク。

最初に今のボクの生活をご報告します。

1年2ヶ月という長い休職期間を経て、この度元の会社復職いたしました。

精神的にも安定しています。まだまだ薬は飲み続けています・・・

でも、逆に薬さえ飲んでいれば普通に生活できるわけで、何てことはありません。

今だから思うこと・・・

うつ病になる前の自分生活には、絶対戻りたくないと思っています

あんなに仕事人間だったボクが、会社と上手く距離をおいて物事を考えています

趣味カメラを持って出歩いたりしています

今でも人混みは苦手です。

でも、そんな所に行かなくても生きていけるので不自由はありません。

そう。

今までのボクは会社100%依存していたんです。

特に趣味もなく、会社評価されること・会社仕事をこなすことだけが、ボクの生きがいであり、ボクの存在必要としてくれる居場所だったんです。

そりゃぁ、その会社からあんたなんて必要ない。」って言われれば、自分の居場所が無くなるんだからうつ病にもなりますよ。

今のボクは、趣味であったり、美味しい食事であったり、大好きな自然だったり、友達だったり、ブログだったり、いろんなところに居場所があります

から会社で辛いことがあろうが平気です。

逆に今の会社で無くてもいいやってくらいに思ってます

不思議と楽なんです。会社以外に帰れる居場所があるから

ライフワークって言葉があります

今までのボクは仕事ライフワークにしていました。

今のボクは仕事会社を「ライスワーク」と考えています

御飯食べるための仕事。要するに飯の種って事です。

それくらいに割り切ったお付き合いを会社人間関係に置いてみると、多少嫌なことも我慢できるのかもしれません。上司にガミガミ言われても、新しいカメラレンズを買うためなら・・・って。

では、ボクがここまで変わることが出来た経緯をご紹介します。

休職できた。

休職」ってボクの中では重病(骨折とか入院とか)の方しかできないと思っていました。

よく勘違いする人が多いのですが「うつ病心の風邪」って言う人がいます

うちの会社の総務の人も「うつ病心の風邪からちょっと休めば治りますよ。」なんて、気休めを言ってくれました。

ボク自身がまずは「うつ病は脳の病気」だと意識を変えました。

しかも外傷も見当たらない「脳の重病」だと。

だって、食欲もない・眠れない・何もする気が起きない・・・これって心(気持ち)でどうにかなるものでしょうか?

「心」なんて自分の体のどの臓器かもわからないのに、「心の病気」とか「心の風邪」って言われることが本当に怖かったんです。

だって自分じゃ治しようも無いわけですから

心療内科先生カウンセリング先生からうつ病は脳の病気です。」って聞いて、本当に安心しました。自分おかしなっちゃったのは「心(気持ち)」がおかしくなったんじゃなくて、脳がちょっと壊れちゃったんだなと。

しかも、ちゃんと薬があるのであれば、怖くもなんともない。何となく「心の病気」って言われると、自分自身おかしくなったように思っちゃって怖かったんです。もう元に戻らないような気がして。

ボクは胸をはって休職することにしました。

当然の権利だと思いました。会社ストレスで脳に病気を持ったわけですから。だから休職することに何の抵抗もありませんし、恥ずかしくもありませんでした。

最初診断書で「3ヶ月の休職期間を必要とする。」と記載してあったので、会社からは3ヶ月の休職期間をいただきました。

3ヶ月で治るんだと思っていましたが、治りませんでした。

そして、会社休職期間の限度である「6ヶ月間」に休職期間を延長してもらいました。

多分、6ヶ月で治りますうつ病になる前の仕事人間自分には。

ちょうど休職期間が終わる6ヶ月後の頃、会社面談を行ないました。

その時の総務の方の対応に疑問を覚えました。

毎回「調子はどうですか?」と聞かれ、ボクは「たまに、メマイとかします。人の多いところとかだと。」と答えます事実、今でもそうですが・・・

それを「明確な復帰の意思、どこに復帰したいか意思表示がありません。」と言うふうに社長や他の取締役に報告していたようなのです。

人混みでメマイやパニック障害を起こしている状況で「はい!もう大丈夫です!元の取締役として働かせてください!」なんて言える人はいないと思います

そして、そもそも根本的な疑問を持ったんです。

「あれ?ボクはなんでうつ病になったんだろう・・・。」って。

この時、自分の持っているすべての感情会社にぶつけました。

だって会社うつ病にさせられた」と思ったから。

もう、休職期間も終り自然退職自己退社)になるんだから、言いたいことは全部言ってやれ!って気持ちでした。

休職期間に入るとき社長から伝言で「休職は認めるけど、戻ってきたら取締役解任ね。」って言葉を頂戴してました。

それ以外他にも例の人から言われたことの全てを総務の人に報告し、「パワハラではないか?」と詰め寄りました。

そもそも、総務の人は現場で何が起こっているのかを知りません。

レベルで「こんな事いわれたらしい。」と言うことは聞いていても、他の取締役本人の口から伝えなきゃわかってくれません。

から言いました。

スッキリしました。

本当に。

今までのストレスを全部吐き出したんです。

今思えば、抗うつ剤副作用だったのかもしれません。

抗うつ剤の服用者が暴れたり言動が荒くなったりってニュースを見たことがありました。

今思えば、この頃のボクはそんな状態だったのかもしれません。

でも、今のボクは当時のボクを責めたりはしません。

自己嫌悪もしていません。

薬の力を借りていたとしても、自分の気持を汚い言葉罵声であれ会社に伝えられた自分を褒めてあげたいと思っています

だって、それだけストレス溜まってたんですもん。たまったストレスを吐き出させてくださいよ・・・

今までいっぱい我慢してきたんだから

今思えば、休職してすぐにストレート会社気持ちをぶつければよかったなぁとも思います。でも、そんな気力も余裕もなかったんですよ。

自分の気持を整理して、相手の言うことを理解し、自分の気持と照らし合わせ、思いを伝える気力と余裕を持つまでに半年掛かったってことです。

その半年間のことは正直よく覚えていません。

ひたすら寝て、きちんと薬を飲み、食べられるものを食べる。

人間として何とか生きている感じ。

でもきっと、気力を貯めこむ期間として必要半年間だったんだと思います

おかげで気持ち会社へ伝わり、会社の規程が「病気場合での休職は1年間とする」と変更されました。

ただこれに素直に感謝できるまであと半年かかりました。当時は当たり前だろって位に思ってました。

今思えば、ここからが本当の「闘病生活」の始まりでした。

■本当に自分と向き合った半年間。

一気にストレスを吐き出したボクは、やっと何かを吸収する余裕ができました。

からアドバイス聞いたり、本を読んでみたり、ちょっと難しいテレビを見てみたり、Twitterを始めてみたり・・・

やっぱり自分気持ち(想い)が自分の中に溜まっていると、人から何を言われても「そうは言うけど、ボクはうつ病だし・・・。」みたいな感じで聞く耳を持てなかったりします。

想いを全て会社に吐き出して、やっと「何か」をしてみようという気持ちになれました。

この想いの吐き出し方や吐き出し先は人それぞれだと思います

ボクの場合は「会社のせいだ」と思ってしまっていたから、会社にぶつけたまでで。

まずは何故自分うつ病になったのかをきちんと主治医カウンセラー相談し、答えを見つけることが必要なのかもしれません。

余裕が出てきたところでやっと気付きます

「うちの会社うつ病でこれだけ長く苦しんでいるのは自分が初めてだ。」と。そして、相手を思う余裕も出てきます

「もしかしたら、会社の総務人事の人達社長は『うつ病』について何も知らないんじゃないだろうか?だから、ああ言う対応しかできなかった。」と。

そこで1つの結論自分の中で出ます

「だとしたら、そりゃぁ、仕方ないよね。」と。

簡単に言っちゃいましたが、「そりゃぁ、仕方ないよね。」って考え方は、ボクの中に初めて生まれた考え方でした。

仕事人間だったボクは「何にでも白黒付ける」事を求められ、必ず答えを出さなければいけなかった。「仕方ないよね。」とか「どうしようもないよね。」で片付けることなんて出来なかった。

全てにおいて私生活でも白黒付けて生きてきました。

「この世にはどうしようもないことがある。」

それに気付き納得できたことは、これからのボクの闘病生活を大きく左右する出来事でした。

会社人達社長は『うつ病』について何も知らないんじゃないだろうか?」から「だとしたら、そりゃぁ、仕方ないよね。」と思ったボクは、「うつ病」について知ってもらおうと思いました。

せっかくなので会社の人だけでなく、全国の人にも。

うつ病を楽しんでみる。

ボクは写真が好きでブログTwitterをやっていました。

まずはブログTwitterで「自分うつ病であること」「うつ病の人ってこんな人」ってことをセキララに語ってしまおうと思いました。

本名会社名を明かした上で。

当然、ブログで「ボクはうつ病です。こんな生活を送ってます。」なんて記事を書こうと思ったら、自分生活で「あれ?」と思ったことを記録しなきゃいけません。

・ あれ?ボクは何でこんな事してるんだろう。

・ あれ?ボクは何でこんな事を考えたんだろう。

・ あれ?ボクは何でこんな事が出来ないんだろう。

・ あれ?ボクは何でこんな事が出来なくなったんだろう。

この4つを思いついたときメモするようになりました。

そうすると何だか自分自分のことが面白くなってきたんです。

例えば、ある日「冷蔵庫サランラップ仕舞っている」事がありました。

朝、冷蔵庫を開けたら冷蔵庫サランラップが入っていたんです。

・・・あれ?ボクはなんで冷蔵庫サランラップ入れたんだろう?って思いました。

それをうつ病のせいにしてブログに書いてみたんです。

サランラップ冷蔵庫に入っていました・・・うつ病って凄い。」って。

そうしたらいろんな人からコメントを貰いました。

「あー!私もよくあるから大丈夫だよ!」

「疲れてるだけだよ!」

「冷たいサランラップって気持よさそう!」

などなど。

あれ?と思いました。

自分の変な行動をみんなが面白がってくれてる。

ちょっとでも人を笑わせる事ができるってことは、凄いことなんじゃないか

急に目の前が明るくなった感じがしました。

それから毎日その繰り返しです。

そこであることに気付きました。

自分の中で「変な行動や変な考えを全てうつ病のせい」にするのって意外と楽だって事に。

だって病気がボクをそうさせてるだけで、ボク自身おかしいわけではないんじゃないか?きちんと病気と向き合って対処すればいいだけじゃないか

これに気づいたときに本当に楽になりました。

今まで無かった「目標」ができたんです。

そして、このメモ主治医カウンセラー相談するときにも役立つんです。

この発見は本当に大きな出来事でした。

それからのボクは、「うつ病を楽しむ」生活に切り替わりました。

うつ病が恥ずかしいなんて気持ちはいっさいありませんでした。

「ありがとう」って言われたくなる。

そんな日々を繰り返していると、Twitterメッセージを貰いました。

ブログを拝見しました。ご想像の通り、ボクも若干うつなのです。薬も服用しています。でも、まだ公表できていません。ブログを読んで気持ちが楽になりました。ありがとうございました。ただ、それがいいたくて。」

別に誰かを幸せにしたいとか何も考えずに書いているブログに、「気持ちが楽になりました」って言ってもらえるなんて思ってもいませんでした。本当に嬉しかった。

ボクにだってかに勇気を与えることができるんだ。

こんなボクに「ありがとう」って言ってくれる人がいるんだ。

本当に嬉しくて、夜中に涙を流しながら母親電話しました。

「生きてて良かった。」って泣きながら母親に話をしたことを今でも覚えています

それから他人から「ありがとう」って言われることをすれば、自分存在理由を見つけることができるのかもしれないと思うようになりました。

同時に、きちんと自分から「ありがとう」と言える人になりたいと思いました。例え、コンビニ店員さんであっても「ありがとう」って言うようになりました。外食したときお金を払って店を出る前に「ごちそうさまでした」って言って帰るようになりました。

しかすると、その事自体別に褒められることではないのかもしれません。

人間として当たり前のこと。

だとすると、なおさら「今までやってこなかった自分」を恥じるようになってきました。

そう「仕事人間で余裕が無く他人に『ありがとう』とも言えなかった自分」が恥ずかしくてしょうがなかったんです。

普段探してみると「ありがとう」って言う機会は思った以上に転がっています

それに気づかなかった過去自分おかしいんじゃないか?って思ったんです。

それが自信から確信に変わったときにハッキリと目が覚めました。

そして「うつ病になる以前の仕事人間自分になんて戻りたくない。」と。

自分に自信が無くなったときは。

はいえ、自分って何故こうなんだろうって、自信を無くす時はあります

そんな時ボクは、あまり褒められる事ではないのですが、見知らぬ誰かと自分を比べるということをしています

例えば、街でタバコポイ捨てしている人を見かけたら、「自分ポイ捨てしないなぁ。」って思えれば、その人よりも自分のほうが生きてる価値があるのかもしれません。

まりいい事ではありませんが、自信を持つことは出来ます

2018-01-03

質問できない

技術系の仕事をしてる.

先輩に質問すると凄まじい陰口を叩かれる.

これだけなら,まぁ,我慢できなくもないけど,無視はザラだし,教えてもらっても結局なんでそうなるのか全く分からない.

このコマンドで終わり,ってそのコマンドで何故いいのか全く分からない.

Cのコンパイル方法が分からないといった内容を質問したら色々言われるのはしょうがないけど,公式ドキュメントが内容不足なプログラムについて質問してもやはり言われる.

さらに,「〜は一体どこにあるのか」といった本来その人にしかからない情報質問しても陰口を叩かれる.

それで質問しないとあいつはコミュ障と陰口を叩く.

最近は,技術系の情報は全部自分一人で調べて,調べた結果は上の人間には誰にも教えないようにしている.

聞かれても「あ〜」「そうですね〜」でごまかしている.

以前一回答えたことがあったけど,「ありがとう」とその場では言ったけど,あとでそのことについてすら陰口言われていたと知ってもう干渉したくなくなった.

全部自分でやった先輩に対して,質問しなきゃできない・検索能力が低い僕が無能なのがいけないと思うし,

技術者として不適切な態度だと思うけど,先輩にもう関わりたくない.

2017-12-23

猫と冬

冬、早朝。

寒さで少しずつ覚醒していく意識の中、あるであろう温もりを探し足を動かした。

「ちび」

布団で寝ている筈の飼い猫の名を呼ぶが、返事は返って来なかった。

幼い頃、約束をしたのだ。

──ちび、寒いのは嫌いでしょ? わたしも嫌い。だからさ、お互いの体温を分け合おう。そうさしたら、寒くないよ。ねっ、いい案でしょ!

ちびは、しかたがないという顔をしながらその場で丸くなる。私は嬉しくて、「ありがとう」と言うとちびは喉を鳴らした。

それから14年。

ちびは冬になると、私と一緒に寝てくれる。

「ちび」

もう一度、名を呼ぶが返事は返って来ない。

エサでも食べに行っているのかと思いながら、身体を起こせばちびの姿はそこになかった。

「ちび、エサ…あぁ…そっか」

口にしてから気がついた。

ちびは先週、死んでしまったのだ。

当たり前の存在過ぎて、まだいないことになれていない。

枕に顔をうずめる。

「ちび、」

口が勝手に動く。

ひどく寒い

冬はこんなに寒かっただろうか

anond:20171223092909

モヤモヤする褒め言葉は全部、「ありがとう」だけで返すと楽だよね

嫌味とか社交辞令とか自分認識とずれてる奴とか、全部

ところで私も長年デブだったところをごく最近何かの拍子に痩せたんだけど、服の趣味デブの頃のままなんだよね

体形隠れて楽そうなのが好き

でもお店でそういうのってやっぱりクイーンサイズだったりして、今はサイズあうのがなくて悲しい

2017-12-16

ごめんねをありがとうに変えるみたいに

友達から驚愕されるくらいネガティブ妄想力が半端なくて自分でも辟易してる。

起きているか定かではない事柄を思いついては不安かられる妄想力、ほんといらない。

言葉を発する時は「ごめんね」じゃなくて「ありがとう」って言うようにポジ変換を意識的にするようにしてる。

それと同じように妄想ポジティブに変換できりゃ毎日脳内お花畑になれると思うんだけど、これがなかなか難しい。

主体性自尊感情がないから、他人から嫌われる妄想ばかり思い浮かぶのだろうか。

ほんと無駄なことにリソース使ってるなあと悲しくなってくる。

2017-12-14

仕事を辞めて散歩をして母に感謝した話

突然ですが勤めていた会社が俗にいうブラック企業だったので仕事を辞めました。

次の職場は決まっていません。ぼちぼち探します。

時間にも心にも余裕が生まれましたがお金には余裕がなくなったので、久しぶりに地元散歩してみることにしました。

実家暮らしなので慣れ親しんだ町ではありますが、ここ数年は家と駅の往復しか記憶になく、家から徒歩数分の景色でさえ懐かしさであふれていました。

とりあえず小学校までの通学路を歩いてみました。

変わったもの、変わらないものすべてが新鮮に映りました。

不審者と思われて通報されたらどうしようと最初はビクビクしていましたが、そんなことどうでもよくなり、iPhone写真を何枚も撮りました。

ブラック企業仕事に追われるだけの日々は幻のように立ち消え、ここに自分がいるぞという感覚が全身を包みました。

気づけば2時間以上も歩いていて、クタクタになりながら家に帰りました。

帰ってから、母に写真を見せながら散歩で気が付いたことを夢中で話していました。

働いている間は話す気力もなく、1日に一言二言会話をするくらいだったので、久しぶりに母と話をしたなぁと思います

働きすぎて体調を崩したとき、辞めてもいいと言ってくれたのは母でした。

仕事をしている最中は気づけなかったけど、母が毎日家事をしてくれていること、私のことを気遣ってくれていたこと。

そんな当たり前のことを今更になって気づいた私は、自然「ありがとう」と口にしていました。

母は少し目を潤ませながら「次はいいところに行けるといいね」と言って、それから「その写真LINEで送ってよ」と嬉しそうに言いました。

正直しばらく働きたくないと思っていましたが、いつまでも親に甘えて迷惑かけている場合でもないので就活します。

空いた時間でまた散歩して写真を撮って母に送りたいと思います

2017-12-08

卒業論文を書き終えた

卒論というものを書き終えた。苦難の連続だったことは言うまでもない。

「こんなの、完成するわけないだろ?!」って思った回数はもう数えきれないくらい。

でも、絶対書き終えられると内心は確信していたので、最後まであせることなく全力を注ぐことができたのだと思う。

おめでとう自分ありがとう協力してくれた皆さん。そして、難産となったこ

卒業論文、お前に「ありがとう」と言いたい。

これでも俺はクリエイターの端くれで、試行錯誤の末に生まれものがどれくらい尊いかということもわかっているつもりで、卒論、お前がなかなかの難産であった

ことも、よくわかっているつもりだ。

卒論よ、お前も俺の人生のひとかけらになってしまったのだね

きっと何年か後に見返したら、その稚拙さに破り捨てたくなること間違いなし。

卒論、多分君も僕の黒歴史。だけど、それでいいんじゃないかなって、最近は思ってるよ。

ありがとう卒論。これから人生、君が寄り添ってくれると思うと思うと少し気が楽になったよ。

2017-12-06

電車がきます

電車、くるかな?」

突然、きみが言った。

「そりゃあくるよ。まもなく…」

そう言って接近表示を指すと、そこには「つうか」の文字が光っていた。

ごう、と音を立てて、特急電車が目の前を通り過ぎていく。

きみの髪がなびいた。

「…」

「えっ」

かき消された声の方を見たとき、きみはとても晴れやかな顔をしていた。

「私、少しほっとしているみたい」

遠ざかる電車の音を聞きながら、「そう」としか言えなかった。

「それじゃあ」

「うん」

ようやくきた上り列車に、わたしは乗る。

何も言えず、わたしときみとを隔てる白線を眺めていた。

「ありがとう」

ドアが締まる直前になんとか絞り出した声が、届いたかは分からない。

しかったよ。

きみは発車を待たず、トランクの向きを変えた。

いつものバスに乗って帰るのだろう。きっとすぐにくるよ。

もしあの時、電車がきていたら(しゃがしゃが)

きみは(しゃがしゃが)わたしは(しゃがしゃが)

2017-12-04

ジジイババアに席を譲るのが趣味

誰でも、人に言うと気持ち悪がられる趣味の一つや二つくらいあると思う。

俺の場合は、優先席譲りがそれに当たる。

率先して優先席に座っては、善人のロールプレイをするのだ。

インターゲットは、もちろんジジイババアたちだ。

世の中にはいろんなタイプジジイババアがいるため、いろんな攻略方法を試しつつ、

最終的にジジイババアを座らせられたら、俺の勝ちということにしている。

個々のジジイババアに対しては何の感情移入もしていない。

ただのジジイババアの一個体だと思っている。ノーリスペクト

不本意ながら妊婦や怪我人に席を譲ることもあるが、次回ジジイババア攻略するための経験値稼ぎだと割り切っている。

ゲームルール


よくエンカウントするタイプ別攻略方法

金持ち上品ババア

身なりが良く上品な表情をしているババアは、簡単高得点を得られるので、日々の得点稼ぎにモッテコイだ。

目を見て「座ります?」と言うだけで、だいたい「笑顔」「ありがとう」ボーナスポイントを取れる。

返し次第では会話ボーナスタイムに入りやすく、継続率も高いため、どちらかが降りるまで無尽蔵に加点されやすい。

成金下品ババア

パッと見、金持ち上品ババアによく似ているが、座りたくてしょうがない気持ちが、貧乏臭い下品な顔に出ている。

これも「座ります?」と言うだけでフライング気味に腰を下ろそうとしてくるが、素直さに欠ける分、「ありがとう」の配点が50倍になっている。

そんなに年取ってないですババア

初心者は間違って上記2ババアと同じ攻略をしがちだが、逆に嫌味な言葉撃退されてしまうので注意が必要だ。

まず立ち上がって「どうぞ」と言うことで、ババアであることを認識させつつ、逃げ道をなくすのが吉。

貧乏シワシワババア

貧乏そうで、見るから生きる力に乏しいババアは、大幅加点のチャンスを潜在させている。

一度は気弱に遠慮してみせるが、押しに弱いので、うまくやれば「こんなに親切にされたの初めて!」ボーナスを狙える。

精魂尽きましたジジイ

成金下品ババアとセットになっていることが多い。

枯れ木のような出で立ちで、耳が遠いこともあるので、無言のジェスチャーサイレンボーナスを狙おう。

団塊ジジイ

プライドが異常に高く、年少者は無条件で自分を敬うべきと言う妄想に取り憑かれている。

ベロベロに泥酔していたとしても、酔ってないと言い張る天邪鬼

立ち上がった上で「どうぞ」と声をかけて、座るまで無言で見つめることで根負けボーナスをゲットできる。

2017-11-24

anond:20171123192939

結婚式に限らず、お葬式で「ご愁傷様です」も、死んだときの報告時でいいやんと思う人かな?

まぁ葬式じゃなくても、大きなランドマークビル竣工式なんかでも芸能人が来て「おめでとうございます~」っていう合図でテープカットするよね。

逆に、新郎新婦側も「ありがとう」「来てくれてありがとう」と何度も言ったり、葬儀喪主親族は「いらしてくださりありがとうございます」はよく言う。

おめでとうございます、ご愁傷様です、ありがとうございますなど、相手のことに対する賛意、敬意、労い、感謝など、人に寄り添った言葉を発するとき場所や状況などそんなに左右されず何回でも言ってあげることのほうがいいから、みんないっぱい言うんじゃないかな?

もちろん、今後の生活を見据えた「がんばって」という煽情も相応しいと思う。

ちなみに、「あけましておめでとう」だけは、「あけまして」と「おめでとう」で分かれているのではなく、「あけましておめでとう」と言う一つの慣用句に近い気がする。

2017-11-18

anond:20171118223830

まずは毎日シャワーを浴びて身奇麗にして、清潔な服を着ること。それが女にもてる第1歩だよ。

いくらイケメンでも不潔なやつだともてない。ブサメンなら尚更。

 

スーパーコンビニで買物してレジ女の子一言会話する練習から始めたら、まだやり直しがきくから人生あきらめないで欲しい。最初は「どうも」「ありがとう」とかそれだけでいい。

これは皮肉ではなく不幸を悲しむ善意から出たアドバイスです。このアドバイスを活かすか無視するかはあなた次第です。

2017-11-16

幸せ美人より不幸ブス浄化

不満を引き出し全て受け入れる

顔や体つきへの興味はバランスではなくそこにコンプレックスがあるかどうか

セックス必要そうなら体を差し出す

相手射精して欲しそうなら出すけどどうでもよさそうなら共感能力低下するからしない

バーで永遠と周囲に愚痴毒を撒き散らす人に近づき浄化「ありがとう」を頂いた

お蔭様で一瞬幸せを届けられた

この世から不幸が無くなりませぬよう

2017-11-13

感謝手紙

両親への感謝手紙が書けそうにない。

普通に育ててもらって、普通の家庭であるはずなのに、「どこかおかしい」ともやもやしたものを抱えながら生きてきて、今更感謝手紙が書けそうにない。

別に虐待とかされたわけじゃないけど、なんとなく「姉のスペアなんじゃないか」とか「私がいない方がいろいろ良い方向に進んだんじゃないか」とか、考えるときが多々あった。

「ありがとう」という気持ちはあるけど、「でもあのとき…」とふとよぎる時があって、筆が進まないだろう。

これから書かないといけない可能性が出てきてしまったが、両親の手紙を書いても淡々と読みそうな自分が怖い。

結婚式で読む花嫁といったら大体泣いているし、親もなんか涙流してるし、ああいう感動的なものにはならなそうだ。

おかんおとん

おかん、私、国家資格をとるために来年から講座通うねん。

50万ぐらいするねんけど、給付金?っていうのがあって、

ちゃんと出席して、無事に合格したら半額免除になるらしい。

それでも最初は50万払わなあかんし、途中で諦めたら給付金ももらわれへん。

大変な額や。

 

でもな、ちゃんと一括で払っても生活困窮せん程度には貯金もしてるから大丈夫

まぁ、ずっと言うてる引越しとかはしばらくお預けやけどな。

でも、この資格は多分、今のうちのキャリアプラスしたら絶対にいい方向にいくはずやから頑張るわ。

 

模擬試験とか見てたら、今の知識でも答えられるようなのが半分くらいあったし、

なんか実技試験もあるみたいやけど、ぶっちゃけうち、対人スキルめっちゃあるから

知識と要領さえ得られれば絶対に受かると思う。

安心してや、努力はうちのおはこや。

おとんも、「あいつは努力だけはする」って言うてたやろ。

から絶対大丈夫

試験来年の夏やけど、絶対に受かったる。

 

 

 

国家資格やで。

種類は別やけど、妹が大学4年間で学んで一生懸命とった国家資格と同じやつや。

今はこういうの、大学行かんでもとれるねんな。

大学に比べたら費用もぜんぜん安いしな。

ええ時代や。

 

自分で稼いだお金で、自分意思で、必要タイミングで、欲しいからこの資格をとるために頑張る。

絶対にとれる。大丈夫。すごいやろ。かしこいやろ。えらいやろ。

からな、もうあんたらええ加減、「お姉ちゃん大学に行かせてあげられなかった」と思うのやめなさい。

 

かにおとんはずっとろくに働かんで、おかんパートで、

うちが10代の頃の家は大大大貧乏やった。

絶対に全員の肩に貧乏神が座ってた。

 

そやのに、妹が高校のと気におじいちゃんが死んで遺産ががっぽりや。

そのお金で妹は浪人して、大学行って、国家資格とって、確かにうちよりかけてるお金はずいぶん多い。

 

そりゃもちろん最初は妬ましかったよ。当時まだ20代前半でしたからね。

 

でもな、うちはずっと、ちゃんと感謝してるねん。

 

だっておかん、うちを専門学校は行かせてくれたやんか。

あんだけお金ない中で、2年ならっていう風に言うてくれたから、

「18歳で社会に出る」という選択をせんですんだんや。

かに安めのところ選んだけど、奨学金も払ってへんやんか。これはすごいことやねんで。

 

それに、その専門学校に行きたいって言ったんは、限られた選択肢の中からやったかもしれへんけど「うちの意思」や。

介護福祉士とか保育士とかやなくて、カメラマンとかデザイナーとか安定性の低い系の学科やったけど、

反対もせんと、学資保険おかんの隠れ貯金使っていかしてくれたやんか。

 

当時通ってた学科とはちょっと方向性が違うけど、

明らかに専門学校経験きっかけで今の仕事を選ぶことができたし、

今、月収27万ももらえてる。おとんおかんが稼いだことな金額やろ。

自慢の娘やろ???ん??

 

それやのに、東京転職した私を、

東京で働くならちゃんと大学行かせてあげればよかった」とおとんが言うようになった。

おかんもそう思ってるみたいやし、妹も、「おねえちゃんかわいそう」と思ってるみたい。

 

いや、やめい。

 

かに、今周りにおる人たちはみんな学歴コンプレックスとは無縁や。

美大卒ばっかりですわ。実家もみんな裕福ですわ。

でも、別にそれで「あなた専門学校卒業でしょ」みたいな嫌味言われたこともないし、普通にやっとる。

かに、学びの基盤の差を感じるときもあるけど、「こんなもんかい」ってやつもおるからなぁ。

別に大学行ってなくても普通にやっとる。安心してほしい。

 

あとな、

うちはとにかく正社員になりたいって理由だけで大好きな地元を離れたから、長期休みは欠かさず地元に帰るで。

ほんまのこといえば、今でも仕事とか安定とかそんなん考えやんと地元に戻って、家族の近所で暮らしたい。

 

でもな、「お金使ってあげられへんかったから」とかいって何回かに一回、交通費を渡してくるの、やめい。

親孝行したくて外食お金を出そうとしても、「ええから」って逆におごってくれるのも、やめい。

たまには払わせてや。うちこの中で給料いちばんもらってんねんぞ。

 

おかんおとんええんや別に。ほんまに。

うちは人生選択に後悔なんてひとつもしてへん

お金キャリアも十分ある。

ほんでそのお金生活してな、好きな服買って、外食して、遊んで、貯めてな、

国家資格とろうってなるまできたんや。

めっちゃええ人生やん。

今はな、大学なんか行かんでも、こういうスキルはみにつくねん。

かに大学行ったら新卒採用とかあってチャンスは広がるし、

4年間学べる分、とれる資格も、学べる勉強範囲も多いと思う。

でも、行かんでも、こうやって10年くらいたって目指せたりするんや。

十分やで。

 

ていうかな、

正直、20歳まで育てるまでに十分お金つかってくれてるし、専門でもお金出してくれてるからあんたら。

  

からもう、私はこんなに立派な大人になれたんやから

 

おとんおかん、もうええんやで。

あんたらももう、「お姉ちゃんお金を使ってあげられへんかった」なんて思わんと、

私がお金出す、言うたらたまにはそれも娘孝行やと思って受け取ってや。

 

私は結婚てへんから孫の顔も見せられそうにないけどさ、

(そして年々その可能性は高まっていくばかりやけど)

そやからそれぐらいさせてくれ。

 

おかんが、自分のいろいろを犠牲にして育ててくれたん、ちゃんとわかってる。

おとんは、ちょっとさら思うなら早くどうにかしてよって思うけど、

それでも今そんな風に後悔してくれたら、もう十分や。

 

から、「ごめんね」なんて、もうやめてや。

もっともっと「ありがとう」を聞きたいし、

苦労ばっかりで悲しい顔してた分、そういう顔はもう見飽きたから、

楽しそうにしてるあんたらの顔がみたいんや。

 

次帰ったら、もう「ごめん」なんて顔やめてや。

ほんで、資格取れたら、給料ぐーんとあげるつもりやから

なんかええもんでもご馳走させてくださいね

2017-11-12

愛犬が死んだ

愛犬が死んだ。

もう5日前のことになる。貴重な体験だと思うので文字にしておきたいと思う。もう心の整理はついているので、慰めたりしてほしいわけではない。ペットを飼っている人の何かの参考になれば、同じ動物好きとして嬉しい。

親バカしかないが愛犬は「いい子」だった。お手、お座り、待て、伏せなどの芸をすんなり覚えた。散歩の時は自然と人の歩に合わせることを覚えた。おかげで足の弱ったじいちゃんの散歩にも付き合うことができた。じいちゃんの散歩は1人と1匹になり時間距離も伸びたようだ。散歩の時にはどんな犬と出会っても仲良くした。吠えられることはあっても、吠えるようなことはなかった。近所の飼い犬とはお友達になった。野良犬さえ、愛犬と何やらコミュニケーションをとっていた。当然、人当たりも良く、ご近所のみなさんに愛された。散歩中に、近所の小・中学生によく遊んでもらった。お前はいつも楽しそうだった。怖がる子も、お前がペロッと舐める笑顔になった。番犬としてもしっかり働いた。家族ご近所さん足音をしっかり覚え、聞きなれない足音にしっかり吠えた。本当にお前は理想的な飼い犬だった。

大きな病気もせず、スクスク育ち元気に生きた。年老いて体が弱ったが、それでも死の2日前まで日課の散歩を続けた。死の前日に、以前から弱っていた後脚が立たなくなって寝たきりになった。急激に食欲が落ち、水を飲むのもめんどくさがるようになった。それでも自由のきく上半身で、お前はいもの愛嬌を振りまいていた。家族の一挙手一投足をお前は見ていた。半日だけ有給を使って、ぼくが実家へ帰ってこれたのはこのタイミングだった。

夜には呼吸が苦しくなってきたようだった。自分で体勢を変えられないので、時々体を動かしてあげた。ただ、どうしても楽な姿勢は見つからなかった。それでも、一瞬は楽になるらしく、その間だけ眠っていた。最後の夜ゆっくり眠らせてやれなくて申し訳ない。でも、最後の夜を一緒に過ごしたことをぼくは忘れないだろう。ただただ生きようとするお前の姿があった。

最後の日の朝。とうとう上半身も動かせなくなった。僕が朝食を食べていると「自分にも分けろ」と甘えた鳴き声を出し始めた。でも、口元に食べ物を持っていってもお前は食べられなかった。精一杯の愛嬌だったのだろう。もう眼も鼻もきいていないようだった。ほどなくして意識も失われた。お前はお気に入りの、部屋の日当たりのいい場所眠るようだった。

母が仕事のために出かけた。その音が耳に入ったのか、お前は意識を取り戻した。最後の力を振り絞ってか、動かない身体を動かして窓から外を見た。いつも誰かが出かけると、窓から家族を見ていた。自分も連れて行って欲しかったのだろう。その気持ち最後最後身体を動かしたようだった。ほどなくして意識がなくなったようだった。最後の力を使い果たしたのだろう。ほんの少しの痙攣のあと、お前は旅立ってしまった。ぼくが仕事に出るわず10分前のことであった。帰省できたのはわず12時間程度だった。最期を見届けられるとは思っていなかった。最後に会えれば十分だった。おまえはいつも、本当にタイミングがいい。

僕たち家族は十分にお前の死を受け入れる準備はできていた。お前はそれだけの時間をしっかりつくってくれた。それでも涙が出てきた。どんな本を読んでも、泣ける映画をみても、泣いたことの無い僕が泣いた。たぶん、痛みや苦しみ以外の理由で僕が泣いたのはこれが初めてだろう。溢れ出る感情というものを初めて知った。

仕事のために家を出た。電車の中でも少し泣いた。職場仕事をした。いつも通り仕事をしたつもりだけど、今思えばそんなことはなかったのだろう。一人暮らしをする家に帰り、夕食を食べた。徹夜ということもあって少し疲れたので、近所のスーパー銭湯に行った。不思議なことに、いつもは混み合う銭湯が空いていた。露天風呂にのんびりとつかった。突然、涙が溢れてきた。30分ほど泣いていただろうか。色々な思い出が頭を巡った。

最後に、愛犬に思うことは「感謝である。本当に「いい子」だった。もともとは他の家の子になるはずだったのに、不思議な縁で我が家にやってきた。いつも家族のみんなを笑顔にした。イタズラをすることもあったけど。家族が成長し、それぞれの暮らしが始まっても、愛犬が家族をつなぎとめた。愛犬は家族の楔だった。

本当に「ありがとう」。それしか言葉がみつからない。

2017-11-10

骨髄バンクの人みたいに、ある程度の「ありがとう」を期待して善行を積む時、

なんか俺って下心があるのかなーなんて思う

2017-11-07

互助会の人に聞きたい

「ありがとう」「おかげさま」ってタグ付けるブクマカどう思ってますか?

付き合いでブクマしてる以外の何者でもなくて一発で互助会と分かるんだけど、それも織り込み済みなんですか?

http://b.hatena.ne.jp/santambo/

感謝のかけらも感じない「ありがとう」ブクマをよく見るので気持ち悪くてしょうがない。

2017-10-30

自分もっと感謝すべきだと思った

感謝気持ちは大切です。

エロゲなのに凄く綺麗な場面があってね」

なんていう作品紹介を非オタにしようとしても、

たいていお話キモ過ぎてできなかった。

でも、一応大多数が許容範囲というくらいには

受け容れてくれる程度のキモさに収まる作品を、

エロゲありがちなステキシーン的なもの

を散りばめた映画にまとめてくれた新海誠

もっと「ありがとう」を言おうと思います

感謝気持ちは大切です。

同棲したら、相手矯正したくなる

同棲している。

共働きなのだが「お前にはこの程度までやってほしい」と家事について色々指摘されている。

その時、決まって「交互にやろうね!」と話している。

お米を炊くのも交互に。

洗濯物を洗うのも交互に。

食器を洗うのも順番制。

すべてにおいて「お互い半分野郎ね」という話にしている。

最初から、そう決めておけば

結婚しても変わりなくお互いを愛せる気がする。

そして、必ず「ありがとう」一言必要だ。

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