「「ありがとう」」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 「ありがとう」とは

2017-07-12

https://anond.hatelabo.jp/20170711201114

男「えっと、どうします?電気消したほうがいいですかね」

女「あー、はい。そうですね。ぜひ消しましょう」

男「まっくらだといろいろアレなんで、暗めにするって感じでどうですか。これくらい」

女「けっこう見えますね。まぁこれくらいならなんとか…」

男「え、でもまっくらだといろいろ難しいですよ。ちょっとこれ以上くらくできなそうなので、すみません

女「はい、まぁだいじょうぶです」

「ありがとう」

男「あれ、えっとこの服難しいですね。どうやって取ったらいいの?」

女「あ、なんかすみません。えっとここにチャックみたいのがありまして、下していただければ」

男「あー!はいこんなところにチャックがあるんですね。じゃあ下しますよ」

女「はい。なんかわかりづらくてすみません

男「いえ、こちらこそすみません

(脱ぎぬぎ)

女「なんか、ちょっと恥ずかしいですね」

男「あ、なんかすみません。いい感じに雰囲気作れればもうちょっと自然にできたかもなんですが、いかんせん経験値が低く…」

女「あ、いえいえ、男さんは悪くないです。こちらこそすみません

男「でも自分、とてもうれしいですよ。女さんとこういうふうに仲よくなれて」

女「あ、ありがとうございます。私もけっこううれしいです。なのでがんばりますね」

男「よかったです。ところであの、すみませんホックがうまくはずれず…」

女「あ、えっと、あ、ではこれは自分で外しますね」

男「ありがとうございます。なんかすみません」

(おぱいポロー)

男「ペロー!」

女「あふん…」

男「だいじょうぶですか?」

女「あ、はい

(男、パンツさげー)

(女、腰を浮かせてちょっと協力)

男「あ、ありがとう

女「いえ」

男「アソコペロー

女「あふーん」

男「あの、僕のもしてもらってもいいですか?」

女「あ、え、はい

(女、パンツさげー)

女「えーと、」

男「あ、無理ない範囲でだいじょうぶです」

女「はい善処します」

(女、手でさわさわ)

男「うん」

女「パクー!」

男「あふん」

男「ありがとう、すごいいいですね。もうだいじょうぶです。終わってしまう」

女「あ、ふぁい。よかったです」

男「あの、入れてもよいですかね」

女「はい。あーでもいいんですかね」

男「うーん。たしかに。ただ申し訳ないですけど、さすがにもう引っ込みつかないです。すみません

女「ですよね。じゃあだいじょうぶです」

男「ええと、あの、なんかあれですけど、一応ゴムは持ってきましたので」

女「あ、そうなんですね。よかったです。ありがとうございます

男「いや、なんかすみません。やる気まんまんみたいで」

女「あは、たしかに」

男「重ね重ねすみませんが、着けてもらってもいいですか」

女「え、えー、ちょっと自信ないです。教えてもらえますか」

男「はい。こっちが外側で、ここからクルクルって感じです」

女「こうですかわかりません」

男「あ、うんあってますありがとう

男「入れいれー」

女「ああふぅん」

男「奥まで入れいれー」

女「あああふううん!」

男「入れたまんま動き止めー」

女「あれ」

男「なんか、幸せ感高いです」

女「うん。私も」

男女「チュチュー」

男「思い出したように腰ふりー」

女「あぁぁああぁぁぁ」

男「い、いきますよ」

女「うん」

男「あふぅぅん!」

女「…」

男「抜」

女「あん

男「ふぇぇ

女「気持ちよかった?」

男「うん、すごく。ふぇぇぇぇ」

女「あは。かわいいわたしもー」

男「ほんと?よかった」

女「うん。今日泊ってけばいいのにー」

男「そうしたいとこだけど」

女「じゃあもっかいしよ」

男「え、もう?無理無理無理無理」

女「だいじょうぶだよ。すぐ元気になるよ。ペロペロー

男「ふええぇぇ」

2017-06-30

https://anond.hatelabo.jp/20170630110627

お前みたいなのが「当然」だと思ってるから疲れるんだろ。

マナーは守られて当然じゃないぞ。

申し訳なさそうにしろって言ってるんじゃない。

笑顔「ありがとう」これでバッチリよ。

これは何も障害者に限った話ではない。

2017-06-29

身近に身障者がいないので、実際の事情は分からないんだけど

駅なんかで車いすの人が駅員に介助(介助と言っていいのかわからんけども)して

もらってるところなんかに出くわすと、ほとんどの例で車いすの人って

憮然としてそのサービスを受けていて、「ありがとう」とか「すいません」とか

言ってるのを見たことがない。

あいうのを見ると、身障者って「社会自分に尽くして当然」って考えを

持っている人がほとんどなのではないかと思ってしまうよ。

身近に身障者がいないので、実際の事情は分からないんだけど、と

再度言っておく。

2017-06-26

今、某声優ファンだけど「強火」になりたくない。

今日応援している声優さんがお誕生日を迎えられたので、初めてTwitterでリプを飛ばしてみた。

できるだけ目立たないよう、当たり障りのない言葉を選ぶのに一生懸命になっていたら30文字程度なのに10分もかかってしまった。

けど、送れた。緊張した。

沢山のリプが来ているから、きっと埋もれてしまうだろう。表示数の上限とかに引っかかって見れないかもしれない。

けど、それでいいと思う。

それでいい、という事にしたい。

私は、その声優さんに関してはライトファンでいたいと考えているからだ。

私がその声優さんファンになってから、まだ1年も経っていない。

中高生の頃はアニメをよく見ていたけれど、2次元は随分とご無沙汰だった。



その、2次元から離れていた期間の事を少し話そうと思う。

私はとあるジャンル所謂「追っかけ」をやっていた。

ジャンルはぼかすが、お笑い舞台アイドルバンドなどの「ステージを観に行く」系のものだと思ってほしい。

元々高校生の頃からそのジャンルファンではあったのだが、大学生の頃にとある人に興味を持ち、その人を目当てに見に行く回数が増えていった。

便宜上、その人をaさん、aさんが所属する団体をAとする。

Aの規模は決して大きくない。

「若手」とか「マイナー」とか「インディーズ」とか、そんな感じだと思ってほしい。

aさんと出会うまでは同じジャンルももっと規模の大きなところに通っていた私は、Aでカルチャーショックを受けることになる。

距離の近さだ。

さな会場だと、一番後ろでも表情がわかる。目が合う。

Twitterでリプを送ると反応が返ってくることがある。

出待ちイベントで直接話すことができる。

そしてそういう事を繰り返していくうちに、相手自分を覚えてもらえる。

自分存在相手に影響を与えているということがあんなに嬉しいとは知らなかった。

そして、そういった体験は私をどんどんaさんに夢中にさせていくことになった。

当時を振り返って、私がaさんという「沼」の深みにはまってしまった原因はなんだったんだろう?と最近考えることがあったのだけれど、決定打(致命傷というべきか)を与えたのは「チケット」かもしれない。

私は、チケットを取るのが上手かった。

Aは規模が小さいのでチケット完売することはまずない。

なのでいつ買っても良いのだが、同じ席種のチケットでも優劣があるのは良く知られている事だと思う。

まり、「より良い場所で見られるか否か」。

座席が決まっているものでも整理番号入場で自由席でも、基本的には先着順で良いチケットは無くなっていく。

そしてそれは運の要素ももちろんあるのだが、先着順で先頭になるテクニックというもの存在する。

決して特別なことではないのだが、私はそれをするのがどうも一般的な人よりは上手かったらしい。

Aの公演に通い始めてしばらくして、初めてチケットの発売日にチケ発をしたら最前列でみれるチケットが取れた。

本当に特別な事はしていないので驚くと共に、私は不安に襲われる。

どんなジャンルでもそうだと思うのだけれど、最前列は熱心なファン、「強火」なファンが多いものである

そんなファンの中に、まだにわかな私が入っていっていいものなのだろうか。

いじわるをされたりしないだろうか。

そんな不安は、当日公演を見たらすっ飛んでいってしまった。

遮るもののない視界。

手を伸ばせば届きそうな距離

しっかりと私宛と認識できるファンサービス

やっべちょうたのしい。

こうして私は、だんだんと公演を見に行く回数が増え、「前方で見ること」にこだわるようにもなっていったのだった。

それから1~2ヵ月経つ頃には、一般的に「追っかけ」というレベルになっていた。

公演には9割方行っていたし、その大半は前方数列以内で見ていた。

地方の公演にも行くようになった。

出待ちも毎回するようになった。

そうするうちに、aさんもAに所属する他の演者も私の事を覚えてくれて、お互い軽口を叩ける位の関係性になっていった。

そうなるともうやめられない。

結果として私は、1年間に70~80公演、イベントも含めると100回近く、それくらいのペースでaさんに会いに行くようになった。

どんなに時間や体力や懐が厳しくても、会いに行くことをやめられなかった。

その頃の生活についてもさらっと触れてみる。

1~3年目は大学生だったので、公演がない日は隙間なくバイトシフトを入れ、単位を落とさない程度に授業に出ていた。

キャリーバッグを持ってバイトに行き、終わり次第夜行バスに乗って地方公演に行ったり、

地方公演に行った後空港徹夜して、始発の飛行機で戻りそのまま大荷物大学に行ったりとなかなかアグレッシブだったと思う。

就活は一応した。就職を機に追っかけをやめようと思っていた。

しかし、結局就職先が決まらずにフリーターをしながら資格勉強をする道を選ぶことになる。

名前が書ければ入れるような大学ではなかったことと、その年の就活事情が「氷河期よりひどい」と言われるレベルだったことを一応言い訳させてほしい……首都圏大卒初任給額面15万(残業代出ない)の求人を蹴ったのは間違いではないと思うんだ……。勿論私が追っかけにかまけて就活を真面目にしていなかったことが一番の原因なのだけれど。

何となく察していらっしゃるかと思うが、フリーターになったことで追っかけはとてもしやすくなった。

よく働いた。そして給料は全てaさんのために。

2年後にようやく就職するまで、私は大学生の時以上に追っかけに精を出すことになってしまったのであった。

なお、資格は3ヶ月で諦めている。費用は全て自分持ちだったので勿体ないことをした。どうせならその費用を追っかけに使えばよかったと未だに思っている。

aさんの追っかけをしていたのは正味5年間くらいだと思うのだけれど、その内4年間くらいはずっと「強火」だったんじゃないだろうか。

さっき、「公演には9割方行っていたし、その大半は前方数列以内で見ていた。」と書いたが、前方数列以内では基本的に満足せず、最前列をいつも狙っていた。

理由は色々ある。

誰よりも近くで見たかったし、他のファンが目に入るのが嫌だった。

それに、最前列にいると「誰よりも近くにいる」という優越感も出てくる。

しかし、まあ、そうなってくると問題も色々起きてくる訳で。

Aでは、最前列で見ている面子ほぼほぼ固定されていた。

その面子の中にはもちろんaさんの他のファンもいる。

中にはAの他のファンと結託してチケットを取っている人たちもいたから、その戦争に打ち勝ち最前列を勝ち取るのは大変だったし、自力で良いチケットを取って最前列でみれたはいものの、他のファンから嫌がらせを受けて楽しめなかったりもした。

それでも、私はaさんを近くでみたかったし、元来勝ち気で負けず嫌い性格なので嫌がらせなんぞに屈する訳もない。

しろ火がついてより一層チケット取りに力を入れることになる。

テクニックで取れる先着順のチケットも、万全を期すために代行業者に頼んだりした。

抽選販売保険をかけて何口も申し込んだ。

手売りのチケットで順番がランダムになっていた時は30枚、50枚、100枚と良席が出るまで買い続けた。(流石に毎回は出来ないが。)

余ったチケットは定価か定価以下で譲りに出していたけど、譲り先が決まらなくて手元に結局残ってしまったことも少なくない。

今でも実家掃除するともぎられていないチケットの束が出てきたりするのはそのせいだ。

もう使えない意味の無いチケットなのに、なぜか捨てられない。

一応金券だからだろうか。いや、多分理由は違う気がする。

私が100枚買ってもチケット完売しないような状態だったから、きっとAにとっては良いお客さんだったろう。

おかげでAの演者たちから、私はそれなりに気に入られていたと感じている。

まあ、客だから悪く扱われないのは当たり前なのだけれど、他の「強火」のファンの中には割と問題児もいたりしたので「相対的に」ということだと思ってもらえればいい。

その問題児についても沢山書きたいことがあるのだが(なんせ面白い話が沢山あるのだ)、長い話になるため、まだ本題にも辿り着けていない今回は自重したい。

詐欺」と「下肢静脈瘤」と「亀によく似ている」いうキーワードだけ置いておくのでもし増田でいつかそんな記事を見かけたらその時は宜しくお願いします。

話を戻す。

私はaさんから、他のaさんファン比較して1番良い扱いを受けていたと思う。

相対的に見てまとも」

「他のファンと揉めない」

「毎回来てくれる」

チケットを沢山買ってくれる」

「気の利いた差し入れ(時に高価なもの)をくれる」

これなら気に入られるのは当たり前なんだけれども。

当時の私も、その事は理解していた。

理解していたからこそやめられなかった。

やめてしまえば、今の「特別扱い」は無くなるとわかっていたかである

私はそのポジションを守るために必死だったから、やってみて評判が良かったことは続けるようになってしまった。

チケットは、もう良いチケットを確保していてもまだ沢山残っていたら追加で買った。

差し入れは、たまにaさんだけではなく他のAの人にもさり気なく配って他の演者から評価も下げないように気をつけた。

他のaさんのファンとも積極的交流をもち、仲良くした。

出待ち自分が話す時間が無くなっても、他のaさんのファンの子を「話しに行っておいで」と送り出した。

全部、最初は打算なくやっていたこと。

たまたま、友人を誘う予定ができたから追加でチケットを買っただけ。

たまたま、お礼をしたいことがあったから他の人にも差し入れを渡しただけ。

私が他のaさんファンから嫌がらせを受けたことがあったから、私はaさんファンに優しくしてaさんファンを増やしたかっただけ。

でも、それに「ありがとう」と言われてしまうと、やめるのが怖くなり自分をどんどん追い詰めていくようになる。

それでも、自分特別だと思っていたし、自分が好きでやっている事だから何も気にならなかった。

けれど、

例えば、自分がどうしても譲れないと思っていた公演で最前列を取れなかった時。

例えば、自分はされたことのないファンサービスを他の人にしているのを見た時。

例えば、相手の機嫌が悪くて冷たくされた時。

_______辛かった。苦しかった。しんどかった。

Aの、aさんの熱心なファンが増えていくほど、そういう事は増えていった。

違うか。

私が、そういう事を前より気にするようになってしまっただけだ。

(だってAの客は5年間で殆ど増えなかったんだもの)(新顔が増えるのと同じくらい前からファンが離れていったから)

自分が強火になればなるほど、その火力は沢山の利益をもたらしたけど、それと同時に私の精神は焼け爛れていった。

幸いにも、5年間の間にAの他の演者ファンで、私と同じようなスタンス応援している信頼できる仲間ができて、その子達と相談したり協力しあっていたか孤独ではなかった。

これが辛いと愚痴を零せば「わかる、私もね……」と話をしてくれ、お互い慰め合い励ましあって。

1人でないことがどれだけ心強かったことか!

けれど、aさんはAで一番人気で一番ファン問題児が多くて一番気分屋だったから、他のみんなより私は苦労することが多かった。

事実はどうあれ、少なくとも私はそう思っていたので、その結果

「みんなはいいよね、私なんか……」

と思う事も一度や二度ではなかった。

その頃にはもう、お金を稼ぐ時間とaさんに会いに行く時間以外はなくなっていったし、稼いだお金はいくらつぎ込んでも足りなかったから、友人からの誘いも断ることばかり。

元々私は多趣味で他にやりたいことも沢山あったけどそんな余裕はどこにもなくて、私の世界はどんどん狭くなっていく。

そしてそうなればなるほど、「私にはaさんしかいない」という盲信は強くなる一方……

舞台の上のaさんをこれからもずっと見ていたい、応援していたい」

そう思って走り始めたはずだった。

それだけならそんなに苦しい道では無かったかもしれない。

けれど、道の途中で美味しい果物を見つけてしまって、気が付けばそれを探さずにはいられなくなってしまった。

道端に落ちていたりたまたま貰えたりすることもあったけれど、いざ探し求めるとその果物は高い木の上や険しい崖の上にあった。

手の届く所にあるものだけでは我慢できなくて、傷だらけになりながらそれを取りに行った。

同じaさんのファンを妬み、仲間を羨み、時にaさん本人すら呪い、正解も終わりもない「特別扱い」を求めて自分を追い詰めていった。



そんな日々の終わりは、意外とあっけないもので。

他のファンに、私が取った最前列の一番いい場所理不尽横取りされたというだけのことだったんだけど、そこで「あ、もういいや」となってしまった。

普段ならそれくらいのことで折れたりめげたりしないのにあの日はなんだったんだろう。

まあ、そんなこんなで私は頑張るのをやめた訳です。

徐々に公演に行く回数も減らして、就職をすることにした。

完全にファンをやめた訳ではなかったけれど、頑張らないというだけでとても気持ちは楽になった。

そうなると公演ものんびりと楽しめるようになる。

どういう訳だか、頑張っていた時のような興奮と感動を味わうことはなくなってしまったのだけれど、穏やかな気持ちでaさんを見られることは悪くなかった、と思う。

特別扱いは無くなるだろうと思っていたけれど、意外なことにそんな事はなかった。

たまに公演に顔を出せばいつもファンサービスをくれたし、たまに話す機会があっても今まで通り。

「そんな事をしても、もう前のようには頑張らないよ」

と言ったことがある。

しかし、そんなつもりはないと返ってきた。

それも含めて営業かもしれないが、私の5年間は一応何かしらの成果を出したのかも知れなかった。

そんなこんなで数ヶ月が過ぎた頃、aさんは突然Aをやめた。そのジャンルからいなくなり、普通の人になった。

最後の公演を観に行くことはなんとなくしなかった。その必要はないと思った。

そういえばその時、aさん宛にメッセージを集めたいとaさんファンの子に言われたけれど、それは断ったのを覚えている。断った理由は忘れてしまったけれど。

こうして、私とaさんの5年間は終わった。




随分と長い昔話になってしまったが、最初の話に戻ろう。

今私は、ある声優さんファンをしている。

去年、友人に勧められて見たアニメで好きになったキャラクターの声を担当していたのがその人だった。

その当時、中の人に興味がなかったので、本来であればそこで終わる話だったのかもしれない。

なのだが、そのアニメきっかけで2次元に出戻り、色々なアニメを見たりアプリゲーをするようになって、その声優さんキャラに惹かれることが多いことに気付いた。

まりにもその人が声を当てている子ばかり好きになるものから、その人の他の出演作を見てみたくなった。

その人本人にも興味が出た。

そんな感じでなんとなくそ声優さんを気にかけるようになって、やがて

「もしかしたらファンなのかもしれない」

と思うようになる。

出演作を追えば追うほど、ラジオやなんかで人となりを知れば知るほど、その人を応援したい気持ちは増していって、

ついに自分がその声優さんファンだと認めざるを得なくなった。

そしてここから、この記事の本題である私の悩みが始まる。

(そう、なんとここまで全て前置きなのである)

私は、「強火」なファンしかファンの形を知らない。

普通の温度で応援するやり方がわからない。

けれど、もう私はどんなジャンルであれ「強火」にはなりたくないのだ。

aさんを追いかけていた頃より歳をとってしまった今の私には、あの頃のような体力も行動力もない。

嫌な思いをしてもその人に会いに行くために全力を尽くすという気概もない。

もう、あんしんどい思いはしたくない。

更に、もし今その声優さんをあの頃の私の温度で追いかけようとした場合時間費用も体力もあの頃とは比べ物にならないだろう。

300人キャパの会場が埋まらなかったAと、売れっ子の若手声優さんでは色々な規模が違いすぎる。

イベントチケットを取ろうとしたってあの頃のようにほいほい最前列が取れるわけもないし、そもそもチケット自体激戦で取れないことだってある。

リプを返してもらえたり、出待ちやなんかで直接話す機会が沢山あったaさんとは違うのだ。

この先その声優さんファンをやってて、果たして直接話せる機会なんて来るんだろうか。

そう、つまり、あの頃と同じことは実際問題不可能

そんなことは私のスッカスカの脳みそでも理解している。

理解しているのだが。

では、どうやってファンをしたらいいのだろう。


ファンである自覚してから、最初に興味を持ったのは声優イベントだった。

元々「見に行く」ジャンルにいたせいだろうか、直接本人が見れるイベントに行きたくてたまらなくなったのである

正直悩んだ。

イベントに行く=ガチ勢、というような印象があったし、aさんを追いかけていた頃の悪い癖が出そうで嫌だった。

間違いなく、行けば深入りするきっかけになってしまいそうだと思った。

けれど、誘惑にはめっぽう弱い私なので、結局、とあるイベントに行ってしまった。

悩んだが、行ってよかったと思っている。後悔はしていない。

「うわーーー生きて動いて喋ってるーーーキャーー」

というクソみたいな感想しか出てこなかったが、実際に生で喋っているその人を見れて嬉しかったし、話し方や表情の動きを見ているだけで本当に楽しかった。

けれど、危惧していた悪い癖は案の定バドバ出てしまう。

その悪い癖というのは、他のファンを観察してしまうこと。

その人の服装、持ち物、連れと来ていればその関係性と会話の内容、

どの程度必死ファンなのか、人間性はどうか、マナー違反をしていないかファンサービスをされているか……など。

まりは、

「あっ、今あの人わかりやすファンサされた。最前列にいるし言動からして熱心なファンのようだし、もしかしたらあの声優さんから認知されている常連のファンなのかもしれない。やだなー、あの人さっき友達割り込ませてたじゃん、そんな人がファンサ受けるなんて……」

というようなことを考えてしまうということである

Aを見に行っていた当時は、

見ない顔があれば観察して、誰のファンなのか、aさんに認知されているのか、どの程度の頻度で来ているのか、最前列を狙うようなファンだろうか、迷惑行為をしたりするような人ではないだろうか……

と、毎回そんな感じで他のファンを観察していた。

観察する理由は色々だが、「知らない人がいるのが嫌」ということにまとめられる。

aさんのことはなんでも知りたくて、それは「どんなファンいるか、そのファンにどんな対応をしているか」という点についても同様だったのである

そして、観察対象自分比較して不安になったり安心したりするのが常であった。

その癖は対象がかわっても治らなかったようで、私はその日、他のファンを観察しては一喜一憂していた。

その声優さんファン層やファンサの仕方を知りたい、という好奇心だけならよかった。

けれど、自分よりも熱心で、沢山その人に会いに行っていて、更に自分より前列で見ている相手がいると勝手に妬み、勝手自分卑下して、勝手に傷ついてしまう。

そんな事をしても無意味なのはわかっている。

「好き」という感情を他人比較することも自分の定規で他人のものまで測るのも、無意味で無様で失礼なことだ。

またマウンティングゴリラになってクソの役にも立たない優越感を味わいたいのかもしれない。マウンティングする力なんてもうないのに。

こういう気持ちを打ち明けられて、相談できる同じ趣味の仲間がいたら、と思う時がある。

けれど、同じ人のファンとは表面上の付き合いしかできる気がしないし、例えば違う声優さんファンだったとしても、過去の私は違う人のファンにまで嫉妬をしてしまっている。

そもそも、こんな面倒臭くて考え方が危ない人間であることを受け入れてくれる人がどこにいるんだろう。

なので、声優ファンの友人を作るのがとても怖い。

先日、同じ声優さんファンの方からTwitterで声をかけられ相互フォローになったが、とても窮屈な気持ちになっている。

私の不用意な発言でその人を傷つけてしまうかもしれない。嫌な思いをさせたくない。

私のこんな澱んだ感情は隠し通さねばならないと思い、息が詰まる。

もうひとつ厄介なのが、Aを追いかけていた頃に培った技術がどうもこのジャンルでも多少有用らしいこと。

最近は二回連続イベント最前列を取ることができたし(これは指定席抽選ではないやつ)、ちょっと取りにくいチケット普通に取れた。

運による要素もとても多いのだが、つい「 このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2017-06-03

オタクへのアドバイス

口呼吸をやめよう

歯を磨こう

鼻毛を切ろう

耳毛を処理しよう

爪は長くなる前に切ろう

眉毛をすこし整えよう

猫背を直そう

髪を短くしよう

独り言をやめよう

毎日ヒゲを剃ろう

毎日風呂に入ろう

穴のあいた服は捨てて新しいのを買おう

汚れた靴はきれいにしよう

舌打ちをやめよう

自分だけ異常にテンションあがってつまらないジョークを楽しげに何度も繰り返すのはやめよう

相手の話をさえぎって自分の話をしないようにしよう

興味ない人に自分の大好きな作品布教するのはやめよう

差別的発言はやめよう

もうすこし落ち着こう

公共の場で大声で話すのをやめよう

くちゃくちゃ音を立てて食べるのをやめよう

箸の持ち方を覚えよう

インスタント食品や肉中心の食生活見直し野菜を食べよう

お酒はほどほどにしよう

歩きタバコはやめよう

スナック菓子を食べ過ぎないようにしよう

水分補給スポーツドリンクがぶ飲みはやめよう

親に暴力を振るうのはやめよう

親の金を盗むのはやめよう

便器の前でズボンを足元までずり下げるのはやめよう

ずるずる鼻をすするのはやめよう

首をぼきぼき鳴らすのはやめよう

他人に何かやってもらったら「ありがとう」と言おう

眼鏡の度が合ってなかったら新しいものを作ろう

社交辞令を真に受けないようにしよう

いつも本音毒舌トークをするのではなくあたりさわりのない社交辞令も言えるようにしよう

電車のドアが開いてもダッシュで席を取りに行かない心の余裕を持とう

イヤホンヘッドホン大音量で長時間音楽聴くのはやめよう

満員電車に乗るときリュックサックは背負ったままではなく手に持つか網棚に載せるかしよう

歩きながら唾を吐かないようにしよう

道端や小便器にガムを吐かないようにしよう

タバコペットボトルや空き缶のポイ捨てはやめよう

部屋にゴミを溜めすぎないようにしよう

部屋の掃除をしよう

睡眠はちゃんと取ろう

インターネットスラング日常会話で使わないように気をつけよう

太っているなら痩せよう

痩せすぎているなら積極的に食べて体を鍛えよう

タイピング必要以上に音を立てる謎アピールをやめよう

頭を振って髪をわしゃわしゃしながら「あー、くそっ」と突然自分自身にキレないようにしよう

料理がまずいとチェーン店店員に難癖をつけないようにしよう

コンビニで長時間漫画雑誌立ち読みするのはやめよう

ブックオフで長時間漫画立ち読みするのはやめよう

図書館で借りた本に書き込みしたり折り目をつけたりするのはやめよう

図書館で借りた本は返そう

他人から借りたものは「返して」と催促されなくてもちゃんと返そう

他人から借りたものを汚したり壊したりしないように気をつけよう

これくらいといった軽い気持ち万引きしないようにしよう

本屋で売ってる本から付録だけ抜き取って何食わぬ顔で持ち去るのはやめよう

カードショップブースターパックを10袋程度取って選んでるフリをしながらひとつかふたつをこっそりバッグの中に入れ残りを元の場所に戻すという見え見えの万引きはやめよう

家の壁を壊さないようにしよう

自傷行為はやめよう

ドラッグには手を出さないようにしよう

飲酒運転はやめよう

文化財落書きするのはやめよう

などなど

2017-05-17

機能不全家族思春期海外渡航したら鬱になって人と会話が出来ない

私は思春期の数年を海外で過ごし、大学入学とともに帰国した、いわゆる帰国子女だ。

そしてたぶん、機能不全家族育ちだ。

色々あって、自分がわからなくなって、人と会話が難しくなった。

世の中の帰国子女といえば自信に溢れてきらきら活躍している人が多くて、自分との格差にどんどん自信を失っていく。

相談しようにも、相談できる人も、同じような境遇の人も、そういったことを専門にされている方とかも見つからなくて、誰かいないのかなと思ってすこし書いてみることにした。

.

インターネット上で、機能不全家族とか毒親というワードをよく目にするようになった。専門家の方が書いた本を読んだりネット当事者の話を見ている中で、自分の生きづらさの正体が分かってきた。

機能不全家族×思春期海外生活」のコンボだ。

海外赴任などで家族移住する場合、子にとって家族関係が良好であることはすごく重要だ。学校生活が完全にアウェイ状態から始まるのだから、心の退避所たる家庭が安定していることに越したことはない。

私の家庭はたぶん機能不全家族で、家の中での母国語コミュニケーションもままならないのに、海外に行った上に現地の学校入学してしまったものから、家の外でも言語的に孤立してしまっていた。

家では母国語OKだが健全コミュニケーションが少なく、外では言語不自由コミュニケーションに苦労した。

苦労して、挫折したのだけれど、親は放任主義であまり助けてはくれない。というかそもそも私の家族には会話が少なく、「相談する」という文化もなかった。日本にいた時から学校での出来事を聞かれることもなかったし、話そうと思うことも少なかった。「授業はわかる?」とか、「先生はどう?」とか、親の側から声をかけてもらうことがなくて、それが当たり前だと思っていた。

最悪なのは車社会学校も遊びも親による送迎で行動しなくてはならなかったこと、ビザ関係アルバイトも出来なかったこと。金銭的にも自由がなくて、意識を外に向けることが出来なかった。ひたすら学生として最低限の通学と勉強だけをして、帰国を夢見ていた。帰国さえすれば、昔の友達に会って、働くことも出来て、言葉心配もいらなくて、、

外国でひとりで外を出歩くのは危ないと思い込んでいたし、学校⇔家のガチガチに固まったループから抜け出したいという思いをもつことも悪いことのように思えていた。

今あの時の自分と話せたら、「外はそれほど怖いところじゃないし、ネットで調べてどこにでも行きな!やりたいことやっていいよ!」とか言ってやりたい。

滞在中は「このつらい滞在を耐えて日本に帰りさえすれば楽しい日々が戻る」とひたすら思っていたのだけど、いざ日本に戻ってきたらコミュニケーション経験が乏しすぎて浮いてしまい、それを気にして自意識過剰になり、鬱になり、家族関係悪化し、なんとか取り戻そうと情報を集めたり考えたことをノートに書き留めたり新しい場所に飛び込んで沢山人と会ったり通院したりカウンセリングを受けたりしてみたが、どんどん悪くなるばかりで帰国10年近く経った今 ほんとうに人と会話ができなくなってきてしまった。マズイ。

なんだかもうよく分からないのだけど、本当にコミュニケーションが上手くいかない。

返答が思いつかないし、思いついてもしっくりこないのだ。

人との会話で、些細な雑談でも一言ひとことの返しに「適切さ」を求めて、すごく考えてしまう。

海外生活の中で外国語発言をする時「どういう表現をしたらいいんだろう?」とか、いちいち考えながら喋らなくてはいけなかったのも一因かも。

「こう言われたらこう考えてこう返すべき、というパターンがある筈なのでそれを探して返さなくては」、っていう思考に取り憑かれてしまった。

正解のパターン候補として幾つかの振る舞いのパターンが脳裏に浮かんで、その是非を検討する。

教科書通りのような会話ならこうかな?(自信はない)」「憧れのAさんだったらこうするだろうけど私がそうしたらこの人はびっくりしてしまうな」「この間同じような場面でBさんはこうしていた」……

自分に素直になりたい!とは思うんだけど、自然に浮かぶはずの「自分きもち」がなかなか出てこない。

ありがとう」「ごめんなさい」「恥ずかしい」くらいは出てくるんだけど、どうしても咄嗟無難な答えを作ってしまう。

加えて帰国後は、帰国子女いじりを気にしすぎたせいで、「普通ならどうするか」、「相手がどんなことを期待して接してきているのか」を考えるようになっていった。また、母国語で考えている時と第二言語で考えている時で性格がすこし変わってしまうことに気づいてから日本語でも外国語でも口にすること全てが自分本心ではない気がしてきて、ますます自分がどういう人間なのか分からなくなってしまった。

この表現力の問題は鬱になってからさら悪化した。頭が回らなくなって、少ないながらも以前は使えていた語彙さえも出なくなったし、とっさの逃げ道の冗談なども思いつかなくなった。

いまでは相槌を打つのが精いっぱい。

人と話す時、フルオートでにこにこしてしまうし挨拶くらいは出来るので第一印象は良いらしいけど、味気のない相槌しか打てないし話題も振れない。たまに話せても的はずれなことを言っていたり、浮いたことを言っていたり、無理してる感じがしてたり、そんなつもりは無いのに帰国子女感のあるドヤ顔発言みたいになっているみたいで脳内反省会が白熱してしょうがない。

そしてそれが嫌で会話の場から逃げたくてしょうがない。

だれとも一線を引いた付き合いになってしまって、どんどん孤独になっていっている。

この文章もかなり絞り出して、可能な限り本心に近づけて書いた。自然に出てきたものではない。

こういう人いない?いないの?

こういうのってどうやって解決していったらいいんだろう?

ネットにいる機能不全家族とか毒親持ちの方は何だかんだで結婚されていたりして、自分の居場所ができていて羨ましい。

私もなんとか実家は出て経済的にも独立したけど、家族距離を置く中でいよいよ社会から孤立してしまった感じもする。

私はこれからどうやって人間関係を作っていけばいいんだろう。

しかし、これを書いていて改めて思ったけど、自信のなさとか心の弱さは生まれつきな気がする。

海外生活なんて貴重な経験させてもらったのにな。なぜ活かせなかったのか。

強くなりたい。誰かと自分言葉で話してみたい。

早く安心したい。

.

場所お借りしました。長い文章すみませんありがとう

2017-05-14

感謝と賛辞のインフレーション

感謝したり、褒めたりすること。

「ありがとう」「すごい、さすがだね」とか、口にして相手に伝えること。

いわゆる耳障りの良い、相手が喜ぶであろう、そんな言葉を伝えること。

もちろん悪いことだとは言わないのだけど、昨今の優しい時代を背景に、より「過剰に伝える」のがトレンドになっているような気がする。

場合によっては(そうは思ってなくても、それほど強く思ってなくても)とりあえず3割増しくらいで褒めておけ、感謝しておけ、的な空気がある、ような気がする。

自分はあまり褒めない両親のもとで育った影響か、強い謝意や褒めそやしは、どうしても鼻白む。

照れとかでなく、しらけるのだ。もっといえばバカにされているような気さえする。

もちろんこれは「評価」とは別物だ。

多くのひとは、何かの一部(家族とか生徒とか社員とか)として生きていて、その中で果たすべき役割を(人から求められたり、自分が決めたりして)持っている。

で、その役割評価するのなら理解できる。

私も評価されるのは好きだ。自分がなにかしら機能している実感が持てるから

一方、過剰な感謝や賛辞は、する側の絶対評価であるから、何かを推し推し量る材料にはならない。

同じ言動をしても、褒めたり感謝したりするひとがいる一方、それに値しないと(なんとも)思わない人もいる。

また、大してなんとも思ってなくても、数割増しで感謝とか賛辞を伝えてくる人もいる。

そんな毒にも薬にもならないような相手言動自分に耳障りの良い言葉を伝えてくれた事実)に、いちいち気を使って振る舞わなければいけないのが、心から面倒くさい。

ありがとうって、有ることが難しいって書いて「有難う」なんだから、これ以上価値を下げなくてもいいんじゃないかなあと思いつつ、世の中が豊かになって余裕ができた証かも、とも思っている。

2017-05-13

先週、姉の結婚式があった

父と姉が手を繋いでバージンロードを歩いてきた。無口で、泣いてるところも見たことのないとても寡黙な父親が涙を流しながら歩いていた。

その繋いだ手を新郎の手に渡す時、自分とその横にいた弟も泣いていた。嬉しいのが寂しいのかよくわからない気持ちだった。

自分別に姉と特別仲が良いわけでもなかったから、結婚の報告を聞いた時も特に強く何かを感じたわけでもなかったし、式にもそんなに期待みたいなのはしてなかった。

でも当日は泣きっぱなしだった。

式中も披露宴の時も、3人兄弟遊んだ昔の記憶が時々蘇ってきて、寂しくて仕方がなかった。

両親は自分以上に姉と長い時間を過ごしてきたのだから、余計にそれを感じていると思う。

そして目の前で幸せそうに立っている姉を見るだけで目に涙が溜まった。

姉の「ありがとう」という言葉がその日はやたら強く感じられたのを覚えている。

披露宴最後両親への手紙での「私は今幸せです」という一言と、それを聞いて泣く両親の姿を見れただけで、この日を迎えられて良かったと思う。そしてこの家に生まれて良かったと感じた。

自分彼女もできたことのない男だけど、頑張ろう、と幸せな姉を見て思った。

2017-05-05

http://anond.hatelabo.jp/20170504175315

これがあの、某ドラマ

SAJの3段活用かぁ!

「すきです」

「ありがとう」(でも興味ない・・・

冗談です」

死んだな。

2017-05-01

http://anond.hatelabo.jp/20170501015340

じゃあ主婦はどこで承認欲求満たせるっていうのかね

食事食べる家族の「おいしい」や

洗濯掃除してもらって「ありがとう」普段や以前から足りてなかったか

承認欲求モンスターになったのでは?

増田だって子ども作るようになったから分かるのでは

自分がやることやってないのに

相手勝手毒親認定する奴いるよな

2017-04-30

5/15を待つ

今年ほど「母の日」の広告が心に痛い年はない。

軽度認知の疑いがある母の身勝手暴言がそろそろ一年かと気づかされる。

感謝?何を?と、宣伝文句辟易しながら街を歩く。

世間から「お前は何故生んでくれた母親感謝できないかと」と言われ続けているようだ。

母の誕生日は祝ったが、母の日スルーする予定。

早く5/15になってほしい。

(追記)

書いてみて、少し落ち着く。

こんなことを本人に言えずに匿名にぶんなげるような人間

ここまで生かしてくれたのは間違いなく母なのだ

まったくの感謝ゼロではない。おそらく。

でもどうしても、いまの心境で母に「ありがとう」と言えることがないのだ。

薄情なバカだ。

2017-04-26

童貞ソープで捨てた

今まで25年間の人生彼女ができたことがない。

一生懸命恋愛しようとした。オシャレの勉強もした。女子が好きそうなカフェも探した。一生懸命LINEのやりとりしたりして、頑張ってアタックした。デートにこぎつけた人もいた。

なけなしの勇気を振り絞って告白もした。だけど、どの人もダメだった。自分恋人として、異性として見てもらえなかった。

そんなこんなで童貞のまま25になった。

このまま死んでしまうんじゃないか。誰にも求められないまま、誰かと愛し合う喜びを知らないまま、死んでしまうんじゃないか。そんな気がした。一人ぼっち未来が見えて、苦しかった。

友人に童貞であることを話した。そうしたら、風俗童貞を捨てることを勧められた。とりあえず、一回女の子身体を知ることは悪いことじゃないと思う、と言われた。

ものは試しだ。もうこの際、体裁なんて気にしていられない。ともかく、愛し合う喜びを、バーチャル恋愛ごっこでもいいから知りたいと思った。

Google検索して出てきたソープに予約の電話を入れた。年上のお姉さんを指名して、当日をまった。怖かったけど、決めたことだからやりきろうと思った。

当日。東京の某所で待ち合わせて、車でドライバーさんにピックアップしてもらって、吉原遊郭に行った。

お店に入って、お金を払って、アンケートを書いて、自分名前が呼ばれるのをまった。

名前を呼ばれて、部屋に行った。

風呂場にベッドがついたような不思議空間だった。

自己紹介をして、自分童貞であることを、風俗が初めてであることを伝えた。そうしたら、リードしてくれた。どうしたらよいのか、一から丁寧に教えてもらった。

自分で服を脱ぐように言われて脱いだら、今度は、お姉さんの服を脱がせるように言われた。

恐る恐る、お姉さんに触れた。まるでガラス細工に触るかのように。ゆっくり、丁寧に、一枚一枚脱がせた。

下着姿になった。アダルト雑誌の表紙とかでしか見たことがない女性の下着姿。それが目の前にあることが信じられなかった。下着もとってほしいと言われた。

恐る恐る、ブラを外した。パンツも恐る恐る下げた。

お姉さんが裸になった。

美しい、と思った。不思議と興奮はしなかった。ただ、美しいと感じた。女性身体ってこんなにきれいだったんだって思った。

胸のふくらみも身体のクビレも、局部の花びらも、脚の曲線も、全部が美しくて、愛おしかった。

気がついたら、ベッドでお互い横になって思わず抱きしめあっていた。

キスをした。その優しい微笑みが愛おしくてキスをした。女の人の唇ってこんなに柔らかかったんだって思った。

身体をなでるように触った。胸の膨らみも初めて触った。やわらかくて、すぐにとろけてしまいそうだった。

いい匂いがした。星野源は「くびすじのにおいがパンのよう」と歌ったが、そんな感じだった。甘い、優しい香りだった。

胸をしゃぶった。ガラス細工のように繊細なこの女性乱暴にしてはいけない、と思った。だから、愛おしむようにしゃぶった。

気持ちよさそうに喘いでくれた。お芝居だったのかもしれないけれど、それでも嬉しかった。

お姉さんは僕の息子に触ってくれた。こんなクソ童貞局部なんて大した価値もないだろうに、まるで子どもを愛おしむ母のように優しく触ってくれた。

僕の息子をしゃぶってくれた。舌触りでわかる。本当に、大切にしてくれた。とても気持ちがよかった。

お姉さんの局部も見せてもらった。初めてみる女性の花びら。

綺麗だった。全てを包み込むような、そんな感じがした。

「指をいれてみて」と言った。入れてみたら、中は暖かかった。ここに僕の息子が入るのかと思うと不思議だった。

お姉さんは「舐めてみてほしい」と言ってくれた。やり方がよくわからいから、恐る恐るだったけど、舐めてみた。舌使いは下手くそだったろうけど、できるだけ丁寧に、目の前の人を愛おしむように、花びらが痛くならないように一生懸命舐めた。

「優しくしてくれて嬉しい」と言ってくれた。

僕の息子が勃起して固くなっていたので、「中に入れてみる?」とお姉さんは言った。

本当はそのままの衝動に駆られていれたい気持ちでいっぱいだったけど、星野源が「セックスするときはちゃんとゴムつけろ」って言ってたから、ちゃんとゴムをつけた。

恐る恐るいれた。お姉さんが花びらの奥に導いてくれた。

暖かかった。包まれているような幸せな感じがあった。

腰を一生懸命動かしたけど、うまくいかなかったから、お姉さんに動いてもらうことにした。

すごく興奮した。気持ちよかった。一人でしごいていたのなんて、比にならないくらい心地よかった。

動きながら、キスをした。胸のふくらみもなでた。愛し合うってこういうことなだって実感がもてた。

今までずっと空っぽだった心が満たされた気がした。

興奮が最高潮に達して、イッた。お姉さんの中に(いや、厳密にはゴムの中にだけど)僕の白いカルピスが出てきた。

イッたあとにお姉さんが察してか、キュって締め付けてくれた。僕の息子のカルピスを求めるかのように。

カルピスが出終わった時、お姉さんの外に出た。

「たくさん出たね。興奮してくれたんだね。ありがとう。」と言ってくれた。

またキスをした。バーチャル恋愛なのはわかっている。わかっているけれど、目の前の人が愛おしくてキスをした。

「ありがとう」と僕も言った。

その後も、あんなことやそんなことをしながら、イチャイチャしてすごした。愛し合って、お互いを愛おしんだ。

そして時間が来た。お別れの時間だ。

終わってほしくなかった。こんなにも愛しあった人と離れてしまうのが苦しかった。

手を繋いで出口にむかった。

「初めての体験に私を選んでくれてありがとう。優しくしてくれてありがとう。」とお姉さんはいってくれた。

「僕の初めてになってくれてありがとう」と僕は言った。

そして別れた。

自分人生で一番濃密な100分だったかもしれない。こんなにも愛おしい気持ちになったのは初めてだと思う。

バーチャル恋愛ごっこなのはわかっている。だけど、間違いなく愛し合っていた。求めあっていた。本当の恋人と求め合うのはこんな感じなのかなと思った。

そうして、僕の100分間は終わった。

そして日常へと帰った。

これからどうしたらよいのか、わからない。だけど、一度でも「愛し合う」という経験をしたことは無駄じゃないと思った。

世の中の童貞諸君。一度、体験するのは悪くないと思いますよ。僕はバーチャル恋愛ごっこであっても、「愛し合う」という行為尊いものだと思った。

今は恋がしたい。バーチャルものじゃなくて、本当の恋。そうして、本当に好きな人と肌を重ねたいと思った。

できるかな。できたらいいな。

2017-04-25

「ありがとう」って言えばいいのに

仕事から帰ってきて、お風呂に入っている間に洗濯機を回して。

風呂から出たら夫は寝室でゴロゴロ

私はドライルーム洗濯物を干す。

洗濯物を干し終わった頃に夫はやってきて「言ってくれたら手伝ったのに」だって

いやいやそこは「ありがとう」でいいでしょうよ。

残業して疲れてるんだろうし、別に手伝ってもらうほどの量じゃなかったから声をかけずにちゃちゃっと終わらせたんだから

私も今、増田に書いてることをパッとその場で言えりゃいいんだけど、頭の回転が遅くってその場じゃ言葉が出てこないのも悪いなぁ。

私のほうこそ「ありがとう」って言えば良かったんだなぁ。失敗したなぁ。

2017-04-20

感謝しろ感謝しろって簡単に言うけど

子供相手何言ってんだこいつらって思う。

http://anond.hatelabo.jp/20170419231430

昨日からこの投稿話題になってからずっとモヤモヤしてる。

そりゃこの養父は偉い。少なくとも金銭面では立派だ。

そこそこ大きくなってから扶養しなければならなくなった娘を大学まで行かせるわけだからあっぱれだ。

しかもそれで実子である妹の学費が圧迫される可能性がある状況だと言うのだから

他の面は知らないがこの点で養父は間違いなく立派と言える。

でも養父感謝しなければならないのは連れ子ではなく母親じゃないの。

養父には養父になった以上実父のように連れ子を養育する義務がある。

連れ子はそれを享受しただけだ。ただそれだけ。

なのに外野がやれ養父感謝しろ養父の寛大さが解らぬ愚か者だの寄ってたかって連れ子を糾弾する。

そりゃ感謝はすべきだ。でもお前ら冷静に考えろ。

Aさんの奢りでめたくそ美味しい飯屋で食事する事になったとする。

そこで店員や他の客から寄ってたかって

「こんな美味しい食事をおごってもらって貴方幸せね」

「奢って貰える事に感謝しろ

「今この席に座れてるのは○○さんのおかげだということを忘れるな」

なんてギャーギャーギャーギャー食事中に言われてみろ。

絶対食事がまずくなる。

入店した時には心いっぱいにあった感謝気持ちがすーっと失せていく。

こんなんだったら近所の吉野家牛丼並盛食ってた方が良かったわってなる。

それでもその状況が続くとAさんがこんな席を設けたからこんな目にあってるんだ…ってなる。

ならない?私だったら絶対なる。もうAさんの顔見るだけで嫌になりそう。

そんな時に少し遠い席で同じように奢って貰ってる子が誰にも揶揄されず呑気「おいしー!」って言っててみなよ。

もう惨めだし妬ましいし消えてなくなりたくなる。

連れ子の人生でこういう局面で要所要所である

本人だって解っちゃいるよ。でもその感謝しろ弾圧がたまにクソ重たくなるんだよ。

能天気に「おいしー!」って言いたかったし、言ってみたいんだよ。

そしたら「ありがとう」って言葉自然に出るよ。でも言いたくなくなるんだよ。

我儘だとか甘えとかいう人も居るけどさ、子供子供らしく我儘言ったり甘えたりして何が悪いのさ。

勿論度が過ぎたら問題だし躾はしなきゃいけないしもう間もなく大人と呼ばれる年齢になる彼女だけど、

それを目一杯許されるべき子供時代に許されなかったから今苦しんでるんじゃないの。

その苦しさを一番理解してほしい肉親に訴えて一蹴されたらそりゃ悲しいよ。

だって「お前程度の人間にはその待遇妥当なのに何文句言ってんの?」って言われたような気分だもん。

そりゃ人それぞれ悩みもハンディもあるし、上見たらキリが無いように下には下が居るものだけど、

からって増田の苦しみは軽減されないし無かった事にはならんじゃないの。

骨折した人が目の前に居ても箪笥の角に足をぶつけたら痛いし、

アトピーで全身真っ赤になってる人の隣で蚊に刺されたら痒いわけだよ。

増田だってそうだったってだけじゃないの。

まぁここはインターネットからね。あぁいうコメントが付くのは当然と言えば当然なんだけど。

勿論それを考えて投稿すべきだと思うんだけど。

感謝しろって言葉は案外重いんだよなぁ

2017-04-16

君はフェラチオをしたことが無いのに、人にフェラチオをさせるのか?

私はスマートフォン向けのアプリを開発している。

アプリを開発するからには、自分も他社アプリを使いこまなければ、

いいアプリというのは開発できないと考えている。

本題に入る。

フェラチオをしてきた話である

私はゲイでは無いが、昨日、フェラチオをしてきた。

まず、バックグラウンドを書いておこう。

私は男である

恋愛対象女性であり、男性を好きになったことは無い。

まりストレートであり、バイセクシュアルゲイでは無い。

失礼に書こうと思えば、いくらだって書けるし、

おもしろおかしく書こうと思えば、いくらだって書けるんだろうけど、

それは絶対にしたくない。

この先、ゲイの方やその他の方にとって、失礼な気分になる記載があるかも知れないが、

そのような意図は無いことを宣言しておきたい。

自分ブログで書いても良かったんだけど、アドセンスに弾かれるのは目に見えているので、

匿名ダイアリー記載させてもらう。


昨日、人生で初めて、フェラチオをしてきた。


他の人との性行為を覚えて約10年が経つ。

これまで、フェラチオをお願いしたことは多々あり、

端的に言って、フェラチオをされることは大好きだった。

この前、ふと気がついたのだ。

「あれ、俺、フェラチオ、したことない」って。

こんなひどい話はあるだろうか?

自分快楽のためだけに、自分がどのように行うのか分からない行為をお願いするのは。

そこでニューハーフ専門店電話をし、予約をお願いした。

竿あり・なし、玉あり・なしの嬢がいて、

竿あり・玉なしの嬢をお願いした。

待っていると部屋のチャイムがなり、すらっとした美女が立っていた。

道ですれ違ったとしても、綺麗な女性だと思うだろう嬢であった。

あと、すごい良い匂いがした。



まず、嬢には

女性しか、そういった行為が無いこと

・もしこのようなお願いが失礼だと感じたら、お金は払うから帰ってもいいということ

人生の幅を広げたいので、今回、お願いしたということ

を伝えた。

もし、失礼だと思ったら、帰って良いというと、

別に気にしない」という回答だった。

そうか、嬢にとっては客の1人でしかなくて、

どう考えているとか、なぜここに来たとかどうでもいいよなと笑ってしまった。

「してほしくないことは絶対にしないから、言ってくれ」と伝えると、

「分かった」と高い声で返してくれた。



長く文章を書こうと思えばいくらでも書けるので、

ここからは端的に記載しよう。



・息子のウラモテ問

ここから男性の息子を表側を男から見えている部分、

裏側を玉と接している部分とする。

そうか、男が息子の表側だと思ってた部分(上側)は、

女性にとっては裏の方とも取られかねないなと思った。

裏の方を重点的にお願いしますと言っても、

表側を責められてしまい、なに考えてんだと思っていたが、

その理由が分かった。

フェラチオをする側にとって、見えている部分は裏側であることが多いのだ。

あ、そうか、そういうことか。と思った。

体験してみて、本当に良かった。



果たして興奮できるのか?問題

すごく綺麗な嬢であったため、全く問題なかった。

魅力的な女性に息子が付いている感じだ。



フェラチオ難しすぎ問題

一番、気になっていた部分であった。

してもらったことは多々あるため、うまくできると思っていた。

しかし、全く違った。

歯を立てないようにするのが、本当に難しかった。

顎、首、口の負担が異常すぎる。日常生活で味わったことがない疲労感だ。

おばあさんの真似(上下くちびるで歯を隠す)のようにしなければ、歯を隠すことができない。

それだけではダメで、首を前後上下に動かさなければいけない。

ずっと口を不自然な形で大きく開けながら、顔を動かす。

これは本当に至難の技である

また、フェラチオをしながら興奮する女性もいると思っていたが、

ほとんどいないと思う。だって辛すぎる。こんなこと、2分もしていられない。

私はこんな苦行を、当たり前だと思ってお願いしていたのだ。



嬢とはシャワーを浴びて、消毒液で一緒にうがいをしたのちに別れた。

「ありがとう」と伝えると、「こちらこそありがとう」と返してくれた。

思春期から女性ホルモンを打っていて(これ高いと思っていたが、1回1000円くらいだそうだ)、

悩んだ時期もあったが、去勢をして(玉を取って)、今は都会に出て、

女性として生きて行くことができて、嬉しいと言っていた。



彼女には幸せになってもらいたい。

そして、今まで私にフェラチオをしてくれた人にも幸せになってもらいたい。

これからフェラチオをしてもらったら、せめてその5倍くらいはお返ししたい。

初めて、フェラチオをしてくれたことへの心から感謝ができるようになったのだ。

そして、フェラチオを当たり前の女性から行為だと思っていて、

半ば強制のようにフェラチオをお願いしていた、過去自分男性に言いたい。



君はフェラチオをしたことが無いのに、人にフェラチオをさせるのか?

2017-04-02

レゴランド

http://fut573.com/compare/?url1=http%3A%2F%2Fjp.techcrunch.com%2F2017%2F01%2F10%2Fline-shimamura%2F&url2=http%3A%2F%2Fblog.livedoor.jp%2Fnwknews%2Farchives%2F5195487.html

1:「お前が言うな」の声も想定していた——キュレーション騒動を受けてNAVERまとめが新方針を打ち出した理由 | TechCrunch Japan

2:本日オープンレゴランド理想現実wwwwwwwww 食事も酷すぎと話題に:哲学ニュースnwk

b:id:kibarashi9

1:これだけ時間かけて考えた言い訳がこれか。

2:なんか、ネットゲームが身近になったし、VRもあるしで、テーマパークいらんわ感強い。

b:id:wow64

1:NAVERまとめが役に立った事はないし、今となっては押し間違える事もないから正直どうでもいい。みんなも「楽して儲けてるやつが憎い」以外の感情はないのでは。

2:東武ワールドスクエアかな?とおもったら東武ワールドスクエアのほうが出来がよかった。

b:id:iasna

1:年越してこれかいな。誰も検閲するやついないのかよww

2:水すら持ち込みできなくてこれはないわ

b:id:watapoco

1:この件、企業側のコメント読むほどクローズすべきevil存在しか思わない。サラリーマンとしてクローズせよなんて思うこと本当にないけど、これはだめだ。

2:日本人食べ物にだけは異様に厳しい。ランチ炭水化物炭水化物ジュース菓子(全部糖質)とか舐めてる感出すとやばい子供向けなら尚更。食べ物でへくるとその後は険しい。

b:id:YukeSkywalker

1:“ネット界隈で有名な人に引用されたら「ありがとうございます」となるのではないでしょうか”役員からしてこの認識とか、ほんまクズやな。

2:入場料がUSJTDR並みな時点で勘違いしてるやろ

b:id:kaipu1224

1:有名な人に引用されたら「ありがとう」馬鹿なの?

2:素直にマクドナルドでも誘致したほうがマシなんじゃ

b:id:japonium

1:はいはい想定内想定内堀江みたいに務所にぶち込まれとけ。(釣りタイトルは開かないで文脈を読まず御希望通り釣りタイトルだけで判断して飛び蹴りし炎上を加速させるのが得策だとツイッターで学びました。)

2:只でも悩む。恐らく娯楽の少ない人口密集地のヨーロパの市街地とかじゃ無いと成り立たんな。

b:id:paradisemaker

1:「権利」というものを全く理解してないんだな。引用されて嬉しいかどうかを決めるのは権利者であって、提供者じゃないんだよ。問われてるのは権利侵害が野放しになってることなのに、自分達の話ばかりで意味不明

2:予想を超えるショボさだったww

b:id:hatomugicha

1:検索エンジンの次を目指すとこで諦めたけど、美味しいラーメン屋まとめはニュースサイトが専門分野のライターを雇って取材すべき話を載せるべきで、広い間口で選別もしなけりゃ2ちゃんねると変わらない

2:名古屋駅に大量にできたホテルレゴランド需要だと聞いた事があるけど12ヘクタールと聞いてやっぱりリニア新幹線を見越して何だなと思った

b:id:hirolog634

1:長々と言い訳ができるか、批判無視できる面の厚さがある方が出世されていく会社という印象。

2:USJ試行錯誤の長い時間があってから、回収、投資フェーズと進むことができた。レゴランドは大切なフェーズをすっ飛ばしている。最初の印象を変えるには長い年月を要する事になるだろうな。


http://anond.hatelabo.jp/20170402084207

2017-03-30

けものフレンズ「ありがとう」

おっさんになると

誰かから愛をもらうことが少なくなる

いっそあげて当たり前

上京して、1人ぐらしで、仕事に明け暮れる毎日な俺みたいなやつは特にそうだ

 

けものフレンズを作る際、子供からおっさんまで、癒やされるような作品にしたいよねという考えがあったらしい

そしてそれは最高な作品となって提供された

そのために、スタッフが頑張ったのを知っている

 

から「ありがとう」という言葉がしっくりくる

素敵な作品を作ってくれた制作者(フレンズ)に、ありがとう

 

2017-03-26

http://anond.hatelabo.jp/20170326153223

どうせパヨチンは何聞いたってパヨパヨしか言わないバカなんだから

我々自民党の言うことを黙って聞いて

就職し、親に「ありがとう」感謝気持ちを述べ、礼儀正しく生きろ

そうすれば盆暮れに親戚がお前の家に来てもお前の居場所はある

金銭感覚の違いで罅が入る友情は偽りの友情

学生時代、みんなそこそこお金が無い時代

5~6人の仲が良いグループにいて、だいたい2~4人ぐらいで暇な人間集めて週に何度も遊んでた

お金ないけど、みんな酒飲みだったから酒は飲みたい

誰かの家だったり公園だったり、近所の国立大学敷地だったり場所はとわず

一緒に居るのが楽しかったし、お金なんてある奴が払えばいいってみんな思ってた

みんなそこそこバイトしてたり、高卒仕事してたり

「酒かおーぜ!」

「安いかジンテキーラだったりヲッカだったり)のボトルでいいよな」

「俺ストレートで飲めないかコーラ買って」

みたいな感じでコンビニの籠に酒やらつまみやらほりこんで。

「2000円やって」

「俺金持ってない」

「何百円あるの」

「300円、明日の昼飯代」

「今度払えよ」

今日金持ってるから1000円払っとくんであと出しといて」

みたいな感じでいちおうは割り勘だけどお釣とか適当だし、ずっと金欠の奴いたらいっつも少な目に払ってた

会社に入ってから

「飲みにいこー」

給料日前だからお金ない」

「じゃあ、あとの3人で割るから

みたいな感じ

お金があったりなかったりする奴は払ったり払わなかったりだし

大体金欠マンは大体「1000円しか払えないけどいい」とかいって他に負担してもらう

そんな感じで生きてたし、今もそうだから

友達と金感覚がずれたから付き合いずらくなるとかいう話が全然からないというか

それって友達ちゃうちゃうん? って思う

まあウチの友人が基本的に贅沢を嫌うというかただ高いものに魅力を感じないタイプ

無駄遣いしないから他の人間よりも金銭的余裕があったというのもひとつかもしれないけど

もう40代が近づいて来て当時の友人に社長もいれば派遣社員も居る

「飲みにいこーぜ」(社長

「今月金ない」(派遣

「おごるから」(社長

「ありがとう」

ですむんだけど。

おごられるほうも別にプライドないわけじゃない

こう書くと誤解されどうだけれど、

奢られるほうも、相手が奢る金額よりも一緒に居て楽しい時間価値見出してくれてると思ってるから

小学校の時に小遣いいっぱい貰ってる同級生にみんなでたかってたり、そんな経験もあったし

お金ってみんなで共有したらいいじゃんって思うの

あと女子って割り勘とか細かそうだなって印象

2017-03-19

東京は人の想いで造られた街である、という話

過去に読んだこのエントリがずっと自分の心に残っていた。

東京には何もない、という人の話 | たまのもり

東京って、遊ぶ「結果」はたくさんあるんだよね。


エントリの中のこの言葉が印象的だった。数年前に東京に移り住んだ自分が感じていた違和感を、みごとに言語化してくれていた。色んな人によって作られたコンテンツという「結果」を消費するだけの街。そこに生きる意味は何があるのだろうと、そんなことを考えることが増えた。だけれども、最近はそれだけじゃないと思うことが増えた。山形でも福井でもなくて、東京からこその景色が素敵なんだよと。そのことがようやく言語化できたので、この素敵なエントリを書いてくれた方に対して、自分なりの「東京」を伝えられたらなと思って、増田に書くことにした。

私にとっての東京は、たくさんの人の想いによって造られた街だ。どこに行ってもそう思う。そして、それはすごく素敵なことだと思う。

新宿の街を歩く。ネオンが輝き、景観とは何かと問いたくなるほどの広告が目に入る。でもこれは、「何かを伝えたい」という人たちの想いの結果だ。自分の作った製品サービス自分のお店、そんなものをどうやって伝えたらいいかを「誰か」が必死になって考えた結果だ。それを考えたのは本人だけじゃない。広告代理店の人や印刷会社の人、裏側のシステムを作っているエンジニアの人、そんな人たちみんなの想いがひとつ広告になっている。そしてそれらが、どこを見渡しても存在している。そこには、人の想いがいやというほど溢れている。誰かに何かを伝えたい。たったそれだけのことなのに、そんなことを必死に考えている人がこんなにもいるという事実が、「東京」なんだと思う。

中目黒の街を歩く。30年前は何もなかった場所なのに、今では多くの人が訪れる素敵なお店や、歩くだけで楽しめる街並みが造られている。でもそれは、街に人を呼ぼうと、街を活気づけようと、当時の役場の方たちが知恵を絞り、地元人間を説得し、施設を誘致し、ランドマークとなる建物を作り、そして様々な手段プロモーションを行った結果だ。当たり前のように通っている道のタイルの一つ一つにまで想いが込められていて。そこにどれだけの人間が、それこそ自分人生をかけて関わっていたのか。そんな街が素敵じゃないわけがないと思う。自分の好きな街を、守りたいと思った街を、見事に守り抜いた当時の彼らのことを思うと私は頭が上がらない。ありがとうといいたい。そんなことは「結果」だけを見ると気付くことはない。だけれども、ふと周りを見渡したり、歴史を見返したりすると、そこには色んな人たちの大切な想いが溢れている。

東京駅で降りる。田舎に帰る前に、人の多さにうんざりしながらも「東京」の縮図を満喫する。これでもかという土産物の多さ。壁に貼られた広告駅ナカ食べ物屋さんや雑貨屋さん。その全てが、誰かの想いの結果だ。東京駅という、日本で一番利用される新幹線の駅で勝負していくという彼らの強さ。そこに至るまでのオトナなやり取りや、経営面での苦労、お客さんの笑顔。そんなものが詰まった場所が、東京駅だ。地方から来た人が一番最初に触れる東京であり、一番最後に触れる東京にも、人の想いが敷き詰められている。そんなことを思いながら新幹線に乗り、地元に帰る。降りても何もない駅に。その代わり、迎えに来てくれる誰かがいる駅に。

地方とは比べものにならない量の「人の想い」が、東京にはどこの場所にも存在している。そこに迎えに来てくれる誰かはいなくても、たとえ「結果」だけしかないと言われても、コンテンツという形に変えた人の想いが私たちを包んでいる。一人じゃない。どこを歩いても、どの街に行っても、そう思わせてくれる場所「東京」なんだと思う。「何処かの誰か」が想いを込めて造ってくれた何かが私たちを見守ってくれている。そんなことを思わせてくれる東京の街を、私は素敵だなと思いながら、先人たちに「ありがとう」を伝えたいなと思うのです。

2017-03-18

コストゼロありがとう

ありがとうを言うことのコストってほとんどゼロだろ?

余計な理屈屁理屈はどうでもいいとして、コストゼロ相手や気分をよくできるなら「ありがとう」って言えばいいじゃん

立場論とかホントどうでもいい。何も考えずにお互いいい気分にし合ってれば、世の中良くなるのにね

http://anond.hatelabo.jp/20170317172613

2017-03-17

http://anond.hatelabo.jp/20170317190244

宅配運転手

生活のために頭をつかうことなくただひたすらシステムにこき使われてイヤイヤになりながらもやめられないクズ

認識しつつ「ありがとう」というのはなるほど確かにキモいが、「ありがとう」という人の多くはそういう元増田みたいな認識を持ってないと思うが……

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん