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はてなキーワード: 中学受験とは

2018-10-23

一人称

※筆者は女

小さいときのことはよく覚えていないが、多分自分のことを"あたし"とか言っていたと思う。

小学校に入って、高学年になり、親友銀魂オタクになった。所謂俺女だ。自分銀魂こそ読んでなかったものの、親友の姿がかっこよくて、真似して"俺"と言うようになった。最初はカッコつけだったけど、すぐにその言葉自分のものになった。

そして中学校に入り、全く新しい友達(中学受験した)とつるんでいく中で、だんだん精神が丸くなっていった。自覚はあまり無かったが、中高一貫の6年間ずっと一緒だった親友に聞いてみると、自分はえらく丸くなったらしかった。

そして丸くなったことで、新たな言葉を獲得した。"僕"だ。

その言葉はとてもしっくり来た。最初からそこにあったみたいに。"僕"と呼ぶことで、自分自身が性別を超えた、何かニュートラルものになれた気がした。性自認は全くの女だけど、語り手としてはニュートラルでいたかった。

"俺"はだんだん使わなくなった。高校に上がる頃にはもう全く使ってなかったと思う。

そして大学生になって、バイトをはじめた。普通飲食店ホール高齢者ばかり来る店なので、言葉遣いは厳しく指導された。

普段使う言葉咄嗟の時に出てくるから日常的に綺麗な言葉を使いなさい」というのを店長から口酸っぱく言われたものだ。いらっしゃいませ、とか〇〇円でございます、とか、定型文は覚えるだけでいいけれど、定型の会話以外のところでそれを痛感した。普段言葉に"です"と"ます"を付けた言葉しか咄嗟に喋れなかった。その実感があって、店長言葉自分の中で重いものになった。

プライベートな場面だけでも"僕"と呼び続けていると、いつか就職面接や、大事な場面でポロッと出てしまうかもしれない。そう思うとちょっと印象は良くないなと感じた。

"僕"という言葉自分ニュートラルに感じているけれど、世間一般ではそうじゃない。

その位置を占めるのは"私"だ。

やっぱり、今後のことを考えれば、"私"と言った方がずっといい。そう思った。

それで、頑張って言葉矯正した。半年もすればすっかり"私"が一人称になっていた。

しかし、"私"、もしくは"あたし"という言葉は、なんとなくしっくりこない。矯正効果バッチリで、無意識に出る言葉はもう"私"だが、そう言う度に違和感がある。"ぼく"よりは語感が良くないし。

この違和感はなんだろう。("あたし"はさすがに女言葉だけど)"私"と言っている限りはこれはニュートラル言葉のはずだ。なのにどうして。

生きるのってしんどいよな

子供作るのにイチイチ生涯年収計算したりお互いの職歴とか恋愛とか家族付き合いとか老後とか政治とか職場関係とかキャリアとか

子供ができたらできたで出産育児保育園お受験小学校雑務いじめられてない・いじめてないか監視、飯、仕事家事浮気せず夫婦関係円満、土日の家族サービス、両親の介護病気持ちなら闘病、中学受験反抗期高校受験反抗期養育費大学受験学費浪人ならストレス追加、政治職場関係キャリアストレス浮気せず夫婦円満、親の介護、ご近所付き合い、子供の将来、貯金自分の老後、病気持ちなら闘病、税金税金話題を合わせるためにテレビ番組ストレス、親の葬式、将来、貯金税金浮気なしで夫婦円満家事、居場所趣味ストレスストレス自分の死

2018-10-21

中学受験学力のみで決まるフェアな戦い←は?

医学部入試女子差別問題がここ最近炎上していますね。

AOや推薦入試にも飛び火しているようですが、中学入試も実はだいぶヤバいですよね。

純粋学力勝負ではなく、家庭環境居住地域なども見られているんじゃないの、というお話です。

題名こちらのサイトをパクらせていただきました。

https://kyushu-chugaku-juken.com/393.html

私が受験したのは某都内女子中高一貫校でした。

制服ダサい割にはコアなファン(?)の多いあそこです。不審者が出没したという話も聞きますね。かわいそう。

結論からいえば不合格だったわけですが、10年以上経った今もいまだに納得できません。

試験自体の出来は、合格ラインを軽く超えていると思われる(算数はほぼ満点、国語記述問題の大意はそこそこ合ってる、理社も悪くない)

模試の成績も常に合格圏内、それどころか上位合格レベルだった

まあ主観的感触しかないし、試験の出来が実はクッッッソ悪かったとか、もしくは1教科名前を書き忘れてたとかはあるかも。

で、なんで落ちたかというと面接のせいだと思うんですよ。

受験生何人かでのグループ面接と、1対1の保護者面接があります

グループ面接では当たり障りのない質問が出て、まあ意思疎通に困難がないかといったところを見ているのでしょう。

コミュ障ではないのでここで落とされたということはないと思います

問題保護者面接

願書と一緒に提出だったか当日持参だったか失念しましたが、家庭環境調査書みたいなやつを提出させられます

志望動機とか親の職業とかを書くアレですね。

(調べたら現在はないんですか???それなら良いんだけど。)

いや子ども入試なのに親の職業訊いてどうするんだよ。お受験じゃあるまいし。

反社の人を除くためかな?

ということで、のちに母からいたことですが、保護者面接でどういうやりとりがあったか

面接官「住所が〇〇とのことですが、合格したらお引越しされてくるんですか?」(実家の住所は都内に通学できるような場所ではない)

母「はい母子都内引っ越してまいります。」

面接官「うちではお子さんの教育上、お父様も一緒に親子揃ってというのが方針なのですが…」(母子父子家庭は論外ってことか?)

曖昧に誤魔化して面接を終えたそうですが、入試合格発表も終わったずっと後にこの話を聞かされて「ごめんね。」と言われたときは胸が痛みました。

入試で問われるのは本人の実力だけではないのだ、と子どもながらにやるせない気持ちになったのを覚えています

まあもう10年前の話だしどうでもいいんですけどね!

その時に味わった悔しさをバネに田舎底辺校から東大に進学して、今はoinの人たちとも仲良くやっているので、恨みは晴らせたかなって感じです。

2018-10-14

[][] (仮題)第3話

(執筆途中の作品であり、今後内容を変更する予定です)

高田

雙葉学園は、フランスサンモール修道会の会員が1875年に設立した築地語学校を祖とする、私立学校法人である

雙葉学園はその長い伝統において、「徳においては純真に、義務においては堅実に」という校訓のもと、幼稚園から高等学校にわたる一貫したカトリック教育を行ってきたが、雙葉女学院大学設立により、さらに4年間の大学過程をふくむ一貫教育が行われることになった。

というのも、雙葉中学校・高等学校は、東京大学をはじめとするいわゆる旧帝国大学や、慶應義塾大学などの難関私立大学合格者を多数輩出し、全国有数の進学校と呼ばれるようになっていたが、多数の生徒父兄が、単なる学力の追及ではなく、カトリック教育さらなる徹底を望んでいたこと、卒業生の多くがカトリックの信仰を保持していない現実を嘆くサンモール修道会の強い推薦により、2002年に大学過程を行う教育機関の設立が決議されたのである。その後、文部科学省の認可を受け、雙葉高等女学校設立からちょうど100年となる2009年、開校に至った。

私が雙葉高校卒業したとき、もしこの大学があったら、このエスカレーターに乗っていだろうか。キーボードを叩く手が止まり、ふと自分過去を反芻した。

中学受験成功し、晴れて雙葉の門を潜ることはできたものの、入学後は成績が低迷し、人生の目的も見出せないまま、あるいは、先生がたがおっしゃっていた、神に与えられた使命を感じることもなく、特に受験勉強もせずになんとなく大学受験をした私は、願書を出した中で最も無名な、平凡な私立大学に行くこととなった。

パッとしない4年間の大学生活の間、やはり人生に意義を見出せず、大学卒業後は、飲食店塾講師などのアルバイト転々としたのち、25歳で、あるカリスマ英語学者執筆アシスタントとして雇われることになった。

受験生向けから社会人のやり直し英語のための参考書まで、様々な英語関連書籍を多数執筆し、そのほとんどすべてがベストセラー、2005年から教育テレビでレギュラー番組放送されている、クリストファー・トンプソン、その人である

誰もが認めるカリスマ英語学者アシスタントベストセラー約束された数々の出版物編集作業。やっと使命が見つかったかに思えた。

が、それもつかの間のことだった。

最初の数ヶ月で気づいたことは、クリス・トンプソン執筆作業ほとんど全てを、彼の『アシスタント』に任せているということだった。それでも、はじめのうちは、英語学者である彼の理論専門家でない一般大衆向けに落とし込むのに、アシスタントが最大限の貢献をしているのだろうと好意的に考えていた。

働き始めて半年が経った頃、主力の『アシスタント』が結婚出産を機に退職することになり、私がその立場を引き継がなければならないとなったとき彼女から真相が告げられた。カリスマ英語学者クリス・トンプソンは、自分ではなんの理論も持っておらず、彼の博士号はディプロマミルから得られたもので、彼のアイデアと言われるものはすべて、彼女作品だったのだ。

『徳においては純真に。』私は、彼が世間を欺き続けるのを手助けすることはできなかった。

代わりの職を求めた私はその後、27歳にして都内にある無名私立高校英語教師として採用された。

須藤智くんとの出会いは、私がその学校で働き始めて3年目のことだった。

高校といえば雙葉高校しか知らなかった私は、おそらく世間では平均的であろう、学習意欲のない生徒たちを前に、教師として戸惑っていた。そんなとき入学してきた須藤くんは、『教え子』と——おこがましいが——呼びたくなるような、優秀で向上心の高い、私の初めての生徒だった。

彼はすべての科目の定期試験で満点を取り、全国模試では偏差値が80を超えていたので、瞬く間に教職員あいだで評判になった。

彼の非凡な才能は、主に自然科学理解に向けられているようであったが、彼の言語に対する洞察も、単に受験勉強ができるというレベルを超えているように思われた。

それは、彼が二年次に進級し、私の授業を受けることがなくなった新学期のことである。珍しく残業もなく、夕方6時に山手線新大久保駅で帰りの電車を待っていた私の元に、彼が歩み寄ってきた。

自然言語構成する元素を見つけました」

突然そう告げた彼は、意表を突かれてうろたえる私の返事を待つことなく、ノートを広げ、彼の発見説明し始めた。

私は彼の理論を即座に理解することができた。なぜなら、中性子陽子原子核電子といった、化学アナロジーを用いているものの、それらの用語を適宜『主要部、内項、外項、句、付加部』という言語学の用語に置き換えれば、それは現代言語学の父、ノーム・チョムスキーが1970年に発表した、エックスバー理論のものだったかである

彼はきっとエックスバー理論をどこかで読んだのだろう、そしてそれを、自分の慣れ親しんでいる化学アナロジー理解したのだろう、と私は考えた。

しかし、彼は、これは紛れもなく自分でたどり着いた理論で、とっかかりになったのは、クリス・トンプソンの『60億人の英文法』にある「日本人名詞が主でそれに冠詞がくっつくと考えがちだが、冠詞がまずあって、そこに名詞がくっつくというのがネイティブ感覚だ。」という記述だと言う。

ともかく、私は彼の話を信じた。そして、彼が自分発見を教えてくれたお返しに、私も自分の『発見』を彼に打ち明けた。こうして彼は、クリス・トンプソン秘密を知る、部外者第一号となるのであった。

秘密を共有した私たちは、ときどきメールを交換する仲になった。話題は主に、言語学。彼は初め、原子力工学の話をしたがったが、私がついていけないということに気づくと、言語学を中心に、私が理解できる話題を選んでしてくれるようになったのだ。これは私にとって、10年遅れて訪れた青春の一ページだったが、彼にとってはたぶん、相手先生から、気を使って付き合ってくれていただけだったのかもしれない。

私は一度、言語学の道に進みたくはないか、と彼に尋ねたことがある。彼がチョムスキーほどの天才かどうかはともかく、才能があることは間違いない。しかし、彼は原子力工学をやるといって譲らず、ワシントンにあるベルビュー工科大学を単願し、同校に進んだ。なぜマサチューセッツ工科大学や、スタンフォード大学を目指さなかったのだろう、あるいは、ワシントンならなぜ同州トップワシントン大学に行かなかったのだろう、願書くらい出しておけばよかったのに、と当時も思ったが、きっと彼なりの理由があったのだろう。

メールのやり取りは彼が高校卒業した後もしばらく続いたが、彼が希望通りベルビュー工科大学に進学すると、須藤智という天才を失ってただの無名私立高校に戻ったその場所で、張り合いのない授業を続ける私が、なんだか取り残されたように思えて、劣等感からメールを送るのが億劫になって、やめてしまった。

須藤くんとのメールをやめた私は、高校教師仕事もやめた。また人生に迷ってしまったと思った私は、以前のように求人情報をチェックしたり、履歴書作成したりする気もなくなって、目白アパートに引きこもった。

そんな張り合いのない生活を続けるうち、あるとき新聞広告欄に、雙葉学園が、大学新設にあたり職員を求めているという求人情報が載っているのが目に留まった。行き場を失った私は、まるで蜂が巣に戻るように、こうして古巣に戻ることになった。

はいま、雙葉女学院大学国際交流課で、4年ぶりに須藤くんへのメールを書いている。雙葉女学院日本大学として初めて、ツー・プラス・ツーのダブル・ディグリー協定海外大と結ぶことになったのだが、なんの因果か、その協定第一号が、ベルビュー工科大学だったのである。そして、私が留学カウンセリング担当した学生が、第1期生として派遣されることになったのだ。

彼女聡明女性だが、単独海外に行った経験はないと言う。現地に信頼できる知人がいれば、少しくらい世話を焼いてもらってもばちは当たらないだろう。

勉強に飽きた

しんど

今週末はあんまり勉強に集中できんかった 模試数学でこけたし。前より偏差値下がったかもな

あーーー今年で終わらせたいーーー 来月末のに引っかかってこのまま受験終えられちゃったらいいのに

でも世の中で私の行きたいところに行ってる人たちは私が今こんなことしてる時間も全部勉強してたんだろうか

私は勉強してて、これだけやったんだから!って自信が持てたことなんてほぼないし、やってもやっても「やった感」がなくてこわい の割に焦りも生まれない なんなんだろうか

このまま中学受験の時みたいに実力相応みたいなとこに落ち着くんかな それって今回でいうと浪人ってことなんだけど イヤだーーーーー

両親が全然仲良くならないけど、世の中の両親って大体こんなもん?

久し振りに両親が朝夫婦喧嘩をしたので思い出して書いてみる。

両親は昔すごい仲良くやっていたのだと思う。物心着いた頃とかは父親仕事に行く際玄関キスとかしてたと思う。物心着いた頃なので定かではないが

小学生の頃から喧嘩が増えてきた。まあ増えたといっても精々月1くらい。主に父親が不潔(部屋にもの置きっ放しとか洗面所を散らかす)なのに対して母親が聞こえるような小声で愚痴を言ったりするところで父親がブチギレるみたいな。あとは仕事のこともある。父は自営業デザイナーをやっているのだが母がその経理担当していてそれを巡るいさかいも多かった

とはいえ離婚しようという程ではなかった。父も母も働いているが一人息子である俺を一人で育てられるほどの稼ぎが無かったし... 二人はがんばって働いて中学受験塾に通わせるお金を何とか作り、俺はその期待に応えるかのように都内の有名国立中高一貫校合格した

自分中学生になってからは父も母もお互い無関心になり喧嘩すら無くなった。いやあったかもしれないけど自分は家では耳栓イヤホンを付けて過ごすようになったから気づかん。たまに喧嘩の声で目を覚ますことはある。そもそも父親が朝早く家を出て夜遅くに帰るようにしてるので姿を全然見ん

高校生になるころにはもう全然喧嘩しないしこの件はもう忘れかけていたことだったが、東大に入って学問だけではなく生き方についても考えさせられるようになった時に改めて男女関係のあり方みたいなもの意識させられている(中高は男子校だったので...

何というか、自分の両親は子育てについてはプラクティカルな結果を残しているので家族としては大成功だけど夫婦としては大失敗という感じで... この子育てと夫婦仲の2つを両立させるのはとても難しいんじゃないんだろうか。反例はあるだろうか

ともかく自分結婚はしたくない。一人の方がお金自由に使えそうだし。そもそもバイト家族以外で人と会話するのが二週間に1回くらいだからまあ無理なのだが...

追記

(この文章を書いている)自分が(学歴が良いとしても)人間としては失敗作だから、むしろ両親仲と子育てが上手くいくかは正の相関があるのでは、という批判もあり得そうだった。

2018-10-01

anond:20181001180807

増田子供いなさそう。

言ってる事にいまいちリアリティが無い。

バブル価値観がまだ抜けきってない現在60代とかが息子とか娘にたいして「子供(60代から見れば孫)にはこれくらいしてやって当たり前だろ」と、本人なんの悪意もなく接したりしてるとか。

そういうジジババは金持ちなら孫に金つぎ込んでるし、金がないなら「子供は無理に孫を持つより自分の将来の介護を優先して欲しい…」と思ってるよ。

子供が金がないのに孫産んだせいで育児要員としてこき使われたり金せびられる同世代の友人の話だって耳に入るしね。

大学生ヤングサラリーマンの遊び文化寄生しているホイチョイフジテレビ的な広告代理店文化が、「豊かで優雅な都会の子育て」をさも常識であるかのように流布してるとか。

東京等の限られた大都市だけの話でしょ。

地方民は「中学受験ったって東京の話でしょ、ここにそんな名門私立中学なんか存在しないし」と思ってるよ。

マスコミネットのの影響よりも

実際に金がないのに子供を持っている友人知人が生活に追われて全然幸せそうに見えないとか

そういうリアル周囲の影響の方が遥かに強いと思う。

習い事させられなくて可哀想」とかじゃなくて、「共働きかつワンオペ育児過労死しそうで可哀想」とかで。

そりゃ、中にはマスコミなんかに流されてる人もいるだろうけどね。

2018-09-25

帰国子女挫折

小5~中1まで親の海外赴任インターナショナルスクールに通っていた。

海外に行くまでは地元公立校勉強運動もそつなくこなし、中学受験を見据えて塾に通っていた。

それがある日突然異国の環境に放り込まれ、何もかもに不自由し、学校休みがちになった。

それでも英検2級に受かるくらい英語力は上達したがネイティブレベルには到達しなかった。

問題帰国してからで、英語以外は学力は明らかに落ちていて、もともと勉強ができた自分にとっては屈辱的だった。

環境の変化、劣等感反抗期など複数の要因が重なり中学不登校になってしまい、何とか高校には進学できたが2年目に中退引きこもりになった。

そこから数年間引きこもりを続けいよいよ人生危機を感じ、一念発起して実質2浪目の年から大学受験勉強を始めた。

もっと早く知っておけばよかったのだが、MARCH文系ならセンター英語で190点近く取れるレベルなら国社が出来なくても受かる学部があることを知った。

結局2浪目の年にはメンタルの不調でセンター試験以外受けられず、センター利用で受かった大学はあったが、この精神状態では通える気もしなかったため3浪目に入った。

3浪目になってしまい受サロに毒されていたので早稲田第一志望にする。

ほぼゼロから社会科勉強する必要から効率重視で政治経済選択したため、慶応上智自動的選択から消えた。

ただ早稲田一般入試英語配点がMARCHほど偏ってないため英国社まんべんなく得点する必要がある。

古文漢文が出題されるのも苦しかったし、正直英語だってほぼリーディングしかないのだから海外で養ったリスニングスピーキングは何の意味もない。

それでも必死勉強して補欠で合格したが、普通に日本教育を受けて受験していたらこんなに苦労しなかったのではないかと思う。

高校まで海外生活して帰国枠で入ってきた国際教養学部の連中にはどうせ英語ができるだけだろと僻んでしまう。

大学に入ってからメンタル面で苦労して、留年しながら何とか卒業したけど就活できずに現在無職だ。

子供帰国子女として育てる機会のある親には人生を左右する選択であることをよく考えて欲しい。

2018-09-11

anond:20180911222301

夫の年収生活は余裕で成り立つけど

そりゃ「とりあえず最低限の衣食住を賄う」って程度なら余裕で成り立つけど、

子2人を中学受験させたい、とか考えてたら余裕ないよ。

んで都心在住だとしたら、医者夫婦子供公立中でいいや、なんて考えるわけないでしょ。

かと言って地方在住とすると、大学から子供一人暮らしさせる前提になって学費以外に生活費かかるし。

(勿論節約すれば十分出せる収入だけど、「余裕」はない)

もっと色気を出して「子供は何としてでも医者にしたい、国公立入れる頭がないなら私立に」なんて考えようものなら全然余裕なんかない。

その場合共働きは「共働きしないと生活崩壊するから」する共働き

開業医もっと金持ちなら、奥さん医師免許持ってるけど専業主婦、なんてケースもあるけどね(つか知り合いにいるわ)。

その場合子供幼児の頃から手間暇かけて教育しまくってて奥さんも働いてる暇なんかない、って感じになる。

完全専業主婦は嫌だから育児邪魔にならない程度にちょっとだけ働く、ってならありだけど。

2018-09-05

anond:20180905181911

いやもう35なんだけど?

中学受験だしね、就活とかなかったよ高卒だし

中高の時の友達とか付き合いないし本当不良品だと思うわ

2018-09-03

ふざけんな

結局日本広告代理店には、

・親が金持ち

・なおかつちゃんと愛してくれて

結果的自己肯定感全開

人材しかいないんだ。

何がグローバル人材だ。

何がダイバーシティだ。

そんな人達が集まったところで

いわゆる「ステレオタイプ物事しかまれない。

ステレオタイプ幸せ家族

ステレオタイプ楽しい学校

ステレオタイプな生きがいのある社会

ステレオタイプになんかとらわれる必要ないよ、って発言するステレオタイプキャラクター

海外広告代理店がどんな風なのか知らないけど

日本広告代理店(って言っても実質2社くらいなもんだけど)がもし

本当にこれから社会を揺さぶりたいのなら

文字通り、もっともっといろんな人材を採ってくれ。

それかもう、本当に無くなってくれ。

君たちはいから最先端じゃ無くなったんだ。

しろ年々中身が乾いてカサカサになっていないか

私は広告代理店に行きたかった。

キトー中学受験して、テキトーいい大学に入った私の、初めて現実味のある成りたいもの、なりたい夢だった。

なぜ落とされたのかわからない。

結局誰もが知る別の製造業に就いたし、

平均より良い給与ももらっているけど、

やりがいもなにもない。週末に爆買いするくらいしか、ない。

お金があればなにか満たされると思ってたけど、むしろ週末が怖い。

毎日ずっと仕事がいい。

「やりたいことをやれる世の中」

っていうのを、社会最近は目指しているらしいが

うそつけって、思う。

私みたいなこんな片親育ちで辛いことがあるとWebに書きなぐっちゃうような根暗には、やりたいことすらやらせてもらえる権利も何もないんだと思う。

また明日が来る。

2018-09-02

なぜ私がオフに引きこもるのか

‪どうしてオフの日に引きこもるの?と周りによく聞かれますが、実はこれにはふかーい訳があります(割と深い)‬

‪遡ること小学生時代‬。

‪私はなんと、小1から小6まで、ずっと学童保育にお世話になってました。これは異例措置です。通常大体3年生までで学童保育は終了します。うちは両親とも18:30を過ぎないと帰宅しないため、特別許可されてました。‬

‪私は、小4くらいか同級生放課後遊んだことが、ありません。‬

‪ちなみに、土曜の特別学童保育にも行っていたため、休みの日にも同級生とは遊べません。‬

‪土曜は学童保育が終わり次第すぐピアノのレッスン。通信手段がないので、友達と日曜に遊ぶ約束ができませんでした。代わりに日曜はピアノ練習に費やしました。‬

‪続きまして中学時代。‬

‪入れば難関国公立大学に受かるという謳い文句に唆され、中学受験を経て地元私立中学へ入学。待っていたのは地獄毎日でした。‬

毎日7時間授業、昼休み英単語テスト、週に3回の放課後補習、毎日山のように出される宿題先生から恐怖政治‬。

‪私はそれにピアノ練習が加わります。‬

毎日片道1.5時間かけて登校し、5時まで授業を受け、また1.5時間かけて下校。2時間かけて宿題をし、1時間ピアノ練習をする。寝る。‬

‪この繰り返しです。ちなみに私の中学土曜日も授業がありました。土曜はピアノのレッスンなので宿題ができず、その分日曜に回すことになります。‬

‪こんなの遊ぶ暇ありません‬。

高等部でこれがエスカレートします。宿題の量も増え、土曜授業も増え、休み時間の小テストも増え、それにより唯一自分時間だったピアノ練習もレッスンも削られていきます。‬

‪こうなってしまうと、日曜に誰かと遊ぶ、なんて気力はなくなりました。遊んでた人もいたけど。私には無理でした。‬

そもそも田舎私立電車通学してたわけです。まず同級生と待ち合わせるだけで一苦労です。電車の本数も少ないし。‬

‪結局、小学生時代から高校生時代まで、私は両手で数える程度しか、友だちと遊べませんでした。‬

‪これだけやったのにピアノダメ大学受験も失敗したし、ほんと私の人生何なんだ。という話はまあ置いておいて。

とまあ、自分の遍歴を見て自分ドン引きしている訳ですが、こんな人生どこが楽しんだって話で、もうほんと間違いなく何もかも楽しくなかったです。

大学から出会った人からすれば全く想像がつかないだろうけど、私は人と遊んだ経験ほとんどないんです。

からないんです、人との「遊び方」みたいなの。

からオフの日は、分からいから、家にいるしかないんです。経験がないことはできないし、知らないことはできない。だから人に誘ってもらわないとついてけないし、何も行動が起こせない。

2018-08-23

anond:20180823222820

教育産業中の人「全く違う。経済的に万全のバックアップ受けて、本人が懸命に努力しても、才能ただそれだけのせいで東大受かれない人が世の中のほとんど全員。中学受験御三家もそう」

2018-08-22

anond:20180822094646

学歴コンプレックスさんが発狂したり嘘で張り合ってきたりするから言わんとくw

まーゆーて中学受験の話よ

2018-08-20

anond:20180820003653

というか、名門私立中高に行く人だって小学校に関しては学校自体公立場合が多いし

中高で卓越した教育を受けられるような特別な層だとしても、

小学校段階に関しては学校要求するようなことではないよなあと思う。

どちらかというと中学受験用の塾とかに要求されるべきことではないかと。

しかしそれも地方で単に良い大学に行くだけなら、大学受験段階の質が良いほうが結果的には有利そうだしなあ

2018-08-18

人生イージーすぎわろた

2歳から公文やってた、それだけで人生イージーすぎる

物心つくかつかないかくらいの頃から勉強が習慣化されてた

みんなが歯を磨くのと同じくらいの感覚勉強してた 多少めんどくさいと感じることはあってもやらないことはあり得ない、そんな感じ

小学生まで勉強は常に先取り、気づけば小3の時たまたま受けた全国統一小学生テストで全国3位に

その実績おかげで塾代が無料になるとのことなので、とりあえず入塾

中学受験勉強は流石に歯磨き感覚はいかなかったが、それでも野球とかサッカーとかの習い事と似たような感覚勉強してた あいつには負けたくない、先生に褒められたいみたいなそんなかんじ

んでみごと筑駒入学

5年と半分はみごとに遊び呆け、高三になっても仮定法がわからないバカに落ちぶれたが

半年本気出したら難なく東大合格できた

東大に入った時点でそれなりの人生確約されたわけで

なにがいいたいかというと

公文は行かせたほうがいいよ

2018-08-12

押切蓮介漫画を読んで泣いた

大学生俺、ピコピコ少年を読んで泣いてしまった。

自分意思に従って大好きなゲームをする作者の姿を見て、俺は自分の子時代を後悔した。

中学受験なんて拒否して遊んでいればよかったな、と思うと泣けてきた。

中学受験をすれば高校受験しなくていいから、いい大学入ればその後の人生楽だから、いい会社はいれば老後は安心から

クソみたいな考えだ。今を大事にすべきだ。

今があってこその未来なんだ。

将来のことばっか考えて今を大切にしないのはダメだ。何のために生きてんだ。

うわあああああああああああああああああ。

2018-08-09

漫画を真っ二つに引き裂かれた

小学生の時に受験勉強が嫌になってクローゼットの中でコロコロコミックを読んでた。

そしたら急にお母さんが扉を開けて入ってきて俺からコロコロコミックを奪い両端を持って真っ二つに引き裂いたのでした。

小学生の俺は恐怖で直ぐに勉強机に戻り勉強しました。

今思うと親の方針でやらされていた受験勉強で怒られる理由なんて無かったな、と思うんだけど当時の俺は何故か勉強をやめるという選択肢を選べなかった。

やる気のない態度を見せた時に「じゃあやめるのか?」といわれると「やる…」と答えてしまった。

勉強なんてやめてやる!」と言えなかったので時々わがままを言ったり、ぐずったりして親に反抗していた。

小学生の俺よ、嫌なら止めてもいいんだぞ。やらない子の方が多いんだから中学受験やらなかった子もちゃん大学行ってるから。お前が行くより難しい大学にな。だから遊べ。遊びまくれ。それが将来の糧になるのだ。

2018-08-08

中学受験してよかった

周りが勉強する生徒ばかりだったのが1番よかったと思ってる。

朱に交われば赤くなるというけど、本当にそれ。

教育困難校に行ったら今頃勉強なんかしてなくて大人になるころには大変なことになってただろうなと容易に想像できる。

環境って大事だよな。

2018-08-07

大学生たちが徴兵されて「2020東京オリンピック不況」がやってくる。

 先日、昔、バイトしていた中学受験塾の人たちと飲み会をしていたときに出てきたのが

  • 2020年夏をどう乗り越えるのか」

という話でした。

 ご承知のように、東京オリンピックにあわせて、大学生たちのボランティアという名前での学徒動員既定路線になっています。会期にあわせて試験シーズンを変えるとか何とか。お国に貢献しようと大学当局も大変です。

 となると、大学生たちに依存してきた産業にも、大きな影響があるんですよね。

 塾産業なんて、まさに夏休みが最大のかき入れ時でして、その先兵たる大学生バイトたちが五輪招集されてしまうと、現場が回らなくなる。

 自分の行っていた塾なんかは時給がそれなりの額だし、学生依存度が低いので、まだなんととかなるとの希望的観測があるようですが、それでも徴兵令に引っかかりそうな大学2年生(2年後には4年生)あたりには予防線をかけているとのことです。

 本当に大変なのは学生依存度の高い個別指導塾とか家庭教師とか、そこらの業界。今から心配しているようです。

 類似の話は、他にも聞くんですよね。夏休みにヒマしている学生への依存度が高いのは、

あたりは今から頭が痛いようです。

 あと、某大学生協の中の人と話していると、

なんかもも不安視されているらしい。

 他にもそんな業界、あるんじゃないですか。

 タダ働きの学徒動員で、広告関係とかメディアとかスポーツ関係とか宿泊関係とかは潤うのでしょうが学生関係産業は総崩れする可能性は大。

 大学生たちが徴兵されて「2020東京オリンピック不況」がやってくる。どうするんですかねえ。

2018-07-26

anond:20180726005833

中学受験しないと大学に受からないようなおばかさんは大学に行く価値があるのか

なにも18で大学行かねばならぬ法があるわけでもなし 社会人枠もあるし

まれる前から己の価値観で縛り上げているのかな

だがどんなにきつく縛り上げてみたところで子は思い通りには育たないから泰然自若として鷹揚に構えればよろしい 熟語意味は知らん

子供産みたくない

収入自体はそんなに悪くないし

会社自体出産育児サポートが充実してるところに運良く入れたけど

子供産みたくない。

まれた時からスマホが、PCがあって、

tiktokやらYouTubeがあって、

お手軽にクラウドファンディングできて、お手軽にメルカリできちゃうようなこんな世界自分の子供産み落としたくないんだ…。

なんでもインターネッツ禁止令はおかしいと思うけど、でもなんでもOK絶対に駄目だと思うんだ。

自分ミクシィやら前略プロフィールやらを禁止されてたか

自分の子供にもさせてあげたいと思うんだ。学校社会を生き抜くために。

2chの「半年ROMってろ」的な洗礼を受けないままインターネッツに放流するのも嫌なんだ。

ある種現実社会インターネッツがここまで一体化してる社会子供産み落としたくないんだよマジで

さら大学早慶上智以上、東大京大一橋らへんに入らないと実質就職で詰む。これはガチ

中学受験経験者だから自分の子供に中学受験させたくないんだよ。

でも結果的にこの辺の大学入るには中学受験ある意味近道なのも事実なんだよ。

あー、しんど。

子供産みたくない。やめやめ。

2018-07-17

anond:20180717233156

言及ありがとう

TwitterIDじゃなくてURL記載し直しました。

他県にいく意思はあります

日常的に通えるかは体調次第です。

季節の変わり目である678月は毎年下痢悪化し、痔瘻が腫れて、排膿してもらうために通院してます。こうなると、バスにのってても心配されるレベルになるので、そんなときに他県にいくのは無理だと思います

学習意欲はかつてありました。中学受験のために塾通いを続け、志望校合格しました。

現在は持病のせいでイスにじっと座って黙々と勉強するのは難しいです。体調がいいときはできるはずです。

数学は2次方程式前までです。つまり、2次方程式は解けません。

性格はおっとりしてるといわれてきました。多汗症で暑くなると真っ赤になるので、初対面の人からは怒ってると思った。キレてると思ったといわれたことがあります

2018-07-07

書道教室のお姉さん

小学生のころ、週に一度、書道教室に通っていた。


その書道教室には、2歳年上で3人組の「お姉さん」たちがいた。

今になって思えば僕も彼女たちも同じ小学生だけど、当時の僕にとっては年上の異性で近寄りがたかった。


彼女たちは同じ小学校に通っていて仲が良く、習字時間でも会話に花を咲かせていた。先生にも時折注意されるほど。

そんな大きな声で話すものから、離れたところで筆を動かしている僕の耳にも会話の内容が入ってくる。その内容が面白いと、僕は笑いを堪えきれなくて、顔がにやけてしまった。

それを見て彼女たちは、こんな言葉を浴びせてきた。

「なに勝手に盗み聞きしてるの」

「にやけ顔、キモい


習字時間が終わったあと、「お姉さん」たちと一緒に、かくれんぼ遊んだことがある。僕が鬼で、彼女たちは隠れる役。書道教室を間借りしている公民館駐車場で、かくれんぼが始まった。

僕はすぐに、彼女たちの中で一番背が高く、身体も大きかった美咲ちゃんを見つけた。でも「み~つけた」が言えなかった。美咲ちゃん名前を呼ぶのが恥ずかしかたから。苗字を取って「○○さん、み~つけた」と言えば良かったのかもしれない。でも結局、頭の中で彼女名前を浮かべるときと同じように、下の名前で「美咲ちゃん、み~つけた」と言った。

それを聞いて、美咲ちゃんは顔をしかめた。

美咲ちゃん』って呼ばないで」


仲良しの「お姉さん」3人組にも別れが訪れた。中学受験を控えた美咲ちゃん学習塾に通うため、書道教室をやめることになったのだ。

残された書道教室の「お姉さん」たちは、美咲ちゃんよりも背は低いもの身体がほっそりとしていた愛ちゃんと、3人の中で一番背が低くて丸顔だった舞ちゃん、2人になった。


美咲ちゃん書道教室に来なくなって最初の日、愛ちゃんが舞ちゃんに向かってこんなことを言った。

美咲とは学校では全然仲良くなかったけど、ここだと話し相手がいなくて可哀想だったじゃん。だから面倒だけど話につき合ってあげてたんだよね」

この言葉には先生も看過できず、「そんなことを言ってはいけません」と窘めていた。

僕にはあの日以来、女の子友情が信じられなくなった。


ある日、書道教室に入ると、いつもいるはずの愛ちゃんの姿が見えなかった。どうやら熱を出して休んでいるみたいだ。「お姉さん」は舞ちゃん、ただ1人だった。

話し相手のいない舞ちゃんは黙々と字を書く。僕は舞ちゃんの整った字が好きだった。

いつもより静かに習字時間が終わった。僕は筆をしまって、硬筆の課題漢字練習していた。

「何書いてるの?」

突然声がした。舞ちゃんだった。

「お姉さん」の方から声を掛けられたのは初めてだった。僕は漢字練習している用紙を見せた。

へぇ、じゃあ、この漢字は書ける?」

そう言って、僕の学年ではまだ習っていない「銅」という漢字を口にした。

勉強には自信があった。

「うん、書けるよ」

僕はすらすらと書いた。それを見て舞ちゃんは驚いた表情をした。

「じゃあこの漢字は?」

ちゃんはお題をいくつか出してきた。僕は漢字を全部書きとっていった。

へぇ、すごいじゃん。ねぇ、先生。○○くんってまだ習っていない漢字も書けるんだよ」

ちゃん先生に報告した。誇らしいような、ちょっと恥ずかしいような。生まれて初めての感情だった。

「この漢字は書ける?」

「うーん、えーと……」

とうとう書けない漢字に出くわした。僕は降参した。

それを見て、舞ちゃんはどこか嬉しそうだった。

「この漢字はね、こうやって書いて……」

そう言って優しく丁寧に漢字を教えてくれる舞ちゃんは、僕にとってのお姉さんだった。

「そろそろ帰る準備をしましょう」

先生のその言葉を聞きたくなかった。ずっと舞ちゃんに教わっていたかった。

僕が書きとった漢字を見て、舞ちゃんが微笑んだ。

「よくできました!」


次の週には、愛ちゃんと舞ちゃんが仲良く会話する、普段通りの書道教室に戻ってしまった。

そして僕も美咲ちゃんと同じ学習塾に通うことになった。そのことを舞ちゃんに伝えられないまま、僕は書道教室をやめた。

あの日以来、舞ちゃん漢字を教えてもらうことはなかった。



ふとたまに、あの日のことを思い出す。なぜ舞ちゃんは、僕に漢字を教えてくれたのだろう。

しかすると、いつも邪険に扱われている僕を不憫に思ったのかもしれない。ただ単純に、年下の男の子に対して「お姉さん」風を吹かせたくなったのかもしれない。

それでも、あの日彼女は僕のお姉さんだった。ただ一人の、かけがえのないお姉さんだった。

2018-07-04

インターネットでよく見るヤバイ教師ってほどでは無いけど、そういや自分小学校のある教師教育的にアウトだったんじゃないか最近思っている。

その教師教育方針はこうだった。

小学生のうちは何でも簡単に覚えられるから、どんどんいろんなものを暗記しようという考えだった。

最初は後々入試とかで覚える必要があるからという理由で「枕草子」や「平家物語」の冒頭を覚えさせた。本文の意味を教えてもらった記憶殆ど無い。

ちなみに、私の通っていた小学校では学年に1人ぐらいしか中学受験はしない。だから、その暗記した文章を使うのは何年も後の話で、その頃には私はほとんど忘れてしまっていた(これは私の記憶力の問題かもしれないが)。

私が違和感を覚え始めたのはその後ぐらいからだった。

つぎに暗記させようとしていたのは「雨ニモマケズ」だった。完全に教師趣味である。その教師の好きな作家が「宮沢賢治」だという理由だった。ほかに理由は無かったと思っている。

宮沢賢治の誌の中でも比較的わかりやすものだが、わざわざ覚える必要があるか?と感じている。あの詩は宮沢賢治思想が十二分に含まれているし、きっと小学生には理解できない。私を含め、ほとんどの同級生宮沢賢治の一生についてほとんど何も知らなかったからだ。彼の人生を知っていても、並の小学生時代背景を理解して文章を読み解けるのはほんの一握りだと思っている。これは小学生に限らないかもしれないが。

その次に暗記させたのは「般若心経」だった。これはひどい教育自分宗教を持ち込むなよと思う。私の家は仏教徒だがその他の生徒はどうだったのだろう。キリスト教イスラームの家庭かもしれない。宗教教育公立小学校でする必要はない。それを暗記させようとしていた頃には私はほとんど嫌気が差して覚えようとは思わなかった。記憶力の良い生徒は丸暗記していたし、それをクラスのみんなの前で流れるように唱えていた。あれは異様な光景だったと今なら思える。

この教師問題点を挙げるとするならば2点ある。

1つは宗教自由だ。日本人比較的に仏教徒は多いが、全員ではない。また、仏教系やキリスト教系などの学校では無い普通公立小学校である。つまり、他の宗教信仰している生徒がいる可能性があるにもかかわらず、特定宗教だけを教えるのは極めて不適切だと思っている。

2つ目に丸暗記の弊害だ。生徒は意味もよくわからずひたすら暗記するだけだった。果たしてそれに何の意味があるのだろう。まして、宗教文章となると無意識的に生徒の思想操作しているのと同じではないだろうか。

あの文章を暗記させていた教師教頭校長になっていると聞いたことがある。その教師は熱心に生徒と接していたので人気も高かった。きっと問題にならずに済んだのだろう。

この教師一般的だとは思わないし、思いたくないが、探してみると案外いるのかもしれない。この文章を読んで似たような体験をした人がいたらぜひ教えてほしい。

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