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はてなキーワード: 中学受験とは

2024-07-24

anond:20240724125854

この辺で終了だな

生きてる世界が違う人間とは絶対にわかり合えない

他の話題でも「普通に生きてればピアノ習うし中学受験するだろ」みたいな世間知らずなこと言ってそう

2024-07-21

これって場所場所から大企業正社員医者官僚やってる親さんが

自営業とき底辺のガキが、うちの高貴なお子様に関わるな」という意味で言ってきてそう

https://news.yahoo.co.jp/articles/c8b328f95bba6a399a48bf3c85209cde059ee19f

「本当に申し訳ありませんでした。もう二度と行かせませんから

 突然、息子の友達母親からこんな謝罪をされ、Aさんは面食らった。東京中央区に住む50代の自営業であるAさんは、妻と小学校3年生の息子と3人家族だ。教育熱が高く中学受験も盛んな地域だが、子どもたちの「遊び方」にも独特のルールがあることにAさんは驚いた。

2024-07-20

anond:20240720081955

AI受験勉強10000人分のエネルギーを使って学習医学を発展させ、そのうえで医者AIに従わず患者無駄に苦しむこともあるでしょうが中学受験経験医師免許を取るような人が偉いんです

2024-07-19

大学に行きたいなら会社を調べなさい

どの会社に行きたいかを調べたら自ずから行くべき研究室目標とすべき大学は決まるでしょう

中学受験に金を使えないなら本の読み方などの本を参照しながら四季報を読ませ会社ウェブサイトで取り組みを調べさせ、感想文を書かせなさい

2024-07-18

カンニングした理由からカンニングをやめるまで2

前半→https://anond.hatelabo.jp/20240718232635

勉強なんてますますしてやるかボケとなり、母が理想としていた聡明で清楚な娘なんてぶち壊してやった。制服スカートを短くして、私服も男っぽくして、寄り道買い食い、刈り上げにして、運動部日焼けしまくって、口も悪くなった。母が嫌いなゲーセンにも内緒で行ってた。さすがに身売りとか夜の街とか借金とか法律に反するとかのやばいことはしなかったが、できる限りで親の理想と反対を行った。

学校の授業は楽しかった。一部の先生は母みたいな上から目線で嫌だったが、大体はみんな優しかった。上から目線バカにする人はほぼいなかった。私立だったからだろうか。勉強以外で得意なことがあるならそれを伸ばそうという校風だったからだろうか。

そうなってからカンニングなんて頭になかった。気が付けば追試の数が減っていた。追試になったときも同じ追試仲間と一緒に勉強するのは苦じゃなかった。学校で受けた全国模試では下から数えた方が早かったけど、得意科目は上から数えた方が早かったからそれでいいやと思ってた。小学生の頃は得意科目がよくてもメインの科目ができないといけないと思っていたがそんなんど〜〜〜〜〜でもよくなった。父と夜遅くまで遊び、兄弟旅行遊園地に行き、母に強烈に怒られた時は友人が「じゃお泊まりしよっか!」と友人宅に何度もお泊まりした。友人の母も「子供がいっぱい楽し〜!ふぅ〜!」なノリでよく花火をして、焼き肉に連れて行ってもらった。この友人の母は「留年しない程度に勉強すればいいじゃ〜ん。あそぼーぜ!」な考えで、影響されたと思う。

一度高校の頃、地学で満点近いテストを母に見せたが「学校勉強なんだし当たり前じゃん。しか地学って笑」と笑われた。それ以外覚えていない。くそな思い出。勉強しろ!とお小遣いで集めていた漫画アイドルグッズを全部捨てられたときもあったが、それでも勉強なんかしてやるか!となった。

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大学受験期に差し掛かり、母がまた中学受験の時のようにテストの点数点数点数となった時期。入りたくもない塾にいれられ、難しすぎる授業を受けた。宿題・予習の量が尋常じゃなく、難しさも相まって何もわからない。学校の点数も口うるさく聞いてくる。親が金を払っているからさぼる事はしなかった。塾の授業も遅刻せずに真剣に聞くが授業スピードはかっとんでいくのでわからない。

その時の塾の先生は優しかった。すっごく初歩的なことを聞いても「わからないの?」と責めて来ない。しかし優しすぎてずっと何度も質問するのがなんだか申し訳なくなってしまった。

せっかく中学で治ったと思った小学生の頃に身に染みてしまった質問は恥が邪魔して何度も質問に行けず悩んでしまう。

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母は教えてくれない。教えないくせに「こんなの聞いていればわかる」「私はできた」と責めてくる。「あんたはやる気がない」「大金を払っているのに」「私は自力大学に入った」と武勇伝も出てきて家では口を開けば喧嘩だった。点数点数偏差値偏差値検定検定順位順位ばっかりだった。当時の私の偏差値は34で高校3年でようやくギリギリ英検3級が取れた(一敗している)。バカなのはわかってた。学校テスト大丈夫だが、受験となるとレベルが違う。全くわからない。

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そんな中、塾で模試を受けたとき、ふと横の人をカンニングしてしまいそうになった。目が横に動いたと意識した瞬間に前に戻した。カンニングという選択肢が常に頭にあることに気が付いた。小学生の頃に常態化していたカンニング邪魔をしてくる。

それから模試最中は目の前の答案用紙ではなく、自分との戦いだった。駄目だ駄目だとペンを握る。時間を見ようと顔を上げたときに他の人に目がいってしまう。そして自分を責める。カンニング文字が頭に浮かんでしまう。結局集中できずに模試が終わる。

自分はこんなにもカンニングがすぐ思い浮かぶ人間だったのか。最低だ。でも点数が悪いと怒られる。否定される。もう親は自分関係ない!と言い聞かせても思い出すのはあの冷ややかな目。「あ、今から怒るな」とわかる表情。思い出すだけで耳が痛くなる甲高い声。早くこの受験戦争から脱しないとカンニングをしてしまう。絶対にしてしまう。早く脱したい。でもどうやって脱するんだ。だめだ、だめだ、だめだ、と模試を受けるのが怖くなった。その後も模試を受けたがカンニングしては駄目だという戦いをしていたこしか思い出せない。いつも終わった後はお腹が痛かった。

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勉強してカンニングしないようにすればいいと勉強しても「カンニングしちゃえば楽なのに」と悪魔のささやきが頭にこだまする。勉強しても頭に入らない。覚えられない。勉強していると何故か頭が痛い。喉が苦しい。お腹に激痛が走る。自習室にいるのに母に怒られてしまうと怯える。母の視線が怖い。怒っていない時でも怒っているんだと毎日思う。あの耳が裂ける金切り声でキレてくる。突然来る。負けないぞと立ち向かおうとする。でも朝「おはよう」とあいさつするのも精いっぱいだった。「おはようから何に転じて怒られるかわからない。同じ屋根の下というだけで朝から晩まで、いや寝て意識が飛ぶまで怯えていた。「おはよう、そういえば模試の結果まだ届いていないの?」と言われるのではないか?「おかえり、今度テストだよね?」と言われるのではないか?眠くなって自室に戻ろうとすると「受験生なのにこんな早く寝るの?!」と怒鳴られることがある。母の気分次第だ。

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そんな時、行きたいなと思った大学AO入試を知った。自分勉強指定校推薦は無理だったので早急にAO入試シフトした。論文面接は楽しかった。自分の考えを丁寧に文と言葉として落とせばいいので、公式を覚えなくていい。面接自分の会話ペースに引き込んで、延長するくらいには自信があった。

大学は有名どころに受かったので母は喜んでいた。「あんたはしゃべりがうまいからね!」とドやっていた。「何自分手柄にしてんだよくそが」と反抗期真っ只中の私はキレていた。今までさんざん「勉強できないあんたは大学なんか行けない。受験を舐めている」と言っていたくせに都合のいいやつと思っていた。私が成人した現在は「あの中学に行かせてよかった」とほざいている。お前のせいでカンニングしたという過去存在しているのになと時たま思い出してしまう。

受かった後に、とある大学入試を本気で真面目に解いて、マーク試験なのに200満点中18点だった時は父は大爆笑、母は呆れていた。「択一式なのにwwwwwま、真面目にといて?wwwある意味天才だwwww」といった父の言葉。なんだかその時に呪縛が解かれた気がした。

母は既に大学に受かっているという体があったから呆れで済んでいたと思う。それか父と兄弟がその点数で大爆笑していたからか。怒られなかった。

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AO入試を受けさせてくれた母には感謝している。大人になってから聞くと「AO入試なら受かると思った」と。「お前にとりえなんてない。おしゃべりがうるさい子。反抗期長すぎて親を何だと思っている」とキレていたくせに。母には感謝している部分とぶん殴りたくなる部分がある。

中学受験についても感謝している。受験させてくれたことには。小学生の終わりかけのころはいじめられていて、近所の公立に行ったらそのままいじめられ続けていたと思う。受験で救われることもあったから、受験を完全なる悪だとは思わない。むしろ受験をして出会えた素敵な人たちがたくさんいる。

当時、いじめられていると母に言ったら「あんたが弱弱しくするからだよ。勉強で見返せば?」と助けてくれなかったので、ま、いじめ受験させたのではなく、母の自己満だろう。それでも私は良かった。複雑な感情だ。

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大学時代の時は授業と勉強が楽しすぎて単位上限を超えたので聴講もしてずっと大学にいた。

そして検定を好んで受けた時、カンニング意識することはなかった。自分のペースで勉強するのは楽しい。誰にも怒られず、自由勉強して好きに試験を受けるのは楽しいので、カンニングなんて微塵も思わない。試験が楽しくて試験中は解くのに夢中になっている。落ちたって「あちゃー」と自己責任で終わるからプレッシャーもない。

検定で〇級受かったと母にいうと「まだその級なの」とバカにしてくる。そんなもんだ。

勉強以外では仲良くしている。受験就活も終わったからか母は丸くなった。怒らなくなったが、勉強の話になるとこんな感じだ。

社会人の今は帰りに図書館に寄って気象勉強をしている。今度は地震勉強でもしようと思う。

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カンニングしたというニュースを見るとカンニングをした子が心配になる。ニュースから家庭環境は知る由もないけど、気になってしまう。カンニングをしてバレてしまい、退学、そして親から怒られるのだろう。思春期に親から怒られるあの形容しがたい恐怖と不安自死すら考えてしまうだろう。詳細は分からないが、「この子カンニングした理由が私と同じならかわいそうだな」と思う。カンニングは悪いことだ。悪いことだという大前提での話だ。金銭取引をしているようなカンニングは知らん。

ましてやカンニングで責められて自殺、親が学校を訴えるなんて察するものがある。なんで子供カンニングしたのか親はわかっているのだろうか。(処分の内容は一旦置いといて)

出来心だったとしても何でカンニングという行為をしてしまったのか。いじめとか、学校側がカンニングを仕向けて嵌めたのなら訴えるのはわかるが、そうでないのなら親がどんな思想で訴えたのか、何となくわかってしまう。子供の心情を察する。

定期的に話題に上がる教育虐待を受けて親を殺してしまった女性までは酷くないとはして、テストの点数によって怒鳴られ・責められる子はたくさんいるのだろう。バレていないだけでカンニングをしている子もいるだろう。

それを思うだけで辛くなる。私も反抗期がこなかったらカンニングを続けていたかもしれない。親に逆らえない性格だったらと思う事がある。勉強以外を認めてくれる人に出会わなかったらどうなっていたか。父、祖母兄弟も私を勉強いじめはしなかったという家庭環境も助かったと思う。

カンニングをする子は本人の意識問題もあるかもしれないが、環境も強い気がする。カンニングが悪だとはわかっているが、少しでも点数を良くしないといけない事情がどこかにあるのではないかと思ってしまう。私はモラル<親の優先順位になっていた。悪だと思ってもやらなければいけない。そんな環境があるのだろう。

点数を気にしない人と出会しかない。そんな環境にしないと抜け出せない。どうにかしてその環境から逃げ道を見つけてほしいと思う。カンニングをしてしまった事実を消すことはできないが、その子カンニングを続けないという選択肢を選べる環境になってくれ。そう願うばかりだ。

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カンニングした人、ごめんなさい。カンニングした私は最低です。カンニングだと気が付かずに点数を付けてくれた先生たち、ごめんなさい。

今は勉強をすることが苦ではないです。大学に入ってから勉強が楽しくて仕方が無いです。だから昔の分、大学から今まで勉強していますカンニングなんて、ニュースを見なかったら思い出さないくらいには存在を忘れています。今は勉強楽しいです。自由に、好きに、勉強できるのが楽しいです。

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カンニングした理由からカンニングをやめるまで1

カンニング卑怯であり、姑息であり、やってはいけないことだ。大前提である

長いけど吐きたくなった。本当は墓場まで持って行くべきだと、ずっと思っていた。

だけどカンニングニュースを見て以来、ずっとモヤモヤしていた。過去清算をしたくなってきた。そんな年齢なのかもしれない。

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カンニングしたことがある。小学生中学生くらいまで。

私にとってテストの点数なんかどうでもよかった。友だちと遊べて、学校行事に楽しく参加できればそれでよかった。だけど親は違う。成績が全てだった。普段は優しくて褒めてくれるのに、点数を見たときは怒ってる。だから低い点数なんか取るわけにはいかなくてカンニングした。誰にもバレない上手いカンニングをしていた。

こんなことを言えば「カンニングをするなんてクズ」「性根が腐ってる」「カンニングした奴はぶん殴れ・退学」みたいな意見が出ると思う。そうだろう。自分もそう思う。そう思っててもカンニングはやめられなかった。やめたら点数が悪くなる。そうすると親に怒られる。第三者から指さされるより、自分の母に怒られるのだけは死ぬほど嫌だった。

「なんでこんな低いの?」「なんで勉強もっとしないの?」「遊んでいるからだよね?」と責められる。

でも当時の私はそれに「はい、ごめんなさい」しか言えなかった。小学生だった当時の自分は「なんで?なんでがわからない」としかならなかった。しかし言えば「ふざけてんの?」と絶対に怒鳴る。怒鳴らなかったとしても頭悪いと思われるという事実が嫌だった。怖くて怖くて怖い。母が自分否定してくるという事は、小学生自分にとって死ぬことの次に嫌な事だった。母がキレたときの金切り声が嫌だった。

そして勉強しようと机に向かう。何もわからない。何をどうすれば覚えられるのかわからない。あ、そうだ、聞けばいい、そう思っていたのは最初だけだった。今思えばやらなければよかった。

小3くらいの時、学校先生に「これがわからない」と聞く。先生は小ばかにしたように「こんなのがわからないの?!」と大声で驚く。クラスメイトに丸聞こえ。クスクス声が聞こえた。「わかんねーから聞いてんだよボケカス」と思った。「ひたすら書けばいい」と言われた。どうしても根本的な説明が欲しくて何度も聞いたが「あー、はいはい。これは教科書のここみて」と言われただけだった。先生はそのまま1軍のグループと一緒に遊んでいた。

また塾で算数範囲簡単でどんどんレベルアップして、学校で習っていない割り算に突入した時がある。初めてみる記号でわからない。いつも親切に教えてくれる信頼していた大人休みだったので、別の人に「教えてください」と言ったら「は?!こんなのわからないの?!」と言われたのが今でも鮮明に思い出す。「えと、初めてみる記号で…」と怯えながら言うと「ぷwwww割り算なんて簡単だよ。ほら6÷2は、鉛筆6本を2人で割るんだよ」と。明らかに面倒くさそうな態度だったから「あ、はい、わかりました」と切りあげた。"割る"という概念すらわからなかった私は適当に解いて採点に出す。全部バツだった。泣きたくなった。全部バツ人生で初めてだったからだ。

中学受験期、受験用の塾に通い始めた。わからないことを塾の先生に聞いた。「この程度で質問しにくるの?こんなとこスルーしていい」と言われた。「この程度もわかんねーから聞いてんだよ」と思った。教えてくれたけど「こんなの簡単。余裕だよ。試験になんかでないよ」と言う。私にとっては本気で悩んで本気でわからなかったことだった。それは簡単なことで質問する質じゃない。自分質問することは簡単すぎて馬鹿にされる。そう思うようになった。

親に聞く。「塾(または学校)の先生に聞きなさい」と言われた。怒られるかもと思い何度もお願いした。しかし母は上から目線で「ねぇ、なんでわからないの?こんなに説明しているのに?聞いてる?」と言った。私が「どうしてそうなるの?」「なんで?」と聞きすぎたのかぶち切れた。「理由より覚えろ!」

そこからかに質問するのをやめた。

積み重ねによって、わからない→この程度もわからない・簡単と言われるだろう→自分馬鹿→なら勉強したって意味ないじゃん。といったループになってた。

解説を読んで「なるほど」と思っても、何も見ていないと何もわからない。テキストを解いても見たことある問題だなで終わってしまう。そして解説を見て「あれと同じ問題だったのに覚えていない。自分記憶力はダメなんだ。自分馬鹿なんだ」と自分が嫌になる。もっと勉強が嫌いになる。自分も嫌いになる。間違えちゃだめだと普段勉強試験並みのプレッシャーを感じていた。そしてもっと勉強が嫌いになって机に向かっても宿題に答えを写す作業だけしてた。

また、父は「遊んでこそ人生。いろいろ遊べ!」そんな人間だったので、私は父親っ子だった。それもあって母に内緒で父と一緒に出掛けたり、買い物をした。バレたときは怒られたが父はヘラヘラしていた。母が父に怒らないようにカンニングをしていたのもあった。私の点数がよければ母は怒らない。父も怒られない。兄弟に飛び火がいかない。

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理科だけは楽しかった。星とか断層とか自然には興味があった。だから塾のテストでも理科だけは点数がよかった。全国順位も高かった。だけど一個だけ点数がよくても塾のクラスは上がらないし、母は「理科ひとつできたところでねぇ…」と言う。中学受験のメインは算数国語から特に褒められなかった。理科のみの受験なんてないからだ。

父は勉強のことを「お母さんに聞いてね」としか言わないのでテストの点数を見せても「点数なんて気にしちゃいけないよ」と言う。励ましだと思うけど当時の自分は母と父、どちらも点数を褒めてはくれなかった。

はいつも比べる。○○さんは、兄は、テレビのあの子は、同い年なのに、あんたも同じ塾通っているのに。そして仲の良かった友人を嫌がっていた。あの子のお母さん嘘つきだから、あの子貧乏で意地汚いから、あの子小学生テストすら0点だから別に仲いいなら良いけどというが、そんな言葉は嫌いだから言うのだ。

ある時、酷かった国語テストの点数を書き換えたこともある。先生と同じペンを使ってバレない程度に書き換えた。と思ったがうっすらとバレた。「こんなに間違えているのにこの点数なの?」その時の母の目を今でも覚えている。

母に疑われている。怒鳴られる。○○さんは×点なのにと比べられる。なんで?責めされる。また遊びが規制される。兄弟と比べられる。この子は頭がよくなくてと紹介される。こんな子に育てた覚えはないと言われる。塾の金が無駄だったと言われる。教えてもくれないのに勉強を傍で監視してくるようになる。趣味バカにされる。

そんなことがドッと脳内を襲ってくる。おぼれて死んでしまいそうな罪悪感と恐怖で吐き気が喉元まで来るが、飲み込む。「そ、そんなことないよ」と答える。大きなため息をされた。冷や汗が止まらなかった。塾のラウンジでみんなが帰宅だと盛り上がる中、テストを見られて責められていた。小学生の頃のある日の記憶だが、今でも思い出すと頭痛吐き気がする。

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カンニングがひどくなる。塾で一回遠回しに指摘された。親に連絡入っていなかったが、でもやめられない。「バレない方法は」と考え、バレない方法にたどり着いた。でもカンニングには限界があって多少は点数がよくなっても多少で止まる。

でも楽だった。カンニングさえすればちょっと点数が上がる。本当は自分の実力で勝負しようと勉強を頑張った。でもわからない。わからないのにやらなきゃいけない。怒られる。怒鳴られる。金切り声が響いてしまう。頭に全く入らない。やらないといけない何かをこなしているだけだった。

勉強する→わからない→宿題が進まない→進捗を見に来た親に「これしかやっていないのか」「なんで?」と責められる→わかんないと言えば「解説をみてもう一度解くの」と言われる→解説を見たとき理解する→また自力で解くがわからない→解説をみると同じ系統問題だと気が付き自信を無くす→やる気がそがれて進まない→進捗を見に来た親に…と責められる時間自己嫌悪時間になる。

勉強なんて嫌いで仕方がなかった。答えを微妙アレンジして写すだけの日々だった。勉強時間なんて写すだけなので10分で終わる。10分で終わると親が怪しむので、父が持ってた漫画を借りてこっそり読んでいた。自分の部屋があって良かったと思う。

「私、そばで見ているから」と母が監視しながら塾の宿題したことがある。しか問題を見てもまず何をすればいいのかすらわからない。ずっと悩んでいると「寝てる?」「集中しなさい」としか言わない。怖い。責めてくる。「全然進んでない。なんで?」「なんでわからないの?」と責めてくる。私は「ごめんなさい。わからない」しか言えない。解説バンと渡される。解説が難しすぎてわからないと母に言う。「文章の通りでしょうが!」と怒ってくる。ますます頭が痛くなって解説が頭に入らない。文字が嫌になる。責められる。そして私は限界に達し「わかんない!うるさい!ババァ!」と叫ぶ。母と喧嘩をして「親になんて態度だ!」と家をつまみ出される。そして「私が悪かった」と泣きながら家のドアをたたく。「勉強しないあんたが悪い」「勉強すればこんなことにはならない」と責めながら家に入れてもらう。そんなのばっかりだ。兄は第一子だから母は優しかった。弟は末っ子だったから母は優しかった。私だけいつもこんなんだった。

でも優しいところもあるからすべてが嫌いになれなくて嫌だった。誕生日は祝ってくれるし、お年玉だってくれる。私の好きな食べ物もわかっていて「あなたが好きな食べ物よ!」と夕飯を豪勢にしてくれることだってある。「男たちには内緒ね」と高級なお菓子をくれることもある。旅行にも連れて行ってくれる。だからなおさら怒らせたくないとプレッシャーがかかった。小学生の頃、勉強の話を家でしたくなかった。みんなで楽しく生活しているのに私のせいでぶち壊れる。勉強して追い込まないとと思っても全然できない。そして誰も見ていないお風呂で泣いてた。勉強のできない自分なんて。何で覚えられないんだ!バカだ!バカ!と自分が大っ嫌いだった。枕が濡れることもよくあった。

小学生の頃には戻りたくない。社会人になった今でも思う。社会プレッシャーの方が何倍もましだ。

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小学校テストは授業を聞いていれば簡単ですぐ解けたのでいつも満点だった。でも母は「学校のはあたりまえじゃん」と笑っていた。塾のテストだけを見て、塾のテストだけで怒っていた。

結局、中学受験面接が重視されるところに受かった。おしゃべりは得意だった。

他の筆記だけの場所は全部落ちた。筆記だけのところはカンニングしていた。でも落ちた。そんな程度の能力だ。私は。カンニングしておいて落ちる。クズバカだ。

親としては微妙ライン学校だったらしく「受かって良かった」と言う裏では明らかに嫌がっていた。反抗期がくっそ尖っていた時期に「やっぱそんな学校いれるんじゃなかった」と言われていたのを覚えている。私が大好きな学校のせいにするなと私は怒ったから覚えている。

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中学に入っても母はテストの点数を見てきた。英語が酷くてすごく嫌な顔をしていたのを覚えている。英語は将来必要だとかどうでもいい必要性を1時間述べて、英語を教えてあげると言われたが上から目線だったので、案の定私はキレて断った。

そんな中、中学一年先生は優しかった。一年が終わる時の面談勉強が苦しいと相談した時こう言われた。

「君はどんなタイプの子でも仲良くなれる。これほどまでいろんなグループの人と仲良くなれるのは僕の教師人生40年で初めてだ。確かに成績は良くないけど、そこだけで落ち込まなくていいんだよ」そこで初めて勉強以外を褒めてくれる先生出会った気がする。

「君の友人の**って子は成績がいいから、その子相談してみたら?」と目から鱗だった。自分小学生のころから同級生と比べられていたせいで同級生に聞く=恥だと思っていた。人に質問する=恥だとも思っていた。

そこからカンニングをしなくなった。した記憶もないし、していないと断言できる。

成績は悪かったが、学校生活はとても楽しかった。先生たちは私の成績に頭を抱えていた時もあったが「まぁ、君は学校を楽しんでいるからいいか」みたいな感じで責める人はいなかった。学業以外で頼られることも多かった。追試会場でも追試仲間と一緒に先生に「授業が面白くない・わかり辛い。こうしてほしい」と相談することも増えた。そこの校風職員室がカフェのようなノリで入れるため、おしゃべりが好きだった自分先生に遠慮なく雑談を仕掛けた。そこからテストの点数が悪いぞお前→じゃあテストどうすればいい?→ここを山にして覚えればいいんだと教えられる→山なら授業のあそこがわかり辛いなどを相談する。

追々々々試くらいまでしょっちゅう行ったことがあるが、先生バカにしてきたことは一度もなかった。むしろ「君はよく逃げずに会場に来るねぇ」と感心していた。そこから追々々々試に来る、忍耐だけあるバカ共に一から丁寧に教えてくれた。ありがとう先生

そこから母への反抗期が激しくなった気がする。父方の祖母が亡くなったからのもあった。祖母戦争体験者で父と似ていて「自由笑顔であることが一番」な人だった。私はそっち派だった。母からしたら姑としていつも喧嘩していたのは覚えている。

から何を言われても「うっせぇんだよ!」で返した。小学生の頃は母に怒られたら怯えるしかなかったが、中学高校は「世の中は勉強だけで評価されるんじゃないんだ」と感じ、勉強のことしか言わない・認めない母と時には殴り合いになった。

後半→https://anond.hatelabo.jp/20240718233140

2024-07-17

金で学力を買っている

中学受験ということで、子供を塾に行かせてるけど、年間100万(少ない方)ぐらいかかりそう。

しかも、やればやるほど学力上がってる。

完全に課金ゲー、クソゲーすぎる。

中学受験威力も思い知った。

地方出身人間からすると地方選択肢なすぎる。都市部の方が圧倒的に有利。

2024-07-13

anond:20240713180629

医者になるのは中学受験経験者の男性が多い

男子校では全員男性ですと講演会があれば素直にそういう医学会になる

医者なんて中学受験してる人しかいないか無意識患者を見下してて当然よな

無意識好き嫌いからは逸脱できず、AI気持ちになればAIに劣る

人間習性から

2024-07-11

民草

パリピ孔明に「民草」という言葉が出てきて、 おそらく意味としては 「何の才能もなく平凡だが、毎日一生懸命に生きてる人々」 みたいな意味なのだろうが、 最近、どうもこの言葉に嵌ってる。

三村財務官の母校が麻布であることを調査する際に

麻布生が「日本国王」になれない理由1

http://blog.livedoor.jp/advantagehigai/archives/66112831.html

という記事を見つけたのだが、ここでは開成麻布の対比として、 仮に両方とも、10努力をすると100点をとれるとすると、 開成生は12努力をして120点をとりにいこうとするが、 一方で麻布生は8の努力をして100点を狙う省エネ戦法で行くのかというと それどころか3の努力で80点を取りに行く精神性があると書いてある。 だから麻布生はトップ国王)になれないのだ、ということだ。

これは中学受験にも問題があり、 麻布入試は明確に、3の努力によって80点をとれる子を選抜している。 麻布入試はよく、対策不能と言われるが、 そういう、ゴリゴリ努力したとてとれない問題を出すことによって、 超地頭キッズ選抜しているのだ。 偏差値では足りてたけど、落ちたという場合、 それはたぶん、地頭が足りなかったのだ。

麻布生はまさに「民草」とは真逆にある存在だ。 それ故に、おれは民草という言葉にハマってるのだと思う。 民草は、12努力をしても30点しかとれない人たちのことだろう。 ガイジすぎて笑ってしまう。 まさに草だ。

さて、民草という言葉最近おれが突然ハマり始めたもう1つの理由はおそらく、 最近になってようやく民草というもの存在に気づいてしまたからだと思う。 何を言ってるかというと、おれは民草の存在最近まで感じたことがなかった。

おれが通った幼稚園は少し特殊で、その中でもよく遊んでいた子に TくんとNくんがいるが、ともに早稲田慶応に進学したと聞く。

小学校公立だが、今思い返すと、「あきら特別から」と先生に言われていて、 その時は何のことかわからなかったが、今思うとそういうことだったのだろう。

おれの親は早期教育に反対していて、3年生になるまでは家庭学習は一切しなかった。 そのため、学校の成績はそれほど良くはなく、この前たまたま押入れの中から当時の成績表を見たが、 それはまぁ、ひどいものだった。

3年になると家庭学習も多少やりはじめ、そうすると成績が一瞬でトップクラスになり、 秋には地元の最難関中学受験塾に合格してしまった。 ここの塾に入るための試験はかなり難しく、かなりの子国立私立小学校か、 あるいは低学年向けの講座でゴリゴリに仕上げてきた子だった。 一方でおれは学校勉強ではトップクラスだったもの中学受験勉強はしてなかったので不利だったが、 試験中にすべてその場のノリで解いた。 問題パズルのようなものが多く、そもそも麻布栄光向きの子選抜するための試験だったので、それもおれには向いていたのだと思う。

入塾してからも一気に成績を伸ばし、 4年の秋には四谷大塚の組分けテストがあったが、 ここでも無事C会員に合格。 C会員の世界だと半分くらいは御三家合格するから、 ざっくりいうとこの時点で麻布栄光に行けることはほぼ確定した。 その後もそれなりに勉強はしたが、陸上部キャプテンとして陸上大会に出場したり、 自らミニ四駆部を立ち上げたり、デジモン転売業をやってボロ儲けしたり、 3以上の努力はしなかった。

結局、無事に麻布中学に進学し、超地頭キッズたちと楽しく6年間過ごした。 その後の大学受験は、高3の時に受けた鼻の手術がまずくエンプティノーズになったために残念ながら破綻したが、 あれがなければやっぱり3の努力東工大に進学してたと思う。 おれは、東工大で一番になり、MIT交換留学することが夢だったのだ(英語だけはそれなりにやり準一級までとってたのはこのため)。 結局その後京大に行ったが、 やはり民草とは程遠い世界だった。

新卒で入った日立製作所も、周りには修士以上が応募条件なので、 やはりここでも民草には会えなかった。 実のところ、それ以降の職場でも、特殊場合を除くと全員修士以上だった。

民草に出会ったのはようやく最近のことだ。 修士号もないやつがエンジニアリングをやるということが おれにはどういうことなのかさっぱりわからないのだが、 とにかく、民草学歴であっても、自分なりに創意工夫してエンジニアリングっぽいことをしてる 人たちがこの世には存在するということがようやくわかってきた。

まぁ、存在することはわかったとしても、 どうして彼らが自殺しないのかがよくわからないのだけど。 何が楽しくて生きてるの?

2024-07-09

やはりDVは男女同数なのでは

子供への家庭内暴力割合は男女でほぼ同等の調査結果が出てきた。

 

これまで、夫婦間でDV被害を報告してきたのは圧倒的に女だった。

しかし近年の暗数調査実施したところ、非常に多くの暗数男性被害が明らかになり、DV被害の男女差は無いのでは…?との説が出るようになってきた。

なぜなら夫婦間の殺人に発展したケースでは男女でほぼ同数で、殺人事件は例外無く警察に計上されて誤差がほぼ無いソースに使えるから

ここに子供への家庭内暴力件数調査があがってきて男女ほぼ同数という話が出てきた。

やはり家庭内において男も女も同程度に暴力的である推定説得力が増したのではないだろうか。

「夫は暴力的」というステレオタイプアンコンシャスバイアスにより被害が隠されていたケースが今後も増加していくだろう。

【判明】中学受験期に「父から暴力」14%、「母から」13% 教育虐待調査

https://news.livedoor.com/article/detail/26757426/

あっこれ煽りだけど、石丸伸二が居なくても蓮舫は負けてたからな?

※このエントリー都知事選2024蓮舫氏へ投票した人たちへのド直球な煽りです

いや?わかるよスゲーわかる、蓮舫氏の得票128万3,262票に石丸伸二氏の得票165万8,363票を足せば、小池百合子の得票291万8,015票を超える294万1,625票で蓮舫氏勝ってたじゃん理論ね?

蓮舫支持派は馬鹿なのかな?何で石丸伸二氏の得票がすべて蓮舫氏の得票になる計算なのか?普通に考えて石丸伸二氏が立候補しておらず蓮舫氏に票が流れるのならば小池百合子氏にも票が流れて然るべきだろう?(そして他の候補にも票が流れるのも当然)

極々簡単中学レベル数学だぞ?もしかしたら中学受験する小学生すら解けるかも知れないレベル問題だわ

Q.今回の都知事選は56人が立候補しました。そのうち石丸伸二氏が立候補を取りやめて55人になりました。56人だった際の得票率は小池百合子氏42.8%、石丸伸二氏24.3%、蓮舫氏18.8%、その他14.1%でした。都知事選立候補者数が55人の場合小池百合子氏と蓮舫氏の割合を答えなさい。

蓮舫支持派「こんな単純な計算で出る結果になるわけがない!」
都民「その通りですね!なんてったって自治体首長選挙は現職有利が常識ですから石丸伸二氏が居ない状況だと現職の小池百合子氏の得票にブーストが掛かります!!!

更に言うけどさ?石丸伸二氏得票を蓮舫得票で294万1,625票で小池百合子氏得票291万8,015票に勝てた理論欠点はさ、ひまそらあかね氏得票11万196票でひっくり返るんだよね〜?

ひまそらあかね氏って石丸伸二氏が立候補たか立候補したって言ってるんでぇ、ひまそらあかね氏も立候補しないとなると、ひまそらあかね氏の意味不明11万票のせいで石丸伸二氏が立候補しなければ蓮舫氏の勝てた理論も瓦解しちゃうんだよね〜?

いやぁゴメンゴメン!もう一度確認するけどクッソ煽ってるからな?最初に大きく書いてるでしょ?これは煽りですよってね?ちゃんと読んでる?

ひまそらあかね氏は小池百合子氏が立候補してるから石丸伸二氏が居なくても立候補してた理論もあるかも知れんがさ、ひまそらあかね氏の言うWBPC問題とかって言うヤツで小池百合子氏にも立憲民主党日本共産党と関わりのある蓮舫氏にも票が流れることがないわけで、結局また前述の割合計算の話に戻るのさ、現職有利ブーストも含んでね!

いい加減さぁ〜、希望的観測みたいなエコーチェンバー流行している石丸伸二氏が居なければ〜みたいな幻想捨てろよ?実態見ずにそういう幻想で動くから2位でも駄目で3位になっちまうんだよ?今回それが証明されたでしょ?

ほら次回はさ石丸伸二氏やひまそらあかね氏、安野貴博氏の真似をしてさネット選対をカクサン部の皆さんと頑張んなさいよぉ?

あ〜でもアレは格好良かったわRステッカー違法だけどな!草ァ!

2024-07-06

25歳

25歳になりましたあ〜!

私は母親が25歳の時にこの世に産み落とした子供なので、なんか25歳になるってちょっと特別な感じがします。10代の時に思ってた25歳よりもだいぶだらしない仕上がりになっていますが、それにちょっと安心感を覚えているところも正直あります

私の人生中学受験を機にだいぶ上方修正されてしまいましたが、本来なら田舎で娯楽がないが故にうっかり子供ができて若き母親になってたっておかしくないようなカードを引いて生まれたので。これまでちょっと上振れしすぎてたのをちょっとだけ本来非常に高かった可能性の方に修正してるみたいな感じなんですかね。

思いつく限りの血縁者を見渡しても大卒者が2人しかない田舎学歴軽視家系に生まれておきながら私結構頑張ってると思います

宇宙人を見るような目をされながら中学受験をするという意見を半ば無理やり通し、通塾権を獲得した10歳の私ガチナイス。そしてちゃん目標に据えた学校に受かって人生バチバチに切り開くきっかけと一生物の人脈を掴んだのはエクセレント。もはやファビュラス。明確にそこで人生が変わりましたよん。

その後まさかセンター試験1週間前に父親から「なぜお前が遊ぶ時間を買うために俺が4年間も金を出さねばならんのや 公務員試験じゃダメなのか」と言われたとき、うちの家系常識から自分が大きく外れたことに気がつきました。

あ、ちな父親悪い人みたいになってますが、離婚してから一緒に住むことすらできてない娘の得体の知れない選択によって発生したエグめの学費を払い続けてくれた最高の父です。本当に本当に本当に感謝してますわがまま聞いてくれてありがとう。ごめんね。

親に自分の出生に至るまでのストーリーを聞いたことはありませんが、小学生とき母親ママ友に「妊娠したとき○○(遺伝子上の父)とは付き合ってなかったんよね〜☆」的なことを話しているのをうっかり聞いてしまったので私はたぶんうっかりベイビーあるいは未だ知らぬ男の娘です。

死なせずにちゃんと育ててくれたと言えばそうかもしれませんが、「親である前に女」系毒親に育てられたおかげでいろいろ歪んでしまいました。

布団の下に隠されていた日記帳DV男との夜の営み記録が記されているのを見たあの日、明確に私の精神は一回死んだんですよ。

深夜に男のところにこっそり行くべく家のドアを開閉する音は未だに耳にこびり付いているし、弟と共に放置されて男との電話に勤しむ声を聞く日々も、男との思い出の品を平然と生活空間に並べられる苦痛も、「子供からそんなことをしても何も分かってないだろう」と私よりも遥かに頭がよろしくない母親にみくびられていたという本当に本当にこの上なく耐え難い屈辱も、残念ながら全部恨んでいるしそのせいでだいぶこちらの価値観おかしくなりました。眠剤でキマってさながらゾンビの如き母親毎日目の当たりにさせられたあの日々の地獄具合が分かりますか?言いたいことがありすます。でも人間って単純じゃないから、こんなに恨んでてもLINEが来たら返しちゃうし今すぐに縁を切る決断もできません。

自分人生に明確に責任を負い始めた時期が私は人より早い気がするのに、まだ全然どこかに責任転嫁したくなっちゃます

25歳じゃまだ無理なのかあ〜〜!!

帰っておいでと言われても帰りたくない場所しかいから、結婚するとかして帰りたい場所を作るか、守るべきものを作るとか(でも子供は産みたくない)しないとそのうち自殺しそうです。困りましたね〜。 30歳になったとき、あの時の私ガチナイス!と言えるような選択をそろそろかましておきたい。まだ選択肢すら手元にございませんが。そんな感じです。

おわり〜

25歳

25歳になりましたあ〜!

私は母親が25歳の時にこの世に産み落とした子供なので、なんか25歳になるってちょっと特別な感じがします。10代の時に思ってた25歳よりもだいぶだらしない仕上がりになっていますが、それにちょっと安心感を覚えているところも正直あります

私の人生中学受験を機にだいぶ上方修正されてしまいましたが、本来なら田舎で娯楽がないが故にうっかり子供ができて若き母親になってたっておかしくないようなカードを引いて生まれたので。これまでちょっと上振れしすぎてたのをちょっとだけ本来非常に高かった可能性の方に修正してるみたいな感じなんですかね。

思いつく限りの血縁者を見渡しても大卒者が2人しかない田舎学歴軽視家系に生まれておきながら私結構頑張ってると思います

宇宙人を見るような目をされながら中学受験をするという意見を半ば無理やり通し、通塾権を獲得した10歳の私ガチナイス。そしてちゃん目標に据えた学校に受かって人生バチバチに切り開くきっかけと一生物の人脈を掴んだのはエクセレント。もはやファビュラス。明確にそこで人生が変わりましたよん。

その後まさかセンター試験1週間前に父親から「なぜお前が遊ぶ時間を買うために俺が4年間も金を出さねばならんのや 公務員試験じゃダメなのか」と言われたとき、うちの家系常識から自分が大きく外れたことに気がつきました。

あ、ちな父親悪い人みたいになってますが、離婚してから一緒に住むことすらできてない娘の得体の知れない選択によって発生したエグめの学費を払い続けてくれた最高の父です。本当に本当に本当に感謝してますわがまま聞いてくれてありがとう。ごめんね。

親に自分の出生に至るまでのストーリーを聞いたことはありませんが、小学生とき母親ママ友に「妊娠したとき○○(遺伝子上の父)とは付き合ってなかったんよね〜☆」的なことを話しているのをうっかり聞いてしまったので私はたぶんうっかりベイビーあるいは未だ知らぬ男の娘です。

死なせずにちゃんと育ててくれたと言えばそうかもしれませんが、「親である前に女」系毒親に育てられたおかげでいろいろ歪んでしまいました。

布団の下に隠されていた日記帳DV男との夜の営み記録が記されているのを見たあの日、明確に私の精神は一回死んだんですよ。

深夜に男のところにこっそり行くべく家のドアを開閉する音は未だに耳にこびり付いているし、弟と共に放置されて男との電話に勤しむ声を聞く日々も、男との思い出の品を平然と生活空間に並べられる苦痛も、「子供からそんなことをしても何も分かってないだろう」と私よりも遥かに頭がよろしくない母親にみくびられていたという本当に本当にこの上なく耐え難い屈辱も、残念ながら全部恨んでいるしそのせいでだいぶこちらの価値観おかしくなりました。眠剤でキマってさながらゾンビの如き母親毎日目の当たりにさせられたあの日々の地獄具合が分かりますか?言いたいことがありすます。でも人間って単純じゃないから、こんなに恨んでてもLINEが来たら返しちゃうし今すぐに縁を切る決断もできません。

自分人生に明確に責任を負い始めた時期が私は人より早い気がするのに、まだ全然どこかに責任転嫁したくなっちゃます

25歳じゃまだ無理なのかあ〜〜!!

帰っておいでと言われても帰りたくない場所しかいから、結婚するとかして帰りたい場所を作るか、守るべきものを作るとか(でも子供は産みたくない)しないとそのうち自殺しそうです。困りましたね〜。 30歳になったとき、あの時の私ガチナイス!と言えるような選択をそろそろかましておきたい。まだ選択肢すら手元にございませんが。そんな感じです。

おわり〜

2024-06-26

anond:20240626100644

遠目のところに住んだ方が家庭教師で稼ぎやすいとは思うんだが、大学生が腐るほどいる東京近辺だとそんなに需要はないのかね

中学受験経験ないと弱いか

東大生どうせ親ガチャSSRだし国公立学費安いし値上げしろ

って言うやつ、半分正しいよ。でも半分間違ってる。なんで半分かって、東大生の親の世帯年収1000万以上が大体半分だから

2人の東大生を例にして比べる。

Aさん

男。埼玉都市部出身。親の世帯年収1090万。私立小学校から都内中高一貫男子校に進学する。親が教育熱心で、校舎が学校の近くにあるSAPIX鉄緑会に通っていた。周りが東大を受けるので、自分もなんとなく東大を目指して無事現役合格上智出身の親には喜ばれる。大学には埼玉実家から通う。週に2回、時給3500円の鉄緑会の塾講師バイトをしている。奨学金は周りも借りてないし、親にも何も言われなかったので借りていない。旅行好きで、年に数回海外旅行に行く。

Bさん

女。九州田舎出身。親の世帯年収780万。小中と地元公立校で、習い事ピアノ公文高校県内トップの共学公立校に進学する。家や学校の近くに校舎がないので予備校にも通わない。高卒の親には東大受験を反対されたがそれでも押し切って東大を志望する。高校受験対策に手厚く、なんとか東大現役合格。月5万の奨学金を借りて進学を許される。2年間の家賃補助制度で3万円安くなった、6万3千円のマンション一人暮らし。時給1150〜1500の飲食バイト塾講師バイトを掛け持ちして週5〜7働き、たまに単発の派遣治験もして、学費生活費自分で工面している。旅行好きで、バイトを休めれば年に数回国内旅行に行く。

実際の東大生マジョリティはAさんである。進学にも塾にも苦労していない。しばしば、Aさんはアイデンティティや進路、モテないことに悩んでいる。(そのくらいしか悩める不遇がないんだろう)

一方、数%だが確かに存在するのがBさんである。なぜならBさんは筆者だからだ。(多少脚色を加えている)そして、東大がいま家賃補助制度対象として増やそうとしているのもBさんのような学生地方出身女子学生だ。

家賃補助制度女子優遇批判を受けがちだが、その実あれは反対派が捲し立てるほど良いものではない。対象地方出身女子学生、期間は2年間だけで、3万円支給されるわけでなく家賃が3万円差し引かれる。対象物件についても、あくま大学が選んだ数十の物件から10希望まで選んで抽選になるのだが、大抵は元の家賃が8〜12万かつ大学から1時間近くかかる物件も多く、「2年間、ちょい安でやたら遠い部屋に住む」ということになる。問題根底は、地方出身男子学生がよく格安の寮に住んでいる一方で、地方出身の女が入れる寮がほとんど無いことだ。

その他の問題性別の要素を差し置いても同じだ。

Bさんは週6回働いても、時給が3倍のAさんが週2回働くのと同じ給料しかもらえない。時給の高いバイトは大抵、高校時代に通っていた予備校や、中学受験経験に左右される。Bさんは予備校OGでもないし、中学受験勉強内容は特殊で、普通に公立中に進んだBさんは学んでいない。だからBさんは時給が安く、東大生の中での評判も悪い個別指導塾で働くか、激務の飲食バイトで早朝や深夜に働く羽目になる。東大生バフで時給1500円になる個別指導塾バイト時間外労働が多くて、実質時給1250円程度、だから多くのAさんのような東大生は時給も待遇も良い家庭教師や準備時間にも時給が発生する集団指導塾を選ぶのだ。

Bさんは本来なら周囲の大人に「Bちゃんは頭がいいんだね」と言われながら、地元県立大学心理学部に行くとか、短大に行って看護師になるとかが関の山だった人間だ。そうならなかったのは本人の才能と努力に加えて周囲の人間比較的寛容だったからでしかない。優秀な両親の頭脳社会的地位を受け継ぐAさんが難なくある程度良い大学に行けるのは本人の努力ではないとまでは言わないが、決して難しくない。持続可能社会とはAさんの子供がAさんであるだけでは成り立たず、Bさんのように1世代社会的地位が上昇する人間がいなければならない。

いまBさんは月8.5万のバイト代と5万の奨学金で53万の学費を支払い、月に使える生活費は9万。Aさんなら親が出してくれるかもしれない交通費教科書代も、Bさんにとってはバカにならない。この時点でまず進学は不可能だ。学費が年10万上がると、月の生活費は8万円になる。帰省交通費を出すので精一杯で、旅行には行けなくなる。

学費を年10万くらい値上げしたって平気だ。どうせ親ガチャSSR勝ち組人生なんだろ。金持ちはいくらでも払わせておけ。という言説は多くの東大生において確かに正しいが、それが当てはまらない東大生こそ、増やすべきなんじゃないのか。たとえBさんは自分の通ってる間に値上げがなくても、自分の苦労を思えばこそ、未来自分と同じような学生の苦境を想像して、自分のような学生が将来減ってしまうことを想像して、値上げに反対しているのだ。Aさんたちはどうせ知ったこっちゃないだろうから別に黙ってればいいけどさ、少しくらい想像力を働かせてくれてもいいんじゃないかな。

(追記:地方世帯年収780万なら東大じゃなくても、旧帝大でも医学部でも行けるだろ、という意見に対して

個人学歴キャリア問題としてなら分からなくもないですが、マクロ的に見ると、本来東大に受かる能力のある人が東大に行けないというだけで社会的損失だと思います。もちろん個人問題としても、学費免除が使えれば/あと少し世帯年収があれば/あと少し地域間教育格差がなくなれば/格安学生寮に住めれば/せめてあと10万円くらい学費が安ければ通えていた第一志望の大学に通えないというのは、残念なことです。また、Bさんタイプの家は「女は勉強できなくていい」と思っているので、たとえ隣県の医学部に入れるお金があっても、その代わりに県立大学に通わせて、余った金で新車の軽を買い与えます学費値上げの話と直接関係しないので省きました。

ちなみにAさん、Bさんの例は色々脚色を加えてはいますが、それぞれの全体的なバランスは極めてリアルものだと思います

皆さんが指摘している通り、Aさんも決して特段「富裕層」というほどではありません。Aさんは親が教育に熱心で積極的投資しているだけで、普段生活は極めて普通一般市民のものです。かつBさんも決して「貧困層」などではなく、少なくとも生活には困らず、そもそも大学に進めている時点で恵まれています。筆者は学費免除になる年収400万円以下の苦境で東大に進んでいる人たちを心から尊敬しています

ただ、学費が値上げされて困るのは誰か、現状変更によって「今はギリギリ通えているがこれから難しくなるのは誰か」というだけの話です。)

(じゃあ例の有志たちみたいに表立って実名抗議活動するかと言われると、下手に公安に目つけられたら将来国家公務員になりにくくなるのかな?とか考えるし、自分キャリア人質に取られてる気分ですね。。あ〜あ、東京大学の辛いとこね、これ)

2024-06-25

刺青がモロに入った反社丸出しのヤカラ系男子は清楚系美人学生とどんどんSEXしてほしい

ただし、絶対強姦ダメ


相手の心を落とさないとダメ


そのうえでヤカラ諸君にはその子のことを単なる肉便器として侮っていてほしい。


”清潔でとにかく無口でテンション低いのが平常運転だけど、自分価値をわかりきってる美人

合意の上でそういう男に股を開いて、ハメ撮りや乱交も喜んで受け入れる・・・・・・

そんなシチュエーションに何よりも興奮するんです私は。

多分、中学時代経験がこういう性癖に影響を与えているのだと思います

メガネ黒髪無口なのにもかかわらず学年No.1人気があった憂いのある美人同級生が、学校最凶と悪名高かったヤンキー同級生と付き合っていたんです。

非常階段の踊り場でバックでヤったw」とヤンキー君が男連中に自慢してたらしいのを小耳にはさんでほんと最高だったし感謝感激だったんですよ。

贅沢いえば……

反社・ヤカラにいいように肉便器にされそのことを喜んでいたのにもかかわらず、

就職した瞬間にそういう過去黒歴史として葬り去り、

大企業勤めの同年代とシレッと結婚し落ち着いた聡明美人の家庭人として豊洲二子玉や品川小杉のタワマンに住む」

そんな締めくくりであってほしいものです。

小生、手使わないで射精しかねないほど興奮します。

とにかくですよ?

一見すると関東連合区別つかないようなヤカラの皆さん(できれば学歴弱者前科持ちであってほしい)は、どんどんこういう女性アプローチしていってほしいんです。

そうしてくれると私、ドピュッドピュッと良く精子を出すことができるのでありますはい



余談ですけどねえ。

「この手の女子は才女、育ちが良さそうに見えるだけで実は反社情婦がお似合いのアッパラパー」

なんて吐き捨てる人、結構ます

でもこれ東京育ちに関しては本当に全然違うんですよ。

しろ彼女女子校で学年生徒数少ないのに例年東大何人も受かるような中高一貫校中学受験で入ってたりして、私立専願ながらちゃんとお馴染みの難関大出てたりするんですよ。

受験生時代から英語世界史が妙に得意だったりしちゃってね!!


それなのに、それなのに……

大学進学後、男なんかに影響されて腹や尻にタトゥー入れてみたり、乱交(反社様やヤリサ幹部様、複数の強き者から求められる悦び)に忌避意識なかったりしてもう最高。

なんのための実家暮しだあ!笑

2024-06-21

anond:20240620192949

石丸伸二の漫画の幅の広さにビビった

鬼滅の刃は二十歳の集い向けとか、相手や状況に応じて引用する漫画のシーンが豊富にあるから漫画賢者なんだと思う、知識を知恵に変えられる

中学受験までの人は漫画クイズなっちゃうんだろうな

というかこれって社会人マナーだよな、オタクに媚びてるんじゃなくて、相手話題を合わせる石丸伸二にオタク過剰反応しただけ

例えば投資好きの人には株価の話、スポーツ好きの人にはトライアスロンの話をするんじゃないの

2024-06-17

氷河期アラフィフ

年収700万、中途で正社員

子供2人

共働き奥方は同じくらいの年収

既婚だが弱者男性と思ってる

恐怖の大魔王はいつ来るの?いつ世界は滅ぶの?

数年前から飲んでる抗うつ剤も効いてない、少し量を増やしてもらおうか。

元々メンタル弱くて、鬱っぽかったけど、子育てモチベーションでなんとかやりくりしてた。

夫婦関係メンタル維持するのはセックスしかなかった。

しかしながら、子作り以外では行われなくなったためメンタルどんどんおかしくなった。2人目以降は年1あれば良い方。奥方は性欲ないし、過去トラウマセックスできないんだって

数年前に浮気されて、他の人とはセックスするんだと呆れた。反省してるのかと、高をくくったが、全く反省してなかった。

1年間はやり直そうとも考えたけど、育児夫婦の考え方が違いすぎて、夫婦としての再構築は諦めた。セックスの回数は増えることなく、同居人として生活する事に決めた。

再構築中に一回セックスをしてみたが、時間制限ありで笑えないくらいひどかった。

経済的理由で再構築選んだと自分に言い聞かせた。

ここ数年は会社飲み会も復活してるみたいで、午前様が多い。週末も家にいない。

来月、会社の人と旅行に行くとのこと。喚く気力もない。子供たちのためにお金入れてもらえれば、それで良いのかもしれない。

数年前再構築中に、人生しまなくてどうするの?と奥方に言われた。お前が楽しむ前に子供達の将来どうするの?と質問質問で返してしまった。娘の中学受験中に浮気してた奴のメンタルは違うわ

あと数年で育児が終わるという頃に、少子化だ補助だ援助だと話題になったところで、時期的に関係なさそうよね。

氷河期社会人になって、惚れた女いたかブラック会社だけど正社員になって、数年は新婚気分でラブラブ生活たかっけど、子供欲しいって望まれたから2人作って、仕事辛かったけど辞めずに働いて、奥方負担減らすように頑張って育児も分担して。お金ないなりに苦労させないよう、色々我慢して、気がついたら奥方自分の道を進んでいて家事育児から遠ざかり。楽しまなければ負けな人生送ってて。

だけど育児は続くわけで、育児理想が高かったから逃げることはできなくて。

後で気づいたんですが、そんな努力は誰から評価されない。育児頑張ったところで会社評価しない。育児頑張っても評価は上がらない、下がるだけだった。

経済的な援助が潤沢だったら、さっさと別れてた。ヘルパー雇って会社地位も築けてたかもしれない、もう少し健康生活思考ができていたのかもしれない。カモシカカモシカ

子供2人が社会人になったら奥方と別れるんだろうけど、独りになって時に生きる気力残っているのだろうか。

その時に安楽死合法化してたら使いたいが、だいたいタイミング悪いので死んだ後に合法化されるんだろうな。

1999年7月に滅んどけば良かったんだ

早く世界よ滅びろ。

2024-06-13

バカ無能な女はつらいよ

まれも育ちも庶民

長野善光寺で産湯をもらって以来つつがなく生きてまいりました。

長野善光寺に産湯はないです。そういう書き出しにしたかっただけ)

卒業以来親元を離れ東京の片隅でそれなりに働いて暮らしております

会社には私のような庶民から上流の方々までいろんな階層人間がいて、多少交流させていただくこともございます

ある時、ひょんなことから重役のご子息とご一緒させていただきまして、不釣り合いだと思いながらもお付き合いさせていただくことになりました。

と、私は思っていましたが、どうも勘違いだったようです。

どうも世間知らずゆえ、体を重ねるということは即ち結婚を見据えた交際なのである思い込み、恥ずかしながらその後で、それはセフレというものであると知ったというていたらく。

お笑い種でございます

彼のご一族はみなさんなにかしらの立派な企業のお偉いさんらしく、都立大にある彼の広いマンションのお部屋でそのご一族会合のお写真なんかを拝見したりして、なんだか異世界に迷い込んだような心持ちがしたものです。

けれどもそんな夢心地もつかの間、何かの折に結婚の話になりまして「君みたいなのを家族に会わせたらみんなびっくりしちゃうよ、ありえない」と言われた時、そうかそれは承前のものとして弁えておくべきことであったか、私は何を勘違いしていたのかと、恥ずかしくて顔から火が出る思いでございました。

しかし同時にそういう上流の方々と私はなにが違うのか、私の何を見てびっくりさせてしまうのか、とんと見当がつかないことになにか心許なさのようなものを感じたことも覚えております

それから数年後、私と同じような家柄の庶民男性と一緒になりました。

二女をもうけ、不器用ながらも子育て仕事に励んでおりましたが、出産以降は体力が落ち、仕事パフォーマンスは全盛期の半分ほどになりました。

それでもなんとか夫と共に働き子育てをし、幸いなことに子供特に大きな病気などにも罹らず健やかに大きくなり、ある日、夫は中学受験をさせたいと言いました。

もっとも私も夫も片田舎出身ゆえ、ふたりともその経験はありません。

なにから始めたらいいか右も左もわからないまま上の子は5年生にさしかかりました。

とりあえず塾。しかし私も元々成績も芳しくなく偏差値50ちょっと学校をやっとこさ出たような身で、それも勉強のしかたなどなにもわからないままなんとなく末席に身を置いていたようなもの

子供に教えられるほどの効率的有効勉強法など持ち合わせてはおりません。

子供たちが安心して勉強できるようにとちょっと無理をして中古住宅を購入し、夫はこれからかかるであろう学費のためにも仕事に励んでくれていますから、夫に頼るわけにもいきません。

塾での成績もなかなか思わしくなく、塾を嫌がる子供をなだめたりすかしたりおどしたりしながらなんとか通わせる、家族ともどもストレスフルな日常

こんな状態では二月の勝者でいうところの「養分」にすぎないことは重々承知

それでもつきっきりで子供にしてやれそうなことはいくつかは思いつくものの、出産以来の体力の激減、それによる仕事の遅延への焦り、そこに更年期障害の体調の悪さも手伝って、子供になにもしてやれていないという忸怩たる思いに苛まれ毎日でございました。

私がもっと頭がいい人間だったら。

私がもうちょっと要領のいい人間だったら。

折しも夫は着実に昇進し、社会的地位は盤石なものとなっていきます

日頃から夫とは割合和やかにやっておりましたが、たまに諍いを起こすとき、なかなか切れ味の鋭い刃物のような皮肉でもって人を見下すような非道いことをうっかり口走る夫です。

いえうっかりではない。普段思っていることをいつもは黙っているけれども、ここぞという時に吐き出している風で、後から訂正されることは決してないのです。

そういうことも仕方ない、これは私の不出来のせいだと泣きながら自分を納得させるしかないのです。

でもいくら彼の話を理解しようとしても、私は同じような失敗をするらしく、彼を苛立たせます

そういうこともきっと他に何もなければちょっとは覚え改善できたでしょうが子育て仕事の悩みに苛まれている最中、夫の言葉はこたえます

そんな折、あの御曹司言葉を思い出しました。

私のような女は上流の方々が見ればすぐにこういう不出来がわかるのか。

本当にそれが言われたことの真意だったのかはわかりません。おそらくそれとは違う何かだったような気もします。

けれども無能ゆえのストレスで頭の多少おかしくなった女は、そんなつまらない記憶からさえわざわざ自虐することを止められなくなるようです。

同じく庶民の出ながら優秀である夫の足を引っ張るしかできない愚かな妻で母親です。

ともすればより安全地位子供を押し上げてやれたかもしれないところを私がだめにしてしまったのだ。

そう思うと絶望し、ますます生活は空回りしていく。

壊れていく私やわがままになって手がつけられなくなった子供たちに耐えられなくなり、夫はとうとう出て行きました。

誰が悪いわけでもない、ひとえに私の不出来と根性のなさが悪いのです。

けれども子供たちにはできればこういった種類のつまらない劣等感のようなものは味あわせたくはない。

さて、どうしたものか。

願わくば私のようなものではなく夫の優秀な遺伝子を受け継いでいることを願って、これからも私のできる限りをするしかないのだけれども。

そんな遺伝子存在するのか、あるいは人は育ちが全てなのか?私にはそれは分かりません。

なぜか唐突に思い出した、祖父が好きだったフーテン寅さん哀愁をおもいながら、これから人生子育てについて思いあぐねているところです。

2024-06-12

anond:20240611201817

あのバイトへの攻撃性ってなんだろうね。言われてもどうしようもないし…キレイスーツ着た人も横柄だったり(むしろ工事現場の人のほうが礼儀正しい場合が)親の教育なのかね

中学受験金融IT英語等の教育に熱心な話は耳タコだが、それと同じくらいの熱意で道徳奉仕精神の涵養に努めているという事例はとんと聞かない

貧すれば鈍する。余裕が無い人間精神も荒んでる(自分たちは違うので、何か気を付ける必要は無い)という言説もいくらでも目に付く

これが今の子育て世帯教育実態だとしたなら、元増田の言うような状況の社会になるのは残当

過去を捨てて生きてきたので人生がなんか薄っぺら

常に過去を捨ててきたのでそれぞれのステージの厚みが数年分しかない。

幼稚園時代 クレしんに影響されたスケベキャラ

スケベ≒大人≒カッコイイ と思っていた。

スカートめくりをするとか河原エロ本を探すとかしてた。

なんかめっちゃ怒られたので辞めた。

辞めてからは内気な性格になり隅っこで本読んでた。

小学校時代 個人特定されたくないから書かない

恥の多い小学校時代を送っていた。

問題行動が多すぎて「内申点終わって人生終了するから中学受験しろ」と言われ中学受験

中学受験記念受験勢が入るような学校へ行く。

中学校時代 学校ではボッチでネットに入り浸って陰謀論アンチ活動

小学校時代自分がヤバすぎたのではと気づく。

目立ちたがりだったのが良くなかったのだと考え、学校ではひたすら影を薄めていたらボッチに。

でも承認欲求を満たした過ぎてネットにのめり込み陰謀論者に。

嫌いなゲーム芸人アンチ活動陰謀論の日々。

高校時代 ネットから距離を起きゲーセン通い

まりネットで頭がおかしくなってたことに気づきネット距離を置く。

家にいるとネットに入り浸るのでゲーセン時間を潰す。

そして格ゲー動物園入園民度ゴミになる。

大学時代 漫研という名の漫画村情報共有サークル

ゲーセン人間関係を構築すると変なのばっかと付き合うことになるから帰宅部は駄目だ、ということで漫研(読み専の方)へ。

時間ばかりあって金が無い大学生の集まりなので当然のように違法読書サイト情報を共有しまくることに。

個人利用で読むだけならセーフ!共有したらアウト!URLだけ教えるから自分で探せ!」を旗印に同人誌稀少本も含めて色々読む。

就活シーズン 人に言える過去がなにもない

奇行陰謀論アンチゲーセン違法読書就活ネタになるものが一個もない。

とりあえず業界研究やりまくって「ガクチカ就活ですよ。学生時代ことなんて社会に出たら忘れて頑張ります」でなんとか内定を勝ち取る(?)

社会人 無事ブラック企業

内定を勝ち取ったというより、まともな奴なら避けるような会社に応募した中ではまだまともな部類だったというだけらしい。

同僚もなかなかに奇行過去を持っていたが、それを平気で口にするからビビった。

そういうのリアルで言わないほうがいいっすよと思いながら「いやー自分ゲーセンに入り浸ってたぐらいでしたねー。灰皿投げてるとか都市伝説っすよー(自分も投げたことあるなんて言うわけねーだろ😅)」と話を合わせる。

このままだとヤバイなと転職活動をする。

社会人2 やや薄いブラック

ちょっとだけマシな会社に入ると周りがだいぶマトモになる。

でもやっぱホモカルチャー部活動でチン毛を焼いてたぜみたいなアホな過去を口にする人達もいたので転職活動

社会人3~ 過去を捨て続けるジョブホッパー

社会人になってから奇行がなくなったみたいに言ってたけど、実際にはどの会社でもキレ散らかして喧嘩してたりする。

から定期的に自分のことを誰も知らないコミュニティを求めて逃げ続けている。

人に話せる過去がない。

いつも直近数年分ぐらいしか本当の人生がない。

ライフステージ毎における最も印象的な出来事と言える奇行の数々は一切語らない。

幼稚園では本を読んで過ごしてました

小学校では受験勉強してるフリしてゲーム

中学校ではネットおもしろニュースにはまり

高校時代受験ストレスゲームで発散

大学ではサークル仲間と部室飲み

昔居た会社はなんとなく伸ばしたい方向のスキルが伸ばせなかったので転職しました

俺の主成分を一切取り除いた俺の知らない割と普通人生へと過去がすり替わっていく。

誰なんだろうコイツは。

たまに出会う「子供の頃からサッカー大好き!社会人になってからフットサルしてました!好きなチームは昔から地元のあのチームです!」みたいな人生めっちゃ一貫性ある人に出会うと人生の厚みというか、通された一本筋の長さにビビるんだよな。

俺の人生にもそういうの欲しかったんだけどさ、「幼稚園時代からセクハラ三昧だったぜ!」とか「中学時代出会った陰謀論が私の人生を変えました!世界「真実」を届けたいです!」とかじゃあヤバすぎるやろ?

人生出会ったアイデンティティが捨てるしかない過去だった人間はどうしたらいいんやろうなあ。

俺以外の誰も知らない奇妙な生き物のジプシーライフという形で芯が通っているといえばそうなんだが背骨としては縦横無尽に蛇行しすぎててなあ。

2024-06-08

セックスけがない人生

俺の人生にはセックスけがない。

セックス以外がすべてあるわけじゃないから、正確に言えば「ほしいものはセックス以外は手に入る人生」だった。

少しだけ俺の半生を聞いてほしい。

俺は某政令指定都市の家庭で生まれた。今年で20代後半になる。

教育熱心な両親の庇護のもとで育ち、小学校受験私立小学校に通い、中学受験を経て中高一貫男子校入学した。

偏差値65〜70くらいの大学卒業して、今は社会人として働いている。

幸い勉強はできた。

去年の年収1000万円くらい。

お金もたくさん頂いている。

学生時代文化系部活所属していて、運動経験はほぼ0。

たまにそのことで劣等感を感じることもあるけど、そのことで卑屈にはならないようにしているつもり。

体型は普通体型で、自宅のぶら下がり健康器を使って懸垂とかの筋トレをしている。

からそんなに見苦しい体型ではないと思う。

趣味映画館映画を見に行くこと。

家だと強制力がないのであまり映画は見れない。

YouTubeを流しながらTwitterをやったりしている。

2年前くらいか仕事が忙しくて(という言い訳をしつつ)取り組めていないけど、詩や小説を書いたりもしていた。

ネットの内輪でだが、褒めてもらえることもあった。

友人はそんなに多いほうではないけど、数ヶ月に一回くらいの頻度で飲み会したり映画を見たりする人が数人いる。

仕事の話からプライベートの話、話題ニュース下ネタ学問まで、基本的にはどんな話題もオッケーの間柄だ。

ネットミームが伝わる友だちは最高。

職場人間関係もそんなに悪くはないと思う。

上司からあだ名で呼んでもらえてるし、仕事は取り立てて優秀というわけではないが、愚痴文句は言わないようにしている。

後輩とご飯を食べるときは基本全部奢るけど、それよりかは仕事ぶりのほうが人望に直結すると思うから、偉ぶらず今後も仕事に取り組みたい。

両親の仲はそんなに良くなかった。

父親仕事の都合で単身赴任を初めてから、そのまま夫婦の別居状態が続いて、結局そのあとは一度も家族が揃って一緒に生活することはなかった。

今は離婚していて、二人とも俺としか連絡を取らない。

そういう家族だったからか、俺は漠然と「あたたかい家庭」に憧れがあった。

から(あるいは人から)与えられたもの家族)だったから、自分の手元からなくなってしまったんだと思うようになった。

自分ほしいものは、自分で手に入れなくては。

10代の後半くらいから、おれは家族がほしかった。

これまで、何人かの人と付き合ってきた。

Twitter出会ったり、マッチングアプリ出会ったり。

現実人間関係がぎくしゃくするのが怖くて、ネットでの出会いがメインだった。

最初彼女は歳上の人で、俺は童貞彼女に捧げた。

今思うと、精神的な安定性に欠ける人で、身体の繋がりに彼女は縋っていたのかもしれない。

でも、俺がセックスをした恋人はその彼女だけだった。

二人目の彼女とは一番長く付き合っていた。

でもそれは期間の話であって、時計の針が進めば勝手に増えていく数字だった。

単位で付き合っているのに彼女とはキスすらもしたことがなかった。

そういう雰囲気にならないのだ。

夜には必ず実家に帰るし、ラブホのように二人きりになれる場所に行くことすらなかった。

ある日俺が彼女セックスをしたい、身体関係を持ちたいと言ったら、彼女は「自分はそういう感情を持ったことがない、なんならしたくない」と言った。

俺も詳しく知らなかったが、そういう性自認があるらしい。

「じゃあどうしてマッチングアプリをやってたの?」と訊くと、「味方になってくれる人がほしかった」と彼女は言った。

結局その彼女とは別れたが、俺はそこから異性をセックスに誘うことが怖くなってしまった。

そのあとも、ありがたいことに学生時代の知り合いの紹介や、マッチングアプリ女性と付き合うことができた。

「付き合ってください」「よろしくお願いします」

でも、付き合ったその先、セックスをすることはなかった。

一緒にカフェに行く、映画を観に行く、酒を飲む、それ自体楽しい

楽しいが、それは彼女じゃなくてもできるのだ。

同性の友だちともできるし、そういうところに一緒に行ってくれる異性の友だちもいる。

わざわざ「付き合う」と口にして、彼氏彼女という名前がついた関係性なら、セックスをしたかった。

でも、どうやって誘うのかがわからなかった。

彼氏彼女ならセックスをするのが当たり前、ではないことをおれは前の彼女に身をもって知らされた。

断られるのが怖く、その誘い方で幻滅されて別れることになるのが怖かった。

みんな、俺には勿体無いほどいい彼女だったから。

友人たちには基本的にどんな話もできたが、この性に関する悩みだけは打ち明けることができなかった。

たぶん今もできない。

みっともないという言葉がピッタリな、自分の弱さだと思う。

自分の弱さを見せたくないという自尊心もあると思うし、その弱さを曝け出すのは友人に失礼だとも思うから

彼女たちと別れたのは、俺がその悩み、要は自分欲望のことばかりに夢中になって、彼女たちへの思いやりが欠けてしまたからだと思う。

ひどいことをしてしまったと思うし、彼女たちがちゃん人間性判断する女性なんだと再確認できて安心するところもあった。

風俗に行って、金で女性の膣を借りたこともあったけど、プレイ最中に「好き」という言葉が喉元で詰まった。

好き好き言いながら腰を振れば、気持ちよくなれるのはわかっていたけど、出会ったばかりで名前も知らない女性のことは好きでもなんでもないのだ。

きじゃない人に好きと言うことを、俺の口は許さなかった。

この人のことは別にきじゃないんだよな。

俺は好きな人セックスできないんだよな。

そう思うと、なんだか虚しくなって、汗で湿った風俗嬢の身体がいやに冷たく感じられた。

俺は恵まれ人生を送ってきた。

健康身体に生まれ、食べるものに困らず、読みたい本を買い与えられ、高級な教育を受け、友人に恵まれ、暮らすのに困らない金を貰い、人に感謝し・感謝され、自分のこの魂も魂の容れ物も、決して嫌いじゃない。

でも、この先もうセックスができる気がしない。

俺とセックスをしたいと思ってくれる、俺を男として好きな異性が現れる気がしない。

贅沢な悩みだけど、みんなが当たり前のように持っている「それ」を、俺もほしい。

時どき思うんだ。

セックスがしたくてたまらない状態と、心に波風が立ってない凪の状態、どちらがニュートラルなんだろうって。

素敵な女性たちから、星の光のような思い出をたくさん貰った。

それを眺めながら穏やかに生きていけばいいじゃないか、と思うこともある。

でもそうじゃないんだという心の叫びもある。

周りの人にこんなこと話してもしょうがないけど、誰かに聞いてほしかった。

最近、頑張って口角を上げるのがつらくなってきたから。

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