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はてなキーワード: ディレッタントとは

2024-03-04

anond:20240303015338

教養なぞというのはちょっとしたオシャレに過ぎない。イタリア製の服に身を包んで同好の士の間だけでアピールし合っているようなものだ。

オッペンハイマーはむしろディレッタント物理に全力投球するより広い教養を備えるタイプだった。

2023-07-01

現文で山月記を読んだ時もそれなりにはそうだったけど、それ以上に初めて「奇をてらう」とか「ディレッタント」みたいな単語がこの世に用意されてる事を知った時の方が見透かされてる感はヤバかった

2023-06-22

高校入試が無いかラク出来ると騙されて一貫校の中学入試を受けた。

おもしろ/鬱屈受験録を期待する人は読まないほうがいいです。おれの内的な整理なんで。

元々進研ゼミか塾かの強制二択で前者を取ったのだけど、家にいてもテキストが視界に入るのが不快でたまらなかった。

いつだか、コレ説明不足だろって感じの算数解説イライラしてた。添えられたイラストナントカ君のつっまんねーギャグが異常に癇に障った。きっかけは些細だけど、募る不快が爆発してテキストをクシャクシャにして投げた所を母に見られた。

で、なんか揉めてヤケになって塾に通うって言ったのを覚えてる。

渋々通ってる内に、なぜか入試を受ける運びになってたような気がする。

6年間のまとまったモラトリアムが手に入るなら、まぁ……って自分に言い聞かせた。PSPモンハンの購入を禁止されたのも我慢した。というか当時は「ダメ」と言われて逆らうって発想が無かった。

そんな感じでマジメというか了見が狭かったんだけど、ある時学校寺島君に誘われて掃除サボるという体験をした。自分人生サボるという選択肢が現れた。

黙ってPSPを買うほどの勇気、というかその発想は未だ浮かばなかったけど、意を決して塾をサボってみた。

バレなかった。10km離れたイオンまでチャリこいでフードコートに居座ってエヴァ読んでた。実はバレてて初犯だから見逃されてたのかもしれない。

そんで調子こいてサボりまくっていたらバレて、嫌なら辞めろと言われた。

冗談じゃない。塾通いでドブに捨てた日々を今更無かった事にしろと?初めは強要されて、今更辞めて良いと言われたってアンタは私の時間を返してくれるのか?

典型的コンコルド効果ってやつだったな。

なんてアンビバレンスな感情に苛まれて泣きながら「通わぜでぐだざい」って頭を下げた。

後日学校で○○塾サボったって本当?と複数人から訊かれた。金輪際母に大事情報を伝えるのはやめとこって決めた。

まあそんな感じだったけど一応第一志望に受かって、晴れてまとまった6年間を手にした。

合格後になって実は土曜も授業があると知らされた。そんなとてつもない重大情報は真っ先に言えよカスコイツらの味噌汁農薬でも混ぜて殺してやろうかな、って本気で思った。

かなりマジで悩んだけど、まあ今更……という事で入学を決めた。

親の意向とは違って上昇志向なんて1ミリも無かったんで、勉強に励む気も毛頭なかった。

初めての定期テストでは当たり前に100点が取れる色刷りのやつに代わって、70とか40とか書かれたザラついたテスト用紙が返ってきた。

塾じゃん。学校テストじゃないじゃんって思ったよね。

学校テストで平均を割るなんて考えられない体験だった。まあ後の惨状に比べれば全然可愛いもんだったけど。

どこかにあったプライドがやや傷つきはしたけど、そこで悔しさをバネに、なんて気持ちサラサラ湧かなかった。

目的を忘れちゃいけないからね。ダラけるために小学生時代放課後を捨てたんだから。ってことでさほどは気にはしなかった。

こんな塾の続きをするために入学したんじゃないんだよおれはって事で、もう勉強は丸投げしようと決めた。授業中は寝るかゲームか買い与えられたばかりのスマホをいじるかだった。

唯一ちゃんと授業受けてた中一1学期に聞いたクリプトコッカスネオフォルマンスとか、バージェス動物群のピカイア、オパビニアアノマロカリスみたいな単語だけ今でもよく覚えてる。

合格発表の時おれが「これでもう勉強しなくて済む!」って言ってた時にはヘラヘラしてた癖して、いざ入ってみれば成績にグチグチ言う両親を適当にいなしながら、モラトリアムに浸った。

考え事してる内に、自分なりに実存主義相対主義に辿り着いたりもした。サルトルとかニーチェとかハイデガー大学入って齧った時、コイツおれじゃんってマジでびっくりしたよね。

道徳の授業で教わるような規範はもうおれにとって意味を持たなかったし、晴れて購入を許可されたゲーム没収されても黙って新しいのをもう一機買うのに罪悪感は微塵もなかった。

歳相応に、というか同年代よりも遥かに時間をかけてアイデンティティかにも悩んでみた。

こういうのは拗らせた10代の一過性の悩み、で片付けていいもんじゃないと今でも確信してる。厨二とかいわれるような心をすっかり忘れてしまったら人間お終いだと思う。

まあそんなんで順当に成績はカスだったけど、教室空気を吸ってるだけでも無自覚に上昇志向というか、学歴厨じみた思考が植え付けられてくるんだよね。

進学校が持つ一番の機能はこれなんじゃないかって思う。

高校にもなれば受験話題が増えて、おれもそれに合わせていった。

こんなに勉強嫌いでも大学受験をする事だけは疑わないんだから恐ろしいもんだね。高卒人生落伍者ってかなり本気で思ってた。

最初勉強ちゃんとやってれば楽しいはずだなんて自分に言い聞かせてみたけど、やっぱり苦痛だった。だから変に楽しもうと工夫なんかしようとしないで、入試の通過手段と割り切っていこうって決めた。

これはそのまま、賃金労働自己実現だとかやりがいなんか求めず生活の糧と割り切って、軸足趣味において生きようという人生方針へとスライドしていく。その「割り切り」は後の人生の後悔にも少し繋がってくるんだけど。

そんな感じでやっていって入試に臨んで、まあぼちぼちの結果といった所に落ち着いた。

終わってみれば後出しで後悔も湧いてくるものだけど、進路に関しする始まりは「ダラけたい」だったんだから小学生の頃の自分への義理はそれなりに果たせたと思う。

大学入ってから世界史とかロクに聞いてなかったからその辺文脈理解必要な話にはやっぱり苦労したけど、一人で考え事してた時の内容は宗教学哲学レポートを書く時大変に活きてる。

教授から直々にメールで褒められた時はちょっとしかった。大学勉強楽しい時もある。大抵ダルいけど。

放っとけばボーっとしてるかたまに好きな事に手を出すだけ、根が遊び人ボンクラから環境下駄を履かされて助かってきた部分はあるんだろうなって思う。

でもアッパードル王道を目指す生き方を非常に中途半端内面化してしまって、好きにも「べき」にも振り切れないハンパなディレッタント崩れになってしまったよね。

思うままに生きた人生は暗澹たるものだったかもしれないし、もっと肩肘張らずに生きていられたかもしれない。考える意味のない可能性をつい思っちゃうね。

振り切れた生き方をする勇気なんて平凡な人間にはなかなかないし、そのバランス課題なんだと思う。

たらればを言えばもっと「好き」に振り切れる期間が欲しかたかもしれない。

高校上がってから嫌々ながらも主体的勉強を始めたと言ったけど、本当はもっとからハンパな「べき」が心にあったんだよね。

6年のモラトリアム期間だって、何をするにも「こんな過ごし方でいいのか」って水を差してきた。

なんというか幼い白黒思考の潔癖状態の段階で、バランスなんか考えられない状態で相反する価値を抱えてしまって、それでどっちつかずになってしまった感じだな。

中庸って言葉にすればありきたりだけど、そこに実感や納得を乗せられたのはせめてもの学びか。

勉強から逃げて(そもそも最初から立ち向かおうする気なんかなかったんだけど)自意識を煮詰めた時間だけは無駄じゃなかったって、そこだけは確信を持って言える。

でも出口のないナイーブな悩みなんか適当な所で蓋をして、どこかで思考停止して目の前の生活をやってく生き方はある種の賢いものなんだろうなとも思う。

まあ人生なんて結果論しか語れないだろうし。電源ボタンはあっても、セーブ機能リセットボタンはないのだし。

正解なんかないんだから納得できるかどうかが全てなんだろうけど、今のところちょっと自信はない。

せめて今ある、これから人生は愛せるようにいたいもんだね。

2023-04-14

いい加減生き甲斐を決めたい。

生きるとはなんぞやと言う事を思春期の頃にずっと考えていた。勉強より遊びより人付き合いより、何より大事問題だった。

50周ほどして結局生きる意味などない、自分で作らねばならないという結論に至った。

理屈ではダメだ。理屈で考えれば答えなど出るはずがない。

納得だ。「納得」は全てに優先するぜッ

人は理屈で喜び、理屈で苦しみを感じる訳ではない。いつだって感情が先だ。感情論理に先立つ事はない。

いつかは人の頭が解き開かれ、全ての規範記述に塗り潰されるかもしれない。でもそれは今じゃない。「今」は今考えられる事が全てだ。

何を拠り所にするのか。他者から承認か、存在も確かめられない神様を信じるのか。

どれも腹落ちしない。内から発せられる心の底から確信、納得でなければ。

どれだけ強固に思えた確信でも揺らがないとは限らない。年老いるごとに考えが変わってしまった、今までの人生とは何だったのかとこぼす者も少なくない。肩肘張ったって幸せになどなれない、気楽に生きようと言う人もいる。

私の軟弱な心とて、価値ある人生を追い求める疲れに耐え切る保証などどこにもない。結局私も同じ結論に至れば、車輪の再発明だと笑われるかもしれない。

しかし彼らの結論は彼ら自身経験を踏まえてのものだ。彼らには納得を与えても、私にはそうでない。私の人生当事者は私だけだ。

こんな事を真面目な顔で人に語れば、ナイーブすぎるんじゃないと引き気味に諭されるだろう。それはきっと間違いない。だからどうしたというのだ。

価値ある人生などという幻想を捨て、凡庸人生しか送れない事を受け入れる。諦める。それを、折り合いをつけ大人になった事だと言い聞かせる。

それはきっと賢い生き方だ。

しかしその口ぶりはまるで、禁煙した人間タバコ執拗非難するかのようではないか

生き甲斐などという考えは毒なんだろう。少量の毒が薬になるだとか、そんなレトリックはいらない。心の蓋を抑え続けた方が楽に生きられるだろう。

しかしそこから溢れ出続ける一抹の迷いから目を背けて、納得ある生き方をできるだろうか。

今際の際に、生きていて良かったと思えるだろうか。

ニヒリズムなど拗らせるものではないという反省は、人生を使った経験で納得を得るまで何の実感も伴わない。そんな考えは後回しにすればよい。

では、私の心は何を囁くのか。具体的に何をしたらよいのか。

表現行為に答えがあるように思えてならない。

根拠などない。凡庸な発想だ、くりえーたーになってチヤホヤされたいというだけかもしれない。

それが純粋動機かなど、確かめる術はない。

答えは知らぬ。時間もない。そのどれもが誤りかも知れぬのだ。後悔は死んでからすればよい。

好きと憧れを分けるのは就職セミナーだけで十分だ。

生活の気晴らしの趣味は持っている。しかしそれは、生き甲斐と呼ぶにはあまりに心許ない。

生き甲斐なくして生きる価値などない。とはいえいくら生き甲斐が全てに優先すると言っても、目の前の生活をこなさなければそれもままならない。

高校入試大学入試就職活動。

趣味に没頭したいが、いつもそれらが頭を過ぎって水を差してきた。いずれは結婚を焦る事もあるかもしれない。

常に先を考えろという父の教えがなければ今はもっと惨めな生活を送っていたかもしれない。しかし、生き甲斐に殉じようという確信ブレーキをかけてくる。何をするにも、こんな事をしている場合だろうか?と。

楽器をいくつかやってみた事もあった。中級者の壁を超えられるかどうかという境界彷徨っていたが、超える事なく人生イベントを機に中断してしまった。

小説でも書いてみようかと思ったが、これも結局最後まで形になることはなかった。

生活に屈して趣味生き甲斐まで押し上げられなかった。

色んな映画や本に触れてきた。色んな事を思った。そうやって感情を揺らし続けるだけでも人生は満たされるかもしれない。でももう一歩、まだ何か足りない。確信と納得には届かない。

世の優れた表現者達は、きっとこんな人生論をこねくり回す暇があれば手を動かしている、動かさずにはいられないのだろう。純粋な喜び、人生の焦り、衝動、憧れ、何かの感情に突き動かされて。

たった一度限りの人生だ、何かが欲しい。しかしこれきりの人生で何かを捨てるのも嫌だ。大切にしたいからこそ、中途半端な事もしたくない。

自分可能性を疑うのも嫌だが、しかし私はきっとダ・ヴィンチのような万能人ではない。なにか一つに人生を丸ごと捧げて、ようやく自分一人を納得させられる域に至れるかどうか。それだってからない。

それでもどんな可能だって捨てるのはあまりに惜しい。

アンビバレンスに挟まれ決断しかねて長い時間が経った。10代の頃、価値あるものだと確信できる生き方を決意し、もう10年近くの時が経っている。モラトリアムの終わりも近いが、未だ私には何もない。慰めの趣味だけだ。

絵を描くだっていい。物語を書くでも、楽器を弾くでも、曲を作るでもいい。

後世に名を残す傑作など目指さなくていい。ただ、人生これで良かったと確信できるだけの自己満足であればいい。

選ばなければ始まらないが、捨てなければ選べない。あるかも分からないちっぽけな可能だって、私にとっては大事ものだ。

しかいつまでも迷ってはいられない。今の時点で納得ある決断をする事は出来ない。納得できるかできないか、それは後からついてくる。決断しない事には何も始まらない。

しまいにはタイムリミットになるかもしれない。ネットに掃いて捨てるほどいる、何者にもなれかったディレッタント崩れになってしまう。既に片足を突っ込んでいるのかもしれない。

自分には何もなく、評論家を気取って批判にもなっていない難癖をネットの方々に書きこむようになってしまうかもしれない。

生き甲斐を選び取る決断をしなければ。

でないとオレは「前」に進めねえッ!「どこへ」も!「未来への道」も!探す事は出来ねえッ!!

「納得」は必要だッ!

『納得』は『誇り』なんだ!

Choose Lifeだ。私にヘロインはないから。

2021-08-06

高市早苗ナチス

高市早苗自民党総裁に推す動きがあるようだが正気だろうかと思う。高市にはナチスシンパと取られる言動過去があり国際社会に対する国家の顔とするにはヤバすぎる。

2014年にはネオナチ政治結社との記念撮影写真問題視されて海外でも報道された。

https://www.theguardian.com/world/2014/sep/09/neo-nazi-photos-pose-headache-for-shinzo-abe

これは当然英語版Wikipediaにも載っている。

 

更に1994年には『HITLER ヒトラー選挙戦略』小粥義雄著という本への推薦文を寄せていてこれも火種となる可能性がある。(記事中に推薦文画像

https://buzzap.jp/news/20140910-takaichi-hitler-book/

因みにこの本の著者は自民党東京都支部連合事務局広報部長である

 

でも高市がなんでこんな軽挙妄動をしたのかは説明が要る。これは彼女キャリア形成に大きく関わっている。

文化状況

まず、1990年代前半には安定と思われていた戦後民主主義への疑義、反発を表す論壇でのブームがあった。それで国法学地政学カール・シュミットナチスに関わった人物を再評価する流れがあった。例えば福田和也の『奇妙な廃墟―1945』はフランスナチス詩人達を再評価して同国の極右文芸を論ずるものだが、書かれたのはフランス革命200周年の1989年である

この福田が論壇文壇に上がって来たのは『HITLER ヒトラー選挙戦略』の前~前前年ぐらい。民主主義(仏革命)への異議がナチス評価へ至るディレッタンティズムな流れだ。鬼畜系などのサブカルクソ野郎はこの底辺である

高市封印されたキャリアターゲット支持母体

高市松下政経塾に入塾し保守的政治家への指向最初から持っていたのだが卒業後はコングレッショナル・フェロー制度により米民主党パトリシアシュローダー議員の下で働いた。同議員女性の権利を強く志向する議員でありその後の高市立場とは相容れない。

政治家になる前に松下政経塾入塾、米国でコングレッショナル・フェローというのは売りになる立派な経歴であるが、高市後者の経歴、特に師事した議員の事をずっと表に出さなかった。数年前にコングレッショナル・フェローの経歴虚偽疑惑が噂された原因の一端はこの為だ。

 

シュローダー議員への師事を終えた高市帰国してCNNデイウォッチなどのTVキャスター等を勤めた。Wikipedia高市早苗の項では1990年TVキャスター登板のように書かれているが間違いである。

CNNデイウォッチでの政治的立場リベラルだが、仏革命200周年のフランスの祭典のニュースでは反仏革命思想を紹介するなど保守的立場を窺わせている。

 

ところで自民党の票田には神道周辺の右派が居り、老人や学校先生など一般社会からやや外れた人らを構成員としていた。神社寄合を核とした緩い繋がりで、その社会的妥当性をやや欠く集団自民党が票田としつつ、自民党現実主義暴走を防ぐという構図である。例えば遺族会会長には右翼的政治家を当てないという知恵が自民党にはあった。

 

90年代自民党旧態依然族議員が幅を利かす男社会であって女性議員活躍する筋は無かった。高市三バンのうちTVキャスター看板はあるが世襲ではない為地盤はない。その為無所属当選した高市最初リベラル標榜して自由党に入った。

地盤が無い議員地盤を持つにはどうしたらいいか族議員の様な支持基盤を持つには?特に場所がない女性議員であれば?

その答えが神道系固定票へのアピールであったのだ。教育勅諭には良いことも書いてあるとかユルい事を言っていればいい。現実政治との擦り合わせなんて立場は出さずに思想的に理解を示すのが支持に繋がる。

『HITLER ヒトラー選挙戦略』の出版もそれへの推薦文も自由党時代の事だ。これはつまりナチス評価サブカルディレッタントブームへの迎合高市のその後の支持層への秋風だったのである

高市が拓いたキャリアパスと白いスーツの女たち

高市はこうしてリベラル議員への師事の隠避と宗教右翼層へのアピールにより自民党女性議員活躍する道を拓いてきた。総務族と言っても良いキャリアも出来た。

しか問題なのは高市開拓した道以外に女性自民党でやっていく道筋が無い事だ。小泉時代には経済自由主義での道が見えたかに見えたがその後無くなり高市路線けが残った。

これが安倍チルドレンなどの新人女性議員差別発言をわざわざするという原因になっている。女性議員はそれまでの人生的蓄積やキャリアアピールせずアンビバレントで複雑な大人人格を出さず、イデオロギー純粋さを見せること。これのカリカチュアライズされた子供アニメの悪役みたいなバカ杉田水脈であるのは言うまでもない。

そもそも現在自民党世襲がきつすぎてキャリアのある人が登用される可能性がほぼない。それで高市コースだけキャリアパス確立されていればそこを歩むしかないのは必定である

 

今の就職活動では同じ色のスーツを着るのが常識になっているが、嘗ては特に女性は色付きのスーツを着る自由があった。

それで白いスーツを着ていき、面接で「あなたの色に染まります」と言うキモイやり方があったのだが、高市の拓いたパスはまさに白いスーツ女性議員の量産と言える。その原初高市の米民主党議員師事したキャリア隠避だ。

 

以上が高市が『HITLER ヒトラー選挙戦略』への推薦文を寄せるという軽挙妄動の原因とそれで拓いたキャリアパスである

国際社会向けの顔にするのは無理じゃね

こんな過去があって、更に数年前にネオナチとの写真が流布されてサミットかに出るのは無理なんではないか

EUの顔役でもあるメルケルと折り合いがつくのか?

高市総務省キャリア放送行政に寄っている。だとすると女性版ゲッベルズとか書かれるのが目に見えている。自民党への不信に対抗するのに女性、と考えたのだろうが安直だし、それはそもそも支持基盤保守論壇(嘗ての宗教右翼系)の視野を外から見てないから気が付かないのだろうと言う外無い。

2021-07-17

anond:20210717134826

立花隆が死んでそういう教養主義時代も完全に終わったと思うがな。

お前が好きそうなタイプ人間の大半は現代ではディレッタントにすらなれない中途半端人間になってしまっている。世の中が細分化して深くなってしまたからね。

「それは本物ではない」という無敵ワードを出せば無条件勝利ということになって気持ちいいのだろうけど。

2019-01-23

anond:20190123155057

真面目な話すると、JavaCOBOLプロジェクトとかそこら辺はそもそもコードを読むものではないぞ。(人が沢山かかわっている関係必然巧拙入り混じってるコードしかいから)

仕様書とか設計書とかの資料や。

それも死ぬほど多いし前提知識必要ものばっかだったりするから、まー途中参加マンはその辺理解すること放棄してディレッタント任せにするのがそういうプロジェクトあるあるやで。

2016-01-05

http://anond.hatelabo.jp/20160105231354

みんなが見捨てたんじゃなくて、

君が君自身を見捨てたんだよ。

諦めをつけたディレッタント自暴自棄に至る。

バーナード・ショウ

2015-06-15

青二才氏に送る文

http://togetter.com/li/834557

散々罵倒した相手が「はてな」の古参ユーザーだと知った途端に掌返しをしたときも驚いたが、今度のはそれ以上に驚き、悲しい気持ちになった。

青二才氏よ、あなたは今後、自分自身をどのように育て、売り込んでいくつもりなのだろうか?

今回の件で青二才氏との接触を避けるようになるのは、なにも女性に限った話ではない。女性に嫌われる人間と親しくすることは、男性にとっても少なからぬ負荷となる。そのことは、あなたが今後どのような道に進んでいくとしてもマイナスになるはずだ。実績もなく、会いたくもない人に仕事を頼むことなどありえないのだから

思うに、20代半ばを過ぎて青二才を「自称」することの歪さを自覚するべき時期が来たのではないだろうか。

挑戦を未来先延ばししながら「僕はブログを書くとき自分時間制限を設けて、プロ執筆家になる練習をしているんだ」(笑)などという寝言が許される場には、あなたはもう立っていない。ひとつひとつの言動が、取り返しのつかない形で評価対象になるような、タクティカル勝負の場にあなたはもう立たされている。そう思った方がいい。

もちろん「ブログけが生きがいの無職」というのも一つの生き方ではあるのだけど、20代後半、30代になればだんだん苦しくなるのは目に見えているので、そろそろ本気で自分が身を立てていくための戦略を考える必要があるのではないだろうか。

はてな」は幼稚さに対して寛容であり、ディレッタント一定の評価を集める、現代においては希少な場であると思う。

幼稚なディレッタントである青二才氏が存在感をもつのは「はてな」ならではの現象なのだろう。それはそれでいいことだ。

だが、乏しい知識はやがて枯渇し、「わたしの感覚」を過大視し、批判を受け流すようになるのはディレッタント宿命である青二才氏が何者かになろうというのであれば、自らの「専門」を打ち立て、それを深めていくことが必要なのではないか。「専門」の深みを知ることは、とりもなおさず自らの浅さを知ることでもある。そのとき初めて、あなたは本当の「青二才」になる。

青二才氏が今回の騒動を機に、ブログ執筆よりも、専門性確立に向けた勉強思索により多くの時間を費やすよう方向転換することを願ってやまない。

2013-08-11

地方と都会の文化格差問題低学歴高学歴文化格差問題ってのは、全てが後付けであって、見ようとしたから見えたものなんだと思う。

インターネットってのは、決して開かれている公の場なんかではなくて、基本的には自分の「一般」世間と他人の「一般」世間文化闘争。



たまにはてな見てても、本当に抽象言葉を使って、自分の考えを抽象次元で語れる人なんて殆どいなくて、基本的な構造は、自分の見識を、さも一般性があるような言葉を使って、自分の考えを高尚なものに見せかけるレトリック。「一般」の次元で語るのと、「抽象」の次元で語るのは違う。いわゆるディレッタントの手口というか。「低学歴高学歴」みたいな話題も、それが簡単に自分体験談を落とし込めるから何回も流行っているだけ。


どうして「地方と都会」「低学歴高学歴」「ヤンキー」「ロードサイド」のような話題が自分体験談を落とし込みやすいかというと、それが学業世界に属していた時に、「テストの点数」や「進学先」っていう明確に優劣を計れる物差しがあったからであって、尚且それが日本人である限り義務教育のおかげで、誰とでも共有できる体験だから


そこにあいつらと俺は違うっていう只の二元論選民意識と、あーそれわかるわかるって共感してさも一般論のように自分選民意識の小さな偏見体験談を語る人たちが寄せ集まって巨大な偏見の渦と化しているのがキモい。確かに地方と都会っていうカテゴリー現実存在するんだけど、それが文化格差から始まって、選民意識になってる小さい自尊心キモい

たまにはてなに感じる気持ち悪さって、存在しない格差を、あたかもそれが存在するかのようにレトリックで作りだすエリート選民意識なんだよね。要するに、「あいつらと俺は違う」っていう小さなプライドが、この低学歴高学歴文化格差問題の全ての元凶になってるわけ。

 俺は、俺の思想にしたがって、彼らの存在を可能な限り正しく把握し、そこに感情的色彩を挟まない努力をしなければならない。「あれはバカで、どうにもならない」でかたづけてしまうのは、俺にとって敗北だからだ。

この辺が特にキモい。まるで自分だけ一人安全地帯に逃げ込んで観測者ぶってるのがキモい



 彼らには「インターネット」という概念がよくわからない。よく言われることだが、たとえばTwitterならTwitterという「個別のアプリケーションがある」というのが彼らの感覚であるLINEは使ってないんでよくわからん)。



こういうのって、学歴とか、あいつらはこれを知っていて、俺らはこれを知っているかあいつらとは違うっていうしょーもない二元論で語るのではなく、バカをさせてしま構造的な側面から語らないと、只の偏見差別の羅列になると思うな。

2008-03-27

ディレッタント的生活

声優ブログを見ていてなんともうらやましい生活をしているなと思った。まあ彼女はかなり恵まれている環境に有るみたいなのでそういう生活も出来るんだろうけど。

2007-03-28

いどばた会議選挙

ねーねー、公報みたー?

ネットで公報みれなくていいのはBRICsまでだよねー!

山口節生不動産鑑定士57歳さいたま市公認の団体が意味わからん
吉田万三歯科医師59歳足立区足立近辺の地場票はありそう
外山恒一ストリートミュージシャン36歳熊本県熊本市吉田ぐらいの得票いくんじゃね?
石原慎太郎東京都知事74歳大田区たぶんこれが当選
浅野史郎大学教授59歳宮城県仙台市東京都宮城県ではない
黒川紀章建築家73歳港区自分の中ではこいつ
中松義郎国際創造学者(届出名はドクター・中松78歳世田谷区手が震えてた
高橋タクシー運転手61歳足立区手書きでルビ
佐々木崇徳勝訴証拠評論家64歳大阪府北区ちいさい字で長文
佐藤茂樹タレント(届出名は桜金造50歳中野区ちょんまげ
木村一成学者(届出名は高島龍峰)71歳千代田区インパクトがあったのは職業だけだった
内川久美子風水研究家49歳中央区意外と公報がまとも。唯一女性
鞠子公一郎ディレッタント33歳練馬区ナルシスニート
雄上統一作家65歳新宿区記憶に残らなかった




ご自由にご利用ください。

|山口節生|不動産鑑定士|57歳|さいたま市|
|吉田万三|歯科医師|59歳|足立区|
|外山恒一|ストリートミュージシャン|36歳|熊本県熊本市|
|石原慎太郎|東京都知事|74歳|大田区|
|浅野史郎|大学教授|59歳|宮城県仙台市|
|黒川紀章|建築家|73歳|港区|
|中松義郎|国際創造学者(届出名はドクター・中松)|78歳|世田谷区|
|高橋満|タクシー運転手|61歳|足立区|
|佐々木崇徳|勝訴証拠評論家|64歳|大阪府北区|
|佐藤茂樹|タレント(届出名は桜金造)|50歳|中野区|
|木村一成|易学者(届出名は高島龍峰)|71歳|千代田区|
|内川久美子|風水研究家|49歳|中央区|
|鞠子公一郎|ディレッタント|33歳|練馬区|
|雄上統一|作家|65歳|新宿区|

2007-03-25

都知事選を甘く見てた

http://www.youtube.com/watch?v=ccwpbsJsWvM

そして熊本出身を甘くみていた。

ディレッタントことニートまり子に興味深々だったのだけど、

僕の読みが甘かったです。ごめんなさい。

http://anond.hatelabo.jp/20070324192616

風水とか易学者がまともに見えてきた。

2007-03-24

鞠子公一郎 ディレッタント 33歳 練馬区

ちょっと気になったのでググって見た。ホームページも無いみたいね。

ブログとかも消されてる。

で、ディレッタントキーワードを見て思ったんだ。

学問芸術趣味として愛好する人。好事家(こうずか)。



33歳で好事家?

・・・。

これってもしかしてニートってことですか??

なんか激しくわくわくてかてかしてきました。

なんかオークションやらなにやらで残り香だけ辿れるのだけど…

2005年にあまりにもそのまんまなTBがついてたからそのブログ魚拓やらweb.archive.orgやらで漁ってみたんだけど、人気なさすぎて収集されてないみたい。

情報を漁るぜ。

お。TBブログアドレスにあった/user/cottyjp/に注視したらブログらしきものを見つけた。

http://blog.livedoor.jp/cottyjp/

…。属性を少し理解した。

金持ち一族のぼんぼんくせぇにぇ。

なんか教科書みたいな英文だな。

なんかお前らのうちの誰かが立候補したみたいな感じでしょぼんとしてくる。

都知事選。 自由に発言できるのは増田だけ

山口節生不動産鑑定士57歳さいたま市
吉田万三歯科医師59歳足立区
外山恒一ストリートミュージシャン36歳熊本県熊本市
石原慎太郎東京都知事74歳大田区
浅野史郎大学教授59歳宮城県仙台市
黒川紀章建築家73歳港区
中松義郎国際創造学者(届出名はドクター・中松78歳世田谷区
高橋タクシー運転手61歳足立区
佐々木崇徳勝訴証拠評論家64歳大阪府北区
佐藤茂樹タレント(届出名は桜金造50歳中野区
木村一成学者(届出名は高島龍峰)71歳千代田区
内川久美子風水研究家49歳中央区
鞠子公一郎ディレッタント33歳練馬区
雄上統一作家65歳新宿区

http://www.senkyo.metro.tokyo.jp/

より編集

ほんと都外から立候補している東京出身でもない人は一体なんなのだろうか。

顔写真も添付してやりたい。ネット顔写真が落ちていないのはどうしてだ?

学者とか風水研究・・・?

ディレッタントってなんだ!?

今回の選挙は一体なんなんだ!


http://www.sankei.co.jp/chiho/tokyo/070323/tky070323000.htm

●中松氏

 都民には今回の選挙は非常にモヤモヤ感があるといわれている。石原都知事のいろんなほころびが出て、このままでいいのかという思いと、その後に出てきた候補者がどうも、この人だという決めての人がいない。

おもわずドクター中松に同意してしまった。

北朝鮮をめぐる6カ国協議では日本だけが孤立しており、北朝鮮ミサイルを撃ち込んでくることはもう現実のことだ。

都民の命を守るのが都知事だ。私は北のミサイルをUターンさせ、都民を守ることができる唯一の候補。

Uターンできるよ!('(゜∀゜∩  そして萌えた。

 
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