「基礎練」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 基礎練とは

2020-07-08

anond:20200708084444

その漁る時間基礎練習に充てろ。

この先も何十時間画像漁りに浪費する気か。

ヒトカクとかで馬鹿にせず基礎練習やれ。

下手でもいいから模写の枚数をこなせ。

なんとなく見なくても描けるようになってきたら、なぜそこに線を引くのか、影を付けるのか、など理屈を考えて手を動かせ。

2020-05-25

英語長文は先に和訳を読め

劇的に勉強ができるようになる方法なんてものはそうそうないが、多くの学習者が犯しがちな非効率的勉強はいくつかある。その内の一つが、自宅での学習で「英語長文を解こうとする」ことだ。

誤解のないように言っておくと、本番前の演習が目的であれば、もちろん本番と同じように解いたほうがいい。ここで述べているのは、あくまでも日常学習としての英語長文の勉強だ。

先に和訳を読め

少なくとも高校レベル学習者であれば、英語長文は先に和訳を読んでから本文を読んだ方が良い。

先に和訳を読むメリットは明らかだ。すなわち、予め内容が頭に入っているので、英文をスラスラ読めることである。つまり文章の要旨とあまり関係がない単語などに煩わされることなく、長文を読むことができる。このため、復習の頻度が上がり、定着率も高くなる。

これには、次のような異論があるかも知れない。すなわち、先に答えを知ってしまうと、分からない部分を考える力が身に付かない、というものであるしかし、これは根本的な誤解をしていると思われる。

しかに、数学物理であれば、ある程度難しい問題をじっくり考えて解くことは重要で、その割合英語よりも多くて然るべきであるしかし、英語は単なるコミュニケーションの道具であって、難解と言われる英文パズルのように解釈することに本質があるわけではない。

英文構成するほとんどの部分は、中学生でも少し時間をかければ分かるような易しい文である。したがって、この部分が自然理解できることが、長文読解の基礎となる。そのためには、この平易な部分をスポーツ基礎練習のように反復し、文字通り「体で覚える」ことが重要になる。

ところが、英語長文を「問題」として取り組もうとすると、分からない単語や構文を調べるので力尽き、結局、空所や下線部の周辺だけを考えて放置してしまうようなケースが少なくない。こういう人は、(自称)複雑な英文解釈は得意だが、英文を読む速度が異常に遅いとか、基本的英文法・語法が抜けているという状態に陥りがちである。これは喩えるなら、マニアック野球理論は多く知っているが、キャッチボールが続けられないようなものである

そもそも和訳から先に読んだところで、学ぶものはたくさんある。「ある表現英語でどのように言うのか」「自分が知っているのとは別の表現がされていた」など。重要なのは、そういうものを調べたりするのに「手間をかける」ことではなく、最終的に「きちんと理解する」ことである。したがって、和訳から読んだ場合も、後で辞書を引いたり、文法事項を学ぶことは重要である

英語学習において、「慣れ」と「理論」は両輪の関係である多読で獲得した慣れは、きちんとした文法知識裏付けられる必要がある。逆に、知識だけはあっても、それが文脈に即した用例と結びついていなければ、長文読解や英作文で活用することは難しい。

2020-01-26

ドラム初心者用の曲

ドラム練習最近してるんだが基礎練みたいなのだけずっとやってきてしまった。

そろそろ曲やってみたいかドラムの入門者用の曲あったら教えてくれ。

2019-11-28

anond:20191128091459

自分言及して書き足しているんだよ。おっさんだよ。使い方よくわからないんだよ。調べるのも億劫おっさんだよ。さっきはあまり時間がなくてザーッと書いたか言及追記するおっさんだよ。

まず君に一番聞きたいことはゲームCGデザイナーのところ読んだかな?って言うことだよ。

https://www.nintendo.co.jp/jobs/introduction/design/work01.html

このゲームCGデザインのところだよ。読んだかな?多分君がやりたいのってこれだよね?

終わりの方に「任天堂ではたらくゲームCGデザイナーに求められること」があるね。ここには「長い目で見ればツールよりも基礎的な造形力やデザイン力のほうが大切」、って書いてるね。

これの言いたいことはツールの使い方は結局自分で木を削って彫刻を作るかCGで書くかと言うのは基礎的な力の延長でしかない、っていうことだけど、この文章の裏を返せば、「ツールガッツリ使えるようにならないとだめだよ」っていうことでもあるんだろうね。だって、それが中心業務なんだから

だけどね、実はもっと大事なことがこのページには書かれている。

すべての段落に書かれているんだよ。わかったかな?

ユーザープレイヤー

明確に単語が書いてあることがほとんどだけど主語が省略されている場合も「ユーザー」なんだよ。

これの意味することは何だって考えたことはあるかな?君が今考えるべきなのは「何でこんなに『ユーザー』って書いているんだろう?」っていうところだと思う。

おっさんが考えるに、ゲーム世界のあらゆるものには「何でこうしたのか」っていうのが入っているんだと思う。一見すると単なる邪魔な置物も「何でここにあるのか?」っていうのはあると思う。

3Dモデルにもなって時間概念が入ってくると、「こういうデザインだと夕方眩しすぎる」とか「こういうデザインだと夜何も見えなくなる」とかそういうのもあるだろう。

ここに木箱を置いてみたらユーザーはなんとかして開けようと一生懸命なっちゃうから開かないってわかるデザインにする、とか、このキャラにこの服を着せちゃうと敵っぽくなっちゃってユーザーは話しかけないから敵じゃないってわかるデザインにする、とかそういうこともするんだろう。

そしてどんなに基礎力があってもユーザーのことを考えられないなら多分ずっと上からの指示に従ってモデリングして配置して色塗るだけになっちゃうんじゃないかな。自分上司で部下がそういう人ならそうする。それは君の望んだ世界だろうか?多分、もっとデザインの中心に入ってこのステージはこういうふうにしよう、ああいうふうにしよう、って決めていく。

君がデザインした画面はユーザーにとってはまるで本当に自分がそこにいるかのように没入できる

君がデザインしたフィールド物語インスピレーションを10倍にも100倍にも高めてくれる。

君がデザインしたキャラクターは最小限のポリゴン数でびっくりするほどクールになる。

そんな仕事をしたいんじゃないかな?

じゃぁどういう人がそういう仕事をできるのか?って言うことだよ。おっさん意見として聞いてほしい。

勉強もしないで遊び呆けていたようなやつにはできない。

なにか特定のことばかりをずっとやってきたようなやつにも残念だけどそれはできない。

前者と後者、どちらが可能性があるかって言うと実は前者だ。だけど技術がないから結局できない。後者はかなり努力がいるだろうけど結局キャッチアップできる頃には結構な歳になっていてできずじまいになる。

どんな業界でもそうだけど、トップクラスの人は本当によく勉強している。色々なインプットをして、色々なアウトプットをしている。その上で本業技術も学んでいる。そしてこれが本当の狂気だとおっさんは考えている。昔日本ファルコムにいた頃の古代祐三音楽を作りつつ音楽を鳴らすプログラムも書いたと聞いたことがある。

ドラクエ堀井ゆうじは自分でもプログラムを書いていたし、プログラマには思いもつかないような素晴らしい操作性のゲームを書いた。ポートピア連続殺人事件って知ってる?それのことだよ。

特に君のようなクリエイティブな方向に進みたい人にとっては、感性重要だ。知性と感性の両方を研ぎ澄まさないといけない。それらの使い方を知らないといけない。

知性を育てるのは勉強すればいい。だけど勉強っていうのは物事を覚えることじゃない。過去の人経験や知恵を自分のものにして新しいものを編み出す力を身につけることだ。君が編み出したものは他の誰かも編み出すだろう。だけど編み出せることが重要なんだ。

感性おっさんはよくわからない。だけど、自然を見る、芸術を見る、伝統を見る、見るだけじゃなくて観ることも重要だ。何でここはこうなっているんだろう?今さらっと言ったことが実は5分後にいきてくるなんてこともあるし、話し手はそれを計算していたりする。

何でお笑いの人が話すと自分が同じこと言ったのに比べて人は笑うのか?

何でこのゲーム面白いのか?

何でこのゲームはつまらないのか?

からさまにクソゲーなこのゲームは何で一度始めると何時間もやってしまうのか?

多分こういうところに感性が入ってくるんじゃないかな。おっさんはそう思うよ。だけど同時に科学なんだよ。論理的な考え方は重要なんだよ。

そしてこういうのは君が狂気じみたレベルでやろうとしているデッサン、色彩構成、立体制作で身につくのかな?

おっさんはかってに基礎練習のようなものバスケで言えばひたすらボールダムダムやるあたり?なんじゃないかな、と思っているけど多分それだけじゃだめなんじゃないかな。

聖飢魔IIギタリストエース清水は「音楽理論作曲する上で重要だけど、その理論からいかに外した上で楽曲を成立させるかが味のある楽曲を作り、高みを目指すためのエッセンス」というようなことを著書の中で言っていたことがある。そして彼はそれを身につけるために他のバンド楽曲譜面に書き起こしては分析していたそうだよ。当然かなり高いレベルでの基礎力が必要なことではあるね。おっさんねこふんじゃったが限界からね。

ジブリアニメは遠くにあるものを大きく書いていることは知っているかな?これは人間は遠くのものを大きく見えるように脳内補正していることと無関係ではないそうだよ。だけどただでかくすれば良いわけじゃない。ここには理論感性ミックスされた何かがある。

そしてそれは大人になってからいつでも身につくと思うかな?

理論しかない大人感性しかない大人、どちらもない大人自分の周りにもそういうのがいるけどね、克服することはなさそうだよ。

そんなわけでおっさんアドバイスをするならこんな感じかな。自分ビビときたのだけやればいいし何もしなくてもおっさんは何も言わない。もしおっさんがつよくてニューゲームして君のようにCGデザイナー任天堂目指すならきっとこういう事やるんだろうな、って思っただけだからね。

1,高校でいろんな勉強をして君の美術の力にたくさん味付けをしてあげてください、味付けの仕方を学んでください

2,高校では美術だけじゃなくてとにかく様々なものに触れてください。だけどいつも「何でこうなってるのかな、自分ならこうするかな、こうしたらどうなるかな」っていうことを考えてみてください。欲を言うなら「これを美術にどうすれば活かせるかな」って考えてみてください。

3,高校大学ではアホみたいに本を読んでください。特に自分絶対興味を持たないものから読んでみてください。

4,学校テストはまぁ赤点取らなきゃ良いんじゃないかな。だけど自然といい成績が取れるといいですね

5,高校でも大学でもとにかく色んな人にあって話してください。彼らが何を持っているのか、何を持っていないのか、根掘り葉掘り聞いちゃってください。そして感謝してください。

6,何より任天堂はいるためじゃなくて、心から美術を楽しめるようになってください、突き詰めていけるようになってください。それが自分人生だと思えるなら。

じゃぁ、頑張ってな!

2019-06-26

デスクワーカーのための運動不足解消方法を求む

仕事は基本座りっぱなし。たまに訪問先へ電車と徒歩で移動って感じ。

学生時代からバドミントンをやっていて、週に2回は2時間程度サークル活動をしている。

それに加えてウェイトトレーニングを週3回程度、1時間ずつぐらいやっている。

30代半ばの社会人にしては運動してる方だと思うんだけど、身体が弱っていくのを感じる。

年齢による衰えというレベルではなく、明らかに修練不足。運動強度が足りていない。

思えば学生時代は体を相当追い込んで当たり前だった。

当たり前だったから何も考えずにみんなと一緒にトレーニングしていれば追い込めた。

社会人になるとそれが難しい。

サークル活動試合ばかりやっていて、心肺機能や持久力を強化する練習なんてまったくやらない。

だれも望んでないし、だれも付いてこない。

そんな中で一人でメニューを決めて基礎練習を繰り返すのはかなりの精神力必要だ。

ジムに行ってトレッドミルで走り込んでも、ゼーハーゼーハー肩で息をするまで追い込む人はほとんどいない。ぶっちゃけたことない。

大人になってから持久力トレーニングをするのは意外に難しいものなんだなぁと思いました。

2018-09-25

anond:20180925215608

いきなり理想が高すぎる。

基礎を詰め。

基礎練楽しいぞぉ、上達するからなあ。

機材だって無駄にならんし。

2018-08-31

anond:20180831224611

独習という選択肢はないん?

先生に見てもらおうが結局基礎練自分でやらにゃならんし、大人になってから趣味でやるなら尚更先生に見てもらわなきゃいけないまでのレベルに達するとは考えにくい。

2018-05-17

大学部活動は変われない

大学体育会に入ったことの無い人たちが大半だろうからこの文章を書こうと思った。

少なくとも私の部は異常だと思った。ここでの話は地方田舎大学での数年前の出来事だ。どうやらそれは今でも続いているようだ。

ちょうど今頃は、ある程度の新入部員が入部し終えていることだろう。もう少ししたら、その部のご作法を叩き込まれるはずだ。ここで言うご作法とは部の本質的活動とは全く関係がない。

新入部員たちは基礎練習をしているだろう。上級生たちも今はやさしく指導しているはずだ。あと1ヶ月もすれば部の大きな行事として新歓コンパがやってくる。これが厄介だ。

新歓コンパとは歴代OBOGたちも集めて今年度はこんな部員が入部しました、と報告する会のことである。決して新入部員が歓迎されているとは限らない。彼らはOBOGたちに粗相がないような行動を求められる。その代表例として、自己紹介と酒のマナーについてである。それを紹介しよう。

新歓コンパでの新入部員役割OBOGたちに個別挨拶回りに行くことだ。まず、挨拶回りに行くとき姿勢は中腰だ。OBOGの前に着いたら、「〇〇さん、お隣よろしいでしょうか」と一言挨拶して座る。まあこれはふつうのことだ。自己紹介が終われば、OBOGビールを注ぐ。ちなみに、新歓コンパでの飲み物ビールウーロン茶だけだ。ビールを注ぐときは必ずラベルが上にあって見えるようにしなければならない(もちろん、手でラベルを覆ってはならない。ラベル神聖な何かか?)。注ぎ口は相手のコップにできるだけ近づける(コップに当たってはいけない。注いだときビールがはねないようにする。まるで化学実験のようだ)。OBOGに注ぎ終わったら、次は自分のコップに飲み物を注いでもらう(未成年ならウーロン茶、成人ならだいたいお酒)。注がれた飲み物は「ありがとうございます」と言って一口でもいいから飲まなければならない。その後、談笑をする(そんな状況でできるはずがない)。その最中ビールが無くなったと気づいたらビールを注ぐ。区切りがいいと思ったら、ひと声かけて別のOBOG挨拶にいく。これを時間の限り続ける。目の前に料理はあるがほとんど食べれないと覚悟することだ。そんな時間はない。

入ったばかりの新入生にこんな芸当すぐにできるわけがない。だから新歓コンパの1ヶ月ぐらい前から講義がない空いた時間にみっちり練習することになる。部の基礎練習は二の次だ。まずは酒のルールを身に着けなければならない。何時間もかけて。部の練習ではやさしい上級生もこのときになると態度を豹変する(講義ときはやさしい教授研究室では……みたいな)。恐怖政治の始まりだ。これが1年に4回行われるから、新入部員たちもすっかりその部活動思想に染まる。これで晴れて部員の仲間入りだ。

新歓コンパ完璧にこなせる新入部員ほとんどいない。「もっとしっかりしろ」とコンパが終われば影で上級生たちはOBOGに注意されていたところを見たことがある。そのとき上級生たちの背中は小さく見えた。下級生は上級生に逆らえないし、上級生はOBOGには逆らえない。結局、その部活動思想を作っているのはOBOG年寄株となる。変えようと思っても変えられない構造になっている。

話題となっている大学もこんな構造なのだろうと推察している。上には逆らえないし、上もその上には逆らえない。ただし、一番上はやれとは言ってない。みんな"伝統から"という不文律のなかで動いている。しかし、実質その伝統を変えられるのは一番上の人物だけなのだ。当分この構造は変わらないのだろう。

2018-03-06

本当にゆとり世代のほうがダメなのか?

anond:20180227001204

元増田です。

社会人になってもうすぐ1年がたつ。

私がこの一年で一番衝撃を受けたのは、上の世代とまともにコミュニケーションが取れないことだった。

一番しんどかったのは、仕事必要情報を全くもらえないことだった。

6月の頭ぐらいに自分部署での研修業務ソフト基礎練習)が終わったあと、

社内での他部署とのデータのやり取りのルール、社内システムの使い方などを先輩に質問したところ、

「まあ、ねえ、そういうのはやりながら覚えるものから....」

お茶を濁されたことだった。

その時はまあそんなものだよな、と思って仕事をしながら慣れていくしか無いと思っていた。

が、実質自分部署では放置状態だった。

その後何度か、質問の仕方を変えて聞いてみるも同じような回答だった。

夏の終わり頃からやっと本格的に仕事をもらえるようになり、自分担当すると言えるプロジェクトがやっと始まったごろ、やたら問題が起きた。

部署の作ったデータを私が壊す、これまで通りに作るべきところが全くそうできない、協力会社さんに多大な迷惑をかける...etc...

まりにもミスが多発するばかりで本当にしんどくてしょうがなかった。

ある日別部署の人から、これまで通りに作るべきところをそうしていなかったことに対して「ルールがあるんだからその通りにやれ!!!」と怒られて、はっと気がついた。

ルールはあるのだ。あるのになぜか私は教えてもらっていない。これはおかしい。

そのルールマニュアルはどこにあるのかと聞くと、「最近若いのは...なんでもマニュアルがあると思ってから...」という定型文が帰ってきた。ゆとり世代からバカにしやがって。

いやしかおかしい。ルールを守れというのにそのルールを知る機会が私にはなかった。

では私はいつそれを勉強すればいいのか、私の部署ではそれを教えてもらえないのですがと聞くと相手もさすがに答えに窮していた。

そのプロジェクトに関わっている最中は先輩からも別の部署の人からも「これまでのデータをみろ」以上には何も教えてもらえず、みろと言われるデータほとんどが不完全な状態でとても仕事ができる状態ではなかった。

結局、そのプロジェクトが終わったあと、社内にあるその仕事関係するすべてのデータ自分パソコンダウンロードして、全部に目を通して、共通する場所を整理して一つの資料にまとめてやっと全体像理解できた。

これだけで2,3ヶ月はかかっただろうか。

すべての資料に目を通してわかったが、見るだけでわかるデータは一つもなかった。

メールや口頭、電話でのやり取りをしながらこのデータを作った本人ならば理解できるだろうが、社内に残っている断片的なデータの一つ二つを見るだけでは絶対理解不可能ものばかりであった。

さらにいうと、別の部署とのデータのやりとりのルールについてはマニュアルがあった。

あったのだ。

6月頭に聞いた内容はあったのだ。

11月の終わり頃に他部署の人に言われて初めて存在を知った。

嘘をつかれたのだ。

パワポで作られた、3,400ページ近くある資料があったのだ。

10年ほど前からしづつ整備されてきた資料があったのだ。

なぜ私はそれを教えてもらえなかったのだろうか。

それを6月に教えてもらえていれば、10月終わりまでの間に起こした問題のうち8割がたは起こさなかっただろう。

ゆとり世代コミュニケーション能力が低いだの、勉強しないだの、散々言った割には何かがおかしい。

上の世代のほうがコミュ力なく無いか

私がいいたいのは、別にお酒の場でウェイウェイできることじゃなくて、

必要情報を適切な形で伝えるスキルのことだ。

上の世代のほうがコミュニケーション能力、無くない?

私たちにあれだけ求めておいて、なんでここまでひどいのさ。

ゆとり世代ダメって言ってきた人たちのほうがなんでひどいのさ。

上の世代コミュ力があれば私はこの一年どうでも良いところで苦労なんてしなかった。

もっと自分の専門分野で活躍したいのに、上の世代コミュ力が無いせいで無能扱いまでされた。

いつか絶対復讐してやる。

上の世代をいつか潰してやる。

実力で、適当仕事暮らしてる上の世代絶対排除してやる。

2018-02-19

人生何者にもなれなかった、けど

お前、もうすぐ大学出て就職だけどさ、才能とかセンスとか、独特の感性とかさ。そんなもん自分にあるとまだ思ってるの?ないよ。あるわけないじゃん。自分しかない何かがあるとかさ、マンガの読み過ぎなんだって。思い出してみてよ、子供の頃とか。何かで他人に褒められた事、ある?ないよね?でしょ?やっぱり。

からそうなんだよ。運動だって何にも出来なかったし、勉強だって頑張らないとできなかったし、頑張っても結局数学とか全然わかんなかったし、結局入ったのはその辺の私立文系大学だよ。頭が悪いの、地頭が。

勉強だけじゃないよ、本とか読んだり何か意見を求められた時に内容が全然理解できなかったりさ、ゲームだって下手だったでしょ?格闘ゲームとか思い出してみ?友達と対戦して、友達だって別に上位ランカーとかでも全然ないのにすぐ対応されてさ、でもこっちは何十回、何百回対戦しても相手効果的な対策とかひとつも思い浮かばないの。なんで?バカからでしょ。

運動部入ってたよね?球技やってさ、ヘタクソだし身体能力は低いし頭も悪いからなんにも上手くならないし、試合出ても使えないし、というか練習もついてけてないじゃん。もはや練習邪魔だったじゃん。基礎練習のひとつもこなせなかったじゃん。中学から始めて、引退するまで。永遠のベンチ、てかベンチにも入れてなかったよね?地区大会一回戦負け常連チームで。しかも弱小地区なのに。ありえねーわ。センスねーなお前マジで

歌とか好きだったじゃん?ちっさい頃から家とか風呂とかでよく歌ってたじゃん?中学の頃はちょっとだけ合唱とかやってたじゃん?高校からは1人でカラオケとかも行くようになったじゃん?歌い方の本とかも読んでるじゃん?

なのに録音したやつ聞いてみ?ヘタクソ。シンプルに、ヘタクソ。それ以上の感想無いつて。無理だもん、感じる所がない。残念だったね。声にも魅力とか全然いから。

音楽の授業、クラスで歌ってる時にも別にクラスメイトに褒められたりとかなかったろ。

小説とか書き始めたじゃん?結構頑張ってさ、色々考えて、どんなメッセージを込めようか、どんな想いを込めるか、どんな感情表現したいか、ずっと悩んでたじゃん。何作も書いてさ、創作系のサークルに入ってて、定期的に機関誌を発行してたからさ、それに寄稿してたじゃん。それでその機関誌感想とか言い合う、割と真面目な会に出るじゃん。「雰囲気だけだね」って言われたね。それも一回だけじゃなく、ずっと。最後まで。なんとなくの雰囲気作れるだけなんだってさ、お前の感性限界は。

二次創作とかやるようになっても、全然見て貰えてないじゃんね?その程度だよお前。

ていうか人間関係も下手だよな?話しかけるのダメ、話しかけられてもダメちょっと仲良くなっても関係を維持できない。今、友達何人?「遊びに行こうぜ」とかってラインに気軽に個人トーク飛ばせる人って何人いる?いても1人とかだろ?20年も生きて?何考えてんの?

本当に誰にも評価されてねえのな、悲しいなお前。

でもさ、1番ショボいのはさ、結局お前なんにもチャレンジしてこなかったよな。努力してこなかったよな。

勉強、どれだけやった?毎日時間もやってたかノート1ヶ月に何冊も無くなるくらいやってたか?違うだろ。

スポーツ毎日練習してたか?どうやったら上手くなれるか考えて、人に聞きまくってたか?誰かつかまえて一緒に練習とかしてたか?違うだろ。

歌ならレッスンとか受けさせて貰えばよかったじゃねぇか。親に頼んでさ。何駅か電車に乗ればそういう場所もあったろ?自業自得じゃん。

小説、賞に応募とかした?え、してない?ウソウソ、え?ウソでしょ?論外。

うるせえよ、そうだよ。でも言い訳くらいさせてくれよ、怖かったんだよ。俺は俺なりに頑張ってたんだよ、でも全然なにもできるようにならなかったんだよ。確かに勉強量とか練習量とか全然話にならないくらしかやってなかったよ。でもやってはいたんだよ。でもセンスいから上手くならなかったし、頭悪いか全然飲み込めなかったんだよ。そりゃやって能力上がるならもっとやってたよ、でも全然上がらなかったんだよ。最初はやってて楽しかたことも、結局ちょっと経ったら周りと凄い差がついてんだよ。周りの奴らも別に凄いやつらじゃないのに凄い差がつくんだよ。ふざけんなよマジで

レッスンとか賞とか、もし通ってみて応募してみて、才能ナシ扱いされたらどうすんだよ。薄々わかってはいるんだけど、それ言われたらもうおしまいだろ?そういう感性かに自分らしさ」とか「独創性」があるって、評価はされないけどあるんだって、思ってたいんだよ。否定されたくないんだよ。怖いんだよ。

こんな文章だって、他に何人、何十、何百、何千、何万人も同じ様なことを書いてる奴がいるって、全然独創的なんかじゃないって事わかってるよ。

結局俺は今まで、何者にもなれなかったし、なろうともしなかった。認めるしかない、「なろうともしなかった」。客観的にはそうなんだよ。どう見ても。

実はこれさっき考えながら「自分に生きてる価値あるのかなぁ、全部終わらせようかな」って本気で考えたよ 、本気で死ぬ事考えたよ。何にも価値あるものが生み出せない自分が嫌すぎた。

でもやっぱり、俺は自分の事全部は嫌いになれなかったよ。才能もセンスもないし頭も悪かったけど、何の努力もしてこなかったけど、自分感性は嫌いになれなかったよ。

20年生きてきた、誰にも評価されなかった、何者にもなれなかった。でもたったそれだけだよ、早熟とか大器晩成ってあるだろ?才能もセンスもないお前が20そこそこで評価されるわけないだろ自惚れるなよ。

俺には才能もセンスもない、頭も悪いし経験値全然無い。でも、たったそれだけの事だ。

自分には何かある、それは何か探すんだ」って考えるからダメなんだよ、もうわかってるだろ、俺には何もないんだ。ない。それでいい。

でも多分、「自分しかできないわけじゃ全然ないけど、誰でもできるけど、でも自分にできること」ってあるだろ。どんだけショボくてもあるだろ。例えば「人を褒める」とかあるだろ。そこでさ、ほんの少しでいいから、褒められた時により喜ばれる様な言葉の使い方とか考える位ならできるだろ。どんだけバカでもそんくらいはできるはずだ。

そういう事をやってけばいいんだよきっと。いやわかんねえよ、それでどうなれるかは全然わかんないけどやろうよ。できるにはできると思うから

後はさ、怖くてもチャレンジしてこうよ。才能とかセンスとかはさ、からっきしなのはわかってるからさ、否定されても大丈夫だよ。当たり前の事、わかりきってる事なんだからさ。今更でしょ?

そうやってちょっとずつできそうな事だけ頑張っていってさ、10年後、いや20年後。今の俺には才能もセンスも何も無いんだからさ、評価されるわけはないよ。たださ、20年、いやもっと先かもしれないけどさ、それだけ経ったら、もしかしたら何かで世界一になってさ、誰もが知ってる人間になれるかもしれないじゃん。20代評価される天才と比べんなよ、意味ないよ。

多分、みんなそうやって生きてるんだよきっと。だからさ、ちょっとずつだけできそうな事を頑張ってさ、できるだけチャレンジしてみようよ。

後はさ、実は友達かにほんのちょっとだけ言われた褒め言葉とかさ、あるんじゃないか?「お前の歌うあの歌聴きたいなぁ」とか無かったか小説、「好き」って1人にでも言われた事無かったか?確かにただの世辞かもしれないよ、俺才能ないもん。でも、もしかしたら本心かもしれないだろ?そういうのも大切にしてこうよ。もしそういうのが無かったとしても、まぁ才能ないから当たり前だよ。気にすんな。

少なくとも今は何者にもなれないけど、才能もセンス経験値もないから当たり前。一年や二年頑張ればどうこうって話でもねえよ。甘えんな

そうやっていって、20年後20年後だ。20年経ったら絶対勝ってやろうぜ。「積み重ねは天才を超える」って、もう人生20年経っちゃってからの、ほぼゼロ積み重ねだけどさ、やってってさ。絶対勝ってやろうぜ。才能もセンスも頭の良さも無いけど、経験値だけはたくさん積んでいって、見てろよ、世界20年後に俺は勝ってやるぞ。絶対だ。もし20年後ダメならまたその20年後だ。また経験値積み直すだけだ。その経験値だけで俺は頂点に立ってやる。見てろよ。

(追記):吐瀉物みたいな文章を書いてしまったし、読んだ人には無駄時間を過ごさせてしまったんじゃないかと思う。

もうこんなクソみたいな文章は二度と書かないよ。善く生きるよ。

正直、「勝つ」とか「世界一」とか自分でも書いてて一切意味わかんないし具体的にどうなりたいか、どうなれるか全然わかんないけど、とりあえずそれがこんな文章を書く事なんじゃないというか、こういうのがやりたい事じゃないのはわかった。とにかく善く生きて、生きて、生きて、生きて……。もう何が何だかわかんないや。

善く生きる、キーワードは「誰かの為、自分の為」だと思った。気持ち悪がるなよ。それが一番良いと思うんだよ。

ホント書いてる事しっちゃかめっちゃかだな、流れとか一切ないわ。もう終わり。

とりあえず、善く生きようぜ。以上。

2017-11-13

量産型問題

確かのだめでも最初の方に言及されていた話。


楽器、それも幼少時から習うピアノバイオリンだと、

あそこの先生の生徒さんは皆同じ弾き方をする

という事態が、結構な頻度で発生する。

また、youtube教室の生徒さんが演奏している動画を見ると、国内/海外、あるいは洋の東西を問わず

お前そこのフレーズ先生にそう弾けって言われたからその通りに弾いてるだけだろ?

とツッコみたくなるもの殆どである

まりピアノバイオリン教育においては、

指導と称して、先生劣化コピーを量産する

のが常態化していると言っていい。

別の言い方をするなら、口が悪くて恐縮だが、

学習者の個性解釈力の涵養は無視して、まずは立派な猿回しの猿になってもらう

教育をしているわけだ。

でもそれってさ、

じゃあお前、先生がいなかったらなんにもできねえのかよ

って結果になるだけだと思うのだ。


…と、ここまで完全に悪口を書いてきてしまったが、これ難しい問題だよね多分。

といった反論がすぐに思い浮かぶし、他にも

など、子供の躾に近い大変さがあると思う。


では、音楽教育素人である自分がなぜ言及するかというと、生徒さんの演奏で心底がっかりする経験ばかりというか、

その曲、ちゃんと弾けたら本当に良い曲なのに、なんでそんな音で『弾けた』ことにするんだよ、頼むからこの曲が本来持ってる素晴らしい時間台無しにしないでくれ!

と思わされることが多すぎるのと、自分の仲間で先生に「ここはこう弾く、ここはああ弾く」のお仕着せで多少は上達してるっぽいけど、それ以上に苦しめられている人が何人もいるから。


ちなみに自分は幼少~高校まででいったんレッスンを辞め、数年前に別の先生の所でレッスンを再開したクチ。

かに例によって先生に苦しめられてはいるが、再開前は腕が荒れまくっていて「音を出したら睨まれる」レベルだったのが、再開後半年で「別人のようになった」と言われ、今では「増田さんは凄く上手なので、ここに来て音を出してもらえれば、あとは何も心配していない」と事情を全く知らない共演者に言われるくらいにはなった。

これは本当に先生のおかげで、自分にとっては「アドバイスの内容は面倒だけど、逃げるわけにはいかない」という感じであるし、その先生人格はともかく、指導内容はまっとうなのだと思う。

そして指導内容は

「これは私の好みだと思ったから言わなかったけど、何度か色んなフレーズを弾いてもらって、やっぱり○○の部分は直さないと奏者として先がないから言うね」

結果的に××が●●にならないといけなくて、そこで重要なのはこの部分だけど、でもそれは奏者によって腕も手も指も大きさ・長さがまちまちだから、適正位置は奏者が体得するしかないんだよね…だから申し訳ないけどセンチミリ単位では教えられない所です」

と、個性尊重指導バランスが恐ろしく優れていて、レッスンが始まった当初は驚愕したものだ。

…まあ「良い例」が手前味噌なのは我ながらふざけてると思うが、だからこそ気になったことを書いてみた。

2017-09-19

anond:20170919104624

スラムダンクには桜木という主人公がいてだな、そいつ身体能力は驚異的なんだけどバスケットボール能力初心者で、話の最初自分天才と疑ってない

で、話の途中でライバル流川ってやつに1対1の試合でボロ負けして現実を知る

それでも根本的には桜木バスケットボールが好きだから基礎練習を続けて、話の終盤では驚異的な身体能力を持っていてなおかつ初心者としては少し上手いくらバスケットボール能力を持つ主人公進化する

その新人もある面では勘違いしててもある面では本当に天才かもしれないし、それを周りが気付かないってことはあるかもしれない



孫正義会社立ち上げた当初にぶち上げた目標現実離れしてて社員全員がドン引きして社員が全員辞めたって話もあるし、三菱財閥創始者岩崎弥太郎は字が下手でも部下に書かせるって事業初めてすらいない10歳の時に言ってたし、社長になってから英語学べたけど通訳使ったっていうしコアスキル以外の雑務なんて無能レベルでも成功には関係ないと思うけどな


長くなった。ちなみに俺もどうでもいい仕事は手を抜きまくってて勘違いされてるタイプだ。元増田が言ってる27歳がどんなやつかは知らん

2017-06-13

スポーツ嫌いが増えてるって

そりゃあ体育の授業がクソだから以外にありえない

ほとんどロクに基礎練習もしないでちょっと触りだけやってすぐ模擬試合とかの実戦形式にするんだから

その部活やってる子ともともと運動神経のいい子以外何もできるはずありませんわ

面白くないから嫌いになるのもやむなし

他の授業で言うと先生さらっと説明してからドリルもロクに解かせないでいきなり試験してる状態なんだもの

 

体育の授業こそもっとじっくり基礎練習させて基本的技術身につけさせてから模擬試合とかしないとダメ

1年か、せめて半年は同じ種目をやれ

それも大半は基礎練習に費やして、運痴でも最低限の技術を身につけさせてからゲームをさせろ

2017-01-09

プログラミングの勘所

プログラミングの入門者には伝統的に変数やif文、for文などが教えられてきました。

昨今ではJavaやってGoogle Play Storeでアプリリリースするのが目標になるのかもしれません。

開発環境は年々高級になっており、以前より人の思考に近い感覚コーディングできるようになってきました。

はいえ、かつてWindowsGUIプログラミングがそうであったように、

スマホにはスマホ流儀があり、いくらアイコン右クリックしたいといってもスマホには右クリック概念が無いという、

今までの常識思考の在り方に対する挑戦も数多くあります

様々な流れに翻弄されつつもプロダクトを開発し世にリリースしていくことは、

プログラマ選択できる使命の一つとして今後も世界中で支持されていくと私は信じています

プログラミングとりまく状況はこの30年で大きく変化したと言えます

それでも基本的な部分は変わりがありません……などというのが通例ですが、

からといって基礎練を素直に続けることが正しいとも思いません。

今の新しい世代の人なら、まずはスマホアプリWebアプリWebサイトを目指すべきでしょう。

ハードウェアに興味があるなら、ラズベリーパイやArdinoを組み合わせても面白いですね。

すると、今とっかかりにすべき言語も絞られてきます

アプリならJavaSwift。(Unityを使うならC#ですね)

Web系ならphp。(ruby on railsもいいかと思います)

(15年前だったらC++でかっこいいwincdowsゲームを作りたい若者で溢れていました)

何かを作るにあたり、まずは1ボタン1機能から始めると良いと思います

ボタンを押したら、何かコマンドを実行する。

それはメール送信だったり、画面に文字を表示したり、ショップではがねのつるぎを購入したりと様々です。

技量が上がると、ボタンを増やしたくなります

ボタンを押すとボタンが増えたり減ったり、違う画面に移ったりしたくなります

途端に難しくなります

それらを整理するためにオブジェクト指向とやらを使わないといけなくなります

バグを出しにくくするための工夫が必要になってきます

何かを作る際に、機能が多くなると、それらを整理する手間が発生します。

グローバル変数はやめようとか、goto禁止というのはそういう活動の一環として生み出されてきたハウツーです。

そして自分の作りたいものは往々にして自分の実力を超えた所にあります

そこで挑戦と葛藤が始まります

幾多の困難を乗り越え、今の自分ならどの程度の規模のものを無理なく作れるかということがわかる場合があります。(わからない場合の方が多いんですけど)

するとあることに気づきます

自由に作りたいものを列挙するのは重要ですが、

最終的に何を作るか、何を作れるかというものを見据えながら、本当に必要機能を選別しないといけないのです。

欲しいものは全ては手に入りません。

全部じゃないと意味が無いなら、即座に全てをあきらめるか、考え方を変えなければ生き残れません。

プログラミングをする上で、夢を実現する技術を学ぶわけですが、

それには、何を実現したいと願うか、何を夢とするか、をコントロールする術も含まれます

そしてそれこそが、プログラミング、ひいては

生きていくために大切な希望を見つけるための技術であると気づかされます

2016-09-26

9/25進捗

旧くからの友人に助けを求めて、土曜の晩に作業通話という名の座談会をした。相方の絵を見せたところ、私もまあ、これはどうなんだって思ったところはいくらかあったけど…、友人氏容赦なく「色が汚い」「塗りが雑」「自分だったらこれを買おうとは思わない」「せっかく増田は丁寧に絵仕上げたのに、一緒に出展する増田評価も落ちるよ?」とまあ批判の嵐。

別のグッズに絵柄を使い回すと伝えたところ、「ありえない!修正要求するべき」というので、うんやっぱりそうだよね、自分が満足行ってない作品を展示即売会という晴れの場で出展するわけないよね、と思って、自分の思ったところと友人が指摘した部分に赤を入れて相方に送った。一部だけね…。それも優しく。

いちゃもんつけただけみたいに受け取られたのか知らないけど、ツイですごい凹んでたけど。

それからも友人は相方氏に対して、将来プロを目指すんだったら指摘されて修正するのは当然でしょそれぐらいでツイに書くぐらい凹んでんじゃねー、そもそもお前基礎練してこい、アタリとってない上に複数人書くのにレイヤー1枚しか使ってないって、そうやって見えない部分書かないか身体バランスありえんぐらい崩れるんだろ、あと増田ポーズ集買え、と友人氏まあ素晴らしい毒吐きっぷりだった。

とりま給料出たし、帰りに振込のついでにブックオフ寄ってポーズ集買いに行こ)

私が甘すぎるんだろう、そういう誰が見ても良くないと思う部分の指摘すらやんわり~としか出来ない(いや、やんわりでいいんだろうけど)し、しかもすごく心が痛むのであんまりしたくない。

あくま大事なのは見てもらうことなんだから、枚数減らしてもいいから丁寧に書けって言った。本人、大丈夫って言うどころか、やることを増やそうとしてたのでマジで辟易した。

色ははみ出すわ色抜けてるわデッサン狂ってるわ服の構造分かってないわ人のオリキャラ無下にするわで本当に言いたいことだらけで、そんな中でやることとか制作物とか増やしてほしくないのである

お前は自分の絵見返してそれでいいと思ってるのか、枚数たくさん描くのはいいけど1枚1枚に愛を込めてほしいし大事にしてほしい。

それが出来ないなら作品数減らしてもいいんだし(今回に関しては、その分自分カバーできるから)更にそれも出来ない・自分の絵の書く速度の把握とスケジュール管理も出来ないのであれば、商業なんて目指すべきでない。漫画家サラリーマンも同じ「しごと」。時間は守ろう!っていう基本は一緒。同人じゃねえんだから新刊落としました!」がまかり通るわけないし。

何が一番問題かって、言い出しっぺであり申込みをしてくれた張本人がその相方であること。いやお前がスケジュール仕切れよと。スケジュール決めようって提案したのも私、必要もの買い出ししに行こうって提案したのも私、そしてなぜか絵の校正してるのも私。来年も一緒に出ようぜって口約束で決めちゃったけど、来年もしマジでやるんだったらもう1から10まで私が面倒見てやろう。漫画家修羅場が命、そんなわけねえ。前自分オンリー出た時3ヶ月前から準備してたんだぞ、それを今回2週間ちょいでやろうっていうのがどう考えても間違ってる。そんで来年も締切落としたりだめだったらもう諦めよう。私は私で別で創作活動しよう。

なんだかもう当日まで何も言えることがないなぁ。

2016-06-22

うまくないと楽しめないの?

うまくなればもっと楽しい、というのは実に結構

でもうまくはない今、この瞬間、1秒たりとも惜しい。

基礎練習とか、うまい人を研究するとかね、もう無理、ふざけんな。もうやめる。

っていうパターン多くない?

理性でそう思ってなくても、本能的にそう感じて辞めることになる。

から、今を楽しむ方法を考える。

超絶プロになった100年後ではなく、今この手にそれがあるのだから

今この瞬間を楽しむ。

2016-02-02

http://anond.hatelabo.jp/20160201235728

メジャーリーグ高校野球比較するのはちょっと違うんじゃないか。

メジャーは替えの選手が何人もいるから瞬間の筋力を鍛えりゃいいけど、高校球児甲子園で勝つことを計算してトレーニングするなら持久力も必要になるよ。

替えの選手ほとんどいない状況で勝ち抜かなきゃいけないし、10人も勝てる投手が在籍しているようなチームはない。

効率重視だからといってみんな5回も持たないような体力しかなけりゃしかたない。

そもそも育ち盛りで体力も今から伸びるような子も多い。基礎練として走るのはその時期の子たちにはいらないとは言えない。


追記: 最初からメジャー目指すならそのポジションのその筋肉だけ鍛えればいいだろうね。どこからスカウトこないと思うけど。

2015-11-09

球技は、概ね4つの種類に大別される。

http://anond.hatelabo.jp/20151108234357

1)ゴール系球技

敵味方に分かれて、方形や円形に仕切られた空間ボールを通すことを目的にする球技

たまに線上をボール保持した選手が通過しただけで点になるヤツもあるが、あれも元は「通過することでボールを通す権利を得る」ことだった。

ボールを通すことを妨害するために強力なコンタクトが発生するのが特徴で(例外として、相互コンタクトを一切禁止するゴール系球技存在する。競技名は「玉入れ」という)、その派手さとチーム戦術ダイナミックさゆえに最も人気のある球技

2)ラリー球技

相手方の対応可能な範囲に、ボールを空中に浮かせて送り込み、それを相互に返し続けることを目的にする球技

勝敗を絡める場合は、対応可能なボールを送れなかった、対応可能な範囲ボールを処理できなかった、一定の高さを越えられなかった(この定義のためにネットが競技場に存在する場合が多いが、例外として「羽子板」というネットの無いラリー球技もある)、という失策に対するペナルティ得点として換算するので「相手に打たせない」ことが目的に見えるが、本質的にはラリーが続くことを理想状態とするのが、ゴール系球技との大きな差異である。また、1対1でも試合形式を行うことが可能で趣味として簡便だが、見世物としてはゴール系より若干地味。

3)コントロール球技

ボールに対する操作ルールとして定義し、それを達成することに対して相応のポイントを獲得することを目的にする球技

時に達成の定義として円形に仕切られた空間ボールを入れることを伴うが、手球へのコンタクト競技者間で完全に独立してかつ止まった状態から操作限定され、ボールを争うことはなく、むしろ精密性が問われる、かなり地味な競技である。その他、ボールを当てる数のみを競うパターンボール特定エリアに置く数を競うパターンなど競技バリエーションは割と多い。対人ルールで行われる際は、精密さと同時に駆け引き重要となり、チェスに擬せられることもある。

傾向として(ラリー系競技とは逆に)ボールを転がすものが多いが、例えば大玉転がしのように浮かせるプロセスが入ったりゴルフのように長距離の場合ボールを飛翔させることもある。

4)サバイバルゲーム球技

相手方に対して狙撃としてボールを射出し、殲滅したり敵の数を減らしたところで旗を奪ったりすることを目的にする球技

遊戯としては戦闘行為としてプリミティブなきらいがあるため、メジャー競技であることは少ないが、単純明快遊戯として子供を中心に楽しまれる。

ドッジボール雪合戦代表的だが、ある意味ペイントボール辺りも有資格者ではあるか。

さて、その中で、野球(およびクリケットなど)である

これらの球技ある意味鬼ごっこという余りボール関係のない遊戯ラリー球技の要素を付加したものとは言えよう。

しかし、上にラリー球技の特徴として「相互に返し続ける」ことを目的にしていると書いたが、これらの競技では投球に対する打撃という形で、非対称な形態を取るので「ラリー」にはならない辺りが、根本的に逆行している。にもかかわらず、ある種の「打ち返せなかったペナルティ」としてのアウトや、「打球を処理できなかったペナルティ」としてのヒットにより試合が進むという点では、ラリー球技得点パターン踏襲している面もあるのだ。

また、例えば校庭で女子中学生が輪を作ってバレーボールトス上げたり、蹴鞠貴族ボールを蹴り合ったりするようなものと近い感じで、野球ではキャッチボールなどが「ラリー的なもの」として基礎練習において尊重されるのは、こうしたラリー系の精神を引き継いだものではあるのだろう。

その意味では、広義のラリー球技野球は含まれるべきなのだが、一方で完全に「ラリー球技の鬼子」と言うべき立場であるのが、特異性であるとは言える。

ただ、その特異性ゆえに、多くの球技において禁じ手となっているところの「手でボール操作する」行為に対して非常に自由度が高いのも特徴であろう。この手のまだるっこしさを排除したスポーツとしてはアメリカンフットボールも相当に自由度が高いが、あれはあれで前パスは各ダウン1回しか出来ないし未登録レシーバーがダウンフィールドボールを獲れないとか制約はあり、野球自由度よりは低い。

その「投げる」自由さの代償として、その自由さを定義する中での競技者関係特殊性ルールの複雑さが存在する訳だが、ともかくも手という最も人間が頼りにする部位でボールを掴んでプレーしたりそれを相手に走り回ったりすることが、野球の「球技」としてのエッセンスではあろうな、とも。

2015-06-27

本当にいた滝先生

毎週熱心に見入っているアニメ響け!ユーフォニアム」も、気がつけばあと1話おしまいである

この作品プロアマわず音楽に取り組んだことのある人、更に部活に明け暮れた経験のある人は否応なく引き込まれるのでは?と思わされる。

とにかく京アニブランドの名に恥じない、とんでもなく作り込まれた傑作であり、見どころも沢山あるのだが、その一つはなんといっても滝先生

主人公たちが所属する弱小吹奏楽部に赴任するや否や、どこまでも紳士的な物腰と笑顔効率よく、かつ凄まじい勢いで部員たちを引っ張り上げ、それまでのどこかダラっとした集団を、コンクールを戦い抜くガチグループに変えてしまった顧問である

巷では「あんな人が指導者だったらなあ」という声も少なからず聞こえてくる。

自分何となくそんな気分でいたのだが、よく周囲を見渡してみたらリアルでそういう人がいた。

それは、自分師事する楽器先生

既に習い始めて数年経っているせいでそのスタンスに慣れてしまっていたが、振り返ってみるとかなり衝撃的な教え方だったので、それをつらつらと書いてみる。


赴任早々、滝先生部員たちを集め「どのレベルまで行きたいか」選ばせ、そこで部員たちが大した考えもなく、かなりいい加減な流れで「全国を目指す」と決めてしまったことから先生の猛特訓が始まる。

翻って自分場合、レッスンを再開するのは大学受験を機に止めて以来だったが、今思えばなんとも身の程知らずというか、「○○の協奏曲と✕✕のソナタをやりたい」と言ってしまったため、ガチメニューが始まった。曰く


「実はそんな厳しくやらず『いいですよ~よく出来ましたね』とひたすら言って楽しく教える方法もあるのですが、増田さんがやりたい曲は本当に上手くならないと出来ません。

そして本当に上手くなりたいのであれば、私もそうそう甘い顔はしません(にっこり)」


さて、レッスン再開当時の自分は、高校まで習っていた分の貯金を相当食い潰しテクニック的に荒れ放題、かなりアクの強い音を平気で出すレベルに落ちぶれていたのだが、一番まずかったのはその場のノリと勢いだけで演奏してしまうこと。

それの何が問題か分からなかった自分に、先生は「増田さんの演奏を真似してみますので見ていて下さい」と、自分楽器を借りて再現してみせた。

そのあまり破廉恥な音に、しまいには「もう勘弁して下さい」と言って止めてもらったが、ショックで帰宅後泣いた。まさしく「悔しくて死にそう」だった。

それに限らず、あの頃は毎回レッスンが終わるたび「あー今日も上手く出来なかったなー」と思いながら家路についていた。

帰ってからの練習は悩むを通り越し、真剣に苦しんだ。「まだ音が荒い、一体どうしたら・・・」と試行錯誤の日々だった。


また先生自分特性を見抜き、かなりフレキシブルな教え方をしてくれている。

例えば練習メニュー

普通器楽でも声楽でも、練習と言ったら基礎練と曲練がセットである。そうじゃない練習なんて聞いたことがなかった。

しか自分場合は曲練のみで、基礎練は一切なしなのである

それもさらう曲は全てコンサートピース級の名曲ばかりで、さら過程問題が出てきたら、問題箇所のため部分的ロングトーンとかの基礎をやってみるという練習方法

こちらとしてはそんな思い切った練習では不安なので基礎練はしないのか訊いてみたところ、こう返された。


「生徒さんにも基礎練で伸びる人と伸びない人がいますが、増田さんは基礎練では伸びないと思います

多分増田さんは基礎練スケールエチュードをやっつけでこなすタイプでしょう?

その先にあるのは曲練もやっつけ、更には本番もやっつけ・・・それだと何のために演奏しているんだ?という話になります

レッスンを止めた後、そうやってどんどん音が荒れていったのではないでしょうか。

ですから基礎練はやらなくていいので、その分曲練に集中して下さい。

そもそも曲が仕上がることが一番の目的なのですから、だったら直接曲に取り組むほうが分かりやすいでしょう。

技術演奏出来るようになるために、必要に応じて身に付けていけばいいのです。

表現したい音楽のために技術があるのですから

その代わり、一音たりともいい加減な音を出すことは許しません。

どういう音を出したいかきちんと頭でイメージし、それが音になるまで一切妥協せずさらってきて下さい」


・・・とまあ、そんな感じでレッスンを受け続けた結果、どうなったか

これ以上ないくらい厳しい目で見ている先生をして


半年でここまで出来るなんて、順応性が良すぎて逆に出来てるか疑いたくなります

一年前とは別人です。以前どんな音で増田さんが演奏していたか忘れてしまいました」


と、そんな褒められ方生まれて初めてというアウトプットを得られた。

この先生は本物だ!と思い知らされた。


そうは言っても、目指す高みはまだまだ遠い。

でも結果が出ていると意外と気にならなくなるのだから、「人は単純だ」。

勿論、こういう先生が苦手な人もいると思うので、この先生神様などと言う気は毛頭ないけど。

2014-04-08

大学オーケストラをやろうと思っている新入生へ

まず、あなた大学オーケストラをやろうと思っている理由は何ですか?

友達に誘われて?大学デビュー?新しい分野にチャレンジしたい?高校でやってた?

理由は何でも構いません。クラシックに興味を持っていただけるだけで私は嬉しいです。

そんなあなたの素晴らしいキラキラした瞳を「こんなはずじゃなかった…」と濁らせないために少し話をしようと思います

まず、初心者の方。努力出来ますか?

ピアノを弾いていた方なら憂鬱基礎練習を思い出していただければ言いたいことはわかるでしょう。

運動部だった方、自分技能を上げるためにそのスポーツをやり続けるだけでなく、長時間筋トレなどがあったと思います

弾きたい曲が努力なしで出来るわけがありません。

ただ、弾けた時の感動や舞台で浴びる拍手の音には何物にも代えられない価値があるように私は思います

一つ一つ先輩に手ほどきを受けながら習いましょう。

大学ほどにもなると大抵経験はいます。上手く弾けなくたって構わないのです。あなたスピードで練習していきましょう。

焦って形にならなくて結局何だったのかわからないまま終わってしまった…と言うのが一番避けてもらいたい状況です。

大学オーケストラ定期演奏会があると思います自分が乗る曲の好きなフレーズを見つけ、「ここだけは弾ける」という部分を決めて…と言うのも極論としてはアリだと思います

周りの人に流されず、音楽を練習し、勉強し、その中で楽しみを見つけられればと思います

次に、経験者の方。貴方の主義や性格にそのオケは合っていそうですか?

あなたの入ろうとしている大学オケ過去演目を調べてください。知らない作曲家がいますか?

意味の分からない演目があったら歓迎会などで先輩にそこはかとなくその曲が決まった経緯を聞いてみましょう。

そのオケの抱える問題が見えることがあります

あとこれは新入生の方にも言えますが、サークル費を調べてみましょう。

低すぎるのもどうかとは思いますが、若干高めな上その印象を抑えるために比較対象都内私大オケになっているものには気を付けてください。

(その手法を使っているオケが全て悪いとは言いませんが)

サークル費の高さはどこに流れているのか注意が必要です。ホール指揮者トレーナー先生に充てていると言うのなら大丈夫でしょう。

ただ、サークル費を稼ぐためにバイトを頑張って単位を落としたり身体を壊しては元も子もないのです。

学生の本分は勉強です。自分限界相談をしながら楽しい大学オケ生活を楽しんでください。

言いたいことは実際はこのくらいだけです。

オーケストラは50人、100人規模の「アンサンブル」です。指揮者コンサートマスターなどの存在はありますが、大人数で1つの音楽を作り上げる中で他では味わえない感動があります

そして、音楽を通して様々な事を学んでほしいと思います技術感情、人との交流…そこには様々なものがあります

辛いことも、嫌なこともあります。人が多くなればサークルの中でも苦手な人・嫌いな人は出てくるでしょう。

その人と何とかやっていくのか、辞めるのかは貴方次第です。

音「楽」という字面だけ見て、音楽は楽しまなければならないモノだと思い続ける必要性ははありません。

自体にも悲しみやジレンマ表現したものもありますし、音楽が全て楽しいものだとは私は思いません。



同期や先輩、後輩との楽しい時間

指揮者トレーナー人生経験

オーケストラほど「音楽」と言うもののために、これだけ多くの人と交流するは他にはないと思っています

貴方の4年(6年)が楽しい大学生活と共にあることを祈っています






最後に皆さんが失敗しないために私の知っている2人の学生オケ「失敗経験者」の話をしたいと思います

後味の悪い小話ですので気分を害したくない方はここまででお帰り頂いた方が良いかと思われます

また、これはどちらも大学以前にクラシック経験があった知り合いの話ですので初心者の方には参考にはならないかと思います

(さらに、当人たちから聞いた話ですのでそのオケの悪い部分だけが誇張されている可能性も否定できません。)

それでは、1人目から

1人は割と厳しい高校吹奏楽経験者で、(わかる人にはわかるかもしれませんが)吹奏楽部のようなドロドロとした中でひたすら技術音楽理解を追い求めて行ったタイプです。

彼女が入った大学オーケストラは割とゆるめのほんわかしたタイプオケでした。

定期演奏会は有名作曲家を並べたもので、オケメンバーもやる時はやるもの基本的には飲み会やおしゃべり多めといった雰囲気だったそうです。

彼女は2年目以降は(練習の鬼と言えばいいのか)練習一辺倒になり、周りから頼られつつも1歩引かれていたように感じていたそうです。

彼女最後まで大学オケをやり切り、音楽だけは楽しかったと言っていました。

私としては個人的には仲間や先生方ともっと楽しんで欲しいかったなと思います

2人目は逆にポップス曲や有名曲をやってきた高校オケ経験者で、入った大学オケが性に合わなかったと言っていました。

そのオケ技術メインで(技術一辺倒が悪いとは私は思いません)、各パートトレーナーが付くほど本気な大学オケだったそうです。

彼は経験者と言うこともあり、サークルの枢軸といいますか、選曲などかなり重要な部分に関わっていたようです。

しかし、オーケストラトレーナー名誉顧問(?)のような人に半分牛耳られていて、定期演奏会の曲の案を出しても中々許可が下りず、毎回1,2曲不本意な曲を入れて妥協していたようです。

(夜な夜なサークル選曲係系の幹部と一緒にヤケ酒をしていたとか。)

[これが定期演奏会のの演目を聞けと言った理由です。]

彼はさらに、高校オケ音楽雰囲気大学オケ頭でっかち音楽ギャップにも耐えられず、役職交代のタイミングで退部届を出したそうです。

後味は悪いですが、話をこのぐらいで閉めさせていただきます

(回避するためにインカレと言う手段もありますね。インカレはそれはそれで苦労はありますが、私は悪くない選択だとは思います。)

年寄り妄言最後まで耳を傾けて頂きありがとうございました。

これを見た人の中には「これは全く馬鹿げた意見だ!聞く必要もない!」と言う人もいると思います

様々な人が音楽に、学生オケにそれぞれの思い入れ・考えを持つことは当然の事ですし、私とは真逆の事を思う人間がいることにも何ら疑問はありません。

ただ、こういう意見があると言う事を頭の片隅に入れて頂ければと思います

私は皆さんに学生オケをするなとは言いません。むしろ積極的に参加して欲しいと思っています

ただ、意欲的に参加したサークル憂鬱な4年(6年)を過ごす人がいないこと望んでいるだけです。

皆さんは大学オケ選びに失敗しませんように。

2013-09-28

中学校時代、「デブから柔道をやれ」と顧問に目を付けられ、親まで巻き込んで柔道部に入れられた。

ランニングだの受け身だのの基礎練習はキツかったが、まあそれはいい。

問題は、その三年間で、柔道を以下のような行為と理解した。せざるを得なかった。

殺人衝動と攻撃衝動解放し、相手を地面に叩き付けて、審判が止めるまで相手を圧殺するか絞め殺そうとする競技」

初めての寝技の訓練で、顧問寝技乱取りをやっていた時のこと。

講師に抑え込まれて「ぐっ」だか「くっ」だか、悪態めいたうめきが口から出てしまった。

その瞬間、顧問がキレた。「てめー、指導者に向かって何だその口の利き方は!!」

寝技の訓練では抑え込みから逃げ出す練習の筈だったのに、いきなり首を絞められた。

まだ13歳のガキを、柔道経験者の大人が、いきなり絞めに来たんだ。

で、かろうじて絞めをふりほどいたら、「まだ終わってねえぞコラ!」とまた首を絞める。

息はできない、のどは苦しい、顔に血が集まって視界は白く濁り、「死」の文字が頭に浮かぶ。

逃げては絞め、逃げては絞め、ついに俺は、初めての寝技の練習で、逃げ方を習っても居ない絞め技で落とされた。

次に意識を取り戻した時、顧問は俺を睨みつけながらこう言った。

「お前がふざけてるからそうなるんだ。わかったら反省するまで立ってろ馬鹿者!」

その後、絞め技で目に血流が偏り、両目の毛細血管がブチブチ切れて内出血したが、特段休むこともなく練習に放り込まれ続けた。その時わかったよ、部活ってのは恐怖で統治して、相手に憎悪を刷り込んで戦わせるもんだって柔道ってのは審判が止めるまで戦い続ける、ルールのある殺し合いだって

そして、その後3年間、「指導」の名の下に、顧問に圧迫されながら柔道と言う牢獄に俺は放り込まれた。

その後、地域でもそこそこ強くなったけど、もう二度と柔道はやりたくなかった。

柔道から解放されて高校に入る時、もう俺は自由なんだ、って叫びそうになったよ。

顧問ビンタしてる動画があったろ? あれに実際にギリギリ絞めるとか寝技で胴体圧迫するとかを加えるのがうち中学における、柔道一般的な「指導スタイルだったよ。柔道ルールのある殺人だってことを教えてくれてありがとうT先生、俺はもうやらない。

2012-10-01

歴史から学ぶだけで現場の実情を汲み取れない哀れな人っているよね

http://anond.hatelabo.jp/20121001123743

件のコメントは俺がバカな厨房を装った釣りコメから、何マジレスしてんの?ニコ動は初めてか?力抜けよ

こういうコメを書く前に、毎日の練習がてらもうちょっと自分がやっている楽器歴史も学んで欲しい。

え?全国大会ゴールド金賞できゃあああああああああああって黄色い声をあげることと楽器歴史を学ぶことに何の意味があるんですかね?

そんなくだらないことグチグチ垂れてる暇あったら基礎練しろよ。甘えてんなカス

こんなことでクラオタとかに「水槽厨」などとバカにされるのはつまらないし、見ているこっちが恥ずかしい。

だって馬鹿にされる演奏ばっかりしてるし、音も濁ってて気持ち悪いし、バカみたいな味付けした演奏ばかり出まわってそれらが普門館で金賞なんて取ってるからバイブルになってるし、そういう業界がバカにされないわけがないよね?ww

だいたい歴史から学ぶならクラシックのほうが立場が上なのはわかりきったこと。吹奏楽はどこまで行っても「実用音楽」でしかいからねww

あとオケサックスがないのはオケ歴史と比べてサックスが新しい楽器というのもあるけど、音が弦と決定的に合わないことが一番の原因だと思う。

オケの基盤は弦の豊かな響きなので、それをスポイルちゃう楽器定席を得られないというわけ。

そもそもオケサックス不要協奏曲にたまに出てくる程度でいいんだよ。

以下余談。

知り合いのファゴット吹きに、中高の吹奏楽には憧れのファゴットが無くて、一人はバリサク、もう一人はユーフォニアムで過ごした人がいたっけ。

どっちも大学オケで初めてファゴットを手にし、たちまち名手になってた。

とても素敵な転向だと思う。

はいはい、おめでとうございま~す。すごいね88888888

で?っていう

2012-09-18

http://anond.hatelabo.jp/20120918174326

苦手な人も一定レベルに導ける指導ができる前提ならいいかもしれないけど

基礎練習をしっかりやらせれば器質的な障害がない限り、誰でも基礎動作はできるようになるよ。それさえできないなら体育教師資格ないでしょ。

九九を教えられない算数の先生なんて必要ない。基礎動作を教えられない体育教師必要ない。

 

いろんな種目やれば一つや二つは人並みにできる種目あることが多いし。

そうじゃないかスポーツ嫌いが量産されてるんだよ。

体育って、2年とか3年、短くて1年でもいいからずっと同じ種目やらせて、その時間ほとんどを基礎練習に当てて最後10%ぐらいで模擬試合をやればいいのに。

次々種目を変えて基礎練習をおろそかにしてゲームに放り込むから児童生徒は何も新しいものを習得できず "なんとなく" "センスで" 動ける範囲でしか動けない。

結果、ただただ運動の得意な子が運動神経のよさを披露して遊んでストレスを解消するための場になる。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん