「テクスト」を含む日記 RSS

はてなキーワード: テクストとは

2024-08-30

anond:20240829132621

じゃなんで神戸アニメストリートロゴを止めさせようとしたの?ホントオタクオタクカルチャー理解あったらこれがオリジナルそれはパクリって主張するのも恥ずかしいくらいじゃないの?ってのが私の気に入らない点です

DOB君マウスくんのパクリ訴訟も、自己作品性はソレなのに?その行為ってオタクカルチャーテクストでもポップアートテクストでもなくね?って感じだったよね

2024-07-05

バカは手もとにテクストを与えられただけで理解したつもりになるし、

任意単語を拾ってつなぎ合わせて文章を作ることで何やら反論できたような気分になる。どこかで見た「鮮やかな反論」を雰囲気だけ真似ているのだ。

相手の使った単語をわけもわからコピペで多用する。自分の論があって言葉を選んでいるのではなく、言葉を並べることで自分の論があるつもりになる。

口頭のやり取りや演説動画コンテンツに対してはコピペ手法が使えない。複数単語を覚えておくことが難しいからだ。それでYouTubeコメントは絶賛か罵倒かのシンプルものになる(でなければまったく関係ない持論垂れ流し)。

バカがつくったワードサラダにはツッコミどころしかないのでついつっこみたくなる。あとは時間と労力を無駄にして後悔する以外に何もない。

そこでスルー力こそがネットやる上で重要でしてよという一種のあたらしい徳目みたいなものが生まれたわけだが、バカでも匿名で誰とでも平場のやりとりができる2ちゃんねる的なネットのあり方は普遍的でも恒久的でもない。

個々の声の大きさに格差をつけるSNS適応しそこねた「名無しさん」がヤフコメはてな界隈沈殿している。

フェイスブックツイッター社会インフラとなって安定相に達するかと思ったら全然そうはならなかった。いずれにせよ新たな変化のたびに「リアル」とネットの差は小さくなっていく。リアルで完全ボッチのバカでもネットなら自由嫌がらせができる、リアルでそうそう遭遇しないレベルキチガイネットはいつでもそこにいるのが当たり前、そういう環境は解消されていくだろう。バカボーナスステージには終わりがある。リアルでボッチの奴はネットでもボッチが当たり前になっていきつつある。

2024-06-15

anond:20240615122219

インディアスの破壊に関する簡潔な報告って

それこそ読めばわかるけど記述内容そのものの信用性はゼロやぞ。

歴史的資料としての重要性はもちろんあるけどな。

クリスチャン日本人にとっても聖書は興味深いテクストだが内容鵜呑みにするもんじゃないのと同様。

あんものを虚仮威しに振りかざしているlady_joker氏は、しかはてな界隈ではもっともましな部類のインテリさんなんやろ?

かわいいねー。

一方増田の言うところのコロンブスMVが焼かれて然るべき理由説明されてない云々だが、商売上の判断でヤベっと思って早々に引っ込めたものを焼かれたというのはそれはそれでナイーブ過ぎる。

2024-05-31

anond:20240531080438

これが「読むと魂が汚れるテクスト」というやつか

2024-05-23

この世には「読むと魂が汚れるテクスト」が存在する…内田樹が「SNS荒野」を歩くときに必ず守っていること

https://finance.yahoo.co.jp/news/detail/2d179ebc017e934197c2a395919fb7d2c0cb3003

まさに増田のことだな

2024-03-26

anond:20240326033440

……言う割にウダウダ長い文章書いていませんか?

・私は冗長文章を簡潔で的確な表現修正した。これは要約とは異なる。また特定表現や論旨の誤りについて指摘し、それをより明確にする努力も行った。

くらいでよいのでは?

あと「ウダウダ要領を得ない悪文を、全く情報落とさずにはるかに簡潔に、的確な表現に直してやったということ。」は、それが事実かは置いておくとして、一般的に要約作業と呼ぶのでは?要約との違いが不明瞭でした。

あと私が↑であなた文章に対して行った作業は要約?それとも「ウダウダ要領を得ない悪文を、全く情報落とさずにはるかに簡潔に、的確な表現に直してやった」んですかね?これこそ言葉遊びというか詭弁というか。

対人論証のくだりは同意します。そこに意見対立はありません。そもそも元の文章には「社会的成功しているから正しい」とは書いておらず、むしろ成功していても間違っている可能性に言及しています。なのであなた誤読していると思います

私はあなたテクストが正しいとする「自信の根拠」を知りたいだけです。特にないならないで構いません。

2024-01-26

金光翔 『<佐藤優現象批判

インパクション』第160号(2007年11月刊)掲載

目次

1.はじめに

2.佐藤優右派メディアでの主張

 (1)歴史認識について

 (2)対北朝鮮外交について

 (3)朝鮮総連への政治弾圧について

3.佐藤優による主張の使い分け

4.佐藤優へ傾倒する護憲派ジャーナリズム

5.なぜ護憲派ジャーナリズム佐藤を重用するのか?

 (1)ナショナリズム

 (2)ポピュリズム

 (3) 格差社会

 (4)「硬直した左右の二項対立図式を打破」―〈左〉の忌避

6.「人民戦線」という罠

 (1)「ファシズム政権樹立」に抗するために、人民戦線的な観点から佐藤擁護する

 (2)「論壇」での生き残りを図るために、佐藤擁護する

7.「国民戦線」としての「人民戦線

8.改憲問題と〈佐藤優現象

9.「平和基本法から佐藤優現象〉へ

10.おわりに

1.はじめに

 このところ、佐藤優という人物が「論壇」を席巻しており、リベラル左派系の雑誌から右派メディアにまで登場している。

 だが、「論壇の寵児」たる佐藤は、右派メディア排外主義のものの主張を撒き散らしている。奇妙なのはリベラル左派メディアが、こうした佐藤の振舞いを不問に付し、佐藤を重用し続けていることにある。

 佐藤による、右派メディアでの排外主義の主張の展開が、リベラル左派によって黙認されることによって成り立つ佐藤の「論壇」の席巻ぶりを、以下、便宜上、〈佐藤優現象〉と呼ぶ。この現象意味を考える手がかりとして、まずは、佐藤による「論壇」の席巻を手放しに礼賛する立場記述検討からはじめよう。例えば、『世界』の編集者として佐藤を「論壇」に引き入れ、佐藤の著書『獄中記』(岩波書店、二〇〇六年一二月)を企画編集した馬場公彦(岩波書店)は、次のように述べる。

 「今や論壇を席巻する勢いの佐藤さんは、アシスタントをおかず月産五百枚という。左右両翼の雑誌寄稿しながら、雑誌の傾向や読者層に応じて主題文体を書き分け、しかも立論は一貫していてぶれていない。」「彼の言動共鳴する特定編集者と密接な関係を構築し、硬直した左右の二項対立図式を打破し、各誌ごとに異なったアプローチ共通の解につなげていく。」「現状が佐藤さんの見立て通りに進み、他社の編集者意見交換するなかで、佐藤さんへの信頼感が育まれる。こうして出版社カラーや論壇の左右を超えて小さなリスク共同体が生まれ編集業を通しての現状打破への心意気が育まれる。その種火はジャーナリズムにひろがり、新聞社会面を中心に、従来型の検察官邸主導ではない記者独自調査報道が始まる。」「この四者(注・権力民衆メディア学術)を巻き込んだ佐藤劇場が論壇に新風を吹き込み、化学反応を起こしつつ対抗的世論公共圏形成していく。」

 馬場見解の中で興味深いのは、〈佐藤優現象〉の下で、「硬直した左右の二項対立図式」が打破され、「論壇」が「化学反応」を起こすとしている点であるある意味で、私もこの認識を共有する。だが、「化学反応」の結果への評価は、馬場と全く異なる。私は、これを、「対抗的世論公共圏」とやらが形成されるプロセスではなく、改憲後の国家体制に適合的な形に(すなわち、改憲後も生き長らえるように)、リベラル左派が再編成されていくプロセスであると考える。比喩的に言えば、「戦後民主主義体制下の護憲派が、イスラエルリベラルのようなものに変質していくプロセスと言い替えてもよい。

 以下の叙述でも指摘するが、佐藤は対朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮武力行使在日朝鮮人団体への弾圧必要性を精力的に主張している。安倍政権下の拉致外交キャンペーンや、一連の朝鮮総連弾圧に対して、リベラル左派から批判や抗議の声はほとんど聞かれなかったのは、「化学反応」の典型的ものである。「戦後民主主義」が、侵略植民地支配過去とまともに向き合わず在日朝鮮人に対してもせいぜい「恩恵」を施す対象しか見てこなかったことの問題性が、極めて露骨に出てきていると言える。〈嫌韓流〉に対して、リベラル左派からの反撃が非常に弱いことも、こうした流れの中で考えるべきであろう。

 私は、佐藤優個人は取るにたらない「思想家」だと思うが、佐藤右派メディアで主張する排外主義を、リベラル左派容認・黙認することで成り立つ〈佐藤優現象〉は、現在ジャーナリズム内の護憲派問題点を端的に示す、極めて重要な、徴候的な現象だと考える。

 馬場は、佐藤が「左右両翼の雑誌寄稿しながら、雑誌の傾向や読者層に応じて主題文体を書き分け、しかも立論は一貫していてぶれていない」などと言うが、後に見るように、佐藤は、「右」の雑誌では本音を明け透けに語り、「左」の雑誌では強調点をずらすなどして掲載されるよう小細工しているに過ぎない。いかにも官僚らしい芸当である佐藤自身は自ら国家主義であることを誇っており、小谷野敦言葉を借りれば、「あれ(注・佐藤)で右翼でないなら、日本右翼なんか一人もいない」。

 佐藤が読者層に応じて使い分けをしているだけであることは誰にでも分かることであるし、事実ウェブ上でもブログ等でよく指摘されている。そして、小谷野の、この現象が「日本知識人層の底の浅さが浮き彫りになった」ものという嘲笑も正しい。だが、改憲派の小谷野と違い、改憲を阻止したいと考える者としては、この現象について、佐藤優に熱を上げている護憲派を単に馬鹿にするだけではなく、〈佐藤優現象〉をめぐって、誰にでも浮かぶであろう疑問にまともに答える必要がある。なぜ、『世界』『金曜日』等の護憲派ジャーナリズムや、斎藤貴男魚住昭のような一般的には「左」とされるジャーナリストが、佐藤に入れ込んでいるのか? なぜ、排外主義を煽る当の佐藤が、『世界』『金曜日』や岩波書店朝日新聞出版物では、排外主義ナショナリズムの台頭を防がなければならない、などと主張することが許されているのか?

 この〈佐藤優現象〉はなぜ起こっているのか? この現象はどのようなことを意味しているのか? どういう帰結をもたらすのか? 問われるべき問題は何か? こうした問いに答えることが、改憲を阻止したいと考える立場の者にとって、緊急の課題であると思われる。

2.佐藤優右派メディアでの主張

 まず、佐藤排外主義的主張のうち、私の目に触れた主なものを挙げ、佐藤排外主義者としての活躍振りを確認しておこう。

(1)歴史認識について

 佐藤は言う。「「北朝鮮が条件を飲まないならば、歴史をよく思いだすことだ。帝国主義化した日本ロシアによる朝鮮半島への影響力を巡る対立日清戦争日露戦争引き起こした。もし、日本ロシアが本気になって、悪い目つきで北朝鮮にらむようになったら、どういう結果になるかわかっているんだろうな」という内容のメッセージ金正日に送るのだ」。朝鮮植民地化に対する一片の反省もない帝国主義者そのもの発言である。また、アメリカ議会における慰安婦決議の件に関しても、「事実誤認に基づく反日キャンペーンについて、日本政府がき然たる姿勢反論することは当然のことだ。」と述べている。

 特に大川周明テクスト佐藤解説から成る日米開戦真実大川周明著『米英東亜侵略史』を読み解く』(小学館、二〇〇六年四月)では、極めて露骨に、日本近現代史に関する自己歴史認識開陳する。以下、引用する。佐藤が自説として展開している部分である

 「日本人は(注・太平洋戦争)開戦時、少なくとも主観的には、中国アメリカイギリスによる植民地支配から解放したいと考えていた。しかし、後発資本主義である日本には、帝国主義時代の条件下で、欧米列強植民地になるか、植民地を獲得し、帝国主義国となって生き残るかの選択肢しかなかった。」(三頁)、「「大東亜共栄圏」は一種棲み分け理論である日本人はアジア諸民族との共存共栄真摯に追求した。強いて言えば、現在EUを先取りするような構想だった。」(四頁)、「あの戦争を避けるためにアメリカ日本妥協を繰り返せば、結局、日本アメリカ保護国、準植民地となる運命を免れなかったというのが実態ではないかと筆者は考える。」(六頁)、「日本武力によって、列強による中国の分裂が阻止されたというのは、日本人の眼からすれば確かに真実である。(中略)中国人の反植民活動家の眼には、日本列強とともに中国を分割する帝国主義国の一つと映ったのである。このボタンの掛け違いにイギリスアメリカはつけ込んだ。日本こそが中国植民地化と奴隷支配を目論む悪の帝国であるとの宣伝工作を行い、それが一部の中国政治家と知的エリートの心を捉えたのである。」(二八一頁)。また、蒋介石政権については、「米英の手先となった傀儡政権」(二五七頁)としている。他方、佐藤は、汪兆銘南京国民政府は「決して対日協力の傀儡政権ではなかった」(二四九頁)とする。

 右翼たる佐藤面目躍如たる文章である。ちなみに、こんな大東亜戦争肯定論の焼き直しの本を斎藤貴男は絶賛し、「大川こそあの時代知の巨人・であったとする形容にも、大川の主張そのものにも、違和感を抱くことができなかった」としている。

(2)対北朝鮮外交について

 佐藤は、「拉致問題解決」を日朝交渉大前提とし、イスラエルによるレバノン侵略戦争も「拉致問題解決」として支持している。「イスラエル領内で勤務しているイスラエル人が拉致されたことは、人権侵害であるとともにイスラエル国権侵害でもある。人権国権侵害された事案については、軍事行使も辞せずに対処するというイスラエル政府方針を筆者は基本的に正しいと考える」。さらに、現在北朝鮮ミュンヘン会談時のナチス・ドイツに準えた上で、「新帝国主義時代においても日本国家日本人が生き残っていける状況を作ることだ。帝国主義選択肢には戦争問題解決することも含まれる」としている。当然佐藤にとっては、北朝鮮の「拉致問題解決」においても、戦争視野に入っているということだ。『金曜日』での連載においても、オブラートに包んだ形ではあるが、「北朝鮮に対するカードとして、最後には戦争もありうべしということは明らかにしておいた方がいい」と述べている(10)。

 さらに、アメリカが主張してきた北朝鮮米ドル札偽造問題が、アメリカ自作自演だった可能性が高いという欧米メディア報道に対して、佐藤は「アメリカ政府として、『フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング』の記事に正面から反論することはできない。なぜなら、証拠を突きつける形で反論するとアメリカ情報源情報収集能力が明らかになり、北朝鮮を利してしまうからだ」(11)と、いかなる反証根拠も示さずに(反証必要性を封じた上で)、「北朝鮮情報操作」と主張しているが、この主張は、保守派原田武夫にすら否定されている(12)。佐藤現在右派メディアの中でも最も「右」に位置する論客の一人であると言えよう。

(3)朝鮮総連への政治弾圧について

 佐藤は、「在日団体への法適用拉致問題動く」として、「日本政府朝鮮総連経済活動に対し「現行法の厳格な適用」で圧力を加えたことに北朝鮮逆ギレして悲鳴をあげたのだ。「敵の嫌がることを進んでやる」のはインテリジェンス工作の定石だ。/政府が「現行法の厳格な適用」により北朝鮮ビジネス利益を得ている勢力牽制することが拉致問題解決のための環境を整える」と述べている(13)。同趣旨の主張は、別のところでも述べている(14)。「国益」の論理の下、在日朝鮮人の「人権」は考慮すらされてない。

 漆間巌警察庁長官(当時)は、今年の一月一八日の会見で、「北朝鮮が困る事件摘発拉致問題解決に近づける。そのような捜査に全力を挙げる」「北朝鮮日本交渉する気にさせるのが警察庁仕事。そのためには北朝鮮資金源について事件化し、実態を明らかにするのが有効だ」と発言しているが、佐藤発言はこの論理と全く同じであり、昨年末から激化を強めている総連系の機関民族学校などへの強制捜索に理論根拠提供したように思われる。佐藤自身も、「法の適正執行なんていうのはね、この概念ができるうえで私が貢献したという説があるんです。『別冊正論』や『SAPIO』あたりで、国策捜査はそういうことのために使うんだと書きましたからね。」と、その可能性を認めている(15)。

3.佐藤優による主張の使い分け

 排外主義者としての佐藤の主張は、挙げ出せばきりがない。前節で挙げたのも一例に過ぎない。では、佐藤は、こうした主張を『世界』『金曜日』でも行っているのだろうか。

 佐藤が仮に、「左」派の雑誌では「右」ととられる主張を、「右」派の雑誌では「左」ととられる主張をすることで、「硬直した左右の二項対立図式を打破」しているならば、私も佐藤をひとかどの人物と認めよう。だが、実際に行われていることは、「左」派メディアでは読者層の価値観に直接抵触しそうな部分をぼかした形で語り、「右」派メディアでは本音を語るという下らない処世術にすぎない。「左右の二項対立図式」の「打破」は、「左」の自壊によって成り立っているのだ。佐藤が『金曜日』と右派メディアで同一のテーマを扱った文章を読み比べれば、簡単にそのことはわかる。

 一例として、米国下院での「慰安婦」決議に関する佐藤の主張を読み比べてみよう。産経新聞グループサイト上での連載である地球を斬る〉では、「慰安婦問題をめぐるアメリカ報道を「滅茶苦茶」と非難し、「慰安婦問題に関する二〇〇七年三月一日の安倍発言についても「狭義の強制性はなかった」という認識なのだから正当だとして、あたかも「慰安婦」決議案自体不正確な事実に基づいたものであるかのような印象を与えようとしている(16)。ところが、『金曜日』では、こうした自分の主張は述べず、国権論者としての原則的立場から日本政府謝罪には反対だとしている(17)。なお、『金曜日』の同文章では「歴史認識を巡る外交問題 Permalink | 記事への反応(1) | 18:32

2024-01-23

anond:20240123115228

寺田憲史さんはかなり多彩だよ

FF世界観を作ったクリエイターの一人でもある

主な作品

小説

『バビ・ストックシリーズ角川スニーカー文庫) 挿画:影山楙倫 OVA製作のための原作

果てしなき標的(1986年1月

星に、グッド・ラック!(1987年4月

花のあすか組!―年端もいかず、心はヤワで(角川スニーカー文庫) 挿画:高口里純1988年7月

ファイナルファンタジーII 夢魔迷宮角川スニーカー文庫) 挿画:天野喜孝1989年4月

『爆裂お嬢シンディー・スー』シリーズ富士見ファンタジア文庫) 挿画:鈴木雅久

悪党たちに投げキッス!(1988年11月) 後にドラマCD化され、こちらでも脚本担当。出演は久川綾他。

熱いハート危機一髪!(1989年7月

地獄の海にラブ・コール!(1989年11月

天使たちにホールド・アップ!(1990年8月

『朱鬼シオン魔道霊士(アガディーン)伝』シリーズベストセラーズ

1991年2月

1991年6月

1991年8月

『ダーク・ウィザードシリーズ電撃文庫) 挿画:豊増隆寛

蘇りし闇の魔道士(1993年6月

精霊たちの野望(1994年4月

流砂の宇宙(ミシディア)の果て(1995年2月

『新きまぐれオレンジ☆ロードシリーズJUMP j BOOKS)挿画:まつもと泉

そして、あの夏のはじまり1994年7月

ピラミッド殺人ミステリー!(1995年7月

新きまぐれオレンジロード2002(集英社スーパーダッシュ文庫リメイク

そして、あの夏のはじまり2001年1月

ピラミッド殺人ミステリー!(2002年1月

漫画

アーマノイド(原作

作画鷲尾直広 壽屋雑誌・HOBINO→HOBINOホームページにて連載中。

ロマンシア 浪漫伝説原作

作画円英智 日本ファルコムPCゲームソフトロマンシア』の翻案作品角川書店PCゲーム情報誌コンプティークに連載の後、単行本化(ドラゴンコミックス、全1巻)。後にドラマCD化されており、こちらでも脚本担当

悠久の風伝説 ファイナルファンタジーIIIより(原作

作画衣谷遊 角川書店ファミコン情報誌・マル勝ファミコンに連載の後、単行本化(ドラゴンコミックス、全3巻)。

気分は!?ハートボイルド(原作

作画水縞とおる 学研漫画雑誌月刊NORAに連載の後、単行本化(ノーラコミックス、全1巻)。

テレビアニメ

赤ちゃんと僕脚本

愛天使伝説ウェディングピーチ脚本

行け!稲中卓球部脚本

うしおととら脚本

宇宙大帝ゴッドシグマ(絵コンテ演出

おでんくん脚本

鬼切丸(脚本

きまぐれオレンジ☆ロードシリーズ構成脚本

キン肉マン脚本

剣勇伝説YAIBAシリーズ構成脚本

深海伝説MEREMANOID原作者・シリーズ構成脚本

スペースコブラ脚本

コンポキッド脚本[1])

聖ルミナス女学院原作者)

太陽の牙ダグラム演出)※第35話のみ

闘将!!拉麵男(脚本

超時空騎団サザンクロス脚本

デビルマン 誕生編(構成協力)

トゥインクルハート 銀河系までとどかない(原作脚本

ねこねこ幻想曲脚本

ノンタンといっしょシリーズ構成

ハイスクール!奇面組脚本

バオー来訪者脚本

ファイアーストーム監督脚本

まじかるハットシリーズ構成脚本

燃える!お兄さんシリーズ構成脚本

モジャ公シリーズ構成脚本

よろしくメカドックシリーズ構成脚本テーマ曲作詞

まいっちんぐマチコ先生脚本

キキとララ青い鳥脚本

Mr.ペンペン脚本

キャラおたまじゃくし島(原作脚本

劇場アニメ

ドラミ&ドラえもんロボット学校不思議!?(脚本米谷良知と共同)

ザ☆ドラえもんズ 怪盗ドラパン謎の挑戦状!(脚本

ザ☆ドラえもんズ ムシムシぴょんぴょん大作戦!(脚本米谷良知と共同)

ラジオドラマ

エメラルドドラゴン脚本

特撮

科学戦隊ダイナマン脚本

勝手に!カミタマン脚本

世界忍者戦ジライヤ脚本

どきんちょ!ネムリン脚本

オリジナルビデオ

仙女一夜(監督

チンピラ人生 むしむしころころ(脚本藤井鷹史と共同)

コンピュータゲーム

ファイナルファンタジーシナリオ

ファイナルファンタジーIIシナリオ

ファイナルファンタジーIII(シナリオ

ドラえもん 友情伝説ザ・ドラえもんズシナリオ

MEREMANOID 〜マーメノイド〜(シナリオ

エンジェルグラフィティシナリオ

ククロセアトロ〜悠久の瞳〜(シナリオ監修)

テクストート・ルド〜アルカナ戦記〜(総合プロデュース・監修)

キッドクラウンクレイジーチェイス(総監修・シナリオ

わんわん愛情物語脚本

サウンドノベルツクール(収録サンプルゲーム「夏の樹に棲むニンフ」を担当

バットマンダークトゥモローディレクション絵コンテシナリオ(DCコミックススタッフと共同))

ダークウィザードシナリオ

研修医 天堂独太シナリオ

研修医 天堂独太2 〜命の天秤〜(原作シナリオ監修)

ブリガンダイルーナジア戦記(シナリオ[2])

携帯電話アプリ

RPGヤッターマンシナリオ

RPGハクション大魔王シナリオ

2023-10-16

はてな大人気のデビットライス論破されてX垢消した

彼の発言は垢消しで残っていないが

わかり手こと小山最近持ちネタ、ゴールディンの主張=アンチフェミと大体一緒を展開してたところ

ビットライスゴールディンの本なんて読んでないけど彼女問題意識解釈として間違ってる」

小山「読んでない本の著者の問題意識がわかるのすごい。エスパーかな?」

をはじめボコボコにされ、デビットライス批評が展開される。

小山@iikagenni_siro_

ビットライス、かねてより馬鹿だとは思ってたけどついにふくろうおばさんと同レベルにまで堕ちててほんま真顔になるな。党派性に凝り固まってテクストを読まず妄想物事判断するようになったら言論人としては終わりやで。

昨日も言ったけど「ちゃんと読んだ上で反論する」人たちと「読まずに妄想反論する」低脳は明確に違うからね。前者に対しては一切悪感情ないけど後者は一生黙ってろカスしか思えん。これは党派性ではなく知的誠実さの話。

要するに彼にあるのは「俺は作者の意図が全部わかる!」という妄想なんですよね。芸術作品にせよ学術的成果にせよ自分製作者の意図問題意識が全てわかっており、それに沿わないものはどれだけ根拠が並べられていようが悪辣扇動だ!となる。俺に言わせりゃもう一種病気だろと思うんだけど。

映画バービー」評にせよ、ゴールディン評にせよ、通説を論駁するためこっちはひたすら根拠を積み上げてるんだけど、彼は一切根拠を示さず「アンフェよる扇動だ!」というレッテル貼り一本槍で勝負しており、なぜそこまで自説に自信が持てるのか本当にわからないんですよね。



本のエア解釈をしだす大馬鹿晒したのもそうだが、人文っぽい態度をとりながら知的不誠実の極みをし続けるのには反吐が出るね。

アンチフェミフェミニズム本だけでなくて、なんならデビットライスの本すら買って読んでいるが、デビットライスは彼らの主張を読むことすらせずに脳死批判し続けた。

https://twitter.com/iikagenni_siro_/status/1713806522701205612

アンチフェミをこじらせすぎて、「彼らは間違っているなぜならアンチフェミから」をやりすぎて

ノーベル賞受賞作者の内容すら読まずに反論とい始末は目も当てられない。

まあ、彼からしたら嫌悪してるアンチフェミ連中にボコボコにされて堪忍袋の緒が切れたってとこで一切の反省はしなさそうだけど。

2023-10-14

ゴールディン氏の主張を額面通り受け取っていいのか

ノーベル経済学賞受賞者の主張が日本のX界におけるいわゆる”アンチフェミ”の主張と整合であるということでアンチフェミ界隈が沸き立っているが、そもそもゴールディン氏の主張自体額面通り受け取っていいのかという問題がある。

そもそもゴールディン氏の主張は”アンチフェミ”的なのか?という点については、彼女の著書を普通に読めば、解釈に多少の幅はあれ概ねそのような内容であることは明らかだと思う。すなわち、同じ仕事や同じポジションに付く男女について差別に基づく賃金の差は既に存在せず、実現している男女の賃金格差家計における合理的キャリア選択の結果として現れているものであるという趣旨であり、労働条件における系統的女性差別存在を主張する人々の考え方とは対立する)

自分経済学学位を持っており、大半の人よりは経済学に詳しいという自負があるが、それ故に経済学的なもの見方限界について思うところがある。経済学とはそもそも定量的に観察された社会事象」を「人々の合理的意思決定を前提」として解釈する学問である。こうしたアプローチは、以下の様な点で、男女差別の様な問題を考える際に色々な問題があると思われる。

まず「人々の合理的意思決定を前提」とする考え方の問題点とは、そもそも差別とは経済的観点から基本的に非合理的なので、経済学理論で世の中を解釈するとそもそも差別など存在しないという結論に偏るバイアスがある。例えば以下は経済学的な考え方の例である。「もし男性と同じ能力を持つ女性に対して差別的に賃金を低く設定している企業存在しているなら、他の企業はその女性に対して今より少し高い賃金オファーして彼女を雇うことで男性と同等なのに少し安い労働力を確保できて得をする。これが女性男性と同じ賃金になるまで繰り返されて、男性女性賃金は同水準に収束する。もしそうなってないならば、何か別の経済的インセンティブが働いているはずである」この様に、経済学理論は首尾一貫して経済的合理性のみで物事説明することを試みるため、文化的要因や社会心理学的な要因が入り込む余地はない。差別という経済合理的事象は、そもそも経済学理論スコープから排されているのである

また、「定量的に観察された社会事象」のみを分析対象とする点も問題である。こうした経済学スタンスは、証言なども含めたテクストに対して丹念な分析を行う歴史学社会学・ジェンダー学といった人文科学アプローチとは対照的である。数量データに現れない出来事が世の中に存在しない訳ではないのである。例えばナチス政権下でのユダヤの人々の苦しみは、数字のみによって語られるべきではないのと同じである。彼らには統計的事実に現れない日常的苦しみも確実にあったわけで、それは例えばアンネ・フランク日記などの記録から定性的に読み取ることで明らかとなる。これはフェミニズムの文脈でも同様である現代日本において多くの女性が進路選択キャリア形成に際して有形・無形の差別存在を感じ、声を上げているということが事実として存在しているわけで(例えば進学に際して親から「あまり高学歴だと結婚できない」と言われるなど)、それが例え統計データとして現れないとしても、その苦しみが存在しないということにはならない。

ノーベル経済学賞というのはあくまでも経済学という学問世界の中での権威が認められたというだけの話である上記の様に、経済学のものが、社会事象の一側面を切り取って分析を行う学問である以上、経済学的なもの見方が男女格差という複合的な社会事象の全ての側面を明らかにした訳では全く無い。ゴールディン氏の分析結果は、もちろんそれはそれとして有益考察材料としつつ、あくまでこの問題を扱う本流である歴史学社会学・ジェンダー学の考え方と合わせて、この問題に関する理解を深めていくというのが正しい知的態度だろう。

2023-08-25

文脈ッて読まないの??

はてなを見るとそれまでの文脈すっ飛ばしたり、そのテクストだけで判断して批判したりしてる

逆に勝手文脈無意識に想定して読んだりしてる

これって読めてないってことじゃない?

そりゃ正確に立場定義歴史的変遷なんかを記述したりするのが正確なのかもしれないけど、そんなの大論文でもなけりゃしないし、それだって限度がある

だとしたらまずはテクストを読むって理解することが第一で、その読むには文脈大事だと思う。

批判肯定目的にしたら理解することがおろそかになるんじゃないか

まあレベルの違いはあれど専門家でも批判されると読めてないよって第二版序論とかで反論するし、そんなもんなんだろうけど

からこそまずは理解するところからはじめたい

2023-07-16

君たちはどう生きるか ネタばれあり・見たけど意味わからんかった人

追記

たくさん読んでくれて嬉しい。元は友人とのTwitterDMが下書きになっていて雑な文章から申し訳ない。なので以下、こちらの意図が伝わってないコメントに返す。

・この物語の各パーツ・キャラを現状のジブリメタファとする解釈はこの児童文学作品矮小化していると思う。あまり好きではない

→全く同意見で、書いた通り普段テクスト的に解釈するのが好きです。矮小化されてしまってるのもそうなので、これだけが「正解」だとは微塵も思ってないし書いた通り自信はない。今回は宮崎駿最後作品、って思いが自分に強すぎて作家周辺の解釈がまず出たのだと自己分析している。作品のもの解釈海燕さん他書いているのがよかった。

映画も見てないし原作も読んでないけど、なるほど(以下略)

→お前みたいなやつがいちばんダメ。観ろ。観ずになるほどすんな。


一般向けではないというけど、次世代へのバトン家族の話って極めて普遍的で、ジブリ宮崎駿のことを知らなくとも皆それぞれ自分物語を重ね合わせて見ることができる作品だと思うよ

→この辺りは宮崎駿自己言及普遍的テーマを重ねて両輪でやっている気はする。


・あの作品登場人物実在ジブリ周りの人物に置き換える読み方はわかるけど非常に下品だと思っているので、する人を否定はしないけど、それが正解だと言って押しつけたりする風潮にならなきゃいいなと思っている。

→おおむね同意見で、自分ホッテントリに上がったことが押し付け風潮の一助になるのは避けたい。作家論は作家論でしかないし、それは基本的に狭い解釈になってしまうから、「正解」ではない。ただ言葉遣いとして、この人が作家論を「下品」としているのは、なんというか令和だなぁと思った。


前半はまぁ、とりあえず置いておいた撒き餌みたいな稚拙解釈なので、「正解」ではありません。(一貫性形成願望をとりあえず満たしておくために書いた、と思って欲しい)

しろ、この作品は唯一解を求めたがることも含めた後知恵的な意味よりも、もっとプリミティブな意味を伝えようとする作品だと思います。だから自分感想本質は後半です。そこのところ言葉足らずだったみたい。



追記ここまで


初日に見に行って、いろいろ考えつつ見たが、たぶんほとんどの人が「意味わからん(けどジブリっぽくて面白い!)」ってなるやつだと思ったので、自分なりの考えを書いてみる。ちなみに全然自信はない(その理由最後に書く)


見た人の多くは、ラストにかけてのメインストリーラインがよくわかんねえとなると思うけど、同時に物語にいくつもの象徴比喩が込められていることも、なんとなく察すると思う。

個人的結論を先に書く。(自分普段テクスト論的に物語を読むのが好きなのだが、作家論としてこの作品が見えた。)

まず、内容で感じたのはセルフオマージュの多さ。「紅の豚」の死出飛行機葬列が海の船になったり、ハウルの泥の人形が殺生できない住人になったり。老人の描き方はジブリの各種キャラを思わせたり。

オマージュ元には特にトトロが印象に残るように思って、抜け道や森から出た暗がりの風とか、ワラワラとか、宮崎駿トトロ気に入ってたんやなと思わせた。まあワラワラ鈴木敏夫の入れ知恵な気もするし、観客へのサービスって感じかな。

そしてここから感じたのは、宮崎駿人生が細かく千切られ散りばめられてるということ。


ていうことで、物語の根幹と宮崎駿人生に準えてラストで明かされる物語の根幹をよんでみる。やっぱりラストについては大事だよな。

結論から書けば、空から降ってきた大岩宮崎駿の才能、ギフト宮崎駿は大叔父でありあの世界は宮崎駿によって作られた作品の集合でジブリのもの。その血を引く主人公宮崎吾朗や孫だと思われる。ただし、内面宮崎駿投影されていて二重のモデルがいる主人公になっている。駿はジブリを継いで欲しかったが、吾郎拒否した。ジブリは駿の引退宣言とともに崩壊して、皆それぞれの暮らしにもどった。端的に言えば、それら経緯への駿の内面告白、なんだと思う。つまりスタジオジブリ(と駿)のために作られた物語なんだと思っている。


昔。降って湧いた才能に取り込まれた駿は、作品世界から出なくなった(家庭を顧みなかったりしたんだろう)。そして世界創造に励み、海や森の美しいファンタジー世界と、ユーモラスで残酷な鳥に代表される多くの愛すべきキャラクターを生み出した。

時々挟まれた、大岩が怒ってるとか。あれは才能から来る作品へのこだわり、そこから発される憤怒なんだろうな。時々駿キレてたし。

ただ、老いてきた。積み木を重ねられなくなった。積み木を安定させることも苦労するようになった。だからこの世界ジブリ後継者を探して、館に主人公ら血族を引き寄せ始めた。(この辺りの傍迷惑さについての自覚が、人生を総括し始めた老境の駿らしい感じがする)

関係ないけど、インコの王は唯一宮崎駿に謁見できて最後世界ぶっ壊したし、たぶん鈴木敏夫なんだろうなと思う笑

そして物語ラスト吾郎ジブリを継ぐのを拒否し、焦ってしゃしゃり出た鈴木敏夫がぶっ壊してジブリ崩壊した。でもそれを受け入れて?(この表現は適切じゃないかも。ただ眺めて?)老兵は去る、ってことを、ラスト宮崎駿は表したかったのだと思う。

総じて、人生全体を眺めて、ある程度中立的感情も整理しながら、比喩的な物語人物に落とし込んだ。そして達人のアニメーションで、それが分からなくとも万人が楽しめる2時間にした。

主人公が、みずから頭を傷つけて、それを最後最後告白し、汚れているか自分は継げないとジブリ世襲拒否するシーン。

あれはなんかほんとに個人的事件が、駿や吾郎にあるんかなて感じもするけど。いずれにせよ、今まで子どもイノセントに描いた宮崎駿が、この主人公にはドロドロしたものを罪悪感と共に植え付けているのは、自身自分の子どもみたいな、客観的に見られないし理想化もできない存在としてマヒトを描いているんだと思う。そしてそれが「真の人」って名前なのが、正直な曝け出しなのかなって感じさせる。

でもここは、ちょっと未整理。

まあたぶんに一義的な狭苦しい解釈なんやけど、とりあえずここまでは言語化できた。


ただ、ここまでこうして書いた考察について、正直自信がないというか、こうして作品言語化されることを拒否している作品である、ということことを、作品を見ている最中からずっと感じてきていた。

個人的にはここから作品本質だと思っている。

子供のころからジブリ作品を見て、宮崎駿のひねくれた人物像も知ってるから、この作品は明らかに異質だとわかる。観客へのサービス配慮)が欠けている。

はっきり言って、一般向けではない。大衆子供映画を作ってきた宮崎駿ジブリは、今までこんな映画を作ったことがない。上記のような一応に意味の通る解釈自力でできる人間はとりあえずいいが、そういうことをしない人が圧倒的多数で、それが大衆なのだ。だから、今回のような、作品の展開の速さや密度抽象度の高い映画は、一般向けとは言えない。自分が見た初日夕方の回は平日なのにほぼ満員で、しかし上映終了後のほぼ全員がタヌキに化かされたような顔をみんなしていたぞ。(正直自分もそんな気持ちだったので笑えた)

しかし、ここでそれを鑑みても面白いのが、この作品の「面白さ」は皆が感じているらしいということだ。

そして、これと同時に、自分のような批評する目線映画を見る者は、それはそれで大衆客と別な側面で拒まれている気がした。何か見る者の賢しい批評を拒んでいるように感じた。

以下に、その理由を書く。自分感想としての本質はむしろこっちだ。言語化しづらいのだが、見た人にはなんとか伝わるように書くと

宮崎駿生理的表現がほんっとにうめぇな」

となる。

例えば、食事のほおばり方。たとえば、黙ってうつむく表情。たとえば、真人うそをつくときの顔。みんな圧倒的に生き物らしい。生命力を感じる。みんないびつで、あいくるしい。(カワンゴがお説教されたアレとは本当に真逆な、きわめて何か、生命に対する賛美を感じます

これらすべてが、芝居をしている。客に直接的な理解を与える。この人物感情や、物語における人物立ち位置(正しい方向かどうか)など。あらゆる情報を、言語での理解を超越して、身体的・ダイレクトに観客へ伝わる。

作劇のうまさや間の取り方、ちょっとした身のこなしや振る舞いの描き方。それらすべてがアニメーションなのに自然で、本当にほれぼれする。達人のアニメーションは今でも健在だし、それはスタジオポロックみたいなのにもマネできてない駿の達人技だと思う。

で、それらの生理的表現が今作で上げる最大の効果は「生理的感覚として、見る者に言語範囲外で意味を伝える」ことだと思う。

自分新海誠映画が昔から好きなのだが、新海誠が「星を追う子ども」でやりたがって、でも全然できなかったようなことを、中盤くらいまでで軽々と全部やり尽くして、更に塗り替えていったような印象が途中した。)

はっきり言って、中盤以降は物語テンポが速すぎて情報量も多すぎて、物語が何を表現しているのかまったくわからないし考える余裕もなく、何もかもを押し付けられていくだけのように感じるのだが、いち観客として言えば、作劇がうますぎてずっと楽しくて画面にずっと惹き寄せられたままで、一ミリの退屈もなく最後まで面白かった。作品が何を言いたいのか理解できねぇのにコレなのまじ意味わかんねぇ。ユーモア人物の芝居とテンポと心地よさとその他あらゆる作劇でずっと作品世界へ惹き寄せ続けるの、冷静に考えてすごすぎる。

理解として言えば、言語範囲外で生理的に伝わってこようとする情報が、最速で理解できる。だから理性で作品に好悪を判断つけたくても、生理的理解が先に面白さを伝えていて、判断を保留し、物語が表す「意味」が分からない気持ち悪さをいったんわきに置く(打ち消す、わけではないのもポイント

たまたま映画見る前に考えてたのが、美輪明宏のモロの演技や紅白ヨイトマケの唄なんだけど、あれもなんか、生理的に分からされる凄みがあるよな。あれと同質の、生理に訴えかけてくる理解が、この作品の全体にあった。

から意味深がセリフ物語上の「意味」として理解できなくても、なんとなくわかっちゃうわけ。ああ、「そういうふうに」感じてるんだなぁ、って。

自分が書いたものも含め、なんか色々考察とか出てくると思うんだけど、この作品に関して自分はもうそんなのに大した意味を感じていない。いや言葉説明することは俺も試みたと思うんだけど、そういった理解や「意味」は後からやってくるものであって、それより先にあるこの一次的な身体感触の強さが、現在進行する映画鑑賞の今、圧倒的な作品だった。肌感覚で腹の底から湧き上がる力強さは、言語理解拒否して圧倒する。そんなプリミティブさ。

プリミティブな、といえばものすごく情報量が少ないように感じられるかもしれないけれど、ただそこで言う「情報量」ってつまりキロバイト的な情報多寡しかなくて、生理的な質感や圧倒的な情報の圧が含まれてない。この作品はそういった生理的な質感や圧、すごみをもってして最後まで観客をエンターテインする作品だった。面白さが言語範囲外で生理的に伝わってこようとするんだよな。

「語り得ないことに関しては、沈黙せねばならない」という言葉があるけれど、宮崎駿言語で語りえないことを語れる。対して、自分たち観客は語れないが、しか生理的理解している。

自分最初考察意味を感じない、といったのは、考察の当たり外れよりも「こんな小賢しい考察なんぞしてんじゃねー」的なギルティ感覚がするからだ。賢しらぶってることが怒られそう。それこそ、宮崎駿に叱られるカワンゴみたいな、「意味」や思考の中だけに生きて現実に生きる生命を見ようとしていないと叱られている気が(これは完全に自分勝手感覚なのだが)する。強いて言えばそれが、本作のタイトルのごとく自分に突き付けられたお説教だったかもしれない。

一般には訳が分からなくてもいいし、読み解く材料も与えないし、理解されなくても面白くしなんか感覚的には伝わるでしょ?みたいな感じが、ただ壁を感じるし、見る人は選ぶと思う。ジブリ作品に壁を作ったことって今まであんまりないと思うんだけど、たぶん風立ちぬで少しやって、「あ、好きにやってもいいんだ」みたいなのを、それこそ庵野秀明エヴァから知ったんじゃねーかwみたいな気もしていて、そして老境にさしかかりジブリ崩壊を見ながら、いろいろなことを感じ考えながら職人芸ですべて盛り込んだのが今回の作品なんだと思った。だから一部の人批評感想特に老人の走馬灯とかボケたとかみたいなのには全く賛成できない。

2023-07-03

anond:20230703021046

ある種のヒューリスティックとして機能しているうちは(機能させる必要があるうちは)、その観念から脱却するのは無理だと思うな。

思考とその主体を切り分けて考えると、本来は拾い上げられた含意を無視しかねない。これは、自閉症スペクトラムに見られる字義通りの解釈に近い。言外の情報文脈考慮できない場合は障碍があると見做されうる。

テクストは全てを語れないからな。もし語ることができたのなら、完全に切り離しても全てを正確に取り上げられるのだが、それができない以上は極端にはなれないだろう。

このアノニマスダイアリーは、そういう思考とその主体を別個にしやす場所でもあると思うが、話していて(あるいは会話を見ていて)、細かい意義づけの違いなど、通じてるんだけど微妙に通じてない感覚があることがないか

そういうのを避ける仕組みなんだと思うぞ。自覚して修正できるなら差別をするリスクは低いし、あなたにその意図がないなら誤解だったと謝ればいい。

時代遅れだなんてとんでもない、俺は真摯な心構えだと思うよ

あの〜

思考思考者を切り離して考えることはできる?

その人の考えることをフラットに聞きたいし知りたいと思うのだけど、

俺はどうしてもその人の背景に意識が行ってしまう。

こういう経験をしていきて、こういう生活をしているから、このような思考を持つ、と思えないと安心できない。

他人思考理解するには、自分思考を解さないといけないわけで、

からできるだけその人の思考に近い解釈ができるように、

その人の過去情報から、その人を形成した価値観を知って、近い感覚を取り入れたいと思う。

でもその人の背景ばかりに意識が行ってしまうと、行き過ぎると、なんか差別に繋がりそうでこわい。

文学でも、作品は作者から独立したものテクストのみから読み取っていこうというテクスト論が主流なのに対し、俺の態度は作品論に近くで時代遅れだと思う。

2023-04-29

「人の話が処理出来ない奴へのアドバイス」は役に立たなかった。

https://anond.hatelabo.jp/20230423111053

各所で話題になっていたので、実際にアドバイスを試してみた。

結論から書くと、役に立たなかった。

①敵の話が全て俺の予想の通りだった。

大体、人間の会話なんて大したパターンがない。

俺は自分仕事のどこにミスあるかなんて全てわかっているし、上司が怒りの表情で俺に話しかけてきたら、そのミスのどれか指摘してきているに決まっている。

また、相手趣味嗜好、時事ネタの何を好むかも大体わかっているので、相手の機嫌次第で何の話をしてくるかは大体わかる。

世の中は、俺の予想通りの行動をしてくるやつらしかいないことを再確認し、話を最後まで聞くのは時間無駄だなということがわかっただけだった。

俺はちゃんと、他人PCモニタに何が映ってるか監視しているし、他人日常会話に聞き耳を立てているし、

朝誰もいない時に机も漁っている。同僚のスマホPCの解除パスも、6割くらいは覚えている。

そういう努力をしていない人間けが、敵の話を予想できないのだなと思った。

『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』という言葉を贈りたい。

まずは誰もいない時に机を漁り、他人書類を読み込んでおくことだ。

②話を聞かない能力が失われる

そもそも、何故人の話を正しく理解する必要がある?

コミュニケーションとは、つまり他人を利用するためにある。

無知は利用するため、知識悪用するためにある。

例えば貴方創価学会やマルウェイ、統一教会等やものみの塔などの話をちゃんと聞く必要があるだろうか?

会社にかかってくる、不動産投資営業や、保険営業の話を、理解する必要があるだろうか?

そういうことだ。

世の中は、「聞かない方が良い話」や「理解しない方が良い話」に溢れている。

それらの詐欺カルト的な話など、しっかりと耳を傾ければ、ある程度の合理性は見出せるのだ。

あなた幸せになれる」などという甘言なのだから論理的理解すればするほど、ハマっていくものなのだ

オウム高学歴人間達がドはまりしていたのも同じで、彼らは話を聞く能力や読解力があったからこそ、カルトにハマってしまったのだ。

仕事もそうだ。

何故ならば、仕事上のコミュニケーションの行きつく先というのは「人生を食いつぶし会社や俺のために奉仕しろ」という言葉に他ならない。

何故、そんな言葉理解する必要がある?胸に手をあてて考えろ。

他人言葉自己流に都合よく解釈し、ああお客様の役に立つことなんだな、とか、自分の成長にも繋がることなんだな、と思い込むことによって社会は成り立っている。

上司の指示や話をしっかり理解しろなど、残酷言葉に耳を傾ける必要はない。

俺が会話をする時は他人を利用するためか、他人を陥れる時だ。それ以外の会話をしたことがない。

そんな俺の話を聞く必要があるか?ないだろう?つまりそういうことだ。だが、俺は善人だ。なにせ、自分が悪意を持っていることを知っている。

そして本当に他人を利用する悪人なら、自分の悪意を晒したりしない。デメリットしかいからな。

真の悪人とは、つまり自分行為社会善や共通善に則っていると思い込んでいるやつらのことである

わかるだろう。

他人無償アドバイスをするような人間の言う事は聞く必要がない。俺のような善人の言葉を除いて。

時間の有限さを無視している

我々に人の話を全て聞く時間があるだろうか?

いや、ない。

国語テストの話をしよう。

国語物語文や論説文を解く時、まさか主題となる文章を頭から読んでいたのではないだろうか。それは誤りだ。

問題から読むのが正解だ。

国語の長文読解は、①問題文で使用されているのと、同じ単語の連なりを全体視で見つける。②問題文と関わりのある文章段落のみから情報引用し解答する。

これだけでいい。短時間で解答することができる。しかも間違えない。そもそも文章全体を捉え、理解することなど、時間の有り余っている暇人だけやっていればいい。

俺の経験が確かなら、駿台だとか河合塾だとかでも、同じように教わるはずだ。というか教えていた。

受験勉強が得意なことと社会生活が得意なことは=ではないが、この能力必須だ。

マニュアル、社則、資料、全てを読み込んでいる人間まさかいないだろう?

このゴミのような情報が溢れた社会で、俺達は幸福に生きなければならない。

必要情報必要なだけ読み取るのが国語力だ。断じて、頭からケツまで理解する能力国語力ではない。

全てを書き取り、相手意図を読み取れ、というのは問題を錯誤させようとしている詐欺だ。

その詐欺が奪おうとしているものは何か。

お前が幸せになるために使うはずだった時間である

目的は明らかだ。この世は限られた幸福の総量を奪い合うゲームだ。

能力とは、つまり相対的ものだ。絶対評価ではなく、相対評価が世の常だ。

他人時間を浪費し、無駄なことに時間を使うことによって、相対的価値を高めようとする人間欺瞞である

時は金なり、いや、金より重い。

他人の話を全て聞き取る、書きとる、こんな無駄行為時間を使ってはいけない。

何度も言うが、俺はまず自分悪人であることを示した真の善人なので、本当の善意から言っていることはわかってくれたと思う。

俺の話だけは、最初から最後まで聞く価値があると断言できる。

④より効率的方法

ではどうしたらいいのか?対案はある。最初に述べたように、まず予測能力を高めることだ。

人生パターンは貧弱だ。国語問題文などその実、パターンが数種しかないのと同じことだ。世の中の人間は、そんな大したバリエーションや複層性を持っていない。

まり、敵である人間達の情報を常日頃から収集しておくこと、これは文章①で述べた。

文章②で、世界は聞く必要のない話、聞いてはいけない話が多い事を述べた。

文章③で、あなた時間の大切さを説いた。

そこから、真に貴方が取るべき行動を示す。

文章による文語理解も、口頭による口語理解も、基本は同じだ。

その前に、俺は善人なので少し捕捉する。

日本語は実は言文一致話し言葉書き言葉が同じ)をしていない。

その前提を理解していない人間理解しているのにも関わらず、文章を書き写せなどと言ってくる、相手無知を利用したコミュをするやつは、くたばってしまえと言う話だ。

会話、『話し言葉』においては簡単だ。語気が強まる瞬間、あるいは話の最後の瞬間だけ聞き取ればいい。どうせ中間は天気の話とか大谷の話しかしていない。

1から10まで聞くのではなく、音が強まった瞬間だけ、耳を傾ければいい。

大体、専門用語略語、社内オリジナル用語業界用語など、文語なら通じるが口語では通じない音でこの世は溢れている。

文字に起こせと言われても、「こいつ何言ってんだ?」という部分で引っかかりが生じるのは当然のことだ。

文語テキスト場合簡単だ。

「つまり」だとか、でかでかと書かれている部分だけ読みとればいいし。テキスト100行あれば、人生において必要な行は2行か3行がせいぜいなのだ

そこをCtrlFで検索するのでもいい。自分必要テクストだけ摂取すればいいのだ。

この点で『つまり会話を文章に直すのは有効では?』という語り掛けがあるかもしれない。詐欺である。なぜならば、その有効性とは効率のためにあり、

そもそも口語文語に訳す』という手間、時間が、そもそも『非効率的である以上、その論法は成り立たない。

「人が口から発した言葉テキストしろ」という言動が、貴方をハメようとしている悪意に満ち溢れたものであることはわかって貰えたと思う。


繰り返すが、貴方時間は有限だ。

貴方時間貴方幸福になるためにあるのであり、

相手の話を全て聞き、それを文章に書き写し、理解する」ためにあるのではない。

そもそも、『話が理解できない』などというのは、『単語ローカルルール理解できない』ことに原因があるのは明らかなのに、元増田はそれをあえて無視している。

組織の使う備品名前、その目的取引先や他部署人間名前、そのあだ名

組織過去共通話、下らない横文字

そう言った知識非対称性が、『話が理解できない』に繋がっているのは明らかなのに、1から10まで話を聞けば、理解できるかのように語る元増田詐欺師だ。

人間の会話は、知らないワードが3つ出てくると理解できないのだ。

それを、元増田は分かった上で無視している。種別は違うが、理解できない会話を放り投げてくる奴と同じだ。

知識非対称性を利用している。そういう人間は総じてカスである

バットを持っていない人間ホームランを打てと語り、サッカールールを知らない人間試合に勝てと言っているのが元増田だ。

俺はそんなことはしない。どんな無知人間でもわかることしか言わないし、やれることしかアドバイスしない。

まずは同僚や上司の机を漁れ。スマホを覗き見ろ。

敵を知り己を知り、要点だけを聞ける能力を磨け。

わざと変なことを言ってすまなかったな。

まり話し手と同じくらいの、前提知識を得ようぜ、そうすると要約できるって話だ。

結論

『人の話が処理出来ない奴へのアドバイス』は、悪意ある詐欺師の欺瞞である

まずは、『相手の話の要点だけを聞く能力』を磨くべきだ。

2023-01-19

anond:20230119135529

統計坊や

聞き齧った知識だけで、権威あるフェミニズムテクストから導出された見解に噛み付きがち

テクストがどれだけ世界中で読まれ引用されたものでも気にしない幼さがまさに坊や

h-index50超えのフェミニストにも立ち向かってくる勇気だけは讃えたい

2023-01-04

2022年に読んだ本

1月

琉球から歴史の原文へ。太平記史記を並行して読み始める。

現代語訳とはいえ長くてしんどい

2月

メモを取っているので一冊にかける時間が長い。とはいえ世界史教科書では一行で終わっていた出来事の細部を知るのは面白い

3月

ウェブ小説を読む。

4月

東アジア史が中心。

5月

詩集芥川賞に手を出す。

シン・ウルトラマンを見たせいか特撮関係の本が後半に増える。

6月

後半には自分学生時代ベストセラーだった本を手に取った。

価値観現代とは変わってしまっている点が多数あり、今読むときついと感じる箇所も。

7月

暴力団言語学、法学テーマの月だった。

8月

旧約聖書を読み始める。

9月

ちょくちょくSFを挟んで旧約聖書を読み進める。

10

旧約聖書読了学生時代新約聖書通読たから一応全部読んだことになる。

カズオ・イシグロ邦訳が出ているのはたぶん読み終えた。

11月

生物の標本にまつわる本を読みだす。やはり生物学は面白いネタが尽きない。

12月

土偶埴輪についても読む。

漫画

ジョジョを読み終えた。それにしてもハルタコミックスばっかりだ。

十三機兵防衛圏については友人に薦められたかクリア後のノリで買った。

美術展など

今年はたくさんいけた。行かない月もあった気がするが、それはそれ、そのときの気分に従った。

映画

「シン・ウルトラマン」★★

プラットフォーム」★

エクストリームジョブ

12モンキーズ」★★★

雑感

(長くなったのでブコメ

2021年に読んだ本

今更だけど2020年に読んだ本

コメント返信追記

正直、もうコミケ大手サークル以外厳しいと思う

anond:20230102104156

anond:20230103131007

終わりにするっつったのにまた馬鹿ポップアップしてきたので追記。外から適当に石投げて無事で済むと思うな。

https://twitter.com/azukiosamitu/status/1610299197311574017

まあ活動8年でここ2年余り見てコミケ語られてもなあと言うのが25年来のロートル選手であるあたしの第一声だなあ。数回の辛いとこ凌いでいけるようなタフさがないと持続はできないわなあ

新参者は黙ってろって?典型的老害でこういうやつが全体の空気毀損するんだよ。長生きしてるだけで自分がえらいと勘違いしてんのか?

https://twitter.com/OugiCitose/status/1610299027945558017

だいたい3年前との比較って、コロナ以前の全盛時期じゃん。

コロナ禍で直近3回とかなら話は分かるけど、それ以前のイメージで参加して「厳しい~」とか言うのはお門違い。

典型的お気持ちジャッジマン。バズったお気持ちなら自分規範ジャッジしていいと思ってんのか?それが勘違いと思い上がりだっつってんの。逝ってよし!!!

https://twitter.com/_nyaruse_/status/1609927529619685376

評論サークルが「コミケ大手以外厳しくなった」と書いた記事を読んだけど共感できない。

この方、3年ぶりにコミケに参加して爆死したみたいだけど、コロナ中に参加せず休んでてコロナ以前の感覚で準備して持ち込めばそりゃあ・・・って感じなんよ。

あなたが寝ている間に世界は変わったんだよ。

「寝ている間に世界は変わった」ってすごいね。寝てねえわ。起きて生活してたわ。

無論、そのあいだ四六時中同人活動のこと考えてたわけじゃない。それがそんなに悪いことかね?

https://twitter.com/shima_ko/status/1610106425589760000

正月からわっと長文書いてるのも私自身ここ2週間ずっと仕事でてるのに何やってんだろなとは思うけど「ずっと前から思ってきたこと」についてまるで今突然に世界が変わったみたいなことを聞かされると「今まで寝てたのか?」とは思う。

「今まで寝てたのか?」ってこの類の表現流行ってんの?

この2年間、わたくしにはわたくしの生活があったことに想像力を働かせてもろて…

https://twitter.com/HakkaisanDassai/status/1610478655402291201

うーん…個人的にはこの記事には賛同しかますかね…

果たして同人誌を何の為に描いているのかと言う話と繋がってくる事かと思います

個人的には、同人誌根底にあるのは個人の興味関心だと思うのです。それを一人でも手に取って共感してもらえれば、これ以上ない喜びになるのではないのでしょうか?

売り上げを見ると言うのであれば、それは同人の域を超えて最早商業だと私は思います

と、同人誌を一ページも書けない人間生意気を言ってみたり。

最後でずっこけたわ。理想論を語るのはそりゃだれでもできますけど、完全に野球経験おっさん草野球チームに「理想ベースボール」を語ることの滑稽さ、相当ですよ。生意気っていうか、くそダサい。幼稚で恥ずかしい。

もう当然の前提だがこのレベルのことから書いたほうがいいっぽいので改めて書くけど、儲けのためにやってるわけじゃないのよ。同人しか評論なんて儲けを考えたら割にあわない。一方で、本を刷るのもイベント出るのもなんやかんや金がかかる。だから継続的に本を刷ってイベントに参加して頒布するためには、どうしたって支出マイナスゼロに近づけるための努力技術があったほうがいいのだ。同人誌を1ページでも書く前に、そのくらいのこと想像してからつぶやけるようになろう。

そもそも元の文章に「たくさん売るためにやってるんじゃない。自分の納得したものをかたちにできたか否かが大事なのだ。」と書いておいたじゃん。

にもかかわらずこの類のコメントするやつ結構いるけど、「書いてあることを読み取る」訓練をしたうえでインターネットやったほうがいいよ。

https://twitter.com/hayamiyuzuka/status/1609837418068475904

素人が好きで描いたものを持ち寄るイベントなんだから、基本儲けは厳しいものですよ。

商業じゃないんだから、そこを履き違えちゃいけない。

嘆くならそのスペース他のサークルに譲ったらいいよ。

こいつとか

confi 批評系で金儲けしようとしてるやつ初めて見た

こいつとかね。

ttps://twitter.com/_chikuwa/status/1610635318159630338

まあコミケで「大手サークル以外厳しいと思う」ってのは利益を求めたらそうなんじゃないの?って思うがそれって昔から大して変わらんでしょって印象がある。でもコミケって(表向きは)そういうものじゃないでしょ。

マジでこのタイプのむしけら無限に湧いてくるね。すごいわ。


https://twitter.com/more_e/status/1610037604921266179

色々と言いたいことは分かるんだけど『一般参加者が減って売上が減るならコミケに行かない』と決めたのなら行かなくて良いと思うんだよな…

厳しいと思うのなら、プロモーションしたり販路を増やすのが今の時代薄い本

こっちは逆に「書いてもいないことを読み取っている」パターンね。『一般参加者が減って売上が減るならコミケに行かない』と決めたのはどこのどいつだよ。

コミケは「厳しい場所」になったんじゃないかということは書いたが、わたくし自身は「コミケに今後も出るor出ない」も「同人活動を続けるorやめる」も書いてない。

一般入場の制限撤廃されたらいいなー」とは直接書いてないけど、そのくらいの願望を読み取られるならまあ理解できる。

でも出ませんもやめますも書いてないのにそう読み取るのは、自分の願望をテクスト投影しすぎ。この類の言及結構あったな。全部はあげるのめんどくせえのでやらないが。みんな、「書いてあることを読み取る」訓練をしよう。野矢茂樹大人のための国語ゼミ』とか読んでさ。

ttps://twitter.com/motomi84894599/status/1610774350885703680

その増田、全方位に喧嘩売っていくスタイル(会場でカラー18pを1000円で買った相手にすら電子の方が安いからお前みたいな貧乏人は電子で買えと薦めてくる系)だから売り上げ落ちてるの当然じゃないか

またすげえのが出てきた。「会場でカラー18pを1000円で買った相手にすら電子の方が安いからお前みたいな貧乏人は電子で買えと薦めてくる系」ってお前の願望以外の何物でもないだろうがよ。てか、本文で紙媒体への愛着を表明しているのにこのレッテル貼りするの、マジでなにも読んでないんだね。

投げられた石に投げ返してたら「全方位に喧嘩売っていく」認定とはこれまたすごいね。そんなに言い返されるのが嫌なら静かにしておきなさいね雑魚ぶりに呆れ返るよ。

いやしかしあまりにも文脈ぶっ飛んでんなと思って遡ってみたら

ttps://twitter.com/motomi84894599/status/1610576722470273024

というかそのサークル頒布品が「同人誌一般的な価格より高い(カラー18pで1000円)」と書いただけで引用リプ粘着されたから、そもそも地雷な人だったよ…(´・ω・`)

あ、なんか別のサークル勘違いしてるっぽいね。人違いで石投げんでくれるか。

さらに気になったのでどなたと勘違いしてるか検索してみたら

ttps://twitter.com/motomi84894599/status/1610450164527034373

高いんです、このサークルさんの頒布物(カラーとはいえ18pで1000円)(バイアグラ本は白黒で34pで1000円)

両方とも各500円だったら売れたと思う

まりに失礼すぎてワロタ(なにわろてんねん)

改めて、人違いですよ。念の為

https://twitter.com/AsouNayuta/status/1610311989657767939

例え“評論ジャンル”でも、しっかり“時勢に合わせた活動(内容や宣伝を含む)をしたか?”と聞かれて堂々胸を張れる活動してるのか?は疑いたい

コロナ禍続いてるんだから、それ以前の感覚でやってればキツくもなるだろう、と

https://twitter.com/cureseraphim/status/1610198927642591233

うーん…2日間スタッフから見てた感想だけど、大手(いわゆる壁)サークルでも当日まで全く告知や活動してなかったところは全く捌けて無かったし、島中サークルでも日頃から凄い頻度で発信してるところは早々に完売してた。

言っちゃえば直前の告知だけじゃなくて、日頃から自分存在を発信し続けてる、うちのとこに絶対に手に取りに来てね!ってサークルは売れる(てかそういうサークルに買いに行きたい人がチケット買うので当然)し、発信の少ないサークルには厳しい。けどそれはコミケに限らないと思う。

ーーー

件のサークル主が3年ぶりのコミケ参加だったことは時世もあるから批判されるべきことではないと思う。

ただ、その間自分作品存在アピールし続けていたか?そして、その間コミケの情勢についてアンテナ張っていたか?ココがポイントかなと私は思う。

やめてくれー、インターネット軍師。やめてくれー。恥ずかしくなるから。一切触れてねえのに、広報戦略の不備というわら人形こさえて賢しらにふるまうの、なんなんやろね。やめてくれー。

でも「3年ぶりのコミケ参加だったことは時世もあるから批判されるべきことではない」ここはマジでその通り。

ttps://twitter.com/suku_mizumi/status/1610153702765252608

てか、さっきのコミケ大手論。評論でやってるならむしろ増田で書くなよ、実名で書けよ。そっちのが遥かに美味しいだろ、という内容だったな。

いやいや、こんな攻撃的な振る舞いを実名でやったら知り合いかドン引きされるし馬鹿が寄ってくるしでいいことないですよ。

そもそも部数とか頒布実績とか、あんまり知られたくない、秘密にしたいんですね。自意識漏れ出た文章名前と結びつけて書くのも美しくないし。というわけで匿名ダイアリーを使いました。

最終的に身分明かしてBOOTHURLを貼る最終回もあったかもしれないけど、それこそ儲け目当て!儲け目当て!と鳴く虫どもが大喜びしそうだしね。


好意的な反応してくれる人もいて涙涙ですよ。ちゃんとみてますありがとう!でもそれはここに貼ってみんなにみせたげたりはしない!わたくし自身で大切に受け止めています

わたくしの頒布した批評誌に興味もったと表明してくれた人もいて、素朴にうれしかったっす。どこかでエンカウントしたらよろしくね。そういう偶然がたぶんどこかにあるはずだから



貼れるリンクの数に制限あるからから追加したやつはh抜きで置いてます。新たに匿名ダイアリー立ち上げるのももう面倒なのでね。

2022-12-23

親の顔より見たはてブ

みんなも親の顔より見たものある?

習ってるテクスト

工口本?

2022-12-15

anond:20221214195115

売国先生はどうせお金署名数みたいな単純な指標じゃ敵わないんだから、暇空が嫌がりそうなフランス語テクスト翻訳して当てつけるでもすりゃ良かっただに。

2022-11-12

id:baikoku_senseiだがすずめの戸締まり見ました。感動!君も泣け(ネタバレ感想)

ネタバレは避けてたんだけど、震災被害者PTSDに注意みたいなまとめタイトル見ちゃってショックでPTSDになった

でも映画館行ったら同様の注意喚起があったのでゆるす。



ネタバレ

後ろ戸が開くとミミズが出る

感想

クソ猫やんけ…

クソ猫がよ…

オアアアァ!!クソ猫オァァァ!!!

あれ、クソ猫…?

クソ猫はクソ猫じゃなかった…いや呪い押し付けてたしやっぱクソ猫だわ

まとめ

今更3.11テーマにしたのが偉い

その上でエンタメとして傑作

善人しか出てこないこの世界の綺麗な所の煮凝り


こっから長文垂れ流し

映画館行ったら中高生グループだらけでチビ

オッサンになると中学生高校生は無条件で怖い。不良が怖いんじゃなくて集団に対する根源的恐怖っつーか…小学生大学生大丈夫なんですけど…

で、ネタバレも昔は大丈夫だったんだけど年取ったらダメになった。真っ白な状態で見て不意打ち食らいたいんだよね。呪術死滅回游が好きなんだけど、週刊で読んでてそうきたかー!って気持ちよさがあるから私鉄純愛列車とか相撲だぁー!刀ぁー!とか最高で…まぁ、二週目の面白さもあるけど、初見面白さは一回切りだし大事にしたい。

で、3.11ね。震災後5年だか7年後だかに立入禁止区域の近くまで行こうとした事があるんだけど、道路脇に土を集めたり草刈りしてる作業員大勢いて、いわゆる汚染土がコンテナか何かにまれて(結構記憶曖昧)、互いに見て見ぬふりしながら、この人達はどこに住んでるんだろう?と考えていたことを思いだした。立入禁止区域は当然バリケードされて近付けず、それより帰りのバスで乗り合わせる女学生美人揃いだったことが印象に残っている。

まぁ、当時ですら震災は終わった扱いで、PTSDネタバレ食らった時も、数年振りに震災を思いだしたくらいだった

そう考えると、神戸に行ったことで阪神淡路大震災も思い出したりして。関東大震災もな~。はよ南海トラフ起きて都民全員死ね!とかあんま言わないようにします(浄化)

懐メロについて、吉幾三流れてたっけ?と思いながら、シンエヴァ吉田拓郎を思いだしたりとか。しかし考えると芹沢って俺より若いのに年上として見てたな…俺は幼稚なジジイなんやなって…

左大臣から道真かと思ったけど関係ないんかな

エンドロールのKOUSHIROUさんは不意打ちだった。考えると突然興奮する患者なんだよな…すずめの戸締まりナイフ行方後日談だった…?

結局東京行くのはいいんだけど面白い。君の名を見た時、新海は地方出身者に違いない、と何となく確信したんだけど、地方の(元)若者にとって東京ってのは一種聖地で、一方地元への愛憎はすさまじく、進撃の地ならしとかチェンソーマンの銃の悪魔みたいな虐殺地方への復讐なのでは…みたいな、まぁ、これも「作者の意図」とやらを勝手に読みとってる訳で、

そういう当て嵌めで正しい読みとやらを考察するバカ嘲笑してたりもしたんだけど、ワイはそのアンチテーゼ(この言い方も…)としてロランバルトテクスト論を持ち出したりする。ただ、実は大学講義で聞き齧ったことを断片で吐いてるだけで、実はバルト著作なんて読んだことも無いんだもんね~。結局

ロランバルト」知ってる?知らない?というマウンティングをしたいだけなんだよな~。エセインテリとしてのコンプレックスだよな~


あと、天気の子世界より一人が大事ってテーマ、半水没くらいなら大丈夫じゃね?みたいに、ポジティブな所と相殺されちゃってた感じもあったが、いざどっちか選べってなると無理だよねそら…

でもまぁハッピーエンドで終わるわけで、珍しくストレートセリフで語ったりもする。個人的な事を言えば、盲目的な楽観論は好きじゃない。感染増加中のピークアウトするはずとか、景気は緩やかに回復基調とか、精神の安定のためにネガティブ情報から目を逸らしてる感じがどうも…だからって黙らせたところでしょうがないんだけども。

シンエヴァもだけど、人との繋がりがテーマになってる感じっすね。社会に出ろ、みたいにネガティブに受けとる人もいたりするけど、コミュニケーション大事って話ですよね結局。

2022-10-08

虚偽の情報

からなんでいつもそういうとこで揉めるんだよ

その法律草案でも考えた本人に「虚偽の情報ってどういう範囲を指すんですか?」って訊けばいいだろうが

法律ってテクストとして分離しなきゃいけない決まりでもあんのか?

企業の対顧客規約だったらいか顧客側が自分流の解釈でごねろうが「こういう意味で書いたに過ぎない」って突っぱねられるだろうが

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん