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はてなキーワード: 定量的とは

2021-05-05

anond:20210505102805

今の死亡率はまだ重症化した人がICUで手厚い治療を受けて死なずに済んでいる状態重症化≠死)

死亡率低いよ増田が言っていることは定量的数字依拠した議論のように見えて

「俺たちは医療先進国日本に住んでいるか安全」っていっているのと同じ。

日本感染爆発もまだない状態オリンピックをやろうと言っている人たちがいるくらいだから

もう少し感染者が増えてくると病院自体入院できない状態相転移する(重症化=死)

から国内数字でなくてインドブラジル欧米数字をみないと病気のものの「死亡率」は評価できないよ

2021-04-29

anond:20210429104057

定量的評価になるとどうしてもコストダウンとか工数低減が勝ってしま

でもみんながみんなコストダウン工数低減に関わる仕事をしているわけではないから、ある程度主観を入れてもらわないと仕事の内容でほぼ評価が決まってしまうことになる

2021-04-27

疾病対策科学的にやってほしい

ちゃんと決定に至る経緯を科学的に説明してくれ。

科学的というのは、客観的かつ定量的ということだ。

メディアニュースとかを見ていても、そういった背景が見えてこない。

クラスター追跡やシミュレーションで、どういったところをどのくらい締めれば良いのかはわからないのか。

自明であってもいちいち説明してくれ。それが科学的な態度だろう。

2021-04-21

anond:20210421015318

から言われてるけど時短営業って意味ないですよね、そうじゃなくて「入場する人数制限」と「換気の徹底」ですよね。むしろ時短することで期間的に短時間のうちに人が密集してしまって本末転倒っていう。20時以降も営業してる飲み屋に人が密集してたり。

科学妥当性のより高いものが、政治的意思決定にまで届いてない。そんな状況に見える。

でもそれがようやく届いたのか、飲食店店舗に立ち入りチェックするそうな。

「まん延防止」飲食店見回り 5月11日までに約108000https://www.fnn.jp/articles/-/171975

そんな短期間にスケジュール組んでるってことはカタチだけだろうけど・・・CO2換気扇流量といった定量的なチェックではなく、やってる感の定性的ものに過ぎないだろうが、それでも微妙に1歩進んでるのかもしれない。

2021-04-15

anond:20210415151829

統失文章って定量的もの根拠に基づいたものが無いんだよな

結局現実から目を背ける妄想しかなってないんだよ。障害者とか言ってるけど、勉強せずに受験を神頼みしてる学生と一緒。

コロナ茶番」としか言えなくて、「コロナは〇〇の何倍の危険度、だから恐れる必要はない」とは言えない。だって馬鹿から

世の中の真実を見つけたいとか言いつつ、統失という枠の中で自分言葉世界を変えることが無いという事に安堵しながら

皆と同じ言葉を叫んで安心している奴の方が一番支配されてるし操作されてるだろ。

勉強も何もせずに、ぽっとでの思い付きと悲痛な叫びだけで自分の言う陰謀論とやらが世間に受け入れられてもらえると思ってるのがマジでウケる

税金で賄われた福祉と保健で賄った薬を飲みながら権力者と戦うなよ。

マジで支配されてると思うなら今すぐ森へ行って一人で戦う覚悟決めろよ。普通だったらそうするんだよ

結局それが出来ないのは、お前の統失現実から目を背けるのに最適化された妄想しかいか

2021-04-12

anond:20210412174211

自分表象研究も「それはそれで大事」と書いたよ。そういう表象差異効果定量的実証的に分析されてきちんと政策提言フィードバックされるなら、それはすごく価値があると思うし、もっともっとやってほしいと思う。

でも床屋政談みたいなやつばっかりだと、ちょっとまずいんじゃないかなって。たとえば研究者がSNSとか○○の表象について性差バイアスを指摘したり、それによる性役割再生産を懸念したりしても、「そうだそうだ」と「何だとこのやろう」という瞬間的反応を生んだだけで、そのまま虚空に消えていくような感じがしちゃうんだよね。自分は溜飲を下げたいわけじゃなくて、社会ちょっとずつでも変化していってほしいんだな〜

2021-04-08

弱者男性っているの/誰なの」樹形図(暫定版)

弱者男性をめぐるイメージは人によって違う。当事者の間でも批判する人々の間でも違う。それぞれの人の中で意味が違うもののために、あるいは違うものに対して、十字砲火が続いてわけがからないことになっている。無理に定義をしようとすれば、それだけで違う立場人間同士がもめ始める。というわけで、いろいろな記事増田ブコメの数々を参考にして、自分が把握できた範囲で「弱者男性っているの/誰なの」の広がりを示す樹形図作ってみた。ぜんぜん「漏れなくダブりなく」ではないし、要約も雑だし、論理的おかしい部分もあるけど、あくま自分用のメモとして。



「いるよ派」の色々な主張を見てみたところ、まず「属性弱者派」と「関係弱者派」という大きな流れがあり、それぞれの中では「経済弱者派」と「性的承認弱者派」が突出しているように感じた。両方を意識している「総合弱者派」の中にも、弱者男性所得が低いか女性とも関係を持てない(性的承認の不足は経済力の低さの二次的結果である)という見方経済最終審級派)と、所得やその他の属性がどうであっても、女性他者関係を持てていないこと自体弱者男性の生きづらさの核心だという見方関係最終審級派)がいる。前者には「所得さえ充分に高ければ、容姿や年齢が社会的に不利だったとしても女性との関係を持てる(持てた)可能性はある」という含みがあるが、後者は、所得多寡とは必ずしも直結しない独立した問題として、関係承認の不足をとらえている。荒っぽくまとめると、弱者男性は「貧乏で、結果として非モテでもある男性」か「非モテで、その一因が貧乏にもある男性」のどっちかとして語られがちだ。

なお、弱者男性論と絡めて登場しがちな「KKO」(キモくて金のないおっさん)という概念提唱した田比岡(一柳良悟)氏は、KKOについて語るときにまず『根源的なさみしさ』に言及していた。https://togetter.com/li/825742 彼は「金だけの問題にすると、そこから抜け落ちてるキモい人たちはどうなるんだ、っつうことが言いたいわけで」「根源的なさみしさは、それ単体で、お金を払って引き取ってもらえるものではないのよね」とし、「キモくて金のないオッサンの経済的な困難でない部分、すなわち公的客観的定量的なところではないところ」を考えたい、としていた。これを更に言い換えてみると「キモくて金のないオッサンの〈私的で、主観的で、定性的なところ〉」となり、しかもそれは田比岡氏の中では「根源的なさみしさ」と紐づいている。何となく男性性という殻の中にある柔らかく傷つきやすい部分の機微に触れるような感じで、これはまだ我々の社会がうまく言語化しきれていない要素のように見え、個人的にはもっと知りたいと思う。

あと「弱者男性」についてのイメージは、個々人がどの時期に、どのルート弱者男性という概念に触れたかによって大きく異なる可能性があると思った。歴史的にみると、弱者男性論はもともとは赤木智弘氏がフリーターという就労状態から立ち上げた洞察で、基本的には「属性弱者派>経済的弱者派」に近い論調だったが、一方で関係への渇望も滲んでいた。それがどこかの時点で非モテ論と結びついて「関係弱者派」的なニュアンスが深まっていったように見える。最近非モテ上昇婚・負の性欲・インセルエマ・ワトソンなどが「弱者男性」という言葉とともに論評されてたりして、弱者男性概念性的承認との結び付きがより強まっている印象がある。こういう歴史的変化も、弱者男性をめぐるイメージ錯綜を招いているように感じた。

何か思いついたらまた追記するかも。

弱者男性っているの/誰なの」樹形図(暫定版)

弱者男性をめぐるイメージは人によって違う。当事者の間でも批判する人々の間でも違う。それぞれの人の中で意味が違うもののために、あるいは違うものに対して、十字砲火が続いてわけがからないことになっている。無理に定義をしようとすれば、それだけで違う立場人間同士がもめ始める。というわけで、いろいろな記事増田ブコメの数々を参考にして、自分が把握できた範囲で「弱者男性っているの/誰なの」の広がりを示す樹形図作ってみた。ぜんぜん「漏れなくダブりなく」ではないし、要約も雑だし、論理的おかしい部分もあるけど、あくま自分用のメモとして。



「いるよ派」の色々な主張を見てみたところ、まず「属性弱者派」と「関係弱者派」という大きな流れがあり、それぞれの中では「経済弱者派」と「性的承認弱者派」が突出しているように感じた。両方を意識している「総合弱者派」の中にも、弱者男性所得が低いか女性とも関係を持てない(性的承認の不足は経済力の低さの二次的結果である)という見方経済最終審級派)と、所得やその他の属性がどうであっても、女性他者関係を持てていないこと自体弱者男性の生きづらさの核心だという見方関係最終審級派)がいる。前者には「所得さえ充分に高ければ、容姿や年齢が社会的に不利だったとしても女性との関係を持てる(持てた)可能性はある」という含みがあるが、後者は、所得多寡とは必ずしも直結しない独立した問題として、関係承認の不足をとらえている。荒っぽくまとめると、弱者男性は「貧乏で、結果として非モテでもある男性」か「非モテで、その一因が貧乏にもある男性」のどっちかとして語られがちだ。

なお、弱者男性論と絡めて登場しがちな「KKO」(キモくて金のないおっさん)という概念提唱した田比岡(一柳良悟)氏は、KKOについて語るときにまず『根源的なさみしさ』に言及していた。https://togetter.com/li/825742 彼は「金だけの問題にすると、そこから抜け落ちてるキモい人たちはどうなるんだ、っつうことが言いたいわけで」「根源的なさみしさは、それ単体で、お金を払って引き取ってもらえるものではないのよね」とし、「キモくて金のないオッサンの経済的な困難でない部分、すなわち公的客観的定量的なところではないところ」を考えたい、としていた。これを更に言い換えてみると「キモくて金のないオッサンの〈私的で、主観的で、定性的なところ〉」となり、しかもそれは田比岡氏の中では「根源的なさみしさ」と紐づいている。何となく男性性という殻の中にある柔らかく傷つきやすい部分の機微に触れるような感じで、これはまだ我々の社会がうまく言語化しきれていない要素のように見え、個人的にはもっと知りたいと思う。

あと「弱者男性」についてのイメージは、個々人がどの時期に、どのルート弱者男性という概念に触れたかによって大きく異なる可能性があると思った。歴史的にみると、弱者男性論はもともとは赤木智弘氏がフリーターという就労状態から立ち上げた洞察で、基本的には「属性弱者派>経済的弱者派」に近い論調だったが、一方で関係への渇望も滲んでいた。それがどこかの時点で非モテ論と結びついて「関係弱者派」的なニュアンスが深まっていったように見える。最近非モテ上昇婚・負の性欲・インセルエマ・ワトソンなどが「弱者男性」という言葉とともに論評されてたりして、弱者男性概念性的承認との結び付きがより強まっている印象がある。こういう歴史的変化も、弱者男性をめぐるイメージ錯綜を招いているように感じた。

何か思いついたらまた追記するかも。

弱者男性っているの/誰なの」樹形図(暫定版)

弱者男性をめぐるイメージは人によって違う。当事者の間でも批判する人々の間でも違う。それぞれの人の中で意味が違うもののために、あるいは違うものに対して、十字砲火が続いてわけがからないことになっている。無理に定義をしようとすれば、それだけで違う立場人間同士がもめ始める。というわけで、いろいろな記事増田ブコメの数々を参考にして、自分が把握できた範囲で「弱者男性っているの/誰なの」の広がりを示す樹形図作ってみた。ぜんぜん「漏れなくダブりなく」ではないし、要約も雑だし、論理的おかしい部分もあるけど、あくま自分用のメモとして。



「いるよ派」の色々な主張を見てみたところ、まず「属性弱者派」と「関係弱者派」という大きな流れがあり、それぞれの中では「経済弱者派」と「性的承認弱者派」が突出しているように感じた。両方を意識している「総合弱者派」の中にも、弱者男性所得が低いか女性とも関係を持てない(性的承認の不足は経済力の低さの二次的結果である)という見方経済最終審級派)と、所得やその他の属性がどうであっても、女性他者関係を持てていないこと自体弱者男性の生きづらさの核心だという見方関係最終審級派)がいる。前者には「所得さえ充分に高ければ、容姿や年齢が社会的に不利だったとしても女性との関係を持てる(持てた)可能性はある」という含みがあるが、後者は、所得多寡とは必ずしも直結しない独立した問題として、関係承認の不足をとらえている。荒っぽくまとめると、弱者男性は「貧乏で、結果として非モテでもある男性」か「非モテで、その一因が貧乏にもある男性」のどっちかとして語られがちだ。

なお、弱者男性論と絡めて登場しがちな「KKO」(キモくて金のないおっさん)という概念提唱した田比岡(一柳良悟)氏は、KKOについて語るときにまず『根源的なさみしさ』に言及していた。https://togetter.com/li/825742 彼は「金だけの問題にすると、そこから抜け落ちてるキモい人たちはどうなるんだ、っつうことが言いたいわけで」「根源的なさみしさは、それ単体で、お金を払って引き取ってもらえるものではないのよね」とし、「キモくて金のないオッサンの経済的な困難でない部分、すなわち公的客観的定量的なところではないところ」を考えたい、としていた。これを更に言い換えてみると「キモくて金のないオッサンの〈私的で、主観的で、定性的なところ〉」となり、しかもそれは田比岡氏の中では「根源的なさみしさ」と紐づいている。何となく男性性という殻の中にある柔らかく傷つきやすい部分の機微に触れるような感じで、これはまだ我々の社会がうまく言語化しきれていない要素のように見え、個人的にはもっと知りたいと思う。

あと「弱者男性」についてのイメージは、個々人がどの時期に、どのルート弱者男性という概念に触れたかによって大きく異なる可能性があると思った。歴史的にみると、弱者男性論はもともとは赤木智弘氏がフリーターという就労状態から立ち上げた洞察で、基本的には「属性弱者派>経済的弱者派」に近い論調だったが、一方で関係への渇望も滲んでいた。それがどこかの時点で非モテ論と結びついて「関係弱者派」的なニュアンスが深まっていったように見える。最近非モテ上昇婚・負の性欲・インセルエマ・ワトソンなどが「弱者男性」という言葉とともに論評されてたりして、弱者男性概念性的承認との結び付きがより強まっている印象がある。こういう歴史的変化も、弱者男性をめぐるイメージ錯綜を招いているように感じた。

何か思いついたらまた追記するかも。

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弱者男性をめぐるイメージは人によって違う。当事者の間でも批判する人々の間でも違う。それぞれの人の中で意味が違うもののために、あるいは違うものに対して、十字砲火が続いてわけがからないことになっている。無理に定義をしようとすれば、それだけで違う立場人間同士がもめ始める。というわけで、いろいろな記事増田ブコメの数々を参考にして、自分が把握できた範囲で「弱者男性っているの/誰なの」の広がりを示す樹形図作ってみた。ぜんぜん「漏れなくダブりなく」ではないし、要約も雑だし、論理的おかしい部分もあるけど、あくま自分用のメモとして。



「いるよ派」の色々な主張を見てみたところ、まず「属性弱者派」と「関係弱者派」という大きな流れがあり、それぞれの中では「経済弱者派」と「性的承認弱者派」が突出しているように感じた。両方を意識している「総合弱者派」の中にも、弱者男性所得が低いか女性とも関係を持てない(性的承認の不足は経済力の低さの二次的結果である)という見方経済最終審級派)と、所得やその他の属性がどうであっても、女性他者関係を持てていないこと自体弱者男性の生きづらさの核心だという見方関係最終審級派)がいる。前者には「所得さえ充分に高ければ、容姿や年齢が社会的に不利だったとしても女性との関係を持てる(持てた)可能性はある」という含みがあるが、後者は、所得多寡とは必ずしも直結しない独立した問題として、関係承認の不足をとらえている。荒っぽくまとめると、弱者男性は「貧乏で、結果として非モテでもある男性」か「非モテで、その一因が貧乏にもある男性」のどっちかとして語られがちだ。

なお、弱者男性論と絡めて登場しがちな「KKO」(キモくて金のないおっさん)という概念提唱した田比岡(一柳良悟)氏は、KKOについて語るときにまず『根源的なさみしさ』に言及していた。https://togetter.com/li/825742 彼は「金だけの問題にすると、そこから抜け落ちてるキモい人たちはどうなるんだ、っつうことが言いたいわけで」「根源的なさみしさは、それ単体で、お金を払って引き取ってもらえるものではないのよね」とし、「キモくて金のないオッサンの経済的な困難でない部分、すなわち公的客観的定量的なところではないところ」を考えたい、としていた。これを更に言い換えてみると「キモくて金のないオッサンの〈私的で、主観的で、定性的なところ〉」となり、しかもそれは田比岡氏の中では「根源的なさみしさ」と紐づいている。何となく男性性という殻の中にある柔らかく傷つきやすい部分の機微に触れるような感じで、これはまだ我々の社会がうまく言語化しきれていない要素のように見え、個人的にはもっと知りたいと思う。

あと「弱者男性」についてのイメージは、個々人がどの時期に、どのルート弱者男性という概念に触れたかによって大きく異なる可能性があると思った。歴史的にみると、弱者男性論はもともとは赤木智弘氏がフリーターという就労状態から立ち上げた洞察で、基本的には「属性弱者派>経済的弱者派」に近い論調だったが、一方で関係への渇望も滲んでいた。それがどこかの時点で非モテ論と結びついて「関係弱者派」的なニュアンスが深まっていったように見える。最近非モテ上昇婚・負の性欲・インセルエマ・ワトソンなどが「弱者男性」という言葉とともに論評されてたりして、弱者男性概念性的承認との結び付きがより強まっている印象がある。こういう歴史的変化も、弱者男性をめぐるイメージ錯綜を招いているように感じた。

何か思いついたらまた追記するかも。

弱者男性っているの/誰なの」樹形図(暫定版)

弱者男性をめぐるイメージは人によって違う。当事者の間でも批判する人々の間でも違う。それぞれの人の中で意味が違うもののために、あるいは違うものに対して、十字砲火が続いてわけがからないことになっている。無理に定義をしようとすれば、それだけで違う立場人間同士がもめ始める。というわけで、いろいろな記事増田ブコメの数々を参考にして、自分が把握できた範囲で「弱者男性っているの/誰なの」の広がりを示す樹形図作ってみた。ぜんぜん「漏れなくダブりなく」ではないし、要約も雑だし、論理的おかしい部分もあるけど、あくま自分用のメモとして。



「いるよ派」の色々な主張を見てみたところ、まず「属性弱者派」と「関係弱者派」という大きな流れがあり、それぞれの中では「経済弱者派」と「性的承認弱者派」が突出しているように感じた。両方を意識している「総合弱者派」の中にも、弱者男性所得が低いか女性とも関係を持てない(性的承認の不足は経済力の低さの二次的結果である)という見方経済最終審級派)と、所得やその他の属性がどうであっても、女性他者関係を持てていないこと自体弱者男性の生きづらさの核心だという見方関係最終審級派)がいる。前者には「所得さえ充分に高ければ、容姿や年齢が社会的に不利だったとしても女性との関係を持てる(持てた)可能性はある」という含みがあるが、後者は、所得多寡とは必ずしも直結しない独立した問題として、関係承認の不足をとらえている。荒っぽくまとめると、弱者男性は「貧乏で、結果として非モテでもある男性」か「非モテで、その一因が貧乏にもある男性」のどっちかとして語られがちだ。

なお、弱者男性論と絡めて登場しがちな「KKO」(キモくて金のないおっさん)という概念提唱した田比岡(一柳良悟)氏は、KKOについて語るときにまず『根源的なさみしさ』に言及していた。https://togetter.com/li/825742 彼は「金だけの問題にすると、そこから抜け落ちてるキモい人たちはどうなるんだ、っつうことが言いたいわけで」「根源的なさみしさは、それ単体で、お金を払って引き取ってもらえるものではないのよね」とし、「キモくて金のないオッサンの経済的な困難でない部分、すなわち公的客観的定量的なところではないところ」を考えたい、としていた。これを更に言い換えてみると「キモくて金のないオッサンの〈私的で、主観的で、定性的なところ〉」となり、しかもそれは田比岡氏の中では「根源的なさみしさ」と紐づいている。何となく男性性という殻の中にある柔らかく傷つきやすい部分の機微に触れるような感じで、これはまだ我々の社会がうまく言語化しきれていない要素のように見え、個人的にはもっと知りたいと思う。

あと「弱者男性」についてのイメージは、個々人がどの時期に、どのルート弱者男性という概念に触れたかによって大きく異なる可能性があると思った。歴史的にみると、弱者男性論はもともとは赤木智弘氏がフリーターという就労状態から立ち上げた洞察で、基本的には「属性弱者派>経済的弱者派」に近い論調だったが、一方で関係への渇望も滲んでいた。それがどこかの時点で非モテ論と結びついて「関係弱者派」的なニュアンスが深まっていったように見える。最近非モテ上昇婚・負の性欲・インセルエマ・ワトソンなどが「弱者男性」という言葉とともに論評されてたりして、弱者男性概念性的承認との結び付きがより強まっている印象がある。こういう歴史的変化も、弱者男性をめぐるイメージ錯綜を招いているように感じた。

何か思いついたらまた追記するかも。

弱者男性っているの/誰なの」樹形図(暫定版)

弱者男性をめぐるイメージは人によって違う。当事者の間でも批判する人々の間でも違う。それぞれの人の中で意味が違うもののために、あるいは違うものに対して、十字砲火が続いてわけがからないことになっている。無理に定義をしようとすれば、それだけで違う立場人間同士がもめ始める。というわけで、いろいろな記事増田ブコメの数々を参考にして、自分が把握できた範囲で「弱者男性っているの/誰なの」の広がりを示す樹形図作ってみた。ぜんぜん「漏れなくダブりなく」ではないし、要約も雑だし、論理的おかしい部分もあるけど、あくま自分用のメモとして。



「いるよ派」の色々な主張を見てみたところ、まず「属性弱者派」と「関係弱者派」という大きな流れがあり、それぞれの中では「経済弱者派」と「性的承認弱者派」が突出しているように感じた。両方を意識している「総合弱者派」の中にも、弱者男性所得が低いか女性とも関係を持てない(性的承認の不足は経済力の低さの二次的結果である)という見方経済最終審級派)と、所得やその他の属性がどうであっても、女性他者関係を持てていないこと自体弱者男性の生きづらさの核心だという見方関係最終審級派)がいる。前者には「所得さえ充分に高ければ、容姿や年齢が社会的に不利だったとしても女性との関係を持てる(持てた)可能性はある」という含みがあるが、後者は、所得多寡とは必ずしも直結しない独立した問題として、関係承認の不足をとらえている。荒っぽくまとめると、弱者男性は「貧乏で、結果として非モテでもある男性」か「非モテで、その一因が貧乏にもある男性」のどっちかとして語られがちだ。

なお、弱者男性論と絡めて登場しがちな「KKO」(キモくて金のないおっさん)という概念提唱した田比岡(一柳良悟)氏は、KKOについて語るときにまず『根源的なさみしさ』に言及していた。https://togetter.com/li/825742 彼は「金だけの問題にすると、そこから抜け落ちてるキモい人たちはどうなるんだ、っつうことが言いたいわけで」「根源的なさみしさは、それ単体で、お金を払って引き取ってもらえるものではないのよね」とし、「キモくて金のないオッサンの経済的な困難でない部分、すなわち公的客観的定量的なところではないところ」を考えたい、としていた。これを更に言い換えてみると「キモくて金のないオッサンの〈私的で、主観的で、定性的なところ〉」となり、しかもそれは田比岡氏の中では「根源的なさみしさ」と紐づいている。何となく男性性という殻の中にある柔らかく傷つきやすい部分の機微に触れるような感じで、これはまだ我々の社会がうまく言語化しきれていない要素のように見え、個人的にはもっと知りたいと思う。

あと「弱者男性」についてのイメージは、個々人がどの時期に、どのルート弱者男性という概念に触れたかによって大きく異なる可能性があると思った。歴史的にみると、弱者男性論はもともと赤木智弘氏がフリーターという就労状態をもとに立ち上げた切り口で、基本的には「属性弱者派」のうちの

経済的弱者派」に近い論調だったが、一方で関係への渇望も滲んでいた。それがどこかの時点で非モテ論と結びついて「関係弱者派」的なニュアンスが深まっていったように見える。最近非モテ上昇婚・負の性欲・インセルエマ・ワトソンなどが「弱者男性」という言葉とともに論評されてたりして、弱者男性概念性的承認との結び付きがより強まっている印象がある。こういう歴史的変化も、弱者男性をめぐるイメージ錯綜を招いているように感じた。

何か思いついたらまた追記するかも。

2021-04-06

anond:20210406101114

事実とか断言してんのウケる

大体何をもって「事実」なんだよ。定量的調査したのか?

2021-03-18

anond:20210318140040

こちらが明確なラインなんて示さなくたって、何がエロいのか本当はわかっているんじゃないか

「何がエロいのか定量的に示されなければわからないなんて嘘だったんじゃないか

ラインを示せ」ってのは「そんなラインエロ側に入れてしまあなたは頭がおかしいんですね」の言い換えでしかないのでね

頭がおかしい人がどう思うかは関係なく、エロと非エロ区別なんてもんは一目瞭然なんだよ

成人向けって書いてあるやつがエロ それ以外は全部健全

https://anond.hatelabo.jp/20210317235416

増田は冒頭のツイートの言いたいことをちょっと勘違いしてると思うよ。

宇崎ちゃんポスターetcの時には

「このイラストの何がエロいのかわからない、明確なラインを示せ」

と言っていた人たちが、ウマ娘二次創作においては

キャラクターならびにモチーフとなる競走馬イメージを著しく損なう表現

について自分判断して自粛するようになったことについて、

こちらが明確なラインなんて示さなくたって、何がエロいのか本当はわかっているんじゃないか

「何がエロいのか定量的に示されなければわからないなんて嘘だったんじゃないか

って言ってるわけ。




まあこのツッコミは(そもそも宇崎ちゃんetcへの抗議に反発した人たちとウマ娘二次創作をしている人たちがイコールではないというのを横に置いてしまえば)妥当に見えますよね。

宇崎ちゃん献血ポスターの構図がウマ娘二次創作界隈でNGとされていればの話ですけど。

宇崎ちゃんくらい胸を強調したウマ娘二次創作イラスト普通に描かれてますからね。

ウマ娘二次創作を描くにあたって、「馬主不快にさせない表現」を考えた結果

「宇崎ちゃん献血ポスターの構図」にOKが出る人の場合

宇崎ちゃんポスターに対して「このイラストの何がエロいのかわからない」って反応をしたとしてもダブスタではないですよね。

そもそも宇崎ちゃんポスター擁護派が言っていた「何がエロいのか」という部分、

献血ポスターになるのがNGレベルエロいとは思えないので説明してくれ」って話だったわけですよ。

私の判断ではこのポスターの絵柄を献血ポスターにするのはOKなんだけれど、NGだと言うならその根拠を示してくれる?と。

自分の頭で判断してOKだと思ったものNGを出して不適だ、取り下げるべきという人が居たら

ここがNGなんだという明確なラインを示してくれと言うのはおかしくないでしょう。

ましてやそのイラスト漫画ファンだったりしたら。



まあなんだ、ウマ娘二次創作で「これはNG」と判断するような内容・構図のイラスト献血ポスターになった時

「そっちならOK」って言う人あんまいないと思いますよ。

ウマ娘自警団とかが突っ込んでってるのも明確にR-18タグが付くようなイラストですし。

2021-03-13

anond:20210313161207

ある種の定量的思考パターンが普及した結果、「リスクゼロにならない」という当たり前の事実直観理解できない人間だらけになって自縄自縛に陥って終了に向かってる感じがあるな。

2021-03-06

anond:20210306124938

そもそも定量的データを出してない以上議論になりようがないね。そのレベルとやらが落ちることで一般市民生活にどの様な影響があるんですか?クラシックマウント目的で嗜んでる馬鹿が困る程度で数学の達成度レベルが下がることによる影響に比べたら微々たるものなのに並べて扱ってんじゃねぇよ。

どうせ数学もせいぜい受験数学限界線形代数も初歩的な微分方程式も解けないくせに偉そうで本当に虫酸が走る。せいぜい世の中に役に立たない道楽を楽しんで社会迷惑をかけないでもらいたい。

anond:20210305212529

これなあ…。できない人は本当にできないんだよ。性格問題ではなく、脳の構造問題だと割り切れば元増田も少しは気が楽になるんじゃないだろうか。

意識問題にしてしまうと、自分に到らないところが頻発したときに、過去自分に追い詰められるから気をつけて。

ミスの指摘に対して「バレてましたか?」とかいちゃうのも、そういう脳の構造の人なんだよ。

その仕事が雑なことで(主にあなたが)どのような被害を受けるのかを洗い出した上で、自分被害いかないよう、淡々対策を取っていくしかない。

例えば、そのタスクが雑でも、結果的仕事全体が上手く回るか、雑な仕事をした人の評価が下がるだけで、貴方が一切責任を問われないのであれば、もう多様性の一つだと思って肯定すればいい。

あなたがその人を指導する立場で、雑な仕事をした結果、どこかで損害が発生する可能性があり、かつあなた責任に問われる立場であるのであれば、対応を考える必要がある。上に書いたように、できない人は脳みそ構造上どうしてもできないことが往々にしてある。その人がどのようなミスをどの程度しているのか、それに対して自分はどのような指導をしたのか、そしてそれに対して改善があったのかを定量的評価し、改善が見られないようであればさら上長相談して担当替えをしてもらうしかない。なので成果物レビュー文章に残しておいた方がいい。

とにかくできない人は脳みそ構造上本当にできないので、「その人は改善すべき」よりも「自分被害いかないようにするにはどうすればよいか?」という考えに切り替えた方がよい。

2021-03-02

anond:20210302135126

キモイけど金のあるおじさんを弱者として扱うべきか

カネがないけどイケオジを弱者として扱うべきか

金も無くてキモイけど若者弱者として扱うべきか

 

KKOとまでは言えない弱者をどこまで弱者として扱うべきなのか

弱者定義をまずしないと定量的に扱えないよね

そういう視点が欠けてるのってまさに弱者って感じではある

2021-02-26

男女格差ランキングコメントへの返信

anond:20210224173449

色々とコメントをいただけたのでいくつか返信してみよう。

まず、私をいわゆるネトウヨだと思い込んでコメントしている人がけっこういるみたいだが、私は自分ネトウヨとは思っていないし元の日記も徒らに日本アゲをするような趣旨一言も書いていない。最初にも書いたが日本の男女格差が酷い(森元首相の例のコメントのように)のは痛感しているしもっと男女平等が実現されてほしいと思っているくらいには自分フェミニストと思っている。日本人種外国人差別がマシだとも決して思っていないし、ネット上の中国韓国人への誹謗中傷断じて容認しない程度には自分リベラルだと思っている。

人種の坩堝のような国から単一民族の国まで、男女よりも形態バラつきがあるから単純なランキングは難しいのかも?大和民族と、在日外国人や、その他の民族とのギャップがフィーチャーされるのは良いと思う。

ありがとう。確かにこの辺を見ても民族文化的多様性は本当に国ごとにバラバラらしいから(日韓あたりは世界的にみて非常に同質な国家らしい)、定量的指標を作るのは難しいかもしれない。

https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_countries_ranked_by_ethnic_and_cultural_diversity_level

それでも定性的には何らかの評価はできるだろうし、不完全でもまずは何らかの横並びの指標世界を測ってみるのが大事だと思う。指標は後から批判を受けて改善していけばいいし。

なるほど、ではある。しかし男女というのは理屈上はどの国でもほぼ半々なわけだ。人種とかで区切ると国によって多様すぎる。アメリカ人種別のいろいろな統計は出ていて、ひどい結果になっている。

男女はほぼどの国にもいます多人種はいる国とあまりいない国があるから難しいでしょう。 あと欧州アメリカ人種差別の多い国というより人種の多い国だと思うんだけどどうよ

男女はどの国もあるというのは確かにそうだなとは思う。一方で、LGBTのような性の多様性まで考慮したら本当にどの国でも同じと言えるのか。また、人種民族文化多様性は国ごとというが、これだけグローバル化が進んでいてどの国民国家も一国では成り立たない世の中で、安易にこうした試みを諦めるのも勿体ないとも思う。どんな国も(日本でさえ ※上のWikipedia参照)何らかの人種多様性を抱えてて社会的問題を孕んでいる中で、こうした指標を作る意義はあると思う。男女格差指標だって、20世紀来女性地位が見直されて社会進出が進む中で出てきたものだし。

あと欧州アメリカは、人種の多い国だけど同時に人種差別も多い国だと思う(でなければBLMみたいな運動が注目されるはずがない)。一度でも欧州のどこかに旅行に行ったことがある人は、あの独特の硬直した社会雰囲気を知ってるんじゃないかな。アジア人としての居心地の悪さ。それはCOVID-19の前から変わっていない(今はさらに酷くなっている)。あと欧州人のアフリカアラブ系への見下し方とかは酷いよね。以前、欧州の同僚とイタリアミラノ観光していたときに私は何気なくアフリカ系の人たちに近寄ってしまったのだが欧州人の距離のとり方は凄かった。カリフォルニアから来たインド系の同僚は、ベルリンでフードを目深に被って顔を隠しながら歩いていた。警戒していたんだと思う。

ちゃんジェンダー平等指数は22位、ジェンダー開発指数55位、人間開発指数19位とかそういう公平な報道をして、最上級国民ダボス会議で知られる「日本は遅れている」プロパガンダをやめることが先決だと思うが。

公平な報道を、というのは本当にその通り。一方で、ここのコメントでさんざん吹き上がっているように日本社会にまだまだ改善余地があるのも事実なので、そこは粛々と改善していきたい。

何で人種格差ランキングだと日本は上位に入れると思ってるのか謎だ

人種格差国籍差別日本もすごいから、ネトウヨの人たちはますますしょんぼりするかもしれないよ?

人種格差でも日本は最悪だよね

人種格差でも日本ランキング低そうだな。在日への扱いなんか見てれば、排他的な国であることは火を見るよりも明らか。

実際に分類された結果「男女差別よりはずっとマシだがら男女差別放置する言い訳には使えないが欧米を言い返すのは不可能レベルに充分酷い」って出たら、ウヨミソが発狂しそう。

人種差別民族差別指数」なるものがあったとして、永住権もつ外国人地方参政権すら認めないジャパンはやっぱり差別大好き国家になることは目に見えてるんだが。

日本が上位にランクされるという確信はどこから来るのか。

冒頭でも書いたけど、自分ネトウヨではないし日本アゲしたかった訳でもないから、もし客観的指標日本が低い結果になったらそれはそれで粛々と受け止めるだけだと思う。あと仮にそんなランキング日本が上位になったからといって、今のネット上での人種差別的な言動断じて許容しないし、日本社会の大きな問題であることには変わりがない。上のコメントが私にではなくこれを読んで曲解した「ネトウヨ」読者へ向けての警句だとしたらいいが、元の記事には「日本ガー」みたいなことは書いてないはずなのでネトウヨだろうが誰だろうがもう少し丁寧に読んでほしいなとは思う。

外国人地方参政権云々については、人種問題というよりは移民政策とかもっと政治的な各国の判断だと思うのだが、その分野は詳しくないのでこれ以上はなんとも言えない。

人種格差は、フランスのように「仏市民自体が一つの民族であり、人種を想定するのは差別の温床」という国や、ミャンマーのように「あれは国民ではなく移民」と言う国もあり難しいのよ。逆に統計とってる代表格は南ア

南アフリカは確かに過去苛烈人種差別のあった国だから自浄作用的にそうした統計を取ってるのは理解できる。国々で人種民族の捉え方が違う、というなら男女の問題だって各国で伝統的に扱い方が違うだろうし、とくにムスリム国家では宗教と結びついたナィーブな問題でもあるだろうから、難しいと言っていたら何もできないのではないか

人種差別ランキングというか評価付けならあるぞ、日本最近それで評価下がった 理由外国人労働者へのブラック労働さらに下がると貿易に影響するからヤバい状況らしいよ

あるよ。なんでないとおもったのか。

既にあるんだとしたら私が単に不勉強なだけなので、ぜひ教えてほしい。タイトルだけでも教えてくれればあとはググれるので。

こういうのでなくて?ランキング形式ではないけど。https://www.google.com/amp/s/www.cnn.co.jp/amp/article/35122505.html まぁアジア系が最大で開いてるので、増田の願望はかなわない臭いけど。

調べてくれたのはありがたいが、これはランキング以前に米国内での話だよね? あとアジア系格差が最大というのは米国内でアジア系人種への扱いが二極化していることを示すだけで、アジア系社会内で差別が最も激しい訳ではないでしょう? ここから逆に読み取れたのは、米国ではアフリカ系やヒスパニック系、ネイティブ系は逆に社会で固定的に差別対象とされていて、一方アジア系は貧しい階層に押しやられている人たちもいればヨーロッパ系同様の裕福な階層にも入り込める、ということかな。

国連人種差別撤廃条約に基づく人種差別撤廃委員会による日本政府に対する条約実施のための改善勧告を見てみよう。ジェンダー関連以外もてんこ盛り。本邦の人権絡みの惨状男女差別だけじゃないよ、大丈夫だ!

これも元の日記日本アゲだと勘違いしているコメントだけど、日本改善勧告してくれるのは大変結構なんだけど、どちらかといえば同じように欧州米国などにも人種差別問題もっと勧告しようね(してるならその報道を見たいね)、という話。それは日本のためじゃなくて世界のためにね。

あと最後に、ここでは返信しなかったけど他にもコメントくれた皆さん、ありがとう

はてな村 脱オタファッション覚え書き

その昔はてな村脱オタファッションに関する記事トレンドになったことがあったが、

そろそろ世代が入れ替わった感があるので当時を思い出しながら思う所を書き殴ってみる。

言うて、もう脱オタが何か分からない人がいるだろうから一応解説すると、オタとはオタクのこと。

脱オタはいかにファッションに興味がなさそうなオタクが、最速、最短で最低限の見た目になるためのメソッドについて論じる

当時ネットの一部で話題になったジャーゴンである

さて。

ファッション初心者にとっての服選びを始めとするファッションハードルの高さとは何か。

これは何故か世間アパレルショップアイテム単品買いメインの作りになっている所が大きいと思っている。

PCに例えるならBIOSドライバ知識のない初心者がいきなりパーツ買いするようなもので、

そりゃ事故るよとPC自作経験がある人なら分かるだろう。

回りくどい書き方をしたがヨドバシカメラのような家電量販店で売っている

とりあえず学校レポート程度ならこなせる割高な国内メーカー製のWindowsノートPCにあたる提案が、

ファッションの分野にはないんだなこれが。

ベストではないけどまあそれでいいんじゃない? 知らんけどと言える商品

電源を入れれば無事に起動する既製品存在しない。

これって驚くべきことで、いいかブサメンの俺でも似合う髪型と服を教えてくれと何度言いたくなったかからない。

#それに対するアンサーが後年の服を着るならこんな風に的なサムシングなんだけど、ここでは触れない。

#洋服のアオヤマなどで買える就活生向け一式セットがモロ理想初心者向けセットなんだけど、

#ここでは普段着について書き散らしたいので割愛する。

CPUHDDメモリといった最低限の部品一式を揃えなければPCが起動しないように、

ファッションで取り敢えずの及第点を取るには髪型から靴まで全身をパッケージで見る必要がある。

あるのだが、少なくとも中学生高校生の頃の俺はそれを知らなかった。

自分が欲しいと思ったアイテムをなんとなく単品買いして、思えば随分と時間と金無駄にしたもんだ。

自分の体型を踏まえた髪型から靴まで全身のイメージがないと、何年経っても自分なりの審美眼が磨かれない。

毎年服を買っているのにちっともお洒落になった気がしない人は、大抵の場合トータルで見る観点

全体としてどういった印象を他人に与えたいかという視点が欠けているんじゃないかな。

話を戻す。

いきなりイメージと言われても、大抵の初心者には自分が目指す確固としたイメージなど存在しないだろう。

ではどうするか。最も手軽で確実性が高いのは素人ファッションスナップサイト自分身長と体型の近い人のそれを丸パクリすることだ。

最低限の知識がない素人のこだわりは言い方は悪いがノイズしかないので、髪型から眼鏡から靴ひものから変なアレンジを入れずにそのまま全て真似するといい。

次点で全国展開している大手セレショ(BEAMSUAなど)がディスプレイしているマネキンが着ているアイテムパクリ

これは自分の体型が考慮されていない分失敗の可能性が増すが、少なくともアイテム同士の相性が考慮されている分素人の単品買いよりずっと勝率が高い。

ん? 似た体系の人がファッションスナップサイトには見当たらない?

申し訳ないが太っている人は死ぬ気で痩せてくれとしが言えない。

そのままでもお洒落にはなれるが、格好良く、可愛く見られたいなら普通体型程度に痩せている方が圧倒的に、そりゃもう圧倒的に有利だ。

腹が出ているだけで目指す方向性が”愉快な気のいいデブしかなくなってしまい似合う服や髪型限定されてしまう。

金がない? 金がないなら時間を使え。良いと思ったモデルが着ているアイテムの安い類似品を探すんだ。

セレクトショップZOZOなどのオンラインショップには類似品を探す機能があるはずなので、安いものを目を皿のようにして探せ。

中古が気にならないならメルカリでも何でも好きなサイトで探せばいい。

類似品は色は似ていても素材や形が違う別物なので地雷率は高いが仕方ない。

残念ながら知識金もない者に地雷を避ける術はない。ゲームオーバー

グエ-シンダンゴ

ここまで書いた内容をざっくりまとめると、分からないなりに自分より詳しい人の力を借りて

世間一般で何が良いとされているかを把握しよう。その際自分センス封印しましょうという話になる。

一応理屈を書いておくと、定量的評価基準の無い分野で素人自分なりの審美眼を獲得するには、

まずは先人が高く評価するものを浴びるように摂取して、自分の中にそのジャンルにおける一般的な良し悪しの基準インストールする必要があるのね。

この基準確立するまでの自分なりのこだわりはぶっちゃけゴミです。

世阿弥言う所の守の段階での変なこだわりは捨てた方が圧倒的に成長が早い。

そうして手に入れた基準自分なりに使いこなせて初めて店頭に並んでいる個々のアイテム客観評価可能になるのよ。

おめでとう。君はファッション初心者卒業した。

最後に金はあっても時間がない社会人向けのドーピング方法を書いておく。

便利な時代になったもので近年はテレビ雑誌活躍する現役のスタイリスト素人の買い物に付き合ってくれたり、

のものずばり何を買えば良いかアドバイスしてくれるサービス存在する。

相場は割とお高いが、プロとして需要がある人の知識センスを借りると考えると俺は安いと思う。

具体的なサイト名をあげるのはちょっとはばかられるので、単語としてはスタイリストやコーディネイト、

知識がある人は自分が好きな雑誌スタイリスト名で検索してみて欲しい。

こんな駄文が誰かの役に立てば幸いだ。健闘を祈る。

2021-02-24

anond:20210224122247

言ってしまったら「結果良ければすべて良し」だからね。周りからそれは悲惨だ、と言われても当人たちが幸せであれば幸福だ。

あとは確率問題で、定量的に「この条件が揃うと一般的幸福になり辛い」という条件が分かっているなら、それを避けていくとか。

幸福の条件付き方程式

anond:20210223230157

3.腐女子フェミニスト

が最悪なのは同意オブ同意

男性向けのフィクション現実女性を傷つけてギルティだけど、女性向けのフィクション現実男性を傷つけていないと全く定量的でない決めつけを権威押し付けようとしていて本当に害悪なんだけど。予想外にこいつらに同調する腐れが多いので最悪。東大卒社会学者とかなんか色々乗っけて来るので質が悪い。

2021-02-23

パソナ契約社員の公金着服案件に対する違和感

5年間で1400万円着服した!だからパソナダメだ!というけど、その5年間の人件費抑制効果が1400万円以上であれば、パソナへの委託成功だったと言えるわけで。

着服チェックのための費用を年間100万としても、1900万円/5年間の人件費抑制が出来ていればよいわけで。

人件費年間800万の地方公務員5人から業務委託料年間500万の契約社員5人に変えたら、5年間の人件費抑制効果は(800万-500万)×5人×5年=7500万。

公金着服1400万+着服チェック費用100万円×5年を合わせても1900万。

まりパソナへの委託の方がはるかに安い。着服案件があってもだ。

感情的評価じゃなくて、こういう定量的数字評価しようよ。

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