「ものみの塔」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ものみの塔とは

2017-01-27

http://anond.hatelabo.jp/20170127184056

オウム以前に怖い宗教といえば、筆頭が創価学会

輸血禁止でたびたびニュースになったのは、エホバの証人

街で布教活動をみかけるのは、ものみの塔

昭和後期のうちの両親の話だけど、これらの団体所属してる人は町内ではキチガイ扱いされてる感じだったよ。

2015-07-10

http://anond.hatelabo.jp/20150628143122

良心的兵役拒否という発想をしたのがものみの塔しか無かった。

それが戦前の状況だった。そして2015年の今も良心的兵役拒否議論が為されず、徴兵恐いよの話ばかり。

バカなの?がfinalvent議論なわけだよ。

からむし良心的兵役拒否カルト場所に置いとかないで、普通に人権の話として語ろうぜ。これがfinalventの考え。

極東ブログ読めばベタにそう書いてある。

それよりものみの塔に関する元記事は本当に味わい深い。

から見れば狂気しか思えないような人が自分良心を背負っていると、そういう感性って分かるか?

彼にとってものみの塔とは、戦争で人を殺したくないという良心代弁者なんだよ。

彼にとって榎美沙子狂気はちゃんと彼のフェミニズムという課題につながる。

彼にとって若泉敬狂気はちゃんと彼の沖縄という課題につながる。

歴史が潰していった良心を、人は単なる狂気として忘却する。

それをちゃんと見ていたのがfinalventだということ。

2013-09-12

日本エホバの証人が「信者が増えない国ランキング」1位になった理

統計信者が増えない国ランキング

http://www.jwstudy.com/docs/study_hours_per_baptism/

誰も興味がないだろうけれども。

簡単にいうとこの数字は切羽詰まった信者の水増し報告の現れ。

 

エホバの証人がやたら来るのは、一ヶ月にどのくらい伝道活動をしたかを報告するシステムがあるから

日本人はこの数字上げに関して世界一熱を入れている。他国の信者が驚くくらい。

互いに愛し合うことより数字入れることの方がわかりやすいし、記録として張り合いやすいからかな。

 

組織は誰が何月に何時間伝道していたかという記録を過去何年分も遡って記録している。

伝道時間とは、エホバの証人じゃない人間エホバの証人教義を伝えるためにかけた時間を指す。

正規の伝道者になったら最低一ヶ月1時間伝道活動を報告しないと「不活発」ということで、頭数から除外される。

どんなに熱心に聖書を読んでいようか、仲間の信者を助けるために奔走していようが、伝道してないとダメ

奉仕活動」と呼ばれているんだけど、地域ボランティア被災地支援、介護なんかは含まれない。

そんなわけで現役エホバの証人として神に、そして仲間に受け入れられたかったら伝道は欠かせない。

   

この伝道時間というのは実質信者の格付けランキングになっていて、時間が多い人ほど重んじられる傾向にある。

伝道時間により伝道者、補助開拓者、開拓者、特別開拓者、宣教者というクラスけがあるんだけど

海老名市にあるものみの塔聖書冊子教会日本支部、通称海老名ベテルの精鋭に選ばれた場合

何歳から何年間開拓奉仕をして来たかで、休みの日も違えば割り当てられる部屋も違う。

 

じゃあこの伝道時間ってどうやって計算するのかと言うと

まず家を訪ねる場合伝道開始した最初の家を訪ねた時間から最後の家を訪ねた時間までを計算する。

中道ばたで喋っていたり、移動したりする時間をどの程度記録に入れるかは個人の裁量に任される。

また手紙メール電話場合手紙を書き始めてから書き終えるまでを数える。

 

さて、補助開拓者から宣教者までは伝道時間ノルマがあるから1時間でも多く伝道したい。

特に月末・年度末は切羽詰まって、勢い質より量になる。

そのため伝道時間の「経費」とみなされる活動に自ずと力が入る。これを「時間を入れる」という。

 

たとえば牛歩で移動時間を稼いだり

遠くの家と遠くの家をピンポイントで訪ねてみたり、同僚に唐突聖書の話をしてみたり

エホバの証人でない親族や友人知人にご機嫌伺いの手紙を書いて、最後にちょろっと聖書の言葉を書いたり

すごい人になると、一回家に帰って小一時間くつろいで、それも「休憩時間」とみなしてしまう。

 

そんなわけでエホバの証人聖書の話を聞いてくれる・断らない相手にしがみつく。

聖書研究を始めた途端にいろんなエホバの証人が何かと話しかけてきたり、手紙を寄越したりするのもそのせい。

同じ相手に話しかけると「再訪問」という別枠のカウントも入り、これも熱心さの目安とされる。

もちろん出版物を提供したり、聖書研究を司会したらそれも件数でカウントされる。

 

こういう数字がいいメンバーは集会や大会で「模範的な伝道者」として賞賛される。

どれだけ長年熱心に仲間を支援していても、信者でない人を隣人として愛してきても

数字が出ないと賞賛対象にはまずならない。

布教の成果が出て相手がエホバの証人になると、そこから数字カウントされなくなる。

もちろん「時間が入らなくなる」ので、難癖つけて献身を渋るような本末転倒な事態も起きる。

(そして献身した後は「奉仕が忙しいから」とアフターケアをしなくなる。)

 

ブルックリン本部の出版から来た人が「聖書通読しましょう」という講演で

日本数字を出すのが好き。もしも聖書通読数字を報告することになったら、年間1000時間とかすごい人が出るだろう」

と言っていたが、その通りだと思う。

 

日本エホバの証人は他国と比べてとりわけ熱心に伝道活動をしているわけではない。

ただ数字を上げることへの熱中度は群を抜いている。

ちなみにどれだけ寄付たかは発表されないので、寄付への熱意はかなり低い。

施設維持費として最低いくらかかるかは明確にされており、簡単に計算できるけど、しょっちゅう赤字

別に発表して賞賛すれば寄付額はぐっと上がると思われる。

2012-11-21

[]エホバの証人信者っぽいはてなユーザー

id:sawakimiによるエホバの証人信者っぽい立場からはてなキーワード編集がみられます

目ざめよ!

エホバの証人が毎月1冊発行している小冊子。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%DC%A4%B6%A4%E1%A4%E8%A1%AA

はてなキーワード洗脳…じゃなかった布教ですか?

スタイルプラス

スタイルプラス株式会社は、愛知県名古屋市東区本社を置く不動産業者。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%B9%A5%BF%A5%A4%A5%EB%A5%D7%A5%E9%A5%B9?kid=287231

この会社エホバ宗教の息がかかった会社とみなしてよいのですかねぇ?

キリスト教

-1世紀初頭の[[パレスチナ]]で「神の国の到来」を宣べ伝えた結果、ローマ帝国政治犯に行う極刑十字架刑)で抹殺されたユダヤ人、ナザレの[[イエス]](BC4年以前~AD30年没)を救世主メシアキリスト神の子)として仰ぎ、彼の行動と教えを中心に神の愛と罪の赦しを説く宗教+1世紀初頭の[[パレスチナ]]で「神の国の到来」を宣べ伝えた結果、ローマ帝国政治犯に行う極刑十字架刑)で抹殺されたユダヤ人、ナザレの[[イエス]](BC2 Ethanimの月(9-10月) ~ AD33 Nisanの月(3-4月)14日、金曜午後3時没)を救世主メシアキリスト神の子)として仰ぎ、彼の行動と教えを中心に神の愛と罪の赦しを説く宗教

http://d.hatena.ne.jp/keywordlog?klid=1403392

キリストの生年は「BC4年」が定説だと思ってたのですが、「BC2 Ethanimの月(9-10月) ~ AD33 Nisanの月(3-4月)14日、金曜午後3時没」というのはそちらの教典に由来してるのですか?」

「Ethanimの月」という聞きなれない言葉は、ユダヤ暦の、日本語でエタニムの月と表記し、

エホバは,取り入れの祭りのことを「年が去って行くころ」,また「年の変わり目に」行なわれる祭りと述べて,1年の変わり目の月としてのエタニムに言及されました。(出 23:16; 34:22)また,ヨベルの年の始まる月がアビブの月ではなく,このエタニムの月であった

http://wol.jw.org/ja/wol/pc/r7/lp-j/1200260038/52/4

ユダヤ暦のほか、エホバの証人の用語といえます

一般に用いられている暦である西暦をごく狭いコミュニティ間で使用されている「ユダヤ暦」に改竄するのははてなキーワード趣旨に反すると考えます。「はてなキーワード作成・編集ガイドライン 」の「キーワードの説明として不適切であると考えられるもの」の「中立的でない偏った内容」、「自分しか意味がわからないなど、他の人に理解できない内容」に抵触すると思われます

聖書

新世界訳聖書』 - エホバの証人が利用している聖書。神の名前としてエホバが訳出されていることが特徴。販売はされておらず、エホバの証人を通して入手することができる。インターネット新世界訳聖書の全文が無料で公開されている。

id:biblememoの編集ですが気になったのひとこと。異端とされる宗派聖書を同列に記すのは「はてなキーワード作成・編集ガイドライン 」の「キーワードの説明として不適切であると考えられるもの」のひとつ「中立的でない偏った内容」に抵触すると思われます

id:sawakimiは他にも、ものみの塔エホバの証人新世界訳聖書新約聖書などをキーワード編集しています

2010-09-06

エホバの証人とは

はてなID:ykkjhrk

はてなキーワード投稿しましたが、編集合戦を避けるため、こちらに転載します。

エホバの証人とは

公式サイト

http://www.watchtower.org/j/ 雑誌バックナンバーや聖書研究の手引き書などがいくらか読める。

http://www.jw.org 機関誌ポッドキャストフィードの受診、書籍、電子雑誌などがダウンロードできる。

http://www.jw-media.org 広報室の公式サイト

概要

キリスト教一教派。jwとも略される。

名称の由来は旧約聖書メシア預言のひとつであるイザヤ43章10~12節に基づく。

エホバの証人についての解説(公式サイト): http://watchtower.org/j/jt/article_02.htm

個人サイト): http://biblia.milkcafe.to/thesis009.html

ものみの塔聖書冊子協会」は、彼らが用いる代表的な法人の名称である。世界本部はニューヨーク法人ものみの塔聖書冊子協会にあり、出版物の著作権表示はペンシルバニアものみの塔聖書冊子協会となっている。(ただし、「わたしたちの王国宣教」は、2009年4月以後、著作権表示がエホバの証人クリスチャン会衆"Christian Congregation of Jehovah's Witnesses"となっている。)

なお、ものみの塔とは1879年に創刊された雑誌の名称であり、ジェームズ王欽定訳のイザヤ21章8節などを由来としている。聖書預言と照らし合わせながら世界情勢を見張っている、という意味がこめられている。さらに、1884年、この雑誌出版社として現在ものみの塔聖書冊子協会が米国ペンシルバニア州非営利法人法に則って登録された。したがって、彼らは自分たちを「ものみの塔信者」とは言わない。ものみの塔協会は法人名に過ぎないからである。

また、「エホバの証人」という語は彼らが構成する集団社会と、信者各個人の両方を指す。(英語などの場合、複数形と単数形で区別する。)したがって彼らは、「エホバの証人信者」という表現は使わない。ちょうど、「クリスチャン信者」とか「ムスリム信者」などと言わないのと同様である。

1870年米国にて、チャールズ・テイズ・ラッセルらが聖書研究会を結成したことに始まり、1931年米国オハイオ州コロンバス大会で、「エホバの証人」という名称を採択する決議が可決された。この大会は短波放送で中継されており、日本にいた数名の信者も決議に加わった。(なお、戦前・戦中の大日本帝国下では、「灯台社」という名称で活動しており、天皇は被造物であるなどと主張し、本土および台湾・朝鮮において、治安維持法違反検挙されている。―参考: 灯台社または燈台社または燈臺社を調べるぺえじ http://www.geocities.jp/todai_sha/

聖句と聖句を比較しながら論題別に掘り下げてゆくという19世紀の聖書研究者ヘンリー・グルーの聖書研究ポリシーが、現在でも一貫して守られており、エホバの証人出版物の特色となっている。聖書は文字通り神の霊感(インスピレーション)を受けた神の言葉であり、普遍、無謬であって、絶対に矛盾していない、という前提で聖書を調べ、矛盾と思われる箇所がある場合には、ほかの聖句を持ってきて説明しようとする。聖書で聖書を説明するのである。(ものみの塔2006年8月15日号12~15ページを参照。)

((聖書は矛盾している、との主張に対するエホバの証人の反論については、「ものみの塔出版物索引」の「聖書の信ぴょう性」の項の「聖句間に見られる調和」という見出し以下から資料を探せる。))

信者数は日本で21万人ないし30万あるいは40万とも言われ、2009年現在全世界で731万余の伝道者が活動している。

全世界の統計(公式): http://www.watchtower.org/e/statistics/worldwide_report.htm

エホバの証人の実勢信徒数の数え方: http://jwpc.milkcafe.to/media03.html

機関誌ものみの塔」や「目ざめよ」などを配っている。最近雑誌の朗読版(mp3およびaac(m4b))やオーディオブックポッドキャスト配信、アメリカ手話(ASL)や日本手話(JSL)をはじめとする手話版のビデオキャスト配信、オーディオドラマやPDFによる電子書籍のRSS配信も行っている。

「目ざめよ!」は2006年以後月刊誌となり、「ものみの塔」は2008年から一般大衆向けと研究用(信者向け)とに分かれた。

出版物のダウンロードサイト(公式): http://www.jw.org

モルモン教統一教会と並び、カトリック総本山であるバチカン法王庁教皇庁)からキリスト教系三大カルト(または異端)の一つとされている。

また、カトリックと対立関係にあるが、プロテスタントではない。プロテスタント諸派もエホバの証人との教理上の相違が大きく、エホバの証人自信も自分たちをプロテスタントであるとは主張しない。

http://www.watchtower.org/j/20091101a/article_01.htm

エホバの証人スポークスマンによると、ときおり、日本基督教団牧師が「保護説得」などと称してエホバの証人拉致、監禁して強制棄教を試みるといった事例が生じており、アメリカ大使館日本警察当局に、これを事件として取り締まるよう勧告している。((なお、宗教監禁の実態(統一協会信者)に関する情報は、こちらの月刊現代の記事を参照。))

参考:2003年 国別人権報告書 http://tokyo.usembassy.gov/j/p/tpj-j20050601-50.html

ただし、SDA―セブンスデー・アドベンチスト教会―はエホバの証人に比較的好意的であり、国によってはセブンスデー・アドベンチスト系の病院がエホバの証人の望む無輸血医療を積極的に提供していることもある。

主な教義

  • 神の名

神の名はエホバであり、敬意を込めてその名を積極的に用いるべきである。

http://www.watchtower.org/j/bh/appendix_01.htm

なお、「エホバ」であるか「ヤハウェ」あるいは「ヤーウェ」であるかは彼らにとって大きな問題ではない。マタイ福音書主の祈りの冒頭にあるように、神の固有名を用い、それが神聖にされることが重要である、とする。(マタイ 6:9)

さらに、聖書を翻訳する際、神聖四字(YHWH(JHVH)テトラグラマトン)を「神」や「主」といった称号に置き換えると、読者は一般名詞としての神と固有名であるエホバとの意味の相違が識別できないという弊害が生じる。「神」(エローヒーム)と「エホバ」の違いについて、インペリアル聖書辞典(P・フェアベアン編、ロンドン1874年、第1巻、856ページ)は次のように例証している。

「それ[エホバ]はどんな箇所でも固有の名であり、人格的な神を、そしてただその方だけを表わしている。一方、エローヒームはどちらかと言えば普通名詞の特徴を帯びており、確かに普通は至上者を表わすが、必ずしも、またいつも一様に至上者のことを指しているわけではない。……ヘブライ人はあらゆる偽りの神々に対立する方のことをthe Elohim、つまりまことの神と言う場合があるが、決してthe Jehovahとは言わない。なぜなら、エホバとはまことの神だけの名だからである。また、わたしの神とは再三言うが……決してわたしのエホバとは言わない。というのは、わたしの神と言う場合、エホバのことを意味しているからである。また、イスラエルの神について語りはするが、決してイスラエルエホバについて語ることはしない。それ以外のエホバはいないからである。さらに、生ける神について語りはするが、決して生けるエホバについて語ることはしない。生きている方ではないエホバなど考えられないからである」。(訳文は、聖書に対する洞察、第一巻、「エホバ」の項より。)

  • 悪魔

ヘブライ語聖書中に「サタン」が登場するすべての箇所において、定冠詞が使われており、悪魔は固有の実在者であって、人の心に内在する抽象的な概念などではない。(ヨブ 1:6 脚注)

http://watchtower.org/j/20091001a/article_01.htm

神は愛の動機からすべての良いものを創造された。生きる喜びを分かち合うため、み使い(天使)や人間を、倫理的に自由な行為者、つまり神に仕えるか仕えないか、どのように仕えるかを能動的に選択できるものとして創造された。

やがて天使のある者が自由意志を誤用・悪用して神に反逆し、神の主権の正当性、妥当性、義にかなっているか否かに疑念を差し挟むようになった。その天使は、ヘビを使ってエデンの園にいた最初の男女アダムとエバ(イブ)を罪へといざなった。こうして、完全だった人間は不完全になり、原罪を受け継いで死ぬようになった。

悪魔となったその天子が投げかけた問いは、もっぱら倫理的な論争であった。つまり、悪魔は神の力を否認していたのではなく、宇宙の主権者としてエホバがふさわしいか否かを問題にした。したがって、悪魔と叛逆した人間を即座に滅ぼしても、この種の問題の解決とはならなかった。

神からの独立を望む人類社会には、神から倫理的独立してやっていけるかどうかを試す時間が与えられた。そして、数千年の歴史の中で、君主政治、軍国主義全体主義共産主義自由民主主義などあらゆる政治形態を試みることが許された。

神を愛する人には人間の政治に希望を寄せるのではなく、エホバによる神権政治を支持する機会が差し伸べられている。人間一人一人は、エホバの側につくか悪魔の側につくかを選ばなければならず、エホバの主権を受け入れることによって神の心を喜ばせることができる。―箴言 27:11。(←この側面は「忠誠の論争」とも呼ばれる。)

http://watchtower.org/j/bh/article_11.htm#q10_src

http://watchtower.org/j/bh/article_12.htm#q6_src

なお、悪魔の投げかけたこの論争は、当初から矛盾(論理破綻)していた。悪魔は、自分が論争に勝つなら、エホバ自分を生き続けさせる義務を感じるであろうと考えていたからである。神の公正に疑念を差し挟む一方で、神の公正をあてにしていたのである。(聖書に対する洞察、第一巻、「主権」の項を参照。)

  • 贖い

イエスは、人類を罪と死から救済するために天から地に遣わされた。イエス贖罪死と流した血によって、罪の許しの法的根拠が据えられ、人類には永遠に生きるみこみが差し伸べられた。

http://www.watchtower.org/j/bh/article_05.htm

http://watchtower.org/j/bh/appendix_04.htm

http://www.watchtower.org/j/20091101/article_05.htm

http://www.watchtower.org/j/20090401a/article_01.htm

  • 霊魂不滅の否定

http://www.watchtower.org/j/20091101/article_02.htm

http://www.watchtower.org/j/bh/appendix_07.htm

http://biblia.milkcafe.to/21-ec-12-07.html

  • 政治的に中立

クリスチャンは天に設立された神の王国の国民であるゆえ、地上の政治論争には一切「内政干渉」せず、神の王国大使また公使として振舞うことが期待される。―ヨハネ 17:16。

http://www.watchtower.org/j/bh/article_15.htm#q12_src

したがって、投票立候補などをしない。

神を愛する者は暴虐を憎まなければならない。―詩編 11:5。

http://www.watchtower.org/j/kn37/article_01.htm

(誤解されがちな点だが、彼らはいかなる戦いをも否定する絶対的平和主義者ではない。旧約聖書ヘブライ語聖書)にある数々の戦いの記録は、将来神があらゆる悪に報復されることを表しており、「復しゅうは神のもの」と聖書にもある。また、クリスチャンは各自「信仰の戦い」をしなければならない。なお、戦争には不参加となるが、政治的な中立の観点から、戦争反対デモなどの活動に加わることもしない。)

  • 血を避ける(地抜きされていない肉を食べない、また輸血を拒否する)

http://www.watchtower.org/j/hb/index.htm

地抜きされていない肉を食べてはならないという聖書の禁止事項は、イエスの流した贖罪の血に敬意を示すべきであるという考えを根底にしている。したがって、これはもっぱら宗教的な性質のものであり、物理的な意味で1ミクロンも血を摂取してはならないという意味ではなく、血抜きのための合理的な努力が払われていればそれでよしと彼らは考える。

輸血拒否に関する医学的な情報については以下を参照↓

日本臨床麻酔学会誌Vol. 26 http://www.jstage.jst.go.jp/browse/jjsca/26/3/_contents/

http://www.watchtower.org/j/bh/appendix_10.htm

エホバの証人ユダ王国の滅亡を西暦全607年に起きたと考えている。考古学の主流の学説とは意を異にしているが、この点は、「聖書に対する洞察」というものみの塔協会発行の聖書百科事典の「年代計算年代学、年代記述」の項で、かなりのページを割いて論じられている。

http://www.watchtower.org/j/20051115/article_02.htm

http://www.watchtower.org/j/20051201/article_02.htm

裁くのはイエスであり、誰が救われ、誰が救われないかを決めることに、エホバの証人は関与しない。―ヨハネ 5:22。

http://watchtower.org/j/jt/article_08.htm#saved

主な慣行

週に2回ある集会への参加および非信者への証言活動が求められる。(ヘブライ 10:24-25; マタイ 28:19-20。)また、年に1回、地域大会、巡回大会、特別一日大会という、より規模の大きな集まりがある。(詩編 35:18。)

http://watchtower.org/j/rq/article_14.htm

唯一の式典として、年に1回、キリストの死の記念(主の記念式)が行われる。これは、いわゆる最後の晩餐(最後の晩さん)を記念するもので、カトリックミサ(聖体祭儀)に当たる。―ルカ 22:19。

http://www.watchtower.org/j/bh/appendix_06.htm

指摘される点

新世界訳聖書 

彼らは「新世界訳聖書」という独自に翻訳した聖書を用いている。

オンラインバイブルインターネット聖書)新世界訳: http://www.watchtower.org/j/bible/

恣意的な翻訳だ」「自分たちに都合の良い内容に改竄している」という批判もある。

また、エホバの証人側はこれに反論している。

公式: http://www.watchtower.org/j/20080501a/article_01.htm

個人サイト: http://biblia.milkcafe.to/

不完全な引用

機関誌・書籍などで、しばしば古今の有名人の発言・著作を引用するが、前後の文脈を無視して極めて恣意的な引用をする傾向にある。(例えば、有名な古生物学者であるスティーブン・J・グールドの著作を、あたかも彼が進化論を否定しているかのような形で引用する)

参考:エホバの証人の本に見られる「不完全な引用

しかし、この点は近年改善されてきており、2010年に発表された創造を指示する小冊子では、相当の配慮が示されている。

人種問題

近年では全人類の平等を謳っているが、同協会に批判的な主張によれば、ローマカトリックを始め、他のキリスト教諸派よりもずっと後(1970年代)まで「黒人は神に呪われた種族であり、知的にも劣っており、終わりの日に遂に彼らが救済される時、彼らの肌は白くなるだろう」と主張してきたという。(下部の参考リンクエホバの証人情報センター」の記述による。同センターは論証的な立場に立っているが、エホバの証人に対する論調は全般に批判的。1970年代およびそれ以前の、エホバの証人における有色人種の扱いについて、より信頼性の高い情報源があればご教示ください。)

世界各国に支部があり、信者のうち白人は1/3程度と推測される。「統治体」と呼ばれる最高指導部は、設立以来多年にわたり白人男性のみで構成されてきたが、1999年メンバーサミュエル・F・ハードが加わったことにより、統治体にも有色人種が加わることとなった。

ナチスとの関係

1933年ドイツで政権を握ったナチスエホバの証人の弾圧を始めると、協会のドイツ支部は大会を開催して(ベルリン大会)、ナチスの政策を支持し、自分たちとユダヤ人は無関係だと主張する「事実に関する宣言」を全会一致で採択した。この大会には、当時のものみの塔協会の会長ラザフォードも出席している。しかし、世界各国に支部があり、本部がアメリカにあるエホバの証人は、この「宣言」以後もナチスの弾圧の対象となり続けた。

しかし、エホバの証人側は、ナチスを政治的に支持していたわけではないと反論する。

公式: http://www.watchtower.org/j/19980708/article_01.htm

個人サイト: http://biblia.milkcafe.to/07-jg-11-40.html

主な裁判報道など

大ちゃん事件

1985年ダンプカーに轢かれたエホバの証人子供大ちゃんが、両親の輸血拒否にあい、死亡。輸血をしても助からなかったとの見解もあるが、マスコミに大々的に取り上げられた。大泉実成著「ASIN:4768455646」に事件の様子が描かれている。

せっかん死事件

1994年、過剰な体罰、虐待によりエホバの証人信者子供が死亡した。

参考:http://www.jwic.com/abuse.htm

神戸市高等専門学校神戸高専)訴訟

エホバの証人である高専生が宗教上の理由で剣道実技を許否した結果、退学処分を受けたが、1996年3月8日最高裁判所は、この退学処分は違法であるとの判決を下した。

判決文(PDF): http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319123008290359.pdf

なお、これは教育と信教の自由に関する日本国憲法下における重要な憲法判断である。

輸血拒否事件

エホバの証人の婦人が、事前にいかなる場合においても輸血を施さないでほしい、なおかつ輸血しないことによって障害を負っても医師に責任を問うことは一切しないとの合意書に署名していたにもかかわらず、医師たちはひそかに、事前に示し合わせて、当初から輸血を断行することにしていた。手術後、内部告発によってこのことが明らかになり、裁判となった。2000年2月29日最高裁判所患者人格権侵害したと判決した。

ここでの問題は、強制的に輸血を施したことの是非ではなく、また緊急事態には輸血を施すというその病院の方針が裁かれたのでもない。むしろ、病院はそのような方針をもっているならば、密約をしたりダブルスタンダードをとったりするのではなく、誠実に病院の方針を説明し、患者信条に沿う別の医療機関を紹介すべきであった、ということである。

エホバの証人プレスリリース英語): http://www.jw-media.org/jpn/20000229.htm

判決文(PDF): http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120604218580.pdf

このほかにも、エホバの証人国内外で、後に重要な判例となる裁判を起こしている。

参考:衆議院議事録―第159回国会 憲法調査会基本的人権の保障に関する調査小委員会 第2号(平成16年3月11日木曜日)) http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/010715920040311002.htm?

2009-12-08

仲間うちの小児性愛者を訴えた被害者に対するエホバの証人の見方

小児性愛冤罪を阻止するエホバの証人

エホバの証人小児性愛被害者虐待者を仲間の間で訴えた場合、他に証人がいなければ不問とする。

 告発されても、もし当人がそのような事実はないと言うなら長老たちは告発した人に審理措置は何も講じられないことを説明すべきです。
 そして会集は告発された人を引き続き潔白な人とみなすでしょう  -ものみの塔95年11月1日 28~29頁   

「わたしが7歳のとき、あの兄弟パンツに指を入れてきて、」

「してません」

「ということなので調査するわけにはいきません。ほかに見た人がいれば別ですが」

「わたしも数年前にあの兄弟からパンツに手を突っ込まれたことがあるんです」

「ずっと言えませんでしたが8歳のとき、わたしも」

 たとえ二人以上の人が、同じ人から虐待を受けた"覚えがある"としても、
 その種の記憶は至って当てにならない性質のものであるため、
 裏付けとなる他の証拠がない限り、審理上の決定を下す根拠になりません

「いやないから」

「ということなので調査するわけにいきません。証拠があれば別ですが」

「じゃあ警察に行きます」

「それはエホバの御名に傷をつけます」

「傷をつけたのは虐待者ではありませんか」

警察行くなら排斥にしますよ」

 →被害者警察へ。刑事訴訟虐待者は有罪に。そして組織を排斥される被害者

ということがアメリカのNBCで放映されたドキュメンタリーニュース番組で特集されましたが、日本エホバの証人のほとんどはこのことを知りません。

ものみの塔聖書冊子協会に好意的でないニュースは背教者の手によるものなので、絶対に見てはならないと警告されているからです。

見たり聞いたり読んだりした内容を、仲間に話したり、監督者に質問したりすると背教者として排斥される恐れがあります。

容疑を認めない小児性愛者を訴えて排斥処分にされた人をどう思いますか?

1. 母親エホバの証人である37歳の男性。エホバの証人の間での立場 奉仕の僕 開拓者

「その人はそうせずにいられなかったんじゃないかな…」

「だから責めるのはかわいそうっていうこと?」

「うん」

「問題は虐待者とそれを隠蔽しようとした人じゃない?」

「…」

2. 28歳でエホバの証人になった43歳の女性 エホバの証人の間での立場 開拓者

「え…でも世の法廷に出したらいけないんじゃない?」

「じゃあさ、わたしが開拓子のお母さんを目の前で殺したらどうする?」

「どうするって…悲しい」

「でも見たのが友だち子だけで他に証人がいなかったとするよね。

 私が容疑を否認したらお咎めなしってことだよ」

「そうだね」

警察行かない?」

「ああ、そりゃ、殺されたら警察行くよ」

「じゃあ強姦は?」

「…え、強姦だったら…どうかなあ」

殺人と淫行は聖書の中では同列の罪だよね?」

「あ…まあ、そうか」

ものみの塔聖書冊子協会に好意的でない報道を話題にしたとき共通の反応

その話、どこで知ったの?

インターネット

そういうの見ると霊的に影響受けるよ

知る必要のない情報なんじゃないの?

背教者って何じゃろ?http://anond.hatelabo.jp/20080723030022

2008-11-21

http://anond.hatelabo.jp/20081120235822

宗教臭くなると「生理的キモイ」と急に引くやついるが

金ぼられるとかテロカルト宗教とかならともかく、ものみの塔読んでるくらいでキモイ言われるとすごく困る。

俺的にはものみの塔は、水伝と同じ感動を与える本として読んでるのに、読み場所に困る

そういうやつらにかぎって「馴れ合い」という宗教に入ってるのに何でわかり合えないんだ。

2008-07-26

エホバの証人の人に聞きたいんだけど(もしくは古本屋さん)

http://anond.hatelabo.jp/20080723030022

を書いた増田です。

ちょっと今度は内輪向けの話かも。

早速だけど本題▼

素朴な質問なんですが是非知りたいので元エホバの証人古本屋の方は教えて下さい

宗教で本沢山もってた方でも構いません

本当は人力検索使いたいんですが捨てアカウントとりたくないしまだ現役でなるべく匿名でいたいので

トラバはてブコメントどちらでも良いです。

エホバの証人になると、「ものみの塔」や「目覚めよ」という雑誌を毎月もらうし「洞察」とか「聖書」とか重たくて場所をとる本が大量にたまりますよね?

エホバの証人を辞める時、みんなは本をどうしたの?

親や現役信者に渡した?

それとも忌々しいからと捨てたの?

昔聞いた噂(エホバの証人同士の噂)ではエホバの証人の本は資料的価値があり、例えば「洞察」というエホバの証人専用の百科事典などは10万の買取り値がついたため、それを売ろうとしていた゛奥さんが信者で反対してた旦那゛はビビってエホバの証人教育の高さに感心して後に信者になったとかどうとか。

ちなみに一般の方に事情説明しますがエホバの証人書籍って普通印刷会社を通さずに全部自分達で印刷してます。勿論、生産者信者給料はありません。住み込みでやってるそうです。

ちなみに、確か二年ぐらい前に日本印刷施設は日本だけじゃなくアフリカ圏やアジア圏の印刷担当するようになるため設備強化のために何億か忘れたけど大型のドイツ製の最新印刷機を購入したはず。

まあそんなわけで普通流通経路使わないからISBNとかついてないしAmazonなどでも売ってない。

そもそも信者寄付で賄われていて本自体は無償でもらえる(もし良かったらあなたがふさわしいと思う額だけ寄付して下さいねと言われる)から本には値段が書かれてない。

著者は教団名だけで個人名はない。初版発行日や第何版だとか改訂日などの履歴もない。

そんな本ばかりなんだけどこんな本を古本屋さんは買い取ってくれるんでしょうか?

いい加減、この宗教を辞めようと思うのですが大量の(ユニークな)本の処分に地味に困ってます。

信者にあげるのも気持悪くて顔合わせたくないし(考え直せとか言うし辞める人間と接触を禁ずる教義だし)、捨てるにも地域住民に「現役の」エホバの証人と誤解されて眉を潜められるのが嫌です。業者に来てもらって捨ててもらうにもお金かかるし…

いいアイデア古本屋さんの見解や経験談(他宗教の元信者さんでもOK)を教えてもらえると嬉しいです。

よろしくお願いします。

(´・ω・`)

2007-06-20

オレはエホバの証人

お世辞にも敬虔な信者とは言えないけど、籍は置いてるからそう名乗っても間違いじゃないだろう。

協会(エホバの証人の法人組織、「ものみの塔聖書冊子協会」のこと。日本支部は神奈川県海老名市にある。)は繰り返しインターネットの利用に慎重にあるようにとの指示を出してるので、こんな所に書き込みしてる時点で不良信者であることが自明ですね。

で、そんな指示を与えられてるわけなので、この広大なネットには現役証人の割合ってのが低すぎるわけです。オレはこのブロゴスフィアってのが大好きで、色んな境遇にある人の色んな文章を読める状態ってのが素晴らしいと思うんだけど、だからこそネット上の現役人口が低いのがどうにも面白くない。本当はエホバの証人の日常を書いたブログが、たまーにはてブの注目エントリにでも入って、色んなコメントが付くのが健全だと思うのだけど。

といっても、匿名ダイアリーに書いてることからも分かるとおり、普段書いてるダイアリーとかでは自分がエホバの証人であることは明かしてない。自分のIDエホバの証人という属性を付与するのが、まあ、怖いというか。数年はてなやっててそれなりに気に入ってるもんでね、今のIDキャラ。もしもまかり間違って匿名ダイアリーの書き込みIDが見える事故なんかが起きたら、それはそれで受け入れるしかないか、ぐらいの覚悟はしていますけど。

で、なんでこんなことをつらつら書く気になったかというと、まあきっかけははてブの注目のニュースに入ってたこれ。

あとこのニュースブックマークコメントで紹介されてた幾つかの記事も。

まああくまできっかけであるので、それらについて具体的に語ることはしませんが。(聞かれたら応えられる範囲で応えます。即レスは無理かもしれないですが)

さて、今現在オレはエホバの証人であることをどう感じているか。実はあまり深い感情はない。週3回の集会や、月に数回の野外奉仕(つまりは宣教活動のことです)は、母親聖書研究し始めた小学校の頃からの習慣なので、あまり大変とも感じない。仕事残業が必要になった時とかは躊躇なく休むし、なかなかあえない友達に会うとかのときは遊びでも、そっちを優先する。この通りネット大好きなので、エホバの証人の信条を否定する情報にも触れてるし、もちろんその中には的外れだなあと思う批判ももちろんある。こんな風にやってると、エホバの証人の信条は絶対的なものではなくなる。じゃあなんでエホ証続けてんの? ってことになると思う。

じつはそれは、オレにとってエホバの証人の信条が「絶対的なものではない」からだ。

うちの家族は両親ともにエホ証で、妹もエホ証。ちなみに母と妹は正規開拓者(野外奉仕に月70時間費やすと宣言してる人のこと)。いわゆる神権家族ってやつだ。父が証人になったのは、先に学んでいた母の証言によるのだが、実はその前、父は消費者金融から借金をしていた。詳しい金額は知らないのだが数百万は間違いなくてもしかしたら一千万越えてたのかもしれない。それが元で夫婦仲は良くなく、母はオレや妹に離婚をほのめかすこともあった。まあそれから色々あって家を手放したりしつつも借金はなくなり今は親もオレもアパート暮らしだが、家族仲は良好だ(母親の一番の悩みはオレが信仰に熱心じゃないことなんだろうけどね)。今の状況は、決して裕福ではないにしろ、昔と比べたら間違いなくいいものだと思うし、それをもたらしたのは間違いなくエホバの証人とその教えなんだ。それだけではないけど、影響は大きかった。

つまり、オレにとってエホバの証人という存在は、けして悪いものじゃない。けれどネット情報に触れて、それは絶対的なものじゃなくなった。ならば、オレはエホバの証人を捨てるべきなのか。エホバの証人カルトだ、だから抜けろ。そう短絡的に言われても、エホバの証人の信条が完璧だなんてオレだって思ってないよ、でもオレにとって、間違いなくいい影響をもたらしてくれたんだ。だったら、それは他の道を選ぶのと何が違うんだ? 仕事に生きても、恋愛に生きてもオタク趣味に生きても、楽しいこともあれば虚しいこともあるなんてのは当たり前じゃないか。だったらそのどれを選ぶのも同じじゃないのか?

取り留めなくなってしまったけど。投稿。読んでくれた方はありがとう

追伸。こないだ映画『300』見てきました。腕チョンパ、首チョンパ盛りだくさんだったけどすげえ面白かったです。かっこよかったです。あとオナニーも好きです、気持ちいいです。

 
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