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はてなキーワード: ハウルとは

2022-07-07

anond:20220707192553

まあジブリ晩年もクソな映画ばかりで右肩下がりだったから、ポストジブリというのも間違いではない

ハウルよりは面白いかも

2022-06-26

やはりフェミスルー

https://news.yahoo.co.jp/articles/fa74429a361a8fd206053b0e63d40e3bd72cf2be

トー横のハウル」を称するロリコン男が淫行逮捕されたんだが、案の定フェミスルー

萌えキャラオタク叩きに熱心なフェミアルファ取り巻きも、ロクに話題にすらしていない。


自称ハウルは元ホスト過去には強制猥褻性犯罪前科もあるどうしようも無い加害男だ。

しかフェミスルー。最早ワザとやっているのかと思うぐらいに憤らない。


ただのイラストやそこらの犯罪には無縁な大多数のオタク弱者男性比較したら

さすがに実害ありまくりの糞加害ゴミオスだと思うのだが、元ホスト少女からは「王子様」と呼ばれる程度には

イケメン(笑)であり、且つ「家出少女を救う」という、NHKに持て囃される程度には正義の人をしていたという事実があるから

フェミニズム的にはロリコンレイプ前科正当化されるのだろう。


結局顔じゃんwマジウケるw

よく女性差別だの被害がどうこう言えるよな。

2022-06-23

anond:20220623120125

歌舞伎町卍會」は、夜から朝にかけて広場一帯の清掃や炊き出しを行なっている団体

会長をつとめるハウルカラシニコフさんが、16歳の少女とみだらな行為をしたということだけど。

これって売買春だったのか、ただ、未成年エッチしただけの純愛だったのかが良くわからんのよね。

お互い惚れ合って、やってたなら、まぁべつに法律上問題あっても、ええんちゃうのと思うし。

男→女

今日はてブトップにあがってたトー横のハウル?も、松浦会長?も

結局「男が女に対してありえないことをかます内容」なんだよね。

どうしてこれが逆転しないかな。

どうして女が男にありえない失礼な、性的搾取を行うニュースが、同じくらいでてこないんだろ。平等にならないんだろう。

女は得してるだのなんだのさんざんいってくるけど

まれた瞬間からニュースになるレベル人間としてありえないことをされる属性になってしまった、という最悪な現実を、どうしてわかってくれないんだろう

今日も男は女に人として扱われてないなぁとインターネット開くとヘッドライン毎日いくつも飛び込んでくる世界

どう頭がバグれば「美味しい立場」に変換できるんだろう

もしこれが全部なくなるなら、レディースデーがなくなってもいいし、デートでおごってもらえなくなっていいし、重いもの自力で持たなきゃいけない世界になっても全然いい、あまり些細なメリット

毎日毎日性的搾取加害者被害者性別が同じで

加害者属性である男達による自戒の呼びかけや、監視は行われない。

被害者属性である女達は「こんな風に対策しよう」「この方法良かったよ」「それは大変だったね」と意見交換や団結があるけど

男同士で「こういうことやる人間は男として最低」「同じ性別として恥ずかしい」「自分らも身近にいたら注意しなきゃ」みたいな光景を見れた試しがなく、常に「俺は違う」という保身と逃げだけ。

被害者より、対等な属性のほうが取り締まれ確率可能性も、説教できる可能性も、ずっと高いのに

どうして男は男の犯罪に立ち向かってくれないんだろう

それが妻だったら、娘だったら、絶対許せないでしょ?

法的に身内=被害自分にも及ぶ、まで他人事なのなんで?

2022-04-20

優しさの化身ハウル水の呼吸

狂人まとめサイトコメント欄荒らしまくってる。ツールを使っているのか1.3万件とか書き込んでるやばいしか10サイト以上に対してその件数

2022-02-09

anond:20220209142606

未来少年クンニ✋(👁️👅👁️)🤚せい

ルパン三世 カリオストロクンニ✋(👁️👅👁️)🤚せい

風の谷のクンニ✋(👁️👅👁️)🤚せい

天空の城クンニ✋(👁️👅👁️)🤚せい

となりのクンニ✋(👁️👅👁️)🤚せい

火垂るのクンニ✋(👁️👅👁️)🤚せい

魔女クンニ✋(👁️👅👁️)🤚せい

おもひでぽろぽろクンニ✋(👁️👅👁️)🤚せい

紅のクンニ✋(👁️👅👁️)🤚せい

平成狸合戦ぽんぽこクンニ✋(👁️👅👁️)🤚せい

耳をすませばクンニ✋(👁️👅👁️)🤚せい

もののけクンニ✋(👁️👅👁️)🤚せい

ホーホケキョ となりの山田くんクンニ✋(👁️👅👁️)🤚せい

千と千尋クンニ✋(👁️👅👁️)🤚せい

猫のクンニ✋(👁️👅👁️)🤚せい

ハウルの動くクンニ✋(👁️👅👁️)🤚せい

クンニ✋(👁️👅👁️)🤚せい戦記

崖の上のクンニ✋(👁️👅👁️)🤚せい

クンニ✋(👁️👅👁️)🤚せいのアリエッティ

コクリコ坂からクンニ✋(👁️👅👁️)🤚せい

クンニ✋(👁️👅👁️)🤚ぬ

かぐや姫クンニ✋(👁️👅👁️)🤚せい

思い出のクンニ✋(👁️👅👁️)🤚せい

山賊の娘クンニ✋(👁️👅👁️)🤚せい

レッドタートル ある島のクンニ✋(👁️👅👁️)🤚せい

anond:20220209142606

魚拓

anond:20220209142240言及エントリを開く

ことをすませば

天空の城ラぴゅっタ

ものと姫

となりのトコロ

痴女宅急便

天空の汁ドピュタ

下の毛姫

ハウルの動く尻

マゾの宅急便

となりでトロトロ

ウホ戦記

anond:20220209142240

ことをすませば

天空の城ラぴゅっタ

ものと姫

となりのトコロ

痴女宅急便

天空の汁ドピュタ

下の毛姫

ハウルの動く尻

マゾの宅急便

となりでトロトロ

ウホ戦記

2022-01-08

anond:20220108110942

ハウルで女の価値観にすり寄ってから見切りをつけた(魔女急はロリコンが考えた少女像なのでセーフ)

この際ブラッカムの爆撃機ジャニタレ声優ででもいいか映像化してくれてもいい

2021-12-10

anond:20211209113751

入れ歯ヒロインハウルとかポニョで出なかったっけ?

それもいいけど、自閉症を伴う重度知的障害プリンセスが登場して欲しい。

2021-07-04

anond:20210703233737

ハウル細田からとりあげた

という話しを聞いた

当時には噴飯したものだったが

今となっては

あながち間違った判断では

なかったのかもしれないと

思ったりはする。

2021-03-15

ポスト宮崎駿庵野秀明で決定か

庵野秀明

暫定1位。パヤオが逝ったら早速シン・ナウシカ制作に取り掛かると思われる。

細田守

2位。かつてハウル監督をやる予定だった男。凱旋なるか。

押井守

3位。愛犬アニメは意地でも作らなそう。

新海誠

4位。若者から評価認知度はこの中で最も高い。が、鈴木Pに受け入れられるかどうか。

富野由悠季

5位。お○○こを舐めたくなるようなジブリキャラを作ってほしい。

ジョン・ラセター

番外。セクハラがなければ有力候補だった。

2021-01-18

なぜ私は聖地巡礼をするのか(の話をかくはずだったが)

聖地巡礼とは中世ヨーロッパ封建社会においてキリスト教徒あいだで流行した、キリスト教聖地であるエルサレムを訪れる宗教的行動である

転じて、現代においてはアニメ映画などの熱心なファンが、創作物キャラクター縁の地を訪ね歩く行為を指す言葉として使用されるに至った。

私も昨年度から今をときめくアイドルグループ乃木坂46好きが高じて、(暇を持て余していたことも手伝い)彼女たちが番組ロケで訪れたり雑誌メディアで紹介したりしていた場所を巡ることが退屈な日常を彩る楽しみの一つとなっている。

大塚天祖神社バッティングセンター千歳船橋喫茶店ぱおーん、五反田デニーズ……

思い起こしてみたがそれほど多くはなかった。

それはさておき、この日記(?)で私が考えたいのは「人はなぜ聖地巡礼をするのか」その理由だ。

聖地巡礼には楽しさがある。

思えば私は日本史世界史も好きなので、歴史上の史跡を巡ることが旅行に行く際の主目的の一つだったりする。映画ロケ地を訪れることもある。

(前提として書き加えておくが、行ったことがない土地を訪れるのが好きな方であると思う。「まだこのへん歩いたことがないから」という理由で6時間ぐらい散歩することがざらにある)

今も『世界史をつくった海賊』(竹田いさみ著)なる本を読んでいて、大航海時代マゼランに続いて史上二度目の世界一周航海を達成した海賊フランシス・ドレーク(ワンピースのドレークのモデル)に関する記述を読んで、「彼の航路を船で辿ってみたいなあ」などと空想に耽っていた。

そう、私はフランシス・ドレーク足跡を辿りたいのである

乃木坂メンバーが参詣した神社自分も赴きたいし、バットを振るったバッティングセンターで、彼女らがそうしたように、自分バットを振るいたいのだ。

そして、「ここに彼らも、自分と同じように立っていたんだ」などと感じたいのである

この衝動はなんなのだろう。何故、こんなことをしたいと思うのか。

バッティングセンターで行ったバッティングは、それ自体として面白かった。乃木坂のことがなければ、私はバッティングセンターに行きはしなかっただろうが、バッティング最中乃木坂のことは忘れて純粋ボールバットで的確に打ち返すことに集中していたし、それが成功することに喜びを覚えていた。

しかし、やはりその一連の行為には、「メンバーも同じ場所で同じことをした」という事実認識によって特別意味を付加され、それが私の心に満足感をもたらしている。

私の記憶には、明らかに「ただのバッティング」以上の色が付いて、この思い出が保存されているのだ。

この違いは何に由来するのか。

まず一つ、見逃せない重要な点は「私は乃木坂が好きである」という事実だろう。これは明らかに聖地巡礼動機に深く関わっている。

私は何も藤田ニコル西野亮廣の訪れた場所に行きたいとは微塵も思わない。ニコるんはどちらかと言えば好きだが、出演番組をチェックするほどではない。西野に至ってはどちらかと言えば好きではないし、好きではない人間の縁の地を訪ねたい、その足跡自分足跡を重ねたいとは思わない。

フランシス・ドレークのことも、まあ好きになりつつある。(暇があれば伝記を読んでもいいかなと思うぐらいには)

では、好きな人なら誰でも聖地巡礼したくなるのかと言えばそんなことはない。身近な友人のことは好きだが、彼らの足跡を辿りたいとは思わない。

これは極めて重要着眼点である

恐らくは、その人物との関係性および距離感聖地巡礼に向かわせしめる大きな引鉄の一つなのだ

想像するに乃木坂メンバーでさえ、もし私が直接的に関係性を構築してしまえば、聖地巡礼したいという衝動はなくなるだろう。

同じ場所を訪れて、同じことをしたいという気持ちの裏にあるのは、「近付きたいが手の届かない者の存在」を少しでも身近に感じたいという欲求なのだ

友人という生々しい関係は、最早相手をそういう「聖なる存在」にしておかない。

ただし、友人との関係が何らかの理由で解消され、手の届かない存在になった場合はその限りではない。その最も単純な例は「死別である。死が二人を分かてば、当たり前な存在は当たり前でなくなり、会いたいのに会えない、焦がれ求める対象になる。

「手の届かない特別存在を思うこと」が聖地巡礼の肝なのだ

そしてその感慨は、対象と同じ空間的座標に立つこと、そこで同じ行為追体験することで増幅される。ただ、家でスマホをいじりながらその人のことを考えているだけの時間よりも、その人に少し近付けたような気になる。

その対象は人に限らない、作品、ひいてはその世界観全体も対象になりうる。

私は宮崎駿監督映画が大好きで、監督ハウルを撮り終えた後に数ヶ月間療養し、次回作の『崖の上のポニョ』の構想に繋がった広島県鞆の浦や、『耳をすませば』の舞台となった聖蹟桜ヶ丘も訪ねているが、ポニョや雫個人をそこまで好きかといえばそんなことはない。

フランシス・ドレークのことは好きになりつつあると言ったが、やはり人物に対しての好意それだけというよりは、世界史的な偉業であるという点の魅力が大きいように思う。俗な言い方をすれば世界一周ロマンを感じるし、楽しそうである(実際は辛いことの連続だろうが)。

しかし、ドレークな先立って世界一周航海を達成したマゼラン足跡を辿りたいと考えたことはないことを踏まえれば、やはりドレークには読書を通して僅かながら彼の功績やエピソードに触れたことにより、マゼランに感じる以上の魅力を感じていること、それが巡礼への衝動を後押ししていることは間違いない。マゼランのことは何も知らない。何も知らないので魅力も感じなければ、より深く知りたいという動機も起こらない。

(どうやら相手のことを「知りたい」と思うには、まず相手のことを知ることが必要らしい。少なくとも私にとっては。難儀なことだ。)

「手の届かない「聖なる存在である対象をその足跡を辿り行為をお手軽に追体験することで、少しでも身近に感じること」が聖地巡礼の意義であると一旦結論付けてみる。

ここで唐突に「お手軽に」という制限を付け加えたのは、私はバッティングセンターバッティングをする程度の追体験はしたいが、乃木坂メンバーが日々の研鑽を重ねたダンスレッスン場で一年間同じレッスンを受けたいかといえば真っ平御免だなということに思い至った。

一年彼女たちが受けたレッスンと同様のレッスンを受けることは、彼女たちの辛さや頑張りをよりリアル追体験することになる。追体験としての質は高い。だが時間がかかりすぎる。ダンスよりもやりたいことがあるし、辛そうなので、暇潰しに週二程度通うならチャンスがあればやらなくもないが、それはもう追体験としての価値は薄れて、一年間におよぶダンスレッスンそのものが持つ価値が問われている。(追記そもそもこれ、巡礼ではなくダンスでは?)そういう意味で1000円分のバッティングには十分その価値があったし、世界一周航海も同様である。(追記:これも巡礼と言えるのか?場所を訪ねる行為限定するべきだったかもしれない)

聖地巡礼はお手軽でなければならない。言い換えるなら、その行為自体を楽しめないのならやりたくはない。滝行は楽しそうなのでやりたいが、例えば彼女らが受けていた辛い仕打ち自分も受けたいかというと難しい。

例えばメンバーの誰かが過去イジメを受けていたとして、それと同様のイジメを受けたいか。これに関しては少し受けたい。マゾヒスティックな願望ではなく、多少なりとも彼女らの苦労を追体験することは彼女らを理解することにつながるからだ。

しかし、紛い物のそれはやはり本当のイジメ体験とは辛さの質が大きく異なるし、よりリアルに状況を再現するために半年継続してイジメを受けてくださいと言われればお断りする。あくまでもその一部を、私が本当には辛くならない程度に体験することで、辛さに思いを馳せたい、という程度に存在への接近願望は留まる。

キリスト教徒だってエルサレムには行きたくても、ゴルゴダの丘の上で十字架に磔にされたいかと言えばそんなことはないだろう。ごっこ程度にはやってみたいが、それはごっこ遊び自体が楽しさを持つからである。高所に磔にされて「こえ~」などと言ってるのは楽しいが、手足を本当に釘で打ち付けられるのはたまったものではない。(追記:これも巡礼の話ではなくなっている気がするが、でも巡礼先で対象が何かしてたら同じことやりたいよなあ。(追追記:でもやらなくても巡礼は成立するからやっぱりおかしいねはい。))

体験総体として楽しくないならやりたくない。少なくとも私は。この「楽しく」は何も笑顔になったり、興奮したりするといった類の楽しさである必要はない。

心地よい感情が動きがあればよい。

郷愁に浸るとか、感慨に耽けるとか、今風に言えばエモさがあってもよい。「泣く」ことによる感情の発露も、人間にとっては快感であるので、ここで述べる「楽しさ」に含まれる。

いや、違うな。

上に述べたエモさは体験のものに由来する(既出の例をとればバッティング行為によって引き起こされた)感情ではなく、「行為追体験している」という事実に付随する感情の動きだ。そこは切り分けるべきだろう。

例えば「同じ場所に立つ」ことも、聖地巡礼に伴う追体験行為の一形態だが「立つ行為のもの」には特に何の楽しみもない。(立っているだけで楽しい場所もあるが、必ずしもその必要はない)(追記:この例の方が純粋巡礼っぽい)

先例のイジメのように行為自体許容範囲であれば不快であっても構わない。これは個人差があるし、対象に対する思い入れの深さによっても許容範囲が変わってきそうだが。

追体験行為包含する巡礼行為」が総体として満足感をもたらす体験であればよい。(追記:「巡礼追体験包含する」よりも「巡礼追体験が付随する(ことがある)」が正しい)

距離重要な要素だ。ここで言及する距離とは、対象との関係性としての距離ではなく、その聖地との物理距離感である

遠ければ遠いほど、巡礼を達成した際の体験価値は高い。エルサレムが近所の公園にあったら巡礼の有難みも霞むだろう。

「ここまで来た」という感覚聖地巡礼には必要である

私は電車移動含めて一時間もあれば十分であるしかし、ここまで書いて想像してみたが、家の隣にあった昔馴染みのなんでもない祠が実は家康が足繁く通った祠であったと発覚すれば、そこにはそれなりの感慨が生まれるように思える。巡礼と呼ぶにはあまりにも短距離だし、巡礼としての価値希薄化するものの、完全に失われることはない。いや、とはいえやはり価値の減少は免れないな。

遠ければ遠いほどいい、というものでもない気がするが。例えば、乃木坂メンバーが訪れた場所比較として、私の現在地から大塚バッティングセンターパリ街角にあるカフェとの物理距離には圧倒的な差があるが(もちろんパリの方が遠い)、パリカフェを訪れた際の感慨がバッティングセンターに比べてそれほど深いかといえば、あまり変わらないような気がする。

これは、「パリ旅行のついで」にカフェを訪れるのか、「乃木坂メンバーが訪れたカフェを主目的に」パリを訪れるのか、物理距離を越えんとする直接的な動機がどちらにあるのかによっても異なりそうだが、メンバーが通った小学校とか、生まれ育った地域ぐらいの重要地ならともかく、たかだかロケで立ち寄っただけのカフェ目的渡仏する気にはならない。

いや前者でも渡仏する気にはならないが、(追記:というかメンバーの母校って言うほど感慨深いか?その頃のメンバーが好きな訳ではないし……)するにしてもそれはやはりそもそもパリ自体が好きで巡礼を抜きにしてもパリに行きたいからであって、パリの一地域を訪ね歩く行為のもの乃木坂とは無関係に楽しみを見出している。その意味巡礼行為は「ついで感」が否めない。(追記:「むしろ行きたくない場所への巡礼」を考えてみようと思ったが、思いつかなかった。(追追記日焼けと車酔いに弱いのでそれらが伴う場所には積極的行きたくない。苦労した分、到達時の達成感はありそうだが、それは聖地が持つ意味とはやはり無関係目的地に至る行程に由来する価値を抜きにした純粋巡礼価値は何によって決まるのか。))

これはもしかしたら聖地巡礼も、エルサレム旅行のものに少なから体験としての楽しみが含まれていた可能性もあるが、中世を生きる農民の長旅の過酷さや宗教に対する敬虔さはとても無知蒙昧な私の想像のおよぶところではないので、お叱りを受ける前にこの説は引っ込めておく。

でも伊勢参りとかは楽しそうだよね。明日(もはや夜が明けたので今日なんだが)近所のブックオフ聖地巡礼事情に関する本でも漁ってみよう。

眠いし目も疲れたので「過去自分への巡礼」とかまだ考えたいことはあったが、このへんにしておく。

おやすみなさい。

2020-12-10

ゆうても千と千尋ハウルポニョ、ついでにもののけ辺りも同じ話じゃんあれ

2020-11-09

鬼滅の刃に感動しない

鬼滅の刃に感動しない


鬼滅の刃無限列車編を二回観た。

二回観たなりの感想を述べたい。原作は未読。今後の展開も知らない上で話す。(ぶっちゃけテレビアニメもまじめに観てない)

以下、映画ネタバレモリモリである

映画:良かったところ》→《映画:良いとは思わなかったところ》→《鬼滅の刃は感動しない》


映画:良かったところ》

この映画の素晴らしいところは、ジャンプ原作王道努力友情活劇の中に非常に高品質な心情描写があった点だと思う。前半の炭治郎の夢の描写が素晴らしい。

家族との幸せ日常の夢に浸かる炭治郎。さっきまで列車に乗って鬼を探していたはずなのに、突然夢に惑わされた。夢を夢だと気付くまでの演出の仕掛けは、往年のホラー映画SF映画を思い起こさせる。ねずこを運ぶ箱だったり、咄嗟に口に出る“昼間のねずこ”の違和感だったり。その加減が多すぎず少なすぎず非常に絶妙なのだジャンプアニメ映画だという大前提を守りながら、観客の我々は「炭治郎は本当に現実世界に戻るのか?」と不安にさせてくれる。六太の「置いてかないで!」という絶叫は悲しくも最高だった。子供の絶叫ってどうしてあんなに不安になるんだろう。初回観たとき泣いてしまった。再会できるはずのない家族ともう一度会えた炭治郎の喜びと後悔を観た我々は、夢から覚めるために進む炭治郎の辛さが理解できた。夢にいれば鬼なんて来ないのに、鬼を倒すために炭治郎は進んだ。そして、戦うために“自決”の賭けに出た。炭治郎は鬼を倒すために、自分の首を斬る選択までしてしまうのだ。なんて胆力だと、鬼と一緒に私も驚いた。そしてダメ押しのしんどいバージョンの夢。なによりも家族を優先してきた炭治郎が、父親母親弟たちに恨まれる様子を見せられる。そのときに「言うはずないだろ!俺の家族が!!」というセリフは演技演出共に本当に素晴らしかった。家族の死という最大のトラウマを乗り越えて、彼は鬼と戦って勝った。最高のカタルシス体験だった。今まで鬼滅の刃流行っているからとりあえず観ていた作品だったが、ここまで観に来て良かったと思った。

あと、作画音楽も良かった。ハイクオリティだった。声優の演技も高品質だった。

映画:良いとは思わなかったところ》

なんでみんな煉獄さんのシーンで泣くのか理解できない。

キャラ同士の戦闘あんまり感情移入できなかった。顔は知ってるだけの先輩と、なんの前触れもなく現れためちゃ強い敵の急な戦闘に頭がついていかない。さらにこの二人も初対面同士だし。ヤタガラスにもアカザ打倒を命令されてもいない。アカザが“なんかいた”のだ。なんかいた、という理解しかできない。因縁もなにもないやつとの戦い入れる必要ある?煉獄さんがえんむとの戦いであまり活躍出来なかったかアカザ戦投入したとしか思えない。戦闘が非常にぬるぬる作画だったし私が長子だから耐え切れたが、テレビ放送だったら耐えきれずチャンネルを変えていたかもしれない。

煉獄さんの親、お前なに言ってるの?「自分がどうして他の人間より強いか理解できるか」って、そんなこと言う親いるのか?少し斜に構えすぎかもしれないが、選民意識が強くはないか煉獄父の奥方がそんなドストレートな言葉表現するかいな。ノブレス•オブリージュを表現したいなら、「なぜ強い“火の呼吸”を我々が代々受け継いでるのか」とか………もっとオブラートに包めよ!若干鼻につくんだよ。

あと皆んな煉獄さんの死で泣きすぎ。先輩が命をかけて戦ってくれたので、ちょっと泣きたくなるのも分かるがあれは泣きすぎだろう。ほとんど寝てた善逸はなんで泣くんだ。炭治郎のメンタルは強いんだ。家族の未練を断ち切り鬼を倒す自決を繰り返す、ちょっと異常な強さのメンタルを持つ男だ。自分意思家族を振り切れるんだから、並の10代の精神力じゃない。そんな強い男が、顔見知り程度の先輩の死にあれほどまでに泣くだろうか。炭治郎は苦しくとも前に進める心の強さがあると思っていたのに、結局は号泣してる伊之助にハッパをかけられてしまう始末。おいおいどうしちまったんだよ。赤ん坊みたいに泣かないでくれよ。お前はこれまでの鍛錬と旅で強くなったはずなのに、先輩の死であそこまで泣かないでくれよ。この作品はやたら人が泣きすぎるんだ。

鬼滅の刃は感動しない》

書いてて分かったことがある。鬼滅の刃アニメ料理人の腕は神だが、レシピ作成者は二流だ。アニメーターの匙加減でなんとか名作の域に食い込んでいるが、元々の原作はかなりポンコツだ。たしか面白い面白いんだろうが、この程度の面白さだったら流行で終わる。なんとなく面白いが、人の生き方を変えるほど感動は与えない。私はそう思う。

あらゆるジャンル作品で我々視聴者が求めるものは、『感動』の一点のみだ。作画がすごいとか、声優の演技がすごいなんてのはおまけにすぎない。視聴に耐えうればおおよその場合そこまで重要じゃない。

で、この感動を私なりに噛み砕いてみると、“昔の自分からまれ変わる”ことの体験だ。映画ラピュタ』で軍要塞からシータを振り向きざまにかっさらパズーだとか、映画ハウルの動く城』でソフィに「ようやく守るものが出来た。君だ」と言うハウルだったり。洋画でもいい。映画タイタニック』にて海に沈むジャックをあとに自分の好きなように生きることを選んだローズなど。今回の映画でも、炭治郎がえんむに立ち向かったところなんて本当に感動した。現実を生きる我々にはしがらみが多すぎる。新しい選択肢を取るのは怖いし、自分自分に不幸な暗示をかけてしまっている。でも、画面の向こうの彼らは、恐れの中でも古い自分を断って生まれ変わった。それを目の前で証明され、心が動くのだ。

長々と書いて申し訳ない。鬼滅の刃の話に戻ろう。この作品の最大の問題点は「あるはずのしがらみが都合よくぼかされてる」からだ。鬼殺隊でありながら鬼の妹を連れること、政府非公認組織の鬼殺隊、絶大な力を持ちながらただの鬼殺しに明け暮れる柱など、キリがない。今回だってそうだ。なんで精神の核を破壊しなかった。なんでえんむが人間を食わなかった。意図的に炭治郎たちが苦境に立たないよう誘導されている。そういうしがらみを無視されたまま話が進んでしまうからご都合主義だと思ってしまう。折角いい設定を持ってるんだからストーリーに生かしてほしい。鬼より悪どい柱がいてもいいし、警察逮捕される鬼殺隊がいてもいい。ねずこが炭治郎の恋人を食べてしまってもいい。いくらでもあるんだからアカザみたいなよく分からん敵をぶん投げて戦わせるんじゃなくてしがらみからけりをつけてくれ。原作ご都合主義に甘んじるポンコツからアニメの味付けがいかに最高でも私は感動しない。ハマらない。

鬼滅の刃が、日本人が一緒に楽しめるコンテンツになってくれたことは事実だ。皆んなが観ていた月9朝ドラが、今は鬼滅の刃になった。立派なメインカルチャーだ。炭治郎たちは間違いなく時代代表してる。

願わくば、次の世代作品さらなる感動を与えてくれるよう。

2020-07-20

「実は○○だった」のブルーオーシャン

実は兄弟だった

見る!メチャクチャ見る。しかキャラデザなんかを似せないといけないからかなりわかりやすい。

実は親子だった

これもかなりよくある印象。

実は叔父・叔母だった

わりとどうでもいい…

はいとこだった

から何?感強し

実は犯人だった

ミステリはまあ全部そうといえばそうなんだけど、特にレギュラーキャラとか探偵助手ポジの人の場合。すげえよくある、というか仕方ないかこれは…

実は宇宙人人外だった

ありますねえ…発覚からSFに持っていくとET的な感じになり、歴史とかを絡めると伝奇ホラーになる印象ある

実は幽霊だった

○ッ○○○○○以来の定番!逆にあんまり見ないような気すらする…いや、やっぱ見るかなあ。感動モノと絡めてくること多いけど「またこれか…」でその感動が消えること多し

実は自分だった

タイムトラベルものなんかでよくあるパターン。うまくやるとかなりカッコいい!でもよく見る

実は貴方(読者・プレイヤー)だった

これはあんまり見ないな。まあでもあなただった!って言われてもいや違うし…としか言えないというのはある

実は第三者だった

何?

実は探偵刑事スパイ殺し屋だった

あるねえ…これもまあ仕方ない感はある。そういうイメージの職だし

実は死んだあのキャラだった

これは別カテゴリか?

実はあの有名人(実在)だった

これもタイムトラベルものなんかでよくみる気がする。トレードマーク的なアイテムが目に入ったり呼び名でわかったりするやつ

実は強かった

格闘漫画の登場シーンなんかですげえよくみる印象。読者はすでに強いと知ってるキャラであえてこの演出をやるパターンも頻出?

実は女だった

これ忘れてた。クソ多くてイヤになってくる。キングダムお前のことだぞ

実は男だった

こっちも多いし男女平等か?

実はモノ(付喪神存在)だった

地味によく見る。ホッコリエピソードになりがち

実は神様だった

これもわりとあるな。唯一神というよりは多神教土地神のことが多いけど、そういえば聖書で神がハトになってるのってこれなのか?

実は老人だった

美女魔法が解けてシワシワのババアになったりするやつ!男版もまあまあある印象。老人だったと分かった後も引き続き登場するパターンは少ない(その場で死ぬなりしてフェードアウトしがち)が、年齢だけ高くて見た目が若いパターンだとそうでもない。

実は子供だった

そんなに見ないけどなくはない。ハウルの序盤なんかにもあるな。

 

ブルーオーシャンない気がしてきた。意外性がないかやりつくされてるかの2択だ。

anond:20200720174430

たぶんあの人が一番言いたいこと言ってるのはハウル

やりたいことを好き放題やらかしたのがポニョ

自己陶酔風立ちぬ

もののけ姫はまとまってると思う。

あれはあの人の自然歴史への感銘が形になったもんかと思ってる。

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