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はてなキーワード: 同人活動とは

2018-02-21

anond:20180221044849

あなたのその考え方はとても正常で、至極当然のことだと思うけど、

議論になっているのは自分勝手な都合で安価な売買を求めている海鮮お客様の主張と同人活動の内情との対立から

あなた自己肯定のための自分語りに今話題トピックを利用しているだけで、この文章に本当に主張したいことは無いよね。

2018-02-20

anond:20150910222900

大手に関しては在庫リスクがでかいから、ある程度儲けがあってもいいのかなとは思うけど。それ以外は儲けはいらないでしょ(印刷費とかその辺は経費として回収するのはいいとして)

赤字分払ってでも色んな人に見て欲しいやつは安くすりゃいいし。

金無いけど同人活動続けたいなら経費回収出来るぐらいの値段設定にすりゃいい話。

「なんで高いんですか」と聞かれたら「自分同人活動にかけられる費用を考えたらこれぐらいの価格になる」っていえばいい。

高くて文句言うやつはその作品がその価格に値しないと思うなら買うな。それだけの話し。

2018-02-19

同人価格付け問題について思うこと(少数派意見だと思う)


定期的に起こる同人誌(グッズ)の価格設定について思うことです。

結論から言うと

各自好きなように価格設定すればいいじゃん。」です。

それを、以降つらつら書いてます

前提として、私の大体の同人スペック

・歴5年くらい、斜陽ジャンル/マイナー寄りキャラクターCPメイン

オンリーイベント(が開催されることがあるという程度のマイナーさと思ってください)で

 新刊を50〜100部刷って、イベント終了時までに完売するか1020冊くらい残るか、くらいの規模及びその程度の人気のサークル

・大型イベント(コミケのような総合ジャンル即売会)はほとんど参加しない

・平日は普通会社員として勤務&残業が多い職種。の合間をぬって同人活動してます

こんな感じです。

私の基本スタンスは「自分が楽しく同人活動を続けられるかどうか」

よく学級会になる「大手価格を下げると中堅以下が苦しくなる」「これに対してこの価格?儲け主義かよ」この辺は自分にとってどうでもいいです。

各自自分のやれる範囲でやれるだけのことやればいいんじゃないの?

自分客観的に見て大手〜中堅寄りなのか小手・ピコ寄りなのかはわかりませんが、他人のことは、一旦どうでもいいです。

自分が楽しんで同人を続けられること」が第一優先です。

まりどういうことかというと、私の場合

あくま同人活動趣味範囲という認識

・1人でも多くの人に手に取ってもらえる方が嬉しい

基本的に平日は忙しいので通販はできない(平日でまで自由時間を削りたくない)、頻繁にイベントに参加できない

 =通販・他イベントで売ることも見据えた長期的に見たときの多くの黒字、より、その場で捌けて多少の黒字が出る(もしくは印刷代がまるっと返ってくる)方が楽だし助かる

という感じなので、それを叶えようとすると、

自分の中でその日捌けるかどうかの瀬戸際を攻める部数で

・且つイベントで手に取りやす価格設定

するしかないわけですね。私の価格設定基準は大体ここです。

その日のうちに捌けてくれると、精神衛生上も「いっぱい出たな〜!」という気持ちになるし、

在庫家に送らなくて済むので会場から宅急便代はかからないし、帰りの荷物もその分軽いし、非常に気持ちがいい。

ぶっちゃけ小〜中部数で価格は抑えめなので、黒字ほとんど無いか赤字ばっかりですが、

あくま趣味なので利益が出ず、旅費や参加費含めた時に最悪多少マイナスでも「趣味でやってることだし楽しかったし交流できたし」でいいかなって。

企業主催ユーザーの完全受動型のイベントに参加するのとそんな変わりません。

二次創作同人ってキャラ権利とかを拝借して勝手にやってることですし、

あくま自分お金を落とす側(あわよくばちょっと黒字だとものすごく嬉しいくらい)かなと思ってます

そんなにイベントも出れませんし。地方勢なので。

自分で書いておいて、商売下手かよ、と思います。(※同人商売して儲ける気がそもそもない)

人気ジャンル大手サークルさんは噂によると500〜1000部単位で刷って公式か?というようなノベルティもつけてるみたいですが

すげ〜って。それ以上の感想は無いです。すげ〜。私にはできないな〜大手さんはすごいわ〜。と。

よく、「買い手は欲しいものは値段見て買わないから好きな価格設定でいいんだよ!!」っていろんな人が言ってますし、

それが言葉通りなら大手ピコ手が同価格でも、大手の方が安くてもその逆でも、買う理由に変わりはないんじゃないですか?

買ってもらえないのは、自分の実力なり人気なり需要がその価格で買うに至るにまで無いというだけで、他所様のせいにしちゃ駄目だなと。

装丁を豪華にするのだって結局は自分がやりたかたからそうしたのであって買い手の希望じゃないし、

装丁100円上乗せしていつもより売れなくても「やりたいことやれたな〜もうちょっと出てほしかったけどな〜!」で終わりだし、

装丁分上乗せせずいつも通り売れても「やりたいこともできたし売れたし楽しかった〜」で私は終わり。

なんだかこう「同人=売り買い・商売」の印象が強すぎて楽しめなくなってる人が多いなって思います

同人ってそういうものだっけ。

私の考えを押し付けるわけではないし(多分すごく少数派の意見です)、

ジャンルや界隈の雰囲気にもよるだろうし、サークル主様がどういうスタンス同人活動をされてるのかによります

結局は「自分がどういう同人活動を続けたいのか」で価格を決めたらいいんじゃないかと思います

まり各自好きなように価格設定すればいいじゃん。」です。

だらだらと長い文章読んでいただきありがとうございました。

2018-02-15

マイナージャンル同人活動(オフ)を続ける意味

またフォロワーが1人、ジャンルオフ活動から撤退した。泣きたい。


個人的には同人誌は売れること、感想をもらうことが全てではないと思う。

それでもジャンル斜陽になり、サークル海鮮が減るとそれに伴って人がいなくなっていく。

感想がもらえない、本が売れない、交流できない・・・


メジャージャンルはさぞかし楽しいんだと思う。行ったことないから分からないけど。

人が多くて感想ももらえて本も売れる?

お金が儲かる?

承認欲求が満たされる?


じゃあこのご時世にマイナージャンル同人活動をする意味ってなんだろう。

本を作りたいなら自分用に一冊だけ作れる。

中身はネットで公開も出来る。

同人誌にするよりもずっと多くの人に見てもらえる。

会いたいならイベントでなくても個人的オフ会を開けばいい。

そもそも交流だけならツイッターで出来る。スカイプ通話も出来る。

イベント参加費も印刷代もかからない。


同人活動ってなんだろう。

二次創作ってなんだろう。

私はなんでこんなマイナーなところで20冊も売れない本を、何ヶ月もかけて命を削って描いてるんだろう。


原作漫画は終わったし今後の燃料は絶望的だ。

それでも私はまだまだジャンルが好きだからもうしばらく描くと思うけど。

周りが撤退表明出したり他のジャンルの絵を熱心に描き出すと悲しさと寂しさでいっぱいになる。

同人作家感想で救えなかった

ものすごく好きな同人作家Aさんがいた。マイナージャンルマイナーカプ。作風もすごくニッチ

たまたま買った同人誌を読んで、すぐに大ファンになった。

私は同じジャンル内の別のカプで同人活動してたけど、ツイッターでAさんをフォローして、熱い気持ちを込めた長文感想DMを送りつけた。


迷惑だったかもとは思ったけどそれより気持ちを伝えたいというのが上回った。

少し経ってから返信が来て、感想がすごく嬉しかった励みになるということが書かれててこちらも送って良かったなと思った。

その後ツイッター上でたまにやりとりをする程度には仲良くなっていった。


その後何度かイベントで会って話したり、本の感想を送りあったりしていた。

Aさんは優しいので別カプの私の本も読んでくれていた。

私もAさんの作品が大好きで新刊が出るたびに熱い感想を送り続けていた。


私はその後しばらく仕事プライベートが忙しくて、同人イベントに出るのを休止した。

Aさんは変わらずイベントにも出て新刊を出し続けていた。

私はイベントには足を運べなかったか通販で買って感想を送る、という形になっていった。


その間にジャンルアニメが終わり、原作も終了。元々多くはなかったけど、更に人が減っていた。

それでも私はジャンルが好きでオンライン上で絵を上げたり考察したりして楽しんでいた。

近いうちにイベントにも復帰したいなと思っていた。


Aさんも変わらず萌えツイート考察をしていたが、あるイベントに出たときサークル数がすごく少なくなってきたというツイートをしていた。

人が減ったとは思っていたけどそんなにいないのかと思って悲しくなった。

実際、本当に全盛期の1/10程度しか参加サークルはいないようだった。


そしてその次のイベントでAさんは新刊全然売れなかった、とのツイートをした。

日常ツイートを見る限り、今回の修羅場は本当に大変そうで仕事をしながらすごく頑張って原稿をしていたみたいだったのでそんなに売れなかったのかと悲しくなった。


その次のイベントで私も復帰した。確かに全然売れない。初動は1/4以下だった。

私はあまり部数重視ではないけど、それでも手にとってくれる人が少ないのは悲しい。人がとにかく減ってるんだなということを実感してちょっとしかった。


Aさんのところに挨拶にいった。Aさんは人いないし今回も新刊全然売れないと言っていた。フォロワーの人が2、3人買ってくれた程度だと。

マイナーカプだしニッチだししょうがないですよねと自嘲気味に言っていたのが悲しい。

私は100%好きで買っていて楽しみにしてたし、義理買いじゃないですという意図を伝えて、前回の新刊もとても良かったと話しその場を去った。


ありがとう嬉しいですとAさんは言っていたけど、私1人の感想はもはやAさんを救えないと感じてしまった。

帰ってからいつものように熱く長い感想を送ったけど、語彙力の乏しさから言葉選びはマンネリ化していた。

本当に心の底から最高で、爆萌えな本だったということがどこまで伝わっただろう。


それからしばらくしてAさんはツイッターオフでの同人活動を辞めると宣言した。

必死に描いても少しの人にしか見てもらえない、意味を感じないと。

今後はネットでたまに絵を上げるくらいにしますと。


私はとても悲しかった。Aさんの絵ももちろん好きだが、長いストーリーになっている、話がしっかりしている漫画という形で作品を読みたかった。

一応、また気が向いたら戻ってきて下さいとリプを送ったがどこまで響いたかは分からない。


その後Aさんはオフでの同人活動を一切していない。ツイッター上で絵を描いて発表している。それまでのジャンルも描いてはいるけど他のジャンルも描くようになった。

私はAさんとの交流の機会がとても減って最近殆どさなくなった。


この間、Aさんがツイッターで「同人活動を辞めたら私生活がとても楽になった」と言っていた。

あの頃みたいなことはもう出来ないと。

かに正社員で激務をこなしながら同人誌を出すのはとてもとても大変なことだ。

からAさんが楽になったのならそれは良いことだと思う。

それでもやっぱり寂しい。


私みたいなファンが1人いても、どんなに熱い感想を送っても、どんなに気持ちを伝えても、数の前には勝てないのだろうか。

多分、Aさんの場合はそうだった。

2018-02-12

底辺中年絵師愚痴

なんだか同人活動での苦悩の吐露が多いようなので便乗して。

はいえ誰も共感してくれない話になるだろう。ごめんなさい。

 

俺は昔からPCで絵を描く事を趣味にしていた。

昔は絵を描く趣味イラスト漫画普通だったが、俺はドット絵や16色CGを描いていた。昔のパソコンファミコン以下の絵しか描けなかった。使える色も少ないし制限も多い。しかしその制限の中で絵を描くのが面白かった。制限がその機種の個性にもなっていた。使える色は多いけど解像度の低い機種、解像度は高いけど16色をやりくりする都合でセピア風っぽくなりがちな機種、CG性能は良いけどFDDでは役不足な機種、簡易アニメが作りやすい機種などなど。FDDが普及してCGが保存しやすくなり、高級品だったマウスも安売りで買った。

 

イラスト漫画ではなくドット絵CGを好んだのは、何度でもやり直しが出来る事と、画材の出費が無いからだ。当時のCGソフトのアンドゥ機能は1回しか後戻りできないものが多かったが、そもそも解像度の低いCGなので時間さえかければ幾らでも描き直せた。実は紙のイラスト練習してカラーインクなどを買ったりもしたが、失敗すれば紙1枚が無駄になる事が大きなプレッシャーに感じた。ホワイトなどで修正するほど仕上がりは汚くなっていく。CGならばやり直せるしゴミも出ない。

 

就職先もゲーム会社を選んだが技量もなく不採用で、しかCGをやめるという発想はなく、同人CG集を買うようになり、俺も同人ドット絵CGを描くようになっていった。

…ここまでインターネットのイの字も無かった頃の話。

 

90年代の中ごろには「草の根BBS」というものも増えて、電話代を気にしながら上手い絵師CGダウンロードした。

恥ずかしながら俺も幾つのサークルさんにお声をかけて頂き、ドット絵CGや素材を作った。

 

90年代同人事情というと、絵柄には個性があって当然という時代だった。絵を見れば作者がわかる。芸風とも言えるほどだ。デッサンの歪みなどはさほど神経質ではなかった大らかな時代で、初心者がしばしば眉毛を描き忘れたアニメ絵を描いているのも微笑ましかった。当時の同人でのアニメ絵趣味性と個性を主張するアイコンだったように思う。

当時の同人での絵師はまだCGより紙に描くほうが普通で、マウスをカチカチ鳴らして絵を描く人は案外と少なかったようにも思う。上手い人はとんでもなく上手くて真似できないレベルだったのと、俺より下手な絵師も多かったので、俺は落ち込む事もなくCGを続ける事が出来た。

 

90年代半ば、Windows話題となりインターネット流行し始めた。この頃ようやく現在CGイラストの元となる環境が世の中に広まったわけだ。解像度制限が(殆ど)無いフルカラー(最低でも256色)のCGイラストが描ける環境が整った黎明期だった。FDDには圧縮しても10枚程度しか保存できなかった事もHDDが当たり前になった事で解消された。

当時ようやくスキャナ一般的になり始めた頃でもあったが、まだまだ高級品で、アナログ画材の出費も惜しんでいた俺には手が出なかった。ハンディスキャナを買ったが歪んで使い物にならなかった。

 

この頃からCGイラストを描く事の楽しさが薄れ、苦労が付きまとうようになった。

そもそもWindowsが動くPCが高級品だった。専用ソフトも高いし、フリーソフト殆どなかった。CGソフトイラスト専用のものは少なく機能も貧弱だった。

俺の個人的事情では同人での活動が次々とトラブルに見舞われる事が続いた。参加したゲーム制作の中止が複数重なったり、同人ゴロ被害にあったりした。

 

しかし一番の苦労のひとつは、理解され難い事だったのかもしれない。

PCで絵を描いてもPCが無ければ見れない。親からは1日中パソコンに向かっているうようにしか見えない。世間ではしばしばアニメオタク趣味悪者として魔女狩りが繰り返され、時代アニメ絵ではなくポリゴン絵に移り変わっていった。…自分以外の何かを言い訳にしたい気持ちも大きいが、理解されない事をする苦痛結構大きい事も事実だ。

そしてもうひとつの苦労は、他ならぬ俺自身の才能の無さだ。

16色とかの制限の多い時代には才能の乏しさはあまり目立たなかった。描ける絵には限界があり、その最適解を探し出す事がドット絵だった。カラーパレットをどのように振り分けるか、どの色をタイリングで済ませて色数を増やすか、1ドット未満の線をジャギー消しの手法で描き、ブラウン管の光度差で滲ませる、才能ではなく技術でどうにかできた。しかし色数がフルカラーになった事で俺は途方に暮れた。CG技術ではなく才能こそが全ての世界になった。インターネットがどんどん一般的になって、上手い絵師けが評価される世界になった。…それが当たり前だという事を認めるのに何年もかかった。

 

00年代になると、90年代に人気だった絵師の多くが姿を消した。フルカラー90年代彩度の高いイラストは古臭いものとなりつつあったし、個性もさほど求められなくなったからだろうと思っている。90年代に人気だったプロイラストレーターの苦労も時々目にするので、90年代に人気だった同人絵師が姿を消したのも必然なのだろう。

00年代の俺は才能の無さは自覚していたので、当時流行していた3D-CGを始めた。当時の宣伝文句は概ね「絵の描けない人でも出来る!」だ。貯金を切り崩して六角大王海外製3Dソフトを買い相当練習したが、結果は失敗だった。数年我慢してMMDを学べばよかった。俺は才能だけでなく時代を読む目もなかった。

 

2010年代ドット絵需要懐古趣味しか無くなり、CGイラスト毎日毎日物凄く上手い人が出現し、俺はCG-TIPSを検索しては真似をしてなんとか時代に取り残されないよう苦労し続けた。しかCG-TIPSを学んでいて気付いたのは、CGの塗り方の流行結構短いスパンで変わってしまうという事だった。俺がなんとか使いこなせるようにあった頃には他の誰もがもっと上手く使いこなしていて、なんとか追いつこうとしているうちに次の流行に変わっている。CGネット上に溢れかえっているから、目新しいものが求められ、俺のような才能の無い微妙な絵はネットノイズしかなかった。

 

最近では長年CGを見続けてきた俺には誰が描いたのかまったく判別できない絵が増えてきてゾッとしている。とてつもなく上手いけど他の上手い人の絵と見分けがつかない絵。これはテレビアニメの多くがそういった傾向なので誰のせいでもない事だが、。

そして物凄く薄く繊細な塗り。フルカラーなのに明度差が微妙しか違わない繊細なグラデーションは16色のカラーパレットCGを覚えた俺には到底無理だ。こんな絵を目指さなければ人目を惹かないのかと思うと心が折れそうになる。しか他人CGからスポイトでカラーパレット拝借なんて出来ない。絵の才能だけでなく色彩センスもない俺自身が恨めしい。

 

上手い絵師には嫉妬心もわかず、ただ自分の才能の無さを思い知らされるばかりだ。

真似をしたところで言葉通りの劣化コピーしかならない。

本当に絵の上手い人の特徴はとにかく早い事だろう。イメージを迷うことなく描画する才能がある人ほど上手い。

俺はイメージが貧相だしラフを描いている時も悩んで時間がかかる。出来上がるのはピンボケの絵にしかならない。

 

俺にとってCGは既に同人ではなく個人的趣味しかなく、楽しいという気持ちも無い。苦労であり苦痛しかない。しかしいまさらやめるわけにはいかない。色々な事を犠牲にしてきたのに、やめたら本当に何も残らなくなってしまう。同世代の人はみんな趣味はほどほどに、結婚したり出世してしっかりした人生を歩んでいる。いまさらCGやめたって人生で得られなかったものが手に入るわけでもない。歳を取って健康不安が付きまとうようになってきた。いつ死んでもおかしくないが、死ぬ前に下手糞な絵の制作データは消去したい。

 

最近は愚直にデッサン練習をしているが、デッサン固執すると絵の魅力が薄れる感じもあって苦労している。正直に言うともう絵を描く事が好きではない。そんな底辺中年絵師の俺が誰に向けて描けばいいのか。ネットには上手い絵が溢れすぎていて需要なんてない。上には上がいる世界では下の物は叩かれるだけの存在だ。自分の為に描こうにも、俺が見たい絵さえググれば出てくる時代だ。

じゃあやめろよと言われるだろう。やめたら俺どうすればいい? 他には何もないんだ。

 

いつか自分が気に入る絵を描けたらいいなと思う。おっぱい

2018-02-11

大きくないジャンル同人活動をしている。

だいたいオンリーイベントで自カプは4~5サークルぐらいでジャンル内では多くもなく少なくもない数。

感想なんていらない派である。もらったらもらったでうれしいけど。

同カプで同人誌を出しているある人がいやだ。

自分の方が何倍も何十倍も絵も話も上手いのにその人は感想をたくさんもらってるようだ。

それだけでイラついている。

ツイッターいいねピクシブブクマ自分相手の何十倍もある。数字事実なのに。

イライラしてる自分イライラする。むかつく。

もっと上手くなる。刺さるものを描く。地雷カプの住民を刺す。

この気持ちで今まで描いてたのが崩れそう。崩したくない。

〆切が明日原稿に手が付かなくて吐き出した。ペンタブ握れるかな

2018-02-07

大好きな同人作家活動やめるって

家業継いで院長になるから同人やめるってさ。オタ卒もするかもしれんとさ。

引き止められるわけもないし、頑張れって応援することしかできないけど、やっぱ寂しい。

同じジャンル活動したのは2年ぐらいだけだけど、あの人には色んなことを教えてもらった。

同人活動への想いも似通ってて、いつも「ああ、この人と兄弟か幼馴染に生まれたかったな」って思ってた。

同人やめたらなんの関係もなくなる。お互い本名電話も住所も知ってるけどさ。そうじゃないよな。

もっと色んな話したかったし、もっと相手のことを知りたかった。

同人活動時間はいくらでも作れるけど、その時間同人に充てちゃいけない」って。

わかってるよ。俺もいつまでもこんなこと(「こんなこと」って言いたくないけど)してる場合じゃないってわかってる。

本当に尊敬するよアンタ。同人だけじゃなくて生き様までも…どこまでかっこいいやつ。

アンタに会えて本当によかったよ。俺はいつまでもアンタのことを忘れないと思う。

来世は兄弟か幼馴染で生まれて、また一緒に同人やろうな。

オフ会の席でポロっと俺のこと「頭の上がらない作家のひとり」って言ってくれて嬉しかった。

気持ちいから直接は言えないけど、本当に大好きだった。

ありがとう

達者で。

2018-02-04

同人二次創作の)ジャンル内で作品傾向が近い人に近寄りたくない

二次創作はいえ、人それぞれ作品の傾向ってあると思う。

ギャグが得意だったり、シリアスが得意だったり。

その中でも絵は上手くないけど台詞回しが絶妙とか、雑な線画だけど世界観シュール面白いとか。

本当に色々。


私も自分なりの傾向がある。

絵はそんなに上手くはないけど個性はあるし、話も雰囲気も悪くない。

自分作品全部好きだし最高に萌える!と思って描いていた。

でもジャンルの中で似た傾向の人を見つけた。(Aさんとしよう)

彼女作品を見たとき、「あ、被ってる」と思った。


Aさんも私もお互い雑食ではあるけど、カプも一緒。

絵柄も似てるし話や雰囲気もすごく面白い

めちゃくちゃ好み!と思ってしばらく見てたけど、段々嫌になってきた。


Aさんは私よりずっと年下(学生)だけど絵が上手い。

ネタを出すペースもすごく速いし、萌える呟きも多いし、絵を上げる頻度もすごく高い。

そのうちAさんはフォロワーもどんどん増えてジャンル内で有名になっていった。


ももっとネタを出せればいいけど、同人誌を描く際に使いたいネタはあまり呟きたくない。

もっと速く絵や漫画を上げられたらいいけど、仕事もあるし、使える時間は限られているし何よりものすごく遅筆だ。

傾向が似てるので考えていたネタが被ることもある。

途中まで描いてた漫画ネタ演出も被ったときはさすがに気まずくなって没にした。

なにより私の作品よりAさんの作品の方がクオリティがずっと高い。


描いてて悲しくなってくるけど、私の作品はAさんの作品下位互換なのだ

もっと絵が上手ければとか、もっとスピード上げられれば、と思うけど中々すぐには解決しない問題だ。

原稿で苦しくなってくると、こんなもの私が描く必要があるのだろうか?とよく思う。

私が描かなくてもきっとAさんが似たようなネタを描いてくれる。

そんなことない!と思ってなんとか仕上げてはいるけど、ほんとに意味あるのかなとぐるぐる考える毎日だ。


今はAさんのツイッター作品を見ないようにしているので彼女がどういうものを描いているか知らない。

イベントに行ったら一応本は買うけど、100%萌え気持ちで読めなくてモヤモヤする。

批評的な目線が入ってしまう。

そして彼女の本は自分の本の数倍売れているみたいなので複雑になる。

そんな考えしてる自分も嫌だし、もっと純粋ジャンル同人活動を楽しみたい。

この同人誌最高!描いてくれてありがとう!って萌え転がりながら本を読んでたときに戻りたい。

自分作品最高!って思いながら周りを気にすることなく描いてた頃に戻りたい。


Aさんとはこんなに萌えポイントが一致してるのに、なんでどうしてこうなったんだろう。

でも近くにいたらもっとしかったと思うのでフォローなどしなくて良かったと今は思っている。

同族嫌悪も感じる。

Aさん側には何とも思われてないと思うけど。

今日、ニ年描いた自ジャンルから撤退する。

はじめに、これは私の醜い心の内を整理する為に書くものだと明記しておきます

今日、2年描いた自ジャンルから撤退して、推しカプを描くのをやめることにした。

私は同人活動をしている。インターネットぽちぽちサイトをつくって遊び出してから同人誌制作している今までを含めて大体10年ぐらい。カウンター機能アクセス追跡機能をつけてもアクセスしているのは自分だけ、という時代を経て、ピクシブ小説なり漫画なり描けば、ランカーとまではいかなくても、タイミングが良ければランキングに載るレベル評価を貰えるようになった。

私が今日まで描いていた自ジャンルは、オリジナルアニメ作品で、規模としてはかなり大きい。その上、その作品カップリングの中でも、二番手人気のカプにハマったので、書き手読み手もかなり人口が多かった。特に、初期は書き手も少なめだったので、その頃ピクシブ投稿された人気作品には、10000単位ブックマークがつくほどだった。

私の漫画にも、10000以上のブックマークがついた。そのカプにハマってから初めて描いた長編漫画だったので、思い入れを込めて描いたものだった。そこからフォロワーが2000人ぐらい増えた。それ以降、私がピクシブ投稿した作品は、必ず1000以上のブックマークがついた。

もちろん、ジャンル効果なのは分かっていた。漫画評価されたけれど、私は決して絵が上手いわけではない。元々小説を書いていたから、ある程度ストーリーをつくり慣れていただけで、褒めていただけるのは話の内容が殆どだ。更に、その頃の推しカプ作品では10000ブックマーク越えなんてざらにあったので、今改めて当時の投稿者たちにランクをつけたとしたなら、私は中の下ぐらいだろうなというのが本当のところだった。

実際、イベントに出たところで、新刊は売れてもせいぜい100冊。他の参加者新刊完売と嬉しそうにツイッターで報告する中で、私が新刊完売したことは一度だけ、それも100冊だ。

そう分かっていたけれど、それでも、嬉しかった。

元々同人活動よりも早く、インターネット作品投稿するばかりだったので、お金を払って本を買ってもらうよりも、私は、自分作品を読んでほしかったのだ。読んで、ブックマークしてもらって、タグ付けでもコメントでもメッセージでもツイッターリンクを共有して一言添えるでも何でもいい、出来れば感想が欲しかった。

それが、自ジャンルに来て変わった。私の作品を好きだとメッセージをくれる人がいれば、イベントで面識もない私の為に手紙を書いてきてくれる人がいて、更にはメッセージで「翻訳する為に転載させてほしい」と拙い日本語で断りを入れてくる人もいた(これに関しては二次創作腐向けなのもあり、丁重お断りしたが)。

私の、私の為でしかなかった作品を、好きな人が沢山いる。おそろしい喜びだった。私の、推しカプに対する熱を表現する為の作品づくりは、いつからか、その人たちの目を気にし始めた。

ツイッター存在もそれに拍車をかけた。ツイッター上には、推しカプの絵を日々量産しては、1000RT、10000RTを稼ぐような人たちがかなりの数いた。更に、ピクシブで人気のある投稿者は、おおむね1000人以上のフォロワーがいた。

しかし、私にはそれがなかった。元々、ツイッターであまり呟かない性格だし、上記理由で、絵も全くと言っていいほどに描かない。ツイッターに上げた10RT程度の漫画が、ピクシブに上げた途端1000ブックマークつく、というのが私だった。

羨ましくて、絵を描く用のアカウントをつくって、そこで毎日むりやり描いたが、100RT程度が限界だったので、打ち止めた。

そんなふうに数字を気にしているうちに、周囲に敵対心までもがわき始めていた。

くわえて、推しカプはアニメ(原作設定)で現代に生きる兄弟なのだが、パロディというか、パラレル設定も多い。アイドル設定もあれば、妖怪設定もある。更に、アニメが終わってからは、アプリゲームパラレル設定からし供給がなかったので、溢れるほど派生がある。

けれども、私は、原作である本来兄弟推しカプ以外、何一つ萌えなかったので、兄弟推しカプを永遠と描いてきた。しかし、書き手が多ければ似たような話が増えるのも仕方なく、そのうちに、推しカプ内ではパラレル設定が次から次へと流行り、もてはやされるようになった。

敵対心というよりは、山月記風に言えば、「臆病な自尊心」と「尊大羞恥心」というやつなのかもしれない。好きな書き手がいても、自分より評価されているのが――それも自分の好きではないパラレル設定で――が悔しく、また、ツイッターフォローしても他の人のようにフォローバックしてもらえないのが恥ずかしく、私はとうとう、ピクシブで絵を描く他の人の作品を見れなくなっていった。

そうなると、自然イベントに参加しても、ほとんど交流することがない。数少ない仲良くしている人がその場にいなければ、もう、ずっとスペースに座っている他ないのだ。

それも、盛り上がっている初期の頃ならよかったのだろうけれど、アニメが落ち着いてからは、目に見えて右肩下がりだった。同人誌が売れない。差し入れが減って、手紙どころか、ピクシブメッセージも貰うことはない。私を好きな人交流したくて、ツイッター上で自家通販をしたけれど、申し込んでくれた3人中2人に連絡なくキャンセルされた。新刊の告知ページに、コメントはつかない。私の本の通販の有無なんて、もう誰も気にしていないのだ。

描く意味があるのだろうか、と思ったことがショックだった。描き始めたはじまりは、間違いなく、私がこのアニメを好きで、このカプが好きだ!と思ったから、描いたはずだったのに。いつからか、人に褒めてもらう為に描いていた。作品ではなく、私を見てほしくて描いていたのだ。

私の本を買いに来てくれる人がいる。本を買ったあとから、以前に出したこ本が好きでした、と直接一言くれる人がいる。

でも、私は、それでは足りなかった。ごめんなさい。

WEB拍手ask質問箱、いろんなツール流行したけれど、そのどれもに手を出さなかった。同人誌の奥付にもつたことはない。手を出すべきだったんだろうか。私も、他の人みたいにツイッター上で返事をしてみたかったけど、もし誰もメッセージをくれなかったら、どうしたらいいんだろう。

ジャンルが好きだ。推しカプが好きだ。自分の描く推しカプの話が好きだ。でも、そんな気持ちで描き続けて、疲れてしまった。だから今日おしまいにする。

同人自体はどうせ辞められないけれども、次に何か描くのはまた気が向いたらにする。そうじゃないと、いつか誰かにとんでもない迷惑をかけるような気がするので。

ありがとうございました。楽しく同人ができるようになったら、またよろしくお願いします。

感想」ではなく「手応えのある反応」が欲しい

私はかれこれ15年ほど同人とか二次創作という界隈に身を置いている、しがない字書きだ。

ここ数日、ツイッタータイムラインでやたらと「同人誌の作者に感想を送るべき」だの「感想を送ったところで引き止める理由にはならない」だのと議論されているのを眺めていた。

これは、特に目新しい議題ではないだろう。

学級会と称されて、既に何度となく同人活動に関わっている人たちのツイッターでは話題になっている。

作者視点でも読者視点でも各々数パターン意見傾向があり、いつも泥沼化しており、結論が出ないまま風化し、またふとしたきっかけで議論が行き交っているのだ。

私も二次創作をしている立場であるから、色々と思うところはある。

まず、私が何よりも強く感じているのは、議題テーマを「感想」にするからややこしくなっているのではないか、という点だ。

作者の目線に立てば、感想が欲しい!という意見が大多数だ。当然である

読者の目線に立てば、感想を送るのは難しい!と躊躇する人も多い。理解出来る。

だが、ここで意見が噛み合わない原因は、各々が抱いている「感想」がどのようなものであるのかが食い違っているからのように思えてならない。

読者が想定している「感想」は随分とハードルが高いような気がするのだ。

どの場面のどのキャラクターがどうであったのがどう良かったのか…と読書感想文さながらの「感想」を送らなければ、と身構えている読み手が多いのではないだろうか。

もちろん、そういった感想をいただけるのは嬉しいことであるだろうし、幸せなことだろう。(私は長文の感想はいただいた経験が無いか想像に過ぎないけれども。)

だが、同人作者の大半はそこまでの感想を求めてはいないはず。

ツイッターで「あー!最高の同人誌読んだー!マジ尊すぎてしんどいしんどい以外言えねぇ…」などと呟いたりしているが、その本の感想を作者本人に伝えたことが無いという読み手は割と多いだろう。

要は、その「最高」「しんどい」を一言でもいいし匿名でも全然構わないから作者本人にぶつけてくれると嬉しいな、という話なのだ

文章になっている必要など無いし、「あなたの○○大好きです!今回も最高でした!」で十分であり、その一言が生きる糧となる作者は多い、という話だ。

同人活動をしている描き手(書き手)が作品を公開しているのは、人によって程度に差はあれどレスポンスを期待してのものだ。

何の反応もいらないのであれば、自分ノートなりスケッチブックなりPCなりで創作欲を発散出来ればいい。

そうではなく、見てほしい!読んでほしい!そして私のこの萌え共感してほしい!という気持ちがあるからこそ、作品を公開している。

ポイントは、見て!読んで!だけではなく、何か反応して!という期待を抱いている創作者が大半だという点だ。

これは、同人誌即売会でもピクシブでもツイッターでも個人サイトでも共通している、創作者の欲であり目的なのだ

気持ちを込めて創作した作品を見てもらって、それに対してのポジティブレスポンスが貰えると喜びに繋がり、もっと頑張りたい上手くなりたい更に共感を得たいというやる気に発展するわけである

そのレスポンスとは、長々とした感想だけではない。

コメント欄リプライなどで一言声を掛けるだけでもいい。

ピクシブであればいいねブクマツイッターであればRTいいね個人サイトであればWeb拍手など、必ずしも言葉必要としない手段だってある。

感想」ではなく、この作品を創り出してよかった、描いてよかった、書いてよかった、と作者が感じられるような「手応えのある反応」が欲しいのだ。

イベントであれネット上であれ、素通りは悲しい。

イベント会場で自分のスペース前で立ち止まってくれる人がいない寂しさと、ネットで公開している作品の閲覧数だけがただただ増えていく切なさは、とてもよく似ていると思う。

このジャンルにいてもいいんだ、このCP界隈で自分必要としてくれる人がいるんだ、という安心感が欲しい。

その安心感が、居心地の良さが、創作欲へと繋がっていき、ジャンルCPへの愛着にもなる。逆もまた然り。

あくまで、個人的意見だけれども。

個人的な話ついでに。

はいくつものジャンル渡り歩いてきており、前回までのジャンルはいつも寂しさと孤独を抱えていた。

作品はそれなりに閲覧されているのに反応が全く無かったり、普段は何も反応が無いのに何かちょっとした不備があれば鬼の首を取ったかのように文句だけは長々と叩きつけられたり、SNSイベントで仲良くしてもらっていると思っていた人たちから突然無視をされるという苛めに近いことがあったり。

最終的には心が折れて早々にジャンルから立ち去っても、気にしてくれる人など誰もいなかった。

今いるジャンルは、これまで活動してきた中では一番長い。

ジャンルにはまる時の気持ちの大きさや熱量は同程度で、現在いるのは今までの中で一番マイナーである界隈なのに、なぜ現ジャンルが一番長いのか。

それはきっと、あたたかレスポンスがあるからだと思う。

ジャンルSNSに疲れ切った私は、ピクシブツイッターも退会して個人サイトにひきこもった。

(※創作者としてはアカウントを持っていないが、ROM専用の別名アカウントは持っている)

サイトサーチの運営者様には感謝しているが、正直なところあまり機能はしておらず、ピクシブを利用していた頃と比べれば閲覧数は格段に下がった。

しかし、サイトを訪れてくれる数少ない人たちは、皆さん懸命に「頑張れ!」「頑張れ!」と背中を押してくれる。

長文での感想は、一度もいただいたことが無い。

しかし、定期的にWeb拍手を押してくれたり、何か更新すれば一言掲示板に「新作読みました、面白かったです」と本当に一言だけだけれど書き込んでくれたり、イベントに出れば本を手に取ってくださる時に「いつも読んでます、これからも頑張って」と一言声を掛けてもらえたり。

そのひとつひとつに心から「ありがとう」と思っているし、その感謝が新たな作品を創りたい欲へとなっているし、口下手ではあるがなるべく御礼を伝えている。

頻度は多くなくとも、あたたかく手応えのある反応があるからこそ、私の同人活動は続いているのだ。

からどうか、読み手の方は好きな作者の方へ「手応えのある反応」を贈ってほしい。

それは次の作品を催促しているとかジャンルへ留めておくための手段などではなく、作者の創作魂を殺さないための支えのひとつだ。

同人活動趣味であるから、作者も読者もジャンルから離れることはあるだろうし、それを止めることなど出来ない。

だが、同じものを好きだという気持ちを共有している間は、「作品」と「手応えのある反応」を贈り合うレスポンスループ幸せなのではないかと、私はそう思う。

2018-02-03

『本にしないんですか?』が重い

注意:これはある腐女子はてな匿名ダイアリー日記を読んで、そういえばこんな事あったな……と過去モヤモヤ言語化しているだけの愚痴です!

アラサーになって、とあるカップリングにハマった。

めちゃくちゃハマった。

元々ノマカBL百合なんでも食う雑食オタで、学生時代は読み専だけどそこそこ腐ってた。

けど、就職後クソほど忙しい会社に入ったせいでめっきり二次創作からは足が遠のいていた。

だが、アラサーになって出会ったある作品、そしてそこで描かれていた二人のキャラ自分でもどうかと思うほどハマり、この二人は付き合っているに違いない、この二人の恋愛を語るのが我が使命とまで思った。

具体的に言うと、そのカップリングにハマったせいで腐女子アカウントを作って同カプの人と交流をしたり、小説を書いたり、即売会デビューキメたり、自分でも本を出すようになった。

それまでオタクだけど同人活動なんて縁遠い生活してたのが嘘みたいだなって程度にハマった。

ハマってから本を出すまで約半年

若者のような体力こそなくなってきたが、経験だけはあったアラサー特有の行動力だ。

同人イベデビューを果たした後も、私は精力的に本を出した。

一年に2〜3回イベントに参加し、100p以上の小説同人誌出版した。

同じカップリング好きな人イベントで会って話して、本を手に取ってもらうのが楽しかった。

ツイッターで萌シチュを語り、RTやふぁぼをもらったり、延々とリプを交わすのがとても楽しかった。

そんな生活が、二年ほど続いた。

ある時、イベントを終えた私は、宅配便で届いた在庫戦利品を堪能したり整理し終え、心地よい疲労感に浸りながら、いつもどおりツイッターで萌シチュを呟いた。

立て続けにリプライがついた。

『本にしないんですか?』

『その本待ってます

私が呟いたシチュエーション評価してくれている、本を買ってくれたこともあるフォロワーさんからの、好意的リプライ

そのはずなのに、泣きたくなった。

勝手な話しだけど、その時の私はこう思ったのだ。

『じゃあ私がこのシチュエーションの本を出すのに必要時間費用のすべてをあなたが持ってくれるんですか? 出した本に感想をくれたわけでもないあなたが』と。

ここで補足すると、私はそこそこ長めの同人小説を書いていた。

同人誌印刷費はページ数に比例する。印刷所にもよるが100p越えの本を100部刷るのにどう見積もっても6〜7万以上はかかる(ここ、もっと安い印刷所あったら不勉強すみません

正直、安くはない価格だ。

頒布価格を極端に安くはしているわけではないが、すべてハケてようやっとイベント参加費用等の諸経費込みでトントンになる程度。

それを年2〜3回捻出し、そのために原稿期間を設けて自由になる時間執筆に費やす執筆スピードにもよるけれど、たとえば3ヶ月で6万字書こうとしたら1ヶ月で約2万字書かないと間に合わない。一日に直すと600〜700字。とはいえ、執筆ができない日もあるからもっと偏る。

毎日仕事家事をこなしながら、空いた時間を使ってコツコツ原稿を書きためて、印刷費を稼いで……正直楽しいからやっていられた。

……それでもすべての本が売れるわけではない。

イベントの後、在庫をどうするか考えたり、次のイベント参加予定を考えたり、どうやれば印刷費を捻出できるか考えたりするうちに、私は少しずつ同人活動に疲れていたのだろう。

精力的に本を出している字書きの『こんなシチュエーション萌える!』というツイートに対してかける言葉として

『本にしないのですか?』が間違っているとは思わない。

けれど、同人活動に疲れていた私にとっては、それを受け止める気力がなかった。

『私が一回の印刷費にどれぐらいかけているかご存知ですか?』

『私がこのシチュエーション小説本を書き上げるまで、あなたはこのカップリングにハマっていてくれるんですか?』

どれも勝手な言い分だ。

けれど、偽らざる本音だった。

ここで冷静な自分

在庫を抱える程度に発行したお前が悪い』

『そうは言っても今まで交流があったからでこそ、作品を楽しみにしてくれたのでは?』

『単に言われたタイミングが悪かったんでしょ』と言う。

——正直、すべて正しいと思う。

その少し後、友人から勧められた別ジャンルに手を出して、今はそちらメインで活動している。

ツイッターpixivアカウントを作り直して、かつてそうしていたように交流二次創作を続けている。

けど、同人誌を作る予定はもうない。

『本にしないんですか?』と言われることはもうないし、本を出さなくても感想をいただくこともある、それに好きなカップリングに対して好きなだけツイートができる。

から、今の私にとってはそっちの方が楽なんだろう。

と、ここまで延々と愚痴を書いていて言うのも嘘くさいが、

別に私は『本にしないんですか?』とリプライをくれたフォロワーさんを恨んでいるわけではない。

感想をくれたわけでもないってところに関しては特に恨みがましいなぁ、とも思うが、ツイッター交流したり、本を手に取ってくれるだけで本来はありがたいものなのだ

多分同人活動への疲れがなかったら、好意好意として受け止められただろう。そこに関しては『間が悪かったですね』という感情しかないし、言い方がもっと別ならば——たとえば『そのツイートの続きもっと聞かせてください!』と言われたら喜々として語っただろう。

それに、真にもって難儀な話だが、未だに同人誌作る気力は沸かないけれど、二次創作小説書くのは大好きなのだ

ただ、期日までに原稿を作り上げ、印刷費を捻出し、さらに当日会場に出向いてスペースに立つ、という同人活動はとてもエネルギーがいることで、ふと息切れをした瞬間に今まで通り『精力的に本を出す自分』を求められた時、容易に心は折れる。当たり前に走っているように見える人も、呟かないだけで疲れているかもしれない。

から、声やリプライをかける時少しだけ『もしかたらこの人はとても疲れているかもしれない』と思って優しくしてあげてほしい。

とんだワガママだが、それで傷つく人は多分いない。

そう思うのだ。

地雷CP好きの人が私のSSを読んでいる

※長くなるし、まとまってないし、ただの独り言です


地雷、何かとツイッター学級会が始まるこのワード

この地雷という感覚を知ってしまった

私は雑食でそれもリバ厨だ

なんでもおいしい

絵柄、内容、作風、どれかにヒットすれば、いや、ヒットしなくても好きなジャンルの話なら読んでいた

地雷という言葉がはびこる世界で、地雷理解しているつもりでいた

どちらの意見

地雷です!って言う方の気持ちも、地雷地雷うるせぇー!って言う方の気持ち

私は自分中立的立ち位置でいるような気がしていた

私にも好みじゃないものがあった

だけど目に入っても手に取らないそれだけのもの、だった

そう、過去形

私は今地雷という感覚を知ってしまったのだ

とても苦しい

地雷ね、理解してると思ってた時の私は全然理解していなかった

理解しているというのはきっと理解していないことなのだと思う

その気持ちわからんわ〜という人は理解する気すらないのだからわかるわけがないし、

わかるわかるという軽いわかるだときっと10%もわかってない

例えば身内とか、友人とか真剣に寄り添いたい人への気持ちでも30%もわかってあげられない

自分が同じ立場になった時、あの時全然わかってなかったと絶望すら感じる

同じ立場の人への理解度はそれでも50%あればいいところだと思う(これは地雷以外のことでも)

から地雷地雷うるせぇー!自衛しろ!って騒いでる人たちをみるとこの人は地雷理解してないんだよな…って気持ちになる

地雷ですってぎゃんぎゃん騒いでる人の気持ちも私は理解しきれないのだけど



やっと本題に入ります

そう、私は地雷なしいや、地雷があっても反応しないという立場から地雷あり、反応してしま立場になってしまった

前のジャンルでA×B好きの人はB×Aを読むけど、B×A好きの人はA×B好きの人を先行ブロックしてるって話を聞いてゲラゲラ笑って大変だなーとか言っていたのに、地雷持ちになってしまった

その作品を好きになった最初の頃は地雷は発動していなかった

原作映画で公開されたばかりということもあり二次創作をしている人が少なかったからその作品の絵を描いてる人をツボにはいれば大抵フォローした

私はA×Bというカップリングにはまった

作品を見るたびに何度も劇場へ足を運んだ

作品評価が高まってファンが増えると劇場でのマナーの悪さが目立つようになった

まりファンマナーの悪さに劇場へ行くことをやめた、作品を嫌いになりたくなかったか

そこで出会ったマナーの悪いファンはBとCのカップリング好きな人ばかりだった(B×Cか、C×Bなのかまではわからない。あまり見ないようにしていたから)

ツイッターでえ?と思うような発言をしてる人もBとCのカップリング好きな人がおおくて私の中でモヤモヤした気持ちがうまれていった

ここで地雷が発動したのだろう

その気持ち毎日どんどん加速していく

叩かれるようなことを起こすのは大抵BとC好きの人たちだった

何か起こるたびにまたか…またBとC好きか…そんな気持ちになった

公式アンソロジーがでることになった

そのジャンル同人活動をしている商業作家の方がそこに寄稿することになった

その方はB×C好きで、でも絵が好きでフォローしていた

もともと私はアニメよりも少女漫画BL漫画が大好きでほぼのお金単行本を買うことに使っていた

商業作家が大好きだったし、同人活動するぐらいすきならきっと素敵なものを描いてくれる!と思うタイプ人間だった

だけど、B×C好きの商業作家公式仕事をすると知った時、とてつもない嫌悪感を抱いた

絶対B×C描くやん、抑えてるつもりでも心の奥底で溢れる想い無意識に出てまうもんやで

そう思った

結果やはりめちゃくちゃB×Cだった

あ〜私めちゃくちゃ地雷発動してる…くそ自分くそ…BとCが悪いわけちゃうやん…悪いのは頭のおかしファンやん…

頭ではわかっているわかっているけどどんどん嫌いになっていく

そんな中で続編決定や、雑誌SSが載ったりなど公式にも動きがあった

グッズ展開も増え、BとCはセットで売られたりすることも多くなった

BとCのカップリングジャンル大手ぐらいのカップリングになった

一方私の好きなAとBは自分でいうのも悲しいがドマイナーだった

AとBがドマイナーなのは全くもって意味がわからないが人気キャラ同士のBとCのカップリングが人気なのは仕方ないことだと思う

Cはキャラ人気1位なのだ

世間腐女子の欲を満たすように展開されていくグッズ

仕方ないとわかっていながらも、ちっと舌打ちしたい気持ちでいっぱいだった

まり供給がなかったので、自分二次創作をすることにした

自分が読みたいから書いたのだ

今まで書いたものを公開したことはなかった

自分を満たすために書いてたものだったか

だけど、待てど暮らせどpixiv投稿数は0のままであまりにも悲しくて初めてSSを人目のつく場所に公開した

そんな日々を送っていると続編の公開が決定した

そして、ユニットソングの発売も発表された


ユニットメンバーはAとBだった



歓喜した打ち震えた

マイナーと言われていたこの日々におさらばだと思った

みろ!これが逆転ホームランというやつじゃかいか!すごい!公式が味方だった!公式が味方強すぎる!!!

CはCの憧れの存在ユニットソングを歌うことになっていた

他のキャラたちのユニットも発表された

実にバラ色の人生!そう!始まるの!と思われていたがそうでもなかった

AとBの組み合わせはめちゃくちゃ貶された

顔カプ、余り物コンビ、なんであの2人?

そんな言葉が飛び交った

いやいやいや、お前ら作品みた?本気で言ってんの?

私はそんな気持ちでいっぱいだったけど、何もできないし、貶す言葉は止まらなかった

作品の中で一言言葉を交わさないし、目線も合わないキャラカップリングでさえそこそこの人気で、それこそ顔カプなのに何も言われず

体に触れ、名前を呼び合い、目線もがっつりあってるAとBが顔カプ扱い…?

意味がわからなかった

特にBとC好きの人が貶していた

顔カプ、余り物コンビ

BとCなんて同じ場所にいただけなのに

Cには恋い焦がれてる憧れの存在すらいるのに

そっちのほうが!人気キャラ同士でくっつけたそっちのほうが!顔カプじゃん!!!

悲しくて悲しくて、だけどどうしようもなかった

そっちはそっち、こっちはこっちでほっといてくれればよかったのに

AとBのカップリングを貶す人が目につけばブロックか、ミュートした

BにはCしかいないという発言にすら気持ち悪さを覚えてブロックか、ミュートした

地雷は加速し、B関連のカップリングA以外は全部嫌になって、フォローをどんどん外していったし、ミュートした

地雷があるのでA×Bしか受け入れられないともプロフィールにも書いたし、ツイッターもつぶやいた

もちろん自衛もしたミューワードだっていれた

だけど、例えば赤と青のカップリング名前が赤青だとしたら、かーあおとか伸ばし棒つけて呼び出すのでミューワードに引っかからなくて意味なかった

なんで伸ばし棒にかえんだよ

ミューワードに引っかからせろよ!!!

お前彼氏のこと「だ〜♡」とか呼ぶタイプ人間だろ絶対

そんな中で私ひっそりとSSを書いていた

いいねブックマークをしてくれる人がいる

しかった

同士がいる!!!同士がいるんだ!!!

ブックマークをしてくれる人のホームに飛んでツイッターを見に行った

しかしたら、同士なんじゃないかと、期待して

…C×B好きだった

同じことを繰り返した

わかったことは私の作品を読む人はBとCが好きな人だということ

絶望した

どうしたらいいのかわからなかった




そして続編が公開された

公式がAとBを大プッシュしていて、公式大手すがて私の心が復活した

公式背中を押してくれている

とても心強い

余り物コンビ、顔カプと呼んでいた人たちもこれには認めざる得なかったみたいで、AとBいい!という発言にかわっていった

もちろん貶したり、見なかったことにされたりもあったけど


せやろ

そう言いたくなった

でも、同人活動をする人が増えたかというと全く増えなかった

なぜ、なんで、わからん


そんな日々で私の地雷MAXは収まったけど、地雷は続いていた

私の作品を読んで感想をくれてフォローしてくれる人がでてきた

だけど、BとC好きの方だった

嬉しいけど素直に喜べないし、フォロバもできなかった

私のことをリストに入れてる人もBとC好きの方で気持ち悪くてブロ解した(この気持ち悪いという感情理解できる人とできない人がいると思う)

何度ブロ解してもリストに入れられる

そのうち諦めたのかフォローされた

ツイッター妄想を呟けばいいねされるBとC好きの方に

A×B好きを増やすためにこういうことしようかな!?と呟くと真似されるBとC好きの方に

心底気持ち悪かった

そんな日々で監督

「BとCは別に仲がいいってわけじゃなかったけど、ファンの方の意見を取り入れて絡ませました」

かいいだしたときには血吐いて死ぬかと思った

顔カプが腐女子の力で原作にまで影響を及ぼすなんて吐き気が止まらない

地雷MAXがまたきた

BとC好きで私のことフォローしてくれてる人は申し訳ないけどみんなブロ解した

鍵もかけた


時は過ぎていき、イベントたまたまB×C好きの人と仲良くなった

その人がいい人だったのでB×Cに対する嫌悪感は薄れていった

地雷MAXの時はBとCの応援カラーが並んでるだけでも吐き気をもよおしていたのに

今も地雷は続いているし、グッズ展開の媚び媚び商法を見るたびにおぇ〜って気持ちになる

だけど、だいぶまっしだ


そんな今になってこのブログを書いたのか

それは今日私の作品ブックマークをしてくれた方がいたからだ

私は前のようにブックマークしてくれた人のツイッターを見に行った


ブロックしていた、私が

地雷MAXの時によくいいねをくれる人だったと思う

フォローしてないのに鍵開けたらすぐいいねくれるから怖かったし、BとC好きだからブロックした

覚えてる

申し訳なかった

その人は私の作品評価してくれているのに、私はブロックしているのだ

なんと説明すればいいのかわからないけど、辛くなった

私が地雷もちなばかりに、もしかしたら、私の知らないところで誰かを傷つけているかもしれない

何も感じてなければいいけど、もやもやさせているかもしれないし、私がファンのせいでBとC地雷持ちになったように私のせいでA×Bを嫌いにさせてしまうかもしれないと思うと怖い

私がされた立場ならこの人地雷もちだからか〜となんとも思わないかもしれないけど、感じ方は人それぞれなわけで

ジャンル相互フォローになった人が急にB×Cの話をめちゃくちゃするようになってリツイートやら、絵も描くようになったのでそっとフォロー外したらめちゃくちゃ貶された経験もあるのでなんとも言えない

あ〜私が傷つくのはまだいいけどA×Bを嫌いになられるのはやだなぁ

アイドルユニットの中でもっとも人気のなかったCP紆余曲折をへて王道CPになって今はそのCPしか考えられないってなってるどんでん返し現実で起きたみたいにA×Bも王道CPになるって私は信じてるんだよ!!!

いや、私が傷つくのも傷つけるのも嫌だけどさ…はぁ…まとまらないし、答えが見つからない

こんな気持ちになるなら二次創作やめた方がいいのかなーとも思う

かくことは好きだからやめないけど、このジャンルをさったり、公開をやめた方がいいのではと思う

でも私がかくことをやめたら悲しむ人がいることも知ってる

好きな人たちだからしませたくない


どうやったら地雷ってなくなるのかな

地雷CP好きな人自分作品まれてるってみんなどんな気持ちでどう受け止めてるの?

逆に自分の好きなCPのこと地雷って言ってる人の作品をどんな気持ちで読んでんの?

私が地雷なしの時は自分の好きなCPのこと地雷って言われてもその人の各作品が好きだったら何にも思わず作品読んでたけど、雑食だったから強いこだわりがなかっただけなんだよな

今ならA×B地雷の人がかいた他のCPなんて絶対読めないしブロックしまくるよ

あ〜ここまで書いたけど答えが見つからない

Cが原作女の子とくっついてくれたらいいのに

AとBが原作で付き合えばいいのに

私が変われないか世界に変化してもらいたいと思うけどそんなことは無理だから私が変化するしかない

あ〜〜〜〜〜〜まとまらいから終わります

朝起きたらみーんなA×Bが好きになってメジャーCPになってねぇかなー!

anond:20180123200155

ABが好きということですが、anond:20180123200155さんはABを書いたり萌え語りをしたりしていたのでしょうか?(読み落としていたらすみません)

私もマイナーカプにはまることが多いですし、作品も公開しますが、感想がほしいからやってるんじゃありません。同士の方と萌えを共有したいからやってるんです。

感想は送らなくてもいいです、あなたはAさんに届くような形でAB作品を書いて公開しましたか?

自分も好きだと形にして叫びましたか

いくら感想をもらっても、Aさんだって描く機械じゃありません。

きっとAさんだってABが読みたかった、自分と同じようにABを描くくらいにABが好きなひとに出会いたかったんだと思います

同士がいなくて、たまに感想言われてるだけじゃむなしいです。

オリジナル作品だったら感想だけで頑張れますが、二次創作です、同人活動です。同じ好きを共有したいんです。

承認欲求が~と仰られてましたが、確かに承認欲求も満たされていたでしょうが、それだけを満たしたい人ならまずマイナーになんか手を出しません。

この手の話をすると私は下手だし、書けないしと言うかたも多いですが、Aさんだってプロじゃありませんよね?ABが好きなだけの、あなたと同じ一般人ですよね?

それなら当然、Aさんだって他のひとが書いたABを読みたかったはずです。

同人仕事じゃないんです。下手だって良いんです。少なくとも、マイナーに今はまって描いてる私はそうです。毎日自分の好きなカプが増えないか探して、増えないか自分が描いてるだけです。

もしanond:20180123200155さんがABを書いたりしてたなら、ごめんなさい。この記事無意味ですね。

けど、同人イベントお客様がいないのと同じ。同人活動書き手読み手本来いるべきではないと思うんです。好きをぶつけあうものだと思うんです。好きなら叫んでください、いまならツイッターでもpixivでもなんでもあります

昔Aさんがしていたように、作品をアップして、萌えツイートしてください。

下手とか上手いは関係ありません。

あなたがAB好きならするべきだと私は思います

同人活動やめようかな、という迷いの話

同人活動やめようかな、という迷いの話

タイトルも含めて、とりとめなく自分同人活動を振り返ったり脱線したりするだけの話です。

ありきたりな前置きですが本当にまっとうな思考人間による文章ではありません。

同人活動をしている、平々凡々な人間のよしなしごとです。

二次創作世界を知ってから16,7年が経つ。

小中学生の頃は、好きな作品に触発されながら、毎日のようにノートコピー用紙に絵を描いていた。多いときは週に10作品以上ビデオ録画をしてアニメを観て、絵を描いていた。

当時SNSがあったのか知らないけれど(それこそ2chしか記憶がないし、2chSNSではない)、とにかく今のようにSNSが当たり前の時代ではなく、また家族にも友人にも、誰にも披露するわけでもないのにアニメ感想ゲームレポをイラスト付きでたくさんかいていた。多少、「アニメディア」や「ファンロード」の影響があった。

はじめて二次創作の本らしきものを作ったのは中学2年の頃だった。鉛筆で描いた漫画コピー用紙印刷して、ホチキスで留めただけのもので、しかも複製せず一冊しか作らなかった。

次に本を作ったのは高校1年の頃で、友人3人と合同誌を作った。その時はペン入れしたりトーンも使ったりしてアナログ原稿を作った。オンデマンド印刷本だった。はじめてイベントに出て本やラミカ頒布した。

ほぼ同時に、その頃から徐々に界隈に広がりはじめたデジタル原稿にも挑戦して、これもオンデマンド印刷ではじめての個人誌を作った。

どちらも、自分漫画ネタ作画も本当に拙くて酷かったのを覚えている。

漫画を描くのは普通にイラストを描くよりも、何倍も難しかった。

それからしばらく受験や何やらで忙しくなって、本は出さなかった。暇を作ってはイラストを描いたり、鉛筆描きの短い漫画くらいは描いていた。

高校卒業したあたりからpixivTwitterを始めて、二次創作世界を広がりを感じた。自分pixivにらくがき程度のものを少量しかアップせず、ほとんど見る専と言ってもよかった。

大学生になり、大きなジャンルにハマって、描く量が一気に増えた。人生最大級に大きなハマりっぷりで、グッズにも相当お金を使ったし、それまであまり買っていなかった同人誌もたくさん買うようになった。大学生時間もあったのか、熱に浮かされたようにずっとそのジャンルのことを考えていたし、ずっと絵を描いていた。Twitter二次創作アカウントも作り、大学2年か3年のあたりだったか、ついにそのジャンルで本を出し始め、イベントにも出はじめた。

大学院に入ってからは、1年目はびっくりするほどイベントに出ていた。2~3ヵ月に一度はイベントに出ていた。これは自分にとっては驚くべき頻度だった。ジャンルがとても盛り上がっていたこと、また院生研究生活がわりと孤独だったことも大きな要因だったと思う。いろいろなご縁をいただいて、アンソロジー寄稿させていただくことも何度かあった。

この頃——というよりずっと昔からだったが、自分は本当に締切が守れない人間だった。個人誌についてはそれが顕著で、新刊を落とすか、割増入稿をするか、常に二択だった。

ただ本当にだらしないせいだと思うけれど、病気か?と本気で疑いたくなるくらい、ギリギリになるまで原稿に手をつけなかった。心を改めるどころか、年々それは酷くなっていった。

さすがに研究論文執筆が佳境を迎えたころは同人活動を控え、修了までの1年間は本を出さなかった。イラストはたくさん描いていたけれど。

社会人になってから、以前よりずっと絵を描く時間が減った。社会人になってから同人活動は大変だと聞いてはいものの、身にしみてそれを感じた。社会人1,2年目は本は出せないだろうな、と学生を終える前にも思っていたけれど、いざその状況になってみると、それでも本を出したい、という思いが湧いてきた。同人活動をしばらく抑えていた反動だった。

久々に本を出した。……酷かった。

全然時間が足りず、というよりは原稿計画がしっかりしておらず、後半の作画は目も当てられなかった。ストーリーも読み返すと良くなかった。

かなり、後悔した。

それでも買ってくれる人や、感想を送ってくれる人がいて、とても励みになったし、次は頑張ろうと思った。

わりと昔から自分作品を貶したくなる癖があった。癖というか、実際本当に、自分は話作りが下手だったし、それを補うほどの努力もできていなかった。

それでも、見てくれる人、買ってくれる人がいる中で自分作品を貶すのは失礼だと思って、なんとかこらえてきた。

また新しい本を出した。

……前よりもっと、酷かった。

あんなに前回後悔したのに、まるで活かされていない。反省できていない。明らかに時間をかけられなかった。努力できなかった。

イベントから日が経つほど心は冷え冷えとしてきて、多少通販もしたが、これ以上世に出すのが耐えられない、と感じて、早々に打ち切った。

最低限、きちんとした本——手抜きせず、自分が納得できるもの——を出すことができなくて、自分所業ながらただただショックだった。

「何がなんでも出さなきゃ」、という思いだけがまりに強かった。

納得できないならどうして無理矢理出してしまったのか。落とす、という選択肢はなかったのか。いつもすべて過ぎてから、後悔が襲ってくる。

今はかなりマイナーCPを描いていて、こんな自堕落ぶりで同じ界隈の人にも申し訳なくなったし、自意識過剰かもしれないけれど、CPイメージが悪くなるのではないかとまで思っている。それでもまだ、好きだから描きたいという思いはある。

しばらく、休んだほうがいいんじゃないかと自分でも思う。実質最近は大きな仕事を任されていて、同人活動は休止状態に近い。

でも今までの休止期間以上に極端に絵を描かなくなっていて、それが少し怖い。

もしこのまま、絵が描けなくなってしまったらと思うと、漠然とした不安が頭を埋める。

絵を描くこと、同人活動をすることは、自分人生においていつの間にかとても大事なことになっていた。10年くらい前は、なんとなくいつかは絵を描くこと、同人活動をやめる日が来るんじゃないかなと思っていた。「こういう職に就いてこういうことをしたい、それに打ち込みたい」と、自分創作とは関係しない夢を当時は持っていて、同人活動時間自然に淘汰されるのだろうという予感があった。けれど今になって、これからもしばらく同人活動を続けていきたいと思ったし、その終わりが見えてしまうのが怖くなった。

同人活動趣味に過ぎないと思う。つらいなら、できないなら、やめてしまえばいいと思う。

休止じゃなくて、……本当にもうやめてしまおうか?

そう思う時もある。でもそれがやっぱり怖い。

自分の不甲斐なさで好きだったことがつらくなって、自滅以外のなにものでもなくて、本当に馬鹿だなあと思う。

いい年になりつつあるが、浮いた話もとくにない。結婚というのも、同人活動をやめるきっかけとしてよくあることなのだろうか。知り合いでは結婚しても同人活動してる人がたくさんいるけれど。

仕事をして、日々が、月が、年が過ぎていく。仕事は嫌いではなく、むしろ好きだ。でも絵を描かない日々は、少しずつ自分の心を色褪せさせている気がする。

これからどうするかは、まだ決められていない。

同人活動続けようよ、あなた作品は素敵だよ」と言ってくれる人よりも、「あなた作品はこういうところがダメ活動姿勢ダメ。改められないなら、つらいならやめてしまえば?」と言いきってくれる人がほしい。

でもそれも独りよがりで、続けるきっかけ、またはやめるきっかけが他人からほしいだけなのだ自分で思う。方向はどうあれ、背中を押すか蹴るかしてほしいだけなんだと思う。

よしなしごとは、以上です。

弱気なこと、不安なことを言える機会がなかったので、ついここにしたためてしまいました。

読んでくださりありがとうございます

anond:20180203105116

そもそもある原作同人活動をしている(同人イベントに行く)からといってその原作が好きである証明にはならないんだよ。

ただ単純に自分を受け入れてくれる雰囲気の良い同人ジャンルコミュニティを求めているだけである可能性はある。

原作なんてどうでもいい」とまでは言わないけれど、「同人活動原作のものよりも、同人友達との盛り上がる会話が楽しみ」みたいな表現をすると、思い当たる人が意外に多いのでは?

ここ十年くらいで増加した新世オタクは、そういう意味ではコミュである割合が多い。良い悪いではなく、そういう需要の仕方が可能になるほどオタク趣味一般化したんだよ。

2018-02-02

anond:20180202220421

気持ちはわかる。

でもその場合あなた承認欲求を満たしてくれるのは同人活動ではない気がする。

他に誰もやってなくて自分が満たされるものを見つけるという方法もある。

とりあえず文でも絵でもかいてみたら?

やってみて人から反応をもらえたら、次に進めるかもよ。

結婚してから同人活動を始めた話

平成生まれ、今までずっとROM専だった私が、結婚してから同人活動を始めたらとんでもなく楽しいっていう話。

腐女子になったのは小学生だったかな?きっかけは従兄弟に読ませてもらった某少年漫画web二次創作小説。今までそんな世界があることを知らなかった私はそれはもうのめり込んだ。だって今まで原作しか語られなかった好きなキャラの、過去未来やifが読めるなんて!元々本を読むのが好きだったのもあって、好きな作品のありとあらゆる小説を、漫画を、BLオールキャラギャグも夢も読みまくった。

ただ、きっかけがwebだったから、イベント存在なんか知らなくて、もちろん二次創作雑誌も知らなくて、リンクやサーチを廻ってはROMするだけの毎日。周りの友達にそういう話は一切しなかったから、感想などをいう人もいないし、自分二次創作もしないし、ただただ読むだけの受け手だった。

ROM専だったのは、自分の知らない物語を読むのが好き、から入ったせいで完全雑食なのも理由だと思う。本当に駄目なものがなくて、周りには沢山の知らないお話があって、それだけで満たされていたから。自分創作する必要がなかった。

そんな私が、とあるジャンル出会って一変してしまった。

もうどうしても感想とかを言いたくて、ツイッター垢をとって。そこからイラストを描きはじめて。ツイッターでみんな即売会の話をしてるから興味を持って。

実際行ったら私の知らない世界だった。みんなとってもキラキラしてた。熱気が凄かった。一体感があった。みんなの好きが溢れてて、テンションマックスになって、思わず涙ぐんでしまった。

スポーツとかで感動した時とか、心臓破裂しそうになってドキドキして、涙が出そうになるときあるじゃん?あれと同じだった。本当に凄かった。みんな、こんな楽しい空間を知ってたのか!!って思った。

一度その空気を味わったらもう駄目だった。向こう側の空気も知りたくなった。一般参加でこんなに最高の空間なら、サークル参加してしまったらどうなるんだろう?って。気がついたらサークル申し込みをしていた。

サークル参加するからには、なんとしてでも本を出したかった。スペースの上に本があるのに憧れたから。全然慣れないイラストで、人生ではじめての入稿をした。

最近はいいよね、知りたいことは大抵ネットに載ってるから同人友達がいなくても、気軽に聞ける人がいなくても、自分だけでなんとかなるもの

当日。

3人の人が本を買ってくれた。まさかだった。実はジャンル大手CPなので他に沢山の素晴らしい作品があったから、お世辞にも上手いとは言えないイラスト本(愛と気持ちは込めたけど)に出すお金は余るとは思えなかったから。だって凄くない?沢山あるスペの中で、沢山ある本の中で、限りある予算の中で、私の本を買ってくれるなんて!!って。3人だよ3人。凄い。

他にもハンドメイドグッズを出してたんだけど、わざわざお品書きを印刷して買いに来てくれた方とか、通りすぎようとして戻ってきて買ってくれた方とかいて。本当になんかもうサークル参加してよかった、って思った。

買ってもらえたとき、買わなくても立ち止まって見てくれたとき、もう心臓バクバクで。例えるならスポーツで一発逆転大チャンスのときみたいな興奮で。これは病みつきになってしまう、って思った。

同人誌出したら、出さなかった頃の側にはもう二度と戻れない、って言われる理由がわかった。

誰にも買ってもらえなくても、全然気にしないつもりだったから余計にそう思ったのかもしれない。

このジャンルにはまるまではROM専だったから、イラストなんか描いてなかったし、お世辞にも上手いとは言えない絵で。

ただ大きなジャンルからサンプルはまあまあの人に見てもらえたんだよね。それだけでもテンション上がってて、もう満足だった。

沢山の人に見て欲しいとか、勿論承認欲求もある。でも元々ROM専から感想もらえたらラッキーぐらいのテンションだったし。サークル参加空気を吸いたかっただけで参加したから。

ももう私は知ってしまった、他人自分創作物認識してもらう快感を。手にとってもらえる感動を。イベント空気を。参加者の一体感を。あれはシャブだね。本当にすごい。死ぬほど楽しいやばい。語彙力がないけど本当に本当に筆舌に尽くしがたいものがある。

ここまで書いて結婚のけの字も出してないことに気づいてしまった。

同人活動にはまるのに年齢は関係ないし、遅くてもすごく楽しんでるよ、って世の中に言いたい。私は今毎日楽しいし、次どうしよう、って何を描こう、って思ってる。

勿論パートナー理解があるからこそ楽しめてる、っていうのはあるけど、結婚してるから、って思わなくていいよ、って言いたい。

自分の好きなものを作る同人活動は最高だし、ハッピーだし、きっと私は一生抜け出せない。

何者にもなれないと思うとつらい

きっと何者にもなれないお前たちに告げる

と言う某アニメ流行った時に、そのセリフ自分のことを言っているようでドキッとした。

以来、自分は何者にもなれないのではないかと思うと眠れない日がある。

から特別得意なことがない。頭が良いわけでもスポーツができるわけでもない。どちらも相応の努力をしてこなかったから当たり前だが。

大人になってからはじめた趣味同人活動はいくら努力をしても、努力の仕方が的外れなのか話題にも上がらないような小規模サークルあくまでも趣味からいいのかもしれないが、これもきっと誰の記憶にも残らず、自分は何者にもなれないのだろう。

この先なにかをして認められる日は来るのだろうか。求められる日は来るのだろうか。自分は誰の記憶にも残らないのではないか想像するだけで怖くて仕方ない。

なにをすればこの気持ちが満たされるのか、他の人は怖くて怖くて仕方ないことがあるのか知りたいが聞いたことがない。

こんなネガティヴな話を聞かせたくないし、そう思っているなんて知られたくない。

増田があって良かった。聞いてくれてありがとう増田

同人用語リバの概念は何処へ

以下はクソ腐女子によるクソ腐女子愚痴である。日々包丁を振り回すようなクソ腐女子から当然BLの話になる。

最近、「突っ込んでいないなら逆もいける」というツイートをしている腐女子を見かける。それ、逆はいけてないんじゃない?と疑問に思う。

それなら最初からA×Bしか読めませんって言えばいいのにA×B×Aが好きですと自称し、創作物タグにも両方つける有様。

AとBがジャンケンでその日の上下決めていますよっていうなら納得した。だが、彼女たち腐女子の中ではそうではないのだ。A×Bが好きだけど、挿入さえなければB×AもA×Bとして読むことができると言っているのだ。それを素直に言わずに「B×Aも好きです〜」と言うところが腹立たしい。

B×Aが好きな私としては怒り狂ってお前らに読ませるB×Aはない!とBがAに挿入してる作品を書き殴った。いつもよりブクマ数は少ない。似非リバ勢を追い払ったのだ。そう思うととても満足した。

しかしA×CやA×Dにも同じような腐女子たちが生息している。この世は地獄か……。すべて駆逐しなければ満足出来ない。

A受けは彼女らの好きなカップリングよりも作品数が少ない。自カプの方が多いのだからそっちだけで満足してろよ!という憎しみをこめながら私は今日同人活動を続ける。

声優ってなんかちょっとアレな人多いの?

ジュニアアイドル地下アイドル・個撮・AV出演・リスカ

なんなんだ 

コスプレイヤー同人活動趣味として全然ありだと思うけど

2018-02-01

Entyで金稼いでる同人作家クズ

同人活動の「あくまファン活動であって利益目的ではない」という建前は様々な二次創作利益を生み出すサイトシステムでとっくに破壊されてるけどなんでほとんど言及されないの?

具体的には同人活動の要である同人誌、Entyやfantia、DLsite同人CG集なんかもそう。

もはや「ファン活動」なんかじゃなくて「商売」になってるよ。

別にそれならそれでいいけど、漫画村とかdropbooksが批判やり玉に上がったときにしゃしゃり出てくるなよ。

他人著作物利益をあげてる奴が偉そうにクリエイター面して批判するんじゃないよ。(アニメキャプ貼ったりしてるやつも同じだぞ)

大体そういうやつらは「同人活動利益に与してる黙認されてるから良いんだ」っつってふんぞり返ってるけど、んなもんお前らが言うことじゃねえし、黙ってることを余儀なくされてるだけで認めてないケースがあることだって想像に難くないだろ。

エロコンテンツからって脳死擁護する馬鹿も同罪だよ。

二次創作著作権著作者権利は別々に存在してるというのは理解してるし、真っ当なクリエイターに金が渡るシステムが構築されてきてるのは良いことだと思うよ。

でもそれ以上に、patronサイト同人販売サイトを見ると公式許可されてないコンテンツをダシに金儲けをしてる奴が多くて辟易するよ。

何もかも有耶無耶にされてる現状が我慢ならない。マジでコミケなんて一回潰れたほうがいいんじゃないかとさえ思う。

いやそんなことにならなくても、一回なにか、一度壁にぶち当たって欲しい。

2018-01-30

同人の話

五年前同人活動してた

男性向けアニメ一般

 

わたしジャンルオンリーワン百合CPで本出してた

しばらくして同じCPを好きだというすごい精力的な人がでてきた

嬉しくて、その人が描いてくれるその百合CPが楽しみだった

誰かが描いてくれる、しかも精力的に、ということで、自分はパタッと描くのをやめた

結果今はその人が再びジャンルオンリーワンとなった百合CPを描いている

五年経ってもまだ描いてくれている

自分同人やめて他のもっとやりたいことやってる

あの人が出てきてくれなかったら今も同人やってたかもしれない

ありがとう

絵が下手だった私が結局最後まで残った

絵を描くのを諦めきれずに戻ってきた人の記事をみたけど自分は逆だったなって思ってぼんやりこれを書いてる。

自分物心つく頃から絵を描くのが好きで、コミュニケーションの一部だった。

残念な事に下手な部類に入る画力をしていた。

ただ描くのだけはめちゃくちゃ好きで、暇さえあれば何かしら描いてた。

小学校中学校では私よりも何倍も絵が上手い子がたくさんいて

将来漫画家目指してる子や、同人活動バリバリやってる子や、学校ポスターしおりの表紙常にを描いてる子とかが居た。

周りのオタク友達も皆絵がうまかった。

そんな中私はルーズリーフシャーマンキング稚拙ファンアートV系歌詞を書き綴る日々を送っていた。

同人作家に憧れて、コンビニで身内用にペーパー作ってコピーしたり、サイトキリ番狙ってアイコン描いてもらったり、マウスお絵かきBBSに絵とか描いてたりした

その後私は高校に進んでもルーズリーフに絵を描き続け、ひょんなことから美大受験に挑戦し実力差に揉まれ志望校に引っかから地方芸大へ、そこではじめた同人活動ヘタレなりにコピー本を作ったりして、紆余曲折経て絵を見るのが好きだからソシャゲイラスト下請け会社事務をしている。

数年前に当時の友達に久々にあったら皆もう絵を描いてなかった。

最近当時好きだったサイトを見たけどもうあんまり絵を描いてなかった。

私だけ、ルーズリーフに絵を描くのが大好きな中学生で止まってた。

あの時一番下手だった私が最後まで絵を描いてる。

未だにデッサン狂ってるし、出張編集部もってったら判定ボロクソだったし、超絶画力が溢れる昨今の同人界で全然下手なんだけどさ。

心無い言葉も言われたり残念な扱いうけたり未だにあるし、結構面と向かって下手って言われるけどさ。

本当はうまいけど下手って言われすぎたか自分にかけた呪いなのかもってちょっと思ったりもするけどさ(いやでも下手だな…)

なんか描いてると楽しい

何描いてても楽しい

多分可能な限りずっと描いてる。

上手い絵みると嫉妬するけど私もなんか描きたくなる。

下手な私になんでそんなメンタルつけたんだろ神様

私にはすぎたものじゃありませんか、これ。

下手なりに、自慢なんだけど去年は今まで頑張った成果が形になった一年だったと思う。

フォロワーは1万人を超えた。はじめていいね1万いった。仕事では憧れの作品に関わることが出来た。大型ジャンルコミケ誕席2回目。

昔絵が下手でアンソロハブられたから今度は自分主催した。勿論公募制だ。愛があれば誰でもウェルカム

今年は背景とむきむきの男性キャラもっとましに描けるように頑張りたいな。

もうすぐ30近いしいつかは絵を描かなくなるのかなとか思うけど、当分はまだメンタル中学生のままな気がする。

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