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はてなキーワード: 話し手とは

2017-11-09

言語進化~ウホウ理論

この間寝る前に、

言葉ってどう生まれたのだろう?

ふと考えて行き着いた答えが、

言葉聞き手からまれ

だった。

原人AとBがたまたまバイブスが合って共に行動するようになり、狩りで捕った肉や魚を一緒に食べる時、問題が発生する。

Aは植物の葉で包んで蒸し焼きにするのが好き。

Bは直火で焼くのが好き。

しかしお互いに言語を持っていないので、ウホウホ主張するだけで中々意思疎通が取れない。

この段階でどちらかがキレて「ウホウ!!」って相手をぶっ殺すことがきっと何万回もあったと思う。

そんな中で生まれた聡明な原人Aは、

相手は何かを主張している」

とBのことを考えて、最初言葉ではなく木の枝とかで地面に何を描いて意思疎通をとろうとしたのでは?と個人的に考えた。

そうやってAはBの主張をどんどん汲み取って、簡単記号を作り出し、それが発展してようやく言葉になったのだろうと!

とここまで考えて実際はどうなんだろうとウィキペディア(これから本借りて調べてみるからね)を見たら!!驚愕!!

言語起源

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%80%E8%AA%9E%E3%81%AE%E8%B5%B7%E6%BA%90

ここに書かれていたのが、「連続理論」と「不連続理論」。

連続理論

言語は複雑なので何もない所から急に完全な形で言語が現れるのを想像することはできないという考えに基づいている。

言語は、私たち祖先霊長類の間で言語に先立つ前-言語的体系から発展してきたに違いない、とされる。

と、つまり徐々に進化したと。つまり自分が考えたウホウ理論はこれに分類される。

不連続理論

逆の考え、つまり言語は他に類のない特徴なのでヒト以外の動物の特徴と比較することはできないし、

そのため人間進化過程で全く突然に表れたに違いない、という考えに基づいている。

ん?ちょっとよくわからない。

ちなみに、

もう一つの異なる理論は、言語が概して一般的符号化された生来能力であると大抵みなしている前二者と違い、言語を主に文化的な、つまり社会的交流を通じて習得される体系だとみなす

あれ。自分のウホウ理論はこっちの方が近い?


とにかく、意外にも言語がどう進化たかが分かっていなく驚いたし、不連続理論のぶっ飛びっぷりといったら。

ノーム・チョムスキー不連続理論の卓越した唱道者だが、この問題に関して彼は同僚たちの中で孤立している。

ほうほう。

約十万年前に言語機能(心―脳の構成要素)が「瞬間的に」「完全」もしくは「ほぼ完全」

な形で出現するような進化の一度きりの突然変異霊長類の一個体に起こった、と彼は主張している。

?!

続いて哲学的主張が手短に行われた。

まず、進化について知られている者から:一個体における偶発的な遺伝的変化によって種のいかなる生物学的変化も起こり、

そうした変化が交配可能集団内で広がっていく。

第二に、言語理論計算機観点から:求められる唯一の能力は心の再帰データ構造(いわゆる離散的無限性質

人の心に特異的に表れる)を構成・処理する認知能力である

ヒトの心に離散的無限という性質付与するこの遺伝的変化は(Nを定数として)

Nまで数え上げることができるなら無限に数え上げることができる(つまり、Nまで構成できるならN+1構成できる)ことになる、

チョムスキーは主張している。

チョムスキーもうちょっとわかりやすくおねがい

言語の発生はヒトの先史時代にまで遡るので、関連する発展は歴史的痕跡を残していない。

今日同等の過程を観察するのも不可能である

記載があるように、なんか凄い仮説ばっかだったこのページ。

証拠全然無いんだね。

そしてこのウィキのページ長ぇぇぇぇええ!!

素人簡単に踏み込んでいい領域ではなかった。

でも気になるよね。

というか普通に考えてウホウ理論なのでは?

ジェスチャー理論

ジェスチャー理論では、簡素コミュニケーションに使われたジェスチャーからヒトの言語が発展したとされる。

ジェスチャー理論重要問題は、なぜ音声言語への移行が起こったのかである。さまざまな説明提案された:

ヒトの祖先はどんどん多くの道具を使うようになっていった。

それらの道具に手が占拠されたのでもはやジェスチャーを行う余裕がなくなった[98]。

手でジェスチャーを行うには話し手聞き手が互いに見合うことが要求される。

例えば夜や、葉によって視界が遮られているときなど、多くの状況では視覚的なコンタクトを取らずにコミュニケーションを行う必要がある。

うん。ウホウ理論はこれに含まれるね。

なので自分はとりあえずジェスチャー理論を支持します。

時間がある時に本を読んで調べてみるかなー。

2017-11-02

今日海外ドラマくそ翻訳

三塁手(さんるいしゅ)の選手が~」

”さんるいしゅ”なんて日常で言うか?普通サード”と言うだろう。


チェス友を失いたくない」

字幕ではチェス相手を失いたくないと書いてあるが日本語吹き替えではチェス友に。話し手ニューヨークを仕切る犯罪組織ボス

キャラに合わねーしそもそも日本チェス友なんて単語言わねーよ!!!ノリで訳すな!


小口(こぐち)の金が~」

字幕では少額の金と書いてあるが日本語吹き替えでは小口の金に。なんだよこぐちって。小口の金って普通言うのか?



自分の無教養なのか翻訳が下手なのかわからなくなる。

2017-09-01

芥川龍之介文豪たちが記録した関東大震災朝鮮人虐殺

[PDF]関東大震災文豪 - 成蹊大学図書館の展示から -

http://repository.seikei.ac.jp/dspace/bitstream/10928/526/1/kokubun-47_56-86.pdf

 

ブコメ経由で知った論文だが、あまり目立ってなかったので引用しておく。「関東大震災朝鮮人虐殺」とは別に朝鮮人けが殺害されたわけではなくて、「朝鮮人と間違われる」などして多くの日本人中国人殺害されていることは覚えておきたい。

 

芥川龍之介

僕は善良なる市民であるしかし僕の所見によれば、菊池寛はこの資格に乏しい。…菊池雑談を交換してゐた。…その内に僕は大火の原因は○○○○○○○○さうだと云つた。すると菊池は眉を挙げながら、「嘘だよ、君」と一喝した。…しかし次手にもう一度、何でも○○○○はボルシェヴィツキの手先ださうだと云つた。菊池は今度も眉を挙げると、「嘘さ、君、そんなことは」と叱りつけた。…

 再び僕の所見によれば、善良なる市民と云ふものボルシェヴィツキと○○○○との陰謀存在を信ずるものである。もし萬一信じられぬ場合は、少くとも信じてゐるらしい顔つきを装はねばならぬものである。けれども野蛮なる菊池寛は信じもしなければ信じる真似もしない。これは完全に善良なる市民資格放棄したと見るべきである。善良なる市民たると同時に勇敢なる自警団の一員たる僕は菊池の為に惜まざるを得ない。

(〇〇は言論統制時代伏字にされた「不逞朝鮮人」などの言葉。これはデマに踊らされた「善良なる市民」への芥川龍之介ならではの皮肉文章

 

菊池寛

 ××を持つて、合言葉を使ふなどと云ふことは、大正の世にあるまじき事と思つてゐたが、震災後四五日の間は、私も××を手にして、合言葉を使つて、警戒に当つた。

 

広津和郎

 あの震災に関聯して、今思い出しても日本人として堪らない気持ちのするのは、各地に起った例の鮮人騒ぎである。…とにかく鮮人に対して、あの時日本人の行ったことは、これは何とも弁解のしようのない野蛮至極のものであった。ああ云う場合、この国の人間には、野蛮人の血が流れているのではないかという気がする。…

朝鮮人が来ますと言われて)私は、

「そんな莫迦な話があるものか。鮮人地震予知していたわけではあるまいし、何処で勢揃いし、何処からやって来るというのだ。…そんなことは絶対に考えられないよ。僕はこれから寝るから、ほんとうに鮮人が来たら起こしてくれ。」…と云って、人々を安心させるために、畳の上にひっくり返ったら、実際に眠ってしまった。

寺田寅彦

 井戸に毒を入れるとか、爆弾を投げるとかさまざまな浮説が聞こえてくる。こんな場末の町へまでも荒らして歩くためには一体何千キロ毒薬、何万キロ爆弾が入るであろうか、そういう目の子勘定だけからでもじぶんにはその話は信ぜられなかった。

 

佐多稲子

ラララ、と聞こえる高い叫び声は朝鮮語らしく聞こえる。竹刀でも激しく打ち合うような音も聞こえる。朝鮮人がこの大動乱に乗じて暴動を起こしたという筋書を疑う力もないから、空地の周囲の叫び声や、打ち合うもの音を、朝鮮人との戦いなのだ、と私は思っていた。…

 私はこのときのことをおもい出すたびに、同じ長屋で親しくしていたひとりのおかみさんの言った言葉を同時におもい出す。…長屋のものが半壊のわが家のまわりに寄り合ったとき、ひとりが自分のゆうべの恐ろしかった経験を話し出した。話し手彼女は、一晩中朝鮮人に追いかけられて逃げて歩いた、というのだ。それを聞いたとき興行師のおかみさんは、利口にその話を訂正した。彼女はこう言ったのである朝鮮人暴動を起こしたなんていったって、ここは日本土地なんだから朝鮮人よりも日本人の数の方が多いにきまっている。

朝鮮人に追いかけられたとおもっていたのは、追われる朝鮮人のその前方にあんたがいたのだ。逃げて走る朝鮮人の前を、あんたは自分が追われるとおもって走っていたにすぎない、と。

 私はこの訂正を聞いたとき、強いショックでうなずき、かねてのこの人への尊敬をいっそう強くした。…貧しい興行師のこの妻のような怜悧で正しい判断は、あの当時住民の多くは持ち得なかった。政府の流した蜚語は、大地震という自然の脅威におののいている住民の、異常な神経を煽った。

 

志賀直哉

 東京では朝鮮人が暴れ廻つてゐるといふやうな噂を聞く。が自分は信じなかつた。

 松井田で、警官二三人に弥次馬十人余りで一人の朝鮮人を追ひかけるのを見た。

 「殺した」直ぐ引返して来た一人が車窓の下でこんなにいつたが、余りに簡単すぎた。今もそれは半信半疑だ。…

丁度自分の前で、自転車で来た若者と刺子を着た若者とが落ち合ひ、二人は友達らしく立話を始めた。…

「―鮮人が裏へ廻つたてんで、直ぐ日本刀を持つて追ひかけると、それが鮮人でねえんだ」…「然しかう云ふ時でもなけりやあ、人間は殺せねえと思つたから、到頭やつちやつたよ」二人は笑つてゐる。

 

江口

汽車内で足を踏んだ踏まないの騒ぎが始まって)

 喧嘩はしばらく続いていた。すると在郷軍人らしい方が、…突然座席へ突っ立ち上がった。

諸君、こいつは鮮人だぞ。太い奴だ。こんな所へもぐり込んでやがって」…

「おら鮮人だねえ。鮮人だねえ」

 …時どき脅えきったその男の声が聞こえた。しか相手がおろおろすればするほど、みんなの疑いを増し興奮を烈しくするばかりだった。(その男は次の駅で引きずりおろされ)物凄いほど鉄拳の雨を浴びた。

「おい。そんな事よせ。よせ日本人だ。日本人だ。」

私は思わずから首を出してこう叫んだ。側にいた二三の人もやはり同じようなことを怒鳴った。…こうして人の雪崩にもまれながら改札口の彼方にきえて行ったその日本人の後姿をいまだに忘れる事はできない。私には、一箇月ほどたった後に埼玉県下に於ける虐殺事件公表された時、あの男も一緒に殺されたとしか思えなかった。そして無防御の少数者を多数の武器と力で得々として虐殺した勇敢にして忠実なる「大和魂」に対して、否、それまでにしなければ承知のできないほど無条件に興奮したがる「大和魂」に対して、心から侮蔑憎悪とを感じないわけにいかなかった。ことに、その蒙昧と卑劣と無節制とに対して。

 

山田耕作の話

 急いで東京へ帰らうとして、先ず護身用のピストルを買つた。それを何かに包んで、ルツクザツクの奥深く納めた。…

 甲府を出てからのことであつた。

 車中に興奮のあまり気の変になつた学生があつた。

 学生の目には、車中の誰も彼もが○○に見えた。学生は車中の総ての人に荷物検査を迫つた。

 耕作君の袋の中にはピストルがある。…若し、それを見られたら、自分は殺されると思つた。

 耕作君は終に立ち上がつて演説した。(荷物検査をするなら陸軍出張所に行くように説得し、みんなの賛成を得る。)

 耕作君はほつとした。

「実際、もうお終ひかと思つた」と、耕作君は幾度も言つた。

 

関東大震災下で起きた亀戸事件殺害された平沢計七の匿名追悼文

震災の2日後に平沢警察連行され、その翌日、著者が石油と薪を運ぶ巡査と会った時の回想)

石油と薪を積んで何処へ行くのです。」

「殺した人間を焼きに行くのだよ。」…

「昨夜は人殺し徹夜までさせられちゃった。三百二十人も殺した。外国人亀戸管内に視察に来るので、今日急いで焼いてしまうのだよ。」

「皆鮮人ですか。」

「いや、中には七八人社会主義者はいっているよ。」

(そこで、著者はその死体のある場所を教えてもらい、そこへ向かう。)

そこに二三百の鮮人支那人らしい死骸が投げ出されていた。

 自分は一眼見てその凄惨な有様に度肝をぬかれてしまった。自分の目はどす黒い血の色や、灰色の死人の顔を見て、一時にくらむような気がした。涙が出て仕方がなかった。…

 その時私はいつも平沢君のはいていた一足の靴が寂しそうに地上にころげているのを見た。

 

宮地嘉六(警察火事場泥棒容疑で連行された)

「全体どういふ理由自分はこんな目に…あんまり幸福ありすたからだらうか…然し自分生活はそれほど幸福ではなかつた筈である…」

(同房の男は好きなもの一つ食べずに貯めこんだお金火事場泥棒と間違えられて取り上げられてしまった。)

「あゝ口惜しい…。ほんとに好きなドラ焼き一つ喰はず辛抱したんだ。浅草から逃げて来る時も五銭の西瓜一切喰べるのをこらへて来たんだ。あゝ口惜しい…」彼はわんわん泣き叫んだ。

(そして、取り調べのないまま 4 日目を迎える。)

 四日目の昼めしには梅干の代りに蒟蒻一切を得た。その蒟蒻一切はまぐろ

刺身のやうだつた。噫天意 !!

2017-06-24

日本語の語尾について

「This is a pen」は日本語で「これはペンです」だが、「これはペンだぞ」でも「これはペンですのよ」でも「これはペンでござる」でも意味合い的には正しい

ただし語尾の違いによって男性的、(やや古めの)女性的、侍っぽく感じたりと、印象が変わってくる

これは日本語の語尾の働きだが、英語にはこのような「意味合いは変わらないが話し手性格人格が見えてくる言葉」はあるのだろうか

スラングがそれに当たるのかとも思ったが、スラング日本語にもあるのでそこはイコールにならない気もする

また、このような日本語の語尾の働きをするフレーズがある言語は他にあるのだろうか

気になって夜も眠れませんわ

2017-05-17

いい加減、カタカナ語はやめようぜ

もうさあ、何言っているのかわからないというか、無益じゃん、カタカナ語って。

西洋由来のものカタカナ語にするのならわかる。インターネットとか、スマートフォンとか、パソコンとか。

でも、グロース戦略とか、エビデンスとか、なんとかビリティー系とかなんなん??

ひどい奴は動詞までもカタカナに直して使ってて本当呆れる。何がスポイルするだ。

日本語ってこんなことにまでカタカナ語使わなきゃいけないぐらい語彙の少ない言語なんだっけ?

何?かっこいいとか思ってる?ちょっと賢く見えるとでも思ってるのか?

逆だ逆。ダサいし、バカだ。知能が低すぎる。

これで英語力の低い人間が使ってたらもう、ダサすぎ。使ってる本人もたいしてわかってないだろ。

さら発音がまるで違うから無理やり日本式カタカナに直すと、英語力が高い人ほど何言ってるかわからなくなるという顛末

優れた話し手はいかにすれば聞き手理解やすく話せるかをよくわかってる。

会話の中でケーパビリティーが〜っていうのと、能力がっていうのではどちらが伝わり易いか明らかだろ。

言う側も能力って言った方が早いじゃん。

いやいや、ケーパビリティーは能力って意味じゃなくて、可能性って意味で話しているだよだと?バカかおまえは。聞き手能力として解釈する可能性もあるだろ。

もう本末転倒

ヘイトスピーチっていうより、日本語で「差別」って言葉を使った方がより、倫理的に間違っているんだなーって伝わるでしょ。

なんで逆効果になるにもかかわらず、無理やりカタカナ表現しようとするのか?それでいて広めようと連呼するな。政治家も頭使ってなんぼの仕事のはずなのにバカばかりだな。

カタカナ語を使う人は聞き手のことを全然考慮してないよね。その「俺なんかかっこいいこと言ってますアピール」は人前でオナニーしてるようなもんだ。まじやめろ。

こんなこともわからないんじゃ、カタカナ語を使ってるやつの話なんて聞かなくてもいい。

どうせたいしたことを言っていない。

[追記]

全てにおいてカタカナ語はやめろとは言ってない。そちらで完全に浸透している言葉もあるし、誤解なく伝わり易い言葉を選んでほしいだけだ。

ただ昨今、会話していても、様々なメディア記事を読んでいてもやみくもに使われていると言わざるをえない。

ニュアンスって言う奴が出てくるのは予想していた。

そもそも世界でも底辺に近い英語しか持たない日本社会でどれだけの人間がそのニュアンスを汲み取れるというのか?

そのニュアンスってやつもやっぱり日本語で的確に表現できる人間こそ高尚である

2017-04-23

かわいそうな日本野党

支持層の低劣具合」

日本野党の現状はこの一言に集約できる。

以前のホットエントリを元に例を出してみようか。

対案を出せないことがなぜダメなのかを分かっていないんだな。

対案を出すことによって現在採用されている案よりも良い選択肢があり、それを採用しないということは現在採用されている案を推している党の判断力不足を指摘できる、拡大解釈すればその党の勧める方針には日本を良くする力がない、ということを示すことができる。

そして、「不備があるなら対案を出せよ。」に対する反論が「現在の法で十分にカバーでき新たに作る必要がない」という見当はずれなものであり、それを疑問とすら思えない。わざわざ対案が出ない方の反対意見話し手が例に出したのにその争点から逃げ出してしまう。

仮に「現在の法で十分にカバーでき新たに作る必要がない」を推したいのならば現在の法を推すことのメリットデメリット、新たに法を救ることのメリットデメリット比較しないと意味がないということは明白なのに。

法案に不備があるなら自分たちの対案を出せよ。そしてニュースで内容比較してもらえるように努力しろよ。」とまで書かれているのに。

アメリカでは保守リベラル知的水準の差が指摘されているようだが、残念ながら日本における野党支持層の水準についてはこれが現状だ。保守派与党派、という表現妥当ではない。まともな層とそうでない層が分かれてしまっているのだろう。

2017-04-14

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.「隣の女子高生たちが言ってた」みたいなのって何ですか?

何かのテーマについて、対話形式で語らせるやり方だね。

舞台チェーン店公共の場所。

登場人物たちは架空存在であることが多い。

まりあくまで筆者個人の語りを代弁させているというわけだな。

基本的に、読者もそれを織り込み済みであること前提らしい。

なので会話の内容は覚え書きが不可能なほど、不自然に長いことがほとんどだ。

まあ、本当にやっているとしたら録音でもしないとダメだろうな。

内容なども加味して、パブリック場所でそれらの会話を他人が聞き取れて、なおかつ記憶できるというのは考えにくいため、まあ十中八九架空だ。

その会話の内容の導入部分や、場面が不自然なことがウケて、この方式をとる人が多いというわけだな。

このあたりは媒体によって様々で、動画だと「総統閣下シリーズ」とか、「ゆっくり解説」など語り手に加えて仮想聞き手も同時に配置することがあるな。

歴史を辿れば、別の人物複数設けて作り手の主張を代弁させるというやり方は、ずっと前から普及している。

創作物語も広義的にはそうだしな。

なぜ個人で語ればいいことを、わざわざそのような形式でやるかは諸説ある。

聞き手話し手を配置することによって、話の構造理解やすくするため、だとか。

自分」という存在を、その話から排除しつつ語りたいから、とか。

自分以外の誰でもいいから、そういった代弁者を求めているのかもしれない。

自己主張と、自分という個のギャップに苦しんだ結果かもしれないな。

まあ対談形式であろうが、なかろうが、本質的には同じなのだが。

おっと、念のためにいっておくが、「同じ」というのは私はもちろん君も含まれているぞ。

2017-03-27

コミュニケーションだめです

4月から新入社員

ちゃんと飲み会上司や先輩とコミュニケーションとれるように

脳内飲み会練習をしたんだけど、

何度シュミレートしても10分くらいで

「「「.................」」」(思い出したようにビールに口をつける)

となるバッドエンドにしか辿り着けない。

というかよく考えたらこれまで自分はきちんと他人と会話してきたのかな??

まれてこの方いじられキャラで、

ボケ寄りの行動とる」→「周囲にいじられる」というスタイルに頼ったコミュニケーションをしてきたので、

穏やかな会話の仕方がわからないことに気づいた。

まあでも聞き手でいても良いなら、なんとかやれるかも。

話し手は無から有を生み出さなきゃいけないから大変だけど、聞き手あんまりそれがないからラク。

あと自分主体的考える力がないので、大抵の発言に「なるほど!すごーい!!」と思えるから

…もうそんな年じゃないんだから

なるほどすごいマンでいることも、反応乞食みたいなボケで場を繋ぐことも、

卒業しなきゃなあって思うんだけど。

あと不安なのが、年代まちまちの人たちと会話しなきゃいけないこと。

年代が違う人との会話って、なんかいづさ(※東北方言。しっくりこないみたいな意味)を感じる。

特に20歳差くらいから感じる。通用しない冗談の幅がグッと広まると思う。

で、この違和感キャッチすると、なんかもう会話するのがやんだくなる。

そして相槌マンと化した私は、正しい反応を狙う博打をするのみ。

汎用性高い、野球サッカーの話ができればよかったが、どうしてもスポーツには興味持てなかった。

スポーツの会話できる人は強いと思う。)

というかスポーツに限らず、何か首ったけになれる趣味の一つでもあれば、会話の入り口要因くらいにはなれたかもだな。

また浅く広くでもいいから、見聞が広ければ、他人発言もっと適切に共感できたのになあ。

無趣味で無関心なんだよなあ。だから話題力もないし、それを補う会話力もない。

なんかインターネット見るだけの端末と化してる実家パソコンみたいな人間なんだよなあ。はあ。

2017-03-19

http://anond.hatelabo.jp/20170319001531

話し手抽象論できない相手なら具体論を引き出して、こちらが具体例から結論を読み取る事が必要ではないだろうか。つまり、「つまり」を期待するのではなく「例えば」や「の場合には」を引き出して「つまり」は聞き手が推測するという作業コミュニケーションって面倒で骨折れる。

2017-01-16

ゼルダの伝説ブレスオブザワイルドについて

先週発表された動画で解った事と思った事、まとめ。

(リンク日本語英語)

https://www.youtube.com/watch?v=1yIHLQJNvDw

https://www.youtube.com/watch?v=zw47_q9wbBE

■2分11秒のところ

日本語版「だのに、主の方は、やはり覚えておらぬようじゃな。今こそ話そう100年前何が有ったのか。」

英語版「That look on your face tells me that you have no recollection of me however I think you are now ready...ready to hear what happened 100 years ago」

話し手はデクの木。

場所マスターソードの台座の前。

100年前の歴史を明かされる。

時の神殿ではなくデクの木の前にマスターソードが安置されている。

日本語版には無いが、英語版では

「however I think you are now ready...」と言っているので、

この話を聞く時点(orここに辿り着いた時点orデクの木と話せる様になった時点)でリンクは何かしらの成長を遂げており100年前の歴史を聞くに値する人になっている。

また、「you have no recollection of me」と言っているので、

「"本来なら私(デクの木)の事を覚えているはず"だが、その顔を見るにやはり覚えておらぬようじゃな。」

というニュアンスになる。

この事から、今回のリンクは「本当はデクの木と面識があるはずだが、記憶を失ってしまっているリンク」という事になる。


以前に行われたツリーハウス青沼さんは、今作リンクが青い服を着ている事には相応の意味がある旨を匂わせていたので、

今作=風のタクトと繋がる何かが有るということは既に分かっている。


・今作リンク=デクの木を知っているはずだが記憶喪失

・今作=風のタクトと繋がる何かが有る

ということなら、

今作は25周年の際に発表された年表で言う所の

「風の勇者と新しい世界ルート内、「勇者なき時代」であり、

ガノンドロフ復活が復活しハイラル封印、水没する前」の話なのでは?と思った。

■その他分かったこと

1.マスターソードを持っている/持っていないカットが混在している。

2.ゼルダと一緒に映っているカットでは全てマスターソードを持っている。

3.ゼルダは青服着てるカットと白服着てるカットの2種類がある。

4.ゼルダガーディアンの前で何かしらの魔法を使いながらダメー!と言ってるカットでは、ガーディアンレーザーサイトリンクの頭に当っている。

  また、その時リンクマスターソードを引き抜こうとしている(or疲弊していて杖代わりにしている?)

  動画内全体で火の粉が舞っている。

5.タイトルロゴが表示される直前、リンクが立ち上がるカットでも、4.と同様に火の粉が舞っていてる&リンクゼルダ共に出てくる。

  ここでリンクの服や肌は焼け焦げたようなテクスチャが利用されている。

  リンクは右目をつむりながら力強くマスターソードを引き抜こうとしていて、ゼルダがそれを後ろから止めようとしている図に見える。

6.ゼルダが泣きながらリンクにしなだれかかるカットでも、リンクの服&肌は焼け焦げたようなテクスチャゼルダの肌も汚れ。服は白。

7.雨の中リンクが画面奥へダッシュ、からの振り返り、というカットでもリンク服焦げテクスチャ

8.雨の中ダッシュしてる間にゼルダの手が離れてしまう、というカットでもゼルダの肌汚れ。

9.雨の中、リンクは棒立ち、ゼルダは木陰で座り込んでいるカットでは、ゼルダは青服を着ている。

10.白服を着て水浴び(みそぎ的な事?)をしているゼルダの後ろ姿は良い

11.タイトルロゴが表示された直後、ゼルダが祈っているような所ではカメラが回った先に巨木があり、

  見えている範囲が少ないのでわかりづらいがデクの木に見える=マスターソードの前で祈っている?

■その他想像

・1~2.より中盤でマスターソードを入手した後(or入手と同時に)ゼルダ出会う(orゼルダと深く関わるイベントが増える)

・4~5.は同一のシーンと思われる。

・6~9は時系列不明だが雨の中2人が何か大きな出来事に関わっているということで同一のシーンと思われる。

 7にゼルダは登場しないが、多分リンクが振り返った先にゼルダが居るのでは。

 ただ、ゼルダの服が6,8では白、9では青になっている矛盾。途中で着替える?

さら想像

・序盤は色々と意味不明なままに世界を探索していき、そのうちマスターソードにたどり着く。

 そこで、デクの木に100年前の話を聞かされたりゼルダが出てきたりして、「ゼルダの伝説」としての物語が一気に本格化する。

妄想

今作のリンク時のオカリナで戦った大人リンクorその子孫であり、勿論デクの木(orデクの木の子供^n)とも面識がある。

今作の時代100年前に、時オカで倒したガノン封印が弱まるような何かしらの事件が起きった(or経年劣化封印が弱まった)

で、その事件の時に今作のリンクゼルダ勇者賢者として戦うも、力及ばずに敗れる。

それで魔法かなにかの力でリンクゼルダ共にコールドスリープ

(ゼルダ=眠りにつく事でガノン封印出来る/リンク=未来世界への希望)みたいな。

100年経って今作の時代で二人共目覚める。

ゼルダが白い服を着ているのは最初回想シーンだけで、リンクと同じように途中で青服に着替える。

荒廃したハイラルや朽ちたマスターソードを見て想定と違った世界ゼルダ絶望

真実知ったリンクは真の勇者として再び戦う、ラストバトルの末ガノンを倒し、

封印するため世界を水没。

そんな感じで風タクへ繋がる話。

2016-10-23

ワタシはアスペルガー(仮)

さてさて

何を書こうか。

風呂場では色々頭の中でごちゃごちゃあったんだけど、こう、いざ文章を書くとなると手が止まってしまう。

そもそもアスペルガー症候群と銘打ったのならそれにちなんだことを書けばいいのでは?とか

そう思うかもしれない。

だけども、ADHDに限りなく近い・・・というかちゃんと精神科医の診断を受けたわけじゃないので、なんとも言えない。

であるから、話がポンポン飛ぶかもしれないが、ご了承くださいな。

最近話題民間療法危険という意見もある。

自己判断危険というのもある。

まぁ、だけれども某シロクマさんも仰ってたが

「確かに障害はお持ちだが、今までその障害を抱えて社会に溶け込めたではないか

という言葉には救われた。

ここでさら自分自身が何らかの病気を抱えていると自覚することはないのではないか?

というなんとも病院嫌いの言い訳を許してほしい。

飽きてきた。

いや、まだ書こう。

ここで全然話を変えてみる。

先ほど総合失調症を疑似体験できるVRの話題を見た。

丁度、そのtogetterを知人の総合~を持っている人物に見せて

ホントにこんな感じなん?どうなん?」

って聞きそうになってふと止めたのが、この増田を書くきっかけだ。

別に総合失調症って俺は分かってるし、単なる好奇心で聞いてもいいじゃないか

というのが自分の中の意見である

まぁ、そういうのを良いかいかは、アスペルガーないしADHD持ちの自分からは言えない。

だけども、そういった行為に対して不快を感じる人が多いという事は理解した。

また飽きてきた。

そうだな。

文字を書くというのは、前後の話につじつまを持たせたり、話し手一貫性がないと読みにくい。

から、頭で思い浮かべた言葉よりも、文章で書いた方が俄然表現が遅くなる。

またポンと話が飛ぶが、『なろう小説』がもてはやされているというのを知って、自分でも書いてみようかと思い、書いてみた。

しかし、綿密な舞台を作り上げ、壮大なストーリーを描いたのだが、いかんせん人の心の動きが分からないという決定的なアレがあり。

舞台構成するモブキャラどころか主人公たちが物語の中で全く動こうとしない。

まさかお話ニートだ。

がんばって1章2万文字書いてみた。

それからはもうある事件を起こして主人公に動かせようとしたところ

(あれ?何か人間の行動としておかしくないか?)

って事が多々起こるようになった。

うそれで書くのをあきらめた。

人間の心は理解はできないけど、一応色んな人と話したり物語を読んだりして、把握はした。

けど、

・・・

ああ、

違うな。

ただ単純にその物語面白くなかったんだ。

キドキしなかったから、途中で投げたんだな。

理解したわ。

物を作り上げるというのは本当に難しい。

今、音楽趣味で作っている。

それも最近飽きてきた。

スランプなんてかっこいい言葉を使いたくない。

ただただ飽きたのだ。

同じことの繰り返しに。

ああ

なんかドキドキワクワクすることないか

物を作る事のドキドキは人生を豊かにする(byおれ)

ああ、やっぱり一貫性がない文になってしまった。

まぁ、いいか

ここは2chみたいなもんだし。

誰が見ているわけでもないし。

2016-09-19

http://anond.hatelabo.jp/20160919221323

国語科教育論

筆者がその言葉を選んだ文脈とか語源もあるだろうな。2016/09/19 23:35

元増田(国語教員)です、ブコメから転載

そう、そうなんだよ

言葉っていうのは一つ取っても、話し手文化価値観世界観フレームワークを反映しているんだよ

ソシュール的に言えば、シニフィエ

自分国語の授業で伝えたいのはそういうことなんだよーーーーーーーー

まり伝えられてない…

2016-09-14

http://anond.hatelabo.jp/20160914223522

マジレスすると、電話での会話って話し手受け手の一方の会話だけが聞こえてくるので、第三者にとっては不快に聞こえるんだよ。

つじつまの合わない内容の言葉ってただの騒音しかないわけ。

あと、電話だと自分世界に入っちゃってだんだん大声になる人とかいるでしょ。

2016-08-30

http://anond.hatelabo.jp/20160830133257

辞書の「聞き上手」の意味は、「話し手が話しやすいように,じょうずに受け答えしながら話を聞くこと」。

ことわざの「話し上手は聞き上手」の意味は、「本当に話がじょうずな人は、他人の話をよく聞いて、自分の話をする、ということ 」。

なので、聞き上手は増田が思ってるような意味じゃないよ。

聞くばかりだと尋問みたいで相手はイヤな気持ちになるし、相づちも必要だし、返球の妙もあったらより良いし、会話コミュニケーションのトータルバランス的な意味合いだよ。

2016-08-21

井上綾子さんがAV『この美熟女ガチオタでした!』に出演するまで(2)

http://anond.hatelabo.jp/20160821082459

2015年6月

『この美熟女ガチオタでした!』撮影

https://twitter.com/ayako_inoue_arm/status/610789414441107457

https://twitter.com/ayako_inoue_arm/status/610793108477886464

井上さん「監督さんもADさんも、ものすごいオタクなんですよ」(「オッス!オラ綾子!!」2015年8月号)

井上さん「濃い会話をするには、話し手以上に受け手知識量が必要

https://twitter.com/ayako_inoue_arm/status/683099511472824320

撮影前に過去ガチオタ作品を見て、

井上さん「オタクって皆同じような話し方しますよね」

監督  「井上さんも相当ヤバいですよ?」

https://twitter.com/ayako_inoue_arm/status/628558422426783745

2015年7月

『この美熟女ガチオタでした!』の監督が『サイボーグ009』地下帝国ヨミ編を読んで号泣

https://twitter.com/AGUIRRE_ANARCHY/status/622263697944133632

2015年8月

『この美熟女ガチオタでした!』発売。

2015年12月

ふたばスレッドが立ち、盛り上がる。

http://imgbako.com/325293449.htm

2016年9月

キレイ熟女ガチオタでした!』発売予定。

2016-08-09

シン・ゴジラ見てきたか面白くなさそうに語る」という記事が素晴らしい

http://web.archive.org/web/20160808224033/http://www.tm2501.com/entry/Shin-gozira

記事を読んだ。風刺記事としての完成度が非常に高い。虚構新聞はこの記事を見習うべきである

この記事は「エヴァだけ見て庵野を知ってるつもりになってるやつが、シンゴジラを見て庵野を初めて知ったやつに知ったかぶりを決めようとしたらこんな感じになる」というのを迫真リアリティをもって描いている。

この記事に書いている内容の的外れぶりは本当に「ダメオタクあるある」だ。ダメオタクだったらこういうこと書きそうとういのが余すところなく書かれている。

よくぞここまで特徴をとらえて創作をしているなと感じさせる素晴らしい出来である。  

ま る で 作 者 が 本 気 で そ う 思 っ て 書 い て い る ように見えるくらいだ。



この創作記事話し手庵野っぽいと言っている描写はだいたい庵野より前に元ネタがあるので、庵野本質関係ない。

庵野本質がなにかなんか知らんが、特徴があるとしたら特撮好きってのがまず先にあって、あとはそれを演出するためにいろんなオマージュで彩られてるところだろうと。

だったら、庵野について多少なりとも興味あるなら、庵野オマージュがどこから来てるのかを考えるはずである

そういうところ理解したうえで庵野本質とは、みたいなこと考えるならこちらも聞く耳持つ気になる。

ところが、この話者はその表面的な部分だけを見て、これが庵野本質だってのを語る。 

こ れ は 恥 ず か し い。 

フォント芸はエヴァからだ、なんてことを本気で書いちゃう。さすがに恥ずかしすぎる。

会議シーンに触れるのに「日本の一番長い日」についての言及がないなんてことはありえないしほんと映画についてなんも知らんって白状してるようなもんだ。痛い痛い痛い。

実際多くの人が他の作品について触れる際に岡本喜八郎作品に触れている。当たり前だよなぁ?

シンゴジラは私だって映画なんてろくに見てないけどわかるくらい「パロディ」に満ち溢れている。

それはエヴァとか庵野じゃなくて「日本映画」のパロディの集まりなのである

だが、この虚構話し手はそういうことを一切考えない。すべてエヴァから来てることにしてしまう。 

エヴァしか知らないのに俺は庵野のことをよく知っていると勘違いしているため、「シンゴジラエヴァの焼き直しである(キリッ)」などということを口にしてしまう。

アメリカエヴァネルフ元ネタ(キリッ)……うわあああああああ(ゴロゴロゴロゴロ) やめろ、いっそ殺せ!

映画はいろんなつながりがあり、そうした積み重ねで映画ができているなんてことは少し考えればわかることなのだが、この話者の脳内にはエヴァ以前には映画がなく、エヴァ以外には庵野作品がないかのようだ。

自分で見て知っていることがすべてであると考えるような頭の悪さがなければこういう思考にはならない。

こういう表現が随所に盛り込まれており、短い記事の中でも

話者が「すごい頭の悪いくせにオタクとして通ぶることで他人に褒めてもらうことくらいしか承認欲求を満たすことができないようなみじめな人間であることを想像させる。



さらにこの記事特筆すべき点はまだある。

似非オタクの悪い癖もふんだんに取り入れられていることだ。

上でも書いたようにシンゴジラはいろんなものパロディオマージュに満ち溢れているわけだが、

この虚構の話者は、ただパロディオマージュであるというだけで作品評価を減点しているのである

これは映画を楽しむ才能がない人間典型的な「オリジナリティ幻想」というやつである

こういうことを言い出す人間は、映画を楽しむことより、映画について詳しい自分というものを誇ることが第一目的なのだ

から、あのネタは前にも見た。すでに知っているか評価できない、などとのたまうのである

こういう人間は、一緒に映画を見に行くと絶対不快になるので、付き合ってくれる人がいなくなる。端的に言ってモテいであろう。

「通ぶりたいあまり他人不快にさせる上、その知識が雑魚すぎて役にも立たない、ただの迷惑オタク」のイメージをこの上なく具体的に描いている。




ここまで人間として魅力なさそうな話者のイメージ想像でもなかなか作り出せない。

この記事を書いた人は実に「存在価値が全くないどころかマイナスのつまらないだけのオタク」というものをよく理解しているといえよう。

いやほんと、もし自分大学生のころにこんなことを真顔で書いてたら、数年後に恥ずかしさで死にたくなるような記事だった。素晴らしい。

この記事によって、シン・ゴジラというのはこういう「つまらないオタク」でも一応見に行くほどのブームになっているのだなと初めて実感できた。 

まらないオタクがわざわざ見に行って文句をいう作品は名作であるというのは不変の法則であることを考えると、この記事は実はシン・ゴジラステマではないだろうか。

2016-06-25

気づくとなぜか会話の中心になってしまうのをやめたい。

自分の周りには、自然と人の輪が出来る。

自覚したのは高校生の時で、思い返してみると小学生の頃からそうだった。


コミュ力が高いわけではい。人見知りだし、コミュ障だし、友達も少ないし、人気者というわけでもない。

学生時代は目立たないグループにいた。仲いい人達とだけ喋れる、っていう典型的内弁慶

しかし、複数人で話していると、いつの間にか私がその中心になってしまう。

例えるなら、バラエティ番組の司会とひな壇芸人。「踊るさんま御殿」のさんまとそれを取り囲むタレント、ってのが一番近いと思う。


飲み会の席などで、なぜか皆、私に向かって話をする。私以外の間で会話がないわけではない。相槌や茶々を入れたり、質問を挟んだりはする。

しかし、基本的自分が話の聞き手になってしまうのだ。A→私、B→私、A→私、C→私・・・という風な会話の流れになってしまう。


バラエティ番組の司会とひな壇芸人という例えを出したが、もちろん私から話し手指名しているわけではない。

「この間こんなことがあってさ、」「聞いてよ、アイツがー」「そういやあの話聞いた?」を言われるのが毎回私なのだ。なぜなんだ。


前述した通り、私はコミュ力がなく口下手だ。司会でもタレントでもなく、出来ることなら観覧席で笑っていたいタイプなのだ

話を聞きながら笑い、たまにツッコんだりするポジションでいたいのだ。

しかし、彼らは私を見ながら話す。私は、相槌を打ち、リアクションをし、話の続きを促す。


私は、どうすればいいんだろう。

私がいない時、友人達はどういう風に会話をしているんだろう。

2016-06-04

塩素系と酸素系って混ぜても大丈夫なんだな

サンポールドメストを混ぜるとやばい塩素系と酸素系でガスが出て死ぬ

的な知識を今まで持ってたんだが、

http://www.kao.com/jp/qa_cate/clothbleach_03_04.html

によると、別に酸素が出るだけで問題ないらしい。

あっ問題ないのは酸素系と塩素系の漂白剤の話ね。

サンポールドメストは依然としてやばい

ともかく、なんだよ酸素が出るって。そんなのもう簡易酸素ボンベとしてサバイバル系かSci-Fiネタで使えよ!

全く驚かせやがって。

まあそこは本質ではないな。

本当に見なければならないのはオレがその知識を自ら導出してないという点だ。

今回は花王という大企業が示しているためああそうなんだと納得した。

しか理想を言えばサンポールドメストがどういう化学式でどうやって塩素ガスを発生するのかを化学式を見ながら理解することで深いレベルの納得が得られるはずだった。

自ら興味を持ったことすら導出できず話し手信頼性に委ねる情けないオッサンだな俺は。

2016-03-19

日本人日本語がもはや標準でルー大柴の件

話を聞いていて、本を読んでいて、ネット記事を読んでいて、非常に違和感を覚える毎日

なんかカタカナだらけ。

自分はそんなカタカナ語基本的に使わない。

だって大抵の場合、適切な日本語言葉のほうがわかりやすいって思うから

聞いてる側だって大抵の場合はそう。

なんだよ、「レギュレーション」って。

自分は「規則」って意味合いで通常理解してるけど、人によって捉え方はまちまちで、

まり聞き手話し手意図していることに相違が生まれリスクがあると思うんだよね。

辞書をひくと「規制」、「調整」、「制御」、「規則」、「法規」、「法令とあるけど、

余計混乱する。

英語意味日本語意味が1対1でないときに、どう理解すればいいのか?

なんだよ、「イマージェンシー」って。

緊急って使ったほうが緊急感伝わるでしょうに。

なんだよ、ヘイトスピーチって。

差別発言とかそういう言葉をつかったほうが、嫌悪感も伝わるし倫理的に正しくないことも理解やすいでしょう。

なんだよ、グロース戦略って、成長戦略って言ってはいけないのか?

なんだよ、カンファタブルって。全然聞いていて快適じゃないですけど、あなた日本語は。。。

英語だと「comfortable」。厳密ではないが正しく発音すると カン フゥトゥ ボゥ になるから英語に堪能な人は何言ってるかまったくわからない。

自分もそれなりに英語に関しては語彙は豊富、とはいあくまでも日本人として相対的にだけど、

という前置きをしたうえで、

それでも聞き手立場としては、カタカナ語を聞いたときやっぱり中にはあいまいぼんやりとした理解しか出来ない言葉もある。

日本語ならスッと理解されることが、カタカナ語にされることで、その理解ぼんやりしてしまうんだよ。

ならばTOEIC500点とか600点とか、場合によっては300点以下とか、そんな人がそのカタカナ語をどういった意味で捉えているのかってことを

話し手理解しているのか?そこに配慮はあるのか??

ましてTVとか本とか、より多くの人に情報を発信している人がそんな言葉を使っていることに、疑問を感じる。ちゃんと「相手」を意識しているのかな?

言っていることに中身がないからカタカナ語を混ぜておけばなんかもっともらしい事言っているように聞こえているとでも思っているのかな??

まさかね (願望)。

じゃあ英語力に長けている人に弊害がないかっていうとそうじゃない。

先程にも例を挙げた「comfortable」なんか、

発音のまったく異なるカタカナにした途端、何を言っているのかまったくわからなくなる。

なんで無理やりアルファベット読みでカタカナにするんだよ。

さら品詞が同じ場合ならいいけど、名詞動詞的に使ったり、形容詞動詞的に使ったり、

もうめちゃくちゃ。

最適な日本語存在しないなら許せる。

カタカナ語のほうがわかりやすいなら許せる。

英語能力のほうが日本語能力より高い人なら許せる。

でも大抵の場合、そうじゃない。

中二病的なカタカナ語のほうがかっこいいって思っている低知識層だけでなく、

偉そうな肩書著名人までみんなカタカナ語が好き。

話し手書き手に求められる伝達能力って相手に対してわかりやす言葉言い回しをいかに使えるかって

ところにあるはずなんだけど、自分本位だよね、カタカナ語好きな人って。

なんか「話す」って行為本質がそもそもずれている。独りよがりっていうか。

俺こんな言葉知ってるんだぜ的な自慰行為しか見えない。それも大人が、だ。

日本人って英語力低いのに、なんで「カタカナ語」>「日本語」みたいな価値観が生まれるのか?

僕も大した日本語は話せないし書けないけど、だからこそ正しくきれいな日本語を使える人に憧れるし知性も感じます

2016-03-04

コミュニケーション能力

当然、相手に伝わっていないから話し手側の"伝える能力"が不十分なんだけれど。

同時に聞き手側の"受け取る能力"が低いとやっぱし不通になってしまう。

10種類の言語を解するマルチリンガルの人が異なる1種類の言語しか話せない10人の話を聞くことは可能だけれど。

ランダムに選ばれた10人のうち一人に分かる言葉マルチリンガルの人があらかじめ選択することは不可能

2016-02-13

http://anond.hatelabo.jp/20160212223401

自分が聞いてほしくて話してるなら、理解されないのは話し手(自分)のせいだし、

何かを教えてほしくて聞いてるなら理解できないのは聞き手(自分)のせいと考えておけば、

まり腹も立たないしそういう考えの人はいずれ話し上手で聞き上手になれる。

2016-01-26

説明時に調子乗ってくると畳み掛けるように話す人、話が無駄多面的で冗長な人。

畳み掛ける話し方はいつ身についただろうか。自分の学び方がこのような話し方と近いからか?と思っていたが、自分過去経験から別の見方も出来る。

勉強を教える時など人に説明する時、相手理解した、または相手に思いつかせた時に相手が「もうその話わかったから…」と言ってしまうことがある。本当はもう一つ加えて理解しておいたほうが良いだろうということ(実際加えて説明したいと思っていることの方が本質的重要だと考えていること)がある時でも、それを聞いてくれなくなってしまう。本当にそこまで理解が到達していたのなら確かに冗長であるしかしそうでない場合、加えて「じゃぁこう言われて分かる?」のような高圧的な質問をした場合に、相手を萎縮させてしまったり、相手の怒りを買ってしまう。

このような経験から、最終的な纏めの話を中心に「素早く畳み掛けてかつ加えたい重要な話をゆっくりにして話す」という習慣ができてしまっていると思われる。

実際この畳み掛けるような纏めの話を有益に感じられる思考を持つタイプを持つ人間存在する。これを有益に思う人間は、物事をしっかりと理解するまで纏めたがらない性質を持っている。これが自分の学び方と一致している。だからそういう人間には話し手が高速に纏めつつ、ときどき理解確認として本質をつくような ー あるいは重箱の隅をつくようなことかもしれないが ー 新しいことを挟んでいく方法は適切かもしれない。しかし話をすぐに要約して、それを生き方としてきた人間場合、畳み掛けがただの冗長説明となる。そのような場合相手ストレスと倦怠感を与える。他にも、話をある程度聞き、途中自分で要約し、更にその纏めが正しいかを必要最小限の労力で行うことの出来る人間場合、冗長説明話し手が舐められるだけである。また、話の内容への興味による集中力の増加が少ないと思われる人に対して、畳み掛ける話はそれが唐突に感じられて、ただ聞き取りづらいだけである。声の調子が強くなれば、些か威圧的だとも思われてしまうだろう。

結局は相手の様子をよく観察して話す必要がある。話し手過去経験から、誰もが独善的に畳み掛ける冗長な話し方が必要だと思ってはならない。

…という冗長な文章。長い三行でと言われる奴だな。

2016-01-23

英語聞き取り理解の克服

CNNニュースTEDで話される英語について、言葉単語)の音は聞き取れてるのですが、それが何の話をしているのか分からず困っています

大意やトピックはなんとなく分かるのですが、右から左に流れているような感覚で話された言葉が頭に残らないため、話し言葉意味が繋がらず、話し手意図や話している内容の詳細が分からないことが多いです。

こんなんだからTOEICなんかでも、音は拾えているのに成績は良くないです。

こんなこと克服した人はどんな風なトレーニング、もしくはマインドチェンジで克服したでしょうか。

単に、スピーキングトレーニング不足でしょうか。

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