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はてなキーワード: ソーシャルゲームとは

2018-01-12

コロプラ訴訟の件で任天堂応援してる奴は絶対ゲーマーじゃない

俺は宗教上の理由ソーシャルゲームは一切やれないから決してコロプラ側の人間ではない。

ただいくらなんでもクソ共の意見にムカついたから言わせてもらうわ。

会社の印象だけで敵味方決めてる奴多すぎる

アイディアレベルのクソみたいな特許所為ゲーム開発者が涙を飲んでクソ仕様にせざるを得なかったタイトルが今までどれだけあったか

仮に法的に正当な権利であろうと3Dカメラ特許の件でコナミがどれだけ世のゲーマー達に社会悪認定されてきたか

歴史も経緯もなーんも知らないんだろうなぁ

スマホの普及に伴い"確実に"出てきたであろうタッチパネル上のアイディアたまたまDS時代最初

実装してたからってスマホゲーの発展を阻害するのがこいつらは本気で正しいと思ってるのか?

ゲーム歴史ゲーム業界のことも何も知らないクソにわかどもがにわにわイナゴの如く騒いでるのみると本当腹立つわ

クソ共は特許法守ってクソ仕様になったスマホゲーでも黙ってポチポチやってろks

2018-01-09

ウェイとかDQN的なカップルスタバアニメソーシャルゲームで遊んでいる

見るに堪えない。

最もソーシャルゲームと相反していそうな彼らがそれらを楽しんでいる。

スマホからダダ漏れ萌えボイスに頭が痛くなる。

Sレアがどうとか喚いている。

助けて。

2018-01-06

なぜ、はいふりは今再放送をするのか?

今夜25:30からBS11にてTVアニメハイスクール・フリート」の再放送が始まります

しかし、なぜ今になってはいふり再放送を行うのでしょうか?

今回はその謎に迫ってみましょう。

仮説1 ソーシャルゲーム宣伝のため

はいふりソーシャルゲーム2018年配信予定というのをご存じの方も多いでしょう。

単純にこのソーシャルゲームに人を入れるために再放送を行っている、というのが仮説1です。


この仮説1はなかなか説得力がありますそもそも再放送が発表されたのは2017年12月9日に行われたイベント横須賀ハッピー!」の中。そのイベント中にソーシャルゲームの発表もされたので、この2つを関連づけるのは自然でしょう。


しかし、疑問も残ります

1月~3月に再放送がされるアニメに対して、ゲームに人を呼び込もうと思うと放送中かあるいは放送終了直後あたりにゲームサービスを開始したいはず。

ところが現在ゲーム情報で出てきているのはジャンルが「海戦ゲームであるということと、新キャラクター4人。そしてキービジュアルのみとなっています

まず、ゲームの画面が1つも出てこないこの状況から4月までに完成品を作り上げることができるのか非常に疑問です(もしかすると無理やり仕上げてくるかもしれませんが)

ということで、別の仮説を立てましょう。

仮説2 はいふり2周年記念イベントのため

同じく「横須賀ハッピー!」の中で2018年4月に2周年記念イベントを開くことが発表されました。時期的にはちょうど再放送が終わった直後あたりです。

視聴者の熱も続いているとき公式イベント。この集客のために再放送をしているのではないでしょうか。


なるほど、確かにあり得そうです。

しかし、これにも疑問が残ります。1回限りのイベントのためにわざわざ3か月も放送枠にお金を払ったのか?という疑問です。

全くの的外れではなさそうですが、もっと別のこともはいふり公式が考えている可能性が高いです。

仮説3 再放送終了時点で(複数の)イベント発表をするため

最後の仮説はこれです。はいふり再放送はその後の複数イベントのための布石という説です。

そもそも1年前の2017年にも1月~3月ではいふり再放送はやっていました。

その時は5月末に発売予定のはいふりOVAのために新規ファンを掴む目的でやっていると思われますが、その放送後に合わせて複数イベントが動き始めました。





かなり高い割合コラボ系のイベントが続いていることがわかります

まり、この再放送はまだ発表されていない複数コラボイベントのための布石である可能性が高いのです。

特に2016年2017年コラボ実施してきたJR東日本とすでにコラボ第二弾の発表をしているWoWsは何かしらイベントを組んでくると思われます



こんな感じで考えていくと、なんだかワクワクしてきますね!

2018-01-05

anond:20180102130531

琥珀さんルートや桜ルートが好きで、かつFGOシナリオがそれと同様に面白い」という人です。

当方PLUS-DISCからなので元増田氏の言う古参寄りではあると思うのですが、琥珀さんと桜の物語が好きで、当時回りに全く理解されなかった事もとてもよくわかります。また「ガチャ」やカジュアルソーシャル的消費要素には否定的であり、その部分がゲームの主軸ではない(特にマルチプレイや対人などバトル要素)事で続けているプレイヤーでもあります

以下、FGOや各作品ネタバレにある程度触れている部分があります

HFの呪縛と「その先」の模索

数々のインタビューを見ると、奈須きのこ氏はHFがユーザーの多数に受け入れられなかった事を失敗だと思っている節があります(劇場版パンフでも話を変えようという話題があったはず) それがCCCでの桜の復権を目指したテーマ性と描かれ方(別の悪を提示したのは賛否あると思いますが)であり、FGOでのマシュ・キリエライトに繋がる要素の一つでもあるように思うのです。また、彼女Fate無印でのセイバーと対になるプロットのあった没サーヴァントであり、DEEN版のアニメ化で設定が固まったなど、Fateと共に歩んできた裏のキャラクターでもあります

そこから見た場合FGOのマシュの立ち位置は、ある種HFのリベンジとも言えるものです。彼女は魔術の名家によって実験体となるべく作られたデザインベビーであり、教えられた目的のために生きる事が全てとして成長しました。そして、オムニバス的な物語が進む中、やがてゆっくり人間性を獲得し、物語終盤では「人の生きる意味」を自問し、迷い、答えを出す所まで到達します(その真骨頂奈須きのこ氏が直接書き下ろし第一部6章~終章です)

彼女と対になるのは主人公ではなく、物語ナビゲーターであるロマニ・アーキマンです。彼もマシュ同様特異な生まれ人生選択権を持たなかったものの、「既にその問題を克服した」人物であり(結果として他の問題を抱え込みましたが)、その意味でマシュを導く鏡のような先達であり、テーマ性におけるナビゲーターでもあります

これらは明らかに"ロボット"である衛宮士郎や、間桐桜喪失と救済の物語など、HF(及び重ね合わせとしてのhollow)のリバイバルリベンジと言えるデザインですが、そこに新しい要素が入り込みます。それが「主人公(プレイヤー)」です。主人公マスターという価値担保されているものの、(空の境界黒桐幹也やEXTRAの岸波白野にも全くキャラクター性で敵わないほど)個性の弱い傍観者です。善性の象徴としてマシュとの絆を育み心の支えにはなっても、プレイヤー選択肢が彼らの生き方を変化させる事も無く(ストーリー分岐が無いので)、傍観者であり第三者、という位置付けのまま物語は進みます

そして物語最後第一部の結末では、hollowにおけるスパイラルラダーとブロードブリッジの再演の中、主人公を残し彼らは生きる意味の答えを獲得して死亡します。ですが、物語はそこで終わりません。彼らの人生、生きる意味の獲得をずっと見てきた主人公(プレイヤー)が、彼らに"続き"を託されるのです。彼らから貰った「命の答え」を声高に叫ぶ選択肢と共に。それはHFと重ね合わされながら別の物語として成った結末…「遊んでいるあなた」にその先を託す、「あなたは、彼らの人生肯定して良いのだ」という、かつてHFを支持しながらも「評判」にかき消された、私たちへの救済のようにも感じられました。

完成した物語俯瞰して答えを出すという行為は、hollowアンリマユのような「主人公」の形でもあり、バゼット・フラガ・マクレミッツが前に進んだ源泉でもあります。かつて主人公プレイヤーを重ね合わせる事ができず、数多のプレイヤー登場人物を「理解できなかった」とされたまま完結していた作品は、形を変えたその先で別の答えを模索したのだ、と、そう思いました。

…また、CCCでも結末において「キャラクター人生肯定する」選択ができる構造にもなっており、FGOはその表現さらに詰めた形である、とも考えています

連載型ゲームソーシャルゲーム

ここからは余談です。

奈須きのこ氏らはいわゆるソーシャルゲームについて、一般的な対戦や収集を軸としたバトルゲームではなく、リアルタイム性を重視した連載型ゲームとして語っている部分が多く見られます。かつてのWEB連載版空の境界さらに戻ると氏がノート小説を書いていた原体験に繋がるのでは、とも思いますが、2016年年末ツイッターが盛り上がっていたのは完全にその手法の先にあるものであり、インタビューなどで何度も言及されている「漫画雑誌のような」「今追いかけている人にフォーカスした」展開方法の、その最終回の見せ方に他ならない作りでした。それは「見せ方も物語体験に入る」という考え方、「Fate」においてUBWとHFが段階的にプレイする方式になっていた考え方の先でもあるのでしょう。

このリアルタイム演出手法過去エイプリルフールでも定期的に模索されていた効果の高い方法であると同時に、追いついていない・時間の合わない層を強く失望させる作りでもあります。そこに複数ライターによる(プレイヤーの受け取り方も含めた)シナリオの当たりハズレ、新たな更新を待つ期間、そしてこの作品の見せ方に本当に必要だったのか今では疑問とも思える(3分縛りの話を見るに何も考えずに入れてそうな)ガチャ要素も含めると、一概に物語を取り巻く環境全てを肯定しにくい作品とも言えます

はいえ、この連載型ノベルRPGとも言えるシステムが非常に希少であるのは確かで、バトルゲーム主体ソーシャルゲーム文化の中で個々のユーザーがそれをどう受け取るかが、このゲーム価値付けになっていくのだと思っています

二十七祖と言えば

4章でプライミッツ・マーダーの話が出てきた時はまさかと思いましたが、本当に出てくるとは…

2018-01-02

FGOが気に食わない

これは、典型的な「自分でやっていない、なにやら盛り上がっている作品を、気に食わないと上から目線批判する文章」だ。

本文は『月姫』と『Fate/stay night』のネタバレを含む可能性がある。特にFate/stay night原作を未プレイで、劇場版Fate/stay night [Heaven's Feel]』の続きを楽しみにしている人は、ネタバレを含むため読まないでほしい。

Blue Blue Glass Moon, Under the Crimson Air.

私が奈須きのこ作品出会ったのは2003年月姫月姫PLUS+DISC、歌月十夜の3作が収められた『月箱』であった。いわゆる型月ファンとしてそれほど古参というわけではない(型月における古参とは、竹箒に連載されていた時代の『空の境界』読者――とまでは言わないものの、最低でも2001年には『月姫』に触れたレベルを指すものだろう)。当時『ONE』『Kanon』『AIR』に心酔する所謂鍵っ子」であった私は、もちろん月姫の噂は聞いていたものの、手を出すきっかけを掴みかねていた。月箱が頒布されたのは、そんなときである歌月十夜まで一揃えで化粧箱に収められたそのパッケージは、初めてのTYPE-MOONとしては最適であった。同時期、彼らが商業へと移行し、次回作Fate」は商業ゲームとしてリリースすることを発表したことも背中を押した。群雄割拠エロゲ界についに鳴り物入りで乗り込んでくる新進気鋭の代表作を、体験しておかねばならぬと考えたのだ。

果たして、私はTYPE-MOONの虜となった。

月姫』は衝撃であった。連綿と積み重ねられてきたビジュアルノベル恋愛アドベンチャーゲーム文法に沿っていそうに見えながら、しかし決定的に異なる「それ」は、私に新しい刺激を与えてくれた。私はシエル先輩が好きになった。この文章を打っている2018年に至ってなお、人生オールタイムベストシエル先輩だと胸を張って言える。もちろんそれだけではない。ファーストインパクトとなったアルクェイドが醸し出す寂しさを、そして、ひまわり畑で微笑む琥珀さんの愛おしさを、今なお昨日のことのように思い出せる。

月姫の魅力のひとつに、不思議ノスタルジーがあると思っている。あの文章グラフィックと音楽には、懐かしいナニカを思い出させるものがある。去り行く少年時代を描いた作品だからだろうか。遠野邸の遠い記憶がそうさせるのかもしれない。

PLUS+DISC、歌月十夜まで一気にプレイした私は、そのまま『MELTY BLOOD』も楽しんだ。シエル先輩を動かせるのが楽しかった。弓塚さつきの話が出ると抜き身のナイフのようになる志貴を思うと切なくなった。琥珀さんが楽しそうで涙が出た。G秋葉ゲラゲラ笑った。

したらばのTYPE-MOON板にも入り浸った。それまで葉鍵板が主戦場であった自分が。当時、すでに「月厨」は鬱陶しい存在として認知されていた。私は努めて無関係な場ではTYPE-MOONの話をしないようにし、型月板でその分、目一杯、楽しんだ。たくさんのアンソロジーコミックにも手を出した。武梨えり佐々木少年磨伸映一郎……(そういえば特に好きだったこのお三方はみな現在商業作家として活躍中であり、同時に、シエル先輩ファンであった。当時、武内崇は「シエル先輩が好きな作家さんは漫画力が高い人が多い」というような趣旨の発言をしていた記憶がある)。

だが。不思議もので、このとき私は『空の境界』にはハマらなかった。もちろん原作は読んだのだが。当時、マルチシナリオ形式のビジュアルノベル未来を見ていたためか。あるいは、純粋に趣味に合わなかっただけなのか。後年、空の境界アニメ映画化され大ヒットを飛ばすことになる。

――――――体は剣で出来ている。

2004年、ついにTYPE-MOON商業作品第一弾『Fate/stan night』がリリースされる。もちろん発売日に予約して買った。事前の雑誌での情報を見ていて、藤ねえお気に入りだった(まさかあんなことになるなんて)。ライダーさんはビジュアルだけ見て絶対アサシンだと思っていた。体験版の段階でクオリティが大幅に上がっていることは明らかだった。心が躍った。世界が変わる瞬間が、目の前にあった。

魔術師英雄跋扈する本作を終えて、私は思った。私は優秀な魔術師でも高潔英雄でもなく、なんでもない、取るに足らない、醜い人間が好きなんだと。だから私は、間桐桜衛宮士郎物語が好きになった。

桜は魔術師ではあるが、本作においては魔術師としてよりも、もっと違う存在として描かれる。衛宮士郎もまた、魔術師ではなく魔術使いとして描かれる。そしてラストシナリオであるルートでは、桜は家族呪縛から解き放たれて人間として生き始め、士郎は正義の味方に憧れたロボットからひとりの人間に生まれ変わる。魔術師英雄が闘い続けた果てにたどり着いたのが、ふたり人間の、人間としての歩みであったことは、とても感動的で、同時にこれが、奈須きのこが幻の弓塚さつきルートで実現しようとした未来なのではないか想像した。

そして絶望する。ご存じの通り、桜ルート批判された。当時の型月板は荒れた。セイバールートと凛ルートが絶賛されるとともに、桜ルートは徹底的に批判されたのだ。

イリヤスフィール物語オーバーラップして主題が分かりづらいという主張には一理ある(一説にはイリヤルートを作るリソースが間に合わず、桜ルートに混ぜた、と言われている)。描写不足であるという批判も、ある意味では仕方ないだろう。だがそれ以上に、ファンたちは、「多くの人間を殺しながら幸せなエンドを迎える桜」と、「正義の味方であることを諦めてセイバー犠牲にした士郎」を批難した(正確には、彼ら2人に対してというより、そのようにある物語を避難した)。私は憤慨した。衛宮士郎の、何を見てきたというのだ。

正直に言うならば、私はセイバールートや凛ルート衛宮士郎が嫌いだ。凛ルート遠坂凛も苦手である。はっきりと言ってしまえば、物語として楽しみながら、登場人物たちに対しては苦々しい思いを抱き続けてプレイした。そんな彼らが、桜ルートで丸ごと好きになった。桜ルートでは、みな、人間として生きている。それが愛おしかった。

同時に、TYPE-MOON作品のふたつの側面のうち、ファンに望まれる側と、望まれない側が見えた気がした。考え過ぎかもしれないけれど、私がより好む側は、望まれていないように見えた。

それは、未来を取り戻す物語

これ以降、私はTYPE-MOON作品と少しずつ距離を置くようになっていく。厳密に言えば『Fate/hollow ataraxia』は心から楽しんだ(アンリマユとカレン・オルテンシア物語はとても好みだ)。だが、『DDD』は未読、『Fate/Zero』は同人誌として頒布された際に1巻だけ読んで断念、『Fate/unlimited codes』『Fate/EXTRA』には手を出さず、期待した『魔法使いの夜』はプレイしたものの、それほど心惹かれなかった。この間、各種メディア展開で楽しんだものは、佐々木少年による漫画版真月譚 月姫』のみであった。パスタ先輩のことは一生許さないよ。

時は流れ、2014年7月27日。もうTYPE-MOONに何の期待もしなくなった私は、それでも「Fate Project 最新情報発表会」をニコ生の中継で見ていた。そこでUBWのテレビアニメ化や『Fate/strange fake』の正式出版化に並んで、ひとつの新作が発表された。『Fate/Grand Order』。通称FGO。ついにソーシャルゲームをやるのか、と私は冷めた目で眺めていた。むしろ発表会本編終了後のサプライズHeaven's Feel劇場版制作決定の発表の方が魂が震えた(今でもあの瞬間の、観客席からの絶叫と、涙を流しながら挨拶をする下屋則子さんの姿をよく覚えている)。

私はソーシャルゲームほとんどやらなかった。手を出してみたことはあるが、純粋に楽しみ方が分からなかった。というよりそれ以前に、私はいわゆるオンラインゲーム全般が合わなかった。だからFGOが楽しめるかどうか不安だった。2015年サービス開始に合わせてダウンロードし、序盤をプレイした。だめだった。まったく合わなかった。どう頑張っても楽しむことができなかった。私はFGOをアンインストールし、Twitterタイムラインに流れてくるFGOプレイヤーたちの悲喜こもごもを眺めるだけになった。年を重ねてしまった、と感じた。

やがて、現実人間関係の中でも、FGOの話題が上がることが増えてきた。2016年末のイベントの様子はTwitterでも見ていたが、彼らはとても熱っぽくFGOがいか面白く、衝撃的で、とてつもないかを語った。私は羨ましかった。もうTYPE-MOON作品でこんなにも熱く語れることはないだろう。そう思った。

私はFGO本編をプレイしていない。いろいろと明かされたアレやソレを、なんとなく知識で知っているだけだ。そうした立場評価するのは御法度であろう。それでも私はFGOが気に食わない。これは負け惜しみだろうか。それともただの老害しかないのだろうか。私が好きだった奈須きのこTYPE-MOONの描く取るに足らない人間たちの物語は、もしかするとFGO本編でも繰り広げられているのかもしれない(琥珀さんルートや桜ルートが好きで、かつFGOのシナリオがそれと同様に面白い、という人がいたら、ぜひ魅力を語ってほしい。皮肉ではなく、ぜひ知りたい)。だけれども、数多くの英雄スマートフォン上で戦い続け、それをプレイするファンたちが嬉々としてお気に入り英雄が引けたことをTwitter上に報告する様子を、どこか冷めた気持ちで眺めてしまう自分に気付く。私がTYPE-MOONに求めていたものは、これだったのだろうか? 幾度となく繰り返されてきた、単に自分が望むような創作から外れていってしまった存在を寂しく思うという、これはきっとただそれだけのことなのだ。つまり、八つ当たりと取ってもらって構わない。

劇場版Fate/stay night [Heaven's Feel] I.presage flower』は、公開初日に映画館に観にいった。素晴らしかった。須藤友徳監督の、間桐桜と桜ルートに対する圧倒的な「理解」に目眩がした。アバンで桜と士郎の「それまでの日々」をたっぷり描いた時点で、完全に勝利だった。FGOで得た利益でこんなにも素晴らしい映像作品が作れるのなら、FGOに感謝すべきであろう、などと思った。第二章も楽しみだ。

なんて無様だ。意味もなく生きてるのはおまえのほうだろ

聞くところによると、FGOの世界には死徒二十七祖(という概念)は存在しないそうだ。私が好きだった奈須きのこワールドとは違う世界がそこにあるのだな、と改めて思った。繰り返すが、これはただの八つ当たりだ。

2017年末も、FGOは盛り上がっていた。きっと酸っぱいに違いないと、私は新年からこのような文章を打っている。2008年4月、月姫リメイク制作決定が発表された。今年、ついに発表から10年が経過する。優先順位があることくらい私だって理解できる。だからもう「月姫リメイクはよ」とは言わない。そのようなファンに耳を貸す必要だってない。FGOを楽しむ人々に向けて頑張っているスタッフの皆さんに、おつかれさまです、と声をかけたい(年始メンテおつかれさまです)。FGOという作品批判する気もない。そもそも批判できるだけの素地すらない。何しろプレイしていないのだから。本当に申し訳ない。

結局のところ、私はTYPE-MOONが、奈須きのこ世界が好きだったのではなく、ただ『月姫』という作品が好きだっただけなのだろう。あるいは、月姫が生まれた、あのころが。

これは八つ当たりだ。私はFGOが気に食わない。ただそれだけの、書き初めである

2017-12-18

オタクバンドやるバンド物ってどうしてないんだろう?

たとえば今ソーシャルゲームがそこそこ売れてるバンドリはゲーム中でアニソンカバーを沢山やっているけどアニメだとアニソンカバーはせずにオリジナル曲ばかりやってる。

オタク達がアニソンを弾きたいかバンドを組んでひたすらアニソンカバーをやるようなバンド物ってそういやないよな。

不思議だわ。

2017-12-08

近時では、「基本料金無料」でおなじみの携帯向けソーシャルゲームアプリモバゲーグリー等)を指して「もしもしゲー(ム)」と揶揄する場合もある。

http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%82%82%E3%81%97%E3%82%82%E3%81%97

今日知った。詳しいな。

anond:20171208141536

厳密に言うと「ソーシャルゲーム」とはSNS上でプレイできるゲームことなんだけど、

ご存知のとおり現在の主流はネイティブアプリだし、

それ以外のブラゲもSNSの衰退に伴って「いろんなSNSアカウント連携できる」程度になってしまっている。

なのでもう「ソシャゲ」という表現はどう頑張っても実態に即さないし、

その呼称を使ってる人たちもガラケー時代からの習慣で使ってるだけ(「写メ」と同じ)。

その上で、たまにガチで「ソシャゲ」で認識が止まっている奴がいて、

ポチポチゲー」を思い浮かべながら「ソーシャル性」について語ったりするから嘲笑されるんだな。

anond:20171208113532

ソーシャルゲームなんていずれ終わるしそれが早いかいかだけの違いだよ

覇権をにぎったゲームもいずれは終わる

新規流入数と継続数がKPIの1つになるのはどれも同じ

anond:20171208110826

某巨大ソーシャルゲーム運営いわく

「全ユーザーの内99%の無課金ユーザーの言うことは聞かないが残り1%課金ユーザーの言うことは聞く」

だそうだ

2017-12-06

案の定、ポケ森に飽きた。

小学生の頃、いつまでもおい森を遊んでいた。

24時間365日、バーチャル世界において現実世界と同じ時が流れ、それでいて現実世界と違う、何者にもとらわれない空間が大好きだった。

やがて大学生となり、これまでより自由にできる時間が増えた。

1年ほど前から発表されていた、スマホどうぶつの森の話を聞いたとき、胸がときめいた。

ソーシャルゲームほとんどやらない私だが、どうぶつの森こそ、日常に寄り添うスマホに適したゲームではないかと思案した。

1年待ち、いよいよ配信となったポケ森。

私の求めていたものとは全く違っていた。

ノルマ可視化、完全作業ゲーで私を落胆させた。

細かく言うといくらでも出てくる。

雨や雪などの天候ランダムがない、マップオープンではない、採れる虫や釣れる魚の種類が大幅に減った、雑草が抜けない、使用アイテム基本的につり ざおと虫あみのみ、虫取り大会等の短期イベント排除収集の為の博物館廃止

なによりも残念だったのが、どうぶつたちとのコミュニケーションが、コミュニケーションではなくなったこである

もっと人間らしい会話をしていたではないか

今作では、アイテム調達し、短い会話のあと、ハートが溜まるシステムで、もうこれはひどいと思った。

調達のためでしか会話を繰り広げられないのである

パシリゲー、お貢ぎゲーと言われてもこれはしょうがないと思った。

こんなゲームだが、続けていれば楽しめるだろうと妥協していたが、気付けば数日前からやらなくなってしまった。

どうしてこんなゲームになってしまったのか。

ゲームシステムをそのまま引き継ぐこともできたはずだ。なぜ変えたのか。

消費ユーザーが悔やんでも仕方ないのかもしれない。

2017-11-30

まり日本舞台作品なら実写版が上手くいくんだろ?Fateとかどうだろうか?

日本舞台じゃないし登場人物外人なのに日本日本人が演じるから間違っている。

この逆を行けば大ブレイク間違いなしなわけだよ。

日本舞台登場人物日本人作品日本人が演じればいいのだ。たとえそれがどんなにファンタジーでも日本舞台日本人が演じる限りはきっと溢れんばかりのリアリティが観客の目頭を焼き尽くし視覚野にこれは現実だと錯覚させること間違いなしである

しかし、それが元々リアリティのある作品であっては面白みがない。たとえば半沢直樹下町ロケットは内容こそふざけていたが作品地盤のものはこれといってファンタジーでは無かった事が記憶に新しい。あれでは駄目なのだリアリティのあるファンタジーによって脳に混乱が引き起こされ、それによって◯◯はいいぞしか連呼できない傀儡を生み出すに至ってこその実写化ではあるまいか

ならば選ぶべきは限りなくファンタジーでありながら舞台日本であり日本人が主役の作品だ。そこで私が推奨するのがFate/stay nightである。殷賑極まるソーシャルゲーム業界において、話題性において頂点にすら立っているとすら噂されるあのFGOの原点、日本有数の傑作文學でありながらジャンル18禁ビジュアルノベルゲームであったばかりに頭の固い老害の暗躍により認知を拒まれ続けた悲劇の雄篇である

他人成功を妬むしか脳がないネットモヒカンの手によりアーサー王美少女であることばかりが殊更に注目されるが、この作品の主要人物は大部分が日本人である主人公ヒロインライバル主人公そっくり正体不明強敵にして頼れる兄貴分、創作物を顕現させる器として選ばれた名も知らぬ農民にして無銘の妙手、これら全てが日本人である。当然舞台日本冬木市モデル神戸

完璧

何故いつまで経ってもFate実写化されないのか不思議なぐらいだと思わないかね?私は不思議だ。日本不思議を現役世代だけで決めるなら絶対に入れるべきだろう。

2017-11-28

スパイクアウトの思い出話がしたい

身近にスパイクアウトの話ができる人がいないので。

高校とき、仲の良かった友人とよく二人プレイをしていた。

100円のプレイ時間を最大化したい彼は絶対コンティニューしない主義者だったので、結局自分クリアできなかったが、新しいゲーム時代が来たなぁと感じさせられるゲームだった。

でも、結局スパイクアウトフォロワーは生まれず、なんとなくMMORPGがそのポジションについた気がする。


社会人になった今でもPS4switchも購入したし、ソシャゲもやったりするんだけど、あのときの100円の楽しさはガチャでは埋められないなぁ。

スパイクアウトこそ自分ソーシャルゲームだった。

2017-11-22

いかにしてポケ森がクソゲーなのか

おい森以来、このコンテンツに触れてこなかった。

気付けば、10年以上経っていた。

自由な村で、釣り竿を水面に落とせば、四季折々の魚達が顔を出し、自分で服を作ろうとすれば、デザインドット絵自由に決められた。

博物館があり、珍しい生き物を捕まえたときは、それがどんなに高く売れようとも、寄贈し、展示されることで自己満足に浸った。

24時間、365日、どうぶつたちはその時々で様々なリアクションを見せた。

花を植え、木を植え、雑草を引っこ抜いた。

数日放置すると、家の中にゴキブリが湧いた。

株で金を儲けた。

いろんな思い出が、おい森には詰まっていた。

ポケ森は何がしたい。

なぜゲームシステムを変えた。

"ソーシャルゲーム"という枠組みがいかにクソか露見した。

ユーザーノルマを与え、それを解消していくことで、ゲームが進行する。

これはダメだ。

DS以来ゲームに触ってこなかった俺が、久しぶりに今度はスマホを通してどうぶつの森に触れると少しでも期待したのが馬鹿だった。

ソーシャルゲームというのは名作をも駄作にする。

スマホゲームをやろうなんて思っちゃいけなかったんだ。

反省

2017-11-16

何でガチャ確率操作話題で、バグをみんな異様に恐れているか

あいつらバグ恐るとか。テストすれば良いじゃん。無能なの?

ってみんな思うかもね。


なんでガチャの時のバグをみんな恐れているかと言うと、
設定ミスったら、今は全額返金がメジャーでして。

そして、単純な設定ファイル編集ミスは実は結構やらかされている。


ゲームによっては、返金時に数億〜数十億円の損害が発生する。
(月初とか月末の目玉ガチャとかでミスったらぁぁぁぁあああああああ)


君のミスでうん億円の損失だよ、
と責められることはないだろうが
ミスると心が痛いぞ。


なので、ソーシャルゲームの開発に関わらない人から見ると、
異様にガチャバグを恐れている感じに見えると思う。
俺には見えた。


確率変動なんて、バグ入りそうな実装やるくらいなら、
何度もガチャやったり、
素直に確率絞ったり、
ガチャにおまけつけろよぉおおおおお
とは思っちゃっても仕方ないよね



俺はゲームイベントやる方が良いと思うけどね!
みんな喜ぶから
イベント技術者実装コストがかかるから
新規開発を進める手が止まるんだ

2017-10-30

アズレンを褒めたいんじゃなくて日本ソシャゲ馬鹿にしたいだけだよ

それで何が悪い

この国のゲーム業界を滅びから救うには、ソーシャルゲームという毒の果実をまるごと隣の国にくれてやるしか無いじゃないか

タネ1つこの国に残すべきじゃない

2017-10-27

パクリだのオマージュだのもうウンザリだよ

楽しんでいる人がいるから水を差すようで言いづらいのもあるんだろう。

何故そのようなクソゲーを楽しんでいるんだと。

楽しむのは個々の自由であるからね。

からクソゲーを遊ぶな、ヤメロ」ではなく「このようなクソゲーを真似しないように」

と導いてやるのが良いのではないだろうか。

パクリだのオマージュだの見ていてウンザリだ。

オマージュも楽しめないならヤメロ!とまで言い出す始末である

一回だけなら良いかもしれない。だがこれで何度目だ?

何度オマージュが出れば気が済むんだ?

オマージュというのは相手作品尊敬しているからこそのものであり

ネタでやるものオマージュというよりパクリとかパロディという単語がお似合いではないか

権利側が訴えなければ良い、権利側が自分作品を知っている人がいるんだ、と言われて

別に悪いことじゃないだろと思うだけで終わりなのか?

誰しもが楽しんでもらえるゲームじゃなくて悲しいと思わないのか?

利益を生み出すためだけに作っているゲームゲームとは呼ばない。

ただのビジネスだ。

ゲームと名乗らないでいただきたい。

楽しく遊べている連中は正直羨ましい。

こんな紙芝居のようなキャラグラにスキップも出来ない宝具演出、長いロード、終わりのない課金

よく続けていられるものだ。

スクロール系ではキャラはやや正面に向けるのがキャラを魅せるコツだと知らなかったのか、

気づいたとしても初期設定からは変えられないよな、それがソーシャルゲームからな。

泥船に泥を塗り続けてなんとか耐えているけどいずれ沈んでいくのか、いや潔く早く沈んでほしい。

2017-10-26

anond:20171025205150

バラエティスポンサーやってるソーシャルゲームメーカーといえばcygamesかと思ったけど

あそこのガチャはだいたい天井付きで10万は行かないし、他にスポンサーやってるメーカーってそんなにいるっけか

2017-10-25

ソシャゲガチャ規制しないでほしい

期間限定アイテムや欲しいキャラクターなど10万円、100万円出しても出ない時はでないわけでそれだけ消費されるということです。

私はテレビが好きで特にバラエティーを楽しんでいますスポンサーゲームメーカーが多くそ殆どソーシャルゲームメーカーです。

テレビ自体面白いまらないという議論は置いておいて私のように楽しんでいる人も一定数いますしそれが放送されるのも

課金してくれている方のおかげだと感謝しています

一昔前だとパチスロCMも多く規制される流れでなんだかなという感じでしたがソシャゲに関しては今のところは大丈夫ですし

大半は国内メーカーということで安心して支払うことができます。消費が少なくなる昨今課金してくださるユーザー様が多く支出

してくださるお陰で経済が少なからず回っていることはありがたいです。

数百万をスマホ簡単に多くの人々に支払わせるシステムは他の製品サービス水商売でもなかなか聞きませんし素晴らしいシステムです。

ソシャゲ課金する神様のお陰で手も汚さず楽しませてもらっているので今後とも宜しくお願いします。SSRが出るまでどんどん課金してくださいませ。

2017-10-23

艦これとかスマホゲームほとんどやったことがないけど、だいぶ前にソーシャルゲーム流行ってるって記事をみて、どんなもんかと思ってmixiの車のゲームをやってみたら、ゲーム性がないっていうか「これはゲームなのか」って疑うレベルだったな。

2017-10-21

金曜日の21時、新宿へ向かう電車

かいに座ってた40代サラリーマンという感じの男性が、おもむろに左手薬指の指輪を外した。

私は、ああ、キーホルダーにつけるのかな、と思った。

ビジネスカバンの外ポケット内側にリングホルダーを用意してあって、そこに慣れた手つきで指輪を隠したあと、少しキョロキョロしてスマフォに目を落とした。とても嬉しそうだった。

そういうものがあるのかと驚いた。

新宿に向かうなかで、30代の新婚さんに見えるカップルが乗ってきた。もうほろ酔いで、今にもキスをしそうな雰囲気だった。

少し辟易しながらも、どうぞお幸せにとしか思うことができなかった。

隣に座り込んできた20代残業終わり風の男性シャツが半分出ていた。伸びた爪でソーシャルゲームをにこにこやっているのが窓越しにわかった。

かい指輪しまった、サラリーマンの靴は磨かれていてシャツはきれいアイロンがかかっていた。

愛って、こういうものかなと、母と旅行へ向かう途中の私は分かったような、違うような、眠気に襲われていた。

2017-10-15

民主主義と言う名の貧困ビジネス

  • 詐欺に騙される人たち

どれも知恵遅れの人たちが対象となってるよな。

結局まともに物事を考えることができるのは一握り。

まり政治を行ううえで、民主主義というシステム国民の大部分の馬鹿扇動することだ。

政治も上辺の政策に喜ぶバカウヨども。日本の状況は著しく悪化してるのに気づかないだけでなく、やつらは未来の状況すらイメージできないときた。

政治家もも一歩間違えらたら搾取される側になってもおかしくない馬鹿ばかりだけど、この違いは生まれとかそういった個人の力でどうにもならない「運」があっただけの違いだと思う。

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