はてなキーワード: Kanonとは
私は姉の影響で十代半ばから重度の男性向けエロゲのオタクをやっていた。しかも知能もヤバめで自身を客観的に捉える能力に欠けており気を張っていないと妄想の会話が口から垂れ流されたし、化粧なんてしないどころか鏡を見ないので自分がどんな見た目をしているかも知らなかった。風呂に入らない日も多かった。学校から帰ると夜中までエロゲをプレイしたりエロゲをノートに書き写したり(なぜ?)、プレイ音声をカセットテープに録音したりしていた(なぜ????)。女エロゲオタクもおそらく主人公視点でプレイすることが多いと思うのだが私は違って、専ら美少女ヒロインに憑依して楽しんでいた。特に儚げで薄幸な悲運の病弱ヒロインだとなお気持ちよかった。Kanonでいうと栞がお気に入りの依代だった。大学のオタサーで初めて自分と同等以上にエロゲに詳しい同学年の男と出会い、別に恋には落ちなかったが、コイツとならエロゲごっこができるのではないかと思って引きずり込んだ。この犠牲者を仮にゆういちと呼ぶ。まずは出会いからやり直そうということで、夕方の大講義室で立ち尽くす私にゆういちが声をかけるシーンを演じた。私がシナリオを書いて、指定通りに台詞を読んでもらった。脳が絶えきれないと思うので内容は書かない。設定としては、私が(病弱なので)病院の検査が終わって急いで入学式に駆けつけるもすでに式は終わってしまっていて、落ち込んでいるところに忘れ物をしたゆういちが偶然戻ってくるというものだった。西日の差し込む大講義室は幻想的だった。登場人物はキモオタ2人だったがそれは気にならなかった。一応言っておくとこの時はまだゆういちも結構ノリノリだった。その後も講義やサークルの部室で会った時は「栞、今日は学校来れたんだな。体は平気なのか?」という挨拶をしてもらった。私は徹底して演技を崩さなかったので、おそらく私が本当に病弱だと思っていた人もいたと思う。それでも私は満足できなかった。もっと病弱になりたいという想いのあまり、実際に大学を休むようになった。そしてゆういちに見舞いに来させた。キャンパスから自転車で30分くらいの安アパートまで、週3くらいで来させた。私の中では病院に長期入院している事になっていたから、部屋の調度は全て白系で揃えてそれっぽく見えるようにした。天井に突っ張り棒を設置してカーテンでベッドを隠せるようにしたり、枕の上辺りに実家から持ってきた精米機や空気清浄機などを配置して病院の機材みたいな雰囲気になるよう努力した。ゆういちが来ても私はふさぎ込んだ感じでずっとベッドで寝ていた。服もパジャマとかジャージじゃなくて明治大正時代のサナトリアム的なものをイメージした旅館の浴衣みたいなやつを買ってそれを着ていた。もう長く生きれない(という設定の)ため常にややいじけた態度の私と話すのはさすがのゆういちも面倒くさそうだった。「じゃあもう死ねば?」とかも何度か言われた。でも一通りの演技が終わるとふつうにオタ友として雑談してたし、たまに手料理を食わせたりもしてたのでゆういちもそこまで悪い気はしていなかったのではないだろうか。しかし問題があって、これはエロゲごっこなので何処かでエロ展開があり、それをきっかけに私が心を開いてグッドエンドに向かっていく流れがどうしても欲しかった。でもゆういち的には私とそういうのは「ちょっと無理」らしかった。まあ正直私もゆういちに対して性的魅力を感じたことはただの一度もなかった。なので妥協に妥協を重ねて、全年齢版ということで近所の高校の学園祭でデートすることになった。私とゆういちはその高校の校門前で待ち合わせをした。外出禁止の病院を抜け出してきたという設定なので、私はいつものヨレヨレの浴衣を着て素足に便所サンダル、その上から(ゆういちが貸してくれた設定の)男物のウィンドブレーカーを羽織って待った。ゆういちはそれを見て爆笑していた。ゆういちがこっそり連れ出してくれたはずなのに。そして私達は高校生の保護者ではないので学園祭には入れなかった。私が落ち込むのを見てゆういちは爆笑していた。仕方ないので予定を変更してマックに行った。私は「一度でいいからファストフードを食べてみたかったんだ」と言いながらテリヤキマックバーガーをバクバク食べた。ゆういち「この前もそれ言ってたよね」と冷静に突っ込み、この関係を終わりにしたいと切り出した。私のシナリオにはそんなセリフはなかったのに。今までありがとう、大好き、と私は言った。ゆういちは爆笑していた。私の魔の手から逃れたゆういちはその後、声優ライブにハマり単位を落として留年を繰り返した。私は徐々に自我に目覚め、ゆういちとの過去が恥ずかしくてたまらなくなりサークルもやめ、エロゲにどっぷりの生活をやめた。そのゆういちが死んだと言う連絡がつい先日入った。今日は告別式に行ってきた。奥さんによると、なかなか起きてこないので見に行くと布団の中で冷たくなっていたらしい。お前まだ30代だろ。そんなのあんまりじゃないか。悲劇のヒロインは私だけで良かったのに。でもお前でも結婚できたんだな。それはちょっと羨ましい。私は最近のゆういちのことは何も知らない。まあ昔のゆういちのことも大して知らないんだけど。でもありがとうゆういち。栞はお前のことが大好きだった。
ゾイドについて、こやまきみこと伊藤静が出てたやつの薄い本の知識しかないので
わんちゃん、ゴジュラスの方がオリジナルで、伊福部昭の方がパクりである可能性もあるのでは? と思ってるんだけど
流石にこれは慎重すぎるかな
いやけど、俺が一切疑いなく信じていた「ボーイズラブ同人誌という文化はベイブレードが原点」という仮説は完全に間違いだったしなあ……
急に関係ないこと書くけど、イナズマイレブンのレビューで「サッカー好きな奴が自分からゴールキーパーやるわけないだろ。リアリティがない」と言ってる人がいて
流石に難癖では? と思った。
ショウマストゴーオンはアモンデュールの中にいたって設定らしいけど、マーク2の本名がクローソーであることと関係してる?(デルタベルンとララファの関係性はやく見たい)
ナデシコの二次創作でイツキが妙に設定盛られるのと、Kanonの二次創作で祐一が設定盛られるのはどっち?
エヴァの二次創作でシンジが最終話までの記憶を保持して1話からやり直すやつと、ナデシコの二次創作で劇場版の配役がアキトに立場にルリ、ユリカの立場にアキト、ルリの立場にユリカがなるやつはどっち?
ガガガのおじさんとレレレのおじさんはどっち?
デビチルとポケモンはどっち?
ダグオンとボーイズラブはどっち?
ダーティペアとダーティペアのパクりみたいな当時流行ったえっちないくつものアニメはどっち?
ガリアンってGTM味するけど、流石にガリアンの方が古いのぐらいわかるんだからね!!!!
いや、マジでガリアンはMHにいてもいいし、GTMにいてもいい感じしない?
最初に言っておくけど俺は音楽的センス0で音楽は完全に「情報を食う派」だからな。
以下目次。順番は思いついた順なので特に意味はない。食える情報の系統が違いすぎて順位はつけられねえや。
・硝子ドール
・アカシア
・Constan Moderato
・群青
・CROSSING
・夏の記憶
・Gの閃光
・硝子ドール
データカードダス・アニメ『アイカツ!』より藤堂ユリカ様(ヴァンパイア設定アイドル)の持ち歌。女児向けでまさかのプログレッシブメタルを!更にはピロピロギターソロを完備。個人的に特筆すべきは「永遠の時を生きる吸血鬼少女」という設定から産まれた『超・少女趣味・耽美的・モラトリアム語り』な歌詞である。「ビロードの重い空」、「鍵が壊れた鳥籠」、「自分だけに見える鎖」などなどの歌詞によって浮かび上がる永遠の暗闇の中に自ら引き籠もりその悲観的な世界に酔いしれる姿。それを「いつまでも少年時代のトラウマに引き込もったまま人間関係を構築しなくて良い趣味やフィクションの世界に籠もり続ける」オタクが勝手に自分に重ねてガン刺さりである。人目を恐れて締め切った暗い部屋の中で人生に絶望しながら聴きたい曲。
・アカシア
ポケモンのMV『GOTCHA!』テーマソング。MVを見ればそこにはポケモンの20年分の歩みが。目を閉じればBUMP OF CHICKENの25年の歩みが。
バンドってのはときに「メンバーAがメンバーBに音楽をやらせ続けるために存在し続けている」なんて表現されることがあるが、BUMPもそういうタイプのバンドだと思ってる。最高の仲間と出会い仲間を輝かせる中で自分も輝く道がある。ウッチャンとナッチャン、ピカチュウとサトシ、オタクとオタク趣味。まあ俺みたいな消費オンリーオタクは一方的に貰うだけでは誰かに何かを与えたことはないが、心の中で出しもしないラブレターはいくらでも綴ってきたから輝きを見出してきた回数じゃ負けてねえぜって気持ちで聞いてるぜ。
歌:fripSide
TVアニメ『とある科学の超電磁砲S』の後期OP。でももっとずっと重要なのはfripSideが小室哲哉の作曲した歌を歌ってるってこと!オタクソングの中には一定割合でコレもろに小室の影響を受けているなって曲が存在する。I'Veが一時期量産したエロゲソングに代表されるように!それが、今、遂に、交差する!伝説との共闘。始祖との共演。夢のクロスオーバー。内容それ自体よりなんかもうそこが凄い!fripsideのクロスオーバーだと『escape -crossroads version-』という白詰草話(大槍葦人のガンスリンガーガールっぽいやつ)のOP(元はresetの曲)をfripsideが歌ったバージョンが個人的には激推しなんだが、だが、eternal realityは……小室とのクロスオーバーは圧倒的すぎる……俺たちがずっと心のなかで思ったことが具現化してんだぞ……。
歌:堀江由衣
アニメ版『シスター・プリンセス』のOP。ある日突然12人の妹ができることで知られるあのシスプリを代表する曲。「lovelovelove」に「アイアイアイ」とルビをふる歌詞は一度見聞きすれば忘れられない。内容自体は「ほ、ほーっ、ホアアーッ!! ホアーッ!!」で長年愛される堀江由衣が歌うバリバリの純愛ソング。とにかくシスプリは凄かった。いま流行りのラブライブと設定を考えたのが同じ人(公野櫻子)だと言えば、その凄さの片鱗が少しは想像できるかも?一時期インターネットの個人日記でどこもRO(ラグナロクオンライン)とシスプリの話をしてる時代が確かにあったんだ。KANONかROかシスプリの話を皆してたんだ。最近だとシスプリのキャラが20周年を記念してVtuberをやっていてまたちょっと話題になった。そのVのバーチャルライブの最中でこの曲のイントロが流れた時、どこからか「きょええ~~~~~~」という叫びが聞こえた。その時「わかる。」と思ったもんよ。だって本当に心拍数が凄い上がって、まるで初恋の人に夢で再開したみたいになって、さすがは運命の恋を歌う超名曲だなって。美化された思い出の完成形なんだよ。
歌:KOTOKO
OVA『マリア様がみてる』ED。オタク的にマーティと言えばももクロかコレ!本当にきれいな旋律なんだなコレが。その綺麗さがマリみてのイメージと最高に噛み合って神々しい清涼感がある。聞いている間だけはどんな汚いオタクも静謐な気持ちになってしまうのだ。この曲を聞いてるときに必要な語彙力は「きれい」の3文字だけで十分だ。
oblivious
歌:Kalafina
劇場版『空の境界』第1章OP。あの頃の日本に漂ういよいよ駄目なのではという閉塞感、自分の価値を高めて生き残るしか無いという焦燥感、そうはいっても俺には無理だろという絶望感、そこから逃げるために広がる妄想膨らむ悲観の非現実感。そういったロクでもないものが心のなかで混ざり合ううちに、都会の暗黒へと魂が霧散していくような浮遊感。青く光る闇が広がりがちなビジュアルイメージとの噛み合いが最高だぜ。梶浦由記は名曲まみれな中でコゼットの肖像から始まり.hackやまどマギやら脳内で次々トーナメントで戦わせていった結果最後にはコレが残った。研ぎ澄ましてもしょうがないオタクのペラペラな感受性が尖らされた挙げ句にセンサーが無限の虚無の中に落ちていく感じが好き。
作曲:mozell
フリーゲーム『遺跡島と7つのまほう』等で使われているフリー楽曲。数多くのアレンジが存在し、その中でも『バンバード ~Piano Version~』が特に有名。ノリノリでテンポのいい民族風の音が非常に軽快で楽しい。とにかく「音」が「楽」しい。うわーい「音楽」だ―。鼓膜に気持ちの良い周波数が次々叩き込まれて脳が快感に揺られる気持ちを味わいたい欲求を満たす能力が非常に高い。
Constan Moderato
作曲:ミツキヨ
スマホゲーム『ブルーアーカイブ』タイトルBGM。タイトル画面にふさわしい柔らかさをベースとして軽快にピッコピッコと音を叩いていくエレクトロな曲調に妙な安心感がある。これは……GBCとかGBAのゲームでありがちだったアノ感じや……なんちゅうもんを食わせてくれたんや……。強めの味付けでスパイス聴かせて音を立たせていくレトロさは健在。そこにGB時代と比べ物にならないスマホゲーの豊富な容量が実現する当時にはなかった柔らかさを追加。古臭さは感じさせずに圧倒的に懐かしい全方面にあったっけえ音。これぞまさに実家のような安心感。デジタルの羊水よ。
アーケードゲーム(家庭用もあるけど)『電脳戦機バーチャロン』の主人公ステージBGM。知ってる人なら一発で分るレベルの自己主張抜群のイントロを聞けば魂が当時のゲーセンへと帰っていく。対人ゲーというストレス憎しみ発生装置から産まれたとは思えない爽やかさと前向きさ。それでいてピリピリきてる神経とのくっつきの良さ。いつしか意識は画面の中へとシンクロし機体と痛覚がリンクするのだ「痛っ」「食らったのお前じゃないだろ」
群青
歌:YOASOBI
ブルボン『アルフォート』のCMソングらしいが、オタクからすると漫画『ブルーピリオド』イメージソング。八虎の「好き」が受け入れられた感覚を手拍子やコーラスで表現する発想が天才すぎる。コーラスパートの明るさによって今度は1人で歌っている時の孤独さが加速する。芸術というコミュニケーションを通して不安を抱えながら恐る恐る胸襟を開く怖さ、伝わることの喜び、ブルーピリオドの世界観がよく表現されてるぜ。そんな姿に漫画家と音楽家の間でもグッドコミュニケーション成立してるなと俯瞰視点で古参面だ。ブルーピリオドが本当に面白いって皆が知ってくれて俺も鼻が高いよ。
CROSSING
作曲:Funczion
歌:Marica
18禁ノベルゲーム『CROSS†CHANNEL』ED。「絶望でよかった」から始まる歌詞が自己や社会への失望感を語りながらも、それでも結局は人と関わる道を選ぶことを歌う。聞き手の社会不適合度が高いほどに何度も何度も頷いてしまう。同じように社会への不適合を嘆く歌詞の歌は世の中に数あれど多くはメタルなオッサンがヘドバンしながら聞き手を責めるがこちらはゆったりとその懺悔を復唱するかのように歌ってくれるので非常にメンタルにいい。社会が怖くて仕方ない夜でも何度も聞いているうちになんとか社会に戻ろうと思わせてくれるので助かっている。このゲームにインスパイアされたらしい岸田教団の『84』もオススメ。
夏の記憶
TVアニメ『スケッチブック』の最終話前回の限定OP。どこまでも広がる夏草の真横でママチャリ漕いでるような光景が浮かぶ曲。シットリとしていながらも爽やかな夏限定の青いノスタルジー。まったりしたいときに聞くとちょうどいい。
歌:ハセガワダイスケ
TVアニメ『ガンダム Gのレコンギスタ』ED。散々鬱っぽいことを繰り返してきたガンダムシリーズながらもまさかの超前向きソング。と思わせて2番では「リアルは地獄」と言い出し、3番にいたっては「出来ると思ってない」なんて語ってしまう躁鬱の激しさ。富野監督が今までの人生の中から『やらないと始まらないからやるしかない』という答えを導きそれを若者へと伝えようとするある種の説教ソング。でも富野がそこまでいうならまあ地獄の中であがくしかねえなって気持ちになれる。
歌:SHIHO
18禁ノベルゲーム『未来にキスを-Kiss the Future-』テーマソング。歌詞で叙述トリックかけてくる歌でこれ超えてるの俺はまだ知らない。OPでネタバレしてたアニメやゲームは知ってる。叙述トリック仕込んでる恋愛ソングも知ってる。でも曲単体で叙述トリック成立させつつゲームの設定とも絡めてきててやってることのスケールが作品世界の根底全部ひっくり返してくるようなのは自分が知る限りこれだけ。それ以上にやってることのテーマが好き。気持ちのいいリリックで気の狂ったトリックしかけてくるし作曲は高瀬一矢で全部好き。なにより今の世界だと「まあ人類って結局何度もピンチを乗り越えられてるからそうそう滅びなくね?」が蔓延してるけど、その直前の「本当にピンチになったとき人類は遂に滅びるのでは?」に神経をとがらせることがまだ出来た時代の名残とかデジタル技術の指数関数的進歩への盲信とかが加わってこの曲の展開に対してコレマジであり得るんじゃねみたいなノリがまだ可能でさ……つまりは失われた技術、オーパーツだよ。
「京都アニメーションの性暴力について」(anond:20210718192945)のブコメに面白いやつがいるなw
リアルではあの手のアニメに吐き気を催す人は少なくないと思う。元々は低学年女児向けに作られたアニメにおっさんがフガフガ言いながら乗り込んで来てエロ要素を盛り込んだわけで。まともな人なら嫌悪感しかないよ。
18禁エロゲーを原作にした『Kanon』や『AIR』、ラノベを原作にした『フルメタル・パニック?ふもっふ』と『涼宮ハルヒの憂鬱』、萌え系漫画を原作にした『らき☆すた』に『けいおん!』、一般向け小説(ライト文芸寄り)を原作にした『響け!ユーフォニアム』が低学年女児向けに作られたアニメだというのはなかなか斬新な見解だ。
アニメや漫画の性的消費が云々言ってるFから始まる連中、だいたい基本的な(本当に基本的な)知識も踏まえずに雑語りしてるだけだと思ってたけど、良い見本だわ。オタクコンテンツを腐したくてしょうがなくて、その目的のためなら情報の正確性とか事実認識とかはどうだっていいと思っているからこういう発言ができるんだろうね。恥を知れ。
が私です。
最初はアレが嫌いだと書いていたけど、何が嫌いかじゃなくて何が好きかで自分を語れよという名言に沿って、自分がどういう経緯で男性向けジャンルが好きになったのか語ろうかと思い直しました。
まず誤解を避けるために言うと、私は男性向けジャンルが好きだけど、その視点まで男性ではないと思っています。男性向けジャンルのヒロインが好きなのではなく、大抵好きなのは主人公の男性の方です。だから女の子しか出てこない系統の男性向けはあんまりです。ここら辺が分かって貰えるように語っていこうと思います。
私がオタクに転んだのはスレイヤーズにハマってからです。リナとガウリイの無茶する女の子とそれを見守る保護者男性という関係性がすごく好きでした。リナとの恋愛面については分かってるけどとぼけてるガウリイというのが私の解釈で萌えです。自己分析すると、そういう安心できる男性に好き勝手甘えたいという心理なのだと思います。
次にハマったのがTo Heartでした。マルチシナリオで泣いたのは当たり前のこととして、あかりをクリアするときの選択肢にすごくドキドキしたのを覚えています。幼なじみの彼女を、誰もいない自宅に誘うか否かの選択肢。いやこれは押すべきだろうと思って誘って、でもあかりは帰ってしまって、だけどパジャマを取りに行ってくれていたというのにもうドキドキでした。あれ、これは男性視点だな。まぁいいか。
その次はKanon。これは真琴シナリオが推しでした。少しずつ言葉を失っていく真琴と彼女に最後まで寄り添う主人公。いい。その一言に尽きます。
で、月姫は評判良かったもののコンシューマ版がないからスルーしてて、その代わりに空の境界にハマります。式がとてもカッコいいけど、幹也もなかなかの傑物ですよね。あの刃物そのものの式を受け止められる程の優しい人。でも、多分彼が本当にもう一度会いたいのは雪の日に出会ったあの人なのだと勝手に思ってます。
Fate/stay nightもコンシューマ版があったのでプレイ。全ルートクリアしたけどセイバールートでセイバーと士郎がラブラブしてるところが1番良かったです。ギルガメッシュがちょっかい出してくるあたり。
そしてEver17。これはもうシナリオがめっちゃ良かった。割と力技で持って行かれたところもありますが何言ってもネタバレでネタバレして欲しくない作品なのでここまでで。1番好きなのは桑古木だとだけ言っておこう。
そのあとは18歳もとうに過ぎPCも手に入れたので、装甲悪鬼村正に手を出しました。これもね、大傑作。もちろん1番好きなのは景明です。あんなに不器用な人、なかなか居ないよね。
で、今はFGOをプレイ中です。ぐだ子でプレイしてるけど、心は少年だなぁと思いながらシナリオ読んでます。ドクターロマンがとても好き。
とまぁこんな感じに男性向けジャンルを楽しんできたオタク女です。個人的には女性として男性向けを楽しんできたと思ってるけど、自分と同類だと思う女性には出会ったことがないので多分レアキャラだろうくらいのつもりでいます。レアキャラだろうけど、こういうオタク女もいますよーって自己主張したくなりました。
これ読んでぱっと思い浮かんだのが「掲示板やオフ会で他人と話すのが好きな人」だった
話してて分かるんだ
あぁ、この人は「語りたい」のだなぁって
ゲームが好きな「結果」誰かと語りたい人と
誰かと語りたい「結果」ゲームを遊んでる人って違いが出るんよ
哀しいのは、後者も自身のアイデンティティを「オタク」だとするんだよね
掲示板文化みたいなのが残ってればそれでも居場所はあったかもだけど今はSNSの時代
そういう人って、自分が楽しめなくなった原因を「誰かと語れないから」ではなくて、「コンテンツがつまらなくなった」に見出そうとする
だって、自分はオタクで、積極的にコンテンツを楽しんでると勘違いしてんだもの
絵描きさんだとしたら、そのジャンルの二次創作をするのはなぜですか?
廃人活動もしてないのに楽しそうにしてる人と、がつがつやってもなんだか空虚なあなたとの違いは、どこにあると思いますか?
みたいな
的な
ふらっと青森に行っては、ラブリッジを写真に撮ってTwitterに流し、友人が数人「わかってる」コメントをする
仰々しく聖地巡礼とか書かない
そういう反応を期待する「趣味」ではないしね
「他者の中の自分」が目的の「趣味」はコミュニティをきちんとしないと長続きしないように思う
それらはインプットとかアウトプットとかそういう話じゃない、どうしようもなく他者依存のもの
そりゃそうだ、だってどこまで行っても自分が好きだけでやってんだから
そういう違いをきちんと把握して
趣味の対象を憎んだり、加齢で楽しめなくなったと勘違いしたりしてしまう
特定の話題に絡めればそれなりの読者数が安定して稼げる。更にはリレー小説的に続いてブームになることも。でもブームの大部分は自演だと思います。あとツイッターでたまに回ってくるけどあれも自演だと思いますよ。
怪文書投稿サイトとして一時期圧倒的地位に上り詰めたサイト。今でもサザエbotの生き残りみたいのがいるけど、大して面白くもないことをダラダラ喋ってるなと思うばかり。
正直言って、本当に面白い人はいなくなってつまらん連中がボク面白いよアピールに必死なだけなので、そういう使い方はしない方が幸せになれると思います。全時間帯対応雑談チャットとしては今なお優秀。
告発最大手の座に上り詰める器だったのにその路線を伸ばすものが現れずに無事死亡。
でも内容が偏っているせいで怪文書の総数が少なくやや質が低いように思う。身内贔屓が多いのでかつてのTwitterのようなお友達を増やして相互にいいねしあう気持ち悪い空気がちょっと無理。
前もって用意した怪文書をさも今思い付きましたよ感を出しつつ読み上げることを競う新型のスポーツが大流行している謎の空間。対談形式で怪文書を投げ合うフリースタイル怪文書配信もあり、コンテンツの幅は広い。
フィクションの体をなしてその実はただただ怪文書であるというスタイルが全面的に許されているお気持ち長文投稿サイト。キャラクター同士の掛け合いを装えば1000000行の怪文書であっても読者は付いてきてくれるので、話しが長過ぎる人にこそオススメのようだ。
小説家になろうと違って二次創作が全面的に許されているので伸び伸びと特定作品の怪文書が投稿できる。エヴァンゲリオンやKANONの二次創作怪文書を書いてたような人種におすすめのサイトである。
個人的には9話は非常に良かった。
アニメの場合、麻枝作品の特徴は前半で遊び過ぎて後半で尺が足りなくなるところにあると思うが、今作品ではまさかそれが良い方向に働くとは思わなかった。
9話はまさに、その尺合わせで急激に話が収束する回だったわけだが、その超展開に置いてきぼりになる視聴者の心理を、急な別れに途方に暮れる陽太の心理に合わせてきたのが非常に素晴らしかった。
つまり、視聴者が感じる超展開への驚きを、陽太が感じた超展開への驚きとリンクさせて、陽太の喪失感に視聴者が共感しやすい構造になっていたのだ。
これは、あの喪失感たっぷりの黒背景のエンドロールを見てわかる通り、偶然ではないのだろう。
だから、今作品は意図的に、視聴者が超展開にポカーンとなるように作ってきたんだと思う。この強い喪失感を共感させるために。
超展開を逆手に取ったシナリオ構造とでも言うのだろうか。それに結局、仮想世界だとかのギミックが思ったより弱く、シナリオをメイン二人の関係性に振ってくるのであれば、
愛を育む意味で、超展開の原因である前半のバタバタでは必須だったわけだし。その点では、しっかり作り込まれた超展開なのだと感じた。
これは前の2作とは大きく異なる長所だと思う。今作は、配信か何かで追い直して最後まで見る価値があると思える大事な回だった。
あと、最初はメイン二人の恋愛関係に話を持ってくるのであれば、ひなのキャラデザインはもっと大人びたものにすべきだったと思ってた。
京アニ板kanonのように、二人の関係性は兄妹にしか見えてなかったので、恋愛関係にあると言われても違和感を感じてしまうから。
しかし、それも超展開を感じさせる仕掛けの一部だったんだと思う。つまり、先の喪失感を高める効果だったんだと思う。よくできてる。
いちおう2話くらいまでは見ましたが、ありきたりの展開で捻りもないし、まぁ「鬼滅の刃」ですらアニメ19話だけ凄くて感動的だったけど、全体としては特に良作だとは思わなかったし、キャラの個性が濃すぎて好きになれなかったくらいなのでお察しを・・・
こういうゆる~い感じではあるが、絆の儚さを思わせるようなどことなく緊張感がある感じも嫌いではないが、話と展開と演出が単調すぎた。
同じ原作者の「電波女と青春男」があるが、これは当時いろいろ斬新的でヒロインの可愛さもあったので楽しめた。
「安達としまむら」は登場人物の構成として「電波女と青春男」と共通点が多いが、結局は好みの問題だろうな。
別に百合展開が嫌いなわけじゃないですよ、数年前に放送された「citrus」は百合恋愛系ですがスリリングな展開があって面白かったです
詳細はここに書いてますのでよかったらどうぞ→ https://www.anikore.jp/review/1563999/
そうですね、まずアニメにハマったのは今から15年くらい前のことでキッカケは「攻殻機動隊S.A.C.」でした。
そこからアニオタになったと自覚するくらいなので、これまでに見てきたアニメはざっと500タイトル以上になりますね。
参考までに・・・レビューサイト「あにこれ」(最近は全く活動してませんが) https://www.anikore.jp/users/profile/18868/ (後で気が付きましたが、ログインしないと情報が見れないです)
あと、オタは犯罪者云々な話については、まぁよくいるカスハラでギャーギャー騒いでるような人種と同じ心の狭い方々なんだなとしか(略)
追記:そういえばデジキャラットとかぴたてんとかのアニメも同じ時期に見てました。あとは、近所のビデオショップで親同伴でアニメを借りることが多く、かわいい絵柄のものや面白そうなものを選んだ結果、今思えば冗談みたいな話ですが「あぁっ女神さまっ小さいってことはいいことだね」とか「ゴクドーくん漫遊記」とか、「セイバーマリオネットJ」とかを借りていました。もっとも、当時店頭に置かれていたKanonのキーホルダーガチャポンなどは「女の子が裸にデニムのオーバーオール着ててなんかエッチなふんいき……」と敬遠していたので、よくわからない幼少期でした。
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萌え絵好き30歳女ですが、小学校高学年くらいの時分に本屋でかわいい絵柄の漫画(まもって守護月天)を買ったのがきっかけでした。
なお、小学校低学年の頃に読んでいた「なかよし」では東京ミュウミュウのようなオタク寄り漫画もやっていました。また、上述のまもって守護月天は絵柄がなかよし掲載作家に近い(ように当時の私には思えた)ので、あまりジャンルの垣根は感じていませんでした。
もしかしたら、母親が漫画好きで、パタリロやシティーハンターなどジャンルの垣根なく読んでいたので、私が欲しがる漫画に「男の子向けだからやめておけば?」とか「女の子なら、少女漫画にしなさい」とか言わなかったのも大きいのかもしれません。
当時のインターネットはまだ「オタクの裏情報ネットワーク」だった。
漫画と言えばジャンプ、ゲームといえばプレステ、という程度の地方のガキが、
大学のオタサーにでも入らなければ知れないようなディープな情報を得ることができた。
しかし現在のように「何でも知りたいことを知ることができる」ものではない。
曖昧模糊とした噂話が広がり、実態を掴むことができないもどかしさがあった。
たった二人で作った同人ゲームらしい。
現在とは違ってスクショの一つですら共有するのは大変な時代だ。
コピーが出回っていたとか言っている奴もいるがそれもたかが知れている。
ただし、そもそも月姫が話題になったのは、月姫が面白かったからで、
それは「膨大な裏設定とファンの考察」という様式に則っていたからでもある。
2000年代前半ならエヴァの余韻が残っている。ガンパレの人気もあった。
そのサイクルがインターネットという装置によって高らかに駆動していた。
結論だけ書くと月姫~Fateまでで10万本クラスの売上を出すKEYに並ぶブランド力をつけて期待通りの優れたゲームを出したから当然の売上だよねって感じ
当時ブームになるのを少し後から追った位の消費者側だから間違ってたらすまんが
そもそも月姫が評判が評判を呼ぶ大ヒット。当時はオタク界では美少女ゲームが一大ジャンルでKanonやAIR、ToHeart等シナリオ重視の作品がもてはやされている所に同人界で注目を集める程の良いシナリオゲーを作ったら注目が集まらない訳がない。
Kanonは教養だよね。みたいなシナリオ重視の美少女ゲーは皆やって当たり前な風潮もありブランド価値はうなぎ昇りで型月は葉鍵に並ぶ美少女ゲーム界のトップTierに躍り出た。
長く続くアーケードにもなる傑作MELTY BLOODが生まれたりと作品の供給が継続され人気が維持し、月姫のアニメが2003年10月から放送されこれ以上ない注目を集めた後に
Fate/stay nightは2004年1月販売された。内容も当時のナンバーワン級と言ってもよい出来でKEYの名作CLANNADを上回る結果になった。