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2017-07-16

子供マンガ家やら小説家やらクリエイターになりたいと言い出したら

そうかがんばれよ、で応援してやればいいと思うんだよ。

クリエイターはなるのが困難だし食べるのに苦労するから諦めさせよう」なんて、考えなくてもいいし、そんな理由子供意思を折るのははっきり行って不毛無意味だよ。

もちろんそれがただの逃避で勉強を全くしない言い訳や家のお手伝いをしなくなるとかならばその点は適切な叱責や誘導必要だけど、それはそれとして問題だけど、それは上記の視点とは別の問題だよね。

そもそもの話さ、子供が進むべき最優の進路が、(オレ個人は必ずしもそうだとは思わないけれど)「大卒上場企業正社員で務めること」だと仮定して、そのための努力をしている小中高校生なんて、どれだけいる? 100人に1人もいやしないとおもうよ。子供はそんな遠い目標や手触りのない目標のためには頑張れない。もっと衝動的で目先のことしか考えてない生き物だよ。

まり、「クリエイターになろう!」なんてもりあがって下手な絵を書いてみたり、恥ずかしい小話を書いてみたりする子供努力は、別に、他の努力排除して行われているわけではないんだ。子供のそういう目標を折ってやれば(親から見て)有益ルートに戻り、図書館ビジネス啓蒙書を読み始めるというのは(気持ち悪い)幻想で、ただ単に、その子はやる気がなくなって、やる気を出しても親の不興を買うだけなんだなということを学習して、目先のスマホゲーム時間つぶしをする子供になるだけだよ。

子供の頃のクリエイターを目指すリスク」なんかよりも「何もやろうとしなかったリスク」あるいは「何かやろうとして水をさされた結果無気力学習するリスク」のほうがよほどでかいよ。特に無気力学習するリスク」について、日本人全般、親全般は、呆れるほどに鈍感じゃないかな? まあ自分らもそういう教育を受けてきたことなかれ世代なわけで、再生産といえば再生産なんだが、自分の不遇を下に教育しなくてもいいだろうよと思う。

ちょっと絵がかけるだけ、ちょっと文章が達者なだけ、全然いいじゃないか。どっちもサラリーマンで役に立つよ。自分の頭のなかにある考えを他人説明できる能力が、役に立たない仕事なんて無いよ。やる気を出したりコミュニケーションするのは無駄だって思い込んだ引っ込み思案より、百倍有為人材だよ。

そもそも現実なんて、親がわざわざ教えてやらなくたって勝手教師をしてくれるんだ。アマチュアが強大なこの日本では、絵でも文章でも、上手い素人なんていくらでもいる。子供はそういう舞台であっという間に強敵出会うし、自分天才じゃないなんてすぐに気づくよ。「子供現実を教えてやろう」「傷つく前に止めてやろう」なんてのは、下衆なマウンティング思想であって、子どもたちが自分人生を切り開くにあたって、微塵も必要な手助けじゃない。

頑張れよ、応援してやるぞ、で十分だ。そんなことより、大人役割は、一番望んだ道に破れた多くの子供達でも食うに困らない、再出発できる社会を豊かな社会を作ることだよ。

2017-07-15

もやっと

一撃必殺!急にマンガ家だの声優だの絵師だのになりたいと言い出した子ども大人を止める、オススメ方法

https://togetter.com/li/1130025

まあ、なんだ。

赤の他人だったら、これぐらいの応対でいいけど、

相手自分の子供だったら、たまには応援してやってもいいんじゃないのか?

可能性や才能ってどこに埋まってるか分からんもんだ。

2017-07-10

作者的に漫画って紙と電子書籍どっちで買うのが良いの?

少し前に Twitter か何かで「○○の×巻発売です。電子書籍でもいいけどできればお店で買ってください」みたいな書き込みを見かけた。

実際、紙のほうが作者的には嬉しいの?

最初の発売時はそのときの売れ次第で次の印刷数が決まるみたいの聞いたことはある。

印刷されて本屋流通すれば、すでに印刷されてるから本屋で売れなくても編集社としての利益はでてるから

そういうこともあってか、発売から1,2年経ったちょいマイナー漫画ってアニメイトとかでも売ってないことが多い。

完結してるものだと特に

もし売っていて自分が買っても、誰かから注文なければ次を発注したりはしないんだろう。

それだと自分が買っても買わなくても作者や編集社にはほぼ影響ないと思う。

電子書籍だと、人気ランキングが少しだけ上にいって作者が気付いて「おっ」っと思うかもしれないし、購入があってからお金が入るなら「まだ売れてるんだ」と思うこともありそう。(こういう業界詳しくないから売上関係なく月給とか1ページ辺りで金額決まってるのかもしれないけど)

そう考えると、新刊なら紙で、数年前のを買うなら電子書籍のほうがいいのかなって思ったんだけどどうなんだろう??


それともうひとつ気になったんだけど、アンケート感想かのはがきを書くのが一番の応援なるみたいのを聞いたことがある。

10年、20年前ならともかくいまどきはがき??って疑問に思ったんだけど、漫画業界でははがきにそんなに重要なの?

応援メッセージならメールフォームみたいのでいいと思う。

感想でもはがきよりは、Twitterとかブログに書いたほうが本人以外の人も見て買うキッカケになるかもしれないし。

ブログアフィリエイトだって買ってくれるキッカケになるんだし、はがきよりも喜ばれそうだけど、どうなんだろう。

と、書いてみて思ったけど、マンガ家の人やその関係者増田なんかみてると考えづらいし、自称詳しい人のブコメくらいしか期待できないな。

まあ独り言ということでいいか

2017-06-28

とある新人漫画家に、本当に起こったコワイ話」とねとらぼ対応

https://togetter.com/search?q=%E4%BD%90%E5%80%89%E8%89%B2&t=q (参考)

一部でも話題になった色紙1600枚事件(そんな風に世間で呼ばれてるかどうかは知らない)の当事者である佐倉色氏の描いたエッセイ漫画を読んだ。

というのもたまたまトゥギャッターねとらぼ反論記事に関するまとめを見て本分に何が描かれていたのか興味が出たから。

問題記事だけだと何があったのかさっぱりだし、周囲の反応も漫画の方を読まずにあっちが悪いこっちが悪いと勝手な推論を言ってる人が多くてこりゃあ漫画の方も読まないと何がなんだかわからないぞぅということで即購入。本の内容自体面白そう(笑える方面じゃなくて好奇心を刺激される感じで)だったので。

で、読んだ感想としてはまあ色々ある。編集者さんヤバイなとか。

ただそのあたりは正直一般的感想として出尽くしているので、今回は場外乱闘的な部分であるねとらぼとのあれそれに絞って言う。ねとらぼという会社としてはともかく問題記事作成した個人の方とはあまり関わりあいになりたくないなあという結論

問題記事を「整然とした反論だ」と言っている人を見かけたけど、別に整然とはしてない。主張そのもの理解やすいけど。

おおまかな経緯

漫画家兼業作家)の佐倉氏は、当時の担当であるボーノ氏(仮名)との間にトラブルがあり、精神的にかなり疲弊していた。(このトラブル顛末をまとめたのがタイトルにも入れてるエッセイ漫画

そして編集とのトラブル疲弊していた時期に起きた「本来問題とは直接的に関係があるわけではないけれど、関連して起こったプチ騒動」がねとらぼの件になる。

佐倉氏は度重なるストレスから自身ツイッターブログで「色々あって疲れたので(今回問題にする部分とは関係ないので詳細は省く)商業から暫く距離を置くつもりでいる」という話をした。それを見たねとらぼ側が『「桜色フレンズ」の佐倉先生商業マンガ家引退を表明 月刊少年エース担当者とのいざこざが原因』というタイトル記事にした。

佐倉氏は該当の記事に関して不満があり、直接電話意見することになった結果、最終的に該当記事については削除されるに至った、というのがまあごく完結で客観的事実と言えると思う。

今回エッセイ漫画の中で騒動中の一幕としてこのねとらぼ記事や実際のやり取りに関する話題も触れられており、ねとらぼ側はそれに対して「事実と違う」と反論記事を上げた、という流れ。

佐倉氏の主張について

参考にできるものリンクできるところにないため解説。これは実際の漫画を読んで自分なりに解釈した内容になるので、気になる人は一次資料になる漫画を読んでもらった方が早いとは思う。

そもそもとして佐倉氏がねとらぼ記事に気が付いたのはボーノから電話によってであり、彼と話をしながらサイト記事を読んでいた状況であることが描写されている。ここは割と重要

まず、佐倉自身自分ブログでの発言について当時の心労や混乱、なるべく穏便に事を済ませたいといった様々な思惑から『「批判」と「フォロー」 「辞める」と「辞めない」が入り混じった不思議文章を書綴っていた』としていて、本人自身が分かりにくい点のある文章だったと認めている。

その上で、言いたかったことは『商業撤退。少なくとも当分はこりごり。もし縁があったら商業復帰したいけど当分は休みたい』であるとしている。

だが、ねとらぼ記事ではタイトルインパクトの強さや記事の要約の仕方から、この記事では本意が伝わらないだろう、ブログを読めば分かってもらえるだろうが記事を見た人がわざわざブログまで確認することは少ないだろうと判断

(補足:この時点で佐倉氏には「記者の人は本当に自分ブログを読み込んだのだろうか」「ざっと呼んだだけでセンセーショナル話題からと大雑把な纏め方をされたのではないか」といった不信感があったのでは?と思われる。)

また、ナイーブ話題であるのにブログ記事だけを元にされていて、発言の裏にどんな意図があったのか、ブログ記事事実なのか、といった詳細を確認しなかった、佐倉氏とは直接コンタクトを取ろうとしなかった点について『本人に事実確認もせず記事にする』と認識している。(補足:出だしの時点でねとらぼに対してよい印象を持っていなかったことがわかる)

こうして記事に対して不満を抱えていたところに、ボーノ氏がブログ掲載していた画像を使っていたことについてほのめかし、著作権に明るくない佐倉氏の画像を使ってよいものなのかという疑問に対して『普通にナシですよ』と発言

(補足:著作権的に引用範囲であれば無断で画像を使っても問題ない。問題画像引用範囲だと認められるかどうかはそれこそ権利に詳しくないと難しい、素人では判断ができないのではないかと思う。が、逆にそんなものを「普通にナシ」と軽々しく言ってしまえるあたりボーノ氏も著作権に明るくないと思われる。)

さらに補足:この適当説明のせいで佐倉氏はねとらぼに対して「人の真意を汲み取らずおざなりな要約記事掲載した上に普通にナシである画像転載までしたのか」とマイナスの印象を強めたと思われる)

そんな中で佐倉氏はボーノ氏にお願いされた「画像の取り下げ」(本人としても下げて欲しかったとは思う)を依頼するために直接ねとらぼ電話

(補足:佐倉氏がまず気にしていたのは大げさなタイトル記事だけでは氏の真意を汲み取れないことだったので、目的である画像取り下げとは別に個人の思惑として記事のものについてもどうにかして欲しいという思いはあったと推測できる)

会話の内容については

という流れだったとしている。

なお、折り返しの連絡を待っている間の描写の中には明らかに焦点のおかし自身の絵や、善意の気づかい言葉すら悪意に取ってしまうほど追い詰められていた、と自身が正常ではなかったことの説明も含まれている。

(補足:つまりこの時点で、電話の時も作者が冷静ではなかったことが読者に伺えるつくりになっている)

折り返しの連絡は編集長から最初電話をした人とは別人)であり、「許可は取っていない。今回の記事は削除する。しか記事タイトルは残す」という内容。

それに対して佐倉氏は漫画内で『私の希望無断転載された画像の削除と事実と違うタイトルの変更です』としている。

(補足:最初電話の部分ではタイトル変更を希望したということは描写されていない。タイトルを誇張だと認識していることは描写されている。)

しかこちらの主張は聞いてもらえず「(記事は消すが)画像無断転載ではない」ということを何度も言われ、『半ば怒鳴りつけるような強い口調』だったと描写されている。

画像の利用については佐倉氏の認識としてはお礼漫画(2ページ)全部を丸々掲載されたという状況で、これが無断転載でなければ何なんだろうと疑問に思っている。

また、記事の削除理由として佐倉から要請があったためと説明すると再三確認され、最終的に一方的電話を切られた、という流れだったとしている。

(補足:佐倉氏は名前を出すことを再三確認されることの理由がわからず、もしかして脅されているのではと受け取った)

そして記事は削除されました、という流れでねとらぼに関する描写はだいたいこのくらいだと思う。

ねとらぼの主張について

これは全文参照できるので直接見るのが早い。

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1706/10/news018.html

あえて重要と感じた部分を要約すれば

画像は一部使用であり2ページ丸々使ったという事実はない

電話の内容として書かれている部分が事実と違う

といったあたり。

ねとらぼ佐倉氏の共通認識事実とみなしていいだろう部分)について
食い違ってる部分についての勝手想像について

これらを確認した上での個人的な推測を述べる(もしかたらこういうことなのではないかという話でこれが真実だと言うつもりはもちろんない)。

まず、前提として確たる証拠が出ておらずどちらも当時の記憶を頼りに話しているのだろう、という判断しかできない以上、どちらの発言も「主観的事実に基づいたものであり、一定事実性はあるけれど真実を語っているわけではない」と考える。

まず、佐倉氏はねとらぼ電話をした。主目的としてはもちろん依頼された「画像の取り下げ」である

しかし、氏はねとらぼ編集部に対してかなりマイナス印象を持っており、個人的には画像の取り下げよりもこちらの意図が伝わらないと思われる記事の内容の方が問題だった。

そしてまず記事の作者と話をした。話の内容として恐らく

(2)佐倉氏は次のように主張しました。「1:自分に断りなく記事掲載されている」「2:画像無断転載である」「3:文章ブログから無断転載である

ここは間違っていないと思う。漫画での主張(会話の内容としてと言うよりは本人の認識部分)とも一致しているからだ。

そもそも漫画会話内容は実際の会話の要約だと思われる(あんな短い会話で話が済んだわけがないと思うので)だろうから、全体としてまとめたらそういう話にはなるだろう。

ではその主張を元にどのような会話が繰り広げられたのか。

繰り返すが本人も認める通り佐倉氏は著作権に詳しくなく、編集部として直接取材はしていないことも画像の利用に許可を取っていないことも認めている。であれば「裏取りもせずに勝手画像を使ったと認めるんですね。であればこちらに断りなく使用した画像を消去して下さい」と依頼して何の不思議もない。それが主目的だし。

ただ、ここで画像に絞って主張したかはかなり怪しい。繰り返すがボーノ氏の希望である画像の削除とは別に作者自身希望として記事内容のものに不満があったのだから

というか二度目の電話の時にタイトル修正希望だと言っているので、一度目の電話の時に画像の削除と一緒にタイトル修正も主張したと考えた方が妥当

で、無断利用したものを消して欲しい、という希望に対して、もし仮に「いやこれは著作権的にこれこれこういう理由別にさなくてもいいものなんですよー」とか「今回の記事転載ではなくて引用範囲なのでー」という話になったのであれば別だが、ねとらぼ側の主張を見るにそういった説明をしたという記述はない。あくまで「事実から報道したまで」「転載はしていない」という主張である

無断で利用したことを問題視しているのに、「そうですね無断です」と言えば「じゃあどうにかしろよ」と言われるのはある意味当然の流れでしかない。

ここで「無断ではあるが無断であることは問題にはならない」ということを説明できれば話は違ったかもしれない(佐倉氏が冷静ではなかったのでその説明に納得してもらえたかどうかは分からない)が、ねとらぼの主張ではそれを説明したようには見えない。こじれるのも残当である。(文面と漫画だけで判断するなら)

「無断で使ってるんだから消して下さい」(誤った著作権への認識と心労による疲弊による主張)→「事実を書いただけです。転載はしていません」(引用なので法的に問題はない)→「いや、さっき確認取ってないって言いましたよね?なんで消せないんですか?」(法的に問題ないことの詳しい説明がなされないため主張の意味が分からない)→「いやですから転載をしたわけではないので……」(著作権には違反していない)

といったような堂々巡りがあったのではないだろうか。それならお互いに「話が通じない」という認識になるだろう。

あと、電話内容の(4)についてだが、「商業引退ではないのか」と聞いても作者は「いや距離を置くだけって書いてあるやん」としか思わなかったのではないだろうか。佐倉氏の言う真相とはもっとブログに書かれていない情報を引きだそうとする努力はないのか、編集者の行動が事実だったのかの確認はしないのか(漫画で「漫画家一方的な主張を元に記事にするの?」という疑問を持っていた)という意味である可能性があるので、この部分は認識の違いのような気がする。

記事自体の削除云々については、佐倉自身記事の内容そのもの問題視していた(事実とは異なる、誇張された表現だという認識)ので、その認識からくる発言記事の削除を求めるものだと受け取れるものであった可能性は高いと思う。

ねとらぼ対応問題はあったのか

疲弊してパニックを起こしている作者から電凸である。口調も実際は漫画であるような冷静な口調と考えるよりは興奮してそれなりの語気だったと考える方が自然。なので編集部が「この人話が通じないな」とおざなり対応になってしまったとしても仕方ないというか割と当然だし、間違った認識を元に問い合わせている作者に対してわざわざ間違いを訂正する必要もない。

よってねとらぼ対応は「間違ってはいない」し、仮に漫画の内容が正しくてもねとらぼ側に不利益な内容であれば当然反論する権利はある。

ただ、「漫画家編集者確執を取り扱った記事を裏取りせずに記事にした(電話取材は行ったが不在で話せなかったため漫画家ブログという片方の主張しか確認できない状況なのに記事を即公開した)」のに「当人が当時の精神状況は異常だったと再三繰り返しているエッセイ漫画での記述については事実関係が違うが裏取りはしたのかと反論する」のはなんともダブスタ構造だなぁと思った。(そして漫画家発言一次ソースとして掲載しました、編集者側の発言取材できなかったけど事実報道なので問題はないです、とするならそれこそ飛鳥新社の主張と何も違わないのでは?)

のでねとらぼ編集者ダブスタな人たちなんだなぁと個人的に感じた、という話。

2017-06-13

[]えりちん「描かないマンガ家」完結

漫画専門学校に通ってるけどなんだかんだ言い訳して漫画を描かないだけでなく自己肥大化してプライドの塊でしかない人間主人公漫画

そんな人間最後にたどり着く場所はどこか?

数巻読んで止まってたけど終わったと知ったのでまとめ読み

やっぱ序盤はきついなあ

だサイクルにすらなってない感じがすげー痛々しい

でもそれが他人を救ったりもしてるとこは面白いといえば面白い

でもそれすら中盤から後半にかけては通用しなくなる

ラストに向けては怒涛の展開になる

序盤はただのワナビあるある漫画で終わるかと思ったらそうじゃなかった

ちょっと超展開すぎる気もしたけどまあ漫画だし、一応理由がないわけでもないからこれはこれでいいんだろう

ただ坊主にしたときビジュアルとか表情がみたむらくんそっくりになったのは作者書き分けあんまできてないなと思ったけど

女の子は相変わらず可愛い

絵もうまい

ときどき違和感あるけど

監獄学園の花ちゃんみたいな後輩がかわいかった

2017-05-25

盗作騒動炎上してた猫漫画家うだま氏復帰をウォッチする

粘着内容が日々変化しているので随時更新

https://togetter.com/li/1114039

炎上盗作がバレた漫画家パクリ元へ謝罪は一切してない事が判明→集英社から本を出す事になりました「は?」「ドン引き

燃料が投下されているようだがはてブトップは遠そうである

https://matome.naver.jp/odai/2147951559147632701

昨年トレパク等で炎上してた猫マンガ家のうだま氏。まとめもホットエントリー入りも果たしていた。

言動結構痛く、早期にウォッチスレもたてられていたがじきにまとめられて私屋カヲルから盗作騒ぎで火がついた様子。

それも、本人がパクリ等に関してかなり高圧的な態度をとっていた為で、さもありなんという具合。

カレンダー等のグッズ展開もしていた所なので寝かせていたのかもしれない。

炎上当初は別の仕事旦那FBなどから個人家族、写り込んだ内装間取りからマンション特定されていたようだ。

該当物件が貸し出されていたというツイートもあったらしい。

http://wikiwiki.jp/udama-chan/


読むと確かに痛すぎるが、ネタの被り等、重箱の隅も多い。

なお、2chアンチしかいない。

ツイでは粘着垢がいくつか好意的リプライをしてる垢に以下のリプライを万遍なく返している。

FFから失礼いたします。

うだま氏は猫の投棄疑惑および

盗作犯罪者ですが未だに被害者謝罪を行っておりません

可愛ければ良いという考えに至る前に

人としてまずやるべき事 被害者に対して行うべき事を考えてください



投棄疑惑というのはうだま氏が飼っていた猫に似た個体保護収用施設にいたというもの

耳の形が違うので恐らく別猫である

猫を里子に出した保護団体東京キャットガーディアンにも粘着を始めていて、無視をしている同団体の(あまり評判が良くない)システムにも文句を言い始めている。

盗作元への謝罪がなされていないとの事だが、それは「自分画像トレースされていたが何の連絡もない」という2chあたりのレスらしく、信ぴょう性が低そうだ。

以下の垢はうだま氏(ほぼ)専属粘着垢だ。

偽うだま @4ICl6kZYJHWo5Ky

らんどるふん‏ @zQtpfwOrQ6nwgV8

まだう‏ @Maaaa68go

j_j_k‏ @_m_m_k_s

たかはし‏ @tkhstaja

シーブルウ‏ @seabluejp0

まとい‏ @mamamamato0707

猫は金儲けの道具‏ @ccmelon1220

うだま氏のフォロワーが日に日に減っていく推移を日々記録している垢もある。

基本的にはうだま氏に好意的な垢に対してへのリプやリスト追加等のウォッチであるが、うだま氏以外にも炎上ネタにいっちょ噛みしている。

サンドバッグにしていい対象罵声を浴びせるストレス解消垢なのだろう。

うだま氏以外には「キュン妻」がだいたい共通して叩く対象になっている。

これらに対し、うだま氏は沈黙から覚めた来月に、早くに亡くなった子猫新書を来月に出版するという。

炎上に対しては徹底無視というのが最善の方策なのだろう。

だが、出版社の速報ツイートでは、この本の発売情報が削除されたらしい。

この燃料でアンチは吹き上がる。

もちろんうだま氏は叩かれてもしょうがないとは思うが、その後に粘着しているような人間は開示請求訴訟提起でもされて自分たちがしている事の精算をしてほしいものだ。

2017-05-19

http://anond.hatelabo.jp/20170519132313

東村ってタラレバ娘とかいういきおくれた女のこと書いてるあれなマンガ家だろ?

藤沢なんとかのことは知らんけど、本人いなくて不特定多数聴いてるラジオ悪口言ってる人間って時点でお察しじゃん

2017-04-29

クラウドファンディングなんてやるんじゃなかった

売れないマンガ家を 18 年やった。連載も無くなった。金もない。

クラウドファンディングをやってみたけど、1000 円出してくれる人が 20 人にも届かない。

 

『浅倉家騒動記』の桝田道也が城擬人化マンガ新作を描きたい!松江城を! - FAAVO島根

https://faavo.jp/shimane/project/1801

 

もうどうしようもない。おわった。

まさに阪神本拠地だ。

 

 

 

 

 

 

 

乞う支援、窮状。

2017-02-18

論理性のないアホアホマン

元増田給与ベースにした考えを出しているがそれ以外についての指標についてはほぼ言及していない=給与けが幸福基準としているとはみなせない(現に自由幸福指標だという示唆もある)のに対して親戚は結婚子供ベースのみを指標としているかドン引きしているだけhttp://anond.hatelabo.jp/20170218201036

http://anond.hatelabo.jp/20170218203715

元増田結婚ベース幸福感をバカにしてないぞ、やはり論理性のないアホアホマンの言うことは斜め上すぎて笑えるな

http://anond.hatelabo.jp/20170218211128

作者の出身地から勝手人格分析して、「あんなに結婚が女の価値を決めると決めつけた漫画」と当てつけのような書き方で漫画の内容を表現する。

アホアホマンマンガに対する評価を元に勝手人格分析している自分脳内には疑いを持てないらしい。

結婚が女の価値を決めると決めつけた漫画だと評してはいるだけで、結婚が女の価値を決めるかどうかということにたいしてはノータッチだよね。

この漫画が決めつけた漫画である自分経験に即して述べただけで、この漫画の他の観点から評価については述べてないだけだよね。

元増田批判してる対象結婚以外の他を評価しないクズだけであって、結婚で女の価値幸福が決まるかどうかについてはなんにも述べていないね

そんで「元増田金銭だけで決めてる!!」とか喚くバカがいたけど「元増田がそうだとはいえない」という事実の指摘に対して反論なしです、私が間違ってました、ごめんなさいということでいいのかな?笑

勝手に作者の人格分析して、「私のような自由に生きている人への嫉妬なのかな?」と、結婚ベースで生きる人間自由に生きる人間を対比させ、結婚ベース人間自由に生きる人間嫉妬しているという構図を勝手に作り上げて、自由に生きる人間嫉妬される側を上の立ち場にしている。ちなみに元増田自由に生きる側としているのは、あなたも言ってる通り、「現に自由幸福指標だという示唆もある」こういうことね。

私のような~とはどこにも書いてないんですが妄想補完ですか、とっても論理的ですね~笑

結婚ベースで生きる人間自由に生きる人間を対比なんていつどこでしてるんでしょう?笑

その段落では元増田リーマン自営業に近いマンガ家の対比をしてどっちも自由だと思い合うのかもな~と述べているだけですよ笑

結婚ベース人間自由に生きる人間嫉妬しているという構図を勝手に作り上げてるのは元増田文章から勝手脳内補完してるあなたの側ですよね?書いてないことを脳内補完勝手に決めつけるのが論理的なの?笑

>ちなみに元増田自由に生きる側としているのは、あなたも言ってる通り、「現に自由幸福指標だという示唆もある」こういうことね。

はい?笑俺が主張してるのは金銭面だけの指標だけでなく他にも幸福指標は示されているという多様な観点から価値水準を持ってる可能性が示されている、つまり金銭けが幸福だと思っているに違いないと脳内妄想振り回す脳ミソ腐ったアホアホマン大間違いだと述べただけで、自由に生きている側だなんて一度も言ってませんが笑

まあこれが馬鹿にしてない、見下してないっていうのなら、私とあなたの読解力の差だと思いますね。

いやー文章に書かれていないことを脳内補完して勝手発狂することは読解力というよりただのイカレ度合いの差だと思いますけど。

他人にどうこう言う前に自分自身がどんな偏見を持っていてどんなことに発狂してしまうクセがあるのか30時間考えてから出直してきたほうがいいと思いますよ?

あと、人に論理論理性言う割に「笑える」とか「アホアホ」とか非論理的言葉が多いんですけど、論理論理性言うならちゃんと論理的言葉でお願いしますね。

あーなるほどアホアホマンにとってはどこにも書いてないとか言及してないと事実を指摘されてもアホと呼ばれた部分しか理解できない論理性をお持ちなんですね~

まずご自分脳内空想補完で勝手にブチ切れて捏造しまくる前にテキストをそのまま読むクセを身に着けてから論理的言葉を学んだ方がいいんじゃないですかね~

2017-02-12

http://anond.hatelabo.jp/20170212023817

から編集は画質育てたりとかはできないんだって

テニス錦織圭サーブうまいのはあれコーチが全部教えたからだと思ってるのか

本人が練習たからって要素のほうがでかいだろうが

あと編集からすりゃ、画力にこだわりすぎて

原稿アップに時間かかるマンガ家よりも

絵はそこそこでアップ早いマンガ家のほうがいいんだよ

 

 

元増田は絵のキレイさばかり追い求めるなら

なろう小説コミカライズでも読めば?

あれホント、絵がうまいだけで構成力ないとか、コンテの切り方分かりにくいとか

絵がうまいだけじゃダメなんだなってことがよく分かるわ

2017-02-08

ネットコミックで見るマンガ家使い捨て

アプリになっているネットコミックをよく読むんだが

comicoは著者がメンタルやられて連載が中止したままってマンガ結構あるな

他のアプリでは「著者単行本作業のため休載」っていうのをよく見るが

comicoはほぼなし

初連載のマンガ家も多いだろうし、

体調管理仕事量調整がうまくいか

そのせいでメンタルやられるマンガ家が多いんだろう

マンガサンデーアプリだと

休載を月1くらいで見るが

ちゃんと完結する作品ほとんど(comicoと比べて引き延ばしてるような作品が少ない)

ここらへんはさすがにプロ編集が付いているんだろう

2017-01-17

[]番外 「食漫画はこれからどこへ行くのか(前編)」

読み返してみたら「我ながら何書いてんだ」と思ったけれども、たくさん書いて勿体無かったので投稿しておく。

はじめに

歴史を辿るならば食べ物テーマにした漫画は以前からある。

けれども一大ジャンルにのし上がり、隆盛を極めようとしているのは現代だろう。

今回は関連する作品をいくつか挙げつつ、食漫画について考えてみようと思う(グルメ漫画表現しても便宜上問題いかもしれないけれども、一応は食漫画で)。

挙げる作品に偏りがあることは容赦して頂戴。

食のジャンル

差別化においてよく成されるのが、「食べ物ジャンルを絞ったり、特殊にする」ことだ。

『ごほうびおひとり鮨』は割烹や、『いぶり暮らし』の燻製

『メシ鉄』の駅弁や、『球場三食』は球場で食べられるもの

お嬢様アイスがお好き』のアイスや、『サチのお寺ごはん』は精進料理

『ほおばれ!草食女子』の草など、挙げていったらキリがない。

他にも“空想系”があるが、それに関しては気が向いたら語る。

ここで主張したいのは、食べ物ジャンルだけで絞ってもかなりの漫画が今はあるということ。

作る

漫画は大きく分けると「作ることに比重を置く」か、「食べることに比重を置く」かで、そこから更に様々な要素を付加して細分化されていく。

現在イメージとしては食べることに比重を置き、料理を作らない漫画の方が盛り上がっているように見えるが、作ることに比重を置いた漫画が少ないかといえばそんなことはない。

マンガ家 夜食研究所』や『カマドニアン』といった、作り方まで詳細に説明している実用性重視ものも今なお定期的に出てくる。

そこまで行かなくても、『甘々と稲妻』や『新米姉妹ふたりごはん』など、作ることに比重を置いた作品は多いのだ。

なぜかFateシリーズと組み合わせた『衛宮さんちの今日ごはん』といった節操のないものであるが、教養漫画に人気アニメ漫画キャラが登場するようなものなのだろうか。

いずれにしろ調理のものにも差別化は成されやすい。

『めしにしましょう』は初回から浴槽でローストビーフを作ったりしており、『桐谷さん ちょっそれ食うんすか!?』はゲテモノ調理というインパクトで引き付けてくる。

また、そういう作ることの極致ともいえるのが、いわゆる「料理バトル」だ。

料理競技化、ド派手なパフォーマンス、過剰なリアクション

一見するとエキセントリックに見えるプロットだが、エンターテイメントの基本は非日常性にある。

人間にとって身近な料理というものを娯楽漫画に仕立てあげるのに、そういった表現シンプルな答えであり、必然なのだ

今なお系譜はあり、『食戟のソーマ』などがその例である

食べること

料理を作らなかったり、調理工程ほとんど描写しない、「食べること」に特化した漫画も多い。

代表格は何度もドラマ化までされている『孤独のグルメであることは間違いないと思うが、あれは原作10年以上も前に世に出て、近年ブレイクした結果新作が発表された希有な例でもある。

最近のだと、初めに挙げた『ごほうびおひとり鮨』、『メシ鉄』などもそうだし、他には『ヒメの惰飯』や『君花さんのスイーツマッチ』とかもある。

あと『ワカコ酒』もそうだし、『おとりよせ王子 飯田好実』なんてのもあったっけ。

さて、このテの食べることに比重を置いた漫画ありがちな要素は何だろうか。

真っ先に思いつくのは、“メシ顔”である

食べ物を目の前にしたとき食べ物を食べたとき、食べたあとにする“あの顔”である

エンターテイメントの基本は非日常性にある』と前述したけれども、当然これは食べる際のリアクションである

エンターテイメントとして、“メシ顔”は漫画視覚表現として実に分かりやすいのだ。

例えば『鳴沢くんはおいしい顔に恋してる』の主人公は、女性料理を美味しそうに食べている時の顔(メシ顔)が好きという設定である

『めしぬま。』なんて、食べているとき主人公恍惚の表情がテーマという開き直ったプロットだ。

余談だけれども、欧米には「フードポルノ」という俗語があるらしい。

これは「感動ポルノ」みたいな「ポルノ」の使われ方のようであり、何もセクシュアルな要素が含まれていることを指している訳ではない。

しかし、実際にセクシュアルな要素まで主体にしてくる食漫画もあるのだから笑える。

そういえば『食戟のソーマ』では食べると服が弾けるイメージ表現お約束だし、セクシュアルと食べ物は相性がいいんだろうね。

ここらへんで一区切り後編に続く。

2017-01-11

かみちゅマンガ家にあったから久しぶりに読んだ

かみちゅ ゆりえで画像検索して一番にでてくる、口が下にとがった感じの絵がすげー好きだけどマンガでもちゃんと再現されてたなあ

びんちゃんとゆりえとうるおいの声だけ脳内再生された

しかしこの絵柄でエロがみたい・・・ハナハル・・・

2017-01-08

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今回は少年ジャンプ+

全部の感想は書く気起きないけれども、読切フェアの作品どれも意欲的だな。

空飛ぶモグ

プロットはとても好みだ。

意外性はないけれども、設定とキャラクター人格関係性を丁寧にこつこつと積み上げて、カタルシスに持っていくストーリー構成は、絵と相まって作者の真面目なモノ作りの姿勢すら見えてくるようだ。

まあ、それを加味しても、のんびりとした構成だという印象はあるけれども。

絵のほうも頑張るなあ、というか頑張りすぎているともいえる。

たぶんアレを100%として、それを70%くらいの労力で描いても評価はほぼ変わらない気がする(逆にいえば、それ位には水準が高いともいえるが)。

アニメでいうなら、1話とかで大した演出意図もないのに作画枚数多いシーン見たとき気持ちに似ている。

無駄努力だなんていうつもりはないけれども、演出意図希薄な部分での努力は割に合わないっていうのかな。

デジタルなのか、小さい何気ないコマですらすっごい描き込んでいるんだよね。

その反動なのか、大ゴマ特定のシーンとかはむしろ物足りないとすら感じる箇所もある。

演出として機能させるべき描き込まれた絵が、逆に裏目になっているとすらいえる。

まあ、そんな粗探しをしつつも、今回の読みきりフェアでは間違いなくトップクラスだね。

余談だけれども、『中川いさみマンガ家再入門』でデジタル作画をやっている先生が登場したとき、拡大して小さいものすら描き込めて、気軽にやり直して描けるから結果的時間や手間は結構かかっているみたいな話があったのを思い出す。

ファイアパンチ 35話

案外、客観的物事を見れる人間もそれなりにいたが、それでなお共同幻想に付き合うっていうのが、現状の過酷さを物語っているともいえる。

あと、トガタのクレバー宗教観は興味深かった。

割と端的に語っているのもポイント高い。

狂言回し的な役割を、でしゃばり過ぎない範囲でこなせているともいえる。

アグニが「人は死んだらどこに行くんだ?」と尋ねるのは、まあ様々な意味があるんだろうね。

自分の近しい人たちの死だとか、自分の行動で直接にしろ間接的にしろ死なせてしまった人に対して思うところがあるのだろう。

死んだ先が良い場所だといわれて笑みをこぼすのは、多少なりに罪悪感が和らいだのか、或いは自分自身に対する死についても考えているのかもしれない。

あぁ我が青春よ!

「読切フェアの作品どれも意欲的だな」って冒頭に書いたけれども、これは例外ね。

プロット微妙だしギャグセンスないしで、読んでいて真っ先に「ああ……キャラ漫画だ」と思った。

いや、勝手俗称だけれども、「キャラ漫画」っていうのは「設定したキャラを、何の変哲もない舞台にそのまま置いただけの漫画」、「プロットもその他の要素も微妙なのに、キャラだけで何とか体裁を成そうとしている漫画」のことね。

2つ目のエピソードでは既にマンネリ感を覚えた(読み切りなのに)。

他の読み切りフェアの作品だと『弓塚さんは今日的外れ』や『さぐりさん探検隊』もキャラ漫画の傾向はあるけれども、ネタを多彩にしたり設定を作りこんでキャラに深みを持たせたり、構成なり演出なりを工夫しているのに、この漫画にそれはほぼないに等しい。

キャラ作ってみたはいものの、実際に漫画にして動かしてみたら思ったほど面白くならなかった」といった失敗をしている漫画はいくつかあるけれども、これもその一つだね。

舞台やその中でキャラクターをどう動かすか、演出するかってことが大事なのであって、キャラクターだけ作れば漫画面白くなるわけではないのだ。

まあ私はこの漫画に登場するキャラ自体、そこまで面白いとは思わないけれどもね。

ただ、この漫画のウリがどこにあるかって考えるなら、キャラクターくらいしかないなあって思ったから、こういう感想なっちゃったけれども。

これは読みきりから傷は浅いけれども、こんな感じのを連載でやってしまった漫画もたくさんあるんだよね……。

2016-11-30

http://anond.hatelabo.jp/20161130191959

あるタイプ編集(たとえば重版出来の安井さん)から見たらプロ以下の画力であり、プロマンガ家から見たらちょっと特別画力。只者じゃない。

でもだから、こんなに広く売れてるのが凄い。ちゃんと読者に伝わってるのが凄い。

2016-11-26

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今回はモアイ

女王選択モーニングゼロ2016年9月奨励賞

うん、これは賞とるのも当然といっていい出来だな。

セリフ運びが洗練されている印象。

割と面倒な性格テーマにしているのに、紡がれる言葉理屈がスっと入ってきて読みやすい。

中盤の展開は個人的にはピンとこなかったんだけれども、優柔不断さを安易二元論結論付けないよう描写するために、オーバーなくらいが分かりやすい部分はあるのかもしれない。

大人のそんな奴ァいねえ!!

今週はダジャレ推し。

ダジャレを言ったときのあの空気感の原因って、そういう安直言葉遊びを何の躊躇いもなく発言できてしまうことに呆れている側面もあると思うんだよね。

自分の中で面白い面白くないだとか、言われたほうはどう思うのかってことを考えない。

そういえば、ダジャレのようなナンセンスもの中年が好むってのは、脳の老化も関係しているんだって

「親父ギャグ」と表現することがあるけれども、そういうことだったんだなあ。

この場合登場人物が、というより作者が、かな?

中川いさみマンガ家再入門 第31

前半はフィクションにあえてリアルものを登場させる手法について。

その手法リアリティ演出ではなくて、むしろシュール不協和音として使うってのはなるほどと思った。

今回も中川いさみ先生が例え話でギャグを散りばめている。

ギャグ漫画家としてやってきただけに、今回は特に絶妙だと感じた。

ドラマ作りのセオリーも興味深い。

常に気を張って視聴しないと追いつけないようにするのではなく要所要所をしっかり、つまり緩急が大事ってことね。

以前の感想で「まるで騒ぐのをやめたら受け手が読むのをやめると思っているんじゃないかってくらい、ネタの入れ具合が過剰だ。漫画だって、息継ぎは必要なんだぜ」と書いたことがあるけれども、フィクションにおいては共通セオリーといっていいんだろうね。

2016-10-17

ブラック問題、近年の話題性という意味ではアニメーター現場嚆矢だったような気がするが、改善される気配はあるのだろうか。

かつてのジブリなんかも見方によれば十分ブラックなのだろう。

アニメーター惨状を扱った記事には「当人が好きで納得してやってるんだから良いだろう」という意見も多く見られた。

というか、そもそも「個人の納得」って何なんだろう。

時間辺り給与が十分と感じるのか、食っていけるから良いのか、成果物が世に出るのがたまらない達成感をもたらすのか、

公的価値から判断した当人自己評価の低さによる卑下の結果なのか。

アニメ産業利益配分はどうなってるのかな。

マンガ家はどうなんだろうか。

東村アキコ自身アシスタントをイジってマンガにしてたが、彼らが報われることはあるのだろうか。

トーンや背景や、モブなどの反復的な書き込みは、CG写真加工で済ます作家も増えてきた。

アシスタント経験で手にした職人技術意味はあるのだろうか?

まぁ全く無くはないんだろうが

2016-09-26

アニメ化されるの恥ずかしくないの?

はてブされるとうれしい。

コメントもらうとうれしい。

スターをもらうとうれしい。

でも同時に少し恥ずかしいという感覚がある。

とうの昔にあきらめたけど絵を褒められるとうれしいが同時に恥ずかしい。

この場合のうれしいも恥ずかしいもほかのもの比較して大きかった。

その理屈でいうとマンガ家作品アニメ化するとき恥ずかしいと思わないのだろうか。

私だったらいろいろな打ち合わせにこられてどんどん実現へと進行していくと恥ずかしい。

アフレコ現場自分キャラに声をあててるのをみるのが恥ずかしい。

できあがったDVDなりをみるときが恥ずかしい。

それが本放送になり日本中で同時に沢山の人が見てるかと思うととても恥ずかしい。

うれしいもあるだろうけど恥ずかしいがまさりずっと七転八倒してるだろう。

そもそも自分作品雑誌に載ったり単行本になるのもそうだけどそれはなんていうか慣れそうな気がする。

だけどアニメ化はいつまでもワーキャーいいたくなるようなむず痒さがあるんじゃないかなと想像するのだ。

だって自分が生み出したキャラ自分の絵で動いたり喋ったりしてるんですよ?

もしよろしかったらアニメ化されたことのあるマンガ家は心境を教えてください。

2016-08-20

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今回はモアイ

スサノオくん (モーニングゼロ2016年6月奨励賞

ほぅ、やや懐古的な作風だが、作者の中で世界観を築こうとする努力がみてとれるね。

主人公キャラクター人格が滲み出ていて好感持てるけれども、それ以外の登場人物舞台装置しかなっていないのが残念かなあ。

……まあ正直、編集部の人たちと似たような評価になるか。

ネネ休日モーニングゼロ2016年6月奨励賞

おー、凄まじい線の描き込み。

ただ、なんだろう。

これだけ描き込んでいるのに、アクションに躍動感がまるでない。

取ってつけたような漫画演出があからさまに浮いている。

本筋に対して、中盤の展開が完全に蛇足なのも面白くない。

漫画」じゃなくて、「画」を見せられてるような気分だ。

中川いさみマンガ家再入門 第24

ほぅ、今回は糸井重里か。

強いていうならコピーライターではあるけれども、様々なメディアで「表現」に携わっている不思議立ち位置の人だよなあ。

話の内容は、「そこに着目するのか」って感じで興味深い。

「読者を意識しろ」を「マーケティング」という言い換えるのは、ならではという気もする。

そして「マーケティング」と「自分がやりたいこと」も両立しようと。

言葉にしてみると、至極当然ともいえる理屈だが、意外とこれがちゃんとできている人って少ない。

それにしても、最後に取ってつけたように時事ネタを入れてくるのは戸惑った。

独身OLのすべて 第79話

わあ。

せっかくの告白不条理によって邪魔されるとか、まるでラブコメみたいだあ。

いや、まあ、不条理ベクトル全然ラブコメじゃないけれども。

あと、長時間の無呼吸運動とか、火の上を渡るとか、ノブはいよいよ人間を超越しつつあるな(もとからそうだともいえるが)。

2016-07-23

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今回はモアイ

中川いさみマンガ家再入門 第22話

今回はプロットと、そこから踏み込んで話を作ってみよう、という感じかな。

うん、ストーリー漫画を描くなら、プロット大事

これがしっかりしていれば、少なくともストーリーとしてはそれなりに形になるので。

プロット練らないせいで、悲惨なことになるマンガをたくさん読んできた身としては、よりそう思う。

脚本家映画監督スクリプトドクターなどをしている、これまでとは毛色の異なる人から話の描き方を教わる。

ストーリーにはなっているけれどドラマにはなっていない」とか、「広げるんじゃなくて掘っていく」とか、中々に興味深い。

教鞭もとっているからなのか、教え方が手慣れてるね。

それにしても中川いさみ氏、プロットをよく分かっていなかったのか。

今まで不条理ギャグマンガルポマンガとかの、プロットをあまり気にしなくても大丈夫なモノを主に描いていたか不思議ではないが。

まあ、その概念を把握していなくても、自然意識してやることになるしね。

そして、作者が実写ドラマになりそうなものとしてプロットを書いたのだが……ほう、中々に魅かれる。

もちろん、プロット面白ければOKってわけではないけれども、もしプロットの段階で面白いと思えないなら、その他で頑張らないとストーリー評価されにくいだろうからね~。

そして、プロット面白くないと思っても、それを安易に捨てたり変えたりするのではなく、それをもっと掘り下げれば面白くなるかもという指摘はなるほどと思った。

一見、とても素朴な要素で構成されているのにも関わらず、妙に面白い漫画とか描く人ほんとすごいと思うもん。

逆に、高級素材や、誰が作っても美味しくなるだろうとすら思えるレベルのものを、ツマラナイものに仕上げる人もいるのが哀しいが。

2016-07-17

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今回はモアイ

大人のそんな奴ァいねえ!!

繊細チンピラだったりミソジニー系だったりと、今週は“特定の界隈”から眉をひそめられそうなネタが気になるなあ。

こういう弄ばれ方を別媒体でもされだすと、認知度は上がっているということだけれど概念としては形骸化しているってことなわけで。

当事者目線で見た場合、許容できるかどうかはともかく本意ではないだろうね。

まあ私としては、こういうのが笑えるかはともかく、許容すらされないほど日本人に余裕なくなったら規制うんぬんの前に漫画死ぬと思うけれども。

あと、今週はダジャレが多いのも気になった。

そういえば、ダジャレとかオヤジギャグをよく言うようになると脳が老化しているとかいう話もあるが、どうなんだろう。

西友

こういう「いいとこがなかったけれど、相手が悪すぎただけ」という強キャラが、後に設定通りに強いということを見せてくれる展開は嫌いじゃあない。

マンガ家 夜食研究所 6食目

今まで出てきた中で、一番美味そうだ。

いつも思うけれど、最後にちゃんと実際に作って、カラー写真と詳細なレシピも載せてるけれど、これ正解だと思う。

読者が「真似したくなる」っていうのは重要

猫又五目 (モーニングゼロ2016年5月奨励賞

はてブでも時々ホッテントリにこのサイトの受賞漫画があがってくるけれどアテにならないので、やっぱり自分で漁って色々読まないとね。

で、一つ目のコレは……う~ん。

絵は今回の受賞作で一番で、情緒も出てて嫌いではないけれど、それ以外はイマイチかな。

編集部が私の思ったことは概ね言っているので、私からいえることも多くはないけれど。

読みきりなんだから、それを意識した構成にしてほしかったなあ。

囲碁やって終わりでは「え?」としかならないよ。

CRAZY FOR YOU(仮) (モーニングゼロ2016年5月期佳作&漫道コバヤシ賞)

絵は微妙だけれども、構成とかは今回の受賞作で一番バランスがよいと感じた。

主人公心理描写とか、モブキャラの絡み具合だとか、読みきりなりにちゃんと描ききったっていうのは評価したいよね。

2つ名のW (モーニングゼロ2016年5月奨励賞

個性という点では今回の受賞作で間違いなく一番だろうね。

面白いと思う要素を抽出して、出来るだけ描こうという意気込みが感じられる。

ただ、まあそのせいで全体的にとっ散らかっていて、その割に構成だったり設定が荒い部分があるのはアレだけれども。

はいえ、今回一番「読ませてくれた」のは本作かな。

雑感

内容とは関係ないけれど、このサイトはページをクリックすれば次のページまで自動スクロールしてくれる。

地味だけど、こういうUI面は利用者を増やしたり継続させるためには大事

これができていないWEBコミックサイトもいくつかあるからな~。

画楽ノ杜とか、やる気なさすぎ。

2016-06-09

原作モノがダメ理由

原作厨原作を読んでればいいと思うのに、わざわざ映画館へ行って「こんなのは◯◯じゃない!」と言う。

その心理は良く解りませんが、原作モノがダメ理由とは関係ありません。

脚本家(+演出家 or 監督)のクリエイターとしての能力が、原作者に負けてるからだと思うんだよね。

から映画にしたときに、作品の質が下がるの。

それで原作モノというとマンガ原作が多いでしょ。

いまの日本であらゆるジャンルの中で、最も質の高いクリエーターが集まってるのがマンガだと思うの。

理由はいくつかあるんだけど

  1. ストーリー脚本)と表現演出カメラマン)を一人が考えてる
  2. マンガ家志望者が多く層が厚い
  3. 表現として熟成してきていて、かなり深い内容まで描ける
  4. 批評家不要

あたりかな。

特に「4.」が大きいと思うんだよね。

マンガ読んだ後で専門家意見を聞きたいと思う人いないでしょ。

「このマンガ面白い」「私は絵が駄目だ」「ストーリーが嘘くさくて」「リアリティなさすぎ!」とか、他人意見を気にせず自分意見を述べるよね。

アートの観賞態度として、これほど素晴らしい態度はないと思うんだけど、それが実現してるのがマンガ

批評家不要なのは実は一億総マンガ批評家からなんだよね。

そういう良い観客に支えられて、厳しい競争に勝ち残って、ヒット作になっているマンガって、そうとう質が高いよ。

それをその辺の脚本家監督映画化したらさ、そりゃ作品の質が下がるよ。

から原作モノの映画が軒並み失敗してるんだと思うな。

ちなみに考えるキッカケになったのは《高台家の人々》。

マンガのシーンがほぼそのまま使われてて「脚本家いらねえじゃん」と思った。

原作モノで「原作超えたな」と思ったのは《桐島、部活やめるってよ》。やっぱりマンガ原作じゃないんだよね。

これは原作者朝井リョウより、監督吉田大八脚本喜安浩平の方が、クリエーターとしてレベルが高いと思うね。

補足:

みんなのブコメ「なるほどなあ」と思いながら読んでるよ。

だんだん含蓄のある意見に集約されてくのが面白いね。

上から目線で見下してくるコメントは「上から目線で見下したいんだな」までは解るんだけど、それ以外の情報が少ないね

マンガ映画フォーマットが違って、その違うフォーマットに落とし込むのが難しいんだ」ってのが自分感覚に近いかな。

から、そのまま落とし込んじゃ駄目だと思うんだよね。

原作読み込んで、核となる「ここだ」ってのを抜き出して、再構築しないと。ハガレンじゃないけど「理解・分解・再構築」。

このときクリエイター同士の勝負になって、脚本家が負けちゃうんじゃないかなあ。

理解・分解・再構築」してくれたら、マンガ映画は同根の別の作品になるんだよね。

最初原作厨言及したのも、別の作品に対して「こんなの○○じゃない」って言ってもなあという気持ちがあったから。

あと「批評家いらないって思ってるだろ」みたいな意見については、いらないと思ってる。

批評家役割ってなんなんだろうね。

マーケット形成するためには、この人達いるんだろうなって思うけど、作品を楽しむためにはいらないんじゃないかな。

Twitterとかで作品について論争するのは、批評家意見を訊くというよりピアレビューに近いと思うんだよね。

マンガに対してそれが行われるのも、理想的だなと思います

あと夏目房之助マンガ全体の研究というか、マンガ史家という気がするけど、個別作品批評する人じゃないんじゃないかな。

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