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2019-12-31

宝くじ

射幸心を煽る事にかけてはパチンコパチスロソシャゲガチャに遠く及ばない。

公営ギャンブルTOTOのように事前に情報収集や予想を練り、リターンの確率を高める楽しさもない。

宝くじは買ってしまえば後は「当たったら何しよう」と妄想するぐらいしか暇つぶしにならない。

それなら異世界生物小説でも買った方が圧倒的にコスパがいい、宝くじ二枚分だ。

唯一の魅力は高額の当選金だけ。

それも長年の不景気のせいで庶民の「大金を使って何かをしたい」という夢自体が萎んでいる。

江戸時代富くじから大して進化していないエンタメが今の時代にも生き残れると思ってる方がおかしい。

2019-10-24

anond:20191024220112

寺社にだけ許されていた富くじが今の宝くじだ。もうそれが財源でいい気がする。

2019-06-25

なぜ日本宝くじは当たらないと言われるのか教えてやる

元々日本宝くじは寺の修繕費を得るために始めた富くじが元になってる

まり喜捨から始まってる

なので当たらなくても当たらない事で徳を積めたと感謝すべきなの

その考え方が運営側にあるから当たらなくても問題ないと考えるのです

2015-11-27

anond:20151127105406

そうか。どっちでもいいように書いたつもりなんだけど(漫画家主夫でも主婦でもいいし)

でも女性だともっとむずかしいな。

マンション買うと自動的に「やり手の女性経営者」の役を銀行とかに求められるんだよ。

そんで、金もってるって知られたままだれかの嫁として幸せになりたい場合

いちばん簡単にみえて難しい気がするね。

最初かくしてても惚れた人が困ってると思うと絶対言いたくなっちゃうし。

とにかく、今の日本女性権力をもたせたくないことを態度だの制度で語ってる人が多いんだ。

究極に信用できるだれかに重荷をゆだねあわなければ安寧がなかなか得られない。

でも自分しか信用できない。

それで心を病む人が多い、普通のご家庭で「自由に」専業主婦させて「やって」ても子育てで病む人多いのみればわかるでしょ。

お金とか「世間並の幸せ」も心の重荷になりかねないので是非気をつけて、ゆっくり慎重にどうぞ。

  

から富くじといえば明け鴉だけど、

そこでも賢い女が小芝居も打ってたんだもんねえ…

2015-10-11

まったくもって正義とは程遠いんだけど、それとなく廻る世界の終わり

アメリカン・コミックスウォッチメンってのがあって、映画にもなってる。

長く冗長で無駄に大味なセックスシーンとか暴力描写とかアメコミ再現度は高いんだが、おすすめはしない。

その中に、ロールシャッハってキャラクターが出てきて、白黒ハッキリ付けたがる。絶対妥協しない。悪を許したりグレーな領域を認めたりしない。

杓子定規というのとはちょっと違って、Justiceという単語がぴったりな、盲目で剣を持ち天秤で判断する正義女神グロテスク表現に見える。

パチンコ、という遊びがある。まあギャンブルだ。スロットもそうだな。

法の下の平等や、実態としての賭博規制などを鑑みると、そこにあるのは不正義だな。正しくない。

射幸心煽り勤労意欲を削ぎ、経済に影響を及ぼすので、ギャンブルは悪いことだとされている。

ただ、公営ギャンブルという存在を見ても分かる通り、お上管理する賭博は良しとされている。

昭和時代までは、競輪競馬競艇オートレースは、地方自治体を潤すお財布だった。

意識している人が少なくなるようにイメージ操作してるが、宝くじギャンブルには違いない。

刑法が取り締まるギャンブルもそのものズバリ賭博及び富くじに関する罪」だ。富くじ宝くじと同じだな。

ズルいとか癒着だって言いたいわけじゃない。ガス抜きの話だ。

どうやったって一定数そういうのをしたがるヤツがいるなら、お上コントロールしてやるのが一番効率が良い。

変に潜らず目に見えるところでやるなら、パチンコみたいに、民間委託するのも、まあコントロール範囲内だ。

繰り返しになるが、これは不正義だ。まったくもって正しくはない。

じゃあこれが正義、つまり法律が正しく運用されて、かつ、ある程度吸収できるような方策を考えると、手詰まりになったりする。

まりパチンコパチスロに慣れたジャンキーを吸収できる公営ギャンブル設立できるかという問題だ。公営カジノが一番近いがやはり違う。

あの客層をそっくり収容できる娯楽施設が、まだ世の中に存在しない。

何度もパチンコ危機を乗り越えて存続している一つの大きな要因だ。

ただ、この世界もそろそろ終わりになってる。何度も繰り返しになるが、いままでが不正義で、正しくなかった。

ドヤ街日雇い集めてその中で完結させる、日雇い払いの賃金を酒や焼き鳥で消費させて次の日に回す、働けなくなったらホームレスになって、働けないほど体が悪いからからず冬を越せずに死ぬ。つまりはそういうスラム日本にもあった。他所の国のスラム比較すれば健全なのかもしれないが。

本来正しくは生活保護を受けて、健康文化的生活が送れることが保障されている人たちだ。

この国が整備しているシステムが正しく運用されていれば、乞食存在しない。

浮浪者も、餓死者も、それを望まない人たちはそうならないように文面では既になってる。

そして正しく運用されていないという不正義が問題視される程度には、日本先進国となり、社会的成熟してきつつある。

苛烈な正しさは、見える範囲の綺麗さと見えない部分への皺寄せという形をとることが多いが、シワを隠せる領域が減ってきている。

見えないところに追いやってそれとなく回していた不正義が許されなくなり、破綻しないようにさらに外側にシワを寄せようとしている。

東京イベントに向けて、都内は綺麗になっていき、そのシワを吸収するべく既に受け皿ができていくように見える。見えない人もいるだろうけど。

でもきっと、そういう外出しした不正義も、糾弾されていくんだろうな。

例えばフィリピーナネット越しに英語教師にするのは、日本に連れてきた移民低賃金で働かせるより問題になりにくい。

同一労働に対して低賃金払っていることには変わりないけれども。

さら苛烈不正義を先に糾弾すべきというのは方法論として正しいし酷い現場はまだまだある。

海外仕事出す先が高賃金化でどんどん移動してるというのも、不正義だとはみなされにくい。

結局何が言いたいかというと、盲目のまま正義を無条件に実行すると、そこには正義けが残るんじゃないかってこと。

理念への純粋性は美しいけど、たいてい現場の泥臭さが勝ってきた。

でも、純粋性が優先される世界がそこまで来ている気がする。

ものすごく卑近な例で言えば、シリア難民を救うために、とりあえず日本人シリア人とで子作りして、それから在留許可を求めるという手段難民申請よりもずっと現実的だし少子化対策にもなる。もちろん足元を見た人身売買だし、偽装としない為に子供を産むことになるし、当然に非人道的だろう。

その手段を取れないがために、どんどん人は死ぬんだけれども。

この例は極端だから、この例なら文字通り死ぬほうがマシだったりするだろう。それがほんとにマシかは本人にしか解らないけれども。

でもきっと、正しければ多少の人死はやむを得ないというのは、すぐそこだと思う。

浮浪者テントを張れなければ死ぬが、収容施設に入らない人間死ぬのは自業自得だと思う人間多数派になった時、対象浮浪者から高齢者になり無職者になり、いずれ低所得者になるんじゃないかと、今から自分は怯えている。

2013-04-17

麻生副総理「いい加減に生きている人の医療費を俺が払ってると思うとバカバカしい」

麻生副総理が、「いい加減に生きている人の医療費を俺が払ってると思うとバカバカしい」という趣旨の発言をしたらしい。

すばらしい。

いい加減に生きてる人のツケを別の誰かが背負うのがけしからんという意見には大賛成だ。

バブル期銀行の放漫経営のツケを公的資金まり税収からまかなったのもバカバカいか遡及して中止して

どんどん銀行を潰して欲しい。それに、銀行なんて世界銀行一つで足りるじゃないか

それから、いい加減に生きて身体を壊すバカを生み出す仕組みそのものがそもそも問題なので、いい加減に生きる

人が依拠する典型的な手段である酒、タバコ競馬競艇富くじパチンコを含むギャンブルをすべて法律で禁止しよう。

とにかく、麻生閣下にまかせておけば素晴らしい未来が待ってることを俺は確信したよ。

 
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