はてなキーワード: ビジュアルノベルとは
○ご飯
朝:なし。昼:なし。夜:マクド。間食:チョコ。ハッピーターン
○調子
むきゅーはややー。13連休9日目。
・前提
僕はタイプムーン作品やインタビューなどを網羅的、横断的に追うことはしておらず、本作品以外の情報は仕入れていないので何か過不足があった場合それは悪意ではなく無知なので、ご指摘していただければと思います。
・はじめに
奈須きのこの未発表小説として度々インタビューなどで言及されていた作品を元にしたノベルゲーム。
1980年代後半、町の発展が進む三咲町を舞台に、そこを魔術的な意味で管理する蒼崎青子と久遠寺有珠が、山から降りてきた純朴な静希草十郎と出会うことから始まる、公称ジャンルはジュブナイルストーリー。
ノベルゲームながら静ではなく動を意識したルックがめちゃくちゃすごかった。
ストーリーも伝奇物のバトルシーンの痛快さに、衒学趣味たっぷりの小難しいパートと言ったエンタメらしい部分と、山から降りてきた少年目線で見た都会の息苦しさとそこに住む市井の人々の魅力を情緒たっぷりに読めて非常に面白かった。
群衆劇めいた部分が強くあるわけでもないのに、町そのものが主人公のように思えるのも印象深い。
そして、タイプムーン作品として横断的な言及が必要となる第五魔法を巡るエピソードも、この作品を点だけ見ても面白いと、どこを切っても面白いしかないすごく大好きな作品だ。
・凝られたルック
まず目を引くのが真正面以外の立ち絵と背景を利用した多角的なビジュアル。
ビジュアルノベルという立ち絵と背景で構成されたゲームながら、様々な表現でそのときそのときのシーンに応じた絵作りをしている。
大量のスチル絵を用意しているのではなく、背景と立ち絵の組み合わせでカットごとの構成を魅せる作りは圧巻。
細かい動きがあるシーンも多く、常に動き続けるアニメよりもむしろメリハリが効いて効果的とまで思える。
ヒロイン達がおでんを食べる何気ないシーンですら、たっぷり工数がかかっている手の凝り様で、終始飽きずに楽しめた。
・伝奇物らしいバトルシーンの魅力
そんな絵作りが特に生きるのが、伝奇物をベースにした魔術バトル。
魔力を打ち出す蒼崎青子、童話の怪物を具現化する久遠寺有珠などの、特徴的な戦闘描写がスチル絵一枚だけでなく、それぞれのパーツが効果的に動きの演出で魅せてくれるのが楽しい。
特に久遠寺の童話の怪物にまつわるエピソードは非常に魔法使いの夜らしい映像映えするシーンの連続で、バトル面での活躍では大好きなキャラクタになった。
ビジュアル面だけでなく、作中の魔術が一定のルールを持ったものであり、それを打ち崩すために知恵も使う展開があるのもとても良い。
最初の山場である久遠寺率いるフラットスナークの居場所にまつわる幾つかのシーケンスは、ビジュアルノベルらしさが光るシーンで、ここで一気に伝奇バトルパートも好きになれた。
そのように魔術バトルはルックだけでなく、テキストでもたっぷり楽しめるのだけど、伝奇物らしく衒学趣味らしい解説パートも沢山楽しめる。
ここはタイプムーン作品として色々な作品と繋がりがある部分らしく、新参者としては全てを理解できなかったのが惜しい。
しかし、そんな小難しいパートは、主人公の静希草十郎は田舎から出来てきた魔術を何も知らない青年であるため、彼の目線でわからないものはわからないとしてストーリーを楽しめたのも良く、入門にはピッタリだったかもしれない。
作中で何度もわかるところだけわかればいいと繰り返されているので、ある程度はそういうものとしてフワッとした理解のまま読み進めれた。
とはいえ、要してしまうと、その様な設定の妙を直接的に理解することよりも、それらの設定が魔法使いの夜の視点人物の一人静希草十郎の理解を進めるための要素になっているのが面白さの重要な点だった。
電話すら知らないという導入だが、本当に何一つ知らないらしく、貨幣の概念に関心するぐらい常識から外れた人間。
彼の目線で物語は進むのだけど、この点は情緒たっぷりで読んでいてひたすらに面白くて、一番好きな部分だ。
街に馴染めず田舎を恋しく思うのだけど、それでも街を理解しようと試行錯誤色々と模索していく様が面白い。
アルバイトを頑張ったり学生生活を頑張ったりといった日常的なパートと、魔術を使った伝奇バトルなパートが、同価値の未知さで描かれている彼の特異さあってこそなのが面白い。
ここがとても楽しくのめり込める。
作中の世界では魔術は秘匿するもので、魔術師と呼ばれる特異な人たち以外はその存在を知らない。
また魔術師達は独自の価値観で生きており、一般人とは生死の考え方からして大きく異なっている。
そのため、蒼崎青子はまだ日が浅いながら自身を魔術師として律して一般人とは異なる価値観であることを強く主張する。
しかし、山育ちの草十郎にとってみれば、町に住む大勢の人間とそもそも価値観が合わないのだから、当然魔術師とも合わない。
これが皮肉の効いた良い情緒的な描写になっていて、たまらなく面白かった。
自身を特別視するキャラにそうでないよと悟らせるような読み方もできるのだけど、そうではなく、近代化していく町と同じように人の思想や価値観も移り変わって行き、変化することは当たり前で、青子が魔術師になるような大きな変化は確かに希少だけれど、大なり小なりあるものだと思わせられる丁寧な描写が続く。
この丁寧さは本当にしっかりしていて大好き。
発展して近代化する町を、何も知らない山から降りてきた純朴な少年の目で描写する。
そこに伝奇物としても作者独自の設定を、同じように未知のものとして紛れさせる。
そうすることで、ヒロインの特異な価値観すらも並列に扱え、二人のジュブナイルが瑞々しい読感になるのが素敵だった。
そんな価値観を相互理解しようと、様々なエピソードが尽くされており、コメディありバトルあり衒学趣味あり情緒的なただの日常ありと、一貫してこの点に着目した文量が費やされているのも好きだ。
・魅力的なキャラクタ
主人公以外にもメーンヒロイン二人蒼崎青子と久遠寺有珠を筆頭に沢山の魅力的なキャラが登場する。
個人的に気に入ったのは、青子の姉であえう蒼崎橙子とその姉弟子の周瀬律架の二人。
絡みのあるシーンはワンシーケンスのみだが、印象深くもっとこの二人の絡みが読みたかった。
なお周瀬律架が本格ミステリを好んでいる設定も面白く、番外編での推理をしたがりゴネるパートの可愛さは一押し。
・三咲町
キャラクタにばかり着目したが、本作の真の主人公は町そのものだった。
群衆劇ではありがちな感想になるが、本作は主な視点人物は二人の三人称視点なので、色々な登場人物がいるから街が主役だと感じるのではない。
相互理解が必要な多様な価値観が生まれるには、生きていくだけでない余暇が生まれる町があってこそだからだ。
田舎の自給自足でも物々交換でもない、町の資本主義の貨幣経済が発展することで、はじめて彼らが自身の独自の価値観を持つことが出来、伝奇物らしい魔術師という独自の価値観さえもその一種にすぎない。
だから、草十郎と青子の二人が相互理解を深め、それでもまだ理解し合えない魔法使いの夜の主役は町なんだと思った。
・謎を残す蒼崎の魔法
彼女が使う蒼崎の魔法は全容が明らかにならないまま終わっている。
消化不良なわけではなく、草十郎よろしくわからないものはわからないまま理解をしたので、作品として不満があるわけではない。
ただ、作品を通うじて、価値観の相違と理解、それが生まれる土台には住む町の文明化が進むことが不可欠である主張などから、人の関係値をエネルギーに変換するみたいなことかなあと思いました。
・おわりに
ビジュアルノベルとしてルックもテキストの両面が優れており、ジャンルを代表するような世間一般の評価も納得だった。
ストーリーも発展が進み近代化していく町で、それについていこう理解していこうと草十郎が試行錯誤するパートがよかった。
彼にとって、伝奇パートにおける魔術も、日常パートにおける電化製品も乗り物も同じぐらい未知の物なのが、よくできた設定で面白く読めた。
美術の方が既成のジャンルに囚われずに創作するみたいな態度が積極的に行われてるけどそれに比べると文学って保守的だよね
小説は小説と名乗る以上文章が主体じゃなきゃいけないみたいな感じある。あるいは少しでも挿絵がある作品は低俗みたいな意識が。
別にビジュアルノベルとラノベの中間みたいな形態があったっていいだろう。数ページごとに挿絵があるとかね。
でもそんなの出したらきっと絵本とでも揶揄される。創作側も読者も固定観念に縛られてるから。
ネットでは無題のイラストがよく投稿されるけど、ああやって題名を規定しない態度があるなら、ジャンルを規定しない態度があってもいいと思う。
「これは小説と捉えようが絵本と捉えようがその他諸々の何かとして受け取るかそれはあなたの自由です。」
誰かなろうとかに過剰に絵を添付しまくった作品を投稿したら案外斬新とみなされて好感触だったりするのかな。勿論ある程度の筆力は前提としてね。
まだ、例がそこまで集まっていないが、二つ手に入れたので記入
ゲームブックは昔隆盛したが衰退している。
オープンワールドは現在盛り上がっているが、将来下火になるだろうという自分の予測。
・オープンワールド(https://dic.nicovideo.jp/a/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%97%E3%83%B3%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89)
いわゆるステージ制のような一方通行あるいは限定的な経路や、ゲームプレイが中断されるロード画面を繰り返し挟んだ構成などから成るのではなく、シームレスで自由な移動や行動が可能な単一の広い空間が中心のレベルデザインや、それを採用しているゲームのことをオープンワールドと呼ぶ。有名な例を挙げると、GTAシリーズやTESシリーズなどをイメージすると分かりやすいだろう。
つまるところ、オープンワールドという概念と呼び方はGTA3以降に定着したもの(先のシェンムーは「FREE」というジャンルを称していた)ではあるが、それと同様のレベルデザインは古くから様々なゲームタイトルで用いられており、概念が定着した現在では過去のゲーム作品のレベルデザインを指して呼ぶことも一般的である。ただし、過去のゲーム作品は当時オープンワールドと名乗っていた(意識して製作された)わけではなく、あくまでプレイヤー側の解釈なので若干曖昧な部分も含まれている。
こうした理由からオープンワールドという概念は厳密には2D/3Dを問わないものであり、3Dで構築されたワールドに限定されているわけではないが、3Dのオープンワールドの普及とともに広まった概念であり、その定義において3Dに限定して考える者も少なからずおり、2Dも含める者との間で解釈に違いが生じていることもある。(後述)
・ゲームブック(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF)
本文は数十から数百個のパラグラフ(段落)に分けられており、各パラグラフには順に番号が付いている。読者はそれらのパラグラフを頭から順番に読むのではなく、パラグラフの末尾で指定された番号のパラグラフを次に読む。パラグラフ番号の代わりにページ数をそのまま利用し、1ページを1パラグラフとして扱うゲームブックもある。いずれも次に読むべきパラグラフは1つに限らず、多くは複数の行き先が存在する。それらはプレイヤーによる任意選択ができたり、後述するランダム要素によって決められたり、以前に行った選択や判定の結果が影響して決まる。このような方法によって、多様に変化するストーリーを実現している。
と、あるが
一方、当時の日本は任天堂のファミリーコンピュータ(ファミコン)をはじめとする家庭用ゲーム機が爆発的に普及していった時期であり、そのため日本ではコンピューターゲームをベースとしたゲームブックが多数発行された。特に双葉社の「ファミコン冒険ゲームブック」はコンピューターゲームを主体とした低年齢向けのゲームブックを多数だしており、最終的に130以上のタイトルが刊行された[1]。他にはケイブンシャから「アドベンチャーヒーローブックス」シリーズが刊行されるなど、数多くのゲームブックが発売されている。中には全て漫画で描かれた作品も存在した。ゲームメーカー自らが制作する例もありコナミからは双葉社を意識した装丁で、自社ブランドの『コナミワイワイワールド』、『メタルギア』や『魂斗羅』、『ドラゴンスクロール』などが発売されている。エニックス(現スクウェア・エニックス)からも「エニックスオリジナルゲームブック」として、同社が発売したコンピュータRPGの人気作ドラゴンクエストシリーズ(ゲームブックドラゴンクエストの項参照)などのゲームブック化作品が発行されている。 「所さんのまもるもせめるも」は所ジョージ自身が書いた。
さらに
本の形式ではないためゲームブックとは異なるが電話を使用したテレホンアドベンチャーと呼ばれる作品も存在する。これは決められた電話番号にかけると音声ドラマが流れ、選択肢番号の代わりに電話番号が示される形式であった。正しい選択肢を選ぶと少ない電話代で最後にまで辿り着くことができ、そこでのメッセージを送ると抽籤で賞品が当たるようになっていた。『地層階級王国』や『次元からくり漂流記』『魔界横断ドラゴンラリー』など双葉社の作品があった。
後にCDが普及すると各トラックが選択肢番号になっている作品も存在する。選択肢の代わりに指示されたトラックを選択すると音声ドラマが流れるという形式である。ゲームブック原作からは『地層階級王国』と『次元からくり漂流記』の二作品がCDゲーム化されている。
コンピュータゲームの一ジャンルであるサウンドノベル(またはビジュアルノベル)は、ゲームブックの影響を受けたものであり、画像や音楽による演出やゲームブックでは難しいマルチストーリーやエンディングを盛り込んだものとなっている。[2]
ここで、私がよいと思う定義の発展性をみよう
・ローグライト(新しい方)
・ローグライク(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0)
「International Roguelike Development Conference 2008」において議論された、ローグライクの持つ要素[2]。 厳密な定義ではなく、いくつかの要素を無視しても構わない。
ランダムな環境生成 ― マップ構造やアイテム配置がランダムで、リプレイ性が高い。
恒久的な死 ― 一度死んでしまえば最初からやり直しになる。ランダムな環境生成と合わさることでゲームが面白くなる。
ターン制 ― 一つのコマンドが一つの動作に対応する。じっくりと考えながらプレイできる。
グリッドベース ― ゲーム世界がタイル(マス目)で構成されている。
ノンモーダル ― 移動も戦闘も一つの画面で完結しており、画面変遷を伴わない。AngbandやCrawlの「店」等、しばしば無視される。
複雑さ ― 豊富なアイテムやモンスターが用意されており、ゲームの解法が一つではない
リソース管理 ― 限られたリソース(食料やポーション)を管理し、その用途を考える。
ハックアンドスラッシュ ― 多くのモンスターを次々に倒していく。
探索と発見 ― マップを慎重に調査し、未知のアイテムの使用法を発見する。
1人のプレイヤーキャラクター ― プレイヤーは1人のキャラクターのみを操作し、そのキャラクターの死をもってゲームオーバーとなる。
プレイヤーに似たモンスター ― プレイヤーとモンスターに同じルールを適用する。モンスターもアイテムや装備を持ち、魔法を使う。
戦術的な挑戦 ― ゲームの難易度が高く、何度もプレイすることで戦術を学び、プレイヤー自身が成長していく。
数値 ― ヒットポイント等の数値が明示されている。
・ローグライト(https://minorgame.syowp.com/archives/roguelike-roguelite.html)
有名なSFゲーム『FTL: Faster Than Light』。ランダム生成された星系マップを進んでいき、そのさきざきでランダムイベントが起こります。
つまり厳密にはローグライクではないけど、「死んだら終わり」「ランダムマップ」という『ローグ』の要素があるものです。
ゲーム評論家のTotalBiscuit(John Peter Bain)氏は、それらを「ローグライト(Rogue-lite)」という概念で位置付けました。
途中で挫折した回数が一番多いの「ギリ読めなくもないレベルの凡作と良作の中間ぐらい」での、
00年代後半、ネットで喘ぎ声やチュパ音を異様に評価する連中が幅きかせてたせいで、
エロシーンはフルボイスで喘ぎ声山盛り注ぎ込まれるのが正義ってトレンドが来た。
抜きゲーは当然3ページも4ページも素っ頓狂な喘ぎ声で埋めるようになり、
抜き専用だけならまだ仕方ないけど、
「面白いシナリオ」「感動のシナリオ」「萌え恋愛メイン」て広告のタイトルまで、エロ喘ぎ比率増えてってな。
21世紀に入るとなまじっか月姫とか「すごいボリューム量」なんて売り文句でヒットしたもんだから
それでシナリオはキャラ分業シーン分業で、エロシーンも専門ライターに書かせてるから、
「メインライターのやたら張り切った長いシナリオ」「サブライターの頑張った普通に長いシナリオ」が交互に投入された後に
「クソ長い喘ぎ声とチュパ音をフルコースで振る舞うエロ担当ライターのシナリオ」が来る。
当時のエロゲの喘ぎ声をヘッドホンでBGM込みで数ページに渡って聞いてみ。すごい疲れるから。
こう書くと「じゃあスキップすればいいじゃん」って言われるだろ。
そう。「スキップすればいいだろ」を言い訳にして、可読性とかユーザー体験とか、全て無視して全ツッパしたんだよ当時のエロゲ製作者ども。
そのへんの恨みはさておき。
それで疲弊しながら、まあネットの評判よりだいぶイマイチだったけどヒロインに罪はないし、
ってエロシーンで頑張って抜くじゃん。
喘ぎ声を聴いてりゃ半立ちぐらいにはなるし、ようしオジサンがんばっちゃうぞーって。
次の日、もう再度ゲームを立ち上げる気力がなくなってる。
あれまだ読まされるのかあ、ちょっと疲れるから、まあそのうちにしとこ。
そんなことが何タイトルか続くうち、気が付けば遠ざかってた。
スマホゲーの癖にってのが抜けてるぞ。
お前ら評論家ごつこ族の大好きなビジュアルノベル(プライドだけは高いお前らの好きな言い方だろ?)の名作だって、周りのレベルが低い中では飛び抜けているから相対的に凄く感じただけだろうに。
一般文芸とまぜこぜになればお前らの大嫌いななろう小説の方が上だと評価を下す人も多かろうよ(まあ半々だろうな。底辺の争いだから最後は好きなキャラがいる方に肩入れするだけだろう)。
掃き溜めに鶴とはよく行ったもので、真の闇の中では提灯の火もよく目立つが昼間になれば諺通りというものだ。
ガチャと広告と脳死周回とカジュアル()しかないソシャゲの暗黒の中では物語がまともにあるだけで夜空の星のように煌めくのだよ。
呼んだか?(当時エロゲオタだったやつが満面の笑みを浮かべながら
型月がヒットしたのはいくつも理由があってそれらの複合によるものだろうから一言ではとても説明できない。ただまあその「複合」を当たらずも遠からずぐらいで表現すると、「ネットに対する信頼があったから」ということになろうか。
俺自身はたしか2001年ごろにまんだらけで『月姫 完全版』を買った。なぜかというとネットで話題になってたからだ。当時はまだtwitterがなくGoogleもこれからという時代。情報の仕入れ先は主に個人ニュースサイトやエロゲレビューサイトだった。カトゆーだったかsawadaspecial.comだったか。他にもいくつかのサイトを見ていたが既に名前すら忘れたし、果たしてどこで知ったのか定かではない。ただネットで『月姫』が面白いという情報を得、当時学生だった身としては決して安くない金額を払って購入した。噂に違わず面白かった。ネットへの信頼性が増した。
他のジャンルでも同じことがあった。個人制作なのに映像がすごいらしいという情報をたよりにヨドバシまで『ほしのこえ』のDVDを買いに行ったのもそうだし、Sound Horizonの『Thanatos』をサンプルさえ聞かずにオフィシャル通販で買ったのも2chで話題になってたからだ。今ほど選択肢はなく、今ほど情報が流通していない時代にあって、それでも取り立てて情報感度が高くない平均的なオタクのところまで到達するコンテンツはおしなべて面白い。そう無邪気に信じていい時代だった。
型月に話を戻せば竹箒時代に『空の境界』を出したときは6部しか売れなかったという。最初からビッグネームだったわけじゃない。だから拾い上げたやつらがいる。それが個人ニュースサイトやらエロゲレビューサイトやらそこからさらに口コミやらで広まって葉鍵に並ぶ同人ジャンルまで成長していった。
コンテンツが人口膾炙するにはネットで語りたくなったり二次創作したくなる魅力がないといけない(こんにちにおいてオタクコンテンツの人気は≒同人人気とも言えるだろう)。そういう意味では型月の作品にそれだけの魅力があった(俺もネットでいっぱい語った)。
時代のめぐり合わせが良かった面もあるだろう。サウンドノベルから派生したビジュアルノベル(『雫』、『痕』)によって“読むエロゲ”という文化はできていたし、葉鍵の隆盛によってネットでエロゲについて語ることや、それらを題材にした同人文化もすっかり馴染み深いものになっていた。そんなコンテンツの“最低限”が低い玉石混淆の時代に月姫がブチ込まれればそりゃ話題にもなろうってもんである。型月は『Fate』で商業に移行したため同人ゲーム文化の爛熟は『東方』とか『ひぐらし』とかあの辺りによってピークを迎えるのだが。
ところでハード面の話としてパソコンの普及も個人的には見逃せないと思う。Windows95が出た頃はメーカー製PCで50万とかくだらない時代だったが、00年頃になると自作PCも敷居が高くなくなり15万~20万ぐらい出せば一式組めるようになった。ネット回線もADSLやFTTHみたいな定額かつ安価なサービスが始まっていた。今の学生がスマホを持つような気軽さはないが、それでも充分身近になった感はあったのである。俺のまわりはエロゲがやりたいからPC組んだやつ(俺)、『BM98』がやりたいから組んだやつ、『RO』がやりたいから組んだやつ、と概ねこの3つのパターンに分かれるのだが、いずれにしても(95年頃に比べれば)安価になったPC市場もそれらを後押ししたのは間違いない。
話がとっちらかった感はあるが、ざっくりまとめると…
・葉鍵を始めとした先行作品によって、エロゲを語ったり同人にしたりする文化が醸成されていた
・個人ニュースサイトやwebリングのようなハブとなるサイトがインフルエンサーとなって上記を広めた
・新規プレイヤーが入ってこれるぐらいにはPCが身近なものになった
・00年前後はPC+ネットでできること、いける場所がオタク文化の最先端な感じがあった(2ch、エロゲ、ネトゲ、テキストサイトetc…)
ちなみに俺自身は典型的な葉鍵厨で、型月にはそこまでハマらなかった。『空の境界』は講談社ノベルスを模した同人版が出たときにけっこう熱中した(腕に仏舎利を埋め込んで直死の魔眼を無効化する荒耶宗蓮とかやっぱカッコいいでしょ)けど月姫はそれなりって感じ。『歌月十夜』はついぞ未開封で終わったなあ。そんな俺でも『Fate』の盛り上がりは覚えてるよ。発売日、日本橋に買いに行ったんだけどすごかった。どこのエロゲショップだったかフロア1つまるまる『Fate』売り場になってたとかね。なんかあの頃のエロゲオタにとって最後の共通言語みたいな感じはあったなー。みんながやってみんなが語るエロゲはこれが最後だろうなっていうね、なんか祭りが終わるなーみたいな感じがね、何処かしらにあったよ。多分それは、俺の思い込みなんだろうけどさ。
システム的にはPSPの銃声とダイヤモンドみたいな感じのホラーミステリービジュアルノベル。
個人で大規模なものを開発するのは無理があるし費やせる予算にも限界がある。
しかしだからといって個人ゲーム開発者が名作を生み出せないかと言ったらそんな道理はないはずだ。
私には『絵が描けない』という個人ゲーム開発者としては致命的な欠点がある。
かといってRPGツクールで絵がかけない人間が作れる範囲のゲームを人々は本当の『名作』とは見てはくれないはずだ。
いろんな制約の中で、自分という個人が生み出せる範囲で一番可能性があるのは3DCGを利用した静止画謎解きADVゲームだという結論を私は導き出した。
謎解き要素に凝りたい場合はティラノビルダーや吉里吉里なんかでは限界があるだろう。
そう考えた私はPhaser.jsというJavaScript製のゲームエンジンの勉強を始めた。
JS製だからと言って決して舐めてはいけない。2Dゲームであれば基本はなんだって作れる。今回は静止画ベースのADVなので問題ないはずだ。
ページにアクセスした瞬間遊べるブラウザゲーとしてデモ版を公開できるのはJSならではの強みだろう。
3DCGでモデル作るというのは相当なエネルギーを必要とするが何も全部1から作る必要はない。フリー素材だって今の御時世は山のようにあるし、数百円程度で買える素材も視野に入れれば選択肢はかなり広くなる。
素材用のキャラクターのモデルを買ってテクスチャをカスタマイズしつつBlenderで顔だけ1から自作すればネット上の素材を寄せ集めた安っぽさもかなり消せるだろう。
私は素材サイトを見るのが好きだ。 英語圏や、果ては中国語やドイツ語圏なんかのサイトまで足を運べば思わぬ発見があるし、「これはフリー素材だけどこの部分だけblenderでカスタマイズしたらめちゃくちゃかっこよくなりそう」みたいに考えを巡らすのも楽しい。
私はここ数年は毎日寝る前にシナリオのプロット、謎解きのトリック、ヒロインの設定などを頭の中で練り続けてそのまま寝落ちするという生活を続けている。
構想がある程度固まったあとはマネタイズについて考えた。
まあ個人制作ゲームなんてロマン優先なんで基本は採算度外視だ。売り出すならDMMかSteam。
Steamで自分のような個人開発者でも気軽に売り出せるというのは意外だった。申請方法も意外と簡単なようだ。
自分で作ったゲームが世界中で遊ばれるかもしれない、なんてとても夢がある。
ローカライズはどこの国の人でも簡単に行えるようにセリフやUIで使うテキストファイルはできる限りシステム部分と切り分けて管理すると決めた。
YoutubeでBlenderの解説動画とか結構な本数見てるがまだBlenderをダウンロードしたことはない。
Phaser.jsのドキュメントを機械翻訳で読んでこのシステムはこうやって構築すればいいのかと頭の中でざっくりと設計しているがコードを書いたことはない。
かっこいいシーンやヒロインの設定などは頭の中では考えたがこれらをどうやってゲームに出現させるかは基本は謎である。そういえば、先日冲方丁のシナリオ講座本を私は購入した。
構想に5年。
断片的なシーンや謎解きのトリックやヒロインのキャラ設定のみが頭の中で膨らんでいく。
成果物は、まだない。
これどうしたものかね。
クズや精神異常者たちが織りなす物語を消費する舞台としての役割を。
なぜ?
簡単だ。
割られなくなったからだ。
今でも割られてるのかも知れない。
しかし堂々とエロゲを割って、割ったゲームについて堂々と人と語る人種は減ってきた。
なによりも今どき割れぐらい恐れ知らずの技術音痴ほど手を出す類のものであるというイメージによって割れ文化はオタク界からフェードアウトしていった。
代わりに残ったのが無料で提供されるソーシャルゲーム、WEB漫画だ。
気になったら無料ですぐ遊べる、すぐ読める。
何かが流行るために必要なのは初動のアクセスこそが重要だが、それを邪魔する金銭的コストや購入手続きという障壁が一切ない。
圧倒的にバズりやすい。
連ちゃんパパは凄い。
ツイートやスレッドに貼られたURLをクリックして5分も読み進めれば圧倒的クズの凄まじさについて皆と語れるようになる。
「読み始めたんだけど思ったよりクズじゃないな元教師ってこと考えるとヤバいけど」
「それはまだヌルい方」
「これパチンコ進めたガキが全部悪いだろ……」
圧倒的に高速だ。
これがエロゲだと発売日の段階で既にクリア(早売り店で購入+そこから割れで共有)した連中が怒涛の勢いでネタバレをしていたのでクリアするまでは近寄れなかった。
今の時代ではクリアするまで近寄れないというのは圧倒的に重くて遅い。
ソシャゲであれば始めたばかりのプレイヤーが最強リセマラランキングに騙された風を装えばいくらでも相手してもらえる。
プレイ時間数十時間の果てにある衝撃のラストとは、数十時間かけて消費し切るまでは誰とも語り合うべきでないコンテンツであることを意味している。
これでは語る時には既にその作品は思い出に変わっている。
「語るときには思い出になっている」というのはエロゲの持つ強みであった。
美化されたものについて語り合うからエロゲのトークは熱を帯びた。
しかし、思い出を語るスタイルはリアルタイム性を重視する時代にはもう合っていない。
ここに全ての答えがあると言っていい。
インターネットという空間の文化が変わったことでエロゲは衰退した。
アンダーグラウンド性の強かった時代、割れを容認する空気とゆったりとした時間の流れの中でエロゲ文化は育まれた。
時は流れインターネットの空気もSNSの一般化などによりクリーンになっていき、同時にスピード感が求められる中でエロゲはマイノリティ文化となった。
マイノリティであるということほどインターネットで弱いものはない。
無限大に広がる海の中、いくらでも時間をつぶす場所がある中でマイノリティであるということは無いということにすら近しい。
しかしそれはインターネットの主流からは取り残された場所にある。
そこでは今もほそぼそと思い出が語られている。
18禁美少女ビジュアルノベルなんてそれでいいんじゃないだろうか。
好きだろ?
全部終わった後の静けさみたいの?
参考資料
(もうちょっと××していれば面白いアニメになったのになあ…)って愛に溢れてるじゃん
ショートアニメなら許されると思ったか? 許さねえよ! ってのがたくさんあったやん
ビジュアルノベルをそのままオンエア
Youtubeに外伝ストーリーがアップされるも再生数が2桁だったりして可哀想
たまに面白かったけど身も蓋もなかった
番組内でやっててください
これは同人アニメとしては面白いほうなのでヤバいアニメではないかも
てーきゅうのキャラがクロスオーバーしないと面白くならない点を鑑みてほしい
インターナショナル・メディア学院の実績(※卒業したら必ずアニメに出演できる)をクリアさせるために作られているとしか思えない
gdgd妖精sは中の人のセンスが良かったから面白かったんだということを再認識させられた
声優ファンには喜ばれたが、無責任艦長タイラーのファンは怒らせたと思う
あたりも歴史に刻んでおきたい
時間 | 記事数 | 文字数 | 文字数平均 | 文字数中央値 |
---|---|---|---|---|
00 | 126 | 21264 | 168.8 | 45 |
01 | 62 | 11745 | 189.4 | 55.5 |
02 | 29 | 1893 | 65.3 | 39 |
03 | 19 | 1295 | 68.2 | 38 |
04 | 9 | 983 | 109.2 | 53 |
05 | 11 | 2164 | 196.7 | 48 |
06 | 17 | 3584 | 210.8 | 32 |
07 | 39 | 4206 | 107.8 | 69 |
08 | 57 | 6687 | 117.3 | 55 |
09 | 79 | 11188 | 141.6 | 70 |
10 | 134 | 10385 | 77.5 | 41 |
11 | 144 | 16311 | 113.3 | 46 |
12 | 182 | 15730 | 86.4 | 31.5 |
13 | 157 | 11553 | 73.6 | 46 |
14 | 181 | 14471 | 80.0 | 42 |
15 | 195 | 17231 | 88.4 | 37 |
16 | 138 | 10117 | 73.3 | 34 |
17 | 122 | 20169 | 165.3 | 33 |
18 | 180 | 15537 | 86.3 | 34.5 |
19 | 133 | 10716 | 80.6 | 34 |
20 | 133 | 14293 | 107.5 | 44 |
21 | 135 | 16034 | 118.8 | 33 |
22 | 160 | 25054 | 156.6 | 33 |
23 | 120 | 18727 | 156.1 | 40 |
1日 | 2562 | 281337 | 109.8 | 39 |
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アマチュア無線やFM放送によって法律に違反した電波帯利用、強度電波によって放送される無許可ラジオ。
当然ながらバレると摘発され罰金刑を貰うが、無線局の運営者が学生だったりすると注意だけで済むことがある。
アマチュア無線をやっていると「ラジオやったら面白いんじゃね?」と発想しやすいため(未成年なら尚更)、アマチュア無線全盛期ではかなり問題になった。
ただし、地域のアマチュア無線コミュニティが大抵は遵法派が多いので、地域のアマチュア無線コミュニティメンバーから摘発される前に無線上で注意することが少なくない。
クロスベアリング法などによって不法無線局(≒自宅)は簡単に割り出されるので、法律は守ったほうが良い。
この件で代表的なものは「FM西東京事件」が有名。運営者は大学生だった。
超極狭エリアでのみ受信できるFM放送で、実際のところコチラがサブカル放送のメイン。
大半が音楽を垂れ流すミュージック系ラジオであったが、普段は音楽を流しつつ、番組表を作りトーク系ラジオもやるという局もあった。
リスナーからのメッセージは郵便局に私書箱を設置して受け付けるスタイルがほとんど。
稀に地域のアマチュア無線おじさんがやる気を出し地域のイベントで情報提供を行う目的でラジオ放送したりするのに使われたこともある。
この特性から同人誌即売会などでもミニFMは限定的に開設されることも多々ある。コミケ参加者はバッテリ駆動できるFMラジオ受信機を持っていくと新たな楽しみが増えるかも知れない。
長らく個人によるサブカルメディア放送はミニFMが主要なプラットフォームであったが、ブロードバンドの登場によりミニFMからインターネットを通じて放送するPodcastへ移行する者が増えた。
WMAやMP3で収録し配信するスタイルは非常に気軽で様々なPodcastチャンネルが生まれたが、Podcastブームの煽りを受けてあまりにもPodcastチャンネルが生まれすぎて混沌と化す。
そして同時に今までリアルタイム放送をしていた者達からするとPodcastの感覚が掴めない、配信する環境を整えられないという欠点が存在していたので、Podcastにリスナーを取られたミニFM局が終了するなどが相次いだ(ミニFMの終焉の原因がPodcastかは不明)。
Podcastは全盛期よりもリスナーが減ったとは言え、幾度かの転換点を迎えて今日も続いている。
ブロードバンドの進化のお陰でリアルタイム配信が可能となったことで誕生した音声配信サービス。
日本では「らじおちゃんねる(後のねとらじ)」がブームとなり認知度が上がり、更にTVワイドショーで紹介され一部の一般人にすら認知されるようになった。
2ちゃんねるの実況板文化から派生したインターネットラジオを介した声によるTV放送実況は文字ベースの実況からの1つ転換点だったと言える。
極少数例ではあれど、ゲームを同時に起動してボイスチャットのように利用してMMORPGなどをプレイする用例や、ビジュアルノベルゲームをみんなでプレイするなどの用例もあった。現在で言うゲーム配信に近い。
こちらも全盛期と比較してリスナーは減っているが今日も続いているが、個人的な印象としてPodcastの方がリスナー人口は多いように感じる。
インターネットラジオが登場した頃にはミニFMはほぼ壊滅状態にあり、現在では極々一部の趣味人によってのみ期間限定で運営されていることが多い(有名な老舗もいくつかはある)。
様々なメディアを埋め込みつつ、プログラマブルなプラットフォームとして開発されたシステム。
2ちゃんねるを中心に爆発的流行をし、現在のWebクリエイターの中にはFlashで注目された者も居る。
現在でいうところの「コラボ」も数多く行われ、様々な表現の実験の場となり、今でも参考になる発想が多い。
企業Webサイトでの採用事例も多く、インターネットの一時代を築いたと言っても過言ではない。
現在は惜しまれながらもAdobeのFlashサポートの終了予定発表やHTML5の登場なども合わさり採用はゼロに近いものとなっている。
Youtubeに感化され、2ちゃんねる実況板の影響を取り込んだ動画に文字を表示するスタイルを確立したのがニコニコ動画。
当初は違法動画のアップロードサービスと化して居たが、MAD動画ブームを皮切りにクリエイティビティの発露の場として成立する。
Flashからの移行組も数多くおりニコニコ動画の黎明期を支え、次代にその技術を伝えた。
2ちゃんねるDTM板のVOCALOIDスレでしか注目されていなかったVOCALOIDが初音ミクの登場によりニコニコ動画で再評価され爆発的ブームが起こる。
初期のVOCALOIDは2ちゃんねらー全体で言えば知らない2ちゃんねらーの方が圧倒的に多い状態であり、何ならDTM板住人であってもDTM Magazine読者くらいしか知らないレベルであった。
更にはMikuMikuDance(MMD)の登場により、Flash時代ではマシン性能の兼ね合いで難しかった個人による3D表現が本格化。
現在のVtuberに近いMicrosoft Kinectとの連携によってMMDモデルを動かす試みなどが始まる。
そしてニコ生がリリースされるとリアルタイムゲーム実況が確立され、現在のYoutube LiveやTwitchの萌芽とも言える状態だった。
一部では現在でいうところのVLOGを投稿する者もおり、様々な試みがなされた。
しかし運営側の迷走の伴いサービスのコンセプトや品質が陳腐化し、対応が後手になってしまいユーザが離れるという事態に陥った。
現在ではユーザ目線での改善に力を入れているらしく今後どうなるかが注目される。
そして現在、個人によるサブカルメディア放送はYoutubeがメインのプラットフォームへとなっている。
特徴的なのがニコニコ動画では登録者すべてがいわゆるニコ厨と呼ばれていたのだが、Youtubeでは動画投稿者がYoutuberで視聴者がリスナーと呼ばれている点である。
ニコニコ動画からコンテンツをそのまま移行したYoutuberも数多いが、元々ニコニコ動画へ投稿していた者は実写系が少ないという特徴がある(一部例外も居る)。
ニコニコ動画が自らコケたという部分もあるが、堅実に強化とユーザビリティの向上に努めたYoutubeは日本のサブカル層も無視できなくなり、今日のYoutube人気を決定付けた。
ニコニコ動画時代では少なかった顔出し実写系動画が増えたり、マシン性能の向上によって実現を果たしたVtuberの登場など個人によるサブカルメディア放送は転換点にあると言って良い。
プラットフォームの移行が発生するかはわからないが、これまで顔出しを拒んできたサブカル層が徐々に顔出しするという動きが昨今では起きている。
日本ではこれまで大手メディアの影響などにより社会全体でのオタク蔑視の時代があったりなど海外に比べてサブカル層は顔出ししにくい環境であったとされてきたが、世代交代が進んできたのかサブカル層の顔出しが起きている。これは良い環境変化だと言える。
この次に何が起きるか?と言えばおそらくは「実名活動・顔出しの敷居がより下がる」程度にしか予測はできないが、様々な選択肢が増えることは歓迎したい。
視点を変えれば旧来のサブカル層が若い世代が持つ印象に救われつつあるわけだが、その若い世代に技術を継承したのは何だかんだで活動を続けてきた旧来のサブカル層なので、今後とも持ちつ持たれつという関係を築けていけたらなと思う。
そして続けて現れる今の若いサブカル層の技術を継承した次代・次々代の子たちがどんな風にクリエイティビティを発揮するか楽しみでならない。