「言葉狩り」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 言葉狩りとは

2018-02-25

anond:20180225174720

一般的には芳しい以外は攻撃意図がない方が多いと思うけど、そういう文脈次第なのを挙げたら無益言葉狩りになるだけでは?

てか芳しいなんて使わないよね?香ばしいの方がまだよくみるけど、最近じゃ使わないし。

挙げるならもっと明確なのあるよね。淫夢語とかだいたいそうじゃない?

・ほーん、で?

・おっ、そうだな

・えっ、なにそれは

・えぇ…

・あのさぁ

・~して、どうぞ

・~はNG

このへんはだいたい見下したり呆れ顔を向けて優位に立ったつもりになりたい子が使う印象で、他人への敬意を欠く最低なスラングだと思うね

2018-01-30

anond:20180130123047

元増田氏が追記されてるみたいだけれども、

個人的に飲み込めない部分があるので書きますね。


非道徳な言論が許された場合議論の例を追記されてますが、少なくとも自分はこの例文の中に「非道徳」な発言は無い様に感じますこれは普通議論されて良い無い様なのでは?


②例文の中で「共同体価値観に敬意」「ルールを崇拝」という記載がありますが「共同体価値観ルールを守ること」は「共同体に参加する為の条件」だと思います。それは「崇拝」でも「敬意」でもないと思います。どうしても納得の行かないルールがあるのであれば、筋を通して疑義を発するのが正しい在り方だと思います


③例文の中で「LINEグループから漏洩」の例がありますが、その場合は「故意に漏らした者の悪意」が追求されるべきだと感じます


④例文の中で「バレるバレない」という記載がありますが、少なくとも日本では、個人思想信条自由保証されています私的に紙に書いた不適当な言説が当該者を傷付ける事態が起きた場合には、それが故意でない場合は、きちんとした議論必要になる話しだと思います


例文の中での話しについては、あくまで「例えば」の話しだと思いますが、一応。

それから元増田氏が度々危惧している「過剰な言葉狩り」は、

当然個別にその善し悪しが議論されるべき問題だと思います

自分は「不当な言葉狩りだ」と感じる出来事には都度反対したいと思います

この辺の判断に関しては「簡単な線引きなど無い」のだろうと思っています

人間歴史は、この線引きを押したり引いたりし続けて来た歴史なのだと思っています

人間とはその程度に「メンドくさい存在なのだと思います自分は。

文章下手でごめんね。

インターネットで言いたいことを言えなくなる

先日、どこかの掲示板プロ野球選手の嫁をブスだと書きこんだOL名誉毀損で訴えられてニュースになった

これはもうインターネットに気軽に書き込むことが許されなくなるってことだろうなと思った

僕はインターネットを弱音とか愚痴とか、たまには悪態をついたりする場所として依存してきた面があって

辛い時にけっこう救われてきたと思う

こんな使い方が出来たのは掲示板が小さなコミュニティだと思っていたからだが、今はそうではないらしい

トイレ落書きでは使えないようだ

また、ネット道徳に縛られない考えを書き込むことで発想に広がりが出る場所だとも思っていた

ディベート的な議論において道徳ってほんと邪魔なんだけど、現実日本だとそれは難しい

ネットならそれが出来たけど、もう無理だろうな

インターネットが開かれた空間になり、テレビと同じ空間になり、相互監視になり、モラル押し付け言葉狩りが強化された

増田と言えどもどこから訴えられるかわかったものではない

僕らはすべての発言責任を持たなければいけなくなったし、道徳に目配せして書き込まなければいけない

多くの人にとっては当然のことなんだろうが、インターネット無法地帯に救われてきた身としては鬱屈とした日々に戻らなきゃいけなくなって非常につらい

ブクマ皮肉芸やってる人たちもそろそろ気をつけたほうがいいよ

「ブス」程度の発言でも気軽に訴えられるようになったのだから、これからいろんな人が訴えを起こすようになる

今のうちに言いたいことを言っておこう

王様の耳はロバの耳!

王様の耳はロバの耳!

王様の耳はロバの耳!

=======================

ブクマを見ての感想

1: ブスと言わせろと言っているのではなく、ブスで名誉毀損になる時代になったので

  その他の発言についても締め付けが厳しくなり、客観性のない発言や、客観的でも誰かを傷つけると判断されれば

  名誉毀損で訴えられる可能性が強くなったという趣旨です

2:  怒っている人もアウトのブコメしている人がいます。ふと気が抜けて、感情的になってしまったり、非論理的憶測をすることありますよね

  それが名誉毀損になるかもしれないということを言っています

  普段きわどい発言をしている人もいるようですが、自覚がないようです

3:「ディベート道徳不要」について

  罵倒させろという意味ではありません。ディベートの態度ではなく、論理の展開に道徳によるブレーキ必要ないという話です

  人前でディベートをするとなると、道徳的に疑われるような仮説を引っ込めなければなければなりません

  ディベートからと言っても現実ではある程度のコードがあるわけです

  例えば「戦争は勝てるならするべきだ」「いかなる理由があってもするべきではない」というディベート

  現実では難しいと思います

  (道徳倫理区別されていて、道徳というのは時代場所制限され共有されたローカル価値観のことです)

  「ネット悪口を言うべきではない。傷つく人がいるのだから」というのも道徳です

  道徳的世界だと「そうですね」と言うしかありません

  反論すれば人でなしになるからです

  ネット上のブコメを見ても非難うごうですから

   しか非道徳的な言論が許されれば以下のような議論もできます

  A 「絶対にバレないLINEグループ等なら自由に言っても良い」

  B 「それはバレなければ赤信号を渡ってもいいという理屈ではないか

  A 「その通りだ。事故が起きるか起きないか問題なのだ。来もしない車を待つことに何の意味がある」

  B 「ルールというものは、個別存在するのではない。共同体価値観に敬意を持てるかどうかが大事なので、小さな例外も認めるべきではない」

  A 「ルールがあって共同体があるのではない。我々個人があって共同体があり、共同体があってルールがあるのだ。個人よりルールを崇拝するのは本末転倒だ。本題に戻ろう」

  B 「本題に戻るなら、やはり悪口を言うべきではない。LINEグループの誰かが漏らして、本人に伝えるかもしれない。そうすれば本人は傷つく」

  A 「それは私が書いた悪口ではなく、本人に伝えた人が傷つけたことになるのではないか

  B 「いや、悪口を書いた先に起きうることを考えなかったあなたが悪い。ネットではなく日記帳にでも書いていればいい」

  A 「しかし、紙に書いたとしてもそれがどこかで漏れれば本人が傷つくことになるだろう。紙に書くのも問題ではないか

     ほら見ろ、やはり結果論ではないか。バレなければいいだろう」

  B 「いいや、そもそも悪口を書こうと思う精神がよくない。他人だけではなく自分を貶めることになる」

  A 「違う、私達はそもそも貶められ苦しんでいるのだ。どこかでもやもやとした感情を発散しなければ生きていけない人もいるだろう」

  B 「発散するのは自由だが、それによって他人を傷つけるのは生贄と変わらない。他の方法を考えるべきだ」

  A 「だから、バレなければいいんだって他の方法簡単に探せると思うな。悪口が一番効率的なのだ

  B 「いや、バレれば訴訟のおそれがあるのだから、余計に苦しくなる。もっと生産的な方法があるはずだ。スポーツとか」

  A 「どうしても見つからない人もいるかもしれない」

  B 「それはその人が悪い。そのような底意地の悪い人の気持ちまで考えてやる必要があるのか?

     いや、そもそもそんな不満がたまるような社会が悪い」

  A 「確かにストレスがなく、お互いを承認しあえる美しい社会であれば、私も彼らも他人中傷せず、誰も傷つかないかもしれない(きれいな目)」

・・・と、現実的議論がしやすくなる

4: 「悪口でもなんでも自由に言わせろ」と書いているのではなく、過剰にビクビクせずに書き込みが出来る「民度の低い村」だったインターネットが終わったんだなあという、そういう話です。

  終わって来ていたのは認識していたけど、決定打が来たなという話ですね

2018-01-20

左派価値観

anond:20180120220712

左派(あるいは革新)って思想的使命として守旧政策思想を変更していくわけでしょ。そのとき変更する方向をさだめる価値観として「より公平に、より豊かに、より合理的に、より正しく」っていう羅針盤を持っているわけよ。これはどうしたって必要なんだ。じゃないと「なんで既存方針を変更しなきゃいけないの?」っていう問に答えられなくなっちゃう(=存在価値がなくなる)から。「より良くするために変更しなきゃならない、そのより良さとはこういう未来ですよ!」っていうのが価値提示なわけね。

左派はそういう運動をするわけなんだけど、その思想価値があるってことを証明するためには、その価値観を全方向に向けなければならない。例えば保守政策Aにたいして「それは差別的で公平ではない!」と批判を加えている左派が、自分たち政策Bの差別性とか不公平性にだんまりしてたらダブスタでしょ? そんなことしてたら、左派のいうことは利益誘導しかなくて、正義はないってことになってしまう。これはゆるされない(実際にはそういうことも割とよくあるんだが)。

左派思想的な優越性を喧伝するためには、その思想的な潔癖さを他者と同時に自分にも向けなきゃならないわけだ。

それはつまり彼らの思想には構造的に「自分自身も、あるいは自分自身こそ厳しい批判対象にする」って言う特徴があるってことなのね。左派批判する代表勢力は、左派なわけ。

多くの学生運動共産運動内ゲバ(内部に党派が出来て互いに批判を繰り返す状況)になっていったのは、ゆえないことじゃなくて、左派思想にそういう性質がすでにあるからなんだよ。

もちろんこれって別に悪いことじゃない。反省したり自己改革できるのは、そうでないよりよいことだ。自浄能力ってのはある方が絶対に良い。

ただ、左派思想は、あんまりにも原理主義と相性がいい。

そもそも政治運動価値は「今の社会をより良い方向に一歩でもすすめる」ことにあるわけなんだけど、左派の唱える「より公平に、より豊かに、より合理的に、より正しく」って言う価値観を闇雲に信じる(=原理主義)になると、「唱えた正義を守るあまり社会は窮屈で住みづらくなる」「絶対正義断罪し過ぎで参加者全員血まみれで倒れる」みたいな状況が発生する。山荘での凄惨殺人とか、紅衛兵による自己批判処刑とかもそうだし、言葉狩りとか、行き過ぎたPCなんかもそれで、つまりそれらは目的を見失った原理主義の起こした悲劇なわけだ。

一方これらの行き過ぎた(=原理主義の)左派にたいする批判ってのも当然にある。気の狂った左派批判するのもまた左派役割から。まあ要約すると「加減しろバカ」って話だよね。

てなわけで、左派批判されている現在ってのは、実は全然悪い状況じゃないんだよ。批判を受けない思想なんて生かしておくと害悪のものだ。そもそも批判自由にできる環境」そのもの左派の求める人権的な宝の一端なわけで。「批判をたくさん受けて精錬されていくこと」は左派の望みなんだよ。

もちろん「叩きと私怨炎上の血に酔ってる人」なんてのは左右にかかわらずWebにいるわけだけど、多分そういう人らはこの記事読まないと思うし届かんのであん関係ないよね。

から左派は叩かれすぎ」なんて心配はいらなくて、むしろ「ばっち俺を叩いてくれ! その焰の中からリベラルは復活するんだぜぇ!」くらい言っといたほうが健康的だと思うよ。

2017-12-29

anond:20171228141754

他人を貶めようとする人間は、どんな言葉を使ってでも貶めようとするので、言葉狩り無意味

それは単なる表現規制しかならない。

2017-12-26

anond:20171226090222

つーかとっくに死語だろ。それこそ20年前にしか聞かなかったぞ。

言葉狩りとか言いたがる方が時代に追いつけない老害っぽい。

2017-12-22

言葉狩り世界が変わるか

いじめ暴行傷害名誉毀損に変えたところでいじめはなくなるか

童貞性交渉経験者に変えたところで童貞の苦しみはなくなるか

くだらん

2017-12-19

次に言葉狩りに遭いそうな職業

獣医

うちのかわいい○○ちゃんは獣とは違います!とか言われそう

2017-12-05

anond:20171205110344

2017/12/5追記

反応があったので補足。

この記事を書いた理由は元記事バッシングがあまりにひどく、「こんなの発達障害じゃない」という意見を多く目にしたためです。なのでできるだけ平易に書くことを目的としていて専門用語はほぼ出していません。そこが論点ではないからです。

・「広汎性発達障害って自閉症スペクトラムでしょ。情報が古い」

おっしゃる通りDSM-5ではPDDではなくASDという枠になりましたね。存じておりますしかしこの記事論点はそこではありませんし、この記事対象は古い情報を持っている人向けですので旧名称を使っています知識が正確で元記事揚げ足取りをするおそれのない人に向けては書かれていません。

・「女子中学生発言氷山の一角

その通りです。発言は元記事においてただの例です。その発言のみを取り上げて「こんなの発達障害じゃないでしょ」というのは障害に対するレッテル貼りだと思うのですよ……

特性の一つをとりあげているだけですが、私はその女子中学生を知りませんし他にどのような例があったかなど推測で書く方がダメだと思うんですよ……

・「医師けが発達障害を診断するんだ! 定型発達はただ寛容であれ! 発達障害についてググれ! 無理でしょ」

診断はともかく後者二つは現状無理でしょうね。でもこういう意見があった方がいいでしょ。「発達障害者は誤解されるんだから我慢しろ!」とでも言えと……? 机上の空論かもしれませんが誰か読んで刺さったらそれでいいです。いるかもしれないじゃない。私が十代のころなんて発達障害のハの字も知りませんでしたよ。でも知ってたら何かちょっと変わるかもでしょ。それから定型発達のひとにただ寛容になれなんて一言もいってないじゃないの……定型発達のひとだって何も知らずに発達障害者と関わったら「!?!?」ってなるけどある程度知識があれば「ああなるほどこれがあれか」ってなってストレス減りますよ、多少。

言葉狩りをするのは楽しいしょうがせめて意図を汲んでから指摘してほしい! です! お願い!

2017-11-28

『嫁』という言葉は『女性を家に縛り付ける時代のものだ』という話があって

anond:20171128231843

オタク界隈だと嫁の方が一般的かな、という既婚者男性です。嫁って書いちゃいますね。

これについては嫁さんと結婚初期に相談してて

私「お互いなんて外でなんて言ったらいいんですかね?」

嫁「というと?」

私「いや、◯◯さんの事。私の妻?かな、嫁? 連れ合いとか... パートナーとか。奥さんとか、あと刑事コロンボっぽく、カミさんが、っていうのもいいかも」

嫁「うーん... 妻ですかね? 硬い感じしますかね?」

私「するかな、するね。あと淫靡な感じがする... 団地妻連想する...かな。 女性は知らないかw。私も見たことはないんだけど。私は... 嫁かな。ネットでさ『長門俺の嫁』みたいに言ってるの良いというか、カジュアル愛情表現が増えてて、そういうの良いなと思う。好きの表現は多い方がいい」

嫁「ただ嫁って漢字は『家にいる女』って書くんですよ。昔の表現な気もしますね」

私「うん、そういう批判があるのは知ってる。でも私は別に家に縛り付けてないでしょう?先週も君の友達と出かけてたし」

嫁「ですよねw」

私「そういう言葉狩りして、幸せが増えるなら良い。狩っても。でも、この場合、増えるのかな。それさ『家が不幸だから問題になるんだよね」「それ解決しないと言葉を狩っても幸せにはならない」

嫁「確かにそうですね」

私「なら、僕はこの家を幸せにしたいと思ってる」(後ろから優しく抱きしめる)

事前に脳内シミュレーションを繰り返し、穏やかな陽気の休日に実行した。それ以来、嫁で通してる。

2017-11-09

差別ってなんだ?

どこから差別境界線なのか?

差別を考えるにあたって、まず黒人の例を考える。

差別とは、身体的特徴を元に不当な扱いを受けることである。例えば、肌が黒いということで、奴隷扱いされる、または汚い、不潔とされて侮辱されること。

では、身体的特徴を指摘、言及することは良いのか?肌が黒いね黒人は背が高くて、運動能力が高いよねなど。ポジティブに捉えられる、おおよその場合において、これは問題ないと捉えられる。

ただし、これが女性場合セクハラ差別として問題になる。胸の大きさ、お尻の大きさなど。身体的特徴でも、言及箇所によってはネガティブと捉えられる。

黒人場合は、唇の厚さや、髪の毛だろうか?

黄色人種なら、目の細さや、平らな顔か?

このポジティブネガティブな特徴の違いはなんだろうか?

おそらく白人美的感覚から逸脱した特徴がネガティブものであり、それら特徴を元に侮辱、不当な扱いを受けることが差別なのだろう。

特徴の指摘から侮辱、までがセットで差別だとは思う。しかし、場合によっては特徴の指摘の段階で、侮辱意味が込められているとして、差別判断されることもある。だからこそ、純粋な疑問を抱く子供の問いは、その裏に侮辱意識が無いとして、差別とは判断されないのだろう。

セクハラ場合は、特徴の指摘から、だからあなた性的に魅力的で猥褻行為をしたい、という意識を汲み取ることで、防衛意識から拒絶反応になるのだろう。

差別の難しさは、この指摘段階で差別と捉えられる点だ。どこまでの指摘、言及差別と捉えられるかは、その発言の背景と、発言者の背景が求められる。

だか現状、多く場合発言言及表現した時点でアウトだ。これが非常にややこしく、煩わしい点であり、差別言及過激化する要因の一端だと思う。

私が感じている違和感は、この差別適用範囲過激化で、まるで言葉狩り表現狩りのように思える。日本でも、身体障害者を表す言葉が数多く規制されてきた。

過激化は、人種差別から性差別LGBTの全てにおいて見られる。

過剰にセンシティブ世界において、我々は幸せなれるのだろうか?全てが平坦で、そこから少しでも逸脱した人間が、過剰に攻撃されることは平等なのだろうか?

そもそも逸脱した人間に対する攻撃は、正当化されるのか?差別する人間に対しての差別正当化されるのか?

2017-10-17

anond:20171017131522

いいんだよ別に

あいつら言葉狩りして頭下げさせときゃ、現実弱者がどうなろうと知ったこっちゃないんだから

2017-10-04

anond:20171004000249

おふがおのパラドックス(おふがおという認知問題のあるエンジニア文脈メタ言及といった概念を把握できず指摘されても理解できず何かの拍子に権力を得ると単純な単漢字言葉狩りによって異常な数のユーザ排除しようとすることから広く知られていないパラドックスでも何でもない現象)だな

2017-09-19

無許可RT

またお前らは文化違う人間オモチャにして遊んでんのか。ほんとそういうの大好きだな。

他人が嫌いだと言ってるものに関して触れるときは、宗教とかと同じくらいセンシティブ問題として触れるべきだと思うが。

お前らはちゃんとママに、「これはいじめですよ」「これはヘイトスピーチですよ」「これは差別ですよ」ってタグ付けてもらわないと遊んでいい場所かどうか判断できないんだろうな。

まあ言葉狩りは嫌いだから別にやめろとは思わないけど、自分達がそうやって差別する側に回るという可能性をちゃんと心に留めておくべきだと思うね。

2017-09-06

おい、遺伝の「優性」「劣性」が改められるとよ。

学問世界にまでポリコレによる言葉狩りかよ。

みんなで炎上させようぜ!

2017-08-23

https://anond.hatelabo.jp/20170823121340

こういう差別に関しての話題を取り扱う時は致し方ないんじゃないか

差別用語に対する言葉狩り差別についての議論に支障をきたすようじゃ笑い話にもならないと思う

https://anond.hatelabo.jp/20170823115120

そりゃ同じことしてもご褒美を貰えるのと貰えないのはどの家に生まれたかという努力と全く関係ない部分の差じゃん

子供だって馬鹿じゃない。そこに何らかの不公平さがあると感じてるから「ずるい」という言葉選択するのだよ

大人なら言葉狩りをする前にそこのところを掘り下げて考えないと

2017-08-20

https://anond.hatelabo.jp/20170820185650

第一人間には(例えば日本人には国法で保証された)人権があるのだけれど、じゃあそれって常に守られてるかって言えば守られていないよね。

殺人事件被害者死体なっちゃってるけれど、彼には生存権がなかったかと言われれば、あった。茨城自殺自殺しちゃった子供にも、人権はあった。だから人権さえあればいい」というのは誤りで、あったとしても誰もがそれを意識して守らなければそんなものはないも一緒なんだよ。

第二に、人種差別性差別は、いま現在ではそれが「悪いことだ」とされていることでも、ちょっと前までは日常的に行われてきた行為がたくさんあるよね。「A子さんもそろそろ結婚しないと困る歳よね?」なんて会話は、地方では本当に日常的に行われていて、おそらく言ってる側も悪意なんて特にない。このケースは言った側に人権侵害意図があったわけじゃなくて、人権やら差別に対する知識認識が足りてないから起きたケースだといえる。

第一と第二からわかるのは、人権っていうのは、それを学ぶのも、意識するのも、守るのも、非常にコストがかかるっていう事実だよ。一般的に暮らす人は、毎日おびただしい数の人権侵害をしている。しかもそれが侵害だっていう意識もとくにない。

人権意味と意義とそれの守り方を学ぶのは、それこそ哲学について修士できるほどの学習コストがかかるし、日々の生活の中で何の侵害もしないようにするのは聖人クラス気遣い必要だ。「そんなことないだろ普通暮らしをしていれば、他人迷惑をかける事なんてないはずだ」って言う人は、ただ単に見込みが甘いだけで、むしろそういう人ほど、学習コストを払っていないだけの、無自覚加害者である可能性が高い。友人同士の日常会話も含めれば、人間は、多かれ少なかれ侵害をしているんだよ。

個人的感想で言えば、そういうふうにお互いの権利を少しづ侵害し合うのは、完璧生物ではない人間にとって仕方がないと思う。多少のことは目をつぶり、相手苦痛を受けてたら素直にごめんなさいをする。目に余る部分は改善していく気持ちを持つ。そうして社会生活を送っていけば、それで良いとは思う。それは人権差別問題に、人生が終わるまでの間、人生のすべてを投資するという意味ではなく常に考え続けて、そういう世界と付き合っていく覚悟必要とすることなのだけれど。

しかし、一部の原理主義的な人、今ある混沌に耐えられない潔癖な人が、「自分よりも分かってない」人々に対して「いいからこの規則を守れ!」と言い出すものポリコレなんだよ。

ポリコレはある種の言葉狩りであり規範なので、人権そもそもの成り立ちに対する理解や、歴史的経緯に対する考察とか必要ない。メリットで言うならば、人権に関する高コスト学習をしないでも、表面を取り繕った秩序を社会にもたらすことが出来る。

しかし一方で、人権概念やその必要性に対する理解なくただ振り回す棍棒にも堕しやすいわけで、そりゃあ当然マウンティングの道具にもなる。

この件に対する増田の(そしておそらく、良識派の多くの人の)誤解の最たる点は「人権概念や成立やその運用問題点について学ぶことは、相当高コストだ」っていう一点にあるんだよ。だからこそ廉価版劣化版のポリコレなんてものが登場したし、いまも一定用途で(例えば政治家の公開発言や、企業広報などで)利用されている。

2017-08-01

子供の頃、親父と外食にいくのがものすごく嫌だった

最近若い子たちとご飯を食べに行く機会が多い。

その時に思うことが、若い子って店員全然文句いわねーんだな、と。

明らかに向こうの不手際だとしても、別にいいですよの一言で、しかも怒りや不満を我慢してる様子でもない。

今の若い子って大人しいんだな、とずっと思ってた。

ある時、ふと思い出した。

そういや俺子供の頃、親父と外食行くのがすげえ嫌だった。

店員不手際を見つけるたびに店員説教ます親父が恥ずかしかったし怖かったし、とにかく嫌だった。

間違えたくらいでギャーギャー言いすぎだし、こんなのを大人しく聞かなきゃいけないのが大人だとしたら

俺は絶対大人になんてなりたくなかった。

あれ、もしかしてこれっていつのまにか俺が親父に近づいていたのか。

今の若い子って俺と飯行くとき昔の俺みたいに今の俺を見ているのかもしれない。

若い子と飯行って店員に何度か文句を言った時に真っ先に身内であるはずの若い子たちに必死に止められたのを覚えている。

から俺は昔の俺の気持ちにさせないように若い子と外食行くときはたとえ向こうがかなりの不手際だったとしても

絶対文句を言わないように心がけている。





で、本題はここから

まり年齢によって価値観正義)が違うわけですよ。

若い子達の間でガイジっていう言葉流行ってるの知ってます

ガイジ、つまり障がい者の事で、意味はお前障がい者みたいに頭悪いな。(みたいなニュアンス

大人からしたら到底口にすることすらできない言葉です。若い子は平気で使ってるんですよ。

何度か若い子に注意したことがあって、そしたらなんて言葉が返ってきたと思います

別に障がい者に向けて使ってる訳じゃないし、障がい者差別とは何ら関係ない。言葉狩りだと非難されました。

これどっちに正義があるとかっていう話じゃなくて、

若い子は若い子同士の狭い世界があって、その世界では若いしかいないんですよ。

まり先ほどの言い分が若い子達の中で正義になってるんですよね。

冒頭の話に戻りますけど、若い子達が店員文句を言わないのは

紳士とかでもなんでもなくて、店員不手際が彼らにとって別に失礼でもなんでもないってだけだったんです。

怒りを我慢してるわけでもなく、店員不手際は彼ら、若い子達にも十分起こりうる事情なので仕方ない、

こんなことで怒ること自体、どうかしてるという認識なんです。

何が言いたいかというと、おじさんになってしまったのでもう若い子達と関わるのが辛い。関わりたくない。以上。

2017-07-19

「かねがね同意」を正しい日本語として認めます

「かねがね同意」という言葉は正しくない日本語だと、言葉狩りをする愚か者たちにみなされているようです。

彼ら曰く、「かねがね」は「以前から」の意として使われると言うのが理由だそうです。

でも言いやすいし意味も容易に通じるし、これ正しい日本語として私が認めます

皆さんどんどん使ってください。

愚か者たちも私が認定したのでどうぞ安心して引き下がってください。

2017-06-26

なぜ日本で基礎研究が軽視されるのか、2つの記事で腑に落ちた気が

先日ホッテントリ化した、口は悪いけど舌は鋭い増田

はてなの中高年は今井絵理子の発言を理解できない

あいつらは「批判」をすっごい悪いことって意味で使ってるの。
批判」は和を乱すとか喧嘩を売るって意味しかない。ケチをつける。因縁をつける。人の気分を悪くする。
批判は、すごくネガティブな、ピースフルでない、縁起の悪い行いなわけ。喧嘩とかケチ付けってことなわけ。

と、ここのコメントの1つ

研究者の頭脳と時間を、違うことに使いすぎている - 日経テクノロジーオンラインブコメ

基礎研究と応用研究政治家アカデミズム算数ドリルがまだ区別できておらず「基礎なんかすっ飛ばし最初から応用問題が解けた方が効率よいし偉くね?」って本気で思ってそうなくらい、基礎研究軽視だからなー
2017/06/24 17:10

2つが脳味噌の中で化学反応して、

なんで歴代ノーベル賞受賞者の面々が口を揃えて異口同音に「日本は基礎研究予算かけなさすぎ」って叫んでるのに、政治が一向に基礎研究への予算配分増に対して及び腰なのか、
一方で金欠だ振興費はもう頭打ちだと言う割に「チョコレートで脳が若返る」とかいう明治PRにノせられスライドだけ無駄に立派なトンデモ似非研究内閣府が飛び付いて、予算がすんなりタンマリ通るのか、自分の中で勝手に謎が氷解した。

いつもなら「選ぶ側の政治家科学研究学問に対して無知無理解から」「真偽を判断するだけの科学リテラシー知識が無いから」で済まされて、最終的に「日本の政治家がバカばかりなのが悪い」と結論づけられるが、
多分それだけじゃない。使ってる言語体系と価値観の相違も勘定に入れるべきだったんだ。

何が言いたいの?

まり内閣府の皆さんや現行の政治家の皆さんの多くが「基礎研究」「応用研究」の頭に付く「基礎/応用」という修飾語を、我々と違うニュアンスで捉えてるかもしれない、ってことだ。

・「基礎研究」と「応用研究」(大学研究機関
・「基礎問題」と「応用問題」(数学問題集

似てるようで全く異なる両者を、同じ意味イメージしていらっしゃる可能性が非常に高いかもしれない…ってことだ。

まり

「基礎研究というものは、延々と3+(-4)=-1… みたいな、計算ドリル初歩の練習問題を繰り返してつまづいている段階であり、それすらすぐ正答できないという事は無知で後進的で恥ずべきこと。
 基礎なんかはもうとっくに出来てる前提で、応用研究問題)がスラスラ解けるようになる事が到達目標であり良いこと。だから限られた研究予算は、基礎研究問題)なんかをいつまでもダラダラやってる子(大学)よりも、
 成果がすぐ見える応用研究問題)をいっぱい手がけてる優秀な子(大学)に優先して配分するよ!」…という盛大な勘違い価値観のまま、表彰対象を選んでる可能性がある。

…いやそれも「連中が無知なのには変わりないだろ」と突っ込まれるかもしれないが、純粋に知らないのと、知ったつもりで誤解したままなのでは話が別だ。
もし「基礎<応用」という上記のニュアンスで捉えている人が多かったら、科学者の"基礎研究大事しろ"の声が政治家に届かない理由も分かる。

"基礎研究なんて膨大な無駄の中からほんの少し凄いものが出てくるって世界(id:k_oniisan)"っていう正論も、「基礎の段でつまづいてるような出来の悪い子が、こづかい減らされるのを恐れて出来ない理由言い訳を並べている」
しか受け取られていないかもしれんわけだ。たまーに偉いノーベル賞受賞者先生擁護して同じことを言っても、「出来の悪い子を、自分の身内やお友達や生徒だからって庇い立てしてるだけだ」と見做されているわけだ。

他方、基礎を終わらせて、もしくは基礎を飛び級して、成果の出る研究、金になる研究、応用研究軸足を移し、先駆けて沢山手がけている子こそが優秀であり、高効率であり、限られた科研費の優先投資先として
相応しいのだと。そういうロジックで選んでるのだとしたら、民間企業協力のキャッチーな予備実験や仮説もどきの方が最先端研究だと持て囃されるのも実に納得だ。

そりゃ平行線にもなるわ。

書いてて絶望的になってきた。自分だけの思い込みかもしれないけど、これで科学立国とかマジで無理ゲーじゃね?

2017-06-28 追記

思った以上に賛否色々とブコメトラバを頂き、話題をすぐ畳むのが勿体なくなったので折角もう少し風呂敷広げてみよう(広げた後に収拾する気があるとは言ってない)

予算」という言葉も同じく、科学者-政治家間で定義がすれ違ってる説

id:outalaw 「予算」という言葉がすれ違っていそう。科学者たちは恒久的な人件費を含めているが、行政は一時的な雇用費や物品費こそ予算と捉えており、行政のいう予算は横ばいだが科学者のいう予算は減り研究時間も減っている。
id:death6coin トランプアメリカもっと低い次元にいそう/http://www.nistep.go.jp/archives/32530によれば予算的には減っていないが出どころが変化しており、研究者に成果へのプレッシャーがあるのではないかとの分析がされていた。

確かにその可能性も高そう。年度毎に補助金申請書を書き直さなくてもよい永続的フロー保障される事を要求する研究者サイドと、◯期活動分のキャッシュを確保することに奔走し、科研費増なんて出来るわけがない現実を見据えてる政治家サイド。
かたや「基礎研究への予算が増えない」と嘆き、かたや「予算は水準維持してる」と主張するのも、どちらかが嘘付きって事ではないはず。おなじ「金」のことを話してるんだからすれ違うはずがないと思いきや、両者の中で定義が違うままと。
で、河野太郎の研究者の皆様シリーズもまた、ブクマ上位によく来る人気エントリだが、結局できる事は"成果を生まない大型プロジェクトをつぶしてほかのことに振り替えるか、または成果を生まない研究者予算をほかに振り替えるか"
実際上記の通りプレッシャーかかってます

元々長期的視点つのが苦手な上に、科学技術振興予算の上限まであっては、短期的に金になる成果を優先せざるを得ない

*id:kaeuta 馬鹿にしたい気持ちはわかるが、今の政権経済産業寄りという点に尽きる気が。国民感情的に「膨大な無駄」が許される状況ではなく、基礎研究がすぐに金を生まない以上、金になりやすい応用研究が推進されるのだろう
*id:mainasuplus 増田にもあるけど、短期的に金になると想定される分野にしか研究費を突っ込みたくないのだろう。基礎研究文系学問研究費が落ちてこないのはほぼこれに尽きると思う。

予算は限られてて、社会保障費並の伸び率で野放図に増やすわけにはいかない。じゃけんせめて、振り分ける対象の厳選仕分け優先順位付けくらいきちんとしましょうね~ という大筋は正しい。
が、それでも「基礎研究に割り振る比率はもう十分与えたから、与えられた枠内で工夫するか減らすかしてね」には強く反対する。

また抽象的な例え話に飛ぶが、国民政府も喉が渇いてて、収穫すればすぐ生食できて喉が潤う万能フルーツ『成果』の大規模栽培を皆が渇望しているわけで。
収量予想や収穫期限コミットまで厳しくガン詰めされているので、使える湯水(金)も限られ、なおさら『成果』を優先栽培する以外に選択肢はないわけで。
でも、その『成果』を栽培するにあたって必須となる土づくりと肥料、その名も『基礎研究』…これは今すぐ食えるモノじゃないし成功保障も低いから、金かけるのは後回しにしてね。そう言ってるわけだ。
もしこれから科学事業を再び仕分けていくにしろ、まかり間違って奇跡が起き科学振興予算が倍増するにしろ、上記の思想ベースである限り、どれだけ湯水の如き金があっても、きっと土壌と肥料最後まで後回しで、
皆こぞって効率良い『成果』の密植技術開発に明け暮れるのだろうね。やがてサイエンスという土壌は、キャパを超えて過剰密植された『成果』に養分を吸われて徐々に痩せてゆき追肥もされないので
最期は何も生えない不毛の大地けが残りましたとさ。めでたしめでたし


省庁や官僚役人は流石にそこまでバカじゃないし正しい意味知ってるけど、敢えて政治家への啓蒙放置して状況を利用してるよね

これには強く同意する。事業仕分けとかで管轄範囲権益を侵さない限りは、知った上で正しく確信犯として野放しにしてる感


「基礎」って言葉が誤解を招いてるから、別の語に置き換えよう(提案

ボケ痴呆認知症」っていう事例もあることだし、たか言葉遊されど言葉遊び、形からでも変えてみる意味はあるかもね。
但し、「障がい者子どもメクラチビゴミムシダマシ」のように、無理に言葉狩りして理念が追い付いてない、仏像彫って魂入れずだと反感を買うおそれもあるね

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん