「カメラワーク」を含む日記 RSS

はてなキーワード: カメラワークとは

2020-05-08

日常系アニメ見るにもある種のリテラシーみたいなのが必要なんだな

とあるアニメ感想で「なんだよ、結局このヒロイン主人公のこと好きなのかよ」みたいなことを

割と本気の口調で書いてるレビューがあって、それ読んだ時に二重三重に衝撃を受けたんだよね

まずそのヒロインが明らかに主人公のことを好いているというサインは、それまでの場面で何度も何度も描かれてたわけ

たとえば溜息、たとえば目線、口角の動きや様々な仕草、口調だったり態度だったり、なんならカメラワークや光の加減なんかも含めてすべてがそういうサインだったわけ

でもそれってある種の共同幻想というかさ、まあ言ってしまえば「オタク文法」みたいなのに慣れた人じゃないとわかんなくて当然なのかもと思ったんよ

なんたって現実世界カメラワークなんてないしさ、他人目線の動きなんていちいち観察しないでしょ

まり我々がそういうある種の、感情に対する機敏さみたいなのを発動させるタイミングってもうアニメ見てる時か漫画読んでるときくらいしかないんだよな

で、もうひとつ衝撃だったのは

その感想書いた人はどうやら、「ヒロイン主人公のことを好いていない可能性」というのを割と無邪気に信じてたらしいということにもびっくりしたわけよ

だってそんなの信じられないでしょ、この類のアニメでまずヒロイン主人公好意を持ってないっていうのが、それこそ色々なサイン描写して明示的に伝えてこない限り、まずありえない

で、そうか、我々は特段の言及がなければヒロイン主人公に好感を持っているものだと無意識に前提しているんだな、ということにその時気付かされたわけね

そういうのもある種のリテラシーと言えるのかなって

推理小説では犯人を当てるための情報描写の中に必ずあるとか、そういう、誰かに教わったわけでもないけどそういうことと思ってる前提みたいな

そういうのが日常系アニメの中にもあるんだなーって思わされた出来事だったわ

anond:20200508124141

自分が描ける絵の範囲内での構図しか思い浮かばなくなってしまった!!

 

わかる。

そういう時はインプットだ。めちゃくちゃに漫画うまい人の漫画を読んだり、超大作ハリウッド映画カメラワーク意識で見たりする。

すると今度は絵のほうが不調になっていくだろうが、しょせんその繰り返しやで。

2020-05-06

俺も文化の人だが、演劇の人たちが文化を独占しているのはなんだかなあと思う

小説家で、サラリーマン製造業だ)の俺だが、小説界隈でお国支援を求めている人なんていないよ。

と言うか物書きはそういう発想すらないと思うのだが。

文化がどうだこうだと言うんじゃなくて、演劇死ぬときちんと言って欲しいわ。

日本文化の99%はおかみから支援も無いのがあたりまえというところでやっているんで、死ぬには文化じゃなくて演劇業界だけだろ。

と言うか、演劇業界は日頃から浅利慶太しろ平田オリザしろ政商よろしく、がっつり税金に食い込んでいるんだから、足腰が弱いんだよ。

演劇古代から連綿と続く表現方法だが、正直言って現代基準で言えば表現形式として言えば劣っているだろ。

カメラワークによる構成もできず、ズームインもできない。

まっさら表現者として表現模索する時に、演劇選択してしまう時点で表現者としては頭がおかしいと正直思うわ。

演劇なんてすたれても構わないし、必要なら必ず復興するはずなので、ほうっておけばいい。

2020-05-05

anond:20200505091321

個々の演劇配信で最大のネックがこれ、カメラワーク(と音声)

そりゃそうだ、縦横無尽にしてぎっちぎちに固めた複数テレビカメラムーブ編集室があってこそ、「リアルに」感じられる映像ができる

そんな技術も資材も時間もねーよということで、俯瞰のなんかつまんねー父兄撮影学芸会動画になってるパターンは多い

撮りなおしができないパターンも多いしな…

anond:20200504201454

演劇ってやっぱ劇場で見てナンボなのかなあ

BSでやってた劇団☆新感線とか宝塚を録画して見てみようと思ったんだけど、芝居がかった言い方と下手なカメラワークと大げさな身振りに、なんやこの下手くそって思ってしまって全く集チュできなくて全然みれずに録画けしてもーたわ

2020-05-04

性欲が強いわけじゃなかった

自分は性欲が強いと思っていた。でも間違いだった。

好みの体系で好みの顔('ω')で、好みの肌の色=色白で低身長スレンダーで猫っぽい顔で

好みのシチュエーション=白いベッドや生活感あふれる和室ホテル女性優位だけど、女優の根は優しそう

で、パイパン性器はほんのりピンク

カメラワークは接写と女性の体形が確認できる程度の迫力のある構図で

自分性器最初そっと手で触って立たせて、脚ピンをして角度を足側にしMAXに血流が行くようにし

乾いたティッシュの摩擦で短時間フィニッシュすることで一日に何回も射精したり勃起する事が可能だった。

それか鬼束直しんじまさきのエロ漫画

己を知り、己を磨き過ぎた男に過ぎなかった。

2020-04-23

ゼル伝ブレスオブザワイルドの不満点

剣を背中に背負ってること

これに尽きる

どう見ても抜けないんだよな ゴム人間でもない限り腕より長い剣を背中差した鞘に抜き差しできるはずがない

ゲームプレイ中はスピード感である程度誤魔化せてるけどムービーだとマジでダメ

ムービー中に納刀するシーンがあるんだけどカメラワークで肝心なところが映らないようにしてお茶を濁してるのがバレバレなんだよな

そこまでするなら腰に差せばいいのに

つうか兵士とか旅人とかは普通に腰に差してるしリンク君がキチガイしか見えん

ゼルダアタリマエを見直すんじゃなかったのか 世界リアルになるほど「背中にさした長剣は抜けない」って事実が浮き彫りになるんだから早く諦めて腰差しにしなさいよね

2020-02-19

瀬谷JK自殺配信に思うこと

原因は父親性的虐待とも学内イジメとも言われてる。

まぁ俺はその子父親も知らんし、学校も知らない。死人の言うことだから信じる、なんてチャンチャラおかしいと思うからどうでも良いんだけど、撮り方が気になった。

けっこうショッキングなんだけど、悪く言えば良い構図で撮れてる。

スマホを置いて電車にポン。

全身がきちんと写ってるし、ショッキングなシーンも計算されて撮られてる。

少し前も堕胎したんだか、しそこなったんだかしたJK配信しつつ自殺したよね。それは飛び込んだあとを容易に想像させる構図が取られてた。

の子って自撮りに限らず、カメラワーク熟練度がメチャクチャ高い。

俺みたいなおっさん自殺するなら遺書ってイメージだけど、子供が何か遺すなら動画なんだな。

かに訴えやすいのは手間も訴求力テキストより動画ってのは、頭ではわかってたけど、実際目の当たりにするとやっぱすごい時代だなって思うわ。

今後死んでくKKOたちも参考にしてくれ。

2020-02-17

近年のウィッチ達は丈が長い(ストライクウィッチーズ

ストライクウィッチーズ」といえば「パンツじゃないから恥ずかしくないもん!」のフレーズ(劇中には出てこないが)で知られ、どうみても下着であるそれを「ズボン」と呼ぶことで一世を風靡した作品だが、今年はテレビシリーズ来年は新キャラクタたちによる作品が公開予定と息の長いコンテンツである

特に、第501統合航空戦闘団(ストライクウィッチーズ)の活躍を描いたテレビシリーズ1期・2期は執拗ともいえるカメラワーク、こだわり抜いた描写シリアスとお色気回の乱高下など印象深いが、第502統合戦闘航空団(ブレイブウィッチーズ)やスピンオフ作品、そして新シリーズであるルミナスウィッチーズの集合絵を見ると、「あれ、丈長くなってね?(ズボチラしてないな)」という印象を受ける。

https://dengekionline.com/articles/14878/

思えば2007年OVAでは「ズボン」ではなくショートパンツを穿いていた。また自衛隊コラボ炎上したのが2019年とつい最近だったことにも驚く。見えてるから良い/悪い、丈が長いから良い/悪いを論ずる気はないが、この十数年、表現の自由規制と間で揺れ動いているコンテンツなのかもしれない。

コンテンツが続いてくれることは感謝しかないし、製作陣のやりたいようにやって頂くのが一番なんだが……

2020-01-29

YouTube世代ジャニーズについて

YouTube芸能人流入して素人YouTuberは食えなくなるという記事最近出ていたけど、

実際に2019年辺りからYouTube急上昇に吉本芸人ジャニーズ公式チャンネル動画が入るようになってきている。

2020年1月22日デビューしたジャニーズユニットからが「YouTube世代ジャニーズ」だと認識していて、

これまでのテレビ雑誌世代ジャニーズから大きく変わるのではないかと感じている。

2019年ジャニーさんが亡くなるという大きな節目もあった。

ここ見てる人はジャニーズ知識農家TOKIO紅白とか出てる嵐、あさイチイノッチくらいだろうと思うので、

以下、一般人向けに書いてみました。読んでって!観てって!

 

SixTONESストーンズ

https://youtu.be/ZOueu971KUE?t=93

京本政樹の息子ジャニーズ入りしてて、

SixTONESというユニットソニーミュージックから2020年1月22日(一週間前!)にCDデビューした。

貼った動画YouTube主催するイベントでのパフォーマンスの模様。

息子の名前京本大我1994年まれの25歳。メインボーカル金髪

X JAPANYOSHIKI楽曲提供したりして、ロックバラードをやるイメージがある。ダンスグループというよりボーカルグループかな。

「JAPONICA STYLE」のMV滝沢秀明プロデュースしている。

あのタッキーも、実はすでに37歳で、2019年芸能活動引退ジャニーズ事務所副社長になり、完全にマネジメント側に行っている。

QJV97FCr ずっとシックストーンズだと思ってました

当初は“シックストーンズ”と発音していたのを“ストーンズ”に変更したそうです。

The Rolling Stonesのほうが圧倒的に有名だし誤認を生むからシックストーンズ”のほうが良かったと思う。

 

Snow Manスノーマン

https://www.youtube.com/watch?v=lfVfBqkk2Vo

同時にSnow Manというユニットエイベックスからデビューした。

曲調にかなりエイベックス感とK-POP感がある。

貼った曲「Crazy F-R-E-S-H Beat」の振り付けメンバー岩本照が担当している。

ジャニーズダンス下手だから顔アップのカメラワーク動画しか出せないし、

音痴からCD音源は大幅修正済み、というネガティブイメージが長いことあったけど、世代が新しくなるほど高スキルメンバーが多い。

サビでセンターの金髪ラウールという名前ベネズエラ父×日本ハーフで、ジャニーズ入り前にはヒップホップダンスチームで活動し賞取ったりしてた。

ジャニーズの他ユニットからファン流れるというより、SUPER JUNIOR韓国の最大手事務所から2005年デビューしたユニット)っぽい印象。

パフォーマンスの質を重視するK-POPファン層を国内資本で取り返せるか期待。

メンバー佐久間大介ベッドの上や部屋中がゆゆ式エロマンガ先生などのグッズで埋め尽くされた、コミケ通いしてるアニオタだそうなので、

はてなにいるようなオタク好感度は高いかもしれんね。

https://realsound.jp/2019/07/post-394418.html

“嬉しそうに語る佐久間にマツコは思わず発声やばい! つくばエクスプレス入り口の脇にこういう人たちがたむろして大声で喋ってる」とツッコミを入れた。”

あとメンバー阿部亮平大学院卒(上智大学理工学部上智大学大学院理工学研究科情報学領域専攻)の気象予報士

 

Travis Japan(トラビス・ジャパン

上の2ユニットに加えて、下積みが長い未デビューユニットがもう1組あって、

Snow ManSixTONESTravis Japanの3組がまとめてjr界の大御所同期感があったのだよね。

https://www.youtube.com/watch?v=ChObG3Jr9pw

上に貼ったのがTravis Japan

マイケル・ジャクソンと共演したり、マイケルPVディレクションをしたりしていた振付師Travis Payneが、

ジャニーズ事務所契約してメンバー選抜してできたユニットからTravis Japanという名前

振付師による選抜メンバーだけあってダンスがウリで、曲調もダンサブルなものが多く個人的に最推し。(大学時代ダンスやってからダンスグループに関心が偏りがち)

Austin MahoneのJAPAN TOUR 2019に出演してるブルゾンちえみ35億の曲でバックダンス

あとメンバー川島如恵留作曲ができるし、宅建を持っている)が日本人観光客のほとんど行かない移動がすげえ大変なインドネシアの村に一人で行ってきた動画も観て…。

しか3ユニットのなかで今回のデビューではTravis Japanだけ除外。なんでや…。

 

Travis Japanなんでや…。という個人的な思いは置いといても、

これから企画・出演・撮影編集を全部YouTuberがやるスタイルは一部のトップ層を除いて食えないゾーンに行って、

プロ製作するもの覇権取っていくのだろうと思う。というか、トップYouTuberの動画制作プロ大勢関与するようになるのかも。

あとジャニーズ国内マスメディアの掌握に偏っていて、インターネットにとにかく弱い、むしろインターネット嫌いという傾向があったけど、

内需が弱って、K-POPのようにインターネットを使って国外市場に売ることを考えないといよいよヤバいという時代に入ってきているのを感じる。

90年代から00年代10年代インターネットには男性が多くて、プラットフォームの人気ランキング男性向けコンテンツが多い傾向があったけど、

20年代女性ネットユーザー存在感や、外国人による日本コンテンツ消費の存在感が増すはず。

総合的なプラットフォームランク入りするコンテンツ群が、男性からするとうんざりするくらいにイケメンまみれという事態も、起こるようになるかもしれないね

はてなは今後も男性が多いと思うけどね。

 

rickt なんかスマホゲーム最初インディーとかベンチャーが入って育てたのが今は大手ガッツリポジション取ってるのと似てるな。

わかる

 

tvxqqqq k-popクラスタの間で「スノーマン10年前のk-pop」って言われてて可哀想だった。SUPERJUNIORもk-popファン感覚からすると旬を過ぎている。パフォーマンス力が高いのなら、事務所楽曲お金を出してあげてほしい。

わかる、BTS世代でなくSUPERJUNIOR世代楽曲振付2020年にって、k-popで目が肥えた人たちから見るとなかなか厳しい。

でもジャニーズ事務所インターネット進出海外市場進出は始まったばかりだから…。まだ試行錯誤から…。

私はチャレンジ国内資本応援します!

 

K-POPの最大大手というとBTSMV再生数が9億再生かいう異常さ。嵐の新曲再生数は2680万回。頑張って!

https://www.youtube.com/watch?v=MBdVXkSdhwU BTS(この他の動画も4~6億再生

https://www.youtube.com/watch?v=PhSdewBIQsc 嵐

 

ジャニーズジュニアが「子供たち」でない認識はもって欲しいな

Juniorって相対的に年下って意味だし

ジュニアエンジニアシニアエンジニア

ジュニアマネージャーシニアマネージャー

みたいなキャリア的な立ち位置意味でも使われることもある言葉なので

2020-01-22

笑点メンバーが入場してくるときカメラワークって意外とテクニカルなことやってるよね

2020-01-07

anond:20200107120809

個人主観によって立っている以上、全て個人主観なのにも拘わらず、客観的な風にしている悪文だから、全て書き直してやるよ。

以下囲み部分ね。事実関係おかしい部分がある気がするけど、そこは直してない。

2020年になったので2010年代を振りかえります

2010年代アニメに名作が少ないと私は感じました。

これが私のただの感覚なのか、事実なのかどうかは横において

これ (2010年代アニメ不作)が事実であるという前提ですすめます

こう私が感じる原因は、アニメ業界エヴァンゲリオン世代が増えたためだと主張します。

エヴァ世代エヴァのようなアニメに憧れて、アニメーターになり、

彼らが30歳余りになり、主要なポジションについたのが、ちょうど2010年代だと思います

1994年エヴァ放映時に15歳前後エヴァにはまった人は多いと思いますが、

この世代2010年31歳になっています

エヴァは名作の1つですが、あくまエンターテインメントを重視したエンタメ作品だと私は考えています

(格好良いロボットとお洒落な動き、カメラワークなどが優れていると思います)

エヴァを見て感動したり、人格形成重要な影響を受けたという人は異常だと私は思います

そんな人たちがアニメ業界に入ってから、良いアニメが作れるとは思えません。

「好きなアニメをいくつか答えよ」の1つとして、エヴァを答えるのは理解できますが、 (私もそうです)、

「最も影響を受けたアニメ1つを答えよ」としてエヴァを答えるような人はアニメ制作に関わらない方がいいと私は思います

エヴァは好きですが、

あれは…「深い設定、わざと散りばめて残したままの謎たち、バロック様式ドイツ音楽

で荘厳さや神秘さを演出をしているだけで、本質エンタメ作品だと私は思います

けっして人格思想に影響を受けるべき作品ではないと私は思います

2020年代もアニメは不作だと思われます、私が思うところの「エヴァ世代制作現場の主要なポジションのまま」ということが変化する原因はありませんから

ちなみに私が人格形成に最も影響を受けたのは

特撮ならウルトラマン

アニメなら まんが日本昔ばなし

漫画なら ジョジョの第2部です。

よく反省しろ

2010年代アニメ不作の原因について

2020年になったので2010年代を振りかえります

2010年代アニメに名作が少ないと私は感じました。

これが私のただの感覚なのか、事実なのかどうかは横において

これ (2010年代アニメ不作)が事実であるという前提ですすめます

この原因は、アニメ業界エヴァンゲリオン世代が増えたためだと主張します。

エヴァ世代エヴァのようなアニメに憧れて、アニメーターになり、

彼らが30歳余りになり、主要なポジションについたのが、ちょうど2010年代です。

1994年エヴァ放映時に15歳前後エヴァにはまった人は多く、

この世代2010年31歳になっています

エヴァは名作の1つですが、あくまエンターテインメントを重視したエンタメ作品です。

(格好良いロボットとお洒落な動き、カメラワークなどが優れています)

エヴァを見て感動したり、人格形成重要な影響を受けたという人は異常です。

そんな人たちがアニメ業界に入ってから、良いアニメが作れるとは思えません。

「好きなアニメをいくつか答えよ」の1つとして、エヴァを答えるのは理解できますが、 (私もそうです)、

「最も影響を受けたアニメ1つを答えよ」としてエヴァを答えるような人はアニメ制作に関わらない方がいい。

エヴァは好きですが、

あれは…「深い設定、わざと散りばめて残したままの謎たち、バロック様式ドイツ音楽

で荘厳さや神秘さを演出をしているだけで、本質エンタメ作品です。

けっして人格思想に影響を受けるべき作品ではありません。

2020年代もアニメは不作だと思われますエヴァ世代制作現場の主要なポジションのままですから

ちなみに私が人格形成に最も影響を受けたのは

特撮ならウルトラマン

アニメなら まんが日本昔ばなし

漫画なら ジョジョの第2部です。

2019-12-30

クズだと思っていたライオンたちが意外に賢かった件

https://youtu.be/jOU8IeQmtKQ

1頭のライオンが子鹿を捕まえる。ライオンはなかなか子鹿を食べない。仲間の3頭のライオンが子鹿にたかろうとするがイマイチ本気度に欠ける…

そんな様子が雑なカメラワークによって20分あまり撮影され続ける。

それにしても3頭のライオンたち、たった一匹の子鹿にありつこうなんてどんだけクズなんだよwwwと思ってコメント欄を見たら、目からウロコだった。

どうやら彼らは、捕まえた子鹿をわざと弄んで、怒った親鹿が助けに来るのを待ち構えているというのだ。

さすがライオンいくらクズでもバカじゃやってけないってことか。

2019-12-27

カメラグリグリ動かすな

世界レベルダンスが売りなんだからジックリ見させろ。

下手なカメラワーク邪魔すんな。

2019-12-26

 

クロちゃん、演技が下手になってる

というかカメラワーク的にもヤラセですよ感出してるんだな

まあ去年の炎上があったしそりゃそうか

ももうちょい自然キチガイ演技してほしい

居酒屋でグラス舐めてた頃はよかったな

2019-12-17

Unity機能が色々わかってきた

オブジェクトアセット作成パーティクル周り以外はよくわからんけど

カメラワークとか光の強さとか闇が深すぎるでしょ

2019-12-14

ゲームは棒立ちモーションから進化して

3Dモデル精緻さとか解像度進化してるけど、モーションやカメラワークとかは全く進化してない。

棒立ちのままモーションや表情だけは頑張ってる会話とか、

FFとかの顔アップ会話とか、

30分も見てたら飽きるんだよなぁ。

何が悪いってテンポが悪い。

Last of Usとかはキャラが動きながら会話しててリアルだったし、テンポもいいから会話ムービーが飽きない。

まあ動きながらは大きめのモーションキャプチャ装置必要になるからカネがかかるんかな。だとしたらまぁしゃーないか

あとどんなにモデルがよくても脚本がつまらないと最後までプレイできない。数分プレイしたら十分というか、だいたいどんなゲームかわかるというか。サクラ大戦とか。

2019-09-27

AV女優演技力

コスプレ同人AVを見るようになって今まで見ていた普通AVのすごさがわかった。

まぁ一番違うのはカメラワークなんだけど、女優演技力ってのもまたすごかったんだなと。

同人AVも頑張ってるんだろうけどやたらわざとらしかったりほとんどマグロだったり、まぁ素人のがんばったセックスしかないんだよね。

AV女優なんてドラマパート棒読みをよくバカにされたりするけど、やっぱり彼女らの本業セックス、魅せるエッチをするプロなんだな。

2019-08-05

話題映画をふたつ見てきた

仮面ライダーのやつと、ドラゴンクエストのやつ。

仮面ライダーのやつは、今回は見に行くつもりはなかったんだけど、友人から「見とけ、笑えるから」と言われたので見に行ってみることにした。

twitterなどで若干否定的意見も目にしていたけど、つまりそれが「笑えるから」ってことなんだろうなと、ギャグ映画を見るつもりで見に行くことにした。

ドラクエの方は、シリーズ中5が一番思い入れが深くて、SFCからPS2、DS、アプリと、ハードが変わるごとにやっていて、半ば原理主義者化している自覚があり、また小説版も大好きなので、その辺のゴタゴタからも見に行くつもりはなかったのだけど、twitterで「5点満点中マイナス100点」等、あまり酷評されているから逆に気になった。

そんで、今日たまたま時間が空いて、ライダー映画の後にちょうど良い時間の上映があったこともあって、はしごで見てきた。

と、ライダー名前を出しておいて何だが、今回の話にライダーは余り関係無くて、バーターで付いてくる戦隊映画の方の話をしたい。

ライダー映画は、突っ込みどころの多さも含めていつも通りの、安定した面白さだったので、特に語ることはない)

で、その、ライダー戦隊映画を見た後でドラクエ映画を見たのだ、という話をしたいのだ。

で、当然ここから先はネタバレを含むのでその辺よろしく

まず、ドラクエの話をしたい。

結論から言うと、めっちゃ良かった。

散々な酷評が聞こえてきていたのと、後記する理由ハードルがガン下がりしていたのとで、期待値マイナスだった。二時間の苦行になるだろうと思っていた。

事実、始まって10分ほどの間は、心が10回くらい折れそうだった。

リメイク時に後付された設定がさもSFC時代からあったかのような改ざん!!

っていうかそこまでゲーム画面でやるのかよ!!そのまま最後までゲーム画面流せばいいじゃねーかもう!!

あれもこれもすっ飛ばすのかよ!!

ゲレゲレかよーーーーーーー!!!(ゲレゲレ派の皆様すまん、プックル派なんだ)

ドラゴンオーブはそこにはねーーーーーーーーーーーーえ!!!

ヘンリーそんな奴じゃねーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!

ラインハットほったらかしか!!!!!!妖精の国すっ飛ばしたかサンタローズに春が来てねえじゃねえか!!!!!!等々。

いや分かってるよ2時間で話まとめるためには仕方ねぇよ、でもさーでもさーーーと心の中の原理主義者が泣いていた。

しかし、綺麗なグラフィック、迫力の戦闘、懐かしい音楽佐藤健の流石の演技(直前にライダー映画を見ていたとおり、特撮畑の人間でもあるので、特撮出身俳優アフレコに対する判定は甘々な自覚はあるが、「あ~電王だ~」と思う瞬間は一切なかったので、さすが佐藤健だと思う)に押し流されるように時間は過ぎていく。少なくとも(心の中で原理主義者が泣く以外の)時間経過に対する苦痛はない。

原作と違う点に突っ込みは入れたいと思うが、時間内に話をまとめるためには仕方が無い。

例えば、ヘンリーキャラが違うとは言っても、SFC時点で我々に許された解釈範疇ではあるように思う。

リメイク版には仲間会話があるが、SFC版でNPCとして交わした会話はわずかだ。ああい解釈をしていた人が、まあ、いなかった訳ではないかもしれない。ギリギリ

リュカキャラクターは全く小説版の「リュカ」ではないが、「どこかの誰かが操る主人公」としては、誰かの頭の中にはああい主人公もいただろう。

ビアンカフローラ選択。そんなに簡単に「自分の本当の心」なんて分かるか???とも思ったが、一応、フローラがいいならまあよしとしよう。

個人的に、特に回収もされず、一番残念だと思ったのは「娘ーーーーーーーーーーーーーー!!!」だった。

・・・まあ、これも仕方が無いだろう。大人世界には予算とかの問題がある。

普通に考えて5のストーリーを「正しく」映画化しようとすれば、5章仕立てくらいにしないと終わらないだろうから、「どう二時間にまとめるか」も見所だ。文句を言うより楽しんだ方が得だ。

後半のプサンの「今回はそういうことになっている」的なメタ発言も、嫌いな人は嫌いだろうが・・・と思いつつもクスリとした。

そして話題ミルドラースである

ここまで超好意的に受け止めていたが、流石に「えええええーーー」と思った。

ちょっとガッカリした。ここまで来てそれかよと。

ついでに、「あ~~~~~~~~~~~~~これオタク発狂するやつ~~~~~~~~~~~」と酷評理由理解した。

かにちょっとグサッときた。いい年してこんなところで仮面ライダー映画からドラクエ映画はしごして見てる自分の胸にグサッときた。大人にはなれてねぇわぷー。

しかし、その後の真実暴露により、前半で心の中の原理主義者を殺した、気になるポイントの数々が全て伏線として回収された。

幼年時代ゲーム画面でスキップしたことも、リメイク版の設定のはずなのにSFC版に存在していたかのような扱いだったことも、ヘンリーキャラクター解釈も、なんであんなに解釈が違うのに「リュカ」なのかも、ビアンカフローラ選択顛末あんなんだった理由も、プサンメタ発言の訳も。

もう、なんか、ここでぞわーっとした。

気に入らないと思ってたことの全てに理由があった(娘の存在のことは置いておく。少なくとも見ているときはそう思ったんだ)。

今まで「どこかの誰かの頭の中にあるドラクエ5の世界を見てるんだな」と思って我慢していた事が、ある意味それで正解であり、また、一気に「どこかの誰かの物語」が、「主人公物語」あるいは「自分物語」になった気がした。

その辺は上手く言語化できないが、体感としては「うおおおおスッキリーーーーーーーーーーーーーー!!!」だった。

最近予定調和的なハッピーエンド約束されているライダー映画ばかり見ていたので、ついぞこのところ体験していないカタルシス

その後に登場したキーアイテムロトの剣だというのももう、細かいことは抜きにしてたまんねぇわという感じ。

かにあの瞬間、主人公自分だった。子供の頃からドラクエと共に育った自分自身だった。あの一瞬、まさしく「YOUR STORY」だった。

(後で冷静に思うと「自分の」物語だと思うには物語解釈が違いすぎるが、あの一瞬はそんな細かいことはどうでも良かったのだ)

そして、「経験した冒険は、確かに本物だ」というメッセージこそが、本当に我々に向けられたものだったのだろう。

大人になれ、現実に帰れ、そんな風に言われることが多い社会だけれど、我々が「ドラクエから貰ったものはそんなありきたりで薄っぺら言葉で踏みにじれるようなものではないはずだ。

と、言われているはずなのに、一度発される「現実に戻れ」というメッセージの前に「そんなこと言われたかったんじゃない!!!!!!」って発狂するオタクが多いのはちょっとこう・・・オタクメンタル弱すぎじゃねえの・・・という気がするが、まあそれは現代社会では仕方の無いことでもあるし、今回の本題ではないんだ。

言いたいのは、一本の映画として見たときに、よく出来ていたじゃないか、ということなんだ。

かに、もう5の物語身体に染みついてしまっているから、全く5の物語に触れたことがない人にとって、提示されている情報が十分だったかについては冷静な判断ができない。

トロスの杖のあたりとかは説明不足だったようにも思うが、まあ、「息子が頑張って探した石化が解けるアイテムである」くらいは伝わっただろう。

ちょっと使い方それェ~~~?!!と思ったりしたが)

ルーラの辺りは怪しいかも知れないが、「ルーラ」といえばワープ魔法である、というのは有名だと思いたい)

時間でまとめる為にはどうしても大幅なカット必要である、そのためにカットされたり設定が変更された部分について「そこをカットするのかよ・・・!そこをそう変えるのかよ・・・!」という視点で気に入らない箇所を除くと、「え~~~~」と思った部分は大概、ラスト伏線として回収された。

その、ラストの展開それ自体が気に入るかどうかはともかくとして、5のストーリーを知っていればいるほど「あれっ?」と思う箇所には、大体理由けがされている。

長い話をカットした時にありがちな「えっその話いつしてた??」みたいなのも、多分、なかった、と、思う。(なにせ冷静な判断ができないのだ)

一人の男の一代記になってしまうので、ストーリー全体が駆け足感あったのはまあ、仕方が無いと思うが、それも設定を知った後なら逆にリアルだ。

もちろん、二時間に納める為にカットされた部分、変更された設定について、文句を言おうと思えばいくらでも言える。娘はどこへ消えた。

ラスト演出については、これは好き嫌いがはっきり分かれるだろうなとは思った。

ドラクエを見に来たつもりだったがSAOだったか」と思ったりもした。

「これをドラクエで、しかも5でやる意味はあるのか」みたいな批判もあるだろうと思う(これは、はっきり意味があると思うが)。

ただ、それは「好き嫌い」の範疇ではないか

「5のファンとして、納得できるかどうか」の話であって、「映画自体クオリティが極端に低い」ということではない。

それなのに、あたかも「映画自体クオリティがめちゃめちゃ低いから見に行かない方がいい」みたいな言説ばかり飛び交っているのは非常に残念だと思う。

CG徹頭徹尾圧倒的に綺麗である。(ドラクエ5らしいか、は置いといて。。。)鳥山明の絵とは遠いが、動いて居る彼らを見ていれば全く気にならなかった。

物語や設定が破綻しているということもない。もちろん重箱の隅を突けば色々出てくるだろうが、世間一般映画比較して特段トンデモ展開という訳でもないと思う。虚無でもない(後述)。

(ただ、主な比較対象ライダー映画であり、あれはトンデモ展開をやってナンボみたいなところがあるので、若干ふつうの人より「トンデモ展開」判定は緩いかも知れない・・・その辺りの自信はちょっとない)

とはいえ好き嫌いは分かれるな・・・」「文句の言いどころがいっぱいあるのは分かるな・・・」とも思ったので、薦める相手は慎重に選ぶ必要があるのはわかる。

たぶん、元からこの作品オタクの方を向いて作られた映画ではないんだろう。

(まず、オタクの方を向いているならちゃん声優を使うはずであるし、そもそも3DCGにしないだろう)

友人にこのクソ長ったらしい感想をもう少し縮めて伝えたところ、「子供の頃ドラクエやってたパパが、懐かしいっつって子連れで見に行って、そんで夏休みの間にソフト買って親子でやってね、ってことだろ」と言われたが正にターゲット層はそこなんだろう。30~40代の子持ち父親(あるいは母親)。ちょうど小中学生の頃ドラクエ5をスーファミでやっていた世代だ。(だからこそ、今「5」が選ばれたのだろうと睨んでいる。3以前だとリアルタイム世代がもう少し上になってしまうし、4は5章構成で話が長すぎる。6以降だとまだちょっと若い

現実と向き合え」って言われるのが何よりも嫌いなオタク(と、あとフローラガチ派)は見るべきではないと思うが、まさしく「子供の頃ドラクエが大好きだったが、今はまあ子供もいて、そこそこ大人やってます」って人には是非薦めたい・・・・・・いや、そう言うタイプの人は最後どんでん返しカタルシスを感じてくれなそうである・・・ある程度「ゆうしゃとしての自分」に思い入れがないと・・・だがそう言う人は得てして現実と向き合うのが嫌であり、あるいは原作からの改変が些細なことでも許せないタイプ・・・実にジレンマである

・・・と、そのようなジレンマを抱える構造になってしまたことが「失敗」といえば「失敗」かもしれない)

また、この流れをもって主人公を「リュカ」としたなら、確かに久美沙織に対して何かしらの仁義は通すべきだと感じた。その一点においてマイナス100点である

5の主人公リュカの図式を作ったのは間違いなく小説版であろう。(もし万一、「リュカ」あるいは「リュケイロム・エル・ケル・グランバニア」の名がエニックス(当時)サイドから提供されていたのだとしたらそれを明確にして欲しいし、作者があのような(慎重な)声明を出す以上、命名久美沙織側だったのだろうと思っている)

製作委員会におかれてはその辺は本当に仁義を通して貰いたい。この素晴らしい作品に、そんな事務的なことで味噌が付いて欲しくないと思う。

!!!!!!!!!!!!!!!!実はここまでの長ったらしい話は全部前段であるっていったら怒る???

だってまだ戦隊映画の話してないじゃん?????

何でここまでドラクエ映画を大絶賛するかっていうと、作品自体が(人は選ぶものの)素晴らしかった(のに世間評価がだいぶ偏ってるから、いっちょこっちは絶賛しとこう)っていうのは大いにあるんだけど、その直前に見た、見てしまった戦隊映画があまりに、あまりにも虚無だったからというのも大きい。

虚無映画ダメージがまだ残っているうちに見た為、通常時の1.5倍くらい面白く感じた...と言う可能性が否定しきれない。正直なところ。

ブースト効果がなくても十二分に面白かったと思っただろうが、ここまで熱狂的に、最高に面白かった!!!!と思ったかどうか、怪しい)

というわけで「虚無映画の後にドラクエ見たら予想以上に面白かった」って話がしたくてドラクエの話始めたら思ったより熱が入ってたらしくてすっげー長くなったごめん。

でもこの後また長々虚無映画の話をさせてくれ。誰かに聞いて欲しいんだ。

「5点満点中マイナス100点」の栄光はまさに今年の戦隊映画みたいなもののためにあるのではないか? ドラクエではなく。

いや、戦隊映画については多くの人々が「ライダー映画バーター」程度にしか見ていないのだろうと思う。

だって毎年バーターで、ライダーは一時間戦隊は30分と相場が決まっている。ライダー単体の映画大人1800円キッチリ取るが、戦隊単体の映画大人1200円だった時代もある。

最近戦隊単体の映画期間限定上映になってしまったほどだ。悲しい。

から、毎年大した期待は掛かっていないし、つまらなくてもその後のライダー映画面白ければ何の問題も無いのだろう。

現に、今年のライダー映画に関する評判は、良い物も悪いものも合わせて耳に入る。つまり、それだけの人数、戦隊映画も見ているはずなのだ

しかし、誰も話題にしない。あんなに虚無だったのに!!あんなに虚無だったということを誰も口にしていない!!!その程度の興味すら抱かれていないのだろうか・・・それとも虚無すぎて何も言えないのか・・・

その30分映画が名作になる年だってある。

あるいは、「名作」とまではいかずとも、通常のテレビ放送の二話分くらいの時間を使えるのだからちょっとしたスペシャル回くらいの話はできる。

テレビ放送を見ている時よりはちょっとわくわくした気分で楽しんで見られて、特撮映画のことだから突っ込みどころも多いが、概ね「楽しかった楽しかった」と思える作品ほとんどだ。

(折角の「劇場版」がそれでいいのか・・・という話は一旦横に置いておく。今は、多くは求めまい

少なくとも「早く終われ・・・」と祈ったことは、(毎年見ている訳ではないが、6~7本くらいは見ているはずだ)一度も無い。

それがだ。今回は半分より手前くらいのところから「早く・・・終わらないか・・・」と魂が吸われていたのだ。

かに、今年の戦隊はあまりちゃんと見ていない。が、それは過去戦隊においても同じ事が言える。

(おおよそキャラクターや敵が何者かくらいは知っているが、毎週毎週熱心に見ている訳ではない。これはライダーも同じだ。友人たちと話のネタにするために流し見しているくらい。そこまでガチ勢ではない)

から、「例年より話が分からない」「例年よりキャラクターに思い入れがない」という点で「面白くない」訳ではない。

特撮映画」というジャンルには独自文明があるので、割合トンデモ展開が許される。

(実際のところファンが「許して」いるかは知らないが、平成だけでも20作品にわたってトンデモ展開をやり続けながら絶対的コンテンツとして君臨しているのだから、許されていると思っていいだろう)

突然東京がひっくり返って江戸時代になろうが、突然信長が蘇ろうが、突然歌って踊ろうが、サーカスを始めようが、見た目は大人頭脳子供だろうが、侍もいるし天使もいるし忍者もいる。タイムスリップ日常茶飯事、作中における原理原則の多少の無視もよくあることだ。今更騒ぐようなことでもない。

「展開がトンデモすぎる」「作中の設定が無視されすぎて変」という話でも、ない。

とにかく設定がガバガバなのだ

六千五百万年からいきなりタイムスリップしてきた人類(的な生き物)が居たら、まずは文明の違いに腰を抜かすところからじゃないのか???とか

六千五百万年前の文明発達しすぎだな?いやそれは作中設定があるからいいとしても、こっちの部屋はロストテクノロジー仕様なのにあっちの部屋は

2019-07-20

新左翼科学哲学好きな人に『三体』を全力でオススメする

おい、そこのお前!あさま山荘事件が大好きすぎてカップヌードル食う度に機動隊気持ちになっているお前!なおかつ伊勢×戸田戸田×伊勢かで議論したい相手がいないお前!お前だ!お前に向かって俺は今書いてる!

『三体』だ!『三体』を買って読め!せめてKindle無料サンプルは落とせ!BGMRHYMESTERのThe X-Day無限リピートだ!

よし、Kindle無料サンプルは読んだか?読んでないよな。面倒くさいもんな。あんくらいWeb上で読めるようにしといてほしいよな。まあいい、せめてSpotifyRHYMESTERのThe X-Dayリピート状態にして以下の文章を読め!

『三体』は最高だ!一般的なあらすじは「文革物理学者の父を失った娘が云々」などとぬかしているが、無料サンプルで読めるその描写が最高であることはまったく紹介されていない。引用するぞ。

 シュプレヒコールがおさまるのを待って壇上に立つ男の紅衛兵の片方が批判対象をふりかえって言った。

「葉哲泰、おまえは力学専門家だ。自分がどれほど大きな合力に抵抗しているか、わかっているだろう。そうやって頑なな態度をとり続ければ、命を落とすだけだぞ! きょうは、前回の大会のつづきだ。くだらない話はもういい。次の質問に真面目に答えろ。六二年度から六五年度の基礎科目に、おまえは独断相対性理論を入れたな?」

相対性理論物理学古典理論だ。基礎科目でとりあげないわけにはいかないだろう」と葉哲泰。

「嘘をつけ!」そばにいた女の紅衛兵のひとりが荒々しい声で叫んだ。「アインシュタイン反動的学術権威だ。欲が深く、倫理に欠ける。アメリカ帝国主義のために原子爆弾をつくった男だ! 革命を起こす科学を築くためには、相対性理論代表される資産階級理論の黒旗(反動象徴)を打倒しなければならない!」

(中略)

「葉哲泰、これは言い逃れできないはずよ! あなたは何度も学生反動的コペンハーゲン解釈を撒き散らした!」

「それが実験結果もっとも符合する解釈であることは厳然たる事実だ」これだけ厳しい攻撃さらされても、葉哲泰の口調は落ち着き払っていた。紹琳はそれに驚き、畏れを抱いた。

「この解釈は、外部の観察者によって波動関数の収縮が引き起こされるというもの。これもまた、反動的唯心論の表れであって、その中でも、じっさいもっと厚顔無恥表現よ!」

思想実験を導くべきか、それとも実験思想を導くべきか?」葉哲泰がたずねた。突然の反撃に、批判者たちは一瞬、言葉をなくした。

「正しいマルクス主義思想科学実験を導くのが当然だ!」男の紅衛兵のひとりが言った。

「それは、正しい思想が天から降ってきたと言うに等しい。真理は実験によって見出されるという原理否定し、マルクス主義思想がどのようにして自然界を理解するかという原則に反している」

 紹琳とふたり大学生紅衛兵は、無言で同意するほかなかった。中学生労働者出身紅衛兵とは違って、彼らは論理否定することができなかった。しかし、附属中学の若き闘士たち四人は、反動分子を確実に攻め落とすための革命手段を実行した。

最高かよ!!! 時はあさま山荘事件の数年前だが、アカの本場中国でも似たようなどうしようもないことが起こっていたのだ!引用最後の部分で作者がたくみカメラワークを用いて批判者側の「論理の欠如」を指摘しているのがまた光り輝いている。そうなのだ。この手の議論には論理というものがまったく存在しない。あるのは連想ゲームだけなのだ(「物理学者のお前は自分がどれほど大きな合力に~」「アインシュタイン核兵器帝国主義=敵」)。あさま山荘事件でもそうであった。無色のリップクリームを塗ったことと、彼女が死ななければならないということの間にまったく論理的な関係存在しない(そもそも何かと誰かが死ぬということの間に論理関係が成り立ちうるのかという問題は置いておくとして)。そこにあるのは、「革命」や「自己批判」といったマジックワードを挟んだアクロバティックな地滑り連想ゲームだけである

しかし、しかである。われわれはそうした連想ゲームに時として身を委ねてしまう。どころかしばしば喜んでその中に身を投じさえする。あさま山荘の彼らが目指した「革命戦士」という存在にどうしてもワクワクしてしまうのは、そこからこれまでわれわれが目にした「革命」や「戦士」についての輝かしい言説やビジュアルがまさしく連想ゲーム的に引きずり出される快感にわれわれが抗えないかである

ベネディクト・アンダーソン国民国家を『想像の共同体』と呼んだ」と言われるとき、たいていアンダーソンが主張したかたことは無視されている。アンダーソンはこうも書いている。「国民国家は『想像の共同体であるからこそ強いのだ」と。どういうことか。例えばご近所たちは想像の共同体ではない。そこに想像力が働く余地はないからだ。近くてよく見えるがゆえに嫌いなところがよく見えてしまう。しか国民国家想像の共同体であるから、そうしたデメリット回避することができる。逆の意味で、人類もまた想像の共同体ではない。そこにもまた想像力は働かない。あまりに大きな対象であるがゆえに、想像することができないかである(それを想像できるように「地球市民」とかいろいろなレトリックが開発されては頓挫した歴史があるわけだ)。つまり国民国家想像するのに小さすぎも大きすぎもしないがゆえに、人間の持つ最も偉大な能力想像力創造力を刺激する存在であるがゆえに、これほど大きな存在になり得たのだ。世界大戦を二度経験して、戦後エコやらなんちゃらがあってメイクアメリカグレートアゲインな今、人類人類想像力対象にすべきであると誰も[誰?]がわかっているはずであるが、そうした方法は未だ見つかっていない。めっちゃナウい想像力を持ってそうなイスラム国ですら国を名乗る時代である

そうした状況にある人類に対して、「地球市民」としての自覚想像力を持たせるために一番手っ取り早い方法は、宇宙人に攻めてきてもらうことである映画インディペンデンス・デイ』があれだけ面白いのは、その「俺たち感」を徹底して純粋ものとして描けているからだ(もちろん「俺たち」と書いたようにそこから女性排除されているのだが、それもまた「俺たち」の盛り上がりを純化させるように働いている)。しかし、この方法には大きな問題がある。それはわれわれの知る限り宇宙人が当分の間攻めてきそうにないという点である。したがって二番目の方法が取られることになる。それが科学教育である。ひとりの神様とか王様の下で人類みんなが仲良くするのは無理だとわかったので、次は科学様の下で人類全員集合しましょう、というわけだ。まあ、承知のようにこの方法にもいろいろ問題はあるのだが、他に良さそうな方法もないので多くの人々からのんべんだらりと支持されているといってよい。

科学の持つ大きな問題として真っ先に挙げられるのが、それが神様よりも信頼可能か?というものだ。科学教の信者はそうだとなんの疑問も持たずに答え、異教徒たちはおらが村の神様の方が偉いと主張する。そこを調停するのが科学哲学者の役割ひとつであったが、どっちつかずとして双方の陣営から攻撃されるため調停役に名乗りを上げる科学哲学者はほぼ絶滅している。

(注:ネタバレ防止のため人名固有名アルファベットに置換している)

「Aくん、きみは仕事範囲を逸脱しかけている」Bが首を振りながら言った。「研究理論的なものだけに絞るべきだ。こんなに手間をかける必要が本当にあるのか?」

「Bさん、この実験は、大きな発見につながる可能性があるんです」とAは懇願した。「実験絶対必要です、とにかく、一回だけやらせてください。おねがいします」

「B、一度だけやらせてみたらどうかな?」Cが言った。「オペレーションはそれほど大きな手間でもなさそうだし。送信後、エコーが帰ってくるのに要する時間は――」

「十分、十五分だろう」Bが言った。

「だったらXシステム送信モードから受信モードに切り替える時間もちょうどある」

 Bがまた首を振った。「技術的にもオペレーション的にも造作ないことはわかっている。しかし、C、きみはどうも……、この手のことには鈍感みたいだな。赤い太陽に向かって超強力な電波送信するんだぞ。こういう実験政治的にどう解釈されるか、考えてみたことは?」

AとCは、どちらも茫然としたが、Bの反対理由荒唐無稽だとは思わなかった。逆に、自分たちがその可能性を考えもしなかったことにぞっとしたのである

 この時代、すべてのもの政治的意味を見出す風潮は、不合理なレベルまで達していた。紅衛兵は、隊列を組んで歩く際は左折のみ許され、右折は禁止された。信号機は、赤が進めで、青が止まれでなければならないと提案されたこともある(周恩来首相却下されたが)。

(中略)

そういう風潮に鑑み、これまでAが研究報告を提出する際は、Bが必ず綿密な査読を行っていた。とくに、太陽に関する記述は、専門用語であっても、くりかえし吟味し、政治的危険がないように修正した。たとえば、“太陽黒点”という言葉使用が禁じられた。太陽に向かって強力な電波送信するという実験については、もちろん、千通りのポジティブ解釈可能だが、たったひとつネガティブ解釈がなされるだけで、関係者全員が政治的な災難に見舞われるにじゅうぶんだった。Bが実験要請を拒絶する理由は、たしか反駁のしようがなかった。

イアン・ハッキングがイヤンと言いそうなくらいむき出しの「科学社会的構成である!ここでも論理連想ゲームに膝を屈している。このことを中国特殊ものだと考えるのは科学教の信者である。似たようなことはどこの国でも多かれ少なかれ起こっている(また国家がくくりとして出てきてしまった!)。STAP細胞論理を飛び越えればどんなものまでが「発見」されてしまうるか、という好例であろう。それでも科学教の信者は言うだろう。「STAP細胞は誤りであることがわかった!これこそが科学勝利ではないか!」と。残念ながら科学はそんな単純なものではない。たとえばケプラー理論はそれ以前の理論よりシンプルでもなければ正確でもなかった。そのあたりのことはスティーブン・ワインバーグ『科学の発見』に詳しく書いてある。「それでもわれわれは今はケプラー理論が正しいということを知っている!これが科学進歩だ!」という主張は残念ながらワインバーグとは仲良くなれるが歴史学者から異端扱いされるだろう。このワインバーグの本は、「ノーベル賞物理学者科学歴史について論じたら歴史学者から攻撃を食らった」というそれじたいSFガジェットとして出てきそうなシロモノなのだが、けしてトンデモ本でなくワインバーグ確信犯的にその地雷を踏んでいる。非常に面白い本なので『三体』を読んだあとにはぜひこの本を読んでほしい。『三体』に出てくる宇宙物理学理解の助けにもなるし。

話がそれた。『三体』である。まあ、歴史学者から異端扱いされようが科学者は科学者でやっているのである。……本当に?「科学をする」とはどういうことか説明できるひとは今のところ地球上に存在しない。どころか説明できるひとが今後現れる可能性もまた科学哲学者によってほとんど否定されていると言ってよい。では科学者は何をやっているのか?われわれのような皮肉屋に言わせれば「教義精緻化とその確認作業」とでも言い捨てられるだろうが、『三体』はそこに真摯に向き合っている。どころか、その先までをも作品の中に織り込んでいる。ネタバレになるので詳しくは話せないが、科学を「打倒する」ことを本気で考えてみた人はいるだろうか?いないだろう。『三体』はそれを本気で考えている。誰がなんのためにそんなことをし、さらにそれに抗うには何をするべきかを描いている。そしてその描き方がまた最高なのである。作中、ある「組織」が出てくるのだが、それがまたなんとも、「アカい」のである。もちろんそれは最初引用で出てきたような無知蒙昧なアカさではない。連想ゲームではなく論理によって貫かれた「アカさ」というものがあるとしたら、こういうものだろうという迫力がある。

作中にこういうセリフがある。「中国では、どんなにすばらしい超越的な思想もぽとりと地に落ちてしまう。現実という重力場が強すぎるんだ」と。これはおそらく作者の嘆きでもあろう。その重力場から逃れるために、作者はこれを書いたのだと思う。中国現実の重みは、隣にいるわれわれも知るところだろう。この作品は、その中国現実の重みを、実に力強く脱出していると思う。それがこの文章で伝わったかどうかは甚だ心もとないが、一人でも多くの、未だ北田暁大先生Twitterの件に心の整理がつけられていない人々が、『三体』を手にとってくれるよう望む。

2019-07-17

漫画おもしろく読めるようになった

そのむかしワイは大絶賛されている漫画おもしろさがわからなかった

ストーリーはいたって王道シンプル、なのになぜこんなにも評価されているのだろうと疑問だったのよ

最近それらの漫画を読み返す機会があったんだけど、台詞の間の置き方(?)とかカメラワーク(?)とか、あとにおいとか気温とか湿度とか音まで感じられそうな描写でさ

ああこういう空気感みたいなのがすごかったんだとわかった

また歳をとった

2019-07-13

未来のミライ面白かったな!(≠いい映画だったな)

はじめに 細田守映画には2種類ある

細田守を知らないほうが楽しめる映画

 デジモンサマーウォーズ

細田守を知っているほうが楽しめる映画

 バケモノの子未来のミライ

つの細田守らしさ

描きたい内容を単純化しつつわかりやすい折り目をつけ、誰でもついていきやすい速度でありながら明確な変化を持って描かれる最大公約数的なストーリーテリング。画面を広く使いつつ視点を大きく動かさないようにする雄大カメラワーク日常幻想の間に半透明の敷居を置き両者をはっきり区別しながら横へと並べる非連続的な非日常性。これがいい意味での細田守らしさ。

ショタコンにしてケモナー自意識過剰キャラクター。誰もが承認欲求に飢えているという断定の元に進む構ってちゃんストーリー。全てを自分の口で説明してしまう自信のなさ。ヒステリックさと寛容さの両極端。これが悪い意味での細田守らしさ。

悪い意味での細田守らしさを楽しめるか?

未来のミライ面白かったと言えるかの全ては、細田守の悪癖、性癖嗜癖理解した上で、その発露を作家性として消費することが出来るかにかかっている。逆に、そういったものに対して一切無頓着に、ただ何も考えずに綺麗な映像流れる時間パラパラ漫画だと思って鑑賞するかだ。

未来のミライには細田守内面”だけ”が描かれている。”だけ”である。この映画は主成分が細田守なのではなく、すべての成分が細田守なのだ。全スタッフの労力、作業製作過程で全て細田守分として返還されてしまう。そこに慈悲はない。この映画は全力で細田守であり、それ以外のものが含まれることは認められていない。実際、この映画制作にあたってスタッフ細田家のホームビデオが見せられたというエピソードすらある。スタッフが「家庭」というものに描くイメージを、「細田家の家庭」というイメージで塗りつぶし、他の家庭から異物を混入されることを防ぐ徹底した管理体制である

登場キャラクター全員が細田守である

くんちゃん

甘えん坊でわがまま自分を認めてもらいたくてたまらない子供は当然細田守であり、彼の成長を通して鑑賞者から贈られる称賛を求めているのも細田守自身なのだ。彼が作中では徹底して直接その苦しみを認められることがないのは、そういうふうに世界を見る細田守細田守の中に居るからである電車好きである点などは細田守の実子がモデルとなっている。彼にとってこの映画自分の子供が成長する姿を通して「かつて自分子供だった頃に成長したこと客観的に見ることになった」という事実を描いたものでもあるのだ。ケモナー成分を取り込んだりハチゲームクネクネしていたりと(ショタコンケモナー向け)サービスシーンも多く、彼が主人公であるということは、細田守にとってはケモナーショタコンであることが自己同一性の核であることを示す。

ミライ

客寄せパンダとして使われまくったのに、出てくるシーンは意外と少ない。未来という名前赤ん坊であること、婚期を逃すことを気にする発言、最終的にくんちゃんに血縁上のつながりを思い出させる役目、これらの要素から「男女の関係によって子孫を残すこと」のメタファー、ひいては「(ショタコンではなく)普通人間として生きること」のメタファーであることが伺える。同時に「世間で受け入れられ、未来に繋がる作品」のメタファーでもある。最初キャッチコピーとして登場し、最後クライマックスにおいてただの細田守回顧録であった映画一般向けの娯楽映画へと引き戻す役目を追っていることからもこれが分かる。

父・母

仕事人間であり、子供の親でもある細田守一般役割に対して性別が反転しているのはジェンダーフリーというよりも、それぞれに細田守に繋がる要素をもたせることで、どちらもを細田守にするためである。時折ヒステリックなのも妙に余裕ぶってみせるのも、自分たちが変わってきたと殊更に言うのも、全て細田守独り言なのだ

ゆっこ

オスケモ。王子だったという発言は、細田守の中で最も大事ものケモナー性癖だったことの暴露である。それにかつてという言葉をつけるのは、今の自分はそれを卒業したという自負である

曽祖父

ホモホモしい外見、言動であるのだがそれがハッキリと語られることはない。ここまで赤裸々にショタコンケモナー自己開示してきて、それをあえて語らないのは、細田守の中において自分ホモセクシャルへの興味がまだ疑問の残るものであるからである。逆に言えば「それすらも」赤裸々にスクリーンに映し出したのだ。

ストーリー解説

ミライが生まれる=『普通家族感』に侵食される

上で述べたようにミライは『普通の家庭』や『世間一般価値観』のメタファーであり、それが細田ハウスに持ち込まれるのは、ショタに興奮だけしていればよかった世界の終わりを意味している。ミライファースト生活否定する姿は、一般向け要素を散りばめた映画を作らされてきた細田守の姿である。その中で雑な反逆に出ては怒られる。悪い意味細田守らしい映画を作ってきたことへの反省と、それに対する怒りが描かれる。『自由ショタでケモいアニメだけやらせてくれ』、くんちゃんが繰り返すミライ否定発言はつまる所こういうことなのだ・

雛人形を戻す=結婚して家庭をもつ

雛人形を毎年1日ずつ出し続けていたら1年ずつ婚期が伸びる』という会話は、ずっと結婚できないということを意味している。それを片付けてミライちゃん未来結婚できるようになった。これは、細田守自分の中で幼少期から積み上げてきた結婚感を今一度棚卸しして、普通恋愛をして普通結婚をする人生を受け入れたことを意味している。作中に置いて、未来ちゃん過去にやってくるのは、細田守の中で過去細田守と共に今の細田守気持ちの整理をつけた経験を描いているのだ。そこに犬が加わっている理由は、それが彼の性癖に置いて重要意味を持つからである普通に見ていると何がしたいのかわかりにくいシーンも、このように整理していくと理解できる。これが未来のミライ面白さだ。

父や母と喧嘩したり和解したりする

これもうそのまま細田守自分の親に対して「心の中で」やっていたことです。自分が親になって子供を持つ身となってそれで子供の頃の両親の大変さとか知って感謝してーっていうアレです。そのままかよ!そしてその中で全部セリフにしちゃうのかよ!このシンプルさ!観客への信頼の無さ!そして自分表現への自信の無さ!これもまた細田守なんですわー。自分ちゃんと愛されているか不安だとそのまま口にするのは、自分映画ちゃんと観客に伝わっているのか不安だっていう宣言でもあったりするわけで。メタいぜー。

曽祖父自転車練習

ホモホモしいアンちゃんとの初体験。遠くを見据えろと語られるが、そのさきに見えるのは廃墟。この道の先に未来はない。細田守も分かっている。ショタコン一本では子孫は残せない。アニメだって歴史に残らない。分かっている。分かっているけど、そうして進んだ先で結果を出したのが今の細田守だろ?そんな叫びが聞こえてくる。補助輪無しで突き進むには、遠くに廃墟を見据えなきゃいけなかったんだ。そうしてバケモノの子が生まれしまったんだ……。

迷子ホーム

自分を見失ったとき、戻ってくるためには家族名前を呼ぶ必要がある。自分流れる血の繋がりを思い出す必要がある。そして、そのためにはミライを認める必要がある。ミライは「普通の家庭」「普通価値観」のメタファーであり、自分がそれと深くつながっていることを認めることが、自分を取り戻すためには必要だと、最後最後で認めることになる。途中からひたすらショタキャラメインで妙な話ばかりしていた映画が、ここで突然なんとも一般受けしそうなキャラと共にさもストーリーがしっかりとある映画であるかのような物語へと戻っていく。細田守の敗北宣言だ。人間としての細田守がここにいるには、彼の父親祖父ショタコン一本で通さなかったかである映画監督としての細田守がここにいるのは、デジモンサマーウォーズといった一般向けに迎合した作品を作ってきたかである自分が今ここにいるなかで、ケモナーであったことや、同性愛的な面を抱えていたことはたしかにあったが、それでも『普通』を受け入れてきたからだ。そう認めることで、見失っていた自分は取り戻される。そして、和解は結ばれた。ケモノショタへと一度は預けられた細田守界の王位継承権は、最後には『普通未来』へと託された。

これは、細田守が『普通』と和解するまでの物語だったのだ。

凄まじい映画だった。「作家性の塊」と呼ばれる映画はいくらでもあるが、純度99%作家性の劇物はそうそうはないだろう。アニメ映画というと娯楽作品ばかりで、文学性や哲学性を謳っておきながら結局は娯楽作品に片足と重心は置きっぱなしにした作品ばかりな中で異彩を放っている。そんな世界にこんなものが現れたらそりゃ受け入れられないだろうな。ましてそれを作った人間の最大のウリ文句サマーウォーズ時をかける少女なんていう痛快娯楽一般層向け作品なら。サマーウォーズ時かけ期待してこれ見に行ったら羊頭狗肉も良いところだって怒りたくもなるだろうな。

この作品には作家性以外を求めちゃ駄目なんだよ。日本広告業界映画業界はそれを頑なに伝えようとしなかった。そこは紛れもなくEVILだね。

ミライちゃんがただの客寄せパンダであり、その使われ方も「はいはいこのへんでパンダ投入すれば良いんだろ?」っていう態度で行われることに、細田守の中に渦巻いた鬱憤を感じ取ろうっていう気概最初から持って見る分にはね、いい映画なんですよ。

そこは分かってあげて欲しい。

でも娯楽映画としては本当に駄目だけどな。俺はこれを娯楽として楽しむことは出来たけど、それは正しい意味での娯楽じゃなくて単に俺の見方が捻くれてて性格が悪いから娯楽に出来ただけだわ。素直な心の持ち主が素直に楽しめる娯楽映画を作った方が最大多数の最大幸福だよ。新海誠君の名はと、細田守未来のミライ。このコントラストある意味美しいけどね。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん