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はてなキーワード: マクルーハンとは

2019-03-02

anond:20190302131341

ほらね、わかってない。

 

メッセージ意味を決定するのは本質的受け手なんだよ。お前がそういう風にメッセージを受け取ったかもしれないが、俺の言うようにメッセージを受け取ることは少なくとも可能である

同様に、お前がアニメを見て小児性愛だと受け取ったかもしれないが、視聴者たちは別に小児性愛だとは思っていないんだよ。散々言われてるはずだよね? 現実小児性愛とは思ってない、区別はついている、と。

 

メディア影響批判がしたいなら、マクルーハンでも読むところから出直したまえよ。

2017-12-23

まだうまく言えないのだけど、WIRED休刊に寄せる編集長自作自演インタビューについて、やはりどうしても我慢ならないというか、こういう口ぶりがジャーナリズムとか言論世界をここ30年間停滞させ、オーディエンスうんざりさせてきたとしか思えず、2017年も末になりまだこんな口調を読まされるなんてとモヤモヤしている。

機能するということは時代遅れであるということ」とインタビュー中にあるが、本人は雑誌という旧来の言論メディアを重視してた人。だからいきなり紙面だけなくなる訳で。

まり随分前から自分自身時代遅れになっていたのでは?それに気づいてないのによくこんな長い捨て台詞を吐いて自分未来志向!とか言外にも思ってられるよなあ。

ここは80年代か?と。溢れるホモソーシャリズム感やポストモダン感に吐きそう。

.

結局こういう社会学ぽい未来の話は最後はいつも「マクルーハンのいい言葉いくつ知ってるかな大会」みたいになる。それが本当嫌だ。

毎回飽きもせずこの現象マクルーハンのアレだよね、あの現象マクルーハンのアレだよねに集約されて終わるし、その言葉知ってる人たちしか巻き込めないというか、結局狭い小部屋のやりとりでしかないというのが伝わるというか。

一度でいいか偉人言葉を引き合いに出さずに話終わらせてみてほしい。自分言葉で話してないし、自分の癇癪で定期購読していた読者をいきなり切るみたいになってるのもわけわからない。わかりやすい話し口だと思うしその方が仕事にしやすい(何故なら前にも誰かが考えたことあるから。本当の本当に考え方が新しかったらそもそも旧来メディアでは予算がつかない。)考え方だから口調が古臭いのは仕方ないと思うけど、こういう人って仁義の薄さだけはいまふうなんだよな…。執筆陣にちゃんと仁義切ってるの?大丈夫

あと編集長としてキャリア区切りにこの文章が残っていくのって、アリなんですかね?

(↑いま「アリだ、むしろカッコイイ」って思えちゃうセンスのない人達支配している社会だってわかってて言ったけど…)

そう思うと、結局毎回、言葉オタクおもちゃにしてるのが腹立ってる。これは活字ではない。言葉が死んでるよ。

.

でもいま恐る恐るネットでの反応を調べたら、ネットではこういう言い方に「キモっ!」て言ってる人も多くてほんとホッとした。

そのことが、まさにこの文中にあるように「読者を侮ってはいけない」ということを皮肉にも証明してると思う。その微妙差異マクルーハンソクラテスカントスティーブ・ジョブズ孔子様の言葉なんかでは捉え切れない。でもそれでいいんだ。

いつも未来に驚かされていたい:『WIRED日本版プリント刊行休止に関するお知らせ|WIRED.jp

https://wired.jp/2017/12/22/oshirase/

2017-07-06

https://anond.hatelabo.jp/20170706232447

蹴鞠おじさん」騒動あたりから勘違いしてるなって感じだったし、

炎上してはてブ信者手のひら返し始めるのも時間問題だなと思ってた。

あの騒動の時にヨッピーマクルーハンっていうメディア論の基礎の基礎も知らないってことがわかったじゃん。

彼は「なんか自分面白いってことやってそれを面白がってみんながバズればOKっしょ?」というぐらいの考えでやってることが露呈した。

コンプライアンスに雁字搦めで炎上とバズの境目が曖昧で、

かつWELQのような劣悪キュレーション簡単蔓延ちゃう脆さのある今のWEBで、

webライティングを牽引していくかもしれない人物言動としてあれじゃ拙すぎるんじゃないかと思った。

いずれ上手くいかなくなるんじゃないかなと。

それ以前に自分自分と近しい人物が、知らない・理解し難いものを「旧来俄然として変革を妨げる悪」とし、

解ろうと努めることを放棄したり拒絶することを正当化するスタンスに幻滅だった。

そんなヨッピーを「高慢インテリぶった業界人の鼻を折るヨッピーさん痺れる憧れる〜」と褒めそやす信者たちにも違和感を抱いた。

話は変わるけど、PR記事中心に活動シフトしてからも自前のブログツイッターコンスタント更新してたでしょあの人。

有名人がああい個人的メディア持っちゃうとき臭いトラブルに巻き込まれやすいんだから

削除するまで出ないにせよ、更新は告知程度に留めておくべきなんだよ。

それが更新やめないどころか、特定個人揶揄するようなトーンでブログ論とかそういうのを増やしちゃうんだからさあ。

自分から嫌われにいってるようにしか見えないよね。

はてブ信者がたむろってるから確認できなかったけど、僕はここ最近になってアンチ結構増えてきたんじゃないかと感じてたわ。

2016-11-11

今日電車乗ってたら、前に蹴鞠おじさんが二人乗ってきた。

なんか一人がデカイ声で「貴様は~~~!!だからtogetter馬鹿

されるというのだ~~~!!この~~~!」

ともう片方の首を絞めました。

絞められた方は「ぐええぇーー!読解簡単読解簡単!!」と十字を切っていた。

割と絞められているらしく、顔がドンドンピンクになっていった。

渋谷でもう一人、仲間らしい奴が乗り込んできてその二人に声をかけた。

「お!ガ島キッドさんとスケダチさん!マクルーハンについて教えてください!」 「おお!そういう君は****(聞き取れず。何かマッサージぽい名前)ではないか!僕にメディアの話させたら長くなりますよ?」

蹴鞠!出た!蹴鞠出た!得意技!蹴鞠出た!蹴鞠!これ!蹴鞠出たよ~~!」

俺は限界だと思った。

珍しくよっぴー氏の主張に全面同意できない

初めに断っておくと、僕は広告業界の端っこの方で生きていて、そしてよっぴー氏の大ファンです。

http://yoppymodel.hatenablog.com/entry/2016/11/10/111014

の件について、ファンの僕にしては珍しくよっぴー氏の主張に全然合意できない、というか氏の主張に明確な誤りがある、と感じたのでまとめてみました。



【誤認その1】

広告業界エラい人たち、よっぴー氏の言葉を借りれば蹴鞠おじさん、たちにとって「ライター」が「公共の場」でつぶやいた<「ネイティブ広告ハンドブック2017」が取扱説明書レベルに読解大変で涙です>というツイートは、「もっと読みやすしろボケ」というクレームとして捉えられた可能性が高いです。よっぴー氏はその後の藤代氏とのやりとりに付記して<「素人でいい」なんて誰も一言も言ってないし、「わかりやす説明しろ」も誰も一言も言ってない。>と語ってますが、彼らにはそうとしか読み取れないのです。

なぜならばこの人達世代的にも階層広告業界における商流上位のレイヤー、あるいは研究者という意味です)的にも、「仕事上の愚痴カジュアルツイートする&万人の目に触れさせる」文化に生きていないからです。たぶん彼らは、「は?じゃ、わざわざ公然ツイートしないで日記帳にでも書いとけよ。分かりやすしろって強制したいから公開してんだろ?」と捉えていると思われます

どちらが正しいとかではなく、両者に間に横たわっているのは、おそらくデジタルデバイドしかありません。よっぴー氏はこの誤解に対して「書いてもないことを勝手解釈してケンカ売ってくんじゃねえ」と憤ってますが、一人さみしくつぶやいたならともかく、公衆の場でさらす、というアクションを経ている以上、読み手曲解にも相応の理由があると考えるべきではないかと思います。あと、蹴鞠おじさん達が「ライターともあろうものが、自分の読解力不足晒すとは何事だ」文化に生きている点もあるでしょうね。これもどちらが正しいとかではなく、文化圏が異なるとしかいいようがない。

要するに、この点においては双方に優劣も正誤もなく、互いに差異認識すべきだけ、のように思うのです。先に殴ったのはおじさんたちなので、その点は擁護しようもないのですが、殴り返しちゃったら同じじゃないですかね。


【誤認その2】

高広氏がよっぴー氏に投げかけた一連の内容を、単純な「いやらしいおっさんマウンティング」と捉えているのも事実誤認です。

なぜなら、この振る舞いは、優越感ゲーム手段ではなく、むしろ彼らの「メシのタネそのものからです」。デザイン文章といったアウトプットに対して、属人的価値付与して、単価と受注率を上げ、競合を蹴り落とす戦略的行為です。ちなみに、自分広告業界の隅っこで生きているので蹴鞠おじさんにはよく遭遇するのですが、彼らはあまりにもこの行為自然にこなすので、自分優越感を搾取相手不快を強いている自覚が、実は無いんじゃないかなと感じることがあります

もちろん、これらの行為批判されるべきではあるのですが、少なくとも「蹴鞠」ではないと思うんですよね。広告人としての生存をかけた削り合いです。蹴鞠おじさん、という語感が良さすぎるので引き続き使いますけど。

また、おじさんたちの蹴鞠的な振る舞いが広告業界ダメにした、というよっぴー氏の批判も乱暴に感じます

蹴鞠おじさんたちが、彼らなりに意識を高く持ち、マクルーハンを学んだりしながら、一定以上のクオリティアウトプットしてきたのは事実です。一方で、あまりにも参入障壁が下がり、ゴミのような広告を撒き散らし、単価を下げ、まさに悪貨が良貨を駆逐するようなネット広告の現状を鑑みるに、正直「マクルーハン読んでない奴が広告作るなよ」といった視点必要悪のようなものではとも思います参入障壁はむしろ上げるべき、というスタンス自体は悪いものではないはずで、業界全体がその方向に舵を切らないのであれば、個々の業界人としては高広氏のような振る舞いを取らざるをえないのではないかと思います

ま、とはい蹴鞠であってはやはりいけない。貴族的な内輪遊びではなく、きちんと資格化でもすべきです。マクルーハンも「ネイティヴ〜」も体系化して資格試験を設置し、ステマ優良誤認に加担した広告人から資格剥奪する、とかの方が、少なくともネット上はキレイになるかと思います



最後に。

個人としては、よっぴー氏は今、日本で最も力のあるライターだと思っています。あれだけ尖った面白さを担保しつつ、誰も傷つけずに商品価値を高めるコンテンツを作れる能力は、まさに余人をもって代えがたい。旧態然とした広告業界からは、彼のような素晴らしいライターは出てこず、僕たちは未だに蹴鞠おじさんたちのキャッキャウフフを見せられてるかもしれない。

しかしどうなんでしょう。よっぴー氏や彼に比肩するライターが何人いようとも、「障壁が下がったから参入してきたネットライター」とくくってみれば、そのクオリティはあまりにもひどい。「売れればよい」「注目を集めれば良い」「検索に強ければ良い」といった、ゴミのようなコンテンツが多すぎる。独善的はい職業的矜持を持つおじさんたちが作るものの方が、どれほどマシか知れません。

ゴミ溜めの中から燦めく才能が発掘される様は痛快であっても、撒き散らされたゴミ臭いのです。まして、ゴミを撒き散らかしている人たちが、それで食べていけてるならガマンしますけど。

http://b.hatena.ne.jp/entry/yoppymodel.hatenablog.com/entry/2016/11/10/111014

はてなブックマーク - テクノロジー - ネイティブ広告ハンドブックと広告業界の「蹴鞠おじさん」について - ヨッピーブログ

マーシャルマクルーハンは「メディアメッセージである」「人間拡張」「メディア法則」といった今日に至るメディア論の基礎となる理論提唱した批評家、そして英文学である

彼の著作である人間拡張原理」「メディア法則」は、ヴァルターベンヤミンの「複製技術時代芸術」やウォルターリップマンの「世論」とならぶメディア論重要文献であり、彼らはメディア研究に関する学部所属する学生がまず初めに名前を拝見することとなる人物である

知らずにメディアを語るのは恥ずかしいが知っていても決して自慢にはならない、マクルーハンはそんな存在である

強いていえば日本プロ野球界における長嶋茂雄だろうか。

ちなみにアニーホールに出てるんだって


メディアメッセージである

メディアというと僕らはついマスメディア連想してしまうが、ここでいうメディアは「媒体である

マクルーハンメディア論媒体、つまり直接関係のない複数事物を繋いで作用させるもの全般に関する論理なのだ

それまでメディア運送ダンボールのようなものでそれ自体意味はないとされていた。

メディアという容れ物に収められた内容にばかり注目していたのである

しかマクルーハンメディアのものから人は情報を読み取ることを指摘した。

中に入っているものが同じでもAmazonダンボールみかん箱かで印象が変わるように、

同じメッセージでも発信元が違えば意味合いが変わってきたりするということだ。

人間拡張

ざっくりいうと人間五感認知運動能力メディアの力によって拡張されるということ。

例えば新幹線という交通媒体を使えば3時間半で東京から大阪まで移動できるし、

こうしてweb増田を使えば駄文をとてつもない数の人々に晒すことができる。

それもこれも生身の人間だけでは不可能なことであり、メディアによって拡張されているからこそ為せる技なのだ

しか拡張をすれば元々使っていた身体機能活動に関与する度合いが低くなり終いには身体機能を切断(抑圧)つまり麻痺させてしまうという所までがマクルーハンの持論。

メディア法則

拡充

そのメディアは、社会人間生活のどの側面を促進したり拡充するのか。

衰退

そのメディアの出現前に支持されていた(あるいは傑出していた)どの側面をかげらしたり衰退させたりするのか。

回復

そのメディアは何を衰退の影から回復させたり再び脚光を当てたりするのか。

逆転

そのメディア自然に消えたり可能性の限界まで開発されたりするときに、何に逆転したりひっくり返ったりするのか。

http://mediaresearch.blog.jp/archives/1807983.html



もうマクルーハンという名前なんて何年も聞いたことないような人間が寝ぼけ眼で書いたものなので突っ込みは勘弁ください。

ネイティブ広告ハンドブックの炎上騒ぎに乗り遅れた

http://yoppymodel.hatenablog.com/entry/2016/11/10/111014

今になってネイティブ広告ハンドブックの件、追いついた。

自分としてはヨッピー支持派。

老害高広とか自称ジャーナリスト気取りの藤代とか老害レベルがドヤってるけど、はっきり言って彼らは終わってる人間

玉川っつーじいさんに至ってはまったく無名あんた誰状態老害がガタガタ言ってんなって感じ。

あ、ちなみに自分はJIAA加盟社の人間広告PF関係者だけど、あのハンドブックが読みにくい文章なのは事実だろ。

あと現役のWeb広告屋マクルーハンがーとかい馬鹿はいない。この業界長い方だけど、正直聞いたことねーし。

保身のためなのか既得権を守りたいのか知らんけど、古いってだけで上から目線で語る老害は消えろ。

広告マーケティング業界って、どんどんレベルが低くなってきてる感じがするわ。」

って高広が言ってるけど、正直お前には言われたく無えよ。

2015-08-22

ロランバルトとかマーシャルマクルーハンとか

いまどきのデザイン業界って知識も教養も基本デッサン力もなくて、

コミュ力」で適当なことやって売れたらOKみたいなイメージある。

オリンピックエンブレムとか、どうみても、墓標であり、落日であって、

昂揚感とか平和繁栄とか飽くなき挑戦とか祝祭とかそんなイメージないよね。

佐野氏だけじゃなくて、

他の有名若手デザイナーの皆様の作品で立ち止まってにやにやする、みたいな

そんな経験ってほとんどない。

文原聡の低燃費少女とか醜悪だったし、佐藤可士和ウイダーinゼリーなんかもやっつけ感

半端なかった。

ここ20年位の悲劇は、デザインを裏打ちする哲学や大きな流れが貧困になっていることで、

愚民から100円ずつ携帯で掠め取るとか他人の作ったコンテンツ劣化再編して

アフィリエイト広告貼って楽して金儲けしたものが勝ちとか、そんな流れになっているなぁと思う。

安い仕事は下っ端にやらせネットから切り貼りしてくていかに手をかけないかライフハックだ!

みたいな。

以前モダンだ、モジュールだ、システムだ、実存だ、ポストモダンだ、脱構築だ、ホリスティックだ、オーガニックだ、複雑系だ、

って言ってたのが

今はコミュ力だ、ネット拡散だ、みたいな安いもの劣化してる。

とうとう大学文系やめようぜ、みたいな話が出てきているのももっともらしい。

おまえらもっと人間の可能性を見せろください。

2014-04-21

近代国家プリントカルチャー

マクルーハンは、中世合理化した近代プリントカルチャー印刷文化)に集約された、と言っています。とにかく何でも印刷して分類して読み込まないと理解できない。中世の写本の時代には、その人特有の書き癖もあるし読み上げる声の力、聴き取る力が必要だった。そうした声による情報伝達が印刷文化に置き換わることで近代国家が生まれた。だが、近代になって一度は捨てられた中世的なものが、電子時代になると復活する、というのです。ポスト近代になれば、国家による中央集権フラット情報社会に置き換わり、国家が中心なのではなく個人が中心になる。天動説ガリレオ・ガリレイ地動説は再びひっくり返るのかもしれないし、例えば「ナルニア国物語」なんて、まさにそういう中世世界観の復活のように読めなくもない。

2010-08-09

http://anond.hatelabo.jp/20100807223223

http://anond.hatelabo.jp/20100807223223を書いた増田です。

書いてた時は、2、3人から「意味がわからない」といわれてオシマイだろうな、と思っていましたが、「ムチャクチャ」「浅い」「リア充死ね」などと、意外と反響があって、驚いています。

とっちらかっているのは、忙しくて時間が無くて上手くまとめられなかったから、ではなくて、夜になっても室温が30度以下にならなくて「もう嫌になった。テキトーに結論書いて終わらせよう」と思ったから、でもなくて、私の頭が悪いからです。いま読み返してみると、私が書いたものは、文章というより、メモを何も考えずに繋げたようなもの、ですね。というか、そんなに真に受けられても困る。釣った記憶も無いし。でも、それなのに、はてブを読んでいたら、私がなにを疑問としているかが、わかっている人がいるようで、凄いですね。エスパー

補足はしません。議論もしません。保障もしません。そんなたいそうな物ではありません。以下、たらたらっと書いて、出直してきます。


ドラえもん鉄腕アトムも、会話で人間と意思の疎通ができるでしょ? そういうロボットは、殺りにくいんですよ。To Heartに出てきた、マルチもそう。もっとも、To Heartの主人公は、マルチを殺りはしなかったけど、犯りはしましたが(下品で失礼)。


・他者を殺してまで成し遂げたい事とは何か。他者を殺して何かを成し遂げる事とは、どういうことなのか。作り手のそれと、観客のそれの、ずれとは何か。私たちの社会では、人を殺してはいけないとことになっているけれど、ある条件をクリアすると、何故「可」になるのか。そういえば、「ヱヴァ破」でゲンドウも、そんな事をいっていたような、いないような。


・この名を出すと「古い!」といわれそうですが、M・マクルーハンと共同研究をしているE・カーペンターが、こういっています。

<<私たちがテレビを見るのではない。テレビが私たちを見るのである。テレビが私たちを案内するのである。新聞雑誌はもはや「情報」を伝えないで、ものごとを見る方法を教えてくれる。雑誌新聞リアリズムをあまりにも容易なものとして放棄してしまった。雑誌新聞リアリズムの代わりになっている。ライフ誌全部が広告である。その記事は感情アイディアを包装し売りこむ。広告主が金を払った広告が商品を売り込むように。

マクルーハン理論 より>>

気が付けば、テレビが一家に一台から、ひとり一台でもおかしくない、そんな時代になりました。携帯電話でも、ネットにつながるように、なりました。私たちは、もう学校や親から、何かを学ぶという事が、できなくなりつつあります。親も、どうしても子供に伝えなければならない事が、減っています。どうしても子供に伝えなければならない物は、メディアが教えてくれます。ネット検索して、検索結果を教えるだけ、という親が、これからますます増えていくでしょう。

アニメ場合純粋神話や民話でなくて、広告代理店スポンサーも関係する、人造神話というようなもの、なのかもしれませんが、それが我々に何を教えるのか、教えてきたのか。どこへ導くのか。楽しくもあり、恐ろしくもあります。


ロボットアニメというものは、スポンサーの都合とはいえ、かなり強引な作りをしています。(この例えを出したら、また色々いわれそうですが)「巨大人型ロボットが兵器」とか、ちょっと考えたら、いや考えなくても、おかしい、ありえない。おまけに主人公が10代で、ろくに訓練もしないうちから操縦できる。でも、そういうものの根っこにあるのは、作り手と観客の願望だと思のです。「こんな事があったらいいな」「あんな人がいたらいいのに」そういう事にリアリティをもたせようと、喜んでもらおうと、今まで延々やってきて、増築と改造を重ねて、なんだか訳がわからなくなって、ついには現在下火になりました。

2010-03-20

最近はてブコメントレベルがさがっている。

ってkawangoが言ってたけど、同感。

別に昔から高くねぇよと言われればそれまでだが、これは新規参入者が増えたからってのが大きいんだろう。

あるいは2chのまとめサイトのためのクリップ代わりに使い始めたような奴。

大抵ひでぇなと思うコメントアイコンデフォルトのあの青いシャツに顔がついてる奴。

写真が登録されてれば自分の中でキャラ付けが出来て、こいつなんか変な奴なんだろうなで終わりだが

デフォルトのままだと、あの匿名性が強調されてひどいコメントがより目立つ。

どんどん2ch化していっている感じ、というかまんま2chのコメントが目に付く。

マクルーハン的に言えば、はてブってのはある記事に対してメタ化して感想を述べる構造になっていて、それが言論自体のスタイルも指し示していた。

ある意味ではメタ的に一段高見に立って物事を見るスタイル、一方では単に自分では高見に立ってるつもりになってるだけのスタイル

こういうのに惹かれてるような人たちが多かったのが、今は単にベタな奴が余計に目立つ。

Twitterだとこういう奴らは観測対象に入らないしTwitterの方がおもしろいから、はてブは単に観測対象として扱われるようになった。

Twitterが面白がられている要素の中にはてブが持っていたものも幾つかあるように思えるが、Twitterの方が自由度が圧倒的に高い。

まぁ内輪だったから新規参入者のノイズで簡単に劣化したとも言える。

とはいえはてブを使うのを止める訳ではなく、俺は粛々とブクマし続ける。

2008-07-08

猿ベージ

http://anond.hatelabo.jp/20080315152400]

これを全部読んでいない人間は「猿」です。

ちなみに猿に人権はありません。ネットで表現をする権利も自由もありません。よく覚えておくように。

プラトン『饗宴』岩波文庫

アリストテレス『詩学』岩波文庫

アウグスティヌス『告白』岩波文庫

レオナルド・ダ・ヴィンチレオナルド・ダ・ヴィンチの手記』岩波文庫

マキァベッリ『君主論中公文庫BIBLO, 岩波文庫

モア『ユートピア岩波文庫

デカルト方法序説岩波文庫

ホッブズリヴァイアサン岩波文庫

パスカル『パンセ』中公文庫

スピノザエチカ岩波文庫

ルソー『社会契約論』岩波文庫

カント純粋理性批判岩波文庫

ヘーゲル精神現象学平凡社ライブラリー, 作品社

キルケゴール死に至る病岩波文庫

マルクス資本論岩波文庫

ニーチェ『道徳の系譜』岩波文庫

ウェーバープロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神岩波文庫

ソシュール『一般言語学講義』岩波書店

ヴァレリー精神の危機』

フロイト『快感原則の彼岸』ちくま文庫

シュミット政治神学』未来社

ブルトンシュルレアリスム宣言』岩波文庫

ハイデッガー存在と時間ちくま文庫, 岩波文庫, 中公クラシック

ガンジーガンジー自伝中公文庫

ベンヤミン『複製技術時代における芸術作品』複製技術時代の芸術, 晶文社クラシック

ポランニー『大転換 市場社会の形成と崩壊』東洋経済新報社

アドルノホルクハイマー啓蒙弁証法岩波書店

アレント全体主義起源みすず書房

ウィトゲンシュタイン哲学探求』大修館書店

レヴィ=ストロース『野生の思考』みすず書房

マクルーハン『グーテンベルグの銀河系みすず書房

フーコー『言葉と物』新潮社

デリダ『グラマトロジーいについて』

ドゥルーズガタリアンチ・オイディプス』河出書房新社

ラカン精神分析の四つの基本概念』岩波書店

ウォーラーステイン『近代世界システム岩波書店

ケージジョン・ケージ青土社

サイードオリエンタリズム平凡社

ベイトソン精神と自然』新思策社

アンダーソン『想像共同体NTT出版

本居宣長『玉勝間』岩波文庫

上田秋成『胆大小心録』岩波文庫

内村鑑三『余は如何にして基督信徒となりし乎』岩波文庫

岡倉天心『東洋の理想』講談社学術文庫

西田幾多郎西田幾多郎哲学論集?・?・?』岩波文庫

九鬼周造『「いき」の構造』岩波文庫

和辻哲郎『風土』岩波文庫

柳田國男『木綿以前の事』岩波文庫

時枝誠記国語学原論』

宇野弘蔵経済学方法論』

海外文学

ホメロスオデュッセイア岩波文庫

旧約聖書創世記岩波文庫

ソポクレスオイディプス王新潮文庫岩波文庫

『唐詩選』岩波文庫

ハイヤーム『ルバイヤート』岩波文庫

ダンテ神曲岩波文庫

ラブレー『ガルガンテュアとパンタグリュエルの物語』岩波文庫

シェイクスピアハムレット角川文庫新潮文庫岩波文庫ちくま文庫

セルバンテスドン・キホーテ岩波文庫

スウィフトガリヴァー旅行記』岩波文庫

スターントリストラム・シャンディ』岩波文庫

サド『悪徳の栄え河出文庫

ゲーテファウスト新潮文庫岩波文庫

スタンダールパルムの僧院』

ゴーゴル『外套』

ポー『盗まれた手紙』

エミリー・ブロンテ『嵐が丘』

メルヴィル『白鯨』

フローベール『ボヴァリー夫人』

キャロル不思議の国のアリス

ドストエフスキー『悪霊』

チェーホフ桜の園

チェスタトンブラウン神父の童心』

プルースト失われた時を求めて

カフカ『審判』

魯迅『阿Q正伝』

ジョイスユリシーズ

トーマス・マン『魔の山』

ザミャーミン『われら』

ムージル『特性のない男』

セリーヌ『夜の果ての旅』

フォークナー『アブサロム、アブサロム!』

ゴンブローヴィッチ『フェルディドゥルケ』

サルトル嘔吐

ジュネ『泥棒日記

ベケットゴドーを待ちながら

ロブ=グリエ『嫉妬』

デュラス『モデラートカンタービレ

レム『ソラリスの陽のもとに』

ガルシアマルケス百年の孤独

ラシュディ『真夜中の子どもたち』

ブレイクブレイク詩集

ベルダーリンヘルダーリン詩集

ボードレール悪の華

ランボーランボー詩集

エリオット『荒地』

マヤコフスキーマヤコフスキー詩集

ツェランツェラン詩集

バフチンドストエフスキーの詩学』

ブランショ『文学空間』

日本文学

二葉亭四迷浮雲

森鴎外舞姫

樋口一葉『にごりえ』

泉鏡花高野聖

国木田独歩武蔵野

夏目漱石我輩は猫である

島崎藤村破戒

田山花袋『蒲団』

徳田秋声あらくれ

有島武郎『或る女』

志賀直哉『小僧の神様』

内田百〓『冥途・旅順入城式』

宮澤賢治銀河鉄道の夜

江戸川乱歩『押絵と旅する男』

横山利一『機械』

谷崎潤一郎『春琴抄』

夢野久作ドグラ・マグラ

中野重治村の家

川端康成『雪国』

折口信夫死者の書

太宰治『斜陽』

大岡昇平『俘虜記』

埴谷雄高死霊

三島由紀夫仮面の告白

武田泰淳ひかりごけ

深沢七郎楢山節考

安部公房砂の女

野坂昭如『エロ事師たち』

島尾敏雄『死の棘』

大西巨人神聖喜劇

大江健三郎万延元年のフットボール

古井由吉『円陣を組む女たち』

後藤明生『挟み撃ち』

円地文子『食卓のない家』

中上健次『枯木灘』

斎藤茂吉『赤光』

萩原朔太郎『月に吠える』

田村隆一田村隆一詩集

吉岡実吉岡実詩集

坪内逍遥『小説神髄』

北村透谷人生に相渉るとは何の謂ぞ』

福沢諭吉『福翁自伝

正岡子規『歌よみに与ふる書』

石川啄木『時代閉塞の現状』

小林秀雄『様々なる意匠』

保田與重郎『日本の橋』

坂口安吾堕落論

花田清輝『復興期の精神

吉本隆明『転向論』

江藤淳『成熟と喪失』

by 柄谷行人、他

追記

必読書150』柄谷行人浅田彰、他(太田出版

http://www.amazon.co.jp/%E5%BF%85%E8%AA%AD%E6%9B%B8150-%E6%9F%84%E8%B0%B7-%E8%A1%8C%E4%BA%BA/dp/4872336569

ネットにはほとんど「猿」しかいないんじゃないかと思うことも多いので、是非、脱「猿」してみて下さい。2chは「猿」の巣窟でもかまわないのですが、はてなが「猿」の巣窟であってはインフラリソースの損失だと思っています。実のありげな議論が起こっているなと思いきや、はてな「猿」が集団でやってきて議論を潰しているケースがほとんどなので。

2008-03-15

anond:20080315145308

本当だ。消えないうちにグーグルキャッシュからサルベージしておこう。

グーグルキャッシュ初版なので違うところがあるかも。

プラトン国家』 

アリストテレス形而上学』 

ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』 

ヘーゲル精神現象学』 

デカルト省察』 

パスカル『パンセ』 

ライプニッツ『単子論』 

カント純粋理性批判』 

キルケゴール『不安の概念』 

スピノザエチカ』 

ルソー社会契約論』 

バークフランス革命省察』 

ジェイムズ『宗教経験の諸相』 

ニーチェ権力への意志』 

フッサール論理学研究』 

ハイデガー存在と時間』 

サルトル存在と無』 

ベルグソン時間と自由』

レヴィナス『全体性と無限』 

フロイト快感原則の彼岸』 

ラカン精神分析の四つの基本概念』 

レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』 

フーコー言葉と物』 

ソシュール『一般言語学講義』 

チョムスキー『文法理論の諸相』 

ヴェイユ重力と恩寵』 

アーレント精神の生活』 

ブーバー『我と汝・対話』 

ウィトゲンシュタイン論理哲学論考』 

ミンスキー『心の社会』 

ライル『心の概念』 

アドルノホルクハイマー啓蒙弁証法』 

ドゥルーズガタリアンチ・オイディプス』 

ウェーバープロテスタンティズム倫理資本主義精神』 

デュルケム『自殺論』 

バタイユエロティシズム』 

モース『社会学人類学』 

キャンベル『千の顔をもつ英雄』 

マクルーハンメディア論』 

ブローデル地中海』 

ウォーラステイン『近代世界システム』 

アダム・スミス国富論』 

ゾンバルト恋愛と贅沢と資本主義』 

ベンタム『道徳立法の原理序説』

ミル『自由論』 マルクス資本論』 

アルチュセール資本論を読む』 

シュンペーター経済発展の理論』 

ケインズ雇用・利子および貨幣の一般理論』 

ヴェブレン『有閑階級理論』 

ポランニー『大転換』

ボードリャール消費社会神話と構造』 

オルテガ『大衆の反逆』 

ミルズ『パワーエリート

リースマン『孤独な群衆』  

イリイチシャドウ・ワーク』 

ベル資本主義の文化的矛盾』 

ネグリ『構成的権力』 

バーマス『晩期資本主義における正統化の諸問題』 

アンダーソン『想像共同体』 

バレーラマトゥラーナ知恵の樹』 

ルーマン社会システム理論』 

ロールズ正義論』 

ハイエク『法・立法・自由』 

ブルデュー資本主義ハビトゥス』 

オング『声の文化と文字の文化』  

M・ポランニー『暗黙知次元』 

クーン科学革命の構造』 

ポパー『推測と反駁』 

サイードオリエンタリズム』 

メルロ=ポンティ知覚現象学』 

フッサール論理学研究』 

ラッセル西洋哲学史』 

フロム『自由からの逃走』 

ベイトソン精神生態学』 

ベンヤミンパサージュ論』

デリダ『グラマトロジーについて』 

クール時間物語』 

ペンフィールド『脳と心の正体』 

スローターダイクシニカル理性批判』 

フレイザー金枝篇』 

シュミット政治神学』 

クラウゼヴィッツ戦争論』

ドラッカー『「経済人」の終わり』 

リップマン『世論』 

マンハイムイデオロギーユートピア』 

ブルームアメリカンマインドの終焉』 

ヴァイツゼッカー『ゲシュタルトライス』 

パノフスキー『イコノロジー研究』 

クーン科学革命の構造』 

ホワイトヘッド科学と近代世界』 

ソンタグ『反解釈』 

ドーキンス 『利己的な遺伝子』 

ギブソン生態学的視覚論』 

フランシス・フクヤマ歴史の終わり』 

ケストラー『機械の中の幽霊』 

ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』 

ホーキング『ホーキング宇宙を語る』 

イーザー『行為としての読書』 

イーグルトン『文学とは何か』 

ホフスタッター『ゲーデルエッシャーバッハ』 

ド・マン『ロマン主義レトリック』 

シオラン歴史ユートピア』 

ブランショ文学空間』 

ガダマー『真理と方法』 

ローティ哲学自然の鏡』 

セラーズ『経験論と心の哲学』 

パーソンズ社会的行為の構造』 

ジジェクイデオロギーの崇高な対象』 

アガンベンホモ・サケル』 

ダマシオ『生存する脳』 

クワイン『ことばと対象』 

マッキンタイア『美徳なき時代』

こういう時、トラバツリーが各所に残る今の仕様は便利だ。

ツリー内主要エントリ

2008-03-13

http://anond.hatelabo.jp/20080313030006

これを全部読んでいない人間は「猿」です。

ちなみに猿に人権はありません。ネットで表現をする権利も自由もありません。よく覚えておくように。

プラトン『饗宴』岩波文庫

アリストテレス『詩学』岩波文庫

アウグスティヌス『告白』岩波文庫

レオナルド・ダ・ヴィンチレオナルド・ダ・ヴィンチの手記』岩波文庫

マキァベッリ『君主論中公文庫BIBLO, 岩波文庫

モア『ユートピア岩波文庫

デカルト方法序説岩波文庫

ホッブズリヴァイアサン岩波文庫

パスカル『パンセ』中公文庫

スピノザエチカ岩波文庫

ルソー『社会契約論』岩波文庫

カント純粋理性批判岩波文庫

ヘーゲル『精神現象学平凡社ライブラリー, 作品社

キルケゴール死に至る病岩波文庫

マルクス資本論岩波文庫

ニーチェ『道徳の系譜』岩波文庫

ウェーバープロテスタンティズム倫理資本主義の精神』岩波文庫

ソシュール『一般言語学講義』岩波書店

ヴァレリー『精神の危機』

フロイト『快感原則の彼岸』ちくま文庫

シュミット『政治神学』未来社

ブルトンシュルレアリスム宣言』岩波文庫

ハイデッガー存在と時間ちくま文庫, 岩波文庫, 中公クラシック

ガンジーガンジー自伝中公文庫

ベンヤミン『複製技術時代における芸術作品』複製技術時代の芸術, 晶文社クラシック

ポランニー『大転換 市場社会の形成と崩壊』東洋経済新報社

アドルノホルクハイマー『啓蒙の弁証法岩波書店

アレント全体主義の起源』みすず書房

ウィトゲンシュタイン『哲学探求』大修館書店

レヴィ=ストロース『野生の思考』みすず書房

マクルーハン『グーテンベルグの銀河系みすず書房

フーコー『言葉と物』新潮社

デリダ『グラマトロジーいについて』

ドゥルーズガタリアンチ・オイディプス』河出書房新社

ラカン精神分析の四つの基本概念』岩波書店

ウォーラーステイン『近代世界システム岩波書店

ケージジョン・ケージ青土社

サイードオリエンタリズム平凡社

ベイトソン『精神と自然』新思策社

アンダーソン『想像の共同体NTT出版

本居宣長『玉勝間』岩波文庫

上田秋成『胆大小心録』岩波文庫

内村鑑三『余は如何にして基督信徒となりし乎』岩波文庫

岡倉天心東洋の理想』講談社学術文庫

西田幾多郎西田幾多郎哲学論集?・?・?』岩波文庫

九鬼周造『「いき」の構造』岩波文庫

和辻哲郎風土岩波文庫

柳田國男『木綿以前の事』岩波文庫

時枝誠記国語学原論』

宇野弘蔵経済学方法論』

海外文学

ホメロスオデュッセイア岩波文庫

旧約聖書創世記岩波文庫

ソポクレスオイディプス王新潮文庫岩波文庫

『唐詩選』岩波文庫

ハイヤーム『ルバイヤート』岩波文庫

ダンテ神曲岩波文庫

ラブレー『ガルガンテュアとパンタグリュエルの物語』岩波文庫

シェイクスピアハムレット角川文庫新潮文庫岩波文庫ちくま文庫

セルバンテスドン・キホーテ岩波文庫

スウィフトガリヴァー旅行記』岩波文庫

スターントリストラム・シャンディ』岩波文庫

サド『悪徳の栄え河出文庫

ゲーテファウスト新潮文庫岩波文庫

スタンダールパルムの僧院』

ゴーゴル『外套』

ポー『盗まれた手紙

エミリー・ブロンテ『嵐が丘』

メルヴィル白鯨

フローベール『ボヴァリー夫人』

キャロル不思議の国のアリス

ドストエフスキー『悪霊』

チェーホフ桜の園

チェスタトンブラウン神父の童心

プルースト失われた時を求めて

カフカ『審判』

魯迅『阿Q正伝』

ジョイスユリシーズ

トーマス・マン『魔の山』

ザミャーミン『われら』

ムージル『特性のない男』

セリーヌ『夜の果ての旅』

フォークナー『アブサロム、アブサロム!』

ゴンブローヴィッチ『フェルディドゥルケ』

サルトル『嘔吐』

ジュネ『泥棒日記』

ベケットゴドーを待ちながら

ロブ=グリエ『嫉妬』

デュラス『モデラートカンタービレ

レム『ソラリスの陽のもとに』

ガルシアマルケス百年の孤独

ラシュディ『真夜中の子どもたち』

ブレイクブレイク詩集』

ベルダーリン『ヘルダーリン詩集』

ボードレール悪の華

ランボーランボー詩集』

エリオット『荒地』

マヤコフスキーマヤコフスキー詩集』

ツェランツェラン詩集』

バフチンドストエフスキーの詩学』

ブランショ文学空間』

日本文学

二葉亭四迷『浮雲』

森鴎外舞姫

樋口一葉『にごりえ』

泉鏡花高野聖

国木田独歩武蔵野

夏目漱石我輩は猫である

島崎藤村『破戒』

田山花袋『蒲団』

徳田秋声あらくれ

有島武郎『或る女』

志賀直哉『小僧の神様

内田百〓『冥途・旅順入城式』

宮澤賢治銀河鉄道の夜

江戸川乱歩『押絵と旅する男』

横山利一『機械

谷崎潤一郎『春琴抄』

夢野久作ドグラ・マグラ

中野重治村の家

川端康成雪国

折口信夫死者の書

太宰治斜陽

大岡昇平『俘虜記』

埴谷雄高『死霊』

三島由紀夫仮面の告白

武田泰淳ひかりごけ

深沢七郎楢山節考

安部公房『砂の女』

野坂昭如『エロ事師たち』

島尾敏雄『死の棘』

大西巨人神聖喜劇

大江健三郎万延元年のフットボール

古井由吉『円陣を組む女たち』

後藤明生『挟み撃ち』

円地文子『食卓のない家』

中上健次『枯木灘』

斎藤茂吉『赤光』

萩原朔太郎『月に吠える』

田村隆一田村隆一詩集』

吉岡実吉岡実詩集』

坪内逍遥小説神髄』

北村透谷『人生に相渉るとは何の謂ぞ』

福沢諭吉『福翁自伝

正岡子規『歌よみに与ふる書』

石川啄木『時代閉塞の現状』

小林秀雄『様々なる意匠』

保田與重郎日本の橋』

坂口安吾堕落論

花田清輝『復興期の精神』

吉本隆明転向論』

江藤淳『成熟と喪失』

by 柄谷行人、他

追記

必読書150』柄谷行人浅田彰、他(太田出版

http://www.amazon.co.jp/%E5%BF%85%E8%AA%AD%E6%9B%B8150-%E6%9F%84%E8%B0%B7-%E8%A1%8C%E4%BA%BA/dp/4872336569

ネットにはほとんど「猿」しかいないんじゃないかと思うことも多いので、是非、脱「猿」してみて下さい。2chは「猿」の巣窟でもかまわないのですが、はてなが「猿」の巣窟であってはインフラリソースの損失だと思っています。実のありげな議論が起こっているなと思いきや、はてな「猿」が集団でやってきて議論を潰しているケースがほとんどなので。

2007-03-20

メディアメッセージ

マクルーハン的にいうと電子画面は右脳に働きかけ論理思考をおろそかにする傾向がある。炎上力学にはメディア固有のメッセージ性が働いている。それはパンクでありアナーキズムであり、アナルキャピタリズムの亡霊である。

 
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