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はてなキーワード: スクールカーストとは

2018-02-18

キャバクラの痛客

Twitterとかでキャバクラの痛客のLINEトーク画面スクショなどが晒されているの、特に何の疑問も持たずにゲラゲラ笑ってたんだけど、ふと切なくなってしまった。

学生時代スクールカースト上位の人たちが下位の人たちを嘲笑していたのを思い出す感じ?

晒すだけならまだしも、そこに罵詈雑言が混じってくると、少し恐怖をおぼえる(無駄罵倒する文言があると、もはや呪いしか思えなくて……)。

当人にとっては身に降りかかった災難でしかないことを、「ネタ」という形で昇華するのは良いと思う。思うんだけど、人権〜!って気持ちにもなってしまった……ああ……

ところで、今日グレイテスト・ショーマンを観てきた。

無難ストーリーに、ド級パフォーマンスって感じ……?良かったけど、何となく物足りない気もした。何が足りないんだろう?

お代わりはしないと思うけど、大きなスクリーンで観てよかった。

2018-02-16

anond:20180216091930

チョロいから「ゆるいな」と思ってたら処女でした、とか。

望んではないけど女のコミュニティに属しがちな

スクールカースト中の下~中の中ぐらいの女の子によくいがち

2018-02-13

自分スクールカースト偏差値で言うと

サッカー部で程々に目立つグループにいたので偏差値68くらいかと考えている。

はてなー人達学生時代どんなグループにいたの?偏差値で例えたらどれくらいだったのかと思って書いてみた。

2018-02-03

死んだらみんな少女王国女子高生になる

人は死ぬと、その魂は女子高生となって、

広い海と大きな空の境にある孤島にある学園に還る。

そこは次に生まれ変わるまでの暇の土地で、我々はそもそもそこからこの世界に生まれきたのだ。

学園には教師もおらず、授業はすべてビデオ授業。

学園内の自治は実質生徒会が握っており、ここはまさに少女王国である

ここは魂の世界であるから、現世での魂の有り様によって、ヒエラルキーが決まる。

ヒエラルキーと言ってもスクールカーストのようなものではない。

清き魂の持ち主は清楚な文学少女となるし、淀んだ魂のもの彼女をやっかむモブ生徒Aしかなれない。

尊き魂の持ち主は文武両道ツンデレ美少女となるし、卑しき魂のもの彼女をやっかむモブ生徒Bにしかなれない。

まり、現世で徳を積めば積むほど、少女王国では主人公のようになれるし、

悪を為せばつまらない学園生活を送ることになるのだ。

このヒエラルキーは、現世での徳によって決まるので、少女王国では下克上不可能だ。

より良い学園生活を送るためには、三年間の学園生活を終え、また現世に生まれから信心深く徳を積まねばならない。

これは私がマック女子高生より賜った言葉であり、真実である

2018-02-01

レースクイーンかについて 個人的感想

どういう意図があって、スタイル抜群の美女に高露出させて車の周りにうろつかせとくのか、というのは、自分はあの仕事必然性必要性を感じていなかったので推測でしかないが、

「車がより速く走るのが嬉しい人々=スタイル抜群の美女を白昼堂々と眺め回せるのが幸せだと考える人々」とみなされて、その人々へのおもてなしなのだろう、と考えていた。

悪く言えば田舎ヤンキー的というか即物的というか、欲望ダダ漏れ的な下品さ。いやまぁ個人的憶測にしても申し訳ない。すみません勝手なことを言って。

格闘技ラウンドガールも同様だと思っていますすみません。でも今でこそ変わったけどプロレス会場ってホント「そういうのが好きそうな男」しかいない場所だったし、ボクシングなんかもアレだ。

そういえば、子供の頃、深夜にやっていたF1中継でチーム紹介なんかでド派手なねーちゃんが映るたびに

F1レーサーって死ぬかもしれん仕事やし性欲強いタイプが多いんかな」と思っていた。私はレースクイーンドライバーへの接待要員だと考えていたらしい。

実際はF1レーサーって王子属性な人も多いしセレブスポーツらしいすね。知らんけど。王子からこそいい女をはべらかすのかも。知らんけど。

そういう個人的憶測ベースに話をするが。

レースクイーン的な仕事は失くしましょう、と発表することで、美女を堂々と眺め回せることに喜びを感じるタイプの車好きが辟易とする可能性と、

それ以外の人々へのイメージアップならびにポリティカルコレクト狂信的な層を鎮静化できる可能性、のどちらを取るかで、後者を取る方がお得感が高い、という判断だったのでは、と思う。

美女を眺め回せなくなったかモータースポーツはもう見ないぞ、と言うのなら、彼らはモータースポーツの客ではなかろうから、その辺はキャバクラなりなんなりが、需給とも吸収すればいい。

個人的には、ブコメのいくつかに見られたサッカー型=サッカー好きの子供と一緒に入場、が良い案のように思った。

もしくはpepper君あたりを置いておくのが正解かもしれない。性がないか安心。あと万が一が起きても生命が失われることはない、pepperくんが1台壊れるだけだし。切ない…。

しかし、サッカーはいろんな国でやってるだけあるな。女子競技化も早かったし。FIFAにつきまとうブラックマニーの噂はあるわけだが、それでもなかなかのオープンさ。

モータースポーツの振興」ということなら、サッカー型が理にかなっていると思う(が、現実ではモータースポーツは"王子様"の職業なので偽善的に見えてしまうかもしれないが)

自動車文化の発信、ということなら、「主にスタイル抜群の美女を眺め回したいような属性の人たちのための文化」になる可能性、というリスクと共に生きることになる、かもしれない。

自動車市場の発展のために、ということなら、昨今のコンシューマー向けの自動車の傾向を見ても、ドライバー女性であるという目線が欠かせなくなりつつあるわけで、

レースクイーン要らなくね?というのは、割と合理的判断かなという気もする。

そういえば、アメスポってチアリーディングがおまけで付いてくる印象があるが、あれも将来どうなるんだろうという感じもするな。

スクールカースト的なアレこそ、F1におけるレースクイーンよりもある種の邪悪性を感じないこともないのだが、

結果的に、チアリーディング単体ですっかりスポーツ化している現在を見ると、アメリカ合衆国って何だかんだで面白い国だなと思う。どこまでもフラットであることを志向する。良いかいかは別として。

レースクイーン的なものは、従属的な立場からスタートしてどれだけ単体文化性を獲得できるか、ということでいうと、やっぱりちょっと厳しいかもね。

あと女性F1ドライバーっていないのかね。ラリードライバーだと「このごろ増えてるんかなぁ」ぐらいには目につくようになった気もするが。

2018-01-24

anond:20180124130515

なんとなくだけど、クラス友達がいなくて暗いだけの子が、スクールカースト上位の自分の心情を空想して書いた文章に思える。

2018-01-16

anond:20180116163236

「哀れな不登校秀才を虐めてたゴミクズ

は得てして教師けが良かったりする

大抵はスクールカースト上位だしな

私小説 不登校

私は中一の途中から不登校になった。

元はと言えば小学校高学年で「ハブる」という文化のもと、クラスメイトからの徹底的に無視をされたことが発端である担任との相性の悪さなども相まって、学校生活への自信や信頼をなくしていった。核家族共働き家庭の一人っ子の私は、学校では人と話せず、放課後時間も一人で過ごした。特に習い事などもしておらず、学校と家庭の二つしか生活の場がなかった私は人間関係における信頼や安心などを失い、自分の考えを人に話すことや言葉スムーズに出すことができなくなっていった。

そして中学入学環境が変わることを期待したが、結果的には悪化した。たいていの公立中学では部活動には強制参加させられる。しかし私が入学した中学校は全校生徒が少なく、文化部は一つだけ。他運動部一般的にはあるような部活がなかった。当時文化部に入るとスクールカースト底辺になる空気があり、私は運動部所属した。しかし、運動神経が良くない方だったため部活でもうまくいかず。小学校高学年で人間関係に対する安心や信頼を失った私は、中学出会ったクラスメイトともうまく接することができなかった。

そして決定打となったのは合唱コンクール「絆」「仲間」「大きな声を出す」「グループ練習」などといったものは当時の私には地獄だった。音楽時間が恐怖の時間になり、合唱コンクールが近づくにつれ朝練や帰りの学活でも練習を行うようになり、一日の始まりから終わりまで恐怖の時間となった。そこから学校に行けなくなるまでは簡単だった。学校に向かう足が遠のき、制服に袖を通すのが怖くなり、家から出られなくなった。共働きの私の家で朝一番最後に家を出るのは私で、一番最初に帰るのも私だった。そんな中で、朝起きて制服を着て仕事に行く親を見送り自分学校へ行かず無断欠席をするようになった。当然学校から固定電話電話が掛かってくるが、家には私しかいないため無視。親に連絡が行く。意外にも親は私が不登校になったことを受け入れてくれた。

会話からまり日常生活の行動全てに自信をなくした私は学校での学習電車に乗るといった行為もおぼつかなくなっていた。授業で先生から発問されれば、注目される恐怖や答えを急かされるような焦燥感で「わかりません」というのが精いっぱいだった。「私は何をしてもうまくできない」という強迫観念に襲われ、不登校の間に学習障害検査などを受けたこともあった。一人で家で勉強する分には問題なく、また中間テスト期末テストを受ける分には人と関わらず済むため、それなりの点を取れていた。

不登校だろうが、家から出られなくなろうが、無情にも時は過ぎていく。中二では、通知表は「1」「2」「-」がほとんどになっていた。中三が見えてくると頭をよぎる高校受験入試資料集などを見ると、入学選抜に当たっての内申点基準数字が踊っていた。家から出られなくても、学力低下だけは避けたかった私は家で学習を続けていた。当時、私の学力から出される偏差値は60〜63あたりであった。それくらいの学力層の高校では、おおよそ大半が9教科36以上の内申点基準としていた。一方、私の内申点は9教科で23地元工業高校ですらあやしい点になっていた。また、中二の時の担任は繰り返し私に面談の場を設けてくれた。私の話を無視したり、相槌を打たないなどということはなく、久々に会話ができることに感動した。担任もっと話したいと思うようになり、徐々に学校に行けるようになっていった。

この状況の中で、私には一つだけ自信が持てるものがあった。それは絵を描くことである。まだ学校に行けていた中一の初めに美術先生から風景画を褒められ、不登校になってからは家でよく写真模写などをしていた。授業にも出られるようになった中三一学期、今まで体験たことのなかった画材出会った。油絵である。失敗しても被覆度が高く上から重ねることができ、乾くのも遅くゆっくり描くことができるこの画材は私の中で革命的であった。人間関係で失敗を重ね、急かされることに恐怖を覚えていた私は、個人で取り組むことができ、ゆっくりと描ける油絵具に希望見出した。もっと油絵が描きたいと思い、誕生日には親から油絵セットを買ってもらった。もっと油絵を描きたいと思い、美術コースのある普通科高校への進学の意思を固めた。

その高校を受けるにあたり、偏差値は足りていた。美術コースを受けるにあたり、実技の力も合格するであろうという程度には達していた。しか問題となったのは、やはり内申点であった。担任からは渋い顔をされた。それでもやっぱり受けたい、あの高校に行きたいと思い受験制度などを調べ尽くした。すると、不登校などを経験した生徒のための特別選抜制度発見した。内申点度外視し、受験時の学力テストと実技、面接入学選抜を行うという制度だ。その制度担任に報告すると、なんと担任は知らなかった。50も過ぎたベテラン教員がその制度を知らないということにはがっかりした。その教員が受け持ったクラス過去不登校の生徒はどんな進路をたどったのか心配になる。

何はともあれ、私はその制度活用し無事志望校合格することができた。入学後は絵と勉強に励み、学力では上位10%あたりを維持し絵では県の高校美術展で賞を取った。

そしてやってくる大学受験もっと油絵を描きたかったので美大を望むも、家計が厳しく断念せざるを得なかった。幸い、学力はそれなりにあったため国立大教育学部美術専攻に進学することでどうにか油絵を続ける手段を得た。

時は流れ大学四年。義務教育時代に失った人間として生きる自信や信頼関係高校大学の友人と接するうちに取り戻し、バイトをしたり彼氏ができたりと一般的大学生として大学生活を送ることができるようになった。教育学部で学ぶ中で、義務教育時代自分メタ認知することができた。当時の自分と同じように人間関係に悩む子供に接し前向きな未来を示せたらと思い、教員の道を選び教員採用試験合格した。

卒業制作バイトに追われる今日、私が四月より働く予定の自治体では不登校の生徒が高校に進学する際の特別選抜制度が数年前に廃止されたと知った。

2018-01-15

anond:20180113163358

うーん、なんか妄想が60パーセントぐらい占めてそうだなぁ

中学生っていう思春期ど真ん中に、容姿別に良くなく、ただ学年1勉強できたとして男子告白されるんだろうか

あいつと一緒に歩くのは恥ずかしいとか、そういうくだらない外面一番気にするような時期じゃん

ましてや性的いじめ対象になるもんか?

社交的な性格ならほかの女子に守ってもらえそうなもんだけど

容姿が並か並以下なら、スクールカースト上位じゃないと、告白とかない気がする

元増田文章から察すると勉強できても所謂陰キャっぽいんだよなぁ、この話を地で行くにはなかなかの美少女でないと無理な気がする

2018-01-11

anond:20180111015353

あんまり絵に描いたようではない

両親は離婚しているし、親の再婚後も小さなゴタゴタはあった

イジメはたぶん無かったと思うけど、スクールカースト的には下の方だっただろうな

2018-01-09

成人式スクールカースト社会階層

先日成人式に出席した増田です。

個人東京大学に通っていますが、成人式は、高校卒業までを過ごしたいわゆる「普通地方都市のものに出席しました。成人式自体は非常に平凡かつ平和ものでした。近くに住んでいたというだけで同じ校舎にぶちこまれていたかつての級友たちとの再会を楽しみ、今は東京に戻っています

さて、出席して改めて思うのは、成人式は「中学最後学校行事」だということです。主催地方自治体と、その対応する教育委員会ですし、会場の治安維持には当時の先生方が駆り出されていました。(平和ではありましたが、「荒れる新成人対策はがっつりされていました。以前大変なことになったことがあるようです。)そして、学校行事である以上、その場にはあの頃と同じ「スクールカースト」の力場が保存されていました。あの頃の教室雰囲気を思い出すのにそれほど時間はかかりませんでした(!)が、あの独特のサルリバイバル感が無理で成人式に出席しない、という選択をする人たちの気持ちは十分に分かりました。私自身は、あの頃にいい思い出はないもののそれなりに神経が太いので気になりませんでした。(「地元」というコミュニティからある程度離れてしまっているのもあると思います。)

ただ、あの頃の学校行事と異なり、成人式にあっては、その当時のスクールカーストに加えて(成人式では一時的に不可視であるように振る舞うことが求められているものの)社会的役割分担(階層)がある程度見えています。これら2つの構造」の比較検討は、フィールドワーク考察としてはかなり面白いと思ったので、とりあえず雑に考えてみます。(レポートじゃないのでテキトーです。許してね)

スクールカースト社会階層

改めてスクールカースト俯瞰的に見てみると、以下のようなマトリクスで整理することができるはずです。どこかのブログ記事かなにかの受け売りで、スクールカースト一般問題を語るのに適切かどうかはわかりませんが、今回は便利なので使ってしまます

\学業成績が優秀(教員従順学業成績が不振教員反抗的
コミュニケーション比較的得意リア充タイプ「不良」タイプ
コミュニケーション比較的苦手優等生タイプオタクタイプ

以下、成人式時点での社会階層(の萌芽)との対応を述べていきます

リア充タイプ

ほとんどが大学に進学。東京圏地方都市であることも要因としては大きいだろうが、東京私立大に通っている割合がきわめて高いことが特筆すべき点。背景として考えられるのは、彼ら/彼女らの家庭が比較的安定していたこと、自分自身の容量の良さから「楽かつ評価される」選択肢を選び取ったことなどか。就職先として地元という選択肢はかなり薄めのよう。

当時から「不良」タイプとの関係性が良好であり、アルコールにも慣れていることから同窓会後の2次会でも中心的な役回り男性の中でも血気盛んな層は「不良」タイプ女性ワンナイトラブをキメたよう。

「不良」タイプ

高卒もしくは専門学校に進学。いわゆる「地元コミュニティの中心をなしているようで、そのコミュニティ関係性を悪化させてしまっていた「元」不良たちはそもそも成人式に出席していなかった。家庭環境がさまざまだが、比較的早い段階で家計を支えることが期待されており、当時のような「ヤンキー」的振る舞いはほとんどなかった。それでも様々な着飾り方、騒ぎ方で成人式の夜を賑わしていたが……。一方で大学学者一定数いて、多くは高校からの推薦で、地方大学に在籍しているよう(就職意識してか、比較理工系が多めであるように感じた。)

「つっぱり方」を基軸とした当時の力関係希薄になるにつれ、地元自営業者の息子/娘もこの層と仲良くしていたのはおもろいかな。

優等生タイプ

大学学者が中心であることは「リア充タイプ共通しているが、比較国立大学学者が多め。(女性を中心に)典型的には地元大学学生だが、理工系を中心に東京圏の中堅私大にも分散していた。地元との関係性は一番希薄であるものの、地元就職視野にいれた就職活動を行うよう。大学入試偏差値就職を考えた場合、在籍中の大学の「レベル」はリア充タイプ拮抗しており、今となっては絶滅寸前の浪人経験者もこの層に集中。(余談だが、イキリオタクの如くこの文章を書いている私もこの層に属していると言える。)

一部は大学での経験をもとに「リア充タイプへの順応を見せているか

オタクタイプ

大学もしくは専門学校学者ほとんど。コミュニティとしての「地元」には所属していないものの、実際は地元に残っている場合が多い。なぜか分からないが、男性ではスーツの着こなしが一番微妙だった。当時と比較して「優等生タイプとのコミュニケーション志向している様子が見て取れ、同窓会ではアルコールも控えめい、かなりおとなしく過ごしていた。高校卒業フリーターをしている層はここに集中しており、このご時世にあってコミュニケーション能力の果たす役割の大きさを感じずにはいられなかった。

考察的な何か

当時のスクールカーストに対して学歴復讐、みたいな素敵なことはなく、社会の荒波と言われるようなものは(少なくとも自分地元では)スクールカーストとなんとなく連続している。ただ、東京大学に進学することは、「提示されている選択肢の多さ」という点で大きなメリットであり、また、終わりつつある「普通地方都市」という機構から脱するためのいちばん有効手段

もちろん家庭環境は当時のカーストから現在の状況までを形作る通奏低音であるものの、社会全体の成長という神話が終わってしまった自分たち世代にあって、ふたたび地方における「構造」として安定的であるかどうかは疑問。「不良」タイプの家庭の再生産は現在就職環境にあっては以前より難しいし、「優等生タイプ提供される地元就職先の選択肢は縮小しつづけている。「オタクタイプは「結婚しない/できない」問題の中心にあるし、今後の私の街はどうしようもなく不安定な何かしらになってしまう気がする。

2018-01-08

空っぽな私の半生を記す

小学生

バスケミニバス)をやっていました。

小さい頃から根暗で引っ込み思案。バスケというチームスポーツでは迷惑存在でした。

ある日、監督メンバー全員の前で、「お前チームで浮いてるぞ。」と苦笑いしながら言われました。

自分普通にしてるつもりなのに、みんなと仲を深められない。どうすれば浮かなくなるのかわかりませんでした。

元々私にとっては居心地の悪いクラブでしたが、監督一言があってからは、練習が終わったあとの後片付けの時間に、いつも倉庫に隠れて泣くようになりました。

辞めたかったのですが親に「辞めたい」と言う勇気すらなく、卒業しました。


中学生

ブスと言われ、クラスでいじられるようになりました。

私の行動や発言クラス中が逐一ネタにする、という、よくあるやつです。

幸い完全に孤立してはいなかったので、なんとかやっていけました。

私とよく一緒にいてくれたグループは、いわゆるオタグループなのですが、私はアニメ漫画ほとんど見ない人間でした。

グループ流行ってるアニメを見たりして、最低限の知識は抑えていましたが、オタク話題にはその程度の知識では通用しません。しかほとんどが腐女子だったのでもうちんぷんかんぷんでした。

ですので、話はすれど友達にもなりきれず、孤立を恐れた私は金魚のフンのようにグループにくっついて回りました。

部活は、経験のあるバスケをやりたかったのですが、小学校での苦い経験と、バスケ部メンバーが軒並みスクールカースト上位のいじめっこだらけだったので入りませんでした。

進学は、そこそこの進学校に行きたかったのですが、自宅から距離があったのでやめました。

こうやって、やりたいことをすぐ諦める人間でした。


高校生

いわゆる自称進学校入学しました。

友達がとうとう1人もできなくなり、完全に孤立しました。

この頃から、なぜか、本気で死にたいと思うようになりました。

1年生の後期くらいか学校を少しずつサボるようになり、2年になった頃には不登校になりました。

何もかもどうでもよくなり、自殺のことしか考えられない。1年生の頃はトップだった成績も、最下位レベルに落ちました。

担任心療内科受診を勧められ、鬱と社交不安障害と診断されました。数年通いましたが全くよくなりませんでした。自殺を図りましたか未遂に終わりました。

出席日数が足りず進学できなくなったため、通信制高校に転学して卒業しました。

昔は大学に行きたかったけど、この頃はもうすっかり頭が悪くなり、これまでの経験から学校生活でうまくやっていける気もしなかったので、大学進学は考えられませんでした。

高校卒業から現在

メンタル調子が悪いままだったので、社員として働けそうにないと思い、実家寄生しながら短時間バイトを始めました。バイト先でも浮いていました。

2年ほどバイト生活をして、「いい加減就職しないと」と思い就職活動を始めた矢先、精神科入院することになりました。閉鎖病棟で数ヶ月過ごしました。

そして先日退院しました。

特に良くなってはいません。

治らないのは、病気でもなんでもなく、ただの甘えでこうなっているからだと気付きました。

こうして振り返ってみると、私の人生に不幸なんて何一つありませんでした。家族もいたし周りも優しい人ばかりでした。全部自分の甘えや選択が招いた結果です。

周りの人は、「私はこれを頑張った」「努力した」と言い切っていて、心底尊敬します。

私は頑張ったことや苦労したことがありません。何もない半生になってしまいました。

私より怠惰な人はあまりいないと思いますが、もしいたら、福本伸行の熱いぜ辺ちゃんでも読んで頑張ってください。


死にたい

2018-01-06

anond:20180106181932

Aちゃんスゴイ。

そんなスクールカースト最下位で内に引きこもりがちだったのに、彼氏を作るなんて。一歩踏み出したんだね。

オタクと化粧について

 

オタクは化粧とお洒落を見下している人が多い。

多分これ、同意する人も多いんじゃないだろうか。スクールバッグアニメストラップを恥ずかしげも無く大量につけたり、いつもいつも見かける度にアニメゲームの話しかしてない人って、大抵そうだ。

化粧やお洒落を「頭の軽い馬鹿がするもの」とか思ってる。多分、スクールカースト上位の人しかしないからで、彼女たちは上位者に邪険にされ続けていたからだと睨んでるんだけど、どうだろう。

別に私は化粧しないオタク女子に化粧しなよって言うわけじゃない。お洒落別に、好きにしたらいい。

私は大学や街へ繰り出すのにパジャマだかスウェットだか分かんない素材の服だったり、化粧をしないのが気になってしま気質から繕っちゃうだけで。彼女らが気にしないならそれでいいと思う。

でもね、ひとつどうしても言いたい。化粧やお洒落をしてる人に、「そんなのしなくていいじゃん」って言うのは止めなよ。

今私は大学二年生。高校の友人に触発されてオタクになった人間だけど、中学の頃からスクールカースト底辺だった。鞄にグッズもつけはしないけど、友達オタク話してすっぴんで街に出ていってた。高校はずっとそんなんだった。

大学に入って、1ヶ月もしない頃くらいからかな。学部の友人が皆化粧をしてるから、私もなんとなーく手を伸ばした。

革命だったよ。肌は綺麗に見えて、顔色の死んでた顔に血色が宿って、目もなんだか少し大きく見える。見えるようにしたから当然だけど。

私にとってオタク活動一種自衛だったように、化粧も鎧みたいになった。

化粧したって性格までは変わらないから、努力して明るくなって、そこそこに人付き合いも増えた。

今までオタクでもない賑やかな子は苦手だったけど、案外付き合ってみれば良い子ばかりだった。多分、オタク特有思い込みがあったんだと思う。「化粧してて、オタクじゃなくて賑やかな子は性格の悪い脳足りんだ」って。サイテーかよ自分

オタクって見た目が似てる。化粧しない、服も適当。つまり選民意識も高けりゃいっちょ前に自衛力も高い。

でもそうしたところで、化粧キメて服も整えて、スタバとかアパレルブランドできゃいきゃい騒ぐ眩しい世界の住人なんかにはなれない。

からあんなことしてる人達は派手で頭が軽い」って見下すしか出来なくなる。見下して、”化粧しないしお洒落もしない”自分を許した気分になる。これ、私の体験談なだけなんだけどさ。

リア充になりたいんじゃなくて、リア充がしてるような楽しいイベントとか、誰しも少しは憧れると思う。

でも大半のオタク女子たちはそんなの関われない。学生時代彼女たちに怯えて過ごして、羨望が苦しいから、いつの間にか小馬鹿にすることで平穏を保つ。

肌が弱いとか良く見かける論点だけど、そういうのとは別次元

で、環境が変われば人も変わることを、往々にしてそういう子達は受け入れない。

大学でも変わらずオタクグループ作って安心してたのに、そのうちのひとりがいきなり化粧し出して服も気を使い出した。馬鹿にし続けてた人種になり始めるわけ。

リア充イベントに憧れて、ちょっと経験したらすぐさまそういうのにしがみつきがちなオタクにとっては、そういう子って邪魔なんだよね。グループ調和乱れるからさ。

からだんだんの子と疎遠になる。この疎遠にされた子は嘗ての私だけど。

まあめっちゃショックなんだよね。

オタク卒業なんかもう出来ない域に来てるし、化粧もお洒落も一切押し付け記憶はないし、何なら彼女らの前で話題に出したこともない。

顔を合わせる度「変わったね」とか「化粧なんてやめなよー」とか「学校如きによくそこまで気使えるね」って言われたけど、「楽しいから」くらいで終わらせてた。

オタク以外でもノーメイク、服もシンプル流行とか気にしてない人はいる。

でもそういう人達にそんなことを言われた経験は無い。オタク特有の身内連帯感、執拗カースト上位を見下す風潮、なけなしのプライド諸々がやっぱり原因だろうと私は思ってる。

肌が弱いならしなくてもいいんだよ。というか極論、したくないならしなくていい。化粧必須業界に行かない限り、そういうのって自由だし。

でもさ、自分達がしない(出来ない)からって、押し付けるの止めなよね。

他人に化粧を止めたって、仲間外れにして元に戻って貰おうとしたって、貴方たちはそのままじゃなーんも出来ないままなんだよ。木陰でずっと陽射しを見てるだけだよ。

そのままで生きていきたいなら好きにしたらいい。

ただ、一歩踏み出して努力する子の足を引っ張ろうとするの、良くないんじゃない?

同類だけとぬくぬく仲良しして選民して、いつかきっと後悔するよ。少なくとも私は貴方たちの友達には戻れないし、学内で困っていても絶対に助けない。

Aちゃん。貴方が今人生初の彼氏になるかもしれないって食堂で大声で惚気てる人、実は学部女の子の間じゃ「地味な子をとっかえひっかえするクズ」で有名なんだよね。

でも多分、騙されちゃうんだろーな。だってAちゃん達、狭いコミュニティに籠ってるから

彼氏持ちの女の子馬鹿にしつつ男子相手に食い気味に会話しにいってるの、陰で何人が嗤ってたかも知らないんだろう。

結局さ、化粧とか服に限らず、悪いことしてない限りは変化を受け入れてもいいんじゃない?ってこと。

今まで貴方たちは私のなにを見てたんだろうね?

同類って安心する材料だったのか、こいつよりまだ私はマシなオタクって思われてたのかは知らないけど。あーあ。ばいばい。

 

2018-01-05

この世界に、自転車のための道はない

車道編】

道路交通法上、自転車原則として車道を走らなければならない。しかし、軽車両と定められている自転車は、その他の車両に比べても圧倒的に非力であり、車道を走ることはまさに「命がけ」なのである。ここに上げたのは、自転車乗りにとっての”脅威”、そのほんの一部である

路上駐車

言わずもがなの天敵。お前らを避けるために、自転車は右後方へ振り向き確認を行い、後続車両との車間距離意識し、タイミングよく避ける必要がある。自転車乗りなら誰でも分かってくれると思うが、車道右側へと接近する恐怖は計り知れない。そこまでして避けたのに、停止していた車が突然動き出し、衝突する可能性もある。突然開いたドアに引っかかり、自転車もろとも空中を舞う可能性もある。路上に駐車する運転手は、常に「自転車乗りを死傷させる可能性がある」と意識してほしい。

トラックバスなどの大型車両:

巻き込み事故などの主犯となる強敵。まずそのサイズからし威圧感がハンパない。風圧、ヤバい。「車に乗ると性格が変わる」と言われるが、あれだけ強靭な鉄の塊に守られていて、気が強くならないほうがおかしい。自転車を追い越すな、とは言わないが、左脇にもっと余裕を持って抜けてくれ(スレスレだと本当に「あ、死んだ」って思う)。バス停で停まっている車両の追い越しに関しては①と同じ。前方が開けていない分、通常の乗用車よりも追い越しが困難。

クラクションを鳴らしてくる乗用車

これは本当に辞めてほしい。自転車というのは四輪と違って自立せず、走行中はバランスが命である。突然のクラクションに驚いてバランスを崩し、転倒したことであなた乗用車の下敷きになるかもしれない。たしかに我々は邪魔存在かもしれない。しかし、歩道と違って車道を走ることに関しては断固として「権利」がある。遅いからといって、クラクションを鳴らされる筋合いはない。

排水口:

隠れトラップ。縦長の排水口にタイヤがとられて、悲惨事故へと繋がりかねない。タイヤ幅の狭い自転車ほどこのリスクが高い。しかも、排水口というのはまさに「自転車が走る軌道」上に位置している。端的に「おら!死ね!」と言われているようにしか思えない。

バイクや他の自転車

敵の敵はやはり敵であった。車道において、二輪車のためにあてがわれているスペースはあまりにも狭く、並走というのは不可能である。となると、バイク自転車を、速い自転車は遅い自転車を、狭いスペースで追い抜く必要がある。接触の可能性は高く、両者ともバランスを崩した結果仲良くオダブツになりかねない。向かいから逆走している自転車結構いて、ビビる




歩道編】

原則として車道での走行義務付けられている自転車だが、「やむを得ない場合」には歩道での走行を認められている。上記のような数多の危険性を鑑みたとき安全から歩道を走るのは「やむを得ない」。少なくともぼくは歩道を通行する際、自らに二つのルールを課している。1."走らせてもらってる"のだからいくら邪魔な人がいてもベルは鳴らさない。2.なるべくゆっくり走行する。このルールを遵守し、「ごめんなさい!」と懺悔した上で、ぼくは歩道へと乗り上げる。

しかし、歩道にはさらなる強敵たちが待ち受けている。

①老人:

歩くのが遅いのは許そう。せめて後方に注意を向けてくれ。もはや世界には自分以外の主体存在しないと思い込んでいる老人にとって、「後方から自転車が接近する」可能性は頭にも浮かばない。ギアチェンジや、ペダルガチャガチャさせる音で健気にアピールしても、耳が遠いので聞こえない。追い抜けず、何十メートルも後続し続ける図はシュール

歩道の真ん中を歩くヤツ全般

自転車乗りでなくてもウザい敵No.1。右からも、左からも追い抜けない微妙デッドスペースキープして歩くヤツ、なんなん。詩的に、風を切りながら歩きやがって。シンガーソングライターMVかよ。ちょっと端に寄るだけで、みんな幸せになれるんだ。寄れや。

JK

彼女たちは広がって歩く。それはもういいだろう、諦めた。不可解なのは、決して”避けない”ことだ。気づいたとしても、避けない。目があったのに、無視。なぜなのか。スクールカーストか? 陰湿女子社会において前後で歩くと角が立つので、とりあえず無難フォーメーションとして真横に広がっているのか? そんな五人も六人も横に広がって……端と端のヤツはどうやって会話してんだ??

男子中学生

男子中学生は全人類において最も「フィジカルコミュニケーション」が活発な人種だ。肩を組む、突っつく、カバンを引っ張る、押し合う、ケンカのフリ、ダイナミックな身体交流の数々は、挙げるとキリがない(決してイジメではない、仲のいい子同士でじゃれ合っているのだ)。自分にもそういう時期があったとは言え、思い返せばアレなにが楽しいんだろうね。じゃれ合って突発的に動くので、大変危険

児童

予測のつかない動きは、まさに奇行種児童が視界に入った瞬間、スピードを800000兆分の1に落とすのが正解。また、親御さんは大抵こっちに気付いてくれるんだが、とっさに「危ないッ!!!」って言うアレ、なんなんだろうね。「自分の子供が人様の通行妨害になっているのを叱る」意味での「ほら、どいて」的ニュアンスならまだ分かるが、どうしても「なんて危ない自転車!うちの子を轢くつもり!?」という風に聞こえて、悲しい気持ちになる。そんなつもりはないんだ……。

点字ブロック

意外と思われるかもしれないが、これが結構危ない。棒状のブロックタイヤ側面がこすれ、バランスが崩れる。棒状のアレをやめて全部点にする(かわりに信号前を棒状にする)とか、そういう技術的な努力いくらでも改善できるので、バリアフリーを謳うのなら自転車乗りにも気をつかってください。

⑦反復横跳びの選手

日本人によくある「すれ違いざまに右に避けようとしたら、相手も(こっちから見て)右に避けようとし、左に修正しようとしたら同じタイミング相手も左に修正しようとして、ばたばたする」現象のことだ。気遣いが、優しさが、こころ苦しい。自転車というのは対向する歩行者コンマ数秒でかけひきをする乗り物だ。前方に自転車を見かけたら、はやめに左右どちらかへ避けて、そこから動かないでほしい。





迫害されるのも無理はない。世の中には車道で奇妙な動きをしたり、平気で歩行者に向かってベルを鳴らす非常識自転車乗りがいくらでもいる。そんな悪いイメージを払拭するためにも、我々個々の自転車乗りが謙虚に、ゆっくり、周りを気にして走るしかない。この謙虚さが社会的に認められれば、自転車優先レーンの整備も進むことだろう。

そして、そこに乗用車が駐車する。

この世界に、自転車のための道はない。

2017-12-27

anond:20171227024817

そもそも論としてオタクコンテンツ制作者(漫画家とかアニメ業界人とか)がスクールカースト底辺の陰キャラだった人で、それをこじらせ妄想にして作られたのがオタクコンテンツなわけでしょ。

で、そんな一般パリピが見たら「うわ…キモ…」な妄想垂れ流しコンテンツを我が意を得たりとばかりに愛好しているのがオタクどもで、さらにそんなキモオタコンテンツばかりを見た連中が次のキモオタコンテンツを作ってる。

現在はそういうオタクコンテンツの3~4世代目くらいの時期だと思うのでいい加減マンネリ化してきてるけど、その分キモオタ度はスポイルされてると思う。

2017-12-25

元凶スクールカーストな気がしてきた

小学校から大学みたいな単位制にしてクラスなんか無くしてしまえばいいのに。そうすれば今ほど顔や能力序列ができて下層の子が傷ついたままに、上層の子が全能感を持ったままに大人になったりしなくなるのではないかクラス内でグループができて教室内ではっきり可視化されてしまうから上下関係がより強固になって抜け出せなくなるのだから

2017-12-24

左翼おじさんと左翼おばさんは、WRH村本をもう上げるな

あっ、僕もカテゴリ的には左翼おじさんです。

それプラスお笑いライトファンとして、TLの流れにモヤモヤしていますので、こちらの記事を。

なぜ日本芸人は"風刺ネタ"を避けるのか

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171223-00024061-president-life

 海外(つか欧米)では、あるあるネタ通用しない。

  →前提となる共通認識が広く共有されていないため。

 海外(つか欧米)では、風刺ネタが人気である

  →社会階層が分断されている社会では、違うクラスタを笑うのが手っ取り早く笑いが取れるネタである

ウーマンラッシュアワーというコンビ出世作は「バイトリーダー」だと思っています異論は認めます(笑))。

これは、所詮アルバイトという同じ身分でありながら、たぶん時給50円が違うかくらいなのに、全ての面倒を背負い込む”バイトリーダー”と、彼の抱いている「使命感」「やりがい」をネタにしたものです。

まり、おんなじバイトの中で生じた微細な階層の違いをネタにしています

そういえば、数年前まではスクールカースト非モテネタにするネタが多かったですが、最近は減りましたね。

もういろいろシビアすぎて笑えるネタにならなくなって来ているように思えます

さてさて、この程度で村本さんをヒーローにしてほしくない、もっと面白いネタ昇華してくれ、というのが「ウーマンラッシュアワー問題」に関する自分立場です。

村本さんをスポイルして欲しくないので。

テレビ局褒めたっていいじゃん?なんでしないの?

だって、あれ事前収録です。

タブーに挑戦なんだったら、事前収録してからノーカット放送したテレビ局所属会社が1番挑戦したことになりますよ。

だれも、テレビ局所属事務所を褒めません。

(あー、この件が「問題」になったときに、「村本さん個人問題にできるから、とりあえず村本さんアゲとけ」というロジックはあるなぁ)

それでは、「あるあるネタ」を量産する土壌を作っていた社会は今どうですか?

ずっと同質性の高いままですか?

違いますよね―。

「笑いは世につれ、世は笑いにつれない」

ということは、そもそもそういうものなので、これから風刺社会批判の笑いは増えてきます

だって共通基盤のないところで、手っ取り早く笑いを取れるのが、それなんですから

村本さんは、バイトリーダーでは、「あるあるネタ」じゃなくって、一見同質性の高い状況における、微細かつ決定的な違いを描くネタを書いていました。

「これから社会批判ネタがイケる」ということを感じて、それを実行しただけなんだと思います

事前にテレビ局ともネゴシエーションもしたでしょう、事務所バックアップしたでしょう。

ただ、「最悪、村本のスタンドプレーでした」と言える保険を打って。

それが村本さんアゲの正体でしょ、どう考えたって。

なんなら、村本さん自身もその前に、AbemaTVや、町山智浩さんとのアメリカ取材など、事前に「一定数の人たちが好意的に迎えてくれる」状況もしっかり作ってますしね。

そういうわけで、左翼おじさん左翼おばさんの皆さん、

来年になると、さまざまな毒のあるネタが、運がよければテレビで、そうでないなら動画サイト劇場で、見られると思いますよ。

同質性を前提にしたネタが、どんどん成立しなくなっているのなら、そうなるしかないじゃないですか

(徹底してシュールな方向ってのも復活するかもねー)

それらのネタが、左翼おじさんおばさんが考える「正しい社会風刺」かどうかは知りません。

くすぐりの中で、北朝鮮金正恩を入れてたコンビ、けっこういましたよね?

でもでも、「(私たちの考える)正しくない社会風刺は認めない!」って、そんな非リベラルな態度取れるんですか?

笑うわ。

いやー、そんならお笑い一生見ないでくださいよ、ほんとに。

2017-12-21

例の「童貞いじり」について。

いつも通りはてな界隈をぶらぶら流し見していて、はあちゅうさんやその周辺における最近のあれこれについても色んな意見投稿コメントを見た。

最初はそれほど強い関心を抱かなかったがここ数日、「童貞いじり」に関しての話題結構よく見かけるようになった。

自分にも無関係ではない話なので、一人の意見っつうか暇つぶし自分語りをしようと思う。

僕は童貞だ。正確には素人童貞であり、それを自分から進んでネタにして周囲の笑いを取るタイプ人間だ。

どうしてそういうことをするようになったかと言えば、中学時代スクールカーストの最下層にいたことが大きい。

いや、十数年前に「スクールカースト」なんて言葉はまだなかったが、当時から日陰のクソ野郎として辛酸を舐めていた僕と友人は

学校にはピラミッドのような不可視階級社会があって、僕達はその底辺だ」

という共通意識はもっていた。スクールカーストなんて言葉がなくても、地べたの人間のしかられる重さでその権力構造を感じていた。

ともあれ、犯罪クラスイジメには至らずとも、教室の隅っこに追いやられる程度には他人からバカにされてきた僕だったが、そのままでは正直つらかった。

でも、ふとある時に、部活の上位カーストに属している一人から軽く小馬鹿にされた時、ふとそのイジりに乗っかってみたのだ。

すっげえウケた。

しかも、イジりの内容自体はそれほどダメージのない(僕にとっては)軽いものだったので、それ以降は自分からそのネタ、つうか若ハゲネタ自分から使いだした。

童貞ハゲキモオタデブキャラ、というレッテル自分から張ったことで、ある程度被害を僕の意識コントロール出来るようになった。

キモいけど面白いやつ」ということで、好意的に接してくる奴も増えた。それは単に僕を下に見下したことで成立している関係なのかもしれないけど、

正直イジメじみた扱いをされるくらいなら百倍マシだった。

そんなこんなで、学生時代はもっぱら「童貞(後に素人童貞)」、「若ハゲ」、「貧乏」などの自分を貶める自虐ネタで周囲とコミュニケーションをとるようになった。

まり、僕は最近問題視され始めた「童貞いじり」を自分からする人間だ。

かといって、「俺みたいに童貞ネタで笑いを取ってるやつもいるんだ、これを駄目だなんて言うな!」とは決して言わない。

童貞いじり」に苦しむ人が無くなる方が、僕の持ちネタが一つ消えることよりよほど優先すべきである、とはっきり思う。

なので今後、「童貞いじり」が社交的な場で白眼視されるような空気社会全体で醸成されてきたら、僕は素直に引くと思う。

というか童貞いじりもそうだし、自虐ネタ下ネタ基本的に扱いに注意が要るのだ。不快になる人はいるのだから

これまでも最低限の用法として、自虐やら下ネタやらが苦手な人相手にはそれらを封印して普通に会話してたしね。

基本的にこういう「誰かを貶して笑いにする」系は、する側される側の合意がなきゃ絶対だめだと思うし、合意があったところで他の第三者不快感を得るならやっちゃダメだ。

笑いを取りに行ってるのにスベってどうする、と僕は思っていた。もしかたらここらへんで「いや違うしそうじゃない」と思う人がいるかもしれない。

「人を貶めて取る笑いなんて笑いじゃない」という人もいるだろうし、それを否定するわけではないが、何が面白いかなど人一人で違うだろう。とも思う。

下品な笑いが嫌いな奴もいれば、それで爆笑するやつもいる。僕はどっちも好きだ。

自虐ネタとか、そういうのは良くないってやつらは僕のことも分け隔てなく人間扱いしてくれる人が多かったし、

僕のハゲネタ童貞ネタで腹抱えて笑ったり、一緒に乗っかってきてイジりに来てくれる奴らはだいたいすぐ友達だ。ほとんどは、程度をわきまえてホントのほんとに僕を蔑んだりはしないしね。たぶん。

けど、そういう「他人を貶す笑い」、「童貞いじり」を進んで受け入れる僕のような存在がいるせいで、勘違いした自称いじりキャラ」が僕以外の誰かを不当に、合意なく傷つけたのなら、申し訳なく思う。

「お前も「童貞」へのセクハラに加担した加害者だ!」と言われれば、少なくとも傷ついた被害者の人に、傷つけた奴と一緒に頭を下げたいと思う。申し訳ない。

ただ、人との関わり方がまだよくわかっていなかった子供の頃の僕にとって、「童貞であること」、「前髪が薄いこと」を自分から言ってバカにされるのは、

唯一、苦しみから逃れられる苦肉の策だったのだ。それがなければ人の輪っかの中に入っていけなかったんだ。

とにもかくにも、「童貞であること」をバカにされて苦しんでいる人がこの件を通じて生きやすくなれば良いなと思う。

それと同時に思うのは、セクハラもそうだし「童貞いじり」などをやめよう、と声を上げるのは、大事だけど、もっと大事なことがある。

結局、言葉や態度の表層的な、コミュニケーションパターン制限を掛けるだけで終わっちゃだめだ。

なぜ男がセクハラをするかと言えば、「女の人への性的興奮」が本能に依る衝動からだ。

いやほんと、男として情けない限りだけど、性欲って条件次第では人間を獣にしてしま劇物だよ。

そもそも理性の薄い奴、対象に対して圧倒的に優位になってしまたことで魔が差した奴、これはもうコントロールが効かない。

童貞いじり」にしたって、根っこの根っこは「他者より優位でいたい」という競争本能だと思う。

これらは、どんなに言葉や行動や態度や眼差しを刈り取ったところで、根本的な解決にならない。

誰かが誰かを傷つける、という構図に対して、明確な特効薬にはならない。

虱潰しに、人を傷つける表現言葉と戦っていけばいいのかもしれないけど、僕にはその先にディストピア風景しか見えない。

じゃあどないせえゆーねん、と自分でも思った。

戦うんじゃなくて、自分とその周囲を自衛すればいいのかな。とふと思った。

いやもちろん社会全体の総意として「NO!」と強く宣言しなきゃいけないことも絶対ある。

今回の岸氏の件は間違いなくそれだろうし、はあちゅうさんも普段SNS発言は、その点の分だけは反省した方がいい。

けど、だいたいのことは、自分自分を何とか守る。守れるように先を見据えながら行動する。で十分だと思う。

それ以外は、もうほっといたら良いんじゃないかな。

少なくとも、ネット使って距離の離れた相手まで、皆してわざわざぶん殴ることもないでしょうに。

気晴らしに誰かを攻撃したいなら、何とか僕を見つけてくれ。

バカにされたらボケで返す用意はあるから

あと長文でごめん。

2017-12-18

anond:20171218145309

KKO勢については、学生時代あたりに同級生イケてる女子あたりから「きもー」とかは普通に言われてそうな気はする。

問題性別じゃなくて、そういう「人を蔑んだり力で、棄損する言葉や行動を簡単に取れる人がいる」

そして、「そういう人は何故か社会的に力を持ちがち」というところにある。

上記学生時代スクールカーストにおいては、イケてる女子学生カースト上位で、

学校という社会限定ではあるが、力を持つ立場にある。まぁ社会に出るとまた別というのが心底ウンザリはするが。

とにかく、男はそんな目に合ったことなかろう、というのは、全然ちがうと思う。

2017-12-17

anond:20171217192528

そんなら尚更スクールカーストの頂点に立ちたがるし身分を固定したがるだろう。

anond:20171217184815

そもそもさ、スクールカースト上位の行く末って田舎者ボス猿って認識を広めたほうがいいと思うんだ。

事実そうなんだし。

スクールカースト問題

教室内での序列問題は実際あるにはあるが、「スクールカースト」なんて名前を着けてしまったのは物凄い悪手なのではないかと思う。

こんな何だかオサレげな名前が着いているものなぞ、してみんとてするなりとて積極的にやってみる児童生徒が続出しそうだ。

私が小学校高学年の頃に、イジメ問題がよく報道されていて、学校からイジメは良くない、イジメダメ絶対とキツく言われていたものだが、大人たちの意に反して、子供達の中では小学校高学年たる者イジメをしないのは一人前ではないという歪な価値観が生じてしまい、多くの子供達が嬉々として集団イジメ活動にはげんでいた。マジうんこ

名付ける事で問題解決への動機が生まれたりする半面こういう事も起こる。

ところで最近になって近所の保育園ママ友イジメが発生したという話が耳に入って来た。私の子供の幼稚園保護者は、それを聞いて怖い怖いと言いつつとても楽しそうだ。まるでママ友とはこうでなくっちゃとでも言わんばかりだ。

これまで私はママ友イジメでそんな風に沸いたところは幸にも見たことが無かったのだが、皆が怖い怖いと言いつつ何か楽しそうという出来事が毎年必ずあるのは知っている。PTA本部役員選出の時である。嫌だ嫌だ絶対やりたくない、怖いよ~と言いつつとても楽しそうな皆さん。PTA本部役員といえば絶対揉め事に巻き込まれる・酷い目に遭うと思い込んでいるのだ。そういう危険ニアミスするスリルがたまらないらしい。

スクールカーストについて、周りにインタビューして得た知見

スクールカーストって、偏差値の低い学級でしか起こらなくない?

民度と言い換えてもいいかも知れないが検証の結果重要なのはズバリIQという結論に至った

頭が悪い上下関係にこだわってしまうみたいな研究どこかにいかな、既に誰かがやってそうだ

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