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はてなキーワード: 保健室とは

2020-05-20

お腹が鳴る」ことを異常に恐れていた時期

ふと中学生の時のことを思い出したので備忘録程度に書く

中学生の時、一時期「空腹時に自分の腹が鳴る音」を異常なまでに忌避していた

正確に言うならば「自分お腹の音をクラスメイトに聞かれること」だ

育ち盛りの時期だったからという要因もあるかもしれないが、朝しっかり朝食を食べてから学校に行っても、3時間目の途中からだいたい空腹になった

静かな教室の中に聞こえるグゥ~という間抜けな音

それを隣の席の人、周辺のクラスメイトに聞かれるのをとにかく恐れていた

理由は多分「恥ずかしいから」「内心で笑われるから」だろう 当時私のクラスでのカーストは激低だった

陽キャだったらお腹の音が鳴っても笑って誤魔化せたんだろうが、ド陰キャの私にはどうしてもできなかった

3、4時間目の授業はいつもほぼ上の空の状態で聞いていた 自分の胃袋と格闘していたか

給食時間は当時の自分にとっては救済そのものだった

一度、四時間目の小テスト時間にめちゃくちゃ大きな腹の音が響き渡った 隣の席の人は気を遣ってか(そもそも興味無いのか)ノーリアクションでいてくれたが、

授業が終わった後にクラスカースト上位でソフトテニス部の美人女の子が「さっきテスト中に誰かめちゃお腹鳴ってたよね~」と笑っているのを聞いてから更に拍車がかかった

お腹が鳴りそうだったらとにかく腹を引っ込ます 休み時間の間にとにかく蛇口から水道水を飲む

校内の飲食物の持ち込みは禁止されていたが、当時発売されていた「ぐーぴたっ」というお菓子をわざわざお小遣いで買ってはこっそり制服ポケットに仕込んで、トイレの個室でこそこそと食べたりもした

ポケットの内側がお菓子の粉まみれになり最悪な思いをした

中間テストの時の4時間目、どうしても耐え切れなくなった時のことをよく覚えている

とにかく大急ぎで適当理科テストを解いては答案を裏返しにして、「具合が悪いので保健室に行ってきます」と教室から逃げ出した

テストが終わってから教室に戻ると、試験監督をしていた先生に「体調大丈夫だった?」と心配されてしまい、とにかく申し訳なかった

学校が終わると一旦家に帰宅して、「カップ焼きそば」と白ご飯をかき込んでから塾に行った(塾が終わって帰宅してから晩御飯もしっかり食べた)

そんな生活を続けていたせいで中学3年生の春に身体検査体重を図ると、体重10キロ以上も増えていて目を剥いた

とにかくあの時の自分は「腹の音を聞かれる」というのを異常に恐れていた

腹の音を聞かれるくらいだったら裸を見せた方がマシぐらいに思っていたかもしれない

その内中学卒業して高校生になり、大学生になり、静かな教室講義を受けていてもあれほど恐れていた腹の音が鳴らなくなった

育ち盛りが終わったからだろうか、というかもう気にしなくなったのかもしれない

友達と談笑している時にお腹の音が鳴っても、「お腹空いちゃったわ~」とへらへらと笑うことができるようになった

あんなに恐れていたものがこんなに気にもならなくなるなんて

あの中学の時の異常な羞恥心はなんだったんだろうか

今思い返してみると不思議

まあ羞恥心は消えても、10キロ以上増えた体重は今も消えてはくれてないんですがね

2020-04-06

anond:20200405224742

保健室のせんせいにこっそり聞きに行ってみよ?

2020-03-13

萌え体験談 傑作選 ベスト100

萌え体験談コピペ保管庫」を検索して、検索窓にタイトル入れてくれ

  

●TOP10位

 

た・ね・う・ま

女の子イジメられていた僕

同僚のドM女の子とのエッチ

女性自衛官との性交について

婚約者M子

ロリコンな幼馴染との奇妙な関係

放課後パラダイス

MM奴隷夫婦

おっさんだけど上級生の痴女痴漢して大変なことになった話を書く

ささやかなこの人生

 

【おまけ】「キノコの子」と呼ばれた俺の性の自叙伝 ※ネット検索しろ。傑作だ

  

●TOP21-100位

 

父と祥子先生

ちゃんより怖い女

一番興奮したH

保健室夏帆(完全版)

愛美

人妻みゆきさん(前半)(後半)

三里さん シリーズ

ソフィー

お局女が堕ちる時

ヌードデッサン

写生射精 

先輩が自分の嫁さんを抱いてくれとお願いしてきた

年上高身長貧乳ツンデレ

気の弱い先輩にやりたい放題してた話

ツリガネニンジン

きな子先生と校内で

臭いフェチの女支店長

変態 ※「世の中にはエッチな人も」で検索する

E姉

小学校卒業間近に男4女4で乱交じみたことをした

高校の時に友達母親とヤリまくった思い出

レズ関係女性二人と

フェラ好きの彼女

看護婦宮内さん

十数歳下の従妹が胡座をかいた俺の股間に座ってきた。

キツイ上司の昼と夜

塾講師やってる時に女子中学生の生徒とヤった話をする

★裸でドアの向こう側に★

従姉(33)のセックスを見せてもらった話

学生の頃付き合ってた年下のセーラー服変態だった。

まこと1 2

里奈

ビッチ妊婦

親友の嫁と・・・俺の壮絶な7日間を語る。

底辺人間だが21歳のドM女飼ってる話してみる

十年年上の女教師とやりまくった話をする。

友達の姉アサミとの性体験

バイト先でロリ顔の人妻セフレになった

超天然で無防備な叔母

般若さんと最高の・・・

一芸

お嬢様と後背位★

劇団の後輩

中2の志保

★菜月と撮影会

隣の小さな彼女

会社おかしな先輩との恋を淡々と語る

可愛い雌豚調教日記

お仕置き

ムチムチ店長

ドM人妻家のトイレ修理

和歌山のおばあちゃん墓参り

中学生の時、同じクラス女子

美人姉妹

女友人のパソコンを復旧してみたら

強い女

ホテヘル呼んだら変態きたwwwwwwwwwwwwwwww

嫁取り物語

真由美

アナルバイブ入れてフェラするとイクJD

女友達ツーリングに行って死ぬほど興奮した話

だったら充分

少女出会って

妻はピアノ講師

創立記念パーティー

メル友の美穂

バイト先の女子高生

バイト先の先輩と。

ひみつの授業

整体に来ていた主婦・A子さん

アパートの隣の部屋に学校の人が引っ越してきた話

初恋のコのおしっこを拭いてやった話

同じマンション愛菜さん

SM女王様調教

★堀さんとのエッチ放課後

風呂入りたい!

こ・・・こんないやらしい事・・・

不憫な姉

妹・みゆ 

首輪の使い方教えてください

奥様、調教されたらどこまでやるか

生物部の先輩に手コキされる

麗奈先生パイパン

俺の妻が他人の女になった

もう時効から言うけど女子学生性器をいじりあった話する

14歳中2イキまくりの子

キャバで働いてた俺がエッチな6年間を書く

かわいいあの娘はヤクルトさん

性の知識が全くない巨乳可愛い天然の同級生マッサージを頼まれ

大学親友、莉玖

旦那ラブの牝犬ダブルフィスト調教した

妹がインター脇のラブホに行ってみたいと言い出して

娘の友達とのいけない関係

2020-03-07

萌え体験談 傑作選 100-81

暇がゆえ「萌え体験談ベスト100を紹介する。

萌え体験談コピペ保管庫」を検索して、検索窓にタイトル入れてくれ

18禁。まじで女子供よゐこは去ってほしい

1日10選でいく。★はおすすめ

    

100★ 父と祥子先生

99 不憫な姉

98 母ちゃんより怖い女

97 妹・みゆ 

96 一番興奮したH

95★ 保健室夏帆(完全版)

94★ 愛美

93 人妻みゆきさん(前半)(後半)

92 首輪の使い方教えてください

91★ ささやかなこの人生

90 ソフィー

89 奥様、調教されたらどこまでやるか

88★ 生物部の先輩に手コキされる

87★ 写生射精

86★ お局女が堕ちる時

85★ 麗奈先生パイパン_

84 俺の妻が他人の女になった

83 もう時効から言うけど女子小学生性器をいじりあった話する

82 14歳中2イキまくりの子 ※妄想です

81 キャバで働いてた俺がエッチな6年間を書く

づづく

2020-03-06

萌え体験談 傑作選 100-91

まりにも暇なんで、俺がため込んだ「萌え体験談からベスト100を紹介する。

萌え体験談コピペ保管庫」を検索して、検索窓にタイトルを入れてくれ

内容が内容なので、まじで女子供よゐこは去ってほしい。

ほんとうは500はあるんだけどね。1日10選でいく。★はおすすめ

    

100 父と祥子先生

99 不憫な姉

98 母ちゃんより怖い女

97 妹・みゆ 

96 一番興奮したH

95 保健室夏帆(完全版)★

94 愛美

93 人妻みゆきさん(前半)(後半)

92 首輪の使い方教えてください

91 ささやかなこの人生

づづく

2020-03-05

僕の心のヤバイやつ2巻とも買って読んだよ

例のコラムから興味持って無料で読める部分とか、ツイッターのやつとか、皆の考察ずっと読んでた。

コロナのせいでなんとなくショッピングモール内の本屋行きたくなくてうだうだ無料分だけ読んでウオー!ってなってたんだけど、今日ハロワ失業保険認定に行かないといけなくて、ハロワ内のこもった空気でもうコロナは諦めたのでその足で本屋に行った。

イトーヨーカドー内の本屋は小さくて、横のちゃちい飴とるゲームは少し子供いたのに本屋コーナーには子供寄り付いてなかった…漫画コーナーも小さくて「ネット連載の漫画あるかな…」と少しどんよりした気持ち漫画コーナーにIN!

まず新刊コーナーにシメジシュミレーション発見しかし同時発売の少女終末旅行アンソロ2巻がない!別の日にそっちは買うかって思ってシメジシュミレーション持ったら店員が背後から少女終末旅行アンソロ2巻を補充してくれた!見透かされてる!!

しかも小さいのに邦キチ!映子さんが全巻平積み!欲しかったけど見つからなかったやつ!

店員オススメコーナーに自分が今一推ししてる魔女と野獣があってちょっと怖かった。

肝心の僕の心のヤバイやつが見つからない…てか秋田書店とか少年チャンピオンコミックが異様に少なかった…少年漫画青年漫画も棚一つずつしかないので3回ウロつけば見つかるはずなんだけどな…人気あるみたいだし売り切れかな?とレジに行こうとしたら

人気漫画コーナー

にあった!レジの目の前だから気づかなかった!!


そんなわけで待望の僕ヤバを2巻全部読みました。

ツイッターほど仲良くないんだ!?ってちょっと驚いた!山田ってチョロめだと思ってたんだけど攻略難度めっちゃいね!即バッドの選択肢けっこうあったよね!

鼻血出してるとこと好きだってとこで泣いちゃった…

山田だけ見てると高校生漫画みたいだけどしっかり中学生なのすごいし、ヒロイン一人固定ものなのにサブキャラもめちゃめちゃ好きになっちゃう…すごい。

足立市川からしたらクソウザイしちょっと怖いけど意外と悪いやつじゃないし、変態神崎が原さんと上手くいってたり女子好感度高かったり、萌ちゃんビッチっぽいけど山田を守ってたりテスト良かったり漫画読んでたり(ニワカっぽいけどバキの生原稿めっちゃ喜んでた)、小林さんが一番チョロそうだったり、吉田さんは怖いけど山田のために怒ったり、原さんもけっこうムッツリスケベっぽそうだし勘づいてるし優しいし…先生担任ちゃん市川のこと見てるし保健室先生普通にいいし…ナンパイセンがいい人そうなのもリアル感ある。おねぇっていいね

太田(太ってる影の薄いやつ)はわからん

とにかくめっちゃ中学生だよね。いいよね。

あとなんで何回も何回も読み返しちゃうんだろ。とにかくヤバイ。ずっと二人を見てたい。自分になかった青春を二人は謳歌してほしい。

怖い想像なんだけど市川は「僕は頭がおかしい」って思ってたり、保健室で休まないといけない程の頭痛持ちって…脳に物理的に爆弾抱えてたりしないよね?脳腫瘍とかくも膜下出血とかないよね?勝手心配になった…

2020-02-23

anond:20200222231430

学校内または校務活動において急の事情により人体の一部が欠損してしまった場合は、速やかに保健室に持ち込むよう校則対処できないものか。

ヤンキーの生徒同士の決闘で指が飛ぶことだってあるだろうし。

保健教諭でなくてもいいけど、的確な判断のもと氷水で冷やして速やかに病院に持っていきたい。

2020-01-28

今朝読んだ百合漫画

Twitterで見て、もう一度読みたいので誰かリンク教えてください

オリジナル

女子高生

保健室

・寝てる同級生キス同級生は起きててぱんつに手を入れてくる

2020-01-27

私は高校中退した人間だ。その理由というのが、勉強ができなかったからだ。

進学校に進んだものの、レベルものすごく高くてついていけなくなった。そして鬱になった。

ここまでならよくある話だと思う。

ただ、私の場合はなんだかおかしかった。勉強に集中しようしても、全く記憶力が続かず何も頭に入らないのだ。

一時的ものでいつか治るはずだと思っていたが、高校を辞めてもぜんぜんよくならない。

高校一年の時点の単位はあり、それが使えたので、どうにか高卒認定を取った(進学校に通っていた身からすると、高卒認定レベルは信じられないくらい低かった)。

しかし、それからどうしたらいいのかわからない。

とにかく勉強がしたくてたまらなかった。

将来に対して不安だったし、高校中退というのは学歴として心細すぎる。

しかし、勉強ができない。

ダメ元で私立の三流大学を受けた。国語だけは自信があったが、それ以外は高校受験レベルなので落ちるだろうと思っていたら、なんと受かって驚いてしまった。

もともと文学が好きで、文学について学びたかったので、大学に行けること自体はすごくうれしかった。

しかし、これまた大学でも勉強ができない。

どうにか出席するも、ほとんど頭に入らず、その場に座っているだけでもつらい。

苦手な授業を受けたあとは、ふらふらになって保健室に寝に行った。それだけでも相当な気力を要した。

特に外国語がぜんぜんダメで、あまりに頭に入らないので教授相談に行ったところ、感情が堰を切ってあふれだし、泣き出してしまった。

結果的に泣きつく形になったが、やはりだめなものはだめ。授業には真面目に出たが、この科目は落とした。

授業であまりにも体力を使ってしまうため、バイトなんてできなかった。

両親に対して、私立の、しかも三流の大学に行くことが申し訳なかったし、病院精神科受診するためにお金をもらうのも申し訳なかった。

そんなわけで、いつもお金がなかった。

大学生としてありえないくらいダサかった。女子大だったので、なおさら容姿コンプレックスだった。

救いになったのは、卒論である。これは楽しかった。

ゼミの発表会で一人目の発表を聞いて、あまりに内容がなっていないので、この人大丈夫かな……と思っていたら、次の人もその次の人も、そして最後までみんなそんな調子だったので戸惑った。みんな卒論苦痛しょうがないようなのも驚きだった。私は就職活動ほとんどせずに、卒論にばかり時間をかけていた。

大学卒業したらどうすればいいのか、まったくわからなかった。バイトでさえクタクタになって続かないので、気力体力が持たないのがわかりきっていたからだ。

しかし、親戚の紹介で9時-16時まででいいという職が見つかった。もちろん恐ろしく薄給手取り10万くらい)だったが、やってみることにした。

すぐに、この仕事は無理だということがわかった。仕事がまるで覚えられないのである。私はこれまでの経験から、当然のように「仕事サボるしかないな」と考えた。

これまでも、真面目に授業を受けようとしても苦痛しょうがなくなくなってしまう時は、寝てしまうようにしていた。とにかくその場にいれば出席数だけは取れるが、退出してはそれさえ取れないからだ。

そんなわけで、いつまで経っても仕事は覚えないままだった。けれど、それが私には当たり前だったのだ。学校ではつらくてその場にいられなくなった時は保健室に行って寝ればよかったが、社会人でそれは許されないことはさすがにわかったので、自分ではそうしないように努めたつもりだった。

完全に給料泥棒だったのだが、当時の私はそんなことはぜんぜん思い当たらなかった。

ひとつには、どうしても家を出たいという目的があったのもある。

両親は私の状態理解がなかったので、本当につらかった。どうしても家を出たかったのだ。

それには何よりお金必要だった。会社でどれだけ無能とののしられても、お金をもらうためと思って耐えるしかなかった。

でも、それで完全にさぼり癖がついてしまった。大学ではまだ自分勉強をしたいという意欲があったけれど、会社では私は何もできなかった。

しかし当然それでは仕事は続かず、半年勤めてその仕事はやめてしまった。その後も職を転々とするが、どこも続かない。最短では一週間で馘首になってしまった。ドラマみたいに、「来週からはもう来なくていいです」と言われたのだ。

それでもどうにかお金を貯めて、一人暮らしを始めることができた。自由は素晴らしかった。しかし、仕事は相変わらず続かない。一人の生活を続けるために、給料泥棒をし続ける日々が続いた。

転機が訪れたのは28歳の時である友達ができたのだ。読書が縁で知り合った人と、休日に会ってランチしながら話すようになった。

それと前後して、職場部署が異動になった。あまりにも仕事ができないので、どうしようもなく他の部署に回されたのである

回された先の部署はたった二人、つまり私と上司しかいなかった。私はこれまでのように仕事から逃げるわけにはいかず、それと向き合うこととなる。

異動してすぐに、仕事があまりに覚えられないつらさから不眠症になってしまった。昼もひたすら眠くてしょうがなく、意識を保っているだけで精一杯である

特につらかったのは生理の時で、たえず吐き気がするので席に座っていられない。貧血で出社するのもやっとで、正直、よくあの時期会社を辞めなかったなと思う。おそらく、そのころに友人ができていなかったら辞めていただろう。

しかし、上司はそんな私に根気強く指導してくれた。私の体調不良もほうっておいて、やれそうな仕事を振ってくれた。

その上司のおかげで、どうにか仕事は続いた。しかし、仕事ができるようになったかというとまったくそうではない。

今でも私は、自分仕事をすべて上司管理してもらっている。彼が急に仕事を休んだら、私は仕事ができないレベルだ。すべての仕事上司依存しているのである

そんな状態は嫌だと思うのだが、しょうがないと思いながら働いている。

いちおう自分のやれることがわかってきたので、やれることは自分からやるように気を付けるようになった。わからないことは何度でも聞き、ノートにまとめた。

とにかく、自分が本当に本当に仕事ができないと認められるまでが長かった。周りに自分ほど何もわかっていない人間がいないので、わからなくてもいつかは周りの人のようにわかるようになるだろうと思ってしまうのだ。

しかし、そんな日は永遠に来ないことが、今ではわかる。

私は今の職種が大嫌いだ。平日、朝目覚めるたびに「こんなことは間違っている」と思う。出社するたびに「どうせなら気を失いたい」と思う。

上司にはものすごく感謝している。しかし、人間的にはあまり好きになれない。

お金心配がなくなったことは、本当にすばらしい。けれど、今も月15万以下の薄給なので、十分とは言えないのが本音だ。

仕事サボるしかない、という罪悪感からは逃れられたが、まだまだ私の生活には理想の自立からは遠い。

それともうひとつ、今でも思うのは、勉強がしたいということだ。

独学を続けてはいるが、もし、自分学力が「治った」ら……と今でも想像してしまうのをやめられない。

2020-01-13

ふつーの「結婚して子供2~3人」って家に育ったけどそれふつーのやつじゃないな

ありがとう、お父さんとお母さんありがとう、って思う。なんか時代背景とかあると思うけど思春期の子供を3人かかえるって大変だと感じる。

ほんとありがとー。いろんなひとにもありがとー。そう思う、駄菓子屋大滝のおばちゃんとか。小学校給食のおばちゃんごみ捨ての手のなかったおじさん。私が不器用でいやだった工作の授業のときかくまってくれた保健室先生

いろいろ優しい人がいたので私は出来る限りの優しさでいきる。がんばる。

2020-01-10

過敏性腸症候群わたし

からお腹が弱く、今思えば物心ついた時から過敏性腸症候群だったのではないかと思う。

小さい頃、小学校5年生くらいまで外食をするのが怖かった。なぜなら落ち着いてトイレへ行けないから。

から(2.3歳の頃から)便秘下痢を繰り返し、お腹を壊すとなると1時間以上はトイレで苦しんでいた。

もし出先でお腹が痛くなったらどうしよう、という不安が余計に腹痛を煽る。お店へ着くや否やトイレへ駆け込み、一回の外食で3.4回はトイレへこもっていた。(だが、そういう時はお腹は痛くなるのに便は全く出ない)

トイレへ行くたび両親からはまたか大人しくしろと怒られる。それも相まってさらに私のお腹は痛くなるばかりだった。

だが、小学六年生からは親へ口答えもできるようになったり、自律神経が整ったのか外食へ出かけても腹痛を起こすことがほとんどなくなった。相変わらず便秘下痢は繰り返していたが、昔ほど酷くはなくなった。

だが、中学3年生の冬。卒業間近に悪夢が襲った。

ある授業を受けている時、突然強烈な腹痛が私を襲った。我慢しようとしたがシャーペンを握る手が汗でビチャビチャになりノートが濡れた。これはやばいと思い恥を忍んでトイレへ向かった。

だが、トイレへ向かっている途中で腹痛はすっと治った。

あれ?と思い再度教室へ戻り席へついた瞬間また猛烈な腹痛。

全身尋常じゃない汗が流れた。少しでも気を緩めば屁も身もでる、全身をガッチガチに硬直させ奥歯が割れるほど食いしばった。

だが、十数分も待たずして再度トイレへ。またしても廊下を歩いている途中で嘘みたいに便意がなくなっていく。

その日から地獄の日々が始まった。

幸い、卒業間近だったこともあり登校日も少なくなっていたのだが、試練は終わらない。

友人とバスで出かけようものなら1人だけ途中離脱。親と車に乗ってどこかへ行くこともできない。静かな場所や人が大勢いてなおかつトイレはすぐ行けない場所密室にいると強烈な腹痛に襲われた。

そのくせトイレへ向かう途中やトイレに座った途端すっと腹痛が何処かへいってしまう。

私は発狂しそうだった。というか発狂した、泣いた、わめいた。

ご飯を食べなくなり下剤を多用した。整腸剤も飲みまくった。

出すもの出せば仮にお腹が痛くなってもでるものがないと思ったし、食べ物を食べなければ便が作り出せないからだ。

そんなある日、私はこの腹痛の病名と出会った。

過敏性腸症候群

お前か!!!!!お前だったのか!!!とめちゃくちゃ感動した。

その頃はおそらくあまりメジャーものではなかったが、いろいろな情報ネットから手に入った。心療内科へ行き診断もしてもらった。

からお腹が弱いというのも原因だったのもあるが、私の場合は厳しい親も原因の1つだったようだ。

怒るとなるとかなり厳しく、また、小さい頃は虐待じみた教育を受けていたこともありよくお腹が痛くなっていた。

成長するにつれ親も私が手がかからなくなり昔より穏やかに接するようになり、私も生意気にも口答えができるようになったのでストレスが少しずつなくなってきたから腹痛の症状が出なくなったのかなと思う。

だが、受験シーズンになり、推薦で高校が決まっていた私は勉強をしていなかった。仲のいい友人は勉強に追われていたが私はのんびり過ごしていた。そんな私に友人は八つ当たりをよくしてきていた。

今思えば自分が行きたいと選んで塾へ行き、自分が行きたいと選んだ高校なのだから黙って勉強しろよとは思ったのだが当時の私はその子八つ当たりを頑張って受け止めていた。

また、入学予定の高校では部活で進学したのだが、今じゃあり得ないくらいの暴力蔓延している部活で、これからそういう環境に身を置くことに対しても強いストレスがあった。いくら覚悟を決めていても無意識に心に負担があったのかもしれない。

いろいろなストレスが少しずつ私を蝕んでいき、一番弱いお腹負担がかかったのだと思う。

卒業式の日は前日から絶食、お守りがわりに整腸剤を持って挑んだ。隣の席の友人には病気のことを話し、式中はずっと小声で話し合っていたおかげでなんとか乗り切ることができた。

高校入学後も、事前に学校側へ事情を話しており、なおかつ校風自由で友人みんなに病気のことを話したり、テストは別室でうけたり、本当に申し訳ないが授業中は寝ることによってお腹から意識を逸らした。(教室にいることもとても辛かったが、皆んなが病気を受け入れてくれているという安心感や、申告なしでトイレへ行ってもいいと学校から許しをもらっていたので、安心感が大きく眠りにつくこともできた)

高校一年生の夏、期末試験の時、初めて教室テストを受けた。

担任から「受けてみないか」と提案があり、無理ならすぐ保健室へ行ってもいいと言ってくれた。

テストが始まった直後、教室は一気に静まり返った。

心臓が痛いくらバクバク鳴っていた。手汗が出た。お腹も痛くなった。

だが、我慢できる。

それどころか、少しずつ、少しずつ腹痛が治まっていく。

気づいたらテストが終わっていた。

その日から私は腹痛で保健室へ行くことは無くなった。

あれ以来、普通の人よりもお腹が痛くなることはやはり多い。映画館で腹痛になり、楽しみにしていたメリーポピン●は1時間しか見れなかった。居酒屋へ行きすぐにトイレから出れなくなることもあった。

けれど、昔より悲観的じゃない。大人になるってこういう時とても便利で楽だなって思う。

昔みたいにビクビクしながら外へ出ることがなくなったのはとても心地いい。もちろん痛くなったら絶望的にはなるが。

あの高1の期末試験体験が私の勇気となっている。あの日、目の前がとてもキラキラして見え、あ、もう大丈夫だと心から安心したことは忘れない。

2019-10-17

巨乳がとても嫌い

小学校3年生で保健室先生に「ブラジャーをつけなさい」と言われた。Tシャツから透けて見えるブラジャーを触られたり後ろから弾かれたりすれ違いざま偶然を装い胸を捕まれたりした。とてつもなく痛かった。水泳の授業が終わったあと女子更衣から自分ブラジャーけが無くなった挙げ句サッカーのように蹴られたのか体育館の上のところにひっかかっているのを見た。じぶんのものだとは恥ずかしくて誰にも言えなかった。親にも。

その後もどんどん胸だけは大きくなりとてつもなく目立つようになった。自分名前を聞けばあああの胸の大きい、と言われる。同性はまだいい。それに対して揶揄するもの嫉妬か何か何らかの悪意を持つものも成長期の乳房ときにひどく痛み自分と切り離せないものだと知っていてるから

問題は異性。不躾な視線おかしく、なぜかそこに触れるようにぶつかってくるおじさん。説教してくるものもいた。お前がそうやって強調するから!と。ごく普通制服女子高生に対して。今なら相当なただのクソみたいな奴だな!と思えるけれど本当にショックだった。

服装で「ただのふくよかなひと」になれるようになって大学からは少し楽になった。猫背なのは治らない。

本当に不躾な性欲を感知できる部位だなあと思う。とてもとても気持ち悪い。

2019-09-30

おばあちゃんのことを思い出す

秋になるとなぜか、おばあちゃんのことを思い出す。

おばあちゃんが死んだのは秋じゃない。中3の2月だったのに。

おばあちゃんちには、アメリカ冷蔵庫にあるみたいな大きなアイスがあった。

2Lぐらいあった。私たちのためにいつも買っておいてくれたそのアイスを、私とお姉ちゃんは大きい大きいといって大笑いして、はしゃいで、食べた。

姉なんて小さい頃食べ過ぎて救急車で運ばれたそうだ。

好き嫌いが多い私のために、おばあちゃんは甘い魚(ぶりの照り焼き)とポテトサラダにんじんときゅうりの薄切りが入ってるやつ)をよく作ってくれた。

子供の頃、ポテトサラダはいつもソースをかけて食べていた。

これが関東の一部の変な食べ方だと知ったのは、大きくなって嵐の番組かなにかでだったかな。

つのまにか、なにもかけずに食べるようになったのはなんでだろ。

おばあちゃんにの冷蔵庫のサイドポケットには、いつもお花の飴があった。

ピンクの個包装で、それぞれ別の花のイラスト名前が描いてあった。イラストが見たいのもあって、よくもらってた。

なんの味だったかはわからない。数年前にどこかで食べたソフトクリームがまさにその味で、コケモモだったような...違ったような...

また食べたいな、あの飴。

おばあちゃん過去の話を全然しない人だった。

前向きな人だから全然過去の話もしないし、人の悪口を言ったところも聞いたことがないってお母さんが言ってた。(お母さんはめっちゃ愚痴タイプなのに)

そんなおばあちゃんが唯一してくれたのは、関東大震災の話だった。

子供だったおばあちゃんはあまりの大きな揺れにびっくりして腰が抜けてしまったんだけど、近所に住んでたお兄さんが馬にのせてくれて、それで裏山に逃げて助かったとか。

おばあちゃん神奈川なまりがあって、「○○じゃんかよおおお〜」っていう話し方をよくしてた。

それをまねて面白がってた時もあった。おばあちゃんは照れたような困ったような顔をしてた。

おばあちゃんが倒れたのは中3の夏休みだった。

夏、全然おしっこが出ていない日が続いて、倒れて、救急車で運ばれた。(だから今でも今日おしっこ全然してないじゃん!怖い!とすごく思う)

人が死ぬなんて「まさか」って感じだった。実感なかった。死んじゃう前提の反応もなんか違う気がしてて、でもなんだか怖くて「ふーん」みたいなよくわからない態度をとっていた。

おばあちゃん子だった姉は悲しみを隠さないので、それがそのまま愛情として伝わってて、お母さんを安心させたと思う。すごいなって思った。

おばあちゃんは目を覚ました。

だけど、ボケちゃって、孫のことは忘れてしまった。

おばあちゃんが私とお姉ちゃんに「誰ですか?」ってキョトンとした顔で聞いた時、お姉ちゃんは泣きそうな顔をしながら「おばあちゃん...○○だよ〜〜〜おばあちゃん....」って言ってた。私は黙ってただ立ってた。ちょっと悲しそうにしたら悪い気もしたのと、本当に頭が真っ白だった。

お母さんは忘れられてなくてよかった。

冬、おばあちゃんはもうほとんど寝たきりだった。

塾がない日は学校の前でお母さんに車でひろってもらって、よくおばあちゃん病院にいった。

おばあちゃん意識はあるけど、息をしてるだけで苦しそうだった。

病院はいづらくて、いつも早く帰りたいと思ってた。

おばあちゃんは話しかけると少し頷くけど、それすらすごくつらそうで、なんかよくわからなかった。でもお母さんは話しかけろっていう。

「そろそろ死にそう」っていうのが分かってるようで誰にも分からない。

お母さんはおばあちゃんの手をさすって「お母さん、ありがとうありがとう」って言ったりしてて、なんでだよまだ生きてるだろって思ってた。

2月、夜12ちょっと前ぐらいに、寝ようと思って階段のぼりかけてたら、お母さんが急に話しかけてきて「おばあちゃん死んじゃったって、連絡きた」って言われた。

もう、本当によくわからなくて、「ふーん、そっか」とか言ってお母さんの目も見ずに階段を登って、それで部屋に行ってたぶん寝た。

お母さんはたぶんそのままトイレに行った。

いまだにあのときもっと私はやるべきことがあったんじゃないかって思う。お姉ちゃんはあのとき留学してていなかった。

そこからたぶん一度も泣かずに、翌日おばあちゃんちにいった。

でも叔父さんがおばあちゃんの顔から白い布のやつをとった時、めっちゃ泣いた。

どわーーーーって泣き過ぎて家から出てうさぎを買ってた小屋のほうで叫ぶように泣いたぐらいだ。叔父さんはなぜか、あとでごめんなあって言ってきた。私はうんって言った。(なにがうんだ)

葬儀場に移る時、仏壇のある部屋でおばあちゃん足袋をはかせた。独特の冷たくて身が詰まってて乾いた質感があった。(4年後ぐらいに、あ、これ冷蔵庫に剥いちゃった後のみかんいれておいたとき感触だ!って気づいてお母さんに言った。怒られるかと思ったけど、"○○は芸術肌ねえ"って笑ってた)

そのあとお通夜お葬式もなにもかも、なぜか自分の中で絶対泣いてはいけない戦いになっていて辛かった。トイレで泣いて戻ってた。

骨を焼く時、叔父さん②が、焼かないでくれ待ってくれって泣いておばあちゃんにすがって、叔父さん①がとめてて、うおおおおってなった。みんな泣いてたけど、私は泣いちゃだめだ状態だったので固まってた。

骨を拾うとき、いとこがお箸を強く持ち過ぎておばあちゃんの骨が砕けた。なんかそのときまぬけですごいホッとしたっけ。(3回忌かなんかでも靴下がやぶけてて法事絶対笑ってはいけない法事にしてくれたいとこ。)

3日ぶりぐらいに学校へ行った。

担任先生がおばあちゃんは何歳だったのかとかいろいろ聞いてきて、聞いてくんなしと思った。学校にいる間中、なんども泣きそうになって必死で別のこと考えてるんだぞこっちは!と思った。今思えばそれも礼儀というか優しさだったのかな。

保健室先生も、生理痛が辛くて保健室行ったら言葉にするでもなく気にかけてくれた。この先生、今思えば2年次に私が傷が残る怪我をしたあとにも傷が目立たない特別配慮をしようか?って声かけてくれて、本当いい先生だったな。そん時も私は本当は超気にしてんのになんかかっこわるいと思って「あ、イイッス〜別に見えてもイイっす〜」とかいって断ったんだっけな。なにも言えずじまいで卒業しちゃったな(なんなら名前も忘れた)


それで、中学生なりの頭で考えて、もう会えなくなってしまう人に一番伝えたいのは「ありがとう」と「大好き」だってことが分かった。

そんで詩を書いたりしてホムペに載せたりした。

おばあちゃんの死についてはなんも書かずに、ただ行き着いたことだけを抽象的に書いた。

そしたら同級生が「なんかあれめっちゃいいね」って言ってきて、ほーんってなった。

ほーんってなったけど、私はおばあちゃん「ありがとう」も「大好き」も言えずじまいだった。

から秋になると、おばあちゃんが死んだことがめちゃくちゃ悲しいし、自分がすごい不甲斐なくてめっちゃ泣いてしまう。

いやおばあちゃんと秋、全然関係ないんだけどさ。

2019-09-12

anond:20190912054850

だな

昭和生まれには

事務職小間使い

保育士子どものお守り

サービス業=これは範囲広すぎるだろ バニラ系のような高給取りもいるんじゃ?

歯科衛生士歯医者の手伝い

保健師保健室の番(暇職)

栄養士ちょっと料理のこと詳しいおかあさん

介護士年寄りのお守り

司書図書室の番(暇職)

くらいの認識しかいかもしれんから給料が上がるわけないわな

このあたりの意識を変えていかないと

2019-09-09

今こういうエロ漫画を探してるんだが……

誰か知らないか

ココなら詳しい奴がいっぱいいるだろう

 

孤児院とか小学校とか、子供がいっぱいいる場所

巨乳のほんわかしたお姉さんがボランティアにくる

一人すごい攻撃的な男の子が居て、女子いじめたり、とにかくみんなを困らせてる

お姉さんは自分が幼少期寂しくてまわりにあたっていたのを思い出して重ねる

男の子が注意してもやめないからほかの大人が困ってて、

お姉さんは自ら申し出て、自分男の子をつれて保健室とか休める場所に行く

お姉さんは男の子が荒んでるのは寂しさとか、

まれないことへのままならない気持ちからだと考えて、

今私に思いっきり甘えても良いよって言ってくれる

男の子最初は反発してたんだけど、

だんだんお姉さんがママみたいに見えてきて、結局お膝に乗っておっぱいに顔をうずめる

男の子は少しずつ心をひらいで、甘えていく

おっぱい揉んだり吸ったり、要求がどんどんエスカレートして……

 

無いのか

描くしかないのか

2019-09-08

anond:20190907213107

もっかい読みたい思い出したマンガ で、

週刊少年誌の連載の1シーンだったのだが、

海外(たぶんアメリカから赴任の白人金髪妙齢女性英語教師の2回目以降の登場回で、

「フゥ~ニホンの夏、暑過ぎマス~」

巨乳肩に放り上げた格好で、主人公ハーレム要員その?がいちゃついてる保健室へ来て、

二人が脳内

『しょ、しょってるわ~~!』と驚愕する場面があった。

(ちなみにその巨乳英語教師はシッカロールを借りてはたいて普通に退場する)

・・・どなたかタイトル覚えておられませんでしょうか?(´・ω・`)

2019-09-02

叱られすぎると反省できないよね(叱り方戦略について)

昔、そこそこ仲の良かった男子結構くだらない事でめちゃくちゃ叱られてグレてしまった

グレたと言っても、自習時間に机をドンドコしたり、補習をサボってバッセンに行く程度だったけど、まあうちの学校ではグレてる部類だった

彼はそのうち課題を出さなくなり、その事で他の先生にもしょっちゅう叱られるようになり、余計態度を硬化させる負のスパイラルに陥って

もともと下がっていた成績もガタ落ち、結局3浪して消息不明になった。f欄に行ったという噂も聞いたが、謎だ。

彼を叱った先生とついこの間お話しした際に、彼についての話も出たのだが、「怒りすぎちゃったなあ」と後悔していた。他にも彼の没落の原因はあったのだろうが、アレがキッカケになったのは確かだった

宿題やったの!?」「今やろうと思ってたのに!」みたいなの、大人になってもずーっとあるよね。あんまり叱られすぎると反感や怒りが先行してしまって、なかなか自分省みることが出来なくなる

叱られて伸びないタイプの人は、やんわりと諭してあげるのが一番良いのだと思うが、叱る側に立つと結構難しい

「叱る」とはどうあるべきなのだろう

鬼の生活指導に叱られて、不登校になってしまった女の子中学時代いたが、彼女にとっての「叱られる」は、しょっちゅう叱られている剽軽男子にとっての「叱られる」とは同じ叱られ具合でも全く違うものだったろう

クラスメイトの前で「ちゃんとやれよ!」と一言言う事だっておとなしく真面目な子と活発で不真面目な子とでは受け取り方が全く違う

前者の場合先生にみんなの前で怒られた」という羞恥を引き起こす、精神的苦痛は絶大だ

本人のタイプに合わせて指導法をきめ細かく変えてやるのが一番人を伸ばす叱り方だと思うが、「人によって叱り方が違う」というのは集団不公平感を生む

教室のような閉じた、それでいて壁のないオープン集団の中で人によって態度を変えながら叱るのは難しい

そう考えると、何か悪いことをした子はそっと別室に連れて行き叱るのが適切なようにも思える

しかし、自分自身小学校のころよく知らない先生と二人きりの教室で隣に座って密着されながら委員会資料作成をさせられたのは軽くトラウマなのでそれはそれで問題があるように思う

一対一での指導、は多分ロリコン教師欲情させるシュチュエーションになってしまうし、閉鎖的な空間上下関係が残るのも監獄実験のような状態になって「叱りすぎ」を誘発しそうだ

職員室で叱るという手もあるが、他の先生の前で叱られるというのも精神的な負荷が大きいだろう(忘れ物が酷くて何度やられたことか)

保健室で「厳しい担任先生」と話をそばで聞くだけの「優しい保健室先生」という二対一のお説教が思いつく限り一番良いように思う

仕事量を考えると養護教諭ではなく、昼休みだけ来る外部カウンセラー数人で回すのが風通しが良く現実的な形になるだろう

これが家庭の場合「厳しいお母さん」と「優しいお父さん」のような役回りでの叱り方になるのだろう

しかし、甘やかすだけ甘やかす父(母)に子供がなつき、損な役回りをさせられる母(父)の言う事を子供がきかなくなる、というようなケースも聞くので、適宜「厳しい」と「優しい」は交換しながらやっていく必要がある筈だ

「叱る」一つの手前でも、どちらがどちらの役割をするのか話し合う必要があるのはやや面倒だが、子供の糧になる「叱る」のためにはそのぐらいの手間は必要ではないだろうか

職場で叱るケースでも、教育係を一人に一任せず「直属の厳しい教育係」と「見守る優しい先輩」というロールで叱ってみるのも一つの手なのではないだろうか

我々は普段から「叱る」と「怒る」を混同し、ただ感情を発露させるだけの行為を目下の相手にしてしまう事が多いが、効率的に人を成長させるためには「叱る戦略」をきちんと考えて叱るべきだ

個人的に、教育現場における「叱る=怒鳴る」は論外である。怒鳴る事によって相手を萎縮させ、内省させる間も与えない行動が反省を促すとは到底思えない。

生徒、部下の立場は怒鳴られても怒鳴り返すことの出来ない立場である。おずおずと返答をしても「言い訳をするな」と一蹴される恐れがある。怒鳴る行動は対話の機会を奪うのだ。

勿論、いじめや命を落としかねない悪ふざけには少なからず「怒鳴る」のコマンド必要かもしれない。事の重大さに気づかずヘラヘラ対話による説教を聞き流すような生徒もいる。なぜ「怒鳴る」が必要になるのだろうか。この場合「怒鳴る」はどのような効果を発揮しているのだろうか。

主観的かつブラッシュアップの足りない考えではあるが、一つの仮説がある。「怒鳴るとは上下関係をわからせる手段ではないか」という仮説だ。そもそも動物としての観点で見ると大声とは威嚇の手段の一つである動物のように大声を上げることで、相手を威嚇し、上下関係再確認させるのだ。プラスして、感情をあえて大袈裟表現することで「自分真剣だ」と伝える意味もあるだろう。(しか演者時点が自身の演技に呑まれ可能性はかの有名な監獄実験で示されている通りであるので、十分な精神力と慎重さが求められるだろう)

社会動物である我々は猿山の猿のように、狼の群れのように序列に弱い。だから不真面目な相手を前にした場合、この「怒鳴る」という行為はある程度有効なのだろう。怒鳴るは相手の「話を聞く真剣さ」を+5するというようなコマンドなのかもしれない。

人間感情は複雑なように見えて案外単純だ。悲しい時に怒る、傷ついた時に傷つける、というような行動も一見ブラックボックスを抜け出たものに見えるが、案外類型的なものである。それはピンボールの玉がピンに当たって跳ね返りながら、最終的にはいくつかの穴に収束していくのに似ている。無限可能性を持ちながらも、個々のピンでの跳ね返り方はある程度の予測がつく。我々の行動自体が、大したパターンを持たないからこそ、我々は相手気持ちを思いやり、共感できるのだ。

宿題やったの!?」という言葉子供時代私たちにもたらしてきた感情は「後ろめたさ」「反省」「反感」である。この感情パターン類型的だからこそ、私たちに「先に言われるとやる気なくすよね〜」という共感をもてる。

というように、人間感情がある程度パターンとして把握できる以上「叱る」のマニュアル化可能ではないだろうか。

「優しく諭す」というコマンド相手の「真剣さ」には効果が薄いかわりに「反感」の数値はあまりあげない。だが「真剣さ」の数値が低いと「反省」には至れない。

「怒鳴る」というコマンドは逆に「真剣さ」には絶大な効果を持つ、が、「反感」のポイントを高めてしまう。「反感」の数値が一定を超すと「反省」への道は閉ざされる。

前述の優しい医者と怖い医者戦略も、数値化で説明してみよう。怖い医者は「真剣さ」「内省を促す」方面に強いキャラクターであり、優しい医者は「反感」という感情共感し、怒りを和らげ「落ち着き」を取り戻させるヒーラーのような役割キャラクターである

「叱る方と叱られる方」という絶対的上下関係に、そのどちらでもない第三者を加える事で、叱り手の感情暴走を抑えるとともに、第三者による「共感」で叱られる側の精神負担を減らし、自分省みる余裕を与える。

無論、感情の数値の動き方には個人差があるので、叱り手は自分コマンド相手にどんな影響をどの程度与えるのかを考えながら叱り具合を調節していく必要がある。 と言っても、その個人差もある程度はパターンに当てはまるように思う。不真面目だが誠実な子、真面目だが反抗的な子、結局は要素の集合体である。実際に「元気な子(そして剽軽悪戯っ子)」「明るい子(そして優しくてポジティブな子)」「大人しい子(繊細で真面目な子)」という安易パターン化はあらゆる人間関係において常に行われている※。タイプに応じてコマンド駆使の仕方のマニュアルがあれば、どんなボンクラでも効果的な「叱る」ができるだろう。

※これには幾らか問題がある。私のように「大人しい子(割合図太く不真面目で陰険な子)」という相反するイメージの要素を持つ人間は取りこぼされる。そして不理解大人失望し私は余計陰険になった。教室のような大人数を把握すべき空間では、雑なラベリングが横行して、かえって正確な人格の把握の障害となるかもしれない。ここにもいくつかの心理検査を用いた人格パターン化による把握が必要かもしれない。

このように数値化して考える方法を主張すると必ず人の心が通っていない、愛がないという人が現れる、が、なんの考えもなしに相手の叱られた後の情動予測せずに感情をぶちまける事の方がよっぽど動物的で、「人の脳味噌」という回路を通わない非効率不合理なくだらぬ行動だと私は思うのだが。

(だいたい愛の鞭なんて言うが、恐怖政治よりインセンティブによる動機付けの方が効果がある事なんかもう数十年前から言われているのだからいい加減卒業してほしい。)

叱る、は上手くいけばとてもポジティブ効果を発揮する。しかし下手にやればかえって人から反省の機会を奪う。説教正論気持ちが良すぎるので、叱り手側は容易に権力を振りかざす楽しさに呑まれしまう。だから、叱る前に一呼吸置いて、叱る戦略を立ててみるのはどうだろう。戦略という言葉大袈裟かもしれない。叱る前に叱られた相手気持ちを考える、それだけの事だ。

人材育成教育現場、家庭での指導法においては、「叱り方マニュアル」の作成も試みとして楽しそうだ。心理テストで振り分けられた生徒や人材ごとに診断チャート作成し、それを参考に叱り方戦略を立てる。大規模に実験調査結果を取り続ければ有効性を立証できるかもしれない。最終的にはAIが掛けるべき言葉演算し、叱り手という演者がそれに従うようなディストピア教育が出来上がるかもしれない。AIの愛のない教育、は痛烈にこき下ろされそうだが、「データを集め、型に当てはめ、パターン化された指導をする」という一連の行動は学習行動として常日頃個々人が行なっている事であるし、そこに統計処理がより得意なAIを解すのはそれほど不自然でないように思う。

教育者には当たり外れが多すぎる。一生涯呪い殺したいようなクソもいれば、人生の節目のたびにあって感謝の意を述べたくなるような聖者もいる。マニュアルさえあればどんなクソにも一定ラインを超えた指導ができるようになる筈なのに……!と思うと悔しいばかりだ。しかし、こうなると今度は「マニュアル一辺倒の叱り方」という批判が生まれてくるだろうか。教師マニュアル依存、なんてニュース流れるようになるのも嫌な話である。優しい医者と怖い医者も何も知らずに信じ込めるとステキ装置ではあるが、そんなプログラムだと言われてしまうと薄っぺらさにがっかりしてしまう。マニュアル化した叱り方は叱られる側に不信感をもたらす逆効果となるかもしれない。うーん、難しい(そこまで進んだ未来だと生徒もプログラムが組まれたのをわかった上で乗れるほど慣れるかもしれない、AIカウンセリラーを利用したマインドセット人生の基本になるのだ!←楽しそう)

まあ、今のところは感情的に怒る前に、相手情動予測しながら諭してあげるというのがいいと提案してみることにします。つまるところは思い遣り。プラスして、叱るときは座って目線を合わせるっていうのも提唱してみる。叱り手側も怒りをセーブやすいし、叱られ側も対等な立場での対話であると感じやすい、と思うから。(座って足組んでる奴から立たされて叱られるのも、立った状態で目の合わない相手を見上げながら叱られるかもつまらないもの。)それと、誰かが厳しく叱られていたら、優しい第三者として「反感」や「落ち込み」に共感してあげたりね。まあ普通のことです。しか実践はクソムズイ。人生手強いね

(思い出話あるあるを書こうと思っていたのに、思いのほか筆が乗って長文増田になってしまった。noteにでも貼るべきだったかな、図解しながら書き直したくなってきた。ところで、25件を無限リロード中の増田様方には大変ご迷惑をおかけします、すまない。途中送信しちゃっただけなので再投稿の甘えではないんだよ!)

2019-08-22

原爆帰り

小学校の時、福島から引っ越してきた女の子原爆帰りってあだ名つけられてたけど、今から思うと原爆帰りってなんのこっちゃだな

女の子不登校になったので原爆帰りもすぐ聞かなくなった

話によるとベクレルの影響で相当体調が悪くなって保健室じゃないと授業が受けられなかったんだとか

放射能、怖いよね 女の子、ベムみたいになったんだろうか

2019-08-10

私をいじめてたやつが死んだ

小学生の頃私をいじめていた人が事故で亡くなった。主犯格ではないがネチネチ嫌がらせされて、保健室先生と話し合ったこともあった。それでも終わることのなかった悪意たち。

あの時はずっと恨んで、でも何もできない自分が悔しくて、悪口を言われた悲しみとでゴチャゴチャになって、家に不幸の手紙でも入れてやろうかなとかい気持ちになって。入れなかったけど。誰も聞いていないところで「死ねば良いのに」とつぶやいたこともある。

そしたら、本当に死んだ。バイク事故で、事故の原因はドライバーの不注意。「あいつは何も悪くなかった、運が悪かった」そう教師は言っていた。‬

‪本当にこんなことがあるのだと思った。恨めしくて恨めしくて仕方ない相手があっけなく死ぬこと。朝、母が部屋に入ってきて言った「〇〇くん、事故で亡くなったんだって」。寝起きもあって、夢かと思った。うちの学校卒業生で初めての死亡者だったので知る人はきっと多かっただろう。

切望していた死。でも、その時の感情はやったー!とか、よっしゃ!とかじゃなくてそうなんだ、なんか違うな…だった。

死を喜んだらバチが当たる気がして、あの時あんなに望んでいた死を受け入れる方法がわからなかった。

ただ、ツイッターで「天国の〇〇に届け」だのなんだのラインとかメッセージスクショを貼ってるやつらに対して、実際に1人の人が死んでるのにこんなお涙頂戴みたいなこと本気でやっちゃうんだ…とゾッとしたのを覚えている。‬

……‪数年前のことだが、強い恨みに駆られたとき、このことを思い出す。今はもうあいつはこの世に存在していない。一緒になっていじめてたやつらは、今でもあいつのことを考えている瞬間があるのだろうか?もしかして親族以外で一番あいつの死を考えてしまってるのかもしれない。ヘドが出る。けどどうして、念願叶ったというのに、この虚しさは何なんだ。‬

2019-07-16

授業をサボって保健室に行くのに憧れてた高校時代

もう何年も前の話。自称進学校にはちょっとカッコつけたやつらがいて、よく仮病で保健室に行き、保健室若いお姉さんと雑談するのがちょっとしたブームになってた。

俺もそこそこイケてる側の人間だった。

高2の5月クラス替えに伴って変化した人間関係も落ち着いたころ、俺は高校生活で初めて授業中に保健室に行く決心をした。

ちょっと次の英語保健室で寝てくるわー」休み時間友達にそう言い、英語先生が来たら体調不良を訴え保健室に行った。

いざ保健室の前に着くと、少し緊張した。

「失礼しまーす、体調悪いんで休ませてくださーい。」

そう言ったらまず体温を測られて、測られながら名前クラスを記入させられた。

当然、体温が高いわけではなかった。

もしかして〇〇くん、いじめられてる?」

今後の私の人格形成に関わる衝撃的な一言結構れい目な養護教諭先生から言われてしまった。

イケてる側だと思ってカッコつけて授業サボろうと赴いた保健室で、いじめられっ子扱いされて心配されてしまったのだ。しかも若くてきれいな女の人に。

私の心はズタズタに引き裂かれた。「いや、そんなことはないっすけど・・・」消え入る声で伝えてそれから10分くらい普段生活について聞かれた後教室に返された。

教室に帰るのはつらかったが、あまり覚えていない。英語先生には心配されたが、クラスメイトの「ん?ww」みたいな反応は空気で感じた。

つるんでた友達には出来事を洗いざらい話したらとてもウケたので、嬉しかった。笑ってくれてありがたかった。

そこから私は生き方を変えた。

2019-07-11

中絶してきたから全力でレポするよ!!【追記あり

 旦那様が生セックス好きすぎてまーた妊娠しちゃったか中絶したよ!!夫婦関係は良いです。中絶を決めた経緯とか感想とか、長くなるから最後に書くね。

 中絶スピード命なため妊娠発覚した翌日、すぐ病院へ。事前にググって初診料1万円手術料経産婦8万円(消費税別)で決めました。相場からしてたぶんお安い。

なんか無駄にだだっ広くてぼろい病院で、待合室にだらけたじいさんがいるなと思ったら、そのじいさんがお医者さまでした。デスク天才物理学者並みに書類がうず高く積まれ雪崩書類ごしにお医者さまから問診を受ける。

「○○健保ってあるけど、旦那さん新聞記者?」

「違います

「じゃあなにやってる人?勤め先はどこ?」

「えっ??業種はまあIT関係で、勤め先は六本木です」(←お医者さまには正直にいったけどこれはもちろん全部嘘だよ!)

六本木ヒルズ?」

「違います

だって六本木って言ったから~」

なにこの会話?いらなくない??

「今まで中絶何回したの?えっ新宿?何て病院?幾らでした?12万?へ~安く済ませたね!!」

という話もする。診察を受けて妊娠週数確定後、手術日を相談

金曜日都合がいい?じゃあ明日やれるな。朝9時に来てね」

ということで翌日手術。

 なんだかんだドキドキソワソワしちゃって眠れない夜を過ごして手術当日。顔を合わせていちばんにお医者さまから新宿の○○クリニックは25万だったよ!!」と報告を受ける。

「そうですか~」

「高すぎだよな。いつか事故起きるよ。高いと文句つけたくなるだろ。うちは汚いとかぼろいとかネット悪口書かれてるけど値段は安いか良心的だぞ」

そういうもんだろうか…、安かろう悪かろうも考えものじゃないのか…。超どうでもいいか適当に合槌をうつ

「手術終わったらこの薬飲んで。○○産婦人科って書いてあったら恥ずかしいだろうから別の袋に入れておいたよ優しいだろ」

クレジット請求書が入っていたらしき封筒で薬を渡される。

 陰気なばあちゃん看護婦の案内で別室に通され、保健室のようにカーテンで区切られたベッドのある部屋で着替え。ベッドの壁を見てぎょっとする。そこには無数の「ゴメン」の文字落書きが。どうやら壁に彫られている模様。怨嗟を感じて笑える。いやペンキ塗ってよも~。どん引き。 

 股裂き診察台に座らされ、そこで麻酔注射され、意識を失い、子宮内残存物質吸引の痛みで目を覚ます。痛い…と抵抗するも、両脇から二人の看護婦にがっちり脚をホールドされてなだめられる。

「あと少しだからね~。はい終わった!」

 半覚醒状態で導かれ、呪い落書きがある壁際のベッドへ。麻酔が抜けた頃に携帯確認をすると、病院に来てから時間も経っていない。手術時間は10数分で終わっていた。何かもう歩けそう…と思ったけど大事を取って壁の落書きを読むことに。「ゴメン」の彫刻以外にもボールペンで書かれた落書き結構あって「愛梨ごめんね…」とか「たーくんごめん…もしまた生まれることがあったらパパとママのところに来てね…」とか「手術おつかれさま、お互いつらい思いして大変だったよね…分かるよ」とか色々書いてあった。最後落書きには不覚にも励まされる。術後1時間ほどして寝るのにも飽きてきたので帰宅お腹普通に痛かったです。

 手術レポは以上。まるで何も感じてないかの様に書きましたが、もちろんメンタルは超やられました!!おろす子供への罪悪感は、瞬間的に無意識に覚えるから、どんな理論武装しても「悪いなあ嫌だなあゴメンゴメン」と思ってしまう。思いたくないんだけどね!!以下術後の罪悪感について長々書く。

 「命は大事!」って言うけど、それは社会的洗脳なんじゃないか思考してるか感情もあるか分からない胎児を殺すことは大した罪でもないと私は今自分に言い聞かせている。わざとカマキリ殺す罪と、うっかり転んで子宮内の受精卵を殺しちゃう罪と、中絶の罪に、大差あるかどうか分かんないじゃん。もしかしたら受精卵もカマキリも超痛がってたかもしれないけど、そうじゃないかもしれないし、そんなの誰にも分かんないんだから自分精神健康のために、都合のいい方に考えても良くない?子供の頃カマキリ殺して、そのことそんなに気に病んだかよと思う。

 もし中絶が罪ならそれを実現させたのは自分だけなのか。色々なことが重なってたら、私も中絶せずに産んでいた未来があった。自分場合だったら、旦那さんの帰宅もっと早くて、今いる二人の子供がもっと大きくて、前回の出産時に大量出血してなくて、さらには日本もっと子育てに寛容で手厚い国なら、私は中絶せずに産んでいたのだ。周りの環境と己の体調が中絶させた訳で、本質的には私は産みたかったのだから、罪を負うべきは周りの環境にあるのではないのか。

 私が「もう金輪際出産しない!」と宣言しているにも関わらず、旦那様は「は~ゴムつけたくない」だの「生でセックスしたい」だの言って避妊をしなかったのが一番ギルティ。きっと旦那さまの中では「妊娠したら三人目産めばいいと思ってるから俺の生セックス要望は悪くない」という回路ができてたんだろうなと思う。生セックス果実を味わうのは、どっちかといえば旦那さんの方なのに、中絶というペナルティを受けるのは自分だけっていうの不公平過ぎムカつく。何がどうであれ、中絶の罪と私の精神を失調した罪は、ぜんぶぜ~んぶ旦那様にあるって思ってるよ!だって私は中絶の痛みを負ったんだから罪の方は旦那さんが全部負うべきだよね??ということは話しました。それでは全人類怨嗟増田に流して合掌。南無~。

追記

何人か指摘している「ゴム以外の避妊すればよかったじゃん!!」という点について全力で言い訳しま

ミレー

 これやりたかったけど持病のせいで出来ない。ミレーナのために持病の根治を目指すも、週2の病院通いに挫折

アフターピル

 経験あり。その時めちゃくちゃ吐いて一日動けなかったので拒絶感があった

ピル

 ミレーナを諦めてピルにしようと生理日の記録を最近始めてた。次生理来たら病院行くぞ~と思ってたら妊娠した

●口頭でちゃんと断る

 日常になってきて感覚麻痺してました!!


こっちの落ち度をスルーして優しいコメントをくれたお姉さんお兄さんどーもありがとー!

2019-06-16

anond:20190616221540

ライト通報できるように子供には教育してるよ。

もっとしょぼいところでいくと、保健室ライトに使えるようにも教育してる。

2019-06-10

どうしても不登校を認めてしまうことに違和感を感じる。

学校事務仕事をしているので、よく保護者から電話を受ける。「○年△組の××なんですけど、どうしても子ども学校に行きたがらないので休ませます」みたいなのが時々来る。連休明けとか大人も出勤したくないときにそうなるのは分からなくもない。でもそういう時はウソでも良いから「お腹が痛い」とか「頭が痛い」と体調不良を装ってほしい。学校行きたくないのはキミだけではないのだ。

が、ずっと不登校で通している子ども保護者はもはや開き直っていて「今日休みます」と、もう学校の全職員承知しているのが当然であるかのような態度なので頭に来る。こっちだって出勤したくないけど、我慢して出勤してるんだよ。親に養ってもらっている身のくせに生意気だ。

クラスイジメられていて教室に入りたくない」みたいなはっきりした理由があるなら登校しないとか保健室しか来られないというのもありだと思うけど、ただ「行きたくないから行かない」みたいなのが永久通用すると思うならふざけるなと思う。

休んで家にいて何をして過ごしているのだ。登校している子どもと同レベル勉強をしているのか。それとも学校では学べない何らかの特殊技能を磨いているのか。ただテレビ見たりゲームやったりしてだらだらしてるんなら、もっと自分に合いそうな学校なり何なり、居場所を探すべきでないか勉強はやる気があれば学校でなくてもできる。が、意志が弱い子どもほど、周りが一緒に勉強する環境にいないとやらなくなってしまうと思う。

正直学校がやっているのは将来の社畜養成だとは思う。が、日本人の中で生きていく以上、学校適応する能力社会適応する能力にかなりリンクする。良くも悪くも出る杭は打たれ、空気を読めないヤツは周りと上手くやっていけない。何か特殊能力があって組織に頼らなくても生きていけるなら学校に行かなくても良いかも知れないけど、平凡な能力しか持ち合わせないなら社会適応する能力が高い方が得だ。

今は親も教員も「子どもに登校を強いてはいけない」というのがトレンドで、「好きな科目だけでも」とか「特別イベントときだけでも」と優しく登校を促す傾向にあるけど釈然としない。担任クラスメイトと馬が合わないなら転校したっていいけど、何ヵ所か回ってみてもどこにも馴染めないなら本人と親の責任だ。

大人になったら「行きたくないから行かない」は通用しない。何か病名があれば多少は休めるけど、その期間には限りがあるし、その間好きなだけ遊んでそれをSNSにアップしたりしたらクビになりかねない。そういう職場が良い職場かどうかは別問題として、日本会社の大部分はそんな感じだ。病気長期間休むというだけで「もう来なくていい」という会社もあると思う。自分事業を起こして稼いでいけるバイタリティーがあれば良いけど、そんな能力の持ち主は一握りだと思え。

不自由職場に縛られて転職もできないオバさんの僻みかと知れないけど、学校適応できないということは社会適応できないということだ。たまたま合わない学校に行ってしまったら方向転換しても良いけど、狭い家庭に閉じこもってやりたくないことはやらない生活はろくな結果を生まないと思う。今どき無理やり子ども学校に引きずって行く親は少ないだろうけど、本人がただサボりたいだけならそれが正しい姿なんじやないか

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