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はてなキーワード: 保健室とは

2017-10-10

anond:20171010211249

頼りになる大人、近くにいるといいね

市役所区役所とか、相談出来る窓口が近くにあるといいけれど。

学校保健室先生と、相談出来るといいね

2017-10-03

anond:20171003205022

ネットや本の情報だけではなくて、学校保健室?(保健センター?)とかに相談したら?

  身体壊すと大変だよ。

一度掛かると、治すのに時間が、掛かってしまうし。

まだ、10月でしょ。。3月までならば、4ヶ月以上ある。

2017-09-29

[]柳本光晴「きっと可愛い女の子から」全1巻

いろんな男子高校生女子高校生女教師恋愛模様を描く短編

関口さん

陰キャだけどやさしくしてもらった男子にほれてしまって自分と彼以外滅びないかなとか中二病考える

でも男子には彼女いるんだって知る

から告白はせずに、おすすめの本だけ渡す

でも泣いちゃう

男子のほうも察して、明日までに読んで感想いうといってくれる

どこまでもイケメン男子と、陰キャな女子ギャップがすごくつらい話

教師と生徒の正しい恋愛

一年ときにオカタイ女教師告白した男子

卒業するまでダメと断られ、自分はもてるのに断りまくる

卒業式後、ようやく女教師OKして自室に招待してお酒のむと、お堅いおんな教師がすごく弱気にふにゃふにゃになる

もう三十路前だし自分に自信がなかった女教師を見て男子ますますかわいいと思う

そんで同棲することになる

保健室にて

リア充男子とつきあってる地味なメガネ女子

でも男子リア充女子と楽しげに会話をしているのに嫉妬する

保健室に逃げてしまってメールを待つが来ない

休み時間になると男子保健室にやってくる

男子は察して、もうほかの女子とは一切話さない、というが、

メガネ女子はそこまでしなくていいという

そのかわりに「他の女子と話した後は私が満足するまで好きといって」と言う

男の子はあまりにもそれをかわいく感じて抱きしめる

教室に戻ると、また男子リア充女子が話しかけてきて話をする

しかし会話の後、男子はほかのクラスメート面前メガネ女子に「好きだ」と言ってしま

女子男子に「みんなのまえでいうな」というが実はうれしかった

裏編として、実はよく男子に話しかけてた女子男子が好きで、好きだ事件のあと、

どうでもいいと考えつつ未練たらたらでちょっとかわいそう

図書館LOVER

ギャルと地味黒髪ロングメガネ女子図書館で本読んでる

でも実の目的は、メガネ女子図書館にいる男子をのことが好きだからギャルが付き合わされてる

ギャル女子に、自分から行動しなきゃだめだと伝えて、告白させる

でも男子には彼女がいたから断られる

でもギャルは見返してやればいいといって女子力を教えるようになる

ギャル女子男子彼女街角出会ったときギャル女子に、「男子に対して好き勝手いってやれ!」とけしかける

慣れてない女子かわいいあっかんべーをするのだった

ギャル子さん

大学進学の勉強秀才男子に教えてもらうことになったギャル

ギャル男子にいろいろモーションかけるが、男子ヘタレなせいでろくに何もしてこない

最後卒業式の日、最後からギャルから告白して男子もそれに返すが、ギャル男子に、男子から告白してほしかったといってさよならを告げる

でも男子ギャルを追いかけて付き合うことになるのだった



感想

再読

★5だなあ

めっちゃ好きだわ

短編クオリティがそれぞれで漫画1冊分くらいあってもいいくら

百合的なのもあるし、もどかしさ、安心失恋などおっさんが読んでも傷つかない程度にほほえましい話で、

すごく好み

小説家になる方法の作者だったのか

あっちは読んだことないけど読んでみようかなあ

絵柄が少しこんちきににてる

あとギャルかわいい

中二病、陰キャの失恋からリア充のはなしまで幅広い

1冊の満足感がすごく大きい

最後後日談が書き下ろされてるのもすごくサービスあってうれしかった

時間おいて何度でも読み返したくなる漫画

心の本棚入りだわ

2017-09-06

校内男女の関係

高校生活してれば何かしら男女間のハプニングあるもんだと期待してた。誤って席に座ってしまったり、保健室鉢合わせたり、着替え中に異性に覗かれたり、体育祭で愛が芽生えたり、帰宅時に告白されたりロッカー挨拶したり仕返されたり。

そんなもんは一切無く、魅力高める為にマスカラ持ち歩いてたりしたっけ。サスペンダー使ってスカートを短くしてたら友人に注意された。

あの歌詞はエグいけど相当事実に沿った物が描かれてる気がする。

少し暑くなってセーター脱ぎ掛けてやめたり。そんな事ばっかり考えてるから志望大学に落ちるんだよ。

2017-08-29

男要らないな

精子精子じゃ子供はできないけど、卵子卵子なら子供ができるって、昔保健室保険先生が言ってて、それ以来男の存在価値について考えてる。

要らなくない?

2017-08-04

生きてけるんかな

高卒、今年から社会人

自分が本当に馬鹿すぎたせいか会社らしい会社は落とされまくった。ワードエクセルはいじれるし、事務がいいなーなんてふわっと考えていたけど世間は甘くなかった。そこで、ずっと避けて来た接客業なら、なんとかなるかなと考えた。もう選んでいる場合ではないと、地元飲食店に駆け込んだ。地元正社員求人ほとんど減っている中、そこはうちの学校用に募集をしていてくれていた。

無事内定いただき3月の終わりごろから研修を行い、社員として、必要最低限生活していけるだけのお給料を頂いてお仕事をし始めた。

飲食店はいうが、店長さんも奥さんもアルバイトも皆優しく、忙しい時も助け合って、ひどく疲れるようなことはない。いわゆる、激務とか大変とか辛いとかそういうことからかけ離れた仕事に就くことができたと感じた。憂鬱気持ちになるほど思い詰めることなんてないのだから

しかし、体の方が変になった。

5月6月7月8月。もう4ヶ月目になるけれど、ひとつき働いたあたりからどうも変だった。

1日に15時間寝る日が平気であったり、めまいフラフラ、出勤途中に気持ち悪くなって動けなくなったり。家で嘔吐しまくったり。大抵月の終わりからまり、2週間ほどひどい状態が続く。

内科に行き相談すると「起立性調節障害」かもしれません。まぁ、気持ち問題から、あまり暗いこと考えないでね。若いうちから薬出すのも良くないから。気持ちを明るくね!言われてがっかりした。よくわからない病名を出され、現在しんどいのに対して薬は出せませんと言われると、どうすればいいかからない。それに私、なんも暗いこと考えてない!

具合悪くなる日が周期的なものだと気づく。生理関係あるかと目星を付けて婦人科へ行く。元から自律神経が崩れやすいのに加え、生理前〜中でホルモンバランスが崩れるから倍辛くなるのかもね〜とのことであった。若いからピルとかより漢方で治して行きましょう!と方針が決まり、しばらく飲んでいるけれど、いまいち効かない。(これについては相談中)

と、ここまでいろいろ書いたが、4ヶ月いろんな病院に行って、治療の糸口を探っているけれど、うまくいかない。

出られない日が続く時もあり、やはり社員にはふさわしくない。社会人としても最低だ。

やめたほうがいいに決まっているけど、私は次の仕事が見つけられない恐怖や、借りてしまったアパート、具合の悪い私を認められない母に悩んでいた。

迷惑を一番被っている店長は私のことを本当に気遣ってくれている。こんな扱いづらい私でもやめろなんて言葉一度も言わずに、体調不良のことについていろいろとアドバイスをくれた。病院の紹介もしてくれた。そこで詳しく話し合いをしながら、私はどういう人間だったか振り返る機会があった。

いままで学校生活してきてどうだった?

すっかり忘れていたが、しょっちゅう寝坊していた。起きれたら起きれたで朝の講話で倒れていた。貧血ではないので意識してこなかった。長くたつと気持ち悪くなって来てそのまま意識失うなんてしょっちゅうだった。下痢もすぐなる。運動はかなりできない。体調を崩しやすい為、保健室によくお世話になっていた。

病院に行く機会なんてないし、健康診断には何も引っかかることはないから、「健康」だと思い込んでいたけれど、ずーっとずーっと、起立性調節障害らしき症状が出まくっていた。

私の仕事にはA番、B番とシフトがある。9時から18時と、13時から24時。「生活リズム」というものを維持するにはとても難しい。その上で立ったままという仕事は向いてないのかもしれないなと、気づいた。元から自律神経が変なら、どうすればいいんだ。老化すればもっと悪くなって行くとか医者に言われたなぁ。嘘って言ってよ〜!

やっぱり迷惑をかけないためにも絶対にここはやめなきゃいけないのに、でも、怖い。本当に怖い。

母親に言われて一人暮らししてる。アパート代は二年契約ちょっと安くしてもらった。でもやめて引き払ったら違約金めっちゃかかる。

親に相談しようってなった。母子家庭、女手一つで育てきった母は私の体調不良を全部甘えで片付けて来た。相談しても聞く耳を持ってくれなかった。

どうすればいいかからない。ていうかこれ、仕事もつけずに野垂れ死ぬしか選択肢ないきがしてきた。のたれ死ねたらいいけど、そんな簡単に人って死なないしな。

接客ていう選択肢が潰れたら、もう私がつける仕事ない気がする。うげぇ、どうしよう。ほんと生きてけるこれ?最近毎日泣いてるけどなんも解決しないなぁ!幾らか貯金してやめて就活しようとか思ったけどそもそも給料最低限だから、これで病欠してると全然もらえなくて親の補助もないから本当にお金ない……こんなとこに書くぐらいだったらもっと頼れる機関とかあるのかな?ないか。うわーんどうしよ。

2017-07-26

僕はあの子が嫌いだけど気になる

僕はあの子が嫌いだ。だって言ってることがいつもおかしい。

授業を聞いてないで落書きしてるのを先生に注意されただけなのに、自分差別された、とか言い出すし、みんなで楽しかったね、とか言い合っていることにも首を突っ込んできて、それは楽しいと言い合っているだけで本当に楽しいと思ってなんかないんだろう、とか言ってくるし。

誰に対したってこんな調子から、あの子は僕だけじゃなくてみんなの嫌われ者だ。

でも遠足の日の班割りで、僕はあの子と同じ班になってしまった。遠足の前のオリエンテーションの授業で、あの子はまたおかしなことを言い出した。今度はお前たちはみんなずるいという。

班の他のみんなも僕も、またかよ、って顔をした。でも僕は一応班長から、なにがずるいのかと訊いてしまった。そうしたら、お前たちのお弁当はみんなきれいでずるい、と言い出した。

曰く、うちのお母さんの弁当はのり弁だけだからお前たちはずるい、のだと。

そんな文句お前のかあさんに言えよ、と僕は思わず言ってしまった。そうしたら今度は泣き出した。だってうちのお母さん私のいうこと聞いてくれないもん!黄色い卵とか赤いプチトマトとか入れてって言っても返事もしてくれないもん!って言ってギャン泣き。僕はうんざりしてしまった。

先生もやってきて事情を聞いてきたけど、周りのみんなが説明してくれて僕は悪くないと言ってくれた。

の子職員室に連れて行かれて、副担任先生がやってきてその日の学校は終わった。

でも、学校が終わってからが一波乱だった。夜の9時くらいになって、家のチャイムが鳴った。僕はもう布団に入るところで、お母さんがこんな時間に、と玄関口に出てみると、あの子とその母親が立っていた。

の子母親は顔を真っ赤にしていて、一気にまくし立てた。「うちの子おたくの子供にいじめられたと言っているんです!どうしてくれるんですか!」って。

僕はまたあの子おかしなことを言ったんだ、と思ってあの子を睨んだ。でも、あの子はいつもと様子が違って、すごく悲しそうな顔をして自分母親の後ろに隠れてなにも言わなかった。

そして、うちのお母さんはきっぱりと言ってくれた。「それは絶対に何かの誤解です。今日はもう時間も遅いですし、お引き取りください。後日、学校先生も交えてお話をお伺いします」と。

の子母親は「逃げる気!?」などと言い出したけど、あの子母親を引っ張って、「もう帰ろう」と一言言ったら、あの子母親は黙ってなさい!と言ってあの子ビンタをした。僕もお母さんも思わずなにも言えなくなってしまった。でも、すごく痛そうだったのにあの子は泣くことすらしなかった。そこに、うちのお父さんが帰ってきた。

お父さんは、「少し前から拝見させていただいていましたが、やはりお引き取りください。逃げるわけではありません。後日お話しましょう、と申しているだけです」と静かに言った。

の子母親はうちのお父さんを睨みつけると、あの子の手を無言で引っ張って帰って行った。

それから僕は、お父さんとお母さんに今日学校であったことを話した。お父さんもお母さんも僕の話をしっかり聞いてくれて、僕はそれだけでも心強かった。

でもその時ふと思った。あの子はお母さんが自分の話を聞いてくれないと言っていた。それはものすごく心細いことなんじゃないだろうか?と。

その翌日、先生と僕の両親とあの子のお母さんとで話し合いがあった。話し合いは職員室横の応接間でやっていて、僕もあの子もその話し合いが終わるまで副担任先生と一緒に教室で待っていた。

の子は、顔を真っ青にしてなにも言わなかった。でも、ほっぺたが少し腫れていた。そのほおの赤さと顔色の青さが、あの子を余計に悪い顔色に見せていた。

僕は思わずの子に声をかけていた。ほお、大丈夫?と。あの子は、痛いけど大丈夫、と答えた。

の子はぽつりと言った。うちのお母さん、いつもああなの。私の話聞いてくれないの。と。だから僕は、それ、寂しい?と訊いてしまった。そうしたらあの子はまた泣き出した。いつものギャン泣きとは違う、静かな泣き方だった。僕はそれっきり、なにも言えなくなってしまった。その様子を見ていた副担任先生は、あの子保健室に行こうか?と声をかけ、僕には教室でご両親を待っててね、と声をかけて、あの子と一緒に教室を出て行った。

そして僕の両親が教室にやってきて、僕は両親と一緒に家に帰った。

そして、遠足の日がやってきた。その日の朝、お母さんは珍しく緊張した顔をしていた。

そして僕にお弁当を二つ持たせた。僕のいつもの弁当の他のもう一つの弁当は、ピンクの袋に包まれたお弁当だった。

お母さんはこう言った。「お母さんもすごく悩んだけど、このお弁当はあの子に渡してあげて。それであんたにも迷惑をかけちゃうかもしれないけど、お母さんはこうすることが正しいと思うの」と。

お母さんは、あの子のことを心配しているんだな、ってすごくよくわかった。その気持ちは、今の僕にもわかる。あの子のことが今も好きなわけじゃないけど、でも、僕もちょっと前よりもあの子のことが気になるようになっていた。だから僕は言った。「お母さん、ありがとう」って。

そうしたら、お母さんは僕のことを抱きしめてくれた。そして、行ってらっしゃい、といつものように声をかけてくれた。

遠足の午前中、僕らの班は静かだった。あの子はいつもよりも黙り込んでるし、他のみんなはあの子のことを遠巻きにしてそわついている。僕も僕で、お母さんから預かってきたお弁当のことで頭がいっぱいで、いつもよりずっと緊張していた。

そして、お弁当時間がやってきた。

みんな、あの時のことがあったからか、お弁当箱を開くのも気まずそうにしていたけど、でも実際にお弁当箱を開けて中に美味しそうなおかずがあるのを見ると、顔が明るくなっていった。

の子は、そもそも弁当箱を持ってきていなかった。それでみんなの方をじっと見ていたけど、

…この続きを読むにはワッフルワッフルと書き込んでください。

2017-07-20

自宅には成人コミック同人誌ライトノベルが約2500冊あります。週の半分はオタク専門店に通っていますからオタク呼ばわりされても弁解の余地はありません。

 中学高校男子校で過ごした自分がいわゆるモテキャラではないと知ったのは、国立大学に進み、サークル一定数の女子あいさつを返してくれないことに気づいたあたりでしょうか。

 大学院に進みましたが、就職難で満足な就職先が見つからず、小売店で魚をさばいていました。薄給長時間労働、年下の上司から理不尽に怒られる毎日カップ麺に湯をかける気力すらわかない寮の一室で、成年コミックけが「戦友」でした。だから戦友を侮辱されたら、黙っていられないんです。

 風俗には行かないし、アダルトビデオほとんど見ません。生身の女性人格をおとしめるような性的表現は避け、二次元創作物で性欲を発散してきました。真面目に生きてきたのに変わり者扱いされ、学生時代に「ウンコチンコ」と尾籠(びろう)な話で喜んでいたヤツらの方が人生うまく行っているようで、皮肉ものです。

 「金なし、ヒマなし、魅力なし」の貧困男子が性暴力テロを起こさずにいられるのは、二次元性的創作物が一役買っていると断言できますしか規制は強化され、僕たちからそれすら奪おうとしている。

 暴力的ポルノ批判対象になりますが、どこまでが許されてどこからがアウトなのか、簡単に線引きはできないはずです。自分の性欲をいかコントロールするか、性教育の果たす役割は大きいと思いますが、創作物規制に向かうのはナンセンスです。

 性的創作物、そしてその愛好者である僕らは、台所にいるクモみたいなものです。アシダカグモネット検索してみてください。キモイし、うっとうしいけど、いないとゴキブリがはびこります。認めろとまでは言わないけど、大目に見てもらいたいんです。

http://www.asahi.com/articles/DA3S13042686.html朝日新聞 2017年7月18日 オトナの保健室

エロ擁護にわいてくるアカウントの人、多少の差はあれどこんな感じか。

女子のカラダは好きだけど、実際に女性とまともに接してないかものすごく屈折してる。自分に都合のいい認知のゆがみで自分を守る。

2017-07-03

てんかん持っててもレーザー脱毛ちゃんと受けられた話

てんかんを持っていてもレーザー脱毛はちゃんと受けられましたよ、という話。

■これから夏だし、「てんかんからレーザー脱毛できない」「やりたいけど危なそう」とお悩みの、

 全国のどこかにはいらっしゃるであろう方のために

 自分の記録をシェアします。こんな匿名日記だけど必要な方にとどいたらいいな。

理由

何かの拍子で「てんかんを持っているとレーザー脱毛できないらしい」ということを知った。

できないというのは語弊があって、ミュゼなどエステでは受け付けてない、ということ。

レーザー脱毛は強い光を皮膚に照射するので、

エステでは万が一の時に対応できない ということが理由なのだそうだ。

申し込んで断られて、初めて知った。でも理由としてはごもっともで納得するほかない。

これまで生きてきて、「てんかん」を生きていく上での深刻な問題だと思ったことはなかった。

就職先にもちゃんと報告しているし、免許センターと県警に診断書は届出済みで免許も取れた。

(そのうえ取得から全く乗ってないから、このあいだ遂にペーパーゴールドまで取得した。)

嫌な思いといえば、せいぜいがとこヤフコメでたまにブッ叩かれてるくらいだ。実生活で困難は(自分のケースだとそんなに)ない。

からビックリした。休暇もレジャー仕事だっていままで何でもできたのに、

あなたてんかんからダメ」と言われた人生初の案件が「脱毛ときた。そんなバカな。

まりエステじゃなくて、緊急時対応ができるように 病院なら施術OKってことかな?

と思って皮膚科に申し込んでみたら、同様の理由で断られた。待て待てそんなバカな。

自動車免許取得より就職より毛を抜く方が難しいなんてあってはならない。どう考えても大自然摂理に反している。

せっかくネットで申し込んで折り返しの電話をいただくのに、

備考としててんかんの旨をお伝えしたらそこでザンネン。

あなたの毛は抜けません…って申し訳なく電話で断られるのは地味に堪える。歯は抜けるのに毛は抜けないっておかしいでしょうよ

もうこの頃には完全にムキになっていた。

ところがどっこい 捨てる神あれば拾う神もいるものである

ネット情報に従い、どうやら前例があるらしき某S南美容外科

当たって砕けやがれと申し込みをしてみたところ、

拍子抜けするくらいアッサリと、無事に予約を取ることができた。最初からここに問い合わせとけばよかった!

「すげえ!!予約取れた!!!」と全米さえ涙にむせぶほどの感動にひとしきり浸っていたものの、

よくよく考えてみたら毛を抜く予約ができただけだった。

毛を抜くのってたいへん。

てんかん

脳神経がなんか勝手にいろいろするやつのこと。

時々ニュースになったりするので知ってる人は知ってるかも。

100人に1人くらいの割合でいるらしいから、たぶんわたし自分以外のてんかん持ちにどこかで会ったことあるし、

学年でも自分以外の誰かがいたことになる。

きっかけはTVアニメ

小学生の頃欠かさず見ていたアニメで、強い光の明滅シーンがあり、

家族が気付いたら泡を吹いてぶっ倒れていたという。念のため書き添えとくけどもポケモンではない。

時間テレビ画面を見すぎてたせいでは?って評も見かけたけど、

兄弟の中でも発作を起こしたのは自分だけだし、視聴時間はあまり関係ないと思っている。個人差というか運というか…?

けどポケモンより少し前に起こった出来事だったし、

母曰くそとき同じ病院に運び込まれ子供自分一人ではなかったそうなので、

あのタイミングでちゃんと事件として問題になっていれば

ポケモンはなかっただろうなあって、それは今でも思ってる。

(この件についてはなかったことになってるものと思ってたから、たまたまネット上で言及を見かけたときには感動した。

http://www.style.fm/as/05_column/shudo165.shtml

以後服薬治療を始めて、だいたい20年くらいの付き合い。

■値段

高い!すごい高い。ビックリした。

エステ脱毛なら100円とか無料とか(よく電車内の広告で見るやつ)、

それこそ駄菓子屋に並んでそうな値付けなのに、

美容外科となると途端に中古車みたいな金額になった。マジか…毛を抜くためだけにこの出費って正直ちょっとムキになりすぎた感ある…。

全身とか気軽に言うけどムリでした。青褪めて手脚+両脇までにした。

背中とかうなじとかパス。なにせ両手足のムダ毛さえ消滅すれば、これによって得られる時間プライスレス

老若男女問わず女子は身だしなみ整えて」とか気軽に言うひといらっしゃるけども

ムダ毛処理&それに伴う肌ケアって、ちゃんとやったら連日風呂に2時間かかる。

毎日2時間あったらそのぶん技術書も読めるしコードも書ける。買える時間は買うべきだ。

はいMaciPhoneが買える出費なので正直キツイ

…ま、まあ、Appleサポート数年で切れるけど、こっちは永久だし…

院内いってみた

めちゃくちゃ緊張した!でも実際行ってみたらなんてことはなかった。

美容整形医院の会員カード持つってだけで、新鮮な感じがしてちょっと面白い

建物内は最新の歯医者みたいな感じ?かな

いろいろなコースプランが壁に貼られていたのだけど、

シミけし、二重、豊胸、男性ヒゲ脱毛増毛

なんかに並んであそこをピンクにする施術であるのはちょっと面白かった。

まあふつうくろいしぐろいよね。色や形をスッキリ美しく変えられるらしい。「ふっくらとした理想の形に!」

VIOスッキリして初めて色や形状が気になるケースが多いそうだ。確かにそんなとこ気にしない。見えないし見ないし存在すら意識の外だ。

世界は広い…毛を抜くことによって生まれる新ビジネスもあるのか…。

カウンセリング

申し込んだコースの最終確認なども含めて、

事前にスタッフさん(看護師さんか)からカウンセリングがあった。

持病など健康面の確認についても歯科医院みたいな感じ。

ネット申し込みの時点でも書いてはいたけど、ここで再度の自己申告。特に問題はなく通って、本当に有難かった。

コースプラン勧誘とかもなくスムーズ看護婦さんの肌が底抜けに綺麗だったことだけ妙によく覚えている。

当然ですが「わかりやす白衣の天使ナース服」ではないです。爽やかパンツスタイル

近年スカート型が激減してる理由血圧の上がる人がいる」ってのはさすがに笑う。

施術

なんかこのあたりになると雰囲気もあって完全リラックスしてしまってた。

治療用のベッドは基本まあ病院なやつ。当たり前ですか。当たり前ですね。

診療スペース(?)は保健室カーテンみたいなやつで仕切られていて、他の患者さんと治療中に目が合うなんてことはない。

気になるレーザー光は、アイマスク装着の上での施術だったので 何の問題もなかった。

うーん…アイマスク…とはいっても馴染みある布製ではなくて、何と表現すればいいのか、

ゴムなしの水中メガネというか、視力検査スプーンを二つつなげたやつというか。

ゴムバンドなどで留めるわけじゃないけど、顔を動かすこともないのでズレる心配はなかった。

レーザー脱毛は痛い」という感想はとてもよく聞くので、

実際どうなんだろう…と内心ビクビクしてたところはあるんだけど、刺激は実際ある。

でもほんと「刺激か」「まあ刺激か」くらいの感覚。かな?そんな深刻な激痛じゃなかった。「ンムッ!…フハハ、なるほどな…」程度の軽い刺激なので身構える必要はないと思う。

でもこれはあくま自分スケールなので、敏感肌自覚があるなら+αくらいで聞き流してください。

肌に蛍光ペン?みたいなので範囲を捉えて、そこからちょっとずつレーザー光あててく感じ。

施術した肌エリアは冷タオルみたいなやつで都度冷やしてくれる。タオルなのにみたいなのって何だよ?というところだが、水中メガネしてるので見えないのだ。たぶんタオル

ワキから始まって右腕、左上、右脚・左脚(表)、左脚・右脚(裏)。

■効くかどうか

うーんまだ6回コースの2回終わったところなのであんまり…?

劇的に「肌スベスベになった!」っていう感動は今のところあんまりない。

でも手入れの回数は確実に減った!色はあんまり変わらない感じ。

薄くなった感じはないけど、逆に 濃くなった!ってこともない。

あと特にワキは生えてくるペースが格段に遅くなった。日々生活する上でのストレスが減っていることは実感する…!

プロに毛を抜いてもらうだけでこんなに風呂風呂上がりがラクになるのか…!!

VIOデリケートゾーンなため照射器の出力をだいぶ落としているそうで(そりゃあ仕方ないよね)、

6回ではちょっと難しい、9回はほしい…と、

最初カウンセリングしてくれた看護師さんも仰っていた。検討中の方は参考にどうぞ。

値段は少し手を出しづらいというか、実際やっぱエステ脱毛よりすごく高いけど、

看護師さんに全身ケア(毛)してもらうだけで「ハァ~~ありがたい…」って心地になってたし、高いとは思わなくなったかな。

いやほんと、無事に毛を抜くことができてほんとうに嬉しい。一時はどうなることかと思ったが、こうして人並みに毛を抜けた。

看護師さんありがとうございました。

■そろそろ夏なので、ここらのタイミングで調べ始めて

 ショック受けてるような人がいたらなんなので

 記憶がとどまっているうちに書いておきます。なにかの参考になったら嬉しい。

■とはいえ、あー、予約はほんと全然取れないです…

 肌周期にも合わせなきゃなわけだし2週間後とかがむりなのはわかるんだけど

 3ヶ月後とか4ヶ月後とか、ほんと、そんなん。だからから始めたら完了来年?とかそれ以降になるんじゃないかな。

 そういうわけで彼氏ができてからだと間に合わないので、

 レーザー脱毛彼氏いる組よりも我々彼氏いない組の方がやるべきなんじゃないかなと思います

 気が向いた人は来年の夏に向けて一緒にがんばろっ☆

2017-06-29

日曜日・・・

母さん

驚くべきことが起きました!

女の子から

デートに誘われたのです

7月2日、日曜に

横浜アリーナライブがあり

元々は

友達と行くつもりだったそうですが

友達がどうしても行けなくなったので

代わりに僕を誘ったとのこと

でもまだ本決まりではありません

まりにも突然だったのでテンパってしま

保留にしてしま

まだ答えていないのです

要するに僕は

最高の最高

ギリギリ

精神状態です

僕は平静を装って

どったの急に

それじゃあ一応

日曜確認してみるわ

と言いました

しかし内心は

冷静なはずがありません

まさか僕が

女の子からライブに誘われるなんて!

そんなことは

一生無いと思ってました

小5の時に

異性を意識し始め

しばらくは自分なりに

かっこよくやってたつもりでしたが

やはり全然モテずに

男だらけの世の中は

彩度明度が落ち

コロコロコミック

テレビの声も

シャカシャカと味けが無くなり

一人ではどうにもならなかった

カラ元気は余計に空しくなるので

気付けば僕は

無口になっていました

やがて僕は中学生になり

強烈な中二病が訪れました

派手に暴れたりはしません

とにかく僕は

一秒でも口を開くのが

嫌(危ないから)という設定でした

同じクラスにいながら

女子は僕を見えないものとして扱い

僕もいつのまにか

それに慣れていました

僕は僕に対して

静かに諦めていたようで

それはもしかしたら

心が死んで

数年間

僕の恋人

ロックだけだったことが

原因かもしれません

文化祭バンド組んでる奴はモテてましたが

結局聞き専の僕がモテることはなかった

ももう高二です

以前に比べれば

僕の人間性

ずいぶんましになりました

少なくとも

気になる女子

挨拶ぐらいは交わすし

時々

最近バンドについて

れいいよね〜なんて

話したりしま

(PINBALLS以外は正直微妙だと思ってるけど)

ごくたまに

一緒にYouTubeMVを見る時間があり

同じタイミングでノったりもしま

しかし!それにしても!

今回のライブの誘いには

驚いています

まだ実感がわかず

フワフワしています

浮かれているわけではないですが

どうにも顔がにやけ

授業になりません

それで僕は

保健室に行くふりをして

教室から出て

授業をさぼり

空き教室に入り

こうして驚きを綴っているのです

日曜のライブ

僕の大好きなアーティストです

それは当然です

僕はあの子の影響で

そのアーティスト

ファンになったのですから

僕が中学時代

まだロックにハマりたてだった頃

そのアーティストを見下していました

けっこう昔の話です

その時に昔のバンド活動を教えてくれたのが

の子でした

素晴らしいバンドだった

そういえば

母さんともこのバンドについて話した事がありました

母さん

ところが何もかもはうまくいきません

さっきはてブホッテントリを見たらウキウキおっさんお義父さんが

増田を書いていました

僕はどうすれば

2017-06-26

https://anond.hatelabo.jp/20170626120354

本人がしたいって言っているんだから教室でいいやんけ!って人は、ある種の理想主義啓蒙主義で言っているんだと思うけど。学校って想像以上に荒野だったりするからねぇ…先生が見ていない時も多いし。

縦笛だって危ないだろう!っていうのもそりゃそうなんだけど。見慣れなさというのが注射器と縦笛じゃ違い過ぎるから学校先生を含めて、結構荒野だったりするので、あんまり理想主義で動かすのは危険だと思うし。保健室ベターって事もあると思う。

インシュリン

糖尿病男子中学生に、インシュリン注射教室の外で打つよう指示した教師問題になっているが

受験というふるいにかけられていない中学校教室なんか

奇声を上げながら鬼ごっこする奴

周りを見ずにぺちゃくちゃおしゃべりしながら歩いて人にぶつかる奴

手に持った教科書や机の上の筆箱をうっかり落とす奴

興味本意で人のことをじろじろ見る奴

こんなのが驚くほどたくさんいる

酷いのになると見せて!って注射を取り上げて針をツンツン素手で触る奴もいるだろう

お前らネット民みたいにおとなしくて聞き分けのいいガキはごくわず

「今増田くんが注射を打ってて危ないから近づかないようにしよう、ぶつかって針が折れたり変なところに刺さったら大変だ」

増田くんは病気で苦労してて大変だな、自分注射を打つなんて偉いな」

こうやって考えることができる奴は恐ろしいことにほんの上澄みだ

教室外で打つことを指示するのは別におかしくない

叩いてる奴は教室でやって問題起きたら「保健室に行かせてやるべき!」とか言いそう

エスカレーターでは

危険に遭う人に考慮して周りが配慮すべきとなって

より安全エレベータを使うべきとは

ほとんどならないのに

インシュリン注射では

周りに配慮することを要請せず

保健室に行けとなる不思議

2017-06-01

中学校先生ってどういう制度になってんだろう

15年ほど前の話。

田舎中学校で全校生徒80人とかだったから、教頭先生が体育教えたりしてた。

まあ、教頭先生も元は何かの先生なんだろうからそれは別にそんなもんかって思ってた。

技術理科先生が、家庭科音楽英語先生が主に兼任してたかなー。

美術先生はなぜか毎年変わってた。1年目は音楽先生兼任。2年目は英語先生が、3年目は国語先生

2年目に美術を教えてた英語先生は、別の学年の担任も持ってて、年度と学年によっては体育と技術もやってた。

学年主任数学先生が別の学年の体育の先生やったり、社会先生が体育見てた時期もあったな。

そういえば、保健の授業は保健室先生がやってたこともある。

あんまり保健室先生が授業をバリバリするイメージはなかったんだけど、テストとかも作ってた。

あと女性若い英語先生が入ってきた途端、全学年の女子の体育の先生になったりしてた。

何かしらを兼任していない先生がいないような状況だったから、きっと少ない人数でどうにか回そうとしてた結果だったのだろう。

はいえ、割り当てもかなりコロコロ変わっていたし、全員が担当したことのある科目すべての資格を持ってるマルチプレイヤーって感じには見えなかったけど、

特定の科目の資格がなくても、一応先生ってことで多少大丈夫だったりするもんなのかな?

2017-04-30

まれつき茶髪の話と田舎の闇

他のエントリを見て思い出したので。

私は生まれつき髪が栗色というか、赤毛というか、茶色い。

田舎だったので小学校中学校は少人数でほぼ同じメンバーということもあり、特に悪く言われずに育った。

15歳、公立女子校高校入学

(公立なのに女子校?と思われるかもしれないが、私の住んでいた県はある程度の偏差値以上の公立高校は大抵男女別学なのだ)

しかしそこまでの進学校でもないため、自主自律という気風ではなく校則が厳しかった。

1年生の3月卒業式リハーサル後にそのまま体育館に残された。

「お前、その髪の毛どうした」。

ほとんど会話もしたことのない生徒指導担当が睨む。

まれつきだと説明するも信じてもらえず、私はわんわんと泣いてしまった。

その時は私があまりに泣くから「いや、退学になるとかじゃないから…まあ本当に地毛なら仕方ない」と解放された。

その半年後、2年生の夏。

月に1度の頭髪検査(パーマしてないかピアスしてないかチェック)の後にひとり残された。

先日とは違う、女性のめちゃくちゃ怖い体育教師に髪の色を詰められる。

まれつきなんですが、と話すと

「生まれつきかどうか、真実関係ない。その頭でうちの制服を着て歩いていたら、外部の人は〇〇高はそういう学校なのねと判断する」と冷たく言われた。

ええ…と思いながら、震える声で「エクステストレートパーマをしている子もいますが、その子たちは生まれつきのように見えるから規則違反であっても何も言われないんですね」とこぼしてしまった。

失言だった。

体育大卒彼女は鬼の首を取ったように、

「じゃあその友達名前を言ってごらん!あんたが告げ口したって言わないから!」と捲し立てた。

周りには他の教師もいたが、誰も何も言わず目を伏せていた。

体育教師地位が高い高校だったのだ。

私は答えられず、泣いているうちに授業時間になってしまい、なし崩しに保健室に行かされた。

私の成績は学年トップだったし、生徒会だってやっていた。それでも他の先生達は何も言ってくれなかった。

流石にその件は父親が来校し、担任と話して「生まれつきの赤毛」ということで処理された。

学年にもうひとり生まれつき茶色い子がいたが、その子は「色々言われるの面倒だから」と黒く染めていた。

1学年下にヨーロッパ系のハーフの子がいて、入学した時は栗色だった髪の毛も

信じられないことにいつのまにか黒くなっていた。

私はそれに倣えなかった。

父の抗議のおかげで「指導」がなくなっても、ふつふつとした憤りを抱えて受験勉強していた。

進学校でそれなりに必死こいて、なんとか現役で早慶に受かり、大嫌いな田舎を後にした。

もう10年も前のことだし、特定されても支障はない。

北関東高校で体育を教えていたA先生、私は今でも覚えています

2017-03-07

結婚を考えてた彼女いじめっ子だって知った

Facebookに1年付き合ってた彼女とのツーショット写真を初めて載せてタグを付けたら高校同級生からメッセージがきた。

もしかして(彼女名前)さんと付き合ってるの?」って。

聞くと同級生彼女と本当に地元が一緒で出身中学がも同じだった。

いじめてたんだって中学の時一部の女子を順番交代で。

いじめいじめて、飽きたら標的を変えていじめる、みたいな感じで、順番で。

いじめの具体的な内容は悪口ばらまいて孤立させたり、男子に頼んで殴らせたり、給食ゴミ入れて食べてるのを笑ったり、保健室登校になった子を保健室までわざわざ追いかけて大声で悪口言ったり。

むかし彼女からいじめられたことあるの、私は被害者だったのって聞いたことがあったんだ。

中学3年の時、女子から無視されていじめられてたって。

でも正しくは

女子バスケ部の子彼氏を寝取ったか女子バスの反感を買った」のと「今までのいじめが露呈したので3年の後半は孤立してたこと」らしい。ちなみに同級生から聞いた話と彼女から聞いた話の一部は一致した。


高校同級生は一緒に励まし合って受験勉強頑張ったりしてずっと仲良しだった、嘘つくような人じゃない。

言うか迷ったけどやっぱりその女といるのは応援できないって言ってた。

あと自分仕事教師なんだけど、そこらへんを考えて言ってたほうがいいと思って言ったってさ。

ちなみに彼女教師なんだけど、同級生地元ではあの女が自分の子供の担任とか絶対イヤだよねってなってるらしい。

同級生は、別れさせたいわけじゃないけど、その女と結婚とかするならもう俺とはあんまりかかわりたくないんだって。それでいいぐらいの覚悟言ったとさ。

それを聞いて何年か前に見たいじめの恨みは本人に返ってくるとは限らないって言葉を思い出した。



ずっと付き合ってた彼女否定されて、悲しいような信じられない気持ちでいっぱいだ。

同級生のことを信じるかも迷ってるし、ちょっと怒ってる、彼女バカにするなって。

彼女には何も言ってない。俺の前ではかわいい彼女なんだ。

もし真実でも、人間は変わっていくものだし、誰かをいじめていた彼女はもういないって信じたい

2017-01-12

[]2017年1月12日ゆめにっき

自分は何かの学校にいて、授業を受けている。

しか、めんどくさい先生だったという認識はあった。

自分は何故か金属で出来たクリアファイルを使っていたので、触るたびにかしゃんかしゃんと音が鳴る。

その事が癪に触ったのか、教師が来て、金属クリアファイル確認した後に、懐から油性マジックを取り出し、顔にらくがきされてしまう。

なんか絵と、いくつか文字が首元あたりまで書いてあった気がする。

の子に見せると、複雑な表情で笑う。

自分も見て笑ってしまう。

と、最初は笑っていたもの授業が終わり、休み時間の頃になると次第に嫌な気持ちになり、担任に言って帰ろうとするところで目が覚めた。

-------------

起きると久しぶりに汗だく。

高校の時はよく3時間目の前に保健室に行って、3,4時間目は寝て、昼には帰るという生活だったなぁと思い出す。

いまではそれなりにサラリーマンです。

なんとかなってるかなー自分

2016-12-21

セブンコードの話で安堵したクズです

自分小学校くらいか自分はいない方がいいって思うようなポンコツだった。

幼稚園時代は親のママ友付き合いのたびに比較されて叱られてたし、

父親は気分で接し方がコロコロ変わるし、すぐ指摘するので表情を見せるのも怖かった。

小学校では団体行動をするたびに足手まといになり他の子と一緒だったらよかったって言われたりしていた。

よく教室を飛び出したり、グループ行動になりそうになるとすぐ保健室に向かっていた。

幼少期からからさまな不適合ぶりだった。

しか二次障害アスペの発覚は中学不登校になってからさらに経った高校卒業頃だった。

みんなが進路に悩んでいる中、私は教師手帳の取得を勧められた。

カウンセラー就労施設に行けばとか行っていたが、

その施設は怒鳴られ無視され、その後はデイケア先の医者にも怒鳴られ、もう場所探しが怖くなった。

親には学生の頃カウンセラーに怒鳴られれば、話を聞いてもらっているのになんてことをと冷たい目で見られ、

発達障害だとわかればいじめられるのは貴方が変だから相手の悪意を全く考えず責められた。

本当に働けそうにもなかった。今も結婚して専業主婦家事しか出来ない。

本当は働いて旦那もっと出掛けたりカルディ調味料を買ったりしたい。

親に言われた人の辛さがわからない奴って言葉をもう言われないようになりたい。

ただパニックになるせいで勉強が出来ない。塾ですら舌打ちされるんじゃってビクビクしてた。

イライラ不安からすぐめまい過呼吸が起きる私には約束事をするのも難関だ。

からセブンコード社長の話を否定することが出来ない。

私のようなクズが1番言われて困るのはやってることに意味があるという言葉なのだ

そんな言葉が通じる世界なんて私は現実でちっとも見たことないのだ。

何をするにも金、その金の責任を問われ、趣味も捨てると脅されることからろくに作れなくなった。

うつ治療はしたいことをすることらしいが、実際問題、裕福なわけはない。

ただそれでも、私に気を使いながら働くことよりも私がいない方が生産率が高いのは確かだ。

そうしてだらだら罪悪感を感じながら家事をするクズに戻るのである

2016-12-16

お前だよお前

お前に会いたくないか学校行けないのに

最近どうですか?勉強してますか?」なんて電話してくるんじゃねーよ

保健室でもいいから登校しようって思ったのに、一気にやる気失せたじゃん

2016-11-11

大人保健室

ちょっとしたキズの手当てをしたり

小一時間ほどベッドで休んだり

病院に行くほどでもないような

処置を施してくれる部屋が

この町にないものだろうか。

2016-11-05

不登校だったこと

 10年以上むかしのことだけど、わたし不登校だった。

 不登校とか、登校拒否というと、「学校がいやなんだな」「いじめとかがあるんだろう」と思われるかもしれないが、わたし場合はそんなことはなかった。記憶にあるかぎりいじめられた経験はなく、仲のいい友達もいて、勉強も好きだったし、先生は完ぺきではなかったけれどやさしかった。

 でもわたし学校に行けなくなった。

 当時わたしの家では、父母が険悪で、まだ子どもだったわたしふたりあいだのことにかなり気をもんでいた。

 学校から家に帰る途中、「家でお母さんが泣いてないかな」「落ち込んで死にたいって言ったらどうしよう」「また変な宗教みたいなのにお金をつかうのかなあ」と考えていた。

 家に帰ってからは、「お父さんは今日、機嫌よく帰ってきてくれるかなあ」「またけんかになったらどうしよう」「怒ってたらどうしよう」と考えていた。

 まわりの友達に、そんなことを悩んでいるような子はいなかった。いたとしてもわたしのように隠していたからわからなかった。毎日毎日、「帰ったらお母さんが自殺していたらどうしよう」、「帰って来たお父さんに殴られるかもしれない」と悩んでいることなんてだれにどういえばいいのかわからなかった。というか、家のなかのことを、だれかに相談するという発想じたいがなかったかもしれない。

 だから、そんな悩みを抱えてないふつうの子たちに混ざって、ふつうの子のふりをして、なんの心配ごともありませんよ、という顔で、楽しく小学生中学生をやろうとしていた。楽しいこともたくさんあった。学校でも、家でも。

 そしてだんだん学校に行けなくなっていった。

 ふつうの子ですよ、なんの心配ごともないですよ、なんて嘘だったからだ。友達先生もやさしい。でもわたしは嘘をついていて、嘘を演じることにも、嘘をついていることじたいにも苦しさを感じるようになっていった。

 学校楽しい。でも苦しい。学校に行ったところで、どうせ家に帰ってこなきゃいけなくなる。だったら家にずっといたほうがまし。

 そういう感じの思考回路だった…と思う。たぶん。

 両親はわたしがどうして学校に行きたがらなくなったのか理解できなかったと思う。もしかしたらしようとしなかったのかも。ふたりにとっては学校に行くことは当然すべき義務であって、なぜとかどうしてとか考えるところではなかったのかもしれない。

 とにかく、両親は、わたしをどうにか学校へ行かせようとした。父親はかなり強硬母親は表面上わたし理解しているような、気遣っているようなことを言うけど、正直者だからわたしほど嘘がうまくなくて、わたしを、というかわたし状態をだいぶ鬱陶しく思っていることがビンビンに伝わってきた。というか、わたし不登校であるということに母親が追い詰められている感があった。

 で、どうにかこうにか、中一? 中二? くらいまでは行ったり行かなかったりをくりかえしていたけれども、ある朝、制服に着替えて、それでも気分が悪いとか学校行きたくないとかごねているわたしを、父親が殴った。

 わたしが逃げると、追いかけてきて、もう一発殴り、「殴らなきゃわからないやつだ」「絶対学校に行け」と言って出勤していった。

 そしてその日だか、そのつぎの日だかに、顔の腫れがひかないまま、みんな見て見ぬふりをしてくれないかな~などと願いつつ、教室に入った。

 みんなやさしかったので、見て見ぬふりなどせず、女子男子関係なく、わたしのところへ来てくれて、「大丈夫!?」「どうしたの?」「保健室に行ったほうがいいんじゃない?」と口々に気づかってくれた。その友達に対し、「大丈夫だよ」「転んだ」「消毒はしてある」と返事している途中でどうしてもこらえられずに泣き出してしまって、そのあとをどうやり過ごしたのかさっぱり記憶にない。

 いまだに唇にはそのときの傷が残っている。見た目にはわからないのだけど、さわると傷口の痕跡がわかるような感じで、ときどき、否応なく当時のことを思いださせてくれる。

 わたし勉強が好きで、けっこう成績もよかったので、もし不登校になることなふつうに進級し、ふつうに進学していたら、けっこうまともな人生を歩めたのじゃないかな、とたまに思うことがある。

 あのときがんばっていれば、いい高校に入り、いい大学に行って、みたいなことを思うこともある。小学生のころからやりなおしたいとか。

 ただ、そう思うのは漠然と昔を思い出しているときだけで、当時のことを詳細に思いだすと、そんなのは無理だと理解する。

 精いっぱいやったわけでもなかったし、最善を尽くしたわけでもないし、もっとできることが、もっといい方法があったかもしれない。

 でも、もういちど繰り返したいと思えない日々をちゃんと生き抜いたんだからいいじゃないか、と考えて、いまを生きようと思っている、という、覚え書き。

2016-10-17

中学時代、突然女子ディープキスをした同級生の話

ふと思い出したんだが、中学とき交際してもいない女子に突然ディープキスした同級生(男)がいた。

放課後ほとんど人がいない時間帯だったんだけど、その男が突然女子名前を呼んで振り向き様にディープキス

その女子最初混乱したのか白目剥いたみたいな朦朧とした顔(トラウマ級の不気味な表情だった)してたんだけど、

事態を把握した後は無言で教室を飛び出していった。

当時の自分職員室に駆け込んだと思っていたけど、実はそのまま自宅に帰ったらしい。

その後、噂になることを避けるためだったのか、それほどの大ごとにはならず、

その男子は相手女子の親の前でこっぴどく叱られる以外の制裁はなかったようだ。

ただ、少数とはい目撃者がいる事件が噂にならないわけがなく、

彼女家族教師による配慮に反して、学校中の噂になってしまった。

当然その女子不登校気味になり、登校しても保健室通いに。

中学卒業したけれども、高校はどこか遠くの私立に行ったという話を聞いた。

当時はまだガラケー最盛期だったので、今のようなネットを介した噂の伝播もなく、

たぶんその女子普通高校生活を送ったんだと思う。

ただ、その女子の身の振り方よりも自分記憶に残っているのは、

ディープキスをした男子が同じ男子同士の間では英雄視されていたこと。スゲーなお前!といった具合に。

一方の女子青春台無しにされるレベルの痛手をこうむったことに比べると、扱いの差は明らかだった。

女子の間では当然、その男子に対する非難の声もあったけれど、

「隙があったんだろうね」とか「もう傷物じゃんw」みたいな被害女子に対する中傷もあった。

この事件から自分が学んだのは、程度の差こそあれ、男性同士は女性へのレイプが自慢になるということ。

そして、女性レイプ被害は、加害者よりも被害者の方が損失が大きいということ。

男性間の社会にはレイプが「手柄」になり得る空気があって、レイプ被害者にとって同性は大した味方にならない。

から女性レイプ被害者にならないように全力で自衛しなければならない。

被害にあってから「そうなるとは思わなかった」などと言い訳をしたところで、何も埋め合わせられない。

隙を見せて被害にあってしまえば、いくらかの割合被害者にも道義的責任が問われてしまうんだ。

2016-09-15

死ぬくらいなら逃げろ

 食事をとらないでいたら、倒れた。一週間で3,4kg痩せたことが上司に知れ、その日のうちに職場臨床心理士面談。その中で私の過去の話になった。

 小学生時代、私は勉強ができる子供だった。大人たちからは「末は博士大臣か」というような感じでかわいがられていた。中学生になっても勉強を苦に思ったことはなかった。やればできる、という感触快感だ。私は一日に何時間も机に向かった。教師はこのままがんばれば県で最も偏差値が高い高校にいけるだろうと言ってくれた。

 中学三年生の秋頃、私は精神的に病んでしまって不登校になった。

 いじめというほどでもない。ただ、授業中に男子が大声で行っていた格付け。横を通りすぎるたびにひそひそと笑ってくる集団。そういうものに耐えられなくなった(彼らはしたことを覚えてもいないと思う)。そのとき家では母親父親悪口をこぼしており離婚するとかしないとかで揉めていて、逃げ場がなかった。心療内科にかかったら自律神経失調症と軽症うつ病の診断が下って、頭がぼーっとする薬を飲みながら、それでもなんとか受験勉強は続けていた。勉強が好きだった。不登校といえどテストだけは保健室で受けさせてもらっていたのだけれど、順位が落ちることもなく、これなら志望校ランクを下げれば大丈夫だという教師言葉が支えだった。

 受験当日、会場である高校にひしめく制服姿の人々を見たときの恐怖をいまでもはっきりと覚えている。私は受験できなかった。逃げるように帰って、公立通信制高校入学した。

 通信制高校はつまらなかった。中学生レベルの授業とレポート規定分提出すれば卒業できる。この時期のことを思い返すたびに灰色すぎて笑えてくるのだけれど、ほんとうになにもなかった。いや、あったのかな。同年代男子トラウマになった結果、バイト先の同性の先輩と一瞬だけ付き合った。普通高校に進学し文化祭がどうのこうのと連絡してくる友達を切った。劣等感自己嫌悪がつねにうずまいていた。

 高校三年生で、さて、進路はどうするかという話になる。通信制高校が行う進路に対するサポートというのは非常に淡白だ(少なくとも私が通っていた高校はそうだった)。大学受験しようかと思ったけれどすぐに無理だなと諦めた。普通高校に通っている友達勉強の話に、私はすでについていくことができなかった(自分から行動しなければ模試などないので、あの頃はそれだけで自分学力をはかっていた)。受験して、頭のよかった自分がすでにどこにもいないのだと確認することが怖かったという理由も今になって思えばあったのだろう。

 母親は「×××になれば?」と言った。資格があれば食いっぱぐれないだろうと。確かに大学よりも専門学校受験はるか簡単そうだった。実際、一ヶ月勉強しただけでその学校入学することができた。

 私が×××になったのはそれだけの理由だった。専門学校は楽しかったけれど、実習は大嫌いだったし自分には向いていないとそればかり感じていた。信念をもって×××を目指している同級生に罪悪感を覚えたことだって何度もある。

 と、まあ、そんなような話を。泣きながら。

 心理士は「過去のことを引きずっているところがあるでしょう」と言った。そんなことは当の本人である私がいちばんよくわかっている。「集団恐怖の経験があるから、今、職場にきて不必要に緊張するんじゃないかなあ」「辞めるのはいだってできるけれど、それじゃあ根本的な解決にはならないよね」。

 じゃあ、どうすればいいの?と聞きたかった。聞けなかったけれど。あーあ、あのとき中学生のうちに死んでおけばよかったなあ。というか死ななければならなかったのだ。

 #

 いじめによる自殺報道されると「死ぬくらいなら逃げろ」という大人たちがいる。それをきくたびに私は無責任だなあと思う。逃げた先で助けてくれる大人がほんとうに少ないことを知っている。むしろ、逃げたらひとまず問題は片付いたかのように考えている大人が大部分ではないのか。学校から逃げたところで劣等感からはずっと逃げられないのに。

 私は「死ぬくらいなら逃げろ」とだれかに言ってあげることができない。

2016-09-12

お残しを許さな学校給食はクソ

外食について、メシを残したっていいだろと書いた増田を見かけて思い出したので書く。

一般論というより、ただの自分語りである。汚い話を含むので、ダメな人は読んではならない。

私は小学生の頃、授業は普通に受けつつもお昼になったら保健室給食を食べる、保健室給食をしていた。

保健室で食べるのは給食だ。普通給食を食べるのと何が違うかというと、そこには私の母がいて、一緒に給食を食べていた。

といっても、母が食べるのは自分で用意した弁当である。お昼の時間、私は教室を出て保健室に行くと、弁当を食べる母とともに給食を食べていた。

なぜ幼い頃の私は皆で給食を食べることを拒否したのか。

それは、配膳される(私にとっては)たくさんの給食を「残さず食べなさい」と言われるのが、限りなく苦痛だったかである

小学校に入りたての頃は、私も普通に給食を食べる生活を送っていた。

給食係というものがあったように、給食を配膳するのは、小学生である自分たち自身だ。

から、ご飯やおかずの量を減らしてもらうには、同級生にかけあわなければならない。私はこれがひどく苦手だった。友達は昔から多い方でなかったからお願いしづらかったのもあるし、嫌いなものをすぐ残そうとする奴、みたいに見られるのが嫌だったからというのもある。

このような理由から、配膳の段階で量を減らしてもらうことは、難しい問題だったのである

そうして手元に配膳された普通量の給食は、私にとっては非常に多いノルマだった。

さらに、先生から発せられる「残さず綺麗に食べましょう」の声。「隣のクラスは、もうすぐ1年間通して残しゼロよ」

「ごちそうさまでした」の後に食べきれなかったものを残せば、それはもちろん「残しもの」になってしまう。だから、配膳されてしまった以上、私は先生の望むとおりにするには全部を平らげなければならなかった。

この「絶対に残しちゃいけない」という思い込みきっかけは、幼稚園の頃まで遡るように思う。当時通っていた幼稚園では各日で給食が出る制度となっていて、それがまた当時の私には憂鬱だった。かなり多い給食を配って、先生は「食べ終わるまで遊びに行っちゃいけません」と言った。私はまた少ない胃袋の容量と、友達と遊びたい気持ちとの間で非常に苦しんだ。

小学校に入りたての頃の私は、先生の言う事を聞かなければならない一心で、泣きそうな思いをしながらも毎日残さず給食を食べていた。

しかし、食べきったその後にも問題はあった。片付けの最中、午後の授業中に突然食べた給食を戻す子供たちである

私は昔から嘔吐恐怖症の気があったので、これが相当堪えた。

よく吐く子が隣の席になってしまったとき絶望感。彼の吐瀉物で汚れる私の机と巾着袋。今でも忘れられない。

私はあんな風に汚いものを吐きたくないし、汚いものと見られたくもない、と強く思っていた。

以上のように、苦しみながらもかろうじて教室給食を食べていた生活は、ある事件(少なくとも、私の中では)をきっかけに急変する。

いつものように胃袋ぎりぎりにまで食べた給食。その日は特にきつかった。嫌いなものがあったかといえばそうでもなかった気がする。ただ、毎日堪えられた給食後の吐き気を、その日だけは、抑えられなかった。

私は給食の片付け中、立って皿を戻している最中に、突然胃の中のものを吐き出してしまった。

汚いものになってしまった。

その後のことはあまり覚えてない。親に何を言ったのかも覚えていない。ただ、気づいたら保健室で母と給食を食べるようになっていた。

母と食べるご飯は楽しかった。今日あったことを話して、多すぎる給食は少し母に手伝ってもらいながら食べていく。もう無理して食べる必要はなかった。

たまに、以上の出来事を振り返ることがある。

けれど未だに、何が悪かったのか?誰が悪いのか?結論が出せないでいる。先生指導?私の心の弱さ?

多分私の受け止め方がよくなかったところもあるんだろうけれど、こうやって苦しんだ経験を考えると、

先生方には「たくさん食べられない子」という個性理解して、食べることを強要するような空気を作って欲しくないと思ってしまう。

たとえ個人に「全部食べなさい」と言うのでなくても、「クラスみんなで残しゼロを目指しましょう」という言葉でさえも、敏感な子供には苦しいんじゃないのかなあ。

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